制度に関する記事

生活保護制度(医療扶助) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識 サムネイル
生活保護制度(医療扶助) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識 サムネイル
特集
2026年3月31日
2026年3月31日

生活保護制度(医療扶助) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識

レセプト業務を行っていると、患者さんの自己負担金が発生しないケースに出合うことがあります。これまで取り上げてきた医療費助成制度の中でも、生活保護制度による医療扶助は異質かもしれません。生活保護については、訪問看護ステーションにおけるレセプトの公費の欄に医療券番号を入力することになっているため、生活保護における医療扶助のしくみについて知っておく必要があります。 ※本記事は、2025年6月時点の情報をもとに構成しています。 生活保護制度とは 訪問看護を利用している方の中には、生活が困難な状況にあると思われる方もいます。所得が低く、自己負担額の支払いが難しい場合には、生活保護制度(以下、生活保護)の対象となるかもしれません。 日本国憲法第25条は「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」と定めています。生活保護は、最低生活の保障と自立の助長を図ることを目的とし、生活に困窮している人々に対し「健康で文化的な最低限度の生活」を保障し、自立した生活ができるように積極的に援助する制度です。 生活保護は世帯単位で申請しますが、世帯に資産や能力などがある場合には、まずは世帯員全員がそれらを活用し、最低限度の生活を維持することが求められます。言い換えると、生活保護を受けるには、資産や能力などが活用できないことが要件になります。また、扶養義務の履行ができるかどうかも保護の決定に影響を与えます。扶養義務者が扶養できるのであれば、生活保護は期待できません。 生活保護には8つの扶助があります。このうち、訪問看護ステーションに関係するのは、「(4)医療扶助」と「(5)介護扶助」です。 (1)生活扶助:日常生活に必要な費用(食費・被服費・光熱費等)(2)住宅扶助:アパート等の家賃(3)教育扶助:義務教育を受けるために必要な学用品費(4)医療扶助:医療サービスの費用(5)介護扶助:介護サービスの費用(6)出産扶助:出産費用(7)生業扶助:就労に必要な技能の修得等にかかる費用(8)葬祭扶助:葬祭費用 生活保護が決定されれば、「最低生活費」といわれる決められた生活費が支払われます。この最低生活費は、年金や児童扶養手当など受給できる費用(収入)を控除して支払われます(図1)。 図1 収入がある場合の最低生活費(生活保護費) 生活保護を受けるまでの流れ 生活保護を受けたい場合、住所地の市区町村を管轄する福祉事務所の生活相談窓口に相談するところから始まります。生活保護の申請を行うと、主に福祉事務所が訪問調査や資産調査などを実施し、申請から原則14日以内に生活保護を受けることができるかどうかを審査し、判断します。生活保護の受給が開始されると、ケースワーカーが年数回の訪問調査を行い、生活に関する指導を行います。 このようなことから、市区町村のケースワーカーと訪問看護ステーションが連携し、生活保護の対象者について情報を共有しておくことも、訪問看護において有効でしょう。 生活保護による医療扶助とは 生活保護を受けている場合、国民健康保険の被保険者から除外され、「医療扶助」により医療サービスを受けられることが保障されています。 医療に関する制度として、健康保険法・国民健康保険法などの医療保険制度や、これまで解説してきたさまざまな医療費助成制度がありますが、これらの制度では支給の適用範囲に限りがあります。この範囲から外れるものについて、生活保護の医療扶助で賄われることになるのです。 訪問看護ステーションは指定医療機関として要届け出 生活保護を受ける方が医療扶助を受ける場合、福祉事務所などに申請しなければなりません。申請に基づいて認められると、「生活保護法医療券」(以下、医療券)または「診療依頼書」が発行され、この医療券によって指定医療機関で診療を受けることができます。 訪問看護ステーションも生活保護法の指定医療機関として都道府県に届出をし、健康保険や国民健康保険などと変わらないサービスを提供することが求められます。 なお、訪問看護療養費のレセプト請求は、都道府県の社会保険診療報酬支払基金へ請求します。医療券は1ヵ月ごとに発行されます。医療券から請求明細書に必要事項を間違いなく入力し、請求しなくてはなりません。また、医療券は1年間保管する義務があります。 医療扶助によって支給される可能性があるもの 医療扶助では医療のほかに次のものが支給される場合があります。 入院患者に対する日用品費 おむつ代 寝巻などの被服費 入院や退院、通院のための移送費 治療材料費(義肢や装具、眼鏡、収尿器、ストマ用装具など) 訪問看護には関係ありませんが、保険外併用療養費に当たる部分は、原則として医療扶助の対象として認められていません。 【生活保護による介護扶助について押さえておこう】医療扶助に関連する制度として、介護扶助についても簡単に紹介します。介護サービスも介護扶助として生活保護の対象です。介護保険では自己負担の割合は1割ですが、医療保険未加入者の場合、介護報酬の全額を介護扶助で負担します。介護扶助の場合、介護サービス指定事業者や指定居宅介護支援事業者が「介護券」を受け取ります。請求時は、介護券の必要事項を介護報酬明細書へ転記し、介護レセプトを国民健康保険団体連合会に提出します。 * * * 在宅医療において療養生活が長くなると生活が困窮する可能性があります。訪問看護師の皆さんも、基本的な生活保護に関する知識を身に付けた上で、利用者さんやそのご家族を支えていくとよいでしょう。 執筆:木村 憲洋高崎健康福祉大学健康福祉学部医療情報学科 教授武蔵工業大学(現・東京都市大学)工学部機械工学科卒業、国立医療・病院管理研究所研究科(現・国立保健医療科学院)修了。民間病院を経て、現職。著書に『<イラスト図解>病院のしくみ』(日本実業出版社)などがある編集:株式会社照林社 【参考文献】○ 厚生労働省:生活保護制度.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/seikatsuhogo/seikatuhogo/index.html2025/6/27閲覧

【人工呼吸器装着者 難病事例看護】「災害時」どうする? 避難計画策定の実際と課題
【人工呼吸器装着者 難病事例看護】「災害時」どうする? 避難計画策定の実際と課題
特集
2026年3月17日
2026年3月17日

【人工呼吸器装着者 難病事例看護】「災害時」どうする? 避難計画策定の実際と課題

難病を抱える訪問看護利用者さんの災害時の対応について悩む方も多いでしょう。筆者が住む鹿児島県は台風が多く、規模の大小にかかわらず、避難や安全管理を怠ると命を失う恐れがあります。今回は、難病看護師であり訪問看護ステーション管理者でもある筆者が取り組んでいる、難病人工呼吸器装着者の災害避難入院について紹介します。 人工呼吸器装着者の災害時の備え 筆者は、2015年5月に「びっぐすまいる訪問看護ステーション」を開設し、鹿児島県北西部の3市町村を活動エリアとしています。2020年6月に「居宅介護支援事業所大笑い」を開設し、2025年1月には「びっぐすまいる訪問看護ステーションサテライトさつま町」をオープンしました。乳児から高齢の方まで幅広く対応し、医療依存度の高い方の訪問も行っています。現在、人工呼吸器装着者は難病の方を中心に6名います。 人工呼吸器装着者の場合、生活場所や自宅の環境、介護状況などによって、在宅避難がよいのか、避難先への移動がよいのか、その選択はさまざまです。台風や大雨のように災害が予測される場合は、電源確保の観点から事前に避難できるよう準備を進めています。 災害への備えとして重視している点は次のとおりでです。(1)災害から逃げる(連絡先・避難先の確保、避難搬送訓練)(2)安全に過ごせる場所の確保(情報・通信手段の確保)(3)普段からの防災対策(お薬手帳の準備、医療機器の電源確保) 避難先の選定と制度利用についての課題 避難先は事前に本人や家族と話し合い、病院やホテル、知人・親戚宅(地理的条件や電源確保的に安全と思われる場所)など、それぞれです。移動時間や費用、心的安全性を考慮し、平時から各所と連携を図っています。 コロナ禍では事前に断られることもあったため、避難先の確保が大変でした。病院の場合、「空床があれば」という条件のため、入院先候補をいくつか交渉しておく必要があります。入院を希望しない場合、各自でホテルと交渉をされていましたが、電源はあってもホテル内のベッドの角度が変えられないことや、周りのスペースが問題となり現実的ではありませんでした。 病院への避難では制度の確認が必要 現在はほとんどの方が病院に避難されますが、病院によってその取り扱いが異なります。医療保険による入院や難病法による一時入院(レスパイト入院)、障害者総合支援法に基づく医療型短期入所制度(空床利用型を含む)の利用など、あらかじめどのような取り扱いをされるのか確認が必要です。 なぜなら、人工呼吸器の持ち込みは当然としても、医療型短期入所制度を活用する場合、持ち込まねばならない医療消耗品や衛生材料、注入食などがあるからです。場所と電源を貸すだけ、という説明をされる病院担当者もいます。 医療型短期入所制度は、障害福祉サービスに位置づけられるため、事前に住居する自治体(区、市町村)の障害福祉担当課へ申請し、支給決定を受ける必要があります。そして、病院担当者との面談や事前打ち合わせなど行い、利用可能かどうか検討していただくことになっています。 持参物品リストの作成 どこに避難しようとも、避難入院に備え、患者ごとに「避難時の持参物品リスト」を作成しておきます。できるだけ短時間にスムーズな移動が行えるよう、災害に対する個別計画が必要です。日頃から家族や重度訪問介護員をはじめ、介護職への指導も実施しておきましょう。 災害時の避難計画と関係者との連携 台風をはじめとした災害が予測される場合、本人と家族、ケアマネジャーなどの関係者と避難方法を検討しておきます。 ケアマネジャーは、移動手段の手配を行うため、結果的に避難はしなかったとしても、早めに連絡をとるように心がけています。場合によっては、訪問入浴といった介護サービスをキャンセルすることや、介護サービス事業所側がサービスの提供を休止する場合もあるため、各介護サービス提供元と連携をとっていただく必要があります。 同時に、避難先に挙がっている病院に対して、避難の相談をしなければなりません。空床がなかったり、他の人工呼吸器装着者の予約が入っていたりすることもあるため、数ヵ所の病院に確認します。その上で、台風や大雨で移動が困難にならないうちに避難します。 避難入院の調整と連携 一言で「避難入院」といっても、とてつもなく多くの方の協力と連携が必要となります。入院先の調整は病院相談員が担当し、日頃看ていない患者を看てくれる病棟との連携を行います。連携方法は、詳しいサマリーで対応します。必要に応じて、病院到着時に病院では使用になじみのない排痰補助装置や低圧持続吸引器の説明を行っています。 ケアマネジャーは、移動手段の手配や人員確保を行います。人工呼吸器や排痰補助装置、低圧持続吸引器など機器の持ち込みが多いため、移動はとても大変です。持ち込み物品の準備は家族とともに訪問看護師が行います。呼吸器会社の担当者も来てくれることがあり、大変助かっています。 医療型短期入所では、入院中に、家族や重度訪問介護員の付き添いを必要とする場合があり、スタッフのシフト調整が必要なため、介護事業所とのやり取りに時間を要することが多いです。 避難を阻むもの ここまで述べたような準備をして、無事に避難入院できたとしても、そこに至るまでの患者の心理的な葛藤、避難にかかる人的資源、移動、経済的要因は、避難を遅らせる要因となり得ます。 患者の心理的葛藤 患者は、自宅で日常生活が送れないこと自体に不安を感じています。1つは、コミュニケーションの問題です。通常の読唇や文字盤での意思疎通が、病院では困難となるためです。 病室で意思伝達装置(パソコン)を用いて看護師らとコミュニケーションすることはできても、パソコンのセッティングが必要な場合は、患者が我慢せざるを得ないこともあります。また、吸引手技やその頻度などが、日頃の方法と異なるために負担を感じています。何より、病棟は忙しく、患者は対応してもらえるかどうかが不安です。 そうした状況から、患者は「ポータブル電源(図1)がある自宅にいたほうがよいのでは」と考え、なかなか避難に踏み切れません。 しかし、患者が自宅にいることで家族や介護者も危険な状況に置かれるため、その点について理解を得なければなりません。暴風雨直前に家族や関係者の説得に応じ、急遽避難が決定することもありました。 図1 患者宅で準備しているポータブル電源 避難行動のための人的資源 避難には、人工呼吸器や排痰補助装置、低圧持続吸引器、意思伝達装置(パソコン)など、多くの機器の運搬が必要です。介護タクシーと家族の自家用車だけでは運搬できないこともあります。 また、移動に際し同乗者を誰にするか、家族が対応できないときにどのように人員を確保するのかについても考慮しなければなりません。患者を取り巻く環境や介護体制によって異なるため、最悪の事態を想定し、最善策を検討しておくことが重要です。 時には地域の方にお手伝いいただくこともあるため、地域ぐるみの支援活動も検討しなければいけません。また、台風時には、みんなが一斉に移動するため、訪問看護師も時間調整を行わなければならず、まさに事業所が台風のような忙しさになります。 避難による経済的負担 避難移動を自家用車以外で行う場合、福祉車両でなければ移動はできません。その場合には、当然ですが、移動費がかかります。一般のタクシーと異なり、車椅子対応やストレッチャー対応の場合は料金が高くなります。移動距離にもよりますが、往復で2万円程度かかることもあり、少しの台風や大雨情報では動きたくない、という気持ちになりがちです。また、家族が付き添う場合、食費や移動費が増えることも予想されます。 今後の避難にかかわる課題 コロナ禍では、避難入院をすることが困難でした。今後、新たな新興感染症が発生したときに、長期的かつ絶対的な電源確保を要する難病患者が、避難する場所をどう確保するのか、難病支援と災害支援の観点から考えていかなければなりません。 避難に伴う経済的負担が命を守る障壁とならないよう、何らかの支援制度ができることに期待したいものです。そのためには、当事者や関係者が声をあげることが大切です。特に、福祉施策を担当する市町村自治体の理解が重要と考えます。当県においては、患者会とともに声をあげることで、令和6年(2024年)新規事業として非常用電源貸し出しに関する補助が開始されました。まだ十分に認知されていない事業ですが、一歩ずつでも患者家族の安全のために役立つものにしていきたいと思います。 また、私たちが制度について正しく知ることで、自治体だけでなく病院にも働きかけることができ、医療型短期入所のような支援制度を増やしていけるのではないかと感じます。 避難入院準備は、本人と家族の避難訓練の1つと捉えられ、想定外災害時への行動示唆となります。さらに、本人と家族だけでなく関係者の防災意識を高めることができ、これは大きな産物といえるでしょう。医療機器に苦手意識を持っていた支援者が徐々に取り扱いに慣れていくというメリットもあり、日常生活のなかでも本人と家族の安心につながっています。 人工呼吸器装着者の電源を確保でき、土砂災害の危険からも避難できること。台風が過ぎ去った後に「準備は大変だったけど、台風被害はなくてよかったね」と笑って言えることを願っています。訪問看護師として、難病看護師として、多くの方と連携し、地域の中で自助・互助・共助を発揮でき、難病患者や家族の安全確保を続けていきたいと思います。   執筆:柳田 千草合同会社BigSmile 代表 びっぐすまいる訪問看護ステーション 管理者看護師(看護学修士)、介護支援専門員、日本看護協会認定看護管理者、日本難病看護学会認定・難病看護師鹿児島県立保健師学校、鹿児島大学大学院保健学研究科博士前期課程を卒業。総合病院での病棟や外来勤務を経て、1992年より訪問看護の分野に携わる。その後、保健所や市役所の嘱託保健師として勤務し、看護学校講師、複数の訪問看護ステーションの開設支援を行う。クオラグループの運営企画室在宅管理部長を経て、合同会社BigSmileを設立し現在に至る。また、在宅領域における「災害支援」や「暴力・ハラスメントへの備えと対応」をテーマとした講演活動も積極的に行っている。編集:株式会社照林社

精神科領域の医療費助成制度(精神通院医療) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識
精神科領域の医療費助成制度(精神通院医療) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識
特集
2026年2月24日
2026年2月24日

精神科領域の医療費助成制度(精神通院医療) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識

最近では、高齢者に限らず、精神科領域に特化した訪問看護ステーションが増えてきています。訪問看護ステーションを運営するなかで、精神科訪問看護の訪問可否についての問い合わせも多くなってきているのではないでしょうか。今回は、精神科訪問看護の制度と自立支援医療制度の精神通院医療について解説します。 ※本記事は、2025年5月時点の情報をもとに構成しています。 精神科訪問看護とは 精神科訪問看護とは、精神疾患のある方に対して、医師の指示のもと自宅や施設を訪問し、精神症状の安定や身体症状の予防、服薬管理や生活支援などを通じて再発予防と生活の維持を図るサービスです。地域における精神医療の一環として提供されます。 精神科訪問看護を行うための要件 精神科訪問看護を行うと「精神科訪問看護基本療養費」を算定できます。この算定には厚生局への届出が必要であり、届出には、以下のいずれかに該当する保健師、看護師、准看護師または作業療法士が在籍していることが要件となります1)。 (1) 精神科を標榜する保険医療機関において、精神病棟又は精神科外来に勤務した経験を1年以上有する者(2) 精神疾患を有する者に対する訪問看護の経験を1年以上有する者(3) 精神保健福祉センター又は保健所等における精神保健に関する業務の経験を1年以上有する者(4) 国、都道府県又は医療関係団体等が主催する精神科訪問看護に関する知識・技術の習得を目的とした20時間以上を要し、修了証が交付される研修を修了している者 多くの場合、(4)の研修を修了した上で届出を行い、訪問看護を実施しているのではないでしょうか。 なお、精神科訪問看護は、精神科の医師が発行する「精神科訪問看護指示書」と「精神科訪問看護計画書」にもとづいて実施します。 精神通院医療(公費番号:52)における医療費助成 精神科訪問看護における医療費助成は、自立支援医療制度における「精神通院医療」に規定されています。対象は、精神疾患のため通院による継続的な医療が必要な方で、医療費の自己負担分の一部が公費で負担されます。 この制度で注意すべき点は精神通院医療の範囲です。「病院または診療所に入院しないで行われる医療」、すなわち通院医療で、「精神障害および当該精神障害に起因して生じた病態」が対象となっていることです。 医療費助成のしくみは図1を参照してください。高額療養費を控除した後、所得区分に応じた自己負担上限額までが自治体負担により助成されます。 図1 精神通院医療の医療費助成のしくみ 自己負担上限額は、表1に示したとおり、所得区分に応じた上限額か、1割を支払います。所得区分は、生活保護世帯から市町村民税課税世帯(所得割235,000円以上)までの6段階と、自己負担0円から自立支援医療対象外までに分かれています。また、「重度かつ継続」の該当の有無により、負担額が分かれます。 表1 精神通院医療の自己負担上限月額 ※1については、2027年3月31日以降は対象となりません。 なお、「重度かつ継続」の対象者は、以下のとおりです2)。次のいずれかに該当する方:●医療保険の「多数回該当」の方(直近の12ヵ月以内に、国民健康保険などの公的医療保険の「高額療養費」の支給を3回以上受けた方)●1~5の精神疾患の方(カッコ内はICD-10(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)による分類)1 症状性を含む器質性精神障害(F0) (例)高次脳機能障害、認知症 など2 精神作用物質使用による精神および行動の障害(F1) (例)アルコール依存症、薬物依存症 など3 統合失調症、統合失調症型障害および妄想性障害(F2)4 気分障害(F3) (例)うつ病、躁うつ病 など5 てんかん(G40)●3年以上精神医療を経験している医師から「情動および行動の障害」または「不安および不穏状態」を示すことから入院によらない計画的かつ集中的な精神医療(状態の維持、悪化予防のための医療を含む)が続けて必要であると判断された方 受給者証と自己負担上限額管理票の取り扱い 精神通院医療の認定を受けると、患者さんには「受給者証」と「自己負担上限額管理票」が交付されます。受給者証は指定医療機関で使用できます。訪問看護ステーションが対象となるには、自立支援医療の「指定自立支援医療機関」としての届け出が必要です。 自己負担上限額管理票の運用については、訪問看護ではレセプト処理後に金額が確定するため、管理が複雑になる場合があります。 * * * 自立支援医療の精神通院医療は、更生医療や育成医療とは所得区分の扱いが異なるため、分かりにくい部分があるかもしれません。制度の概要を理解した上で、利用者さんの受給者証を確認し、レセプト返戻が発生しないよう適切に管理することが大切です。   執筆:木村 憲洋高崎健康福祉大学健康福祉学部医療情報学科 教授武蔵工業大学(現・東京都市大学)工学部機械工学科卒業、国立医療・病院管理研究所研究科(現・国立保健医療科学院)修了。民間病院を経て、現職。著書に『<イラスト図解>病院のしくみ』(日本実業出版社)などがある編集:株式会社照林社 【引用文献】1)厚生労働省:訪問看護ステーションの基準に係る届出に関する手続きの取扱いについて(保医発0305第7号 令和6年3月5日).2)厚生労働省:自立支援医療(精神通院医療)について.https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000146932.pdf2025/5/28閲覧 【参考文献】○厚生労働省:自立支援医療(精神通院医療)の概要.https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/jiritsu/seishin.html2025/5/28閲覧

【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題
【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題
特集
2026年2月10日
2026年2月10日

【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題

「指定難病のなかで訪問看護を必要とする疾患は?」と聞かれると、多くの人はパーキンソン病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経系難病を思い浮かべるかもしれません。一方で、希少難病を抱える方々も訪問看護を必要としており、病状によっては毎日の訪問看護が欠かせない場合もあります。それにもかかわらず、現在の制度ではこうしたニーズに十分応えられていないのが実情です。今回は、希少難病の1つである「表皮水疱症(epidermolysis bullosa:EB)」を例に、この課題について考えてみたいと思います。 表皮水疱症(EB)とは EBは遺伝性疾患であり、表皮と真皮を接続させるタンパク質の遺伝子に異常があります。そのため、皮膚そのものが非常に脆弱で、軽微な外力で全身の皮膚や口腔粘膜などに水疱やびらんが生涯にわたって生じます。特に足趾や手指など日常的に外力の加わる部位は、深い潰瘍を形成し、癒着することもあります。さらに、びらんした全身の皮膚からは常に血液や滲出液が漏れ出るため、慢性的な貧血や低栄養を伴うことに加えて、合併症による皮膚がんで生命を脅かされることも少なくありません1)。日本における患者数は、約500~1,000名と報告されていますが、難病法における医療費助成受給者証を取得されているのは約300名です2)。 EBの治療/対症療法について 筆者によるこれまでの研究では、EB専門医は非常に少なく、診断後の病状に応じたケアや合併症予防のための積極的な介入はあまり行われていません。主に皮膚ケアに必要となる「ガーゼや創傷被覆材などの処方」が中心となっていました。 現状、病状管理について相談しやすい医療環境とはいえず、家族は在宅生活のなかで日々絶え間なく生じる皮膚病状と対峙し、ケア方法を手探りで模索し続けています。ご存じのとおり、皮膚は身体最大の臓器であり、病状が全身に及ぶ場合、1日の多くの時間がケアに費やされます。皮膚ケアだけでなく、入浴や食事、病状を悪化させないための衣類や寝具の工夫、移動の介助など、EBケアは生活全般にわたるのです。これらの膨大なケアは、今もなお家族の孤軍奮闘によって支えられています。 事例:Kさん(高校生)の皮膚ケアの実際 では、EB患者さんの皮膚ケアとはいったいどのようなものなのでしょうか。高校生のKさんの事例をもとに実際を紹介します。Kさんは全身の皮膚や口腔粘膜などに病状があり、指趾の癒着もあるため、皮膚ケアのみならず日常生活すべてに支援が必要です。 現在、入浴を含めた全身の皮膚ケアは、週3回行われています。このケアには、Kさんの母親、祖父母のどちらか、さらに訪問看護師が参加し、計3人で実施しています。ケアには1日4時間以上かかりますが、訪問看護師が参加できるのは利用時間の1時間半のみです。 以下の語りは、皮膚ケアを担っておられるKさんの母親のものです。 「(訪問看護師が入る)1時間半の後ね、右足だけやりはって、包帯巻くとこまでいかないの。その1時間でやっとできるのが、血を抑えるのと薬塗んのんと水疱を潰すっていうところ、しかも右足だけ。右足と右手か。右半分を彼女たち(訪問看護師)に任して、左半分を私がして。おばあちゃんは(水疱の中の水を)抜いたりはできない。だからそれこそ、おばあちゃんが、なんか、よく見てるし、そのもう1人の人のこともよく知ってるから、そろそろテープ要るなとか、あと4枚ガーゼが足らんなとか分かるみたいで、うん、で、先々にやってくれてすごい助かるんやけど」2)。 皮膚ケアには多くの時間・人手が必要 皮膚ケアは、Kさんの身体の左右に分かれて、母親と訪問看護師によって同時進行で進められていきます。祖父母たちはケアの進行具合に応じて、テープをカットしたり、ガーゼを準備したりしています。 当然、病状は日々変化します。そのため、全身の皮膚病状に応じて軟膏やガーゼ、創傷被覆材の種類を変える必要があります。また、ガーゼや創傷被覆材は体の動きに追従するよう固定を工夫しなくてはなりません。出血や滲出液があるため、入浴日だけでなく、毎日ガーゼや創傷被覆材の交換が必要です。このように、Kさんの皮膚ケアには時間も人手も多くが求められます2)。 生命予後の改善と医療・福祉サービスの役割 これまで、病状が重いEB患者さんは、びらんした皮膚からの感染症や、皮膚がんの発症によって短命となるケースが多くみられました。そのため、EB患者さんを対象とした看護学研究は、まずは生命を維持し、在宅での生活が継続できるよう家族の存在を前提としたものでした3),4),5)。 しかし近年では、家族による献身的なケアに加えて、病状に応じたさまざまな創傷被覆材の使用や、合併症の早期治療が進められるようになり、生命予後の改善が図られるようになっています。その結果、重度でも成人期を迎えるEB患者さんが増えてきたのです。それは今後、EB患者さんが自立した生活を送るためには、これまで家族が担ってきた役割を、医療や福祉サービスなどが引き受ける必要があることを意味しています。 Kさんの皮膚ケアからも分かるように、EB患者さんの皮膚ケアには訪問看護師による専門的な支援が求められます。しかし、冒頭で述べたように、EB患者さんが訪問看護を毎日利用することは難しい状況にあります。 訪問看護制度における課題 ご存じのとおり、訪問看護を利用する場合、医療保険であれば週3日までです。しかし、以下の条件に該当する場合には、訪問看護の利用日数や回数が大幅に拡大されます6)。  「特掲診療科・別表第7 厚生労働大臣が定める者」(以下、別表第7) 「特掲診療科・別表第8 厚生労働大臣が定める者」(以下、別表第8) 「特別訪問看護指示書」が交付された場合 別表第7について 別表第7では、主に病名が指定されており、神経系難病が多く対象となっています。しかし、そのなかに希少難病であるEBは含まれていません。 別表第8について 別表第8では、医療的ケアが必要な状態にある者が指定されています。そのなかの1つに「真皮を超える褥瘡の状態にある者」があります。EB患者さんたちも病状によっては、全身のさまざまな部位に真皮を超える皮膚病状が存在しているため、この条件に該当するかと思われます。 しかし、「真皮を超える褥瘡の状態にある者」という表現には、いかようにも解釈が可能な曖昧さが含まれています。例えば、「EBの病状はそもそも褥瘡ではないため条件に該当しない」と判断される場合もあれば、「EBの病状も真皮を超えていれば褥瘡の状態と同一であるため該当する」とされる場合もあります。つまり、「真皮を超える褥瘡の状態にある者」という制度的な位置づけは、医療者の解釈によって判断が異なってしまうという現状があるのです。 特別訪問看護指示書について 特別訪問看護指示書は、一時的に病状が悪化した場合に主治医が交付する書類です。重度のEB患者さんの場合、常に真皮を超える皮膚病状が存在していることから、「一時的に」病状が悪化しているわけではないため、その目的から外れるのです2)。 希少難病の共通課題と支援体制 今回、お話しした状況はEB患者さんに限らず、他の希少難病を抱える患者さんたちにも当てはまる可能性が高いと考えられます。希少難病という特性上、患者数が少ないため、これらの問題をまとまった声として社会に伝えることができないかもしれません。今後、希少難病を抱える患者さんの生命やQOL(生活の質)、そして家族との生活が、安定的かつ持続的に維持できる体制の整備が喫緊に求められているのです。  本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:戸田 真里京都光華女子大学 看護福祉リハビリテーション学部看護学科在宅看護学、立命館大学生存学研究所 客員研究員日本難病看護学会認定・難病看護師として、病院や在宅支援機関、難病相談支援センターでの勤務を経て、現職。主な著書に『からだがやぶれるー希少難病 表皮水疱症』(生活書院、2024年刊)がある。編集:株式会社照林社 【引用文献】1) 山本明美他編:稀少難治性皮膚疾患に関する診療の手引き.稀少難治性皮膚疾患に関する調査研究班事務局,2011.2) 戸田真里:からだがやぶれる 希少難病 表皮水疱症.生活書院,東京,2024.3) 上嶋仁美:先天性表皮水疱症を有する児の看護.Neonatal Care 1997;10:224-229.4) 中村久美:表皮水疱症児の両親への日常生活指導と訪問看護との連携.日創傷オストミー失禁管理会誌 2014:18(4);354-357.5) 和田実里,中込さと子:栄養障害型表皮水疱症学童の発育過程と皮膚症状ならびに親によるケアに関する記述研究.日遺伝看会誌 2014;12(2):2-17.6) 厚生労働省:訪問看護(改定の方向性).令和5年11月6日.https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001164130.pdf2025/3/31閲覧

【SCD難病看護事例】難病だけではない 介護職との連携、別疾患発症から看取りまで
【SCD難病看護事例】難病だけではない 介護職との連携、別疾患発症から看取りまで
特集
2026年1月20日
2026年1月20日

【SCD難病看護事例】難病だけではない 介護職との連携、別疾患発症から看取りまで

今回は、脊髄小脳変性症(spinocerebellar degeneration:SCD)を患い、侵襲的人工呼吸器を装着している療養者と、介護を担う高齢家族および介護職員へのアプローチを紹介します。介護職員による医療的ケアに伴う課題の解決や、別の疾患を発症したことで療養生活に生じた変化にどのように対応したかに焦点を当て、行政を含む多面的な連携の実践例をお伝えします。 脊髄小脳変性症(SCD)とは SCDは、主に小脳の神経細胞が変性して現れる症状を中心とした神経変性疾患の総称です。「歩行時にふらつく」「呂律が回らない」「不規則に手が震える」などの症状が出現し、進行していきます。また、SCDは孤発性(非遺伝性)と遺伝性の2つに大きく分けられ、孤発性は全体の約7割で、残り3割が遺伝性です。 事例紹介:Aさん(70代、女性) Aさんは、SCDと診断されてから7年後に気管切開を行い、侵襲的人工呼吸器を導入しました。現在は70代の夫と2人暮らしをしています。別居の長男、長女がいますが、それぞれ仕事の都合や遠方に住んでいるため、介護の協力は得られません。主介護者は夫です。夫は、高血圧や尿管結石といった持病を抱えています。定期的に外来通院をしていますが、病状の悪化により、入院治療を受けた既往もあります。 Aさんは医療保険を利用し、以下のサービスを受けています。訪問看護:週2回訪問リハビリテーション(以下、リハビリ):週1回訪問診療:3週に1回訪問入浴:週1回訪問介護:日中毎日、夜間週3回 在宅難病療養者への支援体制 在宅難病療養者のAさんが住み慣れた地域で自分らしく生活できるよう、各分野の専門職だけでなく、行政や地域を含めたチームが一丸となって支援を行っています。 Aさんと夫(介護者)の思いを尊重し、介護負担の軽減を図りながら、Aさんが安心・安全かつ快適に過ごせるよう、社会資源を活用することが大切です。具体的には、さまざまな訪問系サービス事業所の介入や在宅難病患者一時入院事業によるレスパイトケア入院の利用などがあります。 長期療養による課題と現状 しかしながら、長期にわたる療養や病状の進行、併発する(併存)疾患、新たな疾患の罹患などにより、医療処置が必要となる場面も増えていきます。夫はいつまで続くのか先の見えない、24時間絶え間なく続く介護に対し、精神的にも肉体的にも疲弊してしまうこともあり、夫自身の健康管理もままならず、十分な介護負担の軽減が実現できない現状もありました。 本事例で取り上げる2つのアプローチ 今回は、侵襲的人工呼吸器を装着するSCD療養者のAさんに対して、以下の2つのアプローチを行いました。 ●介護職員による医療的ケアの支援医療的ケアを他者に委ねたいというAさんと家族の思いを尊重し、行政をはじめとした関係機関の介入も含め、介護職員による支援体制を整備しました。 ●別疾患に罹患し、診断を受けてから看取りに至るまでの支援予期せぬ別疾患の発症が療養生活に大きな影響を与えました。これまで穏やかだった日々が、突然目まぐるしい日々へと変化したのです。この突然の変化に対応するため、Aさん、夫、サービス事業所のスタッフに対する支援を行いました。 介護職員による医療的ケアの実施と体制整備 喀痰吸引や胃瘻からの栄養剤注入は研修を受けた介護職員が行っていました*。しかし、その他の医療的ケア(例えば、気管切開部や胃瘻部の処置など)はAさんの夫や訪問看護師が行っていたため、大幅な負担の軽減には至らず、介護職員からも「自分たちが行えるケアについて知りたい」との意見がありました。 *喀痰吸引および経管栄養は研修を修了し、認定証の交付を受け、登録事業者として登録済みの施設で勤務していることを要件に実施可能 県庁や市役所への確認と対応 そこで、県庁の担当者に以下の2点を確認しました。  医療的ケアに該当する業務の再確認 特例として介護職員が医療的ケアを行うことの可否 担当者からは「特例はない」との回答があり、加えて「関係職種の業務内容を整理し確認してみてはどうか」と助言されました。その後、関係各所とカンファレンスを行うなかで、夫から「胃瘻からの内服薬の注入(内服注入)を介護職員にお願いしたい」という意向が示されました。この要望を受け、Aさんが居住する市役所の担当者に「介護職員が胃瘻からの内服注入を行えるか」と確認したところ、以下の条件を満たす場合に認められるとの回答を得ました。  主治医の許可があること 内服薬は分かりやすく一包化され、簡単な手技で注入できること 本人または家族の同意があること これらの条件をふまえ、訪問看護スタッフでカンファレンスを行い、訪問看護師の役割を整理していきました。 手順書作成と介護職員への指導・緊急時対応の整備 主治医に介護職員による内服注入の承諾を得た後、訪問看護師は、実際にAさんに行っている胃瘻からの内服注入の手技を確認しました。そして、写真や注意点を盛り込んだ手順書を作成し、それをもとにチェックリスト(図1)も作成しました。 訪問看護師が介護職員とともに手順書を確認しながら、内服注入の指導を行いました。そして、指導看護師(介護職員等たん吸引等実施研修会に係る指導者講習会を修了した看護師)がチェックリストに沿って介護職員の手技を確認・評価します。さらに、1ヵ月ごとに手技の確認を行い、緊急時に介護職員が対応できるよう、緊急時フローシートの作成も進めていきました。 図1 内服注入のチェックリスト 別の疾患に罹患。診断から看取りまでの支援 侵襲的人工呼吸器の導入から6年後の3月下旬に、Aさんにビリルビン尿、皮膚黄染が出現しました。採血した結果、肝胆道系酵素の値が上昇しており、明らかな異常値を示したため、入院精査をすすめられました。しかし、夫はAさんの身体に負担のかからない、在宅でできる治療を希望されたため、外来でCT検査を実施しました。その結果、黄疸の原因は腫瘍である可能性が高いことが示唆され、主治医から「黄疸の進行が速いと、予後は月単位以下の可能性がある」と説明されました。 訪問看護の回数を増やして対応 夫からは「どのくらいの期間で黄疸が進んでいくのか」「どのようなことに気を付けて過ごせばよいのか」という質問がありました。また、介護職員からは「夫が眠れていない、食欲がない」などの情報提供があり、夫だけでなく、介護職員自身も不安を感じているようでした。 これを受けて、訪問看護スタッフ間でカンファレンスを行い、情報を共有するとともに、訪問看護の回数を増やすことにしました。夫の同意を得た上で、以下のように訪問回数を変更しました。  4月初旬:週2回から週3回に変更 4月中旬:週3回から週5回に変更 図2 Aさんの経過 家族支援への取り組み 訪問看護を増やすことで、別の疾患に罹患したことによる病状変化への対応や、日々変化する病状についての説明、不安の軽減など、家族支援に努めました。具体的には、発熱、下血、尿量減少といった病状変化への対応や病状の経過、今後起こり得る変化について説明し、家族の不安を受け止め、寄り添いながら支援しました。 終末期に関する介護職員への教育 また、終末期についての知識が不足している介護職員に対しては、終末期にたどる経過や症状について説明を行い、症状出現時の対処方法を指導しました。その際に、「些細なことでも気になることがあれば訪問看護師に報告すること」「常時対応できる体制を整えているので、いつでも連絡できること(24時間緊急時対応)」を繰り返し伝えていきました。 緊急時対応と家族への説明 別の疾患に罹患してから看取りまでの1ヵ月間で、症状の出現や状態報告に関する緊急連絡は9回、病状変化や医療機器のトラブルに関する緊急訪問は3回ありました。看取りの3日前には、現状を家族に説明し、症状の変化以外にも不安なことや心配なことがあった場合には直ちに訪問看護師に連絡するよう伝えました。また、再度自宅での看取りの意思を確認し、エンゼルケアの内容について説明を行いました。その後、Aさんは家族に看取られ、穏やかな最期を迎えられました。 難病看護における支援のポイント 「住み慣れた自分の家で自分らしく過ごしたい」「本人の思いを尊重し、本人らしく過ごしてほしい」という、療養者本人とその家族の思いを尊重し、安心・安楽に過ごせるよう支援していくことが大切です。そのために以下の取り組みが必要でしょう。  療養者の変化に迅速に対応し、そのつど適切なケアを提供する 介護者の思いの本質を明らかにし、柔軟に療養支援体制の変更を考慮する 在宅ケアチームが一丸となり、支援する   本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:片桐 恵社会医療法人若竹会 ゆうあい訪問看護ステーション日本難病看護学会認定・難病看護師大学病院など病院勤務を経て2007年より現職。3学会合同呼吸療法認定士、在宅褥瘡予防・管理師。編集:株式会社照林社 【参考文献】○王麗華,木内妙子,小林亜由美,他:在宅看護現場において求められる訪問看護師の能力.群馬パース大紀 2008;6:91-99.○阿部まゆみ:神経難病の緩和医療とホスピス.医療2005;59(7):364-369.

小児に関する医療費助成 訪問看護師が知っておきたい基礎知識
小児に関する医療費助成 訪問看護師が知っておきたい基礎知識
特集
2026年1月13日
2026年1月13日

小児に関する医療費助成 訪問看護師が知っておきたい基礎知識

小児の場合、居住地や条件に応じて乳幼児・義務教育就学児を対象とした医療費助成制度や、小児慢性特定疾病医療費助成制度などの対象になります。今回は、訪問看護師が知っておきたい小児の主な医療費助成制度について整理します。 ※本記事は、2025年4月時点の情報をもとに構成しています。 まずは、都道府県・市区町村が実施している子どもの医療費助成制度についてです。 自治体の助成で小児医療費の自己負担が軽減 医療機関受診時の自己負担は、義務教育就学前(未就学児)までは2割、義務教育就学後(小学生以上)は3割ですが、実際には各自治体が発行する「医療費受給者証」と保険証を窓口で提示することで、自己負担額の支払いが援助されます。 自治体によっては「無料」の地域もあれば、1回300円や500円など定額の負担が求められる地域もあります。また、所得制限の有無や対象となる年齢もさまざまで、高校生まで医療費が無料となる自治体も増えています。居住する都道府県を越えて医療機関を受診した場合は、いったん窓口で自己負担分の医療費を支払い、後日、領収書を添付し居住する自治体に申請することで助成が受けられます。 ただし、この助成制度は、医療保険上の自己負担が対象であり、選定療養費(差額ベッド代や紹介状なしの受診など)に当たるものは対象外です。また、居住する地域により支援内容に差があるため、自治体に確認する必要があります。 * * * 小児の医療費助成制度には、一般的な助成だけでなく、長期的・継続的な医療が必要な子どもや、障害のある子どもへの専門的な制度もあります。今回は、小児慢性特定疾病の医療費助成と更生医療、育成医療について解説します。これらの制度の基本を押さえておきましょう。 慢性的な疾患のある小児への支援:小児慢性特定疾病医療費助成制度(公費番号:52) 小児慢性特定疾病医療費助成制度は、小児がんや腎疾患、呼吸器疾患など、特定の疾病に対して医療費の一部を助成する制度です。この制度の対象となるのは、以下の4つの条件を満たす18歳未満の児童です。  1.慢性に経過する疾病であること2.生命を長期に脅かす疾病であること3.症状や治療が長期にわたって生活の質を低下させる疾病であること4.長期にわたって高額な医療費の負担が続く疾病であること文献1)より引用 なお、2025年4月1日より対象となる疾病が拡大され、801疾病になりました。対象疾病の詳細は、小児慢性特定疾病情報センターのウェブサイトから確認できます。>>小児慢性特定疾病情報センター:小児慢性特定疾病の対象疾病リストhttps://www.shouman.jp/disease/search/disease_list 自己負担上限額について この制度では、表1に示すように世帯の所得に応じて、自己負担上限月額が決まっています(0円~15,000円)。 表1 小児慢性特定疾病医療の自己負担上限月額 ※重症:(1)高額な医療費が長期的に継続する者(医療費総額が5万円/月(例えば医療保険の2割負担の場合、医療費の自己負担が1万円/月)を超える月が年間6回以上ある場合)、(2)現行の重症患者基準に適合するもの、のいずれかに該当。文献2)より引用 小児の医療費は自己負担額がない場合が多いですが、図1のとおり、高額療養費制度を適用した後、自治体が小児慢性特定疾患の自己負担上限額を自治体が負担する、という流れです。 なお、訪問看護には直接関係しませんが、入院時の食事療養費は2分の1が助成されます。 図1 月額医療費の自己負担のイメージ 障害のある子どもへの支援:更生医療(15)・育成医療(16) 小児慢性特定疾病とは別に、心身の障害を除去・軽減するための医療に対しても助成があります。それが「自立支援医療制度」であり、「精神通院医療」「更生医療」「育成医療」の3種類があります。 精神通院医療:統合失調症やうつ病などの精神疾患(てんかんを含む)により、通院による精神医療を継続する必要がある方を対象に、医療費の自己負担を軽減する制度。 更生医療:身体障害者手帳を交付された18歳以上の方が対象。その障害を除去・軽減する効果が期待できる医療*の一部費用を助成する制度。 育成医療:身体障害がある、または現存する疾患を放置すると将来障害を残すと認められる18未満の児童が対象。その障害を除去・軽減する効果が期待でき、生活能力を獲得するために行われる医療*の一部費用を助成する制度。 * 対象となる医療について:障害認定を受けた障害のために行われるものであり、身体障害者の疾病に伴うすべての医療を対象とするものではない。対象となる障害と標準的な治療の例は厚生労働省や各自治体のサイトを参照のこと。 訪問看護では、特に更生医療と育成医療を利用しているお子さんに出会う可能性があると思います。 自己負担上限月額について この制度でも、世帯の所得区分によって表2に示すように自己負担額の上限月額が設定されています(0円~20,000円)。育成医療の「中間所得1」「中間所得2」については、総医療費の1割または高額療養費(医療保険)の自己負担限度額までと定められており、軽減措置がとられています。また、一定所得以上の場合、更生医療・精神通院医療・育成医療ともに対象外となっています。 表2 自立支援医療の自己負担上限月額 文献3)を参考に作成 訪問看護ステーションの制度対応 今回紹介した制度における助成を受けるためには、訪問看護ステーションが制度ごとに定められた「指定医療機関」であることが求められます。 小児慢性特定疾病制度の場合は「指定小児慢性特定疾病医療機関」、自立支援医療制度の場合は「指定自立支援医療機関(育成医療・更生医療)」(精神通院医療は別の手続きが必要)の申請が必要です。訪問看護ステーションとして登録されると、指定番号が割り振られます。 訪問看護の利用者は高齢者の方が多い傾向にありますが、近年では新生児医療の進歩や医療的ケア児の増加といった社会的背景を受け、小児の訪問看護の依頼も増えつつあります。訪問看護を利用する小児患者さんに対応するために、助成についての理解を深め、忘れずに施設の届出だけはしておいてください。  執筆:木村 憲洋高崎健康福祉大学健康福祉学部医療情報学科 教授武蔵工業大学(現・東京都市大学)工学部機械工学科卒業、国立医療・病院管理研究所研究科(現・国立保健医療科学院)修了。民間病院を経て、現職。著書に『<イラスト図解>病院のしくみ』(日本実業出版社)などがある編集:株式会社照林社 【文献】1)小児慢性特定疾病情報センター:概要.https://www.shouman.jp/assist/outline2025/4/25閲覧2)小児慢性特定疾病情報センター:小児慢性特定疾病の医療費助成に係る自己負担上限額.https://www.shouman.jp/assist/expenses2025/4/25閲覧3)厚生労働省:自立支援医療の患者負担の基本的な枠組み.https://www.mhlw.go.jp/content/001507772.pdf2025/4/25閲覧

【MSA難病看護事例】ADL低下に気づけない 病識の乏しさがみられたときの対応
【MSA難病看護事例】ADL低下に気づけない 病識の乏しさがみられたときの対応
特集
2026年1月6日
2026年1月6日

【MSA難病看護事例】ADL低下に気づけない 病識の乏しさがみられたときの対応

多系統萎縮症(multiple system atrophy:MSA)のケアでは、対症療法やリハビリテーション(以下、リハビリ)による機能維持やADLの向上が重要です。特に運動機能や嚥下機能の維持に加え、生活環境の整備も欠かせません。今回は訪問看護で実践されているMSA患者への具体的なアプローチを紹介します。患者さんの尊厳を大切にしながら、安全で安心な療養生活を支える工夫や、本人・家族との信頼関係を築くためのポイントを探ります。 多系統萎縮症(MSA)とは MSAは、中枢神経系が進行的に障害される神経変性疾患です。パーキンソン症状、小脳失調症状、自律神経症状など、複数の症状が現れることが特徴です。原因は不明で治療法はありませんが、対症療法とリハビリで症状の緩和を図ります。看護では患者さんの転倒予防や日常生活動作(activities of daily living:ADL)の支援、本人と家族の心理的サポートが重要となります。 事例紹介:Aさん(60代、男性) Aさんは、妻と2人で暮らしており、車で30分ほどの距離に長男が住んでいます。Aさんは事務職に長年従事し、定年まで勤め上げました。退職後にMSAを発症しています。 Ⅹ年-1年 発症(歩行不安定)Ⅹ年 確定診断Ⅹ年+2年4ヵ月 病状評価・リハビリ入院、退院時より訪問看護介入 退院前カンファレンスに参加 Aさんの状態 退院前カンファレンスで初めてAさんにお会いしたときは、呂律不良が進行し、単語レベルでの会話となっていました。表情は硬く、イエス・ノーで意思疎通が可能な状況ですが、笑顔がぎこちない印象です。また、把持物があれば歩行は可能との情報がありましたが、病院内では車椅子を使用して移動されていました。 主治医からの病状説明 主治医から、Aさんの病気が「多系統萎縮症」という進行性の病気であることに加え、以下が説明されました。 小脳・脳幹の萎縮により失調症状があること 一般的に発症から5年で車椅子生活、9年で寝たきりの経過をたどること 声帯の開大不全により突然死の可能性があるが、気管切開をすることで突然死を予防できること 嚥下機能の低下に対して、胃瘻が必要になること 一緒に説明を聞いた妻は、「今まで(突然死のリスクの話は)聞いたことがなかった」と驚いた様子でした。 今後の治療方針と退院後の訪問看護 退院前カンファレンスの時点では、今後の気管切開や胃瘻造設に関する方針はまだ決まっていませんでした。また、Aさん自身は妻への介護負担を心配し、施設入所を検討しているとの情報が共有されました。 今回のリハビリ入院を経て、退院後は訪問看護ステーションから看護師と作業療法士(OT)による訪問が開始されました。 介入前からできる支援 入院中に訪問看護の依頼があった場合、病院で開催される退院前カンファレンスに訪問看護師が参加します。主治医からの病状説明を聞き、内容を確認します。 退院後、会ったことのある看護師が自宅を訪問することで、本人や家族の緊張を和らげることができるでしょう。退院後には、本人と家族が病状や治療方針をどのように理解しているか確認し、追加・修正が必要な場合は補足説明をします。また、今後の方針について、意思決定のために不足している情報提供を行います。例えば、介護は家族だけで負担する必要はなく、介護保険や障害福祉サービスを利用できることを伝える、胃瘻や気管カニューレについて具体的なイメージを持てるような説明をする(写真や図表を使用)、吸引器や吸引チューブを持参して実際の吸引を見ていただくなど、必要に応じて医療的ケアの詳細をお伝えします。 退院当日、多職種で生活環境を整備 退院当日、Aさんの自宅に訪問しました。専門病院から退院調整看護師も同行し、Aさんの表情は病院でお会いしたときとは見違えるほど穏やかで、ニコニコとされていました。 退院当日に、生活環境の整備を行いました。なお、場合によっては退院前の家屋調査等に同行し、自宅内の動線を確認できることもあります。 屋内動線の課題と転倒防止対策 自宅内の動線を確認すると、リビングのベッドからトイレまでの移動に問題が見つかりました。方向転換が3ヵ所も必要で、Aさんは上肢の筋力は維持されているものの、失調と姿勢反射障害によりバランスが悪く、転倒リスクが高い状態でした。 Aさん、妻、ケアマネジャー、福祉用具業者、訪問看護師でサービス担当者会議を行い、ベッドの配置を変更し、トイレまでの動線を直線にし、取り外し可能な置き型の手すりを設置しました。 動線と歩行器選定のポイント MSAの場合、筋力は維持できていてもバランスを崩しやすく、方向転換時に転倒するリスクが高い傾向があります。そのため、方向転換をなるべく減らすような動線の確保に努めましょう。 また、同様の理由から、歩行器の選定にも注意が必要です。力を加えると車輪が動いてしまう歩行器は使いにくい場合が多く、抑速ブレーキ付きのタイプや、ピックアップ方式で使用するタイプの歩行器を導入するとよいでしょう。これにより、歩行器だけが移動してしまい、バランスを崩して転倒することを防ぎます。 退院後の支援の実際 退院日の翌日からは通常の訪問が開始。Mさんの場合、訪問看護ステーションからは、訪問看護とリハビリが週1回ずつ実施される予定です。看護師は、日常生活の状況を把握し、食事・排泄・保清・自主トレーニング(以下、自主トレ)の確認や実施、介護状況の確認を行います。さらに、介護保険を利用して、週1回のデイケアと福祉用具の貸与が行われることになっています。 自主トレに対する消極的な姿勢 リハビリ訪問時、自主トレに積極的でない様子が見られました。理由をたずねると、リハビリ入院中に主治医から余命も含めてIC(インフォームド・コンセント)があったことで、本人から「どうせこの病気は」といったネガティブな発言があり、リハビリに対して消極的になっていることが分かりました。進行のスピードは人によって違うことを説明し、筋力維持の大切さを本人に伝えました。 MSAにおけるリハビリの重要性 MSAのリハビリは、筋力の維持を目標に介入します。握力は比較的保たれる特徴がありますが、振戦があるため、縦型の手すりのほうが持ちやすく、介護保険でレンタル可能な工事不要の置き型手すりがおすすめです。このような手すりを設置し、把持する場所を確保することで、自分で動ける機会が増え、筋力の維持につながります。 水分摂取に関する問題 入院中、水分に軽くとろみをつけるよう言われていましたが、Aさんが嫌がるために、とろみをつけずに水分を摂取していることが妻からの話で明らかになりました。本人に理由を聞いてもニコニコしているだけです。「(とろみ付きでは)おいしくないですか?」という問いに対し、イエスと大きく頷いていました。 入浴方法の現状と今後 入浴については、入院前と同じ方法を続けています。浴室の床に正座をして体を洗い、手すりにつかまり浴槽をまたいで入浴します。今後、進行に伴って入浴方法の再検討が必要であることが、今一つ想像できないようで、またぐ際にバランスを崩しそうになっています。 病状説明と理解の課題 MSAの症状の1つなのか、病状の説明が正しく理解されないことを経験します。個人差はありますが、病識が薄く、食事にとろみが必要であっても使用しないケースや、食欲旺盛となり体重増加が止まらないといったケースもあります。このような状況の修正はなかなか難しいですが、看護師としては諦めずに必要性を伝え続ける姿勢が重要です。誤嚥の確認や体重測定を行い、目の前で数字を示すことや、栄養状態の評価を継続して行うことが大切だと考えます。 進行性神経難病におけるADL低下への対応 MSAに限らず、進行性の神経難病を患う方のADL低下に対し、看護師は代替の方法を提案する場面があります。本人や家族にとっては「今できていること」の継続が日常生活の目標となっている場合もあります。そのため、代替案を伝える際には、本人の意向を大切にしつつ、安全を担保する方法を「いつ」「誰が」「どのように」伝えるかを慎重に検討する必要があります。場合によっては、できている段階で代替案を提案したことで、信頼関係を失ってしまうこともあるほどです。 現状を正しく評価しつつ、代替案を用意しておき、伝えるタイミングを待つ姿勢も大切だと考えています。 本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:小林 真理子訪問看護ステーションRNC管理責任者日本難病看護学会認定・難病看護師1996年、鳥取赤十字看護専門学校を卒業後、鳥取赤十字病院、武蔵野赤十字病院にて看護業務に従事。2004年より都内の訪問看護ステーションで勤務し、2013年に訪問看護ステーションRNCを開設。編集:株式会社照林社

高額療養費制度 訪問看護師が知っておきたい基礎知識
高額療養費制度 訪問看護師が知っておきたい基礎知識
特集
2025年11月25日
2025年11月25日

高額療養費制度 訪問看護師が知っておきたい基礎知識

高額療養費制度は、医療費が高額になり、患者さんの経済的負担が大きくなる状況を防ぐための重要な制度ですが、内容が複雑で分かりにくい点があります。今回は、同制度の基本的な知識や訪問看護におけるレセプト処理に関する注意点について解説します。 ※本記事は、2025年4月時点の情報をもとに構成しています。 高額療養費制度とは 高額療養費制度は、患者さんが支払う医療費が一定の限度額を超えた場合に、その超過分を保険者が負担してくれる制度です(図1)。本来の自己負担額に対し、高額療養費として払い戻しを受けられるため、患者さんの負担が際限なく増えないしくみになっています。金銭的な理由で治療を中断することがないようにするのが高額療養費制度なのです。 訪問看護の場合、訪問回数が多くなれば、当然患者さんの自己負担は増えます。ターミナル期であれば毎日訪問することもあるため、訪問看護療養費(医療保険)の請求額が数十万円を超えてしまうケースもあります。患者さんの自己負担額が3割であってもかなり重い負担といえます。このような状況で、高額療養費制度がどのように患者さんを支援するのかを理解しておくことが重要です。 図1 高額療養費制度のしくみと自己負担上限額の考え方例)70歳以上、年収約370~770万円の場合(3割負担)  高額療養費制度と年齢区分 高額療養費制度は、年齢や所得に応じて負担限度額が異なります。年齢区分別に制度内容を説明します。 70歳未満の場合(表1) 70歳未満の患者さんの場合、自己負担額は所得区分(ア~オ)に応じて異なります。例えば、所得区分「ア」の場合、自己負担限度額は252,600円で、その後は医療費の1%が負担されます。具体的には、所得区分ごとに上限額が設定されており、表1に示すように、自己負担額が段階的に減少します。 なお、表内の「多数該当」については後ほど説明します。 表1 70歳未満の上限額 *1 標準報酬月額とは被保険者が受け取る給与の総支給額のこと*2 報酬月額とは一定の幅で1から50等級が区分されている。報酬月額の票により保険料が定められている。 70歳以上75歳未満の場合(表2) 70歳以上75歳未満の患者さんは、現役並み所得者(現役並みⅠ・Ⅱ・Ⅲ、一般所得、低所得)や一般所得者、低所得者で区分が分かれます。例えば、一般所得者の自己負担限度額は18,000円で、低所得者は8,000円です。 表2 70歳以上75歳未満の上限額 75歳以上の場合(表3) 75歳以上の患者さんは、基本的に70歳以上75歳未満の場合と同じですが、「一般所得」がⅠとⅡに分かれます。一般所得Ⅰは1割負担、Ⅱが2割負担です。 表3 75歳以上の上限額 高額療養費は月単位で負担軽減 高額療養費は月単位で自己負担額が軽減されます。また、さらに負担を軽減する「多数該当」と「世帯合算」というしくみがあります。 多数該当:12ヵ月の間に3回以上高額療養費の支給があった場合、4回目以降の自己負担額がさらに下がる制度。 世帯合算:同じ医療保険に加入している家族が、同じ月にそれぞれの自己負担額が21,000円以上の場合、自己負担額が下がる制度。 訪問看護におけるレセプト処理の注意点 訪問看護ステーションで「高額療養費」と聞いて思い浮かぶのは、レセプト(請求)についてではないでしょうか。レセプトの「特記事項」欄や「負担金額」欄の記載ミスが原因で、レセプトが返戻となってしまうことがあります。訪問看護ステーションで導入しているシステムによっては、これらの欄を手動で入力しなければならないため、返戻となるケースが少なくないかもしれません。 高額療養費に関わるレセプトの記載では、特記事項欄に記載が必要な場合に何を記載しなければならないのかを押さえておきましょう。 高額療養費については「限度額適用認定証」を提示され、高額療養費が現物支給された場合に、「特記事項欄に対象となる区分を記載すること」と覚えておいてください。特記事項欄には、この記事の表1~3に示した「26区ア~30区オ」のいずれかを入力します。ただし、75歳以上のみ「一般Ⅰ」と「一般Ⅱ」が「41区カ」と「42区キ」になります。 また、70歳以上75歳未満、75歳以上の「30区オ(低所得者)」の場合は、「備考」欄に「低所得Ⅰ」または「低所得Ⅱ」の記載が必要です。 高額療養費制度のこれから 2025年に高額療養費の負担上限額の引き上げが国会で議論されましたが、いったん見送りとなりました。国民医療費の増加が社会保障費の大きな負担となっている現状において、患者さんの自己負担の増加が受診の抑制につながる可能性があるとの指摘もあります。今後も高額療養費制度については議論が重ねられると思いますので、制度変更について注視していく必要があります。   執筆:木村 憲洋高崎健康福祉大学健康福祉学部医療情報学科 教授武蔵工業大学(現・東京都市大学)工学部機械工学科卒業、国立医療・病院管理研究所研究科(現・国立保健医療科学院)修了。民間病院を経て、現職。著書に『<イラスト図解>病院のしくみ』(日本実業出版社)などがある編集:株式会社照林社 【参考文献】○厚生労働省:高額療養費制度を利用される皆さまへ(平成30年8月診療分から).https://www.mhlw.go.jp/content/000333279.pdf2025/4/17閲覧

【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤
【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤
特集 会員限定
2025年10月28日
2025年10月28日

【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤

本記事は、医療関係者のスキルアップを目的として医療行為に関する詳細な記述や症例を掲載しています。 筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:ALS)をテーマに、訪問看護師としての取り組みをご紹介します。ALSは突然発症し、残酷な内容の告知をされ「どうしたらよいのか分からない」状況のまま、急な意思決定を迫られることが少なくありません。そのような状況の療養者に訪問看護師としてどのようにかかわればよいのか、日々悩まれている方も多いのではないでしょうか。 本記事では、初回訪問時からの難病看護師の専門的な視点やアセスメント、本人やご家族への具体的な対応についてご紹介します。訪問看護の現場で役立てていただければ幸いです。 筋萎縮性側索硬化症(ALS)とは ALSは、運動ニューロンが障害を受け、手足や舌などがうまく動かせなくなり、筋肉が痩せていく病気です。個人差はありますが、徐々に症状が進行し、ADL(activities of daily living:日常生活動作)の低下や嚥下困難などの症状が顕著になっていきます。 そうなると、今までの日常生活が困難となり、諦めや選択を迫られます。また、症状の進行に伴い、情動制止困難な症状が出現することがあり、介護者やかかわる多職種は精神的に追い詰められ、サービスの継続が困難になる場合もあります。 事例紹介:Aさん(60代、男性) 主介護者は妻で、中学生の息子との3人家族です。Aさんは、就労中の電話対応で呂律が回っていないことを指摘され、医療機関を受診しALSと診断されました。セカンドオピニオンを受けているうちに症状が進行し、経口摂取が困難となり、脱水症状で緊急搬送されました。その後、胃瘻を造設され、退院時に訪問看護を紹介されました。以下は、初回訪問時の状況です。Aさんご夫婦は、当初、訪問看護の利用には消極的でした。  【初回訪問時の状況】Aさん(椅子に座り筆談):「喉は開けるつもりはないので、訪問看護はいらないです」妻(落ち着いた様子):「主人もいらないと言っていますし、まだ大丈夫です」「なんとか工夫して食べていますし」「最近、座ってでないと眠りにくいようですけど」訪問看護師:「そうなんですね」「あまり睡眠がとれていないですかね。頭痛など大丈夫でしょうか」「胃瘻も気になりますし、2週間に1回だけでもお顔を見せていただけませんか」「少し飲み込みづらさがあると思いますので、リハビリをしてみるのはいかがでしょうか」「次回の病院受診時にご一緒させていただいてよろしいでしょうか。お願いします」「何か困ったことがあればいつでもご連絡くださいね」Aさん・妻:「まあ……そこまで言うなら。そのくらいなら、いいかな」 初回訪問:難病看護師としての視点 (1)身体面・精神面のアセスメント 【身体面】球麻痺が進行し、唾液が流れるため、タオルを常に噛んでいる状態でした。誤嚥のリスクが非常に高いと考え、誤嚥による肺副雑音の出現、SpO2の低下を確認します。夜間も座位でないと睡眠がとれないことから、呼吸筋麻痺の進行が想定され、CO2ナルコーシスの症状も確認します。 【精神面】診断されて間もない時期であり、詳しく状況を理解されておらず、病気の進行に対する理解や気持ちが追いついていないと考えられます。ご夫婦に危機感はないように見られましたが、初回訪問であり、装っておられる可能性もあります。 (2)訪問体制のアセスメント 最初は少ない訪問回数の提案でつながりを確保し、徐々に訪問サービスに慣れていただきます。また、初期は特に症状の改善に期待を持たれているため、訪問リハビリテーション(以下、リハビリ)のほうが受け入れもよく、スムーズに開始できる場合が多いです。その場合はリハビリから開始し、スタッフと情報共有しながら進行状況に応じ看護師の訪問を開始します。 初回のアセスメントで「リスクが高い状態である」と考えられる場合は、必ず緊急体制の必要性を説明し、早期に契約します。また、緊急訪問時に重要となる吸引器はすぐに準備し、自治体が行う日常生活用具給付等事業の利用申請を促します。吸引器は、制度の申請から実際に手元に届くまでに数ヵ月かかる場合が多いです。そのため、まずは訪問看護ステーションの吸引器を持参するか、レンタルするなどして緊急時に備えておきます。 (3)意思決定支援のためのアセスメント Aさんが、医師からの説明内容や自身で検索された情報から、どの程度の知識があり、どのように理解されているのか、また何を大切にされており、何が自尊心の維持につながるのかを情報収集します。 早い段階から保健師やケアマネジャーらと多職種カンファレンスを行い、本人と妻の「今の」意思を共有します。意思は変化しますので、意思確認に必要な情報を継続的に共有することも大切です。また、同じ疾患の方の情報も伝え、今後起こり得る状況を想定できるように、精神状況に配慮しながら意思決定支援につなげていきます。  ワンポイントアドバイス●意思決定支援はていねいに進めるAさんのように進行が早く、気持ちの準備ができていない場合は、タイミングを見て、ていねいに時間をかけた意思決定支援を進めることが大切です。●焦ってリスクを伝えない関係性ができていない状態で、看護師が焦ってリスクを伝えようとすると、受け入れができずに怒りを表出される可能性があります。その結果、訪問を拒否されてしまうこともあるため、注意が必要です。●初期段階の連携が重要診断後の初期には、大学病院や総合病院の主治医から訪問看護指示書を受けるケースが多く、連携が取りにくいことがあります。その場合には、FAXで状態報告を行うのもよいですが、可能な限り受診に同行することをおすすめします。病院との連携がスムーズになるだけでなく、診察を待つ間に本人や介護者とゆっくり話すことができるので、信頼関係の構築にもつながります。 家族(介護者)への支援 Aさんは呼吸状態が悪化し、緊急入院となりました。そして、ご家族で相談され、気管切開・気管食道分離術を受けました。その後、妻から「病院の先生に施設をすすめられましたが、私は自宅で介護をしたいです。どうしたらよいでしょうか」と泣きながら連絡がありました。 妻には、自宅での介護生活をイメージできるように24時間必要なケアについて、「利用できるサービスや制度」「機器を利用することにより負担が軽減できるケア」「妻が行う必要があるケア」の3つに分けて具体的に説明しました(表1)。サービスを利用していない時間は、基本的に介護者がケアを行います。訪問看護師は24時間体制で支えますが、「介護者は覚えることが多く、負担が大きくなる可能性がある」ことを伝え、事前に介護者の意思を確認しておくことも重要です。 希望があれば実際にご自宅で介護されているお宅に一緒にうかがいます。また、病院には、妻の意思を伝え、退院前の指導項目やカンファレンスに参加すべきサービス事業所を提案します。 表1 妻に伝えた24時間必要なケアの内容 利用できるサービスや制度・ 訪問看護・訪問リハビリ・ 訪問診療・ 訪問介護(介護ヘルパー・重度障害ヘルパー)・ 訪問入浴・ 療養通所介護(人工呼吸器装着状態でも利用可能なデイサービス)・ 日常生活用具給付事業(吸引器、パルスオキシメータなどの支給を受けることができる)機器を利用することにより負担が軽減できるケア・ 福祉用具のレンタルや購入:移動や体位変換、排泄、入浴時などの介護負担を軽減させる→福祉用具:介護ベッド、マットレス、クッション、ポータブルトイレ、手すり、車椅子、シャワーチェアー、バスボードなど在宅人工呼吸療法関連機器[強力な助っ人]の一例●唾液吸引チューブ(メラ唾液持続吸引チューブ:泉工医科工業)●喀痰吸引器(アモレSU1:トクソー技研株式会社)●気道粘液除去装置(カフアシストE70:株式会社フィリップス・ジャパン)妻が行う必要があるケア・ 呼吸器管理(画面表示内容の理解、アラーム対応、回路・加湿器対応など)・ 気管カニューレの管理(吸引)・ 胃瘻管理(注入)・ 体位変換・ 療養者のメンタルケア など 本人が抱える苦痛への対応 Aさんは、症状の進行に伴う喪失体験を繰り返すたびに、妻に厳しく当たるようになりました。「妻だから、介護はおまえの仕事」と介護サービスを拒否し、妻を頻回に呼び出します。妻は、どのように夫にかかわればよいか悩み、息子と過ごす時間もとれなくなったことで精神的に追い込まれていきました。 妻には1人で悩まないように伝え、Aさんには「望まれる在宅生活を続けていくなら、奥様の協力が必要ですが、このままでは奥様は体調を壊してしまいます。ご協力をお願いします」と伝えました。Aさんは怒りを表出し、拒否されました。 情動制止困難への対応 ALSでは「情動静止困難」と呼ばれる、こだわりが強くなる、怒りが強く継続する、思いやりや気遣いができなくなる、といった自身の元来の性格では考えられないような症状を認めることがあります。 情動制止困難の症状が出現すると、主介護者のご家族はもちろん、多職種のチームメンバーが精神的に追い込まれ、在宅生活が継続できなくなる可能性があります。そのため、難病看護師は、症状が出現するとチームの中心となり、症状の説明やかかわり方を検討し、伝えていく役割を担います。以下は、かかわり方の具体的な例です。  (1)身体面のアセスメントを行い、さまざまな症状への対応を工夫し、苦痛の除去を検討する【さまざまな症状と対応例】● 四肢と腰部に疼痛がある:体位の工夫(クッションやマットレスなどの福祉用具の利用)、リハビリテーション、マッサージ、鎮痛薬の開始● 全身掻痒感がある:訪問入浴の導入、清拭の強化(ハッカ水を利用)、軟膏・アレルギー薬の開始● 不眠、不安が見られる:例えば、車椅子に移乗し外を見る、といったような気分転換を取り入れる、会話・傾聴の時間をつくる、パソコンによる動画視聴、抗うつ薬や睡眠導入薬の開始(2)本人に「なぜそのように感じたのか」、「なぜそのような態度をとったのか」を問う(3)本人の身体状況や精神状況のタイミングを見て、現状を説明する(説明中に本人の怒りが表現された場合も冷静に説明する。落ち着くまで、説明の中断もあり得る)(4)本人の希望を実現するための手段を提案し、本人と一緒に考え選択する(できること、できないことを分かりやすく伝える。落ち着くまで、説明の中断もあり得る)このほかに、看護師や介護ヘルパーが精神的苦を受けないように、事業所ができる対応もあります。例えば、1人で訪問せずに2人体制にしたり(複数名訪問看護:看護補助者や介護ヘルパーが同行する)、特定のスタッフをターゲットとして攻撃するような場合は、そのスタッフは無理をせず訪問を控えるといった方法があります。 妻に対しては、時間をかけて思いを何度も傾聴し、いつでも相談できる体制をつくりました。追い込まれて精神的に耐えられないときには、外出し距離を置くことを提案し、サービスの調整を行いました。レスパイト入院や通所サービスは、Aさんの拒否が特に強かったので、制度を利用することで訪問看護や訪問リハビリテーションの回数を増やし、何とか妻のレスパイトができるようになりました。 ワンポイントアドバイス●レスパイト:地域の資源を知り、組み合わせて利用する・地域の病院を利用したレスパイト入院・在宅人工呼吸器使用患者支援事業 ・1週間に5回、年間260回を限度に利用できる ・1日に複数の訪問看護ステーションを利用できる など・重症障害者医療的ケア支援事業 ・各市町村が独自に行う支援で、医療的ケアを行う看護師を派遣するもの ・月4時間を限度とし、自己負担分は支援に要する費用の1割(原則)・療養通所介護・ショートステイ地域には、上記以外にもさまざまな制度やサービスが整備されています。ご家族(介護者)の状況に応じてレスパイトを利用し、長期にわたる療養を支え続けられるようサポートできるとよいでしょう。 本人・介護者と向き合い解決策を探し続ける 自尊心の維持につながるケア 本人やご家族が表出した感情を受け止め、それに向き合うことが大切です。問題に対して「何かできることはないか」をあきらめずに探し続ける姿勢が求められます。訪問看護師は、本人やご家族の精神的苦痛やスピリチュアルペインを一番身近に感じ、理解し、共感できる存在だと感じています。 Aさんは、その後、長い在宅療養生活を経て症状が進行し、意思疎通が困難になりました。しかし、これまでの経験から、本人の機嫌や好みなどをある程度想像することができました。脈の速度や顔色、呼吸回数などを手がかりに、妻と「今、笑っているね」「機嫌が悪そうですね」とAさんの気持ちを読み取りながらケアを行うことで、妻のメンタルケアにもつながりました。 徐々に妻は、花見に出かけたり、喫茶店で過ごしたり、ケアグッズを工夫したりと、生活の中に楽しみを取り入れる余裕ができました。そんななか、難病看護師から妻に、これまでの介護経験を活かせる資格の取得を提案しました。 こうしたかかわりを続けていくなかで、妻は「主人がリビングで寝ている。この生活がうちの家族の形です」「自分のことはあきらめていましたが、今は介護の仕事が気分転換になっています」と笑顔で話されるようになりました。 介護者の精神面・社会面の支援も必要 進行期における精神的に不安定で過酷な状況をご家族とともに乗り越えてきた経験が、信頼関係の構築につながると考えます。本人の希望に寄り添い、毎日のケアに工夫を取り入れ、「楽しみながら」支援することで、つらいなかでも笑顔のあふれる在宅療養生活が継続できます。 長時間介護する妻が、介護から離れて社会参加できる環境を整えることは、妻自身が人生を歩むための大切な時間をつくり、生きがいにつながっていると考えます。療養者への支援はもちろん重要ですが、療養者を支える介護者の支援も大切です。制度を最大限に利用し、療養者の負担を軽減すると同時に、介護者にも自分自身の時間や場を提供する支援が求められます。 また、悩み試行錯誤しながらの「難病ケア」は訪問看護師やリハビリスタッフの「やりがい」「自信」にもつながっていると感じています。  本事例は、本人の承諾を得た上で掲載しています。個人が特定されないよう、必要な情報を匿名化し、適切に調整を行っています。本内容は教育・研究を目的としており、特定の診療や治療を推奨するものではありません。   執筆:西尾 まり子地域ケアステーション・八千代 訪問看護ステーション 管理者近畿大学病院 難病患者在宅医療支援センター所属日本難病看護学会認定・難病看護師、在宅ケア認定看護師訪問看護師として神経難病療養者の在宅支援に携わりながら、相談・指導を行う。在宅医療現場での特定行為実践にも力を入れている。編集:株式会社照林社 【参考文献】○ 荻野美恵子,小林庸子,早乙女貴子,他編:神経疾患の緩和ケア.南山堂,東京,2019.○ 髙橋一司医学監修,中山優季,原口道子,松田千春編著:神経難病の病態・ケア・支援がトータルにわかる.照林社,東京,2024.

難病看護の特徴とは? 療養支援の伴走者・難病看護師の役割も解説
難病看護の特徴とは? 療養支援の伴走者・難病看護師の役割も解説
特集
2025年6月10日
2025年6月10日

難病看護の特徴とは? 療養支援の伴走者・難病看護師の役割も解説

訪問看護において、難病患者の支援者は療養生活を支える重要な役割を担っています。この記事では、難病看護の特徴や療養支援に求められる考え方を分かりやすく解説するとともに、難病看護の専門家「日本難病看護学会認定・難病看護師」(以下、難病看護師)の役割や支援内容についても詳しく紹介します。 生活障害を軸にみる難病看護 難病は、原因不明で治療法未確立のため、長期に療養が必要となる疾病であり、その希少性からめったに出会うことはありません。ですが、訪問看護の対象としては、それなりの「層」があるといえます。 難病と一口で言っても、令和7(2026)年4月時点で指定難病だけで348疾病に及びます。私たちは、ADL(activities of daily living:日常生活動作)と症状の程度などから、指定難病を3類型に分けて、生活障害を軸にみることを提案しました(図1)1)。 類型1:「ADL要介助、症状が不安定」 療養生活支援のニーズをもつ 類型2:「ADL自立、症状不安定」 病状改善のニーズをもつ 類型3:「ADL自立、症状は安定」 病状維持のニーズをもつ  図1 指定難病の類型化 文献1)より引用 このなかで訪問看護の対象となるのは、類型1である場合が多いようです。訪問看護制度における別表7(※1)や別表8(※2)、さらには介護保険の第2号保険者に指定難病が多く含まれていることもあり、訪問看護の世界では、難病は希少とは言い切れないところがあります。 ※1 別表7 厚生労働大臣が定める疾病等 末期の悪性腫瘍、多発性硬化症、重症筋無力症、スモン、筋萎縮性側索硬化症、脊髄小脳変性症、ハンチントン病、進行性筋ジストロフィー症、パーキンソン病関連疾患、多系統萎縮症、プリオン病、亜急性硬化性全脳炎、ライソゾーム病、副腎白質ジストロフィー、脊髄性筋萎縮症、球脊髄性筋萎縮症、慢性炎症性脱髄性多発神経炎、後天性免疫不全症候群、頸髄損傷、人工呼吸器を使用している状態 下線:指定難病、点線:特定疾患 ※2 別表8 厚生労働大臣が定める状態等 1 在宅麻薬等注射指導管理、在宅腫瘍化学療法注射指導管理又は在宅強心剤持続投与指導管理若しくは在宅気管切開患者指導管理を受けている状態にある者又は気管カニューレ若しくは留置カテーテルを使用している状態にある者2 以下のいずれかを受けている状態にある者在宅自己腹膜灌流指導管理、在宅血液透析指導管理、在宅酸素療法指導管理、在宅中心静脈栄養法指導管理、在宅成分栄養経管栄養法指導管理、在宅自己導尿指導管理、在宅人工呼吸指導管理、在宅持続陽圧呼吸療法指導管理、在宅自己疼痛管理指導管理、在宅肺高血圧症患者指導管理3 人工肛門又は人工膀胱を設置している状態にある者4 真皮を超える褥瘡の状態にある者5 在宅患者訪問点滴注射管理指導料を算定している者 経過に合わせてチームで支援を展開 難病には以下の特徴があります1)。1)症状が多彩で個別性が高いこと2)社会資源を活用して生活を組み立てること 難病患者の支援では、経過を知り、経過をともに歩むことと、難病患者が利用できる社会資源を知り、適切な時機に選択できるようにすることが大切です。もちろん、これは訪問看護だけではなしえません。多職種連携により、チームで伴走しながら展開しています。こうした支援こそが、難病看護の最大の魅力といえ、この記事ではその魅力を紐解いていきたいと思います。 「療養行程」に沿ってケアを紡ぐ 難病看護では経過に応じた支援が重要であり、図2に示す「療養行程」という考え方を大切にしています。以下にこの図をもとに支援のポイントについて説明します。 図2 難病の療養行程 文献2)より引用 難病の療養行程には5つの経過があります。 発症期:症状を自覚し、診断がつく時期 進行期:健康障害・生活障害の軽度から重度、重度から軽度へと変動しながら、症状が進行している時期 移行期:医療処置や療養の場の選択に基づいた支援を行う時期 維持・安定期:必要な治療や適切な支援により、症状コントロールがつき、健康問題・生活障害への対応法が確立している時期 終末期:死を身近にとらえ、グリーフケアを必要とする時期 これらの経過に沿って、タイミングを逃さずケアを紡いでいきます。この療養行程は、看護等支援者側からみたものであり、近年では「患者の旅路(patient journey)」という表現もよく用いられていると思います。 患者の旅路とは 「患者の旅路」という概念は「医療専門職が患者を理解して医療ケアを向上させるために、そして患者が自らのたどる道筋を理解し、病いと共に生きる生活をつくり上げていくために利用」3)されており、患者中心の医療、患者とともにある医療をめざすものです。難病患者への訪問看護を通じ、患者が他者との「出会い」を経験し、「変容」をきたす。「この病気になったからこそ見える世界がある」という言葉に代表されるようなナラティブの書き換えに通じた概念であるといえます。 難病の訪問看護では「出会い」に課題 難病の訪問看護は、「出会い」のタイミングから難しさがあります。訪問看護が難病の「発症期」からかかわることは想定しにくく、進行期や医療処置管理が必要になることがきっかけで、導入、つまり出会うことになるのではないでしょうか。 訪問看護が開始された時点で、患者が意思伝達障害をきたしていれば、人となりを知ることや関係性を築くことにおいて困難があります。また、呼吸障害や嚥下障害をきたしていれば、命を護ることで精一杯な状況もあります。さらに、ADLが自立している場合や目に見えない症状を呈している場合、訪問看護の必要性が認識されないことも生じます。 難病看護の専門家「難病看護師」とその役割 難病看護は、療養行程に沿ってチームで支援していくことといえますが、では、実際にどうしたらよいのか?ということが次なる疑問です。前述したように、訪問看護の世界では、難病は珍しくないかもしれません。しかし、希少疾患・個別性が高いことは否めず、ルーチンでのかかわりが通用しないこともあります。支援者側のバーンアウトも問題になっていますし、希少疾患のため相談先は少なく、全国津々浦々、看護師たちが孤立して悩んでいることも少なくありませんでした。 私たちの先人は、1979年に「在宅看護研究会」を発足し、年に1度、実践を報告し合う活動を続けていました。それが1994年に「日本難病看護学会」となり、2017年に法人格をもつ学術団体として「一般社団法人日本難病看護学会」となりました。 その過程のなかで、難病法の施行を見据え、難病看護の専門家を求めるニーズの高まりがあり、2013年に日本難病看護学会認定・難病看護師制度を発足しました。「難病看護師」は、難病看護に関する幅広い知識と療養生活支援技術を有していると認められた者をいい、以下の役割を果たすこととしました4)。 ● 難病の病態・病期に応じた看護判断に基づき、患者の主体的な療養生活を支援する看護実践ができる● 質の高い療養生活を送ることができるよう、難病患者・家族に対して相談・助言を行うことができる● 難病患者・家族の支援について、看護職員・関係職種の職員に対して連携し、助言・支持ができる● 難病患者・家族の生活の質向上を目指した地域としての取り組みに参画し、社会支援システムの向上・創造に寄与できる文献4)より引用 すなわち、質の高い難病看護実践と、相談・助言などのコンサルト、そして地域の支援体制の中核としてコーディネートができる、リーダーシップを発揮できる人材です。制度発足から10年以上が経過し、2025年3月現在、600人以上の難病看護師を認定してきました。 この資格を持っているからといって、給与が上がるわけでも、診療報酬を加算できるわけでもありません。「難病看護に詳しい人」であることを分かりやすく示すための資格といえるかもしれません。ですが、「退院調整時に難病看護師がいる訪問看護ステーションを紹介した」「地域の関係機関に向けて、難病に関する勉強会を開催した」など、難病看護師が地域支援のハブとなって活躍している様子が報告されるようになり、難病支援についての情報拠点として、目に見える形となったことの意義は大きかったかといえます。 * * * この連載では、そんな難病看護師たちの、日ごろの活動を紹介してもらうことで、難病の抱える7つの難とそこへの取り組みの一端を紹介していきます。正解はない世界のなかで、日々最適解を当事者とともに探している、そんな難病看護師たちの実践を共有してください。 【ALS難病看護事例】長期の経過を支える難しさ 変化に応じたケアの試行錯誤 【PSP難病看護事例】「食べたい」を叶える 支援者の不安に向き合う多職種連携 【MSA難病看護事例】ADL低下に気づけない 病識の乏しさがみられたときの対応 【SCD難病看護事例】難病だけではない 介護職との連携、別疾患発症から看取りまで 【MS難病看護事例】看護ができることが見えにくい 孤立を防ぐかかわりと制度の狭間 【EB難病看護事例】「知られていない」がゆえに届かない看護 制度解釈の課題 【人工呼吸器装着者 難病看護事例】災害時どうする?避難計画策定の実際と課題 監修・執筆:中山 優季東京都医学総合研究所 社会健康医学研究センター 難病ケア看護ユニット、日本難病看護学会認定・難病看護師看護学生時代よりALS在宅人工呼吸療養者の支援にかかわり、ケアや長期経過に関する集学的研究、療養環境向上に関する研究に取り組んでいます。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)中山優季:神経難病看護とは.髙橋一司医学監修,中山優季,原口道子,松田千春編著,神経難病の病態・ケア・支援がトータルにわかる,照林社,東京,2024:ⅹ.2)中山優季:神経難病看護とは.髙橋一司医学監修,中山優季,原口道子,松田千春編著,神経難病の病態・ケア・支援がトータルにわかる,照林社,東京,2024:ⅻ.3)細田満和子:「新しい自分」を見つける「患者の旅路」.Jpn J Rehabil Med 2020:57(10);898-903.4)日本難病看護学会:難病看護師制度.https://nambyokango.jp/nambyokangoshi/2025/3/31閲覧

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