初めての訪問看護に関する記事

特集
2021年8月3日
2021年8月3日

筋萎縮性側索硬化症(ALS)

在宅で暮らす指定難病の方の支援は、訪問看護の重要な使命の一つです。今回から、訪問看護が必要とされることの多い難病について、最低限知っておきたい病態・疫学と、看護のポイントを解説します。第1回は筋萎縮性側索硬化症(ALS)です。 病態 筋萎縮性側索硬化症(きんいしゅくせいそくさくこうかしょう:ALS)は、運動ニューロンが障害されることで起こる、進行性の疾患です。随意筋への指令伝達が障害されるため、全身の筋肉(上肢・下肢、舌、のど、呼吸筋など)が徐々にやせ、筋力が衰えていきます。 運動ニューロンのうち、上位運動ニューロンは、大脳皮質運動野から出た指令を脳幹や脊髄に伝えます。下位運動ニューロンは、脳幹や脊髄に伝わった指令を、末端の筋肉に伝達します。 ALSでは、上位と下位、両方の運動ニューロンが変性・消失し、指令が伝わらなくなることで、筋力低下や筋萎縮が進みます。原因はまだ解明されていません。 疫学 2019年度末時点でのALSの受給者証所持者数は1万人弱です。中年以降で発症が増加し、60〜70歳代が最多です(※1)。男性に多く、女性の1.3~1.4倍の有病率です。 ALSは多くの場合は遺伝しません。ただし、全体の5~10%で家族内での発症があります(家族性ALS)。 症状・予後 手足の筋力低下や、筋萎縮、球麻痺による言語障害・嚥下障害、呼吸筋麻痺による呼吸障害などが、進行性で現れます。 初期症状では手指を動かしにくい、腕の力が弱くなる、足がつっぱる、転倒しやすくなるといった四肢の症状が主体で、そこから全身に広がっていくパターンが典型的です。しかし、最初に進行性球麻痺(構音障害や嚥下障害など)がみられる例や、呼吸障害が出る例、認知症を伴う例などもあり、発症パターンはさまざまです。 全身の筋肉に比較的速く症状が広がり、最終的には呼吸筋麻痺が生じ、人工呼吸器を使わない場合の生命予後は発症後2~5年です。一方、人工呼吸器を用いない状態で発症から10年以上の生存例もあり、経過も個人差の大きい疾患です。 なお、病状が進んでも、視力や聴力、体の感覚などは比較的保たれる傾向があります。眼球運動は残りやすいため、眼球の動きを通じたコミュニケーション方法が活用できることも多いです。 治療・管理など ALSに対しては、神経細胞の障害を抑制し、進行を遅らせる薬が用いられますが、根本的な治療法はありません。そのため、対症療法が主体となります。 対症療法では、機能維持や障害を補う動作訓練などリハビリテーションと、リハビリテーションを実施できる栄養状態を評価する「リハビリテーション栄養」の考えかたに基づく介入が推奨されます。 栄養状態は、代謝亢進が目立つ初期には体重減少をできるだけ抑え、エネルギー消費が減少していく進行期にはエネルギー過剰とならないよう計画します。嚥下機能などに伴い、食形態の見直しや栄養療法の導入なども必要になります。 どんな病態でも同様ですが、消化管瘻や人工呼吸器の導入に際しては、基本的には本人の意思が優先されます。早期から多職種がかかわり、意思決定を支援する必要があります。 嚥下障害 残存機能を生かすリハビリや摂食方法、食形態の工夫などを行います。病態の進行をよく観察し、状況により、経管栄養法(消化管瘻や経鼻栄養など)が検討される場合があります。 呼吸障害 呼吸筋の訓練や排痰法の指導などを行うことがあります。呼吸障害が進んだ場合、人工呼吸療法による呼吸管理を検討します。人工呼吸療法には、マスクを用いる非侵襲的陽圧換気(NPPV)と、気管切開下陽圧換気(TPPV)があります。 コミュニケーション障害 発声や構音などが障害されると、コミュニケーションも阻害されます。とくに、コミュニケーションの阻害は、意思決定に際して困難を生じることが予想されるので、早い時点から検討と具体化を進める必要があります。残された機能を生かし、筆談や指文字、文字盤のほか、自分で動かせる部位を利用した意思伝達装置が用いられます。 リハビリのポイント ●早期からの関節拘縮や筋萎縮などによる痛みの予防・改善などに、ストレッチや、関節可動域を維持するリハビリが有効 ●軽度~中等度の筋力低下では、筋疲労をきたさない適度の負荷量で、筋力増強訓練も可能(月単位・週単位で筋力が低下していく病態を適切にとらえながら継続実行していくことは容易ではなく、とても重要なポイント) ●病状の進行に伴い、体位変換や、車いすでの座位保持など、生活の支援内容やその方法を随時変更・検討する ●福祉用具や補助具の導入などでは、本人の状態や生活への希望をふまえることはもちろん、刻々と変わる状態に合わせ、タイムリーな選定を支援する ●嚥下障害や呼吸障害、構音障害に対するリハビリ、動作のアドバイスを行う など 看護の観察ポイント 訪問時の「現在」で観察すべきこと、週〜月単位で把握すべきことがあることに留意しましょう。今の状態だけでなく、変化の有無とその様子を継続してみていけることは、訪問看護の強みといえます。 ●日常生活に支障をきたしていないか ●転倒しやすくなっていないか ●目立った体重減少がないか ●食事や水分が十分摂取できているか ●排便コントロールができているか ●むせや飲み込みにくさなど嚥下障害を疑わせる症状が出ていないか ●構音や発声などでコミュニケーションが阻害されていないか ●ふさぎ込む、不安を訴えるなど精神状態に変化がないか ●不眠の症状が出ていないか ●家族の身体的・精神的負担の程度 など 次回は重症筋無力症について解説します。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】 東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版  【参考】 ※1 厚生労働省『令和元年度衛生行政報告例 統計表 年度報 難病・小児慢性特定疾病』2021-03-01 https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450027&tstat=000001031469&cycle=8&tclass1=000001148807&tclass2=000001148808&tclass3=000001148810&stat_infid=000032045204&tclass4val=0 ・日本神経学会『筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013』 https://www.neurology-jp.org/guidelinem/als2013_index.html ・難病情報センター『筋萎縮性側索硬化症(ALS)(指定難病2) 病気の解説(一般利用者向け)』 https://www.nanbyou.or.jp/entry/52 ・難病情報センター『筋萎縮性側索硬化症(ALS)(指定難病2) 診断・治療指針(医療従事者向け)』 https://www.nanbyou.or.jp/entry/214 ・一般社団法人日本ALS協会『治療の進め方』 http://alsjapan.org/how_to_cure-summary/ ・井上智子ほか編(2016)『疾患別看護過程 第3版』,医学書院

特集
2021年7月27日
2021年7月27日

自立支援医療/小児慢性特定疾病/公費の併用

訪問看護師のための難病医療費助成の知識、最終回は、難病(54)以外で難病患者が利用することがある助成制度として、自立支援医療と小児慢性特定疾病について解説します。 加えて、訪問看護師からの質問が多い、公費の併用がある場合についても解説します。 自立支援医療(15更生医療、16育成医療) 障害者総合支援法(旧 障害者自立支援法)による医療費助成の制度です。 対象 15更生医療は18歳以上、16育成医療は18歳未満で、身体障害者手帳を持つ人のうち、福祉事務所の認定を受けた患者が助成対象です。身体障害者手帳を持っている人が公費の対象とは限りませんので、注意してください。 指定医療機関 54難病と同様に、15・16も「指定自立支援医療機関」で受けた医療のみが助成対象です。54は自治体の管轄内の指定医療機関であれば特定医療を提供できることが多いですが、15・16は医療受給者証の「指定医療機関名」欄に記載された事業所でなければ、基本的には公費を使えません。 しかし、2020(令和2)年3月以降当面の間は、新型コロナウイルス感染症をめぐる情勢から、記載の医療機関でなくとも適用できる時限的措置が施行されています。 自己負担 患者自己負担が原則1割になります。さらに、月の自己負担累積額が、設定された自己負担上限額をこえると、全額公費負担になります。 訪問看護提供時に確認すること 被保険者証類に加え、医療受給者証と自己負担上限額管理票を確認します。 なお15・16では、自治体によっては、月の自己負担上限額が「0円」の場合などに自己負担上限額管理票が発行されないケースもあります。 小児慢性特定疾病医療(52) 対象 対象疾患は、国が指定した16疾患群762疾病(2021年6月現在)です。(※1) これらの慢性疾病で18歳未満の患者のうち、都道府県の認定を受けた患者が助成対象です。18歳になる前から認定を受けていて、引き続き治療が必要と認められる場合には、20歳に到達するまで対象とされます。 指定医療機関 公費52も、都道府県の指定を受けた医療機関(訪問看護ステーション、保険薬局も含む医療機関であれば)で提供された医療だけが助成対象です。 こちらも現在、時限的措置として、医療受給者証に記載の指定医療機関以外でも指定医療機関であれば医療を提供し、公費として請求することが臨時的に認められています。 自己負担 患者自己負担額が2割に軽減されます。さらに、定められた自己負担上限額を超えると、その月の自己負担はなくなり、全額公費負担になります。 公費の併用 公費にはさまざまな種類がありますが、主保険(国保や社保、後期高齢者医療、介護保険など)との優先順位が、公費によって異なります。これまでの記事でもいくつか登場してきましたが、もう一度おさらいしてみましょう。 公費のパターン ①全額公費 主保険よりも公費が優先されるものです。レセプトは公費単独になります。このタイプは、原爆被爆者の認定疾病(18)など、一部のみです。 ②主保険優先の公費 まず主保険に、7~9割を請求します。そして自己負担分のうち、その公費で定められた額を公費に請求します。レセプトは主保険と公費の併用になります。 ③主保険がない 生活保護(12)の場合は、主保険がないことが多く、①と同様に単独レセプトになります。 ただし、生活保護(12)が優先されて単独レセプトになるわけではないことを知っておいてください。生活保護の方でも、主保険がある場合は、主保険が優先です。 難病(54)や自立支援(15)(16)、小児慢性特定疾患(52)は、②のタイプで、主保険に7〜9割請求した後の部分への適用になります。自治体の公費も②のタイプです。 優先順位 自治体の公費はすべて②、国の公費も多くは②のタイプです。ただし、②のタイプどうしでも優先順位が決まっています。 ②のタイプでは必ず、主保険→保険優先の公費→自治体の公費の順になります。 レセプトでは、「公費負担者番号」「受給者番号」の欄を、優先順に記載することに注意してください(優先されるものを上に記載)。 国の公費どうしの場合は、優先順位は下の表のとおりです。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】 東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医院。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版  【参考】 ※1 小児慢性特定疾病情報センター 「疾患群別一覧」 https://www.shouman.jp/disease/search/group/

特集
2021年7月20日
2021年7月20日

自己負担上限額管理票

今回は、自己負担上限額管理票について取り上げます。前回2回にわたり紹介した難病(54)・更生医療(15)・育成医療(16)・小児慢性特定疾病(52)は、いずれも自己負担上限額管理票の記載が必要です。記載方法自体はそれほど難しくありませんが、在宅医療では扱いが複雑になりやすいため、複数機関での事前の取り決めがキモになります。 自己負担上限額管理票とは 自己負担上限額管理票とは、月初からの患者自己負担がいくらに達したかを管理するものです。患者が複数の医療機関(訪問看護ステーション、保険薬局も含む)で医療やサービスを受ける場合、医療費は各々の医療機関で発生するので、それぞれの医療費と自己負担額が記載されることになります。 在宅患者の場合、主治医と訪問看護、保険薬局と、一人の患者に複数の医療機関がかかわるケースが多いです。今月の医療費がまだ限度額に達していないか(=今回かかった費用は 公費請求するのか、患者から徴収していいのか)は、自分の事業所が持っている情報だけではわかりません。そのうえ、自己負担上限額は、公費対象の患者であっても全員同じわけではなく、患者の収入や治療状況に応じて、患者ごとに設定されます。設定された自己負担上限額と、管理票への記載を見て、患者へ請求するのか、公費へ請求するのかを判断できるわけです。 自己負担上限額管理票は公費対象の方全員に発行されているわけではなく、自己負担上限額設定がある患者だけが対象です。前述の54・15・16・52のほかには、特定疾患(51)・精神通院(21)・療養介護医療(24)なども自己負担上限額管理票が発行されます。 様式例 (細部は自治体ごとに異なります) (1)自己負担を徴収した際に、①日付、②指定医医療機関名、③特定医療(※1)の医療費総額(10割分)(※2)、④特定医療の自己負担額(※3)、⑤自己負担の累積(月額)(※4)を記載し、⑥押印します。 ※1 認定された難病に起因する傷病に対する医療。認定難病に関連しない傷病への医療費は③には含めず記載します。 ※2 ③「医療費総額(10割分)」は、点数ではなく、額(円)で記載します。 ※3 介護保険では1円単位での請求がありますが、④には10円単位で記載します。10円未満は四捨五入します。 (2)自己負担上限額に達したら(※4)、⑦所定欄に日付と指定医療機関名を記入し、押印します。 ※4 限度額に達した日の自己負担額は、自己負担割合(例の場合は3,000円)ではなく、実際に患者から徴収した額(月額自己負担上限額との差額)を記載することになります。 (3)自己負担上限額に達した後は、自己負担額・累積額・徴収印の欄は斜線を記入します。「医療費総額(10割分)」の欄には、総額が5万円に達するまで、引き続き記載します(医療費総額が、次回の自己負担上限額の設定に影響するため)。 よくある質問 訪問したら、そのたびに記載が必要? また、訪問時に請求額を確定しないといけないのでしょうか。 原則は受診日・訪問日に記載ですが、たとえば月の最終日にひと月分を記載するなど、まとめて記載することも認められています。 また、訪問看護事業所、病院や診療所、薬局と、複数の医療機関で医療費は発生します。必ずしも日付順に記載する必要はなく、前後しても問題ありません。最終的に「その月の患者自己負担が限度額までであり、限度額を超えた分は公費へ請求」の辻褄が合えば、記載の順番は気にしなくて構いません。 自治体の公費適用があり患者自己負担が発生しない場合、自己負担額はどのように記載するのですか。 自治体の公費や生活保護(12)の併用がある場合は、それらがない場合に本来患者が自己負担することになる額を、自己負担額として記載します。 たとえば、限度額が1万円の場合、1万円までは公費12へ請求し、それ以降は54に請求となります。もし公費12を適用した後の自己負担額を記載すると、いつまでも公費12へ1~2割を請求することになってしまいます。 上記で紹介した様式例は公費54の場合で、公費52も同様の様式です。 一方、下は自立支援の様式例です。 自立支援では、「医療費総額(10割)」の欄がないところが異なります。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】 東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医院。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版  【参考】 ・厚生労働省 保医発0327第1号 令和2年3月27日「「診療報酬請求書等の記載要領等について」等の一部改正について」 ・厚生労働省健康局難病対策課 令和元年6月「特定医療費に係る自己負担上限額管理票等の記載方法について(指定医療機関用)」 当記事に掲載している自己負担上限額管理票の記載例は【ツール】に掲載しておりますのでご参照ください。

特集
2021年7月20日
2021年7月20日

暑い時期は要注意!高齢者の脱水症予防

暑さが本格的になるこの時期、脱水から熱中症になり救急搬送される事例が数多く報告されています。今回は、特に屋内や夜間でも熱中症になりやすい高齢者の脱水・熱中症について解説します。 命にかかわることもある熱中症 熱中症は、高温多湿な環境に身体が適応できないことで生じるさまざまな症状の総称です。発熱だけでなく、身体のだるさや吐き気、手足の筋肉がつるなどの症状が出ることもあります。 高齢者の場合、熱中症になっていることに気づきにくく、脱水による発熱やせん妄など、重篤な症状を引き起こすこともあり、重度になると命にかかわることもあります。 脱水症を放っておくと熱中症に移行するため、まず脱水症を予防することが大切です。 高齢者は、以下の要因により脱水症になりやすいとされています。 ①   口の渇きを感じにくい ②   体液が減少している ③   水分摂取量が減少している ④   腎機能が低下している 特に、独居や高齢者のみ世帯では、変化に気づきにくいという点も含めて注意が必要です。 高齢者の身体の変化に注意 それぞれについて、詳細にみていきましょう。 ①   口の渇きを感じにくい 歳をとると感覚機能が低下するため、口渇を感じにくくなります。そのため、水分摂取量が減少して脱水傾向になります。 ②   体液が減少している 人間の身体の半分以上は水分や電解質などから成る「体液」であり、その割合は子どもで約70%、成人で約60%、高齢者で約50%と、加齢に伴ってその水分量は減少していきます。 高齢期では成人期と比較して水分量が10%程度少ないことから、慢性的に脱水気味な状態もみられ、脱水症一歩手前の「かくれ脱水」という言葉もよく聞かれます。 ③   水分摂取量が減少している 歳をとると、食欲が低下したり、飲み込みが悪くなったり、誤嚥を恐れ食事や水分の摂取量が減少することがよくみられます。また、夜間にトイレに行く回数を気にして水分摂取量を控え、体液量が減少することもあります。 ④   腎機能が低下している 体液量を保つためには、腎臓で水分や電解質を再吸収することが必要です。しかし加齢に伴って腎機能が低下すると、水分や電解質を再吸収できずに尿として排出してしまい、体液が失われやすい状態になり、脱水傾向になってしまうのです。 脱水症の兆候と対応   高齢者の脱水症の兆候としては、以下のようなことが挙げられます。 ・手が冷たい ・口の中が乾いて唾液が出ない ・舌の赤みが強い ・わきの下が乾いている ・頭痛や筋肉痛など体のどこかが痛い ・微熱が続く   このような兆候がみられた際には、脱水症かどうかを判断する目安として次のことを行います。 ・親指の爪を押す(2~3秒以内に赤みが引かない) ・腕の皮膚や手の甲の皮膚をつまむ(3秒以内に皮膚が戻らない) ・脈拍を測る(120回/分以上である) 上記に当てはまる場合は、まず経口補水液などの水分摂取を促し、かかりつけ医に相談し適切な対応を図ることが必要です。 なお、嘔吐・下痢・多量の発汗により水分摂取が必要と判断した際には、市販の経口補水液などを用いるのがよいでしょう。お茶などのカフェインが入っている飲み物は利尿作用をきたして電解質のバランスを壊す可能性があるためです。 嚥下が心配な方にはゼリータイプの経口補水液もあります。 ただし、心不全などの疾患により、医師から水分制限の指示を受けている方もいるため、この点を必ず確認しておくことが大切です。 水分摂取量はきちんと把握する 高齢者に水分摂取を心がけるように声かけをすると、たいていの場合「ちゃんと飲んでいます」と返ってきます。脱水症を防ぐには、利用者の主観ではなく客観的な事実を把握する必要があります。いつのタイミングで何をどれぐらい飲んでいるかを、必ず確認するようにしましょう。本人は飲んでいるつもりでも、確かめてみると1日500mL程度しか水分をとっていない人も少なくありません。 高齢者に十分な水分をとってもらうには、たとえば「朝起きたらこのコップで8分目飲んでほしい」「食事には味噌汁などの汁物を必ず付けましょう」などと、具体的な量と内容をわかりやすく説明することが重要です。脱水症は、ふだんのこうした食習慣こそが予防の第一歩となるのです。 室温を客観的に示しエアコン使用を促す 認知症の方は、特に脱水症に気をつける必要があります。脳の機能の低下により、暑さが気にならなくなり、夏に冬物のセーターを着て汗を流していたり、こたつに入っていたりするところを見かけることも少なくありません。 認知症でなくても、高齢者は暑さ寒さの感覚が鈍くなってくるため、夏でも厚手のカーディガンを羽織るなど、厚着をする傾向にあります。また、エアコンの風が嫌い、暑くない、電気代がかかるなどの理由でエアコンの使用を嫌がる方が少なくありません。こうした場合は、室内の温度を計測するなどの工夫によって、室温が高くなっていることを客観的に示し、適切にエアコンの使用を促すことが必要です。 在宅ケアの場では、医師、看護師、介護士など、支援にかかわるすべての人が脱水症予防の視点を持つことが大切です。生活は介護職やケアマネジャーまかせではなく、熱中症になったらどんなことになるか具体的な予測のできる訪問看護師も、積極的に予防にかかわりましょう。 ** 白木裕子 株式会社フジケア代表取締役社長/看護師/認定ケアマネジャーの会顧問 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2021年7月13日
2021年7月13日

公費54の請求方法

前回、難病患者が利用できるいくつかの制度について、概要をご紹介しました。今回は、そのうち難病法に基づく助成制度(公費54)での注意点や請求上のポイントをお伝えします。 概要 「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)にもとづく、医療費負担軽減の制度です。法別番号から、「公費54(ご・よん)」と呼ばれます。 助成内容 認定を受けた指定難病に対する医療費(訪問看護費、薬剤費を含む)が対象です。月の自己負担が一定額を超えると、その月の月末まで、自己負担分は公費で支払われます。 対象 指定難病のある患者が公費54を利用するには、 ①難病指定医による指定難病の診断を受ける ②診断書と必要書類を都道府県に提出し、申請する ③都道府県による審査が行われ、認定がおりると医療受給者証が発行される といった流れの手続きが必要です。 指定医療機関で特定医療(認定を受けた指定難病に起因する傷病への医療)を提供された際に、医療受給者証を提示し、医療費助成を受けることができます。 受給者証の確認 医療受給者証はこのようなものです。 ※実際の様式は自治体により異なります 通常のレセプトと同様、公費への請求も、正しい医療受給者証情報でなければ、実施したケアの医療費が支払われないことになります。被保険者証類とあわせて、確認のタイミングと確認方法を事業所で統一し、確認漏れがないようにしましょう。 (1) 有効期間 医療受給者証の有効期間外に提供した医療は、公費の対象とはなりません。 期限は1年で、更新するには新たに診断書作成が必要なので、難病指定医または協力難病指定医(更新の診断書のみ作成可能)の診断を受け、更新の申請をする必要があります。 なお現在は、新型コロナウイルス感染症拡大防止対応として、有効期限延長の特別措置がとられています。有効期間終了が令和2年3月1日~令和3年2月28日と記載の医療受給者証は、原則1年間有効期限を延長して取り扱うことができます。(※1) (2)自己負担上限額 自己負担上限額に達するまでは、自己負担分(主保険の負担割合に応じて1割または2割)を患者に請求します。 (3)指定難病名 指定難病の病名を確認します。公費への請求時に、提供したケアが起因する傷病に対するものであることを確認します。 (4)指定医療機関名 自治体によっては、特定医療を提供するには、この欄に医療機関名の記載が必要な場合があります。 (5)適用区分、公費負担者番号、受給者番号、氏名、住所 被保険者証と同様に、レセプト記載と合致していなければ、医療費の支払いが保留されレセプトが返ってきます。カルテなどと一致しているかを1字ずつ突き合わせて確認します。 ・文字の突き合わせのコツ すでにカルテなどに入力されている文字情報があると、人の目ではどうしても思い込みがあり、相違を見過ごしてしまう可能性があります。意味を読むことをせず、記号だと思って1字ずつ見ていくことで、見落としリスクが低くなります。 文字の並びを逆から見て確認する方法もあります。たとえば「1234567」なら、後ろから1字ずつ、1文字目の「7」と「7」は合っているか、「6」と「6」は合っているか、……と確認します。 2人以上で確認できる場合は、1人目は頭から「1234567」、2人目は後ろから「7654321」と確認します。このように、見る人を2人にするだけではなく、チェック方式を変えて2回チェックすることが、本来のダブルチェックです。 請求 医療保険の場合を例に説明します。公費54は介護保険での訪問看護も対象であり、介護レセプトでも考えかたは同様です。 ● 主保険が国保・後期高齢者医療なら国保連合へ、社保なら支払基金へ請求します。レセプトは公費併用レセプトになります。 ● 公費負担者番号・受給者番号の欄に、医療受給者証に記載の番号が記載されていることを確認します。 ● 主保険と54の併用の場合、「2併」を選択します。他にも公費がある場合は「3併」になります。 ● 特記事項欄に、適用区分を記載します。 ● 主保険へ請求する分は通常と同様に記載し、公費へ請求分を、右列の「公費分金額」へ記載します。 ● 特定医療※とそれ以外の医療が1枚のレセプトで混在するなど、公費適用有無の区別が必要な場合は、公費適用の項目に下線を引きます(レセプト記載内容から公費適用有無が明らかなら省略しても構いません)。 ※特定医療(認定された指定難病に対して、指定医療機関が提供する医療)以外にかかった医療費は、助成の対象となりません 。通常と同様に、負担割合に応じた自己負担と、主保険への請求になります。 市町村の助成との併用 難病を対象にした自治体独自の助成も数多くあり、次のようなタイプに分けられます。 (1)対象拡大 【例】国の指定難病以外に、自治体が独自に定めた疾病に対し、自治体による助成が行われる (2)助成額の拡大 【例】国の制度により発生する自己負担分を、一部自治体が補助し、患者自己負担をさらに軽減する 自治体独自の助成が利用できる場合は、対象や助成範囲を理解しておきましょう。 請求の際に重要なことは、国の公費が利用できる場合は、自治体の公費は国公費の後に使うことです。 たとえば、公費54と自治体の公費を併用する場合は、 主保険→公費54→自治体の公費の順で請求します。 例 ①    主保険…1割負担 ②    公費54…自己負担額1万円 ③    自治体の公費…1回の自己負担額上限が500円 の3つを併用する場合を考えてみましょう。  4月1日に訪問し、かかった費用が7000円だったとします。4月1日分の請求は、 (1)主保険への請求 この患者は1割負担なので、9割の6300円を主保険に請求します。 (2)公費54への請求 公費54の対象になるのは主保険負担分を差し引いた700円ですが、今月はまだ患者自己負担額が上限1万円に達していません。ですから、公費54への請求はありません。 (3)自治体公費への請求 自治体公費には、1回の自己負担500円を超えた額を請求します。 4月1日分は、500円との差額200円を自治体公費に請求し、患者には500円支払ってもらいます。 上記は1回の支払いの場合の考えかたですが、実際は、訪問看護では月まとめ請求が多いと思います。 月まとめ請求での考えかたについては、次回の記事でお伝えします。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】 東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医院。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版  【参考】 ※1 厚生労働省 令和2年4月30日事務連絡「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた公費負担医療等の取扱いについて」 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000626936.pdf ・難病の患者に対する医療等に関する法律(平成26年法律第50号) ・厚生労働省 保医発0327第1号 令和2年3月27日「「診療報酬請求書等の記載要領等について」等の一部改正について」 ・厚生労働省健康局難病対策課 令和元年6月「特定医療費に係る自己負担上限額管理票等の記載方法について(指定医療機関用)」

コラム
2021年7月13日
2021年7月13日

医療制度・介護制度などに関しての知識と礼節・礼儀などを実践できる素養

前回は医師のいない場で医療的判断を行うスキルなどについてお話ししました。第5回は、医療制度・介護制度や礼節などについての考え方をお話ししたいと思います。 訪問看護師に必要な8つのスキル・知識 ①本人の思い・家族の思いを吸い上げるスキル ②本人・家族の平時の生活を想像するスキル ③他職種とコミュニケーションを取るスキル ④マネジメントスキル ⑤医師のいない場で医療的判断を行うスキル ⑥在宅療養患者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力) ⑦医療制度・介護制度などに関しての知識 ⑧礼節・礼儀などを実践できる素養 医療制度・介護制度などに関しての知識 病院や外来診療所から在宅医療現場で業務をする際に留意すべき点はこれまでのコラムでも数多くお話ししてきましたが、今回は医療保険や介護保険といった制度面についてお話しします。病院や外来診療所は、基本的には医療保険(診療報酬)制度の中で医業収益を上げています。その際、診療報酬には項目ごとにさまざまな要件があり、各医療機関は要件に沿う形で業務を行っています。もちろん訪問看護ステーションも同様ですが、訪問看護の場合は医療保険制度だけでなく、介護保険制度にも則る形での業務が求められます。 私自身もそうでしたが、病院勤務の時代は診療報酬に関しての知識はほとんどなく、あるとしても、「7対1看護配置での入院期間は18日以下をめざす」(平均在院日数)や、「ある程度の退院患者さんは転院ではなく、自宅に戻さないといけない」(在宅復帰率)、「DPC制度においては、入院期間が長くなると、1日単価は減る」(DPC制度における入院期間Ⅰ~Ⅲ)といった知識程度でした。病棟師長や主任といった管理経験のある看護師さんは、詳しいと思いますが、その経験がない方は、やはりなじみの薄い知識なのではないでしょうか。また、薬剤を使いすぎると返戻が来る(いわゆる「切られる」)といった感覚は多少なりともありましたが、各患者さんの病態ごとで、医療行為をどの程度実施してよいか、といった感覚もあまり持ち合わせていませんでした。 一方、在宅医療現場(特に訪問看護)においては、医療保険と介護保険の両制度の中で、業務を行う場面が非常に多くなり、業務自体が複雑化しています。さらにその制度理解は訪問看護ステーションの管理者だけでなく、各スタッフも制度を知らないと、看護プランを検討するといった日常業務に支障を来すことも多くなってしまいます。 今回お話しすることは、訪問看護の経験が長い方にとっては、すでに実践されていて真新しいことは少ないとは思いますが、訪問看護を始めて間もない方、またこれから始める方向けに制度理解で必要なことを整理したいと思います。なお、訪問看護ステーションには機能強化型訪問看護ステーションといった届出上の制度理解も必要ですが、これは管理職の方がメインとなる知識のため、今回は訪問回数などに関連する事項について、お話しをさせていただきます。 なぜ制度を理解しないといけないか 訪問看護には、冒頭で申し上げたように医療保険での訪問看護と、介護保険での訪問看護があり、前者は医療保険のため、診療報酬と同様の建て付けで医療費として患者費用負担が発生し、基本的に1日1回・週3回までの訪問(訪問看護を実施する訪問看護ステーションは1か所まで)となる。また介護保険での訪問看護は、ケアマネジャーが作成するケアプランに則った形で訪問看護を実施します(介護費として利用者費用負担)。なお、介護保険優先の原則上、多くの場合は介護保険での訪問看護を実施することとなります。 これらから分かるように、なぜ制度を理解しないといけないか?に対しての回答は、「看護プランに大きく関わる訪問可能回数などにルール(規制)があるから」となります。さらに医療保険での訪問看護は、1日あたり訪問回数、週当たり訪問可能日数、複数のステーションからの訪問看護が可能かどうかなど、制度上のルールが細かく決まっています。 このため、医療保険での訪問看護にせよ、介護保険での訪問看護にせよ、各訪問看護師が独自の判断で「この方には、もっと看護が必要だから、もう少し訪問看護回数を増やそう」というわけにはいかない形となります。病棟看護業務においては、入院患者さんの病態に応じて、自身の判断で何度も患者さんの状態確認のためにベッドサイドに足を運ぶことは多いと思いますが、訪問看護では条件にもよりますが、それが医師からの特別訪問看護指示を受けるなどしないとできなくなるのです。 訪問回数などにかかる制度(ルール) では、訪問看護にあたり知っておくべき制度(ルール)について整理したいと思いますが、ここで細かい制度を記載すると非常に膨大になってしまいます。そのため、確認すべき患者・利用者の状態と、それに紐づけられる訪問回数などに関わるルールを記載します。基本的な確認事項は、訪問看護に関しての訪問回数などの制限有無を確認する作業となります。 【訪問プランに関わる確認すべき患者・利用者の疾患等(いずれか該当する場合、医療保険)】 ①厚労大臣が定める疾患である ②介護認定を受けていない ⇒厚労大臣が定める状態か否かの確認 ③特別訪問看護指示が出ている 上記➀-③いずれかに該当する場合は、医療保険での訪問看護が実施可能となります。各項目についての留意事項は下記のとおりです。 ➀「厚労大臣が定める疾患」について 末期がんや神経難病の方が該当します(詳細は「別表7の疾病(厚生労働大臣の定める疾病等)」を参照)。1日複数回・週4日以上の訪問が可能。 ②「介護認定を受けていない」について 年齢の理由(40歳未満等)で介護認定を受けていない方は、医療保険での訪問看護の適応となりますが、ここではさらに、厚労大臣が認める状態かどうかの確認が必要となります。厚労大臣が必要な状態とは、気管カニューレや人工肛門などを使用している方が該当(詳細は「別表8の状態(厚生労働大臣の定める状態等)」を参照)し、その場合、1日複数回・週4日以上の訪問が可能(該当しない場合、1日1回、週3回まで)。 ③「特別訪問看護指示が出ている」について 急性増悪、終末期、退院直後、真皮を越える褥瘡の方などについて、医師から特別訪問看護指示が出ている場合が該当。その場合、1日複数回・週4日以上の訪問が可能。 訪問回数などに関して、表にまとめたものが上図になりますが、図中【その他】の欄をご覧頂くとわかるように、訪問回数以外にも、滞在時間90分を越える訪問看護が可能かどうか(加算が算定できるかどうか)、2名以上の複数名での訪問看護が可能かどうか(加算が算定できるかどうか)など、さらに細かく要件がわかれているため、ご注意ください。 ここでは、訪問回数などに関わる制度面を中心にお話しさせていただきました。繰り返しになりますが、これらは管理者の看護師さんだけが知っていればよいものではなく、訪問看護のプランにも関わることのため、ぜひ管理者以外の看護師さんも担当される利用者さんが「厚労大臣が定める疾患等」なのか、「厚労大臣が定める状態等」なのかを確認していただき、それらをもとに訪問回数などの看護プラン立案にぜひ役立てていただきたいと思います。 礼節・礼儀などを実践できる素養 訪問看護師に必要な8つのスキル・知識の最後として、礼節・礼儀を挙げたいと思います。 「礼節」というと病院・外来診療所、在宅現場など、どの場面においても必要な素養になりますが、病院と在宅現場の違いとなると、受け入れる側と受け入れてもらう側が逆転することにあります。要はどちらが「お邪魔します」なのか、そこに違いがあるのです。 病院などにおいては(特に入院の場合)、患者さん側が「お邪魔します」になるため、心理的に少し腰が低くなる傾向にあります(もちろん、低くする必要はないのですが…)。それにより医療従事者側に多少礼節に欠いた素振りがあったとしても、信頼関係に支障を来さないことが多いです。一方、在宅現場では医療従事者側が「お邪魔します」になるため、病院における立場とは逆転します。しかし、そういった中でも病院における医療従事者-患者・利用者関係のまま、ご自宅に訪問すると、医療従事者の態度・振る舞いなどの細かい部分をご家族が気にされることが増え、結果的に信頼関係を損なってしまうことがあります。 例えば病院においては、患者さんの病室に入る時に、入室する順番などはあまり気にされないと思いますが、利用者さん宅の場合、基本的に医療者側が「お邪魔します」になるために部屋に入る順番は、家族が最初となります。また、玄関での靴の揃え方、スリッパの揃え方など細かい部分での留意も必要となるなど、こういったことのひとつひとつが結果として、利用者さんやそのご家族との信頼関係構築に大きく寄与することとなります。 ただし、これらは訪問看護師さんにとって問題ないことが多く、むしろ医師側に課題があることが多いです。そのため、訪問看護の本来業務では無いですが、医師に同行する場合、そのサポートや指摘をいただけると、より一層ご本人・家族とチームの信頼関係が構築できると考えています。 また素養とは異なるかもしれませんが、利用者さんとの信頼関係構築には言葉遣いも重要です。もちろん利用者さんに対しては、敬語が基本となりますが、場面や相手によって遣い分けをすることで、より関係性が良好なものとなり得ます。というのも、敬語は場合により「お高くとまっている」と受けとられることがあり、遣い続けることにより信頼関係を損ねてしまうことがあるためです。これは地域性などもあるようですが、何人かの訪問看護師さんから敬語の難しさを伺ったことがあります。そのため、初回訪問から一定期間が経過したあとには、友達口調(いわゆる「タメ語」)を遣うかの検討をすることになりますが、言葉遣いによる相手の反応を見ることが信頼関係を損ねないポイントと言えます。 多くの場合、友達口調は自然な流れの中で出てくるものだと思いますが、それによる利用者さんやご家族の表情の変化を簡単にチェックしてみてください。表情の変化などがある場合は、利用者さんは友達口調に違和感を抱いている可能性があります。反対に敬語を遣い続けている状態で、初回訪問から一定期間経過しているにも関わらず、会話のキャッチボールがうまくいかない場合などは、利用者さんが敬語に違和感を抱いている可能性があるため、言葉の端々に友達口調などを入れ、相手の反応を少し見てみてください。 言葉遣いにも、色々とコツがありますが、ぜひ上手く遣うことで、利用者さんやご家族とより良い信頼関係を築いていただければと思います。 ここでは、礼儀・礼節についてお話しさせていただきましたが、基本的には病院・在宅に関係なく、一番重要なのは相手を敬う気持ちです。それがあれば、利用者さんやその家族との信頼関係を損なうことはないと考えています。 本コラム第5回目として、医療制度・介護制度などに関しての知識と礼儀・礼節ついて述べさせていただきました。次回は、本コラム最終回として、これまでの総括をお話しさせていただきたいと思います。 ** 医療法人プラタナス松原アーバンクリニック訪問診療医 / 社会医学系専門医・医療政策学修士・中小企業診断士 久富護 東京慈恵会医科大学医学部卒業、同附属病院勤務後、埼玉県市中病院にて従事。その後、2014年医療法人社団プラタナス松原アーバンクリニック入職(訪問診療)、2020年より医療法人寛正会水海道さくら病院 地域包括ケア部長兼務。現在に至る。

特集
2021年7月6日
2021年7月6日

難病患者が利用できる制度

医療費助成(公費)制度がかかわる場合の報酬請求は、訪問看護師からよく質問が寄せられるテーマでもあります。今回から4回にわたり、難病患者への訪問看護提供にあたって請求上も重要な、公費について解説します。 第1回目は、難病患者が利用できる制度の概要を解説します。 医療費負担軽減の制度 介護保険ではなく医療保険による訪問看護が可能な疾病があることは、訪問看護師の皆さんならよくご存知のはず(別表7 厚生労働大臣が定める疾病等)。これらの多くは指定難病でもあり、かかる医療費は公費として国から助成されます。 別表7 厚生労働大臣が定める疾病等 ・多発性硬化症(難) ・重症筋無力症(難) ・筋萎縮性側索硬化症(難) ・脊髄小脳変性症(難) ・ハンチントン病(難) ・進行性筋ジストロフィー症(難) ・パーキンソン病関連疾患(進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症及びパーキンソン病(ホーエン・ヤールの重症度分類がステージ三以上であって生活機能障害度がⅡ度又はⅢ度のものに限る。))(難) ・多系統萎縮症(線条体黒質変性症、オリーブ橋小脳萎縮症及びシャイ・ドレーガー症候群)(難) ・亜急性硬化性全脳炎(難) ・ライソゾーム病(難) ・副腎白質ジストロフィー(難) ・脊髄性筋萎縮症(難) ・球脊髄性筋萎縮症(難) ・慢性炎症性脱髄性多発神経炎(難) ・スモン ・プリオン病 ・後天性免疫不全症候群 ・頸髄損傷 ・人工呼吸器を装着している状態 ・末期の悪性腫瘍 ※(難)マークが難病指定されている疾患 これら難病の認定を受けた患者は、訪問看護費の請求も通常とは異なります。 公費54(難病) 「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)で、医療費負担軽減の制度が定められており、患者の自己負担が毎月一定額で済みます。法別番号が54のため、「54(ご・よん)」と呼ばれます。 助成対象 指定難病の病名があり、医療受給者証をお持ちの方が助成対象です。指定難病は2021年6月時点で333疾患ありますが(※1)、病名があるだけでは助成対象ではありません。 助成内容 ・特定医療 認定された指定難病に対する医療を特定医療といいます。助成は特定医療のみが対象です。医療受給者証をお持ちの方でも、認定された難病に起因しない傷病に対する医療費等は、助成対象にはなりません。 ・指定医療機関 特定医療を提供するには、都道府県知事の指定を受けた医療機関・保険薬局・訪問看護事業所でなければなりません。 仮に、指定がないままで訪問看護を受けると、医療受給者証をお持ちの患者でも、医療費助成は使えません。 認定がない事業所で新たに公費54を扱えるようにするには、都道府県に指定医療機関申請を行い、認定を得る手順を踏むことが必要です。 ・自己負担 患者の収入などによって、自己負担上限額が決まります。その上限額を超えると、それ以降月末までの自己負担分は、すべて公費から支払われます。また、主保険の負担割合が3割の人は、自己負担上限額までの自己負担が2割に変わります(1割負担の人は1割のまま)。 その他 難病(54)のほかにも、難病の患者が利用することがある助成制度をおさらいします。 更生医療(15)と育成医療(16)(自立支援医療) 更生医療(15)と育成医療(16)は、障害者総合支援法(旧・障害者自立支援法)による医療費助成の制度です。法別番号から、それぞれ「15(いち・ご)」「16(いち・ろく)」と呼ばれます。 更生医療は18歳以上、育成医療は18歳未満で、身体障害者手帳を持つ人のうち、福祉事務所の認定を受けた患者が対象です。 自立支援医療も、都道府県知事の指定を受けた医療機関でなければ、公費負担を適用することはできません。 ・自己負担 自己負担のしくみは54と似ています。15・16とも、自己負担が原則1割になり、かつ、月の自己負担が上限額を超えると、それ以降月末までの自己負担分は、公費から支払われます。 小児慢性特定疾病(52) 小児慢性特定疾病に関する医療費助成(公費52。「52(ご・に)」と呼ばれます)は、18歳未満(引き続き治療が必要であると認められる場合は、20歳未満)で、定められた慢性疾患があり認定を受けた患者が対象です。 この52も自己負担が2割になり、月の上限額を超えると自己負担がなくなります。 生活保護の医療扶助(12) 生活保護受給中の申請が認められると、医療費の自己負担分は全額公費で支払われます。生活保護は法別番号12なので「12(いち・に)」と呼ばれます。 生活保護受給中は、ほとんどの患者は主保険がない状態です(生活保護世帯は国保の被保険者資格を返却する)。優先順位第一の主保険がないため、生活保護以外の公費がない場合は、公費12に100%請求します(公費単独レセプトを作成)。 公費12のほかにも使える公費がある場合は、他の公費が優先され、生活保護(12)は最後になります。 市町村独自の助成 上にあげた公費はすべて、国の公費です。 このほか都道府県や市区町村で、自治体独自の医療費助成制度を定めているところもあります(〇〇市こども医療制度、〇〇市障がい者医療費助成制度、〇〇市難病助成制度、など)。 受給者証を複数お持ちの方へ訪問看護を提供する際は、公費適用の優先順位をしっかりと把握することが重要です。 優先は、主保険→国の公費→地方自治体の公費→生活保護、の順番です。 上に紹介した公費であれば、まず主保険が優先、次に国の公費です(3割負担の人なら7割を国保などに請求)。国の公費適用後に生じる自己負担(たとえば上限額までの自己負担)は、地方自治体の公費の適用となります。生活保護は国の公費ですが、例外的に、優先順位は最後です。 別表7と指定難病 別表7に該当する疾病をもつ患者には、医療保険による訪問看護、週4日以上の訪問看護、指示があれば複数の訪問看護ステーションからの訪問看護や、1日に複数回の訪問も可能になります。 注意が必要なのは、指定難病でも別表7にない病名も多いことです。難病は、2021年6月時点で333疾患あります。 難病の医療者証をお持ちであっても、医療保険の訪問看護ができるとは限りません。 逆に、別表7の患者で、医療保険で訪問看護可能な方でも、医療費助成はない例は多いです。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】 東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医院。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】 ※1 厚生労働省 指定難病病名一覧表[Excel形式:26.4KB] https://www.mhlw.go.jp/content/000522616.xlsx (2021年6月30日)

特集
2021年6月29日
2021年6月29日

訪問看護あるある座談会 vol.5 夏対策編

夏場の訪問看護は、汗だくになり、日焼けも気になりませんか?暑い環境の中でのケアはもちろん、自転車の場合は移動中も強い日差しにさらされます。熱中症になった経験のある方もいるのではないでしょうか。 今回も3人の訪問看護師さんにお集まりいただき、夏の暑さ、日焼け対策をテーマに訪問看護の「あるある」についてぶっちゃけトークをしてもらいました。 訪問看護の日焼け対策 ゆり:自転車移動は、とにかく日焼けがイヤだよね。シミにもなるし。汗もかいちゃうから、夏場はスッピンなんですよ。日焼け止め塗るくらいで。 みほ:たしかに、夏真っ盛りのときは化粧してもしかたないって思っちゃいます。 ゆり:1件訪問終わるともう顔なくなりません?笑 みほ:なくなります。笑 スッピンの方が日焼け止めもすぐ塗れていいかなって、スッピンで出勤することもザラです。 あい:うちのステーションも自転車移動で、移動はもちろんなんですけど、入浴介助も汗だくです。みんな化粧どうしてるんだろうって思っていました。休み時間にちゃんと化粧を直しているスタッフもいましたね。 ゆり:ウォータープルーフを使っている人もいますよね。カラーコントロールをしてくれる日焼け止めはおすすめです。スッピンでも安心。 みほ:マスクで蒸れて肌荒れしていた時期は、SPF50のフェイスパウダーがよかったです。日焼け対策効果もあるし、肌に優しくて。 ゆり:服装は、100円ショップの日除け手袋を付けて、冷感素材のパーカーを着る。それが一番焼けないですね。 あい:100円ショップにあるんですね、日除け手袋。 ゆり:薄手でメッシュのものがあるんですよ。 あい:へえ、いいですね! ゆり:アームカバーも使っていたんですけど、指先が日焼けしちゃって。皆さんはアームカバーしていますか? みほ:アームカバー使っていますね。でも移動に余裕がなくて「やばい、時間がない」ってなる時は結局しないんですよ。 あい:わかります!しかも汗かくと付けにくいんですよね。それがイヤで、今はパーカーだけですね。 訪問看護の熱中症対策 ゆり:仕事中に熱中症を経験すると、もうなりたくないなって思います。つらくて。 みほ:私も熱中症でダウンしてお休みもらったことがあって、申し訳なくて、同じ過ちを繰り返さないぞってなりました。 ゆり:そうそう、訪問にも穴を開けちゃうし、自分しか行ってないお家の訪問とか、日程変更しなきゃならなくて。利用者さんにも迷惑かけちゃうこともあるよね。 みほ:目から入ってくる日差しにやられたのもあって、サングラスを買ったら結構よかったです。疲労感が全然違いました。 あい:去年初めて訪問看護の夏を経験して、サングラスは使ってなかったんです。だけど、日差しが強くて前が見えなかったりして、あったほうがいいなとは思いました。 ゆり:サングラス、全然似合わないのが悩みです。でも背に腹はかえられぬという…。サングラスして、帽子かぶって、冷感素材のパーカー着て、マスクもして。不審者みたいになりますよね。笑 みほ:もうオシャレは関係ないですね…。 保冷剤や冷感グッズで暑さ対策 ゆり:お弁当用の保冷バックに、保冷剤を入れて持ち歩いています。大きい保冷剤と、小さい保冷剤5個くらい。タオルに巻いて首に当てたりして。溶けた保冷剤は大きい保冷剤にくっ付けておくと、また冷たくなるの。 あい:すごい!工夫ですね。 ゆり:暑すぎる時は、瞬間冷却材に救われたこともありますね。コンビニに売っていて、カシャンって割るとすぐ冷えるやつ。 みほ:カイロの逆番ですね。 ゆり:自転車の振動で割れちゃうことがあるから、必要な時にコンビニで買うのがいいよ。洋服のひんやりスプレーもよく使います。経口補水液も持ち歩きたいけど、これ以上訪問の荷物は増やしたくないな。 みほ:わかります。何を取るかですね。 ゆり:私は日焼け止めスプレー、パーカー、保冷剤は欠かせないかな。 あい:なるほど。夏にどんな対策をしていいか分からなかったので、そんな方法もあるんだって学びになりました。 みほ:私も入職した時に他のステーションの人はどうしているんだろうって思ったので、今回お話しできて良かったです! 記事編集:NsPace

特集
2021年6月22日
2021年6月22日

訪問看護あるある座談会 vol.4 インシデント編

医療現場では付き物のインシデント。皆さんも大なり小なり一度は経験したことがあるのではないでしょうか。「ああ、やっちゃったな」と落ち込んでしまうこともありますよね。今回も3人の訪問看護師さんにお集まりいただき、インシデントをテーマに訪問看護の「あるある」についてぶっちゃけトークをしてもらいました。 気遣い合える環境が生む安心感、ステーション内でインシデントを共有するメリット あい:訪問看護は楽しいです。病院経験があると「できる」って思われるところがあって、半年くらいでもう一人前の扱いでしたね。 みほ:不安はあっても、訪問スケジュール的に1人で行くしかない!ってこともありますよね。 あい:そうですね。お休みの関係とか。 ゆり:不安を感じながら訪問する時に、私はミスをしちゃったことがあって。気管カニューレの利用者さんの移乗をした時に、カニューレが抜けかかっちゃって急いで入れ直したことがあったんです。すぐに対応が取れたけど、若手の子だったらどうしようってパニックになっちゃうんじゃないかなと。 あい:うん、頭ではわかっていても、ためらっちゃうかもしれません。 ゆり:大人の気管カニューレを入れたのは、実はその時が初めてで。経験年数を重ねていても初めてのことってあるし、緊張もする。インシデントやヒヤリハットが起きても、きちんとみんなで共有するのが大事だと思う。ステーションの信用問題にも関わるからね。 みほ:ヘルパーさんとかご家族のかたが見ていることもありますもんね。 ゆり:うん。落ち込んでステーション帰ってきてね。そしたら若いスタッフたちが「誰でもあり得る状況だったし、もし私がそのインシデントを起こしていたらすごく怒られていたと思う。おかげで移乗のときここに気を付けないといけないって気付けました。ありがとうございました。」って感謝されたの。大丈夫だった?とか声を掛けてくれる環境のほうが、報告しやすいし、救われるよね。 みほ:皆さん優しいですね! あい:こういうインシデントがあったんだ、って共有してもらえると、想像できて心構えができるので、安心感がありますね。在宅に慣れないうちは尚更。 ステーションの糧になる、インシデントの振り返り みほ:ステーションに「インシデント振り返りシート」ってありますか? あい:元々はなかったですね。私が同行した訪問でインシデントが起きた時に、書いて全体に共有したのが初めてでした。 みほ:すごい。自分からレポートを書いて出したんですか? あい:そうなんです。新人さんと同行訪問中のインシデントで。内服薬をお薬カレンダーにセットするときに2人で入れたんです。そのとき、たまたま新人さんが担当したところが複雑なセット方法で、そこにセットミスがあったんです。後日利用者さんから「内服セットが間違っているよ」って電話がきて発覚しました。ステーション設立して初めて、インシデントレポートを使ってカンファレンスをしましたね。 みほ:大事ですよね。こういう機会がないと、振り返る機会ってなかなかないですから。同行訪問中のインシデント、あるあるだなって思いました。 ゆり:同行訪問っていつもと違うことしちゃうよね。 みほ:そうそう、緊張なのか普段しないミスをやっちゃいますね…。 あい:そうなんですよ…。1人が内服セットして、もう1人がダブルチェックする方が良かったなって思うんですけど、同行の緊張もあってか、普段と違う判断をしてしまいました。 ゆり:時間が迫って焦ることもあるよね。 あい:まさにその日もほかのケアが延びて、2人でやった方が早いねって流れになったんです。新人さんもそれなりに看護師経験があったので「一緒にやろう」ってなって起きたミスでしたね。利用者さんもストレートに言う方だったので、新人さんも落ち込んじゃって。嫌な体験させちゃったなって反省して、しっかり振り返ろうってなったんです。 ゆり:あいさん、いい先輩。インシデントはいつやってもショックですよね。細心の注意を払っても、環境要因とかヒューマンエラーで起きる時は起きちゃう。だからこそ、起きたら共有して対応策を考えていかないと、看護の質もステーションの質も上がらないと思う。インシデントってクレームに直結するから。ステーション立ち上げを手伝った時に、インシデントマニュアルとクレーム報告対応書は準備しましたね。インシデントはステーションの糧になるから、レポートで溜めていったほうがいいと思う。 みほ:今まで溜まったレポートを見ると、こんなところに危険があるんだって気付けるので、教育にも繋がっている気がします。口頭の報告と振り返りだけで終わっちゃうと、もったいない気がしますね。 ゆり:振り返りシート書くの、めんどくさいって思うんだけど、書いて振り返りをしたからこそ安全にケアができる、利用者さんの生活も保持されると思うと、書いた方がいいですよね。 ** NsPaceではインシデント・アクシデント報告書など各種ツールのサンプルをご用意しております。各事業所様で編集してご利用ください。【ツール一覧を見る】 記事編集:NsPace

コラム
2021年5月25日
2021年5月25日

医師のいない場で医療的判断を行うスキルと在宅療養患者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力)

第3回ではマネジメントスキルなどについてお話をさせていただきました。今回は、医師のいない場で医療的判断を行うスキルや在宅療養患者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力)についての考え方をお話したいと思います。 訪問看護師に必要な8つのスキル・知識 ①本人の思い・家族の思いを吸い上げるスキル ②本人・家族の平時の生活を想像するスキル ③他職種とコミュニケーションを取るスキル ④マネジメントスキル ⑤医師のいない場で医療的判断を行うスキル ⑥在宅療養患者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力) ⑦医療制度・介護制度などに関しての知識 ⑧礼節・礼儀などを実践できる素養 訪問先での不安感 病院や外来診療所に勤務されている看護師さんは、医師がいない場で医療的判断を行うことに心的ハードルを感じられることが多いと思います。私自身、いくつかの病院で在宅医療部の立ち上げの支援をさせていただきましたが、その際に在宅医療部に配属となる看護師さんを決めるステップの時に、かなり時間を要することがありました。やはり在宅医療という未知の分野に入ることに対しての不安感や、自身のスキルに対して不安に思うことなどが影響していると考えています。 また、実際に配属の看護師さんが決まっても、訪問看護師ではなく同行看護師として業務を開始することが多いです。少し複雑ですが、同行看護師は訪問診療の際に医師に同行する看護師であり、一人で患家には訪問しません(在宅患者訪問看護指導料など、医療機関からの訪問看護に関する算定は発生しないモデル)。そういった同行看護師さんに伺うと、一人で患家に訪問することに対してのハードルとしては、 1.何かあった時にひとりで対応できるか不安である。 2.患家で医療的判断を本人・家族から求められたとしても、それは医師の仕事だと思うので困る。 と、おおよそ上記2点に集約されました。 1.何かあった時にひとりで対応できるか不安 「慣れ」の話になるかもしれないですが、病棟勤務や外来勤務といった基本的に医師が傍にいる状況、もしくは院内PHSなどで緊急時に医師にすぐに連絡がつく環境での勤務経験が長いことに起因すると思われます。 しかし、詳しく話を伺うと、病院勤務であれ、外来勤務であれ、何かあった時にひとりで対応した経験がある看護師さんは非常に多いことがわかりました。よく考えれば、これは医療有資格者として普通のこととも言えますが、訪問看護というもののイメージ沸かず、これまでと違った環境での業務が、その不安を助長させている可能性を示唆しています。 2.医療的判断を本人・家族から求められたとしても、それは医師の仕事だと思うので困る 1の不安感に繋がる部分もあると思いますが、医療の方針などをご本人やご家族に説明するのは医師、という考えを強く持たれていることが要因と考えられます。医療的判断における看取り方針の確認や、薬剤の使用判断などについての判断は、通常医師が行いますが、より療養に近いレベルでの判断は、病院でも実際は看護師さんが実施しています。例えばバイタルのチェック回数やタイミング、食事介助方法、発熱患者さんへの水分摂取促進などがそれにあたります。これらももちろん医療的判断ですが、そのすべてに対して医師の指示があるわけではありません。 つまり、訪問先で求められる医療的判断の階層レベルの不明瞭さにより、こういった考えに至るものと思われます。とはいえ、こういった不安や考えを持たれていることは事実であり、現に訪問看護師として働かれている方も、このような気持ちをもって働かれている方もいらっしゃると聞きます。これらの訪問先での不安などを解決するために必要な考え方やスキルをお話したいと思います。 医師のいない場で医療的判断を行うスキル 医療的判断を行うスキルについて、ここではどういった症状に対して、どういった医療的判断を行えばよいか、といった具体的な疾患・症候別の話ではなく、どういった考え方に基づいて、訪問看護師として医療的判断を行うかをお話します。 その考え方は基本的に、訪問看護師さんが訪問先で医療的判断を行う範囲を決める作業と、急変時の対処方法を確認する作業の整理となります。具体的には、これまで何度もお話していることではありますが、まずはご本人やご家族への方針確認の際に望んでいること、やってほしくないことを吸い上げることから始まり、そこに本人の病態やADLなどに合わせて、医師から医療的・日常療養的包括的指示を受けます。これにより、訪問看護師が実施できる枠組みが決まり、この枠組みの中で訪問看護師として医療的判断を実践することになります。 この時に、医師からの包括的指示のみでは、訪問看護業務が本人や家族の意向に沿うものかどうかがわからなくなるため、必ずこの意向確認が必要となります。また、急変時の家族不在時の連絡方法や搬送基準なども、本人・家族や主治医とともに決定されていれば、医師がいない場での医療的判断について、訪問看護師として困ることや不安に感じることは大幅に減ることと思います。 前述の「何かあった時にひとりで対応できるか不安」や「患家で医療的判断を本人・家族から求められたとしても、それは医師の仕事だと思うので困る」といった思いについては、この枠組みが決まっていない、もしくは枠組みが見えていないことに起因すると思われ、訪問看護師として何をどこまで行ってよいのか、またどこまで判断してよいのかが不明瞭になっている事が非常に多いことが要因と思われます。 まとめると、医師のいない場で医療的判断を行うスキルというのは、本人や家族の意向と医師から包括的指示の確認+緊急時の対応方法の確認、これらを確認するスキルと言えます。ただし、日常業務が忙しい中で、利用者さん全員の具体的な意向や、搬送基準などの吸い上げが難しい場合もあると思います。その際は、独居の方、重症度が高い方、看取り目的で在宅療養を開始した方をまずは優先し、実施してみてください。 いずれにせよ、やはり重要になるのは第1回目に述べた「本人の思い・家族の思いを吸い上げるスキル」となります。 在宅療養患者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力) 「看護は芸術である」というナイチンゲールの言葉があります。おそらくこれにはさまざまな意味合いがあると思いますが、ここでは、利用者さんの疾患やADLに対しての療養環境を、どういった考え方のもと、みなさんが持っている看護技術を用いて整えていくか、という視点でお話したいと思います。 以前、「本人・家族の平時の生活を想像するスキル」の回で「探偵力」という単語を使い、利用者さんの日常の療養生活を想像するためのスキルについてお話しましたが、今回は療養環境を整えるための「工夫力」についてです。 療養環境の整備には、ご本人やご家族の思いを吸い上げた上で、それを達成するため、またはそれに少しでも近づけるために、看護師さんならではの視点・感覚が必要となりますが、この環境整備のためのスキルを工夫力と捉えています。重要なことは、「おそらく○○だろう」といった自身の主観をもとにした判断でアプローチしないことです。 たとえば、分かりやすい例としては、排尿行動による転倒に対しての療養生活の整備です。転倒を減らすには、ポータブルトイレの設置による動線管理や、オムツの使用、膀胱留置カテーテル挿入といった動線自体をゼロにする方法があります。この方法により転倒は減ると思われますが、ポータブルトイレの設置が「転倒は危ないから」といった判断材料のみであった場合、前述した「ご本人・家族の思いを吸い上げ、それを達成できるか」の検討が無いことになり、主に介護者視点でのリスク管理的な療養環境の整備となってしまいます。ご存じのように、排泄は本人の自尊と強く関係するため、排泄方法の変更の際は、まずご本人がどうしたいか?家族としてはどうあって欲しいか?といった意向を確認してから、トイレまでの動線確認およびその改善、移動をサポートする方法の提案、夜間のみのポータブルトイレ利用といった看護師さんだからこそ気付く工夫力を発揮していただきたいです。 ただし、認知症の方などの場合、転倒リスクを低下させることが優先になることもあります。ここで注意していただきたいのは、認知症の方はこれまでの行動が刷り込まれていることが多く、排泄方法をトイレからポータブルトイレに変更する場合、ポータブルトイレが排泄する場であると認識するのが難しいことがあるということです。そのため、例えばご本人にインプットされているトイレまでの動線上にポータブルトイレを置き(場合により、動線を塞ぐ形で)、少しずつそれが排泄する場であると認識できるように誘導する、といった工夫もあると思います。他に褥瘡の処置などでも、ご本人の状況や意向で、どの程度まで改善を目指すのかを確認し、それに対して工夫力を生かす、といったことも同様の考え方です。 ここでは非常にわかりやすい例として、排泄による転倒に対しての療養環境の整備を挙げさせていただきましたが、さまざまな療養下にある利用者さんの意向に沿う形で、みなさんの「工夫力」を発揮し、ご本人・ご家族と一緒に「看護は芸術」として、その療養環境を作り上げていってください。 本コラム第4回目として、医師のいない場で医療的判断を行うスキルと在宅療養患者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキルついて述べさせていただきました。次回は、医療制度・介護制度などに関しての知識ついてお話したいと思います。 医療法人プラタナス松原アーバンクリニック訪問診療医 / 社会医学系専門医・医療政策学修士・中小企業診断士 久富護 東京慈恵会医科大学医学部卒業、同附属病院勤務後、埼玉県市中病院にて従事。その後、2014年医療法人社団プラタナス松原アーバンクリニック入職(訪問診療)、2020年より医療法人寛正会水海道さくら病院 地域包括ケア部長兼務。現在に至る。

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