初めての訪問看護に関する記事

新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと
新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと
インタビュー
2022年11月15日
2022年11月15日

新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと

前回「新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.1 新人看護師が感じていること」の記事で、新卒から訪問看護の世界に飛び込んだ3名の看護師の声をお伝えしました。今回は、その3名がキャリアを積んでから感じたこと、新卒者が訪問看護に携わることに対しての思いを取り上げます。 先輩になった今、後輩にしているサポートは? 職業を問わず、最初は新人であっても年月を経るにつれて経験を積み、次第に教える立場になっていきます。では、3名の新卒者は自分が先輩の立場となり、後輩をどう支えているのでしょうか?Aさん・訪問看護歴6年「最初は分からないこと自体が分からないと思うので、自分や歴代の新卒者さんがどのような勉強をしたかを伝え、誰もが同じようにできなかったところから乗り越えていることを伝えるようにしています」 Bさん・訪問看護歴6年「まずは相手の思いや考えを聞き、一旦受け止めます。そして、できていることは些細なことでも言葉にして伝えています」 Cさん・訪問看護歴7年「相手のできていないところばかりではなく、できているところはそのまま認めて、フィードバックすることを大切にしています。また、後輩の話を聞くときは、必ず手を止めて聞きますね。そして後輩が考えている時には待つ。答えをいわないようにして、後輩が自分自身で考えられるようにしています」 まずは後輩の思いや悩みを受け止める、という点は3名に共通しています。これには理由があり、自身の経験が少なかったころに「もう少し振り返りの時間がほしかった」(Bさん)、「自信を持てるような声かけ、フィードバックがほしかった」(Cさん)と感じたからだそうです。これから新卒者を迎える管理者、先輩看護師の方は、じっくり話を聞く時間を設けると良いかもしれません。 新卒を受け入れるために必要な環境、体制、心構えは? 未経験の人が訪問看護ステーションで働き、成長していくためには、何が必要なのでしょうか。大きく分けて、「新卒を受け入れる心構え」と「技術を学ぶ場」の2点が挙がりました。 Aさん「教育担当者や所長だけでは受け入れる側の負担も大きくなってしまうため、スタッフ全員で新卒を育てる気持ちが大切だと思います」 Bさん「看護技術・手技の勉強と復習を行いやすい環境が大切だと思います。受け入れる側の心構えとして、新卒でもできる、応援しているというスタンスが必要ではないでしょうか」 Cさん「受け入れる側の心構えとして『できなくて当然。時間がかかって当然』『新卒ウェルカム!』という余裕は必要だと思います。看護技術取得ができるような体制づくりも必要だと考えます」 新卒だからこそ、いち早く技術を習得して少しでも先輩方に追いつきたいもの。技術取得のための体制については、「大きめのステーションのほうが教育・体制面が整っている傾向にありそう」(Cさん)といった声も聞かれました。 「新卒からの訪問看護」にはどんなメリット・デメリットがある? 最後に、新卒者が訪問看護に携わるメリット・デメリットを聞いてみました。Aさん メリット・さまざまな先輩看護師と同行訪問することで、多様な看護観に触れられる。・一般常識が身につく(医療・介護物品などのコスト意識、訪問先のご自宅や外部連携でのマナーなど)。 デメリット・手技の獲得やひとりだちまで時間がかかり、ある程度自信をもって訪問できるまでは不安や劣等感を感じやすい。・事業所の教育体制によっては、ひとりで訪問する重圧、不安が大きい可能性がある。 Bさん メリット・利用者さんの生活や人生の一部に入り込むことができる。加えてもらえる。・医療者や支援者の知識が必ずしも正解ではないことを、利用者さんを通して気付ける。 デメリット・病院に就職した同期と比較してしまうと、スピード感の違いに落ち込む。・新卒訪問看護師への偏見がまだある印象がある。 Cさん メリット・夜勤がないため生活リズムが整いやすいこともあり、それによって『しんどいからやめたい』という看護師は少ないように思う。・キャリアが広がる印象がある(管理者、大学・大学院の教員、ケアマネ取得など)。 デメリット・スタッフのマンパワーが必要なケースが多い。・ステーションによって教育のしかたやスタッフの関わり方・雰囲気、利用者さんの受け入れ幅などが異なるが、新卒訪問看護師向けの情報が少ない。 「新卒からの訪問看護」は、乗り越えるべき課題がありますが、今回お話していただいたかつての新卒者の方々も、現在では一人前の訪問看護師として立派に仕事をこなしています。 新卒者を募る場合、訪問看護のメリットをアピールしつつ、ステーションとして新卒者の悩みや課題に向き合う姿勢を示してみてはいかがでしょうか。 記事編集:NsPace編集部

新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.1 新人看護師が感じていること
新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.1 新人看護師が感じていること
インタビュー
2022年11月1日
2022年11月1日

新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.1 新人看護師が感じていること

訪問看護師の中には、新卒ですぐに訪問看護ステーションで働く人もいます。こうした新卒の訪問看護師のみなさんは、どんな思いで働き始め、何に悩んでいるのでしょうか? NsPaceでは、新卒から訪問看護師になった3名の方々にお話を伺いました。 新卒で訪問看護を選んだ理由は? まず、なぜ新卒で訪問看護師の道を選んだのか、聞きました。すると、次のような三者三様の答えが返ってきました。 Aさん・訪問看護歴6年「自分の祖父母が在宅医療という選択肢をもてるようにしたいと思っていたことや、大学のサークル活動で神経難病を患っている方がご家族と穏やかに自宅で過ごしている場面に出会い、素敵だと思ったからです」 Bさん・訪問看護歴6年「利用者さんとゆっくり関わることができるからです。在宅看護学実習で、テキパキと処置をしながら、利用者さんに適切な情報を伝える・聞き出す訪問看護師に憧れを抱きました。誰もやったことがないことだから、おもしろそうと思い、飛び込みました」 Cさん・訪問看護歴7年「訪問看護に興味を持ったきっかけは、大学での領域実習でした。在宅では、 利用者さんと向き合う時間的な余白があり、利用者さんと看護師が対等の立場であるように感じました。その人がその人らしく生活できて、それを支援できる訪問看護がすごく魅力的に感じたので、訪問看護師になろうと思いました」 ご家族に訪問看護師という選択肢を加えたい、実際の訪問看護師の姿に憧れた、在宅医療・訪問看護に医療の理想の形を見た、というのが訪問看護師になった直接的な理由でした。一方、共通点として看護学生時代の経験を踏まえて、最終的に訪問看護師となる決心をしたことが見て取れます。 ひとりだちするまでの過程で困難に感じたことは? では、実際に新卒から訪問看護師となって感じた壁は何でしょうか。こちらの質問も、さまざまな悩みをもったという答えが返ってきました。 Aさん「一つひとつの判断が正しいか、症状を見落としていないかという不安がありました。先輩への報告でも、簡潔に必要な情報と自分のアセスメントをまとめることが難しかったです。状況や体調に変化があった場合に臨機応変に報告をしたり、手順を変更したりすることも困難に感じました。また、時間がかかりすぎて、訪問時間内に必要なケアを行うことも難しかったです」 Bさん「できなかったことに注目して落ち込み、自信がなくなるというループから抜け出せなくなることがありました。自分の『できるであろう』の基準を高く設定してしまい、落ち込みやすくなっていました」 Cさん「看護技術、特に点滴などの経験が積みにくく、技術の習得は大変苦労しました。コミュニケーションが元々苦手で、人見知りも激しかったため、利用者さんとの会話に壁を感じることもありました。また、次の訪問まで待てるのか?今すぐ対応すべきなのか?と、緊急度合いの判断がつきづらいときも困難さを感じました」 技術的な悩みもさることながら、判断に間違いがないか、との不安を抱きやすいようです。そして、「週1回2時間ほどの振り返り面談をしていただきました」「オンコールは管理者の許可を得てから訪問し、実際に報告すると『合っているよ、いいよ』と声掛けをしてもらえて、認めてくれるようなサポートをされていました」(どちらもCさん)というように、その都度のフィードバックがあると新卒者は安心感をもつようです。 先輩・利用者さん・ご家族からの言葉で印象に残っていることは? このように技術を身に着けていく間で、看護師のモチベーションとなるのが利用者さんや先輩看護師からの言葉です。また、直接的な感謝や励ましでなくても、先輩が自分を思ってくれているのがわかると、嬉しさを感じるとの声もありました。 Bさん「利用者さん・ご家族からの『いつもありがとうね』『助かるわ』『待ってたよ』という言葉です。また、しばらく訪問していなかった利用者さんが『元気にしとるんか?』と気にかけていたよ、と先輩から聞いたときも嬉しかったです」 Cさん「利用者さんからの言葉では、何度もクレームをいただいた方に『Cさんだったら、任せられるわ』と声をかけてもらえたことが印象に残っています。先輩からの言葉では、『どうしたらCさんにとって良いのか分からない』といわれたとき、私のことを考えてくれていることが伝わって嬉しかったですね。ほかにも『訪問するときに何が一番大切か分かる?毎回訪問時、同じテンション、声のトーンで訪問すること』と教えられたなど、数え切れないほどあります」 利用者さんからストレートにかけられる感謝や信頼の言葉は、新卒者に限らずベテランの訪問看護師でも嬉しさを感じることは変わらないでしょう。一方、前述の「困難に感じたこと」と同様に、先輩からのアドバイスは具体的に、どこを良くすれば改善されるかまで言及すると、新卒者や若い看護師自身の成長にもつながります。 続きの記事もありますので併せてご覧ください。次回「新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと」 記事編集:NsPace編集部

コラム
2022年10月25日
2022年10月25日

ALS患者最大の選択肢。気管切開するか? しないか?

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、気管切開をするかしないかの葛藤を経て、ALS患者さんや支える人に伝えたい梶浦さんのメッセージです。 ALS患者が通る大きな決断 ALS患者は、その診断名を告げられてから、つらい選択肢をいくつも乗り越えていかなければなりません。仕事をやめるタイミングや、自分で食べることを諦めて人に食べさせてもらうタイミング、歩くことを諦めて車いすで移動するタイミングなど、さまざまなことを決断しないといけません。 そのなかでも大きな決断は、「胃瘻を作る手術をするか?」「気管切開をして侵襲的人工呼吸療法(TPPV)を行うか?」だと思います。 「胃瘻を作る手術をするか?」に関しては、第7回でも書きましたが、早期に行うことを強くおすすめします。ALSでは栄養療法がとても重要ですし、嚥下が困難になったときの栄養や薬剤の投与経路を確保する点でも、とても大切です。 「気管切開をするか?」に関しては、多くの患者さんがいちばん悩むところでしょう。 気管切開をするか? しないか? 気管切開をするほうがよいのか・しないほうがよいのかについては、簡単に答えが出せる問題ではありません。患者さん自身を取り巻く環境や、人生観によって大きく左右されることになります。 最終的には本人が決めていくことになるのですが、本当は生きたいのに、家族に負担をかけたくないという思いから気管切開を諦める人もいます。体も動かせず、声も出せない状態になることが想像できず、生きていける自信がないという理由から気管切開を決断できないでいる人もいます。また、残念ながら医療者側の無知により、気管切開をする選択肢を奪われてしまう人もいます。 そのような理由から、日本のALS患者で気管切開を行う人はわずか20~30%にとどまります。この数字を見た人の多くは、やはり気管切開をして生きていくことはハードルが高く、過酷な選択であると感じるでしょう。 しかし、本連載の第4回でも書きましたが、欧米では気管切開を行う人は数%~10%強ですので、世界からみたら日本は飛びぬけて気管切開を行う人が多い国ととらえられています。その理由はさまざまだと思いますが、大きな理由として上げられるのは、日本は非常に医療福祉に厚い国であることでしょう。 公助を上手に使いましょう 重度の肢体不自由者などの要件を満たす患者さんであれば、障害者自立支援法の重度訪問介護制度の対象です。重度訪問介護を使えば、介護保険とは別にヘルパーによる訪問介護サービスを受けることができます。一人ひとりの身体状況や同居家族の状況などをふまえて各市町村がサービス時間を決定するのですが、最大で一日24時間365日のサービスを受けている人もいます。(市町村ごとに独自の決定権があるため、市町村によってバラつきがあるのが難点ですが…。患者・家族が粘り強くサービスの必要性を訴えていかないといけません。) この重度訪問介護による訪問介護サービスと、介護保険による訪問介護サービスはそれぞれ独立した制度ですので、これらをうまく組み合わせれば、多くの時間を家族以外の人に支援してもらえるようになり、家族の負担を軽減できるようになります。 介護の基本は「自助→共助→公助」ですが、ALS患者は自助や共助ではどうしようもできない段階が来ます。なので公助をうまく使い、生きやすい環境を整えてください。 諸外国と比べても、こんなに手厚いサービスを受けられる国などなかなかないので、日本人に生まれてきて本当によかったなぁとつくづく思います。日本という国は気管切開して人工呼吸器をつけて生きていくには、とても恵まれた環境にあると思います。 気管切開をするか、しないか、悩んでいるALS患者さんへ さまざまな心の葛藤があるかと思います。しかし、「生きたい」という気持ちがあるのであれば、どうぞそのお気持ちを大切になさってください。私は大学病院で医師をしていたころ、生きたいと思っていても、生きられなかった患者さんを何人も見てきました。生きたい気持ちがあり、生きられる選択肢がある自分はまだ幸せなのだなぁと思ったりもします。気管切開をして、この先どうなっていくのかは私自身もわかりません。つらいこともあると思います。でも私は気管切開を行うことで呼吸苦から解放されて、たくさんの幸せな時間を過ごすことができています。そのことを考えたら、この先どんな状況になっても、気管切開をしたことを後悔はしないだろうなと思っています。 この文章は、気管切開をするかどうか悩んでいたALS患者さんから相談を受けたときに、私が送ったメールの一部です。その人からは、先の見えない不安や恐怖と闘いながらも、心の底にある「生きたい」という気持ちが伝わってきました。今は無事に気管切開を終えられています。 これはあくまでも私個人の考えかたです。気管切開をしないという考えかたを否定するものではありません。気管切開をしないという決断も立派な選択肢の一つだと思います。 ただ、この記事が、同じ心の葛藤を抱えたALS患者さんの「生きたい」という気持ちに少しでも寄り添い、心の支えになれたら嬉しいです。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇荻野美恵子.『日本におけるALS終末期』臨床神経.48,2008,973-5.

特集
2022年10月4日
2022年10月4日

難聴で拒食のある人の関わり方

前回に引き続き、コミュニケーションが困難だった人への対応事例を紹介します。最終回は、難聴と拒食を伴った事例です。 事例 Mさん、85歳男性、要介護3。難聴、拒食症、軽度認知症の疑い。無歯顎、上下総義歯を装着したままで数週間をベッド上で過ごす。会話や食欲もなく、ときどき妻が差し出すプリンを口にする程度だったため、低栄養と摂食嚥下障害を心配した内科医からの紹介で、歯科医師とともに訪問。 Mさんは、妻と二人暮らしで近所に長男と長女がそれぞれ暮らしていますが、心配する妻や娘に、暴力的な行動もみられたとのことでした。食事拒否の原因は、図のようなことが考えられますが、Mさんの場合は、家族との会話が困難になるくらいの強い難聴に由来する「孤独感」の存在も否めませんでした。 介入開始時の状況 嚥下評価は、軽度のオーラルフレイル程度のレベルでした。 最初に、ホットタオルで顔面や唾液腺のマッサージを行い、数週間ぶりに義歯を外すことができました。 義歯内面の汚れがあり、広範囲に口腔粘膜はカンジタ性口内炎を発症していました。また、食が細くなって痩せたため、義歯が合わなくなり、義歯の内面調整も必要でした。 聴覚障害者用アプリで意思疎通 ご家族は、ホワイトボードに字を書いては消しを繰り返して、コミュニケーションをとっていました。「入れ歯を外してください」「うがいをしましょう」などのカードを提案し、口腔ケアがその方法で可能になりました。 しかし、義歯の内面調整となると、義歯の内側に内面調整剤を塗った後、しばらく口腔内で数分保持する必要があります。本人の協力を得る度合いが増えるので、カードでも困難と考え、スマホの聴覚障害者用アプリを利用することにしました。 「お薬のにおいがしますが、すぐ終わりますので、しばらく入れ歯をかんでいてください」「お薬が固まりましたので入れ歯を外しますよ」などと、スマホのアプリに向かって話すと1秒後には文字として表示されます。Mさんにも理解でき、義歯調整の同意が得られました。 こうして義歯装着が可能になると、妻からMさんが家の中を夜間にフラついて大変だったと聞きましたが、その後は近所のタバコ屋にタバコを買いに出て、数ヵ月ぶりの外出も可能となりました。 EAT-10注1が0点となったため、居宅療養管理指導は4回/月から2回/月へと変更になりました。Mさんはトンカツが大好きだったので、口腔ケアに関しての長期目標は、「トンカツを食べる」に設定しました。 コーチング(第9回参照)は、本人だけでなく、介護する家族にも有用なことがあります。日々不安を抱えている妻に、リフレイン(対象者の言葉を繰り返す)やチャンクダウン(問題の具体化)で対応しました。 「何かあれば何でも歯科衛生士に相談してください」と寄り添い、共感するスタイルを通して、ラポール(信頼関係)が構築され、本人(妻)のゴールが近づきました。 機能的口腔ケアで笑顔を取り戻す 歯科の短期目標として、義歯の清掃、唾液腺マッサージ、プッシングエクササイズ(声帯の強化)、口腔周囲筋のストレッチを指導すると、食事量が増えると同時に笑顔もみられるようになりました。 介入約3ヵ月後 家の中を歩く、座位で摂食する時間も増えて、介入から約3ヵ月が経過し、長期目標である「とんかつ」はカツ丼やカツ煮で食べることができました。 おわりに 全10回に及ぶ本連載を通して、訪問看護師をはじめとするチーム医療連携での歯科衛生士の業務について知っていただける機会となったと思います。口腔ケアや歯科診療だけでなく、摂食嚥下リハビリテーションから終末期の口腔ケアまで、口腔の衛生面・機能面の両面から要介護者をサポートする歯科衛生士を、今後ともよろしくお願いいたします。 * 注1 EAT-1010項目からなる軽度の嚥下障害のための質問票で、0~4点で各項目を評価する。合計が3点以上で嚥下障害の可能性がある。 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士) 記事編集:株式会社メディカ出版

コラム
2022年9月27日
2022年9月27日

在宅医療はおもしろい! 〜全員主役の理想的なチーム医療〜

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は在宅医療を支える、ドーナツ型のチーム医療のお話です。 医療現場のチームの形 一言で「医療現場」といっても、さまざまな医療現場があります。高度な医療を必要とする患者さんを診る大病院、地域の医療を支える中~小規模の病院、長期療養型の病院や、在宅医療など、それぞれで、求められる医療形態は異なります。 従来型の医療現場は、医師を頂点にした「ピラミッド型」によく例えられます。これは、医師が治療方針を決めて、看護師をはじめとした医療スタッフに指示を出して治療を進めていくものです。シンプルで、比較的少ない医療スタッフで多くの患者さんを診ることができ、効率的な方法です。一方で、他職種の意見や、何よりも患者本人からの細かい声が医療現場に届きにくいデメリットがあります。 最近では、疾患にもよりますが、患者さんの治療とともに、その後のリハビリテーションや社会復帰を共通のゴールとして、医師を中心に看護師や理学療法士・作業療法士・言語聴覚士などのリハビリスタッフ、薬剤師、社会福祉士など、多職種が協力・連携する「チーム医療」が主流になっています。 そんなチーム医療のなかでも、理想的な形が在宅医療だと私は思います。 在宅医療現場でも、もちろん医師が治療方針を決めるのですが、生活の基盤をつくるのはヘルパーさん・看護師さん・リハスタッフさんたちです。皆それぞれ自分にしかできない役割を果たしながら、強い横のつながりでチーム一丸となって私を支えてくれています。 私の家の場合 ~ドーナツ型の医療体制 医師は毎週往診に来て、薬剤の調整や、気管カニューレ・胃瘻カテーテル交換などの必要な医療処置を行い、一週間の経過や今後の注意点などを総括して、各訪問看護ステーションや訪問介護事業所に連絡してくれます。 看護師さんはそれをもとに、毎日の体調管理や人工呼吸器の管理などの医療的なケアから、筋肉や関節の拘縮予防のマッサージや入浴介助など、日々の生活に必要なさまざまなケアをしてくれます。 理学療法士さんはLICトレーナー(肺を膨らませた状態を維持して、肺や胸郭の柔軟性を保つ道具。後々紹介します。 ALS患者に必要な情報「実用編」 ~のど~ 参照)を用いた呼吸理学療法や、拘縮予防のストレッチ全般を行なってくれます。また、私の所に来てくれている理学療法士さんは作業療法士さんの役割も兼任してくれており、タブレットを操作するスイッチの調整など日常生活に必須な機械類の整備をしてくれます。 言語聴覚士さんは、私に合った食事方法を食材ごとに考え、食事介助をし、それらをまとめてレシピノートを作成して、ヘルパーさんに伝達してくれます。この連載第3回( 在宅療養開始 ~スーパー理学療法士(PT)現る!~ 参照)で最後の食事の話を書きましたが、その後気管切開+声門閉鎖手術を受け誤嚥のリスクがなくなり、再び食べることができるようになりました。ただ、舌はほとんど動かせず、飲み込む力もかなり弱いため、食事形態や食べ方には工夫が必要です(後々紹介します。「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!参照)。 薬剤師さんは、医師の処方箋をもとに薬剤を自宅まで届けてくれ、「お薬カレンダー」に朝・昼・夕・就寝前の薬剤をセットして日々の薬の管理をしてくれます。 そしてヘルパーさんは、口腔内・気管内の吸引や、カフアシスト(強制的に咳を出す機械。後々紹介します。ALS患者に必要な情報「実用編」 ~のど~ 参照)を使った排痰ケアや、食事介助や口腔ケア、入浴介助、細かい体位変換や、天井走行リフトを使ってトイレや車いすに移乗したりと、日常生活のほとんどすべてをサポートしてくれます。また2人介助で毎週外出もしています。 皆さんとても思いやりのある細やかなケアをしてくれます。 このように、それぞれの職種の人たちがお互いに情報を共有しながら、多面的に私を支えてくれています。これはまさに、患者を中心とした「ドーナツ型」の医療体制であり、理想的なチーム医療の型だと思います。 わが家のクリスマス会 コロナの第5波が落ち着いて、東京都の感染者数が二桁になった2021年12月上旬に、感染対策もしっかり行ないながら、わが家でクリスマス会を開催しました。 主治医はもちろん、看護師・理学療法士・言語聴覚士・ヘルパーさんなど多職種の人たちが集まってくれました。私も言語聴覚士さんに介助してもらいながら、皆さんが持ち寄ってくれたおいしいお酒や食事を味わいながら談笑したり、その横で、22歳の若いヘルパーさんと主治医が将来の在宅医療や介護士不足の問題について熱く語り合っていたりと、とても楽しくて居心地の良い時間でした。 ただの食事会ですが、そこには何の上下関係もなく、皆が横の絆でつながっている、理想的なチーム医療の縮図を見たような気がしました。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版

コラム
2022年8月30日
2022年8月30日

ALS患者に必要な情報「実用編」 ~上肢②コミュニケーションツール~

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は実用編の第2弾。梶浦さんが実際に使用した道具や工夫を紹介します。ALSはもちろん、ほかの疾患などの方たちの生活にも参考にしてください。 指が動かなくても操作できます! 上肢の障害が進行していちばん困るのは、指先の細かい動きができなくなり、パソコンやスマートフォン、iPadなどのタブレットの操作ができなくなることではないでしょうか(患者さんの年齢にもよると思いますが)。ALS患者にとって、パソコンやスマートフォン・タブレットは、外部とのつながりを保つための必要不可欠なツールなのです。私はこれで仕事やメール・LINEなどあらゆることをやっていたので、指が動かなくなってきたときは、かなり途方に暮れました……。 しかし、ご安心ください! 指が動かなくなったって、パソコンやiPhone/iPadを操作することができます。 視線入力装置 まずパソコンです。指でキーボードやマウスを操作できなくなったら、視線入力装置を使って、目の動きでパソコンを操作することができます。視線入力装置は、ふだん使っているパソコンに後付けできます。 選択したいアイコンなどに視線を合わせて、そのまま見つめつづけるなどで操作が可能です。設定により操作方法はいろいろと可能です。個人で設定するのは難しいと思いますので、作業療法士(OT)さんなどに相談してみるとよいかと思います。 視線入力装置は、ALS患者さんの間では昔から普及しています。いくつか種類があり、助成金が出る場合もありますので、その点も含めて相談してみるとよいかと思います。 目を使わなくても操作できる 私は、大学で講義をするときは、視線入力装置を用いてパソコンのプレゼンソフトを操作してスライドを作っています。 ただ視線入力装置は画面をずっと見つづけないといけないので、長時間作業していると目が疲れてしまいます。 なので、ふだんは、歯のわずかな噛む力を使ってタブレットを操作しています(歯でどうやって操作しているかは、後で具体的にご紹介します)。これなら視線は自由に動かせるので、目の疲労が少ないですし、テレビを見ながら仕事やメールができ、視線を用いた会話(エアーフリック式文字盤)も自由にできます。 タブレットなどを外部スイッチで操作できる機能 最近は、障がい者でもタブレットなどを操作できる機能が備わっています。たとえばiPadだと、2013年のiOSバージョン7以降、設定によって、画面を触らなくてもさまざまな操作ができます。 自分がよく使う動作を中心にカスタマイズできますので、OSのサポートから調べてみてください。 私が使っている外部スイッチ 外部スイッチでとてもおすすめなのが、「ピエゾニューマティックセンサースイッチ PPSスイッチ」です。これは、ALSをはじめとする難病患者のことを考えて設計された入力装置(スイッチ)で、使用者の状態に合わせて、圧電素子(ピエゾ)と空圧(ニューマティック)の二種類のセンサーを選択できます。 圧電素子(ピエゾ)センサー ひずみ・・・やゆがみ・・・を感知して、信号を出力するセンサーです。ごくわずかな筋運動でもスイッチを押すことができます。 直径17mmのセンサー部を、体のどこでもよいので、まだ自分の意思で少しでも動かせる部位に医療用テープで貼り付けて使用します。指の関節部分や、おでこに貼り付けて使っている人が比較的多い気がします。私は左足の第二指が最後まで自分の意思で動かせたので、ここにセンサーを貼り付けて使っていました。 空圧(ニューマティック)センサー センサー部のエアバッグを触れることで反応するセンサーです。わずかな力で操作可能です。空気を少しでも動かせるものであれば、付属のエアバッグ以外で代用することもできます。 私は、手の指がわずかに動かせる間は、百円ショップで売っているおもちゃのゴム風船や、ゼリー飲料の空き容器に空気を入れて、エアバッグの代わりにセンサーの先に付けて使っていました。 空圧センサーを使って歯で操作する 気管切開をしてからは、マスク式の人工呼吸器が外れたため、口が自由に動かせるようになりました。そこで、吸引カテーテルの先端をハサミで切り、アイロンで穴を塞いで、空圧センサーに接続し、それを歯で噛んでセンサーとして使っています。 私はさらに、このカテーテルに低圧持続吸引装置注1のカテーテルも結び付けて、唾液を吸引しながらiPadを操作しています。 注1 口腔内の唾液を低圧で持続吸引する装置。私が使っているのはシースターのコンセント式設置型低圧持続吸ポンプです。 この方法は一石二鳥で、かなりおすすめです。ただ長期間同じ場所で噛んでいると歯列が乱れてくることがありますので、マウスピースを装着したり、噛む歯を変えながら使用することをおすすめします。マウスピースは、訪問歯科の先生が、在宅で歯型を取り、作ってくれます。余談ですが、むせ込んだときに歯を食いしばってしまう方にも、舌を噛まないようにマウスピースを装着することをおすすめします。 ※編集部注記事内容は執筆者個人の見解・経験です。PPSスイッチのチューブを噛んで操作することは個人の能力に依存し、メーカーが推奨する使用方法ではありません。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版記事協力:パシフィックサプライ株式会社     シースター株式会社

特集
2022年8月30日
2022年8月30日

利用者さんとつながってこその「かかりつけ薬剤師」

新宿区一帯で在宅ケアを提供している事業所の有志が集まった「新宿食支援研究会」。「最後まで口から食べる」をかなえるために、日々、多職種での支援を実践しています。本研究会から、各職種の活動の様子をリレー形式で紹介します。第8回は、薬剤師の齊藤直裕さんから、利用者さんの背景をふまえた「かかりつけ薬剤師」の支援と連携を紹介します。 「間違いのない服薬」だけではない 私は、在宅支援診療所である新宿ヒロクリニックで院内薬剤師をしています。大学卒業後は数年間、救急病院に勤務し、その病院勤務時代の知り合いであった訪問看護師さんに引っ張り出されたことをきっかけに、以来20年ほど薬剤師として在宅医療にかかわっています。 在宅患者さんへの薬剤師のかかわりは、薬の適正使用サポートが大きい部分ではあります。間違った飲みかた・使いかたを防ぐため、患者さんの理解度を確認しながら、管理方法をサポートすることです。 しかし、現実の治療と在宅生活を考えたときに、教科書どおりの「正しい使いかた」はできないことがままあります。たとえば「一日3回服用する」ことだけでも、生活のなかで毎日確実にできるかは難しい人もいます。必要なのは「間違いなく確実に飲ませる」といった厳格な管理ではなく、現在の病状と日常生活のバランスだと考えています。 医療や服薬が中心になりすぎることで、その人の生きがいや満足につながらない可能性を考えなければなりません。在宅療養支援診療所の大きな役割は、地域生活や社会生活のサポートです。その人が何を考え、これからどう生きていきたいかを、地域で一緒にサポートするスタッフと話し合いながら進めていく必要があります。 「一日3回服薬」が難しい場合は かといって、いい加減な服薬でよいわけでもありません。認知機能の低下などあって、一日に1回の服用なら何とかできるが、一日3回は難しい人がいたとします。それを「しょうがない」ですませるのではなく、たとえば一日1回の服用で長く効くタイプの薬に変更できるかもしれない。そこで仮に変更した場合、長く効き目がある薬はそのぶん、体に薬の成分が長く残ります。腎臓や肝臓の機能はどうか、万が一副作用が出たときにいかに早く気づくことができるか、などを考えて提案や調整を行います。 「薬剤師は医師の処方に従って薬を出すだけの人」と思われがちですが、在宅医療では薬剤師も、その方がどんな暮らしをしており、お体はどんな状況なのか、事前情報の段階でしっかり確認します。 その上で、特に薬を変更した場合などは、どんなタイミングで、何のために、どんな薬に変更して、どんなことに気をつけるのがよいか。地域で一緒に働くスタッフにも「専門家の意見として」共有させていただいています。病院などとは違い、ご自宅では医療従事者が常時いるわけではありません。万一異変があったら誰かが訪問した際に気づけるよう、すぐ連絡できる体制──「連携」が大切だからです。 在宅医療にかかわる薬剤師の多くは、直接患者さんのそばでケアをするわけではありません。病状と想いを共有して、地域の薬局と連携し、ふだんの服薬状況を確認しながら、ケアマネジャーさんを中心として情報共有し「支えようとしている人を支えること」で間接的なサポートができているのだと思っています。 「飲み忘れ」より多い「飲みすぎ」の相談 実際には、「飲み忘れ」でなく「飲みすぎ」の相談が、意外に多くあります。予定より早く薬がなくなってしまうため、管理方法などどうしたらよいかといった内容です。 外来に通院している人なら「薬がない」とご本人が病院に来ることもありますが、ご本人に過量服用している自覚がない場合が多く、対応に苦慮することがあります。 お一人でいる時間に服用してしまうことを防ぐのは難しく、薬を預かったり隠したりすることもご本人の自尊心を傷つけて、不安や不信感につながることがあります。ですから一概に「このようなケースはこうする」と決めることはできません。やはり連携が必要となり、日々変化する感情や病状に合わせての対応が求められます。 ご本人の認知機能はもちろんですが、それまで生きてきた過去(プライドやキャラクターなど)、生活の自立度、そしてどの程度管理すべきかの病状と経過、医師の見解を地域の薬局と共有し、ケアマネジャーさんとはサービスの受け入れ状況や、協力体制、薬剤の支給のタイミングを共有します。 私たちは、異変に気づいたときにすぐに共有できるような体制づくりや、情報共有システムなどの整備にも取り組んでいます。 多職種がともに学び、ともに悩むことの価値 血圧を下げる薬を例にとると、「血圧のコントロール」は手段であって、目的は、「脳卒中や心筋梗塞など大きな病気の予防」「予防した上で地域生活を維持すること」であったりします。前述の、病状や生きがい、人生満足度によっても、血圧のコントロールで考えられるリスクと、地域生活が維持できるかどうかのリスクの許容範囲は変わってきます。 多職種で共有するためには前提が重要です。在宅ケアは、他職種がどのようなことをしているか、同行しないと見えない部分が多くあります。新宿食支援研究会に参加することで、さまざまな職種について学ぶだけではなく、表面上わからなかったそれぞれの想いや現状も、交流を通して知ることができました。 それぞれの義務とプロフェッショナリズムを理解しつつ、病気や障害があったとしても、地域で安心して暮らせる社会をともに目指す。多くの職種が集まるなかで、それぞれのケースでともに悩むことが重要であり、サポートする側も含めた地域づくりをしていくことこそが大切なのだと学ばせていただきました。 執筆齊藤直裕薬剤師新宿ヒロクリニック新宿食支援研究会 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年8月23日
2022年8月23日

多くの「気づき」の情報が利用者の生活を快適に

新宿区一帯で在宅ケアを提供している事業所の有志が集まった「新宿食支援研究会」。「最後まで口から食べる」をかなえるために、日々、多職種での支援を実践しています。本研究会から、各職種の活動の様子をリレー形式で紹介します。第7回は、福祉用具専門相談員の山上智史さんから、利用者の「できる」を引き出すための環境整備について紹介します。 在宅生活に必須の福祉用具のプロフェッショナル 私たち福祉用具専門相談員は、高齢者や障害を持つ人が残存機能を生かして生活しやすいよう、また、介助者が負担軽減しやすいように、住まいの環境整備をする専門職です。環境整備の選択肢としては、用具の使用や、住宅改修を行い整備します。 現在、介護保険ではレンタルできる福祉用具は13品目、購入できる福祉用具は5品目、住宅改修は5項目あります。福祉用具専門相談員は福祉用具サービス計画を立て、ケアマネジャーがそれをプランに入れて利用します。私たちは、そのプランどおり継続できているか、ミスマッチが起きていないかなど定期的に見直しをしながら、常にベストを目指して環境づくりをしています。 特に退院後の生活に必要な環境を整備 利用者に合った生活環境を作るためには、利用者の身体機能や疾患の状態などの情報が必須です。看護師と福祉用具専門相談員が情報共有することが多いのは、次のような場面です。 退院時の調整 病院ではできていたことが、在宅ではできないことがあります。 たとえば、病院では便座の高さが40cmで立ち座りができていたが、在宅では38cmで立ち座りが不安定になることがあります。また、食器や食具が病院と異なるため、家での食事はうまく食べられない方もいます。そのため、病院側の情報が多く入りやすい看護師との情報共有は重要です。 姿勢調整の相談 生活場面での座位姿勢やベッド上での姿勢は、嚥下や排泄に密接にかかわっているため、看護師からの情報が重要になります。たとえば看護師が把握している情報(座位保持時間、関節可動域、痛みの部位・具合など)に合わせて車いすの調整やクッションの選定を行っています。 生活動線の確保 生活のなかの「できない」には、さまざまな原因があります。たとえば「食べたくない」と言う利用者の本当の理由が「トイレに行く頻度を増やしたくない」ことだったこともあります。このように問題点を解決するヒントは間接的にほかの場所にある場合も少なくありません。 そのため、生活に密接にかかわっている家族・ヘルパー・看護師の情報を共有してもらうことで、環境面の改善に役立てることができます。 環境への「気づき」がポイント 福祉用具導入で食事介助が不要になった例 Aさん、80歳代女性、パーキンソン病 当時、私はヘルパーとしてパーキンソン病で座位が安定しないAさんの食事介助をしていました。40分隣に座り、Aさんの体を抱えながら食べ物を口に運び、Aさんは体を固くして口を開けるのが精いっぱいでした。 そんな時期に、私が部署移動で福祉用具専門相談員となり、当時新商品だった端座位保持テーブル「Sittan」という商品を見つけ、ケアマネに相談しました。すると端座位が安定しただけでなく、Aさんはテーブルに肘をついて自分で食事を食べだしたのです。 食事介助に40分かかっていたものが、自分で、20分で食べられるようになりました。このとき、「よかった」と喜びの感情と同時に「筋緊張で食べられなかったのは座る時の環境が悪かったんだ。気づかなくて申し訳なかった」と、環境づくりの大切さ、環境に目を向ける責任を痛感しました。 残存機能を生かした環境づくりで排泄行動が自立した例 Bさん、80歳代男性、脳梗塞片麻痺で歩行不可 脳梗塞をきっかけに車いす生活になったBさん。家のトイレは手前に段差が2ヵ所あり、立位が安定しないBさんは、歩行移動も、段差のせいで車いす移動もできない環境でした。退院時に看護師からおむつかポータブルトイレを用意するように言われ落ち込み、退院後はトイレ回数を減らすために食事も制限するようになってしまいました。 Bさんは、車いすの足こぎ移動やベッド上での横移動ができていました。それを知っていた私は、その自立機能を生かした環境にすることでトイレまで行けないかを考えました。そこで車いすの足漕ぎでトイレ近くまで移動してもらい、いすをトイレまで並べて置き、立ち上がらなくてもベッド上で横移動をする要領で移動ができるように工夫しました。 この環境にすることにより、Bさんは介助者の手を借りることもなく、自分のタイミングでトイレまで行くことができるようになりました。 福祉用具専門相談員が役立てること どんな福祉用具でも、メリットだけでなくデメリットもあります。 たとえば、エアマットレスは褥瘡防止のメリットがある反面、動きづらいデメリットがあります。車いすも下肢の負担軽減になるメリットの反面、下肢筋力低下の可能性というデメリットがあります。 ある利用者は、誤嚥を繰り返す原因が、体の機能低下と診断されていました。しかし実際に伺うと、テレビを見上げるような位置にあり、姿勢が崩れて結果的に誤嚥を繰り返していたことがわかりました。テレビの配置を低くし、誤嚥が改善されました。 私たちは利用者に合った用具を正しく選定する義務があり、そのためにも福祉用具専門相談員にできるだけ多くの情報をいただけると助かります。そしてぜひ私たちにも相談してみてください。 ー第8回へ続く 山上智史福祉用具専門相談員株式会社K-WORKER新宿食支援研究会記事編集:株式会社メディカ出版記事協力:パラマウントベッド株式会社

特集
2022年8月16日
2022年8月16日

ケアマネは多職種との信頼あってこそ司令塔

新宿区一帯で在宅ケアを提供している事業所の有志が集まった「新宿食支援研究会」。「最後まで口から食べる」をかなえるために、日々、多職種での支援を実践しています。本研究会から、各職種の活動の様子をリレー形式で紹介します。第6回は、ケアマネジャーの森岡真也さんから、訪問看護師を含む多職種チーム構築を紹介します。 サービス調整だけではないケアマネの仕事 私が担当している地域、東京都新宿区は人口343,662人、高齢者人口67,187人、高齢化率19.6%(2022年5月1日現在)。新宿というと、一般的には高層ビル群や歌舞伎町の繁華街がクローズアップされるため、生活している人が少ない印象ですが、実際にはかなりの数の高齢者が住んでいる地域です。 地域的な特徴としては、独居高齢者・高齢者のみ世帯の比率が多く、また高齢化率が50%を超える大規模な都営住宅が2ヵ所あります。区内には大規模な病院が数多くあり、難病などで療養生活を送る方も多くいらっしゃいます。そのためか、訪問診療や訪問看護などの在宅医療が昔から充実している地域でもあります。 そんな新宿区で私がケアマネジャーの仕事を始めて16年になります。ケアマネジャーは一般的に、利用者に適したケアプランを作成し、利用者とサービス提供事業者の間に立って連絡調整をする、いわば介護保険の道先案内人のような専門職。最近では、介護保険外のサービスを調整する機会も多くあります。 ケアマネジャーとして働くためには、もちろん介護保険の幅広い知識が必要ですが、活動する地域のさまざまなフォーマル・インフォーマルサービスを提供する方々と関係を作り、利用者に紹介できるよう準備することも重要なのです。 顔の見える関係で把握できた情報が在宅ケアチーム構築につながる 新宿食支援研究会に参加したのは、同会設立時の2009年。以降、研修会やワーキンググループ、イベントなどでさまざまな方と出会い、その出会いが現在の私の仕事の糧となっています。 在宅生活の支援では、さまざまな問題が複合的に重なるケースが少なくありません。訪問看護師さんには、疾病上の管理のみならず、生活上の支援や家族関係の情報収集など、さまざまなことをお願いしています。また、看護師さん個々人のスキルや資質を頼ってケースを依頼することもあります。 新宿食支援研究会に関係している看護師さんとは、研修会などを通してスキルと顔の見える関係ができており、また食支援全般に深い知識と興味がある方が多いため、摂食嚥下機能障害をはじめ、さまざまな問題のある利用者の支援をお願いすることが多くあります。 病院などで組織内にすでにある多職種チームで支援を行うのとは違い、在宅ではさまざまな制約があり、支援の工夫が必要です。たとえば、本来必要な専門職が地域に不足している、または経済的な面で導入ができないため、多職種からその役割を補完してケアチームを組み立てることが多くあります。本来ならばST(言語聴覚士)の導入が必要なケースに、摂食嚥下訓練に詳しい看護師さんに入ってもらうことなどが過去にありました。 また、摂食嚥下機能に問題があり、一回の食事介助で少量しか食べられない方の食事回数・水分補給の回数を増やすため、ヘルパー・看護師・理学療法士・言語聴覚士・医師・歯科医師・管理栄養士など訪問するすべての職種の方々に、こまめな食事介助、水分補給の介助をお願いしたケースもあります。 このように、在宅ケアチームの構築には、地域の専門職個々人のスキルや資質を把握しておくことが重要となります。この把握にはやはり、実際に一緒にケアチームとして仕事をする前に、さまざまな研修会などで知り合えていることが役立っています。 多職種が常駐し、介護相談できるカフェをオープン 新宿食支援研究会でよく使われる「MTK-H®」という言葉があります。「M」は「見つける」、「T」は「つなぐ」、「K」は「結果を出す」、「H」は「広める」という、食支援にかかわる人の役割を表しています。 私たちケアマネジャーの役割の一つは、「T」、つなぐこと。在宅生活を希望されているご本人にとって、現況最適な在宅ケアチームを構築する役割です。そのためには、まず「M」、見つける役割を担う人が必要となります。われわれケアマネジャーが見つける人はもちろん、ご家族や地域住民の方です。ケアマネジャーとして、地域住民の方とつながって地域の社会資源を育んでいくことも、重要な仕事です。 新宿食支援研究会では、現在ワーキンググループとして地域住民の方とともにプロジェクトを進めています。 また法人事業として2022年6月に介護事業所併設のカフェ「介護相談もできるカフェ Sunnydays Café」をオープンしました。このカフェは、地域の喫茶店として機能しつつ、ケアマネジャーをはじめ介護の専門職がカフェに常駐し、地域の方の介護相談がある場合にはさりげなく寄り添いたいという思いでつくりました。Sunnydays Café内には、地域の方と医療・介護・福祉の関係者をつなぐ、さまざまなしくみを用意しています。 ケアマネジャーとして、多くの「K」、つまり結果を出す看護師さんをはじめとする医療・介護・福祉の専門職と、地域住民をつなぐ役割をこれからも果たしていこうと考えています。 訪問看護師さんには、ぜひ私たちケアマネジャーと直接つながる機会を持っていただき、地域の看護師さんの情報を気軽に利用者・家族・地域住民・専門職の方と共有できるよう、必要な情報をケアマネジャーに教えていただければと思います。 ー第7回へ続く 森岡真也ケアマネジャー株式会社モテギ新宿ケアセンター長新宿食支援研究会Sunnydays Caféhttps://sunnydayscafe.hp.peraichi.com/記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年8月16日
2022年8月16日

コーチングと口腔ケア

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。今回と次回は、コミュニケーションが困難だった人への対応事例を紹介します。 コミュニケーションが難しい方への対応 事例 Lさん、76歳男性、要介護Ⅱ。上総義歯、下部分義歯。義歯不安定、残存歯2本のみ。痰の喀出困難、OHAT唾液-1、帯状疱疹後神経痛、前立腺肥大症ほか。6年前に妻を亡くして以降、日々、機嫌が変わりやすくなった。内科からの紹介で、義歯不安定を主訴に訪問歯科診療にかかわる。帯状疱疹後神経痛(腰痛)がつらく、口腔ケア時にも、顔をしかめるほどの痛みが発作的に襲うことがあった。 Lさんには「なんで毎週来るんだ、毎週来なくてもいいんだよ! 床が傷付くから、荷物を床に置くんじゃない!」と、初診時からしばらくは、頭ごなしに怒鳴られることもありました。対応に苦慮しながら、ひたすら寄り添い傾聴し、ハフィング(痰を吐き出しやすくする方法)の指導や、義歯の内面調整を行いました。 コーチングスキルを取り入れる Lさんとのコミュニケーションに悩んでいたころ、コーチングの研修に参加することができました。「コーチ」の語源は「馬車」で、コーチングとは、人を馬車に乗せて目的地に運ぶ、つまり目標達成を支援するための、対話的コミュニケーションの技法です1)。 研修で教わったコミュニケーション技法を、Lさんとの会話で試みました。ペーシング(歩調合わせ)やリフレイン(繰り返し)の技法により、難解と思われた関係性が、少し開けてきたように思いました。 以下、Lさんとの会話の一部を示します。(下線部がリフレインの箇所) L「独りで暮らす自信がないなあ、もう僕、独りでは無理だと思う、歯科さん(筆者のこと)どう思う?」山田「そうですか。お独りではご無理がありますよね、不安ですよね」L「娘は仕事があるから、わがまま言えないし……」山田「娘さん、お仕事を持っていらっしゃるのですね、お忙しいのですね」 相手主導で、相手の言葉をリフレインし、傾聴すると、こちらが積極的に問わなくても、Lさんが独り暮らしを不安に思っていること、娘さんがお仕事を持っていて、Lさんの娘さんへの気遣いがわかりました。初診のころの機嫌の悪さは、腰痛のせいだけでなく、孤独感の影響が大だったのだと理解しました。 サービス担当者会議の開催 Lさんへの口腔ケアの指導も順調に進み、もう「毎週来るな」とは言われなくなったころ、チームにLさんの腰痛が周知され、介護支援専門員から、腰痛対策のためのサービス担当者会議が招集されました。 コロナ下のことで、会議は文書でのやりとりでしたが、介護支援専門員がそれぞれの意見をまとめ、Lさんに丁寧に説明が行われました。 その説明を受けた後も、Lさんは不安げで、「歯科さん、僕にはよくわからないので、説明してくれるかい」とおっしゃるので、図のようにそれぞれの職種の意見を示し、「皆さんが、Lさんのことをたいへん心配されていますよ。でも、何を選ぶかは、Lさんご自身ですよ」と伝えました。 Lさんの顔は生き生きと見えました。訪問鍼灸師のお試し施術も受けられましたが、慣れない鍼灸への怖さと、施術中の姿勢保持が困難だったため、自分でできるストレッチと、内科医提案の鎮痛薬治療を選ばれたのでした。 行動変容が促される その後は、訪問のたびに、ストレッチに歯磨き、舌の訓練も見せてくれるようになり、ご自分の話をしてくれるようにもなりました。あるときは、亡くなられたご自慢の奥様の写真も見せてくださいました。 義歯の安定には機能的なケアと唾液が必要です。精神的なストレスにより、唾液が減少することもあるので、訪問時のLさんとの何気ない会話に、心理面・体調面の好不調を探ることもありました。 コーチングは初心者ですが、基本的な介入を試みてから、急速にラポール形成が進行し、行動変容も促され、実際に口腔内環境が改善されたことには驚きでした。 残念ながら、腰痛はその後も大きく改善することはなく、ベッド上での時間も長くなり、ずいぶんと痩せられて、義歯も不安定になりました。 歯科医による義歯再調整のとき、そばで心配する私に、「歯科さん、あなたがいちばん、僕のことをわかってくれている。入れ歯が合わないのはね、歯科さんのせいではないからね。心配しなくていいよ、僕が悪いんだ」と笑顔で、おっしゃるのでした。 介入して2年半、Lさんは、そんな優しい言葉とたくさんの思い出を遺したまま、入所したばかりの施設で体調が急変され、愛する奥様のもとへ旅立たれました。 ー第10回へ続く 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士) 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)出江紳一ほか.『医療コーチングワークブック』東京,中外医学社,2019,168p.

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