地域包括ケアに関する記事

「社会的処方」 定義&具体例
「社会的処方」 定義&具体例
特集
2023年12月26日
2023年12月26日

政府も推進する「社会的処方」 定義&具体例 リンクワーカーは何をする?

「社会的処方」という言葉を聞いたことはあるでしょうか? この言葉は、政府の「経済財政運営と改革の基本方針」(「骨太方針」)でも使用され、学会や論文でも目にする機会が増えました。孤独・孤立対策推進法も成立し、今後ますます医療や介護の場、さらに市民活動の現場においても耳にする機会は増えていくでしょう。注目されている「社会的処方」について、定義や具体例・課題をご紹介します。 社会的処方の定義 社会的処方(social prescribing)とは 「処方」と聞いて、多くの方が思い浮かべるのは薬の処方だと思われますが、社会的処方は医療的な処置ではありません。患者や相談者を地域社会の活動・人物などにつなげることで生活を支援し、健康増進や生活の質(QOL)・ウェルビーイングの向上を目指す取り組みを「社会的処方」といいます。従来は主に医療者が行うものとされてきましたが、最新の定義では医療者以外の市民同士が社会資源とのつながりを利用して人を元気にする取り組みも社会的処方と呼ぶようになってきています。 昨今、心身の健康は生物学的要因以外でも健康の社会的決定要因(SDH=Social Determinants Of Health)、例えば貧困や住環境、友人・家族関係、そして孤立によって影響を受けるという考え方が広まってきています。 孤立に対応する社会的処方に関連する活動は、日本においても民間団体や自治体レベルで行われてきましたが、政策に組み込まれ始めたのは「経済財政運営と改革の基本方針2020」(骨太方針2020)のころです。骨太方針2020では、社会的処方について以下のように定義されています。 かかりつけ医等が患者の社会生活面の課題にも目を向け、地域社会における様々な支援へとつなげる取組81についてモデル事業を実施する。 81 いわゆる「社会的処方」と呼ばれる取組。 内閣府 「経済財政運営と改革の基本方針 2020~危機の克服、そして新しい未来へ~」(https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2020/2020_basicpolicies_ja.pdf)より抜粋 社会的処方 発祥の地はイギリス 社会的処方の発祥はイギリスです。1980年代から自主的な活動としてスタートしていましたが、2006年にはイギリス保健省もその活動を紹介。国全体に関心が広がっていきました。社会的処方が外来診察・入院等を減らしたという調査報告もあり、2018年には補助金も準備され、孤独対応の政策のひとつとなったのです。 その結果、イギリス国内では社会的処方のネットワークが構築されており、GP(一般医・家庭医)が必要だと判断したら、専門の研修を受けた「リンクワーカー」と呼ばれる職種につなぎます。そしてリンクワーカーが、患者や相談者を地域の人やコミュニティにつながる役割を担っているのです。 日本における社会的処方の取り組み 近年、少子高齢化、核家族化や晩婚化、インターネットの普及など、さまざまな原因で人と人とのつながりが希薄になっています。家族や地域のコミュニティとの接触がない「社会的孤立」状態の人は増えており、社会問題になっています。「地域包括ケアシステム」「地域共生社会」の達成を目指す日本政府は、健康づくりや疾病の重症化予防に効果がみられるイギリスの社会的処方に注目しました。 そして、新型コロナウイルス感染症の蔓延をきっかけに、2021年には内閣官房に「孤独・孤立担当大臣」および「孤独・孤立対策担当室」が設置され、いくつかの都道府県において社会的処方のモデル事業を開始。政策の一環として社会的処方の運用が始まりました。2023年6月には「孤独・孤立対策推進法」が成立しています。 社会的処方の具体例とその特徴について 社会的処方の具体例 では、社会的処方とはどのような取り組みなのでしょうか。イメージするために具体例をみてみましょう。 例: あなたは、「気力が湧かなくてつらい」と言っている50代女性Aさんに出会った。夫婦二人暮らしで、夫以外の他者と関わる機会は月に数回という状況である。 この事例の場合、「つらいようだったら精神科の受診を」というアドバイスのみで終わるケースが多いかもしれませんが、社会的処方でのアプローチを考えてみます。 イギリスで社会的処方を推進しているSocial Prescribing Networkは、社会的処方の基本理念に以下の3つを挙げています。 「人間中心性」:その人に合ったつなぎ先をみつけること「エンパワメント」:その人の持つ力を引き出すこと「共創」:その方に合う社会資源が地域コミュニティになくても、一緒に創っていこうという考えで動くこと まったく症状や原因が同じ場合、医療の現場であれば処置や薬の処方箋は同じになるかもしれませんが、「人間中心性」「エンパワメント」を考慮すると、対象者に応じて社会的処方は変わってきます。その人の持つ力はなんなのかを知るためにも、押しつけがましいつなぎ方をしないためにも、すぐに解決策を示すのではなく、掘り下げてお話を聴いていきます。 以下のようなお話を聴けたとしましょう。 原因・状況を深掘りするAさんは、子どもが全員巣立ったことをきっかけに、喪失感や空虚感を抱くようになっていた。子どもの成長とともに保護者同士の付き合いは減っており、ご近所付き合いは元々希薄。 子どもの教育費を稼ぐためにパートに出ていたが、更年期障害の症状が重かったことをきっかけに辞めている。教育費の負担が減ったため経済的には困窮しておらず、就労の希望はない。精神科を受診することに対しては抵抗感を持っており、「そこまでではない」と思っている。その人の好きなこと・興味のあることを知る 「私には何のとりえもない」とAさんは言っていたが、自宅には猫の写真が飾ってあり、猫の小物がいくつか置かれていた。 「猫、お好きなんですか?」と聞くと、過去に猫を飼っていたこと、かわいかった様子を話してくれた。今も猫は好きだが、夫の反対もあり再び飼うことは難しいとのこと。 次に、地域につなげられないかを考えていきます。「つなぎ先」は、人物、企業、行政、地域コミュニティなどさまざまで、現状は行われていない活動を提案するのもよいでしょう。この例では、「猫が好き」という点にピンときたあなたは、以下のような対応を取りました。 近所に保護猫カフェがあり、店番や猫のお世話をするボランティア募集の貼り紙があったことを思い出した。Aさんにそれとなくそのことを伝えてみると、興味がある様子。そのお店のオーナーに連絡をとり、Aさんを紹介。Aさんは無理なく週に1回からボランティアを始めた。楽しくやりがいある活動や人・動物との出会いを通じて、生き生きした様子になった。 * * * 地域で孤立する人が増えている中、訪問看護師が利用者さんやそのご家族から、疾患・ケア以外の部分で相談に乗る場面も多いでしょう。社会的処方の取り組みは、ぜひチェックしておきたいところです。次回は、リンクワーカーを誰が担うか?といった課題をはじめ、日本に社会的処方のしくみを導入する際の問題点をみていきます。 >>次回の記事はこちら社会的処方の課題&重要性 誰がリンクワーカーを担うか 監修: 西 智弘(にし・ともひろ)医師/一般社団法人プラスケア代表理事/川崎市立井田病院腫瘍内科 部長(化学療法センター、内科兼務)2005年北海道大学卒。2012年から中原区在住。日本臨床腫瘍学会認定がん薬物療法専門医。川崎市立井田病院で「早期からの緩和ケア外来」を立ち上げ。2017年、神奈川県川崎市に「医療者と市民とが気軽につながることができる場所」をつくりたいとの思いのもと、「一般社団法人プラスケア」を設立。『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(学芸出版社)、『だから、もう眠らせてほしい(晶文社)』など著書多数 一般社団法人プラスケア神奈川県川崎市での「暮らしの保健室」や「社会的処方研究所」の運営を行っている。「社会的処方研究所オンラインコミュニティ」では、国内外の情報をシェアするほか、イベント・講演を実施。URL:https://www.kosugipluscare.com/ 執筆・編集: NsPace編集部 【参考】〇西 智弘編著 『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(2020、学芸出版社)〇澤 憲明他 「英国における社会的処方 社会疫学に関連した取り組み・研究と総合診療」https://www.orangecross.or.jp/project/socialprescribing/pdf/socialprescribing_1st_02.pdf2023/11/24閲覧〇内閣官房「孤独・孤立対策の重点計画」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/juten_keikaku/r03/index.html2023/11/24閲覧〇内閣官房「孤独・孤立対策推進法」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/suisinhou/suisinhou.html2023/11/24閲覧〇内閣府 「経済財政運営と改革の基本方針 2020~危機の克服、そして新しい未来へ~」https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2020/2020_basicpolicies_ja.pdf2023/11/24閲覧〇内閣府「経済財政運営と改革の基本方針 2021 日本の未来を拓く4つの原動力~グリーン、デジタル、活力ある地方創り、少子化対策~」https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2021/2021_basicpolicies_ja.pdf2023/11/24閲覧

地域医療と訪問看護~患者さんの家族目線で最善の医療
地域医療と訪問看護~患者さんの家族目線で最善の医療
インタビュー
2023年12月12日
2023年12月12日

【医師に聞く】地域医療と訪問看護~患者さんの家族目線で最善の医療を~

埼玉県上尾市の中核病院である、上尾中央総合病院で循環器内科医として働く小橋啓一先生。先生のお父様が開業するクリニックもあり、上尾は幼いころから縁のある土地です。現在は地域医療ネットワークの担当として循環器内科の訪問診療を行っており、訪問看護師ともかかわっています。今回は、小橋先生の地域医療への想いとともに、上尾中央総合病院の取り組みについてもお話をうかがいました。 小橋 啓一(こはし・けいいち)先生上尾中央総合病院 循環器内科 副科長上尾市立平方北小学校を卒業。2004年日本医科大学卒業、同大付属病院にて初期研修を修了後、同大第一内科入局。同愛記念病院循環器内科、静岡医療センター循環器内科、日本医科大学多摩永山病院内科・循環器内科を経て2018年5月より現職。専門は虚血性心疾患。日本循環器学会循環器専門医、日本心血管インターベンション治療学会認定医、日本内科学会総合内科専門医。 上尾の患者さんに寄り添った医療を ーまずは先生がご担当されている業務について教えてください。 36年前、私が10歳のときに父が上尾市でクリニックを開業しました。そのクリニックをいずれ継ぐことを視野に、現在は上尾中央総合病院で循環器内科の副科長と兼任して、循環器の地域医療ネットワークの担当をしています。プレホスピタル12誘導心電図伝送システム(詳しくは後述)の普及活動と、循環器の訪問診療を行っています。 上尾中央総合病院 ー循環器専門医としてこの地域で医療を提供されていることに関して、先生の想いを聞かせていただけますか? 専門医だからといって、特別なことをしているという認識はありません。ここは私自身の地元ですし、父も現役で働いているとはいえ高齢ですから、実家のほうから救急車が来ると他人事とは思えないんです。地域で暮らしている方を、自然と自分の家族のように感じることができる。これが、救急医療においても訪問診療においても非常にプラスになっていると思います。 手術中の小橋先生(右) 患者さんの小さな変化に看護師さんが気づく ー訪問診療ではどのようなことを意識されていますか? 訪問診療でできることは採血と身体所見を取ること、簡易の心臓エコーなどに限られます。それでも、毎回患者さんを診て、訴えを聞いて、薬を飲んでもらって……という、医師が昔からやっていたことをきちんと行うことを意識しています。これができれば、慢性疾患である心不全の予後はある程度コントロールできるのだと実感しています。 基幹病院のような大きなところで働いていると、最新の検査機器や新しい薬などに目が行きがちですが、そういった特別なものがなくても、できることはたくさんあると思っています。 ー訪問看護師とのかかわりについても教えてください。 訪問診療と訪問看護は交代で患者さんのところに伺っており、交換日記のようなコミュニケーションが多いため、私が普段直接会話をする機会はあまり多くありません。でも、訪問看護師さんたちに支えられていることは日々実感しています。 当院の場合、実施しているのは定期的な訪問診療のみで、急な往診には対応していないため、患者さんに何かあったら、まず訪問看護ステーションに連絡が入ります。訪問看護師さんたちが普段から患者さんの様子を把握し、小さな変化にも気づいて適切なアドバイスをくれるおかげで、状態が悪くなる前に微調整でき、結果的に入院を避けられているんです。当院でも訪問看護師さんとの連絡窓口には専属の看護師を配置しており、患者さんと信頼関係を築いていますので、円滑に連携できていると思います。 地域の医療機関との連携で環境が改善 ー上尾市や近隣自治体の医療機関とはどのように連携していますか? 上尾中央総合病院では2020年9月から循環器内科の訪問診療を始めました。当初は、我々が訪問することで入院期間を短縮できたり、患者さんが自宅で過ごせたりするケースを増やしたいと思っていました。でも、最近は地域の先生方との連携もスムーズに行えるようになり、往診対応もできる地域の医療機関に患者さんを紹介するケースが増えています。 訪問診療に切り替える目的は、必ずしも寿命を延ばすことではありません。患者さんが苦しくないようにしたり、最期の時間をご家族と過ごせるようにしたりすることも大切な目的です。また、もちろん訪問診療から外来通院に戻すこともできます。地域の先生方ともより連携を密にしていき、患者さんやご家族が安心できる環境を整えたいと思っています。 モービルCCUの導入で地域の医療が向上 ー上尾中央総合病院で導入しているモービルCCUについて詳しく教えてください。 当院では2018年から心臓病専用救急車「モービルCCU」を1台導入しており、専属の運転手と医師・看護師・臨床工学技士の4人で地域のクリニックに患者さんを迎えに行っています。 開業医の先生としては、診療時間中に救急車を呼ぶと、医師の同乗が必要となる場合があるため外来が止まるという負担があります。そのため、「細かい診療情報は後からでいいので、開業医の先生が急患だと判断したら私たちが迎えに行きます」というスタンスでやっています。稼働は日中の時間帯に限られていますが、ニーズの8割くらいはカバーできているのではないでしょうか。地域の先生方にも喜んでいただいているようです。 ー先生が現在力を入れていらっしゃるプレホスピタル12誘導心電図伝送システムについても教えていただけますでしょうか。 救急車内で救急隊員さんが心電図を取ってクラウド上にアップし、患者さんが病院に着く前に医師が心電図の波形を直接読影して診断するというのがプレホスピタル12誘導心電図伝送システムです。当院では2017年からスタートして、2023年6月に、累計1,000件になりました。 このシステムを導入したことで、当院における急性心筋梗塞の患者さんの30日死亡率が減少したというデータが得られ、論文として発表することができました。現状は近隣自治体の消防本部(上尾・伊奈・県央広域(桶川・北本・鴻巣))の救急車8台だけにこのシステムが入っているので、もっと広く普及できればと思っています。 送ってもらった心電図は全例フィードバックしているので、救急隊員さんにも喜んでいただいています。救急隊の皆さんは心電図読影に対して情熱を持って臨んでくださっており、読影力も上がっているんです。そういった経緯もあり、上尾市消防本部からは救急車全台に搭載したいと要望をいただいています。当院をきっかけにして、上尾市だけではなく、埼玉県や全国まで、公的なシステムを変えられたら嬉しいですね。 「患者さんが自分の家族だったら」と考えて ー最後に、訪問看護師さんに向けて、メッセージをお願いいたします。 私たち医師は本当に訪問看護師さんたちに助けてもらっていて、地域で訪問診療をしている先生方も口をそろえて「訪問看護師さんがいないと成り立たない」とおっしゃいます。 訪問看護ではカバーする疾患の範囲が広いので、基本的な勉強は必要ですが、結局は「この患者さんが自分の家族だったらどうするか」と考えて対応するしか正解はないと思っています。これは私も普段から心掛けていることです。ただ、疑問に思ったことはそのままにせず、私たち医師を有効に使っていただきたいです。それが私たちのためにもなりますし、何より患者さんのためになります。 訪問看護師さんが患者さんを一番知っているわけですから、そこは自信を持って患者さんと向き合っていただきたいですね。それが結果として最善の医療になるのだと思っています。 ※本記事は、2023年10月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

訪問看護認定看護師 活動記/東海北陸ブロック
訪問看護認定看護師 活動記/東海北陸ブロック
コラム
2023年11月21日
2023年11月21日

介護職員養成&通学支援【訪問看護認定看護師 活動記/東海北陸ブロック】

全国で活躍する訪問看護認定看護師の活動内容をご紹介する本シリーズ。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会 東海北陸ブロック、松下 容子さんの活動記です。介護職員向けの喀痰吸引等研修や、三重県で2023年度より導入されている医療的ケア児の通学支援の取り組みなどをご紹介いただきます。 執筆:松下 容子看護学校を卒業後、総合病院に勤務し、2000年から訪問看護に従事。2011年 訪問看護認定看護師資格取得2012年 四日市社会保険病院 訪問看護ステーション管理者(現:四日市羽津医療センター)2021年~現在 みんなのかかりつけ訪問看護ステーション四日市 管理者 全国で1番の会員数を誇る東海北陸ブロック 私は、日本訪問看護認定看護師協議会の理事に就任して4年目になります。担当業務は総務で、主に総会・同時開催研修会と交流集会の計画、開催等に関わっています。研修会の講師や内容については、会員の皆様からのアンケート調査に基づき、皆様のご希望を反映できるよう、心がけています。 例えば、2023年6月の総会後の同時開催研修会は以下のような内容で実施しました。 第1講「認定更新申請の情報提供」5年目の訪問看護の認定更新を済まされた会員からの情報提供第2講「法律制度を活用したコミュニケーション向上術」看護師であり、社労士事務所代表の方によるご講演 次に、私が所属している東海北陸ブロックの活動状況を紹介します。当ブロックは静岡、愛知、岐阜、三重、福井、富山、石川の7県から構成され、会員数は101名となりました(2023年10月時点)。協議会全体での会議とは別に、ブロック内で年に2回の研修会と交流会、年に数回の役員会を開催しています。役員は、ブロック長をはじめ各地区代表の10名で構成されており、研修会をはじめとした企画・運営を取り仕切っています。9月末には、今年度最初の研修会として、「在宅ケアにおける倫理」をテーマに開催しました。 喀痰吸引等研修講師として10年目 個別で行っている講師活動についてもご紹介します。私はこれまでの10年間、毎年喀痰吸引等研修の講師を務めています。喀痰吸引等研修とは、「たんの吸引(口腔内、鼻腔内、気管カニューレ内部)」と「経管栄養(胃ろう、経鼻経管栄養)」を行える介護職員等を養成するための研修です。また、この介護職員を現地で指導するための指導者研修(看護師)もあり、いずれも研修内容は講義と演習で構成されています。そのほか、これまでに介護職員数名の実地研修の指導者としても関わらせていただきました。 喀痰吸引等研修会演習風景 今後もこの活動を通して介護職員の喀痰吸引等に関する手技の維持・拡大と喀痰吸引等提供の質確保に努め、介護職員を含めた多職種による協働体制の構築に尽力していきたいと思います。 県初、医ケア児の通学支援開始 医療的ケア児への支援活動についてもご紹介します。四日市市には特別支援学校があり、多くの医療的ケア(人工呼吸器や喀痰吸引、胃ろう管理等)を必要とする児童が通学をしています。しかし、ほとんどの児童はスクールバスへの乗車が困難な状況です。スクールバスに乗れない児童は家族送迎を余儀なくされ、家族の負担は非常に大きいものとなっています。例えば、母親による往復の送迎に1時間程度かかる場合、母親の仕事の時間が削られているケースはもちろん、就業を諦めざるを得ないケースもたびたび見かけられます。 三重県では、そんな家族の負担を軽減すべく、2023年度に「三重県医療的ケア児通学支援事業」が試行され、現在、当ステーションでは週に2回、朝の通学支援に協力させていただいています。業務内容は、指定された福祉タクシーに同乗し、運転手さんと協力して安全に児童を特別支援学校まで送り届けることです。道中、車内での児童の状態観察と喀痰吸引の必要があれば実施し、学校到着後に担任教員に母親からの伝達事項や車内での状態を引き継ぐという流れになっています。 まだ開始したばかりの事業であり、実際、受け入れのできる訪問看護ステーションも、まだまだ少ないのが現状です。障害があっても健常な児童と変わらず、平等に学習機会が確保され、必要な支援のもと、児童の成長、発達と家族へのサポートがますます促進されるよう、今後も微力ながら関わっていきたいと考えています。そして、誰もが豊かに暮らせる地域に発展することを心から願っています。 * * * この記事をお読みいただいている訪問看護師の皆様にも、ぜひ安心・安全の提供と、自分らしい生活・ありたい姿の実現を見据えながら、療養者様やご家族に寄り添っていただけたら幸いです。 ※本記事は、2023年10月時点の情報をもとに構成しています。 編集: NsPace編集部

【医師に聞く】地域医療と訪問看護2
【医師に聞く】地域医療と訪問看護2
インタビュー
2023年11月14日
2023年11月14日

【医師に聞く】地域医療と訪問看護~接遇の大切さと100点満点を目指さない理由~

20年以上にわたり神奈川県横浜市金沢区とかかわりを持ち、当地に田川内科医院を開業した田川暁大先生。地理的・医療的環境が異なるさまざまな地域でキャリアを積み、糖尿病、ぜんそく・COPDなどの分野で患者さんの在宅療養に心を傾けています。そんな田川先生に、地域医療や訪問看護への想いを語っていただきました。 田川内科医院 院長田川 暁大(たがわ あきひろ)先生1998年山形大学医学部卒業、2004年横浜市立大学大学院医学研究科博士課程修了。2016年より現職。医師としてのキャリアを神奈川県内各地のさまざまな医療機関で積み、呼吸器内科・糖尿病内科を中心に診療するクリニックを横浜市金沢区に開業。専門性を生かし、患者さんやご家族と一緒に考えながら実行可能で継続できる治療を推進している。コロナ禍においては自院でのワクチン接種や発熱患者の受け入れにも積極的にかかわる。日本内科学会認定医・総合内科専門医、日本呼吸器学会専門医・指導医、日本糖尿病学会専門医、日本糖尿病協会糖尿病認定医。 患者さん一人ひとりへの接遇を大事に —まずは、地域の患者さんとかかわる喜びや、心がけていることについて教えてください。 開業したのは2016年ですが、横浜市金沢区内の複数の病院で20年来医療に従事してきました。そのため、何年も前に別の病院で診察した患者さんが来院なさるケースがあります。新型コロナワクチン接種で当院を受診した方に、「実は20年前に別の病院で診ていただきました。あのときはありがとうございました」と言われたり、「ここはあのときの田川先生のクリニックなんじゃないかなと思って建物の前を通っていたんです」といった話もうかがったり。患者さんにそんなふうに言っていただけるのは嬉しいですね。 そもそも病院自体が「行きたい場所」ではなく、嫌な医師なら来院しませんから。「何かあればまたこの病院にかかりたい」と思っていただけるような適切な対応・接遇、何より信頼を得ることが大事だと、スタッフとも常々話しています。 田川内科医院の外観(左)と受付の様子(右) どの地域でも最新の標準治療を提供するために —地域医療について課題を感じることはありますか? 私のいる金沢区は非常に医療環境に恵まれており、呼吸器も糖尿病も、当院のように専門医が在籍しているクリニックが複数あります。加えて区内には横浜市立大学附属病院や横浜南共済病院、県立循環器呼吸器病センターといった基幹病院もあり、各診療科に専門医が複数いる環境です。 一方、高齢化や過疎化が懸念される地域ほど専門医が少ない傾向にあると感じています。そういった地域では各分野の知識が更新されづらくなり、標準治療の提供も難しくなってしまう可能性があります。 今後、より地域医療に求められるだろうと感じているのが、各科の医療水準の均衡化と考えます。専門医が少ない地域・いない地域でも最新の標準治療が提供できるように、非専門の先生と協力していく必要があります。もちろん、我々専門医の研鑚や積極的な発信が必要なのは言うまでもありません。 —訪問看護師に関しても同様のことが言えるでしょうか。 そうですね。みなさん本当に真摯に患者さんと向き合っておられますが、例えば糖尿病に関して「血糖値に応じてインスリンを何単位」といった、「かつては当たり前だったが今は違う」知識に基づいてお話されている訪問看護師さんもいらっしゃることは事実です。もちろん、「今は違うんですよ」とご説明をしますが、比較的情報が入ってきやすい大きな病院と異なり、お一人で訪問することが多い訪問看護ステーションでは、どうしても情報更新が難しいケースがあるのかなと感じます。 標準治療の提供のために、訪問看護師さんにも積極的に学んでいただければと思いますし、我々も必要に応じて情報提供を続けていきたいと思っています。 敬意をもって患者さんに接する大切さ —患者さんとの接し方や医師への連携について、アドバイスいただけないでしょうか。 忙しいとき、多くの医療者は自分が伝えたいことを一方的に話してしまいがちです。しかし本当に重視すべきは「患者さんに正しく意図が伝わる」こと。そのために私は丁寧な言葉を選ぶよう心掛けています。丁寧に話すだけで、早口ではなくなりますから。 また、医師・看護師に限らず医療従事者のなかには、患者さんに対して高圧的だったり、逆に子どもをあやすように接したりする人がいます。私はどちらも違うのではないかと思っています。おすすめしたいのは、敬意をもって患者さんに接すること。そうすると患者さんのちょっとした違いに気付いたり、貴重な情報を患者さんから引き出せたりするものです。 とくにご高齢の方は皆さん我慢強く、体調の変化をあまり訴えない傾向があります。しかしそこに病気のサインが隠れている可能性もあり、「おやっ」と感じることがあればぜひ医師と連携してほしいですね。 100点満点の生活改善は目指さない —先生は呼吸器と糖尿病がご専門で、生活習慣が症状に影響する疾患の患者さんを多く診ていらっしゃいます。安定した在宅療養を継続するために重要と考えていることを教えてください。 「100点満点を目指さない」ことでしょうか。85点くらいで十分ですね。年齢を重ねるほど、できないことが増えてくるので、ご本人・ご家族と医療者とで「落としどころ」をすり合わせて共有することが重要です。 具体例を挙げると、たとえば「医師に制限・禁止されている食べ物を食べてしまった」と患者さんに打ち明けられたとします。それが絶対にNGなものでなければ、どこまでなら減らせるか患者さん自身と相談します。このとき、私はまず患者さんの発言を受け入れるようにしています。そして患者さん自身が決めた目標を達成できるようがんばってもらい、結果が出たら一緒に達成を喜ぶんです。 そこで、「じゃあ次はもう少し制限しましょう」…とは言わず、「これを継続しましょう」と伝えます。「本当にそれでいいの?」と思うかもしれませんが、結果が出ると患者さんは楽しくなり、ご自分から量を制限するようになります。そうなったらしめたもので、患者さんの行動変容につながっていくんです。 訪問看護師さんが気軽に患者さんの情報を共有していただけたら、もっとアドバイスができると思いますし、どこが「これだけは守ってほしい点=85点」なのかを一緒に検討することもできるでしょう。患者さんと長く接している訪問看護師さんからの情報は医師にとって貴重な気づきになります。これからも、一緒に地域医療を支えていきましょう。 ※本記事は、2023年9月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

認定看護師活動記 南関東
認定看護師活動記 南関東
コラム
2023年10月10日
2023年10月10日

「看護を語る」ことを大切に【訪問看護認定看護師 活動記/南関東ブロック】

全国で活躍する訪問看護認定看護師の活動内容をご紹介する本シリーズ。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会 南関東ブロック、伊藤 みほ子さんの活動記です。南関東ブロックの活動内容や訪問看護総合支援センターの開設、「在宅看取り語りの場」の取り組みなどをご紹介いただきます。 執筆:伊藤 みほ子介護支援専門員/訪問看護認定看護師/認定看護管理者。看護学校卒業後、赤十字病院にて病棟、外来、訪問看護ステーションで勤務。現在は長野県看護協会 常務理事 地域支援部 訪問看護総合支援センター担当。 「看取りを考える会」を年4回開催 私が所属している日本訪問看護認定看護師協議会 南関東ブロックは、神奈川、山梨、長野の3県の訪問看護認定看護師協議会 会員による活動を行っています。 協議会の活動が始まった10年前は、ブロック長を中心とした年1回の交流会(研修会)を開催していました。現在は活動の幅が広がり、ブロック長、各県代表とブロック理事によるブロック会議で交流会や研修会などを企画し、開催しています。南関東ブロックの会員数は30名弱と少人数ですが、オンラインの会議や交流会により、情報共有が有意義にできています。 例えば、2022年度に全ブロックで開催した「在宅看取りを実践できる訪問看護師の育成事業」は、ブロック会員の協力により有意義な研修となりました。この事業に参加した南関東ブロックの会員から、「ブロックの活動として在宅看取りについて検討する場を継続していきたい」という意見があり、2023年度は「看取りを考える会」を年4回開催する計画となりました。 それぞれ多忙なため、ブロック活動の参加者が少人数になることもありますが、しっかり継続できています。訪問看護認定看護師同士が「看護を語る場」として、実践を語り、互いに学べる場は貴重であり、各々がその意義を感じているためと考えています。 訪問看護提供体制の強化とさらなる推進 私が長野県看護協会の常任理事として行っている活動についてもご紹介します。特に注力しているのは、長野県全域の訪問看護提供体制の強化と推進で、2023年4月には「訪問看護総合支援センター(以下「支援センター」)」を看護協会の中に開設しました。2021年に日本看護協会の支援センター試行事業に参加して以降、今回の開設に向けて準備をしてきました。支援センターには、私を含めた訪問看護認定看護師2名を配置し、訪問看護の課題に取り組んでいます。 支援センターの役割は、「経営支援」、「人材確保」、「訪問看護の質向上」の3つです。具体的には、以下のようなことを行っています。 【1】訪問看護支援事業(長野県受託事業) 訪問看護事業所運営基盤整備:コンサルテーション訪問看護制度等の電話相談事業所訪問による看護技術等のシミュレーションによる演習や講義等訪問看護事業所の新規開設支援潜在看護師、プラチナナース等の就業および転職支援新卒訪問看護師採用に向けた取り組み訪問看護に関する調査・実態把握教育・研修の企画、実施 【2】地域住民への訪問看護周知と活用推進としての在宅看取りに関する取り組み 【3】長野県訪問看護ステーション連絡協議会との連携(事務局) 支援センター開設以降、新規訪問看護事業所開設の相談や制度についてなど、問い合わせが増えています。認定教育課程で学んだ知識を活かして対応できることにやりがいを感じています。 また、「在宅看取り」については、日本訪問看護財団の助成を受け、県内の訪問看護認定看護師たちと研究に取り組んでいます。日本訪問看護認定看護師協議会のネットワークがこうした活動の連携に活かされており、研修の講師として活躍いただける場も提供できています。 訪問看護師による「在宅看取り語りの場」 前述した支援センターの事業のうち、「【2】在宅看取りの取り組み」として、訪問看護師による「在宅看取り語りの場」という活動も行っています。 訪問看護師に在宅看取りの様子を語ってもらい、地域の一般参加者の方々にも今の思い(介護していること、今までに経験した家族の看取りのことなど)を語っていただくことで、自分の思いに気づき、表出することができます。また、地域の方々に在宅医療や看護について知っていただくきっかけにもなります。 私は以前から、訪問看護の終末期ケアの実践から学べることは大変多いと考えていました。アドバンス・ケア・プランニング(ACP)を進めていく上でも、終末期や在宅看取りに関する具体的なイメージを持っていただくことは大切です。 訪問看護師の「技」といっていいスキルのうち一つにコミュニケーション能力があり、認定看護師に限らず、多くの訪問看護師が終末期ケア、在宅看取りを実践しながらコミュニケーション能力を磨いていると思います。そうした強みや経験を活かして、在宅で最期まで暮らせることの幸せを地域の方々に伝える取り組みができれば、と考えています。 「在宅看取り語りの場」の様子 * * * 私は、今までも「看護を語る」ことを実践し、意義を感じてきました。これからも、「看護を語る」ことから学ぶ機会をつくっていきたいと考えています。 ※本記事は、2023年9月時点の情報をもとに構成しています。 編集: NsPace編集部

認定看護師活動記 北海道
認定看護師活動記 北海道
コラム
2023年9月19日
2023年9月19日

病院や看護学校での啓蒙活動【訪問看護認定看護師 活動記/北海道ブロック】

全国で活躍する訪問看護認定看護師・在宅ケア認定看護師の活動内容をご紹介する本シリーズ。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会 北海道ブロックに所属する、田川 章江さんの活動記です。病院や看護学校での講演活動もされている田川さんに、北海道ブロックの活動内容や、退院指導・生活指導にまつわる看看連携、看護学生に訪問看護の魅力を伝える活動などをご紹介いただきます。 執筆:田川 章江訪問看護認定看護師/日本訪問看護認定看護師協議会 理事(2021年~地域貢献活動担当理事)。看護学校卒業後、総合病院で勤務。現在は、社会医療法人 孝仁会 訪問看護ステーションはまなす(北海道釧路市)でスタッフとして勤務。「現場の職人」でいたいという想いが強く、スタッフ歴を更新中 広ーい北海道でアットホームに活動中です まずは、私が所属している日本訪問看護認定看護師協議会の「北海道ブロック」についてご紹介しましょう。北海道ブロックは、札幌、函館、帯広、釧路、紋別、稚内にメンバーがいます。面積は広いのですが人数は少なめで、8名で活動中です(2023年8月現在)。私は頼りない北海道ブロック理事なのですが、皆様のお力を借りながら、コンサルテーション担当として研修会の企画を行っています。 新型コロナウイルスの感染拡大前は、主に私たち協議会のメンバーが北海道の各地で地域の看護師向けに研修会を開催していました。特にテーマとして多かったのは、訪問時の緊急事態が起こった際の対応についてです。その後、コロナ禍でオンライン化が進んだこともあり、最近はZoomを利用してメンバー間でハラスメントの事例検討会を行ったり、外部の講師の方をお呼びして研修会を開催したりと、活動の幅を広げています。和気あいあいとした雰囲気で、話し出すと止まらず、あっという間に時間が過ぎることも多々あります。 広大な北海道では移動にも時間がかかり、なかなか対面で集まる調整難易度が高いのですが、オンライン化が進んだことによって、参加しやすくなりました。ただ、各地域で集まって、勉強会後においしいものを食べることもメンバーの楽しみの一つ。完全にオンライン化するのではなく、対面での研修会の企画も継続していきたいと考えています。 病院での講義~訪問看護からみた退院指導 私の個別の活動についても、一部ご紹介したいと思います。先日は、釧路市内の病院で開催された糖尿病に関する検討会で、看護師向けの講義をさせていただきました。 私が所属している訪問看護ステーションの利用者さんで、その病院に通院している方の話を絡めながら、 実際の生活の場で、どのように服薬やインスリン注射をしているか薬物療法を継続することの難しさ在宅での食事について などをお話しさせていただきました。 病棟看護師が患者さんに「服薬や生活指導について理解してもらった」と思っていても、退院後の在宅の場では継続が難しいことは多々あります。経済的な問題や介護力の問題で、わかっていてもできないこともあります。在宅での現状を踏まえ、病院での退院指導や生活指導を検討していただきたいことを伝えました。 訪問看護師の立場から、病院からは見えない「生活の場の利用者さん」の姿を伝えることは、非常に有意義だと思っています。また、情報を伝えるだけにとどまらず、地域の病棟看護師と訪問看護師との「顔の見える関係」づくりにもつながっていきます。 未来の看護師さんに訪問看護の魅力を伝える 看護学校で、戴帽式を済ませた学生さんへ講義する機会をいただいたこともあります。看護学生さんたちにとっては、訪問看護は仕事内容がイメージしづらいので、積極的に訪問看護の魅力を伝えていくことが大切だと思っています。 当日は、訪問看護の事例を含めた訪問看護師についての説明や、私が訪問看護師として働く中で大切にしていることなどをお話ししました。 当時の講演内容をもとに著者作成 学生さんたちからは、「自宅での看取りをイメージできた」「着実にやっていくことが大切と分かった」といった感想をいただきました。この看護学校の生徒さんたちは、私が所属する「訪問看護ステーションはまなす」に実習に来ていただいています。「いつか訪問看護師として働いてみたい」と思っていただけるように、実習の場も含めて、今後も訪問看護の魅力を伝えていきたいと思います。 * * * 在宅でも病棟でも、看護師として働く中で色々なストレスがかかり、疲弊しがちな方は多いと思います。今後も私が認定看護師としてお伝えできることをしっかり伝え、一緒によりよい案や対応を考えていきたいと思います。 ※本記事は、2023年8月時点の情報をもとに構成しています。 編集: NsPace編集部

認定看護師活動記 近畿
認定看護師活動記 近畿
コラム
2023年8月22日
2023年8月22日

地域と病院をつなげる取り組み【訪問看護認定看護師 活動記/近畿ブロック】

全国で活躍する訪問看護認定看護師の活動内容をご紹介する本シリーズ。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会 近畿ブロック、雨森 千恵美さんの活動記です。近畿ブロックの活動内容や、フィードバックカンファレンスの導入をはじめとした看看連携の取り組み、地域で訪問看護の存在感を高める取り組みなどをご紹介いただきます。 執筆:雨森 千恵美訪問看護ステーション ゆげ(滋賀県) 管理者。看護学校卒業後、医科大学付属病院に勤務、代謝・内分泌内科病棟での臨床経験を活かし、糖尿病療養指導士の資格を取得する。結婚出産後は、夜勤のない職場に復帰するため訪問看護ステーションに再就職。在宅看護の魅力にとりつかれ2012年に独立。訪問看護を深く学ぶため訪問看護認定看護師の資格を取得した。2018、2019年には協議会の近畿ブロック長に就任。「近畿ブロックの規約」の作成を行い、その後も「在宅看取りの育成研修事業」を企画。実行力や統率力を評価されている。 現在は、訪問看護のパイオニアとして後任の指導と、地域と病院がつながるしくみ作り(フィードバックカンファレンスの定着)や認定看護師の活躍の場作り、災害時支援チームの一員としての活躍の場をますます広げている。 会員相互の交流を図りネットワークを構築 まずは、私が所属している日本訪問看護認定看護師協議会の、近畿ブロックの活動についてご紹介します。 近畿ブロックでは、毎年訪問看護認定看護師としての日頃の実践報告を6府県の代表者が発表する日を設けています。認定看護師として自身の活動を振り返り、今後に活かす貴重な機会です。また、実践報告と同時に「経営について」や「災害といのち」などの関心の高いテーマの基調講演を行っており、学びつつ交流もできる、非常に充実した1日になるため、会員の満足度も高くなっています。これらの活動に参加していると、訪問看護認定看護師として同じ志を持った熱い仲間と交流することができるため、企画すること自体が非常に楽しいです。 フィードバックカンファレンスで看看連携 私が行っている、地域での活動についてもお伝えします。私が住んでいる滋賀県では、全世代型地域包括ケアシステムの充実のために、圏域別に地域看護ネット会議を開催しています。過去には、地域課題として「退院後の振り返りができていない」ことが取り上げられ、まずは「病院と在宅との看看連携強化が必要」との意見も出ました。 そこで私は、訪問看護認定看護師実践報告会で聴いた「フィードバックカンファレンス」の手法が、看護職同士がつながるしくみとして効果的ではないかと提案しました。フィードバックカンファレンスとは、フィードバックが必要だと感じたケースについて、病院側・地域側のどちらからでも依頼できる、というしくみです。例えば病院側が訪問看護ステーションにフィードバックカンファレンスを依頼することにより、退院時の支援や調整が適切であったか、振り返ることができます。 2019年から始め、今年で5年目。コロナ禍で一時はオンライン形式の開催に変更し、調整が難航する時期もありましたが、2023年7月時点までで16例の実績をつくることができました。 実際に開催してみると、フィードバックカンファレンスは、相互理解や信頼関係の構築に役立つのはもちろんのこと、認定看護師の指導を受ける機会になる、看護師以外の専門職とつながる機会になる、そして本人・家族の思いを共有できる場になる、といったメリットがあることがわかりました。今後は、よりフィードバックカンファレンスが全国に普及するよう願っています。 地域での訪問看護の存在価値を高める そのほかにも、地域の中で訪問看護の存在価値を高めるための活動を行っています。 病院看護では医療職同士のつながりのみとなってしまうケースも多くありますが、地域ではさまざまな専門職が協働しています。医療と介護と看護が一体となって、療養者の日常生活の支援から看取りまで実践していきます。多職種との連絡・調整・協働は、訪問看護の最も得意とする分野であり、必要不可欠。人的ネットワークを広げて信頼関係を構築しておくことは、困難なケースでの交渉・円滑な支援につながるでしょう。 最近は、高齢一人暮らしの利用者が増えています。癌ターミナルや認知症になっても、最期まで家で過ごすためにどうしたら良いか。地域の特性を活かして行政と一体となり、地域住民も巻き込んでいく必要があります。本人・家族はもちろん、支援者のすべてが穏やかでいられる方法を模索するのも、やりがいがあって楽しいものです。 また、医療的ケア児をとおして学校関係者とつながったり、育児相談事業を行って、地域の母親たちとつながったりする活動も行っています。新たなつながりを構築することにもやりがいを感じています。新型コロナウイルス感染症によって自宅療養者が急増したときは、保健所の負担を少しでも減らしたいと、電話による健康観察や自宅訪問事業も受託しました。多いときは1ヵ月で2,000件を超える対応を行いました。今後も、さまざまな場面で訪問看護の力を発揮し、地域での存在価値を高めていきたいと考えています。 * * * 訪問看護の魅力は何でしょうか?道中は四季を感じながら利用者宅に向かうと「待ってました」の笑顔に迎えられ、時には想像以上の力を発揮され隠されたパワーに驚かされます。日常生活を一緒に過ごし、喜びと悲しみを共有し、人として成長させていただきます。訪問看護をはじめて25年。在宅医療をこよなく愛し、日々やりがいを持って看護を行っています。訪問看護を目指す方が増え、一緒に訪問看護の素晴らしさを共有できる日を待ち望んでいます。 ※本記事は、2023年7月時点の情報をもとに構成しています。 編集: NsPace編集部

認定看護師活動記
認定看護師活動記
コラム
2023年7月25日
2023年7月25日

看多機(かんたき)を通じて広げる「輪」 【訪問看護認定看護師 活動記/北関東ブロック】

全国で活躍する訪問看護認定看護師・在宅ケア認定看護師の活動内容をご紹介する本シリーズ。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会 北関東ブロックに所属する、山崎 佳子さんの活動記をご紹介します。 看護小規模多機能型居宅介護事業所(看多機)の管理者としても活躍する山崎さんに、北関東ブロックの活動や、看多機の管理者としての活動などをご紹介いただきます。 執筆:山崎 佳子在宅ケア認定看護師株式会社やさしい手 看多機かえりえ南佐津間 管理者福岡県出身。看護学校卒業後、総合病院・医療器メーカー・CRC等に従事。2005年より訪問看護に携わる2007年 介護支援専門員資格取得2017年 訪問看護認定看護師教育課程修了2018年9月 「看多機かえりえ河原塚」管理者となる2020年度~2021年度 松戸市小多機看多機連絡協議会会長、松戸市介護保険運営協議会委員2022年 特定行為研修 在宅ケアパッケージ修了2023年5月 新規オープンの「看多機かえりえ南佐津間」管理者となる 訪問看護認定看護師 北関東ブロックの活動 まずは、私が所属している日本訪問看護認定看護師協議会の「北関東ブロック」についてご紹介します。北関東ブロックは、千葉・群馬・栃木・新潟・茨城の5県の会員で構成しており、会員数は2023年7月時点で40名弱。半数以上は千葉の会員、群馬・新潟・栃木は5名前後、茨城は1名のみです。2022年度の活動としては、前期に事例検討会、後期に地域向け研修会を実施しました。 人数構成上、どうしても例年、活動が千葉県中心になってしまうので、年1回行っている地域向け研修会を、各県の持ち回りで行うことにしています。2022年は、5名の群馬県の会員を中心に、他県の実行委員を加えた10名で研修会の企画を進めていきました。会費をいただいての研修なので、失礼があってはならないと色々なことを想定して準備を進め、Zoomでの会議のほか、LINEを使って話し合いをもち、時には夜遅くまで意見交換をすることもありました。その結果11月の研修会は46名の参加をいただき、スムーズに開催をすることができました。 実際には、北関東ブロック内で一度も対面でお会いしていないメンバーもたくさんいますが、ブロック全体で力を合わせて開催できたと感じました。2023年度もこの取り組みを継続しており、新潟県のメンバーが中心になって新しい実行委員も加わり研修の準備を進めているところです。 看多機の管理者として多職種連携に取り組む では、ブロック活動以外に、私が普段どのような活動をしているかについてもご紹介します。私は、約5年前に社内異動で訪問看護ステーションの管理者から看護小規模多機能型居宅介護事業所(看多機かえりえ河原塚)の管理者になりました。当時、「看多機」という名称は知っていましたが、実際にどんなことをやっているのかはまったくといっていいほど理解していない状態。私は、この異動をきっかけに多職種連携に正面から取り組むことになったのです。 看護職と介護職の違い 赴任して、まず私に立ちはだかった壁は、「看護師と同じように伝えても、介護職には伝わらない」ということです。しかし、ある時、介護職の一人が「介護は、『寄り添いなさい』『受け入れなさい』って教育されるのですよ」と言ったのです。その言葉を聞き、看護職は問題解決思考になりやすく、いつも利用者さんが抱える問題点を探しているように思い、その違いにはっとしました。なるほど…。視点が違うのだから、理解や思いにも違いが生じるのは当たり前だ、と改めて気づいたのです。 互いに伝えることが大切 そして、介護職が看護師に遠慮して、自分たちの思いや考えを言いそびれている場面をよく見かけたので、介護職がそれらを言語化し、発信できるようになることが必要と感じました。介護職は生活援助を通して看護師より利用者さんのそばにいる時間が長いので、ありのままの利用者像を知っていることが多いと感じます。「看護師には言えないんだけど…」というような、利用者さんの本音を聞く機会もあるようです。介護職が持っている情報はとても大切で重要なものだということを自覚して、とにかく自信を持ってその情報を発信してほしい、と伝え続けています。 また、一番身近な介護職が利用者さんの変化に気づくことができれば、病状の変化にもいち早く対応できると思います。それを実現するためには、疾病の知識、観察点、予後予測などを看護師がしっかり学んで理解し、常日頃から介護職に丁寧に伝達していくことが、必要と考えます。介護職にわかってもらえるためにはどうしたらよいか…。看護師には、特に伝える力を養ってほしいと考えています。 看多機では、看護師と介護職が同じ空間で同じ利用者さんを、それぞれの専門性をもってみることができます。互いの情報を持ち寄れば、より快適な療養生活を送るには何が必要か、見えてきます。それをもとに重度の方にも安心して過ごしていただけるための支援を考え、実践していけるのではないかと感じています。 今後も、定期的に利用者さんについて話し合う機会を持ち、お互いの専門性を認め合い、意見を遠慮なく言い合える雰囲気づくりを心掛けていきたいと考えています。 松戸市の小多機・看多機連絡協議会の活動 地域での活動についてもご紹介しましょう。私が赴任した看多機かえりえ河原塚は、千葉県の松戸市というところにあります。松戸市の人口は50万人弱ですが、そこに小多機・看多機が9つずつあり、計18事業所が「小多機・看多機連絡協議会」に参加しています。 主に小多機・看多機の普及活動や、市、医師会、介護連(他の介護事業所が集まった協議会)などとの連携、自己研鑽のための研修などの活動をおこなっています。私は看多機の管理者になって2年目に、前会長の退職をきっかけに協議会の会長に就任することになりました。会長として介護保険運営協議会、基幹の地域ケア会議、医師会在宅ケア委員会等へ参加して、地域の医療や介護の事業のしくみを学べたのはとても有意義な経験でした。定例会は2ヵ月に1度開催して、さまざまな意見を話し合います。そこで出た意見を行政(松戸市)に伝え、ルール変更や統一の対応をしていただいたこともありました。 こうした活動を通じて、同業者との横のつながりは、仕事をしていく上での大きな心の支えになることも実感しました。「競合他社」ではありますが、管理者の悩みは一緒であることが多いもの。話をしていると互いに気持ちをわかりあえることが心地よく、「明日も頑張ろう」という力が湧いてくるのを感じました。 2023年7月 千葉県看多機協議会を立ち上げ その後、私は松戸市の隣の鎌ヶ谷市の看多機(看多機かえりえ南佐津間)への異動が決まったため、2年で会長を辞任しました。 鎌ヶ谷市では1件目の看多機なので、今まで協議会の仲間や市とコミュニケーションをとりながら過ごしてきた私は心細さを感じ、同じ県内で看多機を立ち上げておいでの福田裕子先生(株式会社まちナース まちのナースステーション八千代統括所長)にお願いして、2023年の7月に千葉県看多機協議会の立ち上げをすることになりました。 看多機かえりえ南佐津間 立ち上げ準備のために千葉県内の看多機を調べ、連絡を取ってみて気づいたのは、自治体に看多機が1ヵ所しかないところもまだまだ多いということ。そして、管理者の皆様が、「同業者と話をしたい」と思っているということです。 千葉県看多機協議会は、横の繋がりを強化することで、それぞれの事業所が安心していきいきと運営できるよう活動していきたいという思いで設立されます。看多機はできてまだ10年。本当にこれでよかったのか、もっと良い使い方はないのか、現場では毎日試行錯誤しながら実践に取り組んでいます。協議会の活動を通して、地域の頼れる社会資源として成長していきたいと考えています。 * * * 私は、在宅に携わった看護師がみんな、「この仕事をしてよかった」と思ってもらいたいと考えて、日本訪問看護認定看護師協議会の活動に参加してきました。今後は対象を広げ、在宅に関わるすべての職種に「よかった」と思ってもらうことを目指して、活動していきたいと思っています。 ※本記事は、2023年7月時点の情報をもとに構成しています。 編集: NsPace編集部

これからの医療的ケア児と訪問看護
これからの医療的ケア児と訪問看護
インタビュー
2023年5月2日
2023年5月2日

親子の夢が広がる 医療的ケア児の就学支援事例 【長野県 小布施町】

清泉女学院大学の北村千章教授が主宰するNPO法人「親子の未来を支える会」では、学校への看護師をはじめとした医療的ケア児の就学支援を行っています。今回は、そんな「親子の未来を支える会」と自治体が連携を図り、医療的ケア児の就学支援に成功した事例をご紹介します。北村教授と長野県 小布施町教育委員会 関口氏にお話を聞きました。 >>前回の記事はこちら見落としがちな親視点 保護者に聞く&寄り添う看護-医療的ケア児と訪問看護 清泉女学院大学 小児期看護学北村 千章(きたむら ちあき)教授看護師・助産師。新潟県立看護大学大学院看護学研究科修士課程修了。「全国心臓病の子どもを守る会」にボランティアとして参加したのをきっかけに、先天性心疾患および22q11.2欠失症候群の子どもたち、医療的ケアが必要な子どもたちを、地域ボランティアチームをつくってサポート。2019年、清泉女学院大学看護学部に小児期看護学准教授として着任。慢性疾患のある子どもたちが大人になったときに居場所を持ち、ひとり立ちできるための必要な支援や体制つくりについて研究している。同年、NPO法人「親子の未来を支える会」の協力を得て、医療的ケア児の就学サポートを開始。医療的ケアが必要な子どもが、教育を受ける機会が奪われないしくみづくりを目指す。2023年4月より、清泉女学院大学看護学部 小児期看護学 教授に就任。小布施町教育委員会関口 和人(せきぐち かずと)氏2002年長野県の小布施町役場に入職し、建設水道課、健康福祉課等を経て、2022年度より教育委員会子ども支援係の係長に就任。子ども支援係では、保育園・幼稚園~小・中学校までの支援を担当している。 ※本文中敬称略 行政との連携で子どもたちの自立をサポート ―小布施町教育委員会と、「親子の未来を支える会」との関係性について教えてください。 北村: 最初に、「親子の未来を支える会」と小布施町教育委員会とが連携したのは、胃ろうからの経管栄養が必要な医療的ケア児のAさん・Bさん(下記)の事例でした。このお二方は、看護師や学校の先生、自治体といった多職種の連携サポートによって小学校に通えるようになったあと、「胃ろうから自己注入ができるようになった」「経口摂取が可能になった」など、大きな成長が見られたんです。子どもたちには、我々には分からない未知数の「持っている力」があって、そうした力を引き出せるということが看護師にとっての一番の魅力であり、やりがいだと思います。一方、看護師だからできる医療的ケアもあるものの、当然学校の先生や教育委員会の方々との協力体制がなくてはサポートが実現できません。 関口: 教育委員会の者は、当然ながら医療従事者に比べてずっと医療的な知識が少なく、それまで医療的ケア児の就学支援を行った前例もありませんでした。各ご家庭のニーズ・状況に合わせて医療従事者に適宜質問しながら対応策を考え、行動するしかなかったんです。Aさん・Bさんの事例以降、マニュアルの作成や支援会議の開催などの準備段階から、その都度、北村先生にはご相談をしていて、助言のおかげで比較的スムーズで柔軟な対応ができていると思います。■小布施町教育委員会と親子の未来を支える会との連携事例 【事例】・医療的ケア内容:Aさん・Bさんともに「胃ろうからの経管栄養」 ・Aさん:町外の特別支援学校に通っていたが、小布施町の小学校に転入し、学校看護師を配置して通常級へ。 栄養剤からミキサー食に変更したほか、現在は中学校の通常級に通いながら、胃ろうからの自己注入も可能に。自立への道が開けた。 ・Bさん:Aさんの転入前は、訪問看護ステーションの協力を得ながら小布施町の小学校に通学。Aさんの転入に伴い、学校看護師によるBさんの医療的ケアが可能に。現在は給食の経口摂取をしている。 ―Bさんがもともと通っていた小学校にAさんが転入したことがきっかけで、小布施町との連携事例が始まったと伺っています。詳しく経緯を教えてください。 関口: もともとその小学校がBさんを受け入れることができていた理由は、主に2点あります。まずは、訪問看護ステーションの協力を得られ、学校に看護師を派遣してくださっていたこと。ふたつ目は、Bさんが常時医療的ケアが必要なお子さんではなく、給食を胃ろうから注入するケアのみで、サポートのハードルが低かったことです。 そこに、Aさんの転入を受け入れるお話があり、どうすればいいか検討していく過程で「親子の未来を支える会」と出会い、連携が始まりました。 北村: Aさんのご自宅から小学校までは徒歩5分。学習能力も十分にあるのに、胃ろうがあるために小学校に受け入れてもらえず、隣の市の支援学校に入学することになったんです。隣の市へ毎日送迎するお母さんは、とても大変なご様子でした。そんな中で、我々「親子の未来を支える会」に、小布施町の相談支援員さんからAさんの件でご相談をいただいて、関わらせてもらったのです。 その後、Aさんは小布施町の小学校に転入し、学校看護師を配置して通常学級へ通えるようになりました。総合栄養剤からミキサー食に変更したほか、転校から4年経った現在は、中学校の通常級に通いながらいろいろと学習され、自己注入もできるようになっています。「医療的ケア児」の定義から外れるまでに、Aさんが自分でできることが増えていったのです。 以前は「高校に通う」ことも想像できなかったかもしれませんが、今は家族も本人も高校に通う夢を叶えたいと思っていらっしゃると思います。 ―Bさんについてはいかがでしょう。 北村: 低体重で生まれて嚥下障害もあったBさんは、保育園や小学校の低学年のころは、訪問看護師さんが経管栄養の管理だけサポートしていました。その訪問看護師さんが介入していたことがとても大きくて、例えば、給食を注入しているときにBさんが欲しがるそぶりを見せた際、少し口から摂取できていたそうなんです。それを見ていた訪問看護師さんが、「口からも食べている」「もしかしたら、もうちょっと口から食べられるんじゃないか」といった情報を我々に提供してくださいました。また、通っていた放課後等デイサービスの看護師さんからも、「子どもたちが集まる場所だとBさんは口から食べようとするし、実際に少し食べている」という情報も得ることができた。こうした情報がなければ、ずっと注入だけを続けていたかもしれません。もちろん家でケアをする親御さんも、経口摂取を諦めず、チャレンジされていました。 ただ、学校側としては当然主治医の指示書通りにやらねばならず、給食を口から食べさせるチャレンジはできていませんでした。そこで私は、まず小布施町のかかりつけ医のところに行き、経口摂取へのチャレンジをすすめる意見書を書いていただけないか相談しました。その意見書や諸々の根拠・データ類を持ってBさんが通っていた小児専門の主治医に会いに行ったんです。最初は、「何言っているの?先天的に嚥下障害があるんだよ?」と言われました。でも、データを見せながらお話していくと、「少しだけなら食べさせてもいい」とおっしゃったんです。Bさんに以前から関わっている看護師さんたちのアセスメントも強い追い風になり、私たちは少しずつですが給食の経口摂取にチャレンジできるようになりました。現在のBさんは、注入しないで給食を食べられるまでになっています。 やはりBさんは、幼いころから専門性が高い訪問看護師のケアを受けていたことがとても大きかったと思います。そこで「食べられるかもしれない」と看護師が気づかなければ、我々がサポートしても、注入なしで給食を食べさせるといったチャレンジには到達できなかったでしょう。 ―AさんもBさんも、胃ろうによる経管栄養のケアをしているなかで、自立への道が広がったのですね。改めて、「食の自立」の重要性についても教えてください。 北村: まず、総合栄養剤とミキサー食では栄養がまったく異なりますし、ミキサー食のほうが当然ながら体重も増えます。 Bさんが「食べたい」と思ったのは、友達が給食を食べている様子を見たからではないかなとも思うんですね。みんなと同じ給食のメニューを、目の前に運んできます。「これをミキサーするね」と見せるんです。この時点で他のお友達と一緒のメニューだとBさんは分かります。おいしそうなごはんやみんなが食べる様子を見て、自分も食べたいという欲求が湧く。それに訪問看護師さんが気づいて、口から給食を食べるという支援につながっていきました。食べることは五感を使いますし、幸せなことです。五感を働かせる環境をつくることはとても大切だと思います。 子どもの「やりたい」「うれしい」が波及 ―通常学級で医療的ケア児を受け入れることのハードルの高さは感じますか? 北村: そうですね。全国的にもまだ難しいと思います。例えば、小布施町の事例ではないですが、15年ほど前に総合栄養食を使っていた福祉施設に疑問を感じて、ミキサー食を実施しようとしたのですが、「二回調理することになるからNG」と言われてしまいました。この施設に限らず、NGと言われるケースは結構多いと思います。そのときは、やる気のある施設長が「そんなことできるの?やってみよう!」と言ってくれたので、最終的にミキサー食を作ることができ、ご本人も親御さんも喜んでいました。でも基本的には、学校の教育現場でも調理現場でも「何かあったら困る」という考えになってしまいがちです。 初めて医療的ケア児を受け入れるのですから、先生たちが心配されるのは無理もありません。だから私たちは、Aさん・Bさんのケースでも先生たちが安心するまでは終日看護師がつかなければいけないと考え、それに賛同してくださった小布施町が予算をつけてくれたんです。看護師がケアする様子を実際に見て、学校の先生たちの不安も軽減していきました。「もう大丈夫だな」と思ったところで、看護師の派遣時間を減らしていきました。 ―多職種の連携によって、学校側も次第に安心して支援ができるようになっていったのですね。 北村: そうですね。例えばAさんの場合、地元のこども病院も協力してくださいました。たまたまAさんが入院することになったとき、訪問看護師さんや我々が作った自己注入のマニュアルを病院に持って行き、病院の看護師さん立ち会いのもと、Aさん主体で自己注入を実践しました。これが「見守りのもとなら自己注入ができる」という実績になりましたし、「これほどしっかり手技を取得できているのだから、学校でもできるよね」という考えが広がっていったのです。医療従事者や学校の先生、自治体などがひとつのチームになって連携すると、「安心」が増えていくのだと思います。 でも、やはり最も影響力があるのが、お子さん自身の「自分でできる」「できてうれしい」というメッセージですね。Aさんからは、「もう自分でいろんなことができるようになったから、そんなに看護師さんたちがケアしてくれなくてもいいよ」との言葉がありました。Aさんの成長やうれしそうにしている様子は、学校の先生や教育委員会の人たちへの最も強いメッセージになったんです。 ―子どもの自立をサポートしたい気持ちはひとつだからこそ、子どもからのメッセージは影響力があるんですね。関口さん、医療的ケア児の就学支援について、行政側が考える課題も教えてください。 関口: はい。そもそも自治体としてまだ医療的ケアが必要なお子さんを受け入れる体制が作れていない現実があります。やはり、自治体側の医療的ケア児に関する知識が根本的に足りないんです。例えば、医療的ケア児の保護者様から入園に関するご相談をいただく際も、ケア内容がケースバイケースですし、柔軟・スピーディに対応しきれていない状況なんです。 そのため、医療従事者を教育委員会内に入れたほうがよいと考えました。 教育委員会内で看護師を雇用 ―小布施町では、2023年度より教育委員会として看護師配置が決まったのですよね。 関口: はい、2023年4月以降、教育委員会内に看護師を配置しました。NPO法人「親子の未来を支える会」と契約しての連携も非常に良かったですが、契約によってどうしても業務内容が限られてしまい、やれることの限界があります。今後は保護者の相談をはじめとした初期対応や学校の先生・外部の医療従事者との連携など、フットワーク軽く柔軟な対応ができる体制に整えるようにしていきたいと思っています。 ―保健師さんがそういった動きを担うことは、やはり難しいものなのでしょうか。 関口: そうですね。そういったご質問をいただくこともあります。制度が変われば保健師が介入する道もあるかもしれません。ただ、現状保健師は母子保健のほうで手一杯で、実際に医療的ケア児やそのご家族と関われるのは、基本的に就学前だけなんです。 北村: その現状がありますね。その中で、小布施町教育委員会内の看護師配置は、今後につながるとても良い取り組みだと思います。これを機に、医療的ケア児や保護者の環境がより良くなっていくことを期待しています。 ―ありがとうございました。 ※本記事は2022年12月および2023年1月の取材内容をもとに構成しています。 執筆:高島三幸取材・編集:NsPace 編集部

これからの医療的ケア児と訪問看護
これからの医療的ケア児と訪問看護
インタビュー
2023年4月18日
2023年4月18日

医療的ケア児にまつわる課題&あるべき支援-医療的ケア児と訪問看護

厚生労働省によると、医療的ケア児(NICU等に長期入院した後、人工呼吸器・胃ろう等を使用して、医療的ケアをしながら日常を送る児童)の数は約2万人に上り、2008年ごろと比べると2倍になっています。2021年には、「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」が施行され、医療的ケア児への支援は「努力義務」ではなく「責務」となりました。そうした時代の流れの中で、医療的ケア児にまつわる課題やあるべき支援、訪問看護師できることは何でしょうか。清泉女学院大学 北村千章教授にお話を聞きました。 清泉女学院大学 小児期看護学北村 千章(きたむら ちあき)教授看護師・助産師。新潟県立看護大学大学院看護学研究科修士課程修了。「全国心臓病の子どもを守る会」にボランティアとして参加したのをきっかけに、先天性心疾患および22q11.2欠失症候群の子どもたち、医療的ケアが必要な子どもたちを、地域ボランティアチームをつくってサポート。2019年、清泉女学院大学看護学部に小児期看護学准教授として着任。慢性疾患のある子どもたちが大人になったときに居場所を持ち、ひとり立ちできるための必要な支援や体制つくりについて研究している。同年、NPO法人「親子の未来を支える会」の協力を得て、医療的ケア児の就学サポートを開始。医療的ケアが必要な子どもが、教育を受ける機会が奪われないしくみづくりを目指す。2023年4月より、清泉女学院大学看護学部 小児期看護学 教授に就任。 目標は、子どもたちの未来を広げること ―先生が理事をされているNPO法人「親子の未来を支える会」では、「赤い羽根福祉基金」による活動として、医療的ケア児の就学支援体制の構築や、「学校における高度な医療的ケアを担う看護師」(以下、「学校看護師」)の派遣、各種施設の視察、学校看護師を集めるための研修会等を実施されています。どのような想いで活動されているのでしょうか。 学ぶ意欲があり、学べる能力があっても、生活する中で医療的なケアを必要とする子どもの学び先は、特別支援学校に限られてしまうことが大半でした。「親子の未来を支える会」では、そうした子どもの就学先の選択肢が狭まってしまう現状を課題に掲げ、彼らが学校で学べるように「学校看護師の配置」の実現を最低限の目標にして活動を続けてきたのです。 以前は、人工呼吸器をつけている医療的ケア児は長生きができないという現実がありましたが、今は決してそんなことはありません。むしろ人工呼吸器をつけている状態のほうが安全であるという時代となり、医療的ケア児は成長して大人になります。そんな彼らの未来を想像すると、日常生活において自分でできることを増やしたり、彼らの持っている能力を引き出したりといった教育を、子どものころから施すことが本当に大切だと思うのです。子どもの成長を最大限に促すためにも、医療的ケアの専門知識を生かして学校職員や保護者と連携・協働ができる「学校看護師」の存在が欠かせません。 実際に支援活動を続けていると、学校で教育を受けた医療的ケア児は驚くほど自身でできることが増えていくことを実感しています。もちろん、病気や疾患を抱えているので無理はできません。主治医とも連携しながら子どもが持っている力を引き出し、これから先も続く彼らの未来が少しでも明るくなるようなサポート体制を整えていければと考えています。 教育機関に医療関係者が入るハードルの高さ ―活動されるなかで、苦労されることもあったのではないでしょうか。 そうですね。試行錯誤の連続でした。「親子の未来を支える会」で最初に支援させていただいたのは、新潟県のAさんという医療的ケア児。Aさんは小学校の途中から病気が進行して人工呼吸器をつけることになり、特別支援学校に移りました。 Aさんは知的レベルが高く、理解力もあり、何よりも本人が学校で学びたいと思っていました。でも、安全面を第一に考える学校側としては、「人工呼吸器をつけるほど重症な子どもを学校で受け入れることは難しい」という発想になってしまいます。学校側はサポートできないし、だからといって保護者がずっとAさんに付き添うという選択は、ご家族が仕事を辞めることになったり、心身ともに疲弊してしまったりする恐れもあり、現実的ではありません。教育現場に医療従事者が入ることについても高いハードルがあり、特別支援学校に移る選択肢しかなかったのです。 でも私は、Aさんの未来を考えるとやはり学校に通えたほうがいいと思い、校長先生のもとに何度も通ってAさんが学校で教育を受ける必要性や、学校に看護師を配置することの重要性を訴え続けました。先生から、「(当時の)県のガイドラインでは、医療的ケア児を学校に通わせることはNGとされているのに、北村先生はどうしてそんなに頑張るのですか?」と言われたこともあります。 ―交渉が難航する中で、どのようにして学校看護師の配置が実現したのでしょうか。 ディスカッションを重ねていくうちに、私たち以上に学校の先生たちのほうが、心情的にはAさんにそのまま学校で学んでほしいという思いが強いことに気づきました。先生は、「県のガイドラインに逆らうことは難しい」と言っていただけで、Aさんを「通わせたくない」「受け入れたくない」とは言っていなかったんです。「どうして理解してくれないのか」と訴えていた、我々の最初のアプローチのしかたが間違っていたのだと思いました。そこで一歩引いて、「どうすれば『学校看護師』の配置が実現できるか、一緒に考えていただけませんか」と相談するような姿勢に変え、先生方が主体となって考えていくと、物事が動き始めたんです。 現在は新潟県のガイドラインも変更されているので、医療的ケア児が学校に通うのはOKになりました。でも、Aさんが通い始めたときはまだガイドラインが変更される前だったので、校長先生が「人工呼吸器」を「生活補助具」として扱ってはどうかと県に提案してくださいました。そこから流れが変わり、我々のチームから学校看護師を配置できるようになり、Aさんは再び学校に通うことができたんです。 あくまでも我々は医療的ケアをする役割なので、教育について一方的に口出しするのではなく、まず先生方の考えをヒアリングすることが大切。その上で学校看護師が介入するとしたらどのような形で入ることができるのかを相談しながら、学校側を主体に話を進めていくことの重要性を学びました。このときの経験は、他の自治体で調整するときにも役立っています。 ―現在は、学校に看護師が介入するハードルは下がっているのでしょうか。 学校看護師の設置はかなり進んできましたが、全国的に見るとまだ、学校側は「どんな人が来るのかな」「あまり余計なこと言わないでほしいな」などと思いながら、恐る恐る受け入れている現状があると思います。それでは介入のハードルは下がりませんし、いいサポート連携にもつながりません。だからこそ、私たちは「学校看護師の役割」を明確にし、定義していかなければいけないと考えています。 地域で医療的ケア児を支える世の中へ ―地域連携に関しても伺っていきたいと思います。北村先生は「減災ナースながの」という活動もされています。地域の災害対応の取り組みについて教えてください。 「減災ナースながの」(https://gensainurse-nagano.org/)Webサイトより 2019年、長野県・千曲川の洪水で長沼地区のほぼ全域が浸水したという水害があった際、医療的ケア児は避難できなかったんです。幸いみんな命に別状はなかったものの、災害対応について大きな危機感を抱くようになりました。個別の支援計画はありましたが実際には何もできず、地域連携型支援も機能していませんでした。 避難所に移動するにも人の手が必要ですから、まずは医療的ケア児の存在を周囲に知ってもらえるネットワークづくりが大事だと思っています。 また、医療的ケアを必要とする人にとって電力は24時間欠かせないものであり、災害時の電力確保は喫緊の課題になります。そこで自動車メーカーの協力を仰いで、電気自動車を使用して電力を確保し、実際に人工呼吸器や加湿器の作動を試行しました。人工呼吸器は問題なく作動し、加湿器の温度上昇も確認できました。 さらに、「一緒に災害時のシミュレーションをしませんか」と県に提案し、「減災ナースながの」のホームページを立ち上げて医療的ケア児の存在を発信したり、イベントを開催して助成金を集めたりもしています。 電力確保のために動くことも大切ですが、いざというときに1日や2日でもいいので、吸引をはじめとした医療的ケアができる看護師の存在も大切になりますね。そうした連携が取れるしくみ作りを目指して、今後も活動を続けていきます。 ―医療的ケア児のケアプランを考える際、医療従事者が入っていないことにも課題があると伺っています。 高齢者の介護でケアマネジャーが介護計画を立てるように、医療的ケア児のサポート計画を考えるケアプランナーがいます。でもその役を担うのは発達支援センターに所属する相談支援専門員で、医療ではなく「福祉」の人。人工呼吸器をつけて病院から自宅に戻ってきた子どもをケアプランナーと保健師が連携して支えていますが、医療的サポートが必要だからこそ、訪問看護師が介入できる体制になったほうがいいように思います。 また、普通学級がいいのか、特別支援学級のほうがいいのかといった、子どもの就学先に関して地域の関係者が集まって話し合う「支援会議」があります。私も参加していますが、そこには保健師や訪問看護師の姿はありません。 かつて医療的ケア児は短命で、自宅に戻って来られるのは「医療的ケアの必要がない子ども」が主だったので、医療従事者が介入する必要性はないと考えられていたのかもしれません。しかし、医療技術の発達とともに医療的ケア児が増えることで、ケアの形も変化する必要があります。例えば、医療的ケア児を幼いころからサポートしてきた訪問看護師にも「支援会議」に参加してもらい、「この子はここまで自分でできます」「このサポートは続けたほうがいい」といった情報をシェアして提案してもらえるだけでも、より充実したサポートにつながるはずです。そう考えると、医療的ケア児をサポートする側と、訪問看護ステーションとの連携が大切になるとも思います。 ―訪問看護師は、医療的ケア児のケアにどのように関わっていくとよいと思いますか? 「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」では、学校における医療的ケアも責務だとされており、「学校看護師」を設置することで保護者も働けるとうたっています。しかし、実際にはそう簡単なことではありません。夜間や土日は保護者が面倒を見なければいけませんし、学校看護師の数も足りず、制度も十分に整っていません。そこで、地域の訪問看護師がさっと学校に入り、30分でもいいので子どものケアができるようになれば、本当はすごくいいなと思っています。 医療的ケア児が退院して自宅に戻ってきたときから訪問看護師に支えてもらえれば、子どもたちも保護者も安心で助かるはずです。子どもが学校に行くようになれば、その子のことも学校のこともよく知る地域の訪問看護師がサポートしていく。さらに理想を言えば、小学校から中学校に上がっても、同じ訪問看護師が継続的にサポートしていくのがベストだと思います。 訪問看護師の皆さんは、「利用者が地域で生活していくためにどうすればいいか」について普段から考えていると思います。割合としては高齢者の方へのサポートが大半だと思いますが、その中で医療的ケア児のサポートがもっと広がっていくといいなと思います。 ―ありがとうございました。次回は、医療的ケア児の保護者との関わり方について伺っていきます。 >>見落としがちな親視点 保護者に聞く&寄り添う看護-医療的ケア児と訪問看護 ※本記事は2022年12月の取材内容をもとに構成しています。 執筆:高島三幸取材・編集:NsPace 編集部

あなたにオススメの記事

× 会員登録する(無料) ログインはこちら