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コラム
2022年2月8日
2022年2月8日

看護師の皆さん!ALSに対するイメージで勝手に壁を作っていませんか?

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。難病患者とあまりかかわったことのない看護師さんに特にお伝えしたい、ALS患者の願いです。 ALSに対するイメージで、壁を作っていませんか? 看護師の皆さんはALS患者に対してどんなイメージを持っているでしょうか。 ALS患者とあまり接したことがない看護師さんの多くは、「コミュニケーションのとれないやっかいな患者」「何を考えているのかわからない」「どう接すればよいのかわからない」そんなイメージを持っているのではないでしょうか。 入院は「どaway」 私は2021年2月に気管切開と声門閉鎖手術を行いました。コロナの影響でヘルパーさんの付き添いが認められず、一人きりの入院でした。 ふだんは、私の性格や行動パターンを理解して、会話もスムーズにできる家族やヘルパーさんや看護師さんたちに囲まれて、楽しく快適に暮らしています。まさに「home」です。しかし、一人きりの入院となると、私のことをまったく知らない人たちに囲まれての生活です。まさに「どaway」。 主治医を信頼していたので手術に対する不安は全然ありませんでしたが、一人きりになることが、不安で不安でしかたありませんでした。 皆さんも、自分に置き換えて想像してみてください。体が動かせず、通訳もいない状態で、言葉の通じない病院に一人きりで入院する感じです。想像しただけも恐ろしい……。 文字盤も説明書も手作りボードも使われず…… なので、いろいろ対策をしていきました。もちろん初対面で文字盤を使い、コミュニケーションをとることは難しいとよくわかっていたので、文字盤の使いかたを書いた説明書と、いろいろな種類の文字盤を持参しました。それでも使えないときのために、あらかじめ、「頭を置き直して」「足を曲げて」「iPadをセットして」「痛い」「苦しい」など、伝えたくなるであろうことを書いたボードも持参しました。 実際に持参したボード ですが、それすらほとんど使ってもらえませんでした。声も出せず、目以外ほとんど動かせない自分と、積極的にコミュニケーションをとってくれようとした看護篩さんは、ほとんどいませんでした。ある程度想像していたものの、ここまでとは思いませんでした。 誰か一人でもコミュニケーションをとろうとしてくれたら 入院中にこんなことがありました。 手術後ICUにいたとき、体勢を整えた際に枕が高すぎて首が前屈し、気切部のカニューレが圧迫されていました。このときから、部屋にいた看護師さんに苦しい合図を出していましたが、目を合わせてもらえず、合図は届きません。看護師さんが離れ、何とか足元のナースコールを押そうとしてもがいていたら、体がずり下がり、首の前屈が強くなりました。徐々に気切部のカニューレが閉塞し、呼吸ができなくなっていきました。 SpO2が下がりアラームが鳴って、看護師さんたちが集まって来たときには、すでにSpO2は80%台。私は必死で「首」「首」と心で叫びながら目で合図を送り続けていましたが、誰にも届きません。 SpO2が70%台まで下がり、苦しすぎて気を失いかけたとき、ようやく首が前屈しておりカニューレが閉塞していることに気がついてくれて、首の位置を直してもらい、なんとか立ち直りました。 誰か一人でも私とコミュニケーションをとろうとしてくれていれば、こんなことにならなかったのに……。 下手でもいいんです なぜコミュニケーションをとろうとしてくれないのだろうか? 看護をしたい気持ちがないからだろうか? 違います。看護師の皆さんからは、看護をしたい気持ちは伝わってきます。 ただ、「話し掛けてもコミュニケーションをとれるのだろうか」「話し掛けてもコミュニケーションがとれないなら、なるべくかかわらないほうがよいのでは」 そんなふうに考え、未知のものに触れる不安で、一歩を踏み出す勇気が出ないのだと思います。 私のような難病患者は、はじめから上手にコミュニケーションをとれるなんて、思っていません。たどたどしくてもいい、下手でもいい、ただ勇気を出して話し掛けてくれさえすれば、こちらはコミュニケーションをとれる方法を準備して、待っています。 なので、ALSなどの難病患者とあまりかかわったことのない看護師の皆さんには、この記事を読んで、一歩前に踏み出す勇気を持ってもらえたら嬉しいです。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版

コラム
2021年12月28日
2021年12月28日

訪問看護師 兼 ヘルパー 最強説!

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。訪問看護師と一言でいっても、その働きかたはいろいろあるのです。 皆さんはなぜ、訪問看護を選びましたか? 前回までALSにfocusを当てていましたが、今回は訪問看護師にfocusを当ててお話をしたいと思います。 このコラムを読んでくれている訪問看護師の皆さんは、なぜ訪問看護師の道を選んだのでしょうか。 多くの方は、病棟勤務を経て訪問看護の道に進むと思いますが、 病棟勤務に疲れたから? 家庭ができて夜勤が難しくなったから? 確かに病棟勤務の看護師さんは、日勤と夜勤をこなさいといけないので、体力的にもとても大変です。また、人間関係など看護業務以外の問題で病棟を離れる方もいるでしょう。 患者さんの退院後まで考える余裕がなかった 余談ですが、私は大学病院で働いていたころ、皮膚科病棟の病棟チーフをしていた時期があります。病棟に入院している20~30人の患者さん全員の主治医をしていました。 毎日何人もの患者さんが退院し、入院します。そのたびに病歴を把握して治療方針を決めて、何とか良くして退院させることだけを毎日考えていました。月6~8回の当直と、毎日オンコールで24時間何かあったら病院から呼ばれる生活が続きました。充実していましたが、かなり疲れており、正直、退院した後の患者さんの生活まで考える余裕がありませんでした。 ただ、自分が病気になってみて初めて気がつきましたが、私のように、入院期間は病気のほんの一瞬であり、在宅加療がメインである患者さんも多くいます。そういう患者さんの生活を長期的に支えてくれる訪問看護師さんは本当に、大切で、ありがたい存在です。 『病人を診よ』を実現できる訪問看護 大学病院や、急性期患者さんを診る市中病院では、目まぐるしく患者さんが入れ替わります。医師も看護師も「病気」を良くすることを入院期間のエンドポイントと考え、なかなか一人の患者さんとゆっくりと向き合うのが難しいことがあります。 「病気を診るのではなく、病人を診よ」。ナイチンゲールの看護理念に基づく言葉ですが、私は、これが医療の本質だと思います。 今思うと、大学病院で働いていたころの私は、病気を診ることに精いっぱいで、この言葉を実現できていなかったと思います。しかし、これを実現できることが、まさに訪問医療・訪問看護の醍醐味ではないでしょうか。 たとえば私のようなALS患者にしても、症状は皆違うし、病気との向き合いかたや、どのように生きたいかも皆違います。ひとりひとりの患者さんとしっかりと向き合って、患者さんの意思を尊重し、寄り添いながらじっくり看護したいと考え、訪問看護師の道を選んだ人もいるでしょう。 訪問看護師になってみて、皆さんの現実はどうでしょうか? じっくり看護ができて充実していると思えている人もいるだろうし、実際は限られた時間であれもやって、これもやってと、忙しく過ごして、急いで次の訪問先に向かって、じっくり看護ができていないと思っている人も少なからずいるのではないでしょうか。 そこで、「訪問看護師兼ヘルパー最強!」説。 訪問看護師兼ヘルパーさんとのwin-winな関係 今、私のところに、訪問看護師兼ヘルパーさんとして働いてくれている人がいます。その人は、看護師として来てくれて、看護時間が終わったら、そのまま重度訪問介護の枠を使ってヘルパーさんとして入ってくれます。 私にとっては結果的に看護師さんに長時間入ってもらえることになるので、非常に心強い。熱が出たり、急に体調を崩したりしても、その場でバイタルチェックをして、必要であれば主治医にすぐに連絡してくれます。通常のヘルパーさんであれば、まず訪問看護師さんに連絡して、看護師さんの判断を待ってから主治医に連絡する流れになるので、その一手間を省けるのはとても大きいのです。 そして何よりも、長時間一緒にいるので、お互いの信頼関係が作りやすい! その看護師さんも、一か所で長時間働けるので、移動や時間に追われるストレスがなく、ゆっくり看護・介護ができ、働きやすいと言ってくれています。まさにWin-Winな関係。 このように、看護と介護を組み合わせたハイブリッドな事業所もあり、一言で「訪問看護師」といってもいろいろな働きかたがあるなぁと感じたので、取り上げてみました。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版

コラム
2021年12月28日
2021年12月28日

訪問看護の社長業~創業経営者 水谷氏から学んだこと 方針の徹底について~

この連載も第13回が締めの内容になります。水谷和美著『訪問看護の社長業』(※1)をお読みになった方においては、当連載を併せて読んでいただくと、より腑に落ちる内容だったと思います。実践実務に至るまでの理念・哲学・思想を少しでも皆様へお伝えできればと思い、水谷氏の許可を得て、経営の方針の肝となる部分を紹介致しました。 最終となる今回は、いかに方針を社内に浸透させ、徹底するかについてお伝えします。 方針の徹底について お客様満足向上のため、理念浸透のため、水谷氏は「上長こそが自らを律して取り組む姿勢が大事」と強く説きます。 1.スタッフ入社時には、社長が2時間以上方針の説明を直接行って、価値観を共有します。※会社規模が小さくても大きくなっても、入社時の説明は徹底して実践していました。 2.創業時より、経営方針書をもって経営哲学・思想・事業計画・運営方針を共有したいと強く念じております。経営方針書は、社長自らが渾身の想いで現在の安定と将来の成長を導く手順を描いております。経験則に基づいたこの内容を実践すれば、業界最優良企業を継続できる自信があります。全員で周知徹底して誠実に遵守してください。 3.毎朝9時からの朝礼で、全員で声を合わせ、日替わりで1ページずつ朗読してください。 4.経営方針を確実に実行し、決めたこと、決められたことは必ず守ってください。コーポレートガバナンス(企業統治)の基本であり、コンプライアンスを順守するためです。 5.  経営方針の違反者は人前で必ず叱る。少しの違反でも毅然と注意してください。 6.  不平・不満は限界がなく、自分で努力しないで、他人に寄りかかる醜い姿です。 7.  管理職・管理者は、この方針を率先して、部下に遵守させることが仕事です。 経営哲学・思想・事業計画・運営方針(の基本~応用)・短期~中長期事業計画まで、年度ごとに更新・説明された経営方針書を水谷氏は何より大事にしておりました。組織の形態は日に日に変化しますが、ここ書かれたことだけはぶれずにやりきるという社長の執念とも言うべき強い想いが、社員に浸透してこその経営方針です。「失敗しても、やり続けて成功すれば失敗ではない」というのが水谷氏の口癖ですが、どうぞこれから起業される方も、今悩んでいる方も、参考にしていただければと思います。 短い間ですが、連載コラムをお読みいただきありがとうございました。それでは、またどこかでお会いしましょう!!! ** 一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長  上原良夫 【略歴】2012年ソフィアメディ(株)入社。訪問看護事業の営業開発課長・教育研修事業部長・介護事業統括部長・医療連携推進室長を経て、(株)CUCの支援医療法人の訪問診療事務長、在宅事業企画担当。2020年7月より一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長に就任。訪問看護事業の教育研修企画・ 各種 コンサルティング、業務委託においてアームエイブル(株)ゼネラルマネージャー兼務 【参考】※1 水谷和美著(2020)『訪問看護の社長業』,日本医療企画.

コラム
2021年12月7日
2021年12月7日

訪問看護の社長業~創業経営者 水谷氏から学んだこと 評価についての方針~

第12回は「評価(人事評価制度)についての方針」を紹介します。人が人を評価・査定して給与の昇給額を決定するわけですが、公平・適正・透明性が重要です。評価の項目や基準が明らかで、成果が適切に昇給や昇進に結び付くことが分かれば、社員は納得して目標や業務の達成に励みます。結果として、社員の会社へのエンゲージメント(貢献度)が高まり、また会社の成長・業績へも貢献してくれます。評価制度は社員と会社の成長を促す重要な役目も担っているのです。 好き嫌い判断を最小限にする 1.管理職、専門職、総合職、事務職別の評価シートに基づき、①会社・事業所成績、および個人成果(売上貢献度)による定量評価 ②上司による定性評価③自己による定性評価上記3つの加重平均値を出して、評価ランキングを基準に評価します。 2. 成績、成果等定量による評価が50%、上司からの定性評価が35%、自己評価が15%の割合で評価ランキングを付けます。正社員も非常勤社員も同様に評価します。 3.評価ランキングは、S・A・B・C・Dの5段階に分類します。Sランクが当然一番昇給します。Dランクは相当危惧が大きく、継続困難も視野に入れて対応します。 S=95点以上A=85~94点B=65~84点C=50~64点D=49点以下5%10%70%10%5% 4.クレーム・遅刻などの勤務不良・ご批判・トラブルが多くあるスタッフは、当然低評価になります。 5.昇給原資は、雇用契約内容、事業所の売上・利益計画の達成とも連動します。とはいえ、基本的には、社員各自の労働生産性が向上したかどうか(計画の達成率)を評価することが肝要です。 6.正社員、非常勤社員、時給制社員とも、報酬基準表(等級号俸表)に基づく管理とします。 7.職種別評価判断基準の概要①管理職/管理者   :会社・事業所の経営計画に対しての実績が評価基準            (達成=80点)②専門職       :計画訪問数達成=80点が基準③一般総合職・事務職等:担当事業の計画達成=80点が基準 もともと多くの企業では一般的に年齢や勤続年数に比例して給料や地位がアップする年功序列制度を採用していました。ただし現状は日本型の雇用システムは衰退の一途をたどっています。医療・介護業界の人事評価においても、年功序列型から、仕事の結果や業績、貢献度などで評価する「成果主義」、プロセスも評価する「能力主義」へと変わってきています。水谷氏はソフィアメディ創業当初から一貫して、賞与や細かな手当ばかりで額面を増やす給与体系ではなく、年俸制の給与体系を主軸として採用していましたが、「成果主義」「能力主義」の先駆けだったのではないでしょうか。今後の業界動向(介護保険報酬など)を鑑みても、この評価・給与体系はますます主流になってくるものと思いますので、まずは前述の方針を基本として参考にすることをおススメします。 さて「水谷氏から学んだこと」もいよいよまとめです。絵にかいた餅にならないよう、どのように方針を浸透させていくかが、実はたいへん重要です。次回は「方針の徹底について」お話しします。 ** 一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長  上原良夫 【略歴】2012年ソフィアメディ(株)入社。訪問看護事業の営業開発課長・教育研修事業部長・介護事業統括部長・医療連携推進室長を経て、(株)CUCの支援医療法人の訪問診療事務長、在宅事業企画担当。2020年7月より一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長に就任。訪問看護事業の教育研修企画・ 各種 コンサルティング、業務委託においてアームエイブル(株)ゼネラルマネージャー兼務

コラム
2021年11月30日
2021年11月30日

ALSの平均寿命が2〜5年なんて嘘だ!

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。ALSについてインターネット上の情報が示すのは絶望的な情報。でも、アップデートされた正しい情報が示すのは、「ALSはともに生きていく病気だ!」 検索上位は絶望を誘う情報ばかり ALSと診断された患者や家族は、診断を受けたら、インターネットを使ってALSのことを調べるでしょう。 「ALS」と入力したら、検索の上位に出てくるのは「症状」や「寿命」などのワード。 ALSとはどんな病気か、まだほとんど知らない状態で入ってくるのが、平均寿命が2年〜5年という衝撃的な情報です。多くの人が、そこで、「自分はあと数年しか生きられないのか」と理解し、絶望するのです。 恥ずかしながら、医師である私も、そう理解しました。 発症当時34歳だった私は何の持病もなく、健康そのものでした。それなのに、40歳まで生きられないのか……。そう思い、愕然としました。愕然としすぎて、どこか他人事のようで現実感がなかったくらいですが、ただ漠然とした恐怖と不安に押しつぶされていました。 多くのALS患者さんも、同じような感情を抱くのだと思います。 『呼吸筋麻痺は終末期』は本当か インターネット上の多くの情報は、呼吸筋麻痺を「ALSの終末期」ととらえています。 確かに、ALS患者さんの多くは、気管切開による侵襲的人工呼吸療法(TPPV)をして生きていく道を選びません。実際、TPPVの導入割合は、日本で約 20〜30%と推計されています。 (余談ですが、欧米では数%から10%強そこそこなので、これでも日本は世界からみたら飛びぬけて TPPV が多い国ととらえられています。1)) なぜこんなにも、TPPVで生きていく人が少ないのでしょうか? それは多くの人が、ほとんど体が動かせず、治療法もないこの病気に希望が見いだせないからでしょう。 在宅環境のめまぐるしい進歩を味方に 確かに治療法はまだありません。しかしTPPVで在宅療養していく生活環境は、目まぐるしく進歩しています。特にtechnologyの進歩はすごい! 医学の進歩をはるかに凌駕しています。 ここ数年で、体の一部分が動かせさえすれば、iPhoneやiPadを操作できるようになりました。私も、最初のころは手の指で、手が難しくなってきて次は足の指で、その次は歯で、操作しています。私は今でも、これで、医師として仕事もするし、メールやLINEもするし、さまざまな動画コンテンツだって見ることができるし、本や漫画も読めるし、ゲームだってできる。ちなみに私はドラクエをしています(笑)。 たぶんこれからも、technologyはどんどん進歩していくし、それに伴ってALSの在宅療養環境もどんどん改善していくでしょう。 これだけでも、大きな希望です! 『呼吸筋麻痺は維持期』という考えかた だから私は、「呼吸筋麻痺はALSの終末期」ではなく、「呼吸筋麻痺はALSの維持期」と考えます! 実際、「胃瘻造設をして栄養管理を行いながらTPPVをしているALS患者の生存期間中央値は20年」というデータも都立神経病院から出ています2)。ALSの好発年齢が50〜70歳であることを考えると、十分に天寿も全うできる数字です。 これからは「ALSは死ぬ病気ではなく、ともに生きていく病気」になっていくでしょう。 ALSは20年だって生きられる病気だ 私もALS患者です、「ともに生きていく」ことが大変なのはよくわかります。私の考えを押しつけるつもりもまったくありません。TPPVを選ばないことも、立派な選択肢の一つだと思います。 ただ同じALS患者として、医師として、ALS患者さんには、正しい、アップデートされた情報をもって、TPPVをするかTPPVをしないかを選択してほしいと切に思います。私の記事がその一端を担えれば幸いです。 もう一度言います。 「ALSの平均寿命が2〜5年なんて嘘だ!」 「気管切開して、TPPVをした場合、ALSは20年だって生きられる可能性のある病気だ!」 ** コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)荻野美恵子.『日本におけるALS終末期』臨床神経.48,2008,973-5.2)木村英紀.『長期TPPV下における問題点とその対策について』難病と在宅ケア.27(2),2021,60-3.

コラム
2021年11月24日
2021年11月24日

COVID-19×訪問看護の最前線から~後編~

COVID-19が世界にとって未知の病気だった2000年初頭。社会全体が恐怖におびえ大きくうねり始めるなかで、いち早く訪問看護師という立場からCOVID-19と対峙し、現在もケアを続けている岩本大希さん。パンデミックのなかで岩本さんが行ったことや、第5波で看たCOVID-19感染者看護の実例、そして第6波に向けての心構えについて寄稿いただきました。後編では、COVID-19感染者看護の実例を中心にお届けします。 ≪ 前編はこちらからご覧いただけます COVID-19感染拡大の最中、命を守れないのではないかと感じることが増えていく 本文医療機関のひっ迫は一向に改善の様子がない。「入院待機者」という人々が在宅領域にもあふれ出し、2021年の8月にはピークを迎えた。1日10件全てコロナの入院待機者への訪問の日があるほどだった。 ・[感染case3]認知症の親御さんと暮らしている50代の方50代で認知症の親御さんと暮らしている方が動けなくなっていた。酸素、点滴を自宅で開始。なんとか酸素飽和度は上がる、でも呼吸回数は落ち着かず、苦しいだろうことが見てとれた。にもかかわらず、「母をなんとか助けてください。母をお願いします」自分より親御さんのことをとにかく心配されていた。ほぼ同時に親御さんも発熱し陽性となり、自宅にいることしかできない状況であった。誰がお世話するのか? 誰もいない。訪問看護師である自分ができることをやるしかない。親御さんは「私はいいから子どもを助けてくださいお願いします」と僕の手を握りしめる。お互いに想い合っていることがわかる。「はい、ちゃんと看ますので安心してください」と握り返す。親御さんも呼吸が悪くなり酸素を始めた。治療も大事だが、それよりも毎日の食べるものが用意できないので、併せて二人の食事を買い出す。重症化リスクも高いため毎日観察しに訪問し、食べやすいようおにぎりやアイス、うどんなどを買って行った。親御さんは顔もわからないような格好をした僕に驚かないどころか、手を合わせて「神様だわ」と言ってくれた。本当の神様だったらもっと色んな人を助けられるだろうが、僕はご飯を買って観察して励まして見守るだけしかできず、入院できるときを毎日待った。 ・[感染case4]家族と暮らす壮健そうな40代の方着いたときには酸素飽和度は80%代で、すぐに酸素開始するが7リットルでも酸素飽和度の上がりが悪い。オキシマイザーを使うとなんとか96%に。一度帰宅し、次の朝イチでまた訪問すると顔色の印象が悪い。呼吸数も多くマズイと冷や汗が出る。でも入院できないのだ。帰り際、小学校低学年くらいのお子さんが心配そうに犬を抱えて僕を見ていた。翌日以降のため、酸素濃縮器7リットル機をもう1台入れて2台連結し14リットルまで増やすため搬入予定とした。そうしているうちに入院が決まった。危機一髪で命を守れてよかったと安堵したことを覚えている。 ・[感染case5]全員がCOVID-19陽性の外国人家族の方40代の方。酸素飽和度が下がり、酸素が玄関先に届けられたと連絡をもらい導入のため向かう。しかし到着したら民間救急車がきていた。「入院が決まりました」とのこと。良かった。「パパどこいくのー??」窓から子ども3人が顔を覗かせていた。搬送される本人に付きそうパートナーを見ると明らかに顔色が悪かった。家族はみんな陽性と聞いていた。パートナーに「体調悪い?」と聞くと、「呼吸は平気だが吐いていて3日食べられていない」と言う。脱水症状だろう。すぐに依頼元から保健所に確認を頼んだが、パートナーは外国の方で日本語はあまり得意ではなさそうだ、聞き取りに工夫がいるため、きっと保健所の電話に的確に答えられておらず、見逃されたのかもしれなかった。この方も入院できるとよい。しかし両親ともに入院になれば、3人の子どもたちはどうするのだろう? どうすればよいかは保健所に任せるしかなく、次の現場に向かった。 ・[感染case6]犬と暮らす50代男性の方50代の男性でお一人暮らし。犬を飼っている。すでに酸素がなければ酸素飽和度は80%台と重症ラインにあった。点滴やステロイドを使って看護していると、保健所から入院の打診が入る。しかしこの男性は、飼い犬の世話があるため入院をお断りしていた。翌日改めて訪問すると、明らかに悪化している。保健所から僕は「どうにか犬の面倒を見られる人を確保してくれ」と言われた。ペットホテルを探したり、友人に頼んだりしたが、犬の面倒を見る人は見つからなかった。このままでは一晩持つかどうか、苦肉の策で「僕が面倒を見るから入院しませんか?」と提案し、無事入院の運びとなった。その日から一人ぼっちの濃厚接触犬へ、毎日トイレとエサ、水の交換のため訪問した。これでよかったのかわからなかったが、人懐こい犬は僕の来訪を毎日喜んでくれた。その様子を見るとやるべきことをやったかな、と思った。 第6波をいつでも迎えられるよう、連携と準備が必要だ 第5波のなかで、僕はこれら数十人と関わった。全員、ワクチンを打てていなかった人たちだった。予約をして待っていたり、1回目が終わっていたりする人たちばかりだった。日本のワクチン接種スピードの加速は諸外国に比べても脅異的で歴史に残るほどだと思う。しかし残念なことに、デルタ株の驚異的な速さに追いつかれてしまった。これから第6波がくることが予想されている。その日をいつでも迎えられるよう、多くの地域と連帯しながら準備を行い、沢山の人たちが予防行動を取れることを祈っている。 ** 岩本大希WyL株式会社 代表取締役 / ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長 / 看護師・保健師・在宅看護専門看護師ドラマ『ナースマン』に影響を受け、「最も患者さんに近い存在」として医療に関わりたいと思い、看護師になることを決意。2016年4月にWyL株式会社を創立し、直営で2店舗、関連会社でフランチャイズ4店舗を運営。(2020年12月現在)「全ての人に“家に帰る”選択肢を」を理念に掲げ、小児、精神、神経難病、困難な社会的な背景があるなど、在宅療養のなかでも受け皿の少ない利用者を中心に訪問看護事業を展開している。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

コラム
2021年11月16日
2021年11月16日

COVID-19×訪問看護の最前線から~前編~

COVID-19が世界にとって未知の病気だった2000年初頭。社会全体が恐怖感におびえ大きくうねり始めるなかで、いち早く訪問看護師という立場からCOVID-19と対峙し、現在もケアを続けている岩本大希さん。パンデミックのなかで岩本さんが行ったことや、第5波で看たCOVID-19感染者看護の実例、そして第6波に向けての心構えについて寄稿いただきました。前編と後編に分けてお届けします。 COVID-19という未知の感染症拡大を前に、僕たちの毎日は変わろうとしていた 2020年初頭から国内で流行が始まったCOVID-19。2021年8月に第5波と呼ばれるパンデミックまで僕たちは経験した。僕自身のCOVID-19への対応の始まりは2020年の3月ごろだったと思う。今では当たり前になってしまったが、「緊急事態宣言」という言葉がなにを意味するのかも当時十分にはわからず、「緊急事態宣言ってなんだ? 外国のように都市封鎖がされるのか? 訪問はそもそもいけるのか?」とうろたえていたことを覚えている。でも在宅ケア領域ではまだ直接的になにかCOVID-19の対処することもなく、これから自分たちがどうなるのか、どうすればよいのか、対策をとる必要があるのかも不明な状況だった。そこで、自分にできることを探そうと思った。 緊急時、訪問看護の立場からできることはなにか?の模索が始まった まずは緊急事態宣言下で訪問看護活動はそもそも可能なのか?ということを中央行政に確認する必要があった。なぜなら、訪問看護ステーションにおける現場の対処の指針となるものや、運営に関するガイドラインとなり得る情報がどこにもなかったからだ。通常は学会や職能団体から発信されるものであるが、全国において未知の状況ばかりでまとめようがなかったためそれも当然であった。 そこで僕が始めたのは、正式なものが発信されるまでのつなぎとして、自ら信頼できる同業者たちを集め、有志で現場のためのガイドを作成し、FacebookやTwitterなどで発信していくことだった。僕と同じようにうろたえている人のためになにかできればと思った。 2020年8月、ホテル療養を行うCOVID-19感染者へのサポートをいち早く開始 その直後くらいからだろうか。急激に感染者数が増え始め、訪問看護の現場でもCOVID-19の濃厚接触者となったがん末期の方のお看取りの対応をしたり、沖縄県にあるウィル訪問看護ステーション豊見城では看護協会や保健所と協働して全国でも早い段階でホテル療養者へのサポートを開始したりした。 2021年に入り流行はさらに大きくなっていく。関西において極めて厳しい医療ひっ迫が起き、それに対処した北須磨訪問看護リハビリセンターの藤田愛さんをはじめとした訪問看護師や医師らとともに勉強会などを開きながら、その経験や知恵を取り込み、またWEBメディアや雑誌などで発信することを進めていった。 関西の第4波から少しだけ間をおいて、関東でも第5波が始まると、デルタ株の猛威は強く、医療機関のひっ迫まであっという間であった。入院できずに「入院待機者」という人々が在宅領域にもあふれ出し、保健所をはじめとした行政や医師会や看護協会などの職能団体もその急激な変化に追いつけず、皆が必死にどうにかしようとしていた。 2021年8月、COVID-19第5波はピークを迎え状況は様変わりしていく そのなかの一つに僕たちの訪問看護ステーションもあった。2021年の8月にはピークを迎え、1日10件全てコロナの入院待機者への訪問の日があるほどだった。20代、30代、40代、50代の中等症がほぼ全てを占め、明らかにそれまでの流行とは様相が異なっていた。いくつかケースを振り返る。 ・[感染case1]ご両親と同居している20代の方職場で感染し、毎日嘔吐してしまい数日脱水で苦しんでいた。呼吸も苦しく酸素投与も始めた。点滴で補正しなければ命の危険があるため連日でお伺いする。ご両親の不安もいかほどか、涙されながらの親御さんのお話を伺う。何もできないと思いつめなくても、そばで見守っているだけできっと本人は安心ですよ、と伝え続けた。 ・[感染case2]30代、妊娠初期の方僕と同い年くらいの方へ訪問すると、妊婦さんだった。それに気づいて必要以上に緊張を覚えた。呼吸はまだ平気そうであったが、つわりも重なり食べられず脱水になっていた。ここでも点滴を行う。フェイスシールドと手袋の向こう側で脱水の妊婦さんの血管を探すのは困難で、冷や汗をかきながら集中が必要だった。お母さんはお腹の赤ちゃんのことがとにかく不安であろう、しかし赤ちゃんにコロナがどういう影響を及ぼすのか、僕にはわからず、安心してもらえる言葉を探したいがうまく見つけられなかった。パートナーの方も動揺が強い。点滴して、療養についてできる限りのことを伝える。「来てくれるだけで安心しました…」。ほんとはすぐ入院できればいい、でもそれができない状況だったので、とにかくこれ以上悪化しないことを祈るだけ祈った。 後編では、「認知症の親御さんと暮らしている50代の方」のケースや、「全員がCOVID-19陽性の外国人家族の方」のケース、第6波に向けての準備についてお伝えします。 ** 岩本大希WyL株式会社 代表取締役 / ウィル訪問看護ステーション江戸川 所長 / 看護師・保健師・在宅看護専門看護師ドラマ『ナースマン』に影響を受け、「最も患者さんに近い存在」として医療に関わりたいと思い、看護師になることを決意。2016年4月にWyL株式会社を創立し、直営で2店舗、関連会社でフランチャイズ4店舗を運営。(2020年12月現在)「全ての人に“家に帰る”選択肢を」を理念に掲げ、小児、精神、神経難病、困難な社会的な背景があるなど、在宅療養のなかでも受け皿の少ない利用者を中心に訪問看護事業を展開している。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

コラム
2021年10月26日
2021年10月26日

在宅療養開始 ~スーパー理学療法士(PT)現る!~

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。ALSは、できなくなる前に先回りができる病気。しかしそれにも限界を感じていたある日、出会ったのは……?! 遠隔診療を開始してから 2019年3月に退職した後は、在宅での生活を開始しました。仕事も、それまでのように直接患者さんを診るのではなく、iPadに送られてくる画像や情報をもとに診療する、遠隔診療に変えました。直接診察できない寂しさはありましたが、医師が不足している地域の人たちや、病院にかかれない人たちの助けになるため、やりがいを感じていました。 その後も徐々に全身の筋力が落ちていき、できることが少なくなっていきました。しかし、この病気のいいところは、「次にできなくなることの予測ができる!」。予測ができるということは、先回りができる!ともいえるのです。 動かなくなる前に対策をしよう! 多くのALS患者は、線維束性攣縮という、筋肉の不随意性の細かい痙攣を自覚します(要は、筋肉が勝手にピクピク動く)。 下位運動ニューロンが障害されたときに出る症状であり、これが出てきたら、その部分の筋力が落ちてくるので、そう心得ておくとよいのです。 私は視力がとても悪く、コンタクトレンズを着けて生活していましたが、腕が上がらなくなりコンタクトレンズを着けられなくなる前に、ICL(眼内コンタクトレンズ)の手術をしました。また、歩けなくなる前に家をバリアフリーに改築し、力を使わずに移乗ができるように、天井走行リフトを設置しました。そして、2019年6月、まだまだ食べられるうちに胃瘻を造設する手術をしました。特に、早期に胃瘻を造設し、しっかり栄養をとることがとても重要!!なので、また折をみて触れたいと思います。 すごいPTさんに出会った! このころには、右手は動かせず、左手の指だけわずかに動く程度でした。それでも何とか力を振りしぼってiPadを操作していたのですが、限界を感じていました。 どうすればいいのかわからないまま、いろいろな方法を模索していたとき、退職して引っ越しをしたタイミングで、新しい訪問看護ステーションと出会いました。そこの理学療法士(PT)さんたちが、すごかったのです。 私はそれまで、「PTさんは、関節や筋肉の拘縮を予防するためのリハビリテーションとして、ストレッチやマッサージをしてくれる人たち」だと思っていました。しかし、その訪問看護ステーションとPTさんたちは違いました。職種の範囲にとらわれず、「生活の質(QOL)を上げること」を看護・リハビリテーションと考えてくれていました。今の私が何に困っていて、何が必要なのかを判断して迅速に対応してくれました。 できていたことが、できなくなる前に 当時の私は、左手でiPhoneやiPadのタッチパネルが押せず、仕事ができなくなってきたことに、一番困っていました。そのことをPTさんに相談すると、指のわずかな動きでスイッチを押してiPadを操作できることを教えてくれました。そして、押しやすい親指の形に合わせたスイッチを3Dプリンターで作ってくれたのです! こんなことまでPTさんがやってくれるのか! 驚きつつ、私は新しい可能性の発見と、まだまだ仕事ができることに気分が高揚しました。 その後も、親指でスイッチが押せなくなったら、中指の動きを感知する空圧センサーを作ってくれました。また、パソコンの視線入力装置の調整、車いすの調整やトイレの手すりの調整、文字盤を使わずに目の動きだけで会話する方法があることを教えてくれたりと、QOLを上げるさまざまなことをしてくれました。 そのような強力な味方に支えられながら、近い将来できなくなるであろうことを予測しながら、できなくなる前に先手を打っていきました。 そうすることで、「できていたことが、いきなりできなくなる」絶望感や虚無感を味わうことなく、うまくストレスを分散させながらコントロールすることができたのだと思います。 最後の食事! 2019年7月ごろからはNPPV(非侵襲的陽圧換気。気管切開を行わないで、マスクを着けるだけの人工呼吸器)を導入しました。 最初は睡眠時だけ装着し、徐々に慣れさせながら、日中にも着けるようにしていきました。 NPPVを導入するタイミングは難しいのですが、呼吸筋の疲労を取る意味でも、息苦しさを感じる前に、早期から導入することをおすすめします。鼻だけ覆うタイプや、鼻と口の両方覆うタイプなど、何種類かあるので、いろいろ試してみるといいですよ。 それ以降は、徐々に呼吸機能とともに嚥下機能も落ちていき、一回に食べる量が減って、食べることに時間がかかるようになってきました。必要な栄養は胃瘻から摂るようにして、食べることは「味を楽しむもの」と割り切って考えるようにしました。食べることの疲労が強くなり、誤嚥する可能性も出てきたため、2020年4月に食べることを止めました。 皆さんが最後の晩餐として食べたいものは何でしょうか? ちなみに、私の最後の食事は「牛肉のバター醤油チャーハン」でした。 **コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版

コラム
2021年10月12日
2021年10月12日

トータルペインでとらえる

在宅緩和ケアのtipsを紹介します。第2回は、在宅緩和ケアのtipsのなかでも、基本となる「全人的苦痛(トータルペイン)」の概念について紹介します。 がん患者と家族の苦痛 杉並PARK在宅クリニック 院長の田中公孝と申します。 痛み、呼吸苦、食欲不振、うつ状態、精神的な不安、家族の不和の顕在化、遺産相続の悩み、……etc.がん末期の患者さんとその家族には、経過のなかで、さまざまな苦痛が訪れる事実。訪問看護師の皆さんには、イメージがつくところではないでしょうか。 がん末期の場合、病院から在宅医療に切り替わってからは、経過が速いことも多く、一つ一つのプロブレムに何とか対処しようと、目の前のことに精いっぱいになってしまいがちです。しかし、そんなときこそ、トータルペインの考えに立ち戻って、一度冷静になって整理することをおすすめしたいと思います。そして、プロブレムに対して多職種でどうアプローチしていくかを検討・相談するのです。 トータルペインとは 簡単に説明すると、患者の苦痛をトータルにとらえる考えかたです。 患者の苦痛は、 ●身体的苦痛●精神的苦痛●社会的苦痛●スピリチュアルペイン の四つに分類されます。 これらの苦痛は、密接に絡み合っています。たとえば、直接の訴えは「痛み」の場合でも、身体的要因だけをみるのではなく、すべての要因を考える必要があります。 身体的苦痛である「痛み」が強いと、精神的苦痛である「うつ状態」や「いらだち」につながります。逆も然りで、精神的苦痛は、身体的な痛みの増強要因でもあります。 終末期に経済的な問題を抱えているとサービスが十分に入れず、身体的苦痛への対処が後手後手になってしまう、という事例もときどき見かけます。こうした金銭面の問題があった場合、公的な援助を利用できないかと考えることも、身体的苦痛を先々取り除いていくために大事なアプローチといえるでしょう。 さらに、在宅で看取りをしていく以上、「家族の介護負担」という苦痛も出現します。これまで距離をとっていた家族が急遽介護に参加する、という場面もみられます。家族内の微妙な距離感や、意見の違いなども、あらかじめ聴取し、認識しておく必要があります。 プロブレムを正確にとらえる さて、以上のようにがん末期の事例では、身体的・精神的・社会的・スピリチュアルといったそれぞれの苦痛が互いに関連します。まずは、目の前の患者さんとご家族のプロブレムがどれだけあって、それらが、四つの苦痛のどれに当てはまるか。それを考えることから始めるのがおすすめです。 具体的には、身体的苦痛は? 精神的苦痛は? 社会的苦痛は? スピリチュアルな苦痛は? ……と、順々に目の前の患者さんの状態を想起して、文字にして書き出してみるのです。 言語化することは大変ですが、このトレーニングを繰り返すことで、がん末期の患者さんとその家族に起きているプロブレムを、より正確にとらえることができるようになります。   複数の苦痛が絡み合った事例 それでは、トータルペインに沿ったプロブレムの列挙の方法について、より具体的にイメージしてもらえるように、私が経験した事例を挙げたいと思います。 【事例】70代女性、膵がん末期。20××年12月末から心窩部痛あり、20××+1年2月A病院受診。切除不能局所進行膵頭部がんの診断。手術は不可、抗がん剤を服用したが副作用(食欲不振、便秘、発熱、皮膚そう痒など)のため中止。緩和ケアの方針で、当院訪問診療となった。 【家族構成】ご本人と、弟夫婦の3人暮らし。 【経過】当院介入後は、前医への不信感・強い悲嘆があり、時間をかけて傾聴。今後は私たちと訪問看護と相談しながら一つ一つ進めていきましょうとお話しした。病状の進行が速く、がん疼痛が週単位で悪化。内服の麻薬は訪問のたびに増量、その後、貼付薬にオピオイドローテーション。もともと繊細な性格だったが、がんになって以降、感情失禁が多く、抗不安薬も適宜使用。下腿浮腫が著明だったことから利尿薬を追加し、弾性ストッキングおよび訪問マッサージを導入。徐々に排便コントロールも難しくなってきたことから、下剤を増量し、訪問看護の臨時訪問で適宜浣腸を施行。加えて、老老介護のためご家族の介護疲弊がかなりたまってきていること、毎週のペースで麻薬を増量しており、病状が悪化していることから、入院のタイミングをご本人・ご家族・多職種で相談し、緩和ケア病棟入院へ。しかし、「入院生活は思っていたものと違った」とご本人より話があり、早期退院。最期は弟夫婦も自宅看取りの覚悟を決められ、数週間後看取りとなった。 本事例の苦痛を整理していくと…… ・身体的苦痛:がん疼痛、便秘、下腿浮腫・精神的苦痛:前医への不信感、強い悲嘆、入院生活へのストレス・社会的苦痛:老老介護による家族の介護疲弊・スピリチュアルペイン:本人の計り知れない死生観に対する悩み、家族の自宅か病院か迷う最期の場の検討 ととらえました。(なお、スピリチュアルペインはこの字数で述べることは困難なので、今回は触れないでおきます。) それぞれのプロブレムに対して薬を用いたり、訪問看護と相談・対応したり、ご家族に現在感じていることを伺ったりと対応していきました。そして、ご本人の希望を尊重し、紆余曲折しながらも、自宅看取りまで進めていったという事例でした。 早期からの情報収集と整理が重要 この事例からもわかるように、がん末期の事例では常に、複数のプロブレムが起こります。 身体的苦痛 × 精神的苦痛 × 社会的苦痛 × スピリチュアルペイン ── といったコンボがきたとき、さまざまな薬、さまざまな把握、さまざまな説明が、現場では必要になってきます。そうなったとき慌てないよう、初回訪問の時点で(難しければ2回・3回の訪問までに)、四つの苦痛の概念を頭に浮かべて、きたるべき時に備えて情報収集をし、検討しておくことがとても重要です。 そして、自身で、プロブレムをトータルペインのどれにあたるかを整理できるようになってきたら、ぜひ医学的アプローチは医師に、社会的苦痛に関係することはケアマネジャーに、相談または提案をすることを実践していきましょう。緩和ケアを実践できる訪問看護師が、今後ますます増えていくことを期待しております。 ** 著者:田中 公孝 2009年滋賀医科大学医学部卒業。2015年家庭医療後期研修修了し、同年家庭医療専門医取得。2017年4月東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げにかかわり、医療介護ICTの普及啓発をミッションとして、市や医師会のICT事業などにもかかわる。引き続き、その人らしく最期まで過ごせる在宅医療を目指しながらも、新しいコンセプトのクリニック事業の立ち上げを決意。2021年春 東京都杉並区西荻窪の地に「杉並PARK在宅クリニック」開業。 杉並PARK在宅クリニックホームページhttps://www.suginami-park.jp/ 記事編集:株式会社メディカ出版

コラム
2021年10月5日
2021年10月5日

訪問看護の社長業~創業経営者 水谷氏から学んだこと 内部体制に関する方針 パート3~

第11回は、いよいよ「内部体制に関する方針」のパート3です。パート1の冒頭に紹介したとおり「成果はすべてお客様から得られます。会社の内部は全て費用でしかありません。赤字会社の社長は、いつでも内部管理に終始しますが、本末転倒です。」というのが基本姿勢ですが、とはいえ、そこで働くスタッフが基本方針を間違って解釈したり、方向性に迷ったりしないようきちんと明示しておくことは大切です。今回は、その中であえて1項目を抜き出して説明します。 会議に関する方針 以下、事業所専門職スタッフ全員参加のミーティングを想定しています。日常的に実施される専門職のケースカンファレンスだけではなく、事業所の運営をスムーズに行うための全体ミーティングを月に1回は実施すべきと水谷氏は勧めます。各事業所が自走経営するための会議、といったところでしょうか。ただ訪問すればいいだけ、という意識で仕事をするのではなく、労働生産性を意識して高め合うためにも、このような会議を定期実施してはいかがでしょうか。 ①情報交換と意思統一、計画・実績確認を重視します。 ②会議の目的とは? 以下の項目について情報共有と対策検討をします。 ・お客様サービス・ご要望・クレーム対応 ・ご紹介先、関係機関との情報疎通・増客 ・人員・設備の過不足、スタッフ空き情報、請求回収について ・教育・研修計画/実施、地域集会参加促進 ・制度変更や実地指導の確認 ③会議開始にあたり、前回決定事項の確認をする。終了時には、当日決定事項の確認をする。 ④お客様が主体ということを念頭におく。 ⑤機微、場の空気を読むこと。話が飛んだり、すり替わったりすると時間を無駄にし、全員の神経を疲労させます。 ⑥先行き対策に知恵を出すことが優先です。誹謗・中傷の場ではありません。 ⑦決まった時間内で終了するのがベストです。会議前には、話す要点を整理してくると運営がスムーズです。 ⑧アジェンダ(議題)と議事録は必須です。レジメは開始数日前、議事録は翌日が基本です。担当を決めて習慣にしてください。 上記、②は運営・経営に直結する内容。それ以外は、会議への臨み方です。各社多少のアレンジはあると思いますが、スタッフが慣れないうちは、社長や本部スタッフなどがファシリテートして会議を進行してください。大事なのは、現場で起きていること(特に悪い事)がきちんと社長へ上がることです。どこかでクレームが隠蔽されたり、ご要望に対して何かにつけボトルネックがあったりすると、正常な経営ができません。現場で起きていることが正しく社長・本部へ伝わり、逆に会社の経営方針や意思を現場に浸透させるには、膝をつめて話し合いを重ねるしかありません。ある程度の緊張感をもった「会議」を実施することで、なあなあ体質にならない集団ができることと思います。 さて、「水谷氏から学んだこと」も佳境に入って参りました。次回は「評価についての方針」についてお話しします。ご期待ください。 ** 一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長  上原良夫 【略歴】2012年ソフィアメディ(株)入社。訪問看護事業の営業開発課長・教育研修事業部長・介護事業統括部長・医療連携推進室長を経て、(株)CUCの支援医療法人の訪問診療事務長、在宅事業企画担当。2020年7月より一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長に就任。訪問看護事業の教育研修企画・ 各種 コンサルティング、業務委託においてアームエイブル(株)ゼネラルマネージャー兼務

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