制度に関する記事

心肺停止時の蘇生の方針
心肺停止時の蘇生の方針
特集
2023年5月16日
2023年5月16日

「救急車は呼ばないで」と言われたら?―多職種連携で適切な対応を

この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談内容に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回は利用者さんからDNARの意向が示されたときの対応や、そもそもDNARとは何か、終末期医療、ACPの違いなどについても解説します。 事例 お子さんと同居する利用者Iさん(70代女性)。間質性肺炎を患っており、在宅酸素療法を導入しています。最近は呼吸が苦しそうなときが目立ってきました。 そんな中、訪問看護師のJさんは、Iさんから次のように言われました。「これ以上、みんなの世話になりながら生き続けたいと思えなくなった。そろそろ私も潮時ということだと思う。もし、明日私の呼吸が止まったとして、救急車を呼んで一命をとりとめたとしても、意識がないまま生かされ続けるようなことはごめんだ。だから、呼吸が止まっても、救急車を呼ばないでほしい。そのときが来たら無駄なあがきはせず、死を受け入れたい。」  これまで前向きに在宅での療養生活を送り、芯の強い人と思っていただけに、Iさんの言葉に動揺するJさん。「救急車を呼ばない」とは? もし、自分の目の前でIさんが心肺停止したとき、亡くなっていく様子をただ見ていなければいけないの? それって罪に問われないの? と急に不安が襲ってきました。 追い打ちをかけるように、Iさんの発した次の言葉はJさんの頭を真っ白にさせました。「家族には今の話は言わないでほしい。余計な心配をかけたくないし、このことを知ったら、きっともっと生きてほしいと説得されるだけだから。」 さて、困ったことになりました。同居のお子さんに搬送拒否の希望を知らせないとは……。いざというとき大混乱に陥ってしまうことは明白です。Jさんは一体、どのように対応すればよいでしょうか。 対応例 まずはIさんの話を傾聴し、Iさんがどうしたいのかをよく確認します。その後、ステーションの管理者や同僚に情報共有し、必要時、カンファレンスを行います。そして、IさんがDNARを希望されていることを医師に伝え、インフォームド・コンセント(IC)を行ってもらえるように調整。訪問診療のタイミングでもよいですが、Iさんご本人と医師が話をできる機会をつくります。 また、Iさんが「家族に話したくない」と言う段階では、ご家族には話しません。なぜ話したくないのかを傾聴し、リスクやデメリットを説明しつつ、医師を巻き込みながら、なるべくご本人が自発的にご家族と話すことを選べるように支援することが大切です。 DNARは心肺停止時の蘇生の方針を定めるもの みなさんは、DNARという言葉をご存知でしょうか。これは「Do Not Attempt Resuscitation」の略で、「心肺停止時に、患者本人または家族の希望により、成功する可能性が乏しい状況下での心肺蘇生を行わない」ことを意味します。 まさに今回の事例に合致する場面ですね。まずは「Iさんは、DNARを希望されているのだ」と認識しましょう。 また、Jさんが感じた「もし自分の目の前で心肺停止したとき、亡くなっていく様子をただ見ていなければいけないの? それって罪に問われないの?」という疑問については、まさにその点を関係者間で協議する必要があるわけです。 DNARの場合、基本的には心肺停止状態の利用者さんを発見したら、訪問看護師は主治医に連絡し、指示を待つことになります。その間、少しでも苦痛が取り除かれるよう手を握ったり、背中を擦ったりすることは可能です。 ただし、それを超えて心臓マッサージや人工呼吸といった心肺蘇生措置をしてしまうと、DNARに反することになってしまいます。ご本人の意思に沿った対応をとるためにも、ご本人やご家族の同意書とともに、緊急時の対応マニュアルを文章化しておくとよいでしょう。そして、いつでも誰でもが参照できるよう枕元に備えておくと安心です。 蘇生措置を行わないことが犯罪に相当するかという点については、刑法上「業務上過失致死罪」に当たる可能性はあります。しかし、ご本人の意思であることが確認できれば違法性が阻却され、罪に問われることはありません。 もっとも、最終的にその事実を確認するには、何らかの証拠となるものが必要です。そのためにも、ご本人の同意書を取ることは必須といえます。他に、医療機関を交えたカンファレンスの記録やケアマネジャーの支援経過記録なども証拠になり得ます。 まずは関係者で話し合いの場を設ける 利用者さんからDNARの意向が示されたら、訪問看護師としてどのように対応すればよいでしょうか。 日々のケアの中で、利用者さんからふと気がかりなことや願いなど、何らかの思いが表出されるときがあります。そのようなとき、まずは、ご本人の思いを聴き取る機会と捉えて、傾聴をすることが大切です。そして、対応例のとおり、ステーションの管理者や同僚に報告するとともに、ご家族とご本人、また主治医やケアマネジャー、ヘルパーなども交えて対応を協議することが必要です。 極端な話、出入りするヘルパー1人でもIさんのDNARの希望を知らなければ、そのヘルパーの訪問時に容態が急変することで救急車を呼んでしまい、Iさんの希望が叶えられない…という事態になりかねないからです。これを回避するには、すべての関係者がDNARの事実を把握し、いざというときに適切に対応できなければなりません。 そのため、すべての関係者と情報共有する必要性についてIさんに十分説明した上で、理解を得た後に本格的な協議を開始します。 ACPを行い人生の最期に向けて話し合う このように、ご本人とご家族、医療・ケアチームが、将来の医療およびケアについて、ご本人の価値観や人生の目標などをもとに話し合いを行い、ご本人の意思決定を支援するプロセスをACP、アドバンス・ケア・プランニング(Advance Care Planning)といいます。ACPは別名「人生会議」とも呼ばれ、その人の人生全般について対応を検討することが目的です。 その中でも、今回の事例のように、心肺停止時に限局された場面でどう対応するのか、その方針を決定するのがDNARです。また、人生の終末期に向け、残された時間を平穏に過ごし、身体的・精神的苦痛を取り除くための措置を終末期医療(ターミナルケア)といいます。 DNARも、終末期医療も、看取りも、すべてACPで話し合うべき重要なテーマなのです。 ACPは、人生のどのステージでも始めることができます。病状や療養環境などの変化に応じて、何度も繰り返し実施することが大切です。 ACPについては厚生労働省発出の「人生の最終段階における医療・ケアの 決定プロセスに関するガイドライン」(改訂 平成30年3月)に詳しくまとめられています。在宅や介護の現場でも活用できるように作成されているので、ぜひご参照ください。 「大ごとにしたくない」と言われたら? もし、IさんがACPに対して乗り気でない場合、どうすべきでしょうか。法的な立場からいうと、現状DNARに関して法令による明確な定めはなく、ACPを経ずともDNAR対応することは可能です。 「とにかく大ごとにしたくない。紙に書いておけばいいんでしょ。あなたたちは医療のプロなんだから、なんとかして」とおっしゃった場合はどう対応すべきでしょう。 Iさんの意思尊重の観点からは判断が難しいところですが、ご家族に何も伝えずDNARを進めることは現実的に不可能です。いざとうときにご本人の意に反した結果にならないためにも、ご家族や近しい人たちと十分に話し合っておくことが大切です。 もし、Iさんとご家族の意向が異なったとしても、原理原則論としてはご本人の意向が優先されます。しかし、ご家族に何も伝えずDNARが実行されてしまうと、「これは母の意思ではなかった」と主張され、刑事告訴されてしまうかもしれません。 どうしてもIさんの望みどおりDNARを遂行したいのであれば、極論すると関わる事業所数を減らし、限られたメンバーだけで日々のケアを行っていく必要があるでしょう。いずれにせよ、救命に関することですから最低限、医師は把握する必要があります。 Iさんに対しては「在宅であってもチームケアでなければ利用者さんを支えることはできず、一事業所や一人の医師が単独で決定し、運営できるものではない」ことを繰り返し伝え、話し合いを重ねる他ないかと思います。それでも同意いただけない場合、「うちではDNARの対応はできない」とお断りせざるを得ないでしょう。 DNARを含め、ACPという概念がより世間一般に拡がることが期待されます。 家族の意向よりご本人の意思が優先される法的根拠 先ほど「刑事告訴」と言いましたが、この言葉にどきっとされた方もいらっしゃると思います。訴訟を回避する方法も知っておきたいところです。ご家族の意向よりご本人の意思が優先される法的な根拠を確認しておきましょう。 法的根拠としては、憲法第13条の幸福追求権が挙げられます。当然のことですが、ご本人の人生はご本人が主役であり、ご本人に決定権があるものです。このことは「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」にも明記されています。 ただし、ご本人の判断力が何らかの理由で著しく落ちている場合や、精神的に不安定な状況下では、冷静な判断ができないものとして、ご家族の意向が重要となってきます。先のガイドラインには「家族等が本人の意思を推定できる場合には、その推定意思を尊重し、本人にとっての最善の方針をとることを基本とする。」1)と記されています。 ACPの内容は必ず記録しよう いずれにせよ、最終的にものをいうのは「証拠」です。できるだけ多くの場面におけるやり取りの経過を丁寧に記録していくことが大切です。Iさんとの最初のやり取りから医療・ケアチームとの話し合い、ACPでの協議内容など、多職種間での情報共有のためにもACPのプロセスで話し合った内容は必ず記録してください。 また、「言った、言わない」にならないよう、録音することも一法です。DNARという概念はまだまだ未整備の部分が多く、平穏死までもっていくことは実は険しい道のりかもしれません。ですが、いかなる場合でも「同意」と「記録」、そして「連携」の重要性を頭に入れておきましょう。 執筆:外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka 編集:株式会社照林社 【引用】1) 厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」(改訂 平成30年3月),p.2.https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-10802000-Iseikyoku-Shidouka/0000197701.pdf2023/1/25閲覧 【参考】〇日本集中治療医学会倫理委員会「DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)の考え方」(日集中医誌 2017;24:210-215)〇日本老年医学会 倫理委員会「エンドオブライフに関する小委員会」編「ACP推進に関する提言」,2019.〇AMED 長寿・障害総合研究事業 長寿科学研究開発事業「アドバンス・ケア・プランニング支援ガイド 在宅療養の場で呼吸不全を有する患者さんに対応するために」,2022.

運営指導 制度解説
運営指導 制度解説
特集
2023年5月9日
2023年5月9日

運営指導(実地指導)制度解説 名称変更で何が変わったの?

2022年度から「実地指導」は「運営指導」に名称が変更されました。この変更によって何が変わったのでしょうか。この記事では、訪問看護事業に関わる方のために変更ポイントだけでなく、行政機関による運営指導の意味や内容、向き合い方についてお伝えします。 「運営指導」とは事業所を正しい方向へ導く制度 「運営指導」とは介護保険法に基づき、行政機関が事業所に対し、適正な事業運営が実施されているか指導するものです。もともと「実地指導」と呼ばれていましたが、2022年度から、指導に際しオンライン会議ツールの活用が明記され、指導場所が必ずしも「実地」ではなくなることから名称が「運営指導」に改められました。 なお、ここでいう行政機関とは、利用者が介護サービスを受けた場合にその費用を支払う「保険者」でもあり、介護サービスを行う事業所に対し、指定または許可した事業所を所管する「指定等権者」としての立場にあります。 いうまでもなく介護保険事業は、保険料と公費で賄われる公益性の高いサービスです。介護保険法(以下「法」とします)の第1条には、その目的として介護や看護、医療が必要な人の「尊厳の保持」、および「自立した日常生活の支援」が謳われています。したがって、サービスの担い手である事業所は、利用者さんに対し、この目的を果たすよう適切にサービスを行わなくてはなりません。 そして、行政機関は、各事業所がこうした責任を果たし、適正にサービスを行うことができるよう指導・支援する必要があります。そのため、行政は定期的に指導に入り、事業所を正しい方向に導いているのです。 「運営指導」と「監査」はまったく違う 行政機関が行う指導には、運営指導とは別に「監査」と呼ばれるものがあります。言葉がよく似ているので混同されるケースがあるようですが、まったく違います。ここで、介護保険制度における指導監督の全体像について確認しておきましょう。 厚生労働省による「介護保険施設等運営指導マニュアル(令和4年3月)」を見ると、指導監督について次のように説明されています。「介護保険制度の健全かつ適正な運営及び法令に基づく適正な事業実施の確保のため、法第23条又は法第24条に規定する権限(中略)に基づき行う介護保険施設等に対する『指導』、不正等の疑いが認められる場合に行う法第76条等の権限(中略)に基づき行う『監査』により行われます」1)。ここで言う「指導」とは運営指導を含みます。 指導と監査の違いについて具体的に説明しましょう。 (1)指導 指導には、集団指導と運営指導があります。 ■集団指導集団指導は事業所を1ヵ所に集めて開催されます。現場において対応が必要な法改正や留意点等、事業運営について必須の情報を伝達・共有することで、介護保険サービスの質の確保と保険給付の適正化を目的としています。 ■運営指導一方、運営指導は事業所ごとに行われます。先述のとおり、介護サービスの質、運営体制、介護報酬請求の実施状況などの確認のために実施するもので、契約書や計画書・記録等の文書提示の求めや質問によって行われます。 (2)監査 監査とは、事業所に運営基準違反や介護報酬の不正請求等が認められる場合、またそのおそれがある場合に行われる「強制調査」です。行政は違反や不正等の事実関係を明確にした上で、それらが認められる場合、勧告または指定取消等の行政処分を行います。 * 指導は、あくまで事業所側の任意の協力によるものですが、監査には強制力がある点が最大の違いです。立入検査の権限も監査に含まれます。運営指導で違反や不正等の疑いがあった場合、運営指導では立入検査ができないため、途中で監査に切り替えて事実確認が行われるケースもあります。 「運営指導」に移行し「効率化」が強化 「運営指導」に変更するに伴い強化されたこと、それは「効率化」です2)。ポイントは次の3つ。冒頭で述べた「オンラインの活用」、そして「ローカルルールの是正」と「実施頻度の明記と推進」です。 (1)オンラインの活用 運営指導は基本的に実地で行うことが想定されていますが、最低基準等運営体制指導や報酬請求指導については、実地でなくとも確認できる内容であるため、オンライン等の活用が可能であることが明記されました。 (2)ローカルルールの是正 効果的、効率的な指導を推進するため、自治体ごとの異なる指導ルール(いわゆるローカルルール)について是正が図られました。具体的には次のようなことが明記されました。 ・標準的な確認項目や確認文書(※)以外の項目は原則として確認しないこと※厚生労働省「介護保険施設等運営指導マニュアル(令和4年3月)」の別添資料「確認項目及び確認文書」にサービス種別ごとの確認項目と確認文書がまとめられています。例えば、訪問看護における「サービス提供記録」であれば「訪問看護計画にある目標を達成するための具体的なサービスの内容が記載されているか」、「日々のサービスについて、具体的な内容や利用者の心身の状況等を記録しているか」が確認項目として挙げられています。・1回の指導にかかる時間をできる限り短縮すること・提出を求める書類の写しは1部とすること・自治体がすでに保有している文書は再提出を求めないこと (3)実施頻度の明記と推進 運営指導の実施頻度は、原則、指定または許可の有効期間(6年)内に少なくとも1回以上と定められました。 運営指導は業務改善のチャンス 運営指導と聞くと、どうしても身構えてしまい、指導通知が来ると「運が悪い」と感じたり、慌ててしまったりすることがあるかもしれません。ですが、これまで解説してきたとおり、運営指導は正しく質の高いサービスをしっかり利用者さんに提供できているかどうかを外部の目で点検してくれる機会です。「業務の確認や改善のチャンス」とプラスに受け止められるとよいでしょう。 もし、運営指導で法令違反があった場合、軽微なものであれば口頭、あるいは後日書面で改善点が指摘されます。また、不正請求ではなく、単なる請求上の誤りがあった場合は、過誤調整(報酬返還)を要することもあります。いずれにせよ、これらに速やかに対応し改善すれば、運営指導の段階ではそこで終了です。指定取消といった厳しい処分に進むことはまずないため、安心してください。 「運営指導対策」という言葉を見聞きしますが、手を抜いたり、即席で対策が完了したりといった楽ができるような方法は存在しません。真に有効であり、唯一の対策は「普段からきちんとやる」ことにほかならないのです。それは、利用者さんとの契約や同意の書面を忘れずに取り交わす、利用者さんごとに計画をしっかり協議し立案する、計画に沿ったケアを提供するといった当たり前のことであり、これらを丁寧に記録化していく作業が大切です。日々の業務をきちんとこなすことが運営指導の準備につながります。 また、運営指導にリニューアルしたことで効率化の観点からチェックするポイントが絞られ明確化されました。各自治体から配布されている自己点検票が役に立ちます。問われるポイントが絞られたことから、事業所側としてはより対応しやすくなったといえるでしょう。 執筆:外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka 編集:株式会社照林社 【参考・引用】1)厚生労働省.「介護保険施設等運営指導マニュアル 令和4年3月」https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/000949269.pdf2023/3/20閲覧 2)厚生労働省.「介護保険施設等指導指針」(2022年3月31日)

高齢者虐待
高齢者虐待
特集
2023年4月18日
2023年4月18日

もしかしてネグレクト? 訪問看護師は虐待疑いにどう対応すべきか

この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談内容に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回のテーマは利用者さんが虐待を受けているのではないかと思われる状況での対応についてご説明します。 事例 夫と二人暮らしのご利用者Gさん(80代女性、要介護度3)。息子夫婦が近所に、娘夫婦が遠方に住んでいます。 がんばって在宅生活を続けてきましたが、最近夫が外出先で転倒・骨折してしまい、一気に在宅生活の継続が困難になってしまいました。結局、介護施設を探すことになり、当面の間は近所に住む長男の妻が食事を定期的に運ぶようになりました。 ただ、長男の妻はあまり義父母の介護には関わりたくないらしく、介護サービスの契約の立ち合いや施設探しには積極的に協力してくれないようです。 ある日、訪問看護師のHさんは、Gさんからこのような相談を受けました。 「別居の娘が食事を運んでくるけれど、最近食べ物がどれも腐っているの。変な味がするから捨てていて…。そのせいで食べるものがないのよ。」 「『別居の娘』さん? 近所に住んでいる長男の妻では?」と違和感を持ったHさんがもう少し詳しく話を聞いてみると、どうやらGさんは長男の妻と自分の娘を間違えているようです。「認知症が始まってしまったのかも」と思いましたが、実際に長男の妻が差し入れたタッパーを開けさせてもらうと、腐ったような酸っぱい臭いがします。 「この煮物は、確かに悪くなっているようですね。お腹を壊すといけないから食べないほうがよいでしょう。何日前のものですか?」とGさんに尋ねると、「今朝、娘が持ってきた」と答えます。臭いの原因を長男の妻に尋ねたのかと聞くと、「関係がよくないから黙って置いていくのよ。もうずっと顔も合わせていないわ」とのこと。Gさんの体調には大きな変化はなく、ほかに変わった様子はありません。このような状況で、訪問看護師のHさんは、どのような対応をとることが望ましいでしょうか。今回はいつもと趣向を変えて、クイズ形式でみなさんに質問します。以下の3つの選択肢の中から適切な対応を選んでください。A:自分は訪問看護師として関わっているに過ぎないので、Gさんの体調に問題がなければ何もしなくてよい。B:虐待(ネグレクト)に当たる可能性があるので、直ちに行政へ通報する。C:担当のケアマネジャーに報告し、問題意識を伝える。いかがでしょうか。 本シリーズをここまでお読みいただいた読者は、Aを選ぶことはないかと思いますので、BとCのどちらかを選ぶことになるでしょう。「わざと腐ったものを出したのだから、虐待では?」と思った人や、逆に「この程度のことで虐待にはならないでしょう。Gさんは認知症で何か誤解しているのかもしれないし」と思った人もいるかもしれません。 Bでも間違いとはいい切れないのですが、ここでの正解はCとしたいと思います。これからその理由を解説します。今回は、「虐待」について適切に対応できるよう基礎知識を確認していきましょう。 まず押さえる虐待防止法と虐待の5つの定義 高齢者虐待防止法(正式名称:高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律)という法律があります。これは、自らの身を守り、SOSの声を上げることができない高齢者を虐待から守るための法律です。 当たり前ですが、まずは「こういう法律があるのだ」ということを押さえてください。ほかにも障害者虐待防止法、児童虐待防止法があり、「虐待」は法律で明確に定められており、「法律を踏まえて対応する必要がある」と理解することが重要なポイントです。 高齢者虐待防止法では、虐待を5つに分類し、それぞれ以下のとおり定義しています。この法律を理解するためには、この定義の理解が非常に重要です。 身体的虐待 高齢者の身体に外傷が生じ、または生じるおそれのある暴行を加えること 心理的虐待 高齢者に対する著しい暴言または著しく拒絶的な対応、そのほかの高齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと 性的虐待 高齢者にわいせつな行為をすること、または高齢者にわいせつな行為をさせること ネグレクト 高齢者を衰弱させるような著しい減食、または長時間の放置、養護を著しく怠ること 経済的虐待 高齢者の財産を不当に処分すること、そのほか高齢者から不当に財産上の利益を得ること 訪問看護師にも通報義務がある 高齢者虐待防止法は「虐待を受けたと思われる利用者を発見した場合は、速やかにその事実を市町村に通報しなければならない」と定めています。この義務は、訪問看護をする看護師にも当然課せられています。 通報を受けた市町村や地域包括支援センターは、調査を行い、虐待を認定した場合、行政権限で利用者を措置処分により隔離することができます。緊急ショートステイや特別養護老人ホームへの入所を速やかに行うことで利用者を虐待者から引き離すのです。 「どの虐待に当たるか?」から出発する 先ほど「法律を踏まえて対応する」と書きました。現場の訪問看護師が具体的にすべきことは、虐待ではないかと思われたときに5つの虐待のどれに当てはまるかを考えることから始めます。 今回のGさんの事例では、「高齢者を衰弱させるような著しい減食、または長時間の放置、養護を著しく怠ること」、すなわちネグレクトが成立する可能性があります。そして、法律では「虐待を受けたと思われる利用者を発見した場合」に通報すべきとしているわけですから、ネグレクトの可能性がある以上通報をしなければならない、つまりBを選択する考えも十分成り立ちます。 しかし、現段階で直ちに通報することは時期尚早のような気もします。なぜなら、虐待容疑をかけられている長男の妻からは聞き取りをしていないからです。「なぜ、差し入れた食べ物が腐っていたのか」と聞けば、夏場で腐りやすかったり、Gさんが冷蔵庫に入れなかったりしたことが原因だったと分かるかもしれません。 一方、高齢者の権利擁護の観点からは、「そんな悠長なことをしていては、いつエスカレートするかわからない。腐っていたことは事実であり、認知症であれば食べてしまう危険もある。緊急性は高いのだから、行政に速やかに通報すべきだ」といった意見も考えられるところです。 もちろん暴力を受けていることが明らかであれば悩まず通報すればよいのですが、虐待の内容によっては突き詰めて考えていくと、結局何をすればよいかがわからなくなるという難しいケースが実は多いといえます。この点、虐待防止法は具体的にどこまで調査をした上で通報に踏み切るべき、ということまで定めてはいません。そのため、現場ではケースごとに判断せざるを得ないのです。 他職種と連携し必要な対応を検討する こうしたことを踏まえた上で、今回は正解をCとしました。その主な理由は、暴力や暴言といった緊急性を認めがたく、Gさんには認知症の疑いがあり何らかの誤解が生じている可能性が考えられるからです。 そもそも、日々の食事については宅配弁当といった別の方法も考えられ、身内に頼らなければならないものでもありません。また、長男の妻に介護負担がかかっていることが推測されます。ケアマネジャーに、そもそもこの状況を把握しているかをさっそく確認し、情報共有することが無難でしょう。訪問看護師が自分で直接長男の妻にヒアリングすることもできますが、その後どのようなケアプランを組み立てるかはケアマネジャーの管轄です。連携先としては、ケアマネジャーが適任といえます。 虐待の疑いありとして、直ちに市町村や地域包括支援センターに通報することも間違いではありませんが、ケアマネジャーに報告したとしても、利用者の安全確認や事実確認、情報収集などが行われることになります。ですから、まずはケアマネジャーに託す選択肢も十分考えられるのです。 もし、ケアマネジャーがまったく対処せず、状況が改善しないようであれば、そのときは迷わず通報をすればよいでしょう。 さて、最後に今回の回答例を示しますが、これはあくまで一例です。利用者さん本人に「あなたは虐待されている可能性があります」と言うこともできますが、現実的とはいいがたいです。どのような対応がベストか、ぜひ職場のみなさんで話し合ってみてください。 回答例 「食べ物がないと困りますね。ただ、息子さんの奥様もわざと腐ったものを出しているわけではないかもしれませんので、さっそく担当のケアマネジャーにこのことを伝えてみますね。」 執筆 外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka編集:株式会社照林社

法制度「生活保護」
法制度「生活保護」
特集
2023年3月14日
2023年3月14日

知っておきたい生活保護の基礎知識ー「生活保護を受けたい」と相談されたら?

この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回のテーマは「生活保護」です。 事例 独居の利用者Eさん(70代男性)。タクシーの運転手を自営業で細々と営んできましたが、引退後は貯金を切り崩して生活してきました。年金は、納付期間が短かったため、月4万円程度しか受給できていません。 ある日、訪問した看護師のFさんは、思い詰めた表情のEさんからこう打ち明けられました。 「お恥ずかしい話だが、もうお金がありません。ついては、生活保護を受給したいのだが、ここに現金で10万円ある。これだけは私の葬儀代として別にとっておきたい。でも、所持金が完全にゼロにならないと生活保護は受けられないのですか。もしそうなら、あなたに預かってもらって、私が死んだら葬儀代に充ててほしい。」 Eさんは目立った浪費癖もなく、堅実に生活しているかに見えましたが、よくよく話を聞いてみると、昔ギャンブルにはまっていたそうです。そのころに作った借金の支払いにずっと追われており、返済は今でも100万円ほど残っていると言います。 相談を受けたFさんとしては、「役所へどうぞ」と言えば済みそうですが、それだけではさすがに冷たい対応と言われてしまいそうです。10万円を預かる話も断るべきことはわかりますが、どのような言い方をすればよいのでしょうか。 回答例 「生活保護を受給されたいのですね。その場合、福祉事務所にご相談いただく必要があります。生活保護は、国が定めた「最低生活費」に満たない収入しか得られない人を保護するための制度です。ご自身の経済状況を正直に申告することが大前提となりますし、そもそも看護職員は利用者様の金銭をお預かりできる立場にはなく、お金をお預かりすることはできません。生活保護にはいくつか種類があり、葬儀の補助もあるそうですので、葬儀代のことはそれほどご心配なさる必要はないかと思います。そうしたことも含めて、福祉事務所の生活保護担当の方にご相談されてみてはいかがでしょうか。」 今回は、利用者さんが生活保護を受給する場合の支援機関へのつなげ方はもちろん、生活保護の受給条件や申請の流れ、扶助の内容なども確認していきましょう。制度について知っておくことで、適切な対応につながると思います。 生活保護とはどんな制度か 生活保護とは、病気で働けない、失業で収入がないといった理由で生活費が足りない方に、その不足の程度に応じて、最低限の生活保護費(以下、保護費)を国から支給される制度です。日本国憲法第25条ではすべての国民に生存権を認めており、1項には「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」と定められています。この権利を実現するための施策が生活保護です。 なお、生活保護の申請件数は年々増加傾向にあります。特に新型コロナ以降は急増しました。2022年10月時点の調査結果では、生活保護を受給する世帯は約164万世帯あり、そのうちの約半数が単身の高齢者世帯となっています1)。 生活保護を受けるための要件 厚生労働省は、生活保護を受けるための要件を「生活保護は世帯単位で行い、世帯員全員が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することが前提であり、また、扶養義務者の扶養は、生活保護法による保護に優先します。」と説明しています2)。 つまり、生活保護を申請する前に以下のことが求められているのです。・預貯金や土地、生命保険、自動車といった資産があれば、それらを売却して生活費に充てる・世帯の中で働くことが可能な人がいれば、その能力に応じて働く・年金や雇用保険、健康保険、児童扶養手当など、他の制度で給付を受けることができる場合は、まずはそれらを生活費に充てる・配偶者や両親、祖父母、きょうだいといった3親等以内の親族から援助が受けられる場合は援助を受ける その上でもなお毎月の世帯収入が「最低生活費」に満たない場合、生活保護を受けることができます。 支給される保護費は「最低生活費―世帯収入」で決まる 最低生活費とは「生活扶助」と「住宅扶助」の合計金額のこと。生活扶助と住宅扶助の金額は、居住する地域や家族構成、生活態様などによって大きく異なります。世帯収入がこの額に満たない場合に、最低生活費から収入を差し引いた額が保護費として支給されます。 例えば、Eさんの居住地を東京都八王子市と仮定した場合、70代の単身世帯の生活扶助は74,220円、住宅扶助は53,700円です。これを合計すると最低生活費は127,920円です。Eさんの収入は、毎月支払われる年金が相当しますので、あくまで概算ですが「127,920円-40,000円=87,920円」程度の保護費を受けられることになります。 生活保護には8種類の扶助がある 一口に生活保護といっても、実は8種類に分類されます。表1に種類と内容をまとめましたので、ご覧ください。 表1 生活保護の種類と内容 これらの中から申請者の生活に必要な扶助が、福祉事務所の審議に基づき、単体で、あるいは組み合わせて支給されます。Eさんの場合、生活扶助、住宅扶助、医療扶助、介護扶助、葬祭扶助の5つが受けられそうです。 なお、生活保護を受給している場合も訪問看護の利用は可能です。Eさんのケースであれば、事前に福祉事務所に介護扶助、あるいは医療扶助の申請を行い、福祉事務所の指示に従い必要な手続きをします。 生活保護受給までの流れ 相談・申請 まずは、居住する市町村の福祉事務所の生活保護相談窓口に行きます。そして、ケースワーカーと呼ばれる生活保護担当者に、制度や申請について詳しい説明を聞きます。 その際、先ほどご説明したように、生活保護以外の方法を活用できないか確認されます。もしあれば指示に従いますが、それでも生活保護が必要であれば申請の手続きを行います。 持参する物 収入を申告する書類や資産状況を示す通帳や生命保険の証書、本人確認書類として健康保険証や運転免許証などを用意します。初回の相談で完璧にそろえる必要はないので、ケースワーカーに聞いて準備すれば十分です。 結果通知 申請後2週間から1ヵ月の間に自宅に「保護決定通知書」が届きます。生活保護が却下された場合、却下理由に不服があれば、行政不服審査法に基づく再審請求を行うことが可能です。 生活保護受給後は制限や義務があることも知っておく 生活保護のメリットは、言うまでもなく、働けない状態でも最低限の生活費を受給できる点です。Eさんのように訪問看護を利用しているのであれば、介護費や医療費が現物支給されるのは大きなメリットでしょう。他に、住民税、国民年金保険料なども免除されます。 ただし、さまざまな制限や義務が生じることも知っておきたいポイントです。 特に確認したいのは、申請時点で所有ができる財産が制限されることです。基本的に、車や高級腕時計といった贅沢品の所有は認められません。ローンやクレジットカードも利用できません。ただし、預貯金は最低生活費の半額以下であれば、所有が認められます。Eさんの場合、10万円の所持金がありましたから、ゼロにする必要はないですが、3~4万円は使ってからでないと認められない可能性が高いでしょう。 そのほか、年に2~3回程度、ケースワーカーによる家庭訪問を受けることが義務づけられます。また、福祉事務所に毎月収入状況を申告しなければなりません。 受給後の生活において、収入の申告は非常に重要です。申請時よりも収入や財産が増えた場合、必ず報告しなければなりません。報告せずに保護費を受給し続けると、不正受給とみなされ、返還しなければならなくなります。悪質と判断されて逮捕に至る場合もあるので、収入を得たらすぐに報告します。 扶養照会の運用は大幅に見直された 従来、生活保護申請者にとって大きな心理的負担となっていた親族への扶養照会は、2021年に出された厚生労働省の通知により運用が改められました。DVや虐待がある場合、一定期間音信不通が続いている(例えば10年程度)、相続をめぐり対立している、といった事情がある場合は、扶養照会を行わなくてよくなりました。 また同年、福祉事務所職員の実務マニュアルも改正されました。生活保護の申請者が扶養照会を拒んだ場合、その理由を丁寧に聞き取り、照会をしなくてもよい場合にあたるかどうかを検討するという対応方針が新たに示されました。加えて、扶養義務の履行が期待できる者に限る、という点も明確になりました。 もし、利用者さんが「家族に知られたくない」と思い、申請に踏み切れないケースがあれば、この点を伝えてあげることで安心されるかもしれません。 ワンポイントメモ 借金があっても生活保護の申請はできるの? 事例のEさんのように借金がある場合でも生活保護の申請は可能です。ただし、受給後に、支払い督促に応じて弁済してしまうと不正受給と見なさるので注意が必要です。なぜなら、保護費は借金返済のために支給されるものではないからです。 では、どうすればよいかというと、債務整理が有効です。裁判所を介する「自己破産」の制度が別にあるので検討するとよいでしょう。まずは、経済的にお困りの方が無料で弁護士に相談できる「法テラス」といった機関を利用し、相談してみてはどうか、というアドバイスが可能と思います。 ▼「法テラス」ホームページttps://www.houterasu.or.jp/ 執筆 外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka 記事編集:株式会社照林社 【引用】1)厚生労働省「被保護者調査(令和4年10月分概数)」https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/hihogosya/m2022/dl/10-01.pdf2023/1/16閲覧2)厚生労働省「生活保護制度」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/seikatuhogo/index.html 2023/1/16閲覧

相続・遺言の「いろは」―「遺産を寄付したい」と相談されたら?
相続・遺言の「いろは」―「遺産を寄付したい」と相談されたら?
特集
2023年2月21日
2023年2月21日

相続・遺言の「いろは」―「遺産を寄付したい」と相談されたら?

この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回のテーマは「相続・遺言」です。 事例 豪邸に住む利用者のCさん(80代男性)。大金持ちですが、一人暮らしで、どことなく寂しそうです。Cさんは寝たきりで、全額自費で訪問看護サービスをフルタイムで利用しています。 そんな中、看護師のDさんはCさんから次のように依頼されました。「私はもう長くないことがわかっている。あなたも知っていると思うが、私には子どももきょうだいもおらず、私の死後、遺産を相続する者がいない。そうなると国に納めることになると思う。そうなるよりは、少しでも有意義なことに使いたいと思い、かねてから応援している環境保護団体に私の遺産を寄付したい。Dさん、こんなときどうすればよいか、教えてくれないか。」 Dさんは心の中で「えーっと、これっていわゆる相続の問題ですよね。何をどこまで説明すればよいのだろう…」と焦りました。もちろんDさんは法律の専門家ではありませんからアドバイスはできません。でも、自分の親や、いずれは自分自身も関わらざるを得ないテーマですから、基本的なことは知っておきたいと思っていました。「遺書みたいなものを書けばよいのかしら? 相談する先は弁護士? まずは、ケアマネジャーに伝えればよい?」とぐるぐる考えが巡るDさん。この悩みをスッキリ整理しましょう。 回答例 「その場合、遺言を書くことになると思います。ただ、遺言の書き方には決まり事があるそうです。法的に有効なものを作り、確実に実行するには、やはり法律の専門家に相談されたほうがよいでしょう。相続や遺言を専門とする弁護士や司法書士を探されるとよいと思います。」 遺産を「相続」する人は法律で決められている 人が死亡すると「相続」が発生します。相続とは、その人が所有していた預貯金や不動産、有価証券などの遺産を、相続人が相続割合に基づき引き継ぐことをいいます。相続では、この亡くなった人を「被相続人」、遺産を引き継ぐ人を「相続人」と呼びます。 相続人は、民法でどのような関係の人がどういった順番でなれるのかが定められています。被相続人に配偶者(妻や夫)がいる場合、必ず配偶者が相続人になります。そして、子がいるときは子が第1順位、子がおらず親が生きているときは親が第2順位、子も親もおらず、きょうだいのみがいるときはきょうだいが第3順位として相続します(図1)。 そして、今回のように相続人が誰もいない場合、被相続人の遺産は国に帰属することになります。 図1 相続人の範囲と優先順位 遺言を作成すれば相続の内容を決められる では、どうすれば自分の死後、財産の使い道を指定できるのでしょうか? 実は、簡単な方法があります。それは、どのような紙でもよいので、本人が自筆で「遺言」を作成することです。(※「遺言」は「ゆいごん」と読みますが、法的に正確な読み方は「いごん」です。) なお、遺言には民法で定められたいくつかの要件があります。以下に、その一部を簡単にまとめました。こういった要件を満たしていないと、せっかく遺言を作成しても無効になってしまう恐れがあるため、注意が必要です。  【求められる要件(一部)】・本人が、遺言の本文のすべてを自筆する(※)。・遺言を作成した年月日を具体的に記載する。・本人が署名・押印する(押印は実印でなくてもよく、認印でも問題ない)。・誰に何を相続させるのか、相続内容を明記する。・誤字・脱字は訂正する(訂正方法は民法で定められている)。※遺産目録を付ける場合、その目録は自筆ではなく、パソコンで作成してもかまいません。 今回の事例であれば、「私の死後、私の財産は〇〇環境保護団体に遺贈する」と全文を自筆します。そこに、作成日、氏名を記載し、氏名の横に押印すれば完成です。これにより立派に法律上有効な遺言となり、Cさんの死後、書かれているとおり実行されます。 自筆では心配なら「公正証書遺言」の選択もあり 自筆の遺言は、手軽に作成できる反面、その有効性を争われやすいというデメリットがあります。また自宅で保管していると、紛失したり、死後誰にも発見されなかったりというリスクがあり、心もとない面もあります。また、麻痺や筋肉の疾患などで自筆が困難な場合もあります。 そのようなとき、第三者機関に遺言を作成してもらうことができます。これを「公正証書遺言」といいます。公証役場で公証人が間違いのない遺言を作成してくれます。また、健康上の理由で公証役場まで出向けない場合、公証人が自宅や病院へ出張してくれるサービスもあります。Cさんにとってはうってつけですね。ただし、公正証書作成の手数料以外に、1~2万円程度の日当や交通費が必要です。 「遺言執行者」を決めておこう ここで、遺言を確実に実行するためのワンポイントアドバイスをお伝えします。せっかく遺言を作成したのに、死後、誰にも気づいてもらえず処分品の中に埋もれたまま…という事態にならないよう、「遺言執行者」を指定しておくことをおすすめします。 遺言執行者とは、相続が遺言どおりに実行されるように必要な手続きを行う人のことをいいます。特別な資格は必要ないので、未成年や破産者でない限り、誰でもなることができます。信頼できる人を見つけたら「このような遺言を書きたいので、執行してくれないか」と頼み、承諾を得たうえで、遺言に「〇〇さんを執行者に指定する」と追記すれば完了です。 執行者の責任は重大なため、法律の専門家で、業務を間違いなくやり遂げてくれる弁護士や司法書士に依頼すると確実です。 今回の事例では、遺産を受け取る環境保護団体(受遺者といいます)も執行者になれます。生前に贈り先の団体に受遺者になってほしいとの意思を伝え、先方の承諾を得られるのであれば、執行してもらうのが最も確実な方法といえるでしょう。一方、生前に受遺者を明らかにしたくないのであれば、やはり法律業務の専門家に仕事として依頼することをおすすめします。 些細なミスで遺言が無効にならないように ここまで読んで「よしわかった、早速手近にあるメモ用紙に書いていただこう」とお手軽に遺言を利用者さんにすすめてしまうことは禁物です。簡単なように思えますが、先ほどご紹介した要件を1つでも満たさなければ無効とされてしまうのが遺言の恐ろしいところです。 例えば、作成日を「令和5年1月吉日」とぼかして書いた場合、それだけで「日付が書かれていない」として無効と判断されます。また、押印が何もない場合も無効です。なお、押印は、印鑑である必要はなく、拇印、そのほかの指の頭に墨や朱肉をつけて押捺すること(指印)でもよいとされています。 遺言は自分で作成が可能ですが、いざというときに使えないと無用なトラブルを引き起こしかねません。トラブル回避のためにも間違いのない遺言を作成する必要があるのです。 遺言作成の相談先は課題に応じて選択 では、Cさんの事例の場合、Dさんはどのような専門家に相談すればよいでしょうか。「法律家なんて知り合いにいないし…」という場合、検索して一から探さざるを得ませんが、信頼できるところに頼みたいものです。 相談先は以下のとおり、たくさんあります。それぞれに特徴がありますので、抱える課題や状況に応じて選択するとよいでしょう。ただし、相談先が相続関係に精通しているとは限らないため、「遺言作成業務を取り扱うか」を必ず事前に確認することが大切です。 弁護士 法律といえば弁護士ですが、トラブル解決の専門家であり、費用が最もかかります。そのため、「相続人が揉めている」といったトラブルの火種がない場合、司法書士や行政書士でも十分と思います。 司法書士 司法書士は不動産の登記業務を得意とする専門家です。もし遺産に不動産がある場合、不動産の相続方法や登記を含めた遺言作成の相談が可能です。 行政書士 行政書士は書類作成を主に行う専門家です。複雑な事情がなく、遺言の形式チェックを依頼したい場合、行政書士が適任でしょう。 税理士 税理士は税に関する専門家なので、相続税や贈与税の負担をなるべく軽くしたいといった相談が可能です。 各士業の公的団体 各専門家の事務所を検索すると多くの候補が出てきます。迷う場合は、各士業の公的団体にアクセスするのが無難です。弁護士であれば弁護士会です。「お住まいの都道府県名+弁護士会」で検索し、相談窓口の部署に電話をかけ、相談予約を取ります。 法テラス(日本司法支援センター) 利用者さんに金銭的な余裕がない場合、「法テラス(日本司法支援センター)」がおすすめです。法テラスは、国(法務省)が設立・運営する相談機関で、弁護士や司法書士に無料相談することができますし、そのまま着手を依頼することも可能です。なお、役所で開催される無料市民相談もありますが、相談した弁護士にその場で依頼することができないという欠点があります。「法テラス+地元の名称」で検索し、最寄りの法テラスに予約を取ることをおすすめされるとよいでしょう。 執筆 外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka 記事編集:株式会社照林社

成年後見制度とは―認知症の利用者さんから「通帳を預かって」と言われたら?
成年後見制度とは―認知症の利用者さんから「通帳を預かって」と言われたら?
特集
2023年1月17日
2023年1月17日

成年後見制度とは―認知症の利用者さんから「通帳を預かって」と言われたら?

この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談内容に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回のテーマは財産管理にかかわる「成年後見制度」です。 事例 軽度認知症の利用者Aさん。一人暮らしを続けてきましたが、最近は物忘れが目立つようになり、ガスコンロをつけっぱなしにするなど「危なっかしい」と周囲は感じています。 そんな中、訪問看護師のBさんはAさんから次のように依頼されました。「私は子どもも連れ合いもいないし、きょうだいは疎遠だからいざというとき誰にも頼ることができないの。この前テレビで、私のような独り身の家に強盗が押し入ったというニュースを見て、急に怖くなって。あなたなら信用できるから、私の通帳を預かってくれないかしら。もちろんお礼はします。」 「Aさんと信頼関係が築けていたんだ」とうれしくなった反面、さて困ったことになったと思うBさん。利用契約上かかわっているに過ぎない一看護師ですから、そこまでできないことは確かです。通帳のお預かりはお断りしなければなりませんが、Aさんから「じゃあ、私はどうすればいいの?」と尋ねられたとき、Bさんは何と答えればよいでしょうか? 回答例 「成年後見制度という制度があって、そこで通帳の管理をしてくれるそうですよ。一度、法律の専門家に相談されるのはいかがでしょうか。難しいようでしたら、私からケアマネジャーや地域包括支援センターの人におつなぎしますね。」 通帳をお預かりすることは財産管理につながります。Aさんのように、認知症で判断力の低下が見られ、財産管理に不安がある場合、専門的なサポートが必要でしょう。このようなときに利用できる制度として「成年後見制度」があります。 成年後見制度とは 成年後見制度(略称「後見制度」)とは、認知症や精神障害などで判断力が不十分な人のために、財産の管理や収入・支出の管理、また介護サービスの利用契約を締結するといった生活環境を整える行為を代わりに行ってくれる、後見人をつける制度です(図1)。 後見人は、本人の財産の一切を預かり収入や支出を管理しますが、いわゆる「お小遣い」として自由に使えるお金を本人に渡すこともあります。実際にいくらを渡すか、また本人の希望にどこまで応じるかについては基本的に後見人の裁量に委ねられています。そのため、本人の購入希望を後見人が断り、トラブルになるケースもあります。 図1 成年後見制度の全体像 図1に示すとおり、成年後見制度には「法定後見」と「任意後見」の2つがあります。順に説明していきましょう。 法定後見 法定後見とは、すでに判断力が不十分な人に家庭裁判所が後見人をつける制度です。 法定後見は、さらに3つの類型に分かれています。認知症が重い方から順に、後見、保佐、補助とランクが用意されているイメージです(図1)。 1.後見認知症や精神障害などにより判断力が欠けている人について本人や親族らの申し立てによって、家庭裁判所が「後見開始の審判」をして、本人を援助する人として後見人を選任する制度です。後見人は、本人に代わって契約を結んだり(法律行為の代理)、本人の契約を取り消したりすることができる(法律行為の取消)など、幅広い権限を持ちます。 2.保佐判断力が著しく不十分な人について、家庭裁判所が保佐人を選任する制度です。保佐人は、本人が不動産の売却時に一定の重要な行為をすることに同意したり(一定の行為の同意)、本人が保佐人の同意を得ずにしてしまった行為を取り消したりすること(一定の行為の取消)を通じて、本人の財産を守ります。 3.補助一人で判断する能力が不十分な人について、家庭裁判所が本人を援助する人として補助人を選任する制度です。保佐人より預かる権限は限られます。 任意後見 任意後見は、判断力が十分あるときに、将来自分の後見人になる人と契約を交わす制度です。 任意後見の場合、法定後見のような分類はありません。また、本人や親族らが家庭裁判所に申し立てる必要がある法定後見と違い、将来自分の後見人になってもらう人と契約(任意後見契約)を交わします。そして、いざ判断力が十分でなくなった時点で、後見人になる人が家庭裁判所に申告をすることによりスタートします。 後見人には報酬を支払うことも 後見人の実務に対して報酬を支払うことがあります。法定後見の場合、後見人からの申し立てによって家庭裁判所が報酬額を決定します。報酬額は、被後見人の財産の規模や後見人の実務の内容をもとに妥当な金額が算定されます。一概には言えませんが、2万円程度です。 任意後見では、被後見人本人と契約を交わすため自由に報酬額を決められます。とはいえ、法定後見の金額にならうことが多く、家族が後見人となる場合、無償であることも少なくないようです。 後見制度を利用するときのメリットとデメリットは? メリットとデメリットは、法定後見か任意後見かで変わってきます。 法定後見の場合、昔からきょうだい仲が悪い、親族間で介護方針に争いがあるなど、トラブルを抱えているときに有効です。家庭裁判所に申し立てをすれば、裁判所が自動的に後見人を選任してくれるからです。その場合は通常、家庭裁判所に登録している第三者の弁護士や司法書士などが選ばれます。 見方を変えれば、家庭裁判所が独断で赤の他人を後見人に据えてしまうリスクがあるといえます。 任意後見は、親族はもちろん、NPO法人のような任意後見をサービスとして提供している団体とも契約することができます。「この人に頼みたい」という意向がはっきりしている場合、確実にその人が後見人になれる任意後見のルートがよいでしょう。一方、先にも述べたように任意後見の報酬は自由であるため、高額な金額を要求するような悪質な団体に引っかからないよう注意が必要です。 まずはオフィシャルな組織に相談してみることをすすめる 事例のAさんの場合、看護師に相談するくらいですから、身内に頼れる人がおらず、誰に相談すればよいかもわからない状況なのでしょう。後見制度については無料で相談に応じてくれる機関がたくさんありますが、まずは司法書士会や社会福祉士会などオフィシャルな組織が行っている相談を受けることがおすすめです。 ▼東京司法書士会ホームページhttps://www.tokyokai.jp/consult/free_consult.html ▼日本社会福祉士会「権利擁護センターぱあとなあ」ホームページhttps://www.jacsw.or.jp/citizens/seinenkoken/shokai.html 認知症や判断力の程度にもよりますが、「他人に自分の財産管理を任せる」というざっくりとした意味を理解できるようでしたら、任意後見の選択肢も考えられます。例えば、事例のBさんのように信頼できる人が身近にいて「その人にお願いしたい」ということであれば任意後見の方法によることで通帳管理を任せることができます。 法定後見では、判断力の低下が重度でなければ、補助人か保佐人がつく可能性が高いです。権限が限られますが、要望すれば通帳管理も任せることができます。 「いきなり専門家に相談するのは勇気がいる」ということであれば、担当のケアマネジャー、あるいは地域包括支援センターに「後見制度につなげるような支援をしてほしい」と申し送ればよいでしょう。 いずれにせよ、言われたとおり通帳を預かってしまうことは、思わぬトラブルに巻き込まれる可能性もあり、厳禁です。 執筆 外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka 記事編集:株式会社照林社 【参考】〇大阪家庭裁判所他「成年後見人等の報酬額のめやす」 https://www.courts.go.jp/osaka/vc-files/osaka/file/f3104.pdf 2022/12/7閲覧

特集 会員限定
2022年7月26日
2022年7月26日

【セミナーレポート】訪問看護の診療報酬改定ポイント~押さえておきたい変更点のポイント~

2022年4月20日に開催した、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー『訪問看護の診療報酬改定ポイント』。セミナーレポート第3回となる今回は、訪問看護関係者が押さえておきたい変更ポイントをまとめます。※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】酒井 麻由美さん株式会社リンクアップラボ代表取締役。医業経営コンサルタント。急性期病院の医事課に勤務した後、2002年から医療や介護領域のコンサルタントとして活動。2018年には独立、自身の会社を設立する。「月刊保険診療」(医学通信社)、「看護管理」(医学書院)、「月刊WAM」(福祉医療機構)など医業・介護経営雑誌に多数寄稿。 目次▶ 「専門性の高い看護師」への期待と評価 ・同行訪問の条件追加 ・専門管理加算の新設 ・医師の手順書加算の新設▶ より合理的な算定を目指すための改定 ・複数名による訪問についての見直し ・情報提供にかかる条件変更 ・ターミナル療養費の条件変更 ・退院支援指導加算の見直し ・遠隔死亡診断補助加算の新設▶ 届出内容に変更が生じた場合に必要な対応▶ 訪問看護指示書の様式 ・リハビリテーション欄変更▶オンライン対応による業務の効率化・合理化を推進 ・カンファレンスの条件変更 ・在宅管理の評価見直し ・入退院支援加算1の算定要件の変更 --> ▶ 「専門性の高い看護師」への期待と評価 ・同行訪問の条件追加 訪問看護ステーションの看護師が訪問する際、専門性の高い看護師が同行すると、追加で点数を算定できます。これまでは「専門性の高い看護師=国または医療関係団体等が主催する褥瘡ケアに係る専門の研修を600時間以上受けた者」と定義されていましたが、今回の改定では「創傷管理関連の特定行為研修(特定行為に係る看護師の研修制度の創傷管理関連の区分の研修)を受けた者」という条件も追加されました。 ・専門管理加算の新設 緩和ケア・褥瘡ケアまたは人工肛門ケアおよび人工膀胱ケアに係る専門の研修を受けた看護師が単独で計画的管理を行った際の評価が新設されました。「専門管理加算」といい、月1回2,500円を算定できます。特定行為研修を修了した看護師も対象になりますが、その場合は医師が訪問指示書と併せて手順書を発行する必要があります。すなわち、特定行為研修を修了した看護師の訪問に専門管理加算を算定できるのは、手順書加算を算定できる利用者を診たときのみです。なお、専門管理加算を算定する月には、専門性の高い看護師が必ず1回以上訪問しなければなりません。また、ひとりの利用者に対して専門管理加算を算定できるのは月1回のみ。複数名の専門の高い看護師が別々に訪問した場合も、算定は1回だけです。 ・医師の手順書加算の新設 医師や歯科医師が、看護師の診療補助を目的に手順書(文書または電磁的記録)を発行した場合、6ヶ月に1回(手順書の有効期限が最大6ヶ月であるため)、150点の手順書加算の算定が認められました。この手順書加算が算定されないと、特定行為研修を修了した看護師の専門管理加算が算定できないので要注意です。 ▶ より合理的な算定を目指すための改定 ・複数名による訪問についての見直し 別表7や別表8に該当する方、特別訪問看護指示書に係る指定訪問看護を受けている方、暴力行為が見られる方などの訪問では「複数名訪問看護加算」を算定できますが、その同行者の定義が明確になりました。「看護補助者」の記載が「その他職員」に変わり、看護師、准看護師、看護補助者(事務職員等を含む)がこれに含まれます。ただし、職種によって訪問回数に上限があります。看護師やPT・OT・ST、准看護師は週1回、看護補助者は週3日です。なお、これまで看護補助者は訪問看護事業所で雇用されていない人員でも構いませんでしたが、秘密保持や安全の観点から事前に研修を行っておくことは重要でしょう。 ・情報提供にかかる条件変更 訪問看護情報提供療養費1には、情報提供先に指定特定相談支援事業者と指定障害児童支援事業者が追加され、算定対象の年齢は15歳未満の小児が18歳未満の児童に拡大されました。訪問看護情報提供療養費2では、情報提供先に高等学校が追加され、算定対象の年齢はすべての条件において15歳未満から18歳未満に引き上げられています。 ・ターミナル療養費の条件変更 利用者が退院翌日に亡くなった場合、退院日は退院支援指導加算を算定するため、その日の訪問は訪問看護ターミナル療養費の算定基準となる2回にカウントできませんでした。今回の改定では、退院支援指導加算の対象日もカウントが可能になり、訪問看護ターミナル療養費を算定しやすくなっています。 ・退院支援指導加算の見直し 長時間にわたる療養上必要な指導を行ったときは、退院支援指導加算を8,400円算定していいという要件が加わりました。 ・遠隔死亡診断補助加算の新設 遠隔死亡診断を行う際、従来は看護師のサポートへの評価は行われていませんでしたが、遠隔死亡診断加算として1,500円を算定できるようになりました。ただし、厚生労働大臣が定める地域に居住する利用者であること、厚生労働省「在宅看取りに関する研修事業」および「ICTを活用した在宅看取りに関する研修推進事業」により実施されている研修を受けた看護師が配置されていることという条件を満たした場合のみになります。 ▶ 届出内容に変更が生じた場合に必要な対応 従来は、届出内容に変更があって当該届出基準を満たさなくなった、もしくは当該届出基準の届出区分が変更となった場合は、変更の届出を行うことが義務づけられていました。今回の改定では、「機能強化型訪問看護療養費に係る届出」に記載した看護職員数等について、当該届出基準に影響がない変動なら、変更の届出は不要となっています。なお、「専門管理加算に係る届出」に記載した専門の研修を受けた看護師が退職し、同様の研修を受けた看護師を新たに雇用した場合は、算定要件に影響するため変更の届出が必要です。 ▶ 訪問看護指示書の様式 訪問看護指示書内の「留意事項及び指示事項」Ⅱの1記載が変更になりましたが、2022年3月31日以前に交付した分は、変更後の様式による再発行は不要です。 ・リハビリテーション欄変更 訪問看護指示書のリハビリの欄について、PT・OT・STの誰が行くのか、また1日あたり何分、週何回行くのかの指示が必要になりました。PT・OT・STの訪問回数が決まったことにより、看護師の代わりにPT・OT・STが訪問するのもNGに。指示書と異なる訪問を行う場合は再発行が必要です。 ▶ オンライン対応による業務の効率化・合理化を推進 ・カンファレンスの条件変更 医療従事者等によって行われるカンファレンスについて、参加者全員のオンライン参加が可能になりました。例えば退院後カンファレンスもオンラインのみで完結します。 ・在宅管理の評価の見直し 在宅時医学総合管理料(施設入居時等医学管理料)について、これまでは月の訪問回数が2回または1回の2種類で管理料を定めていましたが、今回の改定から「月2回の訪問のうち1回はオンラインで管理」という種類が加わり、点数が新設されました。 ・入退院支援加算1の算定要件の変更 100床以上を有する地域包括ケア病棟は入院支援加算1の算定が必須となり、連携する医療機関や介護施設など、訪問看護ステーションを含む25ヶ所以上の職員と、年3回以上の面会が必要になりました。なお、この面会はオンラインでOK。つまり、病院にとってオンライン対応ができない訪問看護ステーションは連携しにくいということです。オンライン設備の整備・活用は、今後必須になるといっても過言ではないでしょう。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集 会員限定
2022年7月19日
2022年7月19日

【セミナーレポート】訪問看護の診療報酬改定ポイント~これからの訪問看護ステーションに求められること~

2022年4月20日に開催したオンラインセミナー『訪問看護の診療報酬改定ポイント』。セミナーレポート第2回となる今回は、改定によって「これからの訪問看護ステーションには、なにが求められるのか」についてお届けします。※約60分間のセミナーのから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】酒井 麻由美さん株式会社リンクアップラボ代表取締役。医業経営コンサルタント。急性期病院の医事課に勤務した後、2002年から医療や介護領域のコンサルタントとして活動。2018年には独立、自身の会社を設立する。「月刊保険診療」(医学通信社)、「看護管理」(医学書院)、「月刊WAM」(福祉医療機構)など医業・介護経営雑誌に多数寄稿。 目次▶ より高まる「機能強化型」訪問看護ステーションへの期待 ・地域医療機関や住民への情報提供 ・地域の訪問看護ステーションへの研修の実施 ・「専門の研修を受けた看護師」の配置は今後2年間で検討を▶ これからは事業継続計画(BCP)の策定が必須に ・複数の訪問看護ステーションによる、24時間対応体制の評価拡大 --> ▶ より高まる「機能強化型」訪問看護ステーションへの期待 2024年以降は病院の病床数を減らし、その分訪問看護をもっと活用していこうという流れがあるなかで、今回の診療報酬改定では「機能強化型1」「機能強化型2」にあたる訪問看護ステーションの単価が増額されました。その代わりに、以下のとおり新たに求められることも増えています。 ・地域医療機関や住民への情報提供 訪問看護の利用拡大に向けた課題のひとつに、「訪問看護がどういうときに使えるか、どんなメリットがあるか」が十分に理解されていない現状が挙げられます。病院の医師や看護師を含め、「訪問看護は、点滴など何らかの処置が自宅で必要になったときに利用するもの」だと思っている方も多いですが、実際はそうではありませんよね。みなさんご存じのとおり、病状を観察したり、患者さんの家族の相談に応じたりといった対応も行っています。そうした「訪問看護に関する正しい情報を、地域の医療機関や住民に発信する」ことが、機能強化型1、機能強化型2の訪問看護ステーションに新たに求められます。 ・地域の訪問看護ステーションへの研修の実施 訪問看護ステーションのなかでも、機能強化型1、2に分類される施設には多くの看護師が在籍していて、看取りの対応や重症の患者さんの看護経験も豊富な傾向にあります。そこで、機能強化型1、2の訪問看護ステーションで培われた「質の高いノウハウを、地域のそのほかの訪問看護ステーションに研修で伝える」ことが義務づけられました。これにより、各地域の訪問看護の品質を底上げすることが狙いです。 この「研修」の内容や期間については、現在のところ明確な基準は特にありません。訪問看護の品質向上やより幅広い利用につながるものであればOKとされています。例えば、地域の訪問看護ステーションと連携して事業継続計画(BCP)を策定し、その内容を研修や訓練という形で共有する。または、地域の医療従事者の方々に訪問看護に同行してもらい、実際の現場の様子を見せながら研修を行うといったことが挙げられるでしょう。 なお、研修の形式はオンラインでも可能とされています。ご自身の事業所の状況に合う研修の形を考えてみてください。 ・「専門の研修を受けた看護師」の配置は今後2年間で検討を 今回の改定で注目したいポイントのひとつが、すべての機能強化型訪問看護ステーションに「在宅看護に係る専門の研修を受けた看護師が配置されていることが望ましい」という記載があることです。「在宅看護に係る専門の研修」とは、具体的には以下のとおりです。 ・日本看護協会の認定看護師教育課程・日本看護協会が認定している看護系大学院の専門看護師教育課程・日本精神科看護協会の精神科認定看護師教育課程・特定行為に係る看護師の研修制度により、厚生労働大臣が指定する指定研修機関において行われる研修 なお、2022年の改定では「配置されていることが『望ましい』」という記載にとどまっていますが、2024年にはおそらく配置が『必須』になると予想されます。次回の改定の際に焦ることのないように、今後2年間のうちに専門の研修を受けた看護師の配置を実現できるよう対応を進めておくことをおすすめします。 ▶ これからは事業継続計画(BCP)の策定が必須に もうひとつ今回の改定で義務づけられたのが、業務継続に向けた取り組みの強化、つまりはBCPの策定です。感染症や非常災害が発生した際も利用者に訪問看護の提供を継続的に実施すること、もしくは非常時の体制で早期にサービス提供の再開を図ることを目指します。なお、BCPの策定は2021年の介護報酬改定でも義務づけられています。その際に対応している場合は、同じ内容で問題ないでしょう。 ・複数の訪問看護ステーションによる、24時間対応体制の評価拡大 BCPの策定にあたって知っておきたいのが、24時間対応体制の構築における複数の訪問看護ステーションの連携ルールが変わったことです。これまでも、2つの訪問看護ステーションが連携して24時間対応をした場合であっても、「24時間対応体制加算」の算定は認められていました。ただし、特別地域もしくは医療資源が少ない地域に所在する訪問看護ステーションのみという条件がついていたのです。 しかし今回の改定では、前述の条件に加えて、自然災害等の発生に備えた地域の相互支援ネットワークに参画している訪問看護ステーションでも算定が認められることになりました。「自然災害等の発生に備えた地域の相互支援ネットワーク」とは、具体的には以下の3つを指します。 ・都道府県、市町村または医療関係団体等が主催する事業・自然災害や感染症等の発生により業務継続が困難な事態を想定して整備された事業・都道府県、市町村または医療関係団体等が当該事業の調整等を行う事務局を設置し、当該事業に参画する訪問看護ステーション等の連絡先を管理している なお、医療資源が少ない地域の訪問看護ステーションと、(特別地域もしくは医療資源が少ない地域にある)地域の相互支援ネットワークに参画している訪問看護ステーションとが連携した場合も、24時間対応体制加算の算定が可能です。 次回は、「押さえておきたい変更点のポイント」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集 会員限定
2022年7月12日
2022年7月12日

【セミナーレポート】訪問看護の診療報酬改定ポイント~2022年改定の目的とは~

2022年4月20日、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー『訪問看護の診療報酬改定ポイント』を開催しました。講師は、株式会社リンクアップラボの代表取締役、医業経営コンサルタントの酒井麻由美さん。3回に分けてセミナーの様子をお届けします。※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】酒井 麻由美さん株式会社リンクアップラボ代表取締役。医業経営コンサルタント。急性期病院の医事課に勤務した後、2002年から医療や介護領域のコンサルタントとして活動。2018年には独立、自身の会社を設立する。「月刊保険診療」(医学通信社)、「看護管理」(医学書院)、「月刊WAM」(福祉医療機構)など医業・介護経営雑誌に多数寄稿。 目次▶ 高齢者の支え手、医療人材の不足を受けた診療報酬改定▶ 地域医療構想のこれまでの変遷と、2024年以降の見通し▶ 病床削減に向けて22年改定で示された2つの方針 ・方針1:地域包括ケア病棟機能の見直し ・方針2:在院日数の短縮・入退院支援機能の強化▶ 訪問診療、オンライン診療のニーズはますます拡大する --> ▶ 高齢者の支え手、医療人材の不足を受けた診療報酬改定 2022年の診療報酬改定の背景には、深刻な少子高齢化があります。高齢者が増えると同時に、その方々を支える若い人が減っていることは、我が国が抱える重大な問題です。具体的には、2012年はひとりの高齢者を2.4人で支えていたのに対し、2050年にはひとりあたり1.2人で支えるところまで減少する見通しになっています。そこで必要なのが、支え手を増やす努力。今回の診療報酬改定にもその方針が反映されました。また、少子高齢化に紐づく問題として、労働人口の減少も挙げられます。医療資源が限られるなかで、高品質のサービスを効率的に提供し続けられるしくみづくり、すなわち「地域医療構想」も、今回の改定でさらにその内容が見直されています。 ▶ 地域医療構想のこれまでの変遷と、2024年以降の見通し 2012年から始まった地域医療構想は、以下のように段階を踏んで、医療現場が抱える課題の解決を目指しています。 2012年〜2017年:機能分化、役割分担まず2017年までには、機能分化と役割分担が進められました。具体的には、これまで精神科を除く病院の病床は「一般/療養」の2種類に分けられていたものを、2014年6月には「高度急性期/急性期/回復期/慢性期/自宅・介護施設・高齢者住宅」の5つに細分化しています。 2018年〜2023年:機能強化続いて2018年からは、各役割の業務内容の見直しが進められ、機能強化を図っています。急性期・高度急性期は医師・看護師の人員配置が厚いのだから、相応の取り組み、救急医療や専門・集中的な治療を中心にやるなどといった具合です。 2024年以降:病床削減そして2024年以降は、主に急性期を中心に病床削減が進むことが予想されています。コロナ禍でも2022年の改定が厳しい内容となったのは、2024年からの病床削減に向けた準備が必要だったからであると考えられます。 ▶ 病床削減に向けて22年改定で示された2つの方針 2024年からの病床削減に向け、今回の診療報酬改定では大きく2つの方針が示されました。 ・方針1:地域包括ケア病棟機能の見直し まずは、地域包括ケア病棟の機能の見直しです。加齢に伴って増える肺炎や尿路感染、脱水、骨折などの疾病は、高度急性期・急性期ではなく、より看護師配置の割合が低い(10:1〜13:1)地域包括ケア病棟で対応することが求められています。これによって実現するのが、急性期の病床削減、すなわち人材不足問題の解消と医療費の削減です。看護師配置が5:1〜7:1の急性期の入院単価は、40,000円以上。看護師配置20:1、単価19,000円の慢性期と比較すると、急性期を減らすことでどれだけ大きな効果が得られるかがわかるでしょう。 ・方針2:在院日数の短縮・入退院支援機能の強化 そしてもうひとつが、在院日数の短縮。患者さんが今より短い期間で退院すれば、自ずとベッドの使用率を下げることができます。そうして病棟全体の病床数を減らし、その代わり看護師配置30:1の自宅・介護施設・高齢者住宅のベッドを増やすのです。 これはすなわち、疾病によっては病院の外の領域で治療をしていくということになります。実際に2021年の介護報酬改定では、介護老人保健施設で肺炎、尿路感染、帯状疱疹、蜂窩織炎の治療をする場合、1日475単位、つまり4,750円を10日間算定できると定められました。訪問看護においても、今回の改定で同じような変更がありました。医師が指示書と手順書を発行すれば特定行為の研修を受けた看護師が、在宅で褥瘡や脱水などの治療をして良いと明確に認められたのです。これからの時代は「完治したら退院」ではなく、「完全には治ってはいないけれど、続きの治療は老健や在宅で行う」という考え方になっていくことが予想されます。 ▶ 訪問診療、オンライン診療のニーズはますます拡大する 今後、訪問看護のニーズは確実に拡大していきます。なぜなら、2025年には団塊の世代の方々が全員75歳以上に突入し、85歳以上の人口がどんどん増大していくからです。年齢別に要介護認定を受けている方の割合を見ていくと、75歳以上では約3割なのに対し、85歳以上になると約6割にも上ります。これはつまり、6割の方は外来受診が難しくなるということを指します。 実は現在ほとんどの地域で、外来患者数はすでにピークを過ぎています。「新型コロナの影響で患者数が減った」とおっしゃる医師も少なくありませんが、実際は新型コロナの流行と外来患者が減る時期とが重なったのです。オンライン診療が推進された理由も、医療費削減だけではなく、そもそも病院に通えない患者さんが増えていることがあります。また、これからの10年間は亡くなる方が増えます。しかも単身世帯や、老老世帯が増えている状況下にありますから、診療だけでなく、看取りの対応も課題になってくるでしょう。 次回は、「これからの訪問看護ステーションに求められること」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

インタビュー
2022年4月26日
2022年4月26日

訪問看護師がつなぐDCTの未来/分散型臨床試験(治験)

今回は訪問看護師の新しい仕事の領域としてDCTの可能性について考えてみましょう。 黑川友哉千葉大学医学部附属病院 臨床試験部 助教千葉大学医学部附属病院 耳鼻咽喉・頭頸部外科(独)医薬品医療機器総合機構 専門委員 訪問看護師がつなぐDCTという未来 今回は、訪問看護における在宅治験業務の可能性を、①DCTの精度向上への期待 ②治験業務との親和性 ③患者メリットの実現 ④治験促進の貢献 ── の、四つの観点から考えます。さらに、治験をめぐる誤解を取り上げた後、「新しい医療づくり」に言及します。 ①DCTの精度向上への期待 新しい「くすり」の承認を得るための治験には、何よりも精度(信頼性)が求められます。DCT(Decentralized Clinical Trial)は、非病院依存型治験であるため、精度をいかに確保するかが重要な課題といえます。 たとえば、来院せずに自宅などでバイタル(体温、血圧、脈拍、血中酸素飽和度など)を測定することが必要になってきますが、被験者自身が機器を使うよりも、医療の専門職である訪問看護師が機器を使うことで、格段に精度が上がります。私たちのような、大学で治験をマネジメントする立場(ARO;Academic Research Organization)からみれば、どれだけ心強いことでしょう。 ②治験業務との親和性 訪問看護は医師の指示に基づき、指示書どおりに提供されることが重要と聞きました。実は、治験もプロトコールどおりに行うことがきわめて重要であり、訪問看護業務との親和性が非常に高いと感じています。 治験業務のすべてに、標準業務手順書(SOP;Standard Operating Procedures)があり、SOPを遵守することが治験の鉄則です。そうして集められたデータだからこそ信頼でき、「くすり」の承認へとつながっていきます。 ③患者メリットの実現 従来型の治験は、来院が必須でした。逆にいえば、来院できない方は被験者の対象とはなりませんでした。訪問看護の患者さんでいえば、認知症の症状が重い方やALSなどの神経難病の方は、治験の対象となるハードルは非常に高いものでした。 治験は、アンメット・メディカル・ニーズ(Unmet Medical Needs:いまだに治療法が見つかっていない疾患に対する医療ニーズ)の延長線上に位置します。認知症やALSには同様のニーズがあります。 訪問看護の患者さんたちが治験に参加できれば、「命を救う」という、患者さんにとって最大のメリットを実現することになるかもしれません。 ④治験促進への貢献 DCTは、自宅などに居ながら治験に参加できる画期的な方法です。しかし、被験者に名乗りを上げるには、やはり身近な医療専門職のサポートが必要です。訪問看護師さんは、まさにその最有力候補です。 また、従来型の治験は、来院が前提であったため、来院可能なエリアに住む人しか被験者となり得ませんでした。DCTでは遠く離れた医療機関どうしが連携することで、試験に参加できる被験者の居住エリアを全国レベルまで拡大することもできます。訪問看護は、全国津々浦々でサービスを提供しているわけであり、その意味でも、訪問看護師さんがDCTの普及、および治験促進の鍵になるのではないかと強く思っています。 治験をめぐる誤解 日本において、「治験」および「臨床試験」という言葉には、負のイメージがあります。極端ないいかたをすれば、「治験は危険な実験」とのイメージを抱く人もいるようです。 しかし、それは大きな誤解です。DCTでは被験者の安全性が確保されるよう、近隣の医療機関との連携体制を構築したうえで行われます。 また、治験は第Ⅰ相~第Ⅲ相試験の三つのステップがあり、まずは人の体で耐えられるのか、安全なのかという比較的小規模な検討から始まり、徐々に有効性の証明のための大規模な試験へと進んでいきます。臨床試験で何よりも重要なのは、被験者の安全と権利の確保なのです。 DCTでは、医療機関への受診頻度が減る可能性があるといっても、この、安全と権利を守るための体制確保が揺らぐことがないように準備が行われます。 「新しい医療づくり」 訪問看護師が治験に参加するメリットは、「新しい医療づくり」に貢献できることだと考えます。AROに所属する私たちも、まさに、そのことに意義と使命を感じ、治験普及のための支援を行ってきました。 DCTが普及すれば、「病院が遠いから」「歩くのが困難だから」と諦めていた患者さんも、治験に参加するチャンスが生まれます。訪問看護師のサポートがあれば、患者さんは大いに安心して治験のメリットを享受することができます。 アンメット・メディカル・ニーズに応えるために、治験を担う仲間になってほしいのです。どうぞご一緒に、新しい医療を切り開いていきましょう。 記事編集:株式会社メディカ出版

あなたにオススメの記事

× 会員登録する(無料) ログインはこちら