難病看護に関する記事

特集
2022年3月15日
2022年3月15日

網膜色素変性症

網膜色素変性症は、網膜にある細胞が障害され、次第に視力が衰えていく遺伝性の疾患です。患者数は60歳代にピークがありますが、先天盲の原因にもなっています。 病態 目の奥にある網膜には、外から入った光を感知して信号に変換する細胞や、信号を脳に伝える視神経線維などが存在し、眼球に入った光を脳に伝えます。 網膜色素変性症は、この網膜の働きに進行性の異常を生じる疾患です。 視神経には、桿体細胞と錐体細胞の、二種類の細胞があります。桿体細胞は、中心窩以外の網膜全体に存在します。主に暗所で働き、明暗を判別します。視野にも関連します。錐体細胞は、明所でおもに働き、色を判別します。黄斑部に多く存在します。 網膜色素変性症は、桿体細胞の障害が主体です。暗所で物が見えにくい(夜盲)、視野が狭くなるといった症状が最初に出現し、病状の進行とともに視力が低下していきます。 網膜色素変性症は遺伝子異常によって起こり、多くは単一の遺伝子の異常が原因です。ただし、原因となる遺伝子異常の種類は多く、それぞれに応じてタイプがあるため、それも症状などの多彩さの一因になっています。 なお、親からの遺伝が明らかに認められる患者は全体の5割程度です。 疫学 日本における有病率は4,000~8,000人に1人の割合とされています。2019年度末時点の網膜色素変性症での受給者証所持者数は、約2.3万人です。ピークは60歳代で、75歳以上の人が4割弱と高齢者での受給が目立ちます。一方、小児の受給例もあり、一定程度の障害を持つ人は幅広い年代に分布しています。 症状・予後 夜盲が特徴的です。夜盲と視野狭窄が、初期に自覚されやすい症状です。 病状の進行に伴って、視力低下や色覚異常、羞明(まぶしく見える)、光視症(光が視野の一部に走って見える)などが生じます。これらの症状は、すべて両眼で進行します。 網膜色素変性症は、途中失明の原因にもなり、早ければ40歳代で失明状態に至ります。ただし、光が感知できず視野が真っ暗になるような例(医学的失明)はあまり多くはありません。 同じ病名、遺伝子異常でも重症度や進行スピードが違う例も報告されているため、病状の見通しなどは専門医に確認してください。 白内障や黄斑浮腫を合併する場合があります。これらの合併症に対しては、通常の治療を行います。 治療・管理・リハビリなど 確立された治療法はありません。対症療法として、βカロテンの一種やビタミンA、ビタミンE、網膜の血液循環を改善する薬などがありますが、効果については明確な結論は出ていません。現在、遺伝子治療や網膜移植、人工網膜などの研究が進められている段階です。 ロービジョンケアの観点から、視覚を補うための用具を活用することも、生活支援につながります。コントラストのはっきりした食器や調理器具、ルーペ、書見台など簡単な補助具や、百円ショップで入手できる代用品でも、QOLの向上が見込めることが多くあります。ロービジョンケアに理解のある眼科医など、専門家につなぐことが重要です。 最近の技術革新は目覚ましく、視覚障害者がパソコンやスマートフォンを操作できる音声ソフトなどもあります。白杖や、羞明のための遮光眼鏡、夜盲のための暗所視支援眼鏡といった専門的な補助具もあり、専門家のアドバイスを求めることがとても有効です。 一定程度以上の視覚障害は、身体障害者手帳の対象です。症状の程度に応じて社会福祉制度を利用することも推奨されます。 看護の観察ポイント 視力低下や視野狭窄のため、周囲にある物に気づきにくく、衝突や転倒の原因になります。医師やケアマネジャーなど多職種とともに、患者の生活習慣をふまえ、室内環境や外出時のサポート体制などを整えることが大切です。 障害の程度に応じて補助具を活用するとともに、後の視機能の低下に備え、症状が進行する前から操作に慣れてもらうことも推奨されます。 白内障などの合併症もあるため、症状の進行が疑われる場合は、そのつど医師に情報提供し受診につなげます。 ●視力低下や視野狭窄などの症状が進行していないか●日常生活に支障が出ていないか●転倒などがないか●視機能低下に対する補助具を使用できているか●必要な社会福祉制度に橋渡しされているか●視力視野の低下に対して患者の不安や焦りなどが大きくなっていないかなど 監修あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇厚生労働科学研究費補助金難治性疾患政策研究事業網膜脈絡膜・視神経萎縮症に関する調査研究班網膜色素変性診療ガイドライン作成ワーキングクループ.『網膜色素変性診療ガイドライン』日本眼科学会雑誌.121(12),2016,846-961.〇難病情報センター.『病気の解説(一般利用者向け)』『網膜色素変性症(指定難病90)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/196〇難病情報センター.『診断・治療指針(医療従事者向け)』『網膜色素変性症(指定難病90)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/337〇厚生労働省.『難病・小児慢性特定疾病』令和元年度衛生行政報告例.2021-03-01.

特集
2022年3月8日
2022年3月8日

後縦靱帯骨化症

後縦靭帯骨化症は、椎体を覆う後縦靭帯が骨化してしまうことで、脊柱管が狭窄し、神経が圧迫される難病です。 病態 後縦靭帯とは、脊椎の後面を覆う靭帯です。頸椎・胸椎・腰椎・仙骨・尾骨とつながる脊椎は、椎骨がつながったものですが、椎骨をつなげて安定させているのが靭帯です。椎骨を覆う靭帯は前縦靭帯と後縦靭帯があり、前縦靭帯は椎骨の前面を、後縦靭帯は椎骨の後面を縦走しています。 後縦靱帯骨化症は、その後縦靱帯が骨化して、硬く、肥大してしまう難病です。骨化のために、脊柱管狭窄をきたし、脊髄が圧迫され、神経症状が出ます。 脊椎は、頸椎、胸椎、腰椎に分けられますが、後縦靱帯骨化症は特に頸椎で多く生じます(頸椎後縦靱帯骨化症)。 原因として、遺伝的素因やホルモンの異常、カルシウム代謝異常、糖尿病、肥満傾向、全身的な骨化素因、骨化部位における局所ストレスなど、さまざまな要因が考えられていますが、はっきりしていません。家族内での発症例が多く、兄弟間では約30%の確率で靱帯骨化症がみられるとの報告もあり、遺伝との関連が指摘されています。ただ、血縁者に必ず遺伝するわけではなく、さまざまな要因のかかわりが推測されています。 疫学 中年以降の発症が多く、男女比は2対1と男性の頻度が高くなっています。また、糖尿病や肥満があると、後縦靱帯骨化症の発生頻度が高いことがわかっています。 日本人においては、後縦靱帯骨化症の発生頻度が、欧米や他のアジア諸国に比べて高いことが示されています。ただし、X線検査で骨化がみられても、その全員に症状が出るわけではありません。 2019年度末時点の後縦靭帯骨化症での受給者証所持者数は、約3.2万人です。40~50歳代で増えはじめ、75歳以上が約1.3万人と多数を占めます。 症状・予後 頸椎の後縦靱帯骨化症では、初期症状は、多くは上下肢のしびれ・痛みです。進行に伴って、しびれ・痛みの範囲が広がります。症状は、四肢の感覚障害、歩行障害、巧緻運動障害へ進行します。重症になると、起立・歩行障害のほか、膀胱直腸障害(排尿・排便障害)が生じることもあります。 胸椎の後縦靱帯骨化症では、下肢の脱力・しびれが初発症状です。主に体幹~下半身に生じます。重症になると、頸椎後縦靱帯骨化症と同様の症状になります。 腰椎後縦靱帯骨化症は、歩行時の下肢痛みやしびれ、脱力などです。 これらの症状は必ず悪化していくとは限らず、半数以上の人では数年経過しても症状は変化しません。一方、進行性の場合は、手術が必要になることもあります。 なお、室内での転倒など、軽微な外傷をきっかけにした発症や、急な増悪がみられることがあります。 治療・管理 保存治療 圧迫されている神経の保護を目的として、患部を安静保持する装具固定が行われます。 対症療法として、しびれ・痛みに対して、神経障害性疼痛治療薬(抗けいれん薬、抗うつ薬、ステロイドなど)が使用されることがあります。 手術治療 症状が重度または進行性の場合は、脊柱管を広げて圧迫を除く目的で、手術治療が選択されます。 リハビリテーションのポイント 首や手足のストレッチなどの運動療法は、血行改善や痛みやしびれ感の軽減、筋力の維持などによいとされます。しかし、筋肉・関節を痛める危険性もあるため、専門医の指示のもと実施することが求められます。カイロプラクティックやマッサージなど民間療法の有効性は確立されておらず、合併症の報告もみられており、推奨されていません。 看護の観察ポイント 手足のしびれ感の悪化や手足の動きのぎこちなさ、排尿状態の変化などが生じた場合、悪化の可能性があるので、早めに専門医の受診を促します。また、転倒などでも脊髄症状が悪化し、重度の麻痺が起こるリスクがあるため、日常生活での注意点を伝えます。室内や庭先など慣れた場所ほど、健康な人でも油断から転倒するリスクが高まるので、この病気を発症した人はいっそう慎重に行動することが求められます。 ●頭や首に衝撃を与える首の運動や、転倒・転落は悪化の原因となることを、患者に説明し日常生活指導を行う●転倒しないように室内環境を整備する●自転車やバイクなど転倒リスクのある移動手段を利用しない●装具の日常使用に関しては医師や理学療法士への相談を促す●頸椎後縦靱帯骨化症では、首を後ろに反らせる姿勢は避けるよう指導するなど 監修あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇日本整形外科学会診療ガイドライン委員会/脊柱靱帯骨化症診療ガイドライン策定委員会編.『脊柱靱帯骨化症診療ガイドライン』東京,南江堂,2019,104p.〇難病情報センター.『診断・治療指針(医療従事者向け)』『後縦靱帯骨化症(OPLL)(指定難病69)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/257〇難病情報センター.『病気の解説(一般利用者向け)』『後縦靱帯骨化症(OPLL)(指定難病69)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/98〇厚生労働省.『難病・小児慢性特定疾病』令和元年度衛生行政報告例.2021-03-01. 

コラム
2022年2月22日
2022年2月22日

ALSの治療法について 〜栄養療法がとても大切!〜

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。ALSでは薬物療法と並んで栄養療法がとても大切です。 日本で承認されているALS治療薬 現在日本では、ALSにはリルゾールとエダラボンの二つが、治療薬として認可されています。 リルゾールは、神経伝達物質であるグルタミン酸の過剰興奮による、運動ニューロン(骨格筋を支配する神経細胞)の変性を抑える作用があるといわれるものです。人工呼吸器装着までの期間を3か月程度遅らせる効果があるとされていますが、生活の質(QOL)の低下速度を緩やかにする効果については言及されていません。 一方エダラボンは、もともと2001年に脳梗塞急性期治療薬として承認された薬剤です。細胞が傷害される原因の一つであるフリーラジカル(活性酸素)を取り除き、細胞を保護する作用を有することから、ALSに有効ではないかと考えられ、2015年に世界に先立って初めて日本で認可された薬剤です(アメリカでも2017年に認可されています)。 QOLの低下速度を緩やかにする効果があるとされていますが、人工呼吸器装着までの期間を遅らせる効果については言及されていません。 残念ながらどちらも満足した治療効果が期待できるとはいえないものの、ある程度の治療効果は認められており、発症早期から開始するほうがよいです。何よりも、前向きに治療をしている姿勢が、病気とともに生きていくうえで精神衛生上とても良い方向に働くと考えます。 私も発症早期から、どちらも積極的に開始しています。 体重を落とさないことが予後を良くするといわれている! これらの薬物療法に加えて、ALSでは栄養療法がとても重要と考えられています。 ALS患者さんでは、しばしば病初期から著しく体重減少を起こすことがあります。 原因としては、ALS特有の病初期〜中期(人工呼吸器を装着するまで)にかけての異常な代謝の亢進、病気の進行に伴う全身の筋肉量の減少、嚥下機能の低下に伴う食事摂取量の減少、呼吸機能の低下に伴う努力性呼吸(自然に呼吸ができないため、一所懸命に呼吸をすること)によるエネルギー消費量の増加、などが考えられますが、はっきりとしたことはわかっていません。 ただ、もともと体重の軽い人や、病初期からの体重減少のスピードが速い人は、病気の進行速度も速いというデータも出ており1)、体重減少を抑えることが重要であると考えられています。 また、最近の見解では、「ALSを発症した当初から体重を落とした群と、体重を落とさなかった群を比較すると、体重を落とさなかった群のほうが、人工呼吸器を装着するまでの期間が長く、QOLが低下する速度も緩やかである」2、3)という結果が出ており、食事と併せた高カロリー療法が、進行を遅らせる効果があるとされています。 効率的にカロリーをとる工夫 一般的に、カロリーを多くとることは、肥満や糖尿病や高脂血症などの原因としてマイナスなイメージがありますが、ALS患者さんではそんなことを言っている場合ではないと思います。すでに合併症のある方は注意が必要ですが、カロリーを多くとることを最優先に考えてもよいのではないでしょうか。 またALSは全身の筋力が落ちていく病気のため、筋肉の原料であるタンパク質を多くとろうと思われる人もいらっしゃいますが、ALS患者さんに必要なのはあくまでも体重を落とさないためのカロリーですので、タンパク質にこだわらず、糖質や脂質などもしっかりとることをおすすめします。 タンパク質と糖質は4kcal/g、脂質は8kcal/gですので、食事量を多くとるのが大変な人は、脂質を多く摂取したほうが効率よくカロリーがとれるのでおすすめです。 冷や奴に揚げ玉を追加したり、味噌汁にごま油を垂らしたり、ヨーグルトにオリーブオイルを混ぜたりと、方法は何でもよいかと思います。皆さんが食べやすい方法を試してみてください。 体重を減らさないために ちなみに、私は2015年に34歳という若さでALSを発症しました。まだまだ食欲もあり、一日でも長く「生きたい」「愛する家族と一緒にいたい」と強く思っていました。 なので、発症当初から、とにかく体重を減らさないように気をつけて食事をとるように意識し、いろいろなものを大盛りで食べていたら、結果的に半年間で体重が10kgも増えました。 体重を増やしたほうがよいのかについては、今のところ明確なエビデンスは出ていませんので、まずは体重を落とさないことを意識してみてください。 早めの胃瘻造設がおすすめ 栄養療法は、薬剤による治療ではないため見落とされがちですが、とても重要です! 経口摂取ができるうちは、体重を落とさないように意識して食事のメニューを考えましょう。そして、経口摂取に疲労を感じたら(できれば疲労を感じる前に)早めに胃瘻を作る。つまり、安定して栄養を摂取できるようにしておくことを、強くおすすめします。 胃瘻を作ったら経口摂取できないのでは?と誤解をされている患者さんもいらっしゃいますが、そんなことはありません。胃瘻を作っても今までどおり経口摂取できます。 実際私は、胃瘻を作ったあとも経口摂取を続け、胃瘻を使わない期間がしばらくありました。 ちなみに胃瘻を作る手術は、外科or消化器内科の医師が、上部消化管内視鏡(胃カメラ)を用いて行います。手術は原則的に仰臥位で自発呼吸下にて行うため、呼吸状態がある程度保たれていないと手術ができません。特殊なNPPV(非侵襲的陽圧換気。気管切開を行わないで、マスクを着けるだけの人工呼吸器)をつけながら手術ができる施設もありますが、手術の難易度が格段に上がり、患者さんの負担も大きくなってしまいますので、その点も考慮して、早めに主治医の先生とご相談することをおすすめします。 ※本コラムは執筆者個人の見解です。治療については主治医とご相談ください。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)Shimizu,T.et al.Reduction rate of body mass index predicts prognosis for survival in amyotrophic lateral sclerosis:a multicenter study in Japan.Amyotroph.Lateral Scler.13,2012,363.2)Shimizu,T.et al.Prognostic significance of body weight variation after diagnosis in ALS: a single-centre prospective study.J.Neurol.266,2019,1412-20.3)Nakayama,Y.et al.Body weight variation predicts disease progression after invasive ventilation in amyotrophic lateral sclerosis.Sci.Rep.9,2019,12262.

特集
2022年2月15日
2022年2月15日

悪性関節リウマチ

悪性関節リウマチは、関節リウマチに血管炎などの関節外症状を合併した病型です。 病態 悪性関節リウマチは、関節リウマチに加え、血管炎や臓器障害など関節以外の症状があって難治性または重症のものをいいます。重症の関節リウマチを指す疾患名ではありません。 関節リウマチとは、免疫異常のために関節に炎症が起こり、進行すると関節の変形などをきたす病気です。男性より女性に4倍多く、中年期以降の発症が多い疾患です。 関節リウマチも悪性関節リウマチも、原因は不明です。ただ、悪性関節リウマチは家族内での発症も12%にみられ、遺伝的な要因がある程度かかわっていると考えられています。 なお、「悪性関節リウマチ」は日本独自の疾患名・概念で、欧米では血管炎を伴う関節リウマチは「リウマトイド血管炎」と呼ばれます。 疫学 悪性関節リウマチの頻度は、関節リウマチ患者のうち0.6〜1.0%です。関節リウマチよりも男性の占める割合が高いのが特徴です。また、悪性関節リウマチと診断される年齢のピークは60歳代と、関節リウマチよりもやや高齢です。 前述のように、関節リウマチに血管炎などを合併するものが悪性関節リウマチですが、血管炎は、一般的に関節リウマチに長く罹患し、関節の破壊が進行した人に起こります。 2019年度末時点で、悪性関節リウマチでの受給者証所持者数は約5,000人です。やはり60歳代が最も多く、70歳以上の人の割合も多くなっています。 関節リウマチの早期診断や治療の進歩により、近年では、悪性関節リウマチの発症頻度は低下傾向と報告されています。 症状・予後 関節リウマチの多発関節炎に加えて、血管炎による症状が加わります。血管炎は、全身性血管炎型と末梢動脈炎型に分けられます。 血管炎の症状 全身性血管炎型     全身の血管炎に基づく症状(38℃以上の発熱、体重減少、紫斑、上強膜炎、筋痛、筋力低下、間質性肺炎、胸膜炎、多発単神経炎、消化管出血、など)末梢動脈炎型潰瘍、末梢の血管梗塞、四肢先端の壊死・壊疽、など 全身性血管炎型では、症状は急速に出現して悪化します。末梢動脈炎型では通常、進行は緩徐です。 悪性関節リウマチの予後は、国内の疫学調査では軽快21%、不変26%、悪化31%、死亡14%、不明・その他8%と報告されています。血管炎による臓器障害や間質性肺炎を伴う場合は、生命予後が悪いとされています。死因で最も多いのは呼吸不全で、それに続くのは感染症の合併、心不全、腎不全などです。 治療・管理など 基本的な治療方針は、関節外病変を取り除くことと、関節の変形や身体機能低下の進行の抑制です。 悪性関節リウマチに対しては、炎症を抑えるステロイド、関節リウマチに用いられる抗リウマチ薬、免疫抑制薬が用いられ、合併症対策として血栓を防ぐ抗凝固薬などが用いられます。重症例などでは、血液内にできてしまった免疫複合体などを取り除くために血漿交換療法が行われることもあります。 看護の観察ポイント 入院での治療が基本となりますが、在宅で気になる症状があった場合は、すぐに主治医に相談しましょう。在宅での繰り返す心不全の急性憎悪などの場合には、訪問看護による観察が重要になります。 ●男女を問わず、長く関節リウマチを患い関節破壊が進行した人、60歳以上の人などでは特に留意●発熱や体重減少、急に出現し悪化する息苦しさ、手足の紫斑や皮膚潰瘍、手首・足首の知覚異常や力の入りにくさには注意 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】 〇厚生労働省.難病・小児慢性特定疾病.『令和元年度衛生行政報告例』2021-03-01.〇難病情報センター.『病気の解説(一般利用者向け)』『悪性関節リウマチ(指定難病46)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/43〇難病情報センター.『診断・治療指針(医療従事者向け)』『悪性関節リウマチ(指定難病46)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/205〇磯部光章ほか.悪性関節リウマチ『血管炎症候群の診療ガイドライン』2017年改訂版.2018,91-5.

コラム
2022年2月8日
2022年2月8日

看護師の皆さん!ALSに対するイメージで勝手に壁を作っていませんか?

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。難病患者とあまりかかわったことのない看護師さんに特にお伝えしたい、ALS患者の願いです。 ALSに対するイメージで、壁を作っていませんか? 看護師の皆さんはALS患者に対してどんなイメージを持っているでしょうか。 ALS患者とあまり接したことがない看護師さんの多くは、「コミュニケーションのとれないやっかいな患者」「何を考えているのかわからない」「どう接すればよいのかわからない」そんなイメージを持っているのではないでしょうか。 入院は「どaway」 私は2021年2月に気管切開と声門閉鎖手術を行いました。コロナの影響でヘルパーさんの付き添いが認められず、一人きりの入院でした。 ふだんは、私の性格や行動パターンを理解して、会話もスムーズにできる家族やヘルパーさんや看護師さんたちに囲まれて、楽しく快適に暮らしています。まさに「home」です。しかし、一人きりの入院となると、私のことをまったく知らない人たちに囲まれての生活です。まさに「どaway」。 主治医を信頼していたので手術に対する不安は全然ありませんでしたが、一人きりになることが、不安で不安でしかたありませんでした。 皆さんも、自分に置き換えて想像してみてください。体が動かせず、通訳もいない状態で、言葉の通じない病院に一人きりで入院する感じです。想像しただけも恐ろしい……。 文字盤も説明書も手作りボードも使われず…… なので、いろいろ対策をしていきました。もちろん初対面で文字盤を使い、コミュニケーションをとることは難しいとよくわかっていたので、文字盤の使いかたを書いた説明書と、いろいろな種類の文字盤を持参しました。それでも使えないときのために、あらかじめ、「頭を置き直して」「足を曲げて」「iPadをセットして」「痛い」「苦しい」など、伝えたくなるであろうことを書いたボードも持参しました。 実際に持参したボード ですが、それすらほとんど使ってもらえませんでした。声も出せず、目以外ほとんど動かせない自分と、積極的にコミュニケーションをとってくれようとした看護篩さんは、ほとんどいませんでした。ある程度想像していたものの、ここまでとは思いませんでした。 誰か一人でもコミュニケーションをとろうとしてくれたら 入院中にこんなことがありました。 手術後ICUにいたとき、体勢を整えた際に枕が高すぎて首が前屈し、気切部のカニューレが圧迫されていました。このときから、部屋にいた看護師さんに苦しい合図を出していましたが、目を合わせてもらえず、合図は届きません。看護師さんが離れ、何とか足元のナースコールを押そうとしてもがいていたら、体がずり下がり、首の前屈が強くなりました。徐々に気切部のカニューレが閉塞し、呼吸ができなくなっていきました。 SpO2が下がりアラームが鳴って、看護師さんたちが集まって来たときには、すでにSpO2は80%台。私は必死で「首」「首」と心で叫びながら目で合図を送り続けていましたが、誰にも届きません。 SpO2が70%台まで下がり、苦しすぎて気を失いかけたとき、ようやく首が前屈しておりカニューレが閉塞していることに気がついてくれて、首の位置を直してもらい、なんとか立ち直りました。 誰か一人でも私とコミュニケーションをとろうとしてくれていれば、こんなことにならなかったのに……。 下手でもいいんです なぜコミュニケーションをとろうとしてくれないのだろうか? 看護をしたい気持ちがないからだろうか? 違います。看護師の皆さんからは、看護をしたい気持ちは伝わってきます。 ただ、「話し掛けてもコミュニケーションをとれるのだろうか」「話し掛けてもコミュニケーションがとれないなら、なるべくかかわらないほうがよいのでは」 そんなふうに考え、未知のものに触れる不安で、一歩を踏み出す勇気が出ないのだと思います。 私のような難病患者は、はじめから上手にコミュニケーションをとれるなんて、思っていません。たどたどしくてもいい、下手でもいい、ただ勇気を出して話し掛けてくれさえすれば、こちらはコミュニケーションをとれる方法を準備して、待っています。 なので、ALSなどの難病患者とあまりかかわったことのない看護師の皆さんには、この記事を読んで、一歩前に踏み出す勇気を持ってもらえたら嬉しいです。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年2月1日
2022年2月1日

ミトコンドリア病

ミトコンドリア病は、発症年齢も症状もさまざまで、とらえどころのない難病の一つです。細胞内のミトコンドリアの働きの低下が、原因であることがわかっています。 病態 ミトコンドリア病は、ミトコンドリアの働きの低下により起こる病気の総称です。 ミトコンドリアとは、全身の細胞に存在する器官で、ミトコンドリアによりエネルギーが産生されます。そのエネルギーが細胞の活動の源になるため、ミトコンドリアの働きが低下すると、細胞そのものの活動性も低下します。特に脳や心臓など、多くのエネルギーを必要とする臓器では、影響が大きくなります。 ミトコンドリア病の発症時期は幅広く、乳幼児期から成人までとさまざまです。原因は、先天的な遺伝子変異が主体です。 ミトコンドリア病に関係する遺伝子変異は、今わかっているだけで200種類程度に上り、病型や個人によってもそのパターンは多彩です。それらの遺伝子変異は、細胞の核にあるDNAの変異のほか、ミトコンドリア内にある別のDNA(ミトコンドリアDNA)の変異でもみられます。 核のDNA上の遺伝子変異は、親から子に伝わる可能性があります。一方、ミトコンドリアDNAは母親から子どもに伝わるので(母系遺伝)、ミトコンドリアDNA上の遺伝子に変異などがある場合は、母親から子に伝わる可能性があります。核DNA上での遺伝子変異と、ミトコンドリアDNA上の遺伝子変異は、いずれも突然変異で生じる場合もあります。 疫学 ミトコンドリア病の発症は、乳児から成人まであらゆる年齢の人でみられます。性別による発症差はありません。発症頻度は、イギリスやフィンランドで人口10万人あたり9~16人という報告もありますが、実はもっと多いのではないかともいわれています。 2019年度末時点でのミトコンドリア病での受給者証所持者数は1,500人程度です。10歳未満から75歳以上まで幅広い年齢層におよんでいます。 症状・予後 症状は中枢神経や筋肉、心臓、目や耳などの感覚器、肝臓、腎臓、内分泌系など多様な臓器・組織にみられ、症状も幅広いのが特徴です。表は、小児期に発症する代表的なミトコンドリア病の病型です。 表 ミトコンドリア病の病型例 病型特徴CPEO (慢性進行性外眼筋麻痺症候群)・主な症状は、眼瞼下垂、眼球運動障害・CPEOに、網膜色素変性と心伝導障害を合併するものをカーンズ・セイヤ症候群と呼ぶ・小児~成人期に発症MELAS(メラス)  ・脳卒中様症状を伴うミトコンドリア病(けいれん、意識障害、視野狭窄、視力障害、運動麻痺など)・小児~成人期に発症MERRF(マーフ)・ミオクローヌスてんかんや小脳症状を特徴とするミトコンドリア病・小児~成人期に発症リー脳症・精神運動発達遅滞、筋力低下、けいれんなど、脳と筋肉の症状・乳幼児~小児期に発症 治療・管理など 対症療法として、各症状への適切な治療・管理をすることが重要です。症状が生じている臓器の専門医と連携した対応が求められます。 ミトコンドリアの働き自体を回復させる原因療法の確立も目指されています。日本では、MELASによる脳卒中発作の抑制の目的で、2019年にタウリンが保険適用されました。 ミトコンドリア内でエネルギーを産生する過程に使われる各種ビタミンや栄養素を補給する意味で、ふだんからのバランスの良い食事が治療の基本とされています。 リハビリのポイント 症状に応じたリハビリが必要とされます。また、運動麻痺などに対して、装具や福祉用具などが必要になることもあります。 看護の観察ポイント 現れている症状に応じた観察が必要になります。 ミトコンドリア病では介護保険の対象にならない年齢層の患者も多いため、障害者総合支援法による支援などへの橋渡しも求められます。加えて、症状が複数の臓器に及ぶと、複数の診療科、医療機関にかかることもあるため、情報共有を意識してかかわることが大切です。 そのほか、介護する家族にかかる介護負担が大きくなりがちなので、レスパイトケアを提案することも必要です。 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇難病情報センター.『病気の解説(一般利用者向け)』『ミトコンドリア病(指定難病21)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/194〇難病情報センター.『診断・治療指針(医療従事者向け)』『ミトコンドリア病(指定難病21)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/335〇厚生労働省.難病・小児慢性特定疾病.『令和元年度衛生行政報告例』2021-03-01.

特集
2022年1月18日
2022年1月18日

副腎白質ジストロフィー

副腎白質ジストロフィーは、中枢神経系と副腎に障害を起こす難病です。脱髄に起因する症状と、副腎機能不全による症状があります。 病態 副腎白質ジストロフィーは、中枢神経系と副腎に障害を起こす、主に男性にみられる遺伝性疾患です。中枢神経系の障害としては性格変化や知能低下など、副腎の機能不全では、無気力、体重減少、低血圧、色素沈着などの症状が起こります。 小児大脳型、思春期大脳型、副腎脊髄ニューロパチー(AMN)、成人大脳型などの病型があり、発症年齢や症状、経過、予後は異なります。いずれの病型でも、全身の組織で「極長鎖脂肪酸」と呼ばれる特殊な脂肪酸が増加することが特徴です。特定の遺伝子(ABCD1遺伝子)の変異が原因であることはわかっていますが、遺伝子変異と病型、発症年齢との相関がみられず、他の要因の関連も考えられています。 病因となる遺伝子は、性染色体のX染色体上にあります。男性はX染色体を1つ、女性は2つ持っています。病因遺伝子があると、男性はX染色体が1つしかないため発症しやすく、女性では1つのX染色体に病因遺伝子があっても、もう1つX染色体があるため、多くは症状が出現せず、保因者となります。保因者の女性から病因遺伝子が子どもに伝わる確率は2分の1です。 疫学 男性2~3万人に1人程度の割合で発症し、それとほぼ同数の女性の保因者がいると考えられています。発症年齢は病型によって異なりますが、2歳~成人期で報告されています。小児慢性特定疾病と指定難病の対象です。 症状・予後 主な症状 小児大脳型最も多い病型。3~10歳に発症。注意欠陥多動障害や心身症に似た性格・行動変化がみられ、視野狭窄や斜視など視力や聴力の低下、知能障害、下肢がつっぱる痙性対麻痺などの歩行障害などがみられる。数年で植物状態に至ることが多い。思春期大脳型発症年齢は11~21歳。症状や経過は小児大脳型とほぼ同じ。副腎脊髄ニューロパチー(AMN)10歳代後半~成人で発症。痙性対麻痺で発症し、ゆっくり進行する。軽い感覚障害があることが多く、ほかに軽度の末梢神経障害、膀胱直腸障害、陰萎(インポテンツ)を伴う場合もある。成人大脳型性格変化、認知症、社会性の欠如や精神病に類似した症状で発症し、急速に進行して植物状態に至る。小脳・脳幹型歩行障害や四肢協調運動障害などの小脳失調、下肢のつっぱりなど、脊髄小脳変性症に似た症状がみられる。アジソン型副腎不全症状のみが出現し、神経症状はない。無気力、食欲不振、体重減少、皮膚の色素沈着など。女性発症者女性保因者の一部では、AMNに似た症状がみられることがある。 小児大脳型、思春期大脳型、成人大脳型は治療しない場合、多くは急速に進行して1~2年で寝たきり状態になります。他の病型から大脳型に移行し、急速に病状が進むことがあります(女性発症者を除く)。女性の保因者では普通は症状が出ませんが、一部では加齢とともに軽度の歩行障害などを伴うこともあります。 治療法 小児大脳型や思春期大脳型の発症早期で、造血幹細胞移植の有効性が報告されています。ただ、症状が進行していると増悪することがあり、移植に伴う合併症リスクもふまえて慎重な適応が求められます。 ロレンツォオイル(オレイン酸:エルカ酸=4:1)投与と低脂肪食の服用で、極長鎖脂肪酸を正常化することがわかっていますが、発症した神経症状を抑える効果は乏しいと報告されています。 AMNや女性発症者の下肢の痙性対麻痺症状には、抗痙縮薬の服用や理学療法が早期に開始されます。 副腎不全は生命予後にもかかわるため、定期的な副腎機能検査と、必要に応じてステロイド補充療法が行われます。 リハビリのポイント ●AMNや女性発症者の下肢の痙性対麻痺には、リハビリも有効とされている●歩行障害に対するバランスや歩行の訓練、寝たきり状態の関節可動域の訓練など状態に応じたリハビリを行う 看護の観察ポイント 医師と連携して病型に応じて予後を予測し、適切なタイミングで介入することが求められます。一般的に手厚い介護が必要となるため、家族の介護負担への配慮、介護を支える社会資源の紹介、レスパイトケアへの橋渡しなどの支援も大切です。 ●症状の状態・程度の変化●本人・家族の日常生活での支障●体を動かすなど、残された機能を維持する対応●家族の介護負担など 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇難病情報センター.『病気の解説(一般利用者向け)』『副腎白質ジストロフィー(指定難病20)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/186〇難病情報センター.『診断・治療指針(医療従事者向け)』『副腎白質ジストロフィー(指定難病20)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/329〇日本先天代謝異常学会.『副腎白質ジストロフィー(ALD)診療ガイドライン2019』東京,診断と治療社,2019,51p.

特集
2022年1月6日
2022年1月6日

前頭側頭葉変性症

前頭側頭葉変性症は、人格変化をきたすことが多い難病です。記憶障害など認知症に特徴的な症状がある場合は、前頭側頭葉型認知症ともいわれます。 病態 前頭側頭葉変性症は、認知症の原因疾患の一つとしても知られます。名前のとおり、大脳の前頭葉や側頭葉の神経細胞が変性し、失われていく疾患です。 前頭葉は、情報の整理・判断、理性や行動抑制にかかわる脳の司令塔です。側頭葉は、感情と、視覚・聴覚・言語機能にかかわります。前頭側頭葉変性症では前頭葉と側頭葉が萎縮するため、認知機能障害をはじめ、人格変化や行動障害、失語症、運動障害などの、広範囲の症状がみられます。 神経細胞の変性は、異常なたんぱく質の細胞内への蓄積によるものとされていますが、なぜそうした現象が起こるのかはわかっていません。 欧米では前頭側頭葉変性症において3~5割の頻度で家族内の遺伝が認められていますが、日本ではほとんど確認されていません。 疫学 40歳から64歳までの若年期に発症することが多いのが特徴です。65歳未満に発症する若年性認知症のなかでは、前頭側頭葉変性症の割合が高いことが知られています。 国内には1.2万人程度の患者がいると推定されていますが、診断が難しいこともあり、前頭側頭葉変性症と診断がついていない人も多いと考えられています。2019年度末時点での前頭側頭葉変性症での受給者証所持者数は1,000人程度です。年齢別にみると60歳代がピークです。 症状・予後 若年での発症が多く、人格変化・行動障害や言語障害が主な症状です。 人格変化・行動障害の症状例 ●社会的に不適切な行動をとる、礼儀やマナーが失われる、衝動的に行動するなど抑制がきかなくなる。そのため、万引きや盗み食いなどの反社会的行動をとることもある●周囲や自分への関心の低下、自発性の低下●共感や感情移入ができなくなる●同じ行動や言葉を繰り返す(常同行動)。いつも同じ時間に同じ行為を行う(時刻表的生活)、毎日必ず決まったコースを散歩する(常同的周遊)など●食事や嗜好の変化。過食になり、濃い味つけや甘いものを好むようになるなど 言語障害の症状例 ●富士山の写真を見ても、山であることはわかっても富士山と認識できない(意味記憶障害)●信号機を見ても「信号機」と呼称できないなど、言葉の意味や物の名前などの知識が失われる(意味性失語)など 認知機能障害もみられますが、発症年齢が若く、物忘れよりも上記の二大症状が主体になるため、認知症(前頭側頭葉認知症)とは気づかれず、診断が遅れることも少なくありません。 そのほかに、震え、動作緩慢、関節拘縮、易転倒性などのパーキンソン症状や、筋力低下、筋萎縮、四肢の突っ張りなどの運動ニューロン障害を伴うケースもあります。これらの症状は嚥下機能障害や寝たきりにもつながります。運動ニューロン障害では呼吸筋麻痺が出ることもあり、注意が必要です。症状はゆっくり進行し、報告によると発症からの平均寿命は行動障害型で約6~9年、意味性失語型では約12年です。 治療・管理 根本的な治療法はありません。治療は対症療法が中心です。行動障害には、抗うつ薬(SSRI:選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が一部有用との報告があります。認知機能障害に対しては、アルツハイマー型認知症に使用されるコリンエステラーゼ阻害薬は、一部の症状を悪化させることもあるため、服用中は観察が必要です。行動異常に関しては、これまでの生活様式や維持されている機能を生かすことで軽減できる場合もあります。患者それぞれの症状への理解を深め、家族が適切な対応方法を学ぶことは負担軽減のうえでも有用です。 若年での発症が多いため、仕事や育児、経済面など、さまざまな部分に影響がおよびます。複数の社会資源の調整が必要で、行政も含め多職種との連携が重要です。 リハビリテーションのポイント ●筋力低下や転倒しやすさなどがある場合は、機能維持を目的としたリハビリも大切●転倒しやすい場合は、室内の物を片づける、家具などの角にカバーを付けるなど、けが予防策を講じる●嚥下機能障害には嚥下リハビリや食形態の工夫などが有効 看護の観察ポイント ●転倒しやすいなど運動障害の有無●転倒によるけがを防ぐ環境整備●症状の変化・新たな症状の出現●日常生活やセルフケアで本人や家族が必要としている支援●嚥下障害、誤嚥性肺炎を疑う症状●家族の疾患に対する理解度●家族の介護負担など ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇難病情報センター.『診断・治療指針(医療従事者向け)』『前頭側頭葉変性症(指定難病127)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/4841〇難病情報センター.『病気の解説(一般利用者向け)』『前頭側頭葉変性症(指定難病127)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/4840〇「認知症疾患診療ガイドライン」作成委員会編.『前頭側頭葉変性症』『認知症診療ガイドライン2017』東京,医学書院,2017,263-80.〇祖父江元ほか監修.『前頭側頭葉変性症の療養の手引き』島根,「神経変性疾患領域における基盤的調査研究」班,2017,71p.

コラム
2021年12月28日
2021年12月28日

訪問看護師 兼 ヘルパー 最強説!

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。訪問看護師と一言でいっても、その働きかたはいろいろあるのです。 皆さんはなぜ、訪問看護を選びましたか? 前回までALSにfocusを当てていましたが、今回は訪問看護師にfocusを当ててお話をしたいと思います。 このコラムを読んでくれている訪問看護師の皆さんは、なぜ訪問看護師の道を選んだのでしょうか。 多くの方は、病棟勤務を経て訪問看護の道に進むと思いますが、 病棟勤務に疲れたから? 家庭ができて夜勤が難しくなったから? 確かに病棟勤務の看護師さんは、日勤と夜勤をこなさいといけないので、体力的にもとても大変です。また、人間関係など看護業務以外の問題で病棟を離れる方もいるでしょう。 患者さんの退院後まで考える余裕がなかった 余談ですが、私は大学病院で働いていたころ、皮膚科病棟の病棟チーフをしていた時期があります。病棟に入院している20~30人の患者さん全員の主治医をしていました。 毎日何人もの患者さんが退院し、入院します。そのたびに病歴を把握して治療方針を決めて、何とか良くして退院させることだけを毎日考えていました。月6~8回の当直と、毎日オンコールで24時間何かあったら病院から呼ばれる生活が続きました。充実していましたが、かなり疲れており、正直、退院した後の患者さんの生活まで考える余裕がありませんでした。 ただ、自分が病気になってみて初めて気がつきましたが、私のように、入院期間は病気のほんの一瞬であり、在宅加療がメインである患者さんも多くいます。そういう患者さんの生活を長期的に支えてくれる訪問看護師さんは本当に、大切で、ありがたい存在です。 『病人を診よ』を実現できる訪問看護 大学病院や、急性期患者さんを診る市中病院では、目まぐるしく患者さんが入れ替わります。医師も看護師も「病気」を良くすることを入院期間のエンドポイントと考え、なかなか一人の患者さんとゆっくりと向き合うのが難しいことがあります。 「病気を診るのではなく、病人を診よ」。ナイチンゲールの看護理念に基づく言葉ですが、私は、これが医療の本質だと思います。 今思うと、大学病院で働いていたころの私は、病気を診ることに精いっぱいで、この言葉を実現できていなかったと思います。しかし、これを実現できることが、まさに訪問医療・訪問看護の醍醐味ではないでしょうか。 たとえば私のようなALS患者にしても、症状は皆違うし、病気との向き合いかたや、どのように生きたいかも皆違います。ひとりひとりの患者さんとしっかりと向き合って、患者さんの意思を尊重し、寄り添いながらじっくり看護したいと考え、訪問看護師の道を選んだ人もいるでしょう。 訪問看護師になってみて、皆さんの現実はどうでしょうか? じっくり看護ができて充実していると思えている人もいるだろうし、実際は限られた時間であれもやって、これもやってと、忙しく過ごして、急いで次の訪問先に向かって、じっくり看護ができていないと思っている人も少なからずいるのではないでしょうか。 そこで、「訪問看護師兼ヘルパー最強!」説。 訪問看護師兼ヘルパーさんとのwin-winな関係 今、私のところに、訪問看護師兼ヘルパーさんとして働いてくれている人がいます。その人は、看護師として来てくれて、看護時間が終わったら、そのまま重度訪問介護の枠を使ってヘルパーさんとして入ってくれます。 私にとっては結果的に看護師さんに長時間入ってもらえることになるので、非常に心強い。熱が出たり、急に体調を崩したりしても、その場でバイタルチェックをして、必要であれば主治医にすぐに連絡してくれます。通常のヘルパーさんであれば、まず訪問看護師さんに連絡して、看護師さんの判断を待ってから主治医に連絡する流れになるので、その一手間を省けるのはとても大きいのです。 そして何よりも、長時間一緒にいるので、お互いの信頼関係が作りやすい! その看護師さんも、一か所で長時間働けるので、移動や時間に追われるストレスがなく、ゆっくり看護・介護ができ、働きやすいと言ってくれています。まさにWin-Winな関係。 このように、看護と介護を組み合わせたハイブリッドな事業所もあり、一言で「訪問看護師」といってもいろいろな働きかたがあるなぁと感じたので、取り上げてみました。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2021年12月28日
2021年12月28日

多系統萎縮症

多系統萎縮症とは、以前まで異なる名称で呼ばれていた三つの疾患が、進行すると症状が重複することからこの名前がつけられました。 病態 多系統萎縮症は、神経細胞や、神経軸索をカバーする髄鞘を支える細胞(オリゴデンドログリア)などに、αシヌクレインというたんぱく質が不溶化して凝集・蓄積し、細胞が死んでしまう進行性の疾患です。 以前は、初期症状が小脳性運動失調で始まるものはオリーブ橋小脳萎縮症、パーキンソン症状の場合は線条体黒質変性症、自律神経障害であるものはシャイ・ドレーガー症候群という病名がつけられていました。しかし、進行するとこれらの3つの症状が重複することなどから、「多系統萎縮症」という病名が提唱されるようになりました。 まれに家族からの遺伝例もありますが、ほとんどは単独での発症です。 なぜαシヌクレインが不溶化するのかなど、はっきりした原因はまだわかっていません。 疫学 多系統萎縮症は30歳以降、特に40歳以降に発症することが多いことで知られています。日本では小脳症状で発病するタイプが多いのに対し、欧米人ではパーキンソン症状が前面に出るタイプが多く、人種差もみられます。 2019年度末時点での、受給者証所持者数は約1.1万人です。最も多いのは60歳代です。 症状・予後 主な症状は、小脳症状、パーキンソン症状、自律神経障害です。発病からしばらくは一症状が主体になりますが、進行すると重複します。具体的には次のような症状がみられます。 小脳症状・歩行失調・声帯麻痺・構音障害・四肢の運動失調・小脳性眼球運動障害(眼振など) など               パーキンソン症状      ・筋剛直を伴う動作緩慢・姿勢保持障害・嚥下障害などパーキンソン病でよく生じる振戦などの不随意運動はまれで、進行が速いのが特徴 自律神経障害・排尿障害・便秘・勃起不全(男性の場合)・起立性低血圧・発汗の低下 ・睡眠時障害 など そのほかには、錐体外路症状、首下がり症状などの姿勢異常、ジストニア、睡眠障害、幻覚、失語、失認、失行、認知機能低下などがあります。脊髄小脳変性症やパーキンソン病よりも進行のスピードが速く、日本でのデータによると発症後は約3年で介助歩行になり、約5年で車いす使用、約8年で寝たきり状態になり、9年程度で死亡に至る(いずれも中央値)ケースが多いようです。 なお、多系統萎縮症では、呼吸障害や誤嚥による窒息での突然死がみられることがあります。睡眠中の突然死例が多く、TPPV(気管切開下陽圧換気)を行っていても防ぎきれないこともあります。 治療・管理 根本的な治療法はなく、それぞれの対症療法が中心となります。 パーキンソン症状がある場合は、抗パーキンソン病薬が初期にはある程度の効果が期待できます。ただ、パーキンソン病に比べると効果が出にくいという特徴もあります。 進行するとさまざまな症状が重なるため、全体的に状態は増悪していきます。残存機能を保つためのリハビリテーションも大切です。 嚥下障害が進んだ場合は胃瘻を利用します。睡眠呼吸障害が生じた場合は、CPAP(持続陽圧呼吸療法)が呼吸状態を改善させます。喉頭蓋軟化症などを伴う場合は、CPAPは気道閉塞を悪化させるリスクがあるため、注意が必要です。 呼吸障害がある場合は、NPPV(非侵襲的陽圧換気)導入などを検討します。ただ、多系統萎縮症で人工呼吸管理を選択する患者は、ALSと異なり実際にはとても少ないようです。 リハビリテーションのポイント ●歩行失調や姿勢保持障害など患者の症状に合わせて、転倒・外傷予防のための環境整備や福祉用具導入を検討する●多系統萎縮症に対する理学療法の効果についてのエビデンスはほとんどないが、パーキンソン症状、小脳症状に対応した運動療法を行う●基本動作訓練とADL訓練を組み合わせて集中的に介入する●構音障害には言語聴覚療法が行われる●嚥下障害では、食形態や摂食時の姿勢、食具の見直しなども含めた摂食嚥下リハビリを検討するなど 看護の観察ポイント 同じ病名でも初期症状などが異なるため、医師に症状の見通しや日常生活動作(ADL)への影響などを確認しておく。●転倒・外傷予防のための手すり取り付けや部屋の整理など、環境整備はできているか●転倒やバランスを崩す状況と発生頻度●日常生活やセルフケアに支障をきたしている症状●症状の程度の変化、新たな症状の出現状況●嚥下障害、誤嚥性肺炎を疑う症状がないか●脱水や栄養状態低下の予防対策がとられているか●リハビリなど機能改善の訓練が取り入れられているか●患者・家族が不安やストレスを抱えていないか ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】 〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『多系統萎縮症(1)線条体黒質変性症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/59〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『多系統萎縮症(1)線条体黒質変性症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/221〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『多系統萎縮症(2)オリーブ橋小脳萎縮症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/60〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『多系統萎縮症(2)オリーブ橋小脳萎縮症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/222〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『多系統萎縮症(3)シャイ・ドレーガー症候群(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/61〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『多系統萎縮症(3)シャイ・ドレーガー症候群(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/223〇「脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン」作成委員会編.『脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018』東京,南江堂,2018,298p.

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