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足のミカタ2~爪トラブルの観察と爪切りの実践~【セミナーレポート前編】
足のミカタ2~爪トラブルの観察と爪切りの実践~【セミナーレポート前編】
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2025年12月16日
2025年12月16日

足のミカタ2~爪トラブルの観察と爪切りの実践~【セミナーレポート前編】

2025年9月19日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「足のミカタ2~足浴&爪切りをもっと詳しく~」を開催しました。2024年に実施した「足のミカタ~重症化を防ぐフットケア~」の続編として、今回も倉敷市立市民病院 形成外科 医長の小山先生が登壇。要望の多かった爪切りについても詳しく教えてくださいました。 今回はそんなセミナーの様子を、前後編に分けてレポート。前編では、爪切りの基本や変形爪への対処法についてご紹介します。 ※約80分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】小山 晃子先生倉敷市立市民病院 形成外科 医長平成16年に高知大学を卒業し、倉敷市立児島市民病院にて臨床初期研修を修了。平成18年から川崎医科大学附属病院 形成外科・美容外科にて、褥瘡・創傷治癒を学ぶ。平成24年より現職。入院・外来・在宅で医療を提供しながら、医療者や介護者、市民を対象としたセミナーも行い、褥瘡・フットケアの「ミカタ」を増やすべく活動している。 爪切りの基本〜観察と道具の準備〜 75歳以上の一人暮らしの高齢者に「日常生活の中で困ること」を聞くと、「爪切り」と答える方が多くいらっしゃいます。そのため訪問看護師のみなさんにも、ぜひ爪切りの基本を押さえていただきたいと考えています。 爪の正常な状態への理解と血流評価 爪切りを始める前に、まず爪の正常な状態について理解し、血流評価を行うことが大切です。利用者さんの爪を観察する際は、正常な爪と比較しながら「どこに問題があるか」「どんな処置が必要か」を考えます。 血流評価は必ずしも病院で行う必要はなく、CRT(キャピラリー・リフィリング・タイム/ Capillary Refilling Time)や足背動脈の触知など、訪問先で実施できる方法があります。血の巡りが悪い足には、新しい傷を作らないよう注意してください。 万が一出血しても、血流が保たれていれば自然に止血しますし、傷も治ります。しかし、血流障害がある場合には、わずかな傷でも状態が急激に悪化し、感染や壊死などのトラブルにつながるおそれがあります。 血流評価の具体的な方法や爪の構造・爪切りの基本などの解説は、過去セミナー記事をご参照ください。>>血流評価の具体的な方法はこちら足のミカタ 重症化を防ぐフットケア アセスメント編【セミナーレポート前編】>>爪の基礎知識・爪切りの基本についてはこちら足のミカタ 重症化を防ぐフットケア 爪のケア実践編【セミナーレポート後編】 【ミニ解説】~在宅での足浴の考え方(血流の状態に応じた対応)~ 爪切りの前に血流評価をするのと同様に、足浴を行う際も血流状態の把握が大切です。足浴は、患者さんの血流状態によって大きく方針が変わるため、以下の表のように分けると実務で迷いが少なくなります。ぜひ参考にしてみてください。 道具を用意する 爪切りをする際は、次の道具を準備します。変形爪のケアも、基本的にはこれらの道具で行います。 PPE(マスク、ゴーグル、手袋、エプロン) 敷物(新聞、ゴミ袋など):切った爪の飛散防止のため。シーツやゴミ袋でも代用可 爪切り 爪用ゾンデ(2種類) ピンセット ぬれタオル:爪切りした後の足を拭くために利用 ゾンデは、爪の垢を除去する道具で、爪甲と側爪郭、終爪郭(爪先側の爪床周囲の皮膚)を区別するのに使用します。私はヘラ状のものと、先が細くなっていてカーブしたものの2種類を用意しています。 爪切りは、のこぎり状のギザギザ刃で、爪をしっかり捉え滑りにくく、安定して切れるものがおすすめです。このタイプの爪切りは、ハンドル側の可動部を前方に移動させると(左下写真:赤丸部分)、テコの原理で力が増幅され、少ない力でも、しっかり爪を切ることが可能です。 変形爪の症例〜観察と処置〜 当院の外来には、爪切りで困っている方が数多くいらっしゃいます。多くの場合は変形爪で、肥厚していたり、縦横方向に巻いていたり、爪が指に食い込んでいたり……。本来は前に伸びるはずの爪が反り返って上に伸びてくる反り爪の方もいらっしゃいます。 今回はその中から、私が爪切りをしてきた変形爪の症例を2つご紹介します。「足のミカタ(見方)」の参考になればと思います。 症例1「上に突出した肥厚爪」 「爪切りができない」といって来院された患者さん。患者さんは「爪をはがすんでしょう?」と不安なご様子でした。 爪を観察してみると、上から見たときは「爪が大きい」と感じる程度ですが、横から見ると上に突出していました。 爪の下に角質が厚く積み重なり、爪甲が浮いた状態でした。「車のボンネットが開いたように」という表現がわかりやすいかもしれません。 さまざまな方向から観察しながら、重なった層を一枚ずつはがすように爪を切っていきました。 症例2「反り返って皮膚に食い込んでいる爪」 90代の女性の患者さんで、数日前から足が痛いとのことで来院されました。 爪を観察すると、すぐに指のつけ根が腫れていることに気づきます。さらにさまざまな方向から観察すると、爪甲が反り返って、爪先が後爪郭付近の皮膚に食い込んでいることがわかりました。 そこで、慎重に爪切りを行いました。なお、麻酔は使用していません。 爪切り後4日ほど経つと、皮膚に開いていた傷は自然と治癒しました。 高齢者に起こりやすい巻き爪、陥入爪 高齢者の爪トラブルとして多いのが、巻き爪です。爪甲は、圧がかからない状態では、縦にも横にも湾曲する性質をもっています。それが、歩行の際に地面からの圧を受け止めることで正常な形を保っているのです。 しかし、あまり歩かなくなったり、指先が浮くような「爪に圧がかからない歩き方」が常態化したりすると、爪は本来の曲がる性質を発揮して巻き爪になっていきます。 なお、陥入爪(巻いた爪が皮膚に食い込み、痛みを伴う状態)の基本的な治療は、足趾(とくに母趾)にしっかりと圧がかかるように踏み込むことです。ただし、外反母趾やADLの低下などで歩くことが難しく、かつ痛みや傷が見られるケースでは、病院の受診を検討してください。 >>関連記事巻き爪が起こる原因について足のミカタ 重症化を防ぐフットケア 爪のケア実践編【セミナーレポート後編】 高齢者の爪トラブルへの対応と実践 上述したように、高齢になると爪が厚くなる、変形するといったトラブルが起こりやすく、爪の状態に合わせた爪切りを行うことが大切です。ここでは、実例を交えながら代表的な変形爪に対する具体的な爪切りの方法やポイントをご紹介します。 巻き爪 爪の状態を確認するまずは爪の状態をよく観察し、どのように爪を切るかイメージします。巻き爪のように湾曲している爪を切るときは、小さく挟んで慎重に切ります。爪のカーブに沿うように、少しずつ少しずつ切り進めていくとよいでしょう。爪切りを爪の湾曲に沿わせることで、痛みを抑えながら安全に処置ができます。 爪切りを当てる角度を調整する爪切りをする際は、爪がたわまないように、爪の丸みに合わせて爪切りの角度を変えながら少しずつ回転させて切っていきます。このとき、無理な力を加えると痛みにつながるため、爪のカーブに合わせて爪切りを「回していく」ように動かすのがポイントです。 ゾンデで爪下の角質を除去する適宜ゾンデを使って、爪甲と終爪郭部の間にたまった角質をやさしく取り除きます。この工程で「どの部分を切るべきか」「どこまで切っても問題ないか」をしっかり確認しておきます。 爪を整える(長さの調整)角質を除去し、切る部分を確認したら、最後に爪の長さを整えます。これで、痛みを起こさず自然な形に整えることができます。 挟み爪 挟み爪と呼ばれる状態では、爪甲が強く湾曲し、終爪郭部の皮膚を巻き込んでしまうことがあります。 状態を確認しゾンデで爪の境目を整える(巻き込みの程度を把握)爪の状態を確認しながら、どの程度皮膚が巻き込まれているかを見極めます。ゾンデを使って爪甲と爪郭の境目を丁寧に探ります。このとき、境目にたまった角質をやさしく取り除きながら、どこまでが角質でどこからが爪なのかを確認します。角質を除去することで、爪の切るべきラインが明確になります。 爪甲側をカットする境界が確認できたら、爪甲側(浮いている部分)を慎重にカットしていきます。皮膚(=お家の壁)を傷つけず、爪甲(=屋根)だけを剥がすように意識すると、力加減のイメージがつかみやすいでしょう。角質の部分は少しずつハサミで切り進めます。切っていくと、赤や黒の斑点が見えることがありますが、これは角質内出血や爪・角質が皮膚に刺さったことで染み出した血の跡である場合が多いです。最終的に、上記の手順で確認しながら、爪は安全な長さまで整えて終了します。 肥厚爪 肥厚爪では、爪甲がU字状に強く湾曲していることがあります。挟み爪同様にU字の中央部分には皮膚が持ち上がって入り込んでいる場合があるため、単純に爪の長さを切ろうとすると、誤って皮膚を切ってしまう危険があるため注意します。 爪の状態を確認するまずは、皮膚の盛り上がりに注意しながら爪と皮膚の境界をしっかり確認します。 外側の爪から慎重にカットする 爪が皮膚を巻き込んでいるため、外側の爪から順に、剥離するようなイメージで切り進めます。無理に引っ張らず、少しずつ「浮いている部分」だけを処置するようにします。 終爪郭部との隙間を確認しながら整える処置が進むと、浮き上がっていた指先の皮膚(終爪郭部)が見えてくる段階に入ります。このとき、爪と皮膚の間のわずかな隙間を確認しながら、爪の先端を慎重にカットしていきます。焦らず、爪と皮膚を分ける意識を持つのがポイントです。 牡蠣殻のような爪 牡蠣殻のような爪とは、爪が層をなして重なり合っている状態を指します。 状態を確認する(層状に重なった爪)爪の状態をよく観察し、どのように切るかイメージします。 層と層の間に爪切りを入れる爪の先端から、層(レイヤー)の隙間に爪切りの刃先をそっと差し込みます。このとき、層を削ぐように切り進めるのがポイントです。パチンと切ると、層がふっと浮き上がり、爪の一部がはがれるように取れます。 浮いた層を剥がすように除去する層が浮いたら、雲母(うんも)を剥がすように優しく取り除きます。写真のように、爪の層と層の間に刃を入れて順番に処置していくと、重なった爪が自然にポロッと取れていきます。 陥入爪の処置「フェノール法」 私が病院で行う陥入爪の手術、「フェノール法」についてもご説明します。 まず、処置を行う指に局所麻酔を施し、知覚を遮断します。そして、血流を一時的に止めるため指をゴムで駆血し、皮膚に巻き込んでいる爪を根元まで切除。その後、切除した部分の爪母をフェノールという薬で焼灼し、爪の再生を防ぎます。最後にエタノールで中和、洗浄したら、手術は終了です。 フェノール法で治療を行うと、「の」の字に近い重度の巻き爪でも、爪が食い込まないようになります。 次回は、爪白癬の検査や治療の重要性、実際の症例について解説します。>>後編はこちら(※近日公開)足のミカタ 2~在宅における爪白癬の治療とケア~【セミナーレポート後編】>>小山先生の過去セミナーレポート記事はこちら【足のミカタ~重症化を防ぐフットケア~】シリーズ記事一覧 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【参考】〇厚生労働省老人保健健康増進等事業.みずほ情報総研株式会社:一人暮らし高齢者・高齢者世帯の生活課題とその支援方策にかんする調査研究事業報告書(平成24年3月)〇日本フットケア・足病医学会(編):重症化予防のための足病診療ガイドライン,2022.〇東 禹彦(著):爪 基礎から臨床まで 改訂第2版,金原出版,2016.

ALS患者に必要なリハビリテーション【四肢編:拘縮予防が最大のポイント】
ALS患者に必要なリハビリテーション【四肢編:拘縮予防が最大のポイント】
コラム
2025年12月16日
2025年12月16日

【ALS患者に必要なリハビリテーション【四肢編:拘縮予防が最大のポイント】

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。ALSは筋肉そのものの病気ではないため、過度な筋力トレーニング(以下、筋トレ)は逆効果になることもあります。では、どのようなリハビリテーション(以下、リハビリ)が適切なのでしょうか。今回は、病気の進行に応じた適切なリハビリや、四肢の拘縮を防ぐ工夫について、梶浦先生ご自身の実践を交えて解説していただきます。 ALS患者にとってのリハビリとは これまでのコラムでも書いてきましたが、ALSは運動ニューロンが障害されることで、脳からの命令が筋肉に伝わらず、結果的に筋肉が動かせなくなっていく病気です。 筋肉自体の病気ではありません。 そのため、リハビリのポイントは、 適度に筋肉や関節を動かしていくことで、残存する運動機能をできる限り温存し、筋肉や関節が硬くなるのを予防していくこと につきます。 過度な筋トレは逆効果 徐々に筋肉が細くなり、筋力が落ちていくため、筋トレがよいリハビリだと思われる方もしばしばいらっしゃいます。しかし、過度な筋トレは以下の理由により、ALS患者には逆効果となってしまいます。 (1)ALSでは運動ニューロンが徐々に壊れていき、正常に機能している筋肉も少なくなっていくため残された筋肉を無理に使いすぎると、その筋肉やそれを支配する神経に過剰な負荷がかかり、症状の進行を早める可能性があります。   (2)ALS患者は筋肉の再生能力が健常者より低下しており、筋トレによるダメージからの回復が不十分になるため過度な筋トレによってダメージを受けた筋肉が修復されないまま疲労が蓄積され、結果的に筋力が低下してしまうことがあります。 体が動かせるうちにできるリハビリ まだ体が動かせるうちは「今できる日常動作を無理のない範囲で、できる限り継続していく」というのが、適切なリハビリです。 例えば、まだ歩ける方は、歩くこと自体がよいリハビリになります。過度な負荷をかけずに、歩くことをできる限り継続してください。ただし、転倒するようになってきたり、足元がおぼつかないと感じるようになったときには、無理せず主治医に相談してください。 ベッド上の生活でできる四肢のリハビリ 私のように、四肢体幹が動かせなくなり、人工呼吸器を装着して、主にベッド上での生活がメインになってからは、四肢と体幹(呼吸筋)の2つに分けてリハビリを考えるとよいでしょう。今回はそのうちの、「四肢のリハビリ」について書いていきたいと思います。 筋力が落ちて、自分の力では四肢体幹が動かせなくなると、体は自然と筋肉の緊張がゆるみ、安静に保つための基本的な姿勢をとるようになります(図1)。 図1 安静を保つ姿勢のイメージ この姿勢が楽だからといって、長時間同じ姿勢でいると、徐々に関節や筋肉がその状態で硬くなってしまいます。この現象を「拘縮」と呼びます。 拘縮が引き起こす問題 拘縮を起こしてしまうと、次のような理由から、日常生活の中でさまざまな弊害が出てきてしまいます。 血流が悪くなる 関節痛や筋肉痛の原因になる 関節の可動域が制限される(例えば、着衣や車椅子への移乗などの動作が難しくなる) ベッド上での生活がメインになっている段階では、自分の力で筋肉や関節を動かすことが難しいため、以下のいずれかが必要です。  他者に動かしてもらう 自分でもできる拘縮を予防する工夫を取り入れる 他者に体を動かしてもらう場合 ALS患者さんによって、硬くなる部位は異なります。 上位運動ニューロンが優位に障害されている部位:緊張性麻痺(筋緊張が亢進) 下位運動ニューロンが優位に障害されている部位:弛緩性麻痺(筋緊張が低下) リハビリスタッフさんや看護師さんは、これを前提に、個々の症状に合った可動域訓練をはじめとしたリハビリテーションを行うようしてください。 ただ、一般的に「硬くなりやすい動き」もあります。例えば、 手指の関節を屈曲・伸展する動き(こぶしを握ったり、開いたりする動き) 前腕を回外する動き(前腕を前に出し、手のひらを上に向ける動き。ちなみに、手のひらを下に向ける動きは回内です) アキレス腱を伸ばす動き などが多いです。そのことを意識しながら、可動域訓練をするとよいでしょう。 私が実践している拘縮の予防方法 拘縮を予防していく上で最も重要なのは、「頻度」です。いくらリハビリスタッフや看護師さんたちに体を動かしてもらったとしても、時間は限られています。そこで、ポイントとなるのが、「拘縮を予防する動きをできるだけ日常生活の姿勢の中に取り入れること」です。ここからは、私が行っている拘縮予防の工夫をご紹介します。 尖足(せんそく)拘縮の予防 尖足拘縮とは、足関節が足底のほうへ屈曲し、つま先が下を向いた位置で固まってしまうことをいいます(図2)。これはALS患者によく見られる代表的な拘縮の1つなので、早期から予防していくことを強くおすすめします。 図2 尖足拘縮とは 足関節が足底のほうへ屈曲し、つま先が下を向いた位置で固まってしまう状態。 私はサポート器具を自作し、尖足拘縮を予防しています。今回はその作り方をご紹介します。 ベッドのフットボード側の長さを測り、その長さに収まるように、木の板をカットする(板のカットはホームセンターで行ってもらえます) 木の板の上に発泡スチロール製のブロックをボンドで貼り付ける(発泡スチロールのブロックはホームセンターで購入可)・図3のようにゴムバンドを板とブロックに巻き付けるとさらに強度が上がる図3 ゴムバンドで固定した板とブロック 2をベッドの足元に置いて、図4のように足首が垂直になるようにする 図4 ベッドの足元に置いた板とブロック 作り方は以上です。足が届かない場合は、板の後ろにクッションを入れて厚みを調整してみてください。足を伸ばしている間は、なるべくこの姿勢を維持することで尖足を予防することができます。 前腕の回内拘縮の予防 まずは、図5のようにベッド上で上腕・前腕をなるべく外側にひねり、手のひらを上に向けます(回外肢位をとる)。 図5 回外肢位 このとき、クッションのように軽い重りとなるものを手のひらに乗せて、回外肢位を保持します(図6)。 図6 回外肢位を保持する工夫 余力があれば、かかとをお尻につけるように膝を曲げ、膝をクッションにもたれさせます。そうすることで、回外肢位に負荷をかけつつ、アキレス腱の伸展も同時に行え、尖足予防にもなるため一石二鳥です。 私はベッドの上にいる時は、ほとんどこの2つの姿勢で過ごしています。ぜひ参考にしてみて下さい。 実際のポジショニングの様子は、動画でもご覧いただけます。▼enjoy ALS (YouTubeチャンネル)https://www.youtube.com/@S.Kaji_SND ※リンク先はYouTube(外部サイト)となります。※チャンネル内の「ALS_自分でできる四肢の拘縮予防」の動画をご参照ください。  注意点:必ず専門家と相談を!今回ご紹介した拘縮予防の方法は、個人の拘縮の部位や症状によります。必ず、主治医やリハビリスタッフの同意のもとで行ってください。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

【PSP難病看護事例】「食べたい」を叶える 支援者の不安に向き合う多職種連携
【PSP難病看護事例】「食べたい」を叶える 支援者の不安に向き合う多職種連携
特集
2025年12月9日
2025年12月9日

【PSP難病看護事例】「食べたい」を叶える 支援者の不安に向き合う多職種連携

今回は進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy:PSP)をテーマに、摂食支援の取り組みについて紹介します。本人の「食べたい」という思いに対して支援を計画するなかで、スタッフが抱える「怖さ」や「不安」が明らかになりました。こうした不安が少しでも軽減し、各スタッフが自分の専門性と役割を再確認しながら、本人の願いに応える支援を行う、そんな多職種連携をめざした取り組みについてお伝えします。 進行性核上性麻痺(PSP)とは PSPは、比較的高齢者に発症する神経変性疾患であり、固縮や無動を特徴としたパーキンソン症状を呈します。疾患の進行に伴い、嚥下障害や構音障害、認知機能障害などの多岐にわたる症状が出現するため、支援が必要な生活課題がたくさん生じます。訪問看護で出会う頃(進行期以降)には、療養者や家族、支援にかかわる多職種スタッフ(以下、スタッフ)はさまざまな困りごとや課題に直面していることが多いです。こうした状況では、難病看護の専門的な視点からの状況判断やケアの提供に基づいた、チームでの協働が重要となるでしょう。 事例紹介:Mさん(70代、男性) Mさんは定年退職まで数々の調理場で勤務し、料理をつくることも食べることもとにかく大好きな方です。 定年退職から数年後に、歩きにくさと食べにくさが出現し、パーキンソン病の疑いで外来で治療を受けていました。2年後、体動困難と誤嚥性肺炎で入院し、その際にPSPと確定診断され、退院を機に訪問看護や訪問介護などのサービスを導入して自宅へ戻りました。その後、誤嚥性肺炎で再入院し、重度の嚥下障害のため胃瘻を造設して退院しましたが、疾患の進行に伴う生活課題の増加から有料老人ホームへ入居しました。 経口摂取の制限があるなか、毎日「コーヒーやあんこを食べたい、少しでもよいから」と涙ながらに話していました。ADL(activities of daily living:日常生活動作)の全般において、見守りから介助が必要な状況でした。それでも「動きたい」「食べたい」という思いが強く、息が苦しくとも歩行器を使って歩いたり、1人でコーヒーを飲んではむせ込んだりすることを繰り返していました。  【Mさんの思い】自分が誤嚥性肺炎肺炎になるとは思わなかった。コーヒーや好きなものを食べたい気持ちは今もある。体調がよいときは外の空気を吸いたい。口から食べられなくなったら生きている意味がない。最期まで好きなものを食べて死にたいよ。 【家族の思い】本人の思うように過ごしてほしい。 「何が不安なのか」が分からない すべての訪問看護師が難病看護や摂食嚥下ケアに携わってきているわけではなく、「PSPに出会うのは初めて」「PSPのことがよく分からない」という方も多いでしょう。慣れないときには、何が分からなくて不安なのか、何が怖いのかも漠然としているものです。 そのため、私は、「コーヒーなどの水分を摂る時によくむせていますね。むせにくい姿勢や食形態があるのかも。どんな姿勢の時にむせることが多いと感じますか?」「口の中がとてもキレイですね。皆さんの口腔ケアのおかげです。どんな工夫をしながらやっていますか?」というように、日々のかかわりやケアの場面に絡めて、スタッフの思いを引き出すよう心がけました。すると、スタッフから以下の相談や報告が寄せられるようになったのです。 【相談内容】・摂食支援時の姿勢やこれまでの介助のしかただとむせてしまう・覚醒が悪い時間帯や苦手な姿勢があるため、どのように対応したらよいか【報告内容】・Mさんが食べたいもの、好きなもの・呼吸状態や痰の性状・量・摂食介助後の状況 上記の相談や報告があった際、次のように説明をしました。「PSPはむせずに誤嚥をする不顕性誤嚥のほうが心配なので、むせることは悪いことではないんですよ。Mさんの場合、むせた後に鼻汁が増えたり、喉からゴロゴロと音が聴こえたりすることがあります。むせた後に声を出してもらって、湿性嗄声になっていないか、鼻汁の増加がないかを確認してみましょう」こうしたやりとりを通じて、Mさんの思いを実現するためのチーム体制の基盤ができあがっていくのを実感しました。 管理者・指導者は、吸引や姿勢の調整、緊急時の連絡基準を定め、いつでも対応できるような環境を整えることが大切です。そうすることで、チームの信頼関係の構築にもつながるでしょう。 スタッフの専門性に基づき役割を明確に Mさんのケースでは、「食べたい」思いに寄り添いたい気持ちが、スタッフから痛いほど伝わってきましたが、施設としてのルールや、スタッフ間の思いのすれ違いが障壁となっているようでした。これだけのスタッフが揃っているなら、それぞれの立場からMさんを支援できるような環境づくりが必要と考えました。 食べる支援のための準備として、各スタッフの役割を以下のとおり明確にしました。 ヘルパー:介護プランに応じた支援、本人が希望したときのコーヒーの摂取介助施設看護師:1日3回の経管栄養注入、排便管理、口腔ケア、吸引処置言語聴覚士:週1回の嚥下機能および食形態・姿勢の評価、摂食介助の指導理学療法士:身体機能の評価、摂取介助時の姿勢の評価や指導難病看護師:多職種スタッフへの疾患に関する教育・指導、週1回の専門的な視点からの全身状態のアセスメント・評価、摂食支援方法の検討、訪問診療の医師・看護師・ケアマネジャーへの報告訪問看護師:全身状態の観察・アセスメント、摂食支援の実施・評価、Mさんの思いの表出への支援、施設スタッフからの情報収集・困りごとの共有、ケアマネジャーとのサービス調整 これらの役割を明確にした上で、ケアマネジャーや施設スタッフと相談し、サービスの予定を組み立てました(図1)。 図1 Mさんの週間サービスの予定表 【訪問看護の内容】● 月曜日〜金曜日(平日):1日2回の訪問 ・1回目の訪問:全身状態のアセスメント・評価、状況に応じた摂食支援と口腔ケア ・2回目の訪問:全身状態の評価と状態に応じた離床支援● 土曜日と日曜日:1日1回の訪問 ・平日の1回目の訪問内容と同様 訪問看護では、Mさんの意向に沿って、昼食時の摂食支援を中心としたプランとし、平日は摂食支援後の評価や離床支援のために複数回訪問を計画。複数回訪問にすることで、施設スタッフやヘルパーとコミュニケーションを取る機会が増え、タイムリーな報告や相談、ケアの実施や評価がしやすくなりました。 スタッフ全員が「チームの一員」でいられること、「1人ではない」と思える環境を整えることが大切です。 実際の摂食支援の内容 Mさんが食べたいものを軸に、表1に示した内容を基準に食べ物を探しました。 表1 Mさんの食品リスト (1) 安価で近くのスーパーで購入できるもの(2) 現在の嚥下機能に適したもの(3) 介助しやすいもの例)● 黒みつ、はちみつ、さまざまな味のジャムやソース● お湯で溶かすおしるこ(とろみをつける)● お湯でつくれるとろみつきのコーヒー● ゼリー、プリン、ヨーグルト、水ようかん 言語聴覚士や理学療法士と相談し、以下の手順で摂食介助の実施方法を周知しました。実際には写真つきの資料を作成しています。 ● 右側臥位(姿勢の写真を添付)して、舌に塗り込む。またはティースプーン半分の量を口に入れる● 食事前後に吸引と口腔ケアを行う● とろみのつけ方:100mLに対して、とろみスティックを1本(3g)使用 Mさんの嚥下状態や金銭的な問題などを総合的に判断した結果、食品には限りがある状況でしたが、最期を迎える直前までMさんは食べることを継続できました。Mさんの思いを実現するために、あきらめずに寄り添った多職種連携の成果であると考えています。Mさんの食べているときのにこやかな表情は、これからも忘れることはないでしょう。 難病の療養支援における多職種連携と環境づくり 私自身がMさんの事例をとおして、感じたことは以下のとおりです。 多職種スタッフが難病の療養支援を経験していない場合、何をどうすればよいか分からず、不安を感じることがあるため、難病を理解している相談役が必要になること。 多職種スタッフに対して、疾患の特徴と経過をふまえた看護判断を分かりやすく伝える必要があること。 スタッフがそれぞれの専門性や役割に専念できる環境を整えることが、療養者やスタッフにとっての安心材料となり、療養者の希望を叶えることにつながること。 訪問看護師だけではできることにも限りがあります。多職種スタッフをつなぎながら、支援を分担することが重要です。また、それぞれのスタッフがもつ専門性や価値観に合わせて、指導方法や伝え方を変えるといった工夫が求められます。さらに、療養者が実現したい思いに対し、多職種スタッフや訪問看護師が担える範囲かどうかを判断する必要があります。その上で、状況に応じて支援内容を見直すことが必要です。  本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:出町 玲株式会社ケアサークル ほーむおんナースステーション、日本難病看護学会認定・難病看護師急性期病院の脳神経内科病棟で経験を積み、日本難病看護学会認定難病看護師を取得。その後、現訪問看護ステーションに勤務し、難病看護にかかわる教育や研修企画等を行いながら日々難病を抱える利用者さんや家族のところへ訪問をしている。編集:株式会社照林社

腹膜透析におけるトラブル&訪問看護師による対応の実際
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2025年12月2日
2025年12月2日

腹膜透析におけるトラブル&訪問看護師による対応の実際

腹膜透析(Peritoneal Dialysis:PD)は患者さんの自宅で行う治療のため、医療者の直接介入が限られ、合併症やトラブルへの対応が本人や支援者の判断に委ねられることが少なくありません。そのため、訪問看護師が定期的に介入し、問題を早期に把握・対応することがPD療法の安定継続においてきわめて重要です。今回は、PDの代表的なトラブルと訪問時に実施できることを解説します。 腹膜透析(PD)における代表的なトラブル PDの代表的なトラブルには、腹膜炎、カテーテル関連感染、注液・排液の異常、体液量の異常、操作エラー・コンプライアンス低下が挙げられます。順に解説していきます。 PD腹膜炎(PD peritonitis) PD療法離脱の主要原因で、さらに生命予後にも影響しうる最も重大な合併症の1つです。排液混濁が典型的な所見で、腹痛、発熱、悪心・嘔吐を伴うこともあります。 診断には排液の細胞数と細菌培養など病院での検査が必要であり、在宅と病院の速やかな連携が早期の治療開始につながります。原因は手技不良による細菌感染やカテーテル関連感染(出口部感染・皮下トンネル感染)からの波及、腸管由来の内因性感染があり、感染経路によって病原微生物も異なり迅速かつ正確な診断が重要です。表1に腹膜炎の診断基準を示します。 表1 腹膜炎の診断基準 項目内容診断のポイント排液混濁米のとぎ汁状に排液が白濁することが特徴。腹膜炎が強い場合、血性排液となることもある迅速な診断のために、すぐに排液白血球数と好中球割合、培養検査を行う排液白血球数排液検査で白血球数100/μL以上、かつ好中球50%以上を占める新鮮な排液を用い、採取後迅速に検査を行う排液培養検査排液のグラム染色や培養検査で細菌や真菌を検出するグラム染色で迅速診断、培養検査で確定診断を行い、薬剤感受性検査も実施する腹痛や圧痛腹痛を伴うこともあるが、軽微あるいは無症状のことも多い自覚症状の頻度は低く、ほかの基準と総合的に腹膜炎を診断する カテーテル関連感染(出口部感染、皮下トンネル感染) 出口部感染は、出口部の発赤、腫脹、膿性浸出液、圧痛、発熱などを認める場合に強く疑われます。特に膿性浸出液が持続したり、皮下トンネルに波及している場合には、腹膜炎のリスクが上昇します。出口部の評価として「CAPD出口部スコア」があります(表2)。 表2 CAPD出口部スコア 項目0点1点2点腫脹なし<0.5cm 出口部のみ>0.5cm and/or トンネル部痂皮なし<0.5cm>0.5cm発赤なし<0.5cm>0.5cm疼痛なし軽度重度排膿なし漿液性膿性 4点以上を出口部感染と判断するCAPD:Continuous Ambulatory Peritoneal Dialysis、連続携行式腹膜透析文献1を参考に作成 注液・排液の異常 排液が困難であったり、注液時に抵抗感がある場合、カテーテル位置異常や腸管癒着、フィブリン閉塞などが原因として考えられます。注液・排液不良があるとPD療法が継続できないため、速やかな対応が必要になります。便秘もカテーテル位置異常や排液不良の原因となるため、日々の便通管理も重要です。 体液量の異常 体重増加、浮腫、血圧上昇は体液過剰の最初の兆候で、進行すると胸水貯留や呼吸困難をきたし、緊急対応が必要となる危険があります。反対に除水過剰による脱水、それによる低血圧、倦怠感も見逃してはなりません。 操作エラー・コンプライアンス低下 キャップの閉め忘れや不足のチューブ破損を含めた無菌的操作の手技エラーは腹膜炎を引き起こします。また、日々のPD療法が計画通り遵守されない場合は、十分な溶質除去ができず、電解質異常が悪化する恐れがあります。 訪問時における看護師の対応 感染兆候を認めたら速やかに医師に連絡 訪問時に排液の色調・透明度を確認します。混濁がある場合は腹膜炎の可能性があるため、患者さんの腹部症状や体温などの観察と合わせ、速やかに主治医への連絡が必要です。出口部や皮下トンネル部は視診・触診により発赤、腫脹、圧痛や浸出液の有無を確認します。特に膿性浸出液は感染症の重要な所見です。主治医に早期に相談して培養検体の採取を行います。 注液・排液状態を確認し原因に応じ対処 排液不良(出が悪い)はカテーテル位置異常の可能性があるため、体位変換(座位→側臥位での排液)や、軽い腹部マッサージ、深呼吸などを行い、排液状態の変化を確認します。排液不良が持続する場合は速やかに主治医に相談してください。 注液に抵抗がある場合は、カテーテルがフィブリンで閉塞している可能性があります。透析バッグを加圧し透析液の圧入で改善する場合もありますが、改善しない際は、同じく主治医へ報告してください。 便秘が排液不良の原因となることもあり、排便状況の聴取も大切です。 バイタルサイン・体重・浮腫を評価 体重とその変化、血圧・脈拍・SpO₂の測定、下肢浮腫の有無で体液バランスの異常を推察できます。体重増加や浮腫の悪化があれば、除水量や食事内容などから原因を推測して指導を行ったり、透析条件の見直しの必要性について主治医と相談したりすることもあります。 手技の観察、必要に応じて再指導 患者さんの実際の手技(注液・排液操作)を観察し、無菌的操作が遵守されているか、接続・切断操作が正しいかを確認します。問題があれば、その場で指導を行い、必要に応じて主治医や病院看護師に教育用の資料を提供してもらい、再指導計画について相談をしてください。 精神的サポートで治療継続を支援訪問時に日常生活の不安や抑うつ傾向を訴える患者さんもいます。傾聴と共感を基本とした関わりが重要です。治療継続のモチベーションを維持するため、小さな成功体験の共有やPD療法の意義の再確認も効果的と考えています。 訪問看護の意義と今後の展望 PD患者さんの在宅療養の質を維持・向上させる上で、訪問看護の果たす役割は極めて大きくなっています。単なる観察だけでなく、「異常の予兆の察知」「緊急時の初動対応」「治療継続の支援」という多面的機能が求められています。 近年ではICTを活用した遠隔支援やAIを活用した意思決定支援ツールも登場し、訪問看護師の在宅での判断支援を強化する環境も整いつつあります。 今後は、訪問看護師がPDの専門性を高め、PDチームの主要メンバーとして積極的に治療管理に参画する体制の構築が不可欠です。その結果、病院内外での多職種連携が強化され、患者さん一人ひとりに合わせた柔軟な個別支援の提供が可能となり、PD療法の継続性と安全性が高まっていくものと考えます。 * * * PD療法の支援に活用できる「訪問看護師用チェックリスト」をご用意しました。各チェック項目に基づいて、評価や対応内容を記録できるようになっています。また、本記事でご紹介した「腹膜炎の診断基準」や「CAPD出口部スコア」もあわせてご確認いただけますので、日々のケアにぜひお役立てください。>>訪問看護師用チェックリスト ~在宅腹膜透析の安定継続のために~  執筆:上村 太朗松山赤十字病院 腎臓内科 部長2001年 愛媛大学医学部卒業関西圏の市中基幹病院で研修2005年 松山赤十字病院入職2016年 松山赤十字病院腎臓内科部長前任部長・原田篤実より受け継いだラストマンシップを診療の軸に、地域と連携し、すべての腎臓病患者さんが困らない医療を心がけています。編集:株式会社照林社 【参考文献】○Schaefer F,Klaus G,Müller-Wiefel DE,et al:Intermittent versus continuous intraperitoneal glycopeptide/ceftazidime treatment in children with peritoneal dialysis-associated peritonitis. The Mid-European Pediatric Peritoneal Dialysis Study Group(MEPPS).J Am Soc Nephrol 1999;10(1):136-145.○日本透析医学会学術委員会腹膜透析ガイドライン改訂ワーキンググループ 編:腹膜透析ガイドライン2019.医学図書出版,東京,2019.

エンバーミングの手順とは? 専門的な処置について解説
エンバーミングの手順とは? 専門的な処置について解説
コラム
2025年11月18日
2025年11月18日

エンバーミングの手順とは? 専門的な処置について解説

エンバーミングには、大きく分けると「防腐」「消毒」「修復・化粧」の3つの目的があります。今回は、これらの目的のために、実際にどのような処置が行われているのか、現役のエンバーマーである牛渡一帆氏に解説していただきます。 エンバーミングの手順 エンバーミングは、体内・体外、両方からのアプローチによってご遺体の状態を安定させ、感染症に対する安全な環境をつくり、お姿を整える処置です。エンバーマーは、こうした処置を通じて、ご遺族が安心して最後のお別れに向き合うことができるよう支援しています。 エンバーミングは、大まかにまとめると次のような手順で行われます。 1. ご遺体の施設への受け入れ、必要書類やお預かり品の確認2. ご遺体体表の汚れの洗浄・消毒および状態確認3. 薬液の調合4. 表情の整え5. 血管の剖出6. 薬液の注入・排血7. 胸水や腹水、体腔内残渣物などの吸引8. 体腔内への薬液充填9. 各所切開部の縫合10. 全身の洗浄・洗髪11. 治療痕や点滴痕などの処置12. 着せ替え13. 表情の再調整・メイク14. ヘアセット15. 布団への安置または納棺 通常、処置に要する時間はおおよそ3時間ですが、ご遺族の要望や故人の体格、身体の状態によっては時間が前後したり、処置内容が追加されたりする場合もあります。広範囲にわたる損壊や欠損などがある場合では、丸一日お預かりすることもあります。 次に、エンバーミングの専門的な処置について詳しく解説していきます。 ご遺体に対する専門的な処置の実際 薬液の注入・排血 通常、生体では体内に取り込まれた酸素や栄養、水分は、動脈血によって全身の組織に運ばれ、各臓器で代謝や処理が行われます。そして、その過程で生じる二酸化炭素や老廃物、余分な水分は静脈血によって回収され、最終的に呼気や便、尿として体外へ排出されます。エンバーミングでは、この脈管の機能を利用し、動脈からの薬液注入と静脈からの血液排出(排血)を行います。 動脈を流れる薬液は、組織に作用し、防腐や消毒、血色をよくするといった効果を与え、静脈に入ると、残留している血液とともに老廃物や余分な水分など、腐敗の元になるものと混ざり合って流れていきます。 しかし、生体と違い代謝機能が失われているご遺体は、自力で不要な物質を体外へ排出することができません。したがって、静脈の一部を開放し、直接体外へ排血する必要があります。 薬液の注入に使用する動脈には、基本的に頸部や上腕、大腿にある血管を選択し、左右いずれか一側、または複数の箇所を切開します。排血には右内頸静脈を使用することが多いです。ただし、血流が滞るような障害(動脈硬化や血栓など)がみられる場合は、該当箇所に皮下注射で薬液を直接注入したり、皮膚に塗布して浸透させたりする方法をとることもあります。 血管の剖出と切開部の縫合 上記で述べた動脈と静脈を取り出すために、血管を覆っている疎性結合組織や脂肪組織を取り除く必要があります。この作業は解剖で行う「剖出」と同じです。該当箇所に2~3cmほどの切開を行い、血管を剖出します。薬液の注入と排血が完了した後は、最終的に切開部を縫合し、テープや修復用ワックスなどで目立たないように隠します。 胸水や腹水、体腔内残渣物などの吸引と薬液充填 さらに、脈管からでは対応しきれない部位にある胸水や腹水、胃の内容物、尿、便などを吸引します。腹部に1cm程度の穴を開けて、体腔内に残った腐敗要因となる物質を除去します。吸引後は、同じ場所から直接薬液を体腔内に充填します。 なお、エンバーミングで使用する薬液には、特殊なケースにも対応できるよう、さまざまな種類があります。状況に応じて、最適な薬液をそのつど選択しています。  組織の保湿や水分補給効果がある薬液 脱水や乾燥を促す薬液 やつれてしまった部位に組織の代わりとして充填する薬液 欠損箇所を補うためのワックス など 最後に、全身を洗浄します。 ここまでの処置は、あくまで「ご遺体の保全」を目的とした、エンバーミングならではの内容ですが、エンバーマーの仕事はそれだけではありません。 着せ替えや表情の再調整、ヘアセット われわれエンバーマーが、ご遺族と接することができる時間はあまり長くはありませんが、その中でできる限り、ご遺族の要望や故人への想い、エンバーミングに期待していることなどを教えていただきます。その情報に基づいて、故人の表情や髪型を整えたり、衣装の着付け、ひげや爪の手入れ、化粧を施したりします。 そのため、エンバーミングのご依頼時には、故人についての具体的な情報のご提供をお願いしています。 エンバーミングの依頼に必要なもの エンバーミングを依頼する際は、「死亡診断書(検案書)のコピー」と「エンバーミング依頼書」(以下、依頼書)の2点が必要です。また、故人に着せたい衣装や生前の写真、場合によっては入れ歯やウィッグ、アクセサリーなどをお預かりすることもあります。 依頼書には、ご遺族の要望を記入する欄があり、表情の整え方、ひげ剃りの要・不要、髪型、服の着せ方、メイクの希望などをご記入いただきます。内容によっては、高度な修復が必要になることもあります。 なお、依頼書には、2親等以内のご遺族による署名が求められます。 ご家族が立ち会えないからこそ依頼書が必要 エンバーミングでは、先述したような外科的な処置に加えて、ホルマリンを始めとする医薬用外劇物の使用を伴います。また、死亡診断書に記載された死因だけでは分からない、何かしらの感染症に故人が罹患している可能性もあります。こういったことを考慮し、エンバーミングは曝露対策や感染防御、故人のプライバシーに最大限配慮された「エンバーミングセンター」という専門の施設で行われます。 またエンバーミングは「日本遺体衛生保全協会」の認定資格を持つ専門のエンバーマーが実施するものであり、原則としてご遺族を含む第三者が立ち会うことはできません。 このような事情から、故人のお姿をご遺族の希望に近づけるためにも、依頼書の質問にお答えいただくようにお願いしています。 最後に エンバーミングの依頼は、特別な場合に限られたものではありません。最近では、「できるだけゆっくりと故人と過ごす時間をとりたい」「冷たくて重たそうなドライアイスをあの人の身体に乗せるのはかわいそう」「病気でやつれた顔を元気な頃のようにきれいにしたい」といった想いから、エンバーミングに価値を感じて依頼されるケースも増えています。 エンバーミングの一番の目的は、故人のお身体の状態を安定させることによって、ご遺族が安心して最後のお別れに向き合えるように時間を確保することだと考えています。そして、「大切な人の死」という現実を受け入れ、気持ちの整理をするための時間と場を提供するグリーフサポートの一環であると考えます。 担当するエンバーマーは、責任をもって、書類や写真を参考にしながら、目の前のお身体に向き合います。最後の時間に、ご家族が「大切な人にどのような姿でいてほしいか」「故人はご家族とどのようなお姿でお別れしたいか」を想像しながら、エンバーミングの処置を行っているのです。  執筆:牛渡 一帆(うしわた かずほ)株式会社ジーエスアイ エンバーミングセンター長一般社団法人日本遺体衛生保全協会(IFSA) 認定エンバーマー、スーパーバイザー一般社団法人グリーフサポート研究所認定 グリーフサポートバディ2011年にIFSAのエンバーマーに認定。2012年に株式会社ジーエスアイに入社。2020年、厚生労働行政推進調査事業費補助金新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業「遺体における新型コロナウイルスの感染性に関する評価研究」に参加。エンバーミングの普及に努める。編集:株式会社照林社

皮膚トラブルのアセスメント 疥癬の見極めと対応【セミナーレポート後編】
皮膚トラブルのアセスメント 疥癬の見極めと対応【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年11月11日
2025年11月11日

皮膚トラブルのアセスメント 疥癬の見極めと対応【セミナーレポート後編】

2025年7月25日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「写真で解説!皮膚トラブルのアセスメント」を開催。皮膚科専門医である袋 秀平先生を講師にお招きし、訪問看護の現場で役立つ皮膚トラブルのアセスメントについて学びました。 セミナーレポート後編では、疥癬の基礎知識や対応方法をメインにご紹介します。 ※約70分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら皮膚トラブルのアセスメント 視診のコツと真菌症【セミナーレポート前編】>>袋先生の連載記事はこちら【多数の症例写真で解説】皮膚症状シリーズ記事一覧 【講師】袋 秀平 先生日本皮膚科学会 専門医/ふくろ皮膚科クリニック 院長東京医科歯科大学 医学部を卒業。1999 年にふくろ皮膚科クリニックを開業して以降、長らく在宅医療に取り組む。日本褥瘡学会監事(前在宅担当理事)、日本フットケア・足病医学会 在宅医療委員長、神奈川県皮膚科医会 副会長など、さまざまな学会で主要な役職に就き、知識の共有や医療の発展に尽力している。 ステロイド外用薬の基礎知識 ステロイド外用薬(塗り薬)は、抗炎症作用の強さによって5段階に分類されます。 strongest(I群)クロベタゾールプロピオン酸は別格に強い薬なので、やむを得ない場合にだけ使うと考えてください。very strong(II群)ややひどい湿疹によく使われます。顔にはおすすめしません。strong(III群)一般に使われている薬です。薬局で売られている薬の多くはstrongに該当します。moderate(IV群)、weak(V群)通常の湿疹に処方されることが多い薬です。 ステロイド外用薬の副作用として皮膚の菲薄化(皮膚が薄くなること)があるので、長期使用には注意が必要です。 >>関連記事ステロイド外用薬について症例とともに詳しく解説しております。湿疹皮膚炎とは? 種類や症状、改善方法が分かる【多数の症例写真で解説】 疥癬とは 疥癬は、ヒゼンダニが皮膚に寄生することによって発症します。症状の特徴は激しい痒みで、利用者さんが「夜も眠れないくらい痒い」と訴えたら、疥癬を疑う必要があります。なお、痒みの原因はダニに噛まれることではなく、その死骸や卵、糞などにアレルギー反応を起こすことです。 皮膚症状としては、首から下に結節や「疥癬トンネル(以下トンネル)」が見られます。結節にも表面にトンネルがあることが多く、肉眼で観察できるケースも珍しくありません。 >>関連記事疥癬とは? 特徴や症状、感染予防策を正しく知ろう【多数の症例写真で解説】 診断 血液では診断できないので、虫や卵の存在を証明することが必要です。在宅では、病変部の組織を眼科用のハサミをはじめとした器具で採取し、持ち帰って顕微鏡で検査する方法が一般的。また最近では、ダーモスコピーという機材を使って証明するのも有効な手段とされています。 写真(左):結節にみられた疥癬トンネル(ダーモスコピーにて撮影)写真(右):このトンネルから検出したヒゼンダニの虫体と虫卵ふくろ皮膚科クリニック症例 上の写真は、ダーモスコピーでトンネルを見つけ、その部分を顕微鏡で見た様子です。産みたての卵は無構造に見えますが、時間が経ったものは中に虫の姿が見えます。 治療 かつて、疥癬の治療にはγ-BHCやイオウの入浴剤が使われてきました。しかし、γ-BHC は毒性の強さから2010年の法律改正で人体への使用は禁止に。イオウ入浴剤も現在は発売中止となっています。またクロタミトンも、かぶれのリスクがあることから、最近は以前ほど使われなくなりました。 そんな中、2006年には内服薬「イベルメクチン」が、2014年には外用薬「フェノトリン」が使えるようになり、疥癬の治療は格段に進歩しています。 イベルメクチン1日1回、体重に合わせた量を空腹時に内服します。1週間後に2回目の内服を行いますが、それだけでは再発例が非常に多いので、最低でも3回の内服がおすすめです。フェノトリンフェノトリンはイベルメクチンを投与できない生後2ヵ月未満の乳児や妊婦、授乳婦にも使用できるので、困ったときは選択するとよいでしょう。ただし、イベルメクチンとフェノトリンの併用は、角化型疥癬にのみに許されている地域もあります。保険適用の可否と併せて確認が必要です。 角化型疥癬とは 角化型疥癬とは重症型の疥癬で、名前のとおり角化が特徴です。通常疥癬との違いは、寄生された宿主人間の免疫力に影響を受ける点。同じヒゼンダニによる感染ですが、免疫力が低いと重症化します。 角化型疥癬になると、手や足などの摩擦が生じやすい箇所に、灰白色や黄白色の厚い鱗屑が付着します。通常疥癬は首から下にのみ発症するのに対し、角化型疥癬は頭や耳にも見られます。爪に入ると、爪が肥厚、混濁して崩壊する場合もあり、爪白癬との鑑別が必要です。 ふくろ皮膚科クリニック症例 上記のa)とb)は同じ方で、内科疾患による免疫低下が見られます。顔や頭、耳もガサガサしている状態です。c)の方は湿疹と誤診をされ、ステロイド外用が長期間行われていました。 ふくろ皮膚科クリニック症例 上の写真は、c)の方の手のひらの角化した部分を取り顕微鏡で見た様子。1つの顕微鏡の視野にこれほど多くの虫や卵が見つかるのは、重症型だけです。 なお角化型疥癬では、全身性疾患や誤ったステロイド外用の継続によって免疫力の低下が起きているため、虫が爆発的に増加します。一方で、免疫低下によってアレルギーが起きにくくなり、痒みを感じにくい場合もあります。早期発見に努めたい疾患です。 現場で実践したい対策 ヒゼンダニは、人の皮膚から離れると2〜3時間で死滅し、室温でも48時間を超えて生存できないとされています。50℃では10分で完全に死滅するため、洗濯に熱湯を用いる必要はありません。 こうした性質をふまえ、疥癬の感染予防には、日本皮膚科学会が示すガイドラインに沿った対応が推奨されています。介護する家族や介護スタッフが疥癬を発症し、本人が気づかないまま感染源となるケースもあるため、周囲も含めた感染リスクに注意し、適切な対策を行う必要があります。 角化型疥癬の場合は厳重な対応が求められますが、ガイドラインにおいて通常疥癬では以下3点の対策が基本とされています。 1. 手洗いを励行する2. 診察室や検査室ではディスポーザブルシーツを使用し、患者ごとに必ず交換する3. 洗濯物を運ぶ際は落屑が飛び散らないようポリ袋などに入れる 雑魚寝状態であれば、同居者や友人などの予防治療を検討しますが、個室隔離や殺虫剤散布は不要です。 疥癬が発生した際に慌てることのないよう、以上の内容をふまえ、施設であらかじめ対策マニュアルを作成しておくことをおすすめします。 * * * 今回ご紹介した内容は、NsPace(ナースペース)に掲載されている私の連載記事でも触れています。併せてご覧いただき、日々のアセスメントにお役立ていただければ幸いです。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【参考】〇日本皮膚科学会.疥癬診療ガイドライン策定委員会:疥癬診療ガイドライン(第3版),日皮会誌,125(11), 2023-2048, 2015 

皮膚トラブルのアセスメント 視診のコツと真菌症【セミナーレポート前編】
皮膚トラブルのアセスメント 視診のコツと真菌症【セミナーレポート前編】
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2025年11月4日
2025年11月4日

皮膚トラブルのアセスメント 視診のコツと真菌症【セミナーレポート前編】

2025年7月25日に開催したNsPace(ナースペース)オンラインセミナーのテーマは、皮膚トラブルのアセスメント。25年以上にわたり在宅医療に取り組む皮膚科専門医である袋 秀平先生に、訪問看護師が知っておきたい皮膚トラブルのアセスメントに必要な知識を教えていただきました。 セミナーレポート前編では、皮膚症状の見方や真菌症(白癬)の情報をまとめます。 ※約70分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】袋 秀平 先生日本皮膚科学会 専門医/ふくろ皮膚科クリニック 院長東京医科歯科大学 医学部を卒業。1999年にふくろ皮膚科クリニックを開業して以降、長らく在宅医療に取り組む。日本褥瘡学会 監事(前在宅担当理事)、日本フットケア・足病医学会 在宅医療委員長、神奈川県皮膚科医会 副会長など、さまざまな学会で主要な役職に就き、知識の共有や医療の発展に尽力している。 皮膚症状を「みる」 「スナップ・ダイアグノーシス(一発診断、一瞥診断)」という言葉がありますが、皮膚科においては「目でみる」こと、特に「形態(皮膚科においては発疹)覚」と「色覚」がとても重要です。 今回は、実践で役立てやすいようわかりやすさを重視し、 「皮膚面にあるもの」「皮膚面より隆起しているもの」「皮膚面より陥凹しているもの」「発疹の上に乗っているもの」の順に分類して、発疹と色の判別方法を見ていきます。 >>関連記事皮膚症状の見方や医師への報告のしかたについては、以下の記事もご覧ください。訪問看護で皮疹を発見 もう迷わない医師への皮膚症状の伝え方【多数の症例写真で解説】 (1)皮膚面にあるもの 皮膚面にあるものとは、色の変化を指します。代表的なものとして 血管拡張 紅斑 紫斑 白斑 色素斑 などがあります。病変部の色を正しく識別することで、どのような病態を反映しているかを判断し、適切な対処方法を明確にしていきます。色の変化で重要なのは、「紅斑」と「紫斑」でしょう。 写真(左)紅斑:圧迫にて色が消退する 写真(右)紫斑:圧迫しても色が消退しないふくろ皮膚科クリニック症例 ガラスやアクリルなどの透明な板で病変部を圧迫し、色が消える、または薄くなれば紅斑。変化しなければ紫斑です。紅斑は真皮浅層で血管が拡張したり、充血したりしているので、圧迫すると一時的に血管から血液が圧排されて色が消退します。 一方の紫斑は、真皮または皮下組織に出血しているため、圧迫しても色は消えません。紫斑であれば血管の障害や血液に問題があることが推測されます。皮疹を区別することで、病態も想像できることになります。 (2)皮膚面より隆起しているもの 皮膚面より隆起しているものとしては以下のようなものが挙げられます。 丘疹 結節 水疱 膿疱 嚢疱 膨疹 写真(左):丘疹 写真(右):結節ふくろ皮膚科クリニック症例 炎症をはじめとしたトラブルによって細胞や液性成分が増加し、体積が増えて皮膚が盛り上がったものは「丘疹」です。直径1センチを超える丘疹は「結節」、さらに大きいものは「腫瘤」と呼ばれ、腫瘤の多くは腫瘍性です。 写真(左・中央):水疱 写真(右):膿疱ふくろ皮膚科クリニック症例 内部に液体成分が貯留しているものは「水疱」か「膿疱」です。写真左は単純ヘルペスで、中央は水疱性類天疱瘡(すいほうせいるいてんぽうそう)。右のように、内容液に好中球が集まってきたものは膿疱で、細菌がいない無菌性膿疱の場合もあります。 こちらの写真は、患者さんが「水疱ができました」と言って見せてくれたものです。しかし実際には水が溜まっておらず、この場合は水疱ではなく結節と判断することができます。 膨疹(ぼうしん)ふくろ皮膚科クリニック症例 次に、皮膚が盛り上がりとして見られるのが「膨疹」です。主に真皮に見られる一過性の浮腫であり、患者さんが「水疱」と表現することも少なくありません。ただし患者さんは皮疹の種類を区別できないため、訴えをそのまま鵜呑みにせず、観察によって正しく判断することが重要です。膨疹は多くの場合、蕁麻疹の際に認められる症状です。 (3)皮膚面より陥凹しているもの 皮膚面より陥凹しているものとしては、 萎縮 びらん 潰瘍 亀裂 などが挙げられます。 ふくろ皮膚科クリニック症例 このうち「びらん(写真左)」は表皮が欠損している状態を指し、欠損がさらに真皮まで及ぶ場合を「潰瘍(写真右)」と呼びます。 (4)発疹の上に乗っているもの 次に発疹の上に乗っているものです。主に 鱗屑(りんせつ) 痂皮(かひ) 浸軟 が挙げられます。 ふくろ皮膚科クリニック症例 鱗屑とは、角化あるいは不全角化した角層が皮膚表面に付着している状態を指します。これが皮膚から離れ、剥がれ落ちたものを「落屑(らくせつ)」と呼びます。 一般に「フケ」といわれるのは、頭部の鱗屑や落屑にあたります。また「垢」は、落屑に皮脂などの分泌物が混じったものと定義されています。これらは区別して理解する必要があります。 ふくろ皮膚科クリニック症例 痂皮(写真左)は、一般に「かさぶた」と呼ばれるものです。分泌物が乾燥し、角質とともに皮膚表面に付着している状態を指します。つまり、痂皮が形成されているということは、皮膚表面が障害され、滲出液や出血が生じていることを意味します。なお、写真右のように血液が固まって形成されたものは「血痂(けっか)」といいます。 ふくろ皮膚科クリニック症例 表皮と角質の水分量が増加してふやけて見える状態は「浸軟」といいます。左の写真は、鱗屑の解説で紹介した白癬の患者さんのもので、中央部が浸軟しています。 また、中央の写真のように、褥瘡の潰瘍部の周囲が浸軟することもよくあり、これは TIME コンセプトの Mで問題となります。滲出液の状態が適切でなく、過湿潤の状態にあると判断されます。 右の写真は、足底のウイルス性疣贅(いわゆるイボ)にサリチル酸ワセリンを貼った後の状態です。 真菌症(白癬)とは 真菌症は、文字どおり真菌(カビ)が原因で起きる疾患です。真皮までの炎症にとどまる「浅在性真菌症」と、より深い部分に達する「深在性真菌症」とがありますが、今回は白癬による浅在性真菌症についてお話しします。 >>関連記事真菌症とは? フットケアにも活かせる知識【多数の症例写真で解説】 診断と治療 真菌症の診断は、まず視診で疑い、ついで病変部に真菌の存在を証明することが重要です。 これによって初めて真菌症と確定診断されます。 治療には抗真菌薬を用いますが、診断確定前に使用するのは避けていただきたいです。抗真菌薬で改善しなかった場合に、「そもそも真菌がいなかったのか」「薬が中途半端に効いているのか」などの判断が困難になるためです。 過去には、褥瘡の表面に白い膜が出現し、真菌を検査することなく「真菌が原因だろう」と考え抗真菌薬を外用した例が報告されています。しかし、これは正しい診断・治療のアプローチとはいえません。 >>関連記事「診断を確定してから抗真菌薬を使用する」という考え方は、失禁関連皮膚炎(IAD)の対応にも共通しています。治療指針を示したアルゴリズムは以下の記事で確認できますので併せてご覧ください。IAD(失禁関連皮膚炎)とは? 鑑別が必要な疾患も紹介【多数の症例写真で解説】 部位別の特徴や治療法 【足白癬】 ふくろ皮膚科クリニック症例 上の写真は、足白癬の典型例です。指の間の「趾間型」、水疱が目立つ「水疱型」、角化がメインとなる「角化型」に分類できます。 検査では、病変部の組織を顕微鏡で確認します。写真の赤丸で囲われた箇所を採取すると、真菌が検出されやすいです。 治療では、病変部だけでなく両足全体に外用を行うのが原則。外用薬の量は、世界標準の「フィンガー・ティップ・ユニット(FTU)」(大人の手のひら2枚分の面積に対し人差し指の末節分の長さをチューブから押し出した外用薬(0.5グラムに相当)を使用)に基づいて調整してください。なお、FTUの概念は、ステロイドをはじめとした他の外用薬にも適用できます。 【体部白癬】 体部白癬は境界鮮明・堤防状隆起・中心治癒傾向という特徴を持つふくろ皮膚科クリニック症例 足(足白癬)、頭(頭部白癬)、手(手白癬)、鼡径部(股部白癬)にできる白癬はそれぞれ固有の名前がありますが、それ以外にできた場合は一般に体部白癬としてまとめてしまいます。体部白癬では、白癬菌は周囲に向かって皮膚を侵していきます。 写真にあるとおり、辺縁部の炎症が強く、堤防状に隆起しており、その境界は明瞭。中心部は治ったように見えます。そのため、「境界鮮明」「堤防状隆起」「中心治癒傾向」という3つの言葉で特徴を表現します。 【爪白癬】 足爪白癬のさまざまな症状「混濁・肥厚・崩壊」ふくろ皮膚科クリニック症例 爪白癬には、爪が濁る「混濁」、厚くなる「肥厚」、ボロボロになる「崩壊」という特徴があります。これら3つの所見がそろっていれば、爪白癬の可能性が高いといえるでしょう。 エフィナコナゾール外用による足爪白癬の治療経過(70代男性)ふくろ皮膚科クリニック症例 治療には外用薬と内服薬が用いられます。上の写真は、外用薬(エフィナコナゾール)で爪白癬を治療した例です。根元から新しい爪に生え変わり、この方の場合は5ヵ月ぐらいでかなり良くなりました。しかし、外用薬の完全治癒率は20%以下で、継続できる状況であれば1年を目安に使うことになっています。 内服薬は外用薬に比べて治癒率は高いですが、肝機能や腎機能の数値に異常が出たり、併用薬に制限があったりします。そのため、使用の際は血液検査を定期的に行わなければならず、在宅ではハードルが高いかもしれません。しかし、爪白癬の放置は感染の原因になるだけでなく、転倒リスクも高まることが証明されており、治せるうちに治しておきたい疾患です。 次回はステロイド外用薬の基礎知識や疥癬の治療法・対処法について解説します。 >>後編はこちら皮膚トラブルのアセスメント 疥癬の見極めと対応【セミナーレポート後編】>>袋先生の連載記事はこちら【多数の症例写真で解説】皮膚症状シリーズ記事一覧 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【参考文献】〇一般社団法人 日本老年医学会. 公益社団法人 全国老人保健施設協会:介護施設内での転倒に関するステートメント(発行日2021年6月11日)

腹膜透析ケアの基本 病院と在宅における看護師の役割とは
腹膜透析ケアの基本 病院と在宅における看護師の役割とは
特集
2025年10月21日
2025年10月21日

腹膜透析ケアの基本 病院と在宅における看護師の役割とは

腎代替療法の1つである腹膜透析(Peritoneal Dialysis:PD)は、在宅で治療を続けられる利点がありますが、適切な管理が必要です。患者さんが安全なPD療法を継続するためには、特に訪問看護師の支援が不可欠です。今回は、PDの基礎知識を概観した上で、病院および在宅における看護師の役割と、患者さんの支援に必要なケアの基本スキルについて解説します。 腹膜透析(PD)の基礎知識 腹膜透析(PD)は、患者さんの腹腔内に留置したカテーテルを通じて透析液を注入し、腹膜を透析膜として利用する治療法です(図1)。体液過剰や老廃物・電解質異常を補正するため、透析液の注液と排液を1日数回、毎日繰り返す必要があります。 図1 PDのしくみ 腹腔内に透析液を注入し、一定時間ためておくと、腹膜の毛細血管を介して老廃物や過剰な水分が透析液へ移動する。十分移動した時点で、透析液を体外に排出することで、血液がきれいになる。 PDには患者さん自身や介助者が注液と排液の操作を行う連続携行式腹膜透析(ContInuous Ambulatory Peritoneal Dialysis:CAPD)と、主に就寝中に機器によって自動的に注液と排液を行う自動腹膜透析(Automated Peritoneal Dialysis:APD)があります。患者さんの希望や生活リズムに合わせ、高い自由度で治療を計画できるのもPD療法の特徴です。いずれの治療法もカテーテル管理や体液異常、感染症(特に腹膜炎や出口部感染、皮下トンネル感染)の予防および早期発見が重要で、継続的な観察と異常の早期対応が求められます。 これらを的確に行うためには、看護師による継続的な関わりが欠かせません。ここからは、病院看護師と訪問看護師、それぞれの役割についてみていきましょう。 病院看護師の役割 病院看護師は、PD療法を選択した患者さんに、治療の導入前から計画的に、手技指導のみならず、自宅環境や在宅療養に必要な社会資源を含めた支援の必要性を聞き取っていきます。カテーテル挿入後は、カテーテルケアや入浴時の注意点など、日常生活の指導を継続するとともに、頻度が高く緊急性の高い合併症を早期に発見できるよう多岐にわたる指導を行います。導入期に特に重要な支援は以下のとおりです。  自己管理支援患者さんが手技を安全に行えるまで、無菌的操作や透析液の取り扱い、記録方法を繰り返し指導します。感染予防教育腹膜炎(排液混濁、腹痛など)や出口部感染、皮下トンネル感染(出口部や皮下トンネル部の発赤、腫脹、圧痛、膿性浸出液など)の早期発見のため観察と指導を行います。多職種連携医師や栄養士、薬剤師、訪問看護師、ソーシャルワーカーなど多職種と連携し、患者さんの生活全体を見据えた支援体制を構築します。 訪問看護師の役割 在宅でPD療養を開始した後、訪問看護師が担う役割はより実践的かつ包括的になります。 日常療養支援生活環境を確認し、PD療法に適した清潔な環境が確保されているか、出口部ケアがなされているか、注排液の量・時間に問題がないか、体重や血圧が安定しているかなどを評価します。異常の早期発見排液混濁(腹膜炎)、出口部や皮下トンネル部の発赤、腫脹、圧痛、膿性浸出液(出口部感染、皮下トンネル感染)など感染症の兆候、さらに体重や血圧の変化から体液過剰の兆候を早期に発見します。再教育・モチベーション維持長期にわたるPD療法において、患者さんの不安や手技の質の低下を予防するため、継続的な情報共有や手技指導のために声かけを行うことも必要です。病院看護師・医師との連携異常発生の際に速やかに情報を共有し対応することで、病状の悪化を未然に防ぎ、入院を回避することができます。 ケアの基本スキルと意識すべき視点 病院看護師・訪問看護師ともに、基本スキルは共通しています。 無菌的操作の徹底無菌状態でチューブの接合や切り離しができる装置も普及してきました。しかし、停電や災害時など器具が使えない状況でのPD療法を想定すると、安全なPDのためのバッグ交換時の無菌的操作は基本スキルといえます。日々の観察・アセスメント能力体液管理では、体重や浮腫、血圧などの経過を観察・評価して、体液過剰を早期に発見します。カテーテル出口部や皮下トンネル部の観察では発赤、腫脹、圧痛や膿性浸出液など感染症の早期発見に努めます。排液は白濁や血性腹水といった腹膜炎の兆候を見逃さないことが重要です。患者さんとの信頼関係の構築在宅治療の質の向上のため、患者さんがPD療法に対し日々感じていることを率直に語ってもらう必要があります。互いに何でも相談できる信頼関係を早期に構築することも基本スキルの1つといえます。説明力異常を早期発見した際に、何が起こっているかを患者さんに説明し、その状況を主治医に報告するための説明力も重要です。ただし、近年では言葉やテキストによる情報共有以外に、画像共有が可能な連携アプリケーションを利用したスムーズな情報共有も可能となっています。教育スキル在宅で手技指導や食事指導を繰り返すことで、患者さんの清潔操作や食事管理が改善し、PD療法が安定しやすくなります。 両者に共通する意識すべき視点は、「患者さんが安定した生活やPD療法を継続できること」を最大の目標にすることです。ケアの場面では常に“患者さん中心”の視点を最優先にしてください。PD患者さんの治療の質のみならず生活の質の向上のために、単なる技術的支援にとどまらず、心理的・社会的支援も含めた包括的な支援を心がけるようにしましょう。 おわりに PDは、患者さんの生活の質を保ちながら実施できる優れた透析治療である一方で、継続には一定の在宅管理と専門的支援が必要です。訪問看護師は専門性を発揮しつつ、在宅治療であるPD療法を行う患者さんに最も身近なところで寄り添うことができる数少ない存在です。 さらに進行する高齢化時代に、在宅で専門的知識を持ち、生活者としてのPD患者さんに伴走できる訪問看護師の役割はますます重要になります。患者さんと訪問看護師、そして病院スタッフの円滑な情報共有にて、患者さん一人ひとりに合わせた支援を実践することで、素晴らしいPD療養生活がかなうと思います。 本記事では、PD療法の支援に活用できる「訪問看護師用チェックリスト」をご用意しました。各チェック項目に基づいて、評価や対応内容を記録できるようになっています。日々のケアにぜひお役立てください。>>訪問看護師用チェックリスト ~在宅腹膜透析の安定継続のために~  執筆:上村 太朗松山赤十字病院 腎臓内科 部長2001年 愛媛大学医学部卒業関西圏の市中基幹病院で研修2005年 松山赤十字病院入職2016年 松山赤十字病院腎臓内科部長前任部長・原田篤実より受け継いだラストマンシップを診療の軸に、地域と連携し、すべての腎臓病患者さんが困らない医療を心がけています。編集:株式会社照林社 【参考文献】○日本透析医学会学術委員会腹膜透析ガイドライン改訂ワーキンググループ 編:腹膜透析ガイドライン2019.医学図書出版,東京,2019.

ALSの4大陰性徴候を活用して日常生活を豊かにしよう!
ALSの4大陰性徴候を活用して日常生活を豊かにしよう!
コラム
2025年10月14日
2025年10月14日

ALSの4大陰性徴候を活用して日常生活を豊かにしよう!

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。今回は、ALSの重要なポイントである「4大陰性徴候」について取り上げます。症状が進行する中でも最後まで残る機能に注目し、それを日常生活でどのように活用していくかについて、実際に取り組まれている先生の工夫や実践例とともに解説していただきます。 4大陰性徴候とは何か ALSは全⾝の筋⾁が徐々に動かせなくなっていく病気です。教科書やインターネットなどでALSについて調べてみても、この「全⾝の筋⾁が徐々に動かせなくなっていく」というメインの症状に焦点が当てられており、「ALSに出にくい症状」にはあまり触れられていません。しかし、ALS当事者にとっては、こうした出にくい症状を理解し、将来を⾒据えて⽇常⽣活にうまく取り⼊れていくことがとても⼤切なのです! ALSには、出にくい症状が4つほどあり、これを「4大陰性徴候」といいます。このコラムの2回目(>>「分かりやすい! ALSの病態と症状」)でもお伝えしましたが、非常に重要なポイントですので、ここであらためて紹介します。 (1)目は最後まで動かせる! 手足や身体・顔がまったく動かなくなっても、目を動かす筋肉が最終的にある程度は残ることが多いです。 (2)尿意や便意はがまんできることが多い! 尿道や肛門をキュッと締める括約筋も筋肉ですが、障害は受けにくいです。つまり、尿や便が勝手に漏れて、垂れ流しにはなりにくいということです。 (3)感覚障害が起こりにくい! 見たり聴いたり、味覚を感じたり、冷たさや痛さなどを感じる感覚は最後まで残ります。 (4)「褥瘡」、いわゆる「床ずれ」ができにくい! 徐々に寝たきりになっていきますが、褥瘡はできにくいです。これは(3)で書いた、痛みなどの感覚は最後まで残ることが関係します(床ずれは痛いです)。 今回は、4大陰性徴候のうち(1)~(3)について、日常生活でどう活用しているか、私の実践を交えながら紹介していきます。 最後まで動く目を早めに活用しよう 「目は最後まで動かせること」が4⼤陰性徴候の中でも⼀番重要な症状になってきます。 コミュニケーションを取るとき、声が出せるうちは、がんばって声で会話をするでしょう。⼿が動かせるうちは、タブレットやパソコンの操作も、がんばって⼿を使って⾏うでしょう。しかし、それらもいずれできなくなっていきます……。 ここでとても⼤事なポイントは、「完全にできなくなる前に、目を使った⽅法も取り⼊れて、併⽤しながらやっていったほうがいい!!」ということです。完全にできなくなってからでは、絶望感と虚無感に襲われ、そこから目を使った⽅法に切り替えるのが難しくなります。 目を使った⽅法は「アナログな⽅法」と「デジタルな⽅法」の2つに分けて考えることができ、どちらも⽇常⽣活の中でとても重要な役割を果たします。それぞれの方法について説明していきたいと思います。 アナログな方法:⽂字盤を使って会話しよう! 声が出せなくなったら、いずれ「⽂字盤」を使った会話⽅法に切り替えていく必要があります。⽂字盤については第1弾コラムの10回目(>>「⽂字盤を使わない⽂字盤!?〜エアーフリック式⽂字盤〜」)に詳しく書いていますのでご参照ください。ここからは上記のコラムを読んでいただいたことを前提として書いていきます。●エアーフリック式文字盤私が使っているエアーフリック式⽂字盤について、「ALS当事者は文字の配置を覚えられるのですが、介助者が覚えて使いこなすのが⼤変です」との声を何件かいただきました。そこで、文字盤を使っていく上でのポイントを紹介します。また、実際に私が会話している解説動画を作りましたのでこちらも参考にしてください。 ▼ALS_エアーフリック式文字盤https://youtu.be/-qwhvTesF4I?si=CwubuZ04OB6rcylV ※リンク先はYouTube(外部サイト)となります。 動画について:分かりやすいように目の動きをスローモーションにして編集しています。実際にはもっと速く動きます。(「さくらクリニック練馬」が動画編集に協力してくれました) ALS当事者は、毎⽇繰り返し使っていきますし、⾃分のQOLを上げることにもつながるため、わりと皆さん文字盤を覚えられます。⼤事なポイントは、「介助者は無理して⽂字盤を覚える必要はありません!」ということです。 図1は実際の私の部屋を撮影した写真です。私の後ろの壁には、介助者⽤の⽂字盤が常に貼ってありますので、介助者は文字の配置を覚えていなくても、それを⾒ながら読み取ることができます。 図1 介助用文字盤の配置 さらに余裕が出てきたら、各行の頭文字が並ぶ9マスの位置だけでも覚えることで、会話のスピードが格段に上がります。ぜひチャレンジしてみてください。参考までに、私の介助者の中には、右の列を「あたま(頭)」、左の列を「さはら(サハラ砂漠)」と覚えている⼈も多くいます。 デジタルな方法:目の動きでタブレットを操作しよう! ⼿を使ってタブレットやパソコンなどが操作できなくなったら、⼀番スムーズに動かせる目の動きを活⽤することが多くあります。 視線⼊⼒を使った⽅法については、第1弾コラムの13回目(>>「ALS患者に必要な情報「実用編」 ~上肢②コミュニケーションツール~」)をご覧ください。 ここからは、上記のコラムを読んでいただいていることを前提に書いていきます。なお、そのコラムを執筆したのは2022年ですが、それ以降、画期的な出来事が起こりました! なんと、2024年に視線⼊⼒を使った操作が「iPad Pro」に標準機能として搭載されたのです!!▼Apple、視線トラッキング、ミュージックの触覚、ボーカルショートカットなどの新しいアクセシビリティ機能を発表(プレスリリース 2024年5月15日)https://www.apple.com/jp/newsroom/2024/05/apple-announces-new-accessibility-features-including-eye-tracking ほとんどの⽅はピンとこないと思いますが、これまでALS患者やその関係者は、「なんとか視線を使ってタブレットやパソコンを動かせないか」と試⾏錯誤を繰り返してきました。そして、パソコンについては外部装置を接続することで操作を可能にしてきましたが、純正の機械ではないため、機能を最⼤限に活⽤するには難しい面がありました。 そのような中、Appleが⾝体障害者のために、「iPad Pro」に視線⼊⼒装置を標準搭載してくれたことで、その機能を⼗分に活⽤できるようになりました。これによりタブレットも視線の動きで操作できるようになり、利便性が大きく向上し、⾝体障害者の社会的活動の可能性が広がりました。 一番⾃由に動かせる目を活⽤することは、最初の「とっかかり」としてはスムーズかと思います。ただし、目は⽂字盤をはじめさまざまなことに使いますので、酷使するとどうしても疲労が溜まりやすくなります。 また、いくら「目は最後まで動かせる」といっても、私のように10年⽣きていると、徐々に目も動かしづらくなってくることもあります。(もちろん10年経っても変わらず目を⾃由に動かせる⽅もいらっしゃいますので、ALS当事者の⽅は必要以上に不安にならないでください。) このような理由からも、目を使った⽅法以外にもタブレットを操作できる手段を知っておいてほしいと思います。 ちなみに私は、疲労を分散させるために、用途に応じて操作方法を使い分けていました。例えば、⼤学で講義をする時は、目を使ってパソコンを操作し資料を作成し、医師として診療を⾏う時には、歯の噛む⼒を使って空圧センサーを押し、タブレットを操作していました(空圧センサーについても第1弾コラムの13回目に詳しく書いています)。 私は現在、目が⾃由に動かしにくくなってきたため、空圧センサーのみを使用しています。以下にセンサーに接続するセンサーチューブの作り方と、吸引カテーテル(口腔内の唾液を低圧持続吸引してくれるカテーテル)との連結方法をまとめたのでご覧ください。>>センサーチューブの作成方法と吸引カテーテルとの連結方法はこちらから ※リンク先は「さくらクリニック練馬」のWebサイト(外部サイト)となります。 この⽅法は、口周りに障害物が何もないことが前提となるため、NPPV※を装着している方には使用できません。一方、気管切開をしている⽅で、わずかでも噛む⼒が残っている⽅にとっては、⼝腔内の唾液を吸引しながらタブレットを操作できる、とてもよい⽅法だと思います。ぜひ参考にしてみてください。 ※NPPV:非侵襲的陽圧換気。気管切開を行わないで、マスクを着用するだけの人工呼吸器。 ちなみに、私がNPPVをやめて気管切開を決断した理由の1つには、目と⻭以外に⾃由に動かせる場所がなくなり、早くこの⽅法を試してみたかったということもあります。 実際に私が⻭の動きでiPadを操作している動画も載せておきます。よく⾒ないと分からないですが、2mmくらい⻭が動かせれば操作できます。 ▼ALS_空圧スイッチを使ったiPadの操作方法https://youtu.be/EgM5bV9HIxs?si=BErItzSlxNqOKwfV ※リンク先はYouTube(外部サイト)となります。 この動画の撮影と編集は、私の息⼦が⼿伝ってくれました。息⼦よ、いつもありがとう!! 衣類を工夫し尿器で排泄:がまんできる力を活かす 四肢や体幹が動かせなくなると、「ベッド上でおむつで排泄しないといけない」と思っている⼈も多いかもしれませんが、ALSでは膀胱直腸障害は起こりにくいため、排泄をがまんすることができます(もちろん⼀般論であり、個⼈差があります)。⼯夫次第ではポータブルトイレや尿器を使って排泄できます。 ポータブルトイレでの排泄⽅法は、第1弾コラムの 18回目(>>「ALS患者に必要な情報「実用編」 ~下肢(2)ベッド上生活~」)に詳しく書いてますので、ご参照ください。 尿器を使用したベッド上での排尿の工夫として、これは男性の場合に限りますが、ズボンの前面を切り、スナップボタンを取り付けることで、ズボンを脱がずに陰茎を出して尿器をセットする方法があります。 ちなみに私は、尿器をセットしやすくするために下着は履かず、加工したズボンを直接履き、毎⽇⼊浴後に着替えています(⼊浴⽅法についても、18回目のコラムをご参照ください)。 実際に加⼯した私のズボンは図2をご覧ください。図2 加工したズボン(男性用) 「感じる力」を大切に:感覚が残ることを活かす ⾒たり聴いたり、味覚を感じたり……五感をフルに活⽤して、⽇々の⽣活をより豊かにしていきましょう! 上述した⽅法でタブレットを⾃分で操作できるようになれば、世界は格段に広がります。自分の好きなタイミングで読書をしたり、ドラマや映画を観たり、好きな⾳楽を聴いたりすることができます。 また、気管切開をして⼈⼯呼吸器を装着していても、誤嚥防⽌術さえ行っていれば、⼯夫次第で⽐較的⻑い期間、飲⾷を楽しむこともできます(もちろん個⼈差はあります)。誤嚥防止術の詳細については第1弾コラムの16回目(>>「「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!」)を参照してください。 * * * このように「できなくなっていくこと」ではなく、「何が最後までできるのか」に焦点を当ててALSという病気と向き合ってみると、⾒えてくる世界がまったく違ってきます。ALSという病気は、⼈間の可能性についてあらためて考えさせられる病気だなぁと、つくづく思う次第です。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

在宅における透析患者さんの合併症対応【事例あり】&導入時の心理的支援の重要性
在宅における透析患者さんの合併症対応【事例あり】&導入時の心理的支援の重要性
特集
2025年9月2日
2025年9月2日

在宅における透析患者さんの合併症対応【事例あり】&導入時の心理的支援の重要性

透析治療は、身体的な負担だけでなく、生活の変化や将来への不安などから、精神的にも大きなストレスを伴います。うつ状態や孤立感を抱える患者さんも少なくないため、訪問看護においては身体的ケアと並行し、患者さんの心に寄り添うサポートも不可欠です。今回は透析患者さんに対する支援として、事例を交えた合併症対応と、透析受容の心理的段階に応じた関わりについて解説します。 透析患者さんに起こりやすい症状 透析患者さんの状態に変化があった際、「どうしたらよいのか分からない」「自分に対応できるか不安」と感じる方もいらっしゃるかもしれません。基本的な対応の流れは、透析患者さんでもそうでない方でも大きく変わりません。ただし、透析患者さんには特有の注意点があります。 今回は、「血圧の低下」「高カリウム血症」「溢水」を取り上げ、透析患者さんならではの対応のポイントについてお伝えします。特に、「高カリウム血症」や「溢水」は、心停止や呼吸困難といった重篤な状態を引き起こす可能性があり、緊急透析が必要となるケースも少なくありません。こうした症状を早期に察知し、迅速に対応することが、患者さんの命を守る上で重要です。 1 血圧の低下 透析直後や帰宅後は、脱水傾向により血圧が低下することがあります。透析後は自律神経が不安定になりやすいため、急な立ち上がりや歩行は避けたほうがよいでしょう。 なぜ透析後に脱水が起こるのか?透析では、体内の余分な水分を取り除く「除水」が行われ、体重をドライウェイト(DW:目標体重)に近づけます。その過程で、以下のような場合に脱水状態になることがあります。  大量の除水により循環血液量が減少した場合 DWが適切ではない場合 透析による血管拡張 交感神経活動の低下 急激な電解質変動による循環動態の乱れ これらにより、帰宅途中や直後に立ちくらみ、めまい、ふらつき、倦怠感、冷汗、血圧低下(収縮期血圧が90mmHg以下)の症状を起こすことがあります。 安静を促し、水分補給を行うのが対応の基本(図1) 安静にして様子を見る(横になり下肢を挙上する) 水分摂取を行う(回復が見られない場合は透析施設へ連絡する) 血圧が回復しない、または意識障害がある場合は、速やかに救急要請する 図1 血圧が低下したときの対応 安静を促し、水分補給を行う。血圧低下に加えて、顔面蒼白、冷汗、頻呼吸、意識障害(JCSⅡ以上)などの症状が見られたら、「ショック状態」と判断し、救急要請が必要。 2 手足の「しびれ」と高カリウム血症 透析患者さんは腎機能が低下しているため、体内にカリウムが蓄積しやすく、高カリウム血症を起こしやすい状態です。 高カリウム血症の症状カリウムは筋肉や神経の働きに重要な役割を果たします。濃度が高くなると表1のような症状が現れます。 表1 血清カリウム濃度に応じた症状 5.5mEq/L以上初期症状手足のしびれ(感覚異常)、筋力低下・脱力感、口周囲の違和感、吐き気7.0mEq/L以上重度症状意識障害、不整脈(テント状T波)、心停止のリスク *数値は一般的な数値であり、個人差があります   事例:食事が引き金の高カリウム血症A氏(70代・男性) 息子夫婦と同居 透析スケジュール:火・木・土の週3回 透析歴:1年 現在の状況:透析を開始し、尿量が減少してきている 訪問看護師が月曜日の午前中に訪問すると、A氏から手指のしびれ、口周囲の違和感、軽度の吐き気の訴えがあった。「いつもと特に変わったことはないけれど、朝起きたら唇がしびれていて、何かおかしい。手先もしびれている気がする」とのこと。食事内容を確認すると、「昨日は息子夫婦と一緒に外食をして、生野菜と果物をたくさん食べた」との発言があった。 【訪問看護師の対応】緊急透析検討のため透析施設へ連絡 訪問看護師は、A氏の症状から高カリウム血症とアセスメント。緊急透析を検討する必要があるため、透析施設へ連絡し、症状と食事内容の情報を伝えました。 【透析室での対応】緊急透析および食事指導を実施 来院時の血中カリウム値は7.0mEq/L、心電図ではテント状T波を確認しました。緊急透析を実施し、症状は改善されました。その後、カリウム吸着薬が処方され、カリウム制限に関する食事指導を行いました。 【対応のポイント】しびれの訴えには要注意 しびれの訴えがあった場合は、バイタルサインを確認し、直近の透析状況および食事内容を確認します。予防策として、ブロッコリーやバナナ、生の野菜ジュース、干し芋のような乾物など、カリウムの多く含まれる食品の摂取を控えるよう指導し、食事管理を徹底してもらいます。また、透析の適正な実施が必要です。 3 溢水による心不全 透析患者さんは腎機能が著しく低下しており、水分や塩分を尿として排出できないため、体内に水分が蓄積しやすくなります。この状態を「溢水(いっすい)」と呼びます。 溢水の症状体重増加、頸静脈の怒張、呼吸困難・息切れ・咳嗽・湿性ラ音の聴取・血清泡沫痰、水分蓄積による浮腫 呼吸困難時は安楽な体位をとる呼吸困難は、座位やファウラー位で軽減することが多くあります(図2)。患者さんの安楽な体位を工夫するようにしてください。 図2 呼吸困難時の対応 呼吸困難は、上半身を起こす座位やファウラー位で軽減することが多くある。安楽な体位になるよう工夫する。   事例:会話中の息切れで気づいた、心不全症状B氏(70代、女性) 独居 透析スケジュール:火・木・土の週3回 透析歴:15年 既往歴:心筋梗塞、脳梗塞、気管支喘息 訪問看護師が月曜日の朝に訪問したところ、以下の症状を確認した。 ・呼吸困難(会話時に息切れ)、臥位にて増強(起座呼吸) ・下腿浮腫(+2:4mmのくぼみ) ・体重:前回の透析後より+4.2kgの増加(DW:40kg) ・バイタルサイン:血圧 170/98mmHg、SpO₂ 88%、心拍数 112回/分 ・顔色不良、倦怠感強い 【訪問看護師の対応】心不全を疑い全身状態をアセスメント 心不全を疑い、アセスメントを開始しました。バイタルサインの測定、浮腫・呼吸状態の観察、直近の透析状況(特に最終体重)・体重増加量・食事内容(水分摂取量)を確認し、透析施設へ緊急連絡しました。 【透析室での対応】緊急透析を実施し、DWの見直しも 透析室では、緊急透析を行い、除水3.8Lを実施。透析後は、呼吸状態・浮腫ともに改善しました。あらためてドライウェイトを見直すとともに、塩分・水分管理の再指導を行いました。 体重増加と呼吸状態の変化は心不全のサイン中2日明けの訪問(B氏の場合は火曜日)は特に注意が必要です。その間の体重増加や呼吸状態の変化は、心不全のサインです。患者さんの「いつもと違う」訴えを見逃さず、透析施設・主治医との連携が大切です。 * * * 合併症への対応では、訪問看護師によるアセスメントが不可欠です。異常を察知した際には、ためらわずに透析施設と情報を共有し、重症化の予防に努めましょう。 透析導入時の心理的支援のポイント では次に、患者さんの心のケアにおいて重要な「心理的支援」についてご紹介します。透析を受け入れる過程で患者さんが経験する心理的な段階に応じた支援のあり方や、訪問看護師が果たす役割について解説します。 透析患者さんの多くは、透析治療を生活の一部として受け入れ、前向きに適応していく心理的・社会的なプロセスを辿ります。訪問看護師が理解しておくべき、透析受容の心理的段階と支援のポイントは以下のとおりです。 透析受容の心理的段階(図3) 透析治療の開始から時間の経過とともに、患者さんは以下のような段階を経験します。 図3 透析受容の心理的段階 ●混乱期治療開始時には、「なぜ自分が透析を?」という戸惑いや否定的な感情が強く表れます。病気の受容が難しく、治療や生活の変化に対する不安が大きく、精神的な混乱が生じます。 ●変化期少しずつ治療や生活の制限について理解が進み、自分なりの対処法や工夫を模索するようになり、生活の再構築に向けた前向きな姿勢が見られるようになります。 ●共存期透析治療を日常の一部として受け入れ、前向きに捉えるようになります。自己管理やセルフケアへの意欲が高まり、治療とともに生きる意識が芽生えます。 ただし、すべての患者さんがこのプロセスを順調に進むわけではありません。透析を始めて何年経っても受け入れられず、苦しんでいる方もいます。透析の受容は、性格・価値観・生活背景・家族や社会的支援の有無など、さまざまな要因に左右されるため、画一的な経過をたどるものではありません。 各段階に応じた支援の重要性 患者さんの心理状態に応じた支援は非常に重要です。特に混乱期には、透析に関する詳しい指導を行っても、患者さんが情報を受け取る余裕がなく、内容が頭に入らないことがあります。指導を受ける気持ちになれない場合も少なくありません。 このような時期には、まずは患者さんの気持ちに寄り添い、安心感を与えるかかわりが何よりも大切です。患者さんが少しずつ気持ちを整理し、「透析」という現実を受け止められるようになるまで、焦らずに支援を続ける姿勢が求められます。 透析の受容は一度で完了するものではなく、揺れ動くプロセスです。訪問看護師の皆さんには、患者さんが今どの段階にいるのかを見極め、それぞれの段階に応じた「今の気持ち」に丁寧に寄り添いながら支援していくことが重要です。  執筆:熊澤 ひとみ医療法人偕行会 透析医療事業部 副事業部長透析看護認定看護師【職歴】昭和63(1988)年 名古屋共立病院 入職平成11(1999)年 偕行会 セントラルクリニック 異動平成17(2005)年 透析医療事業部 副事業部長令和3(2021)年 医療法人偕行会 法人本部 理事【所属学会】日本腎不全看護学会 監事日本臨床腎臓病看護学会日本透析医学会編集:株式会社照林社

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