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気切でも声が聴きたい! 慢性期の摂食嚥下リハビリテーション

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。今回は、気管切開・胃瘻でも、味を楽しみ、声を出すことができた事例を紹介します。  楽しみのトップは「食事」 歯科医、加藤順吉郎氏の研究に、介護施設の入所者や病院の長期入院患者に「楽しみは何ですか」と尋ねたアンケート調査があります。結果は、いずれの施設でも楽しみのトップは、家族の訪問やテレビを抜いて「食事」でした1)。 数年前に私が歯科専門職向けに行ったアンケート調査でも、利用者・患者に設定する長期目標について問うと、やはり「食事を楽しみたい」が1位という結果となりました。 【事例】気管切開・胃瘻でも、口から食べてほしい、声を聞きたい Fさん、男性、81歳。要介護5。施設介護中のJCS=200。クモ膜下出血で気管切開、胃瘻造設。失語。常時寝たきりで残存歯は下に2本のみ、義歯なし。 Fさんは、以前は会社を経営していました。クモ膜下出血で重篤な状態となりましたが、命を取りとめ、リハビリテーション病院を退院後、施設入所となりました。 入所当時から施設で紹介された歯科専門職の口腔ケアの介入もありました。しかしFさんの妻は、信頼している内科医に、ある想いを吐露しました。入所から3年経ったころでした。 「歯医者さんに3年もかかっているのに、夫はアイスクリームの一口も食べられませんし、私は夫の声をもう聞けないのでしょうか?」 どれほど重篤であっても、楽しみ程度の経口摂取と、できればFさんの声が聞きたいという妻の願いでした。家族として当然のそんな願いを叶えるべく、それまでの歯科と交代し、私は、管理栄養士・歯科医師とともに、Fさんにかかわることになりました。 スピーチカニューレ変更とPAP作製 初診時のFさんは、急性期病院で装着された気管カニューレのままで、眉間に皺を寄せた表情でベッドに横たわっていました。胃瘻に気管切開。精密検査はできなくても嚥下機能に重篤な影響があることは確かです。 早速、内科医の指導を受け、それまでのカニューレを卒業し、いつでもFさんの声が聞けるようにスピーチカニューレへと変更しました。 気管カニューレは、呼吸経路を確保し痰や誤嚥物の吸引のために装着するものです。スピーチカニューレでは、発声のための発声バブル(茶色)が付いていて、従来のカニューレよりコンパクトになっています。 また歯科医師には、人工歯を付けた舌接触補助床(PAP注1)を作製してもらいました。PAPとは、舌の力の弱い人の嚥下や発声を補助する装置です。 多職種によるさまざまな介入 Fさんは、退院後の3年間は積極的な嚥下リハビリテーションが実施されていなかったため、直接訓練の前に、準備期から咽頭期までの間接訓練が必要でした。 アイスマッサージや頭部挙上などの咽頭期の訓練に加えて、棒付き飴を使ったストレッチ、顔面のマッサージ、首肩や胸鎖乳突筋などのマッサージも実施し、ときには1時間近くに及ぶこともありました。 管理栄養士の介入により、注入する栄養剤のエネルギー量が900kcal/日から1,200kcal/日へと増えました。Fさんは、体重も筋肉量も増加し、声かけによく反応し、満面の笑顔がみられるようになりました。 気管切開孔から貯留物を自力で吐き出すことも、さかんになりました。PAP装着も手伝って、直接訓練時の嚥下反射発動までの時間も短縮してきました。 歯科医師による丁寧な吸引を受けながら、食形態は訓練食から調整食2-1までに改善しました。 ついに大きな声が聞けた 私たちが介入して半年が経ったころ、Fさんが可愛がっていた姪御さんや、会社の部下が面会に来た際に、Fさんの「うおー!」という叫びのような声があり、握手を求めるかのように左上腕が高く上がることもあったそうです。 ときには、発熱や痰量の増加のために、施設から直接訓練の中止を求められることもありました。そのつど施設看護師や介護職員と連携し、訓練を見学してもらうことで理解を得られ、Fさんの体調の安定を待って訓練を継続することができました。 現在、発病から約6年、介入から約3年以上が経過しました。 施設でも、妻にも見守られながら、元気だったころに好きだったカレーやすき焼きといった味を、嚥下調整食の形態で楽しんでいます。 注1 PAP(舌接触補助床)歯科医師の指導に従って歯科技工士が作製します。医療保険適用。 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士) 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)加藤順吉郎.『福祉施設及び老人病院等における住民利用者(入所者・入院患者)の意識実態調査分析結果』愛知医報.1434,1998,2-14.

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[5]身だしなみの整え――看取りの手段としてのエンゼルメイク

手浴や足浴、爪切りなど、エンゼルメイクではさまざまな方法でご遺体の身だしなみの整えを行います。これら一つひとつの場面が貴重な看取りの手段やグリーフワークの一助となります。できるだけご家族に実施していただけるよう、看護師がサポートできるとよいでしょう。 エンゼルメイクとグリーフワーク グリーフワーク。それは文字どおり、悲嘆の作業、心の大仕事ですね。喪失して間もない方や少し時間が経った方、年数を経た方などにお話しを伺うと、皆さんさまざまに、ドイツの哲学者アルフォンス・デーケン氏が示した「悲嘆のプロセス12段階」のいずれかの段階にあります(図1)。氏が記したとおり、順調に段階を踏んでおらず、ある段階を行きつ戻りつされている方もいらっしゃいました。 図1 悲嘆のプロセス12段階 アルフォンス・デーケン(1986)『死を看取る〈叢書〉死への準備教育第2巻』(メヂカルフレンド社)、261-265ページをもとに作成 また、後悔の念を口にする方も少なくありません。 「あのとき、もっとやさしい言葉を返せばよかった」、「あのとき、もっと話を聞けばよかった」、「あのとき、足をさすってやればよかった」などです。 ある人は「さまざまな後悔が湯水のように湧いてきて尽きないのよ」とお話しされました。後悔の念もグリーフワークとともに生じやすいようです。 これら心の作業を行っていくうえでポイントになるのが「でも」だと考えています。「でも、〇〇をやってあげることができた」という記憶、特に自身の手で行った実感の伴う記憶はグリーフワークにプラスに働くようです。さまざまなケースをとおしてそのことが見えてきました。その「でも」につながった可能性のあるエンゼルメイクの場面をいくつかご紹介します。 爪切りを行いながら 高齢の男性Aさんが息を引き取り、娘さんらは彼の顔のそばで悲しみを表しました。そんな中、ご長男だけは少し離れたところで棒立ちのままその様子を眺めていました。 「お父様の足の爪切りをお願いできませんか?」と、担当看護師が彼に声をかけました。「えー? 人の爪なんて切ったことないから」「私は女性のみなさまとお顔の整えを進めたいと思いますので、ぜひお願いします」「うーん。じゃあ」 彼は慣れない手つきでAさんの爪を切り始めました。やがてゆっくりとAさんの脛を撫で、何かしら話しかけながら爪切りを行いました。 手浴の思い出 高齢の男性Bさんが亡くなり、エンゼルメイクのときに娘さんがBさんの手浴を行いました。娘さんは、担当だった訪問看護師に会うたびに、何年経っても「あのとき、父の手を洗ってあげることができてよかった」と話します。 手浴の際にお湯に入浴剤を入れたことを「お風呂に入れてあげたみたいに思ったあの香りを嗅ぐと今も手を洗ってやれてよかったって思うんです」と。 ネクタイをきっかけに 高齢の男性Cさんのエンゼルメイクのとき、ご長男はCさんの足元のほうに立ち、腕組みをして笑顔で冗談を飛ばすなどしていました。Cさんに背広を着付けている途中で担当看護師は彼に声をかけました。ネクタイを差し出しながらです。 「よろしかったら、お父様にネクタイを付けていただけませんか?」「え? あー、ネクタイね。じゃあひとつ長男のオレがやってやるかぁ、どれどれ」 彼は、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といったふうにネクタイを受け取り、それを首元にかけるためにCさんに近づき、Cさんの顔を見ました。すると、両手でネクタイを持ったまま、身体が固まったように動かなくなりました。そして、その場で号泣。彼は泣きながらCさんにネクタイを締めてあげていました。 シャンプーをとおして 高齢の男性Dさんのエンゼルメイクで、ベッド上シャンプーを行ったときの場面です。担当看護師がDさんの首と後頭部を支え、娘さんがDさんの頭頂部や側頭部を洗います。洗髪しながら娘さんがこう言いました。 「まさか、最期に父の頭をこの手でこの指で洗ってあげられるなんて思っていなかったです」そして、次のように続けました。 「父の髪は白くはなりましたけど、量はずっと豊富なままで、本人はそれがちょっとした自慢でした。近所の方から、文豪の川端康成に似ている、なんて言われたこともあって。お風呂に入れていただく機会を逃してしまったところだったから、髪の汚れが気になっていたんです。父さん、かゆいところ、ないかしら」 実施した記憶がグリーフワークの一助となり得る エンゼルメイクを実施するのは息子さんや娘さんだけではありません。お孫さんが行う場合もあります。 例えば、次のようなケースです。・亡くなった高齢女性のマニキュアをお孫さんが片手ずつ担当して塗った。・お孫さんが靴下や足袋を履かせた。・お孫さんが交替でワイシャツのボタンをひとつずつ留めた。 上記のようなケースも含め、今回ご紹介したケースで共通するのは、行ったご家族から「やってよかった」という言葉が聞かれたり、そう伺える表情が見られたことです。また、これらの場面は看護師の声かけがきっかけとなっています。看護師の声かけがなければ、例えばAさんのご長男は遠巻きにお父様を眺めているだけで過ごし、Cさんのご長男は悲しみを表出するタイミングを得ることができなかったかもしれません。 もちろん無理強いは禁物ですが、ご家族の看取りの手段になり得ることを意識することがエンゼルメイクのポイントの1つです。手は出さずとも、間近でご覧いただくことで、その記憶がグリーフワークの一助になり得るととらえ、配慮することもよいのではないではしょうか。 *ご紹介したケースは個人を特定できないように編集したうえで掲載いたしました。 ワンポイントメモ衣類準備の声かけのタイミングについてエンゼルメイク時には、基本的に全身の保清後に着替えを行います。ご家族は落ち着いているように見えても、亡くなったときの衣類の準備までは気が回らない場合が少なくありません。そのため、あらかじめご家族に着替え用の衣類の準備をお願いし用意しておく必要があります。医師が、ご家族に間もなくかもしれないことを告げた際に、看護師から「つきましては、万が一のときにお召しになる衣類をご準備なさるとよいかもしれませんね」、あるいは「万が一のときのために、ご本人がご準備されている衣類はございますか?」などと声をかけるとよいでしょう。 着衣について例えば、ご家族が「これを着せてほしい」と和服一式を差し出されたとき、襦袢には袖を通していただき、着物や帯、帯締めなどは着付けずに、ふわりと上からかけておくだけにします。そして、「しっかりとした着付けをご希望の場合は、葬儀社の方にご相談なさってください」というふうに説明します。 衣類の着付けもしっかりと行うことが方針であれば別ですが、時間には限りがあるため着付けばかりに時間を割いてしまうと、保清などほかのエンゼルメイクを行う時間が足りなくなってしまいます。おすすめの「抱きうつし」(図2)エンゼルメイクの後、施設からご自宅など別の場所へ向かう場合に、ベッドからストレッチャーにご遺体を移すことをご家族に行っていただきます。在宅での看取りの場合では、ベッドから別のお布団へ、あるいはベッド上で身体の位置を整えるときに、ご家族にご遺体を抱いてもらい移していただきます。「抱きうつし」は、ご遺体を抱き抱えることで、その重さやぬくもりなどをご家族に実感していただくために行います。 図2 ご家族による抱きうつし 「抱きうつし」は鳥取県の「野の花診療所」で始まりました。エンゼルケアの一環としてご家族にご提案してみるのはいかがでしょうか。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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[4]腐敗進行を抑えるために絶対に外せない対応、冷却について

ご遺体の死後変化の1つである腐敗は、適切な管理を行えば進行を抑えることが可能です。管理が十分でないと、腐敗が進んでしまい、告別式のころには棺の蓋に届くほど腹部が膨満してしまうケースもあります。それも自然現象ではありますが、腐敗は死後変化の中でもご家族につらい印象をもたらす要素が多いため、抑える対応はマストです。今回は腐敗とその対処法である冷却について解説していきます。 腐敗はなぜ起こる? 死亡により体内の細菌バランスが崩壊し、生前から存在していた細菌群(中温菌)の異常繁殖により腐敗します。腐敗は、死後6時間くらいから始まり、腹腔内から胸腔内へ、そして全身に広がります。 腐敗が進むと何が起こる? 腐敗の進行とともに水分とガスが生じるため、体腔内圧が高まり、鼻や口から体液が漏れ出たり、肛門から便が漏れたりします。腹部膨満も見られます。また、臭気が発生し、皮下にガスが溜まり、皮膚に水疱ができるといった現象も起こります。 腐敗進行にとっての好条件は「水分が多い、栄養が多い、温かい(死亡時に発熱していた)」です。この条件がそろうとご遺体は腐敗しやすい状態になります。夏場など、ご遺体を取り巻く気温が高いことも腐敗を助長します。 腐敗の抑制手段は「冷却」 腐敗を最小限に抑える手段が「冷却」です。冷却することによって、腐敗をもたらす中温菌が活動しづらい環境にすることができます。エンゼルケアにおける冷却は、葬儀社が対応するドライアイスや冷蔵庫冷却までのつなぎとして実施します。 実施するタイミングは、保清の後の着衣のときがよいでしょう。冷却物としては保冷剤やアイスパック、氷を使用します。それらがなければ、冷凍庫や冷蔵庫に入っており、身体にあてやすい平らな形状のもので代用します(腋窩部、鼠径部、前側頸部には円柱型やボトル型の形状のものも可)。 冷却効果が高いのは冷却物を直接皮膚にあてる方法ですが、ご家族が「冷たそう」と感じることもあります。そうした気持ちに配慮し、下着の上から冷却物をあてたり、和服など衣類によってはすべてを着付けた上からでもよいでしょう。 図1に冷却に使用する物品を、図2に冷却する部位を示します。 図1 冷却に使用する物品と冷却する部位 ご遺体や衣類が濡れることを避けるため、ビニール袋に入れて使用する 図2冷却する部位 通常の冷却 ❶胸部+❷腹部(腐敗が早く強く出ると予想される場合は、❶胸部+❷腹部+❸腋窩部+❹鼠径部+❺前側頸部を冷却する) ご家族への説明例 冷却を開始する際の声かけでは「お腹が膨らんだり、体液が鼻から出たり、臭いが強くなったりしないよう、お腹や胸に早めの冷却が大切です。これから行いますね」などと冷却の必要性を伝えます。 しかし、ご家族が「冷たそう」「寒そう」と話し、気が進まないようであれば、次のように説明します。 「さきほどお話したような変化が進んでしまうと、あとから元に戻すことができませんので、冷やすことはとても大事なんです」 それでも難色を示される場合、腐敗が進行することを理解されていないかもしれないと考え、「変化」ではなく「腐敗」という言葉を使って再度説明します。十分に説明したうえでも拒否される場合は無理には行いません。ご家族には、冷却を行っていないことを葬儀社の方に伝えていただくようにお話しします。 ワンポイントメモ綿詰めは必要ない?ご遺体の鼻や口、肛門などに綿を詰める行為はこれまで広く行われてきた行為の1つです。しかし、ここ数年の間に、綿は栓の役割を果たさないことがわかってきました。腐敗の進行で内圧が高まれば、綿で漏液や便漏れを阻むことはできません。鼻や口から漏液がある場合は、適宜拭います。肛門や膣には紙パッドや紙オムツをあてることがおすすめです。分泌物や便を含んだ綿の交換は難しいですが、紙パッドや紙オムツであれば交換も容易ですね。また、鼻や口への綿詰めは、家族がつらい印象をもつことが多いです。(なお、便漏れを防ぐために腹部を圧迫し、便を押し出す行為もおすすめできません。腐敗の進行とともに自己融解も始まり、内臓の脆弱化が急激に進んでいるため、圧迫により腸を損傷させる可能性があるためです。) 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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在宅復帰後の摂食嚥下リハビリテーション②

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。今回は、自宅への退院後、胃瘻栄養を離脱し、常食摂取が可能になった事例を紹介します。 経管栄養の離脱を目指す 患者さんが病院を退院して自宅や施設に戻られる際、経管栄養管理下での退院となる場合があります。 退院後すぐには経口摂取が困難で、胃瘻栄養を選択した場合でも、諦めず、無理のない範囲でのリハビリテーションが必要と考えます。 義歯の方の場合は、義歯装着と、発声練習や舌のストレッチなどのリハビリを日々継続すると、どこにどのような障害があるのか問題が整理されてくることもあります。 胃瘻から早く元の食生活に戻りたい 事例 Eさん、76歳男性。要介護5、左脳梗塞後に誤嚥性肺炎、胃瘻造設、前立腺肥大と心筋梗塞の既往あり。 Eさんは脳梗塞のため入院。退院し自宅へ戻った時点では胃瘻管理でした。自宅は、数人の従業員を抱える自営業の、店舗兼住宅です。4年前に心筋梗塞の既往があり、尿道カテーテルも留置しています。 妻は訪問看護師から指導を受け、胃瘻と尿道カテーテルのケアを手際良く行っています。しかし退院後、家族と従業員とが一緒に囲んでいた賑やかな食卓風景はなくなりました。食べられないEさんに食べているところを見せたくないと、お孫さんたちは隠れるように食事をしたからです。 この時点で、Eさんとご家族の「早く元の食生活に戻りたい」というゴールは、はっきりしていました。 いつの間にかバナナを完食! Eさんは入院中、義歯を装着していなかったということです。初回の嚥下評価で、言葉の巧緻性をみるオーラルディアドコキネシス(ODK)注1は、1秒間に「パ」が1回弱でした。しかも、「パ」が「ファ」に聞こえ、発声するたびに義歯が外れました。 そこで、基本的な機能的口腔ケアを指導すると、2週間後には笑顔で「お腹が空いた」との発語もあり、義歯装着もしっかりしてきました。 ところが、翌週に事件が起きました。 寝たきりのはずのEさんは、いつの間にかベッドから起き上がり、仏壇のお供えのバナナを1本完食していたのです。本人が白状されたそうで、家族も、連絡をもらった私も、何事もなくてよかったと胸をなでおろしました。義歯装着効果か、室内を歩く程度の距離を自立歩行できていたのにも驚きです。 VFでは経口摂取はまだ無理 今回は幸運にも無事でしたが、2回目もそうとはかぎりません。歯科医の判断で、Eさんは歯学部付属病院の専門外来で放射線嚥下造影検査(VF)注2を受けることになりました。 VFの結果、Eさんの嚥下には、少量の誤嚥と、喉頭蓋谷(こうとうがいこく)に多量の残留が認められました(図)。準備期-咽頭期のリハビリ対応が必要な状態です。とろみ使用の水分摂取は許可されたものの、経口摂取はまだ無理な状況でした。 図 喉頭蓋谷に多量の残留が認められる 1か月半後の再評価 VF後は、従来の口腔ケアに加え、嚥下障害の専門医の指導で、腹筋を鍛える足上げ運動や頭部挙上訓練が加わりました。痰の吐き出しや窒息時に備えるためです。歯科衛生士と訪問看護師が、Eさんにリハビリを行うことになりました。 1か月半後、VF再評価を行いました。 再VFでは、試料が喉頭蓋谷に残留することなく食道へと運ばれていき、嚥下機能が改善。専門医からも直接訓練(食物を使う訓練)の許可が出ました。 Eさんは、段階的摂食訓練を開始し、介入から約5か月で、ほぼ入院前の食生活に戻ることができました。 専門医の診断で納得を得る この事例のポイントは、「さあこれからお口の訓練を頑張りましょう!」から、バナナ事件で「おじいちゃんお口から食べられるよ」という方向に一気に傾いてしまいました。たまたま無事でしたが、誤嚥性肺炎の既往がある方なので、経口移行するならそれなりの嚥下評価と裏付けが必要です。ここからの立て直しが必要な事例でした。 バナナを食べている時の目撃者はいませんが、喉に詰まりそうな怖い状況を想像します。今回は早急に専門医の診断を求め、Eさんの訓練続行に、本人、家族、かかりつけ医を含めたチーム全員の、納得を得ることができました。 このことが、要介護5から3へと要介護度改善にもつながりました。 Eさんの食支援介入前後の評価  初診(退院後1か月半)介入後(退院後約5か月)食形態経管経口(常食)ODK(発語)パ1.2回/秒、不明瞭 パ5.4回/秒、会話が可能VF誤嚥あり、喉頭蓋谷残留あり誤嚥なし、喉頭蓋谷残留なし摂食状況レベル  レベル1(嚥下訓練なし)レベル9(三食経口摂取)介護度要介護5要介護3 間接訓練から直接訓練へ移行するポイント 間接訓練から直接訓練に移行する場合は、まず、嚥下評価で直接訓練が可能となることが前提です。そして、嚥下評価に加えて、以下の項目にも注意したいものです。 ・呼吸(SpO2 96%以上)や血圧の医学的安定・食欲がある・咳や痰の喀出、発声ができる・姿勢調整ができる ほか これらは、すべてが揃わなければならないわけではありませんが、なかでも「食欲」は重要です。長期間の経管栄養管理が継続されていると、嚥下評価上では経口摂取が可能でも、食欲を押し殺している人もいます。心理的なサポートが必要となります。 注1 オーラルディアドコキネシス(ODK):1秒間に「パ」「タ」「カ」をそれぞれ何回発音できるかをカウントする。 注2 嚥下造影検査(VF)造影剤を含む試料を使用する放射線下の精密検査で、歯科大学病院や耳鼻科で対応可能。地域の歯科医師会の在宅歯科医療地域連携室、嚥下障害の窓口などに相談するとよいです。 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士)記事編集:株式会社メディカ出版

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[3]身体の死後変化はエンゼルケアの必須知識!

死後のご遺体の変化に驚かれるご家族が少なくありません。ご家族にきちんと説明できるためにも、死後の身体変化に関する情報をしっかりと押さえておきましょう。また、どういった変化が生じるのか把握しておくことで、変化を最小限に抑える対処が可能ですし、さまざまな身体変化に遭遇しても冷静に対応することができます。 亡くなった高齢女性Aさんのご家族から困惑した声音で、担当だった看護師に電話がありました。 「おばあちゃんの口のまわりに灰色の輪がくっきりと浮き出てきたんです。不吉なことなんじゃないかって言う人もいて・・・・・・。一体、何なんでしょう、これ」 Aさんは黄疸が出ていたために、その死後変化として皮膚に変色が起こったのです。黄疸をもたらしているビリルビン色素の酸化亢進などによって時間とともに変色が起こります。毛根部が変色の生じやすい部位で、髪の生え際や眉、ひげ(あるいは口まわり、女性も口周囲にうぶ毛があるため)などに注意が必要です。 Aさんのご家族はそれを知らなかったため驚かれたのですね。看護師は異常事態ではないことを伝え、対処法などを次のように説明し安心していただきます。 「黄疸が出ていた方は、お口のまわりがくすんで輪のように見えることもあります。自然な変化ですから、ご心配はいりません。気になるようでしたら、その部分をファンデーションでカバーしていただいて問題ありません」 そして、必要に応じてファンデーションを使用したカバー方法なども説明します。 望ましいのは、黄疸のある肌は時間の経過とともに皮膚に変色が生じると思われることを、あらかじめエンゼルケアのときに説明できることです。さらに、最も望ましいのは、そのことを含めて死後変化のことなどが書いてある文書をお渡しすることです。文書については、連載の最終回でふれる予定ですので参考になさってください。 身体の死後変化の知識を得ておくことは、エンゼルケアを行ううえで必須です。亡くなった人のそれまでの身体の状態を把握している看護師は、例えば前出の黄疸の出ている方のように、変化についてのさまざまな配慮・対応が可能なためです。 知っておきたい身体の死後変化の特徴 では、ここで「身体の主な死後変化」を図1に示します。 図1 身体の主な死後変化 ( )内は、変化が始まる目安の時間を示す。変化の強度や速度には個人差がある。各項目の詳細については以下を参照。筋の硬直(死後硬直)(1時間~)筋弛緩後、下顎(1~3時間)、全身(3~6時間)へと硬直が進む。循環停止により酸素供給が停止することなどによる。死後半日から1日の間に硬直のピークを迎え、その後、解けはじめる。死の直前まで筋肉を使用していたり(急死)、高齢ではない場合などは硬直が強く表れる。体表面の乾燥(3時間~)循環停止によって内部から体表面への水分補給がなくなり、自力で保湿できなくなり乾燥する。特に外気にふれている頭部(その中でも口唇)は乾燥が急激に進む。表皮が失われている箇所や開放性の創部も乾燥しやすい。また、乾燥とともに皮膚の脆弱化も進む。水分量の多い乳児・小児は、成人よりも乾燥傾向が強い。顔の扁平化(直後~)重力の影響による。蒼白化(30分~)重力の影響を受け、比重の重い赤血球が沈下することで、皮膚の血色が失われる。全身の上面に生じるが、露出している顔面が特に目立つ。顔のうっ血(3時間~)急性の心疾患で亡くなった方に生じることが多い。腐敗(6時間~)恒常性の消失で細菌バランスが崩壊し、細菌群(中温菌)が異常繁殖することによって生じる。腹腔内からはじまり胸腔内、そして全身に広がる。身体の状態(水分が多い、栄養が多い、温かいなど)によって腐敗の進行度が変わる。体温低下(直後~)恒常性の消失で、気温の影響をまともに受ける。上下肢の末端部や外気にふれる顔面などから低下する。体幹部は下がりにくい。止血しづらくなる血液の凝固因子が大量に消費されることなどから、止血しづらい状態になる。黄疸の方の皮膚色の変化(24時間~)黄疸をもたらしている色素の酸化亢進などによって生じる。黄色→淡緑色→淡緑灰色に変化する。 さまざまな変化を図1で把握するとともに、全体的な変化の特徴として次の4点も押さえておくとよいでしょう。各タイミングでの判断に役立ちます。 ①死後の身体は「不可逆的に変化する」 図1に示した変化をはじめとして、死後変化のすべては不可逆的に進行します。つまり、変化する一方で、元の状態に戻ることはありません。生きているときのように、維持しよう、回復しようと身体は機能しません。 例えば、口唇は粘膜のため特に乾燥しやすい部分です。時間とともに乾燥が進み、表面が茶褐色に変色してしまったり、口唇全体の厚みが減ってしまったりし、それらが元の状態に戻ることはありません。ですから、早い段階で油分を塗布するなど、乾燥防止を行う必要があるのです。 ちなみに、葬儀社の方から看護師に対して「とにかく唇だけでも早めに油分を付けておいてほしい」と言われることがあります。葬儀社の方が担当する段には、すでに口唇の乾燥が極まってしまっていることがあるからのようです。 エンゼルメイクを含むエンゼルケアの時点で何をしておくべきなのかを判断し、実施することがポイントになってきます。 ②死後の身体変化は「予測しきれない面がある」 どんな死後変化がどの程度、どんな速さで起こるのか、エンゼルケアの時点ではその後を予測しきれない面があります。その大きな理由として、次の2点が挙げられます。 ・個体差を厳密には予測できない死後の身体変化は、死に至ったときの身体状態により個体差があります。例えば、体内の水分量が多く、さらに亡くなるまで高熱が続いていた場合は腐敗が早く強く出るかもしれないというようにおよその予想はできますが、厳密な予想はできません。 ・管理状況に左右されるご遺体は、身体の状態を一定に保つ機能は働いていないので、気温、湿度など身体を取り巻く環境の影響をまともに受けます。皆さんの手が離れた後、例えば暑い日などに適切な冷却がなされなければ急激に腐敗が進み、体液が漏れ出たりします。 身体の変化に困惑したご家族から問い合わせや相談の連絡があったなら、まず「お身体はいろいろな変化が出るのが自然のことです。異常事態ではないので心配はいりませんよ」と応対し、具体的な対応方法を説明するとよいでしょう。 ③死後の身体は「傷みやすい」 死後の身体変化が生じているイメージをつかんでほしいと思い、あえて「傷む」という表現を使います。 例えはあまりよくありませんが、釣ってきた魚を暖かい日に冷却もせず、ラップもかけずにテーブルの上に放置してしまうと、魚は急激に傷んでいきますね。人の身体も何もしなければ同じように傷んでいきます。 冷却や乾燥防止対策を行い、なるべく変化を抑えますが、抑えきれないケースも少なくありません。ただ現在は、亡くなった人との対面時には、衣類や花などでカバーされて目にふれないような配慮がされており、私たちは「傷む」という自然現象を忘れがちです。このことを含んでおいて、必要なときに「ご遺体は傷みやすいですよ」とご家族に説明します。 ④死後の身体は「重力の影響を受ける」 図1に示した「蒼白化」や「顔の扁平化」は重力に抗えなくなった結果、起こる変化です。他にも、身体の後面に開放性の創部(褥瘡など)がある場合は滲出液が漏れ出やすいので、あらかじめ対応をしておくといった判断ができます。 また、図1に示したように血液は止血しづらい状態になるため、鼻出血などがあると長く出続けることがあります。その場合は枕の高さを変えたり顔の向きを変えるなどし、重力の働く方向を変えることで、体外への出血量を減らせることがあります。 ご家族がご遺体を「起立させてほしい」と希望した例では、担当の看護師は便漏れなどがないように、重力の影響を考えながら希望に応じたとのことでした。 ワンポイントメモ臭気の話死後の早い段階で、気になる臭いが発生しやすい場所は、口腔内と瞼内です。 下顎が、早ければ死後1時間程度で硬くなるため、臭気防止のために口腔内だけは早めにケアを行います。マウスケア用のスポンジやガーゼなどで汚れを拭ったり、可能であれば歯磨きもします。瞼内のケアでは、眼脂に注意します。眼脂などの分泌物からも臭気発生の恐れがあるため、綿棒で拭うなど可能な範囲で除去しておきます。 腐敗による臭気もその後発生します。エンゼルケアの段階で行う臭気対策は、第4回で解説する冷却が有効です。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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7 「朝、起きたら左足だけが腫れていた」と言う患者さん

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第7回は、朝起きたら片足だけが腫れていた患者さんです。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 83歳女性。「朝起きたら左足だけが腫れていて、もったりとして気になる。昨日は何ともなかったのに……」と言っています。   あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 足が腫れているという訴えであるため、まずは、足の皮膚や皮下組織、筋肉や骨に炎症が生じ、腫脹が起こっていることが考えられます。 また、リンパや静脈系の循環障害による浮腫の疑いがあります。 リンパ浮腫とは、リンパ管の狭窄や閉塞のためにリンパ液が滲み出して浮腫となったものです。手術侵襲や、がんの浸潤により起こることが多いです。 静脈系の循環障害による浮腫は、静脈の閉塞や狭窄により静脈圧が上昇することで血漿成分が滲み出して起こります。深部静脈血栓症の場合、脳梗塞や肺梗塞など生命にかかわる疾患を引き起こす場合があり、発見したら速やかに医療につなげる必要があります。 ここに注目! ● 足が腫れているという訴えは、浮腫によるものか、局所の炎症による腫脹か?● 局所性の浮腫が考えられる場合、静脈系の循環障害か、リンパの還流障害か? まずは、炎症による可能性を念頭に置いてアセスメントします。そのうえで浮腫による可能性が高いと考えられる場合は、浮腫が静脈性なのかリンパ性なのかをアセスメントします。 局所炎症のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・炎症の症状(痛み、しびれ、熱感、腫脹)・原因・誘因となったこと(転倒や転落、打撲、外傷、虫刺され、など)・ADLへの影響 局所炎症のアセスメント②客観的情報の収集 体温測定 炎症が起きている場合、免疫反応として、発熱が起こる可能性があります。高体温になっていないかどうかを確認します。 浮腫の確認 浮腫の部位と程度を確認します。 外傷などによって起こる局所の炎症による浮腫は、脚全体ではなく障害のある部位にみられますので、左右差を比べながら確認します。 痛みに注意しながら触れ、圧痕がみられるかどうかを確認し、レベルを判定します。圧迫時間は5~20秒、指が沈み終わったら離し、その深さで判定します。 炎症徴候の確認 皮膚の傷や、骨折を思わせる症状がないかを確認します。骨折がある場合は、関節が不自然に曲がっていたり、発赤や強い腫脹がみられ、圧痛と熱感があります。 炎症の徴候を確認するために、発赤と熱感を確認します。熱感については、熱に敏感な手背を使って確認します。人の皮膚温はさまざまなので、症状を訴えている側だけでなく、左右同時に触れてその差を確認します。 関節可動域 関節を動かせるかどうかを確認します。炎症がある場合は、動かすことで痛みが生じる可能性が高いので、確認しながら行います。どの程度の可動域制限があるかを、左右比較して観察します。 静脈系・リンパ系の循環障害のアセスメント①主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・静脈系末梢循環障害の症状(張るような痛み、重苦しさ、浮腫の日内変動、動かしにくさ、など)・リンパ系循環障害の原因・誘因(がんや手術の既往、など)・静脈系末梢循環障害の原因・誘因(急な臥床安静、歩行制限、下肢運動量の減少、下肢の圧迫、など)・ADLへの影響 静脈系・リンパ系の循環障害のアセスメント②客観的情報の収集 浮腫の確認 浮腫の部位と程度を確認します。 循環障害による浮腫は、血管の閉塞・狭窄の位置より下部に生じますが、皮下組織への水分の貯留が進むと足全体に生じることも多いです。 圧痕がみられるかどうかを確認し、レベルを判定します。圧痕がみられない腫脹の場合は、周囲径を計測することで、客観的な観察ができます。周囲径を計測する際は、体位および測定部位の関節からの距離を記録しておきましょう。 末梢循環の確認 静脈系の末梢循環障害では、皮膚色の変化はみられないことが多く、静脈瘤や慢性の炎症がある場合は赤茶色の変色がみられることがあります。動脈系の障害ではないので、皮膚温は保たれ、足背動脈などの末梢の脈も触知できます。 皮膚の視診・触診 リンパ浮腫では蜂窩織炎となっている場合もあります。蜂窩織炎では広範囲に発赤があり、腫脹し、熱感や痛みがあります。放置すると組織の壊死をきたしますので、速やかな治療が必要です。 報告のポイント ・浮腫の部位と程度、左右差がみられること、全身性の浮腫ではないこと・外傷や骨折などの筋骨格系の障害によるものか、その判断理由・静脈・リンパ系の循環障害によるものか、その判断理由 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版

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クローン病

クローン病は、長期にわたる栄養療法が必要となる場合が多く、QOLへの影響が大きい内部障害の一つです。 病態 クローン病は、潰瘍や線維化を伴う炎症が、消化管に生じる疾患です。口腔から肛門までの消化管のあらゆる部位で起こる可能性があります。小腸と大腸、なかでも小腸末端部で好発します。特徴的なのは病変の分布で、病変部と病変部の間には正常な部分がみられます。 クローン病の原因は諸説あり、遺伝的要因に、ウイルスや細菌などの感染や腸内細菌叢の変化、食事中の成分を抗原とする反応など環境要因が複雑に絡みあった結果の、免疫系の異常反応と考えられています。 クローン病は、炎症性腸疾患(大腸や小腸の粘膜に、慢性的な潰瘍や炎症が起こる疾患)に分類されます。他には潰瘍性大腸炎も炎症性腸疾患です。どちらも難病に指定されています。 潰瘍性大腸炎は、炎症が生じる部位が大腸粘膜に限られていて、クローン病とは発症年齢や男女比なども異なります。 疫学 クローン病が好発するのは10歳代~20歳代の若年者で、男女比は約2対1と男性に多い疾患です。最多発症年齢は男性で20~24歳、女性では15~19歳です。クローン病は先進国で多い疾患で、特に北米やヨーロッパでの発症率が高く、環境衛生や食生活が大きく影響していると考えられています。動物性脂肪やたんぱく質の摂取量が多く、生活水準が高いほど発病しやすいと考えられています。喫煙も発病リスクの一つとされています。 欧米ほど発症頻度は高くありませんが、日本でも近年患者数は右肩上がりです。 2019年度末時点のクローン病での受給者証所持者数は、約4.5万人に上ります。患者数のピークは30~40歳代で、年齢が高くなるにつれ減っていきますが、75歳以上の患者もいます。 症状・予後 症状は、患者によっても、またどの部位に病変があるか(小腸型、小腸・大腸型、大腸型)によっても異なり多様です。主な症状は下痢、腹痛ですが、発熱、下血、体重減少や全身倦怠感、貧血などもよくみられ、痔瘻などの肛門病変もしばしば伴います。 狭窄や穿孔、瘻孔を合併することがあります。また、関節炎や虹彩炎、結節性紅斑などの皮膚症状、成長障害など消化管外の合併症も多く、症状には個人差があります。長期経過例では下部消化管悪性腫瘍のリスクが高まることも知られています。 治療法 薬物療法と栄養療法が基本です。消化管狭窄・穿孔、膿瘍などの合併症に対しては、手術も適応になります。各種治療を組み合わせて、活動期は疾患の活動性を制御し、栄養状態を維持しつつ、寛解期は炎症の再燃・再発を予防が治療の目標になります。 近年の薬物療法の進歩により、多くの患者で寛解状態に至ることが可能になっていて、将来は手術の必要な患者は減っていくと予想されています。ただし、症状が小康状態でも病状は進行すると考えられているため、治療の継続や定期的な検査が大切です。 薬物療法 症状がある活動期には、5-アミノサリチル酸(ASA)製剤、ステロイド、免疫調節薬などが用いられます。5-ASA製剤や免疫調節薬は、症状改善後も再燃予防の目的で継続的に使用します。これらの治療法では効果が十分でない場合は、分子標的治療薬(抗TNFα受容体拮抗薬)が用いられます。血球成分除去療法が適応になる場合もあります。 栄養療法 栄養療法の目的として、栄養状態の改善に加え、腸管の安静維持や食事からの刺激の回避などによる症状改善も重要です。栄養療法には、経腸栄養法(成分栄養)と中心静脈栄養があります。経腸栄養法は長期の管理となることから、脂肪製剤の静脈投与などが必要になります。 短腸症候群などで経腸栄養ができない場合には、中心静脈栄養の絶対的適応です。近年、TPN管理下でのセレン欠乏が報告されているため、セレン欠乏症による諸症状(心筋障害など)も知っておくとよいでしょう。 一般の食事に関しても、低脂肪・低残渣の食事が推奨されていますが、病変部位や消化吸収機能によっても異なるため、主治医や管理栄養士と相談して病態上許容可能な食品を探します。 看護の観察ポイント 経口摂取や消化吸収の不良により栄養状態が悪化しやすいため、定期的に採血データのアルブミン値やBMI値を把握し、大きな体重変動は医師と情報共有することが大切です。下痢により体液量や電解質バランスが崩れることがあるため、排泄状況などの確認も重要です。再燃・再発予防のための服薬も適切に行われているか、把握しておきましょう。経腸栄養法や中心静脈栄養を利用している患者には、栄養状態のほか、その管理方法にも目を配り、必要ならば使用法を助言します。 監修あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇難病情報センター.『診断・治療指針(医療従事者向け)』『クローン病(指定難病96)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/219〇難病情報センター.『病気の解説(一般利用者向け)』『クローン病(指定難病96)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/81〇「難治性炎症性腸管障害に関する調査研究」(久松班).『大腸炎・クローン病診断基準・治療指針』厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業.令和2年度分担研究報告書.2021.〇厚生労働省.『難病・小児慢性特定疾病』令和元年度衛生行政報告例.2021-03-01.

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[2]一方的に進めない! エンゼルケアでもコミュニケーションが重要

日ごろより、コミュニケーションに留意していることと思いますが、エンゼルケアでもご家族とのコミュニケーションがとても大切です。ケアする側からの一方的なケアになってしまう部分がないよう、適切な声かけや説明、相談を行いましょう。看取りの場では、ご家族の意向を最優先するという心構えが必要です。 これまでの「死後処置」を見直す 北は網走から南は奄美大島まで、全国各所にエンゼルケアの講演や研修会に伺いました。それで見えてきたことの1つは、長らく行われてきた「死後処置」の内容は全国的におおむね標準化されていたということ。実施の流れだけでなく、お顔用の、充実しているとは言い難い化粧品類がお菓子の缶などに入れてある、といったことまで多くの現場で一致しており、そのことに驚きました。 「こうするもの」と伝えられてきたこの死後処置を、看護師の皆さんは真摯にていねいに実践してきたことと思います。 しかし、ご家族の希望や意向をしっかり伺うようになり、それまでの実施には一方的な面があったことがわかってきました。 例えば、亡くなった方の口が開いている場合、これまでは当然閉じることがベストだと考えた対応が行われてきましたが・・・・・・。 あるケースではこんなやりとりがありました。 看護師「開いているお口ですが、いくつか閉じる方法がありますので、これからご説明します」ご家族(亡くなった男性の妻)「いえ、無理に閉じなくていいです。亡くなったときに口が開いていたなら、それが楽なのかもしれないから。もう、夫には微塵も頑張らせたくないんです」 亡くなった男性は白血病で何度目かの化学療法にトライしていました。闘病生活を支えてきたご家族だからこそ「これ以上はがんばらせたくない」と感じたのだと思います。 また、幅広の包帯を顎下にぐるりと回して頭頂部で結び、顎を引き上げて口を閉じる対応がなされた方のご家族は、そのときの思いをこう話しました。 「縛られて、苦しそうで、痛そうで、つらかったけれど、そうしなければいけないのかと思い、口に出せませんでした。それからずいぶん経ちますが、つらい記憶として今も残っています」 ケアする側がよかれと思って実施することでも、ご家族は希望しない場合があります。十分にコミュニケーションを取りながら、ご家族の希望や意向にできる範囲で対応することが大切です。 ご家族の希望に柔軟に対応するための留意点 さまざまなご家族の希望に柔軟に対応するためにも、コミュニケーションを取る際は以下の2つのことに留意します。 ①ご家族はご遺体を生きているときと同様に気遣うことが多い、予想を超える希望も少なくない、と含んでおく 死亡告知を受けており、頭では死亡したことを理解していても、ご家族はご遺体を生きているときと同様に気遣っていることが多いです。これは、さまざまなケースからわかってきました。 前出のケースのように、口が開いていたほうが楽かもしれないから閉じないでほしい、縛られて苦しそう、という思いもその例ですね。 他にも「痛み止めの坐薬を入れてほしい」と希望したり、顔に四角い白い布をかけるかどうかの問いに対して「夫はまだ心臓が止まっただけだから、亡くなった人みたいにしないで」と応えたり、冷却の説明に対して「冷たくて寒そう」と応えたケースもあります。 ある在宅での看取りの場面では、ご遺体を「一度起立させてほしい」との希望があり、担当の看護師がサポートして実現したこともあります。 ②ご家族の承諾は不可欠 第1回でもふれましたが、エンゼルケアの場面では、ご家族の承諾を得て進めることがポイントです。 また、ご家族に判断して承諾していただくためには、それをなぜ行うのか、どんなふうに行うのか、など実施内容についての適切な説明と提案をし、希望や意向を伺うことが必要です。 入浴についてのコミュニケーション例 では、具体的にどのようなコミュニケーションを行えばよいでしょうか。ここでは入浴を実施する場合を例にご説明します。 看護師「それでは、よろしかったら、これから○○さんにお風呂に入っていただきませんか? 介助する人数としても可能な状況ですので。お身体の今後の変化のことを配慮し、ぬるま湯でシャワー浴の形で。いかがでしょう?」 エンゼルメイクの入浴では、身体をあたため腐敗を助長する恐れがあるため湯船につかることは避け、ぬる湯によるシャワー浴が望ましいのです。 ご家族「えー!? お風呂はうれしいけれど。おじいちゃんは湯船につかるのが何よりも好きだったんです。最近ずっと湯船に入れていなかったんだから、最後くらい入れてあげたいわ。絶対、入れてあげたいです!」 この希望を受けて、あらためてご遺体の状況や気温から腐敗リスクを評価し、この後の葬儀社による冷却が始まる時間も合わせて検討し、次のように提案します。 看護師「それでは、短時間になりますが湯船に入っていただきましょう。そして、お風呂から出られたらすぐに胸とお腹を冷やしましょう。そうすれば、その後のお身体の変化をかなり抑えられると思います。いかがでしょうか?」 この提案に対し、ご家族が承諾したなら、入浴を実施してすぐに冷却を行います。ご家族が承諾せず、「ゆっくり湯船に入れてあげたい」と希望されたなら、腐敗現象による漏液など、つらい事態について理解されていないかもしれないと考え、あらためて説明し、承諾を得られるようにします。 ご家族への説明や提案は簡潔にわかりやすく ご家族は、エンゼルケアの場面について何もご存じではないことが多いのですが、死後の身体の変化のことなどから一つひとつ説明することは現実には時間的に限界があります。 そのため、エンゼルメイクを始める前に、 看護師「これから清拭や着替え、お顔のスキンケアやお顔色のカバーなどを始めたいと思います。ご質問や気になる点、また『こういうふうにしてほしい』といったご希望がありましたら、遠慮なく仰ってください。では、始めてよろしいでしょうか?」 というようにおおまかに説明し、承諾を得てから実施します。そして、ケアを行いながら可能な範囲でご家族への声かけと説明を行うとよいでしょう。 適宜簡略化しながら説明や提案を行うためにも、ご家族に渡す文書の作成がポイントとなります。文書を受け取ったご家族もたいへん安心されるのでおすすめします。文書の活用については連載の第8回で詳しくご紹介します。 ワンポイントメモ同席していただく際の声かけは「お願いします」がおすすめ声かけでは「ご家族に同席していただかなければエンゼルケアを行えない」という状況を伝える表現が必要です。例えば、次のような声かけがおすすめです。「これから、○○さんらしく身だしなみを整えたいと思いますので、(ご家族の)どなたかにご同席をお願いします(or どなたかに、付き添っていていただきたいです)」 ある緩和ケア病棟では、声かけを「ご一緒になさいませんか?」から「同室をお願いします」に変更したところ、ほぼ皆さんが同室されるようになったとのことです。 執筆 小林 光恵看護師、作家 ●プロフィール看護師、編集者を経験後、1991年より執筆業を中心に活躍。2001年に「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表を務める。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表。漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者。記事編集:株式会社照林社

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