特集 インタビュー コラム

訪問看護師のエンゼルケア

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【セミナーレポート】エンゼルメイクの正しいやり方とコツ -QAセッション編-

2022年3月17日(木)に、「エンゼルメイク研究会」代表の小林光恵さんを講師にお迎えして開催したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナーの様子をお届けします。『訪問看護のエンゼルケア』全3回のセミナーレポートのうち最終回となる今回は、Q&Aセッションの様子を抜粋してご紹介します。 【講師】小林 光恵さん看護師、作家。編集者を経験後、1991年からは執筆業を中心に活躍しており、漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者としても知られる。2001年には、看護師としての経験を活かして「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表に就任。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表も務める。 目次Q1 湯灌前のエンゼルケアはどこまで行うべき?Q2 まぶたが閉じられないときはどうすればいい?Q3 口の閉じ方で有効な方法は?Q4 詰め物は入れたほうがいい?Q5 皮膚からところどころ滲出液が出てくる場合の対処法は?Q6 体を拭くとき、腐敗対策として冷たいタオルを使うべき?Q7 ご家族に用意していただく衣服についての声がけは?Q8 貼ってあるテープを剥がすときに利用できるものはある? Q1 湯灌前のエンゼルケアはどこまで行うべき? 【質問】湯灌前のエンゼルケアをどこまで行うべきかいつも悩みます。【回答】業者によってサービス内容が異なるため難しいところではありますが、エンゼルケアの目的を「看取りの場で穏やかに過ごせるようにすること」とするなら、最低限の対応として保湿を行い、あとは時間が許す範囲でエンゼルケアを行います。多くの場合、湯灌では下地やファンデーションを使ってフルでメイクをするので、その前段と考えてもいいでしょう。ちなみに葬儀社の方は「ナースの方、唇にだけには油分をつけておいて」とおっしゃいます。乾燥が進みやすい唇は、表面の変化だけでなく放っておくと厚みがなくなってしまうこともあり、そうなってから整えるのは難しいのです。時間がなくても、せめて唇には油分をつけて乾燥対策をしてください。 Q2 まぶたが閉じられないときはどうすればいい? 【質問】眼球が乾燥して萎縮するなど、まぶたが閉じられないときはどうすればいいですか?【回答】まぶたを手で動かしても閉じられないときは、クレンジングマッサージがおすすめです。皮膚が柔らかくなって閉じられることがあります。それを行うまでは油分を塗布したり、ガーゼをかけておいたりしましょう。なお、クレンジングマッサージができないときやマッサージ後もまぶたが閉じないときは、二重まぶた用の糊を使ってみてください。糊を両まぶたのふちに塗って合わせ、しばらく押さえると、自然な様子に閉じます。二重まぶた用の糊はゴムを液状にしたもので、やり直しがききますし、死後変化が生じても引きつれることはありません。 Q3 口の閉じ方で有効な方法は? 【質問】お口を閉じる効果的な方法を教えてください。【回答】枕を高くし、顎の下に筒状に丸めた硬めのタオルを入れるといいでしょう。それから、エンゼルメイク用の『エンゼルデンチャー』を使って歯のスペースが充たされた状態にすると、閉じやすくなる場合もあります。また、顎は閉じているのに口元が開いてしまうケースもあります。その場合は、入れ歯安定剤を歯の表面や歯の表面が接している粘膜に薄く伸ばし、少し押さえておくと自然に閉じた印象になります。 Q4 詰め物は入れたほうがいい? 【質問】詰め物はどこまでするのがいいでしょうか?【回答】エンゼルメイク研究会では、詰め物は一切必要ないと考えています。含み綿は見た目が不自然になりますし、漏液を防ぐ栓としても役割を果たさないからです。鼻や口からの漏液の原因は、おおむね体内で腐敗が進んで内圧が高まることにあるので、対策としては冷却が有効です。それでも漏液が生じた場合は都度ぬぐい、ご家族にそのやり方を説明します。なお、これは肛門や膣も同じで、内圧が高まれば詰め物をしても液や便は漏れてきます。その場合は紙オムツや吸水パッドをつけておけば交換ができます。綿を詰めると交換できず、臭気の原因にもなるおそれもあるのでおすすめしません。 Q5 皮膚からところどころ滲出液が出てくる場合の対処法は? 【質問】全身浮腫が強く、皮膚から滲出液が出てくる場合、エンゼルケアでしてあげられることはありますか?【回答】残念ながらいい方法はありません。滲出液は一定の間出続けるようです。死後も療養中と同様に布で吸収するなどの対応を続けることになりますから、ご家族にもその旨を説明するのがいいでしょう。 Q6 体を拭くとき、腐敗対策として冷たいタオルを使うべき? 【質問】エンゼルケアで体を拭く際、腐敗しないように冷たいタオルを使うべきでしょうか?【回答】温かいタオルで大丈夫です。死後、体表面や末端部分は早く体温が下がり、かつ体内での循環は止まっているため、温かいタオルで拭いても体幹内部に熱が伝わりにくく腐敗を助長することはありません。温かいタオルを使ったほうがご家族も喜ぶので、ぜひそうしてあげてください。なお、お風呂に入る場合も、ぬるま湯のシャワー浴なら問題ありません。 Q7 ご家族に用意していただく衣服についての声がけは? 【質問】エンゼルケアの際、ご家族に用意していただく衣服について、いつどのようにお声がけしていますか?【回答】タイミングについては、あらかじめ看取りの準備をするケースでは、生前からしっかり伝えておくのがおすすめです。実際に経験者にご意見を伺っても、「そういうことは早めに声をかけてほしい」とおっしゃいます。ご家族の方はなかなか衣服のことまで気が回らないものですから、そのときに焦ったり、葬送後に本人が用意していた服が見つかって後悔したりということがないようにサポートしてあげましょう。主治医が病状の説明をする際に、「万が一に備えてお着替えを用意しておくといいかもしれません」「もしかしてご本人が準備しているかもしれないので、確認してみてください」などと、業務連絡の雰囲気で伝えてください。ただ、看取りを覚悟しているとしてもやはり辛いもの。必ず「万が一のときのために」と前置きするといいと思います。 Q8 貼ってあるテープを剥がすときに利用できるものはある? 【質問】肌にテープ類が貼られているときは、剥がすときに何を利用するといいでしょうか?また、褥瘡や創部などがある部位にテープが貼ってある際の対処法を教えてください。【回答】粘着力が強いテープなどで剥がしにくい場合は「剥離剤」を使うのがおすすめですが、ない場合はオイルなどで代用してみてください。また、開放創は蓋をしていないと乾燥して収縮し、色が変わってきます。いつもの褥瘡ケアと同じように、患部を泡ソープなどで洗浄し、再度保護テープを貼っておきましょう。保護テープの代わりにフィルム材やラップ(周りをテープでとめてください)を使っても構いません。特に患部が体の背面にある場合は重力の影響で早くから液が漏れやすいので、しっかりカバーし、紙オムツなどを敷くと安心です。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

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【セミナーレポート】これだけは外せない! エンゼルケアの実践方法

2022年3月17日(木)に実施されたNsPace(ナースペース)のオンラインセミナー『訪問看護のエンゼルケア』。「エンゼルメイク研究会」代表の小林光恵さんを講師に招き、エンゼルケアの基本から現場で役立つノウハウまで教えていただきました。全3回のレポートのうち2回目となる今回は、とくに実践的なテクニックをご紹介します。※全90分間のセミナーのなかから一部ピックアップしてお届けします。 【講師】小林 光恵さん看護師、作家。編集者を経験後、1991年からは執筆業を中心に活躍しており、漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者としても知られる。2001年には、看護師としての経験を活かして「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表に就任。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表も務める。 目次▶ 生体と同じ感覚で皮膚を扱ってはいけない▶ 「冷却」はマスト対応と心得て▶ エンゼルケア時に意識したいコミュニケーション▶ エンゼルメイクはご家族の大切な記憶になる▶ 「その人らしい」エンゼルメイクのポイント▶ 地域の「ならわし」についてのとらえ方 ▶ 生体と同じ感覚で皮膚を扱ってはいけない エンゼルメイクでまず気をつけるべきは、皮膚の扱いです。生体とご遺体とでは、肌の状態がまったく異なります。生体は常に循環しながら内側から肌表面を保湿しますが、ご遺体はそれができないため、どんどん乾燥していくのです。そのため、できるだけ速やかに肌を保湿してあげましょう。特に露出している頭部は乾きやすく、中でもまぶたが閉じていないため外気にふれている眼球の表面や唇は急激に乾燥が進むので注意が必要です。なお、体内に水分が多い子どもは、成人に比べてよりこの傾向が強くなります。 以前によく聞かれた失敗としては、「ひげ剃り」が挙げられます。死後、看護師がよかれと思ってひげを剃ったところ、その数時間後に皮膚の一部の色が変化して硬くなる、「革皮様化」という状態になってしまったというものです。これは、乾燥によって皮膚が脆弱になっており、カミソリの刺激で表面が削れることにより起こります。革皮様化を防ぐためには、シェービングクリームや低刺激性のカミソリを使うなどし、さらに剃った後にはたっぷり油分を塗布することが必要です。 ▶ 「冷却」はマスト対応と心得て ご遺体の冷却は、エンゼルケアにおいてマストの対応です。ご遺体の体内では、腹部の細菌バランスが急激に崩れ、腐敗をもたらす細菌群、中温菌が異常繁殖して腐敗が進みます。季節にもよりますが、少なくとも腹部と胸部は必ずすぐに冷却し、葬儀社の方の対応(ドライアイスや冷蔵庫での冷却)につなげるようにしてください。水分量の多い方、肥満で栄養が多い方、臨終時に熱の高かった方などは要注意。鼠蹊部や腋窩なども冷却したほうがいいでしょう。 なお、冷却には保冷剤や冷却まくら、水を入れたフリーザーバッグを平らにして凍らせたものなどがあてやすいです。製氷機にある氷を袋に詰めたものでも代用できます。これらを肌の上か下着と衣類の間に置いてください。 関連記事:[4]腐敗進行を抑えるために絶対に外せない対応、冷却について ▶ エンゼルケア時に意識したいコミュニケーション エンゼルケアを実践するにあたっては、ご家族とのコミュニケーションが大切になります。私たちの予想以上に、ご家族の希望は多岐にわたるもの。意に添わない場面とならないように「ご希望があればおっしゃってください」と声をかけながら進めることがおすすめです。 なお、ご家族との十分なコミュニケーションには、看護師側を守る意味合いもあります。コミュニケーション不足により「望んでいないことを勝手にされた」と考え、近年では訴訟という言葉が発せられたケースもあります。基本的には一つひとつの行動にご家族の承諾が不可欠と考え、こちらが「絶対にしたほうがいい」と判断したことでも、ご家族が了承しない限りは控えたほうがいいでしょう。大事な家族を亡くしたご家族は平静の心理状態ではない場合が多く、十分な配慮が求められます。 関連記事:[2]一方的に進めない! エンゼルケアでもコミュニケーションが重要 ▶ エンゼルメイクはご家族の大切な記憶になる エンゼルメイクは、ご家族にとって貴重な看取りの記憶をつくる機会でもあります。ご遺体に直接触れ、何かをしてあげる……そんな体験は心に残るものです。具体的にできることとしては、例えば手浴・足浴が挙げられるでしょう。温かいお湯を準備し、「ぜひ、ご一緒にお願いします」と声をかけてみてください。可能であればお湯に入浴剤やエッセンシャルオイルを入れるのもおすすめです。そのほかには、靴下や足袋を履かせたり、爪切りをしたりするのもいいですね。様子を見ながら、「これは息子さんにやっていただけますか?」「これなら小さなお孫さんもできるでしょうか」などと気を配ってあげると喜ばれると思います。 ▶ 「その人らしい」エンゼルメイクのポイント エンゼルメイクでその人らしさを表す方法はいくつかありますが、中でもポイントになるのは、やはりその人らしさが凝縮された顔の整えでしょう。顔の対応時には、ぜひご家族と「元気だったころはこんな眉の形でしたか?」などと話しながら進めてください。ご家族にとっての「その人らしさ」とは「元気だったときの様子」であることが多いので、看護師は知らない場合もあるからです。 顔のエンゼルメイクの方法の一部を、以下に挙げます。 乾燥防止策 先述のとおり、ご遺体の肌は強い乾燥傾向にあるため、乾燥防止策は必ず行いましょう。唇を含めた顔全体に、乳液やクリーム、ワセリンなどの油分をたっぷりと塗布してください。時間がとれる場合は、油分を塗布する前にクレンジングマッサージを行うのがおすすめです。クレンジング・マッサージクリームをたっぷり塗って優しくマッサージし、汚れと油分をティッシュでおさえ、次に蒸しタオルをあて、そのタオルを外して残りの油分をしずかに拭います。ご家族からも「気持ちがよさそう」「顔が穏やかになった」と喜ばれますよ。 血色を入れる 死後の体内では、重力の影響で赤血球が下方に移動し、体の上面が白くなります。特に顔は白さが目立つため、失われた血色を補ってあげてください。このとき、メイクアップにおけるチークの感覚で頬にだけ入れるのではなく、額やまぶた、顎先、耳などにも赤みを足します。そうすると一気に穏やかな印象になります。なお、可能であればクリームファンデーションとパウダーで肌を整えたうえで行うと、さらに血色が十分になります。ファンデーションはピンク系のものを選ぶといいでしょう。 眉を整える 眉はその人らしさが表れやすい重要な部分。ブラシで眉をとかして整え、毛が足りない部分はペンシルやパウダーで描き足していきます。ご家族に確認しながら眉の印象を調整してください。 ▶ 地域の「ならわし」についてのとらえ方 ご遺体の手を組ませる、顔に四角い白い布をかける、和服を逆さ合わせにするなどの「ならわし」については、エンゼルメイク研究会は行わなくていいという立場をとっています。そもそもこれらの慣習は、死やご遺体への恐れの感覚に由来している面があり、医療の段階では必要がないという判断です。また、後から対応することも可能なので、儀式の際に必要に応じて行ってもらうといいでしょう。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

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【セミナーレポート】調整役としても活躍する -訪問看護師によるエンゼルケア-

2022年3月17日(木)、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー『訪問看護のエンゼルケア』を開催しました。講師は「エンゼルメイク研究会」代表の小林光恵さん。エンゼルケア、エンゼルメイクの定義から、対応に当たる際に必要な知識や心構えなど教えていただいた内容を、全3回でお伝えします。本記事では、訪問看護におけるエンゼルケアの基本をご紹介します。※全90分間のセミナーのなかから一部ピックアップしてお届けします。 【講師】小林 光恵さん看護師、作家。編集者を経験後、1991年からは執筆業を中心に活躍しており、漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者としても知られる。2001年には、看護師としての経験を活かして「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表に就任。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表も務める。 目次▶ エンゼルメイク・エンゼルケアとは▶ 病院と訪問看護での看取りの違い▶ 看取り後の葬送も急激に変化している▶ エンゼルケアには「死後変化」の知識とご家族への説明が必須▶ 流れは「死後変化」を見据えて組み立てて ▶ エンゼルメイク・エンゼルケアとは エンゼルメイクとは、「その人らしい装い」を表現すること全般を指します。その範囲はメイクアップによって顔を整えるだけでなく、衣装や香りへの配慮など、身だしなみを含めた外見すべてに及ぶのです。また、エンゼルケアとは看取りの場面でのケアすべてを指し、エンゼルメイクも内包した言葉です。例えば残されたご家族への対応も、エンゼルケアの一環と考えてください。 ▶ 病院と訪問看護での看取りの違い 病院と訪問看護での看取りでは、その環境に大きな違いがあります。自宅での看取りとなった場合、例えば訃報を受けて来客があったり、ご家族がご遺体の元を離れてしまって居場所を把握しにくかったりといった事象が起こりえます。 少し前までは、地域によっては冠婚葬祭を近所の方々で協力して執り行う習慣がありました。看取りの場面も、主に経験の豊富な年長者が中心になって「ご家族は〇〇さんから離れないで」「順番に体を拭いてあげましょう」などと声をかけて進められていたものです。しかし、現代ではご家族や少数の親戚のみで看取るのが一般的で、エンゼルメイクの必要性を理解しているのは看護師のみであることがほとんどです。訪問看護でエンゼルケアを行う看護師はそのことを念頭に置き、「一緒にお体やお顔を整えませんか? どうぞ〇〇さまの側におかけください」などと積極的にうながしていくことが求められます。 なお、看取りの現場で看護師が調整役として対応するには、事業所でエンゼルケアの目的やスタンスを明確にし、共有しておくことが重要になるでしょう。一定のコストをいただいてサービスを提供する、看取り加算の範囲内で現場の判断で実施する……エンゼルケアのやり方やスタンスには幅があり同じではないため、各事業所の方針を職員のみなさんで共有しておくことが大切です。 関連記事:[1]エンゼルケアの基本姿勢をキーワード化して共有しよう ▶ 看取り後の葬送も急激に変化している 担当する地域の葬送の状況について、日頃から情報収集しておくこともおすすめです。新型コロナウイルス流行の影響もあり、近年は葬送のあり方が急激に変化しています。具体的には、直葬(お通夜や告別式を行わない葬送)を選ぶ方が大幅に増えるなど、簡略化の傾向が強まっています。とはいえ、葬送の形式は地域や葬儀社によって異なるので、必要に応じて看護師からご家族に助言できるように備えておきましょう。ご家族は介護などで精一杯で、なかなか葬送の情報収集まで手が回っていないことが多いですから。 ▶ エンゼルケアには「死後変化」の知識とご家族への説明が必須 エンゼルケアを実践するにあたってまず重要になるのが、「死後変化」の知識を得ることです。例えばまぶたが開いたまま亡くなったケースでは、わずか数分でもそのまま放置しておくと、眼球が外気に触れてどんどん乾燥していきます。それも単にカサカサするだけではなく、その後、色も変化してしまい、見る人にとても辛い印象をもたらすことが予想されます。そうならないようにするには、眼球に油分を塗布したり、布類でカバーしたり、エアコンの風が当たらないように配慮したりといった対応などが必要です。 加えて、「ご家族は死後変化について基本的に何も知らない」という前提に立ち、細やかに説明しながら対応を進めていくようつとめることも大切です。多少知識がある場合でも、近しい人が亡くなったとき、多くの人は混乱してしまうもの。そのお気持ちに配慮し、ご遺体が今どんな状態で、何をすべきかを丁寧にわかりやすく伝えてあげましょう。 関連記事:[2]一方的に進めない! エンゼルケアでもコミュニケーションが重要 ▶ 流れは「死後変化」を見据えて組み立てて 死後、人の体にはさまざまな変化が起こります。まず知っておきたいのが、筋の硬直、つまり死後硬直です。硬直のスピード強度は、筋肉中のアデノシン三リン酸の量などの関係により個人差がありますが、ほとんどの方に起こります。平均的には、死後1〜3時間の間に下顎が硬くなり、その後頭から足、つまり上から下方向に徐々に進行していきます。 この変化を理解しておくことで、適切なタイミング、流れでエンゼルケアを進めることが可能になるのです。例えば、亡くなった際にお口が汚れていると、そこから臭気が発生します。しかし、下顎は死後早い段階で硬くなるもの。そのため、体のケアよりも先に、速やかに口腔ケアを行ってできる範囲できれいにすることが求められます。 関連記事:[3]身体の死後変化はエンゼルケアの必須知識! 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

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[8]ぜひ活用してほしい、ご家族向けの文書(またはパンフレット)

ご家族の心配が少しでも軽減されるよう、死後の身体変化や冷却の重要性などあらかじめご家族にお伝えしたいことは多くあります。限られた時間の中でもきちんと整理してお伝えできるように文書の活用をおすすめします。連載の最終回ではご家族向けの文書についてご紹介します。 訪問看護師Aさんの経験談 訪問看護師のAさんから伺ったお話です。Aさんが担当していた80代前半の女性Bさんは、彼女の夫Cさんが中心となって世話をし、在宅療養をされていました。やがてそのときが来て、Aさんはエンゼルメイクなどを行ってその日はBさんのお宅を辞したそうです。 翌朝、Bさんの娘さんからAさんに電話があり「急いで来てほしい」という依頼がありました。Aさんが何とかスケジュールを調整してBさんのお宅を訪れると、夫のCさんがしょげ返っていました。 集まっていた娘さんたちは、まるで子供が先生に言いつけるかのように、Aさんに出来事を話したそうです。 「父が母のそばに一晩中付き添っていたのですが、母の顎の下に挟んであるタオルを外したようなんです。そしたら母の口が開いて、父がその口に食べ物を入れて、噛んでもらうように顎を何度も押して、また食べ物を口に入れて顎を押すというのを夜中に繰り返したらしいのです。父がそんなことをしていたからでしょうか、顎のところがひどく変色してしまって、大変なことになったと思いまして。」 Aさんは、Bさんの顎の部分が何か所か変色しているのを確認しました。そして、口腔ケアをした後、念のため持参しておいたエンゼルメイク用のファンデーションを使って、変色した部分をカバーしました。Cさんが妻の食事介助を、やさしく声をかけながら行っていた場面を思い出しながら……。 Cさんや娘さんたちにAさんはこう伝えました。「Bさん、おいしかったかもですね。亡くなられた後は、どなたも肌が弱くなり、圧迫すると変色しやすくなります。ファンデーションでカバーしましたので、今後、もし色が気になるようでしたら上からカバーして差し上げてください。」Cさんも娘さんたちも、安心したようにうなずいたとのことです。 ご家族への説明に文書を活用 Bさんのご家族のケースでは、担当の訪問看護師であるAさんがすぐに駆けつけることができました。でも、もし看護師が訪ねることができなかったなら、ご家族の困惑は続き、ますます不安が膨らんだかもしれません。 エンゼルケア時には、・ご家族の心理状態が平静ではない・ご家族は心身ともに疲れている場合が多い・ケアの時間には限りがあるなどの理由で、必要なことを説明しきれない場合が多くあります。たとえ適切な説明ができてご家族がうなずいていたとしても、頭に入っていないこともあります。 このように口頭でのご家族への説明には限界があるわけです。そこで、後で確認ができたり、見返すことのできる、必要な説明をまとめた文書をお渡しすることをおすすめしています。そうすれば、エンゼルケア時には、思い出などを話す余裕も生まれます。 ぜひ、各事業所で作成し活用していただきたく、文書に盛り込みたい内容についてその項目を以下に記しましたので参考にしてください。 ・ご家族への挨拶文・死後の身体変化のとらえ方(変化は自然現象であり、異常ではないことも含めてまとめる)・冷却の重要性・主な死後変化への対応(出血や漏液、死後硬直など)・身だしなみの整えやならわしへの対応・ケース別の対応(黄疸のある方、ペースメーカーが入っている方、拘縮のある方など)・グリーフワークについてなど また、そのままご家族にお渡しできる文書もご用意しました。[お役立ちツール]からダウンロードできますので、よろしければお使いいただければと思います。皆さんの事業所でオリジナルの文書を作成されるときの原案としてもご活用ください。 ワンポイントメモマニュアルは継続的に検討し、刷新を重ねていく事業所のスタッフの皆さんが、その場の状況に応じて、柔軟に判断し、安心してエンゼルケアを行えるように、基本的なケアの流れや手技などをまとめたマニュアルを作成しておくとよいでしょう。ただし、エンゼルケアは、事業所のスタンスをはじめとして検討すべきことが多いです。また、看取りの在り方や家族のありようなどの変化に応じて、対応を調整していく必要もあります。そのため、マニュアルは暫定的なものとし、継続的に検討し、少しずつ刷新を重ねていくことをおすすめします。担当看護師のグリーフワークにもつながるデスカンファレンスデスカンファレンスは、臨終時やその前後のケアを中心に振り返り、ディスカッションをとおして今後のケアの質の向上を主な目的として行います。実施の規模やタイミングは事業所の考え方に応じて決めていただくとしても、これは必ず実施していただきたいと考えています。デスカンファレンスを行うことが、担当看護師ならではのグリーフワークの助けになることと思います。また、亡くなられた方にかかわった多職種によるデスカンファレンスの実施もその後の連携にプラスに働くのではないでしょうか。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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[7]ここだけは押さえたい お顔のエンゼルメイク3つのポイント

亡くなった人のお顔が穏やかかどうか、お顔がその人らしいかどうかは、ご家族の心持ちを大きく左右します。お顔の印象を整えるケアはとても大切ですね。今回は、エンゼルメイクにおいてぜひ押さえてほしい3つのポイントについてご紹介します。 顔の印象を構成する3つのポイント 例えば、ご遺体の表情に穏やかさを感じなければ「つらいのだろうか、苦しいのだろうか」、「もっとできることがあったのではないか」といったネガティブな思いが膨らみます。一方、穏やかな表情であれば、悲しいながらも「安らかな顔だ」、「楽になったんだね」、「あっ、おばあちゃんのやさしい顔に戻った!」といった言葉が聞かれたりします。 ですから、できるだけ早く、穏やかにその人らしくお顔を整えて差し上げたいですね。しかし、時間に限りのある中、何をどこまで行うか迷う部分があるのではないでしょうか。 今回は、顔のエンゼルメイクで最優先したいプロセスについて、顔の印象を構成する「質感」「色」「形」の観点からご紹介します。使用する化粧品類はドラッグストアなどで調達できるもので十分です。 エンゼルメイクの一通りの基本手順をまとめた手順書もご用意しています。[お役立ちツール]からダウンロードできますので、よろしければご参照ください。 最も重要な乾燥対策 ご遺体の皮膚は乾燥が進みやすく、特に露出している頭部は乾燥が強いことをこの連載の[3]でお伝えしました。 顔面の乾燥が進むと図1に示したとおり「質感」「色」「形」ともに、穏やかさとは逆の印象をもたらす可能性が高くなります。 図1 乾燥がもたらす影響 このような乾燥は不可逆的に進行し、変化してしまったら元の状態に戻すことができないため、早い段階で次のような乾燥対策が求められます。 ポイント①顔、耳、首など露出している部分に、クリーム、乳液など油分をたっぷり塗布します。特に唇にはリップクリームやワセリンなどを多めに塗布しましょう。 時間がとれない場合は、清拭の後にポイント①を行うといいでしょう。 エンゼルケアに十分な時間がとれる場合は、皮膚の角質や汚れを取り除いてからポイント①を行います。手順書で詳しくご紹介していますが、まず、クレンジング・マッサージクリームを使って、お顔のマッサージを行います。マッサージ後、油分を拭き取り(ティッシュなどで押さえる程度)、蒸しタオルをあてて肌をやわらかくします。 その後にポイント①を行うことで、清拭や入浴ではとれなかった汚れを落とすことができ、すっきりとした質感が得られます。同時に、マッサージ効果によって「質感」「形」(この場合は表情)、ともに大幅にアップします。このプロセスは、男女ともに強くおすすめします。 また、クレンジング・マッサージや蒸しタオルのプロセスは、そばでご覧になるご家族が「気持ちよさ」「すっきり感」を想像できる貴重な場面にもなり得ます。 次のポイントは血色 「色」で重要なのは血色です。穏やかさと血色は直結しています。 まずは、連載の[3]でご紹介した蒼白化についてあらためて説明します。死後、体液の一部が重力の影響を受けて下方に移動します。特に血色を構成している比重の重い赤血球は下方に溜まるように移動するため、仰臥位の場合、顔面や身体の前面から血色が失われます(図2)。 エンゼルメイクでは、この蒼白化によって失われた血色を補うという考え方でメイクを行うことが、その人らしい穏やかな表情につながります。 図2 蒼白化が起こるしくみ 伊藤茂(2009)『“死後の処置に活かす”ご遺体の変化と管理』(照林社)、10ページより引用 ポイント②チークか口紅を手の甲にとり、それを指先で、あるいは太目のブラシで血色の補充として皮膚の各部(額、まぶた、頬、顎先、耳)になじませます(図3)。使う色は自然な血色に近い色で、また耳には油分の入ったクリームタイプ(練りチーク)がおすすめです。なければ、プレストパウダータイプでもよいです。 図3 血色を入れる部位額、まぶた、頬、顎先、耳になじませるように血色を補充する。 時間が十分にとれる場合は、まずはクリームファンデーションを塗布し、パウダーで整えます。このプロセスは、乾燥を抑える・顔色を整える目的で行います。そして、その上から血色を入れます。 あまり時間がとれない場合は、保湿用のクリームを塗布し乾燥対策をした皮膚の上に行います。さらに、時間がないけれども、少しでも穏やかな印象にして差し上げたいという場合は耳だけでもおすすめです。状況によってはご家族に耳に血色を入れていただくとよいでしょう。 また、指先なども蒼白化によって白さが目立つ場合は、血色を入れて差し上げます。若い女性が亡くなった際、彼女のお母様が「指先が白い」とつらそうにされているため、担当看護師は指先に口紅で血色を入れたケースがあります。その方の血色を補うという考え方で行うと、その場に応じた判断ができます。 そして、眉の「形」を整える 眉の様子は、穏やかさとその人らしさを同時に表します。 ポイント③眉に付着するクリームなどの油分を綿棒で拭い、眉ブラシで眉をとかし整えます。毛が足りないと思われる部分は、アイブロウペンシルでうっすらと描き足します。そして、その人らしさはご家族の記憶の中にあるので、ご家族に確認を取りながら眉の形を調整します。 部分的に眉が抜けてしまっている場合、細めのブラシにグレーやブラウンなど、眉に馴染みやすいパウダーカラー(アイシャドウでも可)をとり、その部位を埋めるように塗布すると自然に整います。 また、眉がほとんど抜けてしまっている方は、ブラシにパウダーカラーをとり、うっすらと形を描いてみて、その上にアイブロウペンシルで眉を一本一本植えるような感覚で描くとよいでしょう。 ワンポイントメモ準備した化粧品類は、必ず事前に性質をチェックするクリームやクレンジング・マッサージクリーム、カラーパウダー、チークなど、準備した化粧品類は、必ず事前に伸び方やつき方、つけた後の乾燥のしかた、発色の具合などを確認しておきましょう。試してみないとわからない場合が多いので、大切なポイントです。 看護師の皆さんにもおすすめの「耳に血色」実は私は、どなたかに会う場合は、必ず耳に血色を入れるようにしています。クリームチーク(ローズ系のにごったような色のもの)を指で、です。これを行うようになってから、俄然、元気そうだと言われることが多くなりました。この血色は、こちらから言わなければ誰も気づきません。自然に元気な印象をつくる方法としておすすめです。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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[6]どうされていますか? エンゼルケア時のならわしへの対応

お顔に白い布をかけたり、着物を左前で着付けるなど、亡くなった人に対して従来より行われてきたならわし。エンゼルケアの場面では、こうしたならわしについてどう考えればよいでしょうか。今回は、そもそもならわしとは何かをご紹介するとともに対応について考えます。 ならわしについて検討する際のポイント ならわしは、人々の思いと時代や地域の文化などがかかわってできあがったもので、時とともに移ろいながら私たちの暮らしの中にさまざまに存在しています。 医療の現場ではどうでしょう。例えば、病棟の病室に4号室や9号室を設置するかどうか。「死」をイメージする4、「苦」をイメージする9を避ける人がいるため、設置していなかった病院が少なくなく、増築や改築の際に議論になることがあります。 また、霊安室のありようもさまざまです。仏教をイメージするような設えやマリア像のあるお部屋、逆に宗教色のない控室的なつくりなどがあります。霊安室はならわしによる雰囲気づくりがなされたエリアといってよいでしょう。検討の結果、霊安室をなくした病院もあります。 看護時に長らく行われてきたならわしは、亡くなった人の整え方のいくつかです。それをどうとらえて、どうすればよいのか。ならわしを行うこと、行わないことに善し悪しはなく、考え方次第です。いずれにしても大事なのは、事業所としての考え方を整理し、スタッフ間で共有しておき、必要なときに説明できることです。 見えてきた、ならわしの背景 死後処置では、主にa~dのならわしが行われてきました。a手を組ませるb胴紐を縦結びにするc顔に四角い白い布をかけるd和服を逆さあわせにする(いわゆる左前) 葬儀文化に詳しい方への取材や関係書を読み検討を重ねる中で、これらのならわしが死や遺体に対するおそれの感覚や生きている人と区別するための印づけとしての必要性があったのだろうと考えるようになりました。 ①ご遺体へのおそれの感覚 昔は埋葬するまでご遺体を身近に置いていたこともあり、ご遺体の鼻や口から悪い存在が入り、荒ぶれて動き出したりしないかといったおそれの感覚が生じたようです。そのために、動かないように縛ったり、鼻や口の穴を塞いだりして封印をするようになったのではないか、そして、その名残がaの手を組ませる行為やcの顔に四角い白い布をかける行為なのではないか、と考えられていることが多いとわかりました。 ②「あの世の人」になったことの印づけ また、昔は死んだら「この世」から「あの世」(この世とは逆さの世界になっていると考えられている世界)へ行くと信じる感覚がありました。かつては看取りから葬儀まで自宅で執り行われることが多く、近所の人や親戚の人たちが自宅にたくさん集まりました。その中でご遺体が布団の上に横たわっているわけです。こうした状況において「この人はあの世の人になったのだ」と周囲に表明する、生きている人と区別する必要があったと思われます。 医師による死亡診断と告知があるわけではない時代には、亡くなったと決めたことを表明する必要もあったのではないかと想像します。その表明のしかたとして「逆さの世界の人」として、普段とは逆の方法にする逆さ事が行われてきたのでしょう。 逆さ事には、例えば「逆さ屏風」や「逆さ水」があります。「逆さ屏風」は、ご遺体の枕もとに屏風があれば、絵柄を逆さにして立てることを言います。「逆さ水」とは、ご遺体を拭くときに使用するお湯のつくり方を言います。通常、お湯に水を足して温度を調整しますが、その逆、水にお湯を足して温度を調整します。 先ほどご紹介したbの胴紐を縦結びにしたり、dの和服を左前にあわせることも逆さ事のひとつとして行われたのでしょう。胴紐は通常、横に結びますが、その逆として縦に結んだと考えられます。なお、縦結びは解けにくい結び方であり、「もう、あの世から戻れないですよ」という本人へのメッセージだと考えるむきもあります。 エンゼルケア時に、ならわしは基本的に行わなくてよい エンゼルケアは、ご家族が心豊かに看取りの場面を過ごしていただくことが目的のケアです。その段階において「ご遺体へのおそれの感覚が由来したならわし」は必要ない、また、周囲に亡くなった人であることを表明するための「印づけ」も必要ない、と考えています。 連載[2]のコミュニケーションの回で述べたとおり、生きているときのようにご遺体を気遣うご家族が多いのですから、死者らしくするならわしは行わない方針がご家族の感覚にもフィットします。 また、ならわしは後になってからいつでも行うことができますから、わざわざエンゼルケアの時点であわてて行う必要はありません。ただ、ご家族の希望があればそれに添う対応を検討してください。 社会状況の変化をキャッチしておきましょう 全体に死という出来事やご遺体を目立たないようにしたいという人々の思いが、死を取り巻く状況に反映されている印象です。例えば、以前は派手な装飾で目立つ存在だった霊柩車は、現在は目立たないものにとって変わり、葬儀も簡略化が急激に進んでいます。看取りや、葬儀の担い手となる子供の人数が少なくなり、その負担も増えている現在、簡略化は自然な方向性かもしれません。 そのような状況であることを含み、エンゼルケアではできるだけ、連載の[4]で述べた「でも」と思える場面づくりを意識するといったことが必要なのかもしれません。 ならわしはとなりの町でも流儀が異なる場合もあり、考え方や行い方に地域差が見られることも少なくありません。担当地域の自治体や葬儀社などから葬送の現状について情報を得ておくことも、エンゼルケアの内容を考えるうえで参考になると思います。 ワンポイントメモ宮家準氏が執筆された『日本の民俗宗教』(講談社学術文庫)中に掲載されていた次の図を知り、その内容にたいへん感動しました(図1)。 図1 生と死の儀礼の構造宮家準(1994)『日本の民俗宗教』(講談社)、124ページより引用 図の上半分にこの世の儀礼が並んでおり、下半分にあの世の儀礼が並んでいます。このように儀礼を対比すると、この世とあの世で儀礼の類似性があり、結婚式と三十三周忌までは儀礼のペースがほぼ同様です。先人らは、あの世に行った霊に対しても節目節目で儀礼を行い、この世で生きている人と同じくらい大切に思いながら過ごしたわけです。図では、あの世の儀礼にある「十三周忌」に対応するこの世の儀礼がありませんが、私の出身地である茨城県の一部では13歳のときに十三参りという儀礼を行います。 また、この図を縦半分にして左右を見てみると、右半分は神社、左半分はお寺で儀礼が行われます。他にも感動ポイントがいろいろとあるのですが、ここでは割愛します。昔の人たちは、このように一つひとつの儀礼を進めていくことがグリーフワークになっていただろうことを読み取ることができます。最近では、初七日は葬儀と一緒に済ませるなど、儀礼が省略されることも少なくありません。今後の社会では、これらを簡略化した分の穴埋めについて考えなければならないのではないかと思うのです。 皆さんの担当地区に伝わるならわしや、担当している利用者さんの出身地のならわしを聴取し、民俗学や文化人類学の書物を参考に、ぜひ検討してみてほしいです。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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[5]身だしなみの整え――看取りの手段としてのエンゼルメイク

手浴や足浴、爪切りなど、エンゼルメイクではさまざまな方法でご遺体の身だしなみの整えを行います。これら一つひとつの場面が貴重な看取りの手段やグリーフワークの一助となります。できるだけご家族に実施していただけるよう、看護師がサポートできるとよいでしょう。 エンゼルメイクとグリーフワーク グリーフワーク。それは文字どおり、悲嘆の作業、心の大仕事ですね。喪失して間もない方や少し時間が経った方、年数を経た方などにお話しを伺うと、皆さんさまざまに、ドイツの哲学者アルフォンス・デーケン氏が示した「悲嘆のプロセス12段階」のいずれかの段階にあります(図1)。氏が記したとおり、順調に段階を踏んでおらず、ある段階を行きつ戻りつされている方もいらっしゃいました。 図1 悲嘆のプロセス12段階 アルフォンス・デーケン(1986)『死を看取る〈叢書〉死への準備教育第2巻』(メヂカルフレンド社)、261-265ページをもとに作成 また、後悔の念を口にする方も少なくありません。 「あのとき、もっとやさしい言葉を返せばよかった」、「あのとき、もっと話を聞けばよかった」、「あのとき、足をさすってやればよかった」などです。 ある人は「さまざまな後悔が湯水のように湧いてきて尽きないのよ」とお話しされました。後悔の念もグリーフワークとともに生じやすいようです。 これら心の作業を行っていくうえでポイントになるのが「でも」だと考えています。「でも、〇〇をやってあげることができた」という記憶、特に自身の手で行った実感の伴う記憶はグリーフワークにプラスに働くようです。さまざまなケースをとおしてそのことが見えてきました。その「でも」につながった可能性のあるエンゼルメイクの場面をいくつかご紹介します。 爪切りを行いながら 高齢の男性Aさんが息を引き取り、娘さんらは彼の顔のそばで悲しみを表しました。そんな中、ご長男だけは少し離れたところで棒立ちのままその様子を眺めていました。 「お父様の足の爪切りをお願いできませんか?」と、担当看護師が彼に声をかけました。「えー? 人の爪なんて切ったことないから」「私は女性のみなさまとお顔の整えを進めたいと思いますので、ぜひお願いします」「うーん。じゃあ」 彼は慣れない手つきでAさんの爪を切り始めました。やがてゆっくりとAさんの脛を撫で、何かしら話しかけながら爪切りを行いました。 手浴の思い出 高齢の男性Bさんが亡くなり、エンゼルメイクのときに娘さんがBさんの手浴を行いました。娘さんは、担当だった訪問看護師に会うたびに、何年経っても「あのとき、父の手を洗ってあげることができてよかった」と話します。 手浴の際にお湯に入浴剤を入れたことを「お風呂に入れてあげたみたいに思ったあの香りを嗅ぐと今も手を洗ってやれてよかったって思うんです」と。 ネクタイをきっかけに 高齢の男性Cさんのエンゼルメイクのとき、ご長男はCさんの足元のほうに立ち、腕組みをして笑顔で冗談を飛ばすなどしていました。Cさんに背広を着付けている途中で担当看護師は彼に声をかけました。ネクタイを差し出しながらです。 「よろしかったら、お父様にネクタイを付けていただけませんか?」「え? あー、ネクタイね。じゃあひとつ長男のオレがやってやるかぁ、どれどれ」 彼は、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といったふうにネクタイを受け取り、それを首元にかけるためにCさんに近づき、Cさんの顔を見ました。すると、両手でネクタイを持ったまま、身体が固まったように動かなくなりました。そして、その場で号泣。彼は泣きながらCさんにネクタイを締めてあげていました。 シャンプーをとおして 高齢の男性Dさんのエンゼルメイクで、ベッド上シャンプーを行ったときの場面です。担当看護師がDさんの首と後頭部を支え、娘さんがDさんの頭頂部や側頭部を洗います。洗髪しながら娘さんがこう言いました。 「まさか、最期に父の頭をこの手でこの指で洗ってあげられるなんて思っていなかったです」そして、次のように続けました。 「父の髪は白くはなりましたけど、量はずっと豊富なままで、本人はそれがちょっとした自慢でした。近所の方から、文豪の川端康成に似ている、なんて言われたこともあって。お風呂に入れていただく機会を逃してしまったところだったから、髪の汚れが気になっていたんです。父さん、かゆいところ、ないかしら」 実施した記憶がグリーフワークの一助となり得る エンゼルメイクを実施するのは息子さんや娘さんだけではありません。お孫さんが行う場合もあります。 例えば、次のようなケースです。・亡くなった高齢女性のマニキュアをお孫さんが片手ずつ担当して塗った。・お孫さんが靴下や足袋を履かせた。・お孫さんが交替でワイシャツのボタンをひとつずつ留めた。 上記のようなケースも含め、今回ご紹介したケースで共通するのは、行ったご家族から「やってよかった」という言葉が聞かれたり、そう伺える表情が見られたことです。また、これらの場面は看護師の声かけがきっかけとなっています。看護師の声かけがなければ、例えばAさんのご長男は遠巻きにお父様を眺めているだけで過ごし、Cさんのご長男は悲しみを表出するタイミングを得ることができなかったかもしれません。 もちろん無理強いは禁物ですが、ご家族の看取りの手段になり得ることを意識することがエンゼルメイクのポイントの1つです。手は出さずとも、間近でご覧いただくことで、その記憶がグリーフワークの一助になり得るととらえ、配慮することもよいのではないではしょうか。 *ご紹介したケースは個人を特定できないように編集したうえで掲載いたしました。 ワンポイントメモ衣類準備の声かけのタイミングについてエンゼルメイク時には、基本的に全身の保清後に着替えを行います。ご家族は落ち着いているように見えても、亡くなったときの衣類の準備までは気が回らない場合が少なくありません。そのため、あらかじめご家族に着替え用の衣類の準備をお願いし用意しておく必要があります。医師が、ご家族に間もなくかもしれないことを告げた際に、看護師から「つきましては、万が一のときにお召しになる衣類をご準備なさるとよいかもしれませんね」、あるいは「万が一のときのために、ご本人がご準備されている衣類はございますか?」などと声をかけるとよいでしょう。 着衣について例えば、ご家族が「これを着せてほしい」と和服一式を差し出されたとき、襦袢には袖を通していただき、着物や帯、帯締めなどは着付けずに、ふわりと上からかけておくだけにします。そして、「しっかりとした着付けをご希望の場合は、葬儀社の方にご相談なさってください」というふうに説明します。 衣類の着付けもしっかりと行うことが方針であれば別ですが、時間には限りがあるため着付けばかりに時間を割いてしまうと、保清などほかのエンゼルメイクを行う時間が足りなくなってしまいます。おすすめの「抱きうつし」(図2)エンゼルメイクの後、施設からご自宅など別の場所へ向かう場合に、ベッドからストレッチャーにご遺体を移すことをご家族に行っていただきます。在宅での看取りの場合では、ベッドから別のお布団へ、あるいはベッド上で身体の位置を整えるときに、ご家族にご遺体を抱いてもらい移していただきます。「抱きうつし」は、ご遺体を抱き抱えることで、その重さやぬくもりなどをご家族に実感していただくために行います。 図2 ご家族による抱きうつし 「抱きうつし」は鳥取県の「野の花診療所」で始まりました。エンゼルケアの一環としてご家族にご提案してみるのはいかがでしょうか。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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[4]腐敗進行を抑えるために絶対に外せない対応、冷却について

ご遺体の死後変化の1つである腐敗は、適切な管理を行えば進行を抑えることが可能です。管理が十分でないと、腐敗が進んでしまい、告別式のころには棺の蓋に届くほど腹部が膨満してしまうケースもあります。それも自然現象ではありますが、腐敗は死後変化の中でもご家族につらい印象をもたらす要素が多いため、抑える対応はマストです。今回は腐敗とその対処法である冷却について解説していきます。 腐敗はなぜ起こる? 死亡により体内の細菌バランスが崩壊し、生前から存在していた細菌群(中温菌)の異常繁殖により腐敗します。腐敗は、死後6時間くらいから始まり、腹腔内から胸腔内へ、そして全身に広がります。 腐敗が進むと何が起こる? 腐敗の進行とともに水分とガスが生じるため、体腔内圧が高まり、鼻や口から体液が漏れ出たり、肛門から便が漏れたりします。腹部膨満も見られます。また、臭気が発生し、皮下にガスが溜まり、皮膚に水疱ができるといった現象も起こります。 腐敗進行にとっての好条件は「水分が多い、栄養が多い、温かい(死亡時に発熱していた)」です。この条件がそろうとご遺体は腐敗しやすい状態になります。夏場など、ご遺体を取り巻く気温が高いことも腐敗を助長します。 腐敗の抑制手段は「冷却」 腐敗を最小限に抑える手段が「冷却」です。冷却することによって、腐敗をもたらす中温菌が活動しづらい環境にすることができます。エンゼルケアにおける冷却は、葬儀社が対応するドライアイスや冷蔵庫冷却までのつなぎとして実施します。 実施するタイミングは、保清の後の着衣のときがよいでしょう。冷却物としては保冷剤やアイスパック、氷を使用します。それらがなければ、冷凍庫や冷蔵庫に入っており、身体にあてやすい平らな形状のもので代用します(腋窩部、鼠径部、前側頸部には円柱型やボトル型の形状のものも可)。 冷却効果が高いのは冷却物を直接皮膚にあてる方法ですが、ご家族が「冷たそう」と感じることもあります。そうした気持ちに配慮し、下着の上から冷却物をあてたり、和服など衣類によってはすべてを着付けた上からでもよいでしょう。 図1に冷却に使用する物品を、図2に冷却する部位を示します。 図1 冷却に使用する物品と冷却する部位 ご遺体や衣類が濡れることを避けるため、ビニール袋に入れて使用する 図2冷却する部位 通常の冷却 ❶胸部+❷腹部(腐敗が早く強く出ると予想される場合は、❶胸部+❷腹部+❸腋窩部+❹鼠径部+❺前側頸部を冷却する) ご家族への説明例 冷却を開始する際の声かけでは「お腹が膨らんだり、体液が鼻から出たり、臭いが強くなったりしないよう、お腹や胸に早めの冷却が大切です。これから行いますね」などと冷却の必要性を伝えます。 しかし、ご家族が「冷たそう」「寒そう」と話し、気が進まないようであれば、次のように説明します。 「さきほどお話したような変化が進んでしまうと、あとから元に戻すことができませんので、冷やすことはとても大事なんです」 それでも難色を示される場合、腐敗が進行することを理解されていないかもしれないと考え、「変化」ではなく「腐敗」という言葉を使って再度説明します。十分に説明したうえでも拒否される場合は無理には行いません。ご家族には、冷却を行っていないことを葬儀社の方に伝えていただくようにお話しします。 ワンポイントメモ綿詰めは必要ない?ご遺体の鼻や口、肛門などに綿を詰める行為はこれまで広く行われてきた行為の1つです。しかし、ここ数年の間に、綿は栓の役割を果たさないことがわかってきました。腐敗の進行で内圧が高まれば、綿で漏液や便漏れを阻むことはできません。鼻や口から漏液がある場合は、適宜拭います。肛門や膣には紙パッドや紙オムツをあてることがおすすめです。分泌物や便を含んだ綿の交換は難しいですが、紙パッドや紙オムツであれば交換も容易ですね。また、鼻や口への綿詰めは、家族がつらい印象をもつことが多いです。(なお、便漏れを防ぐために腹部を圧迫し、便を押し出す行為もおすすめできません。腐敗の進行とともに自己融解も始まり、内臓の脆弱化が急激に進んでいるため、圧迫により腸を損傷させる可能性があるためです。) 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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