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皮膚腫瘍とは? 判断基準、症状、治療の基本が分かる【多数の症例写真で解説】
皮膚腫瘍とは? 判断基準、症状、治療の基本が分かる【多数の症例写真で解説】
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2025年6月3日
2025年6月3日

皮膚腫瘍とは? 判断基準、症状、治療の基本が分かる【多数の症例写真で解説】

在宅療養者によくみられる皮膚症状を、皮膚科専門医の袋 秀平先生(ふくろ皮膚科クリニック 院長)が写真を見比べながら分かりやすく解説。今回は皮膚腫瘍を取り上げ、その種類や特徴、症状の原因や改善方法をご紹介します。 皮膚腫瘍の判断基準は2つ 皮膚腫瘍を判断する基準は2つあります。1つは良性であるか悪性であるか、もう1つはどの細胞から発生したものか、ということです。 皮膚にはさまざまな器官があり、それぞれを構成する多種類の細胞から発生する腫瘍があるため、非常にたくさんの種類があります。「皮膚腫瘍」だけで、ものすごく分厚い本ができてしまいます。よく使われている皮膚科の教科書1)の腫瘍の章を調べたら、見出しだけで良性腫瘍85、悪性腫瘍43もありました! とてもそのすべてに触れることはできませんので、今回は、在宅療養者で頻度が高く、知っておくべき8種類の腫瘍について紹介します。 その前に:診断に不可欠なダーモスコピー 以前に疥癬の章で紹介したダーモスコピー(図1、以下DS)は、本来は母斑など色素性病変を診断するために使用されているものです(その他、円形脱毛症や日光角化症の診断でも保険請求できます)。 図1 ダーモスコピー(DS) DSは皮膚科にはなくてはならない道具で、今やこれを使わない皮膚科医は「もぐり」と言わざるを得ないでしょう。筆者も通常の外来診療だけでなく、往診の際にも首からぶら下げて頻繁に使用しています。本来の拡大する使用法だけでなく照明にも使えます。内科医の聴診器のようなものですが、たぶん聴診器よりも使う頻度は高いと思います。 例えば、足底の色素斑をDSで見ると、母斑(良性)であれば皮溝優位、悪性黒色腫であれば皮丘優位に色素が濃く見えます(図2)。母斑でも部位によっても見え方が違いますし、その他、日光角化症や基底細胞癌など、それぞれの腫瘍で特徴的な所見がみられます(DSの所見だけでも分厚い本ができます)。DSが使われるようになって、皮膚腫瘍の診断は格段に進歩しました。 図2 DSによる足底の色素斑 左は良性で、皮溝(皮膚のくぼんだ部分)の色素が濃く見えます。右は悪性で、皮丘(皮溝と皮溝の間の隆起した部分)の色素が濃く見えるのが特徴です。 在宅で知っておくべき8つの腫瘍 ここでは、それぞれの皮膚腫瘍について一般的な症状を簡潔に記載します。ただし、各々バラエティに富むので、ここに記したのは最大公約数的な所見であり、当てはまらない場合も多数あることはご承知おきください。 良性腫瘍 1)母斑母斑(いわゆるホクロ)も母斑細胞が増殖する一種の良性腫瘍です。悪性腫瘍との鑑別がしばしば問題となります。平らなものや隆起したものがあり、色も常色から黒までさまざまです(図3)。 図3 母斑 2)脂漏性角化症老化によるイボです。別名「老人性疣贅」(ろうじんせいゆうぜい)といいます。茶色から黒で、表面が角化してざらざらし、隆起します(図4)。 図4 脂漏性角化症 悪性腫瘍 1)いわゆる早期がん異形細胞が表皮内にとどまるものです。この段階では転移の可能性はありませんが、進行するとボーエン癌や有棘細胞癌となります。 ●ボーエン病見た目が湿疹とよく似ています。大きさは大小さまざま、形は円形から楕円形、色は常色や赤、茶色、黒など、かなり多彩な臨床像を呈します。表面が角化して、ざらざらなことが多いです(図5)。 図5 ボーエン病 ●日光角化症露光部に発症し、ただ赤いだけに見える場合もあります。やはり表面がざらざらしています。(図6)。 図6 日光角化症 2)基底細胞癌少し隆起した小さい黒い丘疹が集まって拡大し、潰瘍化します(図7)。転移は少ないですが、局所再発が多いため、きちんと切除することが必要です。 図7 基底細胞癌 3)有棘細胞癌(ゆうきょくさいぼうがん)患部が赤くなって硬化し、隆起したり結節をつくったりします。びらん・潰瘍化する場合もあります(図8)。転移することも多いです。 図8 有棘細胞癌 4)悪性黒色腫一般的には黒く、母斑と比べて形が不整で濃淡が強かったり、表面が潰瘍化し、周囲に色素が染み出したりしています(図9)。治療薬は進歩しましたが、予後のよくない腫瘍です。 図9 悪性黒色腫 5)パジェット病アポクリン腺由来の悪性腫瘍です。乳房パジェット病と乳房外パジェット病があり、後者は外陰部に多くみられ、IADとの鑑別が必要になる場合があります。進行すると隆起しますが、特に初期では湿疹によく似ており、紅斑や脱色素斑のみのことがあります(図10)。 図10 乳房外パジェット病 >>IADに関する記事はこちらIAD(失禁関連皮膚炎)とは? 鑑別が必要な疾患も紹介【多数の症例写真で解説】 6)その他皮膚原発でない、悪性腫瘍の皮膚転移や皮膚への浸潤も時に経験されます(図11)。 図11 乳がんの皮膚転移と直接浸潤 高齢者に皮膚腫瘍が生じたときどうするか 生検による確定診断が重要 皮膚腫瘍を疑ったら、正確な診断を行うことが重要です。DSの普及によって肉眼だけのときよりも診断の精度は上がりましたが、できれば最終的に確認するために生検を行いたいものです。図12は左眼下部の色素斑です。DSでは良性の所見と考えたのですが、やや形が悪く大きかったため、生検を実施したところ、母斑であり、悪性黒色腫ではないことが確認できました。 図12 左眼下部にみられた色素斑 不整形でやや大きい色素斑。生検で母斑と確定診断できました 治療の基本は切除、高齢者にとっては? 腫瘍の診断がついたら、治療の基本は切除です。高齢者の場合、「切除のための手術ができるか」が最大の問題になります。そもそも認知症がある場合、本人の意思確認もしがたく、局所麻酔で切除できる場合でも、じっとしていられるかどうかが問題となります。また、全身麻酔が必要な場合には、心肺機能をはじめとして麻酔が可能かどうかといった問題も出てくるでしょう。 手術というと躊躇しがちですが、実際には施行可能な場合が多いです。順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センターの2005~2020年の統計によれば2)、90歳以上の皮膚悪性腫瘍33例のうち、18例は手術を行うことができました。特に有害事象を認めず、高齢であったり認知症があったりするからといって、一律に手術が無理ということではない、と結論づけています。 図13は認知症のある高齢者の右頬部に生じた有棘細胞癌です。当初は、ご家族も経過観察を希望されていましたが、急速に増大するため、このままではQOLの低下が著しくなると考え、姑息的ではありますが局所麻酔下に切除した例です。幸い手術中も特に問題なく終了しました。 図13 急速に増大する有棘細胞癌を切除した例 外用薬や液体窒素による治療も 皮膚腫瘍の治療に使える外用薬としては、フルオロウラシル軟膏とイミキモドがあります。前者は有棘細胞癌をはじめ多数の皮膚腫瘍に保険適応があり、後者は日光角化症のみが適応となっています。日本皮膚科学会のガイドライン3)によれば、両薬剤は日光角化症とボーエン病には推奨度B、基底細胞癌には推奨度C1となっています。 イミキモドによる日光角化症の治療例を図14に示します。 図14 イミキモドによる日光角化症の治療経過 肉眼的に症状がはっきりしない部分にも潜在的に病変があります。そのため、イミキモドを広めに外用すると、その部分が反応して潰瘍化します 皮膚科ではよく行う治療である液体窒素による冷凍凝固も、日光角化症とボーエン病は推奨度B、基底細胞癌はC1となっています。 * * * 治療については、当然ですがそれぞれの療養者の状況に合わせて、どのような対処をするかについて慎重に決定する必要があります。 最後に 皮膚腫瘍の診断・治療については医師の仕事ですが、特徴を知ることにより、看護の現場で早期に病変を発見していただくことができるかもしれません。 今回でこの連載を終了します。少しでも皆さまのお役に立てましたら幸いです。  執筆:袋 秀平ふくろ皮膚科クリニック 院長東京医科歯科大学医学部卒業。同大学学部内講師を務め、横須賀市立市民病院皮膚科に勤務(皮膚科科長)。1999年4月に「ふくろ皮膚科クリニック」を開院。日本褥瘡学会在宅担当理事・神奈川県皮膚科医会副会長・日本専門医機構認定皮膚科専門医編集:株式会社照林社 【引用文献】1)清水宏:あたらしい皮膚科学 第3版.中山書店,東京,2018.2)長谷川舞,植木理恵,池田志斈:順天堂東京江東高齢者医療センターにおける後期高齢者の皮膚悪性腫瘍統計.臨皮 2024;78(1):83-87.3)土田哲也,古賀弘志,宇原久,他:皮膚悪性腫瘍診療ガイドライン第2版.日皮会誌 2015;125(1):5-75.

血液透析の基礎知識と透析室の1日の流れ 訪問看護の連携のポイントも
血液透析の基礎知識と透析室の1日の流れ 訪問看護の連携のポイントも
特集
2025年5月27日
2025年5月27日

血液透析の基礎知識と透析室の1日の流れ 訪問看護の連携のポイントも

血液透析の基本的なしくみや透析室における1日の流れを詳しく解説し、透析中・透析後のリスク管理、訪問看護と透析室の情報共有や連携のポイントについても紹介。安全で質の高いケアを提供するための実践的な知識をお届けします。 血液透析とは 腎臓は、体内の老廃物や余分な水分を除去し、電解質バランスを調整する働きがあります。血液透析はこの機能を補助する治療法で、1分間に200~300mLの血液を体外に取り出し、ダイアライザーと呼ばれる透析器(人工腎臓)を介してきれいにし、再び体内に戻します(図1)。 通常、血液透析は週3回(月・水・金、もしくは火・木・土)の通院が必要で、1回の治療時間は3~5時間程度です。 健常な方の腎臓は24時間365日働いているのに対し、血液透析ではその10~15%程度の働きしかできず、腎臓の働きを完全に代行することはできません。そのため、血液透析では不足してしまう腎臓本来の機能を補うため、薬剤の投与(内服・注射)や日常生活の管理が欠かせません。 図1 血液透析のしくみ 透析室の1日の流れ 血液透析は特殊な治療であり、透析患者さんのことや透析室で行われていることがよく分からないと感じる方も多いのではないでしょうか。透析室の1日の流れを知ることで、透析治療のイメージを持ちやすくなり、よりよいケアやスムーズな連携につながるのではないかと考えます。ここでは、透析室の看護師の業務を中心に1日の流れをお伝えします。  8:15 出勤・透析開始の準備個々の患者さんに応じた血液透析が開始できるよう準備します。ダイアライザーや血液回路を透析機械にセットし、プライミングを行います。プライミングとは、ダイアライザーと回路内の空気を除去し、清浄化透析液または生理食塩水で洗浄、充填することを指します。  【訪問看護師さんに知っておいてほしいこと】利用者さんに何らかの問題が発生した場合は、早めに連絡を!ダイアライザーや回路の使いまわしはできないため、患者さんが来院できない場合や血液透析を開始できない身体状況だった場合、破棄しなければなりません。利用者さんに何らかの問題が発生した場合は、透析室に早めに連絡をいただけるとありがたいです。前日までの連絡がベストですが、透析室が不在の時間帯であれば、FAXやメールでのご連絡でもOKです。 8:45 朝のミーティング・申し送り 8:50 患者さんの入室・状態確認患者さんが入室したら、バイタルサインの測定、顔色や表情の観察、呼吸状態、歩行状態などを確認します。安全に透析が開始できるかどうかを判断し、必要時には医師へ報告します。連絡ノートの内容も確認します。 【訪問看護師さんに知っておいてほしいこと】出血リスクがある利用者さんは、必ず透析室に情報共有を!透析では抗凝固薬を使用するため、例えば転倒や打撲の既往があるといった出血リスクがある方の場合、抗凝固薬の種類(表1)を変更する必要があります。見た目に問題がなくても、抗凝固薬の影響で透析中の出血リスクが高まります。特に頭部外傷は注意が必要なため、透析室に必ず情報共有をしてください。表1 抗凝固薬の種類 抗凝固薬 適応 特徴 半減期 未分画ヘパリン 状態が安定していて出血傾向のない患者 開始時のワンショットだけでなく、透析中も継続的に使用する 1時間程度 低分子ヘパリン 軽度の出血傾向がみられる患者 半減期が長いため、初回投与のみでの使用が可能 3~4時間程度 ナファモスタットメシル酸塩 出血を起こす可能性が高い患者 抗凝固効果の範囲が血液回路内にほぼ限定される 8分程度 体重測定患者さんの状態を確認したら、体重を測定します。前回の透析後からの体重増加を確認し、体内に蓄積した余分な水分量を判断し、血液透析で取り除く量(除水量)を決定します。この時、服装や靴、コルセットなどが前回と異なると正確な測定ができません。 【訪問看護師さんに知っておいてほしいこと】衣服や付帯品の変更があれば、連絡ノートに記載を!透析室では裸体重を把握するため、衣服や靴の重さを風袋として個別に管理しています。そのため、当院ではご家族や介護施設などには、連絡ノートに新しい衣服や付帯品に関する記載をお願いしています。例えば、図2のように、夏場と冬場で衣服が変わると、その分体重も変動します。コルセットを使用している患者さんの場合は、その重さも考慮しなければなりません。図2 夏場と冬場の衣服による体重の違い夏場は薄めの衣服だが、冬場は厚めのものに変わる。衣服の違いで体重が変動するため、コルセットのような付帯品の有無もチェックが必要。 9:00 透析開始・穿刺バスキュラーアクセス(シャント)の状態(シャント音・スリル・感染の有無)を確認し、穿刺します(>>バスキュラーアクセスについては次回詳しく解説します)。穿刺には、15~16Gの針を2本使用。1本は体内の血液を回収する側(動脈)に刺し、もう1本はきれいになった血液を体内に戻す側(静脈)に刺します。穿刺ミスがないよう集中して行います。太い針を使用するため、多くの患者さんは痛み止めの麻酔テープやクリームを使用しています。 穿刺後、ベッドサイドの透析機械(コンソール)で血液を体外に循環させ、血液透析を開始します。先述のとおり、1分間に200~300mLの血液を体外循環するため、この時間帯は1日の中で最も緊張する場面です。 10:00~13:00 血液透析中の観察と処置血液透析中、血液から尿毒素を取り除き、除水することで、急激な浸透圧の変化(血漿浸透圧の低下)が起こります。また、血液中の水分が除去され血管内水分量が低下することにより循環血液量が減るため、血圧が低下しやすくなります。 特に以下のような場合は、血圧低下やショックに注意が必要です。 除水量が多い ドライウェイト(基礎体重)が合っていない(>>ドライウェイトについては次回詳しく解説します) 心機能が低下している 糖尿病の既往がある 降圧薬を服用している など 透析中の状態を確認するため、30~60分ごとに血圧測定を行います。同時に、患者さんの顔色や意識状態、体動の有無、穿刺部位なども確認し、異常があれば早急に対応します。最近では、認知症患者さんの対応(体動・大声・針の自己抜去など)も増えています。 また、透析中の時間を活用し、患者さんに応じた処置や指導、フットケアや運動療法などを実施します。 11:00~13:00 休憩スタッフが交代で休憩に入るため、透析室内の人員は少なくなります。 13:00 透析終了・止血透析終了後、患者さんのバイタルサインを確認し、医師から指示されている薬剤の確認と投与を行います。注射薬剤の多くは、透析により抜けてしまうため、透析終了直前に投与します。その後、返血(体外循環していた血液を体内に戻すこと)を行い、穿刺針を抜いて止血します。 止血確認後、患者さんは帰宅します。止血が不十分な場合、穿刺口から再出血する恐れがありますので、止血できているか、しっかり確認します。 透析終了後は、血圧低下や急変対応、返血、抜針、止血などにより、透析室内は忙しい時間帯になります。 帰宅の準備透析終了後は循環動態が不安定になっています。特に高齢者や糖尿病患者、循環器合併症がある患者では、自律神経系の異常により血管収縮能力が低下し、透析後に座位や立位になることで、容易に起立性低血圧を起こすことがあるため、注意が必要です。 血圧低下の有無や歩行時のふらつきを確認し、問題なければ再度体重測定を行い、帰宅します(表2)。ちなみに、透析後の体重測定では、計画通りの除水ができたかを確認します。 表2 帰宅前の確認事項 ・ 体重・ 血圧・ 歩行状態・ 顔色・ シャント音・ 止血 血液透析は、体内から老廃物や水分を除去するため、身体に負担がかかります。また、身体に必要な栄養素やエネルギーも消費するため、透析後の疲労感(だるさ)につながります(図3)。患者さんによっては、透析の日は1日中しんどいという方もいます。 図3 透析後の疲労感につながる理由 環境整備患者さんが帰宅した後は、血液回路の片づけ、血液透析装置やベッド周囲の環境整備、ベッドメイキングを実施します。 14:30 患者の情報共有当日の透析記録をまとめ、申し送りやカンファレンスを行い、患者さんの情報を共有します。この時間帯は比較的落ち着いた状態で業務をしています。 16:45 退勤昼のシフトのみの施設では、職員の退勤後は連絡が取れなくなる可能性があるため、その前に連絡しておくとよいでしょう。翌日にかかわる情報は、FAXやメールなどで事前に共有しておくとスムーズです。 1日の忙しくなる時間帯を図にしてみました(図4)。業務負荷が比較的少ない時間帯であれば、透析室との連絡が取りやすいと思います。情報共有が必要な場合は、このタイミングを活用するのも1つの方法かもしれません。参考になれば幸いです。 図4 透析室における1日の業務負荷のイメージ * * * 透析室では、患者さんの状態に応じた迅速な判断とケアが求められます。また、訪問看護との情報共有が重要であり、透析中・透析後のリスク管理が患者さんのQOL向上につながります。透析治療について理解を深めていただき、よりよいケアの提供をめざしましょう。  執筆:熊澤 ひとみ医療法人偕行会 透析医療事業部 副事業部長透析看護認定看護師【職歴】昭和63(1988)年 名古屋共立病院 入職平成11(1999)年 偕行会 セントラルクリニック 異動平成17(2005)年 透析医療事業部 副事業部長令和3(2021)年 医療法人偕行会 法人本部 理事【所属学会】日本腎不全看護学会 監事日本臨床腎臓病看護学会日本透析医学会編集:株式会社照林社

分かりやすい! ALSの病態と症状
分かりやすい! ALSの病態と症状
コラム
2025年5月27日
2025年5月27日

分かりやすい! ALSの病態と症状

ALSを発症して10年、現役医師でもある梶浦先生が、ALSとはどういった病気なのか、分かりやすく解説します。 ALSへの理解がケアやリハに活かされる 「分かりやすい」と自分へのハードルを上げてから書き始めた今回のコラムですが、これには私なりの思いがあります。 これから書いていく具体的な日常生活の工夫やリハビリテーションの工夫を理解して取り入れていただくには、筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは「どんな病気で、なぜこんな症状が起こるのか」を簡単にでも知っておいていただきたいです。そのほうが、なぜこの工夫をするとよいのか、納得しながら実践できますので、より身につきやすいかと思います。 難しいことを難しく書くのは簡単です。ですが、私なりにできる限り簡単に説明しようと、自分を戒めるために今回このようなタイトルにしました。 ALS当事者の方が理解しづらい場合には、支援者である介護士や看護師、リハビリテーションスタッフの皆さんにはこれから説明することをぜひ参考にしていただき、利用者さんにお伝えいただければと思います。 ALS理解の鍵は運動神経のしくみを知ること 人体においての神経系は、機能的に大きく分けると運動神経と感覚神経、自律神経の3つに分類されます(表1)。 表1 人体の3つの神経系 運動神経体を動かす筋肉につながり、脳からの命令を筋肉に伝える神経感覚神経痛い、痒い、冷たい、熱い、何かに触れているなど、さまざまな感覚を脳に伝える神経自律神経体温、心拍、血圧、排尿、排便など、生きていく上で必要な機能を自然にコントロールしてくれる神経 ALSは、この中の筋肉を動かす運動神経だけが選択的に障害され、徐々に全身の筋肉が動かせなくなっていく、進行性の神経疾患です。 この運動神経のしくみを理解することがALSの病態を理解する上で、一番大切になってきます。 例えば、脳で「手を動かしたい」と考えるとします。すると、脳の中の運動神経細胞(上位運動ニューロン)からその命令が神経線維を伝わり、脳幹あるいは脊髄で次の神経細胞(下位運動ニューロン)に命令を伝えます。そして、この命令は下位運動ニューロンの神経線維を伝わり、手の筋肉に到達して手を動かします。 ALSで障害される場所は、脳から下りてくる上位運動ニューロンと、命令の乗り換えの場所(前角細胞)から始まる下位運動ニューロンの両方です。両方が障害されると、結果的に筋肉を動かすことができなくなってしまいます。 注)「運動ニューロン」という言葉が分かりにくい方は、運動ニューロンとは脳からの命令を筋肉に伝える「導線」のようなものだとイメージしてください 上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの働き では、実際上位運動ニューロンと下位運動ニューロンはそれぞれどんな働きをしているのでしょうか? 例えば、皆さんがペンで文字を書くときの繊細な動きをする場合と、りんごをわしづかみにするときの大胆な動きをする場合とでは、力の入れ方を無意識のうちに使い分けていると思います。 これは、上位運動ニューロンと下位運動ニューロンが、お互いにバランスを取り合って、自然な動きになるように力の配分をコントロールしているためです。具体的には、脳からの命令を受けた下位運動ニューロン(下位運動ニューロンは筋肉に直接つながっています)が主に「アクセル」の役割を果たし、筋肉を動かします。一方、上位運動ニューロンは「ブレーキ」として機能し、下位運動ニューロンの「アクセル」の力加減を調整して、力が暴走しないようにしているのです。(図1を参照) 図1 運動神経のしくみ ALSの主な症状 ALSの初期症状は、上肢に現れることが比較的多いですが、患者さんによっては下肢や喉から症状が現れることもあります。進行すると徐々に自分の意思で身体を動かすことが難しくなり、ペンや箸が握れなくなったり、歩行が困難になっていきます。 口や喉が動かなくなると、話す、食べるといった行為が困難になり、誤嚥する可能性も高くなります。さらに進行すると、自身で呼吸することができなくなり、生きていくためには人工呼吸器が必要となります。また、ALSでは筋肉を動かす運動神経のみが選択的に障害されるため、感覚は残ります。また、意識ははっきりしており、精神的な働きは障害されないことも大きな特徴です(例外もありますが)。 次に上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの働きをもとに、ALSに特徴的な症状を紹介します。 筋肉が「ガクガク」と痙攣して治まらない! アキレス腱や太ももなどの大きな筋肉や腱を急に動かすと、「ガクガク」と一定のリズムでその筋肉が動き続けることがあります。これは「クローヌス」と呼ばれる症状で、上位運動ニューロンが障害されることで起こります。つまり、「ブレーキ」が壊れることで、「アクセル」の制御ができなくなっている状態です。 筋肉が勝手にピクピクと動く! 体のいろいろな場所の筋肉が、自分の意思とは無関係に勝手にピクピクと細かく動くことがあります。これは「線維束性収縮」と呼ばれる症状で、下位運動ニューロンが障害されることで起こります。例えるなら、正常なら10本の下位運動ニューロンで動かしていた筋肉を、1本の下位運動ニューロンで動かさなくてはいけないという状態です。1本のニューロンにかかる負担が過度に大きくなり、がんばり過ぎることで勝手に動いてしまっている状態です(図2)。 この症状が起きている部分は、「アクセル」が壊れてきている場所なので、徐々に筋肉が細くなり、動かせなくなっていきます。 図2 下位運動ニューロンの正常な状態と障害された状態(線維束性収縮) ALSの4大陰性徴候とは ALSは全身の筋肉が動かせなくなっていく病気ですが、出にくい症状というものが4つほどあり、4大陰性徴候といいます。 (1)目は最後まで動かせる!手足や身体・顔がまったく動かなくなっても、目を動かす筋肉が最終的にある程度は残ることが多いです。(2)尿意や便意はがまんできることが多い! 尿道や肛門をキュッと締める括約筋も筋肉ですが、障害は受けにくいです。つまり、尿や便が勝手に漏れて、垂れ流しにはなりにくいということです。(3)感覚障害が起こりにくい!これは最初のほうでも書きましたが、見たり聴いたり、味覚を感じたり、冷たさや痛さなどを感じる感覚は最後まで残ります。(4)「褥瘡」、いわゆる“床ずれ”ができにくい!徐々に寝たきりになっていきますが、褥瘡はできにくいです。これは(3)で書いた、痛みなどの感覚は最後まで残ることが関係します(床ずれは痛いです)。 * * * これまでの症状を読まれた方の多くは、「感覚は残るのに動けないなんてつらすぎる……」と思われるかもしれません。ですが、このALSに出にくい症状を前向きに捉えて、うまく日常生活の工夫に取り入れていくことが、困難な状況の中でも、日々の生活をできる限り豊かにしていく方法なのだと思います!! なので、今後このコラムでALSの4大陰性徴候を活用して快適に生活する具体的な方法を書いていこうと思います。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

渡辺式家族アセスメント 関係性検討と援助の方向性【セミナーレポート後編】
渡辺式家族アセスメント 関係性検討と援助の方向性【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年5月20日
2025年5月20日

渡辺式家族アセスメント 関係性検討と援助の方向性【セミナーレポート後編】

NsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「家族看護~渡辺式家族アセスメント/支援モデル 導入編~」(2025年2月21日開催)のテーマは、家族看護に活用したい「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」(以下、渡辺式)。開発者の渡辺裕子さんをお招きし、その活用方法を詳しく教えていただきました。セミナーレポート後編では、渡辺式全5ステップのうち3〜5と、検討にあたって意識したいポイントをご紹介します。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら家族看護 「渡辺式」とは? 場面と登場人物の整理【セミナーレポート前編】>>関連記事「家族看護」シリーズ一覧 【講師】渡辺 裕子さんNPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会 理事長/「渡辺式」家族看護研究会 副代表千葉大学大学院 看護研究科を修了後、市町村保健師として勤務。その後「家族看護研究所」「家族ケア研究所」を立ち上げ、2022年から現職。患者とその家族、職場の人間関係に悩む看護職を長年サポートしている。 ステップ3:対象者と援助者の関係性を検討する 対象者と援助者の関係性を検討します。本事例では、以下のような悪循環が生まれていることが見えてきました。 長女と母親長女は母親に対して苛立ちをぶつけ、甘える。しかし、母親に受け流されるため、さらにぶつける。母親は余計にしんどくなってまた受け流す。長女と訪問看護師長女は訪問看護師の前で両親を怒鳴ることで、不満を訴えている。訪問看護師は対処法がわからず、訴えを聞き流す。長女はますます強く訴える。母親と訪問看護師訪問看護師は母親を心配して気遣うが、母親は取り繕い、ますます気になる。 ステップ4:力関係と両者の心の距離感を検討する ステップ4では、ステップ3で整理した関係性をさらに細かく見ていきます。具体的には、「パワーバランス」の検討、相手との間に本来必要なパートナーシップを構築できているかを考えましょう。なお、「本来必要なパートナーシップ」とは、以下の条件を満たすものです。 パートナーシップの条件1. 利用者さんとご家族、援助者が対等である2. お互いの専門性を尊重し、相手に足りないものを交換し合う(訪問看護師は看護の、ご本人やご家族は「利用者さんの人生」の専門家)3. 望ましい心理的距離を保てている4. 目標を常に共有する5. 援助者はできる限りのサポートを提供し、利用者さんやご家族に力を発揮してもらい、協働する 本事例では、長女の訴えのパワーが適正範囲(ベースライン)を超えています。一方の訪問看護師は「あまり関わりたくない」という思いもあり、パワーが低い状態です。 また心理的距離についても、長女はバウンダリー(心の境界線)を超えて訪問看護師のほうに近寄っており、訪問看護師はやや逃げ腰です。 ステップ5:アセスメントをもとに、支援方策を考える ステップ5では、ここまでのアセスメントをもとに、「5つの柱」を意識しながら支援方策を立てます。 援助の方向性5つの柱1. 悪循環を是正する2. パワーバランスや心理的距離の乱れを是正する3. 背景の中で変えられるものにアプローチする4. ストレングスに働きかける5. 課題を共有し、今後の方向性を話し合う 「悪循環の是正」の観点では、聞き流される度に長女の訴えがエスカレートする状況を変えなければなりません。 「パワーバランスや心理的距離の乱れを是正する」という観点では、長女のパワーを下げて訪問看護師のパワーを上げること。つまり適正なバウンダリーを守り、よい距離感をキープすることを目指す必要があるでしょう。 「背景の中で変えられるものにアプローチする」では、ステップ2で整理した背景から、すぐに変えられそうな要素に焦点を当ててアプローチします。ポイントは、チームで取り組むこと。チームで考えれば「声のかけ方がわからない」という悩みは早期に解決できるかもしれません。また、「家族の問題にどこまで関わるべきかわからない」という悩みについても、組織としての判断を検討すると、自身の後ろに支えがあることを実感でき、訪問看護師のパワーの向上につながるはずです。 「ストレングスに働きかける」のは、家族看護において必須。問題ばかりを見ず、どの家族にもある強みに目を向けましょう。 最後の「課題を共有し、今後の方向性を話し合う」では、Aさんの介護をどうしていきたいかを、対象人物みんなで改めて考える必要があります。 具体的な支援方法の案 上記をふまえると、以下のような支援方法が考えられます。 支援方法1長女の背景に焦点を当てて気持ちを想像し、更年期障害の可能性も検討しながら、訴えを受け止める。長女の困りごとを一緒に考える姿勢をもつ。[理由/目的]・悪循環が是正され、心理的距離も少しずつ変化するはず。・長女への理解が深まることで、「援助者を困らせる人」ではなく「困っている人」なのだというリフレーミングが起こる。支援方法2カンファレンスで情報を共有の上、介入の必要性の有無を検討し、チームとして意思決定する。[理由/目的]・訪問看護師のパワーが上がる。支援方法3対象人物の訪問看護師には同行訪問の機会を設け、同僚の対応を見られるようにする。また、長女にかける言葉はチームで検討する。[理由/目的]・訪問看護師の背景に働きかける。支援方法4訪問スケジュールに余裕をもたせる。[理由/目的]・「中途半端な関わりになることへの不安」の解消を目指す。支援方法5長女、母親、訪問看護師で介護の体制について再度話し合う。[理由/目的]・母親にも長女にも過剰な負担がかからない体制をつくる。 このように、分析結果をひとつの仮説として捉え、支援方策を考え実施します。その後、その結果を評価し、さらなるアセスメントを繰り返すことで、支援の質を向上させていきます。 シート作成のポイント 人間関係見える化シート(R)の目的は、完璧に埋めることではなく、支援の糸口を探すことにあります。具体的な支援方法をなかなか見出せない事例もあるかと思いますが、理解が深まるだけでも、援助者の関わり方や対応が変わることもあるでしょう。 なお、このシートは、「誰が悪いか」を決めるものではありません。対象人物の言動の理由や根拠を認め、悪循環を見つけることで、現状を正しく理解しましょう。それができれば、中立性を保持できます。 * * * 渡辺式家族アセスメント/支援モデルは、利用者さん・ご家族への支援を構造的に捉え直す手がかりとなります。家族看護に悩んだ際は、ぜひ渡辺式を使い、現状を俯瞰した上で具体的な方策を考えてみてください。また、人間関係見える化シート(R)を職場内で共有し、共通の視点や枠組み、言葉で語り合える仲間を増やすのも重要なポイントです。本稿が、利用者さんやご家族との関わりにおける課題の整理や問題解決を考える上で少しでもお役に立てれば幸いです。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

第3回みんなの訪問看護アワード 投稿エピソードを深掘り【特別トークセッション 後編】
第3回みんなの訪問看護アワード 投稿エピソードを深掘り【特別トークセッション 後編】
インタビュー
2025年5月20日
2025年5月20日

第3回みんなの訪問看護アワード 投稿エピソードを深掘り【特別トークセッション 後編】

2025年3月8日(土)に、東京駅からすぐのイベントホール「My Shokudo Hall & Kitchen」にて開催した「第3回 みんなの訪問看護アワード」表彰式。ファシリテーターに特別審査員の長嶺由衣子さんを迎え、受賞者の皆さんとトークセッションを開催しました。後編では、エピソード投稿のきっかけや書ききれなかった想いを深掘りしていきます。 >>前編はこちら第3回みんなの訪問看護アワード 訪問看護師になった理由【特別トークセッション 前編】 【ファシリテーター】長嶺 由衣子(ながみね ゆいこ)さん東京科学大学 公衆衛生学分野 非常勤講師【登壇者】有川 美紀(ありかわ みき)さん八幡医師会訪問看護ステーション(福岡県)「みんなの訪問看護アワード2025」入賞投稿エピソード「訪問看護の『正解』とは」松橋 久恵(まつはし ひさえ)さん株式会社メディハート 訪問看護ステーションそら(東京都)「みんなの訪問看護アワード2025」入賞投稿エピソード「私たちの足跡は残さない」 服部 景子(はっとり けいこ)さん愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう(北海道)「みんなの訪問看護アワード2025」審査員特別賞投稿エピソード「意思疎通、出来ます。」 ※以下、本文中敬称略※本記事は、2025年3月時点の情報をもとに構成しています。 『正解』に悩みながらも、再び前を向く 長嶺: ここからは皆さんのエピソードを深掘ってディスカッションしていきたいと思います。まずは有川さんから、どうしてこのエピソードを投稿しようと思ったのですか? 有川: はい。エピソードを投稿するときは、ちょうど利用者のNさんが亡くなられて間もないタイミングで、「本当にこの関わりで良かったのだろうか」とモヤモヤを抱えていました。そんな時に投稿をすすめていただいたので、エピソードにまとめてみることにしたんです。 長嶺: ALS(筋萎縮性側索硬化症)は人によって経過が大きく異なりますし、関わり方に悩む訪問看護師さんも多いと思います。交流会に「絶対に行かない」と言われた時は、どのようなアプローチをされたのでしょうか。 有川: 交流会の話が出る前から、Nさんは「やりたいことは全部やったから」とおっしゃり、外出には消極的で、寝たきりの時間が増えていました。でも、私たちがサポートに入れば、近所へのお花見や奥様との外出も十分に可能な状態だったので、「まだまだ目標を持てるのに……」と思っていたんです。そこで私は「どうして行きたくないのか」を、利用者さんの気持ちに寄り添いながら丁寧に聞いていきました。すると、車椅子での移動やお手洗いのことなど、外出時の不安を教えてくださいました。 それからは、リハビリスタッフとともに利用者さんの不安を一つひとつ解消していきました。スタッフが会場の下見をし、Nさんと車椅子選定をして、当日のスケジュールも綿密に決めていきました。最終的には奥様の後押しもあって、ご参加いただけることになったんです。 長嶺: 専門職から見たら、「まだまだできることがある」と評価し、支援したくなる気持ちと、ご本人の意欲が乖離している場合、アプローチすることは医療者のエゴなのでは……と悩むこともありますよね。有川さんは、リハビリスタッフとともに信頼関係を築き上げ、丁寧に利用者さんの不安を解消していったのだろうと思います。交流会参加後は、利用者さんやご家族にどのような変化がありましたか? 有川: 参加直後はNさんもご家族もとても喜んでくださり、私たちも嬉しく感じていました。しかしその後、利用者さんが涙もろくなったり、「息が苦しい」と訴えたりすることが増え、体調を崩されてしまい……。私の中では悔いが残っています。エピソードタイトルにもあるように「訪問看護の『正解』とは」を改めて考えるきっかけになりました。でも、奥様のあたたかな声かけによって「よし!また頑張ろう」と前向きになることができ、今後より良い看護をしていくための原動力になっています。 長嶺: 私もALSの方と向き合う時は、常に「関わり方」を問われているように感じます。貴重なご経験を共有いただきありがとうございました。 家族を想い続けた利用者さんの気持ちを代筆 長嶺: 続いて松橋さんは、若年性のがんを患われた女性のエピソードを投稿してくださいました。投稿のきっかけを教えてください。 松橋: 私は、以前から亡くなった方についてノートにまとめて振り返りをしてきたのですが、ノートに書き留めていた彼女のことがまっさきに思い浮かんだんです。彼女は訪問に伺っても、つらいことや症状について話すのは始めの10分程度。残りの時間はずっとご家族の話をしてくださいました。そんな彼女の言葉が次々と頭に浮かんできたので、このエピソードを書くことにしました。 長嶺: いつもご家族の話を聞かせてくださっていたんですね。利用者さんのご家族が幼い場合、闘病の様子をあえて見せる場合と、見せない場合とがあると思うのですが、今回はどういう経緯で隠すことになったのでしょうか? 松橋: あえて「隠す」というよりも、彼女のお話やご自宅の様子から、自然と私たちの足跡は残さない結果になったんです。お部屋の中はお子さんたちの描かれた絵でいっぱいでしたし、彼女は「平然と生きていたい」とおっしゃっていました。ご家族の前では平然としていたい。けれども平然とできないこともあり、そうした部分を私たち訪問看護でサポートするために、自然と足跡を残さない看護をすることになりました。 長嶺: そうだったんですね。お薬をファイルにセットしてさらに本棚に入れるというアプローチも素晴らしいと思ったのですが、なぜそのアイデアに至ったのでしょうか? 松橋: 彼女はどんな薬か一つひとつ確認してから飲みたいとおっしゃっていましたが、お薬カレンダーに入れてしまうと、それが難しくなります。また、お子さんたちの素敵な絵がいっぱいのお部屋にお薬カレンダーを飾るのは相応しくないと感じました。ファイルなら、月曜の朝の薬はこれ、夜の薬はこれ、火曜日は……とページごとにファイリングして、彼女自身も薬の内容を確認しながら飲むことができますので、その方法を活用していました。 長嶺: 非常に勉強になりました。お手紙は松橋さんが代筆されたとのことですが、どんな風に書いていったのでしょうか? 松橋: 彼女はいつも、お子さんの名前の由来やご主人との馴れ初め、大切にしているご友人とのエピソードなどを楽しそうに話してくださったんです。だから、私の頭の中には、彼女の言葉がまるで録音テープから流れるようにすーっと出てきたので、その言葉をそのまま書いたという流れです。病状が進む中で、書きたい気持ちはあるものの「書く気になれない」とおっしゃったので、私が書いてよいか確認した上で、代筆しました。 長嶺: 訪問看護ならではの素敵なエピソードをありがとうございました。 「困難事例」といわれたケースへのアプローチ方法 長嶺: 続いて服部さん、エピソードを投稿しようと思ったきっかけを教えていただけますか? 服部: はい。トシ子さんは、当初「困難事例」と言われていましたが、次第に表情が柔らかくなり、できることが増えていきました。所長やケアマネジャーさんたちからも「トシ子さん、すごく変わったね!」と言われ、ぜひ皆さまにもこのエピソードをお伝えできればと思い、投稿しました。 長嶺: このエピソードを読んで、まさに看護のプロフェッショナリズムだと思いました。服部さんのような看護師さんとご一緒させていただくと、私たち医師もすごく助けられる場面が多いと思います。「意思疎通不可」「サービス利用をさせてもらえません」と言われる方は少なくないと思いますが、どうアプローチされていますか? 服部: 私自身も病院で勤めていた時には、サマリーの入力欄に『意思疎通「可」「不可」』のチェック項目しかなく、乱暴な共有をしていたと反省しています。だからこそ、実際に伺ってみて、利用者さんから何を求められているのか、何ができて何ができないのかという情報整理から始めています。 長嶺: 私も自分の目でご本人の状態を確認するところから始めますが、後からサマリーを見返すと「意思疎通不可」と書かれていて、自分のアセスメントとのギャップを感じることがあります。「困難事例」といわれているケースについて、どう思いますか? 服部: 利用者さん自身が困難なのではなく、それを受け取る「私たち」が困難なのかなと思っています。 長嶺: 確かに、「困難」と感じる側の課題であることは多分にありますね。体制の問題もありますが、私たちがどれだけ人を受け入れるキャパシティがあるかどうかというところにかかっているのではないかと思います。 今回のエピソードでは、スタートからどれくらいの期間で利用者さんのSOSに気付くことができたのでしょうか。 服部: これまでの経験上、お通じが整っていないとさまざまなトラブルが起こる印象があり、実は始めから「お腹が原因ではないか」とは思っていました。ただ、当初はバイタルサイン測定もお腹を触ることも難しい状態でした。 そうした中、4回目の訪問に伺うと、私がご自宅に入る前にトシ子さんが娘さんに大声をあげている声が聞こえてきたのです。「これは訪問看護やデイサービスが嫌だからではなく、娘さんに何かSOSを発しているのでは?」と感じました。そこで、娘さんに「これは感情失禁や認知症ではなく、何か意味があるはず」とお伝えすると、「実は私もそう思ってるんです!」と笑顔を見せてくださいました。娘さんの緊張が解れた様子をトシ子さんもしっかりと見ていて、その後から急にトシ子さんが私と目を合わせて「ううん!!」と声をあげてくださるようになり、エピソードに書いた流れでお腹のSOSに気付けました。娘さんの心のバリアを解す声かけができたことが、その後のスムーズなケアに繋がったのではないかと自分では考えています。 長嶺: 私も経験上、「困難事例」と言われている方の中には、「食事」「排泄」「睡眠」のどれかがうまくいっていないだけで、それを改善するとみるみる状態がよくなることが多いなという印象があります。 皆さん、本日は本当に学びになるお話をありがとうございました。 執筆: 高橋 佳代子取材・ 編集: NsPace編集部

家族看護 「渡辺式」とは? 場面と登場人物の整理【セミナーレポート前編】
家族看護 「渡辺式」とは? 場面と登場人物の整理【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2025年5月13日
2025年5月13日

家族看護 「渡辺式」とは? 場面と登場人物の整理【セミナーレポート前編】

2025年2月21日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「家族看護~渡辺式家族アセスメント/支援モデル 導入編~」を開催。家族看護に役立つ「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」(以下「渡辺式」)について、開発者である渡辺裕子さんが、具体的な事例を挙げながら教えてくださいました。セミナーレポート前編では、渡辺式の基礎知識と、全5ステップのうち1~2をまとめます。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】渡辺 裕子さんNPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会 理事長/「渡辺式」家族看護研究会 副代表千葉大学大学院 看護研究科を修了後、市町村保健師として勤務。その後「家族看護研究所」「家族ケア研究所」を立ち上げ、2022年から現職。患者とその家族、職場の人間関係に悩む看護職を長年サポートしている。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは 渡辺式は、訪問看護師をはじめとした援助者が利用者さんとそのご家族との関わりに悩んだ際に、「ことの全容」を明らかにし、援助の方向性を導き出すための思考過程です。 渡辺式の3つの特徴 援助に行き詰まりを感じた場面や時期を特定した分析ツールある程度の期間支援を継続している中で、悩みや気持ちのモヤモヤが発生した際に有効な「渡辺式シート」。局面を特定して理解を深める。 援助者自身をも分析対象とする悩みは相手と援助者との関係の中で起こるため、援助者自身の思いや行動も分析対象とする。 個々の理解から関係性へと視点を拡げるツール複数の人を対象としている。分析対象人物を個々に掘り下げた先に、人間関係が見えてくる。 「渡辺式シート」とは 渡辺式家族アセスメント/支援モデルでは、支援を考えるときの思考の流れを整理できるように、「渡辺式シート」※というツールがあります。このシートは、次の3つのパートで構成されています。※NPO法人 日本家族関係・人間関係サポート協会のウェブサイトより「渡辺式シート」のダウンロードが可能です。 ● I:事例情報シート● II:人間関係見える化シート(R)● III:支援方策・実施・評価シート なかでも「Ⅱ:人間関係見える化シート(R)」は、ご家族の関係性を整理しながら、どこに支援の手がかりがあるかを見つけていくのに役立ちます。複雑な背景があるケースでも、整理して考えられるようになります。援助者が利用者さんやご家族に日頃から寄り添い、理解を深めても、自身を含めた人間関係の全容把握は難しいもの。このシートを使って全体を俯瞰していきます。 なお、人間関係見える化シート(R)は、チームメンバーで思考過程を共有する際に使うことを想定してつくりました。事例検討会やカンファレンスでぜひご活用ください。 >>関連記事家族看護とは何か、看護職に求められることは【総論 前編】家族看護 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは【総論 後編】 事例紹介「Aさん(80代前半/男性)の家族看護」 人間関係見える化シート(R)の内容は、以下の5ステップに分かれています。Aさんの家族看護事例1)を使って説明していきましょう。 Aさん(80代前半の男性)主病名・既往歴脳梗塞(7年前に発症)、肺気腫生活歴30代後半から飲食店を経営。脳梗塞の発症をきっかけに、70代半ばで店を引退。日常生活自立度要介護4。胃ろうを造設しており、車いす生活。排泄はおむつを使用。自発語は出にくいが意思疎通は可能。Aさんの家族妻:70代。明るく社交的な性格。介護の実働を担う。長女:50代。Aさんの店を長年手伝い、経営の管理を担当。結婚歴はなし。介護に関する諸手続きや対外的な対応、サービスの決定を担う。肩の痛みを訴えている。長男:別居。年に数回帰省するのみで、介護にはノータッチ。 対応に困難をきたしたできごと 本事例における訪問看護師の困りごとは、長女の言動です。AさんのADLが低下して介護量が増加したことに伴い、訪問看護師の前で両親に罵声を浴びせるようになりました。 長女から母親へ「ややこしいことを私に押しつけて、お母さんは自分勝手! こんな人生になると思わなかった」と、体の不調や自分が思うように生きられないのは「家の犠牲」になったせいだと主張。長女からAさんへ「親を介護する娘は早死にするんだって。私はお父さんより先に逝くかもしれない」と発言。 訪問看護師はこうした言動が目に余ると感じながらも、声の大きな長女に苦手意識があり、圧倒されていました。また、訪問時間が限られていることもあり、中途半端に関わって火に油を注ぐことにならないかと懸念もしています。 本事例でどのように渡辺式を活用するか、具体的に見ていきましょう。 ステップ1:検討場面の明確化 基本的には事例提供者ファーストで判断するので、訪問した看護師の希望に沿って、今回は「長女が母親を怒鳴る場面」とします。 次に「対象人物(誰に焦点を当てるか)」を整理。この場面では訪問看護師と長女、母親になるので、以下のようにシートに記入します。 ステップ2:対象者と援助者の言い分を明らかにする 「困りごと」「対処」「背景」の3つを整理しましょう。人の行動の裏には必ず理由があるため、対象人物の皮膚の内側に入ったような気持ちで考えてください。 長女困りごと自分でもコントロールできない苛立ち対処両親に暴言を吐いて気持ちをぶつける背景 ・人生に対する不満足感 ・やりがいの喪失 ・将来への不安 ・兄弟間で感じる理不尽 ・Aさんの現状への悲しみと苛立ち ・両親への甘え ・ストレス発散の機会がない ・更年期のホルモンの乱れ 母親困りごと娘から怒鳴られ、暴言を吐かれる対処聞こえないふりをして無言を貫く背景 ・言い返さないほうがよいという経験からの判断 ・長女の勢いに圧倒され、対応方法がわからない ・介護の疲れ ・ことを荒立てたくない気持ち ・自分さえ我慢すればよいという判断 ・長女に負担をかけていることへの親としての負い目 訪問看護師困りごと訪問中に長女が両親に暴言を吐く対処ケアに集中して聞こえないふりをする背景 ・長女への苦手意識 ・どう声をかけるべきかわからない ・長女の苛立ちを受け止める自信がない ・中途半端な関わりになることへの不安 ・家族の問題にどこまで関わるべきかわからない ・できれば面倒なことに関わりたくない気持ち こうして推察すると、対象人物の言動の意味や物語を理解しやすくなります。上記は仮説ですが、それが支援の第一歩になるのです。 次回は、前編に引き続き、渡辺式全5ステップのうちステップ3〜5を取り上げます。援助者と利用者さん・ご家族との関係性や、それぞれの力関係・心理的距離について具体的に検討しながら、支援を進める上で意識したいポイントを解説します。 >>後編はこちら渡辺式家族アセスメント 関係性の整理と援助の方向性【セミナーレポート後編】>>関連記事「家族看護」シリーズ一覧 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【引用】(1)渡辺 裕子監修(著),中村 順子,本田 彰子ほか(編)「家族看護を基盤とした地域・在宅看護論 第6版」東京,日本看護協会出版会,2022,P110-119,

私は難病ALSを発症して10年になる44歳の現役医師です
私は難病ALSを発症して10年になる44歳の現役医師です
コラム
2025年4月30日
2025年4月30日

私は難病ALSを発症して10年になる44歳の現役医師です

「enjoy!ALS」の第2弾が始まりました!今回のシリーズでは、梶浦智嗣先生に寄せられた在宅療養に関する疑問や悩みをもとに、さまざまな疾患の方にも役立つ実践的な情報をお届けします。 再開!「enjoy!ALS 2」 皆さん、こんにちは。私は2021~2023年までの2年間、こちらで「enjoy!ALS」のタイトルでコラムの連載をしておりました。 ありがたいことに、連載が終了してからもたくさんの反響をいただきました。訪問看護師さんや訪問リハビリスタッフさん、在宅療養中のALS当事者の方やその介護士の方々から、「今このような状況なのですが、この場合どうすればよいでしょうか?」との質問が多く寄せられ、実際に家に来ていただいて説明したこともありました。質問の中には工夫次第で解決できるものも多くあり、似たような質問も少なくありませんでした。 いただいたご質問の一部をご紹介します。 【訪問看護師さん】・侵襲の少ない気管吸引や鼻・口吸引のコツ・安全な人工呼吸器のホースの固定方法 など【訪問リハビリスタッフさん】・体や胸郭(肺)の拘縮予防に関するリハビリテーションの工夫【ALS当事者】・安楽な体位(仰臥位や座位、側臥位)のとり方・身の回りに置く必要がある物品(人工呼吸器や吸引器、吸引カテーテルなど)の配置方法・最新のコミュニケーションツール(コミュニケーション方法全般)・ALSの最新の治療について など 実際の在宅療養の現場では、居住スペースの広さや環境は整っているか、ケアに必要な物品が充実しているか、介助者の人数は足りているか、当事者がどこまで積極的なケアの介入を望んでいるかなど、家庭ごとに状況が異なります。そのため、個々に合ったケアプランを立てていく必要があり、なかなか皆さんに共通して当てはまるよいケア方法を見つけていくのは難しいのが現状です。 ただ、そんな中でも皆さんが困っていることには似ているところも多くありました。そこで、ALSに限らず、在宅療養を必要としている、さまざまな疾患の皆さんにも応用できる内容を「enjoy!ALS 2」として、連載していく運びとなりました。 連載終了後の私の経過と現在の状況 はじめに、前回の連載が終了してからの2年間の私の経過と現在の状況を説明させていただきたいと思います。 体調面での大きな変化はなし すでに4年前くらいから全身の運動機能はほぼ全廃しておりましたので、ほとんど変わっていません。唯一自分の意思で動かせるわずかな嚥下機能と噛む力も、さほど変わらず残っていますので、工夫をした飲食方法(>>「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!参照)や歯を使ったタブレット端末の操作(今後の連載で詳しく書きます)は現在もできています。 呼吸機能は、毎日の呼吸リハビリテーション(こちらも今後の連載で詳しく書きます)のおかげで、気管切開を行い侵襲的人工呼吸器(TPPV)を着けた4年前と比べても全然変わっていません。(むしろ、呼吸器の設定は変えていないのに、座位での一回換気量は上がっているので、よくなってるともいえます!) ただ、まぶたを上げる力の低下(眼瞼下垂)と目を動かす力の低下は徐々に進んできています……。 仕事面では新しく始めたことも 約2年前より、訪問診療を行っている「さくらクリニック」の中野の本院と練馬の分院で皮膚科医として働くようになりました。私のように在宅療養を必要とする患者さんたちの主治医と情報を共有して連携しながら、皮膚病変の診療を行っています。 このような体で、どのように患者さんたちの診療しているのか、皆さん、想像できないと思います。参考までに、下記に実際のカルテの一部を載せておきます(図1)。 図1 実際のカルテ(一部) ODT:occlusive dressing technique ※カルテの掲載に関しては、本人・家族、関係者の了承を得ています。 その他、コラムの執筆を行ったり、医師向けのサイトで全科横断コンサルトドクターとしても活動しています。 * * * 以上のように、私の経過を書かせていただきましたが、客観的に見て、私のALSの進行スピードは特別速くもなく、遅くもなく、標準的な範囲だと思います。 たとえALSを発症して10年も経ち、運動機能がほぼ全廃し、声も出せず、人工呼吸器を装着していても、適切なリハビリテーションと、日々の生活の工夫次第で、今までとはまったく違う形で自分らしい充実した人生を見つけていけると私は信じています! ALSを知ってほしい:私の経験から伝えたいこと 今はまだ、日々の診療もコラムの執筆もすべて、歯のわずかな噛む力でタブレット端末を操作して行えています。しかし、ALSは進行性の病気であり、正直に言って、私もあとどのくらいの期間文字を打てるかは分かりません。 それでも、文字が打てるうちに、たとえALSと診断されたとしても「生きたい」と願う人が生きる希望を持てる世の中をつくりたいと考えています。私の10年間にわたる闘病生活の経験と医師としての知識を生かして、後に続く同じ病気の方々の生活が少しでも豊かになるよう、ALS当事者や支援者の皆さんにとって参考になる情報を具体的に、分かりやすく書いていこうと思っています。 そのためには、まず、ALS当事者や支援者の皆さんが、少しでもよいのでALSという病気・病態について理解していただくことが大切と感じています。どんなことができなくなり、何が最後までできるのかを、私なりに説明してから、冒頭でご紹介した皆さんからの質問に答えていく形でコラムを書いていきたいと思います。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

水疱性類天疱瘡とは? 原因や症状、ケアの注意点が分かる【多数の症例写真で解説】
水疱性類天疱瘡とは? 原因や症状、ケアの注意点が分かる【多数の症例写真で解説】
特集 会員限定
2025年4月30日
2025年4月30日

水疱性類天疱瘡とは? 原因や症状、ケアの注意点が分かる【多数の症例写真で解説】

在宅療養者によくみられる皮膚症状を、皮膚科専門医の袋 秀平先生(ふくろ皮膚科クリニック 院長)が写真を見比べながら分かりやすく解説。今回は水疱性類天疱瘡を取り上げます。これだけは知っておきたい基本的な知識をお伝えします。  本記事では基本的に日本皮膚科学会策定のガイドライン『類天疱瘡(後天性表皮水疱症を含む)診療ガイドライン』に沿った記載をしておりますが、一部筆者の私見も含まれております。その点を踏まえてお読みいただければ幸いです。 水疱症 外傷、熱傷、虫刺され、接触皮膚炎などでも水疱は形成されますが、通常「水疱症」(すいほうしょう)という場合は自己免疫性または遺伝子の異常による先天性の特定の疾患を指します。後者の表皮水疱症という遺伝性の疾患はまれですのでここでは述べません。 自己免疫性水疱症には、表皮細胞間の接着構造に対して抗体をつくってしまう天疱瘡(てんぽうそう)群と、表皮と真皮の結合部位に対して抗体をつくる類天疱瘡(るいてんぽうそう)群があります。類天疱瘡群は類天疱瘡と後天性表皮水疱症に大別され、さらに類天疱瘡は水疱性類天疱瘡(bullous pemphigoid:BP)と粘膜類天疱瘡に分類されます(図1)。今回は頻度が高く問題になることが多いBPについて述べたいと思います。図1 水疱症の分類 高齢者に多い水疱性類天疱瘡(BP) BPは高齢者に多く、全国の患者数は、資料によって約7,000~8,000人と記載されている場合もあれば、約15,000~20,000人と記載されている場合もあり、正確には不明です。筆者の感覚では軽症の患者さんを含めればもっと多く、「それなりの規模の高齢者施設であれば、1人や2人の患者さんがいても不思議はない」という印象です1)。 神経疾患(脳梗塞、認知症、パーキンソン病など)との合併や悪性腫瘍との合併率が高いことも指摘されていますが、どちらも因果関係ははっきりしていません。後者に対しては、可能であれば侵襲のない範囲での検索を考慮してもよいでしょう。 自己抗体が基底膜を破壊しBPが発症 表皮と真皮は基底膜という構造で接着されています(図2)。BPでは、この接着に関与するタンパク質に対する自己抗体がつくられ、基底膜が破壊されることによって症状が発生します。基底膜を構成するタンパク質にはいくつかありますが、主なものはBP180とBP230です。それぞれに対する抗BP180抗体と抗BP230抗体が産生されます。 なお、天疱瘡群は、表皮または粘膜上皮の細胞を接着するタンパク質に対する自己抗体がつくられることによって生じます。 図2 表皮・真皮間の微細構造 典型的な症状は水疱とかゆみ 典型的な例では水疱が多数出現します(図3)。基底膜が破壊されると、表皮と真皮の間に隙間ができて水疱が生じます。表皮全体が水疱の「蓋」になるため水疱の膜は厚く、中には液体が充満してテンションが高くなることから「緊満性」水疱と呼ばれます。水疱が破れるとびらんになります。 図3 BPでみられるさまざまな水疱 A:緊満性水疱とびらんを認めます。B:浸潤のある紅斑局面があり、その中に小さい水疱や大きい緊満性水疱がみられます。C、D:緊満性水疱、びらん、痂皮などが多数みられ、皮膚の症状としては重症の例です。E:診察するタイミングにもよりますが、この例のように血痂(「けっか」と読む。血液が乾固した状態のもの)やびらんがメインで、緊満性水疱が見当たらない場合もあります。 一方で、先に述べた尋常性天疱瘡では水疱は表皮内に生じます。水疱の蓋が薄く、すぐにびらんになってしまいます(図4)。水疱の中に出血して血疱になったり、診察する時期によっては水疱がつぶれて乾燥していたり、痂皮になっている場合もあります(図5)。 BPはかゆみが強いことが多く(「痒みシュラン」2)の三ツ星です)、炎症も起こるため紅斑もみられます。しかし、はっきりした水疱がみられないこともあるため注意を要します。 今回は省略しますが、結膜や口腔内、性器などの粘膜に病変が出る例(粘膜類天疱瘡)や、水疱が目立たず結節を形成する例(結節性類天疱瘡)もあります。 図4 尋常性天疱瘡 水疱蓋が薄いため、すぐにびらんになってしまいます。 図5 血疱や血痂となった例 水疱内に出血して血疱となり、さらにそれが破れて乾燥し、血痂になったもの/なりつつある状態が混在しています。 鑑別に迷うことがあり、意外に多くみられる疾患がネコノミ刺症(ししょう)です(図6)。BPと同様に緊満性水疱となりますが、ノミが跳ぶ高さである足首や下腿に水疱が集中する、野良猫が周囲にいるなどのエピソードから鑑別します。難しい場合は抗体の検査も考慮します。 図6 ネコノミ刺症 BPの検査と診断 BPは血液検査、蛍光抗体、皮膚生検から診断を行います。 (1)血液検査 血液中の抗BP180抗体の有無を調べます。2018年から保険収載されるようになり、BPの診断の助けになっています。これに加えて白血球中の好酸球の割合が増加したり、IgEが上昇したりする場合もあるため参考にします。 いくつか、注意点があります。a)一定の割合で抗BP180抗体が検出されず、抗BP230抗体が陽性となる例がある臨床症状でどちらの抗体が出そうか区別できれば楽ですが、今のところはっきりしていません。b)抗BP180抗体と抗BP230抗体の両者ともに陽性になることもある最初から両方検査したいものですが、抗BP230抗体は保険収載されていないので、自費での検査になります。検査会社によっても異なりますが、8,000円程度の費用がかかることが多いです。c)当初陰性であった自己抗体が、その後陽性になることもある症状からBPを疑ったにもかかわらず、抗BP180抗体が陰性で、その後時間をおいた再検査で陽性になった例を多数経験しています。 (2)蛍光抗体 直接法皮膚生検を行い、病変部(ここでは基底膜部)に自己抗体である免疫グロブリン(や補体)が沈着しているかどうかを、蛍光標識抗体を用いて調べる検査です。 間接法患者さんの血清が別の皮膚組織に反応するかどうかを評価する方法です。 (3)皮膚生検 皮膚生検では、まずヘマトキシリン・エオジン法と呼ばれる通常の組織染色法を用いて検査します。表皮の下に水疱がみられ、真皮内の細胞浸潤も一般には強く、好酸球も混ざっています。皮膚生検が行えるようなら、できれば(2)で述べた蛍光抗体直接法も行いたいところですが、一般の検査会社では取り扱いが(おそらく)ありません。総合病院や大学病院の病理部門や研究室に依頼するしかないと思われます。在宅では生検を行うこと自体のハードルがやや高いので、行えない場合も多いです。 BPの診断3)は、症状、検査所見(病理組織学的診断と免疫学的診断)、鑑別診断の3点からなり、一定の基準を満たした場合に確定診断となります。 DPP-4阻害薬によるBP発症に注意 以前から降圧薬、利尿薬、抗生物質などの薬剤によりBPが発症することが指摘されていました。近年では、糖尿病治療に用いられるDPP-4(dipeptidyl peptidase-4)阻害薬内服中の患者さんにBPが多くみられることも観察されており、薬歴の聴取は重要です。DPP-4阻害薬内服中の患者さんにBPが発症した場合、内科主治医に連絡して薬剤変更の依頼をしましょう。 重症度はBPDAIを用いて評価 BPDAI(bullous pemphigoid disease area index、略称は「ビーピーダイ」と呼びます)という、BPの重症度を判定するための基準があります3)。(1)皮膚のびらん/水疱(2)皮膚の膨疹/紅斑(3)粘膜のびらん/水疱について、個数や大きさをもとに点数化します。(1)から(3)それぞれの合計スコアを算出して軽症・中等症・重症を判定し、3つのうち最も高い重症度を採用します。 治療はステロイド内服で自己抗体を抑制 重症度により治療方針が決定されます。BPDAIの採点はそれほど難しくないので、BPDAIを用いて軽症から重症までの分類を行います。 軽症の場合 ごく軽い場合はⅡ群(very strong)またはⅠ群(strongest)のステロイド外用で症状を抑えられることもありますが、一般的には内服治療を必要とします。ステロイド内服が著効しますが、プレドニゾロン1日20mg程度でコントロールできることが多いです。治療が長期にわたることが多いため、感染対策、胃粘膜保護、骨粗鬆症対策を同時に行います。 BPに対する特殊な治療として、テトラサイクリンとニコチン酸アミドの併用療法が奏効することがあります。比較的軽症である場合や合併症でステロイド内服が困難である場合などに選択されます。 中等症・重症の場合 多い量のステロイド内服(プレドニゾロン換算で1日30~60mg程度)や、状況により免疫抑制剤や血漿交換なども必要となる場合があります。在宅での治療は難しいかもしれません。 指定難病の医療費助成が受けられる 類天疱瘡(後天性表皮水疱症を含む)は2015年7月から難病指定を受けており、医療費が助成されます。助成を受けるには難病指定医による届け出が必要です。また、届け出る前に先に述べた確定診断を行わなくてはいけません。BPDAIを用いた評価で中等症以上が対象となります4)。 患部の清潔を保ち感染予防ケアを 皮膚病変が広範囲にあると患部を洗うことを躊躇する患者・介護者もいると思います。ですが、水疱内から出てきた血漿成分や血液などが皮膚に残っていると細菌増殖の温床になる可能性もあるため、清潔にすることが重要です。低刺激の洗浄剤をよく泡立てて、泡で洗い、やさしくていねいにすすぎます。入浴についてはこすらないようにすれば構いませんが、シャワーにとどめておいたほうが無難かもしれません。 また、わずかな外力で水疱形成を誘発することがあるため、絆創膏を直接貼るのは避けます。病変部はガーゼ(場合によっては非固着性のガーゼ)を当てて、ネットや包帯などで固定しましょう。二次感染予防のために清潔に保つことも必要です。  執筆:袋 秀平ふくろ皮膚科クリニック 院長東京医科歯科大学医学部卒業。同大学学部内講師を務め、横須賀市立市民病院皮膚科に勤務(皮膚科科長)。1999年4月に「ふくろ皮膚科クリニック」を開院。日本褥瘡学会在宅担当理事・神奈川県皮膚科医会副会長・日本専門医機構認定皮膚科専門医編集:株式会社照林社 【引用文献】1)袋秀平:水疱性類天疱瘡.Visual Dermatology 2020:19(12);1257-1259.2)塩原哲夫:痒みシュランとは…….Visual Dermatology 2003:2(9);873.3)類天疱瘡(後天性表皮水疱症を含む)診療ガイドライン作成委員会:類天疱瘡(後天性表皮水疱症を含む)診療ガイドライン).日皮会誌 2017:127(7);1483-1521.4)厚生労働省:162類天疱瘡(後天性表皮水疱症を含む。) 指定難病の概要、診断基準等.https://www.mhlw.go.jp/content/10905000/001174368.pdf2024/12/13閲覧

ヒトメタニューモウイルスの症状・原因・RSウイルスとの違いとは?
ヒトメタニューモウイルスの症状・原因・RSウイルスとの違いとは?
特集
2025年4月22日
2025年4月22日

ヒトメタニューモウイルスの症状・原因・RSウイルスとの違いとは?

ヒトメタニューモウイルス感染症は、乳幼児や高齢者を中心に発症しやすい呼吸器感染症の1つです。症状はRSウイルス感染症とよく似ており、発熱や鼻水、咳が現れるほか、重症化すると呼吸困難を引き起こすこともあります。 本記事では、ヒトメタニューモウイルス感染症の症状や原因、RSウイルスとの違い、感染経路や治療法について解説します。訪問看護の利用者さんが風邪のような症状を訴えた際のアセスメントに役立ててください。 ヒトメタニューモウイルス感染症とは ヒトメタニューモウイルス(human metapneumovirus:hMPV)感染症は、特に乳幼児に多くみられる呼吸器感染症です。健康な成人や児童では、軽い風邪症状のみで経過することが多く、無症状のまま終わる場合もあります。しかし、乳幼児や高齢者、心肺疾患や神経筋疾患などの基礎疾患がある方、免疫不全状態の患者では重症化する危険があるため、RSウイルス感染症と並び、注意が必要な病気の1つとされています。 RSウイルス感染症は感染症法に基づく届出対象疾患であり、発生状況の把握が行われていますが、ヒトメタニューモウイルス感染症は届出対象ではないため、正確な流行状況を追跡できません。 ヒトメタニューモウイルス感染症の症状 ヒトメタニューモウイルス感染症は、感染後3~5日以内に鼻水や発熱が見られることが一般的です。軽症の場合は、発熱や咳嗽、鼻汁、咽頭痛、倦怠感など風邪に似た症状が現れますが、重症化すると、喘鳴(ゼーゼー、ヒューヒューという呼吸音)や呼吸困難感が生じ、肺炎、細気管支炎へ進行することがあります。 初めて感染する小児では咳や喘鳴が生じることもあります。特に、生後6ヵ月未満の乳児の場合、初期症状として一時的に呼吸が止まる無呼吸発作が起こることがあります。 ヒトメタニューモウイルス感染症の原因 ヒトメタニューモウイルス感染症は、ヒトメタニューモウイルスによって引き起こされる急性呼吸器感染症です。このウイルスは2001年にvan den Hoogen(オランダ)らによって小児の気道分泌物から初めて分離されました。その後の研究で、ヒトメタニューモウイルスは世界中に広く分布し、呼吸器感染症の主要な原因の1つであることが明らかになりました。 ヒトメタニューモウイルス感染症と他の感染症の違い ヒトメタニューモウイルスはRSウイルスと同じニューモウイルス科に属しているため、症状や感染の広がり方がよく似ています。鼻水や発熱といった軽度の症状から、咳や喘鳴、呼吸困難といった重症化したケースまで幅広い症状を引き起こします。 >>関連記事RSウイルス感染症の症状・原因・治療法は?子どもも大人も注意 ヒトメタニューモウイルス感染症の感染経路 ヒトメタニューモウイルス感染症の感染経路は、飛沫感染と接触感染です。感染した人が咳やくしゃみをした際に放出されたウイルスを吸い込むことで感染が成立します。 また、ウイルスが付着した手指や物を介して口や鼻、目の粘膜に触れることでも感染が広がります。 ヒトメタニューモウイルス感染症の好発年齢 生後6ヵ月から2歳頃までの子どもが最も感染しやすく、初めての感染となるケースが多いため、免疫が十分に備わっておらず重症化しやすい傾向があります。また、多くの場合、5歳~10歳までに感染するとされています。一回の感染では再感染を防ぐための十分な終生免疫が得られず、再感染を繰り返します。 ヒトメタニューモウイルス感染時の登園・登校・通勤について ヒトメタニューモウイルス感染症は乳幼児や高齢者の感染のリスクが高く、無理に登園・登校・通勤すると感染拡大につながる可能性があります。感染拡大を防ぎながら日常生活へ復帰するための基準や注意点について解説します。 登園・登校の基準 ヒトメタニューモウイルス感染症は、第三種感染症・その他の感染症に該当し、校長が学校医の意見を参考に出席停止の判断を行うことができます。 保育園や幼稚園、小学校では、解熱後24時間以上が経過し、全身状態が良好であれば登園・登校が可能とされることが多いですが、咳や鼻水といった症状が強く、周囲に感染を広げる可能性が高い場合は、さらに数日間の経過観察を求められることもあります。 職場・通勤時の注意点 体調が優れない場合や発熱が続いている場合は無理に出勤せず、自宅での療養が推奨されます。通勤時にはマスクを着用し、手洗いや咳エチケットを徹底することで、周囲への感染拡大を防ぐことが重要です。 ヒトメタニューモウイルス感染症の治療・対応法 ヒトメタニューモウイルス感染症に対する特効薬は現在のところ存在せず、対症療法が中心です。発熱がある場合は解熱剤を使用し、咳や痰がひどい場合は鎮咳薬や去痰薬を用います。十分な水分補給と休養をとりながら、体力の回復を促すことが重要です。 ヒトメタニューモウイルス感染症で医療機関を受診する目安 医療機関を受診する目安は、高熱が続く、息苦しさを感じる、喘鳴がひどくなっているときなどです。特に乳幼児では、無呼吸発作やぐったりしている様子が見られた場合、速やかな受診が必要です。また、基礎疾患のある方や高齢者は重症化しやすいため、症状が悪化する前に医療機関に相談しましょう。 * * * 訪問看護の現場では、感染の初期症状を見逃さず、適切な対策を講じることが重要です。呼吸の変化や発熱などに注意を払いながら、必要に応じて医療機関の受診を促しましょう。 編集・執筆:加藤 良大監修:久手堅 司せたがや内科・神経内科クリニック院長 医学博士。「自律神経失調症外来」、「気象病・天気病外来」、「寒暖差疲労外来」等の特殊外来を行っている。これらの特殊外来は、メディアから注目されている。著書に「気象病ハンドブック」誠文堂新光社。監修本に「毎日がラクになる!自律神経が整う本」宝島社等がある。 【参考】〇国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト「COVID-19流行下の小児基幹病院における当院に入院した重症ヒトメタニューモウイルス感染症の状況」(2022年8月30日)https://www.niid.go.jp/niid/ja/route/respiratory/1744-idsc.html?start=62025/4/15閲覧〇島根県感染症情報センター「ヒトメタニューモウイルス(hMPV)」(2018年4月)https://www1.pref.shimane.lg.jp/contents/kansen/topics/hMPV/index.htm2025/4/15閲覧

腹膜透析の普及と支援の現場:教育体制、多職種連携、訪問看護の課題【特別対談】
腹膜透析の普及と支援の現場:教育体制、多職種連携、訪問看護の課題【特別対談】
インタビュー
2025年4月15日
2025年4月15日

腹膜透析の普及と支援の現場:教育体制、多職種連携、訪問看護の課題【特別対談】

小倉記念病院腎センター科長の栗本幸子さんと、在宅看護センター北九州管理者の坂下聡美さんによる特別対談。後編では、腹膜透析(Peritoneal Dialysis:PD)の実践に携わるスタッフの育成・研修体制のほか、多職種連携で重視すること、訪問看護における制度上の課題などについてお話をうかがいました。 >>前編はこちら地域で支える腹膜透析:病院×訪問看護ステーションの連携【特別対談】 ※本記事は、2024年12月の取材時点の情報をもとに構成しています。 ▼プロフィール栗本 幸子(くりもと ゆきこ) 氏一般財団法人平成紫川会 小倉記念病院看護部 腎センター 科長 認定看護管理者同院の循環器病棟および腎臓内科病棟の科長を経て、2023年11月より現職。2017年に認定看護管理者の資格を取得。坂下 聡美(さかした さとみ) 氏一般社団法人 在宅看護センター北九州 代表理事(管理者・看護師)パーキンソン病療養指導士北九州市立看護専門学校を卒業後、病院や地域のクリニックでの勤務を経て、2000年より訪問看護に従事。2018年、公益財団法人笹川保健財団の支援を受け、北九州学術研究都市「ひびきの」に日本財団在宅看護センター「一般社団法人 在宅看護センター北九州」を開設。※文中敬称略 PDの研修方法と新人教育の工夫 ー病院や事業所ではどのような方法でPDの研修をされていますか。 栗本: 小倉記念病院では、新人のときから「PD患者さんは特別な存在ではない」という意識をもってもらうようにしています。新人の集合研修の中にもPDを取り入れているほか、どの病棟にもPD患者さんが入院できるようにしているので、病棟ごとに教育担当者から指導を受け、経験を積んでいきます。 また、当院は日本腹膜透析医学会(JSPD)の教育研修医療機関でもあるので、年に4回ほど外部向けの教育研修も実施しています。PD患者さんが多いため、他の病院の方々から見学の依頼を受けることも多く、個別のプログラムを組んで対応することもありますね。 坂下: 在宅看護センター北九州でも、PDに関してはOJTで研修を行います。新人が入職したときは最初の3回ほどは必ず先輩について実習を行い、4回目以降から少しずつ独り立ちします。自信がない場合は、遠隔作業支援システムを活用しバックアップしています。患者さんの同意が必要ですが、ウェアラブルカメラを新人が装着し、リアルタイムで先輩が状況を確認。音声も届けられるので、必要なときには声をかけます。 新人にとっても、実際に隣に先輩がいるよりも遠隔で見守ってもらうほうが緊張せず、落ち着いて作業できるようです。スタッフのストレスを軽減しつつ、患者さんにとっても安心感を提供できるツールであると感じています。 看護の連携が患者さんの大きな安心につながる ーPDにまつわる多職種連携の取り組みについて教えてください。 栗本: 当院では2週間に1回、「PDカンファレンス」を行っており、そこには医師、外来看護師、病棟看護師、管理栄養士、ソーシャルワーカー、理学療法士、薬剤師など、PD療法に関わる全職種が参加します。もうすぐ退院される患者さんや、これから入院される患者さんについて情報を共有し、ディスカッションを行うんです。例えば、退院前の患者さんの場合、無事に自宅に戻れるかどうか、栄養状態やADL(日常生活動作)などさまざまな視点でチェックし、必要に応じて訪問看護の導入や家族のサポート体制を整えています。患者さんの生活状況を多角的に把握し、多職種と連携しながら進めていくことが重要だと考えています。 ー多職種が関わるからこそ、患者さんが安心して自宅に戻れるのですね。 栗本: そうですね。そこで、ひとつの大きな課題になるのが、「訪問看護が必要かどうか」ということです。本当に家族だけのサポートでよいのか、その家族もいない場合にはどうしたらよいのか。こういったことは家族だけで考えてもなかなか解決しません。それを、ソーシャルワーカーや、当院のような訪問看護と連携している病院が協力することで、ある程度、その患者さんが安心して地域に戻っていただけるベースをつくることができると思います。そこは、本当に大事にしたいと考え、取り組んでいるところです。 坂下: 訪問看護の立場からみると、退院前のカンファレンスで話をうかがえること、何かあったときに病院の看護師さんたちに質問できる環境があることは、大きな安心につながります。 あとは、医療機器メーカーとの連携も欠かせません。在宅では、さまざまなメーカーのいろいろな機器を患者さんが使用されているので、1個ずつの使用方法についていくのが大変です。でも、メーカーに相談したら、すぐに勉強会を組んでくださり、訪問看護ステーションにも出向いてくださって使用方法を教えてもらいました。こういった連携がとてもありがたいです。 ー訪問看護導入にあたり、患者さんにとってどういった点がハードルになることが多いのでしょうか。 栗本: やはり、経済的な問題です。費用負担を心配される患者さんもいらっしゃるので、カンファレンスでは制度面・費用面のことも話し合っています。私たちがいかにサポートできるか、患者さんに喜んでいただけるかを考えながら調整していくようにしています。 坂下: 一般的に、訪問看護での24時間対応をつけると一割負担で月に600円程度が目安ですが、「払えないからつけなくていい」と言われることがあります。数百円単位でも患者さんにとっては大きな負担になることがありますし、医療制度のしくみの中で使える支援やサービスに関する知識も、訪問看護師にとってはとても大事だと思います。 PDという選択肢を提示できる土壌をつくる ー患者さんにPDという選択肢が提示されないケースが多い現状に対し、今後どういった取り組みが必要だと思われますか。 栗本: 選択肢を提示し、患者さんが望む治療を選べるように、まずはPDを提供する側の土壌をつくっていくことが重要だと考えています。継続的な治療をサポートできるように病院や訪問看護が連携すること、院内や事業所内でPDを継続できるような教育・指導体制の強化を積極的に進めていくことが大切だと思います。 その一環として、当院では情報連携のICTツール「バイタルリンク(R)」を活用して3つの訪問看護ステーションと連携し、高齢独居のPD患者さんをフォローしているケースがあります。この方は、1日3回のPDが必要なのですが、病院と各ステーションが患者さんの1日の状態をリアルタイムで把握できる体制になっているので、切れ目のない看護を提供できている実感があります。ICTの活用は今後ますます重要になってくるのではないでしょうか。 坂下: そうですね。さまざまなケースに対応できる体制の整備は必要ですね。あとは、PDという治療法の存在をしっかり広めていくことも、医療を提供する側の大切な役割と感じています。 例えば、山間部にお住まいの患者さんが血液透析に通うのが難しくなったため、訪問看護が入ってPDを選択されるといったケースもあります。PDは自宅で治療ができるので、通院の負担も減り、1回の治療にかかる時間も比較的短め。透析のタイミングを調整すれば、自由に使える時間が増え、患者さんの生活の質(QOL)を保つことができるでしょう。最近は、60代や70代でバリバリ仕事をされている方が多いので、そういう方たちの希望のひとつにPDがなるのかなと思っています。また、自宅で最期まで過ごしたいと希望される方が増えてきていますが、その場合には「PDラスト」という選択肢もあります。在宅医の先生がついていれば、PDをしながらでも最期まで看取れるようになります。 患者さん、ご家族、医師、看護師などでACP(Advance Care Planning、または人生会議)を行い、患者さんにとっての最善を選べるサポートができるとよいですね。 栗本: 当院のような基幹病院が、PDをサポートする訪問看護師さんや在宅医に対して「何かあればいつでも連絡ください」と言える体制を整えていくことも大切ですね。逆に、訪問看護師さんから「こうしてほしい」といったご提案をいただき、それをもとに改善を重ねながら、今後も連携を続けさせていただきたいなと思っています。 坂下: そうですね。お互いに意見を交換しながら、利用者さんが安心して治療を続けられるよう、よりよい連携・支援体制をつくっていきたいですね。今後ともよろしくお願いします。 取材・編集: NsPace編集部執筆: 株式会社照林社

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