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エンバーミング(遺体衛生保全)とは? 歴史や目的・意義を解説
エンバーミング(遺体衛生保全)とは? 歴史や目的・意義を解説
特集
2025年7月15日
2025年7月15日

エンバーミング(遺体衛生保全)とは? 歴史や目的・意義を解説

エンバーミング(遺体衛生保全)は、故人の姿を生前の安らかな状態に近づけるために、防腐処置や消毒、修復などを施す技術です。ご遺族が心の準備を整え、悲しみと向き合うために重要な手段でもあります。本記事では、日本におけるエンバーミングの先駆者であり、グリーフサポートの普及にも尽力されている橋爪謙一郎氏に、エンバーミングの歴史とその深い意義について詳しく教えていただきます。 知っておきたい、死後の身体変化が与える影響 ヒトが亡くなった後、その身体は適切な処置をしなければ、時間の経過、病気や治療、身体が置かれている環境などの影響を受けて変化し続けます。変化を最小限にして、その人らしい姿を保てるかどうかは、家族のグリーフに影響を与える要素となることから、身体の状態に合わせた適切な処置が求められます。 看護師の皆さんは、故人の尊厳を守るために、ていねいにエンゼルケアを行っていることと思います。また、遺されたご家族が、故人のつらそうな表情を目の当たりにすることで、罪悪感や苦しい感情を持たないように配慮されていると思います。エンバーミングについて理解をしていただくために、まずは亡くなった後の身体の変化、「死体現象」についてお話しすることから始めたいと思います。 ヒトが亡くなった後の変化:死体現象とは 皆さんは「死体現象」という言葉を聞いたことはあるでしょうか? この現象は、早期と晩期に分けられます。 晩期死体現象には腐敗や自家融解が含まれているため、この現象を止めるためにドライアイスや保冷庫などを用いて処置することで対応します。しかし、早期死体現象に対しては、必要な対処がされていないことが多くあります。 早期死体現象には、以下が含まれます。 ・血液の変化・死斑の発現・死後硬直・死体温の変化・乾燥・角膜の乾燥と混濁など 腐敗の進行は抑えられたとしても、それよりも早い時期に始まっている変化は、残念ながらそのまま進むことがあります。そうなると、看護師の方々がエンゼルケアをしっかり行ったとしても、時間の経過とともに変化が起こってしまうのです。 もう少し分かりやすく具体的にお伝えしましょう。血管中に残った血液は、重力に従って上から下へと移動していきます。身体が仰向けに寝かされている状態であれば、背中側の部位に血液による変色が強く現れ、それと同時に、顔や腹部の表皮で乾燥が進みます。 心停止とともに血流が止まり、体内からの水分補給が途絶えている上に、重力の働きによって、顔の表皮の乾燥がさらに進んでいきます。そのため、きれいに施された化粧であっても、崩れたように見えることがあるのです。特に粘膜部分は乾燥しやすく、唇やまぶたに大きな変化がみられます。本来は保湿が必要ですが、それが行われないと、乾燥が進み、口元やまぶたが開いてきてしまいます。 エンバーミングの歴史と日本での普及 エンバーミングは、日本語で「遺体衛生保全」と訳されます。歴史をたどると、古代エジプト時代のミイラづくりが起源とされています。時代が進むにつれてヨーロッパに伝わり、医学の進歩のために解剖用の遺体を保存する目的でさらに発展しました。その後、アメリカにも伝わり、1900年代には教育制度やライセンス制度が確立され、医学の進歩とともに薬品の開発や技術革新が進み、現代に至ります。 日本では、1988年に埼玉県で一般の方向けに初めてエンバーミングが提供されました1)。その後、全国に広がり、2025年現在では32の都道府県で、91の施設においてエンバーミング処置が提供されています(日本遺体衛生保全協会調べによる)。 このようにエンバーミングは、長い歴史と技術の積み重ねを経て、現代においても重要な役割を果たすようになりました。 エンバーミングの目的と意義 エンバーミングには「防腐」「消毒」「修復・化粧」という3つの目的があるといわれています。 防腐:体内のタンパク質が腐敗・自家融解することをホルムアルデヒドやアルコールなどの薬品を注入浸透させることによって抑制する。消毒:薬品を注入し浸透させ、あるいは表皮に塗布することによりウイルスや細菌を不活性化する。修復・化粧:病気療養中および死後変化によって変化したお姿を生前の安らかだった頃の姿、表情に近づける。 しかし、これだけを聞いても、実際に利用する方にとってどのようなメリットがあるのか分かりにくい部分があると思います。エンバーミングをすると、ご遺族にとってどのような意義や価値があるのかについて解説していきます。 時間の制約から解放される エンバーミングをすることによって、慌てて葬儀をする必要がなくなります。ご遺体の変化が進むことを考えて、できるだけ早く葬儀を行った結果、「気持ちの整理もつかないままお別れをしなければならなかった」と後悔するご家族は少なくありません。また、変化を抑えるために、専用の保冷庫に預けることをすすめられ、故人と会えないまま葬儀当日を迎えることもあります。そうしたケースでは、「亡くなった」という実感がないまま「気がついたら葬儀が終わっていた」と感じる方もいらっしゃいます。 一方で、エンバーミングを施したことによって、体調を崩されたご家族の回復を待ち、家族全員が揃ってから葬儀を行うことができたケースもあります。このように、最後のお別れを一緒に過ごしたい人たちのスケジュールを尊重した上で、葬儀の日程を決めることが可能になるのです。 過度に冷やす必要がなくなる 葬祭業の立場からすれば、ドライアイスや保冷庫などを使用してご遺体の温度を下げ、腐敗の進行を遅らせることは当たり前の対応です。しかし、その身体の冷たさにショックを受けるご家族は多く、「こんなに冷たくなって……」というお声をよく聞きます。 エンバーミングを施した場合は、ほとんどのケースでドライアイスを使用する必要がなくなります。エンバーミングを施した故人に触れたご家族から、「冷たくないんですね。以前に葬儀をした時は、身体に霜がつくほど冷やされてしまって、本当にかわいそうに思いました」とお話しいただいたことがあります。実は違和感を持っていても「仕方ない」と感じるご家族が多いのだと思います。 もちろん、我々エンバーマーが処置をする前に日数が経過し、腐敗が進行してしまった場合には、エンバーミングを行っただけでは変化を止めることができないケースもあります。そのため、死亡後はできるだけ早めに処置することが望ましいのです。 その人らしさを取り戻す エンバーミングを施すことによって、病気や治療などの影響でやつれてしまっているお顔やお姿を安らかだった頃に近づけることが可能です。生前にどのような病気を患い、どのような治療を受けていたのかといった情報を、エンバーマーが詳細に渡って把握できれば、ご遺体の状態を改善することができるようになります。 ご遺族からの依頼の多くは、「できる限り元気だった頃の姿や表情を取り戻してほしい」というものです。エンバーミングによって防腐され、安定した状態であれば、傷の修復や含み綿などでは改善が難しい「痩せた部位」の修復も可能になります。 また、ドライアイスや保冷庫による処置では、必要な追加処置を行わなければ、乾燥が進み、口やまぶたが開いたり、変色が進んだりすることがあります。エンバーミングを施すことによって、体内から保湿されるため、過度の乾燥を抑えることができます。 さらに、表皮からも保湿することで、肌が整った状態で化粧を行うことが可能になり、その人らしさを取り戻すことにもつながります。使用する薬品に含まれる色素が組織に浸透することで、血色の悪かった部分にも自然な色味が戻るため、厚く化粧をする必要がなくなるケースもあります。 * * * このように、エンバーミングは、ご遺族が「死」を緩やかに受け入れ、大切な人と向き合いながら最後のお別れの時間を過ごすために、役立つ手段の一つだといえるのです。  執筆:橋爪 謙一郎株式会社ジーエスアイ 代表取締役一般社団法人グリーフサポート研究所 代表理事米国で葬祭科学とエンバーミング、グリーフサポートを学び、帰国後(有)ジーエスアイと(一社)研究所を設立。現在は東大大学院で脳科学的視点からグリーフの研究を行う。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)日本遺体衛生保全協会:エンバーミングとは- 医療従事者の立場から.https://www.embalming.jp/embalming/medic/2025/6/20閲覧

訪問看護の口腔ケア 基礎知識&口腔乾燥の対処法【セミナーレポート前編】
訪問看護の口腔ケア 基礎知識&口腔乾燥の対処法【セミナーレポート前編】
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2025年7月15日
2025年7月15日

訪問看護の口腔ケア 基礎知識&口腔乾燥の対処法【セミナーレポート前編】

NsPace(ナースペース)が2025年4月11日に開催したオンラインセミナー「訪問看護の口腔ケア~基礎知識&痛みへの対処法~」。口腔ケアに精通している緩和ケア認定看護師の笹田豊枝さんが登壇し、在宅での口腔ケアの基本や、よくあるトラブルへの対処法を解説いただきました。セミナーレポート前編では、口腔ケアの基礎知識や口腔乾燥への対策をまとめます。 ※約75分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)が特に注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】笹田 豊枝 さん訪問看護師/緩和ケア認定看護師/のぞみ訪問看護ステーション 管理者大学病院の病棟看護師、緩和ケアチームの専従看護師、看護専門外来などを経験した後、2020年から訪問看護分野で活躍。口腔ケアにまつわる研修・講演を多数行っている。 口腔ケアの目的 口腔ケアの主な目的は以下のとおりです。 口腔内を清潔に保つ爽快感を得る口腔内の乾燥や口臭を軽減する歯周病や誤嚥性肺炎などの二次的感染症を予防する食べる、話す機能の維持や改善を図る文献1)より引用 また、口腔粘膜は、組織や器官の保護、食べ物の温度・硬さ・味を感じ取る感覚機能、唾液の分泌による口腔内の清潔保持や消化を助ける作用など、多くの役割を担っています。口腔粘膜の状態が悪化すると、食事や会話に支障をきたすだけでなく、全身の健康状態にも影響を及ぼすことがあるのです。 通常の口腔ケアをしっかり行うことは、おいしく食べられる、快適に話せるようになるなど、生活の質(QOL)を高めるだけでなく、口腔内疾患や全身性疾患の予防にもつながります。看護師は、こうした好循環を目指していくとよいのではないかと考えています。 アセスメントと評価 ケアに先立って、まずはアセスメントと評価を行います。具体的には、次の5点を確認してください。 (1)口腔内の状況 歯、粘膜、舌、歯肉、口唇について、乾燥の有無を含めた現在の状況を観察しましょう。併せて、声や嚥下、唾液の状況もチェックしてください。なお、トラブルが疑われる場合は必ずペンライトを使用して詳しく観察します。 (2)口腔ケアへの認識、生活習慣 口腔ケアの基本はセルフケアです。利用者さんのケアへの認識や生活習慣に合わせ、自力で行えるよう支援します。 まずは意識状態や理解力、ケアへの意識を把握し、それに応じた介助方法を選択します。また、その方ができるだけ自立できるように、普段の口腔ケア習慣やセルフケアの状況、学習能力、自発性を踏まえて、個別に口腔ケアプランを立てていくことが大切です。 (3)ADL 麻痺をはじめ、身体機能に何らかの障害がある場合は、適切なサポートを検討します。 (4)口腔内トラブルのリスク因子 唾液分泌量やカルシウム量、免疫機能の低下により易感染状態にある場合は、早めの保湿ケアが必要です。 (5)ケアの妨げとなる要因 嘔吐や出血はケアの妨げとなるため、リスクがあれば早い段階で対応します。特に出血傾向がある場合、通常通りのケアを続けることでかえって症状が悪化することもあります。必要に応じて主治医や歯科医師と連携しながら、安全かつ適切な対応を検討することが大切です。 口腔乾燥の定義と主な原因 口腔乾燥の症状には、乾燥感だけでなく、口腔の違和感や義歯不適合などのさまざまなトラブルが含まれています。なお、口腔の乾燥感を本人が自覚しており、かつ唾液分泌の低下がある場合は「口腔乾燥症」と診断されます。 口腔乾燥の主な原因は、以下の7つです。 薬剤による副作用プレセデックスをはじめとした催眠性の鎮痛剤や抗がん薬、抗パーキンソン剤、麻薬などは乾燥を引き起こしやすいです。 放射線療法による障害(後編で解説) 口腔機能の低下(話せない、食べられない)唾液腺や唾液分泌機能が正常な場合も、義歯不適合や麻痺などによって口腔機能に障害が起こると、唾液腺への「適度な物理的刺激」が低下し、唾液の分泌量が減ります。がんの患者さんは急に痩せて義歯が合わなくなるケースが少なくないので、特に注意が必要です。 全身性疾患シェーグレン症候群や糖尿病が例として挙げられます。 その他の疾患うつ病、ストレスや精神的緊張による自律神経への影響、流行性耳下腺炎をはじめとした唾液腺疾患、唾液分泌に関わる神経が手術や放射線療法などによる損傷などにより、口腔の乾燥を招く可能性があります。 口呼吸唾液の分泌量が正常でも、口呼吸があると口腔粘膜が乾燥します。 部屋の乾燥 口腔乾燥のケア方法 口腔乾燥のケアは、口腔内をきれいに清掃すること。清掃のステップごとにポイントをご紹介します。 Step1 保湿 清掃を始める前には必ず保湿を行ってください。乾燥した状態で口腔内に指や器具を入れられると苦痛を感じますし、その状態でかさぶたや痰を無理に除去すると痛みを伴います。また、口角が切れるといった損傷の原因にもなりかねません。 保湿の方法は、まず利用者さんの口角に白色ワセリンをたっぷりと塗布。ケア者のグローブを装着した指にも白色ワセリンを塗る、もしくは湿らせます。 そして、可能であれば利用者さんにうがいをしてもらいましょう。難しい場合は、スポンジブラシで口腔保湿剤やワセリンを塗擦する粘膜ケアを行います。その後にブラッシングをしていくと、固着した剥離上皮や痰などが浮いてくるので、取り除いてください。 【口腔清掃時はコップを2つ用意】 器具が汚れたままでケアを続けると、誤嚥性肺炎の原因になりかねません。水を入れたコップをあらかじめ2つ用意し、スポンジブラシをこまめにきれいにしながらケアをしましょう。 Step2 ブラッシング 口腔ケアの基本であるブラッシングのポイントは以下のとおりです。 【歯磨き剤の選び方】 口腔乾燥がある場合は、発泡剤入りの歯磨き剤は避けましょう。ラウリル硫酸ナトリウム無配合で低刺激、かつ保湿成分を含む歯磨き剤が市販されています。 Step3 含嗽(うがい) 「ぶくぶく、くちゅくちゅ、がらがら」といったうがい動作は、非常に複雑な行為なので、口腔機能の向上にもつながります。うがいができる方にはぜひ行ってもらいましょう。 このとき使用する洗口液は、ノンアルコールで刺激性の低いものを選びます。保湿成分が入ったものだとなおよいです。粘膜の炎症症状が強い場合はアズレンスルホン酸ナトリウム水和物を、さらに激しい痛みもある場合は医師が処方するリドカイン入りのうがい液か生理食塩水の使用を検討します。 Step4 舌掃除 水で湿らせて水気を切ったスポンジブラシで、1日に1回、軽い力で10こすりくらいして舌苔を除去します。やりすぎは舌粘膜を傷つけるので、角化層をこすりすぎないよう注意して、無理なくはがれるものだけを除去しましょう。清掃後はスポンジブラシの汚れをきれいに拭きとってください。 Step5 口唇口腔粘膜の保護 口唇が乾燥している場合は、やはり白色ワセリンを塗布するとよいでしょう。 口腔粘膜の乾燥が目立つ場合は、長もちするジェルタイプの口腔保湿剤を口腔内に薄く塗りましょう。厚く塗ると除去するのが大変になります。また、次に保湿剤を塗る際は、細菌が繁殖しないように古いジェルをきれいに回収することを徹底してください。 可能であれば、利用者さん自身に保湿剤を塗っていただき、舌を使って口腔内に広げてもらうと口腔運動の促進にもつながります。唾液が自然に出てくるまで続けてもらってください。 次回は在宅での口腔ケアの実践方法に加え、実際に起こりやすいトラブル対処法についても具体的に解説します。>>後編はこちら(※近日公開)訪問看護の口腔ケア 口腔トラブルの対処法【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【引用文献】1)村松真澄:日本口腔ケア学会口腔ケア研修会資料,2008.3.8

脱水症は何日で治る?症状や対処法から熱中症との違いまで解説
脱水症は何日で治る?症状や対処法から熱中症との違いまで解説
特集
2025年7月15日
2025年7月15日

脱水症は何日で治る?症状や対処法から熱中症との違いまで解説

脱水症は、体内の水分と電解質が不足することで引き起こされる症状です。本記事では、脱水症の症状や原因、熱中症との違い、適切な対処法について解説します。脱水症について正しく理解し、早期発見・予防の意識を高め、自信を持ってアセスメントおよび対処ができるようになりましょう。 脱水症とは 脱水症とは、体内の水分とナトリウム(Na)やカリウム(K)などの電解質のバランスが崩れ、必要な体液が不足した状態を指します。私たちは日常的に汗や尿、呼吸を通じて水分を失っていますが、水分補給が十分でなかったり、発熱や下痢などで急激に体内の水分が失われたりすると脱水が進行します。 脱水症の症状 脱水症になると、血液の循環が滞り、血圧が低下します。また、全身への栄養供給が十分に行われず、老廃物の排出機能も低下してしまいます。主な症状は、口の渇きや倦怠感、食欲減退などです。また、筋肉や骨に必要な電解質が不足すると、足がつったり、しびれを感じたりすることもあります。 また、脱水症の症状の重さは、体内の水分がどの程度失われたかによって異なります。 軽度(体重減少率1~2%)の脱水:喉の渇きを強く感じるようになり、尿の回数や量が減少します。また、発熱や軽い下痢、嘔吐など、消化器官や全身に症状が現れる場合もあります。 中等度(体重減少率3~9%)の脱水:倦怠感が強まり、めまいや頭痛が現れます。血圧や臓器の血流が低下するなど、全身に影響が生じます。 重度(体重減少率10%以上)の脱水:生命に関わる危険な状態です。心臓や腎臓の機能が低下し、血流が著しく減少することでショック状態に陥る可能性があります。意識がもうろうとしたり、極端な低血圧により臓器不全を引き起こしたりすることもあり、迅速な対応が必要です。最悪の場合、死に至ることもあるため、重度の脱水に至る前に対処しましょう。 脱水症の原因 身体から水分が失われる主な要因は以下のとおりです。 原因説明朝食を抜く睡眠中に呼気や発汗で水分が失われているため、朝食を抜くと補水の機会を逃し、脱水のリスクが高まる寝すぎ長時間にわたって水分補給をしない状態が続くことで、体内の水分が不足し、脱水を招く可能性がある。就寝中も汗をかいているため、睡眠時間が長くなるほど脱水傾向が強まる点にも注意が必要ストレス緊張が続くと交感神経が活発になり、心拍数や体温が上昇することで水分消費が増え、脱水状態になりやすい高温の室内環境風通しが悪く、エアコンを使わない室内では発汗が促され、水分不足になりやすい二日酔いアルコールの利尿作用により体液が過剰に排出されるため、翌朝に脱水症状を引き起こしやすい発熱体温上昇により発汗が増え、水分が失われることで脱水のリスクが高まる下痢や嘔吐感染症や食あたり、体調不良などによる下痢や嘔吐で、体内の水分や電解質が急速に失われる食べ過ぎ消化のために胃腸へ血液が集中することで全身の血流が低下し、体温調整が乱れ、脱水を引き起こすことがある 脱水症と熱中症の違い 脱水症が進行すると、体温調節が難しくなり、熱中症に移行するリスクが高まります。脱水症と熱中症は混同されやすいですが、熱中症は、高温環境の中で体温調節機能が適切に働かなくなることで発生する症状の総称です。体内の水分・電解質のバランスが崩れ、体温が異常に上昇することで、めまいや吐き気、強い倦怠感が生じることがあります。重症例では、けいれんや意識障害を伴い、適切な処置が行われなければ生命に危険を及ぼす可能性があります。そのため、早期発見と迅速な対応が不可欠です。 脱水の種類 脱水は、原因や体液の失われ方によって「高張性脱水」「等張性脱水」「低張性脱水」の3つのタイプに分けられます。それぞれの特徴と主な原因は次のとおりです。 高張性脱水 高張性脱水は、血液中のナトリウム濃度が高くなり、細胞内から細胞外へ水分が移動し、細胞内液が減少した状態のことをいいます。大量に汗をかいたにもかかわらず十分な水分補給ができていない場合に発生しやすく、循環血液量は保たれますが、強い喉の渇きを感じるのが特徴です。 また、脳血管障害や脳腫瘍、頭部外傷などによって口渇中枢の機能障害がある場合、自覚しないまま脱水が進行することがあるため、特に注意が必要です。 等張性脱水 等張性脱水は、水分と電解質がほぼ同じ割合で失われる血漿浸透圧の変化を伴わない脱水で、下痢や嘔吐、出血、重度の熱傷などによって急激に体液が減少する際に起こります。 血圧低下やショック状態に陥る危険があり、適切な補水と電解質の補充が必要です。特に、大量の下痢や出血が続く場合には、医療機関での早急な対応が求められます。 低張性脱水 低張性脱水は、水分・ナトリウムをはじめとした電解質が減少したにもかかわらず、水分のみが補給され、血液中のナトリウム濃度が低下することで生じます。浸透圧によって、細胞外液から細胞内へ水分が移動し、血液を含む細胞外液量の減少を伴うことが特徴です。その結果、循環血液量の減少や循環不全を起こしやすく、特に血圧低下や意識障害を伴う場合には迅速な対応が求められます。 大量に汗をかいた際に、水分補給を水やお茶だけで行い、塩分を適切に補充しないと、この脱水が引き起こされます。また、頻回の嘔吐や下痢、副腎機能の低下、不適切な輸液管理なども誘因となるため、病態に応じた適切な補液が必要です。 脱水症は何日で治る? 脱水症状が改善するまでの期間は、その程度や原因によって異なります。一般的に、軽度の脱水であれば、水分を適切に補給し、安静にすることで数時間から1日程度で回復するといわれています。 しかし、強い倦怠感や頭痛、めまいを伴う場合は、回復により長い時間が必要でしょう。また、重度の脱水症になると体液バランスが大きく崩れており、医療機関での点滴治療が必要で、回復までに数日かかることもあります。 脱水の検査 脱水の診断は、問診や身体診察で得た情報をもとに行います。皮膚の乾燥や口の渇き、血圧の低下、脈拍の増加などの症状が見られる場合、脱水の可能性が高いと判断されます。また、既往歴や服用している薬の種類も、判断材料の1つです。 脱水の程度を詳しく調べるために、血液検査を行うこともあります。血液中のナトリウムやカリウムなどの電解質の濃度を測定することで、どのタイプの脱水が進行しているのかを確認できます。 脱水の対処法 脱水の症状が見られた場合、まずは適切な水分補給を行うことが重要です。水だけではなく、電解質を含む飲み物を摂取することで、体内の水分バランスを素早く整えることができます。 脱水によってめまいやふらつきが生じた場合は、すぐに安静にし、無理に動かないようにしましょう。症状が軽ければ、休息を取りながらゆっくりと水分補給を行うことで改善されます。しかし、症状が長引いたり、意識がもうろうとしたりする場合は、すぐに医療機関へ連絡し、適切な治療を受ける必要があります。 脱水のフィジカルアセスメント 脱水のフィジカルアセスメントでは、体重減少率や皮膚の冷感、口腔粘膜の乾燥度、呼吸や脈拍の変化などを指標として、脱水の重症度を評価します。 上述したように健康時からの体重減少率が3%未満であれば軽度、3~9%であれば中等度、10%以上になると重度です。 皮膚の冷感や毛細血管再充満時間の遅延は、中等度以上の脱水では四肢が冷たく感じられることが多いでしょう。重度では「かなり冷たい」と表現されるほど血流が低下し、末梢の血液供給が著しく減少していることがわかります。 呼吸や脈拍の変化も脱水の進行に伴い明確に現れます。軽度ではほぼ正常ですが、中等度になると呼吸がやや速くなり、脈拍も増加します。重度の脱水では呼吸が荒くなり、深く速い呼吸になることが多く、脈も速くなり触れにくくなるため、ショック状態へ進行する危険があります。 さらに、意識レベルの変化も見逃せないポイントです。軽度では「いつもと違う」と感じる程度の変化ですが、中等度では意識が混乱し、もうろうとすることがあります。重度になるとぐったりして反応が鈍くなり、昏睡状態に陥ることもあるため、直ちに医療機関での対応が必要です。 * * * 軽度の脱水であれば自宅での対策が可能ですが、倦怠感や意識の混濁などの重い症状が現れた場合は、速やかに医療機関を受診することが重要です。本記事で解説した内容を利用者さんとそのご家族のアセスメントに役立ててください。 編集・執筆:加藤 良大監修:久手堅 司せたがや内科・神経内科クリニック院長 医学博士。「自律神経失調症外来」、「気象病・天気病外来」、「寒暖差疲労外来」等の特殊外来を行っている。これらの特殊外来は、メディアから注目されている。著書に「気象病ハンドブック」誠文堂新光社。監修本に「毎日がラクになる!自律神経が整う本」宝島社等がある。

「ビタミン欠乏」の知識・注意点・最新情報【訪問看護師の疾患学び直し】
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2025年7月8日
2025年7月8日

「ビタミン欠乏」の知識・注意点・最新情報【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が日々のケアで遭遇しやすい疾患について、おさらいしたい知識から最新の知見まで幅広く提供します。今回はビタミン欠乏について、訪問看護に求められる知識や注意点、押さえておきたい最新トピックスを在宅医療の視点から解説します。 ビタミン欠乏の基礎知識 歴史を紐解くと大航海時代(15~17世紀)には、航海中に新鮮な果物や野菜を摂ることがなかったため、ビタミンC欠乏症(壊血病)により多くの船員が命を落としました。 日本では、江戸時代に生活が豊かになり、都市部で白米を食べるようになったため、「江戸わずらい」と呼ばれるビタミンB1欠乏症(脚気)が流行しました。地方で主食だった玄米と比べて、白米にはビタミンB1がほとんど含まれていません。 明治から大正時代(1868〜1926年)には脚気で毎年数万人が亡くなったと推定されています。当時は原因が分かっていなかったため、私たちが経験したコロナ感染症以上の社会不安を起こしたと思います。 栄養の知識が普及した現代の日本では、ビタミン欠乏症は起こらないと思われがちです。しかし、高齢者を中心にビタミンB1欠乏症やビタミンB12欠乏症は非常によく遭遇します。 今回は、Aさんの症例をもとに、ビタミン欠乏症の症状をみていきましょう。 症例 Aさん、71歳女性。主訴:食欲低下。 1ヵ月前から食欲が低下し、2週間前からさらに食欲がなくなりました。訪問時、Aさんは「朝食は全部食べました」と答えましたが、記録では2割程度しか摂取できていませんでした。また、「母と同居しています」とAさんが言われたので、「お母さまはおいくつですか」と質問すると「81歳です」との返答がありました(母親が10歳の時に患者が産まれていることになります)。 事実関係を夫に確認したところ、次のような状態であることが分かりました。 「妻は2週間前から食欲がなくなっています。1週間前から意識がもうろうとしていて、今日が何日か分からないようです。会ってもいない友達と会ってきたと言うようになりました。妻の母は18年前に死亡しています」 Aさんの状態 意識:会話は可能体温:36.9℃ 血圧:114/79mmHg 心拍数:120/分呼吸数:16/分 SpO2:98%(室内気) 眼球運動を行うと水平方向への眼振(サッカード)が認められました。指タップ(親指IP関節と人差し指をできる限り早くタップする運動)を行わせると、着地点が一定せず、軽度の小脳失調症状がみられました。胸腹部の身体診察は問題ありませんでした。 夫の話からすると、1週間前から認知症のような症状が出現しているようです。急性または亜急性に認知症が進行している場合には、「治療可能な認知症」を想起することが大切です。その原因となる疾患は以下のとおりです。 治療可能な認知症 •甲状腺機能低下症•正常圧水頭症•慢性硬膜下血腫•ビタミンB1/B12欠乏症•肝性脳症•尿毒症•神経梅毒•うつ病•高齢者てんかん•薬物依存 頭部CT検査、甲状腺刺激ホルモン(thyroid stimulating hormone:TSH)、血清ビタミンB12、うつ病スクリーニングは異常を認めませんでした。しばらく食事が摂れていない状況や軽度の小脳失調症状を伴う認知症、作話(事実でないことを本当であるかのように話すこと)から、ウェルニッケ脳症とコルサコフ症候群を伴うビタミンB1欠乏症と診断しました。 ビタミンB1欠乏症 症状/身体所見(表1) ビタミンB1欠乏症は、乾性脚気(中枢/末梢神経症状)と湿性脚気(高拍出性心不全)を引き起こします。中枢神経症状は、ウェルニッケ脳症とコルサコフ症候群です。末梢神経症状として、手足のしびれや筋力低下、深部腱反射の低下が生じます。また、ビタミンB1が欠乏すると、末梢血管抵抗が低下し、静脈還流が増加するため、心拍出量が増えて高拍出性心不全(呼吸困難、心拍数増加、下腿浮腫)となります。症例のAさんも、心拍数が120/分と頻脈でした。 表1 ビタミンB1欠乏症が引き起こす脚気 ビタミンB1はたくさんのATP(アデノシン三リン酸)を産生するクエン酸回路の補酵素です。ATPがつくられなくなると、ATPを大量に消費する脳や心臓が障害を受けます。 ●ウェルニッケ脳症リスクファクターはアルコール多飲、がん、摂食障害などです。ビタミンB1が不足する食事を摂ると、1~2週間でビタミンB1が欠乏します。 症状は(1)意識障害(失見当識、無関心)(2)運動失調(歩行障害)(3)眼球運動障害(眼振、外転障害)が3徴として有名ですが、3分の1の患者しか3徴を示しません。多くの患者は軽度の意識障害のみです1)。治療をしないとコルサコフ症候群へ移行します。●コルサコフ症候群2)ウェルニッケ脳症の約70%にみられます。典型的な症状があっても、診断されていないケースが多いと考えられています。アルコール多飲者に多く、症状として逆行性および前向性健忘(発症前や発症後の記憶を失うこと)、作話、幻覚があります。ビタミンB1を投与しても症状は改善しないため、前段階のウェルニッケ脳症での治療が大切です。死亡率は、治療を行わない場合は約90%、治療を行っても約20%です。 診断 血清ビタミンB1を測定することはできますが、感度と特異度は不明です。すなわち、検査が正常でもビタミンB1欠乏症の可能性があります。したがって、1~2週間にわたる食事摂取量の低下、意識障害や運動失調、眼球運動障害の症状から臨床的に診断することが大切です。 治療 エビデンスは十分ではありませんが、次の治療が推奨されています。 ●乾性脚気 ブドウ糖液を投与する前に、チアミン500mgを1日3回、3日間点滴その後、250mgを1日1回、5日間点滴さらにその後、100mgを1日1回、経口(症状が安定するまで) ●湿性脚気 チアミン200mgを1日3回、点滴(症状が安定するまで) ビタミンB12欠乏症 症状3) 疲労、精神症状(認知機能の低下、いらいら、抑うつ)、貧血、左右対称性の知覚異常、またはしびれ、歩行障害、筋力低下がみられます。 身体所見 ハンター舌炎(舌の腫れ、びらん、痛み、舌乳頭萎縮)、皮膚の色素沈着、側索障害(膝蓋腱反射亢進、バビンスキー反射陽性(母趾の背屈)、後索障害(ロンベルグ試験陽性、下肢振動覚低下)が認められます。 高齢者におけるビタミンB12欠乏症の有病率は10%以上と推定されています4)。体内貯蔵量が多いため、ビタミンB12は5~10年かけて徐々に低下します。リスク因子は、萎縮性胃炎(最も多い)、胃酸を抑える薬(プロトンポンプ阻害薬)や糖尿病治療薬(ビグアナイド薬)の長期内服、肉や魚を食べない、胃切除後です。高齢者のビタミンB12欠乏の原因で最も多いのは、胃酸や膵液の分泌障害(53%)です5),6)。 診断 血清ビタミンB12が200pg/mL未満の場合、ビタミンB12欠乏症と診断できます。血清ビタミンB12が300pg/mL以上であれば、ビタミンB12欠乏症の可能性は低いですが、測定上の問題で偽正常値や偽高値を示すことがあります。 治療 治療が遅れると不可逆性神経障害を起こします。治療は以下のとおりです。 メコバラミン500μgを週3回、2週間、筋肉内に注射その後、500μgを週1回、筋肉内に注射さらにその後、500μgを月1回、筋肉内に注射 または メコバラミン1日1,500μgを3回に分けて経口投与 訪問時における病歴聴取/身体所見のポイント   認知症の症状を認めた場合、いつから発症したのか、家族や施設関係者から詳しく聴取することが大切です。 食生活を確認してください。肉や魚の摂取状況(ビタミンB1やビタミンB12は肉や魚に多く含まれています)や、プロトンポンプ阻害薬の長期内服の有無を確認します。 がに股歩行(開脚歩行、図1)なら、小脳失調(ビタミンB1欠乏症)か後索障害(ビタミンB12欠乏症)を考えます。次に、両足をつけて起立させます。小脳失調なら開眼していてもふらつきます。後索障害なら閉眼させると、ふらつきがひどくなり転倒します(ロンベルグ試験陽性)。さらに、音叉を用いて内果または外果で振動覚をチェックします。5秒以下は明らかに異常です。 図1 開脚歩行 その他の代表的なビタミン欠乏とその症状を表2にまとめます。 表2 代表的なビタミン欠乏とその症状 最新トピックス ビタミンB1欠乏症は胃腸脚気(嘔気/嘔吐、腹痛、消化不良、ひどい便秘)も起こします7),8)。嘔気/嘔吐、腹痛、消化不良、便秘は他の疾患でも起こる症状なので、鑑別診断が非常に難しいです。治療はチアミン100~1,000mgを1日1回、点滴で投与します。 ●ビタミンB1欠乏症とビタミンB12欠乏症は非常によく見逃されています。●ビタミンB1欠乏によるウェルニッケ脳症の症状は、(1)意識障害(失見当識、無関心)、(2)運動失調(歩行障害)、(3)眼球運動障害(眼振、外転障害)です。●ビタミンB12欠乏症では、疲労、精神症状(認知機能の低下、いらいら、抑うつ)、貧血、左右対称性の知覚異常またはしびれ、歩行障害、筋力低下がみられます。   執筆:山中 克郎福島県立医科大学会津医療センター 総合内科学講座 特任教授、諏訪中央病院 総合診療科 非常勤医師、大同病院 内科顧問1985年 名古屋大学医学部卒業名古屋掖済会病院、名古屋大学病院 免疫内科、バージニア・メイソン研究所、名城病院、名古屋医療センター、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)、藤田保健衛生大学 救急総合内科 教授/救命救急センター 副センター長、諏訪中央病院 総合診療科 院長補佐、福島県立医科大学会津医療センター 総合内科学講座 教授を経て現職。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Hemphill JC,Smith WS,Josephson SA.Wernicke's disease.In:Joseph L,Fauci A,Kasper D,et al.,eds.Harrison's Principles of Internal Medicine.21st ed.McGraw Hill;2022:2273-2274.2)Koppel BS,Weimer LH,Daras AM.Korsakoff syndrome.In:Goldman L,Cooney KA,eds.Goldman-Cecil Medicine.27th ed.Elsevier;2024:2539.3)Hoffbrand AV.Megaloblastic anemias.In:Joseph L,Fauci A,Kasper D,et al.,eds.Harrison's Principles of Internal Medicine.21st ed.McGraw Hill;2022:766-776.4)Malouf M,Evans JG,Areosa Sastre A.Folic acid with or without vitamin B12 for cognition and dementia. Cochrane Database of Systematic Reviews 2003:(4):CD004514.doi.5)髙岸勝繁:巨赤芽球性貧血(ビタミンB12、葉酸欠乏).上田剛士監修,ホスピタリストのための内科診療フローチャート 第3版,シーニュ,東京,2024:641.6)Dali-Youcef N, Andrès E:An update on cobalamin deficiency in adults.QJM 2009;102(1):17-28.7)Sriram K,Manzanares W,Joseph K:Thiamine in nutrition therapy.Nutr Clin Pract 2012;27(1):41-50.8)John E,Michael E.Thiamine(Vitamin B1).In:HallTextbook of medical physiology.14th ed.Elsevier;2021:888-889.

結核の感染者数は増えている?症状・原因・感染経路も解説
結核の感染者数は増えている?症状・原因・感染経路も解説
特集
2025年7月1日
2025年7月1日

結核の感染者数は増えている?症状・原因・感染経路も解説

結核は過去の病気と思われがちですが、2025年現在でも世界的に多くの感染者が報告されており、日本でも完全に根絶されたわけではありません。特に高齢者や基礎疾患を持つ人、免疫が低下している人は発症リスクが高く、注意が必要です。 本記事では、結核の最新の感染状況、症状や原因、感染経路、感染を防ぐための対策について解説します。訪問看護の利用者さんやご家族が結核が疑われる症状を訴えた際のアセスメントに役立ててください。 結核とは 結核は、結核菌(Mycobacterium tuberculosis)によって引き起こされる感染症です。主に肺に影響を及ぼしますが、リンパ節や骨、腎臓、脳など全身のさまざまな臓器にも感染する可能性があります。 結核菌は、一般的な細菌とは異なり、手指や土壌、水回りなどの環境中には存在せず、基本的に人の体内でのみ生存し増殖します。感染者が咳やくしゃみをした際に排出される飛沫の中に含まれる結核菌が空気中を漂い、それを長時間かつ大量に吸い込んだ人に感染が広がります。 結核の現在の感染者数 結核の感染状況は近年改善傾向にあり、日本の結核罹患率は低下し続けています。2023年の結核罹患率は人口10万人あたり8.1人で、前年の8.2人からわずかに減少しました。結核の低まん延国の水準である10.0人を下回っており、2021年に初めてこの基準を達成して以来、継続的に低い水準を維持しています。 乳幼児や思春期の若者では発症率が比較的高く、糖尿病、慢性腎不全、エイズ、じん肺などの基礎疾患を持つ人もリスクが高まります。さらに、副腎皮質ホルモン剤やTNFα阻害薬などによる治療を受けている場合、体内の免疫機能が抑制されることで結核の発症リスクが上昇します。 出典:厚生労働省「2023年 結核登録者情報調査年報集計結果について」 結核の症状と進行の特徴 結核は多くの場合、6ヵ月から2年の間に症状が現れます。初期症状は軽く、風邪や慢性的な疲労と勘違いされやすいため、自覚するのが遅れることが少なくありません。 症状は咳や痰、血痰、胸の痛みなどの呼吸器症状だけではなく、発熱や倦怠感、冷や汗、体重減少なども起こります。 特に、2週間以上咳が続く場合は、結核の可能性を考慮し、早めに医療機関を受診することが重要です。結核は感染力が強いため、発症した本人が気づかないまま放置すると、周囲の人々にも感染を広げてしまう恐れがあります。 結核の感染経路 結核の主な感染経路は、飛沫核感染(空気感染)です。感染者が咳やくしゃみをした際に排出される飛沫が乾燥し、小さな粒子(飛沫核)となって空気中を漂います。これを吸い込むことで、健康な人の肺に結核菌が侵入し感染が成立するとされています。 飛沫は5μm以上であり短時間で落下するため、感染は近距離のみに限定されますが、飛沫核感染では5μm以下の粒子が長時間空気中に残るため、感染が広がりやすいとされています。 結核の感染予防には、以下のような消毒液を使った消毒が有効です。 高水準消毒薬中水準消毒薬低水準消毒薬グルタラールフタラール過酢酸次亜塩素酸ナトリウムアルコールポビドンヨード両性界面活性剤 結核の検査 結核の感染を調べる検査は、ツベルクリン反応検査とインターフェロンγ遊離試験(QFT・T-SPOT)です。ツベルクリン反応検査は、BCG接種や類似の非結核性抗酸菌の影響を受けるため単独で結核感染の診断には用いられません。一方、インターフェロンγ遊離試験は結核菌に特異的な免疫反応を検出する血液検査で、結核菌感染の有無を調べるのに有用です。 また、胸部レントゲンや胸部CTにて結核を疑い、喀痰検査などで確定診断を行います。喀痰検査には、結核菌を検出する方法として塗抹検査(顕微鏡検査)、培養検査、核酸増幅検査(PCR法)があります。 塗抹検査(顕微鏡検査)喀痰を染色し、抗酸菌の有無を調べる。ただし、検出された抗酸菌が結核菌とは限らない(非結核性抗酸菌の可能性もある)。 培養検査痰の中に含まれる結核菌を、特殊な培養液で増やして検出する検査。確定診断に有用だが、結果が出るまで数週間かかる。 核酸増幅検査(PCR法)痰の中に含まれる結核菌の遺伝子を検出する検査。結核菌の遺伝子を検出するので、迅速な診断が可能。ただし、菌の生存は確認できないため、培養検査と併用するのが望ましい。また、既往歴に肺結核がある場合、死菌を検出し陽性になる可能性があるため、慎重な判断が必要。 結核のワクチン 結核の予防として広く使用されているBCGワクチンは、結核の感染および重症化を防ぐために開発された生ワクチンです。 接種方法は一般的な注射とは異なり、専用の管針を用いた「スタンプ方式」。ワクチンの液を皮膚に滴下し、針を皮膚に押し当てることで薬剤を浸透させます。 生後1歳までに行うことが推奨されており、特に生後5ヵ月から8ヵ月までの間に接種することが望ましいとされています。 結核疑いのある方への訪問の注意点 結核は空気を介して感染する疾患のため、訪問時には感染対策を徹底することが重要です。感染防護の基本としてN95マスクを適切に装着し、呼吸器を通じた病原体の吸入を防ぐことが求められます。 訪問先の室内環境についても十分な配慮が必要で、窓を開けるなどして定期的に換気を行うことで、空気中の菌濃度を下げるよう努めましょう。 なお、利用者さんの健康状態を把握するためにバイタルサインの測定を行いますが、測定機器や手指の消毒については、ほかの利用者さんと同様の衛生管理を徹底すれば問題ありません。 結核にて在宅療養をする場合の注意点 結核の診断を受けた利用者さんが在宅で療養を行う場合、感染予防の徹底と体調の変化を早期に察知することが重要です。 内服管理については、治療の基本となる抗結核薬を確実に服用し続けることが求められます。薬の飲み忘れや自己判断による服薬中断があると、薬剤耐性結核を引き起こすリスクが高まるため、家族や訪問看護師が服薬状況を定期的に確認し、必要に応じて服薬の支援を行います。 また、在宅療養中の環境整備として、室内の換気を徹底しましょう。結核菌は空気中に長時間浮遊するため、窓を開けて空気の流れを作り、清潔な空間を保つよう心がけます。さらに、同居する家族が感染リスクを減らすためにも、マスクの着用を徹底しましょう。 異常の早期発見も在宅療養の重要なポイントです。結核治療中に発熱や倦怠感が強まる、血痰が増える、体重減少が著しいといった症状が現れた場合、病状の悪化や副作用の可能性が考えられます。こうした変化が見られた際には、すぐに医療機関へ相談し、適切な対応を取ることが必要です。 結核の既往歴がない利用者さんであっても、慢性的な咳や血痰が続く場合は結核の可能性を考慮し、訪問時にはN95マスクを着用しながら対応し、医師へ速やかに報告することが重要です。 * * * 訪問看護師が適切な知識を持ち、早期に異変を察知し対応することで、結核の重症化を防ぐことができます。結核の感染リスクを考慮しながら、適切な対応を心がけましょう。 編集・執筆:加藤 良大監修:村田 朗医療法人財団日睡会 理事長御茶ノ水呼吸ケアクリニック 院長日本医科大学内科学講座(呼吸器・感染・腫瘍部門)非常勤講師。日本医科大学、 同大学院卒業。資格・学会:医学博士、日本内科学会認定内科医、日本呼吸器学会専門医・指導医、日本睡眠学会会員、肺音(呼吸音)研究会世話人、東京呼吸ケア研究会幹事、American Thoracic Society 会員、European Respiratory Society 会員、International Lung Sounds Association 会員、NPO法人日本呼吸器障害者情報センター顧問、東京都三宅村呼吸器専門診療委託医、日本医師会認定産業医、身体障害者福祉法指定医(呼吸器)、千代田区公害健康被害診療報酬審査委員。 【参考】〇日本小児科学会.「BCGワクチン」(2018年3月)https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/VIS_B-06BCG_202312.pdf2025/6/25閲覧〇厚生労働省.「2023年 結核登録者情報調査年報集計結果について」https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001295037.pdf2025/6/25閲覧〇厚生労働省.結核「感染症法に基づく医師及び獣医師の届出について」https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-02-02.html2025/6/25閲覧〇東京都感染症情報センター.「結核 Tuberculosis」(2025年2月27日)https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/tb2025/6/25閲覧

エンゼルケア応用編 ~ご家族対応とQ&A~【セミナーレポート後編】
エンゼルケア応用編 ~ご家族対応とQ&A~【セミナーレポート後編】
特集 会員限定
2025年6月24日
2025年6月24日

エンゼルケア応用編 ~ご家族対応とQ&A~【セミナーレポート後編】

2025年3月14日、NsPace(ナースペース)は、エンゼルケアの実践的な知識をご紹介するオンラインセミナー「エンゼルケア 応用編 ~状態別対応とコミュニケーション~」を開催。「エンゼルメイク研究会」代表の小林光恵さんに、顔や体の状態別のケア方法やお看取り前後のコミュニケーションについて教えていただきました。 セミナーレポート後編では、ご家族とのコミュニケーションの工夫やQ&Aセッションの内容をお届けします。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちらエンゼルケア応用編 ~お顔の状態別ケア~【セミナーレポート前編】 【講師】小林 光恵さん看護師、作家。編集者を経験後、1991 年からは執筆業を中心に活躍しており、漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者としても知られる。2001 年には、看護師としての経験をいかして「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表に就任。2015 年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表も務める。 切開部や拘縮への対応 亡くなられた後、気切部をはじめとした切開部の断端は生着しません。そのため、ケアとしてはまず清拭を行い、創部をしっかりと合わせて、できれば皮膚接合用などのテンションの高いテープを貼ります。その上からフィルム剤、さらにベージュの不織布を貼って、切開部を目立たなくしましょう。ポイントは、一貫して「生着しないこと」に留意して対応することです。 また、関節部分が屈曲したまま硬く固定される「拘縮」が見られる方の対応は、医療者側では行いません。ご家族から関節を伸ばしたいとご要望があった場合は、葬儀社への相談を促してください。 ご家族とのコミュニケーション エンゼルケアでは、ご家族とのコミュニケーションも大切な要素のひとつです。お看取り前後やケアを行う際には、以下のような声かけを意識すると、ご家族の安心や信頼につながります。 お看取り前の声かけ 着替え用衣類の準備については、医師から「残された時間」や「最期が近づいていること」などの病状説明があったタイミングでご案内するとより自然です。「万が一のときは」と前置きのひと言を添えることで、ご家族にも配慮した伝え方になります。 エンゼルケア時 私が自身の母を看取った際は、看護師の方々が「息が止まったら連絡をください」「担当医は◯時に到着します」といった業務的な案内にとどめてくださったことが、かえって心の支えになりました。そうした経験から、私は亡くなった後の言葉がけは必須ではないと考えています。無理に声をかける必要はなく、ご家族の状況に応じた柔軟な対応が大切です。 例えば、抱き移しの際に「どうぞ抱いて差し上げてください」とお声かけするだけでも、ご家族の心情に寄り添う関わりになります。 また、事業所のスタンスにもよりますが、エンゼルケア終了後に「ご不明な点がありましたらいつでもご連絡ください」と伝えておくと、ご家族は心強いはずです。 時代の流れをふまえたエンゼルケアを 近年、「死」への対応についての社会の捉え方は大きく変化しています。とくに葬送はこのところ大幅な簡略化が進み、時間をかけずに終わらせるケースが増加傾向にあります。つまり、ご遺体と過ごす時間が少なくなりつつあります。 これからのエンゼルケアのあり方について検討する際も、そうした流れをふまえる必要があるでしょう。グリーフワークにとってプラスになることを意識しながら、ぜひ事業所のみなさんで考えてみてください。 Q&Aセッション Q.エンゼルケアの説明と料金の提示はどのように行うとよいでしょうか? エンゼルケアの料金は、細かな金額こそ異なるものの、多くの事業所で請求されています。金額提示方法については、研究会では契約書へ記載することを推奨しています。金額とあわせて、事業所で実施しているエンゼルケアの内容を整理して記載しておくとよいでしょう。「担当看護師◯名が◯分間の中で、必要と判断した看護(体をきれいにする、着替えさせるなど)を行います」のように書くのがおすすめです。 Q.自壊創があり、滲出液や出血が見られる場合はどのように対応すればよいですか? 研究会では、生前と同様の処置を継続するのがよいと考えています。滲出液が多く臭気が強い場合は、次亜塩素酸水をスプレーし、その上で生前お使いだった臭気を抑制する軟膏を塗布するなどがよいでしょう。 【お顔への対応】 後頭部や体の背面に滲出液や出血が見られる場合は、重力の影響を受けて流出が続き、時間経過とともにそれらが溜まって汚染が広がる可能性があり、フィルム剤で創部を密閉したり、汚染を吸収する布類を敷いたりなどの対応の必要があります。 それに比べて、お顔の創部は重力の影響は大きくなく、水分を吸収するガーゼなどを当て、フィルム剤で密閉したあとは、ベージュのテープや肌の色に近い布などでカバーして目立ちにくくします。 【浮腫によって滲出液が出ている場合の対応】 浮腫による滲出液はいつまで出続けるか予測がつかないため、汚染しないように吸収するものを当てておく必要があります。身につける衣服も滲出液に汚染される可能性があるので、とくに大事なお着替えの場合は、時間を空けて着せる、吸収するものを当てた状態で着用していただくなどの対応をとってください。 Q.お顔の乾燥を最小限にするコツ、また手に入れやすい保湿剤を教えてください。 乾燥の防止に必要なのは油分をたっぷりなじませることです。おすすめの保湿剤は、化粧品のクリーム。油分で油膜をつくるワセリンやオリーブオイルでも乾燥は防止できますが、化粧品としてつくられた保湿クリームは、伸びのよさやなじみやすさの点で優秀です。 クリームを選ぶ際は「バニシングクリーム」や「コールドクリーム」を避けてください。前者は油分が少ない、あるいは油分がまったく入っておらず、後者はクレンジングやマッサージに適したもので、いずれも保湿には向きません。「保湿クリーム」と表記されているものを選びましょう。 また、最も乾燥に注意したい部位は唇で、葬儀社の方も「唇はとにかく早い段階で保湿してほしい」と話します。唇はワセリンやオリーブオイルなどで保湿し、メイクをする場合は口紅をしっかり塗ります。 * * * 今回は研究会が考えるエンゼルケアのノウハウについて、具体的な場面をイメージしながらお伝えしてきました。ぜひ現場で実践して、より質の高いケアを目指していただければ幸いです。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

分かりやすい! ALSの診断方法〜二転三転した私の病名〜
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コラム
2025年6月24日
2025年6月24日

分かりやすい! ALSの診断方法〜二転三転した私の病名〜

ALSを発症して10年、現役医師・梶浦先生によるコラム連載、第2弾。今回は、医師がどのようにALSと診断するのか、梶浦先生のご経験も交えながら解説していただきます。 ALSの診断には2つの重要なポイントがある 重要なポイント、それは次のとおりです。順番に説明していきます。(1) ALSは除外診断である(2) 上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの両方が体の広範囲で障害されていることを証明できる ALSは除外診断である 例えば、インフルエンザはウイルスを特定することで診断され、がんは画像検査や生検(腫瘍細胞の一部を採取して行う検査)によって診断を確定できます。しかし、ALSには特異的マーカーや決定的な検査所見がありません。そのため、ALSと同じように運動ニューロンが障害される疾患を一つひとつ除外し、どれにも当てはまらない場合に初めてALSと診断されます。これを「除外診断」といいます。 ALS以外の疾患を除外するために、以下のような検査が行われます。・神経伝導検査・筋電図検査・血液検査・髄液検査・MRI検査(脳、脊髄) など 運動ニューロン障害の広がりを証明する 前回のコラム(>>分かりやすい! ALSの病態と症状)でお伝えしたように、上位運動ニューロンは主に「ブレーキ」の役割を、下位運動ニューロンは主に「アクセル」の役割を担っています。これらが体の広範囲で障害されていることを証明していきます。 ■上位運動ニューロン障害の検査方法 「ブレーキ」が障害されるため、「アクセル」の制御ができない状態です。代表的な症状として、以下の現象がみられます。 腱反射亢進:アキレス腱や膝、肘などの腱を医療用のハンマーで軽く叩くと筋肉が過剰に動く。 クローヌス:アキレス腱や太ももなどの大きな筋肉や腱を急に動かすと、筋肉の動きを止めることができず、「ガクガク」と一定のリズムで動き続ける。 医師はこれらの症状の有無や範囲を診察し、上位運動ニューロンの障害を確認します。 下位運動ニューロン障害の検査方法 「アクセル」が障害されるため、以下のような変化が起こります。 筋力低下と筋委縮:筋肉が動かせず、筋肉が細くなり、筋力が落ちていく。 筋力が低下している部位を客観的に把握するため、筋力を数値化していきます。具体的には、握力の測定や、筋力を徒手的に評価する「徒手筋力検査」(manual muscle testing:MMT)が行われます。MMTは主要な部位の筋力を判定し、0~5点の6段階で判定します。参考までに表1に実際の点数の付け方を示します。 表1 徒手筋力検査(MMT) 点数 機能段階 5 強い抵抗を加えても、運動域全体にわたって動かせる 4 抵抗を加えても、運動域全体にわたって動かせる 3 抵抗を加えなければ重力に抗して、運動域全体にわたって動かせる 2 重力を除去すれば、運動域全体にわたって動かせる 1 筋の収縮がわずかに確認されるだけで、関節運動は起こらない 0 筋の収縮はまったくみられない 線維束性収縮:体のさまざまな場所の筋肉が、自分の意思とは無関係に「ピクピク」と細かく動く症状。 前回のコラムで紹介したとおり、線維束性収縮も下位運動ニューロン障害の存在を証明する大切な所見です。線維束性収縮は自覚でき、強く症状が出ているときは他人からも目視できますが、わずかな症状でも客観的に確認できる「針筋電図検査」を実施します。 針筋電図検査は、細い針電極を体のさまざまな部位の筋肉に刺し、筋肉のわずかな「ピクピク」を電気的な活動として捉えることで、まだ筋力低下が起こっていない早期の段階でも異常を発見できます。ただし、線維束性収縮は常にみられるわけではなく、同じ場所に起こるとも限りません。針を刺した場所とタイミングで「ピクピク」が出ていなければ、確実な診断が難しい場合もあり、そこにもどかしさを感じています。 なお、最も多いALSの症状の進行パターンは、まず左右どちらかの手や足の遠位部の筋力が低下していき、徐々に体の中心に近い部分や反対側の筋力が低下していき、全身に広がっていきます。 発症初期は、まだ筋力の低下は限局した部位にしかみられないため、この段階で診断するのはとても難しいです。 私の診断までの経過 発症と初めての受診 2015年、当時34歳の私は、アメリカのカリフォルニア大学(UCSD)に研究のために留学していました。同年の7月に、右手の指先の筋力低下と、利き腕である右腕が左腕よりも細いことに気がつきました。8月にUCSDの神経内科を受診すると、「ALSの可能性が高いので精査が必要です」と言われ、10月に帰国しました。 診断への長い道のり 帰国後、すぐに総合病院の神経内科を受診し、MRIや筋電図検査などで精査したところ、「まだ右腕だけに症状は限局しているものの、ほかの疾患は考えにくいので、おそらくALSだろう」と言われました。「もしかしたらALSではないのでは?」という私の淡い期待は崩れ去り、絶望と恐怖で一晩中泣いていました……。 しかし、その後、診断は二転三転したのです。 2015年11月 今後の治療法を相談していくために神経内科専門の病院を紹介され受診しました。そこで、担当の医師に「ALSと確定するのはまだ早いので、運動ニューロン病を専門としている大学病院の神経内科にセカンドオピニオンに行かないか」と提案されました。わらにもすがる思いだった私は、すぐに行くことを決めました。 同年12月 あらためて精査するために、紹介された大学病院に2週間入院することになりました。そこではMRIや筋電図検査に加えて髄液検査やエコー検査など、さまざまな検査をしました。 すべての検査結果が出て、教授回診のときに診断が告げられることになりました。尋常ではない緊張感で座って待っていた私のもとに、教授を筆頭に医局の医師たち、研修医、医学部の実習生たちなど10人以上がやってきました。そして、少しの沈黙の後に、教授が私の肩をポンポンと軽く叩き「よかったね、ALSじゃないよ」と言ってくれました。 その瞬間、私はあまりのうれしさと安堵感で、緊張の糸が切れ、その場で泣き崩れました。「先生、僕はまだ生きられるんですね!」と言って、人目もはばからず、大勢の前で泣きじゃくりました。そのときの診断名は「多巣性運動ニューロパチー」というものでした。 翌年(2016年)1月 診断名もついたことですし、私は神奈川県にある自分の所属する大学病院で仕事を再開しながら、治療をしていくことにしました。検査結果や紹介状を持参して、自分の所属する大学病院の神経内科を受診すると、「この診断は違うのではないか」と言われ、再度精査することになりました……。 感情が揺さぶられ過ぎて、まるでジェットコースターに乗っている感じで、精神的にどんどん削られていき疲弊していきました。結局そこでも筋電図検査をはじめさまざまな検査を行い、今度は「平山病」という診断になりました。平山病は手術をすれば症状の改善が見込めるため、手術をする予定になりました。 同年4月 手術の予定日が決まっていましたが、手術の直前に舌に線維束性収縮がみられたため、ALSと確定診断され、手術は急遽中止になりました。そのときの私は「自分はALSじゃないのか?」とうすうす気がついていたため、ショックという感情よりは、やっと診断が確定したことに対する安堵感のほうが強かったことを覚えています。 診断の難しさと私が伝えたいこと 私を担当してくださった神経内科専門医の皆さんは、本当に親身になって一所懸命に検査をしてくれました。それでも、そのつど診断名が変わり、確定診断に9ヵ月かかりました。そのくらい、発症初期の段階でALSを診断するのは難しいのです。 私と同じように、なかなか確定診断にいたらず、「つらくて不安な期間」を過ごしている方も少なからずいらっしゃると思い、今回は診断方法とともに私の経験談も書きました。  コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣「さくらクリニック」皮膚科医。「Dermado(デルマド)」(マルホ株式会社)にて「ALSを発症した皮膚科医師の、患者さんの診かた」を連載。また、「ヒポクラ」にて全科横断コンサルトドクターとしても活躍。編集:株式会社照林社

エンゼルケア応用編 ~お顔の状態別ケア~【セミナーレポート前編】
エンゼルケア応用編 ~お顔の状態別ケア~【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2025年6月17日
2025年6月17日

エンゼルケア応用編 ~お顔の状態別ケア~【セミナーレポート前編】

2025年3月14日、NsPace(ナースペース)はオンラインセミナー「エンゼルケア 応用編 ~状態別対応とコミュニケーション~」を開催しました。講師を務めてくださったのは、「エンゼルメイク研究会」代表の小林光恵さん。顔や身体の状態に応じた対応のノウハウや、エンゼルケアの重要なポイントであるご家族とのコミュニケーションのコツなどを教えていただきました。 セミナーレポート前編では、状態別「お顔のケア方法」についてご紹介します。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】小林 光恵さん看護師、作家。編集者を経験後、1991年からは執筆業を中心に活躍しており、漫画「おたんこナース」、ドラマ「ナースマン」の原案者としても知られる。2001年には、看護師としての経験をいかして「エンゼルメイク研究会」を発足し、代表に就任。2015年より「ケアリング美容研究会(旧名・看護に美容ケアをいかす会)」代表も務める。 お顔の状態別ケア「黄疸が出ている」 お身体に黄疸が出ている場合、「ビリルビン色素の酸化亢進」などが主な原因となって皮膚がくすむように変色します。その変化は一様に表れるわけではなく、眉毛やひげ、毛髪の生え際などに顕著に見られます。 こうした変化については、あらかじめご家族へご説明しておくことが大切です。説明文書の中に「黄疸によって肌色が変化する可能性がある」ことを明記しておくとよいでしょう。口頭での説明も可能ですが、タイミングを逃したり、十分に伝わらなかったりする場合もあるため、文書での案内もあわせて行うことをおすすめします。また、ご家族から後になって「肌色が変化している」とご連絡をいただいた場合は、黄疸による自然な変化であることやカバー方法について丁寧に説明してください。 肌色はいつ、どれくらい変化する? 黄疸による肌色の変化は、死後1日ほど経過してから強く表れることが多く、一般的には薄緑がかった色から濃いグレーになっていきます。 臨終時:黄色死後 24 時間から 36 時間ほど:淡緑色死後 36 時間から 48 時間ほど:淡緑灰色 しかし、変化には個人差が大きく、厳密に変化の度合いを予測するのは難しいのが実情です。先々のくすみに備えてカバーしようとするとファンデーションが厚塗りになり、自然さが失われてしまいがちなため、メイクを施す時点の肌の状態に合わせて仕上げてください。 その後の肌色の変化が気になった場合には、ファンデーションでカバーしていただいてよいことを、ご家族に口頭で伝えるか文書に記述しておくことをおすすめします。 黄疸カバーメイクの方法 黄疸をメイクでカバーする際のポイントは、「黄色」を使うこと。できればクレンジングマッサージをした後に保湿とベースメイクを済ませ、黄色のクリームファンデーションや下地をなじませましょう。その上で、赤みを加えたファンデーションで失われた血色を補い、さらに肌色のリキッドもしくはクリームファンデーションを重ねます。耳や首の皮膚の色も変化するので、露出している部分の塗り忘れのないように意識してください。 お顔の状態別ケア「まぶたが閉じない」 まぶたが閉じていない状態でお亡くなりになった方へのケアには、クレンジングマッサージがおすすめです。マッサージを行うことで、お顔が徐々に柔らかくなり、まぶたが自然と閉じることがあります。 それでもうまく閉じない場合は「二重まぶたをつくる化粧品の糊」を使用することがあります。やり直しが可能で、時間経過によってまぶたやその周囲がひきつれたという報告もありません。上下のまぶたの縁に糊を薄くつけ、その部分を手で扇いで少し乾かしてから合わせると、自然に閉じることができます。 ケアをするまでの乾燥対策も忘れずに 眼球表面が外気に触れると、乾燥が進み、色調変化を起こすリスクがあります。閉じる対応までの間、眼球の表面に綿棒でオリーブオイルなどの油分を塗布しておきましょう。もしくは、外気が触れないようにガーゼでカバーします。 その際、ご家族に「目は乾燥しやすいのでカバーします。後ほどまぶたを閉じるケアをしますね」と説明することも忘れないでください。 お顔の状態別ケア「お口が開いている」 お口が開いている場合は、まず、枕を少し高くし、筒状に丸めたタオルを顎の下に挟んで口を閉じましょう。それでもうまく閉じない時は、ご本人が使用されていた入れ歯を装着するとうまくいく可能性があります。ただし、中には「入れ歯を装着しても、顎は固定できるものの口元が閉じない」というケースも。この場合、口内の入れ歯が接する部分に「入れ歯安定剤」を薄く塗布してから口を閉じることで解消できることもあります。 なお、口腔内の変形をはじめとしたトラブルによってご本人の入れ歯を装着できない場合は、エンゼルメイク専用の入れ歯を使う選択肢もあります。 口を閉じるケアは必須ではない ご家族によっては「無理に口を閉じなくてよい」と希望されることもあるので、よく相談しながら対応を検討してください。ただし、口が開いたままだと口腔内が乾燥するため、口腔ケアの仕上げに油分を塗布しておくことをおすすめします。 お顔の状態別ケア「痩せている」 頬がこける、眼窩がくぼむなど、顔が痩せた状態で亡くなる方も少なくありません。この場合の対応について、研究会では「含み綿は行わない」ことを基本方針としています。理由は、自然な見た目にするのが非常に難しいためです。 頬やまぶたに含み綿をすると凸凹ができるケースが多く、「その人らしさ」が失われてしまうことも。また、こめかみには含み綿を入れることができないため、頬やまぶたにだけ行うと、不自然なバランスになるリスクもあります。そのため、含み綿を施す時間をほかのケアに充てたほうがよいというのが私たちの見解です。 どうしても痩せた印象を和らげたい場合には、1段明るめのファンデーションを使って気になる部分をやさしくカバーする方法もあります(イラスト「緑色」斜線部分)。 また、ご希望があれば、葬儀関係者やエンバーマーの技術によってお顔全体を自然にふっくらと整えることが可能な場合もあります。こうした対応についてご家族から要望があった際には、葬儀社へ相談するよう案内してください。 含み綿を希望するご家族は多くない エンゼルメイクは、その場にいらっしゃる近しいご家族のために行うもの。そして多くの場合、そのご家族は痩せる経過や痩せた状態のお顔をそばで見てきており、その姿を受け入れている面があるからか、臨終後すぐにお顔をふっくらさせてほしいと希望されるケースはあまり聞きません。ご家族の想いに寄り添うエンゼルケアを目指すのであれば、クレンジングマッサージやシャンプーなど、ほかのケアを一つひとつ丁寧に行うことが、より大切ではないかと考えています。 次回は、お看取り前やエンゼルケア時のご家族とのコミュニケーションの工夫、Q&Aセッションの内容などをまとめます。 >>後編はこちらエンゼルケア応用編 ~ご家族対応と Q&A~【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

透析患者さんの特徴と訪問時に注意したい状況・症状、報告のタイミングとは
透析患者さんの特徴と訪問時に注意したい状況・症状、報告のタイミングとは
特集
2025年6月17日
2025年6月17日

透析患者さんの特徴と訪問時に注意したい状況・症状、報告のタイミングとは

透析患者さんの高齢化が進むなか、訪問看護師さんが日常生活の支援を担う場面が増加しています。透析看護は、一般的な慢性疾患の看護に加え、シャントの管理や心不全徴候の確認など、透析特有の知識と観察力が欠かせません。今回は、訪問看護師さんが知っておくべき、透析患者さんの基本的な特徴、透析室との連携が求められるトラブルや注意を要する状況・症状について解説します。 透析患者さんの特徴とは? 身体的特徴:包括的な視点での看護が必要 透析患者さんは、除水の影響や循環血液量の変化、心機能の低下(心不全・虚血性心疾患)、自律神経障害、降圧薬の影響などにより、血圧の変動が起こりやすくなっています。また、免疫機能の低下により易感染性の状態となっており、感染予防も重要なケアのひとつです。動脈硬化の進行、下肢末梢動脈疾患(peripheral arterial disease:PAD)の合併率も高く、重症下肢虚血(critical limb ischemia:CLI)を予防するための観察と対応が求められます。 そのほかにも、さまざまな合併症による身体症状がみられます(図1)。例えば、貧血、抗凝固療法に伴う出血リスク、骨の脆弱性による骨折リスクが挙げられます。さらに、透析や食事制限に伴う低栄養、尿毒素の蓄積による皮膚の乾燥や掻痒感などが生じることもあります。このように、多岐にわたる症状がみられるため、包括的な視点での看護が必要です。 図1 透析患者さんに関連する合併症 心理社会的特徴:段階に応じた支援が必要 透析導入期の患者さんは、病気や治療そのものへの不安だけでなく、生活の制限や将来の見通し、社会的孤立など多くの不安を抱えています。この時期には、身体的・精神的・社会的側面に目を向け、患者さん一人ひとりの状況に応じた多面的な支援が重要です。 また、透析治療を受け入れていく過程では、「落胆・喪失」「否認」「不安」「怒り」「抑うつ」などの心理状態を経て、最終的に「受容」に至るのが一般的です。それぞれの段階に応じた適切な支援が求められます。 バスキュラーアクセスと体重管理 透析患者さんの特徴を理解する上で、バスキュラーアクセス(vascular access:VA)と体重管理は特に重要なため、この2点について説明します。 VAの種類と特徴 血液透析を実施するには、多くの血液量を確保する必要があり、そのためにVAが作成されます。VAとは、透析治療を行うために血液を体外に取り出し、再び体内に戻すための専用の「血液の出入口」のこと。透析を安全かつ効率的に行うために、VAの維持・管理は重要です。VAの観察・アセスメント・トラブル対応について確認しておきましょう。 VAには、「シャント」「動脈表在化」「カフ型カテーテル」の3つの種類があります。それぞれの特徴について解説します。 ●内シャント(AVF、AVG)シャントとは、動脈と静脈を手術でつなぎ合わせて、透析に必要な血流の通り道(バイパス)を確保することをいいます。最も一般的な方法で、使用する血管は自己血管(arterio venous fistula:AVF)または人工血管(arterio venous graft:AVG)があります(図2)。それぞれ患者さんの状態に応じて選択されます。 シャントの管理では、視診・触診(スリル)・聴診(シャント音)を行い、閉塞や感染兆候がないか観察します。また、清潔保持と自己管理指導を継続的に実施します。(>>シャントの管理については次回詳しく解説します。トラブル事例も紹介する予定です) 図2 内シャント ●動脈表在化手術により、深部にある動脈を皮膚の直下に移動させ、穿刺をしやすくする方法です。この方法は、血管が脆弱な高齢者や心機能が低下している患者さんに適応されます。 ●カフ型カテーテル(長期留置カテーテル)シャントを作成するための血管がない場合、心機能が低下しシャントの作成が困難な場合に選択される方法です。内頸静脈、鎖骨下静脈、大腿静脈などの太い静脈にカフ付きカテーテルを挿入します(図3)。ただし、感染や閉塞のリスクが伴うため、日常的な管理が非常に重要です。 図3 カフ型カテーテル(長期留置カテーテル) 透析患者さんの体重管理 ●ドライウェイト(dry weight:DW)DWとは、透析後の目標体重であり、体内の余分な水分が取り除かれた状態を指します(図4)。「基礎体重」とも呼ばれ、DWが適正でない場合には心不全や低血圧などのリスクが生じます。患者さんの生活の質(QOL)を維持・向上させるためにも、DWは定期的に評価・見直しを行います。 図4 ドライウェイト(DW)とは ●体重管理透析では、透析間に増加した体重(主に水分)を、次の透析で4時間かけて除去(除水)する必要があります。体重増加が多いと、心血管系の合併症を引き起こすリスクが高まります。一方で、過度の除水は透析中の血圧低下や除水に伴うショックなどを招く恐れがあります。いずれの場合も最終的には生命予後に影響を与えるため、透析間の体重増加にはめやすが設けられています(図5)。 図5 透析間の体重増加のめやす ○透析間が中1日(例:木曜日・土曜日)の場合、DWの3%未満○透析間が中2日(例:火曜日)の場合、DWの6%未満 の体重増加が望ましい 患者さんの観察・情報共有のポイント 透析患者さんは、体調の変化によって透析の中止・変更・緊急透析が必要となる場合があります。そのため、訪問時には異常の早期発見と、透析室との速やかな情報共有がきわめて重要となります。 表1に訪問看護師さんが透析室へ連絡すべき主な状況を示します。 表1 透析室へ連絡すべき主な状況【感染】 【シャント・カテーテル】 【体重管理】 【そのほか】 連絡すべきか迷ったら? 「迷ったら連絡!」が鉄則です。「こんなことで……?」と思うような些細な変化でも、透析室にとっては重要な情報となる場合があります。 訪問看護師さんの「気づき」と「ひと声」が透析治療の質と患者さんのQOLを大きく左右します。訪問看護師さんと透析室の連携を強化することで、患者さんの安心・安全な在宅生活が実現できると考えています。  執筆:熊澤 ひとみ医療法人偕行会 透析医療事業部 副事業部長透析看護認定看護師【職歴】昭和63(1988)年 名古屋共立病院 入職平成11(1999)年 偕行会 セントラルクリニック 異動平成17(2005)年 透析医療事業部 副事業部長令和3(2021)年 医療法人偕行会 法人本部 理事【所属学会】日本腎不全看護学会 監事日本臨床腎臓病看護学会日本透析医学会編集:株式会社照林社

皮膚腫瘍とは? 判断基準、症状、治療の基本が分かる【多数の症例写真で解説】
皮膚腫瘍とは? 判断基準、症状、治療の基本が分かる【多数の症例写真で解説】
特集 会員限定
2025年6月3日
2025年6月3日

皮膚腫瘍とは? 判断基準、症状、治療の基本が分かる【多数の症例写真で解説】

在宅療養者によくみられる皮膚症状を、皮膚科専門医の袋 秀平先生(ふくろ皮膚科クリニック 院長)が写真を見比べながら分かりやすく解説。今回は皮膚腫瘍を取り上げ、その種類や特徴、症状の原因や改善方法をご紹介します。 皮膚腫瘍の判断基準は2つ 皮膚腫瘍を判断する基準は2つあります。1つは良性であるか悪性であるか、もう1つはどの細胞から発生したものか、ということです。 皮膚にはさまざまな器官があり、それぞれを構成する多種類の細胞から発生する腫瘍があるため、非常にたくさんの種類があります。「皮膚腫瘍」だけで、ものすごく分厚い本ができてしまいます。よく使われている皮膚科の教科書1)の腫瘍の章を調べたら、見出しだけで良性腫瘍85、悪性腫瘍43もありました! とてもそのすべてに触れることはできませんので、今回は、在宅療養者で頻度が高く、知っておくべき8種類の腫瘍について紹介します。 その前に:診断に不可欠なダーモスコピー 以前に疥癬の章で紹介したダーモスコピー(図1、以下DS)は、本来は母斑など色素性病変を診断するために使用されているものです(その他、円形脱毛症や日光角化症の診断でも保険請求できます)。 図1 ダーモスコピー(DS) DSは皮膚科にはなくてはならない道具で、今やこれを使わない皮膚科医は「もぐり」と言わざるを得ないでしょう。筆者も通常の外来診療だけでなく、往診の際にも首からぶら下げて頻繁に使用しています。本来の拡大する使用法だけでなく照明にも使えます。内科医の聴診器のようなものですが、たぶん聴診器よりも使う頻度は高いと思います。 例えば、足底の色素斑をDSで見ると、母斑(良性)であれば皮溝優位、悪性黒色腫であれば皮丘優位に色素が濃く見えます(図2)。母斑でも部位によっても見え方が違いますし、その他、日光角化症や基底細胞癌など、それぞれの腫瘍で特徴的な所見がみられます(DSの所見だけでも分厚い本ができます)。DSが使われるようになって、皮膚腫瘍の診断は格段に進歩しました。 図2 DSによる足底の色素斑 左は良性で、皮溝(皮膚のくぼんだ部分)の色素が濃く見えます。右は悪性で、皮丘(皮溝と皮溝の間の隆起した部分)の色素が濃く見えるのが特徴です。 在宅で知っておくべき8つの腫瘍 ここでは、それぞれの皮膚腫瘍について一般的な症状を簡潔に記載します。ただし、各々バラエティに富むので、ここに記したのは最大公約数的な所見であり、当てはまらない場合も多数あることはご承知おきください。 良性腫瘍 1)母斑母斑(いわゆるホクロ)も母斑細胞が増殖する一種の良性腫瘍です。悪性腫瘍との鑑別がしばしば問題となります。平らなものや隆起したものがあり、色も常色から黒までさまざまです(図3)。 図3 母斑 2)脂漏性角化症老化によるイボです。別名「老人性疣贅」(ろうじんせいゆうぜい)といいます。茶色から黒で、表面が角化してざらざらし、隆起します(図4)。 図4 脂漏性角化症 悪性腫瘍 1)いわゆる早期がん異形細胞が表皮内にとどまるものです。この段階では転移の可能性はありませんが、進行するとボーエン癌や有棘細胞癌となります。 ●ボーエン病見た目が湿疹とよく似ています。大きさは大小さまざま、形は円形から楕円形、色は常色や赤、茶色、黒など、かなり多彩な臨床像を呈します。表面が角化して、ざらざらなことが多いです(図5)。 図5 ボーエン病 ●日光角化症露光部に発症し、ただ赤いだけに見える場合もあります。やはり表面がざらざらしています。(図6)。 図6 日光角化症 2)基底細胞癌少し隆起した小さい黒い丘疹が集まって拡大し、潰瘍化します(図7)。転移は少ないですが、局所再発が多いため、きちんと切除することが必要です。 図7 基底細胞癌 3)有棘細胞癌(ゆうきょくさいぼうがん)患部が赤くなって硬化し、隆起したり結節をつくったりします。びらん・潰瘍化する場合もあります(図8)。転移することも多いです。 図8 有棘細胞癌 4)悪性黒色腫一般的には黒く、母斑と比べて形が不整で濃淡が強かったり、表面が潰瘍化し、周囲に色素が染み出したりしています(図9)。治療薬は進歩しましたが、予後のよくない腫瘍です。 図9 悪性黒色腫 5)パジェット病アポクリン腺由来の悪性腫瘍です。乳房パジェット病と乳房外パジェット病があり、後者は外陰部に多くみられ、IADとの鑑別が必要になる場合があります。進行すると隆起しますが、特に初期では湿疹によく似ており、紅斑や脱色素斑のみのことがあります(図10)。 図10 乳房外パジェット病 >>IADに関する記事はこちらIAD(失禁関連皮膚炎)とは? 鑑別が必要な疾患も紹介【多数の症例写真で解説】 6)その他皮膚原発でない、悪性腫瘍の皮膚転移や皮膚への浸潤も時に経験されます(図11)。 図11 乳がんの皮膚転移と直接浸潤 高齢者に皮膚腫瘍が生じたときどうするか 生検による確定診断が重要 皮膚腫瘍を疑ったら、正確な診断を行うことが重要です。DSの普及によって肉眼だけのときよりも診断の精度は上がりましたが、できれば最終的に確認するために生検を行いたいものです。図12は左眼下部の色素斑です。DSでは良性の所見と考えたのですが、やや形が悪く大きかったため、生検を実施したところ、母斑であり、悪性黒色腫ではないことが確認できました。 図12 左眼下部にみられた色素斑 不整形でやや大きい色素斑。生検で母斑と確定診断できました 治療の基本は切除、高齢者にとっては? 腫瘍の診断がついたら、治療の基本は切除です。高齢者の場合、「切除のための手術ができるか」が最大の問題になります。そもそも認知症がある場合、本人の意思確認もしがたく、局所麻酔で切除できる場合でも、じっとしていられるかどうかが問題となります。また、全身麻酔が必要な場合には、心肺機能をはじめとして麻酔が可能かどうかといった問題も出てくるでしょう。 手術というと躊躇しがちですが、実際には施行可能な場合が多いです。順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センターの2005~2020年の統計によれば2)、90歳以上の皮膚悪性腫瘍33例のうち、18例は手術を行うことができました。特に有害事象を認めず、高齢であったり認知症があったりするからといって、一律に手術が無理ということではない、と結論づけています。 図13は認知症のある高齢者の右頬部に生じた有棘細胞癌です。当初は、ご家族も経過観察を希望されていましたが、急速に増大するため、このままではQOLの低下が著しくなると考え、姑息的ではありますが局所麻酔下に切除した例です。幸い手術中も特に問題なく終了しました。 図13 急速に増大する有棘細胞癌を切除した例 外用薬や液体窒素による治療も 皮膚腫瘍の治療に使える外用薬としては、フルオロウラシル軟膏とイミキモドがあります。前者は有棘細胞癌をはじめ多数の皮膚腫瘍に保険適応があり、後者は日光角化症のみが適応となっています。日本皮膚科学会のガイドライン3)によれば、両薬剤は日光角化症とボーエン病には推奨度B、基底細胞癌には推奨度C1となっています。 イミキモドによる日光角化症の治療例を図14に示します。 図14 イミキモドによる日光角化症の治療経過 肉眼的に症状がはっきりしない部分にも潜在的に病変があります。そのため、イミキモドを広めに外用すると、その部分が反応して潰瘍化します 皮膚科ではよく行う治療である液体窒素による冷凍凝固も、日光角化症とボーエン病は推奨度B、基底細胞癌はC1となっています。 * * * 治療については、当然ですがそれぞれの療養者の状況に合わせて、どのような対処をするかについて慎重に決定する必要があります。 最後に 皮膚腫瘍の診断・治療については医師の仕事ですが、特徴を知ることにより、看護の現場で早期に病変を発見していただくことができるかもしれません。 今回でこの連載を終了します。少しでも皆さまのお役に立てましたら幸いです。  執筆:袋 秀平ふくろ皮膚科クリニック 院長東京医科歯科大学医学部卒業。同大学学部内講師を務め、横須賀市立市民病院皮膚科に勤務(皮膚科科長)。1999年4月に「ふくろ皮膚科クリニック」を開院。日本褥瘡学会在宅担当理事・神奈川県皮膚科医会副会長・日本専門医機構認定皮膚科専門医編集:株式会社照林社 【引用文献】1)清水宏:あたらしい皮膚科学 第3版.中山書店,東京,2018.2)長谷川舞,植木理恵,池田志斈:順天堂東京江東高齢者医療センターにおける後期高齢者の皮膚悪性腫瘍統計.臨皮 2024;78(1):83-87.3)土田哲也,古賀弘志,宇原久,他:皮膚悪性腫瘍診療ガイドライン第2版.日皮会誌 2015;125(1):5-75.

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