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ターミナル期における家族看護
ターミナル期における家族看護
特集 会員限定
2023年2月14日
2023年2月14日

【セミナーレポート】ご家族の力を引き出すためのQ&A -ターミナル期における家族看護-

2022年10月28日、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「ターミナル期における家族看護」を開催しました。講師を務めてくれたのは、家族支援看護に造詣が深い堀 美帆さんです。 そのセミナーの様子を、前後編にわけてご紹介。今回の後編では、セミナー参加者からの質問に対するQ&Aセッションの様子をお伝えします。明日から役立つ情報が満載です。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】堀 美帆さんウィル訪問看護ステーション葛西サテライト元 家族支援専門看護師(2017年~2022年)新卒で小児専門病院に入職。そこで病気の子どもを育てる家族の思いを知り、自分にできることを模索すべく大学院に進学し、家族看護について学ぶ。その後、重症心身障害児者病院での勤務を経て、地域で生活する子どもと家族の生活を支えたいとの思いから訪問看護の世界へ。現在は幅広い年代の利用者さん、およびその家族に寄り添い、「家族の力を引き出すケア」を提供している。 目次 Q1 看取りパンフレットを使用するタイミングは? Q2 ご家族の介護負担が大きくなる場合、どうサポートする? Q3 ご家族にコミュニケーションを拒否されたらどうする? Q4 利用者さんとご家族の希望に相違があるときの対応は? Q5 がん告知がされていないケースで注意すべきことは? --> Q1 看取りパンフレットを使用するタイミングは? 【質問】訪問看護の現場で看取りにまつわるパンフレットを用いることがありますが、いつも使用するタイミングに迷ってしまいます。気をつけるべきポイントはありますか? 【回答】ご家族の病気の捉え方を基準に判断することをおすすめします。例えば、「家で看取る覚悟ができています」とおっしゃっている場合は、早めにパンフレットを活用してもいいでしょう。症状の経過をパンフレットで追いながら「今はこの状態ですね」とか、「今後こういう症状が出てきますが、自然な経過ですよ」などと少し先回りして説明してみてください。 一方、ご家族がまだ現状を受け止められていない場合は、利用者さんの状態が一段階落ちたときに説明するといいと思います。経口摂取が減った、歩けなくなったなどのタイミングです。あとは、ご家族の病気の捉え方をこまめに確認しながら、「今だったら説明が頭に入るかもしれない」という機会をうかがうといいと思います。 Q2 ご家族の介護負担が大きくなる場合、どうサポートする? 【質問】ご夫婦ふたりで生活していて介護者がひとりしかいないケースなど、介護負担が大きくなりすぎる場合はどのように関わればいいでしょうか? 【回答】介護者がひとりしかいないケースでは、かなりの役割過重が生じます。社会資源を活用する場合、ヘルパーさんが朝夕、訪問看護が昼に介入できるかもしれませんが、おそらくそれでもサポートが足りないでしょう。 そんなときは、まず同居していないご家族をどれくらい巻き込めるか確認します。夜間の付き添いまではできなくても、食事をもってくるといった、できるサポートがあるかもしれません。 あとは、やはり精神的なケアです。介護者さんの負担に注目し、その解消のためにどんな手段があるのか考えます。社会資源をもっと活用できたらいいのか、ご家族の支援が得られたらいいのか、利用者さんの症状をもっとコントロールできればいのか……。さまざまな角度から検討してみてください。 Q3 ご家族にコミュニケーションを拒否されたらどうする? 【質問】ご家族が訪問看護師とのコミュニケーションを拒否している場合、どのようにアプローチしていけばいいでしょうか? 【回答】私の場合、歩み寄りたいという気持ちを常に出すようにしています。以前、さまざまな事情があって「訪問看護師=敵」とみなされたケースがありましたが、諦めずにしっかりと挨拶するようにしていました。あとは、ご家族が嫌だと思わないレベルのコミュニケーションを探ったり、利用者さんとのコミュニケーションの中で「ご家族のことを気にしている」「ご家族の頑張りを承認している」ということを伝えたりしましたね。 ご家族のニーズに着目してアプローチすることもあります。病状についてあまり話したくない場合でも、介護について困りごとはあるかもしれませんから、「お困りのことはないですか?」と声をかけてみる。そうやって少しずつコミュニケーションをとっていくといいと思います。 Q4 利用者さんとご家族の希望に相違があるときの対応は? 【質問】利用者さんは毎日のように「早く逝きたい」といいますが、ご家族は一日でも長く生きてほしいとの思いから、点滴中止の選択を迷われています。こういう場合はどうしたらいいでしょうか? 【回答】私だったら、一日でも長く生きてほしいと思う背景にはどんな気持ちがあるのか、まずはご家族の話を丁寧に聞きます。その中で、ご本人とご家族の折り合いがつくポイントを見つけられるのではないかと思います。言葉で説明するのは難しいのですが、「本人が苦しんでいるから、これ以上の治療はやめよう」と思えるタイミングがあるというか……。 あとは、どういう状態で長く生きてほしいかを、ご本人の希望をふまえてご家族と話してもいいかもしれません。「本人が嫌がっているからもう点滴はやめませんか」という伝え方だと受け入れてもらいにくいので、「どういうふうに過ごしてほしいか、そのためにはどうすべきか」という観点で考えてもらい、折り合うポイントを探っていくといいと思います。 Q5 がん告知がされていないケースで注意すべきことは? 【質問】がん告知がされていないターミナル期の利用者さんを担当しています。今後の対応について悩んでいるので、ぜひアドバイスをいただきたいです。 【回答】こういうケースでは、できるだけ早い段階でご家族から話を聞くことを意識しています。ご家族はどのタイミングでご本人に伝えたいか、利用者さんから私たち看護師に病気に関する質問があったらどう答えるべきかなどを伺い、その回答に基づいて方針を決めておきましょう。 がん告知がされていない場合、利用者さんご本人とご家族、それぞれの思いが乖離しやすいものです。とはいっても、私たちがご家族の思いを飛び越えた対応をするわけにはいきませんから、早めにご家族と連携しておくことをおすすめします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

【セミナーレポート】ご家族を支えるために看護師がすべきこと -ターミナル期における家族看護-
【セミナーレポート】ご家族を支えるために看護師がすべきこと -ターミナル期における家族看護-
特集 会員限定
2023年2月7日
2023年2月7日

【セミナーレポート】ご家族を支えるために看護師がすべきこと -ターミナル期における家族看護-

2022年10月28日、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「ターミナル期における家族看護」を開催しました。講師を務めてくれたのは、家族支援看護に造詣が深い堀 美帆さんです。 今回はそのセミナーの様子を、前後編にわけてご紹介。前編では、訪問看護の現場で家族看護を実践する堀さんに、ターミナル期の家族看護にあたる上で看護師にもとめられる意識や、ご家族に対してできることを教えてもらいました。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】堀 美帆さんウィル訪問看護ステーション葛西サテライト元 家族支援専門看護師(2017年~2022年)新卒で小児専門病院に入職。そこで病気の子どもを育てる家族の思いを知り、自分にできることを模索すべく大学院に進学し、家族看護について学ぶ。その後、重症心身障害児者病院での勤務を経て、地域で生活する子どもと家族の生活を支えたいとの思いから訪問看護の世界へ。現在は幅広い年代の利用者さん、およびその家族に寄り添い、「家族の力を引き出すケア」を提供している。 目次 1. ターミナル期の家族看護の難しさ 2. ターミナル期の家族看護のポイント3つ  (1)ご家族の病気体験を理解する  (2)死への準備教育  (3)ご家族一人ひとりに療養上の役割を見出す --> ターミナル期の家族看護の難しさ 私はこれまで、ターミナル期における家族看護の難しさを実感する場面にたくさん直面してきました。 とくに最近多く見られるのは、利用者さんが入院するもコロナ禍で長らく面会できず、ご家族が入院中の状況をきちんと把握できていないケース。退院後、想像以上に利用者さんが衰弱しており、「こんなにケアが大変だと思わなかった」と私たちに話すご家族は多くいらっしゃいます。 自宅での看取りに向けて訪問看護が介入する際は、予後が数週間〜半年程度というケースも多く、わずかな時間でご家族との関係を構築しなければならないことも多いです。また、利用者さんとご家族、その他関係者の希望の折り合いがつかない意思決定場面も多々あるでしょう。 利用者さんの病状がご家族の心理に影響を与えることも、難しさのひとつです。利用者さんが体調不良でイライラすれば、ご家族も気持ちに余裕がなくなってしまいます。 ターミナル期の家族看護のポイント3つ では、ターミナル期の家族看護において、具体的にどんなことをすればいいのでしょうか。ひとつは、ご家族の病気体験を理解すること。次に、死への準備教育をすること。そして3つめは、ご家族の一人ひとりに療養上の役割を見出すことです。 ご家族の病気体験を理解する 利用者さんの病気が発症し、診断され、現在に至るまでに、ご家族はどんな体験をしてきたのかを詳しくヒアリングします。話を聞く中で、「がんになってから家事ができなかったけれど、家族が手伝ってくれて助かった」という言葉があれば、家庭の中で柔軟に役割を交代できていることがわかりますよね。 ほかにも、ご家族の病気や服薬への理解と捉え方、現在の心情、信念や価値観、これまでの生き方やライフワーク、今後の治療や看護への希望……病気体験からは、さまざまな情報を得られます。 なお、病気体験を理解する上で私が最も大事にしているのは、やはり話を丁寧に聞くことです。時間はかかりますが、その行為自体がご家族との関係づくりの第一歩にもなります。 死への準備教育 たとえ予後数週間であっても、利用者さんもご家族も、退院時に「亡くなるために家に帰る」とは思っていません。もちろん、自宅で最期を迎えたいという考えはありますが、ご本人は家でやりたいこともあるでしょうし、ご家族もできるだけ長く一緒に過ごしたいと思っています。そんな気持ちを汲み、実現に向けたお手伝いをするという意識をもって関わることも、死への準備教育のひとつです。 病院で自宅看取りの方針が決定すると、ご家族は片道切符を渡されたような絶望感を抱くもの。そんなときはぜひ、緩和ケアの目的を伝え、「マイナスなことばかりではないですよ」と寄り添ってください。 あとは基本的なことですが、先々起こる症状やその対処方法などを、看取りのパンフレットを用いながらご家族に説明するのもよいでしょう。このように死への準備教育を行う中で、ご家族が少しずつ「看取る覚悟」をもてるようにすることが重要です。 難しいことではありますが、覚悟がないと、苦痛をとる薬剤もうまく使えないことが多いんです。副作用が出た際、「この薬剤はだめなんじゃないか」とご家族が自己判断して適切に薬剤を使用しなくなってしまうケースもあります。 ご家族一人ひとりに療養上の役割を見出す ご家族一人ひとりの心身の状態や担っている役割(家事役割や経済的に支える役割など)との兼ね合いを考えながら、できるだけ介護負担が集中することのないように、療養上の役割を見出します。このとき、大きな役割を担えないがゆえに不全感を抱く方が出ないように注意する必要があるでしょう。些細なことでも肯定的にフィードバックするよう心がけることが大切です。 それから、役割を言葉で明確に伝えることもおすすめです。ただ見守るのみの役割であっても、「そばで見ていてあげるだけでいいですよ」と声をかけ、承認するよう意識してみてください。また、治療システムの中でご家族がどのような役割を果たせるか、ご自身がもっている力を考慮しながら模索してもらうこともあります。 何をしていいかわからず、結果的に何もできずにいるご家族は多いもの。訪問看護師として寄り添い、一緒に役割を見つけていただければと思います。 次回は「ご家族の力を引き出すためのQ&A」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

休職の目安や復職支援のポイントは? 訪問看護管理者が行うメンタルヘルスケア
休職の目安や復職支援のポイントは? 訪問看護管理者が行うメンタルヘルスケア
特集
2023年2月7日
2023年2月7日

休職の目安や復職支援のポイントは? 訪問看護管理者が行うメンタルヘルスケア

この連載では産業医学が専門の精神科医・西井重超先生に、訪問看護にまつわるキャリア別メンタルヘルスケアについて解説いただきます。今回は、管理者によるラインケア・スタッフ管理について考えていきましょう。 管理者が忙しいとスタッフは相談しづらい  「少しお話があります」。退職や勤務削減のお願いのセリフは管理者が聞きたくないセリフの上位です。なぜもう少し早く相談してくれなかったのかと思う人もいるかもしれません。とはいえ、相談できる体制にしていても相談をしにくい環境を作っている場合があります。 ストレスチェックで高ストレス者になった人の話を聞くと、自分の残業時間が多いことより、上司の残業時間が多いことを悩みとして挙げている方が多くいらっしゃいました。なぜ、自分ではなく上司がたくさん残業をしていることがストレスなのか? 理由は「相談ができない」「常に忙しそうなので相談すると申し訳ない」というものでした。「なんでも相談してね」と言うだけではなく、言える雰囲気を作る、イライラしない、余裕を見せるといった態度を示すことで、相談しやすい環境を作ることが大切です。 スタッフの問題に気づいたら注意ではなく心配を スタッフの不調に事前に気づくことはできないものでしょうか。先に述べたように相談する環境が整っていないと、スタッフは不調があっても相談することを避けてしまい、「大丈夫です」と言う場合も出てきてしまいます。スタッフの抑うつが気になった場合は、以下の点に注意して観察してみてください。・仕事の能率が落ちたり、ミスが増えたりしていないか・会話や口数が減っていないか・食事量がいつもより少なくなっていないか・日中ウトウトしたりぼーっとしたりと睡眠不足がありそうかこうした表面に現れやすいところをチェックするとよいでしょう。 そして、問題に気が付いたときは決して注意から入らず、心配する態度で接してください。声をかけるなら「しっかりしてちょうだい」ではなくて「大丈夫?」です。あなたのことを心配しているという気持ちを伝えると同時に、起こっている問題を一緒に解決していきましょうという気持ちを伝えるのです。 がんばっているよりもがんばっていないほうがよい 職場環境はある程度余力があるような状況にしておくことが大事です。管理者としては心配になるかもしれませんが、一見ダラダラ働いているような時間がそれなりにある状況です。むしろ、いつもギリギリの状況で全員忙しそうに働いている職場のほうが危機的です。何かあったら総崩れになるリスクを抱えています。リラックスしている状況でゆったり働けているのであれば安心してください。 僕がよく患者さんに話すことで、「がんばっている」と言う人と「がんばっていない」と言う人ではどちらのほうがよいか、という話題があります。メンタル面に関してはがんばっていない人のほうが、明らかに余裕があります。「毎日がんばっています。一生懸命がんばって仕事に行っています」と「特にがんばらなくても、普通に仕事に行くことができています。何も問題ないです」というセリフを比べてもらえればわかりやすいでしょう。 休職中のルールを伝えて安心して休めるようにする 休職者が出てしまったときの対応もお伝えしておきます。スタッフが休職したばかりのときは、こちらも気が動転してしまい、いろいろと聞きたいことも出てくると思います。ですが、まずはスタッフの気持ちが落ち着くまでは職場と距離をおいてあげることが重要です。 ありがちなよくないケースとして、毎週報告を求めてしまい、休職者に苦痛を与える方がいます。とはいえ、会社も雇用している限りは安全配慮義務もあるので休職中月1回程度はメールで様子を窺うことは合理的といえるでしょう。 休職を開始するときに、本人の希望を聞いて面談や定期連絡のルールを設定することも望ましいです。例えば、連絡の窓口は管理者がよいのか、親会社があるなら親会社の人事担当がよいのかなどを聞いておきます。会社ごとに何ヵ月間か休職可能期間が設定されていますので、そのような人事上のルールを早めに伝えるのもよいでしょう。 「元気そうね」はNGワード! 「無理せず、ゆっくり」が安心につながる 少しよくなってきたら職場面談を行うところもあると思います。そのときのポイントとしては「元気そうね」とは言わないことです。まだ休職中で不調な状態ですので、人によっては「元気そうなのに休んでいる」と嫌味を言われたと受け止める人もいます。こちらの感想を伝えることは一切不要です。 「早く戻ってきてほしい」もNGで、あなたは必要な人だと伝えたいのかもしれませんが本人を焦らせてしまう言葉です。どうしても気遣いをしているという声かけをしたいなら「無理せず」「焦らずゆっくり休んで」くらいが妥当でしょう。あとは「何か聞きたいことはないですか」とたずねて、本人が気になることや話したいことを中心に会話を進めるとよいでしょう。 日常生活が可能な状態と就業可能な状態は異なる 「休職中の面談時になぜか元気そうに見える」というお話もよく聞きます。それは、その面談が仕事の負荷がかかっていない通常の会話だからです。他の例を挙げると、映画館に行けるからといって仕事ができるわけではありません。復職リハビリテーションでは日常生活を問題なく送れるようになったら、その次の段階として負荷のかかる作業ができるかを指導していきます。日常会話や映画に行くことは日常生活の負荷なのです。 また、「いつになったら治るのか」と聞く人もいますが、本人が一番苦しんでおり、答えられない内容です。がんの人にいつになったら腫瘍が消えるのかと聞くようなものと思っておいてもらえたらと思います。 精神科を受診される際は産業医学に詳しい医師、せめて産業医資格を持つ医師が望ましいです。精神医学分野では就労者支援は希望者しか学ばないので、就労者支援をできる医師とできない医師がいます。できない医師でも患者さんに求められたら休職の診断書を書くことはできますが、その後の療養中の指導や復職の適切な判断を行うことができません。場合によっては、復職までのリハビリテーションが十分でない状況で復帰の診断書が出てしまうこともあります。 最後に、事業所レベルで本当に復職できる状態かどうかを判断できる基準例をご紹介します。それは、復職プログラムの策定にも有用な「生活リズムの確認」という方法です。具体的には、月~金に自宅から外出し、図書館やカフェなどで9~17時まで本を読んで過ごすことができるかどうかを見ます。これは普通の日勤の生活ができるかどうかを試しています。逆に、これができる程度に心身の耐久力が戻っていないと就業可能な状態とは言えません。職場で復職プログラムを考えたい場合、この生活リズムが取れるかどうかを確認してみてください。 執筆 西井 重超はたらく人・学生のメンタルクリニック 院長 ●プロフィール日本精神神経学会専門医・指導医。元東京アカデミー看護師国家試験対策講座講師。奈良県立医科大学病院精神科を経て産業医科大学精神医学教室へ移り、在籍中に助教・教育医長を歴任。現在は大手企業の専属産業医・次長として勤務しながら、「はたらく人・学生のメンタルクリニック」の院長を務める。専門は医学教育、職場・学校のメンタルヘルス、成人期ADHD。著書に『精神疾患にかかわる人が最初に読む本』(照林社) がある。 記事編集:株式会社照林社

CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか_その2:なぜ連携がうまくいかないのか?
CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか_その2:なぜ連携がうまくいかないのか?
特集
2023年2月7日
2023年2月7日

CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか_その2:なぜ連携がうまくいかないのか?

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第8回は前回に引き続き、連携がしにくいと評判のドクターについてのケースです。 はじめに 前回(「その1:なぜ連携しにくいのか?」参照)は、連携しにくいと評判のK医師の特徴や、K医師に関係する周囲の人々の状況について、A・B・C・Dさんそれぞれの考えを出しあいました。続く今回は、なぜK医師との連携がうまくいかないかをテーマに意見交換を進めます。 議論の題材となっているケースと設問は以下のとおりです。 ケースと設問 CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか  「K医師と連携がしにくい。どうしたらよいか」とスタッフナースから相談を受けている。K医師は、地域で在宅療養支援診療所を複数経営している大きな医療法人に所属している。K医師はふだん大学病院で働いており、在宅医療は初めてだそうだ。  K医師が担当する利用者の多くは内科疾患を持つ人だが、なかには認知症を疑わせる症状がある人や、専門的なリハビリが必要と思われる人もいる。訪問看護としては、それらの症状に対して専門の医師にもみてもらいたいと考えているが、K医師は取り合おうとしない。利用者本人や家族は、「他の医師にみてもらったとわかったら主治医であるK医師が怒るのではないか」と考えているようで、自ら他院を受診はできないと言っている。管理者としてどうしたらよいだろうか?  設問あなたこの管理者であれば、連携がしにくいという評判があるK医師に対して、どのような働きかけをすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 なぜ連携がうまくいかないのか 講師ここまで(「その1:なぜ連携しにくいのか?」参照)のみなさんの意見から、K医師との連携がうまくいかない理由として、①K医師の特徴と②多職種連携の際に生じる問題、の二つが出てきました。では、この二つを連携がうまくいかないことの原因として考えたとき、みなさんはどんな意見を持ちますか? Aさん注2性格って、人から言われて変わるものではないですよね。在宅医療の経験を増やすといっても、これには時間もかかります。組織や職種も違いますし、私たち訪問看護管理者が働きかけられることでもありません。 Bさん他の組織の、違う職種に関することですし、私たちが無闇にどうこう言うことで、今後その医療法人との連携で角が立つのもよくないと思います。とはいえ、利用者のことや今後の連携を考えると、何かはしないといけませんよね。 講師他人の性格を変えようとするのは難しいことですね。私たちに何ができるかを考えると、多職種連携の際に生じる問題の解決に目を向けるほうが建設的ですね。 Cさんケースに書かれているのは「K医師が看護師の提案に耳を傾けてくれない」という看護師側の訴えだけで、K医師の考えはわかりません。K医師の考えや、K医師の所属する診療所としての考えを聞いてみてもよいかもしれません。 Dさんもしかしたら、看護師からの提案がK医師にとっては自分への批判ととらえられてしまっているのかもしれませんよね。ふだんから、「看護師がどのような情報を持っていて何を考えているのか」を伝えていくなどのコミュニケーションも必要でしょうね。 「なぜ連携がうまくいかないのか」の小括 議論が進むと、K医師自身(性格や働きかた など)を変えることの難しさが改めて浮き彫りになりました。そして話題は「他職種連携の際に生じる問題」の難しさに移りました。この問題の難しさの原因は、突き詰めると二つです。 目的の不一致K医師(利用者の治療を目指す)と訪問看護(利用者の在宅生活の維持向上を目指す)の目的が一致しない。K医師の行動は、違う目的を持った訪問看護の側からは理解しにくいかもしれない。情報の非対称性医師が病院や診療所内でどのように動いているのか、利用者の治療についてどのように考えているかが、訪問看護側からは見えにくい。 逆に、医師からは訪問看護が何を考えてどのように動いているか、訪問看護が把握している利用者の普段の生活状況や悩みなどの情報が見えていない可能性もある。 この二つを解消するために動くことが管理者には必要です。そして次回は、「管理者として連携しにくいと評判の医師に、どのように働き掛けるか」を考えていきます。 >>次回「その3:どのように働きかけることが効果的なのか?」はこちら 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇入山章栄.『世界標準の経営理論』東京,ダイヤモンド社,2019,114-132.

これって冬季うつかも? 精神科医が注意を促す季節性感情障害の特徴と対策【医師執筆】
これって冬季うつかも? 精神科医が注意を促す季節性感情障害の特徴と対策【医師執筆】
特集
2023年1月24日
2023年1月24日

これって冬季うつかも? 精神科医が注意を促す季節性感情障害の特徴と対策【医師執筆】

冬になると、こんなことありませんか?・体が怠くて重い・どれだけ寝ても日中に強い眠気に襲われる・普段よりも甘いものや炭水化物の欲求が高まる もしかしたら、その症状は冬季うつかもしれません。 冬季うつとは? 別名、季節性うつ病、または季節性感情障害とも呼ばれています。呼び方はさまざまですが、基本は同じ疾患です。今回は「冬季うつ」という呼び方で統一します。 冬季うつの特徴 冬季うつの具体的な症状とは?うつ病との違いは? 著しい体重減少や不眠症状を呈することが多い典型的なうつ病に対し、冬季うつは睡眠過多と食欲亢進を特徴とします。また、うつ病では抑うつ気分や興味や喜びの消失などの気分変化を訴える患者さんが多く見受けられますが、冬季うつでは意欲低下や倦怠感などを主の症状として訴える方が多いです。 罹りやすい人とは?発症する時期は? 好発年齢は20代前半の女性に多く、日照時間が短縮する秋から冬に症状が出現し、翌夏には症状がまったく認められない寛解(かんかい)状態となることを繰り返します。 もし症状に当てはまったら? 「冬場は眠くてなかなか起きることができず、眠気が取れない」「秋から冬は特にお腹がすいて食べてしまう」これらの自覚症状があってもすべての方が冬季うつとは限りません。不眠と過眠を繰り返すうつ病の方、双極性感情障害、そして、季節に関係のある心理社会的ストレス(例:毎年冬になると仕事が多忙になる)に影響された一過的な症状の可能性もあります。もし周囲の利用者さんや訪問看護師の中に、睡眠過多や食欲亢進症状でお悩みの方がいれば、安易に予想される診断名を伝えるのではなく速やかに精神科への受診を促してください。日常生活や社会生活に支障が出ているのであればなおさらです。 冬季うつの原因とは? 原因の一つに、日照時間が精神症状に影響すると考えられています。なぜ日照時間が睡眠過多や食欲亢進などの症状を引き起こすのでしょうか。日照時間が精神症状に影響する理由は2つあります。 (1)セロトニンの不足 1つ目がセロトニンです。セロトニンとは、ノルアドレナリンやドーパミンと並んで三大神経伝達物質の一つです。睡眠、食欲、気分の調整を担う重要なホルモンで、日光をはじめとした強い光がセロトニン神経を刺激することで分泌が活性化されます。冬季うつの方は日照時間が短くなる冬場に脳内のセロトニンの分泌量が少なくなり、症状が引き起こされると考えられています。 ここからは豆知識ですが、セロトニンは代謝されメラトニンに変化していきます。メラトニンは睡眠を司るホルモンです。セロトニンが不足すると、生成されるメラトニンも減少するためスムーズな入眠が困難となるリスクが高まります。過眠だけではなく睡眠リズム障害を呈するのは、メラトニンの調節障害によるものです。 (2)ビタミンDの不足 2つ目がビタミンDです。皮膚に直接日光が当たると、ビタミンDが生成されます。 ビタミンDはセロトニンやドーパミン生成には不可欠な物質です。少し乱暴にまとめれば日照時間が少なくなると、体内のビタミンDレベルが下がり、その影響で脳内セロトニン量が少なくなるものと心得てください。 ビタミンDが精神症状に影響するということは少し意外に感じられる方もいらっしゃるかもしれません。実際うつ病患者さんと体内のビタミンDレベルには関係があるとする論文もあります。 3つの対策方法 では、冬季うつの対策にはどのような方法があるのでしょう? 3つの対策をご紹介したいと思います。 (1)日光浴 一番手軽な対策方法は日光浴です。太陽光の重要性はここまでの説明でご理解いただけたでしょう。しかし、紫外線を浴びることによる肌への影響(光老化作用)を無視することはできません。悩ましいところですが、私は患者さんに1日に最低15分は太陽光を浴びましょうとお伝えしています。可能であれば午前中がさらに望ましいです。 太陽光を浴びると言っても天候に左右されてしまう可能性もあるため、最近では太陽光と同じように光を照射するデバイスも簡単にネットで購入することも可能です。 (2)運動 2つ目は運動です。運動によってセロトニンを増やす効果が確認されています。ただし運動強度に注意して行いましょう。ヘトヘトになるまでの運動量はおすすめしません。「あーよく動いたなー」と自覚するレベルを意識しましょう。運動の種類は基本問いません。 (3)炭水化物は質の高いものを摂取 3つ目は質の高い炭水化物を摂ることです。炭水化物はセロトニンの原料です。冬季うつの症状の一つである食欲亢進作用は、不足したセロトニンを補うために炭水化物を積極的に摂取しようとする代償行為とも考えられます。そこで注意しなければならないのは、炭水化物の質です。 一言に炭水化物といっても、カップラーメンや精製小麦を使用したパンなどの加工食品は健康面を考慮しても避けたいところです。おすすめは、芋類や豆類、玄米などです。 対策する上で精神科医からのアドバイス もしかしたら、この記事を読んでいる方の中には、「対策方法は知っているけど、どうにも行動に移せない」と思う方もいらっしゃるかもしれません。 では、こんなマインドセットはいかがでしょうか。眠くなるのは身体の反応だと捉えて、睡眠時間を1時間程度はプラスで見積もるという考え方です。1時間を捻出する難しさは重々承知していますが、困難は分割してしまいましょう! 例えば、日々の生活の中で午前中30分、午後30分なら捻出できそうな気がしませんか?もちろん、15分を4回でも結構です。何気なく見てしまうSNSチェック、暇つぶしで見てしまう動画配信サービスなどなど。隙間時間を意識すればトータル1時間は案外あっさりと捻出できます。日常生活で行える工夫は無限大ですよ。 ・あぁ寝過ぎてしまった・今日も朝から時間を無駄に過ごしてしまった・また食べ過ぎてしまった そうしたネガティブな想いから、「もうどうでもいいや」と他の時間まで投げやりな過ごし方になってしまったり、暴食してしまったりする方が心身に悪影響を及ぼします。「よく寝たから体力が充電できた。パワー満タン!よく寝た分は日中に取り返すぞー」とマインドセットを切り替えて行きましょう。 不安であれば精神科へ気軽に受診をしましょう 冬季うつはQOLに大きく影響する疾患です。しかし、正しい対策や治療で事前の予防や症状改善が望める疾患でもあります。自力では乗り切れないことも専門職とともにあれば、新たな解決方法が見つかることもあるでしょう。症状に苦しんでいる方は、ためらわず精神科を受診していただければ幸いです。 著者茂木 千明(もぎ ちあき)精神科医 美容皮膚科医精神科専門医(精神神経学会認定) 精神保健指定医東邦大学医学部医学科卒業。都内の精神科救急病院に従事し、小児期から老年期まで幅広く診療を行い、研鑽を積む。その経験から、身体機能や外見が心に及ぼす影響に着目し、美容医療にも従事する。現在は診療の一環として、リストカット跡の修正アートメイクなどを積極的に行う。自身の名前にある通り「千倍、人を明るくする」をモットーに、患者さんに笑顔が戻るよう精神療法を中心に診療をしながら、講演や執筆活動を全国で行う。編集:合同会社ヘルメース 【参考】〇 Medical Hypotheses. Volume 83, Issue 5, November 2014, Pages 517-525,「Possible contributions of skin pigmentation and vitamin D in a polyfactorial model of seasonal affective disorder」https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S03069877140033512023/1/6閲覧

マネジメントに必要な心構えとは 訪問看護管理者のためのメンタルヘルスケア
マネジメントに必要な心構えとは 訪問看護管理者のためのメンタルヘルスケア
特集
2023年1月24日
2023年1月24日

マネジメントに必要な心構えとは 訪問看護管理者のためのメンタルヘルスケア

この連載では産業医学が専門の精神科医・西井重超先生に、訪問看護にまつわるキャリア別メンタルヘルスケアについて解説いただきます。今回は、管理者としての心構えをご紹介しつつ、ストレスとの向き合い方を考えていきます。 訪問看護ステーションで働く看護師は20~60代まで幅広い年齢層の方がいますが、特に多い世代は40~50代のようです。管理者の年齢層も40~50代が多く、非常勤で働く訪問看護師も同年代が多いようです1)。この年代に限っていうと、管理者か非常勤かの二極化と言ってもよいかもしれません。キャリアとしては訪問看護10年目前後から管理者になる人が出てきます。 スタッフはサラッと辞めてしまうと理解しておく 管理者はマネジメントが業務として含まれてくるので、看護技術とは別のスキルと心構えが必要になってきます。まず、マネジメントにおいて理解しておくとよいのは「スタッフは辞める」ということです。極端な表現かもしれませんが、ビックリするほどサラッと辞めます。 スタッフのマネジメントも管理者の重要な業務ですので、突然の退職は、当然想定しておく必要があります。 よくあるハラスメントと捉えられかねない事例ですが「長く続けるのが当然、途中でやめるのは問題」などと自身の人生観やキャリアを他人に押し付けることはよくありません。相手にも苦痛になりますし、自分と重ね合わせようとする考え方自体が柔軟な対応の邪魔になり、自分自身を悩ませ苦しめることになります。 スタッフを信頼しても過剰な期待はしない マンパワーは流動的で、いつ誰が急に休んだり辞めたりするかはわかりません。そのため経営する側としてはマンパワー的に少なくとも0.5人分程度の余剰人員で回すくらいの人員管理は必要でしょう。もしあなたが経営者でない管理者であって、経営者が余裕を持った人員配置を理解してくれない職場で働いているなら、その職場自体は今後改善の余地が非常に大きいと思われます。  管理者の苦労は管理者にならないとわかりません。管理者をめざそうとしている人であれば少しはわかってくれるかもしれませんが、そうでない人にとってはわかる必要のない世界なのです。管理者業務もステーション業務の1つなのだから理解しようとするのは当然ではないかとの意見もあるでしょう。でもそれは、あなたが管理者になるキャリアを歩んできた人だからそう思うのであって、他の人も同じ考えであるとは限りません。 主人公が海賊王をめざす某人気漫画を例示してよく言われるように、今の世代は、導くリーダーよりも一緒に戦う仲間を欲しているという感覚を知っておいてもよいでしょう。管理者のメンタルヘルスがテーマなのに、管理者にとって厳しい話をしているようですが、「スタッフを信頼するけれど非現実的な期待をしない」ことが上手に管理者を務めるための心構えです。思い通りにならないことが多いと非常にストレスを感じます。精神医学で言う認知(物事の受け止め方)を変える、つまりこの場合は思い通りにならないと理解することがストレス軽減につながります。 板挟みの孤独と強すぎる正義感 日常診療をしていると、訪問看護ステーションの管理者が受診されることはしばしばあります。管理者が抱える悩みは大体2つのパターンに分けられます。 最も多いのは、裁量権の小さい管理者で経営者と他のスタッフとの間に挟まれているパターンです。結果、自身が業務を背負ってしまい、過重労働に陥ってしまいます。管理者は自分自身がトップ、もしくはトップに近い立場であるため、相談先がほとんどありません。まじめで考え込んでしまう人ほど、一人で悩みを抱えこみがちになります。 割合は減りますが、もう1つは自分の正義感に振り回されるパターンです。「スタッフがよく辞めていく」「スタッフから怖いと言われる」「正しいことを伝えているのに相手がなぜか泣き出す」、このような経験がある場合、注意が必要です。「あなたのためを思っている」「患者さんのためを思っている」といった言葉とともに強い怒り、もしくは強い悲しみが湧き出てくるタイプの人が多いです。 このパターンの方は周囲に疲弊して受診をされるのですが、実は周囲もこの人に疲弊しているという負の連鎖が起こっています。正論を突き通そうとするあまり、バランスのよい最適解に妥協することができず、周囲とぶつかることが多いです。そして、自分の正論を押し付けて揉めに揉めた結果、スタッフへのパワーハラスメントになることがあります。この場合、本人も周囲が理解してくれず自分がしんどくなっていき、被害者のような感覚になります。さらに収拾がつかず、スタッフもあきれ果てて次々に辞職していくパターンを取ります。 仲間を作ってストレス発散 このように厳しい立場にある管理者ですが、行き詰まらないためにも取り組んでおきたいことがあります。それは仲間を作ることです。トップになれば自分と同列で話せる人は職場にはほとんどいないかもしれません。その場合、職場以外のコミュニティで仲間を作り、相談してみるのはいかがでしょう。業務上の役割や立場を意識せずに、悩みを話したりもできますし、人の話を聞くことで自分と他の人の違いを知ることもできます。暴走しているようであれば気づきを得ることも可能です。よいストレス発散にもなります。 通院してくる方に聞くとストレスの発散が苦手な人もいます。問題解決に目を向けすぎて、問題が消えていない状況で小休止を取るのはよくないことだと考えてしまい、上手に発散ができないのです。旧知の知人と疎遠になっているなら、習い事を始めて新しい仲間を作ってもいいですし、学会のような懇親会に参加するのもよいでしょう。医療分野に限らず、経営者勉強会の集まりもありますし、今はSNSのようにインターネットを利用していろいろな人とつながることもできます。職場の行き来だけになっている人は、人と会うことを考えてみてはいかがでしょうか。 執筆 西井 重超はたらく人・学生のメンタルクリニック 院長 ●プロフィール日本精神神経学会専門医・指導医。元東京アカデミー看護師国家試験対策講座講師。奈良県立医科大学病院精神科を経て産業医科大学精神医学教室へ移り、在籍中に助教・教育医長を歴任。現在は大手企業の専属産業医・次長として勤務しながら、「はたらく人・学生のメンタルクリニック」の院長を務める。専門は医学教育、職場・学校のメンタルヘルス、成人期ADHD。著書に『精神疾患にかかわる人が最初に読む本』(照林社) がある。 記事編集:株式会社照林社 【引用文献】1)日本看護協.「2014 年 訪問看護実態調査 報告書」,https://www.nurse.or.jp/home/publication/pdf/report/2015/homonjittai.pdf 2022/10/25閲覧

成年後見制度とは―認知症の利用者さんから「通帳を預かって」と言われたら?
成年後見制度とは―認知症の利用者さんから「通帳を預かって」と言われたら?
特集
2023年1月17日
2023年1月17日

成年後見制度とは―認知症の利用者さんから「通帳を預かって」と言われたら?

この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談内容に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回のテーマは財産管理にかかわる「成年後見制度」です。 事例 軽度認知症の利用者Aさん。一人暮らしを続けてきましたが、最近は物忘れが目立つようになり、ガスコンロをつけっぱなしにするなど「危なっかしい」と周囲は感じています。 そんな中、訪問看護師のBさんはAさんから次のように依頼されました。「私は子どもも連れ合いもいないし、きょうだいは疎遠だからいざというとき誰にも頼ることができないの。この前テレビで、私のような独り身の家に強盗が押し入ったというニュースを見て、急に怖くなって。あなたなら信用できるから、私の通帳を預かってくれないかしら。もちろんお礼はします。」 「Aさんと信頼関係が築けていたんだ」とうれしくなった反面、さて困ったことになったと思うBさん。利用契約上かかわっているに過ぎない一看護師ですから、そこまでできないことは確かです。通帳のお預かりはお断りしなければなりませんが、Aさんから「じゃあ、私はどうすればいいの?」と尋ねられたとき、Bさんは何と答えればよいでしょうか? 回答例 「成年後見制度という制度があって、そこで通帳の管理をしてくれるそうですよ。一度、法律の専門家に相談されるのはいかがでしょうか。難しいようでしたら、私からケアマネジャーや地域包括支援センターの人におつなぎしますね。」 通帳をお預かりすることは財産管理につながります。Aさんのように、認知症で判断力の低下が見られ、財産管理に不安がある場合、専門的なサポートが必要でしょう。このようなときに利用できる制度として「成年後見制度」があります。 成年後見制度とは 成年後見制度(略称「後見制度」)とは、認知症や精神障害などで判断力が不十分な人のために、財産の管理や収入・支出の管理、また介護サービスの利用契約を締結するといった生活環境を整える行為を代わりに行ってくれる、後見人をつける制度です(図1)。 後見人は、本人の財産の一切を預かり収入や支出を管理しますが、いわゆる「お小遣い」として自由に使えるお金を本人に渡すこともあります。実際にいくらを渡すか、また本人の希望にどこまで応じるかについては基本的に後見人の裁量に委ねられています。そのため、本人の購入希望を後見人が断り、トラブルになるケースもあります。 図1 成年後見制度の全体像 図1に示すとおり、成年後見制度には「法定後見」と「任意後見」の2つがあります。順に説明していきましょう。 法定後見 法定後見とは、すでに判断力が不十分な人に家庭裁判所が後見人をつける制度です。 法定後見は、さらに3つの類型に分かれています。認知症が重い方から順に、後見、保佐、補助とランクが用意されているイメージです(図1)。 1.後見認知症や精神障害などにより判断力が欠けている人について本人や親族らの申し立てによって、家庭裁判所が「後見開始の審判」をして、本人を援助する人として後見人を選任する制度です。後見人は、本人に代わって契約を結んだり(法律行為の代理)、本人の契約を取り消したりすることができる(法律行為の取消)など、幅広い権限を持ちます。 2.保佐判断力が著しく不十分な人について、家庭裁判所が保佐人を選任する制度です。保佐人は、本人が不動産の売却時に一定の重要な行為をすることに同意したり(一定の行為の同意)、本人が保佐人の同意を得ずにしてしまった行為を取り消したりすること(一定の行為の取消)を通じて、本人の財産を守ります。 3.補助一人で判断する能力が不十分な人について、家庭裁判所が本人を援助する人として補助人を選任する制度です。保佐人より預かる権限は限られます。 任意後見 任意後見は、判断力が十分あるときに、将来自分の後見人になる人と契約を交わす制度です。 任意後見の場合、法定後見のような分類はありません。また、本人や親族らが家庭裁判所に申し立てる必要がある法定後見と違い、将来自分の後見人になってもらう人と契約(任意後見契約)を交わします。そして、いざ判断力が十分でなくなった時点で、後見人になる人が家庭裁判所に申告をすることによりスタートします。 後見人には報酬を支払うことも 後見人の実務に対して報酬を支払うことがあります。法定後見の場合、後見人からの申し立てによって家庭裁判所が報酬額を決定します。報酬額は、被後見人の財産の規模や後見人の実務の内容をもとに妥当な金額が算定されます。一概には言えませんが、2万円程度です。 任意後見では、被後見人本人と契約を交わすため自由に報酬額を決められます。とはいえ、法定後見の金額にならうことが多く、家族が後見人となる場合、無償であることも少なくないようです。 後見制度を利用するときのメリットとデメリットは? メリットとデメリットは、法定後見か任意後見かで変わってきます。 法定後見の場合、昔からきょうだい仲が悪い、親族間で介護方針に争いがあるなど、トラブルを抱えているときに有効です。家庭裁判所に申し立てをすれば、裁判所が自動的に後見人を選任してくれるからです。その場合は通常、家庭裁判所に登録している第三者の弁護士や司法書士などが選ばれます。 見方を変えれば、家庭裁判所が独断で赤の他人を後見人に据えてしまうリスクがあるといえます。 任意後見は、親族はもちろん、NPO法人のような任意後見をサービスとして提供している団体とも契約することができます。「この人に頼みたい」という意向がはっきりしている場合、確実にその人が後見人になれる任意後見のルートがよいでしょう。一方、先にも述べたように任意後見の報酬は自由であるため、高額な金額を要求するような悪質な団体に引っかからないよう注意が必要です。 まずはオフィシャルな組織に相談してみることをすすめる 事例のAさんの場合、看護師に相談するくらいですから、身内に頼れる人がおらず、誰に相談すればよいかもわからない状況なのでしょう。後見制度については無料で相談に応じてくれる機関がたくさんありますが、まずは司法書士会や社会福祉士会などオフィシャルな組織が行っている相談を受けることがおすすめです。 ▼東京司法書士会ホームページhttps://www.tokyokai.jp/consult/free_consult.html ▼日本社会福祉士会「権利擁護センターぱあとなあ」ホームページhttps://www.jacsw.or.jp/citizens/seinenkoken/shokai.html 認知症や判断力の程度にもよりますが、「他人に自分の財産管理を任せる」というざっくりとした意味を理解できるようでしたら、任意後見の選択肢も考えられます。例えば、事例のBさんのように信頼できる人が身近にいて「その人にお願いしたい」ということであれば任意後見の方法によることで通帳管理を任せることができます。 法定後見では、判断力の低下が重度でなければ、補助人か保佐人がつく可能性が高いです。権限が限られますが、要望すれば通帳管理も任せることができます。 「いきなり専門家に相談するのは勇気がいる」ということであれば、担当のケアマネジャー、あるいは地域包括支援センターに「後見制度につなげるような支援をしてほしい」と申し送ればよいでしょう。 いずれにせよ、言われたとおり通帳を預かってしまうことは、思わぬトラブルに巻き込まれる可能性もあり、厳禁です。 執筆 外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka 記事編集:株式会社照林社 【参考】〇大阪家庭裁判所他「成年後見人等の報酬額のめやす」 https://www.courts.go.jp/osaka/vc-files/osaka/file/f3104.pdf 2022/12/7閲覧

CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか _その1:なぜ連携しにくいのか?
CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか _その1:なぜ連携しにくいのか?
特集
2023年1月17日
2023年1月17日

CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか_その1:なぜ連携しにくいのか?

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第7回は、連携がしにくいと評判のドクターについて、なぜ連携がしづらいのかについて多角的に考えます。 はじめに 「ドクターをどう動かせばいいのか」という悩みは、看護管理者の方からよく聞くテーマです。みなさんもセミナーに参加したつもりで、「自分だったらどうするだろう」と考えながらこの連載を読んでいただければと思います。 ケースと設問 CASE3 ドクターをどう動かせばいいのか   「K医師と連携がしにくい。どうしたらよいか」とスタッフナースから相談を受けている。K医師は、地域で在宅療養支援診療所を複数経営している大きな医療法人に所属している。K医師はふだん大学病院で働いており、在宅医療は初めてだそうだ。  K医師が担当する利用者の多くは内科疾患を持つ人だが、なかには認知症を疑わせる症状がある人や、専門的なリハビリが必要と思われる人もいる。訪問看護としては、それらの症状に対して専門の医師にもみてもらいたいと考えているが、K医師は取り合おうとしない。利用者本人や家族は、「他の医師にみてもらったとわかったら主治医であるK医師が怒るのではないか」と考えているようで、自ら他院を受診はできないと言っている。管理者としてどうしたらよいだろうか?   設問 あなたこの管理者であれば、連携がしにくいという評判があるK医師に対して、どのような働きかけをすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 連携しにくいと評判の医師について 講師このケースで議論したいことは、「管理者として連携しにくいドクターをどのように動かすか」です。その前にまず、連携しにくいと評判のK医師の特徴や、そのK医師に関係する周囲の人々の状況について、皆さんはどのように考えますか? Aさん注2K医師はふだんは大学病院で働いていますし、在宅医療の経験があまりないので、訪問看護の状況をよくわかっていないと思います。こういうことってよくあるのではないでしょうか。 Bさんすごく対応のよい医師とそうでない医師の差が大きいですよね。もともとの性格などもあるかもしれませんが、医師の経験や価値観が、在宅医療へのかかわりに影響していそうだと個人的には思っています。ここは訪問看護としてはどうしようもないですが。 Cさん医師はどうしても治療に目が行きがちなのかもしれません。特に、病院勤務で、在宅の経験があまりないとその傾向が強い気がします。でも訪問看護の目的は、在宅生活の維持・向上です。私の経験上、ここが一致しないためになかなか話が進まないことがよくありました。 DさんK医師は、利用者の状況を、診察時点の「点」でしかみていないのではないかと思います。利用者やご家族のなかには、「医師に生活全体の状況や困っていることを率直に伝えられない」という人もいらっしゃいます。 「連携しにくいと評判の医師について」の小括 最初の議論は、「連携しにくいと評判のK医師の特徴やそのK医師に関係する周囲の人々の状況について」、それぞれの考えを出しあいました。 これらの発言は、①個人の特徴 ②多職種連携の際に生じる問題、の大きく二つに分類できます。 ①K医師の特徴・本業は病院の医師であり、かつ在宅医療の経験があまりない。・在宅医療への理解が不足しており、自己の価値観を優先している。②多職種連携の際に生じる問題・K医師は治療を、訪問看護は在宅生活の維持・向上を目指しており、目標が一致していない。・医師の立場では、看護師に比べて、利用者の細かな生活状況がわかりにくい。 発言をこのように分類してみると、管理者として働き掛けることができる部分は、②多職種連携の際に生じる問題であることが、参加者のみなさんには見えてきたようです。 次回は、「なぜ連携がうまくいかないのか」について、この二つの面から考えていきます。 >>次回「その2:なぜ連携がうまくいかないのか?」はこちら 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆鶴ケ谷理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com 記事編集:株式会社メディカ出版

【セミナーレポート】「だから」が分かると腑に落ちる精神看護
【セミナーレポート】「だから」が分かると腑に落ちる精神看護
特集 会員限定
2023年1月10日
2023年1月10日

【セミナーレポート】「だから」が分かると腑に落ちる精神看護

2022年9月30日に実施したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「『だから』が分かると腑に落ちる精神看護」。講師として登壇してくださったのは、精神看護専門看護師であり、現在は訪問看護事業を展開する株式会社N・フィールドで広報部長を務める中村創さんです。病院での勤務や「べてるの家」での生活経験をふまえ、訪問看護現場での精神疾患を抱える患者さんとの向き合い方、看護師にできることなどを教えてもらいました。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】中村 創さん 株式会社N・フィールド 事業管理本部 広報部 部長/精神看護専門看護師/公認心理師精神看護専門看護師として、急性期病棟や閉鎖病棟を含む複数の病院に勤務。精神疾患を抱えた方々の地域活動拠点である「べてるの家」の一室で暮らし、当事者研究のイベント運営にも携わる中で、地域の受け入れ体制を整備する必要があると実感する。訪問看護にその可能性を感じ、2019年より株式会社N・フィールドで活動。 目次 ▶ 精神看護では患者さんとの関係構築が重要 ▶ 感情をぶつけられたらその裏側を想像しながら対応を ▶ 統合失調症の看護では「安心」を一緒につくる ▶ 自殺を考える人との対話では、自殺の話題から逃げない --> ▶ 精神看護では患者さんとの関係構築が重要 精神疾患の治療において、優れた臨床成績を出している療法を学び、実践することはもちろん大事です。しかし、患者さんと治療者との間に関係が構築されていなければ、どんな療法も効果が発揮されないと私は考えています。 また、私が病院、訪問の別なく看護の現場で何よりも重要だと実感しているのは、「患者さんの語り」に耳を傾けること、「この人になら話してみよう」と思ってもらえる関係を構築することです。安全が担保されている関係が構築されなければ、患者さんが語り始めることはありません。 ▶ 感情をぶつけられたらその裏側を想像しながら対応を 臨床で患者さんから怒りをぶつけられた経験がある方は少なくないと思います。そんなときは、「怒りの裏側」に思いを巡らせると、同じ場面が違って見えます。 人は、他者との関わりにおいて自己が傷つくのを防ぐため、つまり自己防衛のために怒りを手段として使うことがあります。もしくは、相手を支配し、自分が主導権を握りたいときにも怒りを用います。 このように、怒りの奥には何らかの思いが潜んでいます。そして、怒っている瞬間は心に余裕がなく、根底にある「自分が傷つけられそうになっている」「相手を思いどおりにしたい」「正しいのは私」といった思いを修正することはできません。 臨床で患者さんの強い怒りに触れたとき、そういった怒りの感情を無理に鎮めようとするのではなく、鎮まるのを待つほうがいいでしょう。精神看護においては、こうした「見えない部分」を想像しながら対応を考えていくことが重要になります。 ▶ 統合失調症の看護では「安心」を一緒につくる 統合失調症は、英語で「Schizophrenia」といいます。「schizo」は分裂、「phrenia」は連想という意味です。頭の中で情報をまとめる、統合することが難しくなる状態です。急性期では、自他の境界が分からなくなり、強い恐怖を感じています。怖くてしかたがないから眠れなくなり、さらに神経が過敏になって、症状も強くなります。 そんなときに私たち看護師ができるのは、「あなたは安全だから大丈夫」と説得することではなく、患者さんが安心できる環境を一緒につくること、相手の内側で何が起こっているかを想像し寄り添うことです。「説得は無理に抑えつけようとする行為である」と心に留める必要があります。 また、看護師自身が「この状態はいずれおさまる」と信じることも重要です。念じるだけでも構いません。看護師の回復への信頼は、患者さんにも伝わります。その信頼が伝わることで少しずつ気持ちが落ち着き、話ができるようになっていくのです。 ▶ 自殺を考える人との対話では、自殺の話題から逃げない 自殺の行動化で搬送される人の中には、周囲からみれば些細に思える動機を淡々と話される方もいます。例えば、「水たまりを踏んで靴下が濡れたので死のうと思いました」といった具合です。耳を疑ってしまいますが、これは、その人が行動を起こす瞬間に至るまでに、多くの荷物を背負ってきたからです。靴下が濡れた瞬間、積荷の重さが限界を超えてしまったということです。 そんな精神状態にある方は、視野が狭くなり、自殺という選択肢しか見えなくなります。「自殺が唯一の解決策」と考えるようになり、周囲にいるかもしれない家族や仲間、支援者が見えなくなっているのです。 そうした方と対話する際、私たちは誠実な態度で話を聴かなければなりません。自殺の話題から逃げず、はっきりと尋ねましょう。例えば、私は「今死にたいという気持ちはどのくらいでしょうか?」「『死なない』と私に一言いってもらえませんか?」などと伝えます。真正面から受け止める人が「そこにいる」ことが、自殺を思いとどまるひとつのファクターになります。 また私たち看護師は、一人で抱え込まないことも大切です。チームのメンバーに状況を共有し、個人ではなく、チームで対処するという姿勢で臨みましょう。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

困難事例は精神科の知識で対応 中堅訪問看護師のためのメンタルヘルスケア
困難事例は精神科の知識で対応 中堅訪問看護師のためのメンタルヘルスケア
特集
2023年1月10日
2023年1月10日

困難事例は精神科の知識で対応 中堅訪問看護師のためのメンタルヘルスケア

この連載では産業医学が専門の精神科医・西井重超先生に、訪問看護にまつわるキャリア別メンタルヘルスケアについて解説いただきます。今回は、中堅訪問看護師が出会いがちな困難事例を取り上げ、精神医学で解消できる部分をアドバイスしていきます。 対応困難例に生かす精神医学的アプローチ 今回の対象である中堅訪問看護師は、受け持ちの患者さんに難しいケースが多いため対応に苦慮するあまり、ご自身のメンタルヘルスに影響することも多いようです。そこで訪問看護師の精神的負担を少しでも軽減できるように、対応困難例への精神医学的アプローチの方法を紹介しましょう。 中堅の訪問看護師が直面する関わりの難しいケースの中には、精神医学で言う「パーソナリティ障害」や「発達障害」の方がいらっしゃるように思われます。特にパーソナリティ障害の患者さんの場合、ご本人は「普通のこと」「常識的なこと」と思い込んでいることが多くあります。そんなとき、「できないことはできません」とお断りすると、「裏切られた」と感じられてしまうこともあります。こうした反応は、訪問看護師にとってはとてもストレスフルで疲弊してしまいます。 そこで今回は、接し方が難しい患者さんへの対応に役立つ、精神科の知識をご紹介します。特に看護の現場で困ることの多い、「パーソナリティ障害」と「発達障害」を取り上げ、それぞれの疾患の特徴と対応をお伝えしますので、ぜひ現場でお役立てください。 パーソナリティ障害の患者さんの特徴と対応 まずは、クレーム対応の話でも話題に上がるパーソナリティ障害に比重を置いてお話しします。なお、パーソナリティ障害にはいくつか種類がありますが、ここでは「境界性パーソナリティ障害」を取り上げます。境界性パーソナリティ障害は期待感に関しての問題を持っています。自分の常識を世間の常識だと思い込み、自分の思いを相手がくみ取ってくれると過剰に期待して、断られるといった期待外れに直面すると激怒するのが特徴です。 「付かず離れず」で過剰な期待をさせない 対応方法としては期待をさせないことが大事です。具体的には「すべての要望に応えることはできない」と相手に伝えます。少しストレートで言葉が悪いように聞こえてしまうかもしれませんが、言い換えたフレーズとしては「ここまではできて、これ以上はできない」となります。一定の距離を保つということです。これは「付かず離れず」の関係であり、大きく距離を取ったり見捨てたりすることではありません。 境界性パーソナリティ障害の人は一度行ったサービスの基準を下げると「嫌われた」「見捨てられた」と思う傾向があります。こちらが親切心から一度だけした行為を「次回もまたしてくれるのでは」と思ってしまい、過剰な期待を寄せてしまうのです。この心理は思い当たる人も多いと思いますが、境界性パーソナリティ障害の人では期待外れのときの落ち込み具合や怒り具合が病的に強いのです。 例えば、パートナーからのクリスマスプレゼントで考えてみます。2年前は「3万円のネックレス」で、去年は「3万円の指輪」でした。そして、今年は「5千円のマフラー」でしたとなるとショックを受け、嫌われたのだろうか? 他に好きな人ができたのだろうか? と大きな不安を感じてしまうと思います。大概はそこで我慢するのですが、境界性パーソナリティ障害の場合、我慢ができず、大声を出したり、暴力をふるったりと、過剰な反応や行動に出てしまうのです。 いつもと変わらないケアをいつもと同じように提供する 大事なことは常に一定のサービスを提供し、それ以上の過大な期待を抱かせないことです。サービスという言葉から「いつもよりも喜ばしいことを相手に提供する」というニュアンスを抱きがちかもしれません。しかし、トラブルにならないサービスとは「いつもと変わらないものをいつものように提供すること」なのです。 私の診療は、境界性パーソナリティ障害の人に対してかなり淡々としていると診察を見学した研修医から言われたことがあります。「いつもの先生がいつものように診察をしてくれて、特別なこともせず見捨てることもせず、裏切らない世界が診察室にあるという安心感」が狙いなので、それでいいわけです。境界性パーソナリティ障害の人は、最初は愛想のよい人が多いので、こちらも気分をよくしてしまい特別扱いしてあげたくなるのですが、そこはぐっとがまんして常に同じ内容の看護を提供し続けてください。 チームで対応方法を情報共有する 境界性パーソナリティ障害の人に関しては情報共有も大事です。なぜなら自分だけが特別なことをしないように心がけていても、他の人がはみ出たことをやってしまうと「あの人はやってくれたのにあなたはやってくれないのか」ということになるからです。 他にもトラブルを起こしやすいパーソナリティ障害に「自己愛性パーソナリティ障害」と「反社会性パーソナリティ障害」があります。パーソナリティ障害のタイプの中でもいずれもトラブルを起こしやすいB群パーソナリティ障害に属しています。興味のある人は調べてみてください。 発達障害の患者さんの特徴と対応 主な発達障害に注意欠如・多動症(ADHD ※1)と自閉スペクトラム症(ASD ※2)がありますが、ASDの患者さんへの対応を知っておくとよいでしょう。 パーソナリティ障害もコミュニケーションがうまくいかないといった特徴がありますが、比較的社交的な人もいらっしゃり、コミュニケーションが巧みでこちらを操作してくるケースもあります。それに対し、ASDの人は人間関係やコミュニケーションが苦手でうまく意思疎通が図れません。 伝えたいことは口頭ではなくメモを活用 ASDの人は細かいことにこだわってしまい、全体的に大切なことを見渡すことができません。こだわりのあまり不安が強く、いろいろ訴える面倒な人と思われがちです。話をまとめることも下手なのでダラダラと話してしまい、何がポイントの会話であるかはっきりしません。想像力を働かせるのも苦手で、口で伝えたことが頭に入りにくい傾向があります。そのためメモに残したり、見える形で一つひとつ確認したりすることが重要になります。 障害の特徴を知って対応におけるストレスを減らす パーソナリティ障害や発達障害の特徴を知っておくと、訪問看護師としてストレスを抱えずに対応できるケースもあるでしょう。「普通では考えにくい独特な考え方をすることがある」「そういう不思議なところがある」と認識しておくだけでもこちらのストレスが大きく減ります。患者さんと向き合いつつ、自分の心の負担を少しでも軽くするために精神科のエッセンスを活用していただければ幸いです。 そのほか、知的障害の人も、説明をうまく理解することが難しいなど対応に困ることがあります。ただし、会話内容に裏表がなく揚げ足取りをするようなこともほぼないため、シンプルに短い文章で説明することが大事になってきます。一気に複数の指導をすると混乱しがちなので、「まずこれだけする」と1つのことに絞り、徐々にできるようになれば次の課題を促していくとよいでしょう。発達障害と同様に、ポイントを口頭で伝えず、文章で伝えることも有効です。 ※1 ADHD:attention-deficit hyperactivity disorder ※2 ASD:autism spectrum disorder 執筆 西井 重超はたらく人・学生のメンタルクリニック 院長 ●プロフィール日本精神神経学会専門医・指導医。元東京アカデミー看護師国家試験対策講座講師。奈良県立医科大学病院精神科を経て産業医科大学精神医学教室へ移り、在籍中に助教・教育医長を歴任。現在は大手企業の専属産業医・次長として勤務しながら、「はたらく人・学生のメンタルクリニック」の院長を務める。専門は医学教育、職場・学校のメンタルヘルス、成人期ADHD。著書に『精神疾患にかかわる人が最初に読む本』(照林社) がある。  記事編集:株式会社照林社

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