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「ほっちのロッヂ」藤岡聡子氏インタビュー
「ほっちのロッヂ」藤岡聡子氏インタビュー
インタビュー
2024年2月6日
2024年2月6日

多様な人たちが集まり「心地よい」と思える空間をつくる【藤岡聡子氏インタビュー】

長野県軽井沢町の「ほっちのロッヂ」は、「ケアの文化拠点」を掲げ、「症状や状態、年齢じゃなくって 好きなことする仲間として出会おう」を合言葉に、枠にとらわれない活動をしています。「診療所」「訪問看護ステーション」「デイサービス」などを行っていますが、一般的に想起するイメージとは異なります。大きな台所やアトリエがあり、医療資格の有無や年齢、病状等に関わらず、さまざまな人たちが出入りします。医師の紅谷浩之氏とともに、ほっちのロッヂの共同代表を務めるのは、福祉環境設計士の藤岡聡子さん。今回は、藤岡さんのこれまでのキャリアについてや、ほっちのロッヂが生まれた背景などを伺いました。 藤岡 聡子(ふじおか さとこ)さん「老人ホームに老人しかいないって変だと思う」と問いを立て24歳で創業メンバーとして有料老人ホームを立ち上げ、アーティスト、大学生や子どもたちとともに町に開いた居場所づくりを実践。2015年デンマークに留学し、幼児教育・高齢者住宅の視察、民主主義形成について国会議員らと意見交換を重ね帰国。「長崎二丁目家庭科室」主宰(豊島区椎名町)、2019年より長野県軽井沢町にて「診療所と大きな台所があるところ ほっちのロッヂ」を医師の紅谷と共に開業し共同代表。共著に『社会的処方(2019学芸出版社)』『ケアとまちづくり、ときどきアート(2020中外医学社)』。 診療所と大きな台所があるところ ほっちのロッヂ(長野県軽井沢町)「症状や状態、年齢じゃなくって 好きなことする仲間として出会おう」をコンセプトに、大きな台所を起点とし、2019年訪問看護ステーション、2020年に在宅医療(外来・訪問診療)・共生型通所介護・医療型短期入所事業含め全事業開始。運営元:医療法人社団オレンジHP: http://hotch-l.com/Instagram: https://www.instagram.com/hotch_lodge/ 定時制高校での出会いが歪みを直してくれた ―まずは、藤岡さんのこれまでのご経験、キャリアについて教えてください。 私は元々、人材教育会社でキャリアをスタートさせたんですが、働き始めて1年を過ぎたあたりで、たまたま友人から「老人ホームを作ろう」と言われたんですよ。そして、私自身、思い当たることもあり、気づいたら「いいじゃん!つくろう!」って言っていたんですよね(笑)。「人の暮らしのど真ん中に入っていく」きっかけは、この老人ホームの立ち上げでした。まったく違う業界から、いきなり24時間対応の50人程度の規模の老人ホーム運営に携わることになったんです。 少し幼少期のことにさかのぼりますが、私は小6のときに医師だった父を亡くしています。当時弱っていく父を子どもながらに「怖い」と感じ、きちんと父の死に向き合えなかったという心残りがある。そして人が生きることや死ぬことをどう捉えていいかわからなくなり、母親と話すことや学校に行くこともしんどくなり、いわゆる不登校と言われる時期を過ごしていました。人からは不良というレッテルを貼られることも珍しくなかったですね。世間から自分のことを見た目や境遇でそのように扱われることも、とても苦しかった。 進学を機に私の考えは大きく変わったと思います。唯一受験して合格できた先は夜間定時制高校。そこに通い始めたら、学校やアルバイト先で年齢もバックグラウンドも多様な人たちとの出会いがありました。その出会いが私の「歪み」を直してくれたんです。そういった経験を通じて、全く違う属性の人と混ざり合うことの大切さを実感していたので、「老人ホームに老人しかいない」という状況は、そもそも自分の中に引っかかってくるわけですよね。 ―そうなのですね。では、どういった老人ホームになるのがよいと思われますか? 目の前の方がどんな症状・状態であっても、その人が「ああ、本当に今日生きていてよかった」と思える空間を作りたいという気持ちがあるんです。人が「心地いいな」とか「今日はいい出会いがあったな」とか、地味かもしれませんが「お茶が美味しかったな」とか。そういった日常の嬉しさに気付ける空間が、どんな人にもきっと必要だろうと思うんです。 だから、例えば「85歳で要介護2だから、あなたはここね」と振り分けてしまうことに違和感があります。また、介護や医療の専門性ももちろん大事なのですが、今の私のような「そうじゃない専門性」もあっていいよなっていう思いをずっと持っています。 ジブリの映画『崖の上のポニョ』でデイサービスと保育園が併設されているのもいいなと思って。決して制度や機能面から入ったわけではなく、あらゆる状況の方たちが町が洪水になったとしても、「誰かの(恋路を)猛烈に応援する!」と、生ききっているわけですよね。その横顔や描写にとても感動したのです。 ですから、友人に声をかけられた時に思っていたのは、有料老人ホームの中にカフェをつくって、カフェの2階は近所の小学校に通う子どもたちが放課後に立ち寄れる学童保育のようなことをして、あらゆる世代が出会える場にしたいと思っていました。 世代・属性が異なる人たちが集う場をつくりたい ―当時、そのプランに対してのまわりの皆さんの反応はいかがでしたか。 介護職の人たちには、私の考えはまったく理解してもらえませんでしたね。あえて言ってしまうと、「何の専門性もない人間が老人ホームを作っている」という状況ですから。「老人ホームに老人しかいないのは当たり前で、それを変だと疑う人のほうが変」「老人ホームに子どもたちが入ってきたら危ない」とも言われました。私物を隠されてしまうなど、いじわるをされてしまったこともあります。私も当時は若かったので(笑)、「あんまり専門職の子たちと私は合わないのかな」という気持ちにもなってしまいました。 そういった経緯があったのと子育てや母の看病の都合もあって、老人ホームから離れて、大阪から東京に引っ越しました。東京ではさまざまな職業の人と仲良くなって、地域の方々との出会いもたくさんありました。やっぱり私は人が心地よく暮らしていく環境をつくること、整えていくことにすごくフィーリングが合うんですよね。 でも、同時にいわゆる「ケアの現場」の近くにいない方たちっていうのは、町ゆくおじいさん・おばあさんたちとの関係がちょっとぎこちなくなってしまうんだな、ということも感じました。例えば、「あのおじいさん、腰が曲がってて、スリッパ履いてるし、変わった歩き方だけど大丈夫かな」と思っても、声をかけづらい。声をかけて「何かあったらどうしよう」と思うみたいですね。 やっぱり私は、年齢や状況に関わらず、ともに心地よいと思える環境を作りたいと思っていましたし、ケアの現場と距離がある人たちにはできなくて、私だからこそできることがあるなと思いました。だから、世代や属性が離れているような人たちが出会う場所を作ってみたんですよね。ほっちのロッヂを立ち上げる前につくったのが「長崎二丁目家庭科室」です。元々空き家をリノベーションしてゲストハウスを作っているチームと話をしているうちに、「この取り組みを地元の方がなかなか理解してくれない」と。一方で地域の方々とコミュニケーションをとっていると、手仕事・暮らしに関する特技をお持ちの方が多い場所だなと思って。これをもっと日常的に地域の方同士が会えるような環境を作ることができたら面白いと考えて、そのゲストハウス1階を間借りし、「長崎二丁目にある、家庭科室」を名乗ったわけです。 長崎二丁目家庭科室 東京都豊島区にて2018年まで運営されていた福祉・多世代交流の場。 「ようこそ、長崎二丁目家庭科室へ。」(https://nagasaki2-baseforeveryone.tumblr.com/ ) 長崎二丁目家庭科室には、なんとなく町の人たちが集まってきて、編み物とかをして、本来は出会わなかった他者が出会う環境を作ることができて。「ああ、これいいな」と思いました。誰かが何かを教えてると思ったら、逆に教わる側に行っていることもあったりして、関係性が容易に逆転する空間でもありました。 紅谷医師と意気投合し、ほっちのロッヂ誕生 ―その後、ほっちのロッヂを立ち上げられていますが、きっかけはなんだったんでしょうか。 軽井沢町のある教育機関の方針に共感して、代表者に会いにいったことがあるんですが、それがきっかけですね。私はその教育機関に、教育と地域をからめて何かできないかと提案したんです。結果的には制度の壁もあって叶わなかったのですが、実は同時期に時間差で紅谷(※)も同じ方に会いにいっていました。紅谷もその教育機関へ子どもたちを真ん中にするまちづくりがしたい!と提案を持っていくほど熱意があったので、代表者の方が「藤岡さんと紅谷さんが会ってみたらどうか」と紹介してくれたんです。まったくの初対面なので、「誰!?」と思いながら、ちょっと緊張しつつ顔を合わせました(笑)。 ※紅谷 浩之(べにや ひろゆき)氏:医師/医療法人社団オレンジ理事長/ほっちのロッヂ共同代表 でも、すぐに気が合いましたね。私が地域で「教える側・教えられる側の関係性が逆転する空間」っていいな、と思ったのと同様に、紅谷はケアの対象だと思っていた医療的ケア児とのコミュニケーションを通じて、「医師として変われた」「学べた」ということを、とても大事な経験として持っていました。そして、あらゆる状態にある子どもたちが学んだり、遊べたりする子ども中心の町・地域を作りたいという想いを持っていたんですよね。医療的ケア児のコミュニティを全国に広げて、「軽井沢で1ヵ月空き家を借りたからキャンプしよう!」なんてこともできちゃう行動的な人だったんです。 参考: オレンジキッズケアラボ「軽井沢キッズケアラボ」 私が「老人ホームに老人しかいないのは変だと思う」って言ったことに対しても、紅谷は「ワハハ! さとちゃん(※藤岡さんのこと)、面白い!」って言ったんですよ。そんな反応をされたことがなかったので、「え?こんな人初めて!」と驚きながらも「そうだよね!」と意気投合して。 こんな風にたまたま在宅医療をやっていた紅谷と、そうじゃない人間である私が出会って始めたのが「ほっちのロッヂ」なんです。 得意なことがたまたま「在宅医療」だった ―藤岡さんの意見を受け入れてくれる紅谷先生との出会いがあったからこそ、「ほっちのロッヂ」があるんですね。 そうですね。こういう始まり方なので、私にとっては紅谷が医師であろうがなかろうが、いい意味で関係がなかったのです。自分の価値観に共感してもらえた経験がないまま数年過ごしてきた中で、たまたま紅谷が共感してくれて、たまたま医師で、在宅医療をやっている人だった。そこまで知っちゃったら、そういう人に対して一緒に「ケーキ屋さんやりませんか」とか、「宿をやりませんか」とか言えないですよね(笑)。 「じゃあ診療所だ」って思って。その中でも、医師も看護師も医療的な専門性のない人も含めた、いろんな人からできたチームをつくろうと思ったんです。作り手側がお互いやってみたいと思うことの実現のために、「在宅医療」っていう得意技を使ったということですね。やるからには本気で取り組んでいますし、医師も看護師も必要です。それに加えて、私は人がここにいて「気持ちいいな」「嬉しいな」「いい一日だったな」と思える空間をつくりたいという願いがあるので、それを実現していくために少しずつ動いたという感じですね。 ―「訪問看護ステーションをつくりたい」「診療所をつくりたい」という箱や枠の部分から考えるのではなく、「こういう場をつくりたい」が先に来ていたんですね。 次回は、ほっちのロッヂで訪問看護師として働く方々も交えてお話を伺います。>>後編はこちら医療と福祉と、エトセトラ。枠にとらわれない『ケアの文化拠点』とは 取材・執筆・編集: NsPace編集部

ほっちのロッヂイベントレポート「私たちのWell-beingとケアと文化、現在地の語らい」
ほっちのロッヂイベントレポート「私たちのWell-beingとケアと文化、現在地の語らい」
インタビュー
2024年1月30日
2024年1月30日

「私たちのWell-beingとケアと文化、現在地の語らい」【イベントレポート】

2023年9月25日(月)に開催された、「軽井沢町。2023年。私たちのWell-beingとケアと文化、現在地の語らい」。長野県軽井沢町にある「診療所と大きな台所があるところ ほっちのロッヂ(医療法人社団オレンジ)」が主催し、全国からケア現場でのWell-being(ウェルビーイング)について語りたい人たちが集まりました。看護師を含め、ケアの現場で目の前の人たちのWell-beingを願いながら活動する人たちが、Well-beingについて正面から語り合う貴重な場でした。 本イベントは、ほっちのロッヂ共同代表の藤岡 聡子さんの司会のもと、大きく3つのセクションに分かれて進行。イベントの模様や参加者の方々の声をピックアップしてお届けします。 主催診療所と大きな台所があるところ ほっちのロッヂ(長野県軽井沢町)「症状や状態、年齢じゃなくって 好きなことする仲間として出会おう」をコンセプトに、大きな台所を起点とし、2019年訪問看護ステーション、2020年に在宅医療(外来・訪問診療)・共生型通所介護・医療型短期入所事業含め全事業開始。運営元:医療法人社団オレンジHP: http://hotch-l.com/Instagram: https://www.instagram.com/hotch_lodge/企画・司会・進行藤岡 聡子(ふじおか さとこ)さん「老人ホームに老人しかいないって変だと思う」と問いを立て24歳で創業メンバーとして有料老人ホームを立ち上げ、アーティスト、大学生や子どもたちとともに町に開いた居場所づくりを実践。2015年デンマークに留学し、幼児教育・高齢者住宅の視察、民主主義形成について国会議員らと意見交換を重ね帰国。「長崎二丁目家庭科室」主宰(豊島区椎名町)、2019年より長野県軽井沢町にて「診療所と大きな台所があるところ ほっちのロッヂ」を医師の紅谷と共に開業し共同代表。共著に『社会的処方(2019学芸出版社)』『ケアとまちづくり、ときどきアート(2020中外医学社)』。 「文化の再生、リ・ビルディング」 馬場 拓也さん(社会福祉法人愛川舜寿会/神奈川) 写真左:ほっちのロッヂ共同代表 紅谷氏、写真中央:社会福祉法人愛川舜寿会 馬場氏、写真右:ほっちのロッヂ共同代表 藤岡氏 一つ目のセッションは、「文化の再生、リ・ビルディング」。互いに医療や介護の資格を持たない立場で福祉法人や医療法人の運営をしている馬場さんと藤岡さんの視点から、ケアのWell-beingが語られました。実家が牧場で、アパレル業界で働いていた馬場さん。アパレル業界にいたころから、「この人のために行動したい」と思い立つとすぐに行動されてきましたが、福祉の現場でも同様とのこと。 人と人とのつながりをつくると、その地域の文化に手が届いていくこと。そして、「つながりを緩やかに作る」ことの大切さも語られました。医療福祉の現場においては、力んで頑張りすぎると疲れてしまったり、落差を感じたりしてしまうことも。「厚切りハムを出してしまいがちだが、すぐに自分がすり減ってしまう。薄切りハムで少しずつ出していく」「長距離マラソンとしてとらえる」といったわかりやすい喩えもあり、会場には笑顔が。 「今の日本は、下りのエスカレーターを上っているようなもの。だからこそ、上ったときには達成感が得られる」というお話もあり、聞き手に一体感が生まれていました。 「私たちのWell-beingとケア」 松波 龍源さん(実験寺院寳幢寺 僧院長/京都) 写真左:実験寺院寳幢寺 僧院長 松波龍源氏、写真中央:ほっちのロッヂ共同代表 藤岡氏、写真右:ほっちのロッヂ共同代表 紅谷氏 二つ目のセッションに登場したのは、「実験寺院 寳幢寺」の僧院長である松波さん。松波さんは、伝統に縛られることなく、現代のリアルな生活に基づいた仏教の進化を目指しています。仏教における「空(くう)」の考え方や、現状の日本における医療・宗教の立ち位置や課題などについて語られました。 例えば、次のような提言がありました。主に「医師は身体をみる」「宗教家は精神をみる」側面があるが、片方だけでは成り立たないのではないか。医療従事者は哲学者ではないが、生死の問題には哲学の要素が絡んでくるのではないか。病気や障害などによって痛みがあるから即座に不幸とはいえず、逆に医療行為によって痛みが取り除かれたから幸福ともいえないのではないか。 ケアの現場ではなかなか語られづらい宗教との関係性について、深く考えさせられた本セッション。人の身体と精神、両方をあわせた幸福を目指すために試行錯誤をし、医療従事者と僧侶が相互に働きかける意義や可能性について対話されました。 社会的共通資本、理論と実践のいま 占部 まりさん(内科医・宇沢国際学館代表取締役・日本メメントモリ協会代表理事/東京) 写真中央:内科医・宇沢国際学館代表取締役 占部まりさん 最後に登場したのは、日本が誇る経済学者の故 宇沢弘文氏の長女である占部まりさん。占部さんは、生命をはじめとした大切なものをお金に変えない「社会的共通資本」の理論構築を目指した宇沢氏の研究内容を世の中に伝える活動を行っています。社会的共通資本(自然環境、社会インフラ、制度資本)の考え方に加え、医療や介護も社会的資本であること、これらを国だけではなく地域で守る重要性などが語られました。 また、内科医として地域医療に携わる占部さんご自身の体験や考えも共有されました。例えば、自身が医療的ケア児と関わる中で感じた「アート」の持つ力と可能性について。医療的ケア児は医療数値からみると「弱い」と捉えられてしまいますが、医療数値は人間のほんの一部分しか見ていないのではないか。医療的ケア児が生み出すアートから感じられるエネルギーや、エネルギーをもらった人たちが生み出す活動などを踏まえた「強さ」があるのではないか、といった示唆も。 質問コーナーでは、「アートと医療・ケアの結びつきについてもっと知りたい」といった声から活発なディスカッションが生まれました。また、ご自身の経験から「変わった人と思えた人が実は重要な役割を担っていたり、そのときわからなかったものが種になっていて、数十年後に花開いたりすることもあるのでは」といった意見もあり、感嘆のため息が聴こえました。 聞き手のことば 最後に、会場にいらした聞き手の方々の感想もご紹介します。 なんとなく考えていたことが言語化されて腑に落ちた 私は現在、障がい者施設でヘルパーとして働いています。最近まで高齢者施設で在宅支援をしているなかで、利用者さんご本人だけではなくご家族を含めたつながりの大切さや、そういったつながりがケアの充実にもつながるという体験をたくさんしてきました。ほっちのロッヂの藤岡さんや舜寿会の馬場さんのお話を伺いたくて、今日ここに来ました。馬場さんの「人とつながり、関わっていくと、その地域の文化に手が届くようになる」というお話は、私が在宅支援をしてきた際に感じたことと同じだったので、とても共感しました。また、「厚切りのハム」に例えられた話も面白かったですし(笑)、本当にそのとおりだと思いました。利用者さんに充実した生き方をしてほしい、という思いがあって、どんどん厚切りになっていっちゃうんですよね。「なんとなくそうなっちゃいけないな」とは感じていたんですが、言語化していただけて腑に落ちる瞬間がありました。ケアの視点だけじゃなくて、人と人とのつながり、自分の家族や自分の地域とのつながりの中でも意識していきたいと思えるお話が聴けて、充実したときを過ごせました。 自分たちの今後の活動のヒントに 私は在宅医療の「医療と介護をつなぐ」しくみづくりの部署で働いています。ほっちのロッヂ共同代表の紅谷先生の講演やイベントにも何度か参加しています。私の仕事も地域づくりや在宅医療、意思決定支援などにつながる部分があるので、何かヒントを得られないかと思い、参加させていただきました。松波さんのお話を聴く中では、私たちも地域の宗教家の方たちを巻き込んで何かやっていけないか?と、新たなヒントをいただきました。 この空間にケアされている感覚があった 私は、福祉・介護に興味のない若者のコミュニティづくりや学びの場づくりをしています。忙しい日々を生きていると、自分自身や周りの人が次第にすり減っていくように感じることがあり、一旦落ち着いて考えたい、語り合いたいという想いもあって、今回参加しました。自分自身がこの場にいることでケアされているような感覚があったのですが、それはきっとお話の内容はもちろんのこと、ここに集まっている方々が持つ価値観・世界観などによるものではないかと思いました。 * * * なかなか面と向かって語り合うことが少ないテーマについて向き合っていた本イベントは、聞き手の心に多くの気づき、ヒントを残したようです。初めて出会う人たち同士が共感しあう瞬間も多く、終了後の聞き手の方々の前向きな笑顔が印象的でした。 取材・執筆・編集: NsPace編集部

訪問看護から看多機・生活支援・定期巡回まで。人と地域をつなげるために
訪問看護から看多機・生活支援・定期巡回まで。人と地域をつなげるために
インタビュー
2024年1月30日
2024年1月30日

訪問看護から看多機・生活支援・定期巡回まで。人と地域をつなげるために

訪問看護ステーションを開設後、神奈川県川崎市で初めて看護小規模多機能型居宅介護施設(看多機・かんたき)を立ち上げた林田菜緒美さん。現在は、放課後等デイサービスや子ども食堂、生活支援、定期巡回なども行っています。前編に引き続き、看多機運営のポイントやサービス拡大への想いなどを伺いました。 >>前編はこちら 川崎市初の看多機(かんたき)立ち上げへの想い&やりがい【ゆらりん家】 「ゆらりん家」の概要神奈川県川崎市麻生区にある、通い・宿泊・訪問看護・介護の4つのサービスを24時間365日提供するサテライト型、看護小規模多機能型居宅介護施設。急な用事での送迎時間の変更や、泊まりにしたいなど迅速な対応が可能で、登録定員18名、泊まりの個室は5部屋を用意。児童発達支援や放課後等デイサービスも行う「KIDSゆらりん」が併設され、子ども食堂も運営。室内はオープンキッチンやテラスがあって明るく、檜風呂が自慢。毎週日曜日は地域に開放し、あらゆる層の人とつながれる居場所をつくっている。〇プロフィールリンデン代表取締役林田 菜緒美さん福岡県出身。RKB毎日放送で広告営業として勤務後、夫の転勤で神奈川県へ。都立の看護専門学校を卒業し、病院や訪問看護ステーションを経て、2011年にリンデンを設立。「赤ちゃんからお年寄りまでその人らしく生きていく」ためのサポートを目指し、川崎市麻生区で看護小規模多機能型居宅介護事業などを展開。高齢者への生活支援と介護予防の基盤整備を進める地域の調整機能を果たす生活支援コーディネーターとしても活動。2024年には、健やかな社会の実現と国民生活の質の向上を目指し、献身的に活動する人を表彰するヘルシー・ソサエティ賞の医療・看護・介護従事者部門を受賞。 シェアハウスのようにみんなで譲り合う —看多機の運営で心がけているポイントを教えてください。 利用者さんやご家族に「譲り合い」をお願いしている点でしょうか。看多機は介護施設というよりもシェアハウスに似ているかもしれません。利用者さん全員が一斉にいらっしゃると、たちまち定員オーバーになってしまいます。だから、「今日、Aさんの具合が悪くなってお泊まりになりそうだから、いつもこの日に泊まっているBさんに、今日だけ家で過ごしてくれないかお願いしてみる」という感じで、個室のベッドも共有スペースの椅子もみんなでシェアしています。包括料金なので、毎日利用することもできるのですが、「老人ホームではなく在宅療養を支えるサービスである」ことを契約時にご本人やご家族にしっかり説明し、ご理解いただいています。 —新たに看多機を立ち上げたいと考えている訪問看護ステーションの管理者・経営者の方などに向け、アドバイスや注意点を教えてください。 資金面でいうと、最初から黒字化は難しいので、訪問看護ステーションをしっかり黒字化にしてから、看多機に挑戦するといいかなと思います。また、医療職の方は、当然ですが自分の専門分野での働き方しか知らないので、介護職との協働ができるように意識し、互いの職種を認めて尊敬しあい、協業できる力をつけることも大事だと思います。難しい医学用語は分かりやすく介護員に伝えるといった細かい配慮も大切だと思います。 何より、求人を募っても人手不足の今、介護職の人はなかなか集まりません。先にヘルパーステーションを開設し、介護職の人員確保の目途がある程度たってから、看多機を開設する方法もあると思います。ヘルパーステーションでの訪問介護では、介護士と看護師が一緒にお家を回り、2人で人工呼吸器や胃瘻などの医療的ケアが必要なご高齢者の入浴介助を行うケースなどが増えています。そうした経験を積めば、介護士の技量を上げることができる。弊社の介護福祉士には、みんな喀痰吸引等研修の1号まで取得してもらっています。吸引ができるように介護職員を育成すれば、夜勤も看護師と1号を持っている介護福祉士が交代でできるようになります。理想は、介護職員が「この利用者さんを散歩に連れていきたい」といったケアの方法を考え、看護師はそれを支える役割になればいいと思いますね。また、少しでも看多機を立ち上げたいという思いがあるなら、行政への相談が大事です。看多機は地域密着型のサービスなので、「その地区は計画済みで、もうサービスが足りているから要らない」などと行政から言われたり、「ここのエリアならいいのでは」などとアドバイスしてもらえたりすることも。やる気があっても、「今年度は補助金が出ません」と言われたら残念なので、まず行政に相談し、自分の思いと行政の計画を一致させてから動いた方が安心です。申請も複雑なので、分からないことはどんどん聞くといいでしょう。 使える制度を増やしてあらゆる人をサポート —林田さんは共生型サービスや障害児通所施設、生活支援コーディネーターなども行われています。複数のサービスを展開していくことで、どんなメリットがありましたか。 何よりよかったなと思うのが、ずっとひとりで家の中にいるような、地域との接点がなかった方たちとつながれたことだと思います。例えば、地域包括支援センターの人が訪ねても、扉を開けずかたくなに人を入れないご高齢者もいます。でもお弁当の配達なら、扉を開けてくれてその方の顔が見えるんです。毎週、お弁当を届けて声をかければ、笑顔を見せてくれたりして。「ゆらりんさんのお弁当の配達が始まってから、あの人、笑顔が多くなったのよ」なんてご近所さんから言われるとうれしいし、楽しいです。 医師の意見書なしに介護保険にはつながらないので、要介護レベルのご高齢者が「絶対に病院には行かない!」と言うと、介護認定はおりません。でも、見守りやお弁当配達から始めてみると信頼関係ができやすく、病院に行くように促すことも可能。事前に顔見知りになることで、介護保険サービスの利用も拒否されづらくなります。 —ひとり暮らしの認知症の方も、自分から申告してサービスを受けることが難しいように思います。そうした方々とつながることもあるのでしょうか。 そうですね。認知症だと分かるきっかけは、ゴミ出しだったりします。認知症の人はゴミの日以外にゴミを出すようになって近所の人から怒られ、ゴミを出すのが怖くなってゴミ屋敷になっていくんです。代わりにゴミを出してあげるような周囲の優しさがあると、ゴミ屋敷にまでならなくて済むのに、といつも思います。 ある日、地域包括支援センターの方からの相談で、ゴミ屋敷のお家に行きました。90代の認知症が進んだおばあさんを訪ねたのですが、そこには50代の精神疾患の娘さんもいらしたんです。それまではおそらくお母さんが3食食事をつくり、娘さんの通院も付き添っていらっしゃった。でも認知症の進行でそれができなくなり、2人は完全に地域とのつながりがなくなって孤立状態になってしまいました。この狭い地域でこうした例が今まで2~3件あったので、全国的に見ると大きな社会問題ではないかと思います。 スタッフでお部屋を片づけ、お母さんには看多機を利用してもらうように手続きしました。当看多機は共生型サービス(障害福祉サービス)の申請をしていたので、50代の娘さんも利用できるように手配し、週2回の通いで入浴できるように。2人とも、1年以上お風呂に入ってなかったと思います。こうした例を見ると、制度を駆使してあらゆる年代や状況に対応できるサービスを提供できるように整備する必要性を感じます。すべてボランティアではできませんから。 最近、新しい事業として「定期巡回随時訪問看護介護」を始めました。とてもいい制度で、看護師や介護員が定期的にお家を回れて、何かあれば緊急ボタンを押せば看護師とつながることができる。泊まりが必要ないご高齢者なら、このサービスで十分なサポートを得られるのではないかと思っています。 始めたきっかけは、「最近、姿を見ない」と近所の人から地域包括センターに連絡があり、高齢夫婦の自宅を訪問したことでした。訪ねると、脚がパンパンにむくんだおじいさんがいました。すぐに認知症でインスリンが打てなくなったんだと分かり、血糖値を図ったら計測不能なほどの高数値。入院が必要な状況でしたが、ご本人は認知症の奥様がいるから絶対に入院しないとおっしゃる。協力医療機関の医師に相談し往診に入ってもらい、毎日血糖値を図りながらインスリン量を調整し対応してきました。毎月通院してかなりの量のインスリンや薬をもらっていた患者さんが外来に来なくなったとしても、病院から地域の看護師などの支援者につながらない現状があります。 このおじいさんは認知症ですが要介護1なので介護護保険の点数ではサポートしきれず、「定期巡回随時訪問看護介護」でサポートしています。365日午前に看護師が血糖値を計ってインスリンを打ち内服介助。介護員が午後に洗濯や買い物、お食事の準備などを手伝っています。定期巡回は看多機と違ってケアマネジャーの変更が不要で、他事業所の通所も利用できます。包括料金なので必要に応じて行く回数も柔軟に変更できます。ただ、人手不足なので、夜間の介護員の配置は難しいなと思います。まだ利用者さんが少ないですが、ケースによってこうした制度も上手に使っていきたいです。 テレビ局時代にはなかった人や地域に貢献できるうれしさ —なぜそこまで地域のために頑張れるのでしょうか。モチベーションの源泉を教えてください。 困っている人を見捨てられないという性格かな(笑)。テレビ局の広告営業からの看護師への転身だったので、こんなに人から感謝されて地域の役にも立ってお金がもらえるなんて、なんていい仕事なんだろうという感激が強いのかもしれません。 30歳直前で看護師になろうと思ったのも、白血病で入院していた小学生の甥っ子を看護師さんが笑顔にする姿が忘れられなくて。看護学校時代も訪問看護ステーションの実習で、人工呼吸器をつけている子どもの家を訪問したときに、こうした人たちをサポートする訪問看護の現場で働きたいと思いました。「来年、卒業したらここで雇ってもらえますか」と実習先の方に聞きましたが、あのころは「内科3年、外科3年」という時代で、「まず病院で3年働いて経験を積んでからね」と言われ、そういうものかと思い、病院勤務で経験を積むことに。当時は3歳と1歳の子どもを抱えて余裕もなかったので、訪問看護ステーションで働きたいと本気で思えたのは、子どもが小学校に入ってからでしたね。転職して訪問看護の現場で働くうちに、自分の愛着ある地域で重症度や年齢で断ることのないサポートがしたいと思い、独立したんです。 やりたいと思ったら、みなさんもチャレンジしたほうが絶対にいいと思うんですよ。私も来年60歳になりますが、人生は思うよりも案外短い。訪問看護ステーションや看多機を立ち上げる程度の借金は、やる気になれば返せないお金ではないので、怖がらなくてもいいと私は思います。ただ社長業は大変。従業員60人分の給料を生み出さなくてはいけないし、やること考えることもたくさんあります。胃が痛くなるような、一度始めたら終わりにできない苦しさもあります。それでも続けることで地域がつながり、助けが必要な人を1人でも多くサポートできる。しんどくても、モチベーションを低下させずに私が続けられている理由ではないでしょうか。 やはり地域の中に居場所をつくり続けることが大事で、ここでサポートできる内容やレベルが高まれば、町全体がもう少し認知症の高齢者などに優しくなれるのではないかとも思うんです。ボランティアでうちに通っていた人がいつの間にか認知症になって利用者さんになったけれど、ご本人は変わらずボランティアをしていると思っている。そして私たちはお金をいただいている(笑)。そんな状態になるのが理想だなと思います。 —今後の展望を教えてください。 とにかく継続することですね。始めたことに責任をもって継続するには、それをまた担ってくれる若い人たちに代替えしていかなくてはいけない。看護師はもちろん、介護員不足にとても困っている施設が多いなかで、まずは中高生や、看護や介護の実習生といった若い世代に、この仕事に興味を持ってもらうことを大事にしています。例えば、子ども食堂のボランティアには中高生も来てくれます。子どもたちが看護師や介護士、保育士が働いている姿を間近で見て、地域づくりや看護、介護などに対し、自然に興味を持ってくれるような場にもなっている。そうして次世代にバトンタッチしながら、地域にずっと残る頼れる居場所であってほしいと思います。 ※本記事は、2023 年10月時点の情報をもとに構成しています。執筆:高島 三幸取材・編集:NsPace 編集部

川崎市初の看多機(かんたき)立ち上げへの想い&やりがい【ゆらりん家】
川崎市初の看多機(かんたき)立ち上げへの想い&やりがい【ゆらりん家】
インタビュー
2024年1月23日
2024年1月23日

川崎市初の看多機(かんたき)立ち上げへの想い&やりがい【ゆらりん家】

「看護小規模多機能型居宅介護」(以下、「看多機」(かんたき))は、医療依存度が高い高齢者や体調が不安定な障害を抱えている人などが、住み慣れた自宅で生活するための介護保険サービスです。特徴は、訪問介護や訪問看護が受けられ、事業所への通い(デイサービス)や宿泊も可能なこと。24時間365日、できるだけ介護者や家族の希望に沿った柔軟で包括的なサービスの提供ができます。 この看多機の先がけが、林田菜緒美さんが神奈川県川崎市麻生区で2013年に開設された「ナーシングホーム岡上」(現・ナーシングホームゆらりん)です。訪問看護ステーションを運営していた林田さんが、川崎市で初めて看多機を立ち上げたのは約10年前のこと。林田さんに、立ち上げ時のお話や現在の想いを伺いました。 「ゆらりん家」について神奈川県川崎市麻生区にある、通い・宿泊・訪問看護・介護の4つのサービスを24時間365日提供するサテライト型の看護小規模多機能型居宅介護施設。急な用事での送迎時間の変更や、泊まりにしたいなど迅速な対応が可能で、登録定員18名、泊まりの個室は5部屋を用意。児童発達支援や放課後等デイサービスも行う「KIDSゆらりん」が併設され、子ども食堂も運営。室内はオープンキッチンやテラスがあって明るく、檜風呂が自慢。毎週日曜日は地域に開放し、あらゆる層の人とつながれる居場所をつくっている。〇プロフィールリンデン代表取締役林田 菜緒美さん福岡県出身。RKB毎日放送で広告営業として勤務後、夫の転勤で神奈川県へ。都立の看護専門学校を卒業し、病院や訪問看護ステーションを経て、2011年にリンデンを設立。「赤ちゃんからお年寄りまでその人らしく生きていく」ためのサポートを目指し、川崎市麻生区で看護小規模多機能型居宅介護事業などを展開。高齢者への生活支援と介護予防の基盤整備を進める地域の調整機能を果たす生活支援コーディネーターとしても活動。2024年には、健やかな社会の実現と国民生活の質の向上を目指し、献身的に活動する人を表彰するヘルシー・ソサエティ賞の医療・看護・介護従事者部門を受賞。 地域のサロンのような場所でありたい —まずは「ゆらりん家」という施設の特徴と、何を目指して運営されているのかを教えてください。 始まりは、2011年4月に、神奈川県川崎市麻生区の岡上という地域に開設した小さな訪問看護ステーションの「ゆらりん」でした。2013年には、在宅で過ごしたいという人工呼吸器などを付けた医療的ケアが必要な方の希望に寄り添いたいと、 「ナーシングホーム岡上」(現・ナーシングホームゆらりん) を開設。その半年後に、ヘルパーステーションと居宅介護支援を併設しました。2016年には「ナーシングホーム岡上」から徒歩圏内に医療的ケア児の通所施設「KIDSゆらりん」を新設し、2018年には地域のあらゆる人々に活用してもらえるサテライト型「ゆらりん家」をスタートさせました。川崎市から小地域における生活支援体制等整備事業の委託を受け、日曜日は地域開放日にして、住民のためのお弁当作りや健康体操などを行っています。あらゆる層の方をサポートしたいと目の前の課題に一所懸命に取り組んでいたら、自然とサービスの幅が広がり事業も拡大していきました。 私たちの施設の特徴は、人工呼吸器や胃瘻といった高度な医療処置が必要な高齢者の看取りまでをサポートできるのはもちろんのこと、近所の方々にとってサロンのような場所であることも大切にしています。例えば、うちに通っている利用者さんに会いたくて、ご近所に住むご高齢者が「こんにちは、〇〇さんいらっしゃる?」とテラスからひょっこりと入ってくる。そんなご近所さんと利用者さんがコーヒーを飲みながらカフェタイムを楽しむサロンのようなイメージです。近くに住む認知症の方が間違って入ってきてもいいですし、小学生が学校帰りに遊びにきてもいい。「誰でも来ていいんだよ」という開かれた居場所をつくり地域のみなさんがつながることで、支え合えます。赤ちゃんから高齢者まで、その人らしく生きることに寄り添える場でありたいと考えています。 ふらっと遊びに来ていたご高齢者やこの職場で働いていた看護師や介護員が、自身の終末期のときにここで看取りのお世話になる可能性だってある。何かあったときに知らない施設よりも馴染みのある場所で過ごせるだけで安心感があると思います。頼れる場所が、小学校の学区内くらいの歩いて行ける場所にひとつあるだけで、自身や家族の介護・看護の不安が随分和らぐように思います。 週1~2回の訪問看護の限界を感じた —看多機を立ち上げた経緯を教えてください。 私は元々福岡でテレビ局に勤務していて、夫の転勤をきっかけに仕事を辞めて、この神奈川県川崎市に引っ越してきました。大病を患っている親戚のもとへお見舞いに行ったとき、患者さんに寄り添う看護師さんの姿を見てなんて素晴らしい仕事だと感動し、30歳で看護学校に入学して資格を取得したんです。訪問看護に興味があったので、県内の病院で経験を積んだ後、訪問看護ステーションの会社で管理者として6~7年働きました。 2011年に自分が住んでいる地域で訪問看護ステーションを始めようと独立し、自宅をリフォームして5人ほどのスタッフで開業しました。でも、胃瘻や吸引の必要があるご高齢の難病の方をサポートしていると、日に1~2時間の限られた時間での訪問看護だけでは限界があると感じました。例えば、胃瘻や吸引が必要なご主人を1人で一生懸命、介護されていた奥様がいらっしゃって、遠方に住むご兄弟が亡くなったときに、医療的ケアが必要なご主人の預け先が見つからず、お葬式に出席できなかったんです。 そんなケースが何件かあり、地域にレスパイト先(在宅介護や医療を受けている人や介護する家族の休養を目的とした短期入院)もない中で、介護する家族の負担も減らすために、高度な医療的ケアが必要な方が泊まれる場所をつくりたいと考えました。ちょうどそのころ、「複合型サービス」がスタートし、いいサービスだな、やってみたいなと思って土地探しを始めました。私のように「泊まれる場所がほしい」と考え、訪問看護ステーションから看多機へと移行し、開業する人は少なくないと思います。 —呼吸器などをつけている方は、デイサービスにも行けないですよね。 そうなんです。せめてデイサービスに行ければ、ご家族も自身の通院といった自分のための時間がつくれる…。訪問看護でできることは本当に限られています。吸引できるヘルパーさんを育てて、「3時間はご主人を診ていられるようにするから、その間にご自身の病院に行ってください!」といった苦肉の策で時間を伸ばすしかなかった。もう少し長く看られればという思いが強くなり、行動につながったと思います。 ―岡上(川崎市麻生区)で開業された理由についても教えてください。 私は福岡から引っ越してこの地で子育てしたので岡上に愛着があり、心が知れたママ友たちがいます。そして、岡上は麻生区でありながら、東京都町田市に囲まれている「飛び地」なんです。あまりバスは走っていないし、市役所や区役所に行くにも電車に乗らなければいけない。そんな不便な地域だからこそ、困ったときに頼れる看多機のような施設が必要だと思いました。 自転車で地主の家を回って土地探し —物件探しなど、事業所開設までのご苦労はありましたか。 訪問看護ステーションならアパートの一室でも始められますが、看多機は広さの規定があったり、スプリンクラーの設置が必要だったりとさまざまなルールがあります。また、川崎市から2000万円ほど助成金を受けましたが、それまで住宅ローンしか組んだことがなかったので(笑)、助成金の手続きのしかたや銀行から融資を受ける方法が分からず、お金に関する勉強もしました。 当時は看多機が川崎市になく申請も複雑だったので、市の担当者も進め方が分からずお互いに不慣れでしたね。4~5回ほど役所に通い、あとはメールや電話で相談しながら進めていきました。 さきほど申し上げた通り、場所は岡上と決めていたんですが、エリアによって建物の規制が結構あるため、なかなかいい土地が見つからなかったんです。ネットで調べても売り物件があまりなく、不動産屋に聞いても適した土地が見つかりにくいと考えたので、町内会長に相談したり、法務局に行って目ぼしい土地の持ち主情報を収集したりして、自転車で回りながら6~7件ほど地主さんの家を周りました。「こんなサービスの施設をつくりたいのですが、土地はないですか?」と直接かけあっていったんです。 「ナーシングホーム岡上」がある場所はもともと雑木林でしたが、規定の広さをクリアし、地主さんのご了承もいただいたので、土地を借りて施設を立てることにしました。不動産で探すのもひとつの手ですが、地域によっては地主さんとお話するほうが、最適な土地が見つかりやすいように思います。 —経営は最初から順調だったのでしょうか。 いえいえ。最初の利用者さんは、インスリン注射が必要な要介護1の車いすを使用している糖尿病のおじいさんが1人だけ。その状態が3~4ヵ月続き、毎日お金の計算ばかりしていて倒産するかもと思いました(笑)。訪問看護が2年目で黒字化してはいましたが、「あと〇ヵ月は大丈夫だな」「もう1回銀行でお金借りなきゃいけないかな」などと経営面ではいつも不安と隣り合わせでした。 当時、看多機の認知度は低かったので、病院のMSW(メディカルソーシャルワーカー)にご挨拶と施設の説明をしに行き、病院からの紹介で少しずつ利用者さんが増えてきました。ケアマネジャーさんにも説明しに行ったのですが、看多機を利用する場合、その施設専属のケアマネに変更する必要があるので、スムーズにいかないこともあって…。でも、一度サービスを受けていただいて実績ができると、ケアマネさんが「この事例なら、『看多機』がいいのでは」と提案してくださることが増え、口コミで広がっていきました。 —サテライトの「ゆらりん家」を開設して5年、看多機を始めてから10年経過されていますが、立ち上げ時以外にご苦労された点についても教えてください。 看多機の認知度をあげ、安定して利用者を確保することや、介護職員の求人などは難渋しましたね。コロナ禍では通いを減らして訪問中心に切り替える、といったこともしながら、事業所は休まずに継続しました。継続するのは大変ですが、それと同時に柔軟に通い・訪問・泊まりを切り替えられるのが看多機の強みだとも実感しました。 また、日曜の地域活動も同様で、休止するのは簡単ですが、要介護予備軍の人たちが孤独になって悪化する恐れもあります。 妻の在宅での看取りを叶えた大学教授 —看多機をやってよかったと思うエピソードはありますか。 難病の奥様を自宅で介護されてきたご主人のエピソードですね。訪問看護やデイサービス、訪問入浴を利用しながら、週1~2回の大学での授業を続けていましたが、病気の進行で入院、人工呼吸器装着となりました。病院からは施設への入居をすすめられたのですが、ご主人は「絶対に家に連れて帰る」とおっしゃって、看多機を利用されることになったのです。ご主人の仕事や用事のある日に、通いと泊まりを週に数回利用され、ご自宅にいらっしゃる日は訪問看護でケアに入り、最期はご自宅で看取られました。ご主人がレスパイトの時間を持てたことで介護疲弊を防げたことはもちろんですが、ご本人もお話しすることはできなかったものの、送迎車から外の景色を見ながら季節を感じたり、事業所のイベントを楽しまれたりと365日自宅のベッドで過ごすより充実した療養生活を送れたのではないかと思います。 今は毎週日曜にご主人がゆらりん家に来てくださって、ボランティアで床掃除をしてくださっています。「『看多機』のような素晴らしいサービスをなぜもっと広報しないんだ!」と応援してくださる。おそらく奥様の思い出話ができる看護師や介護員がいる場所であることも、通ってくださる理由ではないかと思います。グリーフケアにもつながっているのかもしれません。亡くなられた後にボランティアで参加してくださるご家族がいると、病院勤務時代には味わえなかったこの仕事のやりがいや醍醐味を感じます。 また、経鼻経管栄養の利用者さんで、医師からは経口摂取は禁止と言われて退院しましたが、ここで過ごしてケアを受けることで、お鼻の管が取れて最後は普通食を口にできたというご高齢の方もいました。認知症がありましたので、言葉でうまく感情を伝えられなかったのですが、明らかに笑顔が増えました。口から食事ができるって本当に素晴らしいことで、ご家族もうれしそうでした。 >>後編はこちら訪問看護から看多機・生活支援・定期巡回まで。人と地域をつなげるために ※本記事は、2023 年10月時点の情報をもとに構成しています。執筆:高島 三幸取材・編集:NsPace 編集部

地域医療と訪問看護~患者さんの家族目線で最善の医療
地域医療と訪問看護~患者さんの家族目線で最善の医療
インタビュー
2023年12月12日
2023年12月12日

【医師に聞く】地域医療と訪問看護~患者さんの家族目線で最善の医療を~

埼玉県上尾市の中核病院である、上尾中央総合病院で循環器内科医として働く小橋啓一先生。先生のお父様が開業するクリニックもあり、上尾は幼いころから縁のある土地です。現在は地域医療ネットワークの担当として循環器内科の訪問診療を行っており、訪問看護師ともかかわっています。今回は、小橋先生の地域医療への想いとともに、上尾中央総合病院の取り組みについてもお話をうかがいました。 小橋 啓一(こはし・けいいち)先生上尾中央総合病院 循環器内科 副科長上尾市立平方北小学校を卒業。2004年日本医科大学卒業、同大付属病院にて初期研修を修了後、同大第一内科入局。同愛記念病院循環器内科、静岡医療センター循環器内科、日本医科大学多摩永山病院内科・循環器内科を経て2018年5月より現職。専門は虚血性心疾患。日本循環器学会循環器専門医、日本心血管インターベンション治療学会認定医、日本内科学会総合内科専門医。 上尾の患者さんに寄り添った医療を ーまずは先生がご担当されている業務について教えてください。 36年前、私が10歳のときに父が上尾市でクリニックを開業しました。そのクリニックをいずれ継ぐことを視野に、現在は上尾中央総合病院で循環器内科の副科長と兼任して、循環器の地域医療ネットワークの担当をしています。プレホスピタル12誘導心電図伝送システム(詳しくは後述)の普及活動と、循環器の訪問診療を行っています。 上尾中央総合病院 ー循環器専門医としてこの地域で医療を提供されていることに関して、先生の想いを聞かせていただけますか? 専門医だからといって、特別なことをしているという認識はありません。ここは私自身の地元ですし、父も現役で働いているとはいえ高齢ですから、実家のほうから救急車が来ると他人事とは思えないんです。地域で暮らしている方を、自然と自分の家族のように感じることができる。これが、救急医療においても訪問診療においても非常にプラスになっていると思います。 手術中の小橋先生(右) 患者さんの小さな変化に看護師さんが気づく ー訪問診療ではどのようなことを意識されていますか? 訪問診療でできることは採血と身体所見を取ること、簡易の心臓エコーなどに限られます。それでも、毎回患者さんを診て、訴えを聞いて、薬を飲んでもらって……という、医師が昔からやっていたことをきちんと行うことを意識しています。これができれば、慢性疾患である心不全の予後はある程度コントロールできるのだと実感しています。 基幹病院のような大きなところで働いていると、最新の検査機器や新しい薬などに目が行きがちですが、そういった特別なものがなくても、できることはたくさんあると思っています。 ー訪問看護師とのかかわりについても教えてください。 訪問診療と訪問看護は交代で患者さんのところに伺っており、交換日記のようなコミュニケーションが多いため、私が普段直接会話をする機会はあまり多くありません。でも、訪問看護師さんたちに支えられていることは日々実感しています。 当院の場合、実施しているのは定期的な訪問診療のみで、急な往診には対応していないため、患者さんに何かあったら、まず訪問看護ステーションに連絡が入ります。訪問看護師さんたちが普段から患者さんの様子を把握し、小さな変化にも気づいて適切なアドバイスをくれるおかげで、状態が悪くなる前に微調整でき、結果的に入院を避けられているんです。当院でも訪問看護師さんとの連絡窓口には専属の看護師を配置しており、患者さんと信頼関係を築いていますので、円滑に連携できていると思います。 地域の医療機関との連携で環境が改善 ー上尾市や近隣自治体の医療機関とはどのように連携していますか? 上尾中央総合病院では2020年9月から循環器内科の訪問診療を始めました。当初は、我々が訪問することで入院期間を短縮できたり、患者さんが自宅で過ごせたりするケースを増やしたいと思っていました。でも、最近は地域の先生方との連携もスムーズに行えるようになり、往診対応もできる地域の医療機関に患者さんを紹介するケースが増えています。 訪問診療に切り替える目的は、必ずしも寿命を延ばすことではありません。患者さんが苦しくないようにしたり、最期の時間をご家族と過ごせるようにしたりすることも大切な目的です。また、もちろん訪問診療から外来通院に戻すこともできます。地域の先生方ともより連携を密にしていき、患者さんやご家族が安心できる環境を整えたいと思っています。 モービルCCUの導入で地域の医療が向上 ー上尾中央総合病院で導入しているモービルCCUについて詳しく教えてください。 当院では2018年から心臓病専用救急車「モービルCCU」を1台導入しており、専属の運転手と医師・看護師・臨床工学技士の4人で地域のクリニックに患者さんを迎えに行っています。 開業医の先生としては、診療時間中に救急車を呼ぶと、医師の同乗が必要となる場合があるため外来が止まるという負担があります。そのため、「細かい診療情報は後からでいいので、開業医の先生が急患だと判断したら私たちが迎えに行きます」というスタンスでやっています。稼働は日中の時間帯に限られていますが、ニーズの8割くらいはカバーできているのではないでしょうか。地域の先生方にも喜んでいただいているようです。 ー先生が現在力を入れていらっしゃるプレホスピタル12誘導心電図伝送システムについても教えていただけますでしょうか。 救急車内で救急隊員さんが心電図を取ってクラウド上にアップし、患者さんが病院に着く前に医師が心電図の波形を直接読影して診断するというのがプレホスピタル12誘導心電図伝送システムです。当院では2017年からスタートして、2023年6月に、累計1,000件になりました。 このシステムを導入したことで、当院における急性心筋梗塞の患者さんの30日死亡率が減少したというデータが得られ、論文として発表することができました。現状は近隣自治体の消防本部(上尾・伊奈・県央広域(桶川・北本・鴻巣))の救急車8台だけにこのシステムが入っているので、もっと広く普及できればと思っています。 送ってもらった心電図は全例フィードバックしているので、救急隊員さんにも喜んでいただいています。救急隊の皆さんは心電図読影に対して情熱を持って臨んでくださっており、読影力も上がっているんです。そういった経緯もあり、上尾市消防本部からは救急車全台に搭載したいと要望をいただいています。当院をきっかけにして、上尾市だけではなく、埼玉県や全国まで、公的なシステムを変えられたら嬉しいですね。 「患者さんが自分の家族だったら」と考えて ー最後に、訪問看護師さんに向けて、メッセージをお願いいたします。 私たち医師は本当に訪問看護師さんたちに助けてもらっていて、地域で訪問診療をしている先生方も口をそろえて「訪問看護師さんがいないと成り立たない」とおっしゃいます。 訪問看護ではカバーする疾患の範囲が広いので、基本的な勉強は必要ですが、結局は「この患者さんが自分の家族だったらどうするか」と考えて対応するしか正解はないと思っています。これは私も普段から心掛けていることです。ただ、疑問に思ったことはそのままにせず、私たち医師を有効に使っていただきたいです。それが私たちのためにもなりますし、何より患者さんのためになります。 訪問看護師さんが患者さんを一番知っているわけですから、そこは自信を持って患者さんと向き合っていただきたいですね。それが結果として最善の医療になるのだと思っています。 ※本記事は、2023年10月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

【医師に聞く】地域医療と訪問看護2
【医師に聞く】地域医療と訪問看護2
インタビュー
2023年11月14日
2023年11月14日

【医師に聞く】地域医療と訪問看護~接遇の大切さと100点満点を目指さない理由~

20年以上にわたり神奈川県横浜市金沢区とかかわりを持ち、当地に田川内科医院を開業した田川暁大先生。地理的・医療的環境が異なるさまざまな地域でキャリアを積み、糖尿病、ぜんそく・COPDなどの分野で患者さんの在宅療養に心を傾けています。そんな田川先生に、地域医療や訪問看護への想いを語っていただきました。 田川内科医院 院長田川 暁大(たがわ あきひろ)先生1998年山形大学医学部卒業、2004年横浜市立大学大学院医学研究科博士課程修了。2016年より現職。医師としてのキャリアを神奈川県内各地のさまざまな医療機関で積み、呼吸器内科・糖尿病内科を中心に診療するクリニックを横浜市金沢区に開業。専門性を生かし、患者さんやご家族と一緒に考えながら実行可能で継続できる治療を推進している。コロナ禍においては自院でのワクチン接種や発熱患者の受け入れにも積極的にかかわる。日本内科学会認定医・総合内科専門医、日本呼吸器学会専門医・指導医、日本糖尿病学会専門医、日本糖尿病協会糖尿病認定医。 患者さん一人ひとりへの接遇を大事に —まずは、地域の患者さんとかかわる喜びや、心がけていることについて教えてください。 開業したのは2016年ですが、横浜市金沢区内の複数の病院で20年来医療に従事してきました。そのため、何年も前に別の病院で診察した患者さんが来院なさるケースがあります。新型コロナワクチン接種で当院を受診した方に、「実は20年前に別の病院で診ていただきました。あのときはありがとうございました」と言われたり、「ここはあのときの田川先生のクリニックなんじゃないかなと思って建物の前を通っていたんです」といった話もうかがったり。患者さんにそんなふうに言っていただけるのは嬉しいですね。 そもそも病院自体が「行きたい場所」ではなく、嫌な医師なら来院しませんから。「何かあればまたこの病院にかかりたい」と思っていただけるような適切な対応・接遇、何より信頼を得ることが大事だと、スタッフとも常々話しています。 田川内科医院の外観(左)と受付の様子(右) どの地域でも最新の標準治療を提供するために —地域医療について課題を感じることはありますか? 私のいる金沢区は非常に医療環境に恵まれており、呼吸器も糖尿病も、当院のように専門医が在籍しているクリニックが複数あります。加えて区内には横浜市立大学附属病院や横浜南共済病院、県立循環器呼吸器病センターといった基幹病院もあり、各診療科に専門医が複数いる環境です。 一方、高齢化や過疎化が懸念される地域ほど専門医が少ない傾向にあると感じています。そういった地域では各分野の知識が更新されづらくなり、標準治療の提供も難しくなってしまう可能性があります。 今後、より地域医療に求められるだろうと感じているのが、各科の医療水準の均衡化と考えます。専門医が少ない地域・いない地域でも最新の標準治療が提供できるように、非専門の先生と協力していく必要があります。もちろん、我々専門医の研鑚や積極的な発信が必要なのは言うまでもありません。 —訪問看護師に関しても同様のことが言えるでしょうか。 そうですね。みなさん本当に真摯に患者さんと向き合っておられますが、例えば糖尿病に関して「血糖値に応じてインスリンを何単位」といった、「かつては当たり前だったが今は違う」知識に基づいてお話されている訪問看護師さんもいらっしゃることは事実です。もちろん、「今は違うんですよ」とご説明をしますが、比較的情報が入ってきやすい大きな病院と異なり、お一人で訪問することが多い訪問看護ステーションでは、どうしても情報更新が難しいケースがあるのかなと感じます。 標準治療の提供のために、訪問看護師さんにも積極的に学んでいただければと思いますし、我々も必要に応じて情報提供を続けていきたいと思っています。 敬意をもって患者さんに接する大切さ —患者さんとの接し方や医師への連携について、アドバイスいただけないでしょうか。 忙しいとき、多くの医療者は自分が伝えたいことを一方的に話してしまいがちです。しかし本当に重視すべきは「患者さんに正しく意図が伝わる」こと。そのために私は丁寧な言葉を選ぶよう心掛けています。丁寧に話すだけで、早口ではなくなりますから。 また、医師・看護師に限らず医療従事者のなかには、患者さんに対して高圧的だったり、逆に子どもをあやすように接したりする人がいます。私はどちらも違うのではないかと思っています。おすすめしたいのは、敬意をもって患者さんに接すること。そうすると患者さんのちょっとした違いに気付いたり、貴重な情報を患者さんから引き出せたりするものです。 とくにご高齢の方は皆さん我慢強く、体調の変化をあまり訴えない傾向があります。しかしそこに病気のサインが隠れている可能性もあり、「おやっ」と感じることがあればぜひ医師と連携してほしいですね。 100点満点の生活改善は目指さない —先生は呼吸器と糖尿病がご専門で、生活習慣が症状に影響する疾患の患者さんを多く診ていらっしゃいます。安定した在宅療養を継続するために重要と考えていることを教えてください。 「100点満点を目指さない」ことでしょうか。85点くらいで十分ですね。年齢を重ねるほど、できないことが増えてくるので、ご本人・ご家族と医療者とで「落としどころ」をすり合わせて共有することが重要です。 具体例を挙げると、たとえば「医師に制限・禁止されている食べ物を食べてしまった」と患者さんに打ち明けられたとします。それが絶対にNGなものでなければ、どこまでなら減らせるか患者さん自身と相談します。このとき、私はまず患者さんの発言を受け入れるようにしています。そして患者さん自身が決めた目標を達成できるようがんばってもらい、結果が出たら一緒に達成を喜ぶんです。 そこで、「じゃあ次はもう少し制限しましょう」…とは言わず、「これを継続しましょう」と伝えます。「本当にそれでいいの?」と思うかもしれませんが、結果が出ると患者さんは楽しくなり、ご自分から量を制限するようになります。そうなったらしめたもので、患者さんの行動変容につながっていくんです。 訪問看護師さんが気軽に患者さんの情報を共有していただけたら、もっとアドバイスができると思いますし、どこが「これだけは守ってほしい点=85点」なのかを一緒に検討することもできるでしょう。患者さんと長く接している訪問看護師さんからの情報は医師にとって貴重な気づきになります。これからも、一緒に地域医療を支えていきましょう。 ※本記事は、2023年9月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

ノーリフティングケアのコスト&導入法
ノーリフティングケアのコスト&導入法
インタビュー
2023年11月14日
2023年11月14日

在宅の介護・医療に導入が難しい…は誤解? ノーリフティングケアのコスト&導入法

前編では、介護側の腰痛を防ぐ「ノーリフティングケア」の普及に努める理学療法士の下元 佳子さんに、リフトを導入するメリットについて伺いました。今回は、ノーリフティングケアの導入を悩んでいる要介護者やご家族への説明のしかたや、訪問看護ステーションの管理職がやるべきこと、そして、下元さんが考える今後の課題や展望などについて伺いました。 >>前編はこちら知っておきたいノーリフティングケア 看護師の腰痛予防や利用者の拘縮緩和も ※本記事で使用している写真の掲載については本人・家族、関係者の了承を得ています。 〇プロフィール 下元 佳子(しももと よしこ)さん 理学療法士。17年間病院に勤務した後、合資会社オファーズを設立。訪問看護、訪問介護、子どもの通所介護の事業所を運営。「二次障害を引き起こさない福祉用具ケア」を普及させるため、一般社団法人ナチュラルハートフルケアネットワークを設立し、代表理事を務める。高知市内に拠点を置き、福祉用具の展示·相談、人材育成のための研修等を行っている。 ※文中敬称略 ノーリフティングケアの導入コストの考え方 ―「在宅介護ではノーリフティングケアは無理」と考える利用者やそのご家族もいるかと思います。そう思われている方には、どのように説明されているのでしょう。 下元: 私が携わる訪問看護ステーションでは、2割強の方がリフト利用者です。導入を職員が当たり前のように考えており、介護士や看護師がリフトを必要だと判断すれば、事業所のノーリフティングのリーダーである理学療法士に伝え、一緒に要介護者の自宅に訪問します。そこでメリットや使い方を説明した上で、リフト導入につなげる、といった連携ができています。 要介護者やそのご家族が、在宅での導入は難しいと思う理由はいろいろあります。1つは、「コストがかかる」と思われる点です。確かに福祉用具を購入すると導入時に一定料金がかかりますが、訪問介護をはじめとした人的ケアになると、回数を重ねるごとにお金がかかります。週3回、2人のヘルパーが訪問するよりも、リフトの導入と1人のヘルパーが訪問するほうがかかる費用は安いのです。 ただし、障害児者の場合は、地域によって負担金が異なります。行政から福祉用具の費用が支給される県もありますが、高知県はあまり条件がよくありません。例えば浴室と寝室用にリフトを購入すると、自費負担額が200万円ほどかかるケースも多くあります。でも、実際に導入したご家庭のお母さんに話を聞くと、「介護する自分の腰痛が酷くなって病院やマッサージに通うのなら、早く購入したほうがいい」とおっしゃっていて、お金の使い方は考え方次第だなと感じました。また、厚生労働省による生活福祉資金貸付制度もあり、こうした制度を活用すれば、ほぼ利子がかかることなくお金を借りることができます。 ―老々介護など、介護されるご家族には高齢者の方もいて、操作が難しそうと思う人もいるかと思いますが、どのように説明されていますか。 下元: 基本の使い方を覚えれば、力もいらず、テクニックやコツも要らないのがリフトのいい点です。上・下のボタンしかないので、テレビのリモコンよりも操作は簡単。「シートを体に装着するのが難しそう」とおっしゃる人には、「おむつ交換やお洋服の着替えよりはるかに簡単ですよ」とお伝えします。すると、無理だと思う理由がなくなって試してくださる。ご家族にも乗っていただくと「わ~、気持ちいい」とおっしゃって、導入につながりやすくなります。 話すだけではイメージが湧かないので、リフト利用者に許可をいただき、実際の利用風景の動画を撮影して、導入に悩む方に見せるようにもしています。その際、可能な限り、同年代や同じ疾患がある要介護者の動画を選んで見せるようにしています。そうすると、「これなら活用できるかも」と思ってもらいやすくなるんです。 「部屋のこの辺りにリフトがあると困る」「このくらいの姿勢しか取れないから、吊ることができないと思う」など、要介護者一人ひとり異なる事情に耳を傾け、一緒に解決していく姿勢が大事だと思います。「使えない」「無理そう」という壁は、本人や家族自身が作られているように思うので、その壁を取っ払っていくことが大切ですね。 なお、リフト以外の福祉用具についても、それとなく興味をもっていただけるように工夫しています。要介護者を動かしやすくなるベッドシートや、するっと滑ってラクに動かせる安価なグローブを使って動かす、といったことを、あえてご家族がいらっしゃる場で行うと、「それは何ですか?」とあちらから興味を持って聞いてくださる。「これなら簡単かも」と思ってもらえます。 独自の介護が子どもに悪影響を及ぼすことも ―医療的ケア児の場合には、ご高齢の利用者とはまたコミュニケーションの取り方が変わってくるように思います。アドバイスいただけますか。 下元: 医療的ケア児の保護者の中には、介護士や看護師に対し、「こんな風にやってください!」と強い口調でおっしゃる方もいらっしゃいます。お子さんを誰よりも長く介護されているので、「この向きで抱っこして、こうやってご飯を食べさせてほしい」など、自分流の介護方法を介護士などに求めていらっしゃるんですね。でも、専門家から見れば、「側弯や股関節の脱臼など課題や本人の今後を考えると、介護方法を変えた方が良いかな」と思うことも少なくありません。 でも、そのように頑なになられる理由は、「自分が頑張らなきゃ」という状況に追い込まれ、孤独感を抱えながら試行錯誤してこられたからですよね。この状況を解消するためには、もっと早い段階から専門職である我々が、正しい介護知識をお伝えすべきなのだと思っています。私自身、高知県内の支援学校はほぼすべて周り、「こうした抱っこのしかたは筋肉を緊張させるんですよ」などと知識を伝えています。 看護師や介護士は、プロとして親と一緒に子どもにとってベストな介護方法を考え、実践していくことが大事だと考えています。その方法の1つとして、「リフトの活用が子どもの安定した介護になる」という認識につながればいいと思いますね。 ―実際に導入された人は、どんな風に活用されているのでしょう。 下元: うちの施設でリフトを導入された方の介護者の最高齢は80代の女性で、杖を突いて歩かれる要介護1の方でした。98歳のお母様を102歳の寿命を全うされるまで在宅で介護。トイレ、浴室、居室もすべてリフトを設置し、入浴もトイレも介助できていました。ティルト・リクライニング車いすや介護用ベッド、玄関に昇降機を導入するなど、たくさんの福祉用具を積極的に活用され、介護ヘルパーは不要とおっしゃるほどで、介護保険が余っている状態だったのです。人的サービスから介護プランを組んで福祉用具を導入すると、介護保険料が足りなくなるケースがありますが、福祉用具の活用から介護の方法を考えるというのも1つの手だと思います。 ―リフト利用者やそのご家族の現状を伺いましたが、「在宅だから導入が難しい」と考えている訪問看護師さんも多いかと思います。下元先生の考えや取り組み、訪問看護師さんへのアドバイスをお願いいたします。 下元: リフトのような大きな福祉用具になると、訪問看護側に経験がないと、どのリフト会社を選べばいいのか分からないというところでつまずきます。導入までの意思決定は難しいと思うので、福祉用具の企業のリフトに関する知識がある人に相談し、アドバイスをもらうといいと思います。 また、リフトの導入実績がある福祉用具のレンタル会社を探して相談するのもいいでしょう。1ヵ月だけ利用して、合わなければやめることもできます。 管理者は腰痛予防の体制を整えることが大事 ―訪問看護ステーションの管理者がノーリフティングケアを導入しようと考えたとき、何から始めてどんな流れで進めばいいのか、アドバイスをいただけますでしょうか。 下元: いきなりリフトの導入に取り組むのではなく、管理者がまずやるべきことは、腰痛予防の体制を整備することです。リフトは介護の手段に過ぎません。目的は、介護する人たちの腰痛を防ぐこと。つまり「リスクマネジメント」が重要になります。 例えば、スタッフに「負担になっている業務をあげてほしい」と伝え、心身の負担になっていることを出してもらいます。「要介護者のAさんの移乗がとても厳しく、いつ一緒に倒れてしまうか分からない」「人工呼吸器を装着しているBさんの家はとても狭くて、吸引するときの姿勢がとてもつらい」など、出してもらった負担はすべてヒヤリハットになるので、それを一つひとつ解決する方法やしくみを考えます。現場の人たちだけで解決するのが難しいときは、ケアマネジャーに伝えて担当者会議の議題に挙げられるような組織の体制を整えることが大事です。 リスクマネジメントにつながる「教育」も大事になります。リフトやシート、グローブといったアイテムの使い方を教えるだけではなく、「今の時代は、要介護者を抱え上げてはいけない」ということを、スタッフがきちんと理解するまで教育する必要があります。 看護師や介護士という職業はその道のプロであり、お手本にならなければいけません。誰が見ても「この人たちがやっていることなら、マネしても健康を損なうことはない。大丈夫」と思っていただく必要がある。そのためにも、介護における体の使い方に関するトリセツのような教材をつくればいいと思います。うちの施設でも、新入社員が入ってきたら、つくった教材を使って2時間ほどかけてリーダーが説明します。それを受講してから現場へ入っていくルールになっています。 また、厚生労働省が出している腰痛予防の指針に、要介護者を持ち上げるための重量制限について記載されています。例えば、60kgの男性だったら抱えていいのは24kgまで。女性だったら14kgなので、要介護者が子どもであっても抱えてはいけない場合があります。 参考: 〇厚労省の職場における腰痛予防対策指針及び解説https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000034et4-att/2r98520000034mtc_1.pdf また、リフトもトランスファーボートも、使える対象者の基準があります。こうした基準に沿って管理者はルール化し、リスクマネジメントを心がけることが必須だと思います。 ―今後の課題や展望を教えてください。 下元: 年々、介護現場では人材不足が深刻になっています。特に高知県は高齢化率が全国で2番目に高く、人口は3番目に少なく、国が危機感を持っている2040年代の状態に片足を突っ込んでいる状況です。そうした人材不足の危機感もあって、先立ってノーリフティングケアを実行しています。施設には9割近く導入されましたが、訪問看護はまだ進んでおらず、広げていきたいと思っています。 いずれにしろ、高知県が先がけてやっていても、全国的にノーリフティングケアが当たり前になっていかない限りは、いつまでたっても保険衛生現場の状況は変わりません。ぜひ、ノーリフティングケアの必要性を知り、訪問看護の場でも広げていただきたいと思います。 ※本記事は、2023年8月時点の情報をもとに構成しています。 執筆: 高島 三幸取材・編集: NsPace編集部

ノーリフティングケア インタビュー
ノーリフティングケア インタビュー
インタビュー
2023年11月7日
2023年11月7日

知っておきたいノーリフティングケア 看護師の腰痛予防や利用者の拘縮緩和も

看護や介護の現場では、人力で寝たきりの要介護者を移動させるため、腰痛発生率が高まり、離職率の増加につながっています。それを防ぐのが、欧州では主流の「ノーリフティングケア」です。リフトを活用して要介護者を動かすことで看護師や介護士の腰痛予防になるほか、リフトの活用そのものがリハビリとなり、利用者の拘縮緩和も期待できます。そこで、「ノーリフティングケア」の普及活動に奔走する理学療法士の下元 佳子さんに、国内外の現状やリフトを活用するメリットについて伺いました。 ※本記事で使用している写真の掲載については本人・家族、関係者の了承を得ています。 〇プロフィール 下元 佳子(しももと よしこ)さん 理学療法士。17年間病院に勤務した後、合資会社オファーズを設立。訪問看護、訪問介護、子どもの通所介護の事業所を運営。「二次障害を引き起こさない福祉用具ケア」を普及させるため、一般社団法人ナチュラルハートフルケアネットワークを設立し、代表理事を務める。高知市内に拠点を置き、福祉用具の展示·相談、人材育成のための研修等を行っている。 ※文中敬称略 オーストラリアでは看護師がリフト活用を推進 ―リフトの存在は知っていても活用していなかったり、「ノーリフティングケア」のメリットをきちんと理解していなかったりする看護や介護の現場がほとんどだと思います。ノーリフティングケアの状況やメリット、そして、医療・介護業界に広める活動をされている理由を教えてください。 下元: 「ノーリフティング」という言葉は、看護・介護・福祉の現場から職業病としての腰痛を予防する取り組みを指します。海外に視線を向けると、欧州では1980年代からリフトを使って看護や介護することが日常になっています。 オーストラリアでは看護師の身体疲労による腰痛訴え率が上がったため、1998年に国が腰痛予防策の義務化をし、積極的に取り組んできたのです。歴史は浅いですが、人力のみの移乗を禁止して福祉用具を活用しようと、看護や介護、福祉現場での常識が変わってきています。 現地で率先して活用を広めているのが、看護師です。私は2008年にオーストラリアの看護や介護現場を見学しましたが、「なぜ看護師がリフトの活用を広めているの?」と看護師に質問すると、「患者さんをサポートする役目の私たちが、自分の体を痛めて治療費を払うなんて、話にならないわよね」と答えてくれました。質の高い仕事をするために、ムダなことはしたくないと話していたことにも、プロ意識を感じました。 ―日本とは大きく状況が異なるのですね。なぜ、日本ではノーリフティングケアの導入がなかなか進まないのでしょうか。 日本では1970年代に「重量物取り扱いルール」が制定されましたが、建設業・輸送業など「物」を対象とする業界で実践されてきました。そのため、人に対しては何の対策も取られず、介護や看護に携わる人たちの腰痛が増え続けてしまったのです。2013年に国が「職場における腰痛予防対策指針」を出しましたが、現場が実際に変わるほどの効果はなかったように思います。昨年、厚生労働省による労働災害の防止の取り組み「従業員の幸せのSAFEコンソーシアム」や、今年の「第14次労働災害防止計画」の中に、「介護はノーリフティングケアでやりなさい」という内容が、ようやく明記され始めたのが現状です。 国をあげての問題になった今、看護師や介護士、そして長時間一緒に過ごされるご家族の体を守るために、私はノーリフティングケアの普及活動に力を入れています。 看護や介護職の人たちは、「自分が要介護者の手足を動かしてケアすること」こそ、本人やご家族に喜ばれると考え、それが目標や自身への評価にしがちです。しかし、大事なのは、ご家族を含めた介護するチーム全員が自分の体をしっかり守りながら、ケアを継続すること。看護・介護のプロとしても、腰痛予防のための「ノーリフティングケア」を取り入れるべきだと思います。 日本の要介護者が屈曲状態で拘縮する理由 ―下元さんは30年以上前にカナダの医療や介護の現場へ「ノーリフティングケア」の視察に行かれ、どこに行っても拘縮(関節が固まってしまう状態)の要介護者がいない事実に驚かれたとのこと。日本ではなぜ拘縮の人が多いのでしょうか。 下元: 私が理学療法士を目指して勉強していたころは、「寝たきりなどで体を動かさないから拘縮が起こる」と習いました。でも、実際に臨床現場で働くと、寝たきりなら関節が伸展した状態で拘縮するはずなのに、なぜか上肢は肘で大きく曲がり胸にくっつき、指も握ったまま、下肢も大きく曲がり踵がお尻にくっつきそうな人が多く、不思議に思いました。 セラピーの時間に手足を動かして「少し筋肉が緩んだかな?」と思っても、看護師さんに患者さんを病棟のベッドに移してもらった途端、セラピー前の固さに戻っていることもありました。吸引して拘縮が強くなっていることもあり、もしかしたら、筋肉が緊張する状態が続くと拘縮になるのではないかと思いました。 強い刺激や速い刺激を与えると、筋肉の緊張度合は上がります。例えば、横向きに寝るように体を動かし、股関節を開くといったおむつ交換の作業でも、乱暴に動かすと筋肉は緊張します。時間が経って緊張が少し緩んでも、また次の介護ケアで筋肉が緊張してしまう。私たちのようにふーっと息を吐くなど、要介護者は筋肉の緊張を緩めるようなコントロールができません。つまり、介護ケアの連続が、筋肉の緊張状態を継続させていたのです。これは、人によって「つくられた拘縮」ともいえます。 28歳で地域の高齢者病院に転職したときに驚いたのが、拘縮で手足が屈曲し固まっている患者さんが病室にたくさんいたことです。医師からは山のように「拘縮改善」のオーダーがありました。でも1日数十分体を動かすだけでは、固くなった体を改善することはできません。カナダのバングーバーの施設を視察したのはそのころ。もう30年前の話ですが、拘縮している要介護者はいませんでした。その後に行ったデンマークやオーストラリアでも、生活習慣による円背はあっても、日本でたくさん見るような拘縮した人はいなかった。つまり「ノーリフティングケア」を実践している国では、拘縮している要介護者がほとんどいないのです。 ―リフトの活用が拘縮を防ぐということでしょうか。逆に、筋肉が緊張しそうなイメージもあります。 下元: 吊り上げるときは、大腿後部と背中全体をシートで支えます。広い範囲でしっかり体重を支えながらゆっくり動かせば緊張するどころか、逆に緊張を緩めてくれるのです。だから我々は、「要介護者を抱え上げられないからリフトを使おう」ではなく、「筋肉の緊張を緩めるためにリフトを使いましょう」と在宅介護や医療現場で提案します。拘縮を改善する道具として使えることを、ぜひ多くの看護・介護・福祉の現場で働く人々に知っていただきたいです。 嬉しそうにリフトを利用している利用者さんの様子 ベッドからの移動にリフトを活用(左)。利用者さんのお母様の負担が軽減した。また、体幹トレーニング(中央)や、リラクゼーション(右)にもリフトが活用されている 私が活動する高知県では、全国に先駆けて「ノーリフティングケア」に取り組み、2015年からモデル施設をつくっています。8年経ちますが、拘縮の方が本当に減りました。県外から視察されに来た方を施設にお連れすると、ホールに座っている高齢者を見て、「高知県は特養介護度が低いのですか?」と皆さん同じことをおっしゃいます。日本には拘縮している高齢者が多いので、「自分で自由に動けない介護度が高い人=拘縮している」というイメージなのでしょうが、「ここにいる皆さんは要介護度5ですよ」と伝えると必ず驚かれます。 リハビリもやらなければと思う看護師たち ―先生は、訪問看護師を養成する県のプログラムで講師もされていると伺っています。受講される看護師は「ノーリフティングケア」についてどのようなイメージを持っているのでしょうか。 下元: 年2回、「在宅リハビリテーション」というテーマで1日研修の講師を担当しています。最初に「在宅リハビリテーションに、どんなイメージありますか?」と質問すると、「ベッド上の要介護者の手足を動かす」と看護師さんたちは答えます。私は「リハビリテーションとは、そういうことではない」ということから講義を始めるんです。 理学療法士や作業療法士が不在の介護現場では、「自分がリハビリの仕事をしなければ」と考える看護師さんが多いようです。「リハビリのやり方を教えてください」と看護師さんからよくお願いされますが、「要介護者の手足を動かすことが理学療法士や作業療法士の仕事ではない。週に一度や二度それを実施しても拘縮は予防できません。ケアを変える提案をする方が大事であり、成果が出ます」と伝えます。そして、「リフトで吊り上げてゆらゆら動かすと体の緊張が緩んできます。ベッドの上で要介護者の手足を動かすよりも拘縮予防になります」と説明すると看護師さんたちは驚かれ、「リフトを活用したい!」とおっしゃるのです。 ―リフトを実際に使っている方やそのご家族の様子を教えてください。 下元: リフト利用者やそのご家族は、活動的になる傾向があります。 玄関リフトや電動車いすなどを活用してお出かけをする利用者さん。「人に相談する」「福祉用具を使ってゆとりを作る」ことで、お母様の負担を減らしながら活動量を増やし、暮らしが豊かになった リフトは自費でレンタルできるので、ホテルに設置してもらって1泊2日で国内旅行に行く方もいます。私の勤務先のリフト利用者も、海外旅行を楽しんでいました。リフトの活用が進んでいる海外のほうが手配しやすいとも思います。その方は70代の男性で、難病が進行し、昨年、人工呼吸器を装着されました。在宅介護は厳しいかもと思いましたが、家に戻って来られたんです。「帰ってきたんですね」と言うと、「いやいや息ができなくなっただけでしょ?」とおっしゃる。病気の進行に合わせて補助器具を導入する生活を送り、リフトさえあれば在宅介護ができるんじゃないかという前向きな考えに至ったのだと思います。奥様もリフトとヘルパーさんの力を借りることで、仕事を辞めることなく在宅介護ができると判断されたようです。 リフトを活用している筋ジストロフィーのお子さんは、体が動かないので床に置かれるだけで大泣きする状態でしたが、今は移乗に使うだけでなく、吊り具を使って立ち上がり、1時間ぐらい遊んでいます。干している洗濯物を落として喜ぶなど、ちゃんといたずらができることも発達の表れです。 体調を崩して入院すると、「帰る、帰る」と言うそうです。「帰って何をするの?」と聞くと、ブランコに乗るようなしぐさをして「家でリフトに乗りたい」と主張する。動ける自由に楽しさを感じているのでしょう。 リフトを使えば起きたいときに起きられるし、ラクに車いすに乗れて移動できるようになるので、要介護者とご家族のQOLは確実に上がります。利用者の奥様に、「リフトはどんな存在ですか?」と尋ねたら、「相棒」とおっしゃっていました。「子どもたちに夫の移動を頼むと嫌がられるけれど、リフトは1回も嫌って言ったことがないのよ」と話されていたことも印象的でした。 >>後編はこちら在宅に「ノーリフティングケア」の導入が難しい…は誤解? ※本記事は、2023年8月時点の情報をもとに構成しています。 執筆: 高島 三幸取材・編集: NsPace編集部

まちなーす「新卒訪問看護師カフェ」イベントレポート
まちなーす「新卒訪問看護師カフェ」イベントレポート
インタビュー
2023年11月7日
2023年11月7日

まちなーす「新卒訪問看護師カフェ」イベントレポート【8/26&9/9開催】

2023年8月26日(土)に岐阜、9月9日(土)に東京で「新卒訪問看護師カフェ」(「まちなーす」主催)が開催されました。まちなーすは、地域で働く若手訪問看護師のためのコミュニティで、河村詩穂さん、関口優樹さんが中心となり運営されています。前回の記事に引き続き今回は、岐阜および東京で行われたまちなーすのイベントの様子を写真とともにお伝えします。 >>前編はこちらまちで働く若手看護師への想い 【「まちなーす」代表 特別インタビュー】 〇まちなーすとはまちなーすは「若手看護師」×「地域」をキーワードに、自由に、ゆるく、つながりたい時につながり、やりたいことをできるサポートをしたい!と、2020年1月に河村詩穂さん、関口優樹さんたちが立ち上げたコミュニティです。まちなーすの「まち」には、Machi「フィールドである街」、Match「看護師がつながる」、Match「心に火をつけるマッチ」の3つの意味があり、「町の看護師をつなげるきっかけにしたい」という思いが込められています。オフラインやオンラインでさまざまなテーマのイベントを行い、これまでには「デイサービスを語る会」や「新卒訪問看護カフェ」などを実施しています。 新卒訪問看護師カフェ@岐阜 まずは、8月26日に実施された「新卒訪問看護師カフェ@岐阜」の様子についてご紹介します。 医療法人かがやきの見学 岐阜で行われた新卒訪問看護師カフェは、代表の関口さんが現在働いている医療法人かがやき総合在宅医療クリニックで実施されました。イベントに先立ち、かがやきの見学会も行われました。 かがやきでは訪問看護・訪問診療が行われているほか、重症心身障害児・医療的ケア児のための医療型短期入所や肢体不自由者向けフィットネスを実施できる「かがやきキャンプ」もあります。イベント参加者は、天井の模様を部屋ごとに変える工夫や子どもがドアに指を挟まないための工夫などに興味を持たれていました。 医療法人かがやきクリニック(左)と上を向いていることが多い医療的ケア児が自分の場所を把握するために部屋ごとに天井の模様を変えるかがやきキャンプ(右) 訪問看護の楽しさや実務の悩みを共有 新卒訪問看護師カフェには12名の参加者が集まり、「最近の私と訪問看護」というテーマで3グループに分かれて語り合いました。参加者の中には、新卒で訪問看護師になった方はもちろん、訪問看護に興味を持つ看護学生や保健師の方などもいらっしゃり、多様な視点から訪問看護に対する思いを話されました。 「ほかのステーションの教育体制が気になる」「どのように就職先を探したか」という新卒訪問看護ならではの疑問や、「利用者さんの生活がみられたり、趣味の話を聞けたりすると楽しい」といった訪問看護ならではの魅力が話題にあがり、時間内ではおさまらないほど盛り上がりました。また、グループで話し合った内容は参加者全体にも共有され、共感や気づきの声が上がっていました。 ■新卒訪問看護師カフェ@岐阜に参加した参加者の感想(抜粋) ・「新卒訪問看護師として働いていますが、ずっと抱えていた不安を実際に口に出すことで解消することができました。看護学生の方もいたので、自分の経験を提供できたのも良かったです。今後もこのような良い循環を繰り返し、良い環境を作っていきたいと思いました。」   ・「訪問看護師だけでなく、訪問診療の看護師とも情報共有ができ、勉強になりました。自施設内にも訪問診療はありますが、違う職場だからこそ素直に思っていることや考えていることを共有し合うことができたので良かったです。」   ・「グループワークの内容を共有するときに、どのグループでも同じ話題が出ていたのが印象的でした。訪問看護師として考えていることや不安になっていることが似ていて、安心することができました。」 新卒訪問看護師カフェ@岐阜の集合写真 新卒訪問看護師カフェ@東京 続いて、9月9日に実施された「新卒訪問看護師カフェ@東京」の様子についてご紹介します。 職場を離れ、本音や悩みを打ち明けられる場 新卒訪問看護師カフェ@東京は、帝人株式会社の東京本社で実施され、11名の参加者が集まりました。話し合いのテーマは、「私と訪問看護」&「もっと聞きたい・話したい」。3グループに分かれ、思いを語り合いました。岐阜でのイベント同様、看護学生や病棟から訪問看護に転職する看護師など、さまざまな立場の方が参加されました。 話題は、「病院よりも多くの職種の人と関わることができる」といった訪問看護の魅力や「仕事とプライベートとの切り替え方が難しい」といった悩み、オンコールを一人で待つ不安まで、多岐に渡ります。職場が違うからこそ、初対面だからこそ本音を打ち明けられる空気感もありました。懇親会にも多くの方が参加され、グループワークでは話しきれなかった思いを存分に語り合いました。 ■新卒訪問看護師カフェ@東京に参加した参加者の感想(抜粋) ・「イベントに来る前は何を話せばいいかわからず、参加すること自体、少し不安でした。でも、話しやすい雰囲気で、訪問看護についてだけでここまで多くを話せたことは今までなく、とても新鮮でした。」 ・「参加するまでは言葉にできない悩みがいろいろありました。でも、同じ境遇の人に話すことで、自分が思っていることや悩んでいることを言語化できました。『自分だけの悩みじゃない』と気づけて、気持ちが楽になりました。」 ・私はまだ学生で訪問看護師としては働いていませんが、先輩方の話を聞き、働く具体的なイメージを持つことができました。訪問看護の魅力や楽しさを聞けて、働くことが楽しみになりました。 新卒訪問看護師カフェ@東京の集合写真 新卒訪問看護師カフェを終えて イベントを主催したまちなーすの河村さん、関口さんに、「新卒訪問看護師カフェ」を終えての感想を伺いました。 まちなーす代表 河村詩穂さん 今回対面のイベントで、わざわざ遠くから足を運んでくださった方もいらっしゃり嬉しく思います。私が訪問看護ステーションで働いていたころは、ほかのステーションの状況を伺う機会がほとんどなかったので、同じ目線で訪問看護のことを話せる場を提供できたのは良かったです。話し合うことで自分の思いや悩みを言語化できたという参加者や、ほかのステーションの話から気づきを得ている参加者もいらっしゃり、非常に有意義な時間になったと思います。また、私自身も非常に楽しかったですし、思った以上に喋ってしまいました。参加者の皆さんからパワーをもらい、来週からまた頑張ろうという気持ちになりました。 まちなーす代表 関口優樹さん 今回のイベントは新卒訪問看護師さんや訪問看護師志望の学生さんの不安や困りごとを解消できたら、という思いで開催しました。新卒訪問看護師カフェは何回かやっていますが、対面でやるのは久しぶりだったので非常に楽しみでした。実際にイベントでは多くの方に集まっていただき、表情や声のトーンをリアルで感じながら語り合えたのは本当に良かったです。最終的には連絡先を交換している人もいて、開催してよかったと思いました。ただ、語り合うことで悩みや不安が緩和しても、「解消」までにはなかなか至らないので、今後も参加してくださった方と継続的に接点を持っていきたいと思います。また、参加者の皆さんの訪問看護への思いを聞き、私自身も訪問看護が好きで始めて、好きでやっているんだと改めて初心を思い出すことできました。私にとってもとても貴重な時間になりました。 * * * 以上、まちなーすの「新卒訪問看護師カフェ」は大盛況で終わりました。訪問看護に興味のある方や、町で働くほかの看護師さんたちとつながりたいという方は、まちなーすの今後の活動に注目してみてはいかがでしょうか。 〇まちなーすの今後の予定2023年12月17日(日)19:00〜21:00「新卒訪問看護師5年目以降のキャリアを考える会(仮)」 イベント詳細や申込フォームは、後日まちなーすのSNSにて公開される予定です。・まちなーす Instagramhttps://www.instagram.com/machi.nurse・まちなーす X(旧Twitter)https://twitter.com/machi_nurse0 執筆・編集: NsPace編集部

まちで働く若手看護師への想い 【「まちなーす」共同代表 特別インタビュー】
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インタビュー
2023年10月31日
2023年10月31日

まちで働く若手看護師への想い【「まちなーす」共同代表 特別インタビュー】

全国の就業している看護師が約128万人いるのに対し、訪問看護ステーションに勤務する訪問看護師は約6.2万人と、看護師全体の5%程度しかいません*。近年その数は増加傾向ではあるものの、特に若手看護師や看護学生からは「訪問看護師になるハードルの高さを感じる」という声も聞かれます。新卒で訪問看護師となり、地域で働く看護師のコミュニティ「まちなーす」を立ち上げた河村詩穂さん、関口優樹さんは、どのような想いでコミュニティを運営されているのでしょうか。お二人にお話を伺いました。*厚生労働省「令和2年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」より 〇まちなーすについてまちなーすは「若手看護師」×「地域」をキーワードに、自由に、ゆるく、つながりたい時につながり、やりたいことをできるサポートをしたい!と、2020年1月に河村詩穂さん、関口優樹さんたちが立ち上げたコミュニティです。まちなーすの「まち」には、Machi「フィールドである街」、Match「看護師がつながる」、Match「心に火をつけるマッチ」の3つの意味があり、「町の看護師をつなげるきっかけにしたい」という想いが込められています。オフラインやオンラインでさまざまなテーマのイベントを行い、これまでには「デイサービスを語る会」や「新卒訪問看護カフェ」などを実施しています。〇「まちなーす」代表 プロフィール河村 詩穂(かわむら しほ)さん看護師。2015年に慶應義塾大学看護医療学部を卒業。新卒でケアプロ訪問看護ステーションに就職し、訪問看護師として勤務。2023年に慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科公衆衛生学専攻を修了。2023年4月からは株式会社でぃぐいてぃに勤務。 関口 優樹(せきぐち ゆうき)さん看護師。2018年に東京医療保健大学看護学部を卒業。新卒でウィル訪問看護ステーションに就職し、訪問看護師として3年勤務。現在は岐阜県の医療法人かがやき総合在宅医療クリニックで訪問診療および訪問看護を行う。 ※文中敬称略 実習やNPO法人での経験から新卒で訪問看護へ ―お二方とも新卒で訪問看護師になられたそうですが、訪問看護師の道を選んだきっかけや、訪問看護にまつわる思い出深いエピソードを教えてください。 私が訪問看護師になったきっかけは、大学での実習です。精神看護の実習で訪問看護ステーションに行く機会があり、1日だけの同行実習でしたが、自宅に訪問することで見える「利用者さんの生活」をとらえることに面白さを感じ、訪問看護への就職を決めました。訪問看護師として働く中でさまざまな経験をしましたが、一番印象に残っているのは初めてのお看取りです。先輩に同行してもらいながら、がん末期の利用者さんを担当させていただきました。利用者さんご自身の「ゴルフがしたい」というご希望や、息子さんの「父が死ぬまで仕事を休み続けると、まるで死ぬのを待っているみたいで嫌だ」といった葛藤を伺う中で、ご本人・ご家族が納得のいく落とし所を見つける難しさを感じました。 いよいよ最期を迎えるとき、私はオンコールの担当ではなかったのですが、「万が一のときは連絡してください」と担当者にお願いしておき、ご家族と一緒にお看取りをさせていただきました。利用者さんの奥様が泣いて私に抱きついてこられたため、私も思わず泣いてしまいました。ご家族と一緒に利用者さんを見送り、エンゼルケアもさせていただいたこの日のことは、強く印象に残っていますし、「これこそが訪問看護の魅力なんだ」と思いました。先輩に「がんばったね」とジュースをおごってもらい、また泣いてしまったことを今でも覚えています。 私が新卒で訪問看護師になろうと思ったのは、学生時代に参加したNPO法人がきっかけでした。そのNPOは「社会的マイノリティの可能性に焦点をあてる」という理念で活動するメディアで、そこでの人や価値観との出会いが私の根底になっている気がします。学生時代の経験から「治らない病気や障害がある中で、どのように折り合いをつけながら幸せに生きることができるか、その伴走をしたい」と思うようになりました。その中で、訪問看護という選択肢が自分のやりたいことに近いと思い、志しました。最近の訪問看護で心に残っている方は、老衰の過程でご家族と相談しながら点滴等を行い、自宅で最期まで過ごされた利用者さんです。認知症の影響もあり清潔ケアや排便ケアを嫌がることも多々ありました。しかし、丁寧に声掛けや関わりをしていく中で穏やかな様子もみられるようになり、帰りにはいつも「ありがとうね」と手を握ってくれました。その利用者さんは、偶然私がオンコール担当の際にお看取りをすることとなりました。親戚の方々が大勢集まり、みんなで利用者さんの思い出を語りながら涙あり、笑いありの和やかな時間が流れていて、とても愛されていた利用者さんの「人柄」が垣間見えた時間でした。帰り際にご家族の方から「関口さんがきてくれて、いい最期をむかえることができました」とおっしゃっていただき、一看護師としてだけでなく、一個人としても関われたのかなと嬉しく思い、印象に残っています。 地域で活躍する若手看護師とつながりたい ―まちなーすを始めたきっかけと想いについて教えてください。 もともと新卒で訪問看護師になる時に、「新卒訪問看護師の会」というコミュニティに参加していました。大学には1学年100人ほど看護学生がいましたが、訪問看護師に興味を持つ人や新卒で訪問看護師を目指す人がおらず、外のコミュニティに参加していたんです。そこで全国に散らばる訪問看護師の同期と知り合うことができました。しかし、次第に訪問看護師だけでなく、「地域でその土地に根差して活躍する若手看護師と、幅広いつながりを作りたい」と思うようになり、2020年に「まちなーす」を立ち上げたという経緯です。 ―まちなーすのこれまでの活動の中で、一番思い出深い活動について教えてください。 立ち上げて初めて行った第1回座談会キックオフ会が印象に残っています。初めてのイベントということもあり、人が集まるかは不安がありました。しかし、最終的にはデイケアやマッサージサロン、看護小規模多機能型居宅介護(かんたき)など、地域のさまざまな場で働く看護師の皆さんが集まってくださいました。私たちがまちなーすを立ち上げた想いに沿ったイベントができて、感慨深かったですね。 さまざまな場で働く看護師さんたちとイベントを開催していますが、「新卒訪問看護カフェ」が一番印象的です。最近、新卒訪問看護師の採用は増えつつあるものの、私たちが訪問看護師になった時と困りごとはそこまで変わっていません。自分自身も教育のことやキャリアのことなど悩みが多かったので、少しでも同じような想いを持つ人の力になれればと思っています。「新卒訪問看護カフェ」は今年から始めて5回ほど実施しており、ニーズも感じているので引き続きやっていきたいと思います。 共感も、異なる視点からの気づきもある ―まちなーすの活動から得られたことについて教えてください。 まちなーす自体を自分たちのプラットフォームとして利用でき、職場以外の人の意見を伺えることは非常にありがたいです。異なる職場や地域の方の話を伺い、共感できる話もあればまったく異なる視点で新しいことに気付ける話もあり、毎回勉強になります。実際に自分が知りたい内容で「デイサービスを語る会」や「島の看護師さんに聞く会」、「遺体感染管理士から学ぶ看取りケア」などを企画しましたが、どれも非常に有意義なイベントとなりました。自分の興味あることを企画できるので、楽しくやっています。 ―まちなーすのこれからの活動について教えてください。 やっぱり継続することが大事だと思います。運営側も仕事をしながら行っているため、こういった活動はなかなか続けていくことが難しく、実際不定期にもなってしまっています。しかし、実際にイベントをすると周りの話から気づきや癒やしを得ることができ、明日からの仕事を頑張ろうと思えることが多いです。参加してくださる皆さんのためにも、少しずつでもまちなーすを継続したいと思っています。 自分にフィットする仕事を見つけてほしい ―看護学生や若手看護師に対して、まちなーすからメッセージをください。 看護師は命を預かる責任があり、自分を制御しなければいけない時が多いかと思います。その中で自分の好きなことややりたいことに蓋をしすぎずに、自分の感覚とフィットする仕事と出会える人が増えるといいなと思っています。まちなーすでいろんな企画をゆるりとしているので、自分が「いいな」と思える働き方や生き方と出会えるお手伝いが少しでも出来ると嬉しいです。 >>後編はこちらまちなーす「新卒訪問看護師カフェ」イベントレポート【8/26&9/9開催】 執筆・編集: NsPace編集部

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