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[6]どうされていますか? エンゼルケア時のならわしへの対応

お顔に白い布をかけたり、着物を左前で着付けるなど、亡くなった人に対して従来より行われてきたならわし。エンゼルケアの場面では、こうしたならわしについてどう考えればよいでしょうか。今回は、そもそもならわしとは何かをご紹介するとともに対応について考えます。 ならわしについて検討する際のポイント ならわしは、人々の思いと時代や地域の文化などがかかわってできあがったもので、時とともに移ろいながら私たちの暮らしの中にさまざまに存在しています。 医療の現場ではどうでしょう。例えば、病棟の病室に4号室や9号室を設置するかどうか。「死」をイメージする4、「苦」をイメージする9を避ける人がいるため、設置していなかった病院が少なくなく、増築や改築の際に議論になることがあります。 また、霊安室のありようもさまざまです。仏教をイメージするような設えやマリア像のあるお部屋、逆に宗教色のない控室的なつくりなどがあります。霊安室はならわしによる雰囲気づくりがなされたエリアといってよいでしょう。検討の結果、霊安室をなくした病院もあります。 看護時に長らく行われてきたならわしは、亡くなった人の整え方のいくつかです。それをどうとらえて、どうすればよいのか。ならわしを行うこと、行わないことに善し悪しはなく、考え方次第です。いずれにしても大事なのは、事業所としての考え方を整理し、スタッフ間で共有しておき、必要なときに説明できることです。 見えてきた、ならわしの背景 死後処置では、主にa~dのならわしが行われてきました。a手を組ませるb胴紐を縦結びにするc顔に四角い白い布をかけるd和服を逆さあわせにする(いわゆる左前) 葬儀文化に詳しい方への取材や関係書を読み検討を重ねる中で、これらのならわしが死や遺体に対するおそれの感覚や生きている人と区別するための印づけとしての必要性があったのだろうと考えるようになりました。 ①ご遺体へのおそれの感覚 昔は埋葬するまでご遺体を身近に置いていたこともあり、ご遺体の鼻や口から悪い存在が入り、荒ぶれて動き出したりしないかといったおそれの感覚が生じたようです。そのために、動かないように縛ったり、鼻や口の穴を塞いだりして封印をするようになったのではないか、そして、その名残がaの手を組ませる行為やcの顔に四角い白い布をかける行為なのではないか、と考えられていることが多いとわかりました。 ②「あの世の人」になったことの印づけ また、昔は死んだら「この世」から「あの世」(この世とは逆さの世界になっていると考えられている世界)へ行くと信じる感覚がありました。かつては看取りから葬儀まで自宅で執り行われることが多く、近所の人や親戚の人たちが自宅にたくさん集まりました。その中でご遺体が布団の上に横たわっているわけです。こうした状況において「この人はあの世の人になったのだ」と周囲に表明する、生きている人と区別する必要があったと思われます。 医師による死亡診断と告知があるわけではない時代には、亡くなったと決めたことを表明する必要もあったのではないかと想像します。その表明のしかたとして「逆さの世界の人」として、普段とは逆の方法にする逆さ事が行われてきたのでしょう。 逆さ事には、例えば「逆さ屏風」や「逆さ水」があります。「逆さ屏風」は、ご遺体の枕もとに屏風があれば、絵柄を逆さにして立てることを言います。「逆さ水」とは、ご遺体を拭くときに使用するお湯のつくり方を言います。通常、お湯に水を足して温度を調整しますが、その逆、水にお湯を足して温度を調整します。 先ほどご紹介したbの胴紐を縦結びにしたり、dの和服を左前にあわせることも逆さ事のひとつとして行われたのでしょう。胴紐は通常、横に結びますが、その逆として縦に結んだと考えられます。なお、縦結びは解けにくい結び方であり、「もう、あの世から戻れないですよ」という本人へのメッセージだと考えるむきもあります。 エンゼルケア時に、ならわしは基本的に行わなくてよい エンゼルケアは、ご家族が心豊かに看取りの場面を過ごしていただくことが目的のケアです。その段階において「ご遺体へのおそれの感覚が由来したならわし」は必要ない、また、周囲に亡くなった人であることを表明するための「印づけ」も必要ない、と考えています。 連載[2]のコミュニケーションの回で述べたとおり、生きているときのようにご遺体を気遣うご家族が多いのですから、死者らしくするならわしは行わない方針がご家族の感覚にもフィットします。 また、ならわしは後になってからいつでも行うことができますから、わざわざエンゼルケアの時点であわてて行う必要はありません。ただ、ご家族の希望があればそれに添う対応を検討してください。 社会状況の変化をキャッチしておきましょう 全体に死という出来事やご遺体を目立たないようにしたいという人々の思いが、死を取り巻く状況に反映されている印象です。例えば、以前は派手な装飾で目立つ存在だった霊柩車は、現在は目立たないものにとって変わり、葬儀も簡略化が急激に進んでいます。看取りや、葬儀の担い手となる子供の人数が少なくなり、その負担も増えている現在、簡略化は自然な方向性かもしれません。 そのような状況であることを含み、エンゼルケアではできるだけ、連載の[4]で述べた「でも」と思える場面づくりを意識するといったことが必要なのかもしれません。 ならわしはとなりの町でも流儀が異なる場合もあり、考え方や行い方に地域差が見られることも少なくありません。担当地域の自治体や葬儀社などから葬送の現状について情報を得ておくことも、エンゼルケアの内容を考えるうえで参考になると思います。 ワンポイントメモ宮家準氏が執筆された『日本の民俗宗教』(講談社学術文庫)中に掲載されていた次の図を知り、その内容にたいへん感動しました(図1)。 図1 生と死の儀礼の構造宮家準(1994)『日本の民俗宗教』(講談社)、124ページより引用 図の上半分にこの世の儀礼が並んでおり、下半分にあの世の儀礼が並んでいます。このように儀礼を対比すると、この世とあの世で儀礼の類似性があり、結婚式と三十三周忌までは儀礼のペースがほぼ同様です。先人らは、あの世に行った霊に対しても節目節目で儀礼を行い、この世で生きている人と同じくらい大切に思いながら過ごしたわけです。図では、あの世の儀礼にある「十三周忌」に対応するこの世の儀礼がありませんが、私の出身地である茨城県の一部では13歳のときに十三参りという儀礼を行います。 また、この図を縦半分にして左右を見てみると、右半分は神社、左半分はお寺で儀礼が行われます。他にも感動ポイントがいろいろとあるのですが、ここでは割愛します。昔の人たちは、このように一つひとつの儀礼を進めていくことがグリーフワークになっていただろうことを読み取ることができます。最近では、初七日は葬儀と一緒に済ませるなど、儀礼が省略されることも少なくありません。今後の社会では、これらを簡略化した分の穴埋めについて考えなければならないのではないかと思うのです。 皆さんの担当地区に伝わるならわしや、担当している利用者さんの出身地のならわしを聴取し、民俗学や文化人類学の書物を参考に、ぜひ検討してみてほしいです。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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物盗られ妄想

療養者の言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第8回は、物を盗まれたと訴える療養者の行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代女性。訪問看護と訪問介護サービスも利用している。以前から物忘れの症状はみられたが、周囲に気遣いができるなど日常生活に大きな問題はなく、家族や介護者との関係も良好であった。ある日、看護師が訪問すると「しまっておいた10万円がなくなった」「誰かに盗まれた」「あのヘルパーじゃないか」と訴えがあり、「本当にしまわれていましたか」「勘違いではないですか」となだめようとすると、「あんたが盗ったんだね」と騒ぎ出した。 なぜ「盗られた」と思い込んだのか? 物盗られ妄想 物盗られ妄想とは、根拠が薄弱であるにもかかわらず、誰かが自分の物を盗んだと非常に強く誤った思い込みをしてしまうことです。認知症との関連は深く、認知機能が比較的保たれている時期に生じることもあります。 さまざまな要因が考えられ、五感の低下や記憶障害、せん妄もその一因と考えられています。 この物盗られ妄想では、「盗まれた」という怒りから、他人への攻撃性がみられ、その矛先が、身近にいる家族や看護者・介助者に向かってしまうケースが多いです。そのことによる対人関係の悪化から、信頼関係の崩れにつながってしまうこともあるので注意が必要です。 物盗られ妄想への対応 対応としては、盗まれたことを頭から否定せず、まず訴えをよく聞き、「盗られた物」を一緒に探すなど、共感を態度で示すことが大事です。そうすることで、自分の訴えが聞き入れられたと安心し、落ち着く場合もありますので、たとえその場しのぎの対応だとしても、本人なりの納得が得られればよしとし、その時をやり過ごしましょう。 逆に、訴えを否定した場合、「どうしてわかってくれないんだ。やっぱり、この人が盗ったんだ」などと思い込み、症状の悪化を引き起こす危険性があります。説得しようと自分の意見ばかり伝えるなど、相手の話を聞こうとしない姿勢はとってはいけません。 療養者の気持ちが落ち着いたら、興味を別の話題に向け、「盗られた物」から気持ちをそらすようにするのもよいでしょう。 こうした症状は繰り返す傾向もあるため、症状のないときに本人とともに、身の回りを整理し探しやすい環境にしておきましょう。 また、妄想が特定の対象へ生じている場合は、本人を保護することも必要です。特に症状が激しいときは、薬物投与の検討も必要となります。 身近で援助している看護師も、攻撃を受けることは多くあります。そういった場合、むしろ、看護師を身近な存在と思っているために起こる行動といえます。自分の立場や状況をある程度判断する力が残っているからと考えて、それは看護者自身の責任と思わないようにしましょう。 こんな対応はDo not! × 訴えを聞かない× 言い分を頭から否定する× 無理に説得しようとする× 話を聞こうとせず、無視する こんな対応をしてみよう! まずは落ち着いたトーンで話し掛け、療養者の訴えをうなずきながら聞きましょう。 そして、なくなった物を一緒に探します。そのときは必ず、本人が探している場所と同じところを探すようにします。違うところを探すと「隠した」と疑われる場合があるためです。 探しながらどこに何があるかを確認し、種類別にわかりやすく整理をしていきましょう。 その際「○○さん、ここには何を置きますか?」「○○さん、ここには△△を置いておきましょうか」などと、物が混在しないよう促しながら作業を進めます。そして「○○さんはきれいに片づけるんですね。これは何ですか」などと、本人が探している物と違う話をするなど、療養者の気持ちが「盗られた物」に注意が向かなくなるように働きかけましょう。 執筆上原朋子(うえはら・ともこ)土浦協同病院附属看護専門学校教務副部長 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)上島国利ほか編.『全科に必要な精神的ケアQ&A:これでトラブル解決!』東京,総合医学社,2006,260p.2)遠藤英俊監.『痴呆性高齢者のクリニカルパス』愛知,日総研出版,2004,152p.3)服部英幸編.『BPSD初期対応ガイドライン』東京,ライフ・サイエンス,2012,171p.4)清水裕子編著.『コミュニケーションからはじまる認知症ケアブック』第2版.東京,学研メディカル秀潤社,2013,173p.5)金川克子ほか監.『個別性を重視した痴呆性高齢者のケア:痴呆の基礎知識と痴呆性高齢者の日常生活・周辺症状への具体的な援助方法』東京,医学芸術社,2002,127p.

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[5]身だしなみの整え――看取りの手段としてのエンゼルメイク

手浴や足浴、爪切りなど、エンゼルメイクではさまざまな方法でご遺体の身だしなみの整えを行います。これら一つひとつの場面が貴重な看取りの手段やグリーフワークの一助となります。できるだけご家族に実施していただけるよう、看護師がサポートできるとよいでしょう。 エンゼルメイクとグリーフワーク グリーフワーク。それは文字どおり、悲嘆の作業、心の大仕事ですね。喪失して間もない方や少し時間が経った方、年数を経た方などにお話しを伺うと、皆さんさまざまに、ドイツの哲学者アルフォンス・デーケン氏が示した「悲嘆のプロセス12段階」のいずれかの段階にあります(図1)。氏が記したとおり、順調に段階を踏んでおらず、ある段階を行きつ戻りつされている方もいらっしゃいました。 図1 悲嘆のプロセス12段階 アルフォンス・デーケン(1986)『死を看取る〈叢書〉死への準備教育第2巻』(メヂカルフレンド社)、261-265ページをもとに作成 また、後悔の念を口にする方も少なくありません。 「あのとき、もっとやさしい言葉を返せばよかった」、「あのとき、もっと話を聞けばよかった」、「あのとき、足をさすってやればよかった」などです。 ある人は「さまざまな後悔が湯水のように湧いてきて尽きないのよ」とお話しされました。後悔の念もグリーフワークとともに生じやすいようです。 これら心の作業を行っていくうえでポイントになるのが「でも」だと考えています。「でも、〇〇をやってあげることができた」という記憶、特に自身の手で行った実感の伴う記憶はグリーフワークにプラスに働くようです。さまざまなケースをとおしてそのことが見えてきました。その「でも」につながった可能性のあるエンゼルメイクの場面をいくつかご紹介します。 爪切りを行いながら 高齢の男性Aさんが息を引き取り、娘さんらは彼の顔のそばで悲しみを表しました。そんな中、ご長男だけは少し離れたところで棒立ちのままその様子を眺めていました。 「お父様の足の爪切りをお願いできませんか?」と、担当看護師が彼に声をかけました。「えー? 人の爪なんて切ったことないから」「私は女性のみなさまとお顔の整えを進めたいと思いますので、ぜひお願いします」「うーん。じゃあ」 彼は慣れない手つきでAさんの爪を切り始めました。やがてゆっくりとAさんの脛を撫で、何かしら話しかけながら爪切りを行いました。 手浴の思い出 高齢の男性Bさんが亡くなり、エンゼルメイクのときに娘さんがBさんの手浴を行いました。娘さんは、担当だった訪問看護師に会うたびに、何年経っても「あのとき、父の手を洗ってあげることができてよかった」と話します。 手浴の際にお湯に入浴剤を入れたことを「お風呂に入れてあげたみたいに思ったあの香りを嗅ぐと今も手を洗ってやれてよかったって思うんです」と。 ネクタイをきっかけに 高齢の男性Cさんのエンゼルメイクのとき、ご長男はCさんの足元のほうに立ち、腕組みをして笑顔で冗談を飛ばすなどしていました。Cさんに背広を着付けている途中で担当看護師は彼に声をかけました。ネクタイを差し出しながらです。 「よろしかったら、お父様にネクタイを付けていただけませんか?」「え? あー、ネクタイね。じゃあひとつ長男のオレがやってやるかぁ、どれどれ」 彼は、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といったふうにネクタイを受け取り、それを首元にかけるためにCさんに近づき、Cさんの顔を見ました。すると、両手でネクタイを持ったまま、身体が固まったように動かなくなりました。そして、その場で号泣。彼は泣きながらCさんにネクタイを締めてあげていました。 シャンプーをとおして 高齢の男性Dさんのエンゼルメイクで、ベッド上シャンプーを行ったときの場面です。担当看護師がDさんの首と後頭部を支え、娘さんがDさんの頭頂部や側頭部を洗います。洗髪しながら娘さんがこう言いました。 「まさか、最期に父の頭をこの手でこの指で洗ってあげられるなんて思っていなかったです」そして、次のように続けました。 「父の髪は白くはなりましたけど、量はずっと豊富なままで、本人はそれがちょっとした自慢でした。近所の方から、文豪の川端康成に似ている、なんて言われたこともあって。お風呂に入れていただく機会を逃してしまったところだったから、髪の汚れが気になっていたんです。父さん、かゆいところ、ないかしら」 実施した記憶がグリーフワークの一助となり得る エンゼルメイクを実施するのは息子さんや娘さんだけではありません。お孫さんが行う場合もあります。 例えば、次のようなケースです。・亡くなった高齢女性のマニキュアをお孫さんが片手ずつ担当して塗った。・お孫さんが靴下や足袋を履かせた。・お孫さんが交替でワイシャツのボタンをひとつずつ留めた。 上記のようなケースも含め、今回ご紹介したケースで共通するのは、行ったご家族から「やってよかった」という言葉が聞かれたり、そう伺える表情が見られたことです。また、これらの場面は看護師の声かけがきっかけとなっています。看護師の声かけがなければ、例えばAさんのご長男は遠巻きにお父様を眺めているだけで過ごし、Cさんのご長男は悲しみを表出するタイミングを得ることができなかったかもしれません。 もちろん無理強いは禁物ですが、ご家族の看取りの手段になり得ることを意識することがエンゼルメイクのポイントの1つです。手は出さずとも、間近でご覧いただくことで、その記憶がグリーフワークの一助になり得るととらえ、配慮することもよいのではないではしょうか。 *ご紹介したケースは個人を特定できないように編集したうえで掲載いたしました。 ワンポイントメモ衣類準備の声かけのタイミングについてエンゼルメイク時には、基本的に全身の保清後に着替えを行います。ご家族は落ち着いているように見えても、亡くなったときの衣類の準備までは気が回らない場合が少なくありません。そのため、あらかじめご家族に着替え用の衣類の準備をお願いし用意しておく必要があります。医師が、ご家族に間もなくかもしれないことを告げた際に、看護師から「つきましては、万が一のときにお召しになる衣類をご準備なさるとよいかもしれませんね」、あるいは「万が一のときのために、ご本人がご準備されている衣類はございますか?」などと声をかけるとよいでしょう。 着衣について例えば、ご家族が「これを着せてほしい」と和服一式を差し出されたとき、襦袢には袖を通していただき、着物や帯、帯締めなどは着付けずに、ふわりと上からかけておくだけにします。そして、「しっかりとした着付けをご希望の場合は、葬儀社の方にご相談なさってください」というふうに説明します。 衣類の着付けもしっかりと行うことが方針であれば別ですが、時間には限りがあるため着付けばかりに時間を割いてしまうと、保清などほかのエンゼルメイクを行う時間が足りなくなってしまいます。おすすめの「抱きうつし」(図2)エンゼルメイクの後、施設からご自宅など別の場所へ向かう場合に、ベッドからストレッチャーにご遺体を移すことをご家族に行っていただきます。在宅での看取りの場合では、ベッドから別のお布団へ、あるいはベッド上で身体の位置を整えるときに、ご家族にご遺体を抱いてもらい移していただきます。「抱きうつし」は、ご遺体を抱き抱えることで、その重さやぬくもりなどをご家族に実感していただくために行います。 図2 ご家族による抱きうつし 「抱きうつし」は鳥取県の「野の花診療所」で始まりました。エンゼルケアの一環としてご家族にご提案してみるのはいかがでしょうか。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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性的行動

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第7回は、ひわいな言動がみられるようになった患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 70歳代男性。パーキンソン病と認知症があり、訪問看護を利用している。 先日、誤嚥性肺炎を発症し、入院となった。入院加療で肺炎は軽快したため、自宅へ戻り、訪問看護を再開。入院加療中から、ひわいな言動が目立つようになっており、訪問を再開した訪問看護師が、体を触られた。 なぜ患者さんは、ひわいな言動を繰り返すようになったのか? 認知症と性的脱抑制 認知症の患者さんは、ときに社会的な規範を脱して性的な行動を示すことがあります。ひわいなことを言ったり、異性の体を触ったり、性行為を迫るなどの行動がみられます(性的脱抑制)。 しかし、性的な言動は、性的な快楽だけを目的としたものとは限りません。人とのつながりやスキンシップを求め安心したい、自尊心を傷つけられたくないといった思いも背景にあります。 体調悪化や環境変化からくる不安やストレス、焦燥感などが、こういった言動としてあらわれる場合があります。 パーキンソン病と誤嚥性肺炎 パーキンソン病は、進行すると、嚥下障害を起こすリスクが高まります。パーキンソン病の症状、上肢の振戦・強剛、舌運動や咀嚼運動の障害、顎の強剛、流涎、口渇、嚥下反射の遅延、喉頭挙上の減弱、喉頭蓋谷や梨状窩への食物貯留、食道蠕動運動の減弱などが要因です。さらに、パーキンソン病のある高齢者は、誤嚥性肺炎を繰り返しやすくなります。食物が気道に誤って入り、あるいは、知らない間に細菌が唾液とともに肺に流れ込み、細菌が増殖しやすいためです。誤嚥性肺炎は、発熱、咳、喀痰、息苦しさなどの症状を呈します。しかし、特に高齢者の誤嚥性肺炎は、症状の訴えはなく、何となく元気がないなどのこともあります。 高齢者は予備力が低下しているため、容易に肺炎などによる低酸素状態に陥りやすく、身体的変化に不安を感じることがあります。 環境変化の影響 高齢者の生理的な変化として、環境などへの適応力が低下します。生活リズムや環境・人間関係が変化することで、不安な気持ちなどが心身に大きな変化をもたらすこともあります。この患者さんは慣れない入院生活を経験し、不安や不満が生じたとしても無理はないと思われます。 性的な行動の理由は患者さんによってさまざまです。この患者さんのように、相手の体に触ろうとする行為は、寂しさや不安、不満などから起こったと考えられます。 患者さんをどう理解する? 患者さんの言動に対して、看護師が強い口調で「いやらしい」「やめてください」などと言ってしまうと、本人のプライドを傷つけ、より言動が悪化する可能性があります。話題の方向を変えるなどプライドを傷つけないような配慮が必要です。看護師が騒いでしまうと、かえって本人を面白がらせる結果になりえます。 ただ、体を触るなどの行為がエスカレートする可能性がある場合は、あいまいな態度をとったり、聞き流したりせず、毅然とした態度で注意することが必要なときもあります。さりげなく短い言葉で注意することが効果的です。また、2名以上の職員でかかわり、個室内にて1人で対応することを避ける、男性看護師がケアにあたるのもよい対応です。 リラックスした雰囲気で、本人の昔の思い出、楽しかったことやつらかったことなどを聴くのもよいでしょう。時間を使ってじっくり話を聴くことは、大変なようですが、結果として本人の精神的安定にもつながり、性的な行動をとる原因が見つかる手がかりになることがあります。 そのほかの対策として、日中の運動量を増やして夜間ぐっすり眠れるようにする、趣味などの別の物事に打ち込ませることで性的欲求不満をそらすなども有効と思われます。 たとえば、今回の場合は「タッチして合図しなくても大丈夫ですよ、ご用があったら名前で呼んでくださいね」といったように、さりげなく話題の方向を変えて、プライドを傷つけないように配慮します。 執筆浅野均(あさの・ひとし)つくば国際大学医療保健学部看護学科 教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)松下正明ほか監.『個別性を重視した認知症患者のケア』改訂版.東京,医学芸術社,2007,166p.2)鷲見幸彦監著.『一般病棟で役立つ!はじめての認知症看護』東京,エクスナレッジ,2014,213p.3)川畑信也.『これですっきり!看護・介護スタッフのための認知症ハンドブック』東京,中外医学社,2011,128p.4)清水裕子編著.『コミュニケーションからはじまる認知症ケアブック』第2版.東京,学研メディカル秀潤社,2013,173p.5)日本認知症ケア学会編.『改訂・認知症ケアの実際Ⅱ:各論』東京,ワールドプランニング,2008,300p.6)三好春樹.『目からウロコ!間違いだらけの認知症ケア』東京,主婦の友社,2008,191p.7)服部英幸編.『BPSD初期対応ガイドライン』東京,ライフ・サイエンス,2012,171p.8)日本神経学会監.『認知症疾患治療ガイドライン2010』東京,医学書院,2011,256p.

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[4]腐敗進行を抑えるために絶対に外せない対応、冷却について

ご遺体の死後変化の1つである腐敗は、適切な管理を行えば進行を抑えることが可能です。管理が十分でないと、腐敗が進んでしまい、告別式のころには棺の蓋に届くほど腹部が膨満してしまうケースもあります。それも自然現象ではありますが、腐敗は死後変化の中でもご家族につらい印象をもたらす要素が多いため、抑える対応はマストです。今回は腐敗とその対処法である冷却について解説していきます。 腐敗はなぜ起こる? 死亡により体内の細菌バランスが崩壊し、生前から存在していた細菌群(中温菌)の異常繁殖により腐敗します。腐敗は、死後6時間くらいから始まり、腹腔内から胸腔内へ、そして全身に広がります。 腐敗が進むと何が起こる? 腐敗の進行とともに水分とガスが生じるため、体腔内圧が高まり、鼻や口から体液が漏れ出たり、肛門から便が漏れたりします。腹部膨満も見られます。また、臭気が発生し、皮下にガスが溜まり、皮膚に水疱ができるといった現象も起こります。 腐敗進行にとっての好条件は「水分が多い、栄養が多い、温かい(死亡時に発熱していた)」です。この条件がそろうとご遺体は腐敗しやすい状態になります。夏場など、ご遺体を取り巻く気温が高いことも腐敗を助長します。 腐敗の抑制手段は「冷却」 腐敗を最小限に抑える手段が「冷却」です。冷却することによって、腐敗をもたらす中温菌が活動しづらい環境にすることができます。エンゼルケアにおける冷却は、葬儀社が対応するドライアイスや冷蔵庫冷却までのつなぎとして実施します。 実施するタイミングは、保清の後の着衣のときがよいでしょう。冷却物としては保冷剤やアイスパック、氷を使用します。それらがなければ、冷凍庫や冷蔵庫に入っており、身体にあてやすい平らな形状のもので代用します(腋窩部、鼠径部、前側頸部には円柱型やボトル型の形状のものも可)。 冷却効果が高いのは冷却物を直接皮膚にあてる方法ですが、ご家族が「冷たそう」と感じることもあります。そうした気持ちに配慮し、下着の上から冷却物をあてたり、和服など衣類によってはすべてを着付けた上からでもよいでしょう。 図1に冷却に使用する物品を、図2に冷却する部位を示します。 図1 冷却に使用する物品と冷却する部位 ご遺体や衣類が濡れることを避けるため、ビニール袋に入れて使用する 図2冷却する部位 通常の冷却 ❶胸部+❷腹部(腐敗が早く強く出ると予想される場合は、❶胸部+❷腹部+❸腋窩部+❹鼠径部+❺前側頸部を冷却する) ご家族への説明例 冷却を開始する際の声かけでは「お腹が膨らんだり、体液が鼻から出たり、臭いが強くなったりしないよう、お腹や胸に早めの冷却が大切です。これから行いますね」などと冷却の必要性を伝えます。 しかし、ご家族が「冷たそう」「寒そう」と話し、気が進まないようであれば、次のように説明します。 「さきほどお話したような変化が進んでしまうと、あとから元に戻すことができませんので、冷やすことはとても大事なんです」 それでも難色を示される場合、腐敗が進行することを理解されていないかもしれないと考え、「変化」ではなく「腐敗」という言葉を使って再度説明します。十分に説明したうえでも拒否される場合は無理には行いません。ご家族には、冷却を行っていないことを葬儀社の方に伝えていただくようにお話しします。 ワンポイントメモ綿詰めは必要ない?ご遺体の鼻や口、肛門などに綿を詰める行為はこれまで広く行われてきた行為の1つです。しかし、ここ数年の間に、綿は栓の役割を果たさないことがわかってきました。腐敗の進行で内圧が高まれば、綿で漏液や便漏れを阻むことはできません。鼻や口から漏液がある場合は、適宜拭います。肛門や膣には紙パッドや紙オムツをあてることがおすすめです。分泌物や便を含んだ綿の交換は難しいですが、紙パッドや紙オムツであれば交換も容易ですね。また、鼻や口への綿詰めは、家族がつらい印象をもつことが多いです。(なお、便漏れを防ぐために腹部を圧迫し、便を押し出す行為もおすすめできません。腐敗の進行とともに自己融解も始まり、内臓の脆弱化が急激に進んでいるため、圧迫により腸を損傷させる可能性があるためです。) 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

インタビュー

どうすればいい? 利用者さんからの拒否

精神科訪問看護に特化して運営しているN・フィールド。今回は、訪問看護のサービス利用に強い拒否感がある利用者への対応などについて、引き続き精神看護専門看護師の中村創さんに話をうかがいました。(以下敬称略) お話中村創 株式会社N・フィールド 精神看護専門看護師 サービス受け入れ拒否の背景 [中村]介護サービスなどでもしばしばみられるように、精神科訪問看護でも、周囲が必要と考えても利用者さんがサービス受け入れを拒否するケースがあります。 具体的な背景には、医療者への不信感が強い、たとえば、特にコロナ禍といった状況では、利用者さん自身が悪いウイルスを持っていると思い込み「来てほしくない」との連絡があるケースや、本人は訪問看護を不要と思っており、理由を尋ねると「『退院をしたければ訪問看護を受けること』と主治医に言われたから」というケースなどがあります。 初回訪問がとても大切 [中村]「拒否があるから、何もしない」ということはありません。外来受診ができているか、電気メーターはいつもと変わらずに回っているかといった「生存確認」など、最低限からでも、できる支援を模索します。 「自分自身にウイルスがある」と思って「来てほしくない」と言う人は、それだけ不安が強い状態だということです。電話でご様子を確認しながら、訪問できるタイミングを計ります。訪問できたら、少し受け入れるキャパシティが広がってきたのだなと、アセスメント項目として、みさせていただくわけです。 このように、サービス利用に強い拒否感のある利用者さんへの対応においては、初回訪問がとても大切だと思っています。 「来てほしくない」と思われているのに、最初から看護師の専門性を前面に出してしまうと、訪問拒否につながることもあります。心がけているのは、ご本人にとって不快ではない時間を作っていくことです。 役割意識で利用者を『尋問』していないか [中村]「安心」「快適」という感覚は、利用者さんの主観によるものです。それをこちらが、「私が来たから安心でしょう」と押しつけてはダメですよね。最初に「私はあなたの敵ではないし、危険な存在でもないですよ」と、いかにして認識してもらうかが、何よりも大切です。 私たちは、気をつけていてもつい、訪問看護師としての専門性を発揮しよう、役割を遂行しようと力が入りすぎて、利用者さんの「安心」や「快適」を引き下げてしまうことがあります。 「薬を飲めていますか」「朝起きられていますか」と言うことは、利用者さんからすると尋問です。そうした医療者視点からのアプローチでは、利用者さんは疲れてしまいます。そうではなく、その人の生活にこちらがいかに乗っていけるか。それが、「安心」「快適」を感じていただける最低ラインの専門性であり、スキルだと考えています。 看護は対人関係のプロセスそのもの [中村]そもそも、訪問看護師は利用者に対して「訪問したからには専門職として何かしなくてはいけない」と考えがちではないかと私は考えています。 そうした意識を、実は利用者さんのほうが鋭く感じ取り、プレッシャーを受けていることもあります。 そうならないよう私が心がけているのは、「まず顔見知りになる」です。私は看護理論のなかで「看護は対人関係のプロセス」1)という言葉をとても大切にしています。 見知らぬ看護師である私の訪問を受け入れた利用者さんは、最初、とても緊張しています。それが、氷が溶けるように少しずつ心を開いていってくれる。その感覚を味わうことが、看護師にとっての醍醐味だと思っています。そして、心の氷が溶けるような体験は、利用者さんにとっては、対人関係上のトレーニングでもあるのです。 知的障害や発達障害のある人は、他者とのコミュニケーションに強い苦手意識を持っていることもあります。うまくコミュニケーションをとれなかった体験の累積で、自己肯定感がどんどん低下していることが多いのです。しかし、訪問看護師を受け入れたことで、「あれ? 私、今、人がいても大丈夫だ」と気づく。この体験がとても大切なのです。 何もしないでそっとそばにいる [中村]精神科看護には、「ただそばにいること」の意味を示した「シュヴィング的接近」というかかわりかたがあります。これは、何か月も病室で毛布にくるまり、他者とのかかわりを一切持とうとしなかった少女のベッドサイドに、看護師が毎日同じ時刻、静かに30分間座ることで起きた変化を、看護師のシュヴィングが伝えたことに由来します。 数日後、少女は毛布から顔を出して看護師を見ますが、看護師は変わらず静かに座り続けます。それに安心した少女は、起き上がって看護師をじっと見て、翌日には少女のほうから話しかけてきた、というのです。 傷ついてきた人には、まず何も働きかけずに、そっとそばにいる。これが基本ではないかと思うのです。相手に、「そばにいてもいい」と受け入れられはじめる、少しずつ関係ができる。そしてようやく、その人の抱える生きづらさを軽減する方策を考えるお手伝いができるようになります。 専門職にとって「何もしないでそばにいる」というのはとても難しい。しかし、とても大切なことだと思っています。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇Travelbee,J.『人間対人間の看護』長谷川浩ほか訳.医学書院,1974.

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妄想・幻覚を訴える

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第6回は、妄想・幻覚を訴える患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代女性。4年前に認知症を発症し、症状が進行している。日ごろから「医師と嫁がグルになって私を毒殺する」「死んだ息子が帰ってくる」などと妄想・幻覚を訴えている。嫁に世話されることを拒否し、日々心安らぐことなく過ごしている。 なぜ患者さんに、幻覚や妄想が起こっているのか? 高齢になると、物や人など、大事な、よりどころの喪失体験が増えます。そして、「喪失するのではないか」という不安も増大します。認知症に伴い判断力が低下し、現実検討能力注1もなくなります。このようなことが重なって、妄想が生じます。 自分を援助してくれる家族を含めた周囲との人間関係や、今後の生活への不安などを背景に出現するため、身近な家族や近所の人などが妄想の対象になることがあります。 妄想が出現しやすい要因は、疑い深い性格的特徴や、不適切な人間関係や環境(援助する人が、患者さんを尊重しておらず無視するなど)があります。 この患者さんが訴える「息子が帰ってくる」などのように、本人の強い願望がそのまま妄想となることもあります。このような場合は、寂しさや不安なども背景にあると考えられます。 BPSDの分類 認知症の進行に伴って出現する、周囲が対応困難な言動をBPSDといいます。認知症の中核症状(記憶障害、認知機能低下など)による生活のしづらさに、その他の要因(疾患や身体状態の悪化、本人の性格特徴、環境の変化、人間関係など)が複合的に関連して出現する症状を指します。 下の表は、国際老年精神医学会が、対処の困難さの観点から分類したBPSDです。 BPSDのなかでも、心理症状である幻覚・妄想は、厄介で対処が難しい症状に分類されています。また不穏や攻撃性の背景に妄想があることもあります。 患者さんをどう理解する? 「嫁が医者とグルになって私を殺そうとしている」ことが現実であれば、こんなに怖いことはありません。自分の身近で生活している嫁と信頼しているはずの医師が、一緒になって自分を殺そうとしているのですから、一刻も早く逃げ去りたいと思うのは当然です。「いつ嫁に殺されるかわからない」という妄想があれば、嫁の援助を断るというのも理解できるでしょう。このような状況下では次のような対応が必要です。 妄想を否定しない 妄想とは「現実にはない事柄を一定期間、他者の説得によっても揺るがない仕方で強く確信する誤った判断ないし観念」2)のことです。現実にありえないことであっても、事実と思い込み、修正不能な思考ですので、他人に否定されても考えが変わることはありません。患者さんにとっては妄想イコール現実であると看護師はすべてを受け入れ、その妄想が起こる心理や、妄想による感情に視点を当てることが必要です。 身体的なアセスメントをする 睡眠や食事がうまくとれていない状態や、身体的な不調は、BPSDを悪化させます。気分が不安定な場合に、身体的なアセスメントと援助も必要です。 孤独感や不安感に寄り添う 「息子が帰ってくる」と話していることから、孤独感や不安感が背景にあると考えられます。患者さんの家族関係などの背景を知ることが援助につながります。そして患者さんに安心感を与えられる援助が必要です。ゆっくりと話を聴き、体に触れ、そばにいる時間を増やします。 また、お嫁さん以外の信頼できる家族の来訪をすすめることも必要です。 妄想の裏にある患者さんの欲求を知るために、日ごろからよく声を掛け、関係性を築いておくことが大切です。 妄想・幻覚への対応 患者さんが妄想を訴えはじめたら、まず、妄想の内容ではなく、妄想によって起こる気持ちや感情を全面的に受け止めることです。患者さんの気持ちに共感し、「今とてもつらい状況なのですね」「怖くて、いてもたってもいられない気持ちなのですね」と受け入れて聞くことです。 その後、患者さんが落ち着いたら現実的な行動をとれるように誘導します。たとえば「窓の外を一緒に眺めてみませんか」「喉が渇きましたね。一緒にお茶をいれに行きましょう」など、場所や行動を変えることで気分(感情)が切り替えられるようにしていきます。 こんな対応はDo not! × 患者さんが訴える妄想を否定する× 「それは妄想だから」と言って、患者さんの訴えを取り合わない× 身体的なアセスメントを怠る 注1 現実検討能力客観的に自分の考えをとらえ、その分析ができる能力。自分の考えと自分を取り囲む現実とを照合する力。 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)国際老年精神医学会.『臨床的な問題』『痴呆の行動と心理症状』日本老年精神医学会監訳.東京,アルタ出版,2005,27-49.2)橋本衛.『認知症の妄想』老年期認知症研究会誌.19(1),2012,1-3.

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[3]身体の死後変化はエンゼルケアの必須知識!

死後のご遺体の変化に驚かれるご家族が少なくありません。ご家族にきちんと説明できるためにも、死後の身体変化に関する情報をしっかりと押さえておきましょう。また、どういった変化が生じるのか把握しておくことで、変化を最小限に抑える対処が可能ですし、さまざまな身体変化に遭遇しても冷静に対応することができます。 亡くなった高齢女性Aさんのご家族から困惑した声音で、担当だった看護師に電話がありました。 「おばあちゃんの口のまわりに灰色の輪がくっきりと浮き出てきたんです。不吉なことなんじゃないかって言う人もいて・・・・・・。一体、何なんでしょう、これ」 Aさんは黄疸が出ていたために、その死後変化として皮膚に変色が起こったのです。黄疸をもたらしているビリルビン色素の酸化亢進などによって時間とともに変色が起こります。毛根部が変色の生じやすい部位で、髪の生え際や眉、ひげ(あるいは口まわり、女性も口周囲にうぶ毛があるため)などに注意が必要です。 Aさんのご家族はそれを知らなかったため驚かれたのですね。看護師は異常事態ではないことを伝え、対処法などを次のように説明し安心していただきます。 「黄疸が出ていた方は、お口のまわりがくすんで輪のように見えることもあります。自然な変化ですから、ご心配はいりません。気になるようでしたら、その部分をファンデーションでカバーしていただいて問題ありません」 そして、必要に応じてファンデーションを使用したカバー方法なども説明します。 望ましいのは、黄疸のある肌は時間の経過とともに皮膚に変色が生じると思われることを、あらかじめエンゼルケアのときに説明できることです。さらに、最も望ましいのは、そのことを含めて死後変化のことなどが書いてある文書をお渡しすることです。文書については、連載の最終回でふれる予定ですので参考になさってください。 身体の死後変化の知識を得ておくことは、エンゼルケアを行ううえで必須です。亡くなった人のそれまでの身体の状態を把握している看護師は、例えば前出の黄疸の出ている方のように、変化についてのさまざまな配慮・対応が可能なためです。 知っておきたい身体の死後変化の特徴 では、ここで「身体の主な死後変化」を図1に示します。 図1 身体の主な死後変化 ( )内は、変化が始まる目安の時間を示す。変化の強度や速度には個人差がある。各項目の詳細については以下を参照。筋の硬直(死後硬直)(1時間~)筋弛緩後、下顎(1~3時間)、全身(3~6時間)へと硬直が進む。循環停止により酸素供給が停止することなどによる。死後半日から1日の間に硬直のピークを迎え、その後、解けはじめる。死の直前まで筋肉を使用していたり(急死)、高齢ではない場合などは硬直が強く表れる。体表面の乾燥(3時間~)循環停止によって内部から体表面への水分補給がなくなり、自力で保湿できなくなり乾燥する。特に外気にふれている頭部(その中でも口唇)は乾燥が急激に進む。表皮が失われている箇所や開放性の創部も乾燥しやすい。また、乾燥とともに皮膚の脆弱化も進む。水分量の多い乳児・小児は、成人よりも乾燥傾向が強い。顔の扁平化(直後~)重力の影響による。蒼白化(30分~)重力の影響を受け、比重の重い赤血球が沈下することで、皮膚の血色が失われる。全身の上面に生じるが、露出している顔面が特に目立つ。顔のうっ血(3時間~)急性の心疾患で亡くなった方に生じることが多い。腐敗(6時間~)恒常性の消失で細菌バランスが崩壊し、細菌群(中温菌)が異常繁殖することによって生じる。腹腔内からはじまり胸腔内、そして全身に広がる。身体の状態(水分が多い、栄養が多い、温かいなど)によって腐敗の進行度が変わる。体温低下(直後~)恒常性の消失で、気温の影響をまともに受ける。上下肢の末端部や外気にふれる顔面などから低下する。体幹部は下がりにくい。止血しづらくなる血液の凝固因子が大量に消費されることなどから、止血しづらい状態になる。黄疸の方の皮膚色の変化(24時間~)黄疸をもたらしている色素の酸化亢進などによって生じる。黄色→淡緑色→淡緑灰色に変化する。 さまざまな変化を図1で把握するとともに、全体的な変化の特徴として次の4点も押さえておくとよいでしょう。各タイミングでの判断に役立ちます。 ①死後の身体は「不可逆的に変化する」 図1に示した変化をはじめとして、死後変化のすべては不可逆的に進行します。つまり、変化する一方で、元の状態に戻ることはありません。生きているときのように、維持しよう、回復しようと身体は機能しません。 例えば、口唇は粘膜のため特に乾燥しやすい部分です。時間とともに乾燥が進み、表面が茶褐色に変色してしまったり、口唇全体の厚みが減ってしまったりし、それらが元の状態に戻ることはありません。ですから、早い段階で油分を塗布するなど、乾燥防止を行う必要があるのです。 ちなみに、葬儀社の方から看護師に対して「とにかく唇だけでも早めに油分を付けておいてほしい」と言われることがあります。葬儀社の方が担当する段には、すでに口唇の乾燥が極まってしまっていることがあるからのようです。 エンゼルメイクを含むエンゼルケアの時点で何をしておくべきなのかを判断し、実施することがポイントになってきます。 ②死後の身体変化は「予測しきれない面がある」 どんな死後変化がどの程度、どんな速さで起こるのか、エンゼルケアの時点ではその後を予測しきれない面があります。その大きな理由として、次の2点が挙げられます。 ・個体差を厳密には予測できない死後の身体変化は、死に至ったときの身体状態により個体差があります。例えば、体内の水分量が多く、さらに亡くなるまで高熱が続いていた場合は腐敗が早く強く出るかもしれないというようにおよその予想はできますが、厳密な予想はできません。 ・管理状況に左右されるご遺体は、身体の状態を一定に保つ機能は働いていないので、気温、湿度など身体を取り巻く環境の影響をまともに受けます。皆さんの手が離れた後、例えば暑い日などに適切な冷却がなされなければ急激に腐敗が進み、体液が漏れ出たりします。 身体の変化に困惑したご家族から問い合わせや相談の連絡があったなら、まず「お身体はいろいろな変化が出るのが自然のことです。異常事態ではないので心配はいりませんよ」と応対し、具体的な対応方法を説明するとよいでしょう。 ③死後の身体は「傷みやすい」 死後の身体変化が生じているイメージをつかんでほしいと思い、あえて「傷む」という表現を使います。 例えはあまりよくありませんが、釣ってきた魚を暖かい日に冷却もせず、ラップもかけずにテーブルの上に放置してしまうと、魚は急激に傷んでいきますね。人の身体も何もしなければ同じように傷んでいきます。 冷却や乾燥防止対策を行い、なるべく変化を抑えますが、抑えきれないケースも少なくありません。ただ現在は、亡くなった人との対面時には、衣類や花などでカバーされて目にふれないような配慮がされており、私たちは「傷む」という自然現象を忘れがちです。このことを含んでおいて、必要なときに「ご遺体は傷みやすいですよ」とご家族に説明します。 ④死後の身体は「重力の影響を受ける」 図1に示した「蒼白化」や「顔の扁平化」は重力に抗えなくなった結果、起こる変化です。他にも、身体の後面に開放性の創部(褥瘡など)がある場合は滲出液が漏れ出やすいので、あらかじめ対応をしておくといった判断ができます。 また、図1に示したように血液は止血しづらい状態になるため、鼻出血などがあると長く出続けることがあります。その場合は枕の高さを変えたり顔の向きを変えるなどし、重力の働く方向を変えることで、体外への出血量を減らせることがあります。 ご家族がご遺体を「起立させてほしい」と希望した例では、担当の看護師は便漏れなどがないように、重力の影響を考えながら希望に応じたとのことでした。 ワンポイントメモ臭気の話死後の早い段階で、気になる臭いが発生しやすい場所は、口腔内と瞼内です。 下顎が、早ければ死後1時間程度で硬くなるため、臭気防止のために口腔内だけは早めにケアを行います。マウスケア用のスポンジやガーゼなどで汚れを拭ったり、可能であれば歯磨きもします。瞼内のケアでは、眼脂に注意します。眼脂などの分泌物からも臭気発生の恐れがあるため、綿棒で拭うなど可能な範囲で除去しておきます。 腐敗による臭気もその後発生します。エンゼルケアの段階で行う臭気対策は、第4回で解説する冷却が有効です。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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