記事一覧

訪問看護師が使うメリット
訪問看護師が使うメリット
特集
2023年3月22日
2023年3月22日

利用者の負担軽減も。訪問看護師がポータブルエコーを使うメリット&課題

近年、手軽に利用できる低価格のポータブルエコーが、訪問看護の現場でもみられるようになりました。アセスメントツールのひとつとして医師への報告や多職種連携に活用され、ケアの質向上にも期待が高まっています。しかし、ポータブルエコー購入や技術習得にかかる経済的・時間的な負担が大きく、ハードルの高さを感じる方が多いのではないでしょうか? 今回は、看護師がポータブルエコーを使うメリットと課題について、褥瘡・排便ケアにポータブルエコーを活用する東葛クリニック病院の皮膚・排泄ケア特定認定看護師の浦田克美先生にお話を聞きました。 ポータブルエコーの主なメリット3つ ポータブルエコーのメリット(1)ケアの客観的な根拠にできる 看護師がポータブルエコーを使う第一のメリットは、画像をケアの根拠にできる点です。看護師にとってポータブルエコーは、さまざまな場面で役に立ちます(図1)。 図1:「ポータブルエコーが役立つ場面の一例」(提供:浦田克美氏) たとえば、褥瘡ケアの分野では、褥瘡の深さ、発赤、DTI(深部組織損傷)など、皮膚表面からの観察は看護師の経験値や知識レベルに左右されます。しかし、ポータブルエコーの使用によって、皮下脂肪や筋肉組織内に隠れている褥瘡を可視化できます。 排泄ケアの分野でも、通常、直腸まで便が下りてきているかどうか、看護師の経験や肛門診をした際の感覚で想像し、判断することが多くあります。そこでポータブルエコーを使えば、直腸に便が溜まっていることが可視化され、浣腸、摘便といったケアも明確な根拠のもと行うことができます。 ポータブルエコーのメリット(2)客観性のある画像で判断に自信が生まれる 第二に、客観性のあるポータブルエコー画像で、判断に自信が生まれます。五感による観察は、看護師として必要ですが、経験値の格差は少なからずあります。ポータブルエコーは、必要なケア方法を導くための補完的なツールとなる可能性を秘めています。一歩立ち止まって、果たしてこれでよいのかと考える時、ポータブルエコーの画像は大きな判断材料になるでしょう。 訪問看護の現場では、膀胱留置カテーテルからの尿流出がなくなった時、カテーテル交換で済むレベルなのか、急な受診を要するレベルなのか、判断を迫られる場面があると思います。カテーテルの閉塞・屈曲などのトラブルなのか、尿閉・乏尿などの問題なのかを一人で見極めなければなりません。 しかし、ポータブルエコーがあれば、より根拠を持って、直ちに見分けられます。画像でカテーテルは膀胱内にあるけれども、膀胱内に尿がたまっていないのを確認すれば、尿閉・乏尿で腎機能低下の可能性があるため、受診をすすめる根拠として画像提供できます。利用者さんやご家族にとって、急な受診は大きな負担となるため、救急車を呼ぶのか、明日の外来まで待てるか、それは大きな違いではないでしょうか。画像を撮影しておけば、医師が不在でも後で所見を聞き、利用者さん宅を出た後でも対応できます。 ポータブルエコーのメリット(3)多職種や利用者さんと現状を共有できる 第三のメリットは、医師や多職種、利用者さん、ご家族との情報共有による関係性の向上です。ポータブルエコー導入前から同僚や多職種との情報共有のメリットは予想していましたが、これは予想外のメリットでした。利用者さんやご家族など、医療の専門性に関わらず画像提示し、褥瘡の深さや便、尿の貯留部位を見せると納得が得られやすく、ケアに説得力が生まれます。 当院での事例ですが、「毎日便が出ないと気持ち悪い」と下剤に固執していたある患者さんは、食事摂取量が少なく、活動性も低いため、毎日便が出る状態ではありませんでした。そこで、ポータブルエコーを使い、その画像を患者さんと見ながら「便は今、ここにありますよ」と画像を共有しました。便は白くモコモコした雲のように画像化されるのでわかりやすく、患者さんも画像を見ることで「排便は今日じゃないな」というのを理解できるのです。 一方、排便がしばらくみられないことを心配した看護師が、患者さんの訴えがなくても浣腸や摘便を実施することがあります。 しかし、実際には直腸には便が溜まっていなかったり、摘便を実施したけど便が下りていない状態であったり、結果的に浣腸は不必要な排便ケアだった、というケースも多くあります。ポータブルエコーを用いることで、便が下りていないことが分かれば、患者さんは不必要な排便ケアを免れ、苦痛を回避することができます。また、直腸に便があれば浣腸や摘便、無ければ下剤と便秘の状態に合わせてケア方法を選択できます。例えば、「直腸に便が溜まってないから今日は浣腸しません」と伝えることができるので、訪問看護師にとっても業務の効率化に繋がるのではないでしょうか。 ポータブルエコーは、患者さんとの情報共有や信頼関係形成といった面でも、とても有益だと感じます。患者さん自身が排便の時期を予測できると、ポータブルエコーが患者さんのセルフケアに貢献できる部分もあります。 訪問看護師のポータブルエコー活用の課題 ポータブルエコー活用の課題(1)機材が身近にない 訪問看護師がポータブルエコーを使うケースも出てきましたが、大きな壁が2つあります。1つ目はポータブルエコーの機材そのものがないことです。最近、ポータブルエコーは手頃な価格のものも増えましたが、まだまだ浸透していません。やはり、血圧計やサチュレーションモニターのように、ポータブルエコーがもっと身近に判断できるツールとなればと思います。 ポータブルエコー活用の課題(2)技術習得までのサポートを得にくい 2つ目は、ポータブルエコーを学ぶ看護師の環境が十分に得られにくいことです。看護師にとって、基礎教育でまったく学ばなかったポータブルエコーの走査や画像の読み方を、一人で学ぶことは難しいと思います。質問したらすぐ答えてくれる指導者がいるといった、学びの環境を整えることが重要でしょう。 私たちの医療チームでは、褥瘡回診からポータブルエコーの使用を始めました。検査部がポータブルエコーを持って参加し、チームメンバーと一緒に画像を読影しています。その中で、プローブ走査のコツや持ち方、見やすく説得力のある画像の描出方法を教えてもらいます。気長に分かりやすく教えてくれる指導者がそばにいることが大きなカギになります。 ポータブルエコー活用で質の高いケアを提供する 訪問看護でポータブルエコーの活用をしていくためには、管理者が根拠を持ち、質の高いケアを行っていこうという風土を作ることも重要です。確かにポータブルエコーを活用しなくても質の高い看護は提供できます。多くの看護師は、使った事もないポータブルエコーをゼロから学ぶ時間も余力も無いと感じているでしょう。 しかし、褥瘡写真はどうでしょう。カメラの購入やカルテに貼り付ける手間があっても、以前に比べかなり一般化しました。 それは、ケア方法の統一や医師や家族と情報共有するメリットの方が大きく、診療報酬がつかなくても費用対効果が高いと感じているからです。 デジタル時代となり、医師と褥瘡の写真をやりとりするなどの情報共有が一般的になりつつあります。褥瘡を画像化する事で、ケアの統一や教育、家族指導にも活用できるようになりました。これからは、皮膚表面から見えない領域を、ポータブルエコーで見ることもできます。五感を使ったプロの技と客観的な画像を掛け合わせれば看護の質はもっと発展していくはずです。 また、ポータブルエコーの採用を検討している管理者の方には、ポータブルエコーでおこなったアセスメントとケアに対して、適宜フィードバックしてあげてください。上司からのフィードバックがあるだけで、ポータブルエコーを使ったアセスメントに自信を持ち、ケアする喜びにつながるはずです。 取材協力浦田克美氏(皮膚・排泄ケア特定認定看護師)編集:メディバンクス株式会社

在宅で行う認知症看護
在宅で行う認知症看護
特集 会員限定
2023年3月14日
2023年3月14日

【セミナーレポート】ご家族とのかかわり方 -在宅で行う認知症看護-

2022年11月24日に行われたNsPace(ナースペース)主催オンラインセミナーでは、認知症看護認定看護師である福岡 裕行さんを講師に迎え、「在宅で行う認知症看護」を開催いたしました。 今回はそのセミナーの様子を、前後編にわけてご紹介。後編では、介護にあたるご家族が抱える悩みやニーズ、それを受けて訪問看護師ができることについてまとめました。さらに、最後に行われたQ&Aセッションの様子も一部ご紹介しています。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】福岡 裕行さんオールハッピー訪問看護ステーション 管理者/認知症看護認定看護師認知症治療病棟に勤務する傍ら、兵庫県看護協会認知症看護認定看護師教育課程で学び、2012年 認知症看護認定看護師資格を取得。その後も臨床経験を積みつつ、認知症サポーター養成講座などの講師も務め、2015年には認知症ケア上級専門士資格を取得する。2018年7月にはオールハッピー訪問看護ステーションを設立し、現在まで地域の医療を最前線で支え続けている。 目次 1. ご家族はわからないことだらけで不安なもの 2. 専門職のホットメッセージがご家族を支える 3. ご家族が望む訪問看護師のあり方 (1)ご家族が相談しやすい関係づくり (2)ご家族の知恵と専門職の知識を合わせる 4. Q&A セッション Q1 妄想についての相談を受ける際のコツや注意点は? Q2 訪問看護に抵抗がある利用者さんへの対応方法は? Q3 介護にあたるご家族に認知症について理解してもらう方法は? --> ご家族はわからないことだらけで不安なもの 「認知症患者を支えることは、その家族の心を癒すこと。家族を支えることは、認知症患者の心を癒すこと」。これは、とあるご家族の方がおっしゃった言葉であり、私が訪問看護にあたる上でとても大切にしているメッセージです。 また、同じ方から「認知症患者を支える家族側の思い」についても具体的にうかがいました。 ・相談する場所がない・介護を手伝ってくれる人がいない・症状への対処方法がわからない・ほかの家族や親族が認知症について十分に理解していない・自分の時間がもてない・家族への心身のケアがない・病状が今後どのように経過していくかわからない・体力的にこの先どこまで介護できるかわからない・介護保険制度のことがわからない このように、「とにかくわからないことだらけなんだ」と話してくれました。 私たちは、こうしたご家族の思いを常に念頭に置いて介入する必要があるでしょう。自宅の近くにご家族が相談できる場所はないか、介護を手伝ってくれる人はいないか、どうやって社会資源を活用していくかを考え続けなければならないと思っています。 専門職のホットメッセージがご家族を支える さらにその方は、「介護に取り組む家族はホットメッセージがほしい。介護負担は変わらなくても、声をかけてもらえるだけで頑張れる」ともおっしゃっています。ホットメッセージとは、ご家族にとって「プレゼント」となるような言葉のことです。癒やしや安心感を得られたり、元気が出たり、理解や承認されていると感じられたりする言葉ですね。専門職には、ご家族に対する労いの一声や、「私たちはあなたのことを応援している、精一杯支えていく」ということが伝わる一声を積極的にかけていくことが求められています。 ご家族が望む訪問看護師のあり方 最後に同じ方から、私たち専門職に向けた要望を教えていただきました。訪問看護師には、まず以下の2つのことを意識してほしいというものです。 ご家族が相談しやすい関係づくり 忙しい合間を縫い、少しの時間でもご家族に向き合い、話を聞きましょう。困りごとがあり、専門職からのアドバイスがほしいと思っているものの、口に出せずに悩んでいるご家族は少なくありません。認知症サポーター養成講座を受講するともらえるオレンジリング(自治体によっては認知症サポーターカード)をもつこともおすすめです。時間をかけて話すことが難しくても、応援するスタンスが伝わりやすくなります。 また、「もし自分だったら」と一人称で考える姿勢も重要です。ご家族の辛さや苦労に寄り添うことを心がけてください。 ご家族の知恵と専門職の知識を合わせる 私たち専門職には、病気や介護についての知識があります。一方でご家族には、「こうしたらごはんを食べてくれる、薬を飲んでくれる、機嫌がよくなる」などといった利用者さんの生活についての知恵があります。よりよいケアのためには、この専門職の知識とご家族の知恵を合わせることが大切。ご家族をケア連携の輪の一員として捉え、密にコミュニケーションをとり、一緒にケアを行っていきましょう。 Q&Aセッション ここからは、利用者さんやそのご家族と接する際、看護師が抱えてしまいがちな悩みに回答していきます。 妄想についての相談を受ける際のコツや注意点は? 【質問】利用者さんから認知症による妄想について相談を受けた際、理解や共感を示すとどうしても相談が長時間になり、次の訪問に影響してしまうこともあります。うまく話を聞くコツはありますか? 【回答】利用者さんご本人は妄想を「事実」として理解しているため、頭から否定するのは避けたほうがいいでしょう。ただし、妄想の内容を肯定したり、共感したりすると、妄想がどんどん広がっていってしまいます。そのため、妄想についての相談を受けるときは肯定も否定もしないことがポイントです。 また、時間が足りなくなる場合は、事前に滞在時間を伝えておくといいでしょう。次の予定に差し障りが出そうなときは「なかなか話は終わりませんが、時間になりましたので、また次回に聞かせてもらえませんか?」と了解を得て離れます。 訪問看護に抵抗がある利用者さんへの対応方法は? 【質問】認知症の利用者さんが訪問看護に対して拒否反応を示す場合はどのように対応したらいいでしょうか? 【回答】私が看護を拒否する利用者さんを担当する場合は、バイタルすら測らないこともあります。まずはご家族とコミュニケーションをとりながら、タイミングを見計らって利用者さんにも声をかけるんです。例えば、利用者さんの息子さんの血圧を測らせてもらい、「ついでに、◯◯さん(利用者さん)もどうですか?」といって計測することも。利用者さんが不快に感じないように注意をはらいながら少しずつ距離を縮めていき、敵ではないことを理解してもらい、「この人なら来てもいいかな」と思ってもらうことを目指します。そうやって徐々に拒否反応がなくなったケースは多々ありますね。 介護にあたるご家族に認知症について理解してもらう方法は? 【質問】夫が認知症の妻を介護しているとあるケースでは、夫が妻への接し方をなかなか変えられず、命令口調になったり、怒ったりしてしまっています。夫に病気への理解を促すよい方法はないでしょうか? 【回答】まずは家族会や勉強会に参加してもらってはいかがでしょうか。とくに家族会では、同じ境遇にある参加者同士で日々の介護について詳しく話すため、腑に落ちるようです。また、家族会の内容を私たち専門職が伝えるというやり方もあります。「介護当事者も専門職も同じ意見なのか」と、理解が深まることがありますよ。 それでもうまくいかない場合は、やはり時間をかけてじっくり話すのがいいと思います。利用者さんの看護にあたる前に、ご家族と毎回10分ほど相談する機会をつくるのもいいでしょう。症状の原因や、適切な接し方とその理由など、丁寧に説明してみてください。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

法制度「生活保護」
法制度「生活保護」
特集
2023年3月14日
2023年3月14日

知っておきたい生活保護の基礎知識ー「生活保護を受けたい」と相談されたら?

この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回のテーマは「生活保護」です。 事例 独居の利用者Eさん(70代男性)。タクシーの運転手を自営業で細々と営んできましたが、引退後は貯金を切り崩して生活してきました。年金は、納付期間が短かったため、月4万円程度しか受給できていません。 ある日、訪問した看護師のFさんは、思い詰めた表情のEさんからこう打ち明けられました。 「お恥ずかしい話だが、もうお金がありません。ついては、生活保護を受給したいのだが、ここに現金で10万円ある。これだけは私の葬儀代として別にとっておきたい。でも、所持金が完全にゼロにならないと生活保護は受けられないのですか。もしそうなら、あなたに預かってもらって、私が死んだら葬儀代に充ててほしい。」 Eさんは目立った浪費癖もなく、堅実に生活しているかに見えましたが、よくよく話を聞いてみると、昔ギャンブルにはまっていたそうです。そのころに作った借金の支払いにずっと追われており、返済は今でも100万円ほど残っていると言います。 相談を受けたFさんとしては、「役所へどうぞ」と言えば済みそうですが、それだけではさすがに冷たい対応と言われてしまいそうです。10万円を預かる話も断るべきことはわかりますが、どのような言い方をすればよいのでしょうか。 回答例 「生活保護を受給されたいのですね。その場合、福祉事務所にご相談いただく必要があります。生活保護は、国が定めた「最低生活費」に満たない収入しか得られない人を保護するための制度です。ご自身の経済状況を正直に申告することが大前提となりますし、そもそも看護職員は利用者様の金銭をお預かりできる立場にはなく、お金をお預かりすることはできません。生活保護にはいくつか種類があり、葬儀の補助もあるそうですので、葬儀代のことはそれほどご心配なさる必要はないかと思います。そうしたことも含めて、福祉事務所の生活保護担当の方にご相談されてみてはいかがでしょうか。」 今回は、利用者さんが生活保護を受給する場合の支援機関へのつなげ方はもちろん、生活保護の受給条件や申請の流れ、扶助の内容なども確認していきましょう。制度について知っておくことで、適切な対応につながると思います。 生活保護とはどんな制度か 生活保護とは、病気で働けない、失業で収入がないといった理由で生活費が足りない方に、その不足の程度に応じて、最低限の生活保護費(以下、保護費)を国から支給される制度です。日本国憲法第25条ではすべての国民に生存権を認めており、1項には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定められています。この権利を実現するための施策が生活保護です。 なお、生活保護の申請件数は年々増加傾向にあります。特に新型コロナ以降は急増しました。2022年10月時点の調査結果では、生活保護を受給する世帯は約164万世帯あり、そのうちの約半数が単身の高齢者世帯となっています1)。 生活保護を受けるための要件 厚生労働省は、生活保護を受けるための要件を「生活保護は世帯単位で行い、世帯員全員が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することが前提であり、また、扶養義務者の扶養は、生活保護法による保護に優先します。」と説明しています2)。 つまり、生活保護を申請する前に以下のことが求められているのです。・預貯金や土地、生命保険、自動車といった資産があれば、それらを売却して生活費に充てる・世帯の中で働くことが可能な人がいれば、その能力に応じて働く・年金や雇用保険、健康保険、児童扶養手当など、他の制度で給付を受けることができる場合は、まずはそれらを生活費に充てる・配偶者や両親、祖父母、きょうだいといった3親等以内の親族から援助が受けられる場合は援助を受ける その上でもなお毎月の世帯収入が「最低生活費」に満たない場合、生活保護を受けることができます。 支給される保護費は「最低生活費―世帯収入」で決まる 最低生活費とは「生活扶助」と「住宅扶助」の合計金額のこと。生活扶助と住宅扶助の金額は、居住する地域や家族構成、生活態様などによって大きく異なります。世帯収入がこの額に満たない場合に、最低生活費から収入を差し引いた額が保護費として支給されます。 例えば、Eさんの居住地を東京都八王子市と仮定した場合、70代の単身世帯の生活扶助は74,220円、住宅扶助は53,700円です。これを合計すると最低生活費は127,920円です。Eさんの収入は、毎月支払われる年金が相当しますので、あくまで概算ですが「127,920円-40,000円=87,920円」程度の保護費を受けられることになります。 生活保護には8種類の扶助がある 一口に生活保護といっても、実は8種類に分類されます。表1に種類と内容をまとめましたので、ご覧ください。 表1 生活保護の種類と内容 これらの中から申請者の生活に必要な扶助が、福祉事務所の審議に基づき、単体で、あるいは組み合わせて支給されます。Eさんの場合、生活扶助、住宅扶助、医療扶助、介護扶助、葬祭扶助の5つが受けられそうです。 なお、生活保護を受給している場合も訪問看護の利用は可能です。Eさんのケースであれば、事前に福祉事務所に介護扶助、あるいは医療扶助の申請を行い、福祉事務所の指示に従い必要な手続きをします。 生活保護受給までの流れ 相談・申請 まずは、居住する市町村の福祉事務所の生活保護相談窓口に行きます。そして、ケースワーカーと呼ばれる生活保護担当者に、制度や申請について詳しい説明を聞きます。 その際、先ほどご説明したように、生活保護以外の方法を活用できないか確認されます。もしあれば指示に従いますが、それでも生活保護が必要であれば申請の手続きを行います。 持参する物 収入を申告する書類や資産状況を示す通帳や生命保険の証書、本人確認書類として健康保険証や運転免許証などを用意します。初回の相談で完璧にそろえる必要はないので、ケースワーカーに聞いて準備すれば十分です。 結果通知 申請後2週間から1ヵ月の間に自宅に「保護決定通知書」が届きます。生活保護が却下された場合、却下理由に不服があれば、行政不服審査法に基づく再審請求を行うことが可能です。 生活保護受給後は制限や義務があることも知っておく 生活保護のメリットは、言うまでもなく、働けない状態でも最低限の生活費を受給できる点です。Eさんのように訪問看護を利用しているのであれば、介護費や医療費が現物支給されるのは大きなメリットでしょう。他に、住民税、国民年金保険料なども免除されます。 ただし、さまざまな制限や義務が生じることも知っておきたいポイントです。 特に確認したいのは、申請時点で所有ができる財産が制限されることです。基本的に、車や高級腕時計といった贅沢品の所有は認められません。ローンやクレジットカードも利用できません。ただし、預貯金は最低生活費の半額以下であれば、所有が認められます。Eさんの場合、10万円の所持金がありましたから、ゼロにする必要はないですが、3~4万円は使ってからでないと認められない可能性が高いでしょう。 そのほか、年に2~3回程度、ケースワーカーによる家庭訪問を受けることが義務づけられます。また、福祉事務所に毎月収入状況を申告しなければなりません。 受給後の生活において、収入の申告は非常に重要です。申請時よりも収入や財産が増えた場合、必ず報告しなければなりません。報告せずに保護費を受給し続けると、不正受給とみなされ、返還しなければならなくなります。悪質と判断されて逮捕に至る場合もあるので、収入を得たらすぐに報告します。 扶養照会の運用は大幅に見直された 従来、生活保護申請者にとって大きな心理的負担となっていた親族への扶養照会は、2021年に出された厚生労働省の通知により運用が改められました。DVや虐待がある場合、一定期間音信不通が続いている(例えば10年程度)、相続をめぐり対立している、といった事情がある場合は、扶養照会を行わなくてよくなりました。 また同年、福祉事務所職員の実務マニュアルも改正されました。生活保護の申請者が扶養照会を拒んだ場合、その理由を丁寧に聞き取り、照会をしなくてもよい場合にあたるかどうかを検討するという対応方針が新たに示されました。加えて、扶養義務の履行が期待できる者に限る、という点も明確になりました。 もし、利用者さんが「家族に知られたくない」と思い、申請に踏み切れないケースがあれば、この点を伝えてあげることで安心されるかもしれません。 ワンポイントメモ 借金があっても生活保護の申請はできるの? 事例のEさんのように借金がある場合でも生活保護の申請は可能です。ただし、受給後に、支払い督促に応じて弁済してしまうと不正受給と見なさるので注意が必要です。なぜなら、保護費は借金返済のために支給されるものではないからです。 では、どうすればよいかというと、債務整理が有効です。裁判所を介する「自己破産」の制度が別にあるので検討するとよいでしょう。まずは、経済的にお困りの方が無料で弁護士に相談できる「法テラス」といった機関を利用し、相談してみてはどうか、というアドバイスが可能と思います。 ▼「法テラス」ホームページttps://www.houterasu.or.jp/ 執筆 外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka 記事編集:株式会社照林社 【引用】1)厚生労働省「被保護者調査(令和4年10月分概数)」https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/hihogosya/m2022/dl/10-01.pdf2023/1/16閲覧2)厚生労働省「生活保護制度」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/seikatuhogo/index.html 2023/1/16閲覧

脳卒中再発予防策 セミナーQ&A
脳卒中再発予防策 セミナーQ&A
特集 会員限定
2023年3月14日
2023年3月14日

先行公開!訪問看護師に知ってほしい脳卒中再発予防策 セミナーQ&A

2023年1月19日(木)、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー 「訪問看護師に知ってほしい脳卒中再発予防策」を開催いたしました。座長に近畿大学医学部の内山 卓也氏、講師に近畿大学病院看護部の林 真由美氏を迎え、脳卒中について解説いただきました。 本記事では、セミナー時に受講者の皆さまからいただいたご質問への回答を、セミナーレポートに先んじて公開いたします。当日、時間の都合により回答し切れなかった質問にも回答いただきました。セミナーにご参加いただいた方も参加できなかった方も、ぜひご覧ください。 【座長】内山 卓也 氏近畿大学医学部 脳神経外科 講師 【講師】林 真由美氏近畿大学病院 看護部 SCU主任脳卒中リハビリテーション看護認定看護師脳卒中療養相談士 脳卒中予防の知識編 <Q1> 抗血小板薬と抗凝固薬は何が違うのでしょうか? 違いは以下のとおりです。 抗血小板剤:血小板の凝集を防ぐことにより、血栓形成を抑制。主にアテローム性脳梗塞やラクナ梗塞の予防に使用。 抗凝固薬:赤血球の凝集を防ぐことにより、血栓形成を抑制。主に心房細動による血栓を防ぎ、心原性脳梗塞の予防に使用。 <Q2> 脳梗塞・脳出血において、家族性の遺伝因子はどのくらいの割合でしょうか? 家族性遺伝因子よりも、後天的な生活や環境の因子が強いものでしょうか? 家族性の遺伝因子はほとんどありません。生活習慣をはじめとした後天性の因子のほうが圧倒的に多いです。 <Q3> 減塩に役立つチェックシートがあるとのことでしたが、実際にどんなものなのか見せていただきたいです。在宅で利用できれば、利用者さんが自己管理しやすいと思いました。 「塩分チェックシート」というものがあります。インターネットで検索してみてください。 参考:社会医療法人 製鉄記念八幡病院「塩分チェックシートのご紹介」 https://www.ns.yawata-mhp.or.jp/salt_check/ 2023/3/8閲覧 <Q4> ボツリヌス療法の治療料金の目安を教えてください。 ボツリヌス療法に要する費用は、使用薬剤の種類・使用量によって異なります。身体障害者手帳をお持ちであれば、自治体により医療費の補助が得られる場合があります。身体障害者手帳をお持ちでなくても、高額療養費制度が適用になる場合もあります。そのため、自己負担額は数千円〜数万円になるケースが多いと思いますが、詳細は医療機関にお問い合わせください。 <Q5> 脳卒中相談窓口は、「一次脳卒中センターコア施設」に設置されているとのことですが、どこにありますか? 訪問看護でも、可能なら活用したいです。 日本脳卒中学会のHPに一次脳卒中センター(PSC)コア一覧が載っています。2023年度からは、もう少し施設数が拡大する予定です。 参考: 日本脳卒中学会 「一次脳卒中センター(PSC)コア認定について」https://www.jsts.gr.jp/facility/psccore/index.html2023/3/8閲覧 利用者さんとの関わり編 <Q6> 高次脳機能障害を抱えている利用者さんに対して、小学生のドリルを提案することは適切なのでしょうか。かえって精神的にダメージを与えているのではないか、と思うことがあります。高次脳機能障害を抱える患者さんとの関わりについて、工夫していることがあれば教えてください。 高次脳機能障害は「注意障害」「記憶障害」「計算ができない」「道具の認識ができない」「多重作業の遂行が困難」などなど、人により症状が異なります。日常生活内でどのようなことに困っているのかによって、ひとつずつ対応していくのがよいでしょう。 <Q7> 内服薬を破棄してしまう患者さんがいます。外来と連携して主治医確認のもとで経過を見ていますが、上司は本人の選択であればしかたない、とのこと。内服についてよいアプローチ方法があれば教えてください。 ・内服薬をできるだけ減らす・形状(大きさ、粉)・味などによる飲みにくさを解消するなど、患者さんが内服薬を破棄する理由・価値観に応じた対応が必要だと思います。 <Q8> 1日のなかでも朝、昼、夕で血圧値の差が激しい利用者さんに対して、訪問看護師から何かアドバイス、声かけができることはあるでしょうか。 日常生活内では排便時の努責、寒暖差、一気に力を加えるような運動、ストレスなどによって血圧が変動しやすくなるので注意が必要です。変動の幅にもよりますが、内服の量・用法などを変更する手もありますので、降圧薬について医師に相談するのもよいかもしれません。 <Q9> 脳出血で入院していた利用者さんに、血圧測定値を血圧手帳に記載してもらっています。起床時の血圧が収縮期血圧150~160mmhg(日中は130~140mmhgのことが多い)と高く、医師に相談していますが、内服の調整はなされず経過観察。利用者さん自身も心配しており、内服の調整が必要ではないかと考えます。医師に意見を言いづらく、どのように伝えたらよいか悩んでいます。 医師に相談する際、血圧値について「どれくらいを目標としたらよいのか」「どれくらいまでなら許容範囲内なのか」を確認すると、利用者さんの不安が軽減すると思います。また、血圧が高いときに頭痛をはじめとした自覚症状があるのであれば、そちらも伝えるとよいでしょう。内服調整の目安になります。 ** 明日からの訪問看護に生かせるヒントは見つかったでしょうか。後日、オンラインセミナー 「訪問看護師に知ってほしい脳卒中再発予防策」の講義内容をダイジェストにしたレポート記事も公開いたします。ぜひそちらもご覧ください。 >>脳卒中再発予防策セミナーレポートのシリーズ一覧はこちら 編集:NsPace編集部

訪問看護事業所の休廃止を防ぐ
訪問看護事業所の休廃止を防ぐ
インタビュー
2023年3月14日
2023年3月14日

訪問看護事業所の休廃止を防ぐ~利益創出の理解と組織づくりの思考は看護と同じくらい大切~

訪問看護業界での人材戦略を考える特別トークセッション。最終回は、訪問看護事業所の休廃止を回避し維持するために、何が必要かを語り合いました。管理者自身が、お金の動きを理解できる力をつけること、組織マネジメントに必要な思考を身につけること。そのために、自分で抱え込む精神を捨てるアンラーニングが重要です。 第3回「訪問看護管理者が真にやるべきこと」はこちら>> 「看護+パッション」だけでは起業はできても維持が難しい 中原: 訪問看護で事業を始めようとするなら、もちろん看護のスキルも必要なんだけど、どれだけの入るお金があって、どれだけお金が出ていくのか。そこを理解できるスキルが絶対に必要。しかも最初から2.5人で、人数分の利益を上げなきゃならないでしょう。 その次に、私だったら組織づくりを考えるかなと思います。1人いなくなったら休止だから、とにかく離職を避けなくてはならない。 乾: そうなんですよね。個人商店ではない。2.5人必要で、もともと組織化されていますから。売上をあげて、いくらコストがかかって……に始まり、人を採用して定着させるところまで。 中原: それらと同じぐらい看護が大事ではあるんだけれど、ビジネスの理解やマネジメントスキルが必要だという認識をもって、覚悟をくくっておかないと、「看護+パッション=訪問看護」だけでは起業はできても維持が難しい。 学び直しの機会がなかった 乾: 病院に勤務してきて「やりたい看護がしたい」で訪問看護に飛び込む、一般的な看護師さんのキャリアパスでは、そういった視点を得る機会ってなさそうですよね。 中原: 訪問看護のマネジャーがど・はまりしてつまずいていくパターンや、どうマネジメントしていけばいいか、そんな研究や理論はあるんでしょうか。 落合: 看護師って、思いを馳せて患者さんをずっとみて育っていて。なので、マネジメントも「後輩を思いやって」という文化で、そこにマネジメントの根拠や理論はないことが多いんです。 たとえば「フィードバックってどうやるんだ?」ってときも、「中原先生の本にある、こういうフィードバックの方法に基づいて……」のような考えかたはせずに、ひたすら「思いやりを込めて……」とか、先輩から受けてきたフィードバックを後輩に同じようにする。だから、パターナリズムなフィードバックを受けてきた人は、ちゃんとパターナリズム的なフィードバックをしてしまう。そんなことがありがちだと思っています。 一方で患者さんに対しては、たとえば緩和ケアだと患者さんに寄り添うコミュニケーション技術が構築されていて、看護のスキルであれば学べといわれるし、学ぶんです。なのに、組織運営に関する技術は学んでこないんですね。 過去の先輩の知恵を大切にしつつ、マネジメントとか経営の技術は知るべきだよな、とはすごく思います。 中原: せっかく思いを持って立ち上げるんだから、その思いが無駄にならないような学び直しの機会があったら、先ほどの休廃止に至る典型的パターンが避けられるかもしれないですよね。 マネジメントの武器は、「聞く」「しゃべる」くらいしかない 中原: 訪問看護の管理者は、ソロプレイヤーでもありながらマネジメントもやって、かつ従業員側もみなくてはならないし、利用者側もみなくてはならない。そんな状況で、何から始めて、どういうふうにステップアップしていくのか。学び直す機会をどう持つかだと思います。 この業界に合った形のマネジメントの手法をどう実現するのか、そこから、知見を積み重ねることです。皆さんの領域の研究者が、皆さんのカルチャーや状況に合ったマネジメント手法や組織開発手法を、地道に研究したほうがいいのではないでしょうか。私の本なんか読まないでいいですから(笑)。地道に地道に、皆さん自身の領域で起こっていることを「探究」するとよいと思います。 乾: いえ、中原先生の本にある1on1だとかフィードバックだとか、一般的なマネジメントのスキルも、実際現場ではすごく必要とされているし、重要だと思います。私たちの支援先の事業所さんでも、「こうしたいけど、どうすればいいんだっけ」と知らなかったり経験不足だったりが現実にあるので。それは業界の特殊性以前に、土台として必要なことだと。 中原: なるほど、そうですね。どこの世界でもマネジメントって、起こったことを傾聴していきながら振り返って、じゃあ今後はどうしようと目標を設定していく、そういったことを地道にやるしかない。マネジメントって結局、そんなにたくさん武器はないんです。聞いてしゃべるくらいしかなくて、それを愚直にやっていくのがマネジメントですから。マネジメントは「ABC」ってよく言われます、絶望しますけど。「A:あたりまえのこと」を「B:ばかにせず」「C:ちゃんとやる」、これに尽きますね。 乾: その「どんな武器があるのか」や「武器の使いかた」を知ることが、現場で必要とされているのだと思います。 落合: そういうものだと私も思います。 管理者にこそアンラーニングが必要 落合: 訪問看護師的な感覚でいうと、思いだけでやるならたぶん、中原先生がおっしゃるみたいに1人でやるのが本当にいちばんいい。だけど制度上それは無理で、すると2.5人とか3人とか、5人までのいわゆる小規模でやるのがいいんでしょう。聞く・話すの能力だけで考えても、結果的に5人ぐらいまでが、管理者1人(優しい人で)が面倒をみることができる限界の人数なんだろうと。 そこに、「聞く」や「話す」をマネジメントの技術として実践できると、10人とか15人ぐらいの人を支えられるのかなと。そのために見える化のサービスが必要なのかもしれないし、中原先生の本を読むのがいいのかもしれないし、いわゆる業界理解をすると伝えかたが変わるのかもしれないし。 それは勉強が必要ではあるんだけど、自分で抱え込む精神をまず真っ先にアンラーニングして、いち管理者の努力で解決しようとせずに、うまく外部を活用して自分のものにしていったらいいんじゃないかな。 ─ 管理者としては、病院から訪問看護に入ってきた人へ学習機会を提供して、ゲームチェンジを理解させること。そして訪問看護は病院看護の延長ではない、異なる競技に挑んでいるんだという前提で、管理者自身にもアンラーニングの必要性があることに気づかされました。どうもありがとうございました。 落合実18歳から有床診療所、大学病院、訪問看護ステーションと、働く場所を移しつつ一貫して臨床看護に携わる。現在は、福岡にUターン移住し、ウィル訪問看護ステーション福岡の経営と現場を継続しながら、医療法人や社会福祉法人、ヘルステック系企業のコンサルティングも提供。ウィル株式会社は、訪問看護ステーション事業とフランチャイズ展開のほか、記録システムの開発・販売、採用支援、eラーニング開発・支援などを手掛けている。「スイミー」で小さな魚が集まって苦境を乗り越えられたように、皆で集まることでナレッジシェアができる組織を目指している。乾文良大手ITシステム会社、商社勤務を経て、2016年に株式会社エピグノを共同創業。エピグノで開発・販売している人材マネジメントシステムは、医療・介護領域に特化している日本初の製品であり、モチベーションやエンゲージメントを測定することが特長。エンゲージメントやモチベーション状態が具体的な指標にもとづいて測定され、その見える化を通し、組織と経営両面の健全化を図ることができる。中原淳「大人の学びを科学する」をテーマに、企業・組織における人材開発、組織開発について研究している。著書に、「職場学習論」「経営学習論」「人材開発研究大全」(東京大学出版会)、「組織開発の探究」(中村和彦氏との共著、ダイヤモンド社)、「研修開発入門」「『研修評価』の教科書」(ダイヤモンド社)、「駆け出しマネジャーの成長論」(中公新書ラクレ)、「残業学」(パーソル総合研究所との共著、光文社新書)、「フィードバック入門」「サーベイ・フィードバック入門」「話し合いの作法」(以上、PHP研究所)など多数。記事編集:株式会社メディカ出版 * * * * * ■ナースペーススタディ訪問看護スタッフ向けの完全オンライン教育サービス。専門看護師・認定看護師など、経験豊富な講師陣がスタッフ教育をサポート

在宅で行う認知症看護
在宅で行う認知症看護
特集 会員限定
2023年3月7日
2023年3月7日

【セミナーレポート】看護師が意識したい7つのポイント -在宅で行う認知症看護-

2022年11月24日に行われたNsPace(ナースペース)主催オンラインセミナーでは、認知症看護認定看護師である福岡 裕行さんを講師に迎え、「在宅で行う認知症看護」を開催いたしました。 今回はそのセミナーの様子を、前後編にわけてご紹介。前編では、認知症訪問看護において福岡さんが大切にしている7つのポイントや、利用者さんの自信を育てるテクニックについて教えてもらいました。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】福岡 裕行さんオールハッピー訪問看護ステーション 管理者/認知症看護認定看護師認知症治療病棟に勤務する傍ら、兵庫県看護協会認知症看護認定看護師教育課程で学び、2012年 認知症看護認定看護師資格を取得。その後も臨床経験を積みつつ、認知症サポーター養成講座などの講師も務め、2015年には認知症ケア上級専門士資格を取得する。2018年7月にはオールハッピー訪問看護ステーションを設立し、現在まで地域の医療を最前線で支え続けている。 目次 1. 認知症看護で意識したい7つのポイント (1)まず聞いてみる姿勢 (2)「1訪問1笑い」にチャレンジ (3)「あんたがいうなら」を目指す (4)「死ぬまで元気でいてほしい」という想い (5)「老いては子に従え」は考えもの (6)雑談の中で情報収集 (7)「ベスト」より「ベター」を目標にする 2. 失敗の回避と成功の蓄積で利用者さんの自信を育てる --> 認知症看護で意識したい7つのポイント 私が訪問看護の現場で認知症の利用者さんとかかわる際は、以下の7つのポイントを意識しています。 まず聞いてみる姿勢 「認知症だからこんなこと聞いてもわからないだろう」と決めつけず、利用者さんご本人に積極的に質問するようにしています。記憶の障害が認められるときは、例えば「昨日はどう過ごしていたんですか?」といった過去についての質問は避け、現在の考えや気持ちに焦点を当てた問いを投げかけてみるといいでしょう。 「1訪問1笑い」にチャレンジ 訪問する際、必ず1回は利用者さんに笑っていただくこと、つまり「いい感情の記憶」を残すことを目指しています。訪問看護で行ったことが嫌な記憶として残ってしまうと、ご家族が同じように介護することが難しくなってしまう可能性があるためです。逆に、いい記憶を残せればご家族の介護がスムーズになることもあります。 また、レビー小体型認知症の場合、ストレスがかかると症状が悪化するといわれる一方で、人と笑い合うことは安心感や自信を生み、症状の改善が期待できるとされています。ぜひみなさんも、利用者さんとご家族のために「1訪問1笑い」にチャレンジしてみてください。 「あんたがいうなら」を目指す 「あんたがいうなら、デイサービスに行ってみよう」「あんたがいうなら、お風呂に入ってみよう」などと利用者さんにいってもらえるような信頼関係を築くことを常に目指しています。 「死ぬまで元気でいてほしい」という想い ある利用者さんは、以前「私はもう死にたいんだから、来なくていい」と訪問看護を拒否されていました。そこで私は「◯◯さん(利用者さん)に死ぬまで元気でいてほしいし、亡くなる前日まで笑っていられる生き方をしてほしいから、訪問看護に来ています」と伝えたんです。すると、その日からスムーズに訪問看護に入らせてもらえるようになりました。今でもその方を担当していますが、「最期まで笑っていたいね」といってくれるようになりましたよ。 「老いては子に従え」は考えもの 「老いては子に従え」という考え方は、利用者さんの自己決定の妨げになる場合があります。「子どもがいうから◯◯している」とおっしゃる方に対しては、私たちがまずご本人の意見を丁寧に聞き、自己決定支援に取り組むことが大切だと考えています。 雑談の中で情報収集 長谷川式認知症スケールのような認知機能の検査ではなく、雑談の中で情報を収集することも意識しています。 病院の心理士に聞いたところによると、検査のために簡単な計算問題を出すと、「なぜこんなことを聞くんだ、人をバカにしているのか」と怒り出す方もいらっしゃるそうです。訪問看護において利用者さんの怒りを買ってしまうと、以降の介入に支障をきたすリスクがあるので、何気ない雑談から情報を得るように努めることはとても重要です。 「ベスト」より「ベター」を目標にする ベストではなくベターを目標にするという考え方も大切です。例えば、薬を飲めない利用者さんの訪問看護を担当したとします。看護師が介入したからといって、決められた服薬量を毎日欠かさず飲むことはなかなか難しいでしょう。しかし、まったく薬を飲めなかった状態から7〜8割でも飲めるようになれば、私はそれでもいいのかなと思います。 服薬ルールをどこまで遵守する必要性があるかについてはもちろん主治医との相談が必要ですし、状況の改善に向けて工夫することは大切ですが、ベストを強く求めすぎると利用者さんに大きなストレスを与えかねません。前述のとおり、嫌な記憶が積み重なることはご家族の介護負担の増加や症状悪化のリスクになりますので、柔軟な対応を心がけてください。 失敗の回避と成功の蓄積で利用者さんの自信を育てる 失敗体験を回避する、および成功体験を蓄積することは、認知症の利用者さんの訪問看護において非常に重要です。失敗してしまい、それを周囲に指摘されると、利用者さんはどんどん自信や意欲を失ってしまいます。 ・失敗しにくい状況をつくること・失敗しても「黒子」になって見えないところでフォローすること・ときには見て見ぬふりをして自信の喪失を防ぐことを心がけるといいでしょう。 その逆に、成功体験を増やすことで自信を育てることができます。例えば、認知機能の低下が見られる以前の「利用者さんが光っていた時代」を承認することも効果的です。このやり方は回想法といい、「昔はどんなお仕事をしていたんですか?」「〇〇(その方の経験が活きるような内容)について私にアドバイスをください」などと声をかけ、その回答に対して「すごいですね」「教えてくれてありがとうございます」と承認していきます。これを繰り返すことで、利用者さんは自身の存在価値を改めて認識することができ、どんどん自信がついてくるはずです。認知症を患うと、生活障害によってどうしても成功体験が減ってしまうもの。ぜひみなさんが意識的にその機会をつくるようにしてください。 >>後編はこちら【セミナーレポート】ご家族とのかかわり方 -在宅で行う認知症看護- 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

利用者も看護師も幸せにする経営
利用者も看護師も幸せにする経営
インタビュー
2023年3月7日
2023年3月7日

先を見越した採用とオープン経営の重要性 【利用者も看護師も幸せにする経営】

0歳から高齢者の方まで幅広く介護保険や医療保険を利用しての訪問看護を提供する、機能強化型訪問看護ステーション、「レスピケアナース」。前編に引き続き、レスピケアナース設立者で管理者の山田真理子さんにお話を伺いました。 >>前編はこちら規模拡大への想いと理念浸透の秘訣 【利用者も看護師も幸せにする経営】 株式会社アイランドケア 常務取締役レスピケアナース 管理者 在宅看護専門看護師(2020~)山田真理子さん内分泌内科と血液内科の混合病棟に2年、呼吸器内科病棟に計5年ほど勤務。その後、人工呼吸器や患者教育に興味を持ち、在宅酸素や在宅マスク式人工呼吸器等を扱う企業で9年間訪問看護ステーションの管理者を務める。事業所設立を目指して2015年に独立。同年12月にレスピケアナース設立。 レスピケアナースの制度と戦略的採用 ─レスピケアナースでは土日祝日も安定してサービスを提供されていますが、各曜日や時間帯の人員バランスを調整するのは、大変ではありませんか? 家庭環境によっては「ほどほどに稼げればいい」という人もいますし、「たくさん働いて稼ぎたい」という人もいます。そういった希望を聞き、バランスを考えた上で採用することが大切です。「平日のみ希望」で入った方に「土曜日も働いてください」とお願いするのは、当然難しいでしょう。でも、あらかじめ「土曜日も働く前提」で採用していれば、あまり問題になりません。入職後に働き方の希望が変わることもありますが、ある程度余裕をもって人材を採用しているので、即座に人員不足にはならないようにしているんです。 一定の条件に希望が偏らないように人を集めること、先を見越した採用をしていくことで、バランス調整はしやすくなると思います。 ─レスピケアナースへの就職希望者には、どの年代が多いですか? そうですね、30代から40代が多いです。ほかに比べると、比較的若い年齢の人が集まっているかもしれません。今後は新卒の採用も増やしたいと考えており、学生向けのイベントも実施しています。 新卒採用を積極的に進めたい理由は、訪問看護に対して先入観のない人材のほうが、より効率的に教育できると思うから。私も病棟経験がありますが、病院特有の思考回路になると、それを切り崩して新たな感覚を構築するのは難しく、看護師当人が苦しむこともあります。学校で在宅看護論を習い、そのままレスピケアナースに就職してもらえば、本人もあまり苦労することなくスムーズに働けると思います。やるべきことがすっと頭のなかに入るというか。誰しも、経験を積めば積むほどそれまでの働き方を変えるのに苦労しますよね。入社してからのスキルアップが重要だと思いますので、専門知識は求めていません。 ─報酬制度については、何か意識されていることはありますか? スタッフのモチベーション維持を大事にしたいので、簡単に言うと「働いたら働いた分だけ稼げる環境」を整えています。例えば、土日祝日や夜間に働けば、当たり前ですがそのぶんの給与を支払います。土日祝や早朝夜間も働き、当番もするスタッフは、夜勤もこなす病棟看護師と同等程度はもらえるようなイメージです。 平日のみのスタッフと夜間・休日も働くスタッフが、「ちょっと給与が違う」程度ではモチベーションは維持できませんよね。目に見えて給与が上がり、「これだけ働いた甲斐がある」という実感を持てるように、と思いながら設定しています。 オープン経営で、スタッフも経営者視点に ─スタッフの皆さんへの報酬を支払うための利益確保は、どのようにされていますか? 訪問単価を上げていくために、特別管理加算がとれる利用者を確保してきました。自分自身の専門分野が呼吸ケアであり、在宅酸素療法や在宅人工呼吸療法を行っている利用者が得意だとパンフレットなどで広報したり、関連の研究会や学会で成功事例を発表したりと工夫しています。ある程度戦略的な部分になりますが、機能強化型ステーションの制度ができたとき、「これは必ず取りに行こう」と考え、まずは「機能強化型2」を、次に「機能強化型1」を取りました。 さらに言えば、「よい看護をすれば事業所が儲かる。その儲けは自分たちに戻ってくる」というところを、みんなで分かち合いたいと思っています。これは採用面接のときから伝えていることですが、レスピケアナースの賞与は完全に利益に連動しています。赤字か黒字か、というところは本来経営者の視点ですが、スタッフにもその視点を持ってもらいたい。「黒字なら自分たちに還元される」ということであれば、満足度が上がります。多忙さが目に見える報酬として戻ってくれば、納得もできるでしょう。そんなふうにして、我々経営者と働くスタッフとが、一緒になってやっていければと思っています。 ─レスピケアナースでは、基本的に残業をしない方針と伺っています。余裕のある人員採用以外に、何か工夫されていることはありますか? 効率化のために、勤怠管理やカルテ、スケジュール表等をICT化(※)しています。これは設立当初から実践すると決めていたことで、行政からの助成金もいただきました。ICT化により直行直帰が可能になるので、わざわざカルテを取りに事務所に立ち寄る必要もありません。週に一度は、ZOOMで事例検討やカンファレンスなどをしていますが、集まるのはそれで十分だと思っています。 ※ICT化= Information Communication Technologyを取り入れること。PCやスマートフォンといったデジタル機器を導入し、情報を可視化。より管理しやすくすることで、効率的に業務を行う。 ICT化によって、訪問単価、売上人件費率、常勤換算数、どこから紹介があったか、訪問件数などのデータも、グラフ化してスタッフの誰もが見られるようにしています。グラフを読む能力となるとまた別問題なのですが、情報をオープンにすることで、さきほどの「スタッフの経営者視点」にもつながっていくと思っています。 ─データの共有によって、具体的にはどんなアクションが生まれるのでしょうか。 例えば、どんな流れで利用者が増えるのかわかれば、利用者を増やすために何をすればいいのかのアイディアも浮かびます。レスピケアナース内の小児チームが「〇〇病院からの利用者紹介が減っている様子」から「病院に配るパンフレットを刷新しよう」といった動きをしていましたが、そういった具体的な動きに繋がるんです。 また、スケジュール表や常勤換算数・訪問数等を見れば、どの部分にスタッフが足りないか、余裕があるなら利用者をどれだけ増やせるか、といったこともスタッフ自身が判断できます。まずは適切な情報を見せ、それぞれが考えていい環境をつくることが大事ですね。 組織に「余裕」をつくり、学んだことを実践 ─風通しのよい職場づくりのために、スタッフの皆さんに特に伝えていることはありますか? 「失敗してもいい」「リカバリーできない失敗はない」ということでしょうか。例えば、失敗したことの報告に対して、私がそれを責めることはありません。報告さえしてくれれば、必ず何かしらの形でフォローする。リカバリーする。だから、うちのスタッフはたとえヒヤリハットの報告があっても嫌がらないんです。むしろ、「報告すると感謝されるから、どんどん報告する」と言っていますね。自分の発言が業務改善に繋がりますから、「自分はこの職場に必要とされているんだ」という気持ちにもなると思います。 ─最後に、組織をつくる上で重要視すべきことはなんだと思いますか? これからマネジメントに取り組む方々に向けてお伝えしたいことがあればお願いします。 大切なのは、余裕をつくるということかなと思っています。「忙しくて何もできない」という状況をつくらないことが大切です。レスピケアナースでは、オンとオフをきっちり分ける、長時間勤務になった翌日は勤務時間の調整を行う、年に1回はリフレッシュ休暇を取るなどのルールを設け、それが実現できるスタッフ数と利用者数のバランスを考えて、採用と新規利用者の受け入れを行っています。オンとオフをきっちり分け、しっかり休日を確保するには、チームワークが大事で、一人で担当の利用者に対峙せず、複数のスタッフが一人の利用者に訪問できることが重要です。しかし、レスピケアナースでも立ち上げ1~2年は忙しくて余裕がない時期もありました。今どうしても忙しい人は、多少無理をしてでも勉強会に参加して発想の転換をしたり、仕事を仲間と分担したりすることが大切です。 レスピケアナースでは、小児ケア、医療安全、呼吸不全のワーキングチーム、ACP看取りチームと、4つのチームがあり、それぞれ勉強会等も企画してくれます。自分自身が主体にならなくても、スタッフたちが動かしてくれるようなしくみづくりも重要でしょう。 そういったことも踏まえると、最初の話に戻りますが、やはり、ある程度の規模の大きさは必要ですね。「規模を大きくすること」そのものが目的だったわけでなく、そういった余裕のある働き方を可能にするために、立ち上げ時から規模を大きくすることを重要視し、目標としていました。SNSやブログでもその想いを発信していたから、より具体的に方向性が見えたのかもしれません。 私は別に、経営者としてオリジナリティがあるわけじゃないんです。きっと、私と同じことを誰かが言っています。私はセミナーに参加するのも好きなんですが、いいお話を聞けば「自分もやってみよう」と素直に思う。「そんなことはできない……」ではなく、たぶんやれるな、じゃあどうすればいいのかな、と前向きに考え、実践することが重要なのだと思います。「現状を打破したい」というとき、情報取集はとても大事ですからね。ぜひ、新たな情報に触れ、固定概念を持たずにチャレンジしてほしいと思います。 ─ありがとうございました。 執筆: 倉持鎮子取材: NsPace編集部

ニャースペースのつぶやき
ニャースペースのつぶやき
特集
2023年3月7日
2023年3月7日

冬場の利用者さん宅の床と水が…ニャースペースのつぶやき【訪問看護あるある】

とっても床が冷たい&お湯が出ないお宅も 冬場の床、とっても冷たくて凍えそうになることがあるにゃ…。お湯が出ない洗面所も、肉球がかじかむにゃ 冬場にフローリングやビニールの床がとっても冷たくなってしまうお宅、ありますよね。洗面所でお湯が出ないお宅もあり、手足が冷えてしまいます…。訪問看護師さんからは、「冬は厚手の靴下を履いている」という声や、「訪問先によっては逆にとても暖かいこともある。厚着するとかさばるし、ケア・シャワー浴等の邪魔になってしまうので悩ましい」といった声が聞かれました。 ニャースペース病棟看護経験5年、訪問看護猫3年目。好きな言葉は「猫にまたたび」「わかる!」「こんな『あるある』も聞いて!」など、みなさんの感想やつぶやき、いつでも投稿受付中にゃ!>>投稿フォーム

ケースメゾットで考える管理業務
ケースメゾットで考える管理業務
特集
2023年3月7日
2023年3月7日

CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか_その3:どのように働きかけることが効果的なのか?

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第9回はCASE3「ドクターをどう動かせばいいのか」の議論のまとめです。 はじめに 前回(その2:なぜ連携がうまくいかないのか?を参照)は、なぜK医師とは連携しにくいのかについて、A・B・C・Dさんそれぞれの意見を交換しました。今回は、訪問看護管理者としてどのようにK医師に働きかけるかをテーマに意見交換を進めます。 議論の題材となっているケースと設問は以下のとおりです。 ケースと設問 CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか  「K医師と連携がしにくい。どうしたらよいか」とスタッフナースから相談を受けている。K医師は、地域で在宅療養支援診療所を複数経営している大きな医療法人に所属している。K医師はふだん大学病院で働いており、在宅医療は初めてだそうだ。  K医師が担当する利用者の多くは内科疾患を持つ人だが、なかには認知症を疑わせる症状がある人や、専門的なリハビリが必要と思われる人もいる。訪問看護としては、それらの症状に対して専門の医師にもみてもらいたいと考えているが、K医師は取り合おうとしない。利用者本人や家族は、「他の医師にみてもらったとわかったら主治医であるK医師が怒るのではないか」と考えているようで、自ら他院を受診はできないと言っている。管理者としてどうしたらよいだろうか?  設問あなたこの管理者であれば、連携がしにくいという評判があるK医師に対して、どのような働きかけをすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 K医師にどのように働きかけることが効果的なのか 講師ここまで(その2:なぜ連携がうまくいかないのか?を参照)のみなさんの意見から、K医師とよい連携をするために管理者としてできることは、「K医師と訪問看護の目標を一致させる」「K医師と訪問看護の情報の非対称性を解消する」の二つが出ました。では、具体的な取り組みとして訪問看護管理者は何ができるでしょうか? Aさん注2当たり前のことですが、 各利用者の在宅生活の目標についてよく知ってもらい、医師と看護で目標を一つにするために、K医師と話し合う時間をとりたいです。訪問看護は、利用者の意思を尊重したケア体制を構築したいので、K医師に看護側の考えを理解してもらうことは必須のことと思います。 BさんK医師はお忙しいのでしょうから、報告書を持参して相談するなどの機会を探ってみるのがよいかもしれませんね。専門医による診察がない状態がこのまま続くことによって、「利用者にこんな支障が起こりうるのでは」など、看護側がどんなことを懸念していて、なぜK医師に相談したいと思っているのかを、まず報告書に書くことも一つです。 CさんあまりにもK医師の対応がひどいなら、医療法人の本部に相談することも必要だと思います。なので、K 医師の対応について客観的な事実を集めるようにスタッフには指示をしておこうと思います。 Dさんケアマネジャーなどの関係者との情報交換を通じて、誰に働きかければK医師が動くのかを考えたいです。また、この在宅療養支援診療所には他の訪問看護ステーションもかかわっているでしょうから、地域の訪問看護ステーションの管理者会議などでK医師について聞いてみることもできると思います。 講師K医師に情報を提供するさまざまな手立てと、K医師やK医師が所属する医療法人の情報を収集するための具体的な取り組みが出てきましたね。さまざまな困難があることでしょうが、医療法人の本部との相談も視野に入れ、利用者の利益を中心としたケア体制の構築を進めていってください。 連携の鍵は「目的の不一致」と「情報の非対称性」の解消にある 講師では、これまでの議論を受けて、CASE3のまとめです。 みなさんの意見から、・利用者の状況を小まめに医師に伝えること・利用者ごとの在宅療養の目標を医師と看護師で擦り合わせておくことの必要性が見えてきました。 医師に限らず、多職種連携の場面においてキーとなる人物がなかなか動いてくれないという話はよく聞きます。その人自身に問題があるというよりは、その人物の合理的な選択の帰結として生じるものと捉えるほうが、効果的な働きかけを考えることができます。どなたかも発言されていましたが、人の性格などは急に変わるものでもありません。 今回のケースで管理者としてできることは、K医師との「目的の不一致」と「情報の非対称性」(その2:なぜ連携がうまくいかないのか?を参照)を解消するために動くことです。 Cさん連携しにくい医師への対応をしていて、「どうしてこの人はわかってくれないのだろう」と思うことが多々あったのですが、相手のことを十分に理解していなかったかもしれないと思いました。 講師はい、そうなんです。変えられないところを気にしても自分が疲れてしまうだけです。働きかけをして効果がありそうなところにご自身の力を集中させてください。ある人や組織との連携がうまくいかないことがあれば、「目的の不一致」と「情報の非対称性」の解消を考えてみてください。このことは他の場面でも応用できる考えかたですよ。 * 次回は、CASE4「クレームを受けるスタッフをどうするのか」を考えます。 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇入山章栄.『世界標準の経営理論』東京,ダイヤモンド社,2019,114-132.

規模拡大への想いと理念浸透の秘訣 【利用者も看護師も幸せにする経営】
規模拡大への想いと理念浸透の秘訣 【利用者も看護師も幸せにする経営】
インタビュー
2023年2月28日
2023年2月28日

規模拡大への想いと理念浸透の秘訣 【利用者も看護師も幸せにする経営】

福岡市の「レスピケアナース」は、0歳児から高齢者の方まで幅広く介護保険や医療保険を利用しての訪問看護を提供する、機能強化型訪問看護ステーション。医療依存度の高い方向けの看護を得意としています。設立者で管理者の山田真理子さんに、ご自身が目指してきた訪問看護ステーションの在り方や、順調に規模を拡大してきた秘訣を伺いました。 株式会社アイランドケア 常務取締役レスピケアナース 管理者 在宅看護専門看護師(2020~)山田真理子さん内分泌内科と血液内科の混合病棟に2年、呼吸器内科病棟に計5年ほど勤務。その後、人工呼吸器や患者教育に興味を持ち、在宅酸素や在宅マスク式人工呼吸器等を扱う企業で9年間訪問看護ステーションの管理者を務める。事業所設立を目指して2015年に独立。同年12月にレスピケアナース設立。 前職での違和感と、成し遂げたかった想い ─早速ですが、レスピケアナース設立のコンセプトから教えてください。 「看護職」というと技術や経験が注視されがちですが、私は物事の受け止め方、看護観・ケア観、ビリーフ(思い・信条)に共感できるスタッフであることを重視しています。仕事から学び、学ぶことが仕事だという考えに共感してくれる方々と働くために、レスピケアナースを設立しました。看護師2.5人と、事務・アルバイトさんのみの小さな事業所からのスタートでしたが、現在は順調に人員と売上の規模を拡大しており、多くの方々に訪問看護をご提供しています。 ─訪問看護ステーション設立以前の働き方について教えてください。現在の山田さんの指針に繋がっているご経験などもお伺いしたいです。 前職では、大企業が運営する訪問看護ステーションで9年間、管理者を務めていました。そこで感じたのは、大きな組織のなかで自分ができることの限界です。例えば、人員を増やすにしても、欠員補充しかできず、マッチする人材を選ぶことができませんでした。 訪問看護ステーションは、当然ながら看護師がいなければ何もできませんから、「不足してから補う」という方法は合いませんし、現場が疲弊してしまいます。また、ミスマッチな人材が加わると現場が混乱し、お互いに不幸なのです。次第に「私に人事裁量権をもらえたら、もっとうまく運営できるのに、成果が出せるのに」という気持ちが強くなっていきました。 それから、自由に発言できないというのも組織にいるからこその制限ですね。自分自身が強い想いを持っていても、あくまでも会社の方針と齟齬がない形でしか語れません。「私自身」がどんなことから影響を受けどうしたいか、といったことも言えない。そこから飛び出したいと思いましたし、愚痴や文句を言う前に、自分で理想の事業所をつくるべきだと思いました。 現在は余裕のあるうちに人材を採用する体制を作っているので、予期なく欠員が出ても残された従業員が疲弊しづらくなっています。また、SNSやブログで自分の想いを発信できるので、共感してくれた方がレスピケアナースに来てくれるケースも多くありますね。 ─山田さんの経営思想は、ナイチンゲールからも影響を受けていると伺っています。 はい。20年ほど前ですが、ナイチンゲール思想を研究されている金井一薫先生の「KOMI(Kanai Original Modern Innovation)理論」を知り、勉強会にも参加するようになりました。それまで私はナイチンゲールに対しとにかく献身的なイメージを持っていたのですが、彼女はイギリス初の統計学者であり、レーダーチャート開発や病院経営などでも手腕を奮っていました。「戦争で死ぬよりも感染症で死ぬ人の方が多い、だから衛生環境を整えるべきだ」といったことを、数字を用いて根拠を示し、政府の意思も動かしているんです。 つまり、彼女はただ「患者さんのためになると思う」という気持ちだけで献身的に働くのではなく、根拠を示して他人を納得させることのできる人間でした。それまで私が抱いていた印象とはまるで違う。とてもかっこいいと思ったんです。私もナイチンゲールのようにデータを駆使し、広い視野を持って経営したいと考えるようになりました。 また、この思想は看護の現場にも生かせます。例えば医師と話す場面で、「この患者さんは痛がるからレントゲンを撮ってほしい」ではなかなかうまくいきません。「この患者さんはこのような動作をすると痛がるため圧迫骨折の可能性がある、だからレントゲンを撮るべきでは」と、根拠をもとにアセスメントをしたほうがいいでしょう。 視野を広げて「みんなが幸せになる看護」へ ─ナイチンゲールは「情報」を重要視したのですね。それが冷静な判断を産み出す材料になると知っていた。現代に近い理論的な考え方だと思います。 そうです。もっと正確に言うと「客観的な情報」です。利用者さんの言葉だけを重視すると、その方の主観的な考え、いわゆる「S情報」だけに振り回されてしまいます。なぜ、このような「S情報」が出てきたのか、発言の背景にあることに目を向けなければ、利用者さんの困りごとの解消や軽減に至りません。また、「よかれ」と思って、利用者さんの「S情報」のみを元に現行の制度の域を超えたサービスをチームに黙って一人のスタッフが提供してしまったり、スタッフ自身が「利用者さんの希望を叶えられない」と無力感を感じたり、「こんなことは看護じゃない!」と不満に思うスタッフがいたりして、スタッフの方向性が揃わない。そのようなサービスを続ければ現場に無理が出て、訪問看護事業所が潰れてしまう恐れもあります。 訪問看護事業所が潰れても利用者さんは地域にいますので、次の訪問看護事業所を利用した時、制度の域を超えたサービスを受けられて当然と思ってしまい、次の事業所に不満を感じることになるでしょう。事業者の数が減れば、サービス自体も受けられなくなる。これでは、利用者さんも看護師も、誰も幸せにはなれません。 ─「よかれ」と思って対応している看護師さんに対して、理解を促す難易度は高いのではないかと想像します。どういった対応をしていますか? 看護の「意味付け」をし、レスピケアナースらしさを浸透させるために、月に2回、必ず「事例検討」をしています。この事例検討の目的は、いわゆる「SECI(セキ)モデル」(一橋大学大学院教授の野中郁次郎氏らが提唱するフレームワーク)を回すことです。これはそれぞれが持つ知恵を言語化して共有し、暗黙知を形式知に変える。これにより、さらに上の知恵を発見したり、作り出したりしていくモデルです。それぞれが個別で持っている「暗黙知」が「形式知」となり、客観的な情報になります。討論を通じてマニュアルに書いてあっても読めない「行間」までを読み合い、浸透させる。私はこれを「文化を作る」と表現しています。 事例検討時に自身の看護を評価するために利用してもらっているのが、ICFの情報整理シートや臨床判断モデルです。ICFの情報整理シートは、看護利用者の環境についての情報を整え、客観的に把握するためのもの。臨床判断モデルは、利用者さんのニーズや関心、健康問題などを総合的に捉え、必要とされる具体的な看護行為を導き出すための思考モデルです。このどちらかを使って担当者に発表してもらい、私がファシリテーションしています。 中堅のスタッフには成功事例も出してもらうようにしています。様式に落とし込むだけで、「暗黙知」が言語化されるんです。そして、ディスカッションすることによって、参加したスタッフがハッと気づきを得る体験をし、事例提供者は自身が行ったケアを客観的に見返すことができます。このように共有できる形にすることが、「形式知」になることであり、これを繰り返して「文化を作る」ということを実践しています。 そのほかの日々の記録や報告書や計画書もできるだけ確認し、適宜フィードバックしています。こうした成果物をみれば、「行き詰まっているのかな」「悩んでいるのかな」と気づくこともできるので、とても大事なことだと思っています。 繰り返し丁寧に理念や意図を説明する ─事例検討について、スタッフの皆さんの反応はいかがですか? みんな精力的に取り組んでくれています。ただ、慣れない新人さんには複雑で難しい作業に見えるようで、焦ってしまうこともあるようです。そういうときに私は、「『筋トレ』のように考えてくれればいい」と伝えています。決してプレッシャーを与えるために事例検討をしているわけではなく、「レスピケアナースらしさ」を身につけていくためのトレーニング手法なのです。スタッフの反応を見ながら、こういった意図も丁寧に繰り返し説明するようにしています。 ─クリニカルラダー(※)も活用されていらっしゃるんですよね。 はい。基本的には日本看護協会のものをベースにしています。クリニカルラダーは、活動の場を問わず、看護師ひとり一人が力を発揮できるようにという考えのもとで開発されたものです。看護師の評価の項目に、意思決定を支える力、ニーズを捉える力、協働する力、ケアをする力の4つがあり、バランスがよいと思って採用しました。年に1回、12月から1月にチェックしてもらうようにしています。 ※クリニカルラダー: はしご(=ラダー)を上るように段階的にキャリアアップするしくみ。段階ごとに課題は異なり、それぞれの段階で明確な目標設定が可能 特に「意思決定を支える力」「協働する力」については、病棟看護師も含めて足りないケースが多いと思います。クリニカルラダーでチェックすることにより、今は持っていないが将来には獲得しなければならない能力についても理解できるようになり、「これは自分の仕事ではない」と人任せになるケースが減りました。一緒に仕事をする者同士、連携することができるようになるんです。スタッフたちには具体的なエピソードも書いてもらい、私はそれらに対してフィードバックをしています。 仕事に来てくれれば9割満足 ─自分が得るべき技術が明確になると、やる気に繋がりますよね。それぞれが持つ看護についての考え方もしっかりするのでは。 そうです。レスピケアナースとしての考えが浸透します。ただそれでも、「素晴らしいことをするのが看護だ」とは考えないでほしいんです。利用者さんにとっては「看護してくれる人が来てくれた」というだけで、基本的には十分。私はいつも、スタッフに「仕事に来てくれれば私は9割満足」と伝えています。 例えば、事例検討の担当になることが重荷になってしまう心境なら、また別の時にすればいい。無理をせず働いてほしいと考えています。シフトについてもそうです。週に3回休みが欲しいなら、そういう働き方をすればいい。バーンアウトして訪問看護ができなくなったら、誰の幸せにもならないからです。それができる職場にするためにも、規模を拡大してきたんです。 当たり前のことですが、人によってできることとできないことがあり、考え方が違い、「でこぼこ」しています。私は、「でこぼこしているメンバーがたくさんいるが、関係性はフラットで、チームになると力を発揮する」組織を作りたいんです。パーフェクトなスペシャリストになってほしいわけではありません。自分の考えを押し付けたり、自分には技術がないと卑下したりするのは、ノーマライゼーションではありません。お互いを受け入れ、誰しも自分の可能性や能力を高められる状況でこそ、さまざまな意見や知恵が生まれてくると考えています。 ─ありがとうございました。後編では、採用や経営についてさらにお話を伺います。>>後編はこちら先を見越した採用とオープン経営の重要性 【利用者も看護師も幸せにする経営】 執筆: 倉持鎮子取材: NsPace編集部

あなたにオススメの記事

× 会員登録する(無料) ログインはこちら