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適応障害、不安、うつ状態への対応【精神症状の緩和ケア】

適応障害、不安、うつ状態への対応【精神症状の緩和ケア】

このシリーズでは主にがん患者さんの事例を中心に、患者さんが訴える精神症状の問題にどう向き合えばよいかを考えていきます。今回のテーマは「適応障害、不安、うつ状態」です。

不安とは
漠然とした不確実な恐れの気持ちが継続する状態。
適応障害とは
「がん」という現実に直面したための精神的苦痛が非常に強く、日常生活に支障をきたしている状態。
うつ状態とは
適応障害よりもさらに精神的な苦痛がひどく、身の置きどころがない、何も手に付かないような落ち込みが2週間以上続き、日常生活を送るのが難しい状態。

*国立がん研究センター がん情報サービス「がんと心」を参考に作成
https://ganjoho.jp/public/support/mental_care/mc01.html
(2023/9/15 閲覧)

がん患者さんにみられる精神症状

がん患者さんは診断や治療を受ける過程でさまざまなストレスを抱え、その結果、不安や抑うつ、不眠といった精神症状をきたすことが知られています。こういった症状が日常生活に大きな支障をきたす場合には適応障害やうつ病などが疑われます。

特に適応障害は、高頻度に認められる精神症状であり、せん妄とうつ病がそれに続きます1)。なお、不安や抑うつなどの症状はがん患者さんだけでなく、心不全や呼吸不全のような非がん疾患の患者さんにも生じるといわれています2)3)

病的な状態ではないにしろ、多くのストレスを抱える患者さんにかかわる際、精神的な問題がないかアセスメントし、支援を行うことが訪問看護師に求められています。Aさんの事例を通して患者さんの症状にどうかかわるかを考えたいと思います。

事例:Aさん(80代、男性、独居)

大腸がんで手術を受け、一時的にストーマを造設。ストーマ管理の目的で訪問看護を週2回利用しています。手術後に肝転移が見られたため、現在は化学療法を実施中も口内炎の痛みや倦怠感がひどく、今まで通っていたデイケアにも通えなくなってしまいました。家で過ごす時間が長くなり、気分がすぐれない日も多いようです。今回は化学療法について不安があるとの訴えがあったため、化学療法に詳しい看護師が訪問することになりました。

Aさんは、いつもと違う看護師に少し緊張した様子でしたが、徐々に慣れていき、以下のようなことを話してくれました。

  • 口内炎ができてしまい食事のたびにしみてつらいこと
  • それに伴い食事がおいしくないこと
  • 化学療法を受けると身体がだるくなり、やる気も起こらず、気がつくと寝ているだけの生活になっていること

心配事を解決し不安を解消

Aさんの訴えを聞いた訪問看護師は、まずはAさんの心配事の解消が必要と考えました。化学療法による副作用や症状の出現時期、対応方法を具体的に説明し、Aさんの不安を軽減できるように働きかけました。ところが、Aさんは説明を聞いた後も表情が硬く、「心配事は解決できそうです」と話されるものの、とても解決したとは思えない様子です。

全人的苦痛(トータルペイン)の視点でケア

Aさんの不安そうな様子に変化がないことから、訪問看護師は身体的なつらさだけではなく、精神的、社会的、スピリチュアルな面から包括的にアセスメントすることにしました。

一般的に、がん患者さんが直面するつらさ(苦痛)は身体的な面だけでなく、精神的、社会的、スピリチュアルと多面に及ぶとされています。これを全人的苦痛(トータルペイン)と呼びます(図1)。緩和ケアでは患者さんに生じるさまざまな苦痛に対応するために、全人的なアプローチが必要です。

Aさんはがんの診断を受けてまだ間がありません。Aさんご本人の苦痛の強さや、世話をしているご家族の心配や負担の大きさ、日常生活に支障をきたしている程度を判断。問題があると感じた場合、精神・心理的問題にすぐに対処します。そのため、Aさんの状況を適応障害、不安、うつ状態の視点から一つずつ確認することにしました。

図1 全人的苦痛(トータルペイン)の理解

全人的苦痛(トータルペイン)

淀川キリスト教病院ホスピス編.「緩和ケアマニュアル 第5版」.最新医学社,大阪,2007,p.39より引用

適応障害

適応障害は、比較的明確なストレスを原因として3ヵ月以内に発症し、日常生活に支障をきたしている状態をいいます。適応障害への対応は支持的・共感的に話を聞くことと、ストレスを作り出している問題を把握し、その中から解決可能なものを選択し、介入することです。

Aさんは、がんの診断、ストーマ造設、化学療法、そして化学療法による副作用などで多くのストレスを抱えていることが想像されます。まずは、Aさんにストーマの受け入れ状況を確認してみることにしました。

するとAさんは「いつもと違う状況で突然漏れると不安だが、看護師さんに相談できるし、交換自体は自分でできるから不安はない。服を着ていると案外ストーマがあることも分からないしね。同世代の友人が便秘だ、下痢だと困っているのを聞くと自分のほうが楽かなとも思うよ」と話されました。

不安そうな様子はあるものの、大きな環境の変化であるストーマ造設については肯定的にとらえることができているようです。化学療法に関しても前向きに取り組みたいと考えているそうです。日常生活への支障や本人の苦痛が強くなった起点が明らかな場合、専門医の診察を医師に相談しますが、それには当てはまらないと判断しました。

不安

次に、不安についてアセスメントしました。不安は図2に示すように、気分、思考、行動、身体の症状として現れます。Aさんにこの4つの面について具体的な症状を確認したところ、不眠や食欲減退の訴えはありましたが、気分面や思考面、行動面の自覚症状はないようです。Aさんの日常の行動や心理的に大きな障害は認められず、専門的な介入が今すぐ必要な状態ではないと考えました。

図2 不安の症状

不安の症状

藤澤大介 「不安」.森田達也,木澤義之監修、西 智弘,森 雅紀,山口 崇編集,『緩和ケアレジデントマニュアル 第2版』,医学書院,東京,2022,p.323.より引用

うつ状態

うつ状態については、「落ち込みのチェックリスト」(図3)といったスケールを用い、現在の自分の心の状態を振り返ってもらうとよいでしょう。Aさんに「今、悲しい気持ちや気分の落ち込みなどを感じますか」と問うと、「気分の落ち込みがあきれるほどひどい」との答えが。どのくらいその様子が続いているのか、以前に同じような経験をしたことがあるのかを重ねて問いかけてみました。

するとAさんから次のような話が聞かれました。

「実は、若い時にうつ病を発症し、長い間病院に入院していたことがある。子どもたちにも話せていない。あの時と今の自分の状態が似ているなと思っても、それで病院に行きたいとか、誰かに相談したいとか、とても言い出せなかった。このような状態で治療を続けていると、何のために生きているのか分からなくなる。でも、いろいろしてくれる家族や先生(医師)に悪くて」

図3 落ち込みのチェックリスト(米国精神医学会のDSM-IV診断基準に準拠)

落ち込みのチェックリスト

【チェックリストの使い方】
まずは、1.2.の質問についてお答えください。

  • 1.2.ともに「ない」という方
    重い落ち込みではないようです。1ヵ月に1度くらい、上記の項目をチェックしてみることをおすすめします。
  • 1.2.の両方、あるいはどちらか1つが「ある」という方
    3.~9.の質問に答えてください。
    3.~9.の質問で、「はい」と答えた数を数えてみてください。1.2.の数も合わせた合計が5つ以上で、かつ2週間以上続いている方は適応障害やうつ病の可能性があり、専門家による心のケアが必要と考えられます。まずは担当医や看護師、ソーシャルワーカーへ相談することをおすすめします。精神科、精神神経科、心療内科、精神腫瘍科の医師、心理士による心のケアが役に立ちます。

国立がん研究センターがん情報サービス「がんと上手につき合うための工夫」
https://ganjoho.jp/public/support/mental_care/mc03.html
(2023/9/15閲覧)

医師への相談をAさんに提案

Aさんが話し終えた後、訪問看護師は今の自分の気持ちを言葉にして伝えてくれたことがとても大切であるとAさんに伝えました。その上で、Aさんが信頼している担当の医師にも今の話を率直に伝えてみてはどうかと提案。また、治療を受けている病院でも、不安やうつ状態のような精神症状について、希望すればきちんと診てもらえることを説明しました。

Aさんから疲れやすさと気力の減退が特につらいとの訴えがあったので、そのことも医師に伝えるように提案し、その後はアドバイスをせず、Aさんの気持ちを傾聴するよう心掛けました。

看護師が帰るとき、Aさんは「自分の中で抱えていたものを話せて気分が少し楽になった。今度、治療のときに先生に話してみようと思う」と話されました。表情も少し和らいだようにみえました。その後、受診している病院で医師に自分の精神面について相談し、現在は精神科のカウンセリングを受け、少しずつ快方に向かっているそうです。

* * *

多くのストレスにさらされるがん患者さんでは、最初の訴えが身体的なものであっても、その背後にはほかに影響する要因が隠れていることがあります。その可能性を常に念頭におきながら会話をし、傾聴し、支持的にかかわることが重要です。

症状を引き起こしている問題が解決可能な問題であれば、小さな問題から解決し、患者さんにかかるストレスを減らしていきましょう。問題の解決が難しい場合は気持ちや感情に焦点を当てた介入を行っていくことが必要です。ぜひ訪問する利用者さんの様子をよく観察し、「いつもと違う」と感じたら気持ちをたずねてみてください。

執筆:熊谷 靖代
野村訪問看護ステーション
がん看護専門看護師
 
●プロフィール
聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。
 
編集:株式会社照林社

【引用文献】
1)Akechi T, et al. Psychiatric disorders in cancer patients: descriptive analysis of 1721 psychiatric referrals at two Japanese cancer center hospitals. Jpn J Clin Oncol 2001; 31(5): 188-194.
2)北野大輔.心不全に対する緩和医療.日大医誌 2020; 79(4): 235-239
3)津田 徹.非がん性呼吸器疾患の緩和ケアとアドバンス・ケア・プランニング.日内会誌 2018; 107(6): 1049-1055.

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