難病看護

コラム

ALSの平均寿命が2〜5年なんて嘘だ!

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。ALSについてインターネット上の情報が示すのは絶望的な情報。でも、アップデートされた正しい情報が示すのは、「ALSはともに生きていく病気だ!」 検索上位は絶望を誘う情報ばかり ALSと診断された患者や家族は、診断を受けたら、インターネットを使ってALSのことを調べるでしょう。 「ALS」と入力したら、検索の上位に出てくるのは「症状」や「寿命」などのワード。 ALSとはどんな病気か、まだほとんど知らない状態で入ってくるのが、平均寿命が2年〜5年という衝撃的な情報です。多くの人が、そこで、「自分はあと数年しか生きられないのか」と理解し、絶望するのです。 恥ずかしながら、医師である私も、そう理解しました。 発症当時34歳だった私は何の持病もなく、健康そのものでした。それなのに、40歳まで生きられないのか……。そう思い、愕然としました。愕然としすぎて、どこか他人事のようで現実感がなかったくらいですが、ただ漠然とした恐怖と不安に押しつぶされていました。 多くのALS患者さんも、同じような感情を抱くのだと思います。 『呼吸筋麻痺は終末期』は本当か インターネット上の多くの情報は、呼吸筋麻痺を「ALSの終末期」ととらえています。 確かに、ALS患者さんの多くは、気管切開による侵襲的人工呼吸療法(TPPV)をして生きていく道を選びません。実際、TPPVの導入割合は、日本で約 20〜30%と推計されています。 (余談ですが、欧米では数%から10%強そこそこなので、これでも日本は世界からみたら飛びぬけて TPPV が多い国ととらえられています。1)) なぜこんなにも、TPPVで生きていく人が少ないのでしょうか? それは多くの人が、ほとんど体が動かせず、治療法もないこの病気に希望が見いだせないからでしょう。 在宅環境のめまぐるしい進歩を味方に 確かに治療法はまだありません。しかしTPPVで在宅療養していく生活環境は、目まぐるしく進歩しています。特にtechnologyの進歩はすごい! 医学の進歩をはるかに凌駕しています。 ここ数年で、体の一部分が動かせさえすれば、iPhoneやiPadを操作できるようになりました。私も、最初のころは手の指で、手が難しくなってきて次は足の指で、その次は歯で、操作しています。私は今でも、これで、医師として仕事もするし、メールやLINEもするし、さまざまな動画コンテンツだって見ることができるし、本や漫画も読めるし、ゲームだってできる。ちなみに私はドラクエをしています(笑)。 たぶんこれからも、technologyはどんどん進歩していくし、それに伴ってALSの在宅療養環境もどんどん改善していくでしょう。 これだけでも、大きな希望です! 『呼吸筋麻痺は維持期』という考えかた だから私は、「呼吸筋麻痺はALSの終末期」ではなく、「呼吸筋麻痺はALSの維持期」と考えます! 実際、「胃瘻造設をして栄養管理を行いながらTPPVをしているALS患者の生存期間中央値は20年」というデータも都立神経病院から出ています2)。ALSの好発年齢が50〜70歳であることを考えると、十分に天寿も全うできる数字です。 これからは「ALSは死ぬ病気ではなく、ともに生きていく病気」になっていくでしょう。 ALSは20年だって生きられる病気だ 私もALS患者です、「ともに生きていく」ことが大変なのはよくわかります。私の考えを押しつけるつもりもまったくありません。TPPVを選ばないことも、立派な選択肢の一つだと思います。 ただ同じALS患者として、医師として、ALS患者さんには、正しい、アップデートされた情報をもって、TPPVをするかTPPVをしないかを選択してほしいと切に思います。私の記事がその一端を担えれば幸いです。 もう一度言います。 「ALSの平均寿命が2〜5年なんて嘘だ!」 「気管切開して、TPPVをした場合、ALSは20年だって生きられる可能性のある病気だ!」 ** コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)荻野美恵子.『日本におけるALS終末期』臨床神経.48,2008,973-5.2)木村英紀.『長期TPPV下における問題点とその対策について』難病と在宅ケア.27(2),2021,60-3.

特集

筋ジストロフィー

筋ジストロフィーとは、遺伝性の筋疾患です。単一の疾患名ではなく、原因の遺伝子変異による影響が共通する多くの疾患を、まとめて指す呼称です。 病態 筋ジストロフィーは、骨格筋の壊れやすさと再生されにくさを特徴とする、遺伝性の筋疾患の総称です。 筋肉の働きにはタンパク質が欠かせません。筋ジストロフィーでは、遺伝子変異により、タンパク質の生成や機能に異常が生じるために、筋肉細胞の変性・壊死、筋肉の萎縮・線維化をきたします。 その結果、筋力が低下してしまいます。運動機能だけでなく、さまざまな器官・臓器の機能が障害され、全身性疾患の側面もあります。 病型と遺伝形式 病型により原因遺伝子が異なり、発症年齢や症状、遺伝のしかたも異なります。 なお、疾患の原因となる遺伝子変異は、親から引き継がれるだけでなく、突然変異で発生することもあります。 疫学 正確な患者数の統計はありませんが、筋ジストロフィーの有病率は人口10万人あたり17~20人程度と推測されています。病型別ではジストロフィン異常症が人口10万人あたり4~5人、肢帯型は1.5~2人、先天性が0.4~0.8人、筋硬直性は9~10人程度です。 2019年度末時点での、筋ジストロフィーの受給者証所持者数は約4500人で、40〜50歳代が最多です。 症状・予後 主な症状は、骨格筋の機能障害による運動機能低下ですが、多様な器官・臓器の機能障害、合併症を伴います。 骨格筋での呼吸機能低下や嚥下障害、構音障害、心筋の障害による不整脈や心不全、平滑筋障害による便秘やイレウスなどの消化管障害などに加え、眼瞼下垂や眼球運動の障害などが生じることもあります。 一方、筋力低下と運動機能障害はゆっくりと進行し、関節の拘縮・変形を起こします。小児期に発症する疾患では、脊椎や胸郭の変形が生じることもあり、二次障害への早期対応も求められます。 これらの機能障害などは、病型により発症傾向が異なります。 ジストロフィン異常症、肢帯型ジストロフィー 初期症状として、あひる歩行(腰を上下に揺らして歩く動揺性歩行)、転びやすさなどの歩行障害が現れる 筋強直性ジストロフィー 初期症状として、筋強直現象、筋力低下、筋萎縮などがみられる合併症が多様。消化管症状やインスリン抵抗性、白内障なども生じることがある 福山型 知的発達障害やけいれん発作がみられる。網膜剥離など眼症状を伴うことがある 予後は病型により異なります。呼吸不全や心不全・不整脈、嚥下障害などの合併症が、生命予後に大きく影響します。 治療・管理など どの疾患も根本的な治療薬はまだありませんが、ジストロフィン異常症のうちデュシェンヌ型筋ジストロフィーで、遺伝情報の読み取りのメカニズムに作用し病状の進行を遅らせる薬が登場しました。 それ以外は、対症療法が中心になります。●リハビリテーションによる機能維持●嚥下障害に対する胃瘻造設●呼吸不全に対する補助呼吸管理●心不全に対してペースメーカーの植込みなど 特に、呼吸不全や心不全・不整脈、嚥下障害などは生命予後に影響するため、定期的に機能障害や合併症の有無、程度などを評価し、必要時に介入することが大切です。 リハビリのポイント 筋力トレーニングは、筋肉を痛めるリスクから推奨されません。適切な負荷の運動を行い、機能維持に努めます。●早い時期から関節可動域訓練を行い、関節の拘縮を防ぐ●手すり設置、室内の片付けなど、環境整備による転倒予防対策を伝える●病状の進行に合わせ下肢の装具や車いすなどを導入し、生活範囲の維持に努める●呼吸リハビリで肺機能維持を図る●非侵襲的陽圧換気(NPPV)導入後は呼吸管理法を指導する●嚥下機能低下がみられた場合は、嚥下機能訓練や、食形態の見直しを行うなど 看護の観察ポイント 疾患により臓器の障害、合併症などが異なるため、医師に今後の病状や機能障害・合併症の見通しを確認し、症状を継続的に観察することが必要です。なお、筋肉を疲労させない程度であれば、日常生活の制限は原則ないため、患者のQOLにも配慮します。●運動機能障害の状態と変化●心機能や呼吸機能など運動以外の機能障害、合併症徴候の有無と変化●運動機能障害による日常生活への支障●環境整備、転倒予防対策の様子●座位保持のときに息苦しさなどはないか●感染予防のためのワクチン接種を受けているか●呼吸器感染の徴候がないか(重篤化しやすいため、早めに医師につなぐ)●食事や水分は十分に摂取できているか●むせなど嚥下機能の低下がみられるか●家族の身体的・精神的負担の程度など ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】 〇厚生労働省『難病・小児慢性特定疾病.令和元年度衛生行政報告例』2021-03-01.〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『筋ジストロフィー(指定難病113)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/4522〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『筋ジストロフィー(指定難病113)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/4523〇「筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン」作成委員会編.『筋強直性ジストロフィー診療ガイドライン2020』東京,南江堂,2020,172p.〇「デュシェンヌ型筋ジストロフィー診療ガイドライン」作成委員会編.『デュシェンヌ型筋ジストロフィー診療ガイドライン2014』東京,南江堂,2014,216p.

特集

大脳皮質基底核変性症

神経系には多くの難病があり、その実態や症状が似通ったものが多く、確定診断が難しいといわれます。大脳皮質基底核変性症も、そうした難病の一つです。 病態 大脳皮質基底核変性症(だいのうひしつきていかくへんせいしょう:CBD)は、その名前のとおり、大脳皮質と、脳の深部にある基底核の神経細胞が壊死し徐々に減少していく疾患です。 そのため、大脳皮質の障害による症状と、筋肉の強張りなど、パーキンソン病に似た症状が一緒に現れます。大脳皮質の障害による症状は、思う通りに手足が動かせないなどです。大脳皮質には、運動を調節する機能があるためです。 また、症状に左右差があることも特徴です。 神経細胞内に、異常化したタウタンパク質が蓄積し、神経細胞の壊死をきたします。根本の発症原因は不明です。アルツハイマー病や進行性核上性麻痺などでも同様の現象がみられます。 近年の研究から、CBDの症状は非常に多彩であることがわかってきています。症状に左右差のないタイプ、進行性核上性麻痺のような症状がみられるタイプ、失語や認知機能障害が主体となるタイプなども報告されています。 疫学 正確な発症頻度はわかっていませんが、推定で人口10万人あたり2~8人程度と、ごくまれな疾患と考えられています。発症年齢は40~80歳代が中心で、平均は60歳代です。発症に男女差はありません。遺伝性も確認されていますがごく一部で、一般的には遺伝はしません。 症状・予後 大脳皮質基底核変性症でまず特徴的なのは、パーキンソン病に似た症状と、大脳皮質障害による症状を併発することです。 パーキンソン様症状 ●筋強剛●動きがゆっくりになる・少なくなる●ジストニア(手足の筋肉の緊張が持続して力が入ったままの状態になる)●手足の振戦(震え)●ミオクローヌス(手足がぴくつく)●進行すると、姿勢保持障害(体のバランスが取りにくく、転倒しやすい) 大脳皮質症状 ●肢節運動失行(単純な動作がスムーズにできず、ぎごちなくなる)●構成失行(描画、立方体の構成など空間的把握が困難になる)●高次脳機能障害(失語、半空間無視など)●他人の手徴候(片側の手が、他人の手のように勝手に動く)●把握反射(手に触れたものを反射的につかむ)●認知機能障害 初期に自覚しやすいのは、片側の手(または足)の動きがぎこちなくなることや、動きの緩慢さなどです。 加えて、症状に左右差がみられる点も特徴です。典型例では、まず片側の手が思うように動かせないなどの症状が出て、それが同じ側の足に広がり、反対側の手足にも進行していきます。画像でみると、大脳の萎縮の程度にも左右差があります。 進行すると、構音障害、嚥下障害、眼球運動障害がみられることもあります。 予後は悪く、発症から5~10年ほどで寝たきりになり、誤嚥性肺炎や、寝たきりに伴う全身衰弱が死因の多くを占めます。 治療・管理など 治療のポイントとしては、生命を脅かす重大な合併症、たとえば転倒・骨折や誤嚥性肺炎の予防や治療が中心となります。 在宅のCBD患者で特に注意したい点があります。CBDは、病期の早い段階から高次脳機能障害も進行し、認知症に近い位置づけとなります。そのために、胃瘻造設の適応になりづらい、といったことが課題になり得ます。 ですから、早期からの意思決定支援が、より重要だといえます。 リハビリテーションのポイント できるだけ長く身体機能やADLを維持できるように、症状に応じて行います。運動療法では、パーキンソン病や進行性核上性麻痺に準じてリハビリが計画されます。 ●筋力の維持のための運動●病状の進行につれ体が固くなるため、緩和するためのストレッチ●動きのぎこちなさを改善する目的での訓練●拘縮を防ぐための関節可動域訓練●嚥下機能低下がある場合は、嚥下機能訓練の検討や、食形態の見直しを考慮する●言語障害がある場合は、言語訓練を検討し、コミュニケーション方法を考慮する●転倒しやすいため、環境を観察し、手すりの設置など対策を検討する●けが防止の環境整備(家具の角を保護材で覆う、物を整理するなど)●左右の手足に症状の差があるため、補助具も有効 など 看護の観察ポイント ●ADLや身体機能の変化●日常生活への支障●転倒の頻度や状況などの確認●家庭環境の転倒リスク●嚥下機能の変化●ADLやコミュニケーション状態、精神状態の変化●半側空間無視の徴候(食卓上の同じ側の食べ物を必ず残すなど)の有無●家族や介護職とコミュニケーションがとれているか●認知症を疑う症状出現の有無●家族の身体的・精神的負担の程度 など ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】 ○難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『大脳皮質基底核変性症(指定難病7)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/142○難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け) 』『大脳皮質基底核変性症(指定難病7)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/291○「認知症疾患診療ガイドライン」作成委員会『大脳皮質基底核変性症』『認知症疾患診療ガイドライン2017』東京,医学書院,2017,289-94.

特集

脊髄小脳変性症

脊髄小脳変性症とは、小脳を中心とした神経系の障害によって、運動失調症をきたす複数の疾患を、まとめて指す呼び方です。 病態 脊髄小脳変性症(せきずいしょうのうへんせいしょう)とは、単一の疾患名ではなく、主に小脳の障害による運動失調症をきたす疾患の総称です。例えば、多系統萎縮症の一部に、運動失調症を呈するものがあり、それらは脊髄小脳変性症に分類されます。 小脳失調とは 小脳は、平衡感覚や運動、姿勢を制御しています。姿勢、手足の動きのバランスをとる、体中の複数部位の動きが協調するよう同時にコントロールする、といった運動調節機能を担っています。 小脳が障害されると、小脳失調が現れます。小脳失調とは、スムーズな動きができなくなり、歩行時にふらつく、手が震える、ろれつが回らないなどの症状です。 小脳失調があっても、その原因が特定の要因によるもの(脳梗塞・脳出血や脳腫瘍、感染症、自己免疫疾患、栄養素欠乏、薬剤性など)は、脊髄小脳変性症とは呼びません。 脊髄小脳変性症には、小脳失調だけではなく、脊髄病変もしくは錐体路障害がある場合もあります。 疫学 脊髄小脳変性症の患者数は全国で3万人超と推定されています。 脊髄小脳変性症は、遺伝性のものとそうでないものに大きく分けられます。全体の3分の2が、遺伝性ではない脊髄小脳変性症(孤発性)です。多系統萎縮症と、皮質性小脳萎縮症の2つが、孤発性脊髄小脳萎縮症です。 残り3分の1が遺伝性の疾患で、代表的なものにマシャド・ジョセフ病(SCA3)や、歯状核赤核淡蒼球ルイ体萎縮症(DRPLA)などがあります。遺伝性の脊髄小脳変性症では、多くの疾患で、原因となる遺伝子が明らかになっています。 受給者証所持者数 2019年度末時点での、脊髄小脳変性症の受給者証所持者数は約2.7万人です。そのうち、70歳以上が約1.4万人と、過半数を占めています。(※1)なお、制度上、脊髄小脳変性症と多系統萎縮症とは、別の指定難病として認定されています。 症状・予後 脊髄小脳変性症の代表的な症状には、立ち上がりや歩行時にふらつく、手を動かそうとすると震えてうまく使えない、舌がもつれてうまく話せないといったものがあります。体は動かせるのですが、いくつもの動きを協調させることが困難になり、スムーズな動きができなくなるためです。 小脳失調よりも、足の突っ張りや歩行障害などの症状が目立つ、脊髄病変がある疾患もあります。脊髄後索病変があると末梢神経障害の合併、大脳基底核に病変があるとパーキンソン症状や不随意運動の合併がみられます。このような病型は多系統障害型と呼ばれます。 脊髄小脳変性症の予後は疾患によりかなり異なりますが、症状の進行は非常に緩やかで、急激に悪化することはありません。疾患によっては、進行すると嚥下障害や呼吸や血圧の調節障害などが現れることがありますが、多くの場合はコミュニケーションをとることは十分できます。 治療法 疾患により治療法は変わります。症状に応じて対症療法が行われます。小脳失調に対しては、甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン(TRH)製剤などが使用されます。また、足の突っ張りなどの神経症状には筋弛緩薬が使用される場合もあります。 小脳失調を中心とする脊髄小脳変性症では、集中的なリハビリテーションもバランスや歩行の改善に効果があるとされています。 リハビリテーションのポイント ●環境整備や福祉用具の検討など、症状や生活習慣に合わせた対策をとる●本人の歩行能力とバランス能力に応じたプログラムを計画する●基本動作訓練と組み合わせ、ADLに関連した作業療法も検討する●嚥下障害に対し、食形態や食事姿勢、食器の見直しなども含めて摂食嚥下リハビリを検討する など 看護の観察ポイント ●小脳失調以外は患者によって症状が異なるため、疾患名や症状の見通し、ADLへの影響などを、医師に確認する●転倒予防策など環境整備の状況を確認する●どのくらいの頻度・どんな状況で転倒するのか確認する●日常生活やセルフケアに支障をきたす症状の有無を確認する●症状の変化を確認する●患者が、家族・介護職など周囲と意思疎通を十分に図れているかを確認する●患者・家族が不安やストレスを抱えていないかを確認する ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】 ※1 厚生労働省『難病・小児慢性特定疾病.令和元年度衛生行政報告例』2021-03-01.○難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『脊髄小脳変性症(多系統萎縮症を除く)(指定難病18)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/4879○難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『脊髄小脳変性症(多系統萎縮症を除く)(指定難病18)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/4880○「脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン」作成委員会編『脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018』東京,南江堂,2018,297p.

特集

球脊髄性筋萎縮症

男性にだけ発病する遺伝性の難病です。筋肉を動かすための神経細胞が死滅し、筋萎縮が現れるのが特徴で、日本には3,000人ほどの患者がいるとみられています。 病態 球脊髄性筋萎縮症(きゅうせきずいせいきんいしゅくしょう:SBMA)は、男性だけに発病する遺伝性の神経筋変性疾患です。別名、ケネディ病、ケネディ・オルター・スン症候群ともいわれます。 球脊髄性筋萎縮症の原因は、男性ホルモン(アンドロゲン)の受容体を構成するタンパク質の遺伝子異常です。変異したアンドロゲン受容体がうまく分解されずに神経細胞内に蓄積し、細胞を壊死させると考えられています。女性は、この遺伝子変異を持っていても発症しません。男性ホルモンが関与するためと考えられています。 球脊髄性筋萎縮症では、脳幹や脊髄にある筋肉を動かすための神経細胞(下位運動ニューロン)が徐々に死滅し、神経が接続している筋肉も萎縮するため、顔面や舌、四肢の筋力低下、筋萎縮が現れます。 原因となる遺伝子は、性染色体のX染色体上にあるため、父親である患者からY染色体を受け継ぐ男児には遺伝子変異は伝わりません。一方、X染色体を受け継ぐ女児は、100%の確率で保因者となります。保因者となった女性からは、50%の確率で子どもに遺伝子変異が受け継がれます。 疫学 男性のみに発病し、発症頻度は人口10万人に1~2人といわれています。日本国内の患者数は2,000~3,000人程度と推定されています。(※1)2019年度末現在、受給者証所有者数は約1,500人です。特に30~60歳の発症が多く、50~60歳代で受給者証所有者が多くなっています。(※2) 症状・予後 顔面や舌、四肢の筋力低下、筋萎縮などの症状がゆっくりと進行し、嚥下障害や呼吸機能低下が起こります。最初に筋力の低下に気づくことが多いのですが、その前に手が細かく震える、筋肉がつるといった症状を経験することがあります。 症状は、球麻痺によるものや、筋力低下が主です。具体的には、しゃべりにくい、むせる、飲み込みが悪くなるなど嚥下障害、顔がぴくつく、手足の筋肉がやせて力が入らないといったものがあります。筋力低下は、体幹に近い筋肉で強く現れることが多いため、特に、立ち上がり動作や歩行が不安定になりがちです。 また、軽度ですが、アンドロゲンの作用が低下するため、女性化乳房、睾丸萎縮、女性様皮膚変化などが生じることもあります。 そのほか、耐糖能異常や脂質異常症、肝機能異常、ブルガダ症候群などの合併がみられることもあります。 一般的な経過では発症から10年ほどで嚥下障害が目立つようになり、15年ほどで車いす生活に至ります。 治療法 根本的な治療法はまだありません。男性ホルモンが、変異したアンドロゲン受容体に作用することで進行を促すため、男性ホルモンの分泌を抑える薬が進行抑制目的に使用されます。通院が可能な状態であれば、ロボットスーツによる歩行運動処置が、保険診療の対象になる場合があります。 リハビリのポイント ●症状の進行に応じて、運動療法を実施し、手足の筋力低下抑制をはかる●嚥下機能の低下に対して、食形態を工夫する●嚥下訓練などを行う 看護の観察ポイント ●症状の変化、転倒しやすくなっていないかを観察する●むせる、飲み込みにくいなど、嚥下障害の有無・変化を観察する●食形態と嚥下機能を確認し、必要時は食形態について助言する●コミュニケーションに問題が生じていないかを観察する●車いすやベッドにいる時間が長い場合は、褥瘡など皮膚の症状・変化を観察する●家族の介護力をアセスメントするなど ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】※1 難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け) 球脊髄性筋萎縮症(指定難病1)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/73※2 厚生労働省『難病・小児慢性特定疾病 令和元年度衛生行政報告例』2021-03-01. ○難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)球脊髄性筋萎縮症(指定難病1)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/234○「神経疾患の遺伝子診断ガイドライン」作成委員会『神経疾患の遺伝子診断ガイドライン2009』東京,医学書院,2009,184p.○日本医学会『医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン』https://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.pdf

コラム

在宅療養開始 ~スーパー理学療法士(PT)現る!~

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。ALSは、できなくなる前に先回りができる病気。しかしそれにも限界を感じていたある日、出会ったのは……?! 遠隔診療を開始してから 2019年3月に退職した後は、在宅での生活を開始しました。仕事も、それまでのように直接患者さんを診るのではなく、iPadに送られてくる画像や情報をもとに診療する、遠隔診療に変えました。直接診察できない寂しさはありましたが、医師が不足している地域の人たちや、病院にかかれない人たちの助けになるため、やりがいを感じていました。 その後も徐々に全身の筋力が落ちていき、できることが少なくなっていきました。しかし、この病気のいいところは、「次にできなくなることの予測ができる!」。予測ができるということは、先回りができる!ともいえるのです。 動かなくなる前に対策をしよう! 多くのALS患者は、線維束性攣縮という、筋肉の不随意性の細かい痙攣を自覚します(要は、筋肉が勝手にピクピク動く)。 下位運動ニューロンが障害されたときに出る症状であり、これが出てきたら、その部分の筋力が落ちてくるので、そう心得ておくとよいのです。 私は視力がとても悪く、コンタクトレンズを着けて生活していましたが、腕が上がらなくなりコンタクトレンズを着けられなくなる前に、ICL(眼内コンタクトレンズ)の手術をしました。また、歩けなくなる前に家をバリアフリーに改築し、力を使わずに移乗ができるように、天井走行リフトを設置しました。そして、2019年6月、まだまだ食べられるうちに胃瘻を造設する手術をしました。特に、早期に胃瘻を造設し、しっかり栄養をとることがとても重要!!なので、また折をみて触れたいと思います。 すごいPTさんに出会った! このころには、右手は動かせず、左手の指だけわずかに動く程度でした。それでも何とか力を振りしぼってiPadを操作していたのですが、限界を感じていました。 どうすればいいのかわからないまま、いろいろな方法を模索していたとき、退職して引っ越しをしたタイミングで、新しい訪問看護ステーションと出会いました。そこの理学療法士(PT)さんたちが、すごかったのです。 私はそれまで、「PTさんは、関節や筋肉の拘縮を予防するためのリハビリテーションとして、ストレッチやマッサージをしてくれる人たち」だと思っていました。しかし、その訪問看護ステーションとPTさんたちは違いました。職種の範囲にとらわれず、「生活の質(QOL)を上げること」を看護・リハビリテーションと考えてくれていました。今の私が何に困っていて、何が必要なのかを判断して迅速に対応してくれました。 できていたことが、できなくなる前に 当時の私は、左手でiPhoneやiPadのタッチパネルが押せず、仕事ができなくなってきたことに、一番困っていました。そのことをPTさんに相談すると、指のわずかな動きでスイッチを押してiPadを操作できることを教えてくれました。そして、押しやすい親指の形に合わせたスイッチを3Dプリンターで作ってくれたのです! こんなことまでPTさんがやってくれるのか! 驚きつつ、私は新しい可能性の発見と、まだまだ仕事ができることに気分が高揚しました。 その後も、親指でスイッチが押せなくなったら、中指の動きを感知する空圧センサーを作ってくれました。また、パソコンの視線入力装置の調整、車いすの調整やトイレの手すりの調整、文字盤を使わずに目の動きだけで会話する方法があることを教えてくれたりと、QOLを上げるさまざまなことをしてくれました。 そのような強力な味方に支えられながら、近い将来できなくなるであろうことを予測しながら、できなくなる前に先手を打っていきました。 そうすることで、「できていたことが、いきなりできなくなる」絶望感や虚無感を味わうことなく、うまくストレスを分散させながらコントロールすることができたのだと思います。 最後の食事! 2019年7月ごろからはNPPV(非侵襲的陽圧換気。気管切開を行わないで、マスクを着けるだけの人工呼吸器)を導入しました。 最初は睡眠時だけ装着し、徐々に慣れさせながら、日中にも着けるようにしていきました。 NPPVを導入するタイミングは難しいのですが、呼吸筋の疲労を取る意味でも、息苦しさを感じる前に、早期から導入することをおすすめします。鼻だけ覆うタイプや、鼻と口の両方覆うタイプなど、何種類かあるので、いろいろ試してみるといいですよ。 それ以降は、徐々に呼吸機能とともに嚥下機能も落ちていき、一回に食べる量が減って、食べることに時間がかかるようになってきました。必要な栄養は胃瘻から摂るようにして、食べることは「味を楽しむもの」と割り切って考えるようにしました。食べることの疲労が強くなり、誤嚥する可能性も出てきたため、2020年4月に食べることを止めました。 皆さんが最後の晩餐として食べたいものは何でしょうか? ちなみに、私の最後の食事は「牛肉のバター醤油チャーハン」でした。 **コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版

特集

ハンチントン病

舞踏のような不随意運動があることから、以前は「ハンチントン舞踏病」と呼ばれていた遺伝性の難病です。30歳代以降の発症が主ですが、幼児期に発症する場合もあります。 病態 ハンチントン病は遺伝性の神経変性疾患です。主な症状は、舞踏運動を中心とする運動症状と、精神症状です。以前はハンチントン舞踏病と呼ばれていましたが、主症状は舞踏運動だけではないため、名称が改められました。 ハンチントン病は常染色体優性遺伝様式の疾患です。 遺伝子は対になって存在していますが、親から受け継いだ遺伝子のどちらかにハンチントン病の遺伝子変異があれば発病します。 疾患にかかわる遺伝子は、50%の確率で子どもに伝わります。 そのため、患者の両親どちらかもハンチントン病を発病していることが大半です。家族の中に患者がいる場合、子や兄弟姉妹にも保有者がいる可能性があります。 子どもは親に比べて若い年齢で発病する傾向があり、子どもが親より先に発症する例もみられます。 遺伝子検査が保険診療の対象ですが、安易な遺伝子診断は避けなければなりません。ときには、子どもの遺伝子診断が、発症していない親の発症前診断となってしまいます。関連学会の指針では、「治療法がない成人発症の遺伝性疾患の遺伝子診断については、事前の十分なカウンセリングにより、本人の自発的意思の確認が必須」であり、かつ「検査結果告知後の継続的な心理的支援が不可欠」としています。(※1) 疫学 ハンチントン病の有病率は日本人では人口10万人あたり0.7人と推定されています。(※2)2019年度末現在、ハンチントン病での受給者証所有者数は約900人です。(※3)有病率に男女差はないのですが、人種により異なる傾向があり、有病率はコーカソイドでは高く、アジア人・アフリカ人で低くなっています。 好発年齢は30~50歳ですが、発症年齢は幼児から高齢者まで多様です。20歳以下で発症した場合は、「若年型ハンチントン病」と呼ばれます。若年発症では一般的に症状が重く、速く進行します。 症状・予後 症状は大きく、▷運動症状(不随意運動、運動の持続障害)▷精神症状(感情障害、認知機能障害) ── に分けられます。 症状は次第に進行します。寝たきりになると全介助が必要です。罹病期間は15~20年ほどです。ただし、患者によって症状やその程度はかなり違います。家族でも症状は一様ではありません。 不随意運動 舞踏運動を中心とした不随意運動が現れます。舞踏運動は、意思に関係なく、不規則で細かく速い動きが、四肢や顔面に生じます。 ほかにも、ジストニア(不随意に力が入る)、ミオクローヌス(筋肉がぴくぴくする)などの不随意運動もみられます。 発症早期には巧緻障害として現れ、症状が進むと、嚥下障害や構音・構語障害に進行します。 運動の持続障害 運動の持続障害は、同じ動作を継続することができなくなる症状です。手に持った物を落とす、転ぶなど、日常動作に支障をきたす原因になります。症状が進行するとやがて寝たきりとなります。 感情障害 感情が不安定になる、怒りっぽくなるなどの性格の変化や、何かにこだわり、同じことを繰り返すなど、行動に変化が起こることがあります。不眠やうつなどの感情障害がみられ、自殺企図にも注意が必要です。 一方、暴言や暴力で家族の負担が大きくなることもあります。その場合は速やかな介入が必要です。施設入所なども視野に入れ、多職種を交えて検討します。 認知機能障害 初期には認知機能障害は目立たず、徐々に現れます。アルツハイマー病とは違って記憶障害は軽度で、計画を立てて実行する機能の障害(遂行障害)が中心です。 若年型ハンチントン病では、初期から運動症状が現れるのは3分の1程度で、精神症状や認知機能障害がみられます。てんかん発作の合併が多いのも若年型の特徴です。 治療法 根本的な治療法はなく、不随意運動と精神症状への対症療法が柱になります。 リハビリのポイント ●病状の進行に伴い、活動量が低下するため二次的な運動機能低下が懸念される。予防目的の運動療法を検討する●精神症状や認知機能低下に対しては作業療法が有効な場合がある●状態に合った福祉用具の導入を提案する●車いすでは不随車意運動のため滑り落ちることがあるので、座位保持の方法など、状態に合った使用法を助言する 看護の観察ポイント ●運動症状・精神症状により、日常生活・社会生活に問題が生じることがある。早めに課題をキャッチし、多職種で連携し予防および対応策を検討する●症状や程度の変化を観察する●今後の症状を予測し、福祉用具やサービスなどの導入の必要性を前もって検討する●転倒による外傷の有無を観察する●外傷を予防する対策を実施する●食事時の、食物の詰め込みや、嚥下障害などの有無を観察する●上記のような食事時のリスクに対し、必要な介入または助言を行う●体重減少ややせが目立っていないかを観察し、エネルギーを補う必要性をアセスメントする●皮膚の状態を観察する●暴言や暴力などで家族が疲弊していないか、家庭介護が継続できる状況かを観察する ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】※1 「神経疾患の遺伝子診断ガイドライン」作成委員会『遺伝子診断の目的と概要 神経疾患の遺伝子診断ガイドライン2009』 東京,医学書院,2009,4-8.※2  難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)ハンチントン病(指定難病8)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/175※3  厚生労働省『難病・小児慢性特定疾病 令和元年度衛生行政報告例』2021-03-01. ○難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)ハンチントン病(指定難病8)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/318○Huntington病の診断,治療,療養の手引きガイドライン作成委員会『Huntington病の診断,治療,療養の手引き』神経治療学 37(1),2020,68-83.○神経変性疾患領域における基盤的調査研究班『ハンチントン病と生きる:よりよい療養のために』Ver.2.2017.http://plaza.umin.ac.jp/~neuro2/huntington.pdf○日本医学会『医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン』https://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis.pdf

コラム

positiveに生きよう! 〜ALSと診断されてからの経過と心の葛藤〜

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載。第2回は、診断前後の日々と葛藤の様子をお話しします。「enjoy!ALS」と思えるまでの心の動きは…… 「今の自分にできることを考えていこう!」 私は体も動かないし、声も出せないが、内面は何も変わっていない。 できなくなったことも多いし、大変なことも多いが、できることも、まだまだたくさんある。 できなくなったことを悔やむのではなく、今の自分にできることだけを考えて、生きていこう! ALSと診断されてから、すぐにそう考えられたわけではありません。そこまでには、さまざまな苦悩や葛藤がありました。 ALSという病気は、今まで培ってきたキャリアや地位やプライドがひっくり返されて、まったく違う人生を歩んでいかないといけない病気です。 そこで、まず私がALSと診断されてから在宅加療を開始するまでの、経過と心の葛藤についてお話ししたいと思います。 留学先で、「何かおかしい!?」 前回もお話ししましたが、私は大学病院で皮膚科医として勤務しながら、「毛包幹細胞」について研究をしていました。その研究のため、2015年の4月に、アメリカのUCSD(カリフォルニア大学サンディエゴ校)に留学しました。 留学中は毎日趣味のサーフィンをしてから、職場に行く、充実した日々を過ごしていました。ところが、7月ごろから、少しずつ文字が書きづらくなってきたことに気が付きました。 当初は疲れているだけかと思い、さほど気にしていませんでしたが、8月になっても治らず、右腕が左腕よりも細いことに気が付きました。 さすがにおかしいと思い、自分の症状について調べはじめました。ちょうどサーフィンで首を痛めていたこともあり、同僚の整形外科医にも相談し、頸椎症や椎間板ヘルニアなどの可能性を考えMRIを撮りましたが、明らかな異常はありませんでした。するとUCSDの神経内科を紹介され、診察してもらうと、すぐにALS専門医に紹介されました。 何が何だか…… その時点で頭が真っ白になっていました。専門的な話を英語で説明され、さらに、何が何だかわかりませんでした。ただ、最後に「ALS専門医の貴方からみて、私はALSだと思いますか?」と聞くと、「多分ALSだろう」と言われたことだけは、はっきり覚えています。 その瞬間、後頭部をハンマーで殴られたような衝撃が走りました。事態が飲み込めず、ただただ呆然としていました。徐々にその診断の重さを理解して、気がついたら帰り道で号泣していました。 当時、私は34歳でした。2歳になる息子もおり、これからのことを考えると、恐怖と絶望で胸が張り裂けそうでした。ただそんななか、妻だけは気丈に振る舞い、私を支えてくれたおかげで、何とか正気を保つことができました。 まだ診断が確定したわけではないため、急いで帰国して精査しました。その後、さまざまな病院で検査するも、なかなか確定診断がつきません。さまざまな診断名を言われ、そのたびに一喜一憂する日々が続き、精神的にかなり疲弊して行きました。 結局ALSと確定診断されたのは、症状が出現してから9か月後の、2016年4月でした。そのときには右腕以外にも症状が出現しており、ALSの診断に納得したのを覚えています。 ALSと確定してから その後の日々は、今までとはまったく違うものでした。 すぐに仕事に復帰し、元どおりの生活を再開しましたが、右手が動かずカルテが書けなかったり、手術ができなくなったり、今まで当たり前のようにできていたことが、徐々にできなくなっていきました。なぜこんなことになってしまったのか? 何かの間違いではないか? と、自問自答を繰り返す日々が続きました。いくら考えても答えは出るはずもなく、考えれば考えるだけ気分が落ち込むだけでした。 時間があればいろいろ考えてしまいます。暇な時間を作らないように、一生懸命仕事をし、たくさん息子と遊び、映画を観て、ボーッとする時間をなくすようにしました。そして遠い未来のことは考えすぎず、今の自分の状態でできることだけをやるようにしました。 どうしても、つらく悲しくなるときは、ため込まず思いっきり泣くようにしました。よく手嶌葵さんの『明日への手紙』を聴き「明日を描こうともがきながら、進んでいく」という歌詞に自分を投影して泣いたのを覚えています。 そうやって、ストレスをコントロールしながら徐々に病気を受け入れて、自分の症状と向き合っていきました。何よりも妻が常にサポートしつづけ、息子がそばにいてくれたおかげで、前向きにやってこられました。 限界まで現場に出たい 私は医師という仕事が大好きです。限界まで、現場で働いて、直接患者さんを診療したいと思いました。 パソコンのキーボードがうてなくなったら音声入力装置を使い、歩けなくなったら電動車いすで通勤し、何とか診療を続けることができました。最後は声が出しづらくなっていましたが、同僚が自分の手となり声となって、ペアで診療してくれました。 さすがに、最後は患者さんより自分のほうが明らかに重症で、患者さんたちに心配されてしまい、診療が滞ってしまったため、2019年3月に退職し、東京の実家に戻り在宅加療を開始しました。 次回は、在宅加療を開始してから今に至るまでの経過をお話ししたいと思います。 私の主治医であるさくらクリニック練馬の佐藤先生が、クリニックのブログに前回コラムの感想を載せてくれました。よかったらこちらもご覧ください。 ** コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版

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