認知症看護に関する記事

特集
2022年4月5日
2022年4月5日

妄想・幻覚を訴える場合の対応【認知症患者とのコミュニケーション】

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第6回は、妄想・幻覚を訴える患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代女性。4年前に認知症を発症し、症状が進行している。日ごろから「医師と嫁がグルになって私を毒殺する」「死んだ息子が帰ってくる」などと妄想・幻覚を訴えている。嫁に世話されることを拒否し、日々心安らぐことなく過ごしている。 なぜ患者さんに、幻覚や妄想が起こっているのか? 高齢になると、物や人など、大事な、よりどころの喪失体験が増えます。そして、「喪失するのではないか」という不安も増大します。認知症に伴い判断力が低下し、現実検討能力注1もなくなります。このようなことが重なって、妄想が生じます。 自分を援助してくれる家族を含めた周囲との人間関係や、今後の生活への不安などを背景に出現するため、身近な家族や近所の人などが妄想の対象になることがあります。 妄想が出現しやすい要因は、疑い深い性格的特徴や、不適切な人間関係や環境(援助する人が、患者さんを尊重しておらず無視するなど)があります。 この患者さんが訴える「息子が帰ってくる」などのように、本人の強い願望がそのまま妄想となることもあります。このような場合は、寂しさや不安なども背景にあると考えられます。 BPSDの分類 認知症の進行に伴って出現する、周囲が対応困難な言動をBPSDといいます。認知症の中核症状(記憶障害、認知機能低下など)による生活のしづらさに、その他の要因(疾患や身体状態の悪化、本人の性格特徴、環境の変化、人間関係など)が複合的に関連して出現する症状を指します。 下の表は、国際老年精神医学会が、対処の困難さの観点から分類したBPSDです。 BPSDのなかでも、心理症状である幻覚・妄想は、厄介で対処が難しい症状に分類されています。また不穏や攻撃性の背景に妄想があることもあります。 患者さんをどう理解する? 「嫁が医者とグルになって私を殺そうとしている」ことが現実であれば、こんなに怖いことはありません。自分の身近で生活している嫁と信頼しているはずの医師が、一緒になって自分を殺そうとしているのですから、一刻も早く逃げ去りたいと思うのは当然です。「いつ嫁に殺されるかわからない」という妄想があれば、嫁の援助を断るというのも理解できるでしょう。このような状況下では次のような対応が必要です。 妄想を否定しない 妄想とは「現実にはない事柄を一定期間、他者の説得によっても揺るがない仕方で強く確信する誤った判断ないし観念」2)のことです。現実にありえないことであっても、事実と思い込み、修正不能な思考ですので、他人に否定されても考えが変わることはありません。患者さんにとっては妄想イコール現実であると看護師はすべてを受け入れ、その妄想が起こる心理や、妄想による感情に視点を当てることが必要です。 身体的なアセスメントをする 睡眠や食事がうまくとれていない状態や、身体的な不調は、BPSDを悪化させます。気分が不安定な場合に、身体的なアセスメントと援助も必要です。 孤独感や不安感に寄り添う 「息子が帰ってくる」と話していることから、孤独感や不安感が背景にあると考えられます。患者さんの家族関係などの背景を知ることが援助につながります。そして患者さんに安心感を与えられる援助が必要です。ゆっくりと話を聴き、体に触れ、そばにいる時間を増やします。 また、お嫁さん以外の信頼できる家族の来訪をすすめることも必要です。 妄想の裏にある患者さんの欲求を知るために、日ごろからよく声を掛け、関係性を築いておくことが大切です。 妄想・幻覚への対応 患者さんが妄想を訴えはじめたら、まず、妄想の内容ではなく、妄想によって起こる気持ちや感情を全面的に受け止めることです。患者さんの気持ちに共感し、「今とてもつらい状況なのですね」「怖くて、いてもたってもいられない気持ちなのですね」と受け入れて聞くことです。 その後、患者さんが落ち着いたら現実的な行動をとれるように誘導します。たとえば「窓の外を一緒に眺めてみませんか」「喉が渇きましたね。一緒にお茶をいれに行きましょう」など、場所や行動を変えることで気分(感情)が切り替えられるようにしていきます。 こんな対応はDo not! × 患者さんが訴える妄想を否定する× 「それは妄想だから」と言って、患者さんの訴えを取り合わない× 身体的なアセスメントを怠る 注1 現実検討能力客観的に自分の考えをとらえ、その分析ができる能力。自分の考えと自分を取り囲む現実とを照合する力。 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)国際老年精神医学会.『臨床的な問題』『痴呆の行動と心理症状』日本老年精神医学会監訳.東京,アルタ出版,2005,27-49.2)橋本衛.『認知症の妄想』老年期認知症研究会誌.19(1),2012,1-3.

特集
2022年3月22日
2022年3月22日

【短期記憶障害】認知症患者が同じ話を繰り返す原因&対応を解説

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第5回は、同じ話を繰り返し、説明したことを守ってくれない患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代、女性。つじつまの合わない言動がみられ、同じ話を何度も繰り返している。レビー小体型認知症があり、下肢の筋力低下もあり、歩行時にふらつきがみられる。 本人はもともと自立心高く活動的である。転倒リスクのため、移動したいときは一人で動かず、介助者を呼ぶように伝えているが、決して人を呼ばない。これまでも転倒を繰り返し、出血斑が多数ある。 なぜ患者さんは、同じ話を何度も繰り返すのか? 認知症の症状の一つに、記憶障害があります。 記憶は、▷覚える(記銘) ▷保存する(保持) ▷必要なときに思い出す(再生) ── の、三段階から成り立っています。そして記憶障害には、短期記憶障害と長期記憶障害の二種類があります。 短期記憶障害 数分前に起こったことなど、新しい事柄を覚えることができない長期記憶障害昔からしてきたこと・知っていたことを忘れる ・エピソード記憶・意味記憶・手続き記憶 認知症では、数分前に起こったことを思い出せない短期記憶障害と、自分が体験したことなどを忘れてしまうエピソード記憶障害がみられることがあります。 また、多くの情報を一度に処理できません。自分の言いたいことや頭に浮かんだことを繰り返して話をしていると思われます。 なぜ患者さんは説明を無視して一人で動くのか? 短期記憶障害のため、そもそものコミュニケーションがとりにくい状態です。「どこかに行かれる際は、手伝うので、人を呼んでくださいね」と説明していても、そのこと自体を忘れてしまっている状況だと考えましょう。また、患者さんはもともと自立心が高く、活動的な人です。「一人で動ける」と思っています。 繰り返す言動への対応 患者さんの行動の理由 患者さんは、記憶障害のために、聞いたことや言ったことを忘れてしまい、同じ話を繰り返していると考えられます。そして、繰り返し聞いてくる内容は、患者さんが気になっている・困っている・不安に思っていることなどの場合もあります。さらに、一度に多くの情報が処理できないので、自分の言いたいことだけに注意が向いてしまう場合があります。 対応の一つとして、訴えている理由や気持ちをしっかり聞いて、安心できるようにすることや、原因を推測しながら対応を重ねていくことも大切です。 同じことをあまりにも繰り返す場合は、「テレビを見ますか?」などと声を掛けて、別の物や場所へ興味・関心が向くように接してみるのもよいかもしれません。 患者さんを不安にさせない対応 患者さんと話がかみ合わず、看護師もイライラやストレスを感じることがあるかと思います。また、つい感情的になって強い口調で対応してしまったり、いい加減な対応をしてしまうかもしれません。 しかし、そんな対応をとられると、患者さんはプライドを傷つけられ、不安に感じます。看護師には、「患者さんは初めて話しているんだ」と思って対応する態度が求められます。 転倒の危険性 加齢の変化とともに、転倒や転落といった事故に遭遇するリスクは高くなりますが、認知症を患うことで危険の察知や予測、的確な判断を下す能力の低下などにより、そのリスクはさらに高くなります。 レビー小体型認知症の症状 レビー小体型認知症は、認知機能障害だけでなく、パーキンソン病のような運動機能障害があるのが特徴的で、幻視もみられます。初期には記憶量が軽度であることが多いですが、日によって認知機能も変化します。 レビー小体型認知症では、パーキンソン症状による運動機能の低下、認知機能障害、注意障害が原因となって転倒を繰り返すことがあります。さらに、自律神経障害をきたすことがあり、起立性低血圧からも転倒を起こす危険性があります。 患者さんの行動パターンから予測する 生活パターンの把握や排泄行動を観察することで、患者さんの行動を予測しながら支援することも大切です。患者さんがそわそわしたり、物音がしたり、何らかの身体的サインがみられる場合は、「何か用事はありませんか?」「そろそろ、トイレに一緒に行ってみませんか?」と、排泄パターンに合わせて声を掛けてみるのも効果的です。 一人で行動する背景には何らかの理由があると考え、その理由を、行動や発言から把握することです。 こんな対応はDo not! × 何度も聞いた話なので無視したり、いい加減な返事をする× 「この前も説明しましたよ」と指摘し、責める× 「なぜ一人で歩いたんですか!」「危ないでしょ」と叱る 執筆浅野均(あさの・ひとし)つくば国際大学医療保健学部看護学科 教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)松下正明ほか監.『個別性を重視した認知症患者のケア』改訂版.東京,医学芸術社,2007,166p.2)鷲見幸彦監著.『一般病棟で役立つ!はじめての認知症看護』東京,エクスナレッジ,2014,213p.3)川畑信也.『これですっきり!看護・介護スタッフのための認知症ハンドブック』東京,中外医学社,2011,128p.4)清水裕子編.『コミュニケーションからはじまる認知症ケアブック』第2版.東京,学研メディカル秀潤社,2013,173p.5)飯干紀代子.『今日から実践認知症の人々とのコミュニケーション』東京,中央法規出版,2011,142p.6)鈴木みずえ編.『急性期病院で治療を受ける認知症高齢者のケア』東京,日本看護協会出版会,2013,232p.7)日本認知症ケア学会編.『改訂・認知症ケアの実際Ⅱ:各論』東京,ワールドプランニング,2008,300p.8)日本神経学会監.『認知症疾患治療ガイドライン2010』東京,医学書院,2011,256p.9)本間昭監.『認知症のある患者さんのアセスメントとケア』ナツメ社.2018,142-3.

特集
2022年3月8日
2022年3月8日

言葉が理解できない場合【認知症患者とのコミュニケーション】

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第4回は、痛みを訴えない患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 70歳代男性。がんの多臓器転移で、緩和治療に移行。家族の「家で過ごさせたい」との意向から、自宅に戻り、訪問診療・訪問看護を開始した。以前から認知症もある。訪問時、家族に様子をうかがうと、昼夜問わず落ち着かない様子があり、ベッド上をぐるぐる回ったり、服を脱ぎだしたりするという。ときおり腹部をさする様子はあるが、看護師が痛みやそのほかの症状を聞いても返答がない。 なぜ患者さんは問いかけに答えないのか? この患者さんは認知症が進行して、失語がみられています。 認知症が進行すると、言葉を見つけることや、理解することが難しくなります。そのため自分の言いたいことを相手に伝えることができず、また、相手が話している内容が理解できなくなります。この患者さんも、問われている内容が理解できず、痛みを感じていても「痛い」という言葉が見つけられず、表現できないでいる可能性が考えられます。 また、認知症が進行すると、注意を集中することが難しくなります。そのため、自分に向けて問い掛けられていることに、気づいていないのかもしれません。 認知症の初期では、同じことを何度も言う、つじつまの合わない会話をするなどから、周囲から冷たい対応をされがちです。そのため認知症患者はとても傷つき、人とかかわる意欲が削がれてしまうことがあるのです。人とコミュニケーションをとらないと言語機能はいっそう速く低下しますし、顎関節の拘縮や声帯の萎縮、肺活量の低下を引き起こし、ますます発語が困難になります。 さらにこの患者さんの場合、がんの進行や転移により、疼痛や倦怠感、悪心などで、体力や意欲を消耗していると考えられます。このような身体的苦痛により、発語に対する意欲も低下し、問い掛けに答えない状態と考えられます。 失語への対応 話し掛けるときの環境を整える この患者さんは、認知症のため集中力が低下しています。また、加齢により、視力や聴力も低下している可能性があります。 そこで、言葉が聞き取りやすいよう、周囲の雑音、動くものなど、患者さんの集中力の妨げになるものを取りのぞき、より静かで落ち着いた環境を提供する必要があります。 当然のことですが、看護師は患者さんが話し掛けやすい態度で接することが重要です。 自己紹介をする 認知症が進行すると、人物の見当識障害が出現します。また記憶障害のために、病気や治療、訪問看護のことを、覚えていることができません。そのため、自分に話し掛けている人が看護師であることを理解することが難しくなります。 まず、自分(看護師)が誰であるのか、名札を示しながら自己紹介し、「苦痛を伝えてもよい人」と認識してもらう必要があります。 ゆっくり落ち着いて、短くはっきり伝える。なるべく簡単に「はい」「いいえ」で答えられるような質問をする 認知症が進行すると、言語の理解力も低下します。そのため、なるべくわかりやすい言葉で伝える必要があります。患者さんがふだん使用している言葉や、方言などで話しかけることが有効な場合もあります。 また、失語による喚語困難から自分の伝えたい言葉が出てこない場合があるので、痛みなどの重要な質問では「はい」「いいえ」で答えられるように問うとよいでしょう。 表情・しぐさ・動作などの非言語的コミュニケーションで伝える 知覚は、認知症が進行しても最後まで残る能力だといわれます。そのため、話し掛ける際には肩に手を置くなど、患者さんの注目を得られるような動作が有効です。 顔の表情や声の調子など、メリハリをつけて話し掛けることで反応がみられる場合もあります。 また、痛みについて聞く際も、腹部をさすり、顔をしかめる動作が通じることもあります。看護師が行ったジェスチャーを、認知症の患者さんが真似した場合、痛みのサインの可能性が考えられます。 痛みのサインを見きわめ、共有する これらのコミュニケーションをとっても、発語が望めないことも考えられます。その際は、患者さんの表情や行動から、痛みのサインを見きわめなければなりません。 顔をしかめる、痛みが出現する部位をさするなどは、一般的な痛みのサインです。脱衣や落ち着かない様子は、痛みが強く身の置き所がないため生じている可能性があります。 他にも、痛みの行動や反応として、閉眼している、口をかたく結ぶ、うめく、体を丸めて臥床する、介助への抵抗をするなどがみられます。 これら痛みのサインを、多職種チームとご家族とで共通認識することが重要です。 こんな対応をしてみよう! この患者さんの場合、落ち着かず、ベッドから起き上がって服を脱いだり、ベッド上をぐるぐる回ったりする行動がみられています。ご家族と相談し、こんな行動を見かけたら、医師の指示のもとレスキューを使用してみましょう。しばらく行動がおさまるようであればレスキューの効果があったと考えてよいと思います。 どんな状態のときにレスキューを使用し、どんな反応がみられたか、ご家族の協力も得てしばらく重点的に観察してもらい、その情報から、痛みのサインやレスキューの効果について把握できると思います。そこから得た情報を家族指導に生かせると、療養生活がスムーズに送れるでしょう。 こんな対応はDo not! × 「痛いなら痛いってちゃんと言ってください」と患者さんを叱責する× 「何も訴えがないなら、痛みや苦痛はない」と考えて放置する× ベッド上で動くと転倒・転落の危険があるため身体拘束を行う 執筆梅﨑かおり(うめさき・かおり)帝京科学大学 医療科学部 看護学科 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇三村將ほか.『認知症のコミュニケーション障害:その評価と支援』三村將ほか編著.東京,医歯薬出版,2013,180p.〇北川公子.『認知機能低下のある高齢患者の痛みの評価:患者の痛み行動・反応に対する看護師の着目点』老年精神医学雑誌.23(8),2012,967-77.

特集
2022年2月22日
2022年2月22日

言葉による返事がない(運動性失語)認知症患者さんとのコミュニケーション方法

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第3回は、話し掛けてもうなずくだけで、言葉を発してくれない患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代男性。認知症の診断を受けている。半年前くらいから、動作が鈍くなり話もしなくなってきた。あいさつするとうなずくが、話し掛けても発語はない。問い掛けにも、「あー」という声だけ。すべての日常生活行為で、声を掛けても反応がないし、話もしてもらえない。 なぜ患者さんは発語がないのか? 失語とは 認知症の症状のうち、記憶障害、見当識障害、失認、失行、失語、判断力・実行機能の低下などは、中核症状と呼ばれます。これらは、脳障害そのものが引き起こす症状です。 この患者さんは、この中核症状が引き起こす「失語」の状態と考えられます。 失語では、「言葉を話すこと」だけでなく、▷言葉を聞いて理解すること ▷文字を理解すること ▷文字を書くこと ▷復唱すること ── などすべての言語機能が、程度の差こそありますが、同時に障害されます。 失語症の種類 脳の左前頭葉には言語に関するブローカ野とウェルニッケ野があり、その障害部位により症状が異なります。 失語症の種類 運動性失語 (ブローカ野/運動領域の近くの障害)構音(発声)は保たれているが、喋ることが困難で、まとまった意味を流暢に表出することができない感覚性失語 (ウェルニッケ野聴覚領域の近くの障害)相手の言う言葉は音として聞こえるが、意味が全く理解できない この患者さんの場合、話し掛けてもほとんど言葉による返答がないことから、運動性失語があると考えられます。 運動性失語の患者さんは、自分の思いや、食事や排泄など日常的な欲求も、他者にうまく伝えることができません。自分の状況を他者に伝えることができなければ、支援を受けることも困難です。単に言葉を失うだけではなく、他者との関係性をも失って、孤独になっていくと予測できます。 患者さんをどう理解する? 看護師には、「患者さんの思いを知りたい」気持ちを持つことと、コミュニケーションの工夫が必要になります。 「患者さんの思いを知りたい」気持ちと患者さんの体調の把握 患者さんの状態は日によって異なり、意思疎通がとれる日とまったくとれない日があります。意思疎通を体調のバロメーターとし、患者さんに活動をすすめたり、休息を促したりしていきましょう。 コミュニケーションの工夫 ・患者さんの名前を呼び、覚醒を促し、看護師側に注意が向くようにする。・顔を見て、目線を合わせて話をする。・自分の存在を知らせ、ゆったりと患者さんを尊重した態度で接する。・一つの文で伝えるのは一つの内容だけにし、平易な言葉を選択する。・「はい」「いいえ」で意思表示ができる会話文も取り入れる。患者さんのペースで話してもらい、看護師は言葉を補っていく。・予測される本人の欲求を絵などで見せる(食事、飲水、排泄など)。・タッチングなど、非言語的コミュニケーションを活用し、安心感を与える。・会話に集中できる環境を作り、会話する機会を多く持ち発話を促していく。 話し掛けても返答がない患者さんの場合、患者さんが何も感じていないかのように思えてしまい、看護師が話し掛けることも、発語がある人に比べて少なくなりがちです。上のような工夫を取り入れて、積極的にかかわっていきましょう。 こんな対応はDo not! × 医療者・看護者側のペースで物事を進める× テレビがついたままなど、騒然とした環境下で話をする× 一度にたくさんの事柄を話す× 命令的な表現、相手を見下した言葉を使用する× 子どもに対するような言い回しで話し掛ける× 無理に言い聞かせようと、患者さんの言い分や行動を否定する 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇松田実.『症候学から見た認知症疾患の鑑別診断』最新医学.68(4),2013,761-6.

特集
2022年2月8日
2022年2月8日

認知症のある患者さんに接するときの7か条(後編)

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第2回は、「認知症のある患者さんと接するときの7か条」の、後編です。 4条 わかりやすい短い文章で話しましょう 短く区切って話しましょう 認知症の人は、一度に多くの話をすると理解できずに混乱してしまうことがあります。わかりやすい言葉で簡潔に伝えましょう。 たとえば、「リハビリの後、トイレに行って食事にしましょう」と、複数のことを一度に話しても、わかりにくく、伝わりにくいです。「トイレに行きましょう」「ご飯を食べましょう」と、短く区切って具体的に話すと伝わりやすくなります。 認知症の人は理解力が低下しているので、早口で話されると聞き取りにくいことがあります。聞き取りやすいように、声が聞こえるように近づいたり、ゆっくりとしたスピードで話すことなどしてみましょう。 その人に合った手段を探しましょう 高齢者では視力や聴力が低下していることもあります。言葉だけでなくジェスチャーや絵を活用するのもよいです。難聴がある場合は補聴器をつけることや、「トイレ」の絵や文字などを使うことなども一つの方法です。非言語コミュニケーションをうまく活用するなど、その人に合ったコミュニケーション手段を探すことが大切です。 相手にわかりやすいよう配慮することで、より良いコミュニケーションにつながります。 5条 低めの落ち着いた声でゆっくり話しましょう 認知症の人は、認知機能低下や加齢に伴う聴力の低下によって、急な変化への対応が難しいことがあります。急がせる・慌てさせる言葉や態度は、相手のペースを乱し、パニックに陥らせてしまいます。 話をするときは、声のトーンを落とし、ゆっくり落ち着いた雰囲気で話すことが大切です。低めの声でゆっくり話すことは聞き取りやすくもなります。一緒に話をして楽しい、安心できると感じるようなコミュニケーションをとりましょう。 コミュニケーションがうまく図れない原因が、認知症による影響のほか、睡眠不足や脱水傾向などが原因のこともあります。認知症以外の健康管理や、認知症以外でコミュニケーションを阻害する要因にも注意を払い、対応することも大切です。 6条 自尊心を傷つける言葉を使わないようにしましょう 認知症の人は、記憶の障害、見当識の障害、判断力の障害から、現在の状況とは違った言動を示すことがあります。認知症の人とコミュニケーションをとるときは、本人の在る世界を理解し、尊重することです。理解しがたい言動にも、何かしら意味があります。その気持ちを理解し、寄り添い、不安や不快なものは取り除くようにしましょう。 また、認知症の人は「話をしてもわからない」「どうせ忘れてしまう」と思われがちです。しかし、最近のことは忘れても古い記憶は残っていることが多いです。認知症が進み、記憶力が低下しても、感情も豊かで羞恥心やプライドは変わりません。その点をよく理解したうえで本人に話しかける必要があります。否定や強制的な説得など、自尊心を傷つける態度は避けましょう。 7条 相手の気持ちに寄り添いましょう 認知症の人は、話すのに時間がかかる、何か伝えたいことがあってもそれをなかなか言葉に出すことができないことがあります。そのときは、言葉が出てくるまでゆっくり静かに待ちましょう。 また、待っている間、表情や動きを見ながら、どんなことを伝えたいか想像しながら待ってみましょう。何らかの反応を感じられるかも知れません。 そして、認知症の人と話をするときは、相づちをうちながら傾聴し、相手の気持ちに寄り添いましょう。徘徊や妄想などの症状がある場合は、意味がわからない言動であっても、その人なりの理由があることが多いものです。否定や説得ではなく本人の気持ちに寄り添い、その言動の理由を見つけるよう努めましょう。 相手を受け入れ理解するには、その人を知ろうとする姿勢が大切です。感情を理解し、寄り添うことで、お互いに信頼関係が生じスムーズな会話につながります。 執筆浅野均(あさの・ひとし)つくば国際大学医療保健学部看護学科 教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇一般社団法人日本認知症ケア学会.『認知症ケアの実際Ⅱ:各論.改訂5版』東京,ワールドプランニング,2018,113-6.〇一般社団法人日本認知症ケア学会.『認知症ケアの実際Ⅰ:総論.改訂4版』東京,ワールドプランニング,2016,39-45.〇鷲見幸彦監著.『一般病棟で役立つ!はじめての認知症看護』東京,エクスナレッジ,2014,66-7.〇鈴木みずえ監修.『認知症の人の気持ちがよくわかる聞き方・話し方』東京,池田書店,2018,34-47.〇飯干紀代子.『看護にいかす認知症の人とのコミュニケーション』東京,中央法規出版,2019,50-84.〇井藤英喜監.『認知症の人の「想い」からつくるケア:在宅ケア・介護施設・療養型病院編』東京,インターメディカ,2017,32-47.〇井藤英喜監.『認知症の人の「想い」からつくるケア:急性期病院編』東京,インターメディカ,2017,22-9.〇鈴木みずえ監.『3ステップ式パーソン・センタード・ケアでよくわかる認知症看護のきほん』東京,池田書店,2019,37-44.

特集
2022年1月25日
2022年1月25日

認知症のある患者さんに接するときの7か条(前編)

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第1回は、「認知症のある患者さんと接するときの7か条」を、前後編にわけて紹介します。 認知症のある患者さんとのコミュニケーションの特徴 認知症の人は理解力や判断力が低下しているため、コミュニケーションをスムーズにとることが難しくなります。「認知症の人は話がわからない」「説明してもどうせわからない」と、偏見や苦手意識を持っている援助者も少なくありません。認知症の人のほうも、周りとどう対話すればよいのかわからず、困惑しています。 認知症の症状や生活への影響、性別や年齢、生まれ育ったところなど、一人一人が違い、コミュニケーションの方法もさまざまです。そして、本人が認知症をどう受け止めているのか・感じているのかも違います。そのため、認知症の人とのコミュニケーションの方法は、統一した枠にはめることができません。 認知症の人とのコミュニケーションでは、信頼関係を築き、安心して話ができるよう、相手の気持ちを理解し寄り添う気持ちが大切です。本人のできることや強み、長所に目を向け、その人の立場に立って考えるといったコミュニケーションの方法を工夫する必要があります。 1条 コミュニケーションのための環境を整えましょう 話をするときの環境に留意することで、コミュニケーションがとりやすくなります。 まず、静かな環境を作りましょう 認知症の人は、気になることがあると、そればかりが気になってしまいます。大きな音や、気になる音に意識が向いてしまいます。そして、会話をしていても一つの音に集中することが難しくなります。ざわざわと人がたくさんいる騒がしい場所や、つけっぱなしのテレビがある場所などは、コミュニケーションがとりにくい場所といえます。また、認知症の人には高齢者が多く、難聴がある人も多いといえますので、生活雑音をなるべく小さくすることが大切です。こちらの声に集中してもらえるように、会話をするときは静かな場所を選びましょう。 次に、明るさを整えましょう 相手の顔をよく認識できる程度の明るさの場所を確保しましょう。コミュニケーションは、言葉だけでなく、相手の表情や身振りなども大切です。声だけでなく、視覚からも情報が得やすい環境を整えると、言葉と合わせて認識することができます。 そのほか、不快な香りがない場所を選びましょう 不快な香りがある場所では落ち着いて話ができません。快適なほのかな香りは気持ちが穏やかになります。 なじみのある環境、落ち着いた場所、居心地のよい場所は、自然にリラックスした状態でコミュニケーションがとれるようになります。 2条 笑顔で安心感が与えられる姿勢や態度を心がけましょう 表情や態度、しぐさ、服装などの第一印象は重要です。認知症の人とコミュニケーションをとるときには、優しく、笑顔を心掛けましょう。怖そうな顔をしていると、この人は怖そう、今日はこの人に近づきたくないと感じるでしょう。顔の表情が怖い、目が合わない、などでは、心地よい印象や雰囲気が得られません。また威圧的な態度は、安心できない相手と感じ取られてしまいます。このような状況ではコミュニケーションが難しくなります。 認知症の人とコミュニケーションをとるときには、笑顔で気持ちを込めて話し掛ける、優しいしぐさ、穏やかな表情や声で、そばに寄り添うよう心掛けることで安心感が生まれます。 3条 視線を合わせて優しく触れる 名前を呼んで視線を合わせる 声を掛けるときや何かをする前に、まずその人の名前を呼びましょう。突然目の前に人が現れると、びっくりすることがあります。話し掛けるときや話を聞くときは、笑顔でその人の正面から視線を合わせるようにしましょう。 目の高さを、その人の目の高さに合わせます。立ったままの状態で上から話し掛けられると、見下されているような印象や不安を与えてしまうことがあります。ベッドで過ごしている人や車いすを利用している人には、こちらが体勢を下げて、本人と目の高さを合わせることが大事です。 優しく触れる 認知症の人は、集中力の低下や空間認知力の衰えによって、話し掛けられても反応するまでに時間がかかる、視線が合わないようなことがあります。会話をするときは言葉だけでなく、優しく体に触れることです。こちらを認識し、安らぎや安心感を与えることができます。 しかし、手や顔など敏感な部位にいきなり触れると驚かせてしまうことがあります。最初は腕や肩から触れましょう。手のひら全体の広い面積で、柔らかく、ゆっくりなでるように優しく触れることが大切です。 執筆浅野均(あさの・ひとし)つくば国際大学医療保健学部看護学科 教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇一般社団法人日本認知症ケア学会.『認知症ケアの実際Ⅱ:各論.改訂5版』東京,ワールドプランニング,2018,113-6.〇一般社団法人日本認知症ケア学会.『認知症ケアの実際Ⅰ:総論.改訂4版』東京,ワールドプランニング,2016,39-45.〇鷲見幸彦監著.『一般病棟で役立つ!はじめての認知症看護』東京,エクスナレッジ,2014,66-7.〇鈴木みずえ監修.『認知症の人の気持ちがよくわかる聞き方・話し方』東京,池田書店,2018,34-47.〇飯干紀代子.『看護にいかす認知症の人とのコミュニケーション』東京,中央法規出版,2019,50-84.〇井藤英喜監.『認知症の人の「想い」からつくるケア:在宅ケア・介護施設・療養型病院編』東京,インターメディカ,2017,32-47.〇井藤英喜監.『認知症の人の「想い」からつくるケア:急性期病院編』東京,インターメディカ,2017,22-9.〇鈴木みずえ監.『3ステップ式パーソン・センタード・ケアでよくわかる認知症看護のきほん』東京,池田書店,2019,37-44.

インタビュー
2021年2月24日
2021年2月24日

当事者の思いを大事にする認知症ケア

のばなでは、認知症の方々が安心して生活できる社会を目指し、認知症に特化した取り組みを進めています。どのような思いや体制のもとで認知症ケアを実践されているのでしょうか。引き続き、冨田さんにお話を伺いました。 本人の思い、確認してますか? ―のばなさんは認知症ケアのイメージが強いのですが、どのような経緯で認知症に力を入れるようになったんですか? 冨田: 認知症にフォーカスを当てたのは、認知症が進んでいくと、どうしても家族の意見が強くなってしまい、当事者の思いが置き去りにされてしまいがちという課題を感じたからです。 多職種連携の中で生活を支えるとなると、ご家族のニーズが優先されて、それで問題ないように感じてしまっていました。 そこでふと「当事者の思いがきちんと確認できているか」という視点が漏れていたことに気づいたんですね。それに気が付いてからは、常々「本人の思いって確認できてる?」と振り返るような形でケアをするようになりました。 ―具体的にどのようにご本人の思いを確認されているのでしょうか? 冨田: 当事者のこれまでの生い立ち、どういった生活をされてきたか、当事者や家族の思いを伺っています。 今まさに困っていることだけを聞くのではなく、認知症になる前はどんな性格だったのか、どんなことを大切にされていたのか。これらを言葉にして、できないことばかりを集めるアセスメントではなく、「これはできるかも」という部分を一緒に探していきます。 定期的に行う社内研修や事例検討会でも、こういったやり方を共有しています。 看護師だからこそ受け入れてもらえることもある ―冨田さんはきらめき認知症トレーナーという資格をお持ちと伺いました。具体的にどのような実践をされているのですか? 冨田: 資格勉強で学んだことは、本人の思いはもちろん「本人の居心地を大事にすること」です。それを表情などからチェックするスケールで評価します。 言葉で意思疎通がうまくできない状態でも、泣いたり、怒ったり、表情に関わり方の結果が必ず出てきます。これは医療従事者が活用するだけではなく、家族へも伝えて、家での環境や関わり調整にも役立ててもらっています。 ―表情を注意深く観察するんですね。やっていてうまくいかないケースもありますか? 冨田: ひとつ難しいことがあります。それは、私たちとの関係の中ではうまくいったことでも、家族とはまた別の関係性があるので、同じことを家族でやってもうまくいかないことです。 例えば、利用者さんの仕事上の呼ばれ方で声を掛けると、話がすごくスムーズになったことがありました。でも、家族が利用者さんを仕事上の呼び方で呼べるかというと、そうはいきませんよね。 第三者だからこそ気づいて実践ができる、看護師だから受け入れてもらえることもあるんだと思いました。 利用者さんの安心をつくる ―居心地を大切にするアプローチをすることで、気持ちが落ち着いて、症状も改善されていくのですね。 冨田: 認知症ケアのキーワードは「安心を与えること」だと思っています。反対に、不安や焦りは認知症の症状を悪化させてしまいます。自分たちであっても、できないことを強要されると焦ったり不安になったりしますよね。 ―確かにそうですね。具体的に「安心」とはどういうことなんでしょうか? 冨田: 「安心」とは、できることを見つけることです。利用者さんの過去の行動から、何ができるかを見つけ、それをしてもらうことで、利用者さんは安心できます。そして安心した環境をつくった中にスタッフがいると「この人たちは安心だ」と感じてくれます。 認知症ケアに正解はないと思いますが、今は手探りながらも、これが一番いい形かなと思っています。 ―のばなの訪問看護では、やはり認知症の利用者さんが多いのでしょうか? 冨田: 最初は認知症に特化していましたが、最近は医療依存度の高い方で、かつ認知症がある方の紹介がすごく多くなっています。 急性期や慢性期、精神科も看取りもできて、認知症も看られることがのばなの強みです。 今後は在宅がメインとなり、「ほとんど在宅ときどき入院」という時代がくると言われている中で、他の疾患と認知症を併発する利用者の数は増えてくると思います。 多職種の方にも、認知症に備えることは避けて通れない、という話は必ずしています。認知症が看られなかったら、ケアもできないのではないかと思っています。 野花ヘルスプロモート代表取締役 冨田昌秀 祖母が看護師だった影響を受けて自身も看護師に。病棟での看護に違和感があり、介護保険施行のタイミングで起業を決意。代表を務める野花ヘルスプロモートは認知症ケアに注力しており、大阪府岸和田市にてケアプランセンター、デイサービス、訪問介護、訪問看護、サービス付き高齢者向け住宅、有料老人ホームを運営している。  

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