特集 インタビュー コラム

認知症看護

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異食

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。最終回の第12回は、食べられないものを食べる患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 70歳代女性。食事はあっという間に食べてしまい、食べたことを覚えていない。家族が目を離すとティッシュペーパーをお茶に浸けて食べたり、消しゴムや煮ていない豆類を食べ、嘔吐や下痢をする。 なぜ患者さんは異物を食べるのか? 認知症が重度になると、食物とそうでないものとの区別がつかず、異食が起きることがあります。異食とは、食べられないものを口に入れることや、食べてしまうことです。 味覚がしっかりあれば、異食した場合にも吐き出すことができますが、味覚が障害されていると飲み込んでしまいます。 また、満腹中枢の鈍化も、異食や過食を招くことになります。心理的に、孤独感や満たされない欲求などの代償として、異食が起こることもあります。 患者さんをどう理解する? このような認知症患者さんへの対応としては、苦痛や不安な思いに寄り添い、患者さんの苦痛を取り除くと混乱がしずまるといわれています。 異食に遭遇したら 異食をしている場面に遭遇した場合は、患者さんを驚かせないように、落ち着いた対応が大切です。 まずは、異食の患者さんを見かけたら、大きな声を出さないようにしましょう。その声に驚いて患者さんが反射的に飲み込むことがあります。 異食をしたものをすぐに口外に出そうと、患者さんの口の中に無理やり手を入れようとすると、患者さんは驚いて口を開かなかったり、噛んだりすることがあります。 慌てずに、患者さんの名前をゆっくり呼び、体にそっと触れて注意を向けてから、患者さん自身に口を開けてもらうようにお願いし、吐き出せるように促していきます。 異食の例 異食するものには、実にさまざまなものがあります。 異食の例 ・新聞・ティッシュペーパー・花・草・土・洗剤・薬品・化粧品・電池・タバコ・ゴミ・自分の便・布類(タオル等)・紙オムツ・花瓶の花 命に危険が及ばないものの場合は、他の食品(たとえばお菓子など)を用意して交換する方法もあります。 薬品・電池など命に危険があるものを食べた場合には、各製品に添付されている応急処置(吐かせる・水を飲ませて薄めるなど)をすると同時に、医師による処置を受けます。 異食により命に危険がおよぶものは、見えないところや手の届かないところに片付けて、患者さんの生活する空間の環境整備を行います。ティッシュペーパーや布などのように窒息に結びつくものにも注意を払い、患者さんの安全を守ることが必要です。 こんな対応はDo not! × 異食を発見したときに、驚いて大きな声を出す× 異食した物を慌てて口から出そうとする こんな対応をしてみよう! 異食は食欲の異常ではなく、欲求不満に伴う反射的、衝動的な行為であることが多いので、まずは患者さんの周囲に危険なものを置かないようにしましょう。また、異食をしていないかどうか、患者さんが口を動かしているときなどに声を掛け、見守るようにするとよいでしょう。 栄養素として鉄やカルシウム不足などが異食の原因となることもありますので、認知症の症状と決めつけてしまわず、きちんと検査し原因を明らかにすることも必要です。 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)諏訪さゆりほか.「認知症高齢者の看護計画」『医療依存度の高い認知症高齢者の治療と看護計画』諏訪さゆりほか編.愛知,日総研出版,2006,179-85.2)油野規代ほか.『認知症を伴う大腿骨頚部骨折患者に関わる整形外科看護師の対応困難な場面における臨床判断』金沢大学つるま保健学会誌.34(1),2010,91-9. 3)長嶋紀一.「認知症の人の医学知識」『認知症介護の基本』長嶋紀一編.東京,中央法規出版,2008,39-40.

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ケアへの拒否

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第11回は、清拭の前に布団を外すと殴ろうとする患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代、女性。以前からアルツハイマー病との診断を受け、行動障害がみられていたが暴力行為はなかった。何度も同じことを繰り返し話すが、こちらの質問には答えていた。ある日訪問して、説明後、全身清拭を始めようと布団を外すと「なんでそんなことするの、痛いでしょ!」と叫び、看護師を殴ろうとしてきた。 なぜ患者さんは殴りかかってきたのか? この患者さんは、ふだんから何度も同じことを繰り返し話しています。このことから、記憶障害が出ていることが推測できます。認知症による記憶障害のために、自分が話した内容を覚えておらず、同じ話を繰り返していると思われます。 また、「清拭のために」「布団を外す必要がある」という事柄の関連づけができていないことが推測されます。「ゼンシンセイシキ」(全身清拭)という言葉も耳慣れない表現だったのかもしれません。それらの理由から、「布団を外されて、何かされるのではないか」という恐怖心を抱いたのでしょう。 布団を外されると「痛い」と訴えていることから、痛みが恐怖につながっていると思われます。また、過去に「布団を外されると痛いことをされる」という、痛みの体験と結びつく記憶があるのかもしれません。 患者さんをどう理解する? 認知症の患者さんから拒否があった場合は、心配や苦痛などの理由があると推測し、相手の意思を尊重する姿勢を示しましょう1)。 この患者さんは、記憶を保持する時間がとても短いと思われますので、ケアをするときには、すべての行為動作における促しを、「これから○○しますね」など、あたかも実況中継をするかのように誘導するといった声掛けが必要でしょう。認知症の方は、これから何が起こるかを予測する力が低下していることがあり、こういった声掛けがより効果的です。 また、日常生活では「ゼンシンセイシキ」(全身清拭)という言葉は使わないので、意味を理解しないまま返事をしていたのかもしれません。 こんな対応はDo not! × 日常生活で使われない言葉を使用する× 認知症の患者さんの記憶障害や理解力に対する配慮不足× BPSDの出現を予測したかかわりへの配慮不足 こんな対応をしてみよう! ふだん使っている平易な言葉を使うよう心掛けることで、伝わりやすくなります。 また、認知症の特徴である記憶障害の程度に合わせた声掛けのタイミングも重要です。一つ一つの動作に合わせ、促しの言葉掛けが必要な場合もあります。 患者さんが暴力的になる背景には、過去に恐怖につながる経験があるのかもしれません。家族に聞くと、ケアのヒントが見つかるかもしれません。もし、暴力的になった場合は、感情を汲み取り「怖がらせてごめんなさい」などの声掛けをして、その場で清拭することにこだわらず、日を改めてもよいでしょう。 執筆関 千代子(せき・ちよこ)つくば国際大学医療保健学部 看護学科教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)中島紀恵子ほか編.『認知症高齢者の看護』東京,医歯薬出版,2007,170p.

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排泄の失敗

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第10回は、オムツを外してシーツに失禁する患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代男性。10年前に脳梗塞を発症、2年前に脳血管性認知症の診断を受け、行動障害もみられている。会話は通じず、意味不明の言葉を発することもある。便意・尿意が不明なため、オムツを使用している。オムツを外してシーツに失禁することを繰り返し、シーツ交換してオムツをしようとすると抵抗する。看護師が「オムツはお嫌ですか?」と尋ねると、「そんなことない」と答えるが、いつもシーツが濡れている。 なぜ患者さんはオムツを外してしまうのか? 「オムツはお嫌ですか?」と看護師が尋ねていますが、患者さんはそもそも、問われている意味がわかっていないのかもしれません。脳血管性認知症で行動障害もみられており、認知症の特徴である失行・失認が背景にあると考えられます。 オムツを外す理由は二つ考えられます。 一つは、排泄するために下着を脱ぐように、排尿前にオムツを外している可能性です。そもそもオムツをしていると思っていない患者さんにとっては、下着(オムツ)を外すことは排尿時の当然の動作であり、「排尿もできてすっきり!」という気分と思われます。 もう一つは、オムツをしていること自体に不快感があるため、不快なものは除去したい本能から無意識に外している可能性です。説明してオムツをしても、患者さんには失認があり、オムツの目的を理解していません。自分が失禁してシーツを汚してしまったことを、まったく把握していないと考えられます。 患者さんをどう理解する? 認知症の患者さんとのやりとりで、質問に対して的確なあいづちや返事が返ってくることがあります。そんなとき、話が通じていると思いがちですが、実際はまったく通じていないことも少なくありません。 この患者さんは失禁を繰り返しているため、失禁が患者さんに及ぼす影響と、排泄への援助を考えていきましょう。 失禁が患者さんに及ぼす影響 ・皮膚の汚染は、皮膚の損傷に結びつく・失禁後の不快な状況から逃れようと次の行動をとることもあるため危険防止が必要・部屋に尿臭が漂い、周囲へ不快感を与えることにもなる・排尿の量が多いこともあるため、尿失禁への対応は早いほうがよい 尿失禁に至る疾患はさまざまありますが、この患者さんは、認知症によって、膀胱内に尿が貯留したという情報が脳に伝わっても正しく判断できず、その後の指令や行動がとれない状況だと思われます。 一般的な認知症患者さんにおける排泄問題への対応 認識の低下による場合 「トイレの場所がわからない」「膀胱内に尿がたまっていることがわからない」「尿意があっても脱衣の方法がわからない」「トイレや便器の認識ができない」などの状況で排泄がうまく行えず失禁してしまいます。トイレの位置がわからない場合は、目印になるものをつけ、夜間はなるべく明るさを確保できるように照明を工夫しましょう。 尿意がある場合 じっとしていられず、うろうろしたり、独り言をつぶやきながら動き回ったり、下着を下ろそうとしたり、下着に手を伸ばしたりといった動作をとる患者さんがいます。これらの行動は、排泄をしたいサインであることが多いです。その人特有のサインもあります。サインを見逃さず、トイレへ誘導しましょう。 尿意がない場合 患者さんの一日の水分・食事摂取量を観察し、一定の時間間隔をあけてトイレに誘導しましょう。 失禁後の対応 失禁後には、寝衣やシーツの交換など、介助者が慌ただしく動きます。患者さんは、その状況から、自分の存在が歓迎されていないと感じ取ります。失禁に対し迅速な対応は必要ですが、患者さんが存在を否定された気分にならないようなかかわりが必要です。言葉の意味はわからなくても、介助者の表情や口調から感じ取れるため、穏やかな口調で、目を合わせ、にこやかに接しましょう。 脳血管性認知症 脳血管性認知症は、脳梗塞や脳出血などの脳血管障害がもとになって発症する認知症です。急激に認知症が発症することもありますし、小さな脳血管障害を繰り返し少しずつ認知症が進むこともあります。出現する症状は、脳の障害部位によって異なります。 脳血管性認知症の特徴は、次の六つです。・脳血管が障害を受けた部位の働きは悪くなるが、障害を受けていない部位の機能は保持されていることが多い。・脳の障害によって、症状の変動や悪化がある。・注意力の低下よりも、意欲の低下(アパシー)が目立つ場合が多い。・感情のコントロールが困難で、急に泣いたり怒ったり、感情の起伏が激しくなる。・手足の麻痺、歩行障害、言語障害、排尿障害(頻尿、尿失禁など)など、日常生活に支障が起きる。・脳血管障害による高次脳機能障害がある(失行、失語、失認、注意障害など)。 こんな対応はDo not! × 患者さんを問い詰める× 寝衣交換をせかす× 患者さんの目の前で慌ただしくシーツ交換をする こんな対応をしてみよう! シーツや寝衣類の交換時には、必ず声を掛け、患者さんの意識が向けられるように行いましょう。「濡れていて気持ち悪いですね。大丈夫ですよ。すぐに交換しましょうね」と目を合わせ肩などに手を触れ、穏やかに話し掛けましょう。 オムツの使用が必要な場合には、患者さんの体型や体質、オムツの肌触りなどを考慮して、個々人に合わせて、できるだけ快適なものを選択することが大切です。また、夜間に心地良い睡眠がとれるような身体的準備や、環境を整えましょう。 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)厚生労働省.『認知症施策』https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/ninchi/index.html

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意欲障害

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第9回は、日常生活に対する意欲が低下した患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 70歳代女性、アルツハイマー型認知症の患者さん。もともと身だしなみに気を使う人であった。1か月前から日常生活に対する意欲低下がみられ、ベッドから離れることが少なくなった。身だしなみや歯磨きなど、自分でできそうなことを本人からは行わず、勧めても「そうですね……」とわずかに反応はあるが、ほとんど行動化されない。 なぜ患者さんは、自分でできそうな行動をしないのか? アルツハイマー型認知症では、見当識障害、遂行機能障害、視空間障害のほか、アパシーや抑うつ症状、取り繕い反応などがみられます。 アパシー(意欲障害)とは、「自発的な行動の欠如で特徴づけられ、刺激に対する反応の減弱した状態」です1)。自分の身の回りのことにも無頓着になり、行動ができません。アルツハイマー型認知症ではアパシーが約60%に認められ、頻度の高い症状です。 この患者さんには、看護師の話す内容は伝わっています。自分の身の回りのことを自分でするほうがよいとわかってもいます。しかし、歯磨きや身支度などをすすめられても、しようという気持ちが湧きません。自発性が欠如しているので、行動に移すこともできません。そして、できないことが苦にならない状態です。 アパシー(意欲障害)とうつ アパシーは、うつとは別の症候群です。活動性低下や活気のなさは共通していますが、アパシーでは、自責感・希死念慮などはありません。気分の落ち込みや絶望・苦痛が明らかなうつとは異なり、本人の苦悩が希薄です。 アパシーに対して誤って抗うつ薬などが投与されると、ふらつきや転倒などを起こし、さらに活動低下が進み、認知症の悪化にもつながります。抑うつとアパシーの違いを考慮した対応が必要です。 それまでの生活習慣が乱れ、あらゆる物事に対して無気力・無頓着になり、行動しなくなるのがアパシーです。それまでしっかりと身だしなみを整えることを習慣としていた人が、事例の患者さんのように、促されても整容をしなくなります。治療として、抗うつ薬の効果は乏しく、抗認知症薬で改善することもあります。 こんな対応はDo not! × 「今までは自分でできていたのに、なぜできないんですか」と相手を責める× 「やればできるはずですから、やりましょう」と無理強いしたり、脅かしたりする×  医療者のペースで物事を進める こんな対応をしてみよう! 「快」の刺激を与える(患者さんの好むこと・得意なことを取り入れる) アパシーを放置すると、「動かなくなる」「話さなくなる」状態になります。廃用症候群が進み、さらに認知機能低下が進み認知症も進行していき、悪循環となります。 患者さんが行動をしなくても、行動するきっかけや機会をつくることが必要です。 まず、刺激に反応できるように、患者さんが「心地良い」「楽しい」と感じる「快」の刺激を与えていくことが大切です。 患者さんにとって「快」の刺激となるものは何かを考えていきます。家族や多職種からの情報をもとに、何を楽しみとして生活していたかを探し、試します。 「快」の刺激は、患者さんの気持ちを安定させ、穏やかにします。反応がなくても、日常生活で繰り返し「快」の刺激を与えつづけながら、患者さんの反応や変化を待つことが大切です。 患者さんのペースに合わせながらかかわる 患者さんの視界に入る位置から体に触れ、笑顔で声を掛け、こちらを向いたら顔を見て目を合わせて話をします。 見当識が不十分なこともありますので、生活リズムに合わせて、活動の促しや提案をします(洗面や歯磨き、身だしなみを整えることなど)。そして、患者さんの意欲に合わせて援助内容と方法を選択します。 患者さんの行動がなく、歯磨きや洗面などすべて介助者が援助したときでも、「きれいになりましたね。すっきりしましたね」などと肯定的な表現を返し、やったことが患者さんにとって心地良い感覚であることを伝えていきます。 患者さんに行動する意欲がみられてきたら、「一緒に○○してみませんか?」「○○するのはどうですか?」と提案していきます。焦らず、見守りながら、行動する機会をつくっていきます。 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)山口修平.「アパシーとは:神経内科の立場から」『脳疾患によるアパシー(意欲障害)の臨床』改訂版.東京,新興医学出版社,2016,11-8.2)加藤元一郎.「アパシーとは:精神科の立場から」『脳疾患によるアパシー(意欲障害)の臨床』改訂版.東京,新興医学出版社,2016,19-26.3)新保太樹ほか.「アルツハイマー型認知症におけるアパシーの治療」『脳疾患によるアパシー(意欲障害)の臨床』改訂版.東京,新興医学出版社,2016,166-73.4)小畔美弥子ほか.「アルツハイマー型認知症におけるアパシー」『脳疾患によるアパシー(意欲障害)の臨床』改訂版.東京,新興医学出版社,2016,83-90.5)藤瀬昇ほか.「うつ病と認知症との関連について」『精神神経』114(3),2012,276-82.6)鈴木みずえ監.『認知症の人の気持ちがよくわかる聞き方・話し方』東京,池田書店,2018,176-8.7)中島健二ほか.『アルツハイマー病による認知症の新しい診断基準と鑑別診断』最新医学68(4),2013,789-93.8)鈴木みずえ監.『認知症の看護・介護に役立つよくわかるパーソン・センタード・ケア』東京,池田書店,2020,140-2.9)服部英幸.「BPSDの治療と介護」『認知症の予防と治療』長寿科学振興財団平成18年度業績集,2006,191-9.10)厚生労働省.「認知症」『みんなのメンタルヘルス総合サイト』https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_recog.html

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[6]どうされていますか? エンゼルケア時のならわしへの対応

お顔に白い布をかけたり、着物を左前で着付けるなど、亡くなった人に対して従来より行われてきたならわし。エンゼルケアの場面では、こうしたならわしについてどう考えればよいでしょうか。今回は、そもそもならわしとは何かをご紹介するとともに対応について考えます。 ならわしについて検討する際のポイント ならわしは、人々の思いと時代や地域の文化などがかかわってできあがったもので、時とともに移ろいながら私たちの暮らしの中にさまざまに存在しています。 医療の現場ではどうでしょう。例えば、病棟の病室に4号室や9号室を設置するかどうか。「死」をイメージする4、「苦」をイメージする9を避ける人がいるため、設置していなかった病院が少なくなく、増築や改築の際に議論になることがあります。 また、霊安室のありようもさまざまです。仏教をイメージするような設えやマリア像のあるお部屋、逆に宗教色のない控室的なつくりなどがあります。霊安室はならわしによる雰囲気づくりがなされたエリアといってよいでしょう。検討の結果、霊安室をなくした病院もあります。 看護時に長らく行われてきたならわしは、亡くなった人の整え方のいくつかです。それをどうとらえて、どうすればよいのか。ならわしを行うこと、行わないことに善し悪しはなく、考え方次第です。いずれにしても大事なのは、事業所としての考え方を整理し、スタッフ間で共有しておき、必要なときに説明できることです。 見えてきた、ならわしの背景 死後処置では、主にa~dのならわしが行われてきました。a手を組ませるb胴紐を縦結びにするc顔に四角い白い布をかけるd和服を逆さあわせにする(いわゆる左前) 葬儀文化に詳しい方への取材や関係書を読み検討を重ねる中で、これらのならわしが死や遺体に対するおそれの感覚や生きている人と区別するための印づけとしての必要性があったのだろうと考えるようになりました。 ①ご遺体へのおそれの感覚 昔は埋葬するまでご遺体を身近に置いていたこともあり、ご遺体の鼻や口から悪い存在が入り、荒ぶれて動き出したりしないかといったおそれの感覚が生じたようです。そのために、動かないように縛ったり、鼻や口の穴を塞いだりして封印をするようになったのではないか、そして、その名残がaの手を組ませる行為やcの顔に四角い白い布をかける行為なのではないか、と考えられていることが多いとわかりました。 ②「あの世の人」になったことの印づけ また、昔は死んだら「この世」から「あの世」(この世とは逆さの世界になっていると考えられている世界)へ行くと信じる感覚がありました。かつては看取りから葬儀まで自宅で執り行われることが多く、近所の人や親戚の人たちが自宅にたくさん集まりました。その中でご遺体が布団の上に横たわっているわけです。こうした状況において「この人はあの世の人になったのだ」と周囲に表明する、生きている人と区別する必要があったと思われます。 医師による死亡診断と告知があるわけではない時代には、亡くなったと決めたことを表明する必要もあったのではないかと想像します。その表明のしかたとして「逆さの世界の人」として、普段とは逆の方法にする逆さ事が行われてきたのでしょう。 逆さ事には、例えば「逆さ屏風」や「逆さ水」があります。「逆さ屏風」は、ご遺体の枕もとに屏風があれば、絵柄を逆さにして立てることを言います。「逆さ水」とは、ご遺体を拭くときに使用するお湯のつくり方を言います。通常、お湯に水を足して温度を調整しますが、その逆、水にお湯を足して温度を調整します。 先ほどご紹介したbの胴紐を縦結びにしたり、dの和服を左前にあわせることも逆さ事のひとつとして行われたのでしょう。胴紐は通常、横に結びますが、その逆として縦に結んだと考えられます。なお、縦結びは解けにくい結び方であり、「もう、あの世から戻れないですよ」という本人へのメッセージだと考えるむきもあります。 エンゼルケア時に、ならわしは基本的に行わなくてよい エンゼルケアは、ご家族が心豊かに看取りの場面を過ごしていただくことが目的のケアです。その段階において「ご遺体へのおそれの感覚が由来したならわし」は必要ない、また、周囲に亡くなった人であることを表明するための「印づけ」も必要ない、と考えています。 連載[2]のコミュニケーションの回で述べたとおり、生きているときのようにご遺体を気遣うご家族が多いのですから、死者らしくするならわしは行わない方針がご家族の感覚にもフィットします。 また、ならわしは後になってからいつでも行うことができますから、わざわざエンゼルケアの時点であわてて行う必要はありません。ただ、ご家族の希望があればそれに添う対応を検討してください。 社会状況の変化をキャッチしておきましょう 全体に死という出来事やご遺体を目立たないようにしたいという人々の思いが、死を取り巻く状況に反映されている印象です。例えば、以前は派手な装飾で目立つ存在だった霊柩車は、現在は目立たないものにとって変わり、葬儀も簡略化が急激に進んでいます。看取りや、葬儀の担い手となる子供の人数が少なくなり、その負担も増えている現在、簡略化は自然な方向性かもしれません。 そのような状況であることを含み、エンゼルケアではできるだけ、連載の[4]で述べた「でも」と思える場面づくりを意識するといったことが必要なのかもしれません。 ならわしはとなりの町でも流儀が異なる場合もあり、考え方や行い方に地域差が見られることも少なくありません。担当地域の自治体や葬儀社などから葬送の現状について情報を得ておくことも、エンゼルケアの内容を考えるうえで参考になると思います。 ワンポイントメモ宮家準氏が執筆された『日本の民俗宗教』(講談社学術文庫)中に掲載されていた次の図を知り、その内容にたいへん感動しました(図1)。 図1 生と死の儀礼の構造宮家準(1994)『日本の民俗宗教』(講談社)、124ページより引用 図の上半分にこの世の儀礼が並んでおり、下半分にあの世の儀礼が並んでいます。このように儀礼を対比すると、この世とあの世で儀礼の類似性があり、結婚式と三十三周忌までは儀礼のペースがほぼ同様です。先人らは、あの世に行った霊に対しても節目節目で儀礼を行い、この世で生きている人と同じくらい大切に思いながら過ごしたわけです。図では、あの世の儀礼にある「十三周忌」に対応するこの世の儀礼がありませんが、私の出身地である茨城県の一部では13歳のときに十三参りという儀礼を行います。 また、この図を縦半分にして左右を見てみると、右半分は神社、左半分はお寺で儀礼が行われます。他にも感動ポイントがいろいろとあるのですが、ここでは割愛します。昔の人たちは、このように一つひとつの儀礼を進めていくことがグリーフワークになっていただろうことを読み取ることができます。最近では、初七日は葬儀と一緒に済ませるなど、儀礼が省略されることも少なくありません。今後の社会では、これらを簡略化した分の穴埋めについて考えなければならないのではないかと思うのです。 皆さんの担当地区に伝わるならわしや、担当している利用者さんの出身地のならわしを聴取し、民俗学や文化人類学の書物を参考に、ぜひ検討してみてほしいです。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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物盗られ妄想

療養者の言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第8回は、物を盗まれたと訴える療養者の行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代女性。訪問看護と訪問介護サービスも利用している。以前から物忘れの症状はみられたが、周囲に気遣いができるなど日常生活に大きな問題はなく、家族や介護者との関係も良好であった。ある日、看護師が訪問すると「しまっておいた10万円がなくなった」「誰かに盗まれた」「あのヘルパーじゃないか」と訴えがあり、「本当にしまわれていましたか」「勘違いではないですか」となだめようとすると、「あんたが盗ったんだね」と騒ぎ出した。 なぜ「盗られた」と思い込んだのか? 物盗られ妄想 物盗られ妄想とは、根拠が薄弱であるにもかかわらず、誰かが自分の物を盗んだと非常に強く誤った思い込みをしてしまうことです。認知症との関連は深く、認知機能が比較的保たれている時期に生じることもあります。 さまざまな要因が考えられ、五感の低下や記憶障害、せん妄もその一因と考えられています。 この物盗られ妄想では、「盗まれた」という怒りから、他人への攻撃性がみられ、その矛先が、身近にいる家族や看護者・介助者に向かってしまうケースが多いです。そのことによる対人関係の悪化から、信頼関係の崩れにつながってしまうこともあるので注意が必要です。 物盗られ妄想への対応 対応としては、盗まれたことを頭から否定せず、まず訴えをよく聞き、「盗られた物」を一緒に探すなど、共感を態度で示すことが大事です。そうすることで、自分の訴えが聞き入れられたと安心し、落ち着く場合もありますので、たとえその場しのぎの対応だとしても、本人なりの納得が得られればよしとし、その時をやり過ごしましょう。 逆に、訴えを否定した場合、「どうしてわかってくれないんだ。やっぱり、この人が盗ったんだ」などと思い込み、症状の悪化を引き起こす危険性があります。説得しようと自分の意見ばかり伝えるなど、相手の話を聞こうとしない姿勢はとってはいけません。 療養者の気持ちが落ち着いたら、興味を別の話題に向け、「盗られた物」から気持ちをそらすようにするのもよいでしょう。 こうした症状は繰り返す傾向もあるため、症状のないときに本人とともに、身の回りを整理し探しやすい環境にしておきましょう。 また、妄想が特定の対象へ生じている場合は、本人を保護することも必要です。特に症状が激しいときは、薬物投与の検討も必要となります。 身近で援助している看護師も、攻撃を受けることは多くあります。そういった場合、むしろ、看護師を身近な存在と思っているために起こる行動といえます。自分の立場や状況をある程度判断する力が残っているからと考えて、それは看護者自身の責任と思わないようにしましょう。 こんな対応はDo not! × 訴えを聞かない× 言い分を頭から否定する× 無理に説得しようとする× 話を聞こうとせず、無視する こんな対応をしてみよう! まずは落ち着いたトーンで話し掛け、療養者の訴えをうなずきながら聞きましょう。 そして、なくなった物を一緒に探します。そのときは必ず、本人が探している場所と同じところを探すようにします。違うところを探すと「隠した」と疑われる場合があるためです。 探しながらどこに何があるかを確認し、種類別にわかりやすく整理をしていきましょう。 その際「○○さん、ここには何を置きますか?」「○○さん、ここには△△を置いておきましょうか」などと、物が混在しないよう促しながら作業を進めます。そして「○○さんはきれいに片づけるんですね。これは何ですか」などと、本人が探している物と違う話をするなど、療養者の気持ちが「盗られた物」に注意が向かなくなるように働きかけましょう。 執筆上原朋子(うえはら・ともこ)土浦協同病院附属看護専門学校教務副部長 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)上島国利ほか編.『全科に必要な精神的ケアQ&A:これでトラブル解決!』東京,総合医学社,2006,260p.2)遠藤英俊監.『痴呆性高齢者のクリニカルパス』愛知,日総研出版,2004,152p.3)服部英幸編.『BPSD初期対応ガイドライン』東京,ライフ・サイエンス,2012,171p.4)清水裕子編著.『コミュニケーションからはじまる認知症ケアブック』第2版.東京,学研メディカル秀潤社,2013,173p.5)金川克子ほか監.『個別性を重視した痴呆性高齢者のケア:痴呆の基礎知識と痴呆性高齢者の日常生活・周辺症状への具体的な援助方法』東京,医学芸術社,2002,127p.

特集

性的行動

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第7回は、ひわいな言動がみられるようになった患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 70歳代男性。パーキンソン病と認知症があり、訪問看護を利用している。 先日、誤嚥性肺炎を発症し、入院となった。入院加療で肺炎は軽快したため、自宅へ戻り、訪問看護を再開。入院加療中から、ひわいな言動が目立つようになっており、訪問を再開した訪問看護師が、体を触られた。 なぜ患者さんは、ひわいな言動を繰り返すようになったのか? 認知症と性的脱抑制 認知症の患者さんは、ときに社会的な規範を脱して性的な行動を示すことがあります。ひわいなことを言ったり、異性の体を触ったり、性行為を迫るなどの行動がみられます(性的脱抑制)。 しかし、性的な言動は、性的な快楽だけを目的としたものとは限りません。人とのつながりやスキンシップを求め安心したい、自尊心を傷つけられたくないといった思いも背景にあります。 体調悪化や環境変化からくる不安やストレス、焦燥感などが、こういった言動としてあらわれる場合があります。 パーキンソン病と誤嚥性肺炎 パーキンソン病は、進行すると、嚥下障害を起こすリスクが高まります。パーキンソン病の症状、上肢の振戦・強剛、舌運動や咀嚼運動の障害、顎の強剛、流涎、口渇、嚥下反射の遅延、喉頭挙上の減弱、喉頭蓋谷や梨状窩への食物貯留、食道蠕動運動の減弱などが要因です。さらに、パーキンソン病のある高齢者は、誤嚥性肺炎を繰り返しやすくなります。食物が気道に誤って入り、あるいは、知らない間に細菌が唾液とともに肺に流れ込み、細菌が増殖しやすいためです。誤嚥性肺炎は、発熱、咳、喀痰、息苦しさなどの症状を呈します。しかし、特に高齢者の誤嚥性肺炎は、症状の訴えはなく、何となく元気がないなどのこともあります。 高齢者は予備力が低下しているため、容易に肺炎などによる低酸素状態に陥りやすく、身体的変化に不安を感じることがあります。 環境変化の影響 高齢者の生理的な変化として、環境などへの適応力が低下します。生活リズムや環境・人間関係が変化することで、不安な気持ちなどが心身に大きな変化をもたらすこともあります。この患者さんは慣れない入院生活を経験し、不安や不満が生じたとしても無理はないと思われます。 性的な行動の理由は患者さんによってさまざまです。この患者さんのように、相手の体に触ろうとする行為は、寂しさや不安、不満などから起こったと考えられます。 患者さんをどう理解する? 患者さんの言動に対して、看護師が強い口調で「いやらしい」「やめてください」などと言ってしまうと、本人のプライドを傷つけ、より言動が悪化する可能性があります。話題の方向を変えるなどプライドを傷つけないような配慮が必要です。看護師が騒いでしまうと、かえって本人を面白がらせる結果になりえます。 ただ、体を触るなどの行為がエスカレートする可能性がある場合は、あいまいな態度をとったり、聞き流したりせず、毅然とした態度で注意することが必要なときもあります。さりげなく短い言葉で注意することが効果的です。また、2名以上の職員でかかわり、個室内にて1人で対応することを避ける、男性看護師がケアにあたるのもよい対応です。 リラックスした雰囲気で、本人の昔の思い出、楽しかったことやつらかったことなどを聴くのもよいでしょう。時間を使ってじっくり話を聴くことは、大変なようですが、結果として本人の精神的安定にもつながり、性的な行動をとる原因が見つかる手がかりになることがあります。 そのほかの対策として、日中の運動量を増やして夜間ぐっすり眠れるようにする、趣味などの別の物事に打ち込ませることで性的欲求不満をそらすなども有効と思われます。 たとえば、今回の場合は「タッチして合図しなくても大丈夫ですよ、ご用があったら名前で呼んでくださいね」といったように、さりげなく話題の方向を変えて、プライドを傷つけないように配慮します。 執筆浅野均(あさの・ひとし)つくば国際大学医療保健学部看護学科 教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)松下正明ほか監.『個別性を重視した認知症患者のケア』改訂版.東京,医学芸術社,2007,166p.2)鷲見幸彦監著.『一般病棟で役立つ!はじめての認知症看護』東京,エクスナレッジ,2014,213p.3)川畑信也.『これですっきり!看護・介護スタッフのための認知症ハンドブック』東京,中外医学社,2011,128p.4)清水裕子編著.『コミュニケーションからはじまる認知症ケアブック』第2版.東京,学研メディカル秀潤社,2013,173p.5)日本認知症ケア学会編.『改訂・認知症ケアの実際Ⅱ:各論』東京,ワールドプランニング,2008,300p.6)三好春樹.『目からウロコ!間違いだらけの認知症ケア』東京,主婦の友社,2008,191p.7)服部英幸編.『BPSD初期対応ガイドライン』東京,ライフ・サイエンス,2012,171p.8)日本神経学会監.『認知症疾患治療ガイドライン2010』東京,医学書院,2011,256p.

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妄想・幻覚を訴える

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第6回は、妄想・幻覚を訴える患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代女性。4年前に認知症を発症し、症状が進行している。日ごろから「医師と嫁がグルになって私を毒殺する」「死んだ息子が帰ってくる」などと妄想・幻覚を訴えている。嫁に世話されることを拒否し、日々心安らぐことなく過ごしている。 なぜ患者さんに、幻覚や妄想が起こっているのか? 高齢になると、物や人など、大事な、よりどころの喪失体験が増えます。そして、「喪失するのではないか」という不安も増大します。認知症に伴い判断力が低下し、現実検討能力注1もなくなります。このようなことが重なって、妄想が生じます。 自分を援助してくれる家族を含めた周囲との人間関係や、今後の生活への不安などを背景に出現するため、身近な家族や近所の人などが妄想の対象になることがあります。 妄想が出現しやすい要因は、疑い深い性格的特徴や、不適切な人間関係や環境(援助する人が、患者さんを尊重しておらず無視するなど)があります。 この患者さんが訴える「息子が帰ってくる」などのように、本人の強い願望がそのまま妄想となることもあります。このような場合は、寂しさや不安なども背景にあると考えられます。 BPSDの分類 認知症の進行に伴って出現する、周囲が対応困難な言動をBPSDといいます。認知症の中核症状(記憶障害、認知機能低下など)による生活のしづらさに、その他の要因(疾患や身体状態の悪化、本人の性格特徴、環境の変化、人間関係など)が複合的に関連して出現する症状を指します。 下の表は、国際老年精神医学会が、対処の困難さの観点から分類したBPSDです。 BPSDのなかでも、心理症状である幻覚・妄想は、厄介で対処が難しい症状に分類されています。また不穏や攻撃性の背景に妄想があることもあります。 患者さんをどう理解する? 「嫁が医者とグルになって私を殺そうとしている」ことが現実であれば、こんなに怖いことはありません。自分の身近で生活している嫁と信頼しているはずの医師が、一緒になって自分を殺そうとしているのですから、一刻も早く逃げ去りたいと思うのは当然です。「いつ嫁に殺されるかわからない」という妄想があれば、嫁の援助を断るというのも理解できるでしょう。このような状況下では次のような対応が必要です。 妄想を否定しない 妄想とは「現実にはない事柄を一定期間、他者の説得によっても揺るがない仕方で強く確信する誤った判断ないし観念」2)のことです。現実にありえないことであっても、事実と思い込み、修正不能な思考ですので、他人に否定されても考えが変わることはありません。患者さんにとっては妄想イコール現実であると看護師はすべてを受け入れ、その妄想が起こる心理や、妄想による感情に視点を当てることが必要です。 身体的なアセスメントをする 睡眠や食事がうまくとれていない状態や、身体的な不調は、BPSDを悪化させます。気分が不安定な場合に、身体的なアセスメントと援助も必要です。 孤独感や不安感に寄り添う 「息子が帰ってくる」と話していることから、孤独感や不安感が背景にあると考えられます。患者さんの家族関係などの背景を知ることが援助につながります。そして患者さんに安心感を与えられる援助が必要です。ゆっくりと話を聴き、体に触れ、そばにいる時間を増やします。 また、お嫁さん以外の信頼できる家族の来訪をすすめることも必要です。 妄想の裏にある患者さんの欲求を知るために、日ごろからよく声を掛け、関係性を築いておくことが大切です。 妄想・幻覚への対応 患者さんが妄想を訴えはじめたら、まず、妄想の内容ではなく、妄想によって起こる気持ちや感情を全面的に受け止めることです。患者さんの気持ちに共感し、「今とてもつらい状況なのですね」「怖くて、いてもたってもいられない気持ちなのですね」と受け入れて聞くことです。 その後、患者さんが落ち着いたら現実的な行動をとれるように誘導します。たとえば「窓の外を一緒に眺めてみませんか」「喉が渇きましたね。一緒にお茶をいれに行きましょう」など、場所や行動を変えることで気分(感情)が切り替えられるようにしていきます。 こんな対応はDo not! × 患者さんが訴える妄想を否定する× 「それは妄想だから」と言って、患者さんの訴えを取り合わない× 身体的なアセスメントを怠る 注1 現実検討能力客観的に自分の考えをとらえ、その分析ができる能力。自分の考えと自分を取り囲む現実とを照合する力。 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)国際老年精神医学会.『臨床的な問題』『痴呆の行動と心理症状』日本老年精神医学会監訳.東京,アルタ出版,2005,27-49.2)橋本衛.『認知症の妄想』老年期認知症研究会誌.19(1),2012,1-3.

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