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ブレずに生きるには ~「自分なりの方針」を決めよう~
ブレずに生きるには ~「自分なりの方針」を決めよう~
コラム
2022年12月6日
2022年12月6日

ブレずに生きるには ~「自分なりの方針」を決めよう~

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第9回は、「ブレない」ためにはどうすればよいかを考えてみましょう。 「ブレる」とは? よく「あの人の言っていることはブレブレだなぁ」とか「私はブレずにやっていきたい」などと言います。「ブレない」は、どちらかといえば褒め言葉です。なぜ「どちらかといえば」なのかは後で触れます。 「ぶれる」を辞書で調べると「正常な位置からずれ動く。とくに写真で写す瞬間にカメラが動く」とあります。イメージがわかりやすいですね。もともとは、「写真を写す瞬間にカメラが動く」状態をいいます。そこから、「心がブレる」は、「何かの瞬間に、ふだんの言動と違うことをしてしまう」ことを指します。 「正しい位置からずれ動く」のは、「正しい位置」がわかっていないから、シャッターを切る瞬間にどこに焦点を当てればよいか、どういう構図にすればよいかわからずに動いてしまうということでしょう。 ブレない人は、自分の本来の姿を知っている 写真写りのよい人には自分のキメ顔があります。どの方向からどの角度で、どんな表情をしたときがいちばんよい顔かを知っていて、シャッターを切る瞬間に最高の表情にもっていくのです。つまり「ブレない」というのは、戻るべき場所、立つべき場所、あるべき姿を知っている、ということです。それって自分探しみたいなものです。 まぁ、わざわざ探さなくてもわかりきっていることもあります。たとえば「映画ならエンターテイメントが好きで、ホラーやスプラッターが苦手。小説なら歴史ものが好きで海外ものより日本もの」とか、「音楽なら70年代ロックが好き、でもテクノっぽい80年代サウンドもけっこう好き」とか、自分の好みがありますよね。それがわかっていると、友だちにホラー映画に誘われても「ごめん、私それ苦手なの」とすぐに反応できるのではないでしょうか。 ところが、仕事とか世の中のことや政治のような、あまり自分の立つ場所がまだはっきりしていない話になると、「あれもいいな」「こっちもいいな」といろんな人の姿や意見に振り回されてしまう。若いころや、新しい世界に飛び込んだときだと、特にそうです。 ブレずに生きるには、自分の方針に沿って生きよう 「自分らしくブレずに生きたい」という声をよく聞きます。では「ブレずに生きる」にはどうするか、が今回のテーマです。それは「自分の方針に沿って生きる」ということです。「自分の方針? そんなの考えたこともない」という人もおられるでしょう。そんな人でも、「自分の方針」が実はあるのです。 人にはそれぞれ「自分なりの方針」があります。それが自分のなかで言語化されていて、そこから逸れない人が「ブレない人」です。自分に正直に生きている人といってもよいでしょう。自分のありたい姿や自分の好みがはっきりしていて、それを大事にしている人です。たとえば先の例の「好きな映画」について、その理由をはっきり言える人です。 ぼんやりと思っているだけでなく、言葉にすることが大事です。「映画を見ることで、日常では体験できないようなことを楽しみたいから」「悲しいことやつらいことがあっても映画を見ることで自分の気持ちの整理をしたり、主人公の生き方にヒントを見つけ出したりしたいから」といった言葉にするのです。これが自分の映画に関する「方針」です。見る映画を選ぶときにこの方針を貫けば、映画についてはブレなくなります。もし人からこの方針に合わない映画に誘われたら断ればよいのです。 長所と短所は裏表 人の意見に左右されない。そんなところから「ブレない自分」を鍛えていけます。ランチは自分の食べたいものを食べる。休日の予定は自分の意思を優先する。頼まれごとも気の向かないことは引き受けない……など。 もしかしたらそれは「自分勝手」と言われるかもしれません。それでもいいんだと思ってください。冒頭に、「ブレない」は「どちらかといえば・・・・・・・・褒め言葉」と書きました。ブレないことは場合によっては「自分勝手」「融通が利かない」などと言われてしまうこともあるのです。 長所と短所はつねに裏表です。ブレない人は「信念のある人」「自分軸がある人」であると同時に、「自分勝手」「融通の利かない人」なのです。それを受け入れることができればブレない人になれます。ある意味、開き直れるかどうかです。 開き直れるとブレにくくなります。「だってそれが私だから」「ごめんなさい。それは私以外の人にお願いしてください」と言いやすくなります。そして自分の思いどおりにならなかったときは「まっ、そんなこともあるさ」とあっさりあきらめて、自分のやりたいほうにハンドルを切る。自分の好みに合う人、方針が似ている人を見つけたら「気が合いそうですね」「ご一緒しましょう」と声を掛けていけばよいのです。 「ブレない生きかた」とは、前回までに取り上げた言葉で言えば「自己一致している」ということです。自分の判断基準を持って、それに正直に生きていくということなのです。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会 理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会 所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦 まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版

「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!
「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!
コラム
2022年11月29日
2022年11月29日

「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、嚥下機能が低下しても誤嚥を起こさなくする、誤嚥防止術のお話です。 誤嚥防止術という選択肢 ALS患者さんで、気管切開は受けても、誤嚥防止術まで受ける人はかなり少ないのが現実です。 気管切開をするかどうかギリギリまで悩んで、結果的に呼吸状態が悪化して緊急処置として気管切開をする人もいます。また気管切開をするかどうかで頭がいっぱいで、その先にある誤嚥防止術のことまで考えられない人や、そもそもその選択肢を知らない人もいます。 気管切開をして人工呼吸器をつけて生きていくと決めた人には、誤嚥防止術を受ける選択肢もあることを、ぜひ知っておいてほしいと思います。 気管切開をするとどうなる? 気管切開という手術は、文字どおり気管を切開して、気管と外部(皮膚)を交通する孔を開ける方法です。その孔に外部からカニューレという管を入れて、そこに人工呼吸器をつないで呼吸をサポートしてもらいます。 この方法で安定した呼吸状態が確保されます。カニューレには、空気で膨らむ風船のようなもの(カフ)が付いています。カフを膨らませることで、カニューレを気管内に固定することができ、同時に、喉から気管内に垂れ込んでくる唾液をせき止める働きもします。しかし、垂れ込みを完全に予防することはできず、カフの脇から垂れ込んだ唾液は適宜吸引しないといけません。吸引しきれず肺の奥に落ちてしまった唾液は、誤嚥性肺炎の原因になってしまいます。 唾液の垂れ込みを防ぐ誤嚥防止術 唾液の垂れ込みを完全に防ぐために気道の一部を閉鎖する手術が、「誤嚥防止術」です。喉頭を温存するか・気道をどの部分で閉鎖するか(声門上か、声門部か、声門下か)などによって、いろいろな術式があります。 以上のように、さまざまな術式がありますので、誤嚥防止術を検討される人はぜひ主治医と相談してみてください。 誤嚥防止術のメリットとデメリット 私は将来的に誤嚥防止術を受けると決めており、手術や入院の回数を減らすため、気管切開+声門閉鎖術を同時にしました。 嚥下機能・発声機能が残っている人や、いきなり誤嚥防止術を受けることに抵抗がある人は、呼吸状態を安定させる目的で、まずは気管切開のみで様子をみる。その後嚥下機能が低下して、唾液の垂れ込みが多くなって気管吸引の回数が増えたり、誤嚥性肺炎を起こしたりがあれば、改めて誤嚥防止術を行うという方法もあります。 誤嚥防止術を行うメリット・気管吸引の回数が減るので、本人・介助者ともに負担が軽減される・誤嚥性肺炎を起こすリスクがなくなる・誤嚥をするリスクがなくなるので、多少の嚥下機能が残っていれば、食べかたの工夫(後述)しだいで長期間食事を楽しめる誤嚥防止術を行うデメリット・発声を失う・気管切開のみ受けた人は、もう一度入院して手術を受けなければならない・手術をできる医師と施設が少ない 食べかたの工夫 以下は、私が行なっている方法です。個々の嚥下機能に依存しますので、すべての人ができるわけではありませんので、お試しする際は必ず主治医の同意のもと、言語聴覚士(ST)さんとともに行なってください。 嚥下の工夫 嚥下機能が低下していて気管切開(誤嚥防止術)をしていない場合は、誤嚥を予防するために顎を引くようにして嚥下するのがよいです。頸部を後屈した姿勢で嚥下しようとすると誤嚥しやすくなるので、注意が必要です。 誤嚥防止術を受けている場合は誤嚥をする心配がないので、逆に、頸部を後屈したほうが飲み込みやすいです。頸部を後屈した姿勢で、食べ物を飲み込むタイミングで介助者に顎を上げてもらい、嚥下反射を促してもらいながら、重力を利用して食事を喉の奥に落とすイメージで嚥下します。表現が悪いかもしれないですが、鵜飼いの鵜のイメージです。私はベッドの角度を40度まで上げて、枕を薄くして首を後屈した状態で食事をとるようにしています。 食形態の工夫 残存する嚥下機能にもよりますが、一般的には、食事の形態もできるかぎりペースト状やトロミ食のほうが、嚥下はしやすくなります。粒状のものは、喉の奥に引っかかる感じがして嚥下しにくく、私の場合は喉の奥を綿棒でつつかれた感じがして、嘔吐反射を起こします。 私は、固形物を食べたいときは、ガーゼに包んで奥歯で咀嚼し、食事の味だけを楽しんでいます。味を搾り出した後はガーゼごと取り出します。この方法はかなりおすすめで、果物など汁気の多い食べ物はもちろん、焼肉やお刺身から、ラーメンなどの麺類まで、幅広く楽しむことができます。 ちなみに私は、焼肉をガーゼに包んで奥歯で咀嚼して味を絞り出した後に、味付けした生卵とお粥を食べて、「すき焼き風」にして楽しむことが多いです。 液体の飲みかたの工夫 飲み物などの液体は、嚥下機能が弱くても重力を利用して比較的簡単に摂取することができます。ただ、コツがいります。ふつうのコップで飲もうとすると口の脇からこぼれてしまいます。 上述した食事のときの体勢をとり、介助者に顎を上げてもらい後屈した姿勢を保ちながら、舌の真ん中~やや奥に飲み物を入れるとこぼさずにうまく飲めます。 私は30mLのカテーテルチップ型シリンジに飲み物を入れて、口に差し込んで飲んでいます。この方法ですと、ちょうどシリンジの先端が舌の真ん中あたりにきます。目盛が付いているため一回に入れる量も調整しやすく、おすすめです。 味覚変化をふまえた介助の工夫 誤嚥防止術をしてもしなくても、気管切開をして人工呼吸器を装着すれば、鼻腔に空気は通らなくなるため、匂いはほとんどわからなくなります。 また私の場合は味覚も変化しました。甘味・塩味は変わりませんでしたが、苦味・酸味・辛味などは強く感じるようになりました。特に苦味はかなり強く、大好きだったコーヒーやビールは飲めなくなりました(人によると思いますが)。 ちなみに、甘味・塩味は舌先で感じるので、介助者には舌の手前~真ん中に食べ物をのせるように食事介助してもらうと、より味を感じやすくなると思います。 以上、私が思いつくかぎりのメリット・デメリットを書いてみました。誤嚥防止術を行うかどうかの参考にしていただけたら幸いです。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇荻野美恵子ほか編.『神経疾患の緩和ケア』東京,南山堂,2019,364p.

メンバーが指示どおりに動かない
メンバーが指示どおりに動かない
コラム
2022年11月22日
2022年11月22日

メンバーが指示どおりに動かない

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第8回は、メンバーの動きが自分の期待に合わない状況の、どこに問題があるのかを考えてみましょう。 「ただ指示に従う」組織を目指しますか? 前回、「相手の良いところを探して、ノートの見開きいっぱいに箇条書きで書けるまでは相手に注意や指導はしない」と書きました。この話を若い管理職(Cさん)にしたところ「話としてはわかるし理想だと思いますが、実際にそんなことをしていたら時間がかかりすぎます。その間は気になることを注意しないなんて、上司として示しもつきません!」とのこと。確かにそれも一理あります。 そこで私はCさんに聞きました。「それではCさんは、時間をかけずにメンバーが自分の言うことを聞いてくれればよいと思っているのですか」。すると「もちろんです。時間はかからないほうがいいです。こっちだって忙しいし、組織なのですから上から言われたことは素直に聞いてほしいです」とCさん。 そこで私はさらに聞きました。「それならCさんは、上司の指示には何も言わず、そのまますぐに動き出しますか」と。するとCさんはうーんと腕を組みました。 命令を出して人を動かすことはできますし、スピードも速いでしょう。それが組織ですし、もちろんそれが必要なときもあります。でもそれがあなたの目指す組織でしょうか? 私は、個人を尊重した働きかたを推進して組織を活性化していくお手伝いをしています。人に言われてやるのではなく、自分で考えてアイデアを出して、チームみんなで目標達成していけるようなチームづくりを大事にしています。その視点でいえば、命令で人が動くマネジメントは、できるだけ避けるべきだと私は思っています。もしメンバーの動きと自分の思いにズレがあるのなら、そのズレを両者が認識することから始めるのがよいと考えます。 ズレがどこにあるのか そうCさんに話し、さらに詳しく状況を聞くと、そのメンバーは「忙しいときに頼んでもいない作業を勝手にやって、それを注意したらすねてしまった」ということでした。さて、どこに問題があるのでしょうか。    「メンバーの良いところを探す」という目でみると「頼まれてもいない作業を勝手にやった」は、自発的な行動であり、良いことです。そこを無視してまず注意した。これは否定から入ってしまっています。 チームとしては、そのメンバーのしたことは「そんなことは後でいいのに」という内容だったのでしょう。注意したくなるのもよくわかります。でも相手はそこをまだ理解できていなかったか、やるべきことがわかっていなかったのでしょう。だからその点を理解してもらえればよいのです。 「『それをやってくれたのは良いことだし、いいアイデアだと思います。ところで今、チームとしての優先順位は何だとあなたは思っていますか?』と聞いてみるところから始めてみては」と私はCさんに伝えました。 理解してもらいたければ、まず相手を理解する 「そんなこと言わなくてもわかっているでしょう」とCさんは言いましたが、「わかっていないからCさんとの意識のズレが生じたように見えます」「どちらかが悪いわけでもなく、ただ優先順位が共有できていなかっただけのように思えますよ」と話しました。するとCさんは「なるほど……。私はメンバーの良いところを探すつもりが、悪いところを探して、注意するのが先になっていました。褒めるほうが先なのにね」と言ってくれました。 「言うことを聞かせよう」と思うと、かえってその思いが相手に伝わって、思うようにいかないことがあります。自分のことを理解してもらおうと思えば、まず相手のことを先に理解すること。自分の思いを伝えたいあまりに相手の思いに気づかないことはよくあります。 管理者に大切な「自己一致」 前回の繰り返しになりますが、カール・ロジャーズの▷無条件の肯定的配慮 ▷共感的理解 ▷自己一致 ── の三つの視点で自分を振り返ってみましょう。 どれも大切なのですが、私は、管理者がメンバーマネジメントする上では「自己一致」がいちばん大切で、難しいように思います。 自己一致とは、自分にウソをつかず、矛盾しないということです。「ありのままに」いられることです。メンバーに合わせるために無理に相手に迎合したり、逆に虚勢をはって相手を威嚇したりしないことです。自分に正直でないとストレスがたまります。「自分さえ少し我慢すれば」などとは思わないことです。 マネジャーともなるとメンバーも複数いることでしょう。一人で我慢していると、ほかのメンバーの我慢も蓄積します。我慢が突然耐え切れなくなることもあります。気分に左右されず安定した判断をするためには、意識的に、つねに自分に正直でありつづけることです。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会 理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会 所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦 まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇諸富祥彦.『カール・ロジャーズ入門:自分が“自分”になるということ』東京,コスモス・ライブラリー,1997,362p.

メンバーを褒めるときやってはいけないこと
メンバーを褒めるときやってはいけないこと
コラム
2022年11月8日
2022年11月8日

メンバーを褒めるときやってはいけないこと

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第7回は、管理者として、メンバーを褒めるときに注意したいことをお伝えします。 うわべだけの「褒める」は失敗する 「褒めて育てる」とは、よくいわれる言葉です。私も基本的に「褒めて育てる」は大賛成です。でも「褒めて育てる」をテクニックとして使っていると、失敗することがあります。 「メンバーの話を聞いても、何が言いたいのかよくわからない」なんてことありませんか。いったい何が言いたのだろう? つじつまが合っていないのではないか? どこまでわかって話をしているのだろう? ……なんて具合に。 私は、マネジャーになりたてのころ、そんな思いを抱きながらメンバーの話を聞くことがよくありました。最後には「結局、何が言いたいの?」とイライラをこらえきれず言ってしまう始末。見かねた上司がアドバイスをくれました。 「話を聞くときは『相手の言っていることはすべて正しい』と思って聞いてみなさい。理解できないのは自分の聞く力が足りないと思いなさい」。 つまり、相手を理解しようと思えば、まずは全部丸ごと受け入れようとする。「ある部分だけは受け入れて、ある部分は受け入れない」と評価するように聞くのではなく、すべてを受け入れることで、相手の言っていること全体が理解できるのだ、と。 部下の良いところをノート見開きいっぱいに書く もう一つ、新任マネジャー時代の話です。私は年上の部下(Aさん)を持つことになり、その対応に苦慮していました。そのときにまた上司からアドバイスをもらいました。「部下だからといって頭ごなしにものを言わないように。まずはAさんの良いとこを見つけてノートの見開きいっぱいに箇条書きで書く。それができるまでAさんには注意したいことがあっても言わないようにしてみては」と。 私はそのとおりに、Aさんの良いところを見つけてメモしました。そして気になることがあっても注意することはしませんでした。 Aさんにとって私は年下の上司ですから、何か注意されて面白いはずがありません。最初、Aさんからは「何も言うなよ」オーラが満ち溢れていました。ノートの見開きいっぱいにメモが埋まるころ、私は、本人がいないところでほかのメンバーにAさんの良いところを伝えて「Aさんに教えてもらうといいよ」と言うようになりました。すると、しばらくしてAさんから私に話しかけてくるようになりました。 ここでのポイントは「相手の良いところをノートいっぱい見つけるまで注意しなかった」ことです。少し時間はかかりますが、良い関係をつくるには「急がば回れ」です。 「受け入れるふり」は通用しない マネジャー経験を積んだ後でも失敗談があります。どこの部署でも周囲との関係をうまくつくれなかったメンバー(Bさん)が、私の部署に配属されました。理屈っぽくてプライドが高く、自分にも他人にも厳しい人でした。 私はゆっくりBさんを観察して良いところを探しました。よく話を聞くと、Bさんの言っていることは筋が通っています。それと同時に、融通が利かず多少自己中心的なところがあり、他人の立場を軽んじるところがありました。 そこで面談時に私はBさんの良いところをフィードバックしました。Bさんはそれを受け入れ納得してくれました。でも正直なところ、私はBさんに気持ちよく話を聞いてもらうために、少し『盛り気味』にしました。そしてBさんがいい気持ちになっているところに「でもね、一つだけ気を付けてほしいのはBさんのこういう欠点は直してほしい」と付け加えたのです。 するとBさんの態度は一転硬直し、関係の構築は見事に失敗して、一からやりなおしになりました。いや、一からどころかゼロからです。私のやっていたことは「相手を受け入れるふり」で、じつは相手を受け入れていなかったのです。それがBさんにもばれてしまったのです。テクニックで相手を丸めこもうとしていたのが伝わったのです。 傾聴の三原則 「カウンセリングの神様」ともいわれるカール・ロジャーズは、傾聴の三原則に▷無条件の肯定的配慮 ▷共感的理解 ▷自己一致 ── を上げています。「相手の良いところを見つける」というのは、この三原則と重なります。テクニックではなく、本気で良いところを見つける過程で、相手を尊重し、理解することができるようになる。つまり、相手ではなく自分を変えることで、相手を理解できる。それが「自己一致」でもあります。話を盛っている時点で自己一致していないのです。 褒めることに集中する 人を褒めるときにやってはいけないこと。それは、相手を褒める同じタイミングで、相手を責めたり否定したりしないことです。褒めるときは褒めることだけに集中するほうが、相手にとっても心に響くものになります。注意すべきことと褒めるべきことが同時にあった場合も、よほどのことがないかぎり先に褒めるほうが良い結果につながります。そして注意をすることがあれば改めて場を変えて行うのがよいでしょう。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会 理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会 所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦 まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇諸富祥彦.『カール・ロジャーズ入門:自分が“自分”になるということ』東京,コスモス・ライブラリー,1997,362p.

コラム
2022年10月25日
2022年10月25日

ALS患者最大の選択肢。気管切開するか? しないか?

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、気管切開をするかしないかの葛藤を経て、ALS患者さんや支える人に伝えたい梶浦さんのメッセージです。 ALS患者が通る大きな決断 ALS患者は、その診断名を告げられてから、つらい選択肢をいくつも乗り越えていかなければなりません。仕事をやめるタイミングや、自分で食べることを諦めて人に食べさせてもらうタイミング、歩くことを諦めて車いすで移動するタイミングなど、さまざまなことを決断しないといけません。 そのなかでも大きな決断は、「胃瘻を作る手術をするか?」「気管切開をして侵襲的人工呼吸療法(TPPV)を行うか?」だと思います。 「胃瘻を作る手術をするか?」に関しては、第7回でも書きましたが、早期に行うことを強くおすすめします。ALSでは栄養療法がとても重要ですし、嚥下が困難になったときの栄養や薬剤の投与経路を確保する点でも、とても大切です。 「気管切開をするか?」に関しては、多くの患者さんがいちばん悩むところでしょう。 気管切開をするか? しないか? 気管切開をするほうがよいのか・しないほうがよいのかについては、簡単に答えが出せる問題ではありません。患者さん自身を取り巻く環境や、人生観によって大きく左右されることになります。 最終的には本人が決めていくことになるのですが、本当は生きたいのに、家族に負担をかけたくないという思いから気管切開を諦める人もいます。体も動かせず、声も出せない状態になることが想像できず、生きていける自信がないという理由から気管切開を決断できないでいる人もいます。また、残念ながら医療者側の無知により、気管切開をする選択肢を奪われてしまう人もいます。 そのような理由から、日本のALS患者で気管切開を行う人はわずか20~30%にとどまります。この数字を見た人の多くは、やはり気管切開をして生きていくことはハードルが高く、過酷な選択であると感じるでしょう。 しかし、本連載の第4回でも書きましたが、欧米では気管切開を行う人は数%~10%強ですので、世界からみたら日本は飛びぬけて気管切開を行う人が多い国ととらえられています。その理由はさまざまだと思いますが、大きな理由として上げられるのは、日本は非常に医療福祉に厚い国であることでしょう。 公助を上手に使いましょう 重度の肢体不自由者などの要件を満たす患者さんであれば、障害者自立支援法の重度訪問介護制度の対象です。重度訪問介護を使えば、介護保険とは別にヘルパーによる訪問介護サービスを受けることができます。一人ひとりの身体状況や同居家族の状況などをふまえて各市町村がサービス時間を決定するのですが、最大で一日24時間365日のサービスを受けている人もいます。(市町村ごとに独自の決定権があるため、市町村によってバラつきがあるのが難点ですが…。患者・家族が粘り強くサービスの必要性を訴えていかないといけません。) この重度訪問介護による訪問介護サービスと、介護保険による訪問介護サービスはそれぞれ独立した制度ですので、これらをうまく組み合わせれば、多くの時間を家族以外の人に支援してもらえるようになり、家族の負担を軽減できるようになります。 介護の基本は「自助→共助→公助」ですが、ALS患者は自助や共助ではどうしようもできない段階が来ます。なので公助をうまく使い、生きやすい環境を整えてください。 諸外国と比べても、こんなに手厚いサービスを受けられる国などなかなかないので、日本人に生まれてきて本当によかったなぁとつくづく思います。日本という国は気管切開して人工呼吸器をつけて生きていくには、とても恵まれた環境にあると思います。 気管切開をするか、しないか、悩んでいるALS患者さんへ さまざまな心の葛藤があるかと思います。しかし、「生きたい」という気持ちがあるのであれば、どうぞそのお気持ちを大切になさってください。私は大学病院で医師をしていたころ、生きたいと思っていても、生きられなかった患者さんを何人も見てきました。生きたい気持ちがあり、生きられる選択肢がある自分はまだ幸せなのだなぁと思ったりもします。気管切開をして、この先どうなっていくのかは私自身もわかりません。つらいこともあると思います。でも私は気管切開を行うことで呼吸苦から解放されて、たくさんの幸せな時間を過ごすことができています。そのことを考えたら、この先どんな状況になっても、気管切開をしたことを後悔はしないだろうなと思っています。 この文章は、気管切開をするかどうか悩んでいたALS患者さんから相談を受けたときに、私が送ったメールの一部です。その人からは、先の見えない不安や恐怖と闘いながらも、心の底にある「生きたい」という気持ちが伝わってきました。今は無事に気管切開を終えられています。 これはあくまでも私個人の考えかたです。気管切開をしないという考えかたを否定するものではありません。気管切開をしないという決断も立派な選択肢の一つだと思います。 ただ、この記事が、同じ心の葛藤を抱えたALS患者さんの「生きたい」という気持ちに少しでも寄り添い、心の支えになれたら嬉しいです。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇荻野美恵子.『日本におけるALS終末期』臨床神経.48,2008,973-5.

コラム
2022年10月25日
2022年10月25日

「セルフイメージ」を置き換える

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第6回は、自己効力感を高める要因となる、代理体験のお話です。 自己効力感を高める代理体験 前回、自己効力感をつくりだす五つの要因のうち、四つを説明しました。自己効力感を高める最後の一つは「代理体験」です。これは「モデリング」とも呼ばれます。 自分の目標とする人やあこがれの人を見て、その人の活躍や成果を自分に重ね合わせることです。自分の目標とする人・あこがれる人が努力を重ねて成果を上げる姿を見て、自分も「やればできる」と思える。これが代理体験です。 活躍を自分に投影させる 今、日本の野球少年のヒーローは、ロサンゼルス・エンゼルスで活躍している大谷翔平選手でしょう。ピッチャーとしてもバッターとしても彼の活躍に野球選手としての夢が大きく広がります。いえ野球少年だけではありません。老若男女が彼の姿を追っています。 何しろ、大リーグという世界の舞台に立ち、しかも「二刀流」という、大リーグ選手でもやったことのないことをニコニコ笑顔でやってみせる。 活躍する舞台は違えども、進学や就職で新しい世界に飛び込んだ若者、異動や昇進、転職、独立など仕事でさまざまな課題や困難と向き合う人たちにとって、大谷選手がどれだけのプレッシャーと向かい合っているのかは想像に難くありません。そのなかで彼がどんな言動をして、どんな成果を上げていくのか。そこに自分を投影させている人も多いのではないでしょうか。 モデルに重ね合わせて考える もちろん順調なときばかりではありません。打てないとき、勝てないときもあります。 そのとき彼はどうするのか? そしてどう乗り越えるのか? 自分ならどうするのか? 重ね合わせながら考えます。このときに「視座」が変わるのです。今までの自分とは違う立場や視点からモノを見ることができるかもしれません。「そうなんだ! こうすればいいんだ!」という勇気やアイデアが自分のなかに生まれます。 「学ぶ」は「まねぶ(真似ぶ)」から転じた言葉だという説があります。大谷選手の活躍を見た子どもたちのなかには、今後「二刀流」を目指す人も増えるでしょう。これまで、高校野球までは「エースで4番」はいても、大学、社会人、プロ野球では「ピッチャーかバッターか」を選ぶのが普通でした。でも大谷選手の活躍は新しい常識が生まれるきっかけになりました。 真似ることでセルフイメージが変わる 好きなモデルさんのファッションコーディネートを真似したり、同じブランドのバッグやアクセサリー、服を選んだり、髪型を似せたりする人も多いですね。それをすることによって、何となく自信がついたり、「私にもこんな見せかたができるかも」と思えたりします。 着ている服や髪型、持っているバッグで何が変わると思いますか? 頭の中のセルフイメージが変わるのです。 前回の話のように、人は、頭に描いたイメージになるように体が動きます。だから、ファッションが変わると、それを身に着けている自分のイメージが変わり、それに合わせて歩き方や立ち居振る舞いも変わります。話す内容も変わっていくかもしれません。 「なりたい自分」が具体的であればあるほど、その自分に近づきやすくなります。そうなるように自分が変わっていくのです。これが「セルフイメージの置き換え」です。 うまくいかないときや苦しいときがあっても、「こんなときあの人だったらどうするだろう。どんな言葉を発するだろう、どんな行動をとるだろう」と考えることで、自分の振舞にもヒントが見つかります。これが自己効力感をアップすることにつながります。 モデルとした人の逆境 しかし、この代理経験、モデリングには一つ注意しなければならないことがあります。自分がモデルとした人が努力したにもかかわらず失敗をしたときに、一緒に自己効力感を失ってしまうことがあるのです。 モデルとした人が歴史上の人物なら、その成功も失敗もすでにわかっていますが、現在活躍中の人だと、未来がどうなるかは誰にもわかりません。成功ばかりの人生はありえません。人生には必ず、順風、無風のときも、逆風のときもあります。だから逆風のときも、モデルとした人がそこからどう対処していくのかを見守りながら、今度はその人を応援していくことが自分の自己効力感を高めることにつながります。 セルフイメージをふまえたコミュニケーション コミュニケーションの視点でいえば、メンバーのセルフイメージの置き換えを支援するようなかかわりができるのが望ましいです。つまり、その人が「どうなりたいのか」に、本人が具体的に気づくようなサポートです。日ごろから「どんな人になりたいか」を聞いておくのもよいでしょう。それがまだぼんやりとしているうちは、セルフイメージができていないということです。 「具体的に」とは、言葉にできるようにすることです。対話をしながら「それはたとえばどんなふうに?」「もう少し聞かせて」と声掛けをすることで、本人によって「なりたい自分」の輪郭をはっきりさせていくことができます。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇Albert Bandura.本明寛ほか翻訳.『激動社会の中の自己効力』東京,金子書房,1997,368p.

コラム
2022年10月11日
2022年10月11日

「自己効力感」は育てられる

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第5回は、自己効力感を育てる方法をお話しします。 頭のイメージに合わせて体は動く 前回、「自己効力感」とは「自分には何かを成し遂げる能力がある」と信じられる力であることを紹介しました。 この力があると、未来に向けて挑戦する、行動する、学習する、成長する、といったことが、成功しやすくなります。これをチームのみんなが持っているならば、きっと雰囲気が良く、お互いに良い影響を与えあうことは想像に難くありません。 人間は、頭でイメージしたことが実現するように体が動きます。失敗をイメージすれば失敗するように、成功をイメージすれば成功するように、体が動き、言葉が出てきます。 ですから、まず日常でできることは、できるだけネガティブなことを考えないことです。こう書くと「出たよ、またポジティブ信仰か」と思う人がいるかもしれませんが、それもすでにネガティブな発想かもしれません(笑)。 ネガティブなことが思い浮かんだら、頭の中でポジティブなことに置き換える習慣をつけるのです。どうしたらよいのかって? ポジティブに変換する 漫才のぺこぱさんっていますよね。彼らの漫才にもそのヒントがあります。 「もうだめだ!」⇒「もうだめだと思ったところがスタートだ!」「大変だ!」⇒「大したことじゃない、まだできることがあるはずだ」「もうヘトヘトだよ」⇒「よくがんばった。今夜はぐっすり眠れるだろう」 ……みたいな変換を彼らはしていますよね。無理やり感もありますが、逆にギアを入れる感じが面白いです。このギアチェンジにフッとした笑いが入るのも、実は気分転換になっていいのです。 私にはいつでも上機嫌の友人がいます。彼はたとえば仕事で理不尽な場面にあって「なめてんのかー!」と思ったら、すかさず「なめられたろかー!」って変換をするそうです。「しばいたろか!」と思ったときは「しばかれたろうか!」って変換する。子どもがイタズラしたときは「怒るよ!」じゃなくて「踊るよ!」って言うそうです。意味がわからないですよね。でも笑えてきます。 これって自分の「怒り」の感情を「笑い」に変換しているのです。「怒り」はネガティブですが「笑い」はポジティブです。自分の感情をコントロールすることって大事です。 自己効力感をつくる要因 自己効力感を唱えたアルバート・バンデューラは、自己効力感をつくりだす要因として、①成功体験 ②代理体験 ③言語的説得 ④生理的情緒的高揚 ⑤想像的体験 ── の5つを挙げています。 成功体験 何といっても「成功体験」が、いちばん自己効力感を育てます。大切なのは、その「成功の質」です。たやすい成功体験を重ねても、失敗するとすぐ落胆してしまいます。忍耐強い努力を重ね、打ち克った体験を持つと、逆境にも負けない自己効力感が育ちます。この積み重ねが大切なのです。 この粘り強さには、ぺこぱさんのような切り替えの発想が大事。「この失敗が次の成功のもとになるだろう」と切り替えて粘り強く成功体験につなげることです。 言語的説得 もしあなたのメンバーが努力や成長の姿を見せたときは、そこにきちんと着目して「あなたは〇〇を乗り越えましたね」「〇〇できたのはあなたの実力ですよ」「あのときあきらめずに〇〇しつづけたことが成功につながりましたね」と、言葉にして伝えてあげてください。これが、③の「言語的説得」になります。人に言われて初めて自分の能力に気がつくことがあるからです。 生理的情緒的高揚 そういう上司がいるチームで「私には上司の△△さんがいるからきっと大丈夫!」と思いはじめたら、しめたものです。メンバー自身が「だんだんいい方向になってきた。あともう少し頑張ろう」と思えたら自己効力感が芽生えはじめています。こういうドキドキワクワクの高揚感が、④の「生理的情緒的高揚」です。 自己効力感のある上司はこうしてメンバーを見守り、声を掛けながら、自己効力感も育てていくのです。そのときに大切なのは、言葉や表情やジェスチャーを使ったコミュニケーションです。 想像的体験 ポジティブな表情・言葉・ジェスチャーは、成功をイメージさせます。そのイメージができると、心と体が成功するように動き出します。うつむかず胸を張って前を向きます。するとますます成功に近づきます。 だから、自己効力感の強いチームはムードが明るいです。メンバーは自分の成功や成長を実感しながら、ほかのメンバーの成功や成長にも関心を持ち、見守ったり励ましたりすることができるような、相互作用も生まれていきます。 そして、自分やメンバーたちの成功がイメージできるようになる。「このチームで自分も頑張ればきっとうまくいく」と思えるようになれば、それが⑤の「想像的体験」です。 残る②「代理体験」については次回お話しします。 松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇Albert Bandura.本明寛ほか翻訳.『激動社会の中の自己効力』東京,金子書房,1997,368p.

コラム
2022年9月27日
2022年9月27日

在宅医療はおもしろい! 〜全員主役の理想的なチーム医療〜

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は在宅医療を支える、ドーナツ型のチーム医療のお話です。 医療現場のチームの形 一言で「医療現場」といっても、さまざまな医療現場があります。高度な医療を必要とする患者さんを診る大病院、地域の医療を支える中~小規模の病院、長期療養型の病院や、在宅医療など、それぞれで、求められる医療形態は異なります。 従来型の医療現場は、医師を頂点にした「ピラミッド型」によく例えられます。これは、医師が治療方針を決めて、看護師をはじめとした医療スタッフに指示を出して治療を進めていくものです。シンプルで、比較的少ない医療スタッフで多くの患者さんを診ることができ、効率的な方法です。一方で、他職種の意見や、何よりも患者本人からの細かい声が医療現場に届きにくいデメリットがあります。 最近では、疾患にもよりますが、患者さんの治療とともに、その後のリハビリテーションや社会復帰を共通のゴールとして、医師を中心に看護師や理学療法士・作業療法士・言語聴覚士などのリハビリスタッフ、薬剤師、社会福祉士など、多職種が協力・連携する「チーム医療」が主流になっています。 そんなチーム医療のなかでも、理想的な形が在宅医療だと私は思います。 在宅医療現場でも、もちろん医師が治療方針を決めるのですが、生活の基盤をつくるのはヘルパーさん・看護師さん・リハスタッフさんたちです。皆それぞれ自分にしかできない役割を果たしながら、強い横のつながりでチーム一丸となって私を支えてくれています。 私の家の場合 ~ドーナツ型の医療体制 医師は毎週往診に来て、薬剤の調整や、気管カニューレ・胃瘻カテーテル交換などの必要な医療処置を行い、一週間の経過や今後の注意点などを総括して、各訪問看護ステーションや訪問介護事業所に連絡してくれます。 看護師さんはそれをもとに、毎日の体調管理や人工呼吸器の管理などの医療的なケアから、筋肉や関節の拘縮予防のマッサージや入浴介助など、日々の生活に必要なさまざまなケアをしてくれます。 理学療法士さんはLICトレーナー(肺を膨らませた状態を維持して、肺や胸郭の柔軟性を保つ道具。後々紹介します。 ALS患者に必要な情報「実用編」 ~のど~ 参照)を用いた呼吸理学療法や、拘縮予防のストレッチ全般を行なってくれます。また、私の所に来てくれている理学療法士さんは作業療法士さんの役割も兼任してくれており、タブレットを操作するスイッチの調整など日常生活に必須な機械類の整備をしてくれます。 言語聴覚士さんは、私に合った食事方法を食材ごとに考え、食事介助をし、それらをまとめてレシピノートを作成して、ヘルパーさんに伝達してくれます。この連載第3回( 在宅療養開始 ~スーパー理学療法士(PT)現る!~ 参照)で最後の食事の話を書きましたが、その後気管切開+声門閉鎖手術を受け誤嚥のリスクがなくなり、再び食べることができるようになりました。ただ、舌はほとんど動かせず、飲み込む力もかなり弱いため、食事形態や食べ方には工夫が必要です(後々紹介します。「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!参照)。 薬剤師さんは、医師の処方箋をもとに薬剤を自宅まで届けてくれ、「お薬カレンダー」に朝・昼・夕・就寝前の薬剤をセットして日々の薬の管理をしてくれます。 そしてヘルパーさんは、口腔内・気管内の吸引や、カフアシスト(強制的に咳を出す機械。後々紹介します。ALS患者に必要な情報「実用編」 ~のど~ 参照)を使った排痰ケアや、食事介助や口腔ケア、入浴介助、細かい体位変換や、天井走行リフトを使ってトイレや車いすに移乗したりと、日常生活のほとんどすべてをサポートしてくれます。また2人介助で毎週外出もしています。 皆さんとても思いやりのある細やかなケアをしてくれます。 このように、それぞれの職種の人たちがお互いに情報を共有しながら、多面的に私を支えてくれています。これはまさに、患者を中心とした「ドーナツ型」の医療体制であり、理想的なチーム医療の型だと思います。 わが家のクリスマス会 コロナの第5波が落ち着いて、東京都の感染者数が二桁になった2021年12月上旬に、感染対策もしっかり行ないながら、わが家でクリスマス会を開催しました。 主治医はもちろん、看護師・理学療法士・言語聴覚士・ヘルパーさんなど多職種の人たちが集まってくれました。私も言語聴覚士さんに介助してもらいながら、皆さんが持ち寄ってくれたおいしいお酒や食事を味わいながら談笑したり、その横で、22歳の若いヘルパーさんと主治医が将来の在宅医療や介護士不足の問題について熱く語り合っていたりと、とても楽しくて居心地の良い時間でした。 ただの食事会ですが、そこには何の上下関係もなく、皆が横の絆でつながっている、理想的なチーム医療の縮図を見たような気がしました。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版

コラム
2022年9月27日
2022年9月27日

管理者に必要な「自己効力感」とは

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第4回は、「自分ならうまくできる」と思える、自己効力感のお話です。 うまくできる!と思える力 チーム運営をするときに、誰もが「明るく前向きなチームにしたい」と思います。しかし、実際にやってみると「うちのメンバーはネガティブな人が多くて、前向きなコミュニケーションがとりにくい」と思うことがあるかもしれません。そんなときはコミュニケーションの方法だけではなく、メンバーの「自己効力感」にも目を向けてみましょう。 自己効力感とは「自分がどんな状況に置かれても適切な行動がうまくできる予測、および確信」のことをいいます。社会的学習理論アプローチとして、カナダの心理学者アルバート・バンデューラが唱えたものです。 自己効力感が高い人 どんな逆境においても最後の最後まであきらめず勝利を狙うスポーツの世界では、ときどきそんな姿を見ることができます。 ピンチに強い人、チャンスに強い人、どちらも自己効力感の高い人です。自分は絶対にこのピンチを乗り越えられる、このチャンスをモノにできる! そんな人が率いるチームは、最後まであきらめなくなります。だから奇跡の大逆転が起こったりするのです。 自己効力感が低い人 一方、自己効力感が低い人はどうなるか。ものごとにうまく対処できる自信がないため失敗をイメージしてしまい、そのとおりになってしまう。 チャンスが来ても「どうせうまくいくはずがない」と勝手に失敗をイメージする。ピンチがくると「ほら、やっぱりここでやられてしまう」と、これまた失敗や負けをイメージしてしまう。 自己効力感は持って生まれたもの? みなさんはいかがでしょうか。どちらの面もあるのではないでしょうか。 先天的に自己効力感を高く持っている人もいます。根拠のない自信のある人もいます。こういう人がいちばん強い。何があっても「たぶん大丈夫」って人。本人もよくわからないけど「うまくいく感じがする」って人。 これは、ある種のメタ認知能力かもしれません。たとえば運動能力の高い人は、初めてチャレンジする種目でもそこそこ良い結果を出したりします。そんな人が、仕事でもいきなり結果を出したりします。それこそ天性ですね。 しかし、そうではない人もいます。でも安心してください。自己効力感は育てられるのです。 自己効力感を育てるには 自己効力感を高められない理由は大きく二つです。 一つは「自分の過去」です。いつまでも過去の失敗を忘れられない。また失敗するのではないかと恐れる。人間の体は不思議なもので、頭でイメージすると体もそのとおりに動くようにできているのだそうです。 子どものころ自転車に乗りはじめたときに、「コケる」と思ったら本当にコケたことはありませんか。スキーであっちのほうに行ってはいけないと思ったら、なぜかそっちへ行ってしまった経験はありませんか。それです。 もう一つは「他人との比較」。どうしても他人と比べてしまう自分がいます。自分がうまくいっているときでも「きっと他人はもっとうまくいくだろう」とか「私なんてあの人に比べたら」と勝手に考えて自滅してしまうなんてことがありませんか。 そんなときに思い出してほしい、心理学者エリック・バーンが言った有名な言葉があります。 「過去と他人は変えられない。変えられるのは未来と自分だけ」 きっとどこかで聞いたことがあるのではないでしょうか。 ではどうやって未来と自分を変えていけばよいのか。先ほど「人はイメージをすると体もそれに反応して動く」と言いました。それをプラスに活用するのです。成功をイメージすれば、体も成功するように動いていきます。 「それができれば苦労はない!」と思うかもしれません。次回は、その方法をもう少し深掘りしていきます。 松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇Albert Bandura.本明寛ほか翻訳.『激動社会の中の自己効力』東京,金子書房,1997,368p.〇安部朋子.『ギスギスした人間関係をまーるくする心理学:エリック・バーンのTA』大阪,西日本出版社,2008,228p.

コラム
2022年9月13日
2022年9月13日

管理者に求められる「対話力」とは

この連載は、訪問看護ステーションで活躍するみなさまに役立つコミュニケーションのテーマを中心にお届けします。第3回は、チーム運営に必要な対話力のお話です。 前回のおさらい 前回は「父性原理」と「母性原理」を生かしたマネジメントとコミュニケーションの話をしました。「父性原理」は「良い子だけがわが子」、母性原理は「わが子はすべて良い子」という対立した原理でしたね。みんなが心地良く働く職場には母性原理が働く風土が良いですが、ぬるま湯になる可能性もあり変化に対応できないかもしれません。現状を打破して建設的に打って出るには、父性原理を生かして外界と戦いに出るような風土が必要です。若手の育成には母性原理、組織の発展には父性原理が生かされるといわれます。 管理者には「対話力」が求められる 人にはそれぞれ得意なマネジメントがあります。新人や若手を育てるのが得意な人は、組織のボトムを支えていく人です。いっぽうで、最前線のリーダーに高い目標を与えるのが得意な人は、組織をぐいぐい引っ張っていく人です。あなたはどちらが得意でしょうか。 しかし、マネジメントの経験を積んでいくと、組織がどちらも必要とするタイミングが必ず来ます。そのときは自分が果たす役割に対して、もう一方の役割を果たしてくれる仲間(経営パートナーだったり、メンバーであったり)とバランスをとりながらチーム運営をしていく必要があります。そのために必要なのが「対話」です。したがって管理者には「対話力」が求められます。 対話とよく混同されるのが「会話」や「情報交換」です。対話が必要というと「はい、バッチリやってます!」と言う人がいるんですが、じつはなされているのは「会話」や「情報交換」だったりします。 対話のスキルが組織の未来を変える 「会話」は、それぞれの価値観は発信しても、そこからは立ち入りません。ランチタイムの「私は〇〇が好き」「へー、そうなんだ」のような感じです。これを重ねても行動の変化は生まれません。また、「情報交換」はその名のとおり情報を交換するだけで、価値観はフラットです。 これに対して「対話」は、あるテーマについてお互いの意見や考えかたを交換することです。これは必ずしも「合意する」「納得する」に至ることを指しません。意見は違ってもいいのです。「違うことを理解すること」が大事なのです。理解したうえで「聞き流す」こともアリです。対話で大切なのは相手と向き合うこと、相手の人格を尊重することです。 組織のなかにこのような対話の風土をつくれるかどうかは、管理者(マネジャー)のスキルしだいです。これはリーダーシップでもマネジメントスキルでもなく、「ファシリテーションスキル」です。組織のトップが対話の重要性を理解して、そのスキルを持っているかどうかで、その組織の成長、人材育成、そして組織の未来が変わるといっても過言ではありません。 対話力をつけるには時間がかかります。トップがいつも「右向け、右!」と号令を掛けていたほうが組織の意思決定が早いといえば早いです。しかし、それでは組織内での対話力は育たないし、その組織の未来はないでしょう。 対話力をつけるために気をつけることは ①自分の経験則だけが正しいと思わないこと。②人の考えかたはいろいろあると知ること。③相手を否定しないこと。「Aという意見の代わりにB」ではなく「Aという意見に加えてBも考えることはできないか」と考えてみること。否定をしてしまうと意見が出なくなります。④自分の意見も変える勇気をもつこと。いったん出した意見を変えたり取り下げたりすることは、ときに勇気がいります。 ときどき観客席から好き勝手なことを言って高みの見物ばかりをする人もいますが、対話をするには、自分が相手の土俵に降りて向き合う覚悟が必要です。 執筆松井貴彦・まついたかひこ ライフキャリアコンサルタントNPO法人いきいきライフ協会理事、一般社団法人看護職キャリア開発協会所属。1962年生まれ。同志社大学文学部心理学専攻卒(現心理学部)卒。出版社にて求人広告制作(コピーライター、ディレクター)、就職情報誌編集者、編集マネジャー。その後、医療・看護系出版社、関連会社の代表取締役など歴任。国家資格キャリアコンサルタント、GCDF-Japanキャリアカウンセラー(米国CCE, Inc.認定のキャリアカウンセラー資格)。自分史アドバイザー。YouTubeは「松井貴彦まっチャンネル」で検索。 記事編集:株式会社メディカ出版

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