コラム

ALS患者最大の選択肢。気管切開するか? しないか?

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、気管切開をするかしないかの葛藤を経て、ALS患者さんや支える人に伝えたい梶浦さんのメッセージです。

ALS患者が通る大きな決断

ALS患者は、その診断名を告げられてから、つらい選択肢をいくつも乗り越えていかなければなりません。仕事をやめるタイミングや、自分で食べることを諦めて人に食べさせてもらうタイミング、歩くことを諦めて車いすで移動するタイミングなど、さまざまなことを決断しないといけません。

そのなかでも大きな決断は、「胃瘻を作る手術をするか?」「気管切開をして侵襲的人工呼吸療法(TPPV)を行うか?」だと思います。

「胃瘻を作る手術をするか?」に関しては、第7回でも書きましたが、早期に行うことを強くおすすめします。ALSでは栄養療法がとても重要ですし、嚥下が困難になったときの栄養や薬剤の投与経路を確保する点でも、とても大切です。

「気管切開をするか?」に関しては、多くの患者さんがいちばん悩むところでしょう。

気管切開をするか? しないか?

気管切開をするほうがよいのか・しないほうがよいのかについては、簡単に答えが出せる問題ではありません。患者さん自身を取り巻く環境や、人生観によって大きく左右されることになります。

最終的には本人が決めていくことになるのですが、本当は生きたいのに、家族に負担をかけたくないという思いから気管切開を諦める人もいます。体も動かせず、声も出せない状態になることが想像できず、生きていける自信がないという理由から気管切開を決断できないでいる人もいます。また、残念ながら医療者側の無知により、気管切開をする選択肢を奪われてしまう人もいます。

そのような理由から、日本のALS患者で気管切開を行う人はわずか20~30%にとどまります。この数字を見た人の多くは、やはり気管切開をして生きていくことはハードルが高く、過酷な選択であると感じるでしょう。

しかし、本連載の第4回でも書きましたが、欧米では気管切開を行う人は数%~10%強ですので、世界からみたら日本は飛びぬけて気管切開を行う人が多い国ととらえられています。その理由はさまざまだと思いますが、大きな理由として上げられるのは、日本は非常に医療福祉に厚い国であることでしょう。

公助を上手に使いましょう

重度の肢体不自由者などの要件を満たす患者さんであれば、障害者自立支援法の重度訪問介護制度の対象です。重度訪問介護を使えば、介護保険とは別にヘルパーによる訪問介護サービスを受けることができます。一人ひとりの身体状況や同居家族の状況などをふまえて各市町村がサービス時間を決定するのですが、最大で一日24時間365日のサービスを受けている人もいます。(市町村ごとに独自の決定権があるため、市町村によってバラつきがあるのが難点ですが…。患者・家族が粘り強くサービスの必要性を訴えていかないといけません。)

この重度訪問介護による訪問介護サービスと、介護保険による訪問介護サービスはそれぞれ独立した制度ですので、これらをうまく組み合わせれば、多くの時間を家族以外の人に支援してもらえるようになり、家族の負担を軽減できるようになります。

介護の基本は「自助→共助→公助」ですが、ALS患者は自助や共助ではどうしようもできない段階が来ます。なので公助をうまく使い、生きやすい環境を整えてください。

諸外国と比べても、こんなに手厚いサービスを受けられる国などなかなかないので、日本人に生まれてきて本当によかったなぁとつくづく思います。日本という国は気管切開して人工呼吸器をつけて生きていくには、とても恵まれた環境にあると思います。

気管切開をするか、しないか、悩んでいるALS患者さんへ

さまざまな心の葛藤があるかと思います。
しかし、「生きたい」という気持ちがあるのであれば、どうぞそのお気持ちを大切になさってください。
私は大学病院で医師をしていたころ、生きたいと思っていても、生きられなかった患者さんを何人も見てきました。
生きたい気持ちがあり、生きられる選択肢がある自分はまだ幸せなのだなぁと思ったりもします。
気管切開をして、この先どうなっていくのかは私自身もわかりません。つらいこともあると思います。でも私は気管切開を行うことで呼吸苦から解放されて、たくさんの幸せな時間を過ごすことができています。そのことを考えたら、この先どんな状況になっても、気管切開をしたことを後悔はしないだろうなと思っています。

この文章は、気管切開をするかどうか悩んでいたALS患者さんから相談を受けたときに、私が送ったメールの一部です。
その人からは、先の見えない不安や恐怖と闘いながらも、心の底にある「生きたい」という気持ちが伝わってきました。
今は無事に気管切開を終えられています。

これはあくまでも私個人の考えかたです。気管切開をしないという考えかたを否定するものではありません。気管切開をしないという決断も立派な選択肢の一つだと思います。

ただ、この記事が、同じ心の葛藤を抱えたALS患者さんの「生きたい」という気持ちに少しでも寄り添い、心の支えになれたら嬉しいです。


コラム執筆者:医師 梶浦智嗣

記事編集:株式会社メディカ出版

【参考】
〇荻野美恵子.『日本におけるALS終末期』臨床神経.48,2008,973-5.

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