小児看護に関する記事

寄り添うケアが旅を可能にする~医療的ケア児のキャンプを支える在宅医療チーム~
寄り添うケアが旅を可能にする~医療的ケア児のキャンプを支える在宅医療チーム~
インタビュー
2026年1月27日
2026年1月27日

寄り添うケアが旅を可能にする~医療的ケア児のキャンプを支える在宅医療チーム~

2025年10月、河口湖を舞台に医療的ケア児と家族のための「第6回 キラキラこどもキャンプ 湖と富士山を見たい! 2025 in河口湖」が開催されました。医療的ケアを必要とする子どもたちとご家族にとって、旅行は大きなハードルであると同時に、かけがえのない体験でもあります。その一歩をどう支え、どのように連携を整えてきたのか、キャンプの企画・運営に携わる木戸さんにお話をうかがいました。 >>前編はこちら医療的ケア児と家族へ届ける自然体験~こどもキャンプ再開に込めた想い~ 木戸 恵子(きど けいこ)さん株式会社ウッディ 訪問看護ステーションはーと 管理者・代表取締役訪問看護師として25年以上の経験を持ち、在宅療養を支える実践を続けている。「ナイトナース」制度を導入し、24時間対応体制の課題に対する新しい働き方を訪問看護業界に提案。看護師の負担軽減と利用者満足度の両立に取り組む。「第3回 みんなの訪問看護アワード」大賞受賞。(エピソード漫画化記事:「お母さん〜看護の襷をつなぐということ〜」) 垣間見えたこどもたちの成長と頼もしさ ―キャンプ内で心に残ったご家族の言葉やエピソードはありますか? 例えば、保護者の方々からは以下のような声をいただいています。 「自分たちが旅行を計画するとなると、部屋のお湯や電子レンジの有無など、細かな確認が必要で本当に大変です。今回はそういった確認が不要で、安心して参加できました」   「娘と一緒にキャンプに行くのがずっと夢でした。普段は旅行に連れていく余裕もなくて…。でも今回は移動中も医療者の方が見てくださって、本当に助かりました」「久しぶりにキャンプが開催されると知って、思い切って申し込みました。シングルなので、一人で子どもたちを旅行に連れていくことが難しい状況があります。キャンプでは子どもたち同士が自然と仲良くなっていました」 自然と打ち解け、あっという間にできた「仲間の輪」。笑顔あふれるキャンプの様子 普段の訪問では、ごきょうだいの揺れ動く気持ちや我慢はどうしても見えにくいものですが、このキャンプはごきょうだいのケアも大切にしたいという思いで運営しています。 あるご家庭からは、どうしても医療的ケアが必要な子に注目が集まり、ほかのごきょうだいが自然と我慢を重ねる場面が多いというお話を伺っていました。そこで、キャンプ中はごきょうだいたちにも小さな役割をたくさんお願いすることにしたんです。バスタオルを配ったり、歯ブラシを届けたり。任せた仕事をどれも丁寧にこなしてくれて、来年に向けての意気込みを語ってくれた子もいました。自己肯定感の向上につながる経験のひとつになったのではないかと思います。 24時間体制での連携 ―キャンプ地でのサポート体制はどのように組んでいたのでしょうか。 キャンプ地で24時間医療的ケアを支えるためには、当日だけでなく、丁寧な準備が欠かせません。キャンプの前日と前週水曜日に往診を行い、参加するすべてのご家庭を医師と看護師が事前に回り、カルテを作成してアレルギーや体調について把握していました。また、事前に必要な情報を共有し、看護師・医師が即時に対応できるよう、さまざまなケースのシミュレーションも重ねていました。 キャンプ当日は、医療従事者20名ほどが参加。夜間は看護師が必要に応じて各部屋を訪問する体制を取り、「一家族一ナース」には至らないものの、必要なタイミングで寄り添う形を重視しました。食事や移動時のトイレ対応、医療的ケアなど、担える部分は積極的に引き受け、ご家族が休息できる時間を確保することを心がけました。 ―想定外の事態などはありましたか。 キャンプ当日にインフルエンザが発生しました。感染症に罹患した場合のこともシミュレーションして臨んでいたので、初動対応は比較的スムーズに進めることができたと感じています。発熱が確認された時点で、運営・看護師・医師がすぐに協議し、感染拡大防止を最優先に対応しました。医師は点滴や検査キット、緊急薬剤を含む医療機材を持参しており、その備えが現場で生きました。 しかし、準備していた抗ウイルス薬が結果的に不足してしまった点が想定外でした。そのため、夜間対応が可能な薬局を手分けして探し、当日中に必要な量の薬剤を調達する対応が発生したんです。最終的には、運営・医療スタッフ・ご家族それぞれの協力によって、影響を最小限に抑えることができたと受け止めていますが、プログラムは変更せざるを得ませんでした。 過去にも、海で鼻血がでてしまったり、夜に興奮しすぎて発熱したり、急な体調変化や疲れによる不調など、想定外の出来事は少なくありません。どれほど準備を重ねても、現場では「想定外」が起こりえます。「次はもっとこうしよう」という振り返りの積み重ねが、より安全で安心できる場づくりにつながるのだと考えています。 参加した医療職の動機と気づき ―今回は、他の事業所の医療職の皆さんも数多く参加されたそうですね。 はい。医療的ケア児の生活により近い形で関わりたい、家族看護の視点を深めたい、自分たちの地域でもキャンプを実現してみたい…。そんな前向きな思いで来てくれていました。若いスタッフから経験豊富なメンバーまで、立場はさまざまでも共通していたのは「現場の外で子どもたちを見る機会がほしい」という願いでした。中には、キャンプの運営方法や広報の工夫、場所選びのポイントなど、すぐに持ち帰って応用したいという情熱を持った方もいました。 実際に参加した医療職からは、「キャンプは非日常の場だけれど、ごきょうだいの関係やご家族の過ごし方を見て、むしろ『日常そのもの』を感じさせていただいた」「訪問看護をしていて利用者さんのことや生活について分かっているつもりでしたが、実際には知らないことも多かったと気づきました」といった声をいただきました。こちらとしても、その場の状況を瞬時に読み取り、柔軟に動いてくださり、本当に心強い存在でした。 医療スタッフとボランティアが一体となって支えたキャンプ どの事業所も当然ながらスタッフ全員がキャンプに参加できるわけではありませんし、スタッフの人数に合わせて受け入れられるご家庭の数も調整が必要になります。それでも、今回他事業所の方々を含めて協力していただいて、「小規模だから無理」ではなく「やると決めて仲間を集めれば実現できる」ということを改めて強く感じました。大事なのは規模ではなく、情熱と連携。この2つがあれば、どの地域でも形になるはずです。 スタッフ・支援者・寄附の力 ―協賛・協力をしてくださった方も多かったと聞いています。 はい。このキャンプは、これまで「地域みんなで育てていく」という思いで続けてきました。私たちの活動は個人ではなく、地域の医師をはじめとした協力やつながりが土台になっています。今回も、日頃から関わってくださっている方々が自然と力を貸してくださり、その温かさに何度も救われました。 クラウドファンディングでは、直接お会いしたことがない方々も理念に共感して寄付してくださいました。その一つひとつの思いに触れ、「世の中にはこんなにも優しさが残っている」と胸が熱くなると同時に、託された責任や期待の大きさも実感しました。 立ち上げの思いに共感した仲間たちが、構成づくりから担ってくれた特設サイト「第6回キッズキャンプ in 河口湖―小児疾患の子どもたちの勇気を膨らます会―」HPより 久しぶりの開催だったこともあり、「待っていたよ」という声をたくさんいただきました。朝早くから駆けつけてくれた方、差し入れで場を盛り上げてくれた方、「本当は企画段階から関わりたかった」と言いながら当日に参加してくれた方……。その気持ちの一つひとつが励みになりましたし、私ひとりの力では絶対に形にできませんでした。 寄付をしてくださった人のなかには、「うちの子も医療的ケア児です。今回は参加しませんが活動を応援したい。来年は参加します」というメッセージもありました。小児科の先生から、支援金とともに「小児科医はいくらいてもいいよね。来年は行くよ」と連絡をいただいたりもしました。 こうした声に触れるたびに思うのは、「このキャンプは、もう私たちの会社だけの取り組みではない」ということです。関わる人が時間も体力も心も注いでくれる。医療的ケアが必要な子どもたちとその家族が「自分たちは支えられている」「未来がある」と感じられる場所であり続けたいし、そのための努力をもっと積み重ねていかなければいけないと感じています。声を上げれば、誰かが応えてくれる。応えた力が、また次の誰かを動かす。この循環を、未来へもっと広げていきたいですね。 未来への展望・これからの活動 ―今後の展望についてお聞かせください。 子どもキャンプは、これからも続けていくつもりです。そのためには募金活動を継続することに加え、いずれはNPO化など、持続可能な体制づくりも必要かもしれません。活動としての「器」を整える段階に入りつつあると感じています。 地域や法人の枠を越えて協力し、より多くのお子さんが参加できる形をつくることが理想です。車の台数やルート調整など運営上の課題もありますが、それも皆でつくり上げるキャンプの醍醐味だと思っています。 また、現地に来られない子どもたちにも、今回のお出かけの楽しさや心に残る風景を映像で届けたら素敵ですね。医療的ケアが必要な子どもが多く通う放課後デイサービスに共有するのもいいと思っています。そんなふうに「体験を分かち合う」ことで、どの子も少しずつキャンプに参加している気持ちになれるのではないかと思っています。 富士山を背に記念撮影 ―最後に訪問看護師の皆さんへメッセージをお願いします。 訪問看護師の皆さんは、日々やることを整理し、チームで助け合いながら、看護に取り組まれていると思います。しかし、看護の本質はそれだけに収まらないと感じています。看護は本来「気づいて、想像して、つくっていく」もの。 少し視野を広げて、どこに本当のニーズがあるのか目を向けてみると、まだ埋まっていない穴がたくさんあることに気づきます。特に医療的ケア児やそのご家族は、日々たくさんの「我慢」が積み重なっているので、ちょっとした声かけや小さな配慮によって救われることがあります。大きなことじゃなくていいんです。そっと差しのべたひと手間。その温かい「気配り」こそ、看護の本質だと思うんです。技術だけでは届かない部分が、確かにそこにあります。 そのためには、何より自分自身が元気でいてください。心身が健康であれば、「ここでこんな関わりをしたら、きっと心が和らぐだろうな」と自然に想像できるようになります。それが、私から訪問看護師の皆さんへ送るエールです。 取材・編集:NsPace編集部執筆:小松原 菜々

医療的ケア児と家族へ届ける自然体験~こどもキャンプの意義~
医療的ケア児と家族へ届ける自然体験~こどもキャンプの意義~
インタビュー
2026年1月20日
2026年1月20日

医療的ケア児と家族へ届ける自然体験~こどもキャンプの意義~

外出や旅行に大きなハードルを抱える医療的ケア児と家族に、自然の中での体験を届けたい――。訪問看護師の木戸 恵子さんは、そんな思いから「こどもキャンプ」の企画・運営をしています。コロナ禍で約5年休止していましたが、2025年10月に待望の「第6回 キラキラこどもキャンプ 湖と富士山を見たい! 2025 in河口湖」が開催されました。今回は、木戸さんの本キャンプに込めた想いや運営の裏側を伺います。 木戸 恵子(きど けいこ)さん株式会社ウッディ 訪問看護ステーションはーと 管理者・代表取締役訪問看護師として25年以上の経験を持ち、在宅療養を支える実践を続けている。「ナイトナース」制度を導入し、24時間対応体制の課題に対する新しい働き方を訪問看護業界に提案。看護師の負担軽減と利用者満足度の両立に取り組む。「第3回 みんなの訪問看護アワード」大賞受賞。(エピソード漫画化記事:「お母さん〜看護の襷をつなぐということ〜」) キャンプの再開に向けた想い ―このキャンプは、そもそもどんなきっかけから始まったのでしょうか。 はい。重い病気や障害のあるお子さんのご家庭ほど、どうしても日常がケア中心になり、ごきょうだいが寂しい思いをする場面も出てきてしまいます。家族全員で思い出をつくる機会は限られ、運動会や旅行など、一般的には「当たり前」の体験が叶わないご家庭も多い現実があるのです。 この活動を始めたのは2015年ですが、その原点には、致死性骨異形成症という難病を抱えた「しゅうくん」(当時12歳)の存在がありました。 「しゅうくんの物語」より抜粋。物語全文はリンク先よりご覧ください。 自宅で過ごす時間が長く、公園にすら行ったことがなかった彼に、妹さんが「海みたいよね!」と言ったとき、嬉しそうな表情で頷いていました。その様子を見て、ご家族で行ける海でのキャンプを提案したんです。 これまでに6回キャンプを開催してきたなかで、かけがえのないご家族の思い出づくりの意義を、スタッフ一同強く実感しています。 ―コロナ禍で5年自粛されたようですが、再開に込めた思いについてもお聞かせください。 利用者さん家族から「今年はキャンプありますか?」という問い合わせを毎年いただき、「今年も自粛です」と伝えるのはとても胸が痛みました。また、キャンプを実施する際はスタッフの負担が大きく、体力も時間もエネルギーも必要ですが、それでもスタッフから「今年はやらないんですか?」と声をかけられることが何度もあって。「キャンプを大切に思ってくれているんだ」と胸が熱くなりました。 だからこそ、今回念願の再開を迎えられたことは、大きな希望となりました。再開初年度となる今回は、8家族が参加してくださいました。 キラキラこどもキャンプ2025 協力者募集用のチラシ 思いの根っこはずっと同じで、「子どもたちに自然の中でのびのびと過ごしてほしい」ということ。屋内ではなく外で、風や光や空気を感じながら、五感をいっぱい使ってほしい。そして楽しい思い出をたくさんつくってほしい。それが私たちの願いでした。 実際、キャンプでは毎回、子どもたちの素直な力に驚かされます。初めて出会った子同士でも、いつの間にか打ち解けて一緒に遊び始める。大人が構える前に、子どもたちが「もう仲間だよ」と言わんばかりに自然に輪を広げていく。その姿こそ、このキャンプが持つ魅力のひとつでもあります。 下見で見えた大切な条件と医療者の視点 ―今回の開催地はどのように検討されたのでしょうか? もともとこのキャンプは、夏休みのイベントとして開催していたのですが、昨今の猛暑は本当に厳しいですよね。子どもたちやスタッフの体力的負担も大きく、開催時期は秋にしました。その前提で改めて「どんな場所なら子どもたちが安心して、安全に楽しめるか」を考え、今回は「自然の中で富士山を見よう」「キラキラ光る湖を眺めよう」というテーマで河口湖に行くことにしました。 海・遊園地・山・川などさまざまな方向性を検討し、「沖縄に行けないか?」とも考えましたが、公共交通機関の利用は負担が大きい。また、果物狩りなども素敵だと思いましたが、安定しない土の地面の移動は、バギーを使うお子さんたちにとってハードルが高いんです。さまざまなシーンを想定しながら、最終的に今回のコースがベストだと判断しました。 ―開催場所を決めたあとも、多くの準備が必要だったと思います。重点的にチェックされた部分を教えてください。 どのキャンプでも、開催地の下見には複数回足を運んできました。今回は過去に利用したことのあるコテージだった分、3回の訪問で必要な確認をすべて済ませることができました。 第6回 キラキラこどもキャンプ開催地のコテージとそこから見える景色 下見で大事なのはまず「安全に過ごせるか」という視点です。緊急時の医療体制、宿泊するコテージや出入り口のバリアフリー、設備、停電時の自家発電など、確認しなければいけないポイントは多岐にわたります。感染対策においても、「動線が混雑しないか」「隔離スペースを確保できるか」など、一つひとつ丁寧にチェックしました。 木の温もりがそっと寄り添う、穏やかな雰囲気のコテージ内 また、参加してくださったご家族が「ここなら安心して思い出をつくれる」と心から思えることも大切です。医療的ケア児のキャンプは、一般に想像されるアウトドア体験とは状況が異なり、プライバシーの確保や他の宿泊客と互いに気持ちよく過ごせる環境も重要ですし、ゆっくり身体を休める場所がないと、発熱したり体調を崩したりと、翌日に影響が出てしまうこともあります。 すべての条件を満たす場所を探すことは簡単ではなく、ガイドブックだけでは見えてこない部分が多いので、現地で直接打ち合わせをし、確認する作業が欠かせないと実感しています。 キャンプ当日の移動 ―移動時にはリフト付きの福祉バスを利用されたそうですね。 はい。新幹線や飛行機など一般の交通機関では、どうしても周囲に気を遣いますし、時間の遅れが大きなトラブルにつながることもあります。 リフト付きの貸切バスなら、私たち看護師が車内で医療的ケアを行えるので、その間にご家族も少し肩の力を抜けます。みんなが同じ車内にいることで自然と一体感も生まれ、とても良い選択だったと感じています。 看護師側は吸引やしゃっくりへの対応など、慌ただしい場面もありましたが、途中から運転手さんもお子さんの様子を見て声をかけてくださるなど、とても協力的でした。温かいガイドさんと運転手さんに恵まれたことも、今回の旅を支える大きな力になりました。 ―皆さんで移動する際の工夫や大切にされた点を教えてください。 移動時間そのものが、医療的ケアを含めた大切な「ケアの場」になるため、事前にしっかりスケジュールを組んで臨みました。特に休憩の取り方には気を配りました。サービスエリア等でのトイレの個数、どのお子さんがトイレに行く必要があるか、オムツ交換のスペースが不足した場合どう動くかなど、事前に休憩場所の確認をした上で臨んでいます。 ただの移動で終わらないよう、行き帰りの道中にもお猿さんの観劇や眺望が素敵な大石公園へのお出かけ、車内での映画鑑賞など、楽しめるプログラムを組み込むような工夫もしています。 なお、車で別ルートから来られた方は遊覧船にも乗ったそうです。バギーのまま乗船できるのはいいですよね。貴重な体験になると思います。そうした選択肢の広がりもまた、この旅の魅力のひとつです。 ワクワクがぎゅっと詰まった旅のしおり。移動中にも小さな冒険が散りばめられていました。 ―移動時の下見も入念にされているのですね。 はい。ただ、公共トイレはどうしても混雑があり、予測どおりにいかない場面はあります。また、トイレに行けば水分補給も必要です。バス走行中の経管投与は難しいため、一度停車してもらう必要があります。こうした時間の積み重ねや高速道路の渋滞も重なって、進行は想定より少しゆっくりとしたものになりました。 次のキャンプに向けては休憩時間を少し長めに取ることも検討していますが、今度はごきょうだいが暇を持て余してしまいますよね。休憩中のちょっとした遊びも用意するなど、時間の過ごし方を工夫したいと思います。 * * * 次回は、医療的ケア児とご家族が一歩を踏み出すためにどのように支え、チームとしてどのように連携を整えてきたのか。そして今回のキャンプから見えた子どもたちの成長や、医療連携の課題と可能性について、引き続き木戸さんに伺います。 >>後編はこちら寄り添うケアが旅を可能にする~医療的ケア児のキャンプを支える在宅医療チームの実践~ 取材・編集:NsPace編集部執筆:小松原 菜々

小児に関する医療費助成 訪問看護師が知っておきたい基礎知識
小児に関する医療費助成 訪問看護師が知っておきたい基礎知識
特集
2026年1月13日
2026年1月13日

小児に関する医療費助成 訪問看護師が知っておきたい基礎知識

小児の場合、居住地や条件に応じて乳幼児・義務教育就学児を対象とした医療費助成制度や、小児慢性特定疾病医療費助成制度などの対象になります。今回は、訪問看護師が知っておきたい小児の主な医療費助成制度について整理します。 ※本記事は、2025年4月時点の情報をもとに構成しています。 まずは、都道府県・市区町村が実施している子どもの医療費助成制度についてです。 自治体の助成で小児医療費の自己負担が軽減 医療機関受診時の自己負担は、義務教育就学前(未就学児)までは2割、義務教育就学後(小学生以上)は3割ですが、実際には各自治体が発行する「医療費受給者証」と保険証を窓口で提示することで、自己負担額の支払いが援助されます。 自治体によっては「無料」の地域もあれば、1回300円や500円など定額の負担が求められる地域もあります。また、所得制限の有無や対象となる年齢もさまざまで、高校生まで医療費が無料となる自治体も増えています。居住する都道府県を越えて医療機関を受診した場合は、いったん窓口で自己負担分の医療費を支払い、後日、領収書を添付し居住する自治体に申請することで助成が受けられます。 ただし、この助成制度は、医療保険上の自己負担が対象であり、選定療養費(差額ベッド代や紹介状なしの受診など)に当たるものは対象外です。また、居住する地域により支援内容に差があるため、自治体に確認する必要があります。 * * * 小児の医療費助成制度には、一般的な助成だけでなく、長期的・継続的な医療が必要な子どもや、障害のある子どもへの専門的な制度もあります。今回は、小児慢性特定疾病の医療費助成と更生医療、育成医療について解説します。これらの制度の基本を押さえておきましょう。 慢性的な疾患のある小児への支援:小児慢性特定疾病医療費助成制度(公費番号:52) 小児慢性特定疾病医療費助成制度は、小児がんや腎疾患、呼吸器疾患など、特定の疾病に対して医療費の一部を助成する制度です。この制度の対象となるのは、以下の4つの条件を満たす18歳未満の児童です。  1.慢性に経過する疾病であること2.生命を長期に脅かす疾病であること3.症状や治療が長期にわたって生活の質を低下させる疾病であること4.長期にわたって高額な医療費の負担が続く疾病であること文献1)より引用 なお、2025年4月1日より対象となる疾病が拡大され、801疾病になりました。対象疾病の詳細は、小児慢性特定疾病情報センターのウェブサイトから確認できます。>>小児慢性特定疾病情報センター:小児慢性特定疾病の対象疾病リストhttps://www.shouman.jp/disease/search/disease_list 自己負担上限額について この制度では、表1に示すように世帯の所得に応じて、自己負担上限月額が決まっています(0円~15,000円)。 表1 小児慢性特定疾病医療の自己負担上限月額 ※重症:(1)高額な医療費が長期的に継続する者(医療費総額が5万円/月(例えば医療保険の2割負担の場合、医療費の自己負担が1万円/月)を超える月が年間6回以上ある場合)、(2)現行の重症患者基準に適合するもの、のいずれかに該当。文献2)より引用 小児の医療費は自己負担額がない場合が多いですが、図1のとおり、高額療養費制度を適用した後、自治体が小児慢性特定疾患の自己負担上限額を自治体が負担する、という流れです。 なお、訪問看護には直接関係しませんが、入院時の食事療養費は2分の1が助成されます。 図1 月額医療費の自己負担のイメージ 障害のある子どもへの支援:更生医療(15)・育成医療(16) 小児慢性特定疾病とは別に、心身の障害を除去・軽減するための医療に対しても助成があります。それが「自立支援医療制度」であり、「精神通院医療」「更生医療」「育成医療」の3種類があります。 精神通院医療:統合失調症やうつ病などの精神疾患(てんかんを含む)により、通院による精神医療を継続する必要がある方を対象に、医療費の自己負担を軽減する制度。 更生医療:身体障害者手帳を交付された18歳以上の方が対象。その障害を除去・軽減する効果が期待できる医療*の一部費用を助成する制度。 育成医療:身体障害がある、または現存する疾患を放置すると将来障害を残すと認められる18未満の児童が対象。その障害を除去・軽減する効果が期待でき、生活能力を獲得するために行われる医療*の一部費用を助成する制度。 * 対象となる医療について:障害認定を受けた障害のために行われるものであり、身体障害者の疾病に伴うすべての医療を対象とするものではない。対象となる障害と標準的な治療の例は厚生労働省や各自治体のサイトを参照のこと。 訪問看護では、特に更生医療と育成医療を利用しているお子さんに出会う可能性があると思います。 自己負担上限月額について この制度でも、世帯の所得区分によって表2に示すように自己負担額の上限月額が設定されています(0円~20,000円)。育成医療の「中間所得1」「中間所得2」については、総医療費の1割または高額療養費(医療保険)の自己負担限度額までと定められており、軽減措置がとられています。また、一定所得以上の場合、更生医療・精神通院医療・育成医療ともに対象外となっています。 表2 自立支援医療の自己負担上限月額 文献3)を参考に作成 訪問看護ステーションの制度対応 今回紹介した制度における助成を受けるためには、訪問看護ステーションが制度ごとに定められた「指定医療機関」であることが求められます。 小児慢性特定疾病制度の場合は「指定小児慢性特定疾病医療機関」、自立支援医療制度の場合は「指定自立支援医療機関(育成医療・更生医療)」(精神通院医療は別の手続きが必要)の申請が必要です。訪問看護ステーションとして登録されると、指定番号が割り振られます。 訪問看護の利用者は高齢者の方が多い傾向にありますが、近年では新生児医療の進歩や医療的ケア児の増加といった社会的背景を受け、小児の訪問看護の依頼も増えつつあります。訪問看護を利用する小児患者さんに対応するために、助成についての理解を深め、忘れずに施設の届出だけはしておいてください。  執筆:木村 憲洋高崎健康福祉大学健康福祉学部医療情報学科 教授武蔵工業大学(現・東京都市大学)工学部機械工学科卒業、国立医療・病院管理研究所研究科(現・国立保健医療科学院)修了。民間病院を経て、現職。著書に『<イラスト図解>病院のしくみ』(日本実業出版社)などがある編集:株式会社照林社 【文献】1)小児慢性特定疾病情報センター:概要.https://www.shouman.jp/assist/outline2025/4/25閲覧2)小児慢性特定疾病情報センター:小児慢性特定疾病の医療費助成に係る自己負担上限額.https://www.shouman.jp/assist/expenses2025/4/25閲覧3)厚生労働省:自立支援医療の患者負担の基本的な枠組み.https://www.mhlw.go.jp/content/001507772.pdf2025/4/25閲覧

訪問看護認定看護師トークセッション 地域連携編
訪問看護認定看護師トークセッション 地域連携編
インタビュー 会員限定
2024年6月11日
2024年6月11日

訪問看護認定看護師トークセッション 地域連携編【セミナーレポート後編】

NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護認定看護師によるトークセッション〜人材育成と地域連携の実例紹介~」を2024年2月3日に実施しました。スピーカーにお迎えしたのは、訪問看護認定看護師の野崎加世子さんと富岡里江さん。トークセッション形式で、訪問看護が抱える課題やその解決方法を議論しました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。後編では地域連携について、実際の事例を紹介しながら考えていきます。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら訪問看護認定看護師トークセッション 人材育成編【セミナーレポート前編】 【講師】野崎 加世子さん初代訪問看護認定看護師協議会代表理事、現監事。「これからの在宅医療看護介護を考える会」代表。富岡 里江さん訪問看護ステーションはーと勤務。POO マスター、「渡辺式」家族看護認定インストラクター。東京都訪問看護教育ステーション事業における研修の企画・運営も担当。【ファシリテーター】中村 優子さんフリーアナウンサー・インタビュアー。著名人の YouTube チャンネル運営他、著者インタビューを多数手掛ける。 ※本文中敬称略 地域連携における現状と課題 中村: 野崎さんが活動する岐阜県における地域連携の現状と、連携強化のために実践している工夫について教えてください。 野崎: 私が活動しているのは人口10万人ほどの山間地が多いエリアで、地域サービスの不足が課題になっています。 その課題解消に向けて、地域の方たちと「顔の見える連携」を実践しています。なるべく直接顔を合わせるよう意識しつつ、ICTも活用。コロナ禍の連携にはオンラインミーティングを利用しました。 また、タブレット端末に専用ソフトをインストールし、利用者さんの情報を関係者間で共有しています。訪問範囲が広く、連携先の機関に出向くには時間がかかるので、とても便利です。 中村: 地域連携の難しさを感じるのはどんなときですか? 野崎: 病院から退院された利用者さんがスムーズに在宅での生活に移るには、訪問看護師と、医師や薬剤師、ケアマネジャー、ヘルパー、リハビリ職など、多職種が密に連携し、情報を共有する必要があります。しかし、ひとり暮らしや高齢の利用者さんが多く、民生委員やご近所の方などインフォーマルなサービスの方々が連携メンバーに加わるケースも。すると、個人情報保護の観点で話せないことも出てきます。さじ加減が難しいですね。 中村: 本当に多様な方々と連携されているんですね。連携時に意識なさっていることはありますか? 野崎: 会議の際に、参加者全員がわかる言葉選びを意識しています。医師や看護師が難しい医療用語を使うと、ほかの方々が発言しなくなってしまうケースもあるので。それぞれがお互いの立場や役割を理解し、わかりやすい言葉でコミュニケーションをとり、しっかり支え合えるよう心がけています。 地域連携の活動事例 中村: ここからは、地域連携の事例をお聞きできればと思います。まずは富岡さん、いかがでしょうか。 富岡: 私からは、予期せぬ手術で気管切開、人工呼吸器管理になったALS(筋萎縮性側索硬化症)の男性、Aさんの事例をご紹介します。 Aさんは奥さまに先立たれ、お子さん2人をひとりで育ててきた男性です。ALSに消化器疾患を併発し、状態が悪化。医師から「看取りが近い」と宣告され、長女さんは大学を休学して介護することを決意されました。 しかし、そのことを知った地域連携室が「本当にこれでよいのか」と悩み、私に相談をいただいたんです。 実際にAさんにお会いすると、病室にいながらインターネットでお子さんたちの日用品や食料品を手配したり、「家の中なら動ける」とおっしゃったりと、看取りが近いと宣告されたとは思えない様子でした。自身の最期を気にするよりも、お子さんの将来を楽しみにしているのが伝わってきましたね。 在宅ならもう少しADLの回復が見込めるかもしれないと考え、ケアマネジャーを含め各方面と相談。ご家族にも長期的な介護になる可能性を伝え、長女さんの就職も見据えて、在宅チームを結成しました。 そしてAさんは自宅に戻ると、やはりADLが回復。家庭の中心的な役割を担われるまでになりました。チームで介護にあたった結果、長女さんも大学を卒業し、就職できています。早期に関係者間の共通理解を図れたことで、連携、協働がうまく実現できた事例です。 中村: 非常に印象深いケースのご紹介をありがとうございます。野崎さんの活動事例も教えてください。 野崎: 私からは、気管切開を経て頻回の吸引が必要になった小児・Bさんの事例をご紹介します。 Bさんは「お兄ちゃんと同じ普通小学校に行きたい」という希望をもっていましたが、当時は特別支援学校にも看護職員がいない時代。教育委員会は普通小学校に吸引が必要なBさんの通学を許可してくれませんでした。私は、厚生労働省や他県の認定訪問看護師に相談しつつ、自分でも調査しました。すると、決して入学は無理ではないとわかってきたんです。 かかりつけ医や地域への協力を打診し、訪問看護師とBさんのお母さんとが交代で吸引を行う体制を整えました。そして、3年かけてやっと普通小学校への通学許可を得たんです。その後Bさんは、成長するにつれ自身で吸引を行うようになり、普通高校、国立大学へ進学したんですよ。そして、「普通小学校に通える子を増やしたい」という想いをもって2023年度から教員として小学校に就職し、今も元気に働いています。訪問看護師・認定訪問看護師になったからこそ支援できた事例でした。 中村: お二方とも、まさに訪問看護認定看護師の強みを活かされた貴重な情報の共有をありがとうございました。最後に、訪問看護師のみなさまへのメッセージをお願いします。 野崎: 訪問の現場では、日々つらいことや思い通りにならないことがあったり、孤独を感じたりするのではないかと思います。でも、相談に乗ってくれる人は必ずいます。目の前の利用者さんを大事にし、楽しみながら訪問看護を実践していきましょう。 富岡: ひとりで不安を抱えているなら、今回ご紹介した相談先に連絡したり、訪問先でもICTを活用して同僚とつながったりして、ぜひ周りに頼ってください。そして、できるだけ楽しく日々看護にあたり、利用者さんの笑顔を引き出してもらえたらと思います。全国の仲間と一緒に頑張りましょう! 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

自分自身が全力で遊びを楽しむ 重症心身障がい児のデイサービス&訪問看護
自分自身が全力で遊びを楽しむ 重症心身障がい児のデイサービス&訪問看護
インタビュー
2024年5月21日
2024年5月21日

自分自身が全力で遊びを楽しむ 重症心身障がい児のデイサービス&訪問看護

1年の病棟勤務を経て、「医療法人ハートフリーやすらぎ」の訪問看護ステーションやデイサービスで働く石川さん。デイサービスと訪問看護、両方に携わることができる職場に大きな魅力を感じているとのこと。前回の大藪さんに引き続き、子どもたちとの触れ合いの中で感じていることや、心がけていることなどを伺いました。 >>前回の記事はこちら言葉以外からも読み取れる感情 重症心身障がい児のデイサービス&訪問看護 石川 紗也佳(いしかわ さやか)さん看護師。1年消化器外科病棟で働いた後、2023年4月に医療法人ハートフリーやすらぎに入職。日々、個別性の高い重症心身障がいを持つ子どもたちとの関わり方を模索。週の半分程度をデイサービスで、もう半分を訪問看護で働いている。医療法人ハートフリーやすらぎ: https://www.heartfree.or.jp/ いつか海外で働くことも見据えて看護師に ─まずは、看護師になった理由や訪問看護の道を志した理由を教えてください。 はい。理由は色々あるのですが、私はもともと海外に住んでいたこともあり、「海外でも通用する職に就きたい」という思いがあります。また、私の母は看護師で、保育園に勤めていたほか、海外でも色々な場面で頼られる姿をみてきました。さまざまな場所で働ける看護師という仕事に憧れて、自然とこの道を志すようになったんです。 いつか海外で医療に携わりたいと考えたとき、場合によっては物資が不足している中で医療行為を行うケースもあると思います。あくまで個人的な考えですが、これは訪問看護に近いものがあるのではないかと。限られたリソースで工夫しながら、患者さんの想いに寄り添いながらケアをする。そういったお仕事をしたくて、訪問看護の道を志しました。 訪問看護利用者さんと石川さん ─ハートフリーやすらぎに入職した経緯も教えてください。 私は大学生のとき、発達障がいについて学んでいたということと、昔から子どもが好きこともあり、放課後等デイサービスでアルバイトをしました。時には「クソババァ」と言われたこともありましたが(笑)、子どもたちは本当にかわいくて、虜になりました。「いつか看護師として放課後等デイサービスで働きたい」という気持ちを持つようになったんです。 石川さん作成資料 最初は病棟で経験を積みたいという思いもあったので、大学卒業後は1年ほど病棟で働きました。その後、放課後等デイサービスと訪問看護、両方の仕事ができる「ハートフリーやすらぎ」の存在を知り、私にとっては夢のような職場だと思って応募したんです。 ─入職当時のハートフリーやすらぎの印象はいかがでしたか? まず、子どもの数に対して、スタッフの数がとても多いことに驚きました。一人ひとりの利用者さんに丁寧に接することができる環境が用意されていたんです。重症心身障がい児の看護は、吸引のしかた一つをとってもその子によってやり方が違うんですが、不慣れな私に「この子はこれ以上やると吐くから気を付けて」など、それぞれの特徴を掴めるように説明してもらいました。「手厚い」とはこういうことなんだ、と納得したのを覚えています。 言葉以外の意思表示を感じ取る ─訪問看護とデイサービスを両方やっているなかで、違いを感じることはありますか? はい、意識するポイントも含めてかなり違うと思います。訪問看護は利用者さんのご自宅で、限られた時間の中でのケアになるので、「訪問中に完結させなければならない」というプレッシャーが常にあります。ただ、利用者さん一人ひとりと丁寧に向き合えるというメリットは大きいです。 デイサービスの場合は、長時間利用者さんと一緒にいることができます。その一方で、訪問看護と比較すると一人ひとりの利用者さんに集中しづらい面もあります。だからこそ、手厚く対応しようという意識を働かせながらケアをしています。 ─病棟から大きく仕事内容が変わる中で、不安になることはありませんでしたか? そうですね。言葉での意思表示がない子どもたちのケアをするということ自体が、「どう関わればいいのだろう」と最初は不安でいっぱいでした。ただ、実際に触れ合うと「意思表示がない」なんてことは絶対にないということがわかるんです。みんな、手足の動き、首の動き、目の動き、表情筋などを使って、感情や思いを表現してくれます。子どもによって表現方法が違うだけで、「この子の場合はこの方法で教えてくれる」ということがわかってきました。それがわかってからは、子どもたちとの関わりがとても楽しくなっていったんです。 利用者さんの病状が急変することに対しても不安でしたが、HOTやバッグバルブマスクの使用方法、緊急時の流れなどについて先輩と話し合いながら確認・シミュレーションをし、いつ何が起きても対応できるよう準備しています。私は現状大きな急変に立ち会ったことがありませんが、てんかん発作や咳き込みなどの対応はしており、少しずつ経験を積んでいます。過剰に構えず、冷静に対応していきたいです。 また、ハートフリーやすらぎでは大橋さん(※)や先輩方がいつも質問に丁寧に答えてくれますし、困ったことがあれば一緒に考えてくれます。利用者さんやご家族との関わり方についても、具体的なアドバイスや「さっきの対応はよかった」といったフィードバックをもらえるんです。正すべきことは当然指摘を受けますが、優しくて愛があふれていて、全然つらい気持ちにならないんです。こちらの発言も否定せず受け止めてくれて、「やってみたら」と応援してくれます。思ったことを気後れせずに伝えられますし、安心して仕事ができています。 ※大橋奈美さん:医療法人ハートフリーやすらぎ常務理事、統括管理責任者 積極的に遊びを仕掛ける ─石川さんが担当されている利用者さんについて教えてください。 はい。こちらのNくんは現在8歳の男の子で、脳性麻痺、てんかん、慢性肺疾患、肺高血圧症があり、医療的ケアとしては胃ろうの処置が必要です。電車や自動車などの乗り物が大好きで、よく笑う姿がとても可愛らしいです。反応してもらえるのが嬉しくって、たくさん遊びを仕掛けています。 ─遊ぶ際に心掛けていることはありますか? 以前、風船で一緒に遊ぼうとしたときにはあまり興味がなさそうにしていました。そのことを作業療法士に相談すると、「この子たちは生まれたときから自分の意思に関係なく、いろいろな医療処置をされてきた。誰かに何かを『させられる』ことに対する抵抗が大きい」と教えてもらったんです。それ以降はNくんにとって「させられる」のではなく、自分から「したい」になるよう、心掛けています。まずは私自身が遊びを全力で楽しむようにして、それを見て興味をもって、「一緒に遊びたいな」と少しずつ遊びに参加してくれたらいいなといつも思っています。 ─どんな遊びをするか、発達段階に応じた目安などはあるのでしょうか。 重症心身障がい児は発達の遅延を伴っているケースも多いので、そのときどきで柔軟に対応し、その子独自の対応方法を探るのがいいのではないかと思っています。Nくんに関わらず、ここにいる子どもたちはすごく個別性が高いため、実践重視のほうが合っているように思います。考えてみれば、私自身も子ども時代に型にはまった遊び方はしていなかったなと思うので、ダメ元でもいろいろなアプローチをしたいと思っているんです。例えばこの前は、訪問看護の利用者さんで肌に筆が触れる感覚が好きな子がいたので、デイサービスの子とも筆で遊んでみました。 新しい遊びのアイデアを提案すると、まわりの皆さんからも「ええやん!やってみたら」って信頼して見守ってもらえるので、本当にやる気が出ます。 ─最後に、今後の目標を教えてください。 いまよりも子どもたちの想いを汲み取れるようになりたいと思っています。言葉はなくとも、足の動き、手の動き、ちょっとした表情の変化から私が気づいてキャッチできる情報はどんどんキャッチして、より深く理解していきたいです。 それから、大橋さんや先輩方のひとことで利用者さんやご家族が安心している様子を見ると、「自分もこういうふうになりたい」と思います。私もいつか言葉一つで大きな安心をもたらす存在になりたいです。 ─ありがとうございました! * * * 次回は「ハートフリーやすらぎ」常務理事の大橋奈美さんに、新卒採用をすることの意義や経営・運営面で気を付けていることなどについて、お話を伺います。>>次回記事はこちら新卒採用の意義&スタッフとのコミュニケーションで心がけていること ※本記事は、2024年2月時点の情報をもとに構成しています。 執筆:倉持 鎮子取材・編集:NsPace編集部

言葉以外からも読み取れる感情 重症心身障がい児のデイサービス&訪問看護
言葉以外からも読み取れる感情 重症心身障がい児のデイサービス&訪問看護
インタビュー
2024年5月14日
2024年5月14日

言葉以外からも読み取れる感情 重症心身障がい児のデイサービス&訪問看護

大阪府住吉区の「医療法人ハートフリーやすらぎ」に新卒から入職した大藪 涯さんは、訪問看護、デイサービスで働く看護師です。新卒で訪問看護師になった理由や、重症心身障がいのある利用者さんやご家族と接する中で感じていることなどを伺いました。 大藪 涯(おおやぶ がい)さん  看護師。2022年4月に新卒で医療法人ハートフリーやすらぎに入職。大学の在宅分野の教授の教えに影響を受け、訪問看護師を目指す。現在は週2日ナーシングデイに勤め、その他の日は訪問看護を担当。1年目は診療所にも出向き、バイタルサインや採血などの経験を積む。 医療法人ハートフリーやすらぎ:https://www.heartfree.or.jp/ その人の生き方や生活を大事にしたい ─まずは、大藪さんが看護師を目指した理由や、訪問看護師に興味を持ったきっかけを教えてください。 医療に興味をもったきっかけのひとつは、幼いころに筋ジストロフィーという難病を患った弟さんがいる友人に出会ったことです。その友人は弟さんのことを明るく話していて、それが私には大きな衝撃でした。当時の自分は医療の知識もなく、難病は「とにかく大変なもの」というイメージがあったので、友人の受け止め方にいままでの印象を覆すものがあったというか。「病気との向き合い方」に興味を持ったことがきっかけで、看護師の仕事に興味を持つようになりました。 訪問看護師になろうと思ったのは、在宅分野の教授のお話がきっかけです。例えば、入院中は患者さんの喫煙や飲酒は原則避けることになりますが、訪問看護では利用者さんがしたいことと健康状態を照らし合わせ、どこまでOKなのか看護師の視点からアドバイスできる。一律でその行為を禁止するのではなく、その人に合わせて基準や看護のしかたを変えるのだ、という内容でした。 私は、健康を守ることはもちろんのことですが、その人の生き方や生活を大事にしながら関わりたいという想いがあったので、訪問看護に興味を持つようになったんです。 デイサービスで働く大藪さん ─就職活動をしていたときのことや、ハートフリーやすらぎに入職した経緯などを教えてください。 はい。そもそも訪問看護ステーションの新卒採用枠は少ないですし、大学の同学年の中でも訪問看護ステーションへの就職を目指していたのは私一人という状況でした。でも、さきほどお話しした教授が新卒で訪問看護師になることを応援してくれたんです。教授や学校の先輩にも相談している中で、ハートフリーやすらぎが新卒の採用に積極的だと知り、応募したという経緯です。 就職前に同行訪問をさせてもらったのですが、利用者さんが「訪問看護師さんたちにとてもよくしてもらっていて、自分の最期はこの方々にお任せしたいと思っている」とお話しされていたんです。それだけ信頼を得られる関係を築けていることに驚きました。また、職員同士の仲もよくて、和気あいあいとした雰囲気でした。プライベートなことも気軽に相談できるような関係性を見て、すごく安心したのを覚えています。 少しずつ確実にみえてきた利用者さんの表情 ─利用者さんとの関わりを通じて感じたことを教えてください。 はい、こちらの写真のSちゃんは15歳の女の子で、生後4ヵ月のころ、後天的に低酸素脳症を発症しました。その後、慢性呼吸器不全、てんかん、痙性四肢麻痺を発症し、現在は人工呼吸器を24時間装着しています。吸引や胃ろうからの注入が必要です。 私はまず、Sちゃんのデイサービスのケアから関わらせてもらいました。Sちゃんは比較的必要なケアが多い利用者さんで、吸引、入浴介助、浣腸、胃瘻からの注入、人工呼吸器の管理も行います。最初は個別のケアの方法を覚えるだけでも精一杯で、ほかの看護師が「Sちゃん、今日はご機嫌だね」とか、「しんどそうだね」と言っているのを聞いて、なぜ気持ちがわかるのか不思議だったんです。 ですが、Sちゃんにはきちんと表情がありますし、伝えようとしていることもありました。それを私が読み取れていないだけだったんです。言葉はなくとも、手を握ってくれたり、舌を動かしたり。口元や目元にも変化があります。長く一緒にいることで、私にもSちゃんの気持ちがわかるようになりました。 大切なのは、「どんなことを感じているんだろう」と、関心を持って探ること。そしてそれは、ケアの微妙な加減にも繋がると思います。デイサービスの場合、比較的長い時間お預かりできるので、毎日少しずつ、より確実に理解できることが増えていく感覚がありました。 ─半年ほど経ってから、Sちゃんの訪問看護もご担当されたと伺っています。どのようなことを感じましたか? デイサービスでさまざまな子どもたちと触れ合った経験が、訪問看護にも活かせると感じましたし、デイサービスにはデイサービスの、訪問看護には訪問看護の学びがあると思いました。 訪問看護でご自宅に伺って感じたのは、ご家族がSちゃんを良い意味で特別視していなくて、「日常」の中にSちゃんの存在があるということですね。妹さんや弟さんのお友達が遊びに来ているときも、「おかえり、看護師さんも一緒なんだね」というくらいの受け止め方なんです。Sちゃんも妹さんも弟さんも、それぞれ大切な存在で、障がいの有無で区別されていないというか。 Sちゃんはすごくお洒落に興味があるので、お洋服やアクセサリーをご家族が買ったり、自分で選んだりもするんですよ。アミューズメントパークにみんなで行ったときのこととか、ご家族からお出かけの話を伺うこともあります。先ほどの私の友人の話にも繋がりますが、疾患があっても、本人とご家族にとっての「したい生活」が叶うこと、安心して生活ができることがとても大事なのだと感じます。 ─自宅だからこそ見える部分があるのですね。一方で、重症心身障がいを持つ方へのサポートについて、課題に感じる部分はありますか? はい。医療的ケアが必要以上に「難しいもの」と捉えられてしまっているのではと感じることがあります。医療的ケアが身近でない方は、少し利用者さんの体調が変わっただけで、とても戸惑ってしまうんです。知らずして「関わるのが怖い」となってしまいがちなのは、難しいところだなと感じています。例えば、Sちゃんの場合は妹さんも吸引をはじめとした医療的なケアをしていますし、彼女のことを知っていれば「この変化は一時的なもの」と判断できるケースも多いです。 また、どうしても保護者に負担が偏っている現実があると思います。負担を軽減できる制度がもっとあればいいなと思うのですが、現状はまだまだ足りないのではないかと…。例えば、Sちゃんのご家庭の場合、体調不良でサービスの日程を変えるときなどは、相談員さんや介護タクシーなど、スケジュールの組み直しのための連絡と相談が必要になります。実にさまざまなところで報・連・相が必要とされる。それをお母さまがお一人でこなしているわけです。訪問看護も毎回同じ看護師というわけではないので、状況による判断などもSちゃんのお母さまに委ねるところが大きくなってしまう。家事やほかの子の育児もある上でのことですので、大変さが伝わってきます。18歳以上は放課後等デイサービスの対象でなくなり、生活介護に変わります。そのような将来のことについても考えなくてはなりません。 ー調整の負担が保護者にのしかかっている現実があるのですね。 「この人に任せたい」と思われる看護師に ─ハートフリーやすらぎに就職されてもうすぐ2年になりますが、改めて思うところはありますか? 就職したときよりも、さらに利用者さんとの関わりの深さを感じています。ハートフリーやすらぎに長く勤めている先輩看護師の中には、過去に看取りをさせていただいた方の息子さんや娘さんの訪問看護を依頼され、二世代に渡って訪問している人もいます。そういう人はそのご家庭の過去の歴史を含めて深く理解していることもあって利用者さんからの信頼も厚く、繋がりが強固です。私も、長きに渡る関係性を持てるように利用者さんと関わっていきたいなと思いますね。 それから、先輩たちに質問すると、とても丁寧に対応してもらえますし、一緒に答えを探してくれるんです。このステーションにはいわゆる「プリセプター」(後輩看護師を指導する先輩看護師)がいないので、教育担当者ひとりに責任を負わせることなく、新人を「全体で育てていこう」という精神が強いと思います。また、プレッシャーを与えない一方で「任せるよ!」という姿勢を見せてもらえるのがとても嬉しいです。自分の成長や存在、このステーションにおける自分の役割を実感することができています。 大藪さんと訪問看護利用者さん ─最後に今後の目標や、「なりたい看護師像」を教えてください。 利用者さんの病状のみならず、生活を深く知ることは、どんなケアをすべきか、看護師としてどう関わっていくべきか、ということに繋がると思います。ご家族の負担や希望なども伺いながら、ご家族と一緒にひとつのチームになってケアをしていきたいと思っています。第三者よりも、一歩ご家族に近い存在になりたいですね。 いずれは、利用者さんから「この人に看護を任せたい」と思ってもらえる存在、安心感を持って頼ってもらえる存在になりたいです。今後、さまざまな利用者さんと出会うと思います。成長・発達段階や、疾患・障がいなどによってもご相談いただく内容が変わってくるので、しっかり応じられる看護師になれるよう、これからいろいろと学んでいきたいと思います。 ─ありがとうございました! * * * 次回は「ハートフリーやすらぎ」で働く石川さんにデイサービスでの子どもたちとの触れ合い方や、職場の在り方などについて伺います。>>次回の記事はこちら(※近日公開)自分自身が全力で遊びを楽しむ 重症心身障がい児のデイサービス&訪問看護 ※本記事は、2024年2月時点の情報をもとに構成しています。 執筆:倉持 鎮子取材・編集:NsPace編集部

つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表(入賞)
つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表(入賞)
特集
2024年3月12日
2024年3月12日

つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞

NsPaceの特別イベント「第2回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。厳正な審査を経て、受賞作品が決定しました。本記事では、入賞エピソード12件をご紹介します! 大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞はこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞 「最後のお風呂」 投稿者: 小川 綾乃(おがわ あやの) さん ソフィアメディ訪問看護ステーション雪谷(東京都) A君は初対面の私に「背中撫でて、痛いの」と言って小さな背中を向けた。少しでもがんの痛みが和らげばとそっと手を当てる。泣きながら痛みと戦う小さな背中を撫でるだけの3日間。4日目のA君は座ってDVDを見ていた。「一緒に見よう」と笑顔で私を誘うA君は無邪気な5歳の男の子だった。翌朝A君が旅立ったと聞いて駆け付けた。「お風呂に入れてあげたかったな…ずっと入ってなかったから」お母さんがA君の頭を撫でながら呟く。「お風呂入りましょう」と声をかけて準備しご両親にA君をそっとお渡しする。ご両親と入る最後のお風呂。「気持ちいいね…」「ごめんね…」ご両親が涙ながらに声をかける。浴室の外で待つ私も涙が止まらない。お風呂から出て大好きなアンパンマンの洋服を着た穏やかな顔のA君を抱っこしながら「最後に家族みんなでお風呂に入れてよかった。5日間だったけど本当にありがとう」と話すお母さんの顔は泣きながらも笑顔だった。 2024年1月投稿 「スタッフの成長・管理者の涙」 投稿者: 西尾 まり子(にしお まりこ) さん 地域ケアステーション八千代・訪問看護ステーション(大阪府) 訪問看護ステーション管理者3年目に自分に自信をつけたいと思い訪問看護認定看護師養成学校の受講をした。管理者をしながらの週末の受講であった。2月になり感染症が流行し利用者の急変やスタッフの休みが増えシフトが回らない状況になりつつあった。私は悩んだが新幹線に乗った。しかし、スタッフに電話し「やっぱり大阪に帰るわ。これ以上みんなに迷惑かけられへん」と伝えた。するとスタッフから「帰ってこないでください!認定の学校に行きたいと言われた時、これくらい大変になる事くらいみんな予測してました。こんな時のために皆で無視しない助け合う約束をしています。だから頑張って来てください!何とかします!しっかり勉強して色々教えてくださいね」と言われ涙が止まらなかった。管理者となり、自分が一人で必死になりスタッフを支えているつもりでいたのが、本当は自分がみんなに支えてもらって管理者にしてもらっていたのだと深く感じました。 2023年12月投稿 「足の爪切りから始まる看護」 投稿者: 大慈 めぐみ(だいじ めぐみ) さん 訪問看護ステーション ナースであんしん湘南(神奈川県) 96歳男性。膀胱がん末期。「出来ることは自分でやりたい」という思いが強く、他者の介入が難しい状況。転倒を繰り返したり、入浴困難になり、ご家族とケアマネジャーは支援が必要な状態であると判断するが、受け入れず。ある日、足の爪切りだけは自分で出来ないと、訪問看護の依頼があった。まずは足の爪切りで訪問し、信頼関係を築くことに。お話をしながらさりげなくお困り事を聴き…。その結果、週2回の入浴介助、褥瘡処置、内服管理の支援が出来るようになった。1か月半が過ぎた頃、体調が急激に悪化…。最期は、施設スタッフのご協力もあり、住み慣れた場所でご家族に見守られ永眠された。病気による疼痛や倦怠感がある中でも、いつも奥様の体調を気遣う優しい言葉。入浴後は、「ありがとうねぇ」と、穏やかな声で言って下さったこと。髭剃りが難しく、上手に剃れなくても「すっきりしたよぉ」と気遣って下さったこと。関係機関の皆様との連携の大切さを改めて実感したりと、多くの事を学ばせていただきました。A様は、もと学校の先生。引退された後も、こうして私達に素敵な授業をして下さいました。 2024年1月投稿 「最期の友人」 投稿者: 日高 志州(ひだか しず) さん 訪問看護ステーションおはな(埼玉県) 70代の男性、お調子者で独居の大酒飲み。今にも崩れそうなボロ家で好き勝手暮らし、年金は近場のスナックで散財していた。大腸がんがみつかり、残り少ない余命宣告をされたが、家での最期を望み帰ってきた。もちろん生活指導など聴き入れず。何か真面目な話をするとすぐ「あんたがあと30年早く産まれてくれりゃ、結婚考えてやったのになぁ…」などと冗談で返答し、私も負けじと「私と結婚するならスナック通いは禁止です」と応戦した。しかし死期が近くなり、少しずつ体にガタが出始めると、ずいぶん弱気になってきた。トイレが近い、目がくらむ、もう1人で生活するのは心細いと話され、何度も話合った結果、施設への入所が決まった。入所の当日、一緒に荷物をまとめ、お迎えの車へ車椅子で向かった。乗り込む直前、私に握手を求めてきた。「あんたは最期の友人。忘れてもいいけどたまには思い出してよ」と冗談を言って笑顔で乗り込んだ。ずっと忘れない。 2024年1月投稿 「笑顔の看取り」 投稿者: 服部 景子(はっとり けいこ) さん 愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう(北海道) 訪問看護師となり8年が過ぎた頃、最愛の母が余命宣告されました。一人っ子の私にとって、親友や姉妹のような大切な存在だった母の願いは「もうすぐ死ぬなら旅行がしたい」でした。渋る先生を説得し沢山の医療品を持って、札幌から軽井沢、伊勢神宮、沖縄へと3回の家族旅行をする事が出来ました。「私のせいで大好きな仕事をやめる事になってごめんね。でも貴女がいつも側にいてくれて心強いし、毎日娘の顔を見られて本当に幸せ。出来れば最期までこの家に居たい」と母が涙した時、最後の願いを叶えてあげたいと家族で団結し、自宅での看取りを決めました。最期は父と、私の夫の手を握り「あ・り・が・と・う」と言って旅立った母。そこに涙はなく皆の穏やかな笑顔がありました。あれから4年。家族の苦悩を経験し、在宅看取りの素晴らしさを体験し復職した今、母のおかげで前より少し利用者さんとご家族の心にそっと寄り添えている様な気がしています。 2024年1月投稿 「余命を伝えないということ。」 投稿者: 小野寺 志乃(おのでら しの) さん 公益財団法人 宮城厚生協会 ケアステーション郡山(宮城県) 60代肺がん末期の男性の訪問看護が始まりました。往診から余命は3ヶ月と告げられたご家族からは本人には余命は伝えないでほしいと言われていました。しかし利用者本人も「自分の体だから分かる、いつまで生きられるんだ?」家族からは言わないように言われている、嘘もつきたくない、自分に訪問がつくたび何と声をかければ良いのか葛藤しながら訪問に向かいました。痛みや苦しさを家族に当たり散らした日には奥様が泣きながら話されることもありました。そして利用者様は家族親戚に囲まれて息を引き取られました。翌日聞いた話では亡くなる日の朝に「迎えがきた、会いたい人に会わせてくれ」と。ご家族もびっくりされていましたがとにかく連絡をして会いに来てもらっていました。最後に奥様に話される時「ラブラブな時間を奪わないでくれ」と娘様までも追い出したそうです。2人きりになるなり奥様の顔を手で包み「しわしわになったな、俺のせいか。これからも愛してるよ」と言って翌朝に亡くなられたそうです。余命を伝えなくても人生の終わりを迎える日が分かっていたんだと私自身も貴重な経験ができました。家族という存在も生きる原動力になると私は思いました。 2024年1月投稿 「思い出の淡路島」 投稿者: 池田 裕季(いけだ ゆうき) さん 社会医療法人社団正峰会 正峰会訪問看護ステーション(兵庫県) 今でも海を見ると思い出す利用者さんがいます。初回介入時点では交通機関を利用して単独外出が可能でしたが、1か月経過頃から床上生活を余儀なくされました。利用者さんはお洒落をして外出するのが趣味で、ご主人とはよく淡路島へドライブに行っていました。残された時間が少ないことは本人も感じており、涙ながらに「最期に淡路島に行きたい」と伝えてくれましたが、状態が悪く外出許可が下りませんでした。しかしステロイドの内服により活気が蘇り、この機を逃さないよう主治医から外出許可を取りました。家族との絆の深さ、関係各所の協力に支えられ、許可を得た週末に、家族全員での淡路島旅行を決行できました。時間としては移動も含めて2時間程度の旅行でしたが、「楽しかった~!」と笑顔で帰宅。その日は朝から雨が降っていましたが、家族写真には全員の眩しい笑顔と綺麗な青空が収められていました。帰宅から約6時間後、眠るように永眠されました。 2023年12月投稿 「ワンチームで叶える最後の願い」 投稿者: 坂下 聡美(さかした さとみ) さん 一般社団法人 在宅看護センター北九州訪問看護・リハビリステーション 在宅看護センター北九州(福岡県) 2023年10月、スリランカに嫁いだ娘が帰ってくると嬉しそうに語るY様。余命は、週単位となっていた。Y様家族は、実行したいリストなどを作成し、私たち訪問看護師に見せて下さる。私たち訪問看護師は、介入して間もなかったが、その温かいご家族の空気感の中、いつの間にかその家族の一員になっていくような感覚を覚えた。11月に入り、「菊花祭、見に行けるかな…」と呟くY様。娘様曰く、息子様が新車を購入したので交通安全祈願のついでに、家族みんなでお出かけしたいとのことであった。ちょうどその時、主治医がお見えになられ、勇気を振り絞り、「最後の家族外出をしたい」と、Y様が仰った。主治医は、深くうなずいて見守る私たち訪問看護師の目を見て、「ワンチームでその願い叶えましょう!」と、英断され、そこからが、このチームのすごいところ。訪問看護師の鶴の一声で、多職種各事業所の方も参加下さり、「最後の外出」を決行した。当日、天気にも恵まれ、神様もワンチームとなったその日から4日後に旅立たれた。菊を見たら、今でもその時の光景を思い出す。 2024年1月投稿 「感謝の気持ちと恩返し。」 投稿者: 鉾山 英美(ほこやま えみ) さん りゅうじん訪問看護ステーション枚方公園(大阪府) 病棟に5年勤め、訪問看護に携わり10年以上続けています。病棟では、環境の変化や人間関係から鬱病になり、一度看護師を辞めました。看護師を辞めて半年程すると、また看護師をしたいなぁと思い、知人の紹介で初めて訪問看護の世界に飛び込みました。まだ鬱病も治っていない状況で、私の中では社会復帰と思いながらまずは週2回の勤務から始めました。それでも、時々言いようのない不安や怖さに襲われ、事務所の最寄り駅に着いたら涙が溢れ、立ち竦むこともあり。出勤できない日もありました。それでもスタッフの皆が理解してくれ、温かく見守ってくれました。徐々に訪問を重ねる中で、利用者様から「また来てな」と声を掛けられたり、スタッフとも気兼ねなく話せるようになり、出勤日数も徐々に増やせました。移動中に見る景色、利用者様とのゆったりした時間。スタッフや家族のサポートがあり、鬱病を克服することができました。そして、ずっと訪問看護を続けています。あの時、訪問看護で働いていなければ、今の私はいません。私を救ってくれたこの仕事にいつも感謝し、恩返しの気持ちでいっぱいです。大好きな仕事です。これからも続けていきます!訪問看護ありがとう! 2024年1月投稿 「心に残る誕生日プレゼント」 投稿者: 大日向 麻子(おおひなた まこ) さん 訪問看護ステーションリカバリー 東村山事務所(東京都) 「誕生日を家で迎えさせてあげたい」電話口でのご家族の言葉でした。利用者様はある日ご自宅での転倒を機に入院、主疾患治療中に他疾患も併発してしまい、医師より余命や療養型病院への転院についてお話があったとの事でした。その言葉を聞いた後、私は関係各所と連絡をとり、改めてご家族へ在宅療養を提案してみる事にしました。ご家族は悩んだ末、在宅で過ごす決断をしてくださり、サービスを調整して年末に退院。徐々に全身状態低下は見られましたが年明けには待望のお誕生日を迎える事が出来ました。「ケーキのクリームを舌に乗せたら、にこっと笑った気がしたの!こっちがプレゼントもらった気分だよ…」とご家族からもニコニコで報告がありました。その1週間後、眠るように息を引き取られました。最期の時間をどう過ごすか、選択をする事は大変な事だと思いますが、その選択に意味があると感じます。これからも自分たちに出来る事を探し続けて行きたいです。 2024年1月投稿 「最期の洗髪」 投稿者: 安藤 あゆ美(あんどう あゆみ) さん 公益社団法人 新潟県看護協会 訪問看護ステーションつくし(新潟県) 癌末期のAさんは美人でいつも髪の毛をきれいにアップしている理容師さん。お姉さんと息子さんと理容室を営んでいてお姉さんが熱心に介護されていました。徐々にベッドで過ごす事が多くなり残された時間が短いと思われた頃、訪問看護師から息子さんに洗髪を提案。頭の下にオムツを敷いて「初めて母親の髪を洗いました」と言う息子さんの手つきはさすがプロ。「気持ちいいね」とAさん。数日後にご家族に見守られながら穏やかなお顔で旅立たれました。実はあの時、洗髪を息子さんにお願いしたのは理由がありました。息子さんが直接介護をする事が少なかったので、亡くなった後に後悔するのではと思ったのです。洗髪する事で息子さんが満足する看とりができるといいなと考えたのです。Aさんのお悔やみに伺った際、訪問看護への思いを聞いた時「最高でした」と笑顔で答えてくださいました。良かったなと思いました。 2024年1月投稿 「訪看だって泣いていいんだ。」 投稿者: 中島 絵理子(なかじま えりこ) さん 一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション(神奈川県) 急性期で働いていた頃、看取りは日常的だった。看護師は常に冷静で、涙を流す事など許されないと思っていた。訪問看護師として働き7年が過ぎた頃、あるご夫婦を担当することになった。ご主人Tさんは肺癌末期、奥様Sさんは心不全でお二人同時に介入をしていた。Tさんは癌性疼痛があってもSさんを気遣い、そう遠くない将来別れが来るのかと思うと、Tさんの笑顔を見る事を辛く感じる事もあった。半年が過ぎた頃、Tさんの容態が悪化し入院することになった。『僕はね、この家で死にたいんだ』といつも言っていたが、Sさんの負担になりたくないというご本人の希望だった。1人になったSさんを訪問すると私を見るなり『連れて帰りたい!私、頑張るから!私が見るから!』と泣きじゃくった。私は何と言って良いのか分からず、Sさんの肩を抱いて一緒に泣く事しかできなかった。数日後Tさんが亡くなった。Tさんの仏前に手を合わせる私にSさんは言ってくれた。『中島さん、一緒に泣いてくれてありがとう。これからも私の訪問に来てくれる?』今もSさんのお宅へ訪問に伺っている。Tさんの思い出話をするSさんの笑顔を1日でも長く見られる事を願っている。 2024年1月投稿 * * * 皆さま、おめでとうございます!今後、「みんなの訪問看護アワード」表彰式の様子をご紹介する記事や、大賞・審査員特別賞・ホープ賞を受賞したエピソードの漫画記事も順次公開予定です。ぜひご覧ください。 編集: NsPace編集部 [no_toc]

ニャースペースのつぶやき【訪問看護あるある】
ニャースペースのつぶやき【訪問看護あるある】
特集
2023年10月24日
2023年10月24日

4コマ漫画「小児の卒業」 ニャースペースのつぶやき【訪問看護あるある】

小児の利用者さんの卒業にじんわり… 今回の「訪問看護あるある」は4コマ漫画でお届け!小児の利用者さんの場合、訪問看護が不要になって「卒業」されることもあるにゃ。これまでのご本人・ご家族のお悩みやがんばりを知っているだけに、とってもうれしいにゃ ニャースペース病棟看護経験5年、訪問看護猫3年目。好きな言葉は「猫にまたたび」「わかる!」「こんな『あるある』も聞いて!」など、みなさんの感想やつぶやき、いつでも投稿受付中にゃ!>>投稿フォーム

受賞作品漫画「担当看護師からパパママ友へ」
受賞作品漫画「担当看護師からパパママ友へ」
特集
2023年8月9日
2023年8月9日

受賞作品漫画「担当看護師からパパママ友へ<後編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、櫛野 秀原さん(ウィル訪問看護ステーション江東サテライト/東京都)の審査員特別賞エピソード「担当看護師からパパママ友へ」をもとにした漫画の後編をお届けします。 「担当看護師からパパママ友へ」前回までのあらすじ鎖肛のお子さん(優太くん)のケアに入っていた訪問看護師の櫛野さん。佐藤さん夫婦と対話を重ね、試行錯誤しながら訪問していました。互いを支え合う佐藤夫婦を尊敬していた櫛野さん。櫛野さん自身もパパになることがわかり、早速佐藤さんに報告しました。 >>前編はこちら受賞作品漫画「担当看護師からパパママ友へ<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 担当看護師からパパママ友へ<後編> 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:櫛野 秀原(くしの しゅうげん)さんウィル訪問看護ステーション江東サテライト(東京都)今回の受賞は、佐藤優太くん(仮名です)のお母さまも喜んでくださいました。私のケースのように、看護師としてだけではなく、一人の人として接してもらえるのは、利用者さんとの距離が近い訪問看護師という職種の醍醐味だと思っています。私は、どんどん若い世代の看護師さんたちも在宅医療の世界に飛び込んで来ていただきたいと思っており、そう思えるような訪問看護の魅力が伝えられたら…と考えて応募いたしました。エピソードやこちらの漫画を読んでいただき、少しでもそういった魅力が伝わるとうれしいです。 [no_toc]

受賞作品漫画「担当看護師からパパママ友へ」
受賞作品漫画「担当看護師からパパママ友へ」
特集
2023年8月8日
2023年8月8日

受賞作品漫画「担当看護師からパパママ友へ<前編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、櫛野 秀原さん(ウィル訪問看護ステーション江東サテライト/東京都)の審査員特別賞エピソード「担当看護師からパパママ友へ」をもとにした漫画をお届けします。 >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!【みんなの訪問看護アワード】 担当看護師からパパママ友へ<前編> >>後編はこちら受賞作品漫画「担当看護師からパパママ友へ<後編>」【つたえたい訪問看護の話】 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:櫛野 秀原(くしの しゅうげん)さんウィル訪問看護ステーション江東サテライト(東京都) [no_toc]

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