地域包括ケアに関する記事

日本訪問看護財団設立30周年記念 訪問看護サミット2024「すべての人にウェルビーイングを」
日本訪問看護財団設立30周年記念 訪問看護サミット2024「すべての人にウェルビーイングを」
特集
2025年1月28日
2025年1月28日

日本訪問看護財団設立30周年記念 訪問看護サミット2024「すべての人にウェルビーイングを」

少子高齢化や地域コミュニティの変化が進む中、「地域共生社会」をテーマに掲げた『訪問看護サミット2024』が、2024年11月30日(土)に開催されました。設立30周年を迎えた日本訪問看護財団の主催による本イベントは、「すべての人にウェルビーイングを」を合言葉に、訪問看護師をはじめ、医療、福祉、行政等の関係者が集い、地域包括ケアの未来について考える貴重な場でした。訪問看護の発展・継続に向けての具体的な解決策や、新しい地域ケアのあり方について深く議論された本イベントについてレポートします。 30周年を迎えた日本訪問看護財団 日本訪問看護財団は、1994年の設立以来、訪問看護の普及と質の向上を目指し、訪問看護師の育成や支援、情報提供などを通して地域包括ケアを推進。多くの訪問看護ステーションを支援し、制度づくりにも寄与してきました。設立30周年を迎えた2024年、今回のサミットは「明日のエネルギー」になることを目指し、訪問看護の未来を見据える、熱気ある会となりました。 日本訪問看護財団 理事長 田村やよひ氏 理事長の田村やよひ氏は、2040年問題を背景に、訪問看護が「地域包括ケアの要」であると強調。「今後の社会における訪問看護の役割を改めて問い直す場」としてサミットの意義を語り、共感を呼びました。 厚生労働大臣事務次官や文部科学大臣らの祝辞もあり、訪問看護業界と行政との連携の重要性を再認識したほか、訪問看護の発展に尽力した個人や団体への表彰式も行われました。 訪問看護師の役割を改めて考える 3つの特別公演 本イベント内では、地域共生社会の推進に向けて訪問看護師が何をすべきかを考えるために、貴重な特別講演が開催されました。 ◆「ポスト2025年の在宅医療と訪問看護への期待」 医薬品・医療機器業界の政策に深く関わってきた武田俊彦氏は、少子高齢化が想定以上のスピードで進んでいる現状に言及。2040年問題への対応が急務であると指摘しました。 1983年に施行された老人保健法では、在宅医療の推進や入院医療の適正化が掲げられたものの、高齢者のQOLを十分に尊重した医療体制には未だ課題が残るとのこと。従来の地域中核病院に資源を集約する体制を見直し、「医療ネットワーク」「患者や家族」「在宅ケア」が連携し、地域や家族を中心とした医療・介護体制を築く必要性について言及。その中で訪問看護は、生活の質(QOL)を支え、その人らしい人生を形作るための鍵になるとも語りました。訪問看護の持続可能なサービス提供のためには、経営基盤の安定化が急務であるとも述べ、聴講者の共感を集めました。 病院や施設から地域や在宅へのシフトを支える訪問看護師の役割が、これまで以上に重要になることが改めて共有された本講演。政策の振り返りを踏まえつつ、これからの訪問看護が進むべき道筋が示されました。 ◆「訪問看護におけるウェルビーイングとは」~すべての人が幸せに生きるために~ ウェルビーイングを推進している前野マドカ氏は、「医療従事者は自分を犠牲にしがちだが、人は幸せになるために生きているという根本的な事実を忘れてはならない」と提言。ウェルビーイングは、単なる健康にとどまらず、幸せややる気、思いやりなどを含む広い概念であり、これを高めるには学びと行動が不可欠だと解説。幸せは寿命を延ばし、創造性や生産性を高める予防医学としても重要であると述べました。 特に、幸せを育む4つの因子「自己実現」「つながり」「前向き」「独立」をバランスよく育むことが幸福度を高め、他者との良好な関係を築く要であり、「ありがとう」などの優しい言葉には、人の心を満たし、ウェルビーイングを向上させる力があるとのこと。 また、自分の良さや強みを知り、「私は大丈夫」と自分をとことん信じる姿勢が重要だと前野氏。それぞれが自分らしさを活かし、互いを尊重し合い協力することで、共生社会の礎が築かれることを学びました。 ◆ナイチンゲールの地域看護思想から学ぶ~時代を超えても変わらないこと~ 最後は、ナイチンゲール看護研究所 所長の金井 一薫氏による講演。ナイチンゲールが提唱した「病院は患者に害を与えない場所であるべき」「治療処置が絶対に必要である時期が過ぎたならば、いかなる患者も一日たりとも長く病院にとどまるべきではない」といった思想は、地域看護の原点として現代も受け継がれています。金井氏は、現代の日本においても、訪問看護師が行政や多職種と連携して利用者のQOL向上に寄与することの重要性を強調。 また、ナイチンゲールが示した「看護(ケア)の5つのものさし」(生命力の消耗の最小化、もてる力の活用、回復過程の促進、生命力の増大(自然死への過程)、QOLの向上とその人らしい生活(死)の実現)は、現代の訪問看護においても地域連携システムで活用できる普遍的な指針であり、質の高いケアを提供するための基盤であると解説されました。 講演後の平原優美氏(日本訪問看護財団 常務理事)との対談では、制度の隙間で支援が届かない人々に対し、地域包括ケアに関わる職種と行政との連携の重要性が改めて指摘されました。また、学生時代から在宅看護を学び、早期に実践できる人材を育てることが、地域看護の未来を切り拓くために欠かせないとの意見が述べられ、会場から多くの共感を得ました。 日本訪問看護財団の在宅看取りプログラム&災害時ネットワーク 本イベントでは、日本訪問看護財団の取り組みに関する成果や今後の活動等についても報告されました。 ◆在宅看取り教育プログラムの成果とこれから 日本訪問看護財団は、在宅看取りの訪問看護体制を強化することを目的に「訪問看護師向け在宅看取り教育プログラム(PENUT)」を2020年度より開発。2023年度より指導者向けの「PENUT-T」を開発しています。 PENUTは、在宅看取り初心者の訪問看護師が「在宅看取りができそうだ」「やってみたい」と思えることを目指したプログラム。講義と演習を通して、終末期ケアの知識や多職種との連携スキルを習得し、多様な事例を学ぶことで、症状緩和への困難感を軽減する効果が確認されているとのこと。特に、実際に在宅看取りを実践してきた講師が紹介するリアルなケーススタディは、受講者の心に響く内容になっているそうです。 参考:Web研修等のご案内 | 公益財団法人 日本訪問看護財団 公式ウェブサイト 「自宅で最期を迎えたい」と思っても、実際に自宅で最期を迎えられている人は限られている現状があり、訪問看護師が担う役割は重要です。より多くの人が希望通りの場所で最期を迎えられる社会を目指すために、財団の挑戦は続きます。 ◆災害時ネットワークの発足 日本訪問看護財団は、災害時に地域のステーションや関連団体等との迅速な情報共有を行うための「災害時ネットワーク」を発足しました。このネットワークでは、平時から交流会や勉強会を通じて関係性を深め、災害時にはLINEオープンチャットを活用して情報を共有するしくみを構築しています。 参考:災害時ネットワークについて | 公益財団法人 日本訪問看護財団 公式ウェブサイト これにより、被災地における訪問看護ステーションの被害状況や、必要な支援について情報共有が行えるようになります。また、在宅ケアに関わる団体への速やかな情報提供も行えるとのことです。 地域で生きる力を支えるために 今回のイベントでは、設立30周年を記念して制作された、新たなロゴとキャラクターについても発表されました。 日本訪問看護財団の新しいロゴ&キャラクター引用:公益財団法人 日本訪問看護財団「ロゴ・キャラクター紹介」 ロゴに描かれた輪は、利用者や家族、訪問看護師、医師、介護職といった多様な人々がつながり合い、支え合う様子を表現しています。キャラクターは、ふわふわの白い羽で大空を自由に飛び回る小鳥の「エナガ」をモチーフに、親しみやすさと柔らかさを兼ね備えたデザインで、訪問看護師が地域全体を見守る存在であることを象徴しています。 * * * 本イベントは、訪問看護を本気で応援し、未来を本気で変えようとする人々が集う、熱意溢れる場でした。日本訪問看護財団は相談窓口を用意しており、有益な情報発信も数多く行っています。ぜひ積極的に活用していきましょう。 取材・編集:NsPace編集部執筆:佐野 美和

在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法患者の災害対策~事前準備や停電時の対応
在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法患者の災害対策~事前準備や停電時の対応
特集
2025年1月7日
2025年1月7日

在宅酸素療法・在宅人工呼吸療法患者の災害対策~事前準備や停電時の対応

阪神・淡路大震災や東日本大震災に加え、最近では能登半島地震が記憶に新しく、地震や台風などの災害が多く起こっている日本において、国民が抱える災害への不安は計り知れません。その中でも在宅酸素療法(HOT)・在宅人工呼吸療法(HMV)患者さんにとっては、災害時にさまざまなことを考慮する必要があり、事前の準備や連携が重要となります。今回は、HOT、HMV施行時の災害対策について解説します。 災害時に起こりうるリスク(停電時含む) 台風、豪雨、地震、火災、洪水、停電など、災害には数多くのものがありますが、その規模によりさまざまな影響を受けます。台風や地震などの時には停電が起こる確率が高く、機器は電気を要することが多いため、早急な対応が求められます。 機器の取り扱い 酸素濃縮器を使用している場合には、すぐに電源が停止し酸素の供給が止まってしまうため、酸素ボンベにつなぎ変える必要があります。酸素を中断することにより原疾患悪化の可能性があるため、可能な限り安静時の酸素流量で過ごすことが望ましいです。 また、人工呼吸器は充電されているバッテリーに切り替わりますが、充電時間には限度があります。NPPV(非侵襲的陽圧換気)患者さんの場合、その間に可能であれば酸素療法のみに変更したり、TPPV(気管切開下陽圧換気)患者さんの場合には外部バッテリーにつなげたりする必要があります。 酸素ボンベやバッテリーは転倒や落下による被害を受けないように保管場所にも注意を払うことが重要です。使用可能時間を把握した上で業者への連絡を速やかに行います。 感染予防 災害時には劣悪な環境に身を置く可能性が高く、原疾患の悪化だけでなく、感染症に罹患するリスクが高まります。手洗い、アルコール消毒、含嗽、マスク着用などの感染対策を励行することに加え、日頃よりワクチン接種を行っておくことを推奨します。 災害を想定して準備しておくこと 食料品や生活必需品などの準備だけでなく、HOT・HMV患者さんは生命と直結する酸素や電源をどのように調達するのかが最優先となります。停電や緊急時に備えて、患者さん・ご家族が普段から準備しておくとよいことを以下に挙げます。  酸素ボンベは切らすことなく常に余裕をもって配達依頼をする緊急時や停電の中でも落ち着いてボンベ交換や取り扱いができるように日常より練習しておくHMV患者さんはバッテリーを適宜充電しておき、足踏みで行える吸引器や発電機、懐中電灯などを準備しておく鼻カニュラをはじめとした酸素吸入のデバイスや同調器の電池、吸引関連物品なども備蓄しておく災害時は、酸素や人工呼吸器の業者に被災状況を連絡し、ボンベの配送などを依頼すること、業者と連絡がとれない場合は、避難先を明記した貼り紙をどこに貼付するのかなどをあらかじめ業者や訪問看護師と共有しておく避難時にすぐに薬の調達が行える保障はないため、1週間程度の薬(内服薬・吸入薬・貼付薬・軟膏など)とお薬手帳を持参できるように準備しておく 災害時対応で留意すべきポイント 災害時、誰もが優先すべきことは、自分自身の安全の確保です。そのためには患者さん自身のADLやセルフマネジメント能力の程度、ご家族や介護者の有無などを把握しておかなければなりません。 災害の種類や程度によって大きく異なりますが、消防や自治体がすぐに対応できないこともあり、自宅で災害に見舞われた場合には、まず自分たちで行動することを余儀なくされる場合もあります。そういったケースを念頭に置き、避難が必要なときにはどうすればよいかなどを日常からご家族や訪問看護師、協力を求められる人たちで考えておくことも重要です。 災害時は互いの協力が不可欠です。業者や自治体、医療機関で調整を図りながら、患者さんの安全を維持できるよう速やかな現状把握、情報提供、資源提供などを行いましょう。 業者や自治体のフォロー体制と訪問看護師の役割 業者や自治体、医療機関との連携における調整は重要であるため、先行してシステム構築がなされている災害経験地域のモデルを参考に、各地域でもフォロー体制の早急な確立が望まれます(図1)。 図1 大規模災害時におけるHOT患者を取り巻く業者や自治体、医療機関との連携システムのイメージ 業者の役割:来院不可患者への対応とHOTセンターの運営協力 一時的避難でない場合、HOT患者さんには、酸素ボンベでは使用時間に限界があるため、常時酸素吸入できる酸素濃縮器の使用と電気供給が可能な場所が必要です。つまり、どこかの医療機関に避難する必要があります。 ただし、医療機関でも酸素配管があるベッドは入院対象となる患者さんに優先されます。したがって、酸素が確保できれば療養可能な患者さんは、医療機関内に設置されたHOTセンターでの対応となる可能性が高いです。 HOTセンターは、患者さんが使用しているメーカーを問わず、さまざまな業者からの酸素濃縮器を使用して運営されます。災害地外への二次避難でも酸素ボンベが貸し出されるシステム構築を検討しなければなりません。 NPPV・TPPV患者さんにおいては入院対応が優先して検討されると思われますが、酸素同様に契約内容に限られず使用することを念頭に置いた柔軟な対応が求められます。 行政の役割:地域における支援体制の整備 災害時になれば、医療機関は受け入れる患者さんの対応に追われ、自ら患者さんへの連絡を行うのは容易ではありません。患者さんの安否や避難場所の把握など、業者に頼ることが多いと思われます。 2013年以降、災害対策基本法の改正により、災害時に自ら避難することが困難な高齢者や障害者等の名簿(避難行動要支援者名簿)の作成が市町村に義務付けられました1)。名簿を順次更新し、災害発生時には地域だけでなく、医療機関や業者と共有・活用することにより、スムーズな対応が可能となります。そのためにも必要な患者情報の選別や共有・活用できるシステムの構築を行政主体で執り行うことが望まれます。 訪問看護師の役割:患者さん・ご家族の災害への備えの支援 災害への不安はあっても、実際を想定して備えることは困難なため、どのような準備が必要か、利用できる社会資源はあるかなど、患者さん・ご家族への情報提供や対応検討をともに行います。事前の準備や登録が必要なこともありますが、時間経過とともに危機意識も薄まるため、繰り返し相談・実践する機会を設けることが重要です。 事前登録の例を1つ紹介します。大阪府訪問看護ステーション協会では、2年ごとに発電機・蓄電器を管理する拠点ステーションを選出し、訪問看護ステーションを通じて、平時に患者さんからの貸出申請書を受け付けています。発災時には事前登録した患者さんが要請すれば、拠点ステーションに貸出可否の確認がされ、可能であれば貸出が行われます。 災害時に利用できる制度・団体 災害時に利用できる制度や団体にはさまざまなものがあります。一部を表1に示しますので、普段からこういった情報を調べておくとよいでしょう。 表1 災害時に利用できる制度・団体の例 執筆:渡部 妙子地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター慢性呼吸器疾患看護認定看護師監修:森下 裕地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター センター長竹川 幸恵地方独立行政法人大阪府立病院機構 大阪はびきの医療センター呼吸ケアセンター 副センター長編集:株式会社照林社 【引用文献】1)内閣府.「避難行動要支援者の避難行動支援に関すること」(平成25年)https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/yoshiensha.html2024/3/29閲覧 【参考文献】〇3学会合同セルフマネジメント支援マニュアル作成ワーキンググループ他編.「災害対策と対応」,『呼吸器疾患患者のセルフマネジメント支援マニュアル』.日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌 2022;32(特別増刊号):229-236.〇内閣府.「被災者支援に関する各種制度の概要」(令和6年) https://www.bousai.go.jp/taisaku/hisaisyagyousei/pdf/kakusyuseido_tsuujou.pdf2024/12/24閲覧〇内閣府.「災害中間支援組織について」https://www.bousai.go.jp/kyoiku/bousai-vol/voad.html2024/3/29閲覧〇大阪府訪問看護ステーション協会 在宅患者災害時支援体制整備事業委員会.「人工呼吸器装着者の予備電源確保推進にむけた災害対策マニュアル」https://daihoukan.or.jp/wp/wp-content/uploads/2024/06/6a0157155302e8e5eea69f00e66de24d-1.pdf2024/12/24閲覧

医療と介護の2025年問題とは?「看護師が余る」噂についても解説
医療と介護の2025年問題とは?「看護師が余る」噂についても解説
特集
2025年1月7日
2025年1月7日

医療と介護の2025年問題とは?「看護師が余る」噂についても解説

「2025年問題」は、2025年に団塊の世代が75歳以上の後期高齢者に達することで、医療と介護の需要が急増し、現場が逼迫するほか、社会保障制度の持続性にも影響を与えるとされる社会問題です。本記事では、2025年問題の課題と対応方法に加え、「看護師が余る」という噂の真相にも触れていきます。 医療と介護の2025年問題とは 2025年問題は、団塊の世代(1947年~1949年生まれ)が75歳以上の後期高齢者になることで、医療および介護の需要が急増し、社会保障制度や医療・介護体制に深刻な影響を及ぼすとされる社会問題です。日本全体で少子化が進む一方で、団塊の世代が一斉に高齢期に突入するため、「現役世代の負担増加」「医療・介護人材の不足」が一気に加速します。 医療の2025年問題の原因 内閣府が公表した「令和4年版高齢社会白書」によると、2025年には75歳以上の後期高齢者人口が2180万人、65~74歳の前期高齢者人口が1497万人に達する見込みです。国民の約3人に1人が65歳以上、約5人に1人が75歳以上となり、高齢化が極めて深刻な段階に進むことが示されています。 一方で、少子化の傾向も顕著です。総務省の「我が国のこどもの数」によると、2023年4月1日時点で日本の総人口に占める15歳未満の子どもの割合は11.5%となり、49年連続で低下しました。労働人口の減少が進む一方で、高齢者を支える現役世代の負担はますます増えると予測されます。 医療と介護の2025年問題で起こり得る問題 2025年以降、医療と介護でどのような問題が起こり得るのか、より具体的に見ていきましょう。 医療・介護利用者の増加と人手不足 高齢化の進行によって、医療機関の受診者数の増加や入院期間の長期、介護施設や在宅医療サービスの利用者増加が見込まれます。医療・介護従事者の安定した確保が難しくなります。 国が地域包括ケアシステムを推進していることから、在宅療養を支援する訪問看護の需要が高まっていますが、訪問看護師の不足により、在宅医療の供給体制が追いつかない事態が予測されています。介護士も不足しており、介護現場の負担がさらに増加する見込みです。家族への負担も大きくなり、介護離職がさらに増加するでしょう。 社会保障制度の負担増加 高齢者が増えて医療費と介護費が増加する一方で、現役世代が少ないために、社会保障制度の持続可能性が課題です。年金、医療、介護などの社会保障給付費は、現役世代の保険料だけでは足りず、税収入、国債などでまかなわれていますが、社会保険料も上がり続けており、手取り収入が減ることで生活への影響も増していきます。 地方と都市部の医療格差が広がる 日本の医療体制では、都市部に医師や医療資源が集中する一方、地方では医師不足が深刻な問題となっています。この傾向は、2025年問題の進行に伴い、さらに拡大する可能性があります。 2025年問題で看護師が余る? 「2025年問題で看護師が余る」という話を聞いたことがある人もいるかもしれませんが、これは高度急性期病棟を中心に発生すると考えられている問題です。 「平成26年度診療報酬改定の概要」では、高度急性期病棟の病床数を約35万7,500床から18万床へ縮小する方針が決定されました。それに伴い、徐々に高度急性期病棟における看護師の需要が低下していくものと見られています。 しかし、看護師全体では当然不足傾向にあります。厚生労働省の「医療従事者の需給に関する検討会 中間とりまとめ案(概要)」によると、2025年の看護師の需要推計が188万~202万人であるのに対し、供給推計は175万~182万人と、6万~27万人が不足するとされています。また、厚生労働省の「看護師等(看護職員)の確保を巡る状況」によれば、訪問看護ステーションの求人倍率(※)(2021年度)は3.22倍。訪問看護師の人材確保が困難な状況であることがわかります。 ※「有効求人数÷有効求職者数」で計算され、1.0倍以上になると求職者数よりも求人数が多いことを示す。 医療と介護の2025年問題への対応方法 医療と介護の2025年問題に対応するために、医療従事者の増加につながる施策だけではなく、医療の効率化が現場で進められています。対応方法について見ていきましょう。 ICT活用による医療の効率化 電子カルテやAI診断などのICT導入により、医療業務の効率化を図る方法があります。なかでもAI診断は、病気の発見を補助し、医師の負担を軽減することが期待されています。 また、オンライン診療の普及により、通院が難しい患者が自宅にいながら医師の診察を受けられるケースが増えれば、医療の地域格差を縮小できる可能性があります。 在宅医療の推進 訪問看護は、病気や障害を持つ人が住み慣れた地域やご自宅でその人らしい療養生活を送れるよう支援するサービスです。団塊の世代が後期高齢者となる中、医療費削減という観点からも、地域で患者を支える在宅医療の拡充が急務です。 これを実現するためには、訪問看護師の育成と支援、働きやすい環境の整備が必要です。昨今、大規模化によって個々人の負担軽減や多様なニーズへの対応につなげている事業所や、新卒訪問看護師の育成に取り組み、専門スキルを段階的に磨ける環境を用意する事業所も増えています。 タスク・シフト、タスク・シェア タスク・シフトとは、これまで医師や看護師が担っていた業務の一部を、介護職をはじめ他の職種に移譲することです。一方、タスク・シェアは、複数の職種が業務を分担しながら協力して行う体制を指します。 医療現場や介護施設における人材不足を補い、各職種の負担を軽減するため、医療職と介護職のタスク・シフト/シェアが検討されているため、訪問看護においても導入が進んでいくでしょう。 * * * 2025年問題を乗り越えるためには、訪問看護師の存在がこれまで以上に重要になります。在宅医療の最前線で患者を支える方々が、それぞれの専門性を活かしながら地域に根ざしたケアを提供することが、医療と介護の未来を支える鍵となるでしょう。 編集・執筆:加藤 良大監修:久手堅 司せたがや内科・神経内科クリニック院長 医学博士。「自律神経失調症外来」、「気象病・天気病外来」、「寒暖差疲労外来」等の特殊外来を行っている。これらの特殊外来は、メディアから注目されている。著書に「気象病ハンドブック」誠文堂新光社。監修本に「毎日がラクになる!自律神経が整う本」宝島社等がある。 【参考】〇内閣府「高齢化の状況」https://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2022/zenbun/pdf/1s1s_01.pdf2024/12/23閲覧〇総務省「我が国のこどもの数」(2023年5月4日)https://www.stat.go.jp/data/jinsui/topics/pdf/topics137.pdf2024/12/23閲覧〇日本医師会「診療報酬改定をプラス改定とする方策とは」(2024年2月5日)https://www.med.or.jp/nichiionline/article/011548.html2024/12/23閲覧〇日本看護協会「訪問看護アクションプラン 2025」https://www.jvnf.or.jp/wp-content/uploads/2019/09/actionplan2025.pdf2024/12/23閲覧

【学会レポート】日本在宅看護学会 第14回学術集会「多様性がインフィニティ(∞)在宅看護」
【学会レポート】日本在宅看護学会 第14回学術集会「多様性がインフィニティ(∞)在宅看護」
特集
2024年12月3日
2024年12月3日

【学会レポート】日本在宅看護学会 第14回学術集会「多様性がインフィニティ(∞)在宅看護」

2024年11月16・17日の2日間にわたり、「日本在宅看護学会 第14回学術集会」が対面・オンラインで開催されました。今回の学術集会長は、WyL株式会社/ウィル訪問看護ステーションの岩本 大希氏。訪問看護に携わる方々が数多く訪れ、「多様性」をテーマにした充実した学びと交流の場となりました。NsPace編集部が、本学術集会の模様をレポート形式でお届けします。 「多様性」をテーマに掲げる意味 本学術集会のテーマは「多様性」。外見や性別、障害の有無から、育ってきた環境や宗教の違いまで、さまざまな多様性が存在します。世界は急激に変化しており、近年は感染症パンデミックへの対応や在宅ホスピス・在宅救急の台頭も。ルールや制度がない中で日々試行錯誤しなければなりません。 岩本学術集会長は、訪問看護に携わる方々はすでに当たり前に多様性に向き合っていることを強調しました。その上で、そうした環境下で訪問看護を行っていることを改めて認識してほしい。また、制度の隙間に落ちてしまう人たちが必ず存在する中で、ルールがなくても切り拓く開拓精神やエナジーを感じてほしいというメッセージが語られました。 本学術集会では、「多様な服装/衣装でのご参加を歓迎いたします!」と事前にお知らせがあり、着物・ドレス等で参加している方や、法被姿の方も。座長として登壇していた「看護の日」キャラクターの「かんごちゃん」の姿もありました。(※許可をいただいて撮影しています。) ピックアップレポート 多くのプログラムがありましたが、一部のプログラムを編集部がピックアップしてレポートします。 『発達障害のある(かもしれない)看護職の理解と支援』 座長 鹿内あずさ氏、講師 川上ちひろ氏 訪問看護の現場で、看護師自身に発達障害がある、もしくはその可能性がある場合の支援方法について悩むケースがあります。すでに看護師の職に就いている方の場合は、ADHD(注意欠如・多動症)やASD(自閉スペクトラム症)のケースが多く、例えば「コミュニケーションのとりづらさ」「倫理観・道徳観の欠如」「容量の悪さ」といった課題に直面することも。川上氏によれば、発達障害がある方はワーキングメモリや実行機能に問題を抱えていることが多く、努力だけでは解決しないということ。また、これらの特性は「親の育て方が悪い」ことが原因ではないというメッセージが語られました。そのほか、メモの取り方、抽象的な質問への対応など、特性に基づいた具体的なサポートが必要であることも詳しく解説。学習者と教育者のよい関係を築くためには、教育者が「がんばりすぎない」ことが大切であることや、認知的徒弟制を取り入れて適切な難易度の課題を与えることがポイントとのこと。聴講者の方々は、語られるエピソードに共感し、対応法について真剣にメモを取る様子が見られました。利用者だけでなく、看護師側も多様な人たちが働ける環境づくりが求められています。 『多様なニーズを支える中堅スタッフへの教育支援 ~これからに必要な生涯学習支援~』 座長 佐藤直子氏、演者 佐藤直子氏、佐藤十美氏、藤野泰平氏、服部絵美氏 「新任訪問看護師」向けや「管理者」向け研修は数多くみられる一方で、中堅スタッフはあまりフォローされていない現状があります。何をもって「中堅」とするかの明確な定義はないそうですが、演者の方々が考える中堅スタッフ像はおおよそ同じ。「さまざまな状況の利用者にケアが実施できる」「事業所全体や地域についても考える力がある」ことが求められるとのことでした。各事業所の中堅向けの取り組みが紹介された後はディスカッションが行われ、「中堅スタッフになるきっかけ」「具体的なラダー評価の内容」「自己評価と管理者の評価が異なる場合の対応」などについて質問が挙がっていました。中堅スタッフの教育の重要性について多くの事業所が共感している様子で、会場からの質問は絶えず、活発に議論されていました。 『在宅看護のシミュレーション教育の可能性を考えてみませんか?』 織井優貴子氏、竹森志穂氏、金壽子氏 東京都では、定期巡回型サービスや看護小規模多機能型居宅介護(かんたき)の利用者数が急増しており、都民の投票で「いきいき・あんしん在宅療養サポート:訪問看護人材育成支援事業」という訪問看護師のアセスメント能力、実践力向上を目的とした事業が採択されました。その取り組みが紹介されたプログラムです。新任訪問看護師向けのシミュレーション教育が注目されている中、どのようにシミュレーション教育が行われているかが詳細に語られました。訪問バッグの中身や模擬在宅ルームに置かれている小物は、実際の訪問看護の現場を再現しており、高性能多機能人体型シミュレーターを使用して、フィジカルアセスメントや報告の方法まで学ぶことができます。会場では、教育機関の関係者から事例の選定方法や研修の進行についての質問も複数あり、他の地域でシミュレーション教育を行うきっかけにもなりそうです。 『能登半島地震での活動:DC-CATの立ち上げから現在までを通して』 座長 岩本大希氏、講師 山岸暁美氏 2024年1月1日に起きた能登半島地震および奥能登豪雨の被災地支援にあたっているDC-CAT(Disaster Community-Care Assistance Team)の活動や被災地の状況について共有されました。DC-CATは、災害直接死の4倍とされる「災害関連死」を阻止すべく活動しています。公的支援やケアが不足している中、行政やDMAT等とも協働しながら、健康相談ダイヤル(#7119機能を持つ電話相談)、医療・保健サービスにアクセスできない地域でオンライン診療を行うヘルスケアMaas事業も展開しています。被災地の方々の実際の声も交えながら活動内容や試行錯誤の経過が語られ、一次的にケアに入るだけでなく、支援が終わった後にどう地域内でケアを継続していくかを考えることの重要性や、被災地支援で見えた課題に対して政策提言した内容についても共有されました。会場の方々は熱心に耳を傾け、共感の声や「応援・協力したい」というコメントも挙がっていました。 学術集会長コメント 最後に、学術集会長 岩本氏のコメントをご紹介します。 本当に多くの方々に学術集会にご参加いただき、感謝の気持ちでいっぱいです。「多様性」がテーマということもあり、やりたい企画は数多くあったのですが、新鮮な切り口を意識しつつ日々の実践に根ざした内容も取り入れたいと考えながら絞り込んでいきました。結果として、多くの企画が立ち見になるほど盛況で、本当に嬉しく思っています。 ドレスコードも、参加しやすさと多様性を表現するためにカジュアルな服装を推奨しました。登壇者の先生方も率先して素敵な格好をしてくださり、非常に心強かったです。 なお、まだオンデマンド配信の学術集会は終わっておらず、2024年12月17日17時まで配信しています。ACPや教育、能登半島地震の被災地対応など大きな企画は特に見応えがありますし、オンデマンド限定のプログラムも数多くあります。対面で参加した方も参加されていない方も、期間内にできるだけ多くのプログラムを視聴していただけると嬉しいです。 >>オンデマンド配信はこちら(要登録)日本在宅看護学会第14回学術集会 * * * 本学術集会では、参加者の皆さまや登壇者の方々の数多くの笑顔が見られ、楽しそうな様子が印象的でした。また、2025年の第15回学術集会は、名古屋で開催されます。次の学会にも注目していきましょう。 取材・編集・執筆:NsPace編集部

【学会レポート】第6回 日本在宅医療連合学会大会「在宅医療を紡ぐ」
【学会レポート】第6回 日本在宅医療連合学会大会「在宅医療を紡ぐ」
特集
2024年9月24日
2024年9月24日

【学会レポート】第6回 日本在宅医療連合学会大会「在宅医療を紡ぐ」

2024年7月20日・21日と2日間にわたり、幕張メッセ国際会議場(千葉県幕張市)にて「第6回 日本在宅医療連合学会大会」が開催されました。テーマは「在宅医療を紡ぐ」。大会長は、国際医療福祉大学医学部医学教育統括センター 市川病院神経難病センターの萩野 美恵子氏です。NsPace(ナースペース)編集部が大会の模様をレポートします。 多数の参加型の企画に込められた思い 「在宅医療を紡ぐ」というテーマが掲げられた本大会では、サブテーマとして以下の7つも掲げられました。 ・「幸」(Well being/生活の質・人生の質(QOL)の向上)・「働」(Collaborative decision making /協働意思決定)・「含」(Inclusion of diverse values/多様な価値観の包含)・「継」(sustainability/持続可能性)・「繋」(interdisciplinary team collaboration/多職種連携)・「楽」(enjoy your life/快) 多様性やジェンダーバランスに工夫されているほか、「聞く」講演だけではなく、ミュージカルや映像を「見て」、ワークショップや認知症カフェなどで「体験して」、参加者がさまざまな視点で楽しく参加しながら学べるプログラムを多数開催。 多職種がディスカッションする場面も多く見られ、在宅医療に携わる人たちが互いに知見を共有し、在宅医療の未来を見つめ交流する場となっていました。 参加型・体験型プログラム 多職種との交流を実現した参加型・体験型プログラムを一部紹介します。 ワークショップ「在宅における看取り時の立ち振る舞いについて考えませんか?」 座長:大屋 清文氏(ピースホームケアクリニック京都) 4~5名でグループを作り、医師、訪問看護師、利用者、家族などの役割を演じながら、看取りの場面における対応や立ち居振る舞いについてシミュレーションする企画。座長の大屋氏は、「看取り時の立ち居振る舞いについて、正解というものはない。答えではなく問いを持ち帰っていただきたい」と話されました。シミュレーション後のディスカッションでは、「この場面に『お疲れ様でした』という言葉はそぐわないのでは」「医師はご遺体にそのようには触れないのでは」といった臨場感のあるやり取りも。また、「普段とは異なる職種や家族役をやることで学びがあった」「医師・看護師ともにワークショップに参加しており、普段臨床の場では聞けない医師の本音も聞けた」といった感想が聞かれました。 虹色のcafé 「未来みらい」 カフェオーナー:川口 美喜子氏(札幌保健医療大学)カフェ共同オーナー:Lintos café(リントスカフェ)、まあいいかlaboきようと(平井 万紀子氏) 学会期間限定でオープンした虹色のcafé 「未来みらい」では、東京栄和会なぎさ和楽苑、社会福祉法人おあしす福祉会オアシス・プラスの方々など、障害のある方や認知症の方がスタッフとして活躍されていました。またこのカフェでは本格的なお菓子が楽しめるだけでなく、川口氏とLintos caféのバリスタ、とろみ剤の企業、歯科医師が約1年かけて共同で考案したとろみがついたおいしいコーヒーを味わうことができました。摂食嚥下障害がある方でも安全に楽しめるこのコーヒーは、飲みやすさとおいしさを両立。食べる歓びを実感できる機会となったこのカフェは、大変な賑わいを見せていました。また、認知症の方や障害を持っている方の「自分の街で当たり前の暮らしがしたい」「社会で活躍したい」という望みの実現のために必要なことについて考える貴重な機会となりました。 みんなで孤立をなくせ!!超高齢社会体験ゲームコミュニティコーピング体験会 一般財団法人コレカラ・サポートによって開発された、人と地域資源とを繋げることで社会的孤立を無くすための協力型ゲーム「コミュニティコーピング」の体験会が行われました。ゲームを通して、人と地域とを繋げる役割は、専門職だけでなく一般の人でも担えることがわかりました。 参加者からは「社会的孤立とはどのような状態なのか理解できた」「話を聞くだけで解決できる課題もあれば、専門家の助言が必要な課題もあり、地域にはさまざまな課題を抱える人が溢れているのだなと実感した」「自分にできることからやっていこうと思った」といった声が聞かれました。 在宅ケア体験フェスタ 神経・筋疾患の利用者さんを想定した呼吸リハビリテーション体験会では、2名1組となり、アンビューバッグや呼吸リハビリ機器を用いた吸気介助を実施する側と、利用者側の両方を体験しました。参加者からは「呼吸療法認定士の資格を持っているが、神経・筋疾患の利用者さんのための吸気介助は行ったことがなかったため勉強になった。今後取り入れたいと思った」「自分のやり方に軌道修正が必要なことに気付いた」といった声が聞かれました。 排尿支援の体験会には、複数のメーカーの導尿キットや超音波機器、膀胱留置カテーテルが用意されていました。それらの物品や機器を実際に手に取り、具体的な使用方法について知ることができました。訪問診療に携わっている看護師さんは「さまざまな物品に触れ、実際に体験や比較をできたことでメーカーごとの特徴について理解でき、今後もし自己導尿が必要になった利用者さんに出会ったら適切なアドバイスができそう」と話されていました。 ミュージカルや映画、映像を「見て」学ぶ シンポジウムについても、映画やミュージカルが取り入れられるなど、多種多様な伝え方のプログラムが並びました。 ミュージカル「きみのいのち ぼくの時間」 座長:中村 明澄氏(向日葵クリニック/NPO法人キャトル・リーフ)   堤 円香氏(メディカルホームKuKuru/NPO法人キャトル・リーフ) ミュージカル「きみのいのち ぼくの時間」が上演されました。NPO法人キャトル・リーフは2001年に創立以降、約20年にわたって病院や特別支援学校、高齢者福祉施設等でミュージカル活動を実施している団体です。「きみのいのち ぼくの時間」は、ミツバチのハチ子と、ハチ子に恋をしたカエルが主人公のお話。ミツバチの命はカエルに比べてとても短いため、二人の恋は女王蜂に反対されてしまいます。なんとか障壁を乗り越えますが、突然の嵐がやってきて…というストーリー。命にまつわるメッセージが多く込められており、会場には涙している人も。終了後はミュージカルの中で印象的だったシーンや言葉についてのディスカッションも行われました。 映像・講演「進行肺がんの息子に伴走した2年半を振り返って」 座長:荻野 美恵子氏(国際医療福祉大学医学部医学教育統括センター国際医療者教育学/国際医療福祉大学医学部脳神経内科学)   田上 恵太氏(医療法人社団 悠翔会 くらしケアクリニック練馬)演者:関本 雅子氏(かえでホームケアクリニック) 関本 雅子氏は緩和ケア医であり、そして同じく緩和ケア医で息子の関本 剛氏をがんで亡くした母でもあります。会場では、剛氏の生前の講演やラストメッセージの動画が映し出されました。雅子氏の講演では、剛氏が残された時間をどのように過ごすことに決めたのか、メディアに出たことによる反応、剛氏の最期について、緩和ケア医と母のそれぞれの立場で後悔したことや学んだこと、救われたことなどが語られました。 訪問看護の魅力も次世代に紡ぐ 副大会長 高砂 裕子氏(一般社団法人南区医師会在宅事業部・南区医師会訪問看護ステーション 管理者)のコメントもご紹介します。 多くの方にご来場いただき、大変嬉しく思っております。本大会は、専門職だけでなく、また医師のみならず看護師や介護士をはじめとする多職種の方にも参加いただけたらという思いで企画しました。単に「ご参加ください」というだけではなく、例えば介護職の方々におすすめのプログラムには、プログラム表に「★」の印を記載するなど、実際に参加していただきやすいような創意工夫も行っています。体験型プログラムを組み込むことで、さまざまな職種の方と出会い、より楽しく過ごしていただける大会になったのではないでしょうか。私自身、30年間訪問看護師として利用者さんに寄り添い、身近なところで生活を意思決定支援する訪問看護は、とてもやりがいがある仕事だと思っています。それをぜひ次世代の人たちに紡ぎたいと思っています。2025年問題、2040年問題を前にした今、訪問看護ステーションの大規模化も推進しています。それぞれの訪問看護ステーションが、そして訪問看護師が、自身が目指す訪問看護を実現してもらえたら幸いです。 * * * 本大会では、在宅医療に携わるさまざまな職種の方々の「出会い」がありました。参加者同士が交流し、思いを伝え合い、いろいろな視点や立場から在宅医療の現状や展望について考える時間となりました。このような関わりこそが「在宅医療を紡ぐ」ことなのだと、気付きがたくさんあった大会でした。次回、来年6月に開催予定の第7回日本在宅医療連合学会大会「在宅医療の未来を語ろう。〜2025年問題に向き合い、2040年に備える〜長崎から全国へ」にも注目していきましょう。 取材・編集:NsPace編集部執筆:佐野 美和

大規模事業所の人材マネジメント
大規模事業所の人材マネジメント
インタビュー
2024年7月2日
2024年7月2日

大規模事業所の人材マネジメント~次世代に繫ぐために~

兵庫県の西宮市訪問看護センターの管理者を長年務めた山﨑 和代さんへのインタビュー記事を、3回に渡ってご紹介。最終回は、大規模事業所の人材マネジメントや新たなチャレンジなどを伺いました。 >>これまでの記事はこちら訪問看護師は政策・制度検討の場に参画を~訪問看護のパイオニアとして~阪神・淡路大震災とコロナ禍を経て~ICT化とトリアージ~ 山﨑 和代(やまさき かずよ)さん保健師・看護師・養護教諭1級、経営学修士、日本看護協会認定看護管理者。大阪医科大学付属病院を経て、1995年に西宮市社会福祉事業団に入団。2001年~2024年3月まで西宮市訪問看護センターで管理者を務め、2024年4月に「株式会社医療・介護を受ける人と担う人のナーシングカンパニー」を起業。兵庫県訪問看護ステーション連絡協議会 副会長、兵庫県 訪問看護師・訪問介護員離職防止対策検討会議委員、兵庫県 訪問看護推進会議委員。 規模ありきでなく、成長の結果としての規模 ─西宮市訪問看護センターでは当初から大規模化を目指していたのでしょうか? いえ、最初から規模を大きくしようとしてしたわけではありません。地域のニーズに対して、スタッフが真摯にスピーディに応じてくれて、人の入れ替わりがありつつも、新たに仲間になってくれるスタッフが途切れなかったことで、結果的に大規模化につながりました。 これまで理念を掲げて長年突っ走ってきましたが、スタッフのみんなが理念を理解して、良質なサービスを提供しようと大変な努力をしながらやってきてくれました。本当に感謝しています。 ─採用に苦しんでいる事業所も多いと思いますが、西宮市訪問看護センターではどんな取り組みをされていたのでしょうか。 ホームページ、ナースセンター、ハローワークを活用しており、「訪問看護ブログ」を過去に掲載していました。ブログをご覧になった方からお問い合わせいただくケースが多かったですね。 また、西宮市訪問看護センターでは兵庫県で初めて新卒採用を行い、2023年度末までに6名を採用しています。新卒採用をきっかけに、「新卒を受け入れているなら、経験年数が短くても受け入れてもらえるのでは」という思考が働いたようで、副次的に既卒の20~30代の看護師確保もしやすくなりました。若手が増えたことで、ステーションの長期的な継続を見据えた準備ができるようにもなりました。 ─大規模な事業所の管理者に求められることを教えてください。 地域や制度の動向を見据えて組織をデザインし、どのように経営・運営するかを決めて実践していく。大規模事業所の管理者には、こうしたスキルやセンスが求められると思います。 また、リソース配分も重要です。常によりよい方法を模索していますが、例えば事務員に新規契約や連携における書類作成、簡便な連絡などを担ってもらい、管理職の負担軽減をするなど、今いる人員でいかに効率的に運営していくかということを考えています。 事業費の約1%はスタッフ教育へ ─次世代の育成にも大変力を入れていらっしゃると思います。具体的にどのようなことをされているか教えてください。 はい。スタッフの教育は良質なサービスを提供するにあたって欠かせませんので、事業費の約1%は研修教育費として使っています。例えば、月1回業務時間内に行っている集合研修、ポータブルエコーの購入、ウェブコンテンツの契約更新、特定行為研修への2名(年間)の派遣などに充てています。 チームリーダー業務を通じて次世代のリーダーも育成しています。次の管理者については、日本看護協会の認定看護管理者課程のファースト、セカンドレベルを済ませ、2024年度にサードレベルを受けて春に認定看護管理者の試験を受けることになっています。とても心強く、なにも心配していません。 傾聴を通じて知った今後の課題 ─人数が多い事業所ではコミュニケーションが課題になることも多いと思います。前回、情報共有アプリでのコミュニケーションのお話もありましたが、普段心がけていることを教えてください。 「傾聴」に力を入れています。実は、私は以前もっとも信頼していたスタッフをバイク事故で亡くした経験があります。この件に関しては私が一番精神的にダメージを受けて、みんなに支えてもらいました。そのことがきっかけで、メンタルケアをしてくれるカウンセラーの先生を探したという経緯があります。 その先生に、「山﨑さんの目指す事業所運営には傾聴が必要」と教えていただいたんです。傾聴というと、「ただ耳を傾けて聴く」というイメージを持つ方が多いかもしれませんが、実は高度なテクニック。スタッフとともにグループ講座を受講したところ、いかに自分たちに足りていない能力だったかを実感しました。 特に多かった例は、「この人はこう考えるに違いない」と決めつけ、思い込んでしまう「ブロッキング」。つまり、先入観ですね。傾聴とは、自分の先入観を認識し、それを打ち消し、相手の話を芯から理解しようとすることなんです。 また、相手の言葉をそのまま返す「ミラーリング」という手法を実践してみて、その効果がよくわかりました。実際にミラーリングをしてもらうと、「この人、私のことをわかってくれているんだな」と感じるんです。翻って、普段私を含む管理職たちはアドバイスばかりしていたことに気付きました。 傾聴のスキルは、スタッフ同士はもちろん、利用者さんや自分の家族とのやりとりにも活かせます。自身の在り方を振り返り、ラクになることを実感しました。ただし、ちょっとトレーニングしただけではこれまで染みついたやり方はなかなか抜けません。すぐに思い込みや独りよがりで話してしまいますし、よかれと思ってアドバイスしてしまうんです。折に触れてお互いに確認し合い、気を付けなければ、と思っています。 次世代にバトンを渡し、新たな挑戦へ ─山﨑さんは、2024年4月より新たに訪問看護ステーションを立ち上げるとのことですが、立ち上げ経緯を教えてください。 想いを引き継いでくれる後進も育ったことですし、新たなチャレンジをしたいと思ったのがきっかけです。いざ準備を始めてみたら、やりたいことがいっぱい出てきて、絞るのに苦労するくらいでした。会社名は、「株式会社医療・介護を受ける人と担う人のナーシングカンパニー」。訪問看護師だけでなく、ヘルパー、ケアマネジャーなど、「担う人」すべてを応援したいという気持ちで名付けました。 担い手は誰しも他人には真摯に向き合うのに、自分自身のケアはおろそかになりがちです。そうした人たちに「また明日からがんばろう」と前向きになってもらいたいので、訪問看護をはじめとした「受ける人」向けのサービスだけではなく、「担う人」向けの講座や相談・支援、リラクゼーションも用意しています。 長年の訪問看護ステーション運営で培ったノウハウを活かし、訪問看護のみならず介護事業の運営や経営で困っている人の相談支援や、ライフワークである暴力ハラスメント対策の研修も、より充実させていきたいと思っています。 2024年3月末に行われた送別会でのひとコマ。左の画像は、管理者を引き継いだ吉田さんとのツーショット。右の画像は趣味のヴァイオリンを披露する山﨑さん ─訪問看護ステーションではどのような取り組みをされるのでしょうか。 訪問看護ステーション(足とリンパとおなかの悩み訪問看護)は、通常の訪問看護はもちろん、それに付随してフットケアとリンパ浮腫のケアやそれに関連する処置。そして、浣腸摘便ではなく腸内環境や生活習慣に着目して排便コントロールをしていきたい方に向けた支援をします。これまでなかなか解決が難しい分野だと感じてきたからこそ、チャレンジしたいと思っています。 訪問看護が好きだからこそ、改革を続けていく ─訪問看護師として数多くの改革に取り組んでこられましたが、何がモチベーションになっているのでしょうか。 何でしょう…。「訪問看護が大好き」というのも大きいと思いますし、私が勝ち気だからかもしれません(笑)。 ─今後の訪問看護がどうなっていくべきか、お考えをお聞かせください。 「訪問看護でできること」の認知度を、もっと上げなければいけないと考えています。 本来であれば在宅療養開始に向けて、アセスメントシートを作成して医療機関とケアマネジャーが協議する時点で、「訪問看護」によるアプローチを始められるといいのですが、それができていないことは課題だと思います。訪問看護師が医療と生活の視点でその人の状態を評価し、退院直後に集中して支援できれば、当面の療養生活の見通しが立ち、救急搬送のリスクも低減させることができます。また、そのタイミングで訪問看護師の介入があると、ケアマネジャーと医療機関、双方にメリットがあると思います。 西宮市訪問看護センターでは、急性期病院の地域医療連携部署と一緒に病棟のカンファレンスに参加していますが、そうしたしくみが全国的に広がり、きちんと評価されるようになれば、医療・介護の連携が進み、病院と在宅の垣根が低くなっていくと思います。なにより利用者さんに大きなメリットがあるのではないでしょうか。 ─本当に学びの多いお話をありがとうございました。最後に、看護職の皆さまへのメッセージをお願いします。 もし訪問看護をやるかどうか迷っている人がいたら、魅力ある仕事なのでまずは飛び込んで経験してほしいと思います。また、看看連携はインセンティブがあまりつきませんが、支援の要です! 気軽に病院と訪問看護ステーションが話せる場を一緒につくってほしいです。 ─ありがとうございました! ※本記事は、2024年3月時点の情報をもとに記載しています。 執筆:倉持 鎮子取材・編集:NsPace編集部

阪神・淡路大震災とコロナ禍を経て~ICT化とトリアージ~
阪神・淡路大震災とコロナ禍を経て~ICT化とトリアージ~
インタビュー
2024年6月25日
2024年6月25日

阪神・淡路大震災とコロナ禍を経て~ICT化とトリアージ~

西宮市訪問看護センターはエリア内で最も長く地域を支え、幅広い取り組みを実施されてきたセンター。災害関連でも、阪神・淡路大震災での訪問看護を経験しているほか、新型コロナ感染症陽性者の支援のしくみづくりにも貢献。今回は、災害対策にも精通している山﨑 和代さんに、災害時の対応やICT化問題にいち早く取り組み、電子カルテや情報共有アプリを導入した際のお話などを伺いました。 >>前回の記事はこちら訪問看護師は政策・制度検討の場に参画を~訪問看護のパイオニアとして~ 山﨑 和代(やまさき かずよ)さん保健師・看護師・養護教諭1級、経営学修士、日本看護協会認定看護管理者。大阪医科大学付属病院を経て、1995年に西宮市社会福祉事業団に入団。2001年~2024年3月まで西宮市訪問看護センターで管理者を務め、2024年4月に「株式会社医療・介護を受ける人と担う人のナーシングカンパニー」を起業。兵庫県訪問看護ステーション連絡協議会 副会長、兵庫県 訪問看護師・訪問介護員離職防止対策検討会議委員、兵庫県 訪問看護推進会議委員。 震災を経て感じた訪問看護「終結」の重要性 ─西宮市訪問看護センターでは、1995年の阪神・淡路大震災時の訪問看護を経験され、その経験を活かして行政と連携しながら災害対策体制の構築をされたということでした。ステーション内での災害対策についても教えてください。 西宮市訪問看護センターの中で、阪神・淡路大震災のときに訪問看護をしていたメンバーは私のみになりましたが、当時、「訪問看護に行きたくても、行けない」という経験をしました。あの経験を通じて、利用者さんから「全面的に頼っていただく」サービスの限界を知ったように思います。 何かあったときに、我々が利用者さんのもとに行けないこともある。だからこそ、最終的には利用者さんがセルフケアを行えるようなサポートが「住み慣れた場所で最期まで過ごせる地域づくり」に繋がると強く思いました。病気を知る、背景を知る、ナラティブ(その人の物語)を知る。その上で適切にアセスメントし、セルフケアをしていただけるよう、「訪問看護の終結」を見据えてケアすることが、利用者さんのためでもあり、限られた訪問看護のマンパワーを効果的に活用することに繋がります。「タスクシフト」はまさにこのことだと思います。 重要なのは、緊急度・重症度に応じた訪問看護優先度の決定(トリアージ)です。当センターではトリアージ表を作成して支援内容や頻度をチームで検討し、常に終結や訪問頻度の低下ができないかウォッチしています。この考え方は、当センターのBCP(事業継続計画)にも反映しており、災害級といわれたコロナ禍で担い手が不足したときにも役立ちました。 ─「訪問看護の終結」が一筋縄ではいかないケースもあるのではないかと思いますが、どのように対応されていますか? まずは、合意形成することを大事にし、常に終結を見据えて利用者さんに情報を取捨選択して渡し、しっかりと相談に乗っています。 それでも利用者さんやケアマネジャー、主治医などから継続の要望があることは珍しくありません。多職種共通の客観的指標がないことが、利用者・家族の要求が優先されることに繋がると考えています。なので、そうした状況が起こるときこそ、支援の必要性を再度アセスメントし、その結果を踏まえて対応することが、西宮市訪問看護センターの役割と考えています。 本当に困っている人にリソースを割くための終結=タスクシフト ─利用者さんが訪問看護を継続したほうが経営面で安定するという側面もあると思います。多くの壁がある中で、それでも終結していくためのしくみづくりを推進されてきた背景にある想いを教えてください。 できるだけ多くの方の要求に対応したほうが経営的には安定すると思いますが、大規模ステーションである西宮市訪問看護センターだからこそすべきことがあります。我々のリソースには限りがある上、新規の利用者さんは対応を急ぐ重症なケースが多い。だからこそ、我々は訪問看護を終結していくことで、次々にいただく新規の依頼を断らずに受け入れることができます。今日明日の急な依頼も、原則としてすべて対応します。 現状の制度においては、「適切にアセスメントし、適切な時期に終結する」ことができたとしても、なんのインセンティブもない状況です。しかし、西宮市訪問看護センターのような大規模ステーションだからこそ、やるべきことだと考えて対応してきました。今後はタスクシフトがますます重要となってくるはずであり、より多くの方々が必要なサービスをタイムリーに受けられるよう、制度がアップデートされることを望みます。 新型コロナウイルス感染症の在宅療養対応 ─コロナ禍では、西宮市内で最初に在宅療養の対応をされたと伺いました。語り切れないほど大変な状況があったと思いますが、当時のことを教えてください。 はい、当時は本当に大変でしたね。ヘルパー事業所が撤退したらどうするか、「原則入院」とされている陽性者が入院できなかった場合にどうするか、などの課題に次々と直面しました。兵庫県訪問看護ステーション連絡協議会で県内の訪問看護ステーションの状況を確認しつつ、自治体に要望書を提出。その後、迅速に在宅療養者対応体制が構築されました。 西宮市訪問看護センターでは2021年の1月に初めて陽性者の訪問看護を開始しましたが、当然ながら訪問に行きたいというスタッフはいません。管理職のみで6人のチームを組み、これが「事業団の役割」なのだという使命感をもって訪問しました。 スタッフのストレスマネジメントも課題でしたね。疲労や「感染するかもしれない」という不安はもちろんのこと、学童保育や保育所が休みになって休まざるを得ないスタッフが、「みんなが頑張っているのに休むのは申し訳ない」と泣き崩れたこともあり…。「泣かんでもいいから」と慰めたことを思い出します。 当初は情報が錯綜していたので、私はとにかく多くの時間を情報収集に費やし、取捨選択して整理して、情報共有アプリを通じて伝達していました。「スタッフみんなに心身ともに健康でいてほしい」というメッセージを出し続けたことや、電話や面談でこまめに話をする機会をつくったのが功を奏したのでしょうか。コロナ禍による退職はありませんでした。 反対を受けながらもいち早くICT化を推進 ─情報共有アプリのお話が出ましたが、山﨑さんは訪問看護でITC化が一般的でなかった時代から、いち早く電子カルテや情報共有アプリを導入されているかと思います。こちらも災害対策の意味合いが大きかったのでしょうか。 災害対策だけではないですね。電子カルテを導入したのは2016年のことで、これは新卒スタッフを採用することをきっかけに導入しました。スタッフは入職後2年で独り立ちするプログラムになっていますが、それ以前からオンコールを担当します。当時はまだ紙のカルテを当たり前に使っていたのですが、明らかに電子カルテのほうが効率的に情報を収集できるため、導入は必須だと考えました。 ─スタッフの皆さんの反応はいかがでしたか? これに限らず、新しいことをすると必ず反発がありますね。私は新しい試みばかりするから、みんな大変だったと思います(笑)。ただ、電子カルテはこれからの看護の世界に必ず必要だと思いましたし、利用すればいいケアに繋がると確信していました。そのことを説明しました。 介護保険制度ができて、本当に幅広い対応を求められるようになった一方で、訪問看護の人材は全国的に不足しています。この状況を解決しようとするなら、属人的なやり方では確実に限界がくるんです。アナログでは属人的になりがちで、問題の共有もしにくくなります。一人でケアすることが多い訪問看護は、そもそも属人的になりがちなサービスですから、チーム制やICT化を行うことで、スムーズな情報共有を行っていく必要があると思います。 ─コロナ禍で情報共有アプリを活用されたというお話がありましたが、改めてメリットや課題、気を付けるべきポイントを教えてください。 多職種連携用のものも含めて複数のツールを使っていますので、それぞれの導入理由や使い方をスタッフに明示した上で使用を開始しました。また、情報共有アプリにも複数あるので、選定する際には自分たちのポリシーや希望する使い方にマッチするものを選んでいます。いつでもどこでも見ることができるので、効率的なコミュニケーションや情報共有に役立っています。 ただ、「どこでも見られる」のは良し悪しですね。休みの日でも情報共有アプリをチェックしてしまうスタッフがいて、オンオフの切り替えができない様子が見受けられた際は、「休みのときは見ないで」と改めて指示しました。 あとは、情報の取捨選択が課題ですね。仕事に限らず現代は情報にあふれているので、自ら取捨選択する情報リテラシーが非常に重要です。本当は、私としては基本的に情報をスタッフみんなにオープンにしたかったのですが、人数や案件が多いこともあって「情報を探せない」「通知を追いきれない」といった声が出たので、情報共有アプリ内のプロジェクトごとに参加メンバーを設定する対応をとりました。 看護師は情報の取り扱いを得意とする人がまだまだ少なく、兵庫県の訪問看護ステーション協議会の会員でも個人のメールよりFAXのほうが使いやすい、という声が多いです。ステーションを超えた情報共有を行っていくためにも、もっと訪問看護ステーションのICT化が進んでいくといいなと思います。 ―ありがとうございました。次回は、大規模組織の人材マネジメントについて伺います。 >>次回の記事はこちら大規模事業所の人材マネジメント~次世代に繫ぐために~ ※本記事は、2024年3月時点の情報をもとに記載しています。 執筆:倉持 鎮子取材・編集:NsPace編集部

訪問看護師は政策・制度検討の場に参画
訪問看護師は政策・制度検討の場に参画
インタビュー
2024年6月18日
2024年6月18日

訪問看護師は政策・制度検討の場に参画を~訪問看護のパイオニアとして~

兵庫県の西宮市訪問看護センター(社会福祉法人西宮市社会福祉事業団)は、西宮エリア内で最も長く地域を支え、幅広い取り組みを実施してきた訪問看護ステーション。当事業所で長年管理者を務めた山﨑 和代さんに、ステーション運営のノウハウやご経験談、お考えを伺いました。その内容を3回に渡りご紹介します。 今回は、山﨑さんが訪問看護師になるまでの経緯と、訪問看護をスムーズに実践するための地域づくりについてのお話です。 山﨑 和代(やまさき かずよ)さん保健師・看護師・養護教諭1級、経営学修士、日本看護協会認定看護管理者。大阪医科大学付属病院を経て、1995年に西宮市社会福祉事業団に入団。2001年~2024年3月まで西宮市訪問看護センターで管理者を務め、2024年4月に「株式会社医療・介護を受ける人と担う人のナーシングカンパニー」を起業。兵庫県訪問看護ステーション連絡協議会 副会長、兵庫県 訪問看護師・訪問介護員離職防止対策検討会議委員、兵庫県 訪問看護推進会議委員。 制度ができる前から訪問看護の道を志す ─山﨑さんが訪問看護師になるまでの経緯をお教えください。 母が看護師だったことに影響を受けて、看護の道を志しました。大学病院付属の学校に進学し、卒業後すぐに保健師学校に入学。そこで保健師免許を取ったあと、臨床経験を積みたいと思って大学病院へ入職しました。配属先は一般消化器外科の外来で、かなり多忙でした。 当時、印象的な出来事があったんです。肝がんが進行してADLが低下し、ストレッチャーで運ばれてきた重症患者さんがいらしたのですが、受け入れができない状況だったため、関連の病院に入院できるのは後日ということになってしまったんです。「この状態で自宅に帰すのか」と、大きな衝撃を受けました。 昔のことなので詳細は覚えていないのですが、どうしてもそのままにできなかった私は、外来看護師としてルール違反だと知りつつ、保健所に連絡したんです。当時は訪問看護制度がなかったのですが、保健師学校で市町村実習に行った際、保健師が地域で活動していることを知っていました。私ができることといったら、保健師に繋ぐことくらいだと思ったんです。その後、保健師さんから訪問できた旨をご連絡いただき、安心したのを覚えています。 それ以降、「患者さんの自宅で看護をする仕事がしたい」と考えるようになりました。保健師として保健指導をするのではなく、「看護」をしたいと。そのことを保健師学校の先生に相談したのですが、ちょうど訪問看護制度自体ができたばかりのタイミングで、近隣に求人はありませんでした。 一旦西宮の保健所で働きながら、「私、訪問看護をしたいんです!」とさまざまなところで話していたら、たまたま西宮市訪問看護センターが人員を募集していると知り、採用試験を受けました。当時はインターネットがないので、近場の求人もなかなか知ることができないんですよね。奇跡的に見つけられてよかったです(笑)。 政策・制度の検討に訪問看護師も参画を ―山﨑さんは30年間の訪問看護師歴のうち、23年管理者として務められましたが、管理者としてこれまで大切にしてきたことを教えてください。 管理者として大切にしてきたことはたくさんありますが、主に以下の5つです。 西宮市は人口48万人の中核都市で、西宮市訪問看護センターは市の委託を受けて社会福祉事業団がモデル事業として開設した事業所です。1992年の訪問看護制度創設と同時に、全国で最初に老人訪問看護ステーションの指定を受けた事業所のひとつでもあります。 当センターの理念は、当初から変わらず「住み慣れた場所で最期まで過ごせる地域づくり」です。初代管理者は「訪問看護のパイオニアとして良質な訪問看護のスタンダードを目指す」と宣言し、アドバンス・ケア・プランニング(ACP)を柱として、私が管理者を引き継いでからも、教育・地域連携・訪問看護の質向上などに注力しながら、新しい取り組みを積極的に行ってきました。 ─西宮訪問看護センターは大変規模が大きいと思いますが、職員数や運営体制について教えてください。 はい。2022年度の実績は、常勤換算50.7名、年間総利用者実数1,071人、総訪問回数36,455回、在宅死者数65名、指示受け主治医数約220名。24時間緊急対応は、利用者さんのうち約7割に契約いただいています。毎朝サテライトの拠点を含む全チームでミーティングやケースカンファレンスを実施していて、チーム間や多職種との連携にはクラウドツールを使っています。 ─「地域づくり」に関して、具体的なお取り組み内容を教えてください。 地域包括ケアシステムを構築すべく、多職種連携、市内の訪問看護ステーション間のネットワーク強化などを行いました。こうしたさまざまな取り組みは看護が地域でスムーズに実践されることにも繋がりました。「訪問看護ステーションネットワーク西宮」の会長をやらせていただいたのも、この取り組みの一環です。 さらに、訪問看護師が市の医療介護政策決定における会議に参加できるようにも働きかけました。災害に関しては、阪神・淡路大震災の災害時看護経験を生かして災害対策体制が構築できるよう、行政危機管理局と協働しさまざまなしくみを整えました。 また、医療的ケア児のインクルーシブ教育(障害の有無、言語・国籍の違い等で区別を受けることなく同じ場所で学ぶ教育)については、教育委員会から相談を受けたことが始まりで、小学校に訪問看護師を派遣できる支援体制を構築しました。のちに訪問看護ステーションネットワーク西宮が相談窓口の役割を担うようにして、最初は2名だった対象者もいまでは2ケタに増えています。 看看連携推進のために、ある急性期病院では退院調整会議に当ステーションの訪問看護師が在宅側の立場で参加する機会を確保しました。看護看護連携の重要性を看護部長と共有し、交渉して実現したものです。病院とのネットワークを生かして、県内で初めて新卒訪問看護師採用後の実習・研修も受け入れていただき、新卒スタッフ間の交流が継続しています。 こうした多種多様な取り組みが行えたのは、大規模な事業所ならではの利点とチーム全体の努力があったからだと思います。私も微力ながらその一端を担うことができました。 ─政策決定の場に訪問看護師が入ることについて、ご苦労はありませんでしたか? はい。当初は、「医師会の先生や看護協会の方が入っていますよ」と言われ、断られてしまうこともありました。行政の方から見れば同じ医療従事者なので、そのお気持ちも理解できますが、訪問看護師だからこそ見える部分があり、課題として捉えられることがあることを理解してもらえるよう、資料を持参し説明を重ねました。 時間はかかりましたが、医師会の先生のご協力があって実現しました。今では、高齢者福祉計画、医療計画の策定などにもどんどん入れるようになっています。会議の場に出て、訪問看護師の意見をしっかりと発言すること、政策決定のテーブルにつくことはとても重要ですし、苦労して得た経緯を知っているぶん、次世代の方々に今後もぜひ引き継いでいって欲しいです。 緊急訪問が必要になる状況を減らすために ─西宮市訪問看護センターで今掲げている目標について教えてください。 訪問看護に期待される、在宅看取り、重症・小児・24時間対応、地域貢献などの要件を満たすステーションに認められる、医療保険の「機能強化型Ⅰ」を取得しています。重症度の高い利用者さんを多く受け入れることが要件になっているため、医療法人を併設していない西宮市訪問看護センターが機能強化Ⅰを継続するのは容易ではないのかもしれません。でも、せっかく取得したので継続していきたいですね。 また、西宮市訪問看護センターでは、設立当初から「起こり得ることを予測して事前に対策する」ことを大切にしてきました。これは、リスクマネジメントや看護の質向上に直接繋がる、考え方の柱です。なので、「緊急を起こさない」を合言葉に、いかに緊急訪問対応を減らすか、ということにも取り組んでいます。 ─緊急訪問対応を減らす難易度は大変高いのではないかと思いますが、お取り組みの内容や背景にある思いを教えてください。 はい。緊急訪問に対応できることは非常に重要です。一方で、緊急訪問が発生しにくい状況をつくることも同時に重要だと考えています。利用者さんやご家族にとって、緊急対応が必要な状況が発生することや、夜中に他人が自宅を訪れることは大きな負担になるはず。安心して暮らしていただくために、緊急訪問が必要になる状況を減らしたいのです。 そのために、できるだけ利用者さんやそのご家族に知識や技術をお伝えしています。また、初回訪問時のアセスメントが非常に重要です。西宮市訪問看護センターでは、安心して在宅療養をするために必要な4種類のアセスメントシートを作成しています。これを使ってチームで支援の方向性を検討し、主治医やケアマネとも情報を共有しているほか、目標や訪問看護終結の目安を設定し、利用者さんとも合意形成をしているんです。訪問看護の終結はタスクシフトの一環であるとも考えています。 あくまで主体は利用者さんとご家族 ─入念にアセスメントをしてあらゆるリスクを想定するだけではなく、利用者さんや他の職種の方々ともしっかり連携されているんですね。 そうです。ご本人の希望と、療養生活の見通しをすり合わせた目標が、自立支援やセルフケアに繋がる。これが、我々がもっとも目指すべきところですね。あくまで「ご本人とご家族が主体」という考え方に基づいて支援しています。 看取りも同様ですが、医療者が意見を押し付けないように気を付けながら状態を見立て、それに基づいてご家族が「しっかり看取った」と思えるケアをしていくことが大切です。そのためにアセスメントシートを使ってアセスメントし、ケアマネや医師などと連携しています。 アセスメントシートが浸透するまでには約3年かかりましたが、現在はスタッフのみんながその必要性を理解してくれています。状況を可視化することでチームでの意識統一もでき、アプローチもしやすくなりました。 ─それでも避けられない緊急訪問が発生することもあるかと思うのですが、どのように対応されているのでしょうか。 どのようなケースであっても、最初から「仕方なかった」とは考えず、「緊急はなぜ起こったんだろう?」「日頃の訪問で抜けていた視点は?」などと振り返って、「どうすれば起こらなかったか」を話し合うカンファレンスを行っています。スタッフも「はなから諦めたらあかん」と言っており、支援内容をブラッシュアップしています。頼もしいですよね。 現在、契約数に対して連絡数は最大25%、緊急訪問数は最大20%、主治医連絡数は最大3%です。頑張りが現れている数字だと思っています。 ―ありがとうございました。次回は、ICT化や災害対応などについて伺います。 >>次回の記事はこちら阪神・淡路大震災とコロナ禍を経て~ICT化とトリアージ~ ※本記事は、2024年3月時点の情報をもとに記載しています。 執筆:倉持 鎮子取材・編集:NsPace編集部

訪問看護認定看護師トークセッション 地域連携編
訪問看護認定看護師トークセッション 地域連携編
インタビュー 会員限定
2024年6月11日
2024年6月11日

訪問看護認定看護師トークセッション 地域連携編【セミナーレポート後編】

NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護認定看護師によるトークセッション〜人材育成と地域連携の実例紹介~」を2024年2月3日に実施しました。スピーカーにお迎えしたのは、訪問看護認定看護師の野崎加世子さんと富岡里江さん。トークセッション形式で、訪問看護が抱える課題やその解決方法を議論しました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。後編では地域連携について、実際の事例を紹介しながら考えていきます。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら訪問看護認定看護師トークセッション 人材育成編【セミナーレポート前編】 【講師】野崎 加世子さん初代訪問看護認定看護師協議会代表理事、現監事。「これからの在宅医療看護介護を考える会」代表。富岡 里江さん訪問看護ステーションはーと勤務。POO マスター、「渡辺式」家族看護認定インストラクター。東京都訪問看護教育ステーション事業における研修の企画・運営も担当。【ファシリテーター】中村 優子さんフリーアナウンサー・インタビュアー。著名人の YouTube チャンネル運営他、著者インタビューを多数手掛ける。 ※本文中敬称略 地域連携における現状と課題 中村: 野崎さんが活動する岐阜県における地域連携の現状と、連携強化のために実践している工夫について教えてください。 野崎: 私が活動しているのは人口10万人ほどの山間地が多いエリアで、地域サービスの不足が課題になっています。 その課題解消に向けて、地域の方たちと「顔の見える連携」を実践しています。なるべく直接顔を合わせるよう意識しつつ、ICTも活用。コロナ禍の連携にはオンラインミーティングを利用しました。 また、タブレット端末に専用ソフトをインストールし、利用者さんの情報を関係者間で共有しています。訪問範囲が広く、連携先の機関に出向くには時間がかかるので、とても便利です。 中村: 地域連携の難しさを感じるのはどんなときですか? 野崎: 病院から退院された利用者さんがスムーズに在宅での生活に移るには、訪問看護師と、医師や薬剤師、ケアマネジャー、ヘルパー、リハビリ職など、多職種が密に連携し、情報を共有する必要があります。しかし、ひとり暮らしや高齢の利用者さんが多く、民生委員やご近所の方などインフォーマルなサービスの方々が連携メンバーに加わるケースも。すると、個人情報保護の観点で話せないことも出てきます。さじ加減が難しいですね。 中村: 本当に多様な方々と連携されているんですね。連携時に意識なさっていることはありますか? 野崎: 会議の際に、参加者全員がわかる言葉選びを意識しています。医師や看護師が難しい医療用語を使うと、ほかの方々が発言しなくなってしまうケースもあるので。それぞれがお互いの立場や役割を理解し、わかりやすい言葉でコミュニケーションをとり、しっかり支え合えるよう心がけています。 地域連携の活動事例 中村: ここからは、地域連携の事例をお聞きできればと思います。まずは富岡さん、いかがでしょうか。 富岡: 私からは、予期せぬ手術で気管切開、人工呼吸器管理になったALS(筋萎縮性側索硬化症)の男性、Aさんの事例をご紹介します。 Aさんは奥さまに先立たれ、お子さん2人をひとりで育ててきた男性です。ALSに消化器疾患を併発し、状態が悪化。医師から「看取りが近い」と宣告され、長女さんは大学を休学して介護することを決意されました。 しかし、そのことを知った地域連携室が「本当にこれでよいのか」と悩み、私に相談をいただいたんです。 実際にAさんにお会いすると、病室にいながらインターネットでお子さんたちの日用品や食料品を手配したり、「家の中なら動ける」とおっしゃったりと、看取りが近いと宣告されたとは思えない様子でした。自身の最期を気にするよりも、お子さんの将来を楽しみにしているのが伝わってきましたね。 在宅ならもう少しADLの回復が見込めるかもしれないと考え、ケアマネジャーを含め各方面と相談。ご家族にも長期的な介護になる可能性を伝え、長女さんの就職も見据えて、在宅チームを結成しました。 そしてAさんは自宅に戻ると、やはりADLが回復。家庭の中心的な役割を担われるまでになりました。チームで介護にあたった結果、長女さんも大学を卒業し、就職できています。早期に関係者間の共通理解を図れたことで、連携、協働がうまく実現できた事例です。 中村: 非常に印象深いケースのご紹介をありがとうございます。野崎さんの活動事例も教えてください。 野崎: 私からは、気管切開を経て頻回の吸引が必要になった小児・Bさんの事例をご紹介します。 Bさんは「お兄ちゃんと同じ普通小学校に行きたい」という希望をもっていましたが、当時は特別支援学校にも看護職員がいない時代。教育委員会は普通小学校に吸引が必要なBさんの通学を許可してくれませんでした。私は、厚生労働省や他県の認定訪問看護師に相談しつつ、自分でも調査しました。すると、決して入学は無理ではないとわかってきたんです。 かかりつけ医や地域への協力を打診し、訪問看護師とBさんのお母さんとが交代で吸引を行う体制を整えました。そして、3年かけてやっと普通小学校への通学許可を得たんです。その後Bさんは、成長するにつれ自身で吸引を行うようになり、普通高校、国立大学へ進学したんですよ。そして、「普通小学校に通える子を増やしたい」という想いをもって2023年度から教員として小学校に就職し、今も元気に働いています。訪問看護師・認定訪問看護師になったからこそ支援できた事例でした。 中村: お二方とも、まさに訪問看護認定看護師の強みを活かされた貴重な情報の共有をありがとうございました。最後に、訪問看護師のみなさまへのメッセージをお願いします。 野崎: 訪問の現場では、日々つらいことや思い通りにならないことがあったり、孤独を感じたりするのではないかと思います。でも、相談に乗ってくれる人は必ずいます。目の前の利用者さんを大事にし、楽しみながら訪問看護を実践していきましょう。 富岡: ひとりで不安を抱えているなら、今回ご紹介した相談先に連絡したり、訪問先でもICTを活用して同僚とつながったりして、ぜひ周りに頼ってください。そして、できるだけ楽しく日々看護にあたり、利用者さんの笑顔を引き出してもらえたらと思います。全国の仲間と一緒に頑張りましょう! 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

自分自身が全力で遊びを楽しむ 重症心身障がい児のデイサービス&訪問看護
自分自身が全力で遊びを楽しむ 重症心身障がい児のデイサービス&訪問看護
インタビュー
2024年5月21日
2024年5月21日

自分自身が全力で遊びを楽しむ 重症心身障がい児のデイサービス&訪問看護

1年の病棟勤務を経て、「医療法人ハートフリーやすらぎ」の訪問看護ステーションやデイサービスで働く石川さん。デイサービスと訪問看護、両方に携わることができる職場に大きな魅力を感じているとのこと。前回の大藪さんに引き続き、子どもたちとの触れ合いの中で感じていることや、心がけていることなどを伺いました。 >>前回の記事はこちら言葉以外からも読み取れる感情 重症心身障がい児のデイサービス&訪問看護 石川 紗也佳(いしかわ さやか)さん看護師。1年消化器外科病棟で働いた後、2023年4月に医療法人ハートフリーやすらぎに入職。日々、個別性の高い重症心身障がいを持つ子どもたちとの関わり方を模索。週の半分程度をデイサービスで、もう半分を訪問看護で働いている。医療法人ハートフリーやすらぎ: https://www.heartfree.or.jp/ いつか海外で働くことも見据えて看護師に ─まずは、看護師になった理由や訪問看護の道を志した理由を教えてください。 はい。理由は色々あるのですが、私はもともと海外に住んでいたこともあり、「海外でも通用する職に就きたい」という思いがあります。また、私の母は看護師で、保育園に勤めていたほか、海外でも色々な場面で頼られる姿をみてきました。さまざまな場所で働ける看護師という仕事に憧れて、自然とこの道を志すようになったんです。 いつか海外で医療に携わりたいと考えたとき、場合によっては物資が不足している中で医療行為を行うケースもあると思います。あくまで個人的な考えですが、これは訪問看護に近いものがあるのではないかと。限られたリソースで工夫しながら、患者さんの想いに寄り添いながらケアをする。そういったお仕事をしたくて、訪問看護の道を志しました。 訪問看護利用者さんと石川さん ─ハートフリーやすらぎに入職した経緯も教えてください。 私は大学生のとき、発達障がいについて学んでいたということと、昔から子どもが好きこともあり、放課後等デイサービスでアルバイトをしました。時には「クソババァ」と言われたこともありましたが(笑)、子どもたちは本当にかわいくて、虜になりました。「いつか看護師として放課後等デイサービスで働きたい」という気持ちを持つようになったんです。 石川さん作成資料 最初は病棟で経験を積みたいという思いもあったので、大学卒業後は1年ほど病棟で働きました。その後、放課後等デイサービスと訪問看護、両方の仕事ができる「ハートフリーやすらぎ」の存在を知り、私にとっては夢のような職場だと思って応募したんです。 ─入職当時のハートフリーやすらぎの印象はいかがでしたか? まず、子どもの数に対して、スタッフの数がとても多いことに驚きました。一人ひとりの利用者さんに丁寧に接することができる環境が用意されていたんです。重症心身障がい児の看護は、吸引のしかた一つをとってもその子によってやり方が違うんですが、不慣れな私に「この子はこれ以上やると吐くから気を付けて」など、それぞれの特徴を掴めるように説明してもらいました。「手厚い」とはこういうことなんだ、と納得したのを覚えています。 言葉以外の意思表示を感じ取る ─訪問看護とデイサービスを両方やっているなかで、違いを感じることはありますか? はい、意識するポイントも含めてかなり違うと思います。訪問看護は利用者さんのご自宅で、限られた時間の中でのケアになるので、「訪問中に完結させなければならない」というプレッシャーが常にあります。ただ、利用者さん一人ひとりと丁寧に向き合えるというメリットは大きいです。 デイサービスの場合は、長時間利用者さんと一緒にいることができます。その一方で、訪問看護と比較すると一人ひとりの利用者さんに集中しづらい面もあります。だからこそ、手厚く対応しようという意識を働かせながらケアをしています。 ─病棟から大きく仕事内容が変わる中で、不安になることはありませんでしたか? そうですね。言葉での意思表示がない子どもたちのケアをするということ自体が、「どう関わればいいのだろう」と最初は不安でいっぱいでした。ただ、実際に触れ合うと「意思表示がない」なんてことは絶対にないということがわかるんです。みんな、手足の動き、首の動き、目の動き、表情筋などを使って、感情や思いを表現してくれます。子どもによって表現方法が違うだけで、「この子の場合はこの方法で教えてくれる」ということがわかってきました。それがわかってからは、子どもたちとの関わりがとても楽しくなっていったんです。 利用者さんの病状が急変することに対しても不安でしたが、HOTやバッグバルブマスクの使用方法、緊急時の流れなどについて先輩と話し合いながら確認・シミュレーションをし、いつ何が起きても対応できるよう準備しています。私は現状大きな急変に立ち会ったことがありませんが、てんかん発作や咳き込みなどの対応はしており、少しずつ経験を積んでいます。過剰に構えず、冷静に対応していきたいです。 また、ハートフリーやすらぎでは大橋さん(※)や先輩方がいつも質問に丁寧に答えてくれますし、困ったことがあれば一緒に考えてくれます。利用者さんやご家族との関わり方についても、具体的なアドバイスや「さっきの対応はよかった」といったフィードバックをもらえるんです。正すべきことは当然指摘を受けますが、優しくて愛があふれていて、全然つらい気持ちにならないんです。こちらの発言も否定せず受け止めてくれて、「やってみたら」と応援してくれます。思ったことを気後れせずに伝えられますし、安心して仕事ができています。 ※大橋奈美さん:医療法人ハートフリーやすらぎ常務理事、統括管理責任者 積極的に遊びを仕掛ける ─石川さんが担当されている利用者さんについて教えてください。 はい。こちらのNくんは現在8歳の男の子で、脳性麻痺、てんかん、慢性肺疾患、肺高血圧症があり、医療的ケアとしては胃ろうの処置が必要です。電車や自動車などの乗り物が大好きで、よく笑う姿がとても可愛らしいです。反応してもらえるのが嬉しくって、たくさん遊びを仕掛けています。 ─遊ぶ際に心掛けていることはありますか? 以前、風船で一緒に遊ぼうとしたときにはあまり興味がなさそうにしていました。そのことを作業療法士に相談すると、「この子たちは生まれたときから自分の意思に関係なく、いろいろな医療処置をされてきた。誰かに何かを『させられる』ことに対する抵抗が大きい」と教えてもらったんです。それ以降はNくんにとって「させられる」のではなく、自分から「したい」になるよう、心掛けています。まずは私自身が遊びを全力で楽しむようにして、それを見て興味をもって、「一緒に遊びたいな」と少しずつ遊びに参加してくれたらいいなといつも思っています。 ─どんな遊びをするか、発達段階に応じた目安などはあるのでしょうか。 重症心身障がい児は発達の遅延を伴っているケースも多いので、そのときどきで柔軟に対応し、その子独自の対応方法を探るのがいいのではないかと思っています。Nくんに関わらず、ここにいる子どもたちはすごく個別性が高いため、実践重視のほうが合っているように思います。考えてみれば、私自身も子ども時代に型にはまった遊び方はしていなかったなと思うので、ダメ元でもいろいろなアプローチをしたいと思っているんです。例えばこの前は、訪問看護の利用者さんで肌に筆が触れる感覚が好きな子がいたので、デイサービスの子とも筆で遊んでみました。 新しい遊びのアイデアを提案すると、まわりの皆さんからも「ええやん!やってみたら」って信頼して見守ってもらえるので、本当にやる気が出ます。 ─最後に、今後の目標を教えてください。 いまよりも子どもたちの想いを汲み取れるようになりたいと思っています。言葉はなくとも、足の動き、手の動き、ちょっとした表情の変化から私が気づいてキャッチできる情報はどんどんキャッチして、より深く理解していきたいです。 それから、大橋さんや先輩方のひとことで利用者さんやご家族が安心している様子を見ると、「自分もこういうふうになりたい」と思います。私もいつか言葉一つで大きな安心をもたらす存在になりたいです。 ─ありがとうございました! * * * 次回は「ハートフリーやすらぎ」常務理事の大橋奈美さんに、新卒採用をすることの意義や経営・運営面で気を付けていることなどについて、お話を伺います。>>次回記事はこちら新卒採用の意義&スタッフとのコミュニケーションで心がけていること ※本記事は、2024年2月時点の情報をもとに構成しています。 執筆:倉持 鎮子取材・編集:NsPace編集部

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