精神看護に関する記事

児童精神科訪問看護で子どものVisionを描く|家族と考える支援目標
児童精神科訪問看護で子どものVisionを描く|家族と考える支援目標
コラム
2026年10月27日
2026年10月27日

児童精神科訪問看護で子どものVisionを描く|家族と考える支援目標

児童精神科訪問看護では、子どもや家族とどのように支援の目標を描いていけばよいのでしょうか。目の前の困りごとだけでなく、その子らしい未来を見据えて考える「Vision」と、そこから支援を組み立てる実践についてお伝えします。 「何を改善するか」から始めない ショートケーキ訪問看護ステーションは、東京都豊島区、板橋区、北区を中心に、発達障害や不登校などの子どもと家族を対象とした児童精神科訪問看護を提供しています。 訪問看護開始前の面談では、家族から「学校に行けるようになってほしい」「言葉を増やしてほしい」「不器用さを改善してほしい」など、さまざまな相談をいただきます。 もちろん、どれも大切な願いです。しかし私たちは、その困りごとをそのまま訪問看護の目標にするのではなく、「なぜ、それができるようになってほしいのだろう?」というWhyを家族と一緒に考えることを大切にしています。 そのため、面談の最初から「困っていることは何ですか?」と尋ねるのではなく、「お子さんの生活の中で、もう少しこうなってほしいな、応援したいなと思っていることはありますか?」といった聞き方をすることがあります。 困りごとだけに焦点を当てて尋ねると、どうしても子どもの「できていないこと」や「問題」に話題が集まりやすくなります。そこで、お子さんのこれからを前向きに考えながら相談できるよう、質問の仕方を工夫しています。 例えば「不登校なので学校に行ってほしい」という相談でも、話を聞いていくと、「家族以外の人との交流を増やしたい」「安心できる居場所を持ってほしい」という願いが隠れていることがあります。 そう考えると、学校へ行くことだけが方法ではありません。訪問看護師との交流、外出、放課後等デイサービスやフリースクールなど、目的を実現するための選択肢は広がります。 大切なのは、What(何をするか)やHow(どうするか)の前に、Why(なぜそれをするのか)を家族と共有することです。 「この子の良いところは何ですか?」 ある学齢期の子どもの支援を始めた際、保護者からは、家庭でのトラブルや約束を守れないことなど、さまざまな困りごとが語られました。 そこで私は、「この子の良いところや得意なところは何ですか?」と尋ねました。 返ってきたのは、「え、この子に良いところなんてあるんですかね。問題だらけですよ」という言葉でした。その言葉からは、保護者が日々の対応に苦慮している様子がうかがえました。 そこで一緒に生活を振り返っていくと、「物がどこにあるかをすぐに見つけられる」「欲しいものがあると、いろいろな方法を考えて試すことができる」といった姿が出てきました。 見方を変えれば、「よく観察して覚える力がある」「目的に向かって試行錯誤できる」という強みとも捉えられます。 家族から困りごとが多く語られる背景には、それだけ日々の生活で困難に直面してきたことがあると考えています。だからこそ、支援者が困りごととは違う角度から子どもを見る機会をつくることが大切だと感じています。 Kingら(1997)は、家族中心性の評価尺度「Measure of Processes of Care(MPOC)」を用いた検討を報告しています。この尺度では、専門職と家族のパートナーシップや、家族を尊重し支持する関わりなどが評価領域に含まれています。また、Lawら(2003)は、家族中心的なサービスに対する保護者の認識や満足度に関連する要因を検討しました。その結果、保護者がより家族中心的なサービスであると認識することが、サービスへの満足度と強く関連していたと報告しています。 Howがいつの間にかゴールになっていないか その後、保護者から「塾で落ち着いて授業を受けられず、退塾の話が出ている」という相談がありました。 そこで、本人と一緒に気持ちを整理するために、ノートを活用して気持ちや考えを見える化していきました。 子どもによっては、自分の気持ちを言葉にしたり、自分自身を客観的に振り返ったりすることが難しい場合があります。発達特性が関係することもありますが、年齢や発達段階を考えれば自然なことでもあります。そこで看護の場面では、ノートに書いたり図にしたりしながら、本人が自分の気持ちや考えを整理し、それを周囲に伝えやすくすることがあります。 「今頑張りたいことは何?ノートに書いてみて」と伝えると、子どもがノートに大きく「サッカーを頑張りたい」と書いてくれました。そこから、「今はどんなことに取り組んでいるの?」「どんな技ができるようになりたい?」など、子どもが力を入れていることについて聞いていきました。聞いていく中で、ノートには『勉強』とも書かれていました。 本人に「勉強したくて塾に通っているの?」と尋ねると、「サッカーの強い学校に行きたい。そのためには受験するしかないと言われた」と話してくれました。 ここで一度、ノートを見ながら目的を整理しました。 本人と話をするなかで見えてきたのは、「塾へ通うこと」や「受験すること」そのものではなく、その先にある「サッカーをもっと頑張りたい」という思いでした。 そこで、「サッカーを頑張る方法は受験だけなのかな。今いるチームで強くなっていく方法もあるかもしれないね」と本人に伝え、考えを整理をしました。その後、子どもと一緒に作ったノートを見ながら、家族も交えて選択肢を整理していきました。そうした話し合いを重ねるなかで、本人と家族は今後の過ごし方をあらためて考え、納得したうえで塾を辞めることを選択しました。 Costaら(2017)は、日常生活上の困難を抱える5~10歳の子ども38名と保護者、教師を対象に目標設定を検討しました。子どもの回答からは、自己効力感や参加が、健康やウェルビーイングにとって重要であることが示されました。また、子ども・保護者・教師では設定する目標に違いがみられました。 こうした結果からも、支援者や家族が考える「必要なこと」だけではなく、子ども自身が何を大切にしているのかを確認しながら目標を考えることが重要だといえるでしょう。 Visionが見えると、支援の選択肢が増える 本人の「サッカーを頑張りたい」というVisionが見えてくると、日常生活の見え方も変わりました。 生活を整理すると、家族とのトラブルなどは、本人が何もすることがない時間に起こりやすい傾向がありました。一方、サッカースクールには継続して通うことができています。 そこで、「家族が困っている行動をどう減らすか」だけではなく、「本人が好きなことに取り組み、力を発揮できる時間をどう増やすか」という視点から、サッカーに取り組む機会を増やすことも家族に提案しました。 子どものVisionが見えることで、支援は「できないことを直す」だけではなく、「持っている力をどこで生かすか」へと広がっていきます。 家族と一緒に「この子の未来」を描く 家族支援というと、保護者の悩みを聞いたり、子どもへの対応方法を伝えたりすることがイメージされるかもしれません。 しかし、それだけではないと私は考えています。 「この子はどんな子で、どんなことが好きですか?」「この子がどんな人生を歩んだら、この子らしいと思いますか?」 こうした問いを家族と一緒に考え、本人の思いにも耳を傾けながら、その子のVisionを描いていく。そして、その未来から逆算して、「では訪問看護では何をしよう」「家庭では何をしてみよう」と支援を組み立てていく。 「何をできるようにするか」の前に、「何のために支援するのか」を家族と共有する。 それが、私たちが大切にしている家族支援です。 「この子の何を直したいですか?」ではなく、「この子がどんな人生を歩んだら、この子らしいと思いますか?」 私は、そんな問いから始まる児童精神科訪問看護を、これからも実践していきたいと考えています。 ※本稿の事例は、日々の複数の実践をもとに、個人が特定されないよう内容を再構成しています。 執筆:齋藤 透ケアプロ株式会社ショートケーキ訪問看護ステーション リーダー日本赤十字看護大学大学院 地域看護学領域 専門看護師コース修了 児童精神・発達支援・不登校支援を中心に活動。「学校に行かせること」だけをゴールにせず、家庭という生活の場から、親子関係や安心感、人とのつながりを支えることを大切にしている。ゲームや好きな話題を通した関係形成、親子間の感情整理、学校連携などを得意としている。 【参考文献】 1) King GA, Rosenbaum PL, King SM. Evaluating family-centred service using a measure of parents' perceptions. Child Care Health Dev. 1997;23(1):47-62.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/9023031/2026/10/13閲覧 2) Law M, Hanna S, King G, et al. Factors affecting family-centred service delivery for children with disabilities. Child Care Health Dev. 2003;29(5):357-366.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12904243/2026/10/13閲覧 3) Costa UM, Brauchle G, Kennedy-Behr A. Collaborative goal setting with and for children as part of therapeutic intervention. Disabil Rehabil. 2017;39(16):1589-1600.https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27385635/2026/10/13閲覧

家庭だからこそできる発達支援がある~生活をアセスメントすることから始まる児童精神科訪問看護~
家庭だからこそできる発達支援がある~生活をアセスメントすることから始まる児童精神科訪問看護~
コラム
2026年10月6日
2026年10月6日

家庭だからこそできる発達支援がある~生活をアセスメントすることから始まる児童精神科訪問看護~

「発達支援」と聞くと、特別な教材や訓練の場面を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし子どもの困りごとは、生活の中で起きています。児童精神科訪問看護の現場から、家庭をアセスメントし、環境を少し整えることで進める発達支援の実践をお伝えします。 生活そのものが発達支援の場になる 「発達支援」と聞くと、机に向かって課題に取り組む姿や、専門的な教材を使ってトレーニングを行う場面を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。 もちろん、そのような支援も子どもの発達を促す大切な方法の1つです。しかし、私たちショートケーキ訪問看護ステーションでは、「生活そのものが発達支援の場である」と考えています。 ショートケーキ訪問看護ステーションは、東京都豊島区、板橋区、北区を中心に、発達障害や不登校などにより、生きづらさを抱える子どもとその家族を対象とした児童精神科訪問看護を提供しています。 私たちは、子どもの生活の場である家庭を訪問し、医療だけでなく教育や福祉とも連携しながら支援を行っています。その中で強く感じるのは、子どもの困りごとは生活の中で起きており、その背景も生活の中にあるということです。 そのため、家庭でしか見えない情報を丁寧にアセスメントすることが、発達支援の第一歩だと考えています。 「切り替えができない」の正体を探る 保護者から「うちの子は切り替えができません」という相談を受けることがあります。 この言葉だけを聞くと、「切り替える練習をしましょう」と考えてしまいがちです。しかし、私たちはすぐに支援方法を考えるのではなく、まず「どんな場面で困っているのか」を一緒に整理することから始めます。 例えば、朝、学校へ行く準備が始められない、ゲームを終えられない、お風呂に入れない、お風呂から出られない、宿題を始められないなど、1日の生活を振り返りながら具体的な場面を確認していきます。 すると、「切り替えが苦手」という1つの困りごとの中にも、さまざまな状況があることが見えてきます。 さらに、「なぜその場面で切り替えられないのだろう」と考えていきます。 時間が分かりにくいのかもしれない。 次に何をするのか見通しが立っていないのかもしれない。 急に活動を終えることが苦手なのかもしれない。 時計が読みにくい環境なのかもしれない。 時間そのものの概念がまだ十分に育っていないのかもしれない。 このように生活を細かくアセスメントしていくことで、「切り替えができない」という困りごとは、子どもの努力不足ではなく、生活環境や発達特性が影響している可能性が見えてきます。 家庭だからこそできる環境調整 児童精神科訪問看護の強みは、生活の場を実際に見ることができる点にあります。 例えば、時間を意識して行動することが難しい子どもの場合、家庭環境を確認すると、子どもにとって時間を把握しにくい時計が設置されていたり、時計そのものが目に入りにくい場所にあったりすることがあります。 そのような場合には、子どもが時間を確認しやすい環境を整えることを保護者に提案します。デジタル時計を設置したり、タイマーを活用したりすることで、「あと何分」「今は何時」という時間の感覚を身につけやすくなります。 訪問時にはホワイトボードを使い、その日の予定や活動時間を書き出しています。 「今日は何をするのか」「あと何分で次の活動に移るのか」を一緒に確認しながら、「今は何時かな」と時計を見る習慣が身につくよう、繰り返し働きかけていきます 。 また、ホームプログラムとして毎日「起きた時間」と「寝た時間」を記録してもらうこともあります。 これは睡眠状況を把握するだけではなく、自分で時計を見て時間を意識する習慣を身につけることも目的の1つです。 このような支援は、特別な教材を使うわけではありません。 子どもの生活を丁寧に観察し、少しだけ環境を整えることで、「できた」という経験を生活の中で積み重ねていくことを大切にしています。 発達支援は生活の中にある 同じように、「忘れ物が多い」という相談に対しても、「もっと気を付けよう」と伝えるだけでは根本的な解決にはなりません。 持ち物を1か所にまとめる場所を作る。 持ち物リストを見える場所へ貼る。 翌日の準備を行う時間を決める。 このように環境を調整することで、子ども自身が準備しやすいしくみを作ることができます。 また、「体育が苦手」という子どもに対しても、単に「運動が嫌いなのだ」と捉えるのではなく、その背景に不器用さや模倣の難しさがある可能性も考えます。 そのような場合には、自宅で取り組める簡単な運動を一緒に行い、安心できる環境で成功体験を積み重ねることで、自信につなげていきます。 発達支援とは、子どもを変えることではありません。 子どもが力を発揮しやすい環境を整え、生活の中で成功体験を積み重ねていくことだと私たちは考えています。 家族も発達支援のパートナー 家庭で発達支援を行うことのもう1つの大きな特徴は、保護者も支援に参加できることです。 訪問の最後には、保護者とその日の様子を振り返り、家庭で困っていることや変化について話し合います。 「この声かけでうまくいきました」「タイマーを使ったら準備がスムーズでした」「ここは少し難しかったですね」 そんな小さな成功や課題を共有しながら、家庭でも無理なく続けられる方法を一緒に考えていきます。 子どもが訪問時の週に1時間だけ頑張るのではなく、生活の大半を過ごす家庭の環境が少しずつ変わることで、子どもの生活も変わっていきます。 だからこそ、保護者は支援を受ける存在であると同時に、子どもの成長を支える大切なパートナーでもあります。 おわりに 私たちが家庭で行っている発達支援は、特別なプログラムではありません。 生活を丁寧にアセスメントし、「なぜ困っているのだろう」と考えながら、その子どもに合った環境を一緒に整えていくことです。 家庭だからこそ見える困りごとがあり、家庭だからこそ実践できる支援があります。 発達支援とは、生活から切り離された特別な時間ではなく、毎日の暮らしの中で育まれていくものです。 これからも私たちは、子ども一人ひとりの生活に寄り添いながら、「その子らしく育つこと」を支える児童精神科訪問看護を実践していきたいと考えています。 ※本稿は日々の実践をもとに執筆していますが、事例は複数のケースをもとに再構成し、個人が特定されないよう十分に配慮しています。 執筆:齋藤 透ケアプロ株式会社ショートケーキ訪問看護ステーション リーダー日本赤十字看護大学大学院 地域看護学領域 専門看護師コース修了 児童精神・発達支援・不登校支援を中心に活動。「学校に行かせること」だけをゴールにせず、家庭という生活の場から、親子関係や安心感、人とのつながりを支えることを大切にしている。ゲームや好きな話題を通した関係形成、親子間の感情整理、学校連携などを得意としている。 編集:NsPace 編集部 【参考文献】〇こども家庭庁 「児童発達支援ガイドライン(令和6年7月)」https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/7692b729-5944-45ee-bbd8-f0283126b7db/863f5ecf/20241101_policies_shougaijishien_shisaku_guideline_tebiki_02.pdf2026/8/26閲覧 「発達支援」と聞くと、特別な教材や訓練の場面を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし子どもの困りごとは、生活の中で起きています。児童精神科訪問看護の現場から、家庭をアセスメントし、環境を少し整えることで進める発達支援の実践をお伝えします。 生活そのものが発達支援の場になる 「発達支援」と聞くと、机に向かって課題に取り組む姿や、専門的な教材を使ってトレーニングを行う場面を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。 もちろん、そのような支援も子どもの発達を促す大切な方法の1つです。しかし、私たちショートケーキ訪問看護ステーションでは、「生活そのものが発達支援の場である」と考えています。 ショートケーキ訪問看護ステーションは、東京都豊島区、板橋区、北区を中心に、発達障害や不登校などにより、生きづらさを抱える子どもとその家族を対象とした児童精神科訪問看護を提供しています。 私たちは、子どもの生活の場である家庭を訪問し、医療だけでなく教育や福祉とも連携しながら支援を行っています。その中で強く感じるのは、子どもの困りごとは生活の中で起きており、その背景も生活の中にあるということです。 そのため、家庭でしか見えない情報を丁寧にアセスメントすることが、発達支援の第一歩だと考えています。 「切り替えができない」の正体を探る 保護者から「うちの子は切り替えができません」という相談を受けることがあります。 この言葉だけを聞くと、「切り替える練習をしましょう」と考えてしまいがちです。しかし、私たちはすぐに支援方法を考えるのではなく、まず「どんな場面で困っているのか」を一緒に整理することから始めます。 例えば、朝、学校へ行く準備が始められない、ゲームを終えられない、お風呂に入れない、お風呂から出られない、宿題を始められないなど、1日の生活を振り返りながら具体的な場面を確認していきます。 すると、「切り替えが苦手」という1つの困りごとの中にも、さまざまな状況があることが見えてきます。 さらに、「なぜその場面で切り替えられないのだろう」と考えていきます。 時間が分かりにくいのかもしれない。 次に何をするのか見通しが立っていないのかもしれない。 急に活動を終えることが苦手なのかもしれない。 時計が読みにくい環境なのかもしれない。 時間そのものの概念がまだ十分に育っていないのかもしれない。 このように生活を細かくアセスメントしていくことで、「切り替えができない」という困りごとは、子どもの努力不足ではなく、生活環境や発達特性が影響している可能性が見えてきます。 家庭だからこそできる環境調整 児童精神科訪問看護の強みは、生活の場を実際に見ることができる点にあります。 例えば、時間を意識して行動することが難しい子どもの場合、家庭環境を確認すると、子どもにとって時間を把握しにくい時計が設置されていたり、時計そのものが目に入りにくい場所にあったりすることがあります。 そのような場合には、子どもが時間を確認しやすい環境を整えることを保護者に提案します。デジタル時計を設置したり、タイマーを活用したりすることで、「あと何分」「今は何時」という時間の感覚を身につけやすくなります。 訪問時にはホワイトボードを使い、その日の予定や活動時間を書き出しています。 「今日は何をするのか」「あと何分で次の活動に移るのか」を一緒に確認しながら、「今は何時かな」と時計を見る習慣が身につくよう、繰り返し働きかけていきます 。 また、ホームプログラムとして毎日「起きた時間」と「寝た時間」を記録してもらうこともあります。 これは睡眠状況を把握するだけではなく、自分で時計を見て時間を意識する習慣を身につけることも目的の1つです。 このような支援は、特別な教材を使うわけではありません。 子どもの生活を丁寧に観察し、少しだけ環境を整えることで、「できた」という経験を生活の中で積み重ねていくことを大切にしています。 発達支援は生活の中にある 同じように、「忘れ物が多い」という相談に対しても、「もっと気を付けよう」と伝えるだけでは根本的な解決にはなりません。 持ち物を1か所にまとめる場所を作る。 持ち物リストを見える場所へ貼る。 翌日の準備を行う時間を決める。 このように環境を調整することで、子ども自身が準備しやすいしくみを作ることができます。 また、「体育が苦手」という子どもに対しても、単に「運動が嫌いなのだ」と捉えるのではなく、その背景に不器用さや模倣の難しさがある可能性も考えます。 そのような場合には、自宅で取り組める簡単な運動を一緒に行い、安心できる環境で成功体験を積み重ねることで、自信につなげていきます。 発達支援とは、子どもを変えることではありません。 子どもが力を発揮しやすい環境を整え、生活の中で成功体験を積み重ねていくことだと私たちは考えています。 家族も発達支援のパートナー 家庭で発達支援を行うことのもう1つの大きな特徴は、保護者も支援に参加できることです。 訪問の最後には、保護者とその日の様子を振り返り、家庭で困っていることや変化について話し合います。 「この声かけでうまくいきました」「タイマーを使ったら準備がスムーズでした」「ここは少し難しかったですね」 そんな小さな成功や課題を共有しながら、家庭でも無理なく続けられる方法を一緒に考えていきます。 子どもが訪問時の週に1時間だけ頑張るのではなく、生活の大半を過ごす家庭の環境が少しずつ変わることで、子どもの生活も変わっていきます。 だからこそ、保護者は支援を受ける存在であると同時に、子どもの成長を支える大切なパートナーでもあります。 おわりに 私たちが家庭で行っている発達支援は、特別なプログラムではありません。 生活を丁寧にアセスメントし、「なぜ困っているのだろう」と考えながら、その子どもに合った環境を一緒に整えていくことです。 家庭だからこそ見える困りごとがあり、家庭だからこそ実践できる支援があります。 発達支援とは、生活から切り離された特別な時間ではなく、毎日の暮らしの中で育まれていくものです。 これからも私たちは、子ども一人ひとりの生活に寄り添いながら、「その子らしく育つこと」を支える児童精神科訪問看護を実践していきたいと考えています。 ※本稿は日々の実践をもとに執筆していますが、事例は複数のケースをもとに再構成し、個人が特定されないよう十分に配慮しています。 執筆:齋藤 透ケアプロ株式会社ショートケーキ訪問看護ステーション リーダー日本赤十字看護大学大学院 地域看護学領域 専門看護師コース修了 児童精神・発達支援・不登校支援を中心に活動。「学校に行かせること」だけをゴールにせず、家庭という生活の場から、親子関係や安心感、人とのつながりを支えることを大切にしている。ゲームや好きな話題を通した関係形成、親子間の感情整理、学校連携などを得意としている。 編集:NsPace 編集部 【参考文献】〇こども家庭庁 「児童発達支援ガイドライン(令和6年7月)」https://www.cfa.go.jp/assets/contents/node/basic_page/field_ref_resources/7692b729-5944-45ee-bbd8-f0283126b7db/863f5ecf/20241101_policies_shougaijishien_shisaku_guideline_tebiki_02.pdf2026/10/1閲覧

学校だけがゴールではない─不登校支援と訪問看護師のケアマネジメント
学校だけがゴールではない─不登校支援と訪問看護師のケアマネジメント
コラム
2026年8月4日
2026年8月4日

学校だけがゴールではない─不登校支援と訪問看護師のケアマネジメント

不登校支援において、訪問看護師はどのような役割を担えるのでしょうか。家庭と学校・福祉をつなぐ多機関連携の実践と、訪問看護師が果たすケアマネジメント機能についてお伝えします。 不登校支援における訪問看護師の立場 ショートケーキ訪問看護ステーションは、東京都豊島区、板橋区、北区を中心に、発達障害や不登校など、生きづらさを抱える子どもと家族を対象とした児童精神科訪問看護を提供しています。 私たちは家庭という生活の場で子どもや家族と関わりながら、医療だけでなく教育や福祉とも積極的に連携し、その子らしく成長できる環境づくりを支援しています。学校訪問や支援者会議への参加、関係機関との情報共有も日常的な実践の1つです。 近年、不登校児童生徒数は増加し続けています。その背景には発達障害や精神的な不調、家庭環境の課題、友人関係の悩みなど、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。そのため、不登校支援は学校だけで完結するものではなく、家庭、医療、福祉、地域資源など、多くの関係者が連携しながら支援を行うことが求められています。 児童精神科領域の訪問看護に携わる中で、私は「子どもを支援する」というよりも、「子どもを取り巻く環境全体を支援する」という感覚を持つことが少なくありません。特に不登校支援においては、多機関連携をどのように進めるかが支援の質を大きく左右すると感じています。 今回は、ショートケーキ訪問看護ステーションでの実践を通して感じている多機関連携と訪問看護師のケアマネジメントについてお伝えしたいと思います。 学校と家庭をつなぐ情報共有 当ステーションでは、保護者の同意を得たうえで学校へ情報提供書を送付しています。担任やスクールソーシャルワーカー、特別支援教育コーディネーターなどと、定期的な情報共有やカンファレンスも行っています。 訪問看護師は家庭という生活の場に入るため、子どもや保護者から日常の様子を直接聞くことができます。 例えば、 「昨夜、両親とのトラブルがあり気持ちが不安定になっている」「友達とけんかをしたが仲直りはできた。しかし本人はまだ不安を抱えている」「睡眠が乱れており朝から活動することが難しい」 といった情報は、家庭で関わる訪問看護師だからこそ把握できる内容です。 一方で学校には、 「今日は朝から表情が硬かった」「授業中に集中が続かなかった」「休み時間は一人で過ごしていた」 など、家庭では見えない子どもの姿があります。 どちらも子どもの状態を理解するために重要な情報ですが、それぞれが独立して存在しているだけでは十分な支援にはつながりません。訪問看護師が学校と家庭の間に入り、双方の情報を整理しながら共有することで、支援者全体の目線を合わせることができます。 実際に行った支援者会議では、担任の先生から次のような言葉がありました。 「学校は楽しいところだよって本人に知ってもらいたいんです。来てくれたらたくさん楽しませたいと思っています。でも、そのための手立てが分からなかったんです」 家庭では本人の不安や悩みを聞くことができても、その情報が学校へ十分に伝わっていないことがあります。一方で学校側も、子どもを支えたいという思いを持ちながら、どのように関わればよいか悩んでいることがあります。 家庭での様子や本人の思いを共有したことで、学校側からは「子どもへのアプローチの選択肢が増えたことが嬉しい」という声が聞かれました。 この経験を通して、多機関連携の目的は支援者を増やすことではなく、子どもを理解する視点を増やすことなのだと改めて感じました。 子どもの居場所を増やすという視点 不登校支援では、「学校へ行けるようになること」が目標として語られることがあります。しかし、私たちが目指しているのは単純な登校ではありません。大切なのは、子どもが安心して過ごせる場所を増やしていくことです。 自宅だけでなく、 学校 保健室 別室登校 教育支援センター 放課後等デイサービス フリースクール 習い事や地域活動 など、本人が安心して過ごせる居場所を確保しながら、その子のペースに合わせた学習や社会参加の機会を整えていくことが重要です。 実際に、学校への登校は難しくても、放課後等デイサービスへ通うことが外出のきっかけになる子どもがいます。また、フリースクールが新たな学びの場となり、自信を取り戻していく子どももいます。 私たちは「学校へ戻すこと」をゴールにするのではなく、その子が安心して過ごせる場所を1つでも増やし、その子らしい社会とのつながり方を一緒に探していくことを大切にしています。 訪問看護師が担うケアマネジメント 成人領域では、介護支援専門員が支援全体を調整する役割を担っています。 一方、児童領域では事情が異なります。 障害福祉サービスを利用している場合には、計画相談支援事業所の相談支援専門員がケアマネジメントを担います。しかし、不登校の子どもの中には放課後等デイサービスや移動支援などの障害福祉サービスを利用しておらず、相談支援専門員が関与していないケースも少なくありません。 その場合、学校との調整、医療との連携、福祉サービスの導入検討、地域資源とのつながりづくりなど、多くの役割を保護者が担うことになります。 しかし、不登校が長期化すると、保護者自身も疲弊し、十分に調整役を担うことが難しくなることがあります。 そのような場面で訪問看護師は、子どもや保護者の思いを整理し、学校や医療機関、児童相談所、福祉機関へつなぎ、必要に応じて支援者会議を開催します。 また、放課後等デイサービスやフリースクール、教育支援センターなどの地域資源を紹介し、子どもや家族と一緒に新たな選択肢を検討することもあります。 制度上、訪問看護師はケアマネジャーではありません。しかし実践の中では、以下のコーディネーターとしての役割を担っています。 支援者同士をつなぐ 情報を整理する 支援の方向性をそろえる 私は、このケアマネジメント機能こそが、児童精神科領域における訪問看護師の大きな特徴の1つであると感じています。 訪問看護師が担う橋渡しの可能性 不登校支援は、1つの機関だけで完結するものではありません。 家庭、学校、医療、福祉、そして地域の多様な居場所がつながることで、初めて継続的で安定した支援が実現します。 訪問看護師は家庭に最も近い専門職の一人として、子どもと家族の思いを受け止めながら、多機関をつなぐ橋渡し役を担うことができます。 学校に行けることだけがゴールではありません。 子どもが安心して過ごせる場所を1つでも増やし、その子らしいペースで成長していける環境を整えること。そのために今後も、多機関連携とケアマネジメントを大切にした実践を続けていきたいと思います。 執筆:齋藤 透ケアプロ株式会社ショートケーキ訪問看護ステーション リーダー日本赤十字看護大学大学院 地域看護学領域 専門看護師コース修了 児童精神・発達支援・不登校支援を中心に活動。「学校に行かせること」だけをゴールにせず、家庭という生活の場から、親子関係や安心感、人とのつながりを支えることを大切にしている。ゲームや好きな話題を通した関係形成、親子間の感情整理、学校連携などを得意としている。 編集:NsPace 編集部 【参考文献】〇文部科学省「令和6年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」https://www.mext.go.jp/content/20260305-mxt_jidou02-100002753_3.pdf2026/6/25閲覧

精神科領域の医療費助成制度(精神通院医療) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識
精神科領域の医療費助成制度(精神通院医療) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識
特集
2026年2月24日
2026年2月24日

精神科領域の医療費助成制度(精神通院医療) 訪問看護師が知っておきたい基礎知識

最近では、高齢者に限らず、精神科領域に特化した訪問看護ステーションが増えてきています。訪問看護ステーションを運営するなかで、精神科訪問看護の訪問可否についての問い合わせも多くなってきているのではないでしょうか。今回は、精神科訪問看護の制度と自立支援医療制度の精神通院医療について解説します。 ※本記事は、2025年5月時点の情報をもとに構成しています。 精神科訪問看護とは 精神科訪問看護とは、精神疾患のある方に対して、医師の指示のもと自宅や施設を訪問し、精神症状の安定や身体症状の予防、服薬管理や生活支援などを通じて再発予防と生活の維持を図るサービスです。地域における精神医療の一環として提供されます。 精神科訪問看護を行うための要件 精神科訪問看護を行うと「精神科訪問看護基本療養費」を算定できます。この算定には厚生局への届出が必要であり、届出には、以下のいずれかに該当する保健師、看護師、准看護師または作業療法士が在籍していることが要件となります1)。 (1) 精神科を標榜する保険医療機関において、精神病棟又は精神科外来に勤務した経験を1年以上有する者(2) 精神疾患を有する者に対する訪問看護の経験を1年以上有する者(3) 精神保健福祉センター又は保健所等における精神保健に関する業務の経験を1年以上有する者(4) 国、都道府県又は医療関係団体等が主催する精神科訪問看護に関する知識・技術の習得を目的とした20時間以上を要し、修了証が交付される研修を修了している者 多くの場合、(4)の研修を修了した上で届出を行い、訪問看護を実施しているのではないでしょうか。 なお、精神科訪問看護は、精神科の医師が発行する「精神科訪問看護指示書」と「精神科訪問看護計画書」にもとづいて実施します。 精神通院医療(公費番号:52)における医療費助成 精神科訪問看護における医療費助成は、自立支援医療制度における「精神通院医療」に規定されています。対象は、精神疾患のため通院による継続的な医療が必要な方で、医療費の自己負担分の一部が公費で負担されます。 この制度で注意すべき点は精神通院医療の範囲です。「病院または診療所に入院しないで行われる医療」、すなわち通院医療で、「精神障害および当該精神障害に起因して生じた病態」が対象となっていることです。 医療費助成のしくみは図1を参照してください。高額療養費を控除した後、所得区分に応じた自己負担上限額までが自治体負担により助成されます。 図1 精神通院医療の医療費助成のしくみ 自己負担上限額は、表1に示したとおり、所得区分に応じた上限額か、1割を支払います。所得区分は、生活保護世帯から市町村民税課税世帯(所得割235,000円以上)までの6段階と、自己負担0円から自立支援医療対象外までに分かれています。また、「重度かつ継続」の該当の有無により、負担額が分かれます。 表1 精神通院医療の自己負担上限月額 ※1については、2027年3月31日以降は対象となりません。 なお、「重度かつ継続」の対象者は、以下のとおりです2)。次のいずれかに該当する方:●医療保険の「多数回該当」の方(直近の12ヵ月以内に、国民健康保険などの公的医療保険の「高額療養費」の支給を3回以上受けた方)●1~5の精神疾患の方(カッコ内はICD-10(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)による分類)1 症状性を含む器質性精神障害(F0) (例)高次脳機能障害、認知症 など2 精神作用物質使用による精神および行動の障害(F1) (例)アルコール依存症、薬物依存症 など3 統合失調症、統合失調症型障害および妄想性障害(F2)4 気分障害(F3) (例)うつ病、躁うつ病 など5 てんかん(G40)●3年以上精神医療を経験している医師から「情動および行動の障害」または「不安および不穏状態」を示すことから入院によらない計画的かつ集中的な精神医療(状態の維持、悪化予防のための医療を含む)が続けて必要であると判断された方 受給者証と自己負担上限額管理票の取り扱い 精神通院医療の認定を受けると、患者さんには「受給者証」と「自己負担上限額管理票」が交付されます。受給者証は指定医療機関で使用できます。訪問看護ステーションが対象となるには、自立支援医療の「指定自立支援医療機関」としての届け出が必要です。 自己負担上限額管理票の運用については、訪問看護ではレセプト処理後に金額が確定するため、管理が複雑になる場合があります。 * * * 自立支援医療の精神通院医療は、更生医療や育成医療とは所得区分の扱いが異なるため、分かりにくい部分があるかもしれません。制度の概要を理解した上で、利用者さんの受給者証を確認し、レセプト返戻が発生しないよう適切に管理することが大切です。   執筆:木村 憲洋高崎健康福祉大学健康福祉学部医療情報学科 教授武蔵工業大学(現・東京都市大学)工学部機械工学科卒業、国立医療・病院管理研究所研究科(現・国立保健医療科学院)修了。民間病院を経て、現職。著書に『<イラスト図解>病院のしくみ』(日本実業出版社)などがある編集:株式会社照林社 【引用文献】1)厚生労働省:訪問看護ステーションの基準に係る届出に関する手続きの取扱いについて(保医発0305第7号 令和6年3月5日).2)厚生労働省:自立支援医療(精神通院医療)について.https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000146932.pdf2025/5/28閲覧 【参考文献】○厚生労働省:自立支援医療(精神通院医療)の概要.https://www.mhlw.go.jp/bunya/shougaihoken/jiritsu/seishin.html2025/5/28閲覧

幸せホルモンを増やす方法 セロトニン・オキシトシン・ドーパミン
幸せホルモンを増やす方法 セロトニン・オキシトシン・ドーパミン
特集
2024年8月20日
2024年8月20日

幸せホルモンを増やす方法とは セロトニン・オキシトシン・ドーパミンなど

最近メディアやニュースでも取り上げられる「幸せホルモン」。幸せホルモンが正常に働くことにより、心と体のバランスを安定させ、幸せを感じやすくするといわれています。 本記事では、幸せホルモンの意味や種類、高齢者に不足しがちなセロトニンの分泌を活性化させる方法について解説します。幸せホルモンは誤解されやすい部分もあるため、利用者さんに正しい情報を提供できるようにしておきましょう。 幸せホルモンとは 一般的にいわれている幸せホルモンとは、セロトニンやオキシトシンといった神経伝達物質のことを指します。適切な量が分泌されることによって、心身の安定や幸福感などがもたらされるため、幸せホルモンと呼ばれています。 幸せホルモンの種類 幸せホルモンと呼ばれているのは、主に次の4つです。 セロトニン セロトニンは脳内の神経伝達物質の1つで、主に大脳基底核や延髄の縫線核、視床下部などに存在しています。セロトニンには、快感や喜びに関係するドーパミンや不安や恐怖に影響するノルアドレナリンといった神経伝達物質の分泌をコントロールし、脳内の興奮を鎮めて精神を安定させる働きがあります。セロトニンの分泌が低下すると、疲労感やイライラ、不安や恐怖などの慢性的ストレスを感じやすくなり、うつ症状や不眠、パニック症などが現れることがあります。セロトニンが十分に分泌されている状態を保つことで、これらの精神症状を抑えることが可能です。 オキシトシン オキシトシンは、脳の視床下部から分泌される神経伝達物質の1つです。妊娠・出産時に多く分泌されるホルモンとして知られていますが、信頼感や共感性を高めるだけでなく、不安や恐怖の緩和にも関与しています。人との抱擁・手をつなぐなどのスキンシップや親しい人との会話によって老若男女問わず、脳内で分泌されることが分かっています。 ドーパミン ドーパミンは、快楽を感じる脳内報酬系を活性化させる神経伝達物質です。アルコールや麻薬など依存性があるものの多くはドーパミンの分泌を活性化させることで快楽をもたらすといわれています。 エンドルフィン エンドルフィンは脳内麻薬とも呼ばれ、気分の高揚や幸福感、鎮痛作用などをもたらす神経伝達物質で、α(アルファ)とβ(ベータ)、γ(ガンマ)に分類されます。なかでもβ-エンドルフィンは、痛みを抑えるモルヒネの数倍から数十倍の鎮痛作用があるといわれています。 幸せホルモンは高齢者にも効果はある? 幸せホルモンといえば、身体活動が活発な若年層や中年層に注目されることが多いものですが、高齢者にも効果が期待できます。セロトニンやドーパミン、エンドルフィンなどは、どれも年齢を問わず分泌されており、精神の安定や幸福感などに関与しています。 高齢者は外出機会の減少により日光を浴びることが少なくなったり、閉経により女性ホルモンが減少したりすることで、セロトニンが不足しがちです。その結果、ストレスを感じやすくなり、イライラや恐怖など、さまざまなネガティブな感情がわき起こるようになります。 さらに、意欲や集中力が低下するため、外出しなくなったり趣味を楽しめなくなったりすることもあるでしょう。結果的にうつや認知症にもつながる可能性があるため、高齢者こそ幸せホルモンの分泌が活性化されるような行動を心がけることが大切です。 高齢者に不足しがちなセロトニン 幸せホルモンのなかでも高齢者に不足しがちなセロトニンは、生活習慣の工夫によって分泌を促すことができます。高齢者でもできるセロトニンの分泌を活性化させる方法を3つ紹介します。 外出 外出の際に日光を浴びることで、セロトニンの分泌量が増えます。また、友人や家族と外出する場合は、コミュニケーションによってオキシトシンの分泌も促されるため、なるべく複数人で外出すると良いでしょう。公園を散歩する、友人とランチに出かける、地域のイベントに参加するなど、さまざまな方法を取り入れましょう。 適度な運動 適度な運動もセロトニンの分泌を促します。ウォーキング、ストレッチなどの適度な運動は、体力や筋力の維持にもつながるため、高齢者こそ習慣づけたいところでしょう。 アミノ酸を十分にとる セロトニンの材料となる必須アミノ酸であるトリプトファンを多く含む食品を摂取することが大切です。たとえば、チーズやヨーグルトなどの乳製品、大豆製品、魚介類や肉、卵などがあります。高齢者はタンパク質の摂取不足な傾向があることから、より意識的にこれらの食品を取り入れることが大切です。ただし、タンパク質を多く摂りすぎると、結果的に塩分や脂質の過剰摂取につながりやすいため、野菜や果物などとのバランスも考慮して日々の献立を決めましょう。 * * * 年齢にかかわらず、外出や運動、栄養のバランスを考えた食事などを日常生活に取り入れることで、幸せホルモンの分泌を促しましょう。心身の健康を維持し、豊かな人生を送るためにも幸せホルモンについて知っておくことが大切です。訪問看護の際に幸せホルモンについて質問された際は、正しい知識をもってアドバイスしましょう。   編集・執筆:加藤 良大監修:豊田 早苗とよだクリニック院長鳥取大学卒業後、JA厚生連に勤務し、総合診療医として医療機関の少ない過疎地等にくらす住民の健康をサポート。2005年とよだクリニックを開業し院長に。患者さんに寄り添い、じっくりと話を聞きながら、患者さん一人ひとりに合わせた診療を行っている。 【参考】〇H H Loh, L F Tseng, E Wei, and C H Li:beta-endorphin is a potent analgesic agent. 1976 Aug; 73(8): 2895–2898.〇厚生労働省.e-ヘルスネット「セロトニン(せろとにん)」https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/heart/yk-074.html2024/8/8閲覧

がん告知・再発等の「悪い知らせ」の伝え方&支え方【精神症状の緩和ケア】
がん告知・再発等の「悪い知らせ」の伝え方&支え方【精神症状の緩和ケア】
特集
2024年2月27日
2024年2月27日

がん告知・再発等の「悪い知らせ」の伝え方&支え方【精神症状の緩和ケア】

身体疾患を抱える患者さんの中には、不安や抑うつ、不眠といった症状を呈し、ケアが必要な方がいます。このシリーズでは主にがん患者さんの事例を中心に、患者さんが訴える精神症状の問題にどう向き合えばよいかを考えていきます。今回は「悪い知らせ(バッドニュース)」が伝えられた患者さんへの対応を考えます。 悪い知らせ(バッドニュース)とは患者の将来への見通しを根底から否定的に変えてしまう知らせのこと1)。伝えられる患者や家族に多大な精神的負担を与えるもので、がん医療においては病名の告知や再発・転移、積極的な治療の中止などがある。 悪い知らせに伴う心の反応 がん医療において、患者さんや家族に病状や予後に関する悪い知らせ(バッドニュース)を伝えることは避けて通れません。現代は死に直面する機会が少なく、自分自身や大切な人が「近い将来、死んでしまうかもしれない」という話を聞くことは、非常に強い衝撃を受ける体験です。 バッドニュースが伝えられた後、患者さんは混乱や不安、落ち込みなどを感じます。これは強いストレスに対する自然な心の反応であり、通常は時間が経つにつれてバッドニュースを受け入れ、落ち着きを取り戻していきます。しかし、中には症状が回復せず、適応障害やうつ病を発症する患者さんもいるため、患者さんの表情や言動をよく観察し、ケアを行っていく必要があります。 伝える側も感じるストレス 基本的にバッドニュースを伝える役割は医師が担いますが、在宅では訪問看護師が病状の変化や療養する場所の選択などに関する説明をしなければならないことも少なくありません。例えば、最期のときが近いと医師から説明を受けている利用者さんや家族に対し、次のような声かけをした経験はないでしょうか。 「どなたか会いたい(会わせたい)人はいらっしゃいますか。早めに連絡したほうがよいと思います」「自力でトイレへ行けなくなったら、病院への入院を希望されますか、それともこのまま自宅で過ごされますか」「葬儀はどのようにするか相談されていますか」など どれも「死」を連想させる声かけで、伝える側もストレスを感じるのではないかと思います。しかし、こうした問いかけをきっかけに患者さんや家族の想い、希望、生活の意向などが引き出されることがあり、大切なコミュニケーションです。だからこそ、患者さんや家族にどう伝え、伝えた後の心理的反応にどう対応するかも含めたコミュニケーションスキルを身に付けておくとよいでしょう。 伝える際のコミュニケーションスキル:SHARE バッドニュースを伝える際のコミュニケーションスキルとして「SHARE」がよく知られています。SHAREは、がん患者さんが悪い知らせを伝えられる際に医師に対しどのようなコミュニケーションを望んでいるのかに関する研究からまとめられたスキルです。患者が望むコミュニケーションの4要素の頭文字をとってSHAREと名付けられました。 4要素を図1に示します。 図1 SHAREの4要素 内富 庸介先生(国立がん研究センター 中央病院 支持療法開発センター長)より許諾を得て掲載 SHAREに関するコミュニケーション研修も実施されています。在宅で医師が利用者さんや家族にバッドニュースを伝える際、訪問看護師もこのSHAREを念頭に置いて支援を行うとよいでしょう。例えば、話し合うときに落ち着いた支持的な環境を調整し、日常生活への病気の影響や気がかりについて付加的な情報を提供するといったことを行います。もちろん、私たち訪問看護師が利用者さんにバッドニュースに関連することを伝えるときにも役立つスキルだと思います。 告知を受けたときから始まる意思決定支援 告知をはじめとしたバッドニュースを伝えられた後、患者さんや家族は残された時間の中で治療や療養場所などさまざまな選択をしていきます。訪問看護師は、利用者さんや家族に寄り添い、彼らの意思決定を支援する役割があります。 看護師が意思決定支援で真のニーズや価値観を引き出すかかわりとして、有効と思われるモデルをご紹介します。それは9つのスキルと30の技法で構成された「がん患者の意思決定プロセスを支援する共有型看護相談モデル(NSSDM)」です。NSSDMは、兵庫県立大学看護学部の川崎優子先生がまとめられたモデルで、「看護師が対応した面談記録の中から患者さんの意思決定プロセスに効果的に関与していた相談技術の構成要素を抽出」2)し作成されています。療養相談の先に意思決定支援があるとの前提で開発されたモデルであるため、訪問看護の場面で応用がしやすいと感じています。 ここではNSSDMで示される9つのスキルを紹介します(図2)。 図2 NSSDMの9つのスキル 川崎 優子先生(兵庫県立大学看護学部 教授)より許諾を得て掲載 意思決定場面においてすべてのスキルを扱うのではなく、患者さんの状況や相談内容に応じて必要な技術だけを段階的に用います。医療者の判断を押し付けるような情報提供にならないように留意しながら、患者さん自身が自分の価値観を自覚し、適切な自己決定を行うように支援する方法です。 今回はDさんの事例を通じて、がん患者さんの最期の療養先選択場面におけるNSSDMを用いた意思決定支援について紹介したいと思います。 事例:Dさん(80代、女性、独居) 5年前より肝細胞がんに対しラジオ波熱焼灼療法を受けていましたが、新たに胆管細胞がんと診断。その時点で本人の希望により化学療法は行わずBSC(ベストサポーティブケア)に移行し、自宅療養を選択されました。 最近になって下肢に著明な浮腫がみられ、Dさんは動くのが困難になってきました。病院の医師から入院をすすめられましたが、本人が「自宅で過ごしたい」と希望したため、訪問診療と訪問看護を開始することに。 病院から在宅へ、移行のタイミングで意思を確認 初回訪問日、Dさんは近所に住む友人に手伝ってもらい、布団からようやく起き上がれるような状態でした。数日前に訪問した医師より現在の病状の説明や今後の療養先の意思確認が行われています。その際、「自宅で過ごす」と話されていることを確認していましたが、看護師も再度Dさんに自身の病状の理解、現在の心理状態、これからへの思いを確認しました。 麻薬に対する抵抗感を確認するため、オピオイド鎮痛薬の使用について聞いてみました。すると「まだ大丈夫。私は弱い薬で効く体質なの。痛みで眠れないことはあるけれど、そのうちよくなるから」とのこと。この話から眠れない程度の疼痛があることや、オピオイド鎮痛薬の使用に抵抗感を持っていることが推察できました。 ほかにも以下の話をうかがいました。 今は病気や自身の身体について知りたい情報は特にない友人の支援を受けながら、このまま家で死を迎え、同世代の友人たちに人の死について考える機会にしてほしいと思っている同じ市内に住む息子には仕事があるし心配をかけたくないので世話にはなりたくない体調がよくなれば自分の身の回りに関することはできるから、今さら知らないヘルパーさんに家に来てもらうのもわずらわしいと感じる NSSDMを用いた意思決定支援の実際 まずは意思決定支援の方向性を見出すため、NSSDMの「スキル1 感情を共有する」を実践しました。Dさんには数年前に亡くなった寝たきりの夫を、息子に頼らず一人で介護されてきた経験がありました。こういった今までの生き方を否定せず時間をかけてうかがいました。 そうするうちに「痛みがあると自分の思い通りに動けないのはつらいけれど、痛み止めを使うことには抵抗がある」との発言があったことから、オピオイド鎮痛薬使用に関する意思決定支援を行うことにしました。 ここからは次の段階です。意思決定に向けて不足している点を補うため、特に「スキル5 患者の反応に応じて判断材料を提供する」と「スキル8 情報の理解を支える」ことに重きを置いてかかわりました。 Dさんは、疼痛が強いにもかかわらずオピオイド鎮痛薬に対する抵抗感があります。その結果、不眠を招き、疲労感が増している状態です。そこで何が抵抗感につながっているのか確認してみると、「麻薬を使用する=症状が悪化している」との思いがあるとわかりました。そこで、近年は薬剤も進化しており、痛みに対し早期から麻薬系の薬剤を使用することが多くなっていると説明しました。すると、「まずは一回試してみようかしら」との言葉が聞かれたので、訪問中に一度オピオイド鎮痛薬を服用しもらうことに。その場で体調の変化がないことを確認し、訪問後に時間をおいて電話でも体調を確認し、不安を軽減するようにしました。 Dさんとの信頼関係が構築できたと考えられた時点で、今後の療養先についてもう少し具体的に明確化するようにしました。Dさんにこれからの療養場所についてうかがってみると、次のような返事がありました。 足のむくみがひどくて、最近は息切れもする夜は心配で眠れないけれど、昼間にその分ウトウトしている以前は絶対に家がいいと思っていたけれど、息子に迷惑もかけられないし、病院や施設のほうがいいのかしらとも思うでも、先生に「家で最期まで過ごしたい」と言った手前、「気が変わりました」とは言いづらい こうした発言からDさんに意思決定の準備が整っていると判断し、最終段階の「スキル9 患者のニーズに基づいた可能性を見出す」を念頭に置いてDさんにかかわるようにしました。例えば、言い出しにくい気持ちを看護師が医師に代弁できることを保証し、改めて自宅と病院(施設)での最期の過ごし方の特徴について具体的に説明しました。また、自分が決めたタイミングで気持ちが変化すればいつでも療養場所は変更可能なことを伝えました。 その後、Dさんから呼吸苦が増強した時点で「入院したい」との連絡があり、訪問してDさんと息子さんの意思を再確認しました。主治医と連携し緩和ケア病棟への入院を調整し、最期は病院で永眠されました。 * * * 医療法第1条第4項には「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、第一条の二に規定する理念に基づき、医療を受ける者に対し、良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならない」と示されています。しかし、バッドニュースを伝えることは、相手が傷ついたり、悲しい思いをしたりすることが予測でき、伝える側も苦悩を抱える作業です。このため、伝えるチームメンバーを周りがサポートし、孤独にならないよう、尊重し合えるようなチームづくりが終末期ケアでは大切です。看護師として自分に課せられた説明義務を果たすと同時に、バッドニュースを伝える場面で助け合える人間関係を大事にしたいと思います。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Buckman R: Breaking bad news: why is it still so difficult? Br Med J (Clin Res Ed) 1984; 288(6430): p.1597-1599.2)川崎優子著.「がん患者の意思決定支援プロセスに効果的に関与していた相談技術」,兵庫県立大学看護学部・地域ケア開発研究所紀要 2017; 24: p.1-11. 【参考文献】〇内富庸介,藤森麻衣子編.『がん医療におけるコミュニケーションスキル―悪い知らせを伝える』,医学書院,東京,2007.〇川崎優子著.『看護者が行う意思決定支援の技法30 患者の真のニーズ・価値観を引き出すかかわり』,医学書院,東京,2017.〇聖隷三方原病院症状緩和ガイド「E.予後の予測」 https://www.seirei.or.jp/mikatahara/doc_kanwa/contents7/71.html2023/10/20閲覧

不眠への対応【精神症状の緩和ケア】
不眠への対応【精神症状の緩和ケア】
特集
2024年2月6日
2024年2月6日

不眠への対応【精神症状の緩和ケア】

身体疾患を抱える患者さんの中には、不安や抑うつ、不眠といった症状を呈し、ケアが必要な方がいます。このシリーズでは主にがん患者さんの事例を中心に、患者さんが訴える精神症状の問題にどう向き合えばよいかを考えていきます。今回のテーマは「不眠」です。 不眠とは睡眠の開始と維持に関する問題があり、日中に倦怠感や思考低下、意欲低下、食欲低下といった不調が出現している状態。不眠は、入眠困難(寝つきが悪い)、中途覚醒(何度も目が覚める)、早期覚醒(早朝に目が覚める)などに分類される。 がん患者さんにみられる不眠 睡眠は疲れた心身を回復させ、体調を整えるために大切です。しかし、がん患者さんの30~50%が不眠を経験するといわれており1)、がんと診断された直後や治療中、治療終了後、緩和期などに不眠で悩む人は少なくありません。 事例:Cさん(80代、女性、独居) 肝臓がんの診断で手術を受け、経過に問題なく半年前に退院。近隣に住む息子夫婦が連れ添い、定期的に外来通院し検査を継続。薬剤管理や体調確認目的で訪問看護を利用しています。 退院直後は気が張っている様子で元気そうだったCさん。ところが、近頃あまり元気がありません。訪問看護師が問いかけてみると、「何だか夜眠れなくて。昼間にうとうとしてしまい、結局1日何もできない。こんな生活だと張り合いもないし、食欲もない」との返事がありました。 訪問時、がん患者さんから「以前に比べて疲れやすくなった」「よく眠れない」「眠りが浅い」という悩みを訴えられることが少なくありません。Cさんの場合、眠れないことに加えて、そのことが日中の生活に影響している様子もうかがえました。 不眠の状態を評価する DSM-5では、不眠の診断基準として入眠困難、中途覚醒、早期覚醒のうち1つ以上を伴い、日中の社会的、行動上などの生活機能障害が週3回以上あり、3ヵ月以上持続すると定義しています2)。 Cさんにどのように眠れていないのか詳しく聞くと、「寝ようと思って11時には布団に入るけれど1時過ぎまで眠れない。寝る時間は遅いのに朝5時には目が覚める」と話されました。これは入眠困難と早期覚醒に該当します。また、家にいるときだけでなく、デイサービスの間も眠気があり、こうした状態が3ヵ月以上も続いているとのことでした。 訪問看護師は、Cさんの不眠の原因を探ると同時に、まずは薬物療法以外の方法で、生活の中に取り入れやすい工夫を紹介することにしました。 睡眠を妨げる原因を把握する 不眠の原因には、がんの進行や治療による痛み、入退院による環境の変化、服用している薬剤の影響などがあります。さまざまな精神疾患の前駆症状や随伴症状である可能性もあります。患者さんの不眠の原因を見きわめ、適切な対応につなげることが大切です。 Cさんは、現段階では痛みや発熱など身体的な苦痛は感じていません。退院後の生活にも大きな変化はないため、それらが不眠の原因とは考えにくい状況です。そこで、不安や適応障害などの心理的な原因がないか確認してみることにしました。 すると、Cさんは「家に一人でいると、これから先どうなるのか、再発したらどうすればよいのかと、とりとめもなく考えてしまう」と話されました。Cさんの病状は一段落しており、子どもたちが家に来る機会もすっかり減っています。日々の困りごとは医師や看護師、家族に相談できているので、何も手につかないくらい不安な状況ではないそうですが、一人で過ごす時間が長くなり、そうしたことを考えてしまうようです。 睡眠習慣の見直しを中心に対応 不眠への対応のポイントは原因を取り除き、症状を緩和することです。訪問看護師はCさんの訴えから、不安の緩和、現在服用している薬剤の調整と睡眠に関する療養相談を行うことにしました。 不安の緩和 Cさんは漠然とした将来への不安を抱え、ストレスを感じているようです。まずはCさんの不安を緩和するために、十分な時間をとって話を聞くようにしました。 薬剤の調整 Cさんは通院している大学病院の肝胆膵科以外にも、内科や整形外科、泌尿器科、眼科、耳鼻科など多くのクリニックを受診し、さまざまな薬剤を処方してもらっています。そこで、かかりつけ薬局に相談し、薬剤調整と不眠の原因になる薬剤がないか確認してもらうことにしました。 また、医師にも相談し、不眠時の内服薬が開始されることに。Cさんは「薬に頼ると中毒みたいになってやめられないのでは」と心配されましたが、訪問看護師が医師の指示通り適切に服用することで依存状態にはならないと説明することで服用に納得されました。 なお、痛みや息苦しさといった苦痛症状が睡眠に影響している場合は、その症状を緩和する方法を医師や薬剤師に相談しましょう。 睡眠薬を使用する際は、非がん患者さんで呼吸不全症状があると、薬剤の呼吸抑制作用が強く出る場合があるため注意が必要です。また、肝不全や腎不全などの患者さんの場合、薬剤の代謝・排泄に影響するため、肝機能や腎機能の状態を確認しながら使用します。睡眠薬については医師や薬剤師と十分相談するようにしてください。 睡眠に関連する療養相談(非薬物療法) 非薬物療法として、夜間の睡眠のみに注目するのではなく、日々の生活リズムの見直しも大切です。またCさんからは「決まった時間に寝て、決まった時間に起きなければならない」との思いが強くあるような印象も受けました。そのため、これまでの睡眠習慣に固執せず、今の自分自身にあった睡眠習慣を身につけてもらえるようなサポートを行うことにしました。 具体的な対応は以下のとおりです。 [1]生活リズムの見直しをすすめる<具体策> 何時に寝て、何時に起きているかを確認し、希望する睡眠時間が年齢相応か確認する。加齢に伴い実際に眠れる時間は短くなる。「寝なくては」と必要以上にベッドで横にならず、患者さんの年齢に応じた睡眠時間を把握し、その時間、眠れるように工夫する。就寝時間をコントロールするのではなく、起床時間をコントロールする。寝る時間が短くなっても熟眠感が得られるような睡眠パターンに目を向けることが大切。日中に適度な運動を行い、朝食をしっかりと摂るようにする。眠たくなってからベッドに入るようにし、環境と入眠開始の関連づけを行う。午睡はしないほうがよいが、日中どうしても眠いときは、15時までに20~30分程度の短い午睡をとるようにする。 [2]眠れないときの対応を伝える<具体策> ベッドに入っても寝付けないときは、いったんベッドを離れ、眠たくなったら再びベッドに入るようにする。 [3]眠る前の注意事項を伝える<具体策> カフェインを摂取しないようにする。就寝前にリラックスできる習慣があれば取り入れる。 非がん患者さんにみられる不眠への対応 心不全や呼吸不全のような非がん疾患の場合は、上記の内容に加え、睡眠を障害する症状の緩和ケアが必要です。例えば、終末期心不全では、60~88%に呼吸困難、69~82%に全身倦怠感、35~78%に疼痛、70%前後に抑うつ症状があるといわれています3-5)。これらの症状に対応することが睡眠障害の改善につながります。がん患者さんとは異なり、「寝てしまうと、もう起きられないのではないか」というような漠然とした不安を訴える方も多い印象があるため、強い不安を認めた場合には不安に対する支援が大切です。 * * * 不眠は身体疾患や精神疾患と相互的な因果関係があるといわれています。不眠の原因への対応を念頭に置きつつも、不眠そのものに積極的な介入が推奨されています。このため、眠れないという訴えをおろそかにせず、しっかりと受け止め支援してほしいと思います。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師 ●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)谷向 仁著.「不眠」,森田達也,木澤義之監修,西 智弘,松本禎久,森 雅紀,ほか編.『緩和ケアレジデントマニュアル第2版』.東京,医学書院,2022,p.311.2)American Psychiatric Association. 『Diagnostic and statistical manual of mental disorders(DSM-5®)』. Washington, DC, American Psychiatric Pub, 2013.3)Krumholz HM, et al. Resuscitation preferences among patients with severe congestive heart failure: results from the SUPPORT project. Study to Understand Prognoses and Preferences for Outcomes and Risks of Treatments. Circulation 1998; 98: 648–655.4)Levenson JW, et al. The last six months of life for patients with congestive heart failure. J Am Geriatr Soc 2000; 48: S101–109.5)Solano JP, et al. A comparison of symptom prevalence in far advanced cancer, AIDS, heart disease, chronic obstructive pulmonary disease and renal disease. J Pain Symptom Manage 2006; 31: 58–69. 【参考文献】〇 厚生労働省.健康づくりのための睡眠指針2014(平成26年 3月).https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000047221.pdf(2023/10/20閲覧)〇 国立がん研究センター.がん情報サービス「眠れない・不眠 もっと詳しく」.https://ganjoho.jp/public/support/condition/insomnia/ld01.html(2023/10/20閲覧)

せん妄への対応【精神症状の緩和ケア】
せん妄への対応【精神症状の緩和ケア】
特集
2024年1月9日
2024年1月9日

せん妄への対応【精神症状の緩和ケア】

身体疾患を抱える患者さんの中には、不安や抑うつ、不眠といった症状を呈し、ケアが必要な方がいます。今回のテーマは「せん妄」です。在宅で特に問題となる「過活動型」の事例をもとに、訪問看護師ができる支援について考えたいと思います。 せん妄とは意識障害を主体としたさまざまな精神症状を呈する状態。不穏や興奮、落ち着きのなさがみられる過活動型と、傾眠や活動性の低下がみられる低活動型に分けられる。身体の不調や薬剤の使用などによって急速に発症するのが特徴。 がん患者さんにみられるせん妄 せん妄は終末期のがん患者さんにはよくみられる症状です。予後1ヵ月程度の場合には30~50%、予後数日から数時間では80%以上の方がせん妄を経験するといわれています1)。このことからも在宅でのがん患者さんの看取りにかかわる上でせん妄は避けては通れない問題であることが分かります。 事例:Bさん(80代、男性、妻と2人暮らし)  直腸がんでストーマを造設し、ご自身でストーマ管理を行ってきたBさん。術後に化学療法を受けてきましたが、病気の進行もあり、BSC(ベストサポーティブケア:積極的ながん治療は行わず、症状の苦痛緩和を主に行うこと)に移行。また、自宅での看取りを希望され、訪問診療と訪問看護が開始されました。 Bさんは倦怠感が強く、寝ていることが多いのですが、トイレとシャワーだけは「自分でやる」と家族の手伝いを断り、気丈に振る舞われています。ご家族はふらつくBさんを心配しながらも、Bさんの意思を優先し、見守っていました。 Bさんの異変 ある朝、「ベッドからBさんが滑り落ちてしまった。よくわからないことを言って、私の言うことも聞いてくれない」と妻から連絡が入りました。訪問看護師が急いで駆けつけると、Bさんは床に寝たままの状態で、視線も合わず、意識の混乱が見られます。訪問看護師は、Bさんに声をかけながら全身状態を確認し、外傷もないようなので全介助でベッドへ戻し、医師に臨時の往診を依頼しました。 妻に状況を詳しく聞くと、実は最近Bさんは日が暮れるころになるとおかしな発言をすることがあり、気になっていたと話されました。今日も、明け方にBさんがつじつまの合わない話をし始めたと思ったら、ベッドの上で立ち上がろうとして、おしりから滑り落ちたとのことでした。 訪問看護師は、Bさんの言動がいつもと異なることからせん妄を疑いました。症状のアセスメントを行い、今後の対策を考える必要がありそうです。 アセスメントツールでせん妄の有無を評価 せん妄かどうかの評価はアセスメントツールを活用するとよいでしょう。さまざまなツールがありますが、ここでは国立がん研究センター東病院で開発された「せん妄アセスメントシート」(図1)を紹介します。このアセスメントシートにはせん妄のリスク評価から予防ケア、せん妄症状のチェック、せん妄出現時の対応までがステップごとにまとめられています。順番にチェックしていくことでせん妄対策が行える有用なツールです。 図1 せん妄アセスメントシート 国立がん研究センター東病院「せん妄アセスメントシート」(先端医療開発センター精神腫瘍学開発分野より許諾を得て転載)https://www.ncc.go.jp/jp/epoc/division/psycho_oncology/kashiwa/090/20171115095243.html(2023/9/15閲覧) 早速シートに沿ってBさんの症状を評価します。まず、「STEP1 せん妄のリスク」です。Bさんの場合、「70歳以上」の項目が該当しますので、そのまま「STEP2 せん妄症状のチェック」に進みます。Bさんの様子を観察すると、視線が合わずにキョロキョロしており、つじつまが合わない言動が見られます。時間を確認してみると「うるさい」の一言しか返ってきません。STEP2に記載されている項目に複数当てはまるため、そのまま「STEP3 せん妄対応」へと進み、介入策を検討することにしました。 せん妄の治療とケア 「STEP3 せん妄対応」にも記載されているとおり、せん妄が起こったときに大切なのはせん妄に関係する因子のアセスメントを行い、改善が可能な因子に積極的に介入することです。せん妄には「準備因子」「直接因子」「促進因子」があること(図2)を念頭に、改善や除去が可能な因子があるかアセスメントし、介入策を検討します。 それとともにせん妄を起こしている患者さんの苦痛に十分配慮し、積極的な薬剤の使用を医師や薬剤師に相談します。Bさんのケースでは臨時の往診の後、リスペリドンを処方してもらいました。 図2 せん妄の発症 Bさんの場合、直接因子としては薬剤の影響、促進因子としてはがんによる疼痛が考えられます。そこで、疼痛緩和目的でモルヒネを頓用で使用し、安定した疼痛コントロールを行うことに。同時に、家族が服薬で苦労しないように、鎮痛のベースをテープ剤に変更したり、Bさんが自分で剥がせない適切な貼付位置を妻に指導したりといったサポートを行いました。薬剤師にも相談し、Bさんの処方薬を見直し、服用する薬剤を極力減らすようにしてもらっています。 自宅の環境を生かした対応 Bさんはベッド上で起き上がったり、転倒の危険があるのに一人で動いたりしています。このようなせん妄の症状から万が一のことを考え、転倒してもけがをしないように、低床ベッドを導入し、ベッド横のフローリングには布団やクッション、マットなど自宅にある衝撃を吸収できるものを敷くことにしました。 また、Bさんは昼間に寝てしまい、明け方に症状が活発化し転倒したことから、昼夜のリズムを整えるケアも必要です。例えば、日中はテレビをつけっぱなしにして生活の中の音が途絶えないようにし、午睡を避ける対策をとりました。自分の家にいるという安心感を最大限活用しながら工夫できることを検討し、実践していきました。 家族が安心して介護できるようにサポート 在宅では家族の介護力を確認し、必要に応じてサポートすることも大切です。病院とは異なり、在宅ではせん妄の症状が起こったとき、家族が対応しなければなりません。Bさんがつじつまの合わない話をし始めたり、そわそわと落ち着きがなくなったりした場合にどう応じるのがよいのかを妻と時間をかけて話し合いました。 Bさんは終末期せん妄を発症していると思われ、それはお別れの時が近づいているサインでもあります。不可逆的なせん妄である可能性も伝えた上で、Bさんの発言に対応する具体的な方法を説明しました。例えば、理論的に答えを返すのではなく、「そうだね」と相づちを打って同意を示す、否定的な声かけはしない、低めの落ち着いた声でゆっくり話すほうがよいといったようなことです。 また、対応に疲れてしまったときは、病院や施設などの利用を検討することも大切であり、つらいときにはいつでも相談してほしいと伝えました。困ったときにサポートできることを保証するのも訪問看護師の大切な役割です。在宅におけるせん妄へのケアでは、ご家族の苦痛にも目を向け、支えていく態度が求められます。 その後、妻は「自分一人では夫の面倒を見られないけれど、夫は最期まで自宅にいたいと思うから」と話し、それまで消極的だったホームヘルパーを積極的に利用するように。娘とも連絡をとり、娘家族が頻繁に家に訪ねてくるようなりました。 Bさんはつじつまの合わない発言はあるものの、薬物療法を開始したこともあり、落ち着いて過ごせる日が多くなりました。そして、孫に氷を口に入れてもらって、家族に囲まれながら最期のひと時を過ごし永眠されました。 * * * 在宅におけるせん妄への対応は、自宅がもつ環境による癒しの効果を最大限に活用して行います。そこが病院での対応と大きく異なる点です。せん妄が出現したときに、寝ること、食べること、トイレに行くことなど、生活に必要な動作を安全に行うにはどのようなサポートが必要か。また、ご家族がどのように対応したいと思っているかを話し合いながら、できる限り今まで送られてきた日常生活の様子を壊さないような調整を心がけてみてください。せん妄の症状があっても、残された時間を穏やかに過ごせるようなアイデアをご家族と一緒に考えてみるのはいかがでしょうか。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師 ●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。 編集:株式会社照林社 【引用文献】 1)小川朝生著.「せん妄」,森田達也,木澤義之監修,西 智弘,松本禎久,森 雅紀,ほか編.『緩和ケアレジデントマニュアル第2版』.東京,医学書院,2022,p.329.

適応障害、不安、うつ状態への対応【精神症状の緩和ケア】
適応障害、不安、うつ状態への対応【精神症状の緩和ケア】
特集
2023年12月19日
2023年12月19日

適応障害、不安、うつ状態への対応【精神症状の緩和ケア】

このシリーズでは主にがん患者さんの事例を中心に、患者さんが訴える精神症状の問題にどう向き合えばよいかを考えていきます。今回のテーマは「適応障害、不安、うつ状態」です。 不安とは漠然とした不確実な恐れの気持ちが継続する状態。適応障害とは*「がん」という現実に直面したための精神的苦痛が非常に強く、日常生活に支障をきたしている状態。うつ状態とは*適応障害よりもさらに精神的な苦痛がひどく、身の置きどころがない、何も手に付かないような落ち込みが2週間以上続き、日常生活を送るのが難しい状態。*国立がん研究センター がん情報サービス「がんと心」を参考に作成https://ganjoho.jp/public/support/mental_care/mc01.html(2023/9/15 閲覧) がん患者さんにみられる精神症状 がん患者さんは診断や治療を受ける過程でさまざまなストレスを抱え、その結果、不安や抑うつ、不眠といった精神症状をきたすことが知られています。こういった症状が日常生活に大きな支障をきたす場合には適応障害やうつ病などが疑われます。 特に適応障害は、高頻度に認められる精神症状であり、せん妄とうつ病がそれに続きます1)。なお、不安や抑うつなどの症状はがん患者さんだけでなく、心不全や呼吸不全のような非がん疾患の患者さんにも生じるといわれています2)3)。 病的な状態ではないにしろ、多くのストレスを抱える患者さんにかかわる際、精神的な問題がないかアセスメントし、支援を行うことが訪問看護師に求められています。Aさんの事例を通して患者さんの症状にどうかかわるかを考えたいと思います。 事例:Aさん(80代、男性、独居) 大腸がんで手術を受け、一時的にストーマを造設。ストーマ管理の目的で訪問看護を週2回利用しています。手術後に肝転移が見られたため、現在は化学療法を実施中も口内炎の痛みや倦怠感がひどく、今まで通っていたデイケアにも通えなくなってしまいました。家で過ごす時間が長くなり、気分がすぐれない日も多いようです。今回は化学療法について不安があるとの訴えがあったため、化学療法に詳しい看護師が訪問することになりました。 Aさんは、いつもと違う看護師に少し緊張した様子でしたが、徐々に慣れていき、以下のようなことを話してくれました。 口内炎ができてしまい食事のたびにしみてつらいことそれに伴い食事がおいしくないこと 化学療法を受けると身体がだるくなり、やる気も起こらず、気がつくと寝ているだけの生活になっていること 心配事を解決し不安を解消 Aさんの訴えを聞いた訪問看護師は、まずはAさんの心配事の解消が必要と考えました。化学療法による副作用や症状の出現時期、対応方法を具体的に説明し、Aさんの不安を軽減できるように働きかけました。ところが、Aさんは説明を聞いた後も表情が硬く、「心配事は解決できそうです」と話されるものの、とても解決したとは思えない様子です。 全人的苦痛(トータルペイン)の視点でケア Aさんの不安そうな様子に変化がないことから、訪問看護師は身体的なつらさだけではなく、精神的、社会的、スピリチュアルな面から包括的にアセスメントすることにしました。 一般的に、がん患者さんが直面するつらさ(苦痛)は身体的な面だけでなく、精神的、社会的、スピリチュアルと多面に及ぶとされています。これを全人的苦痛(トータルペイン)と呼びます(図1)。緩和ケアでは患者さんに生じるさまざまな苦痛に対応するために、全人的なアプローチが必要です。 Aさんはがんの診断を受けてまだ間がありません。Aさんご本人の苦痛の強さや、世話をしているご家族の心配や負担の大きさ、日常生活に支障をきたしている程度を判断。問題があると感じた場合、精神・心理的問題にすぐに対処します。そのため、Aさんの状況を適応障害、不安、うつ状態の視点から一つずつ確認することにしました。 図1 全人的苦痛(トータルペイン)の理解 淀川キリスト教病院ホスピス編.「緩和ケアマニュアル 第5版」.最新医学社,大阪,2007,p.39より引用 適応障害 適応障害は、比較的明確なストレスを原因として3ヵ月以内に発症し、日常生活に支障をきたしている状態をいいます。適応障害への対応は支持的・共感的に話を聞くことと、ストレスを作り出している問題を把握し、その中から解決可能なものを選択し、介入することです。 Aさんは、がんの診断、ストーマ造設、化学療法、そして化学療法による副作用などで多くのストレスを抱えていることが想像されます。まずは、Aさんにストーマの受け入れ状況を確認してみることにしました。 するとAさんは「いつもと違う状況で突然漏れると不安だが、看護師さんに相談できるし、交換自体は自分でできるから不安はない。服を着ていると案外ストーマがあることも分からないしね。同世代の友人が便秘だ、下痢だと困っているのを聞くと自分のほうが楽かなとも思うよ」と話されました。 不安そうな様子はあるものの、大きな環境の変化であるストーマ造設については肯定的にとらえることができているようです。化学療法に関しても前向きに取り組みたいと考えているそうです。日常生活への支障や本人の苦痛が強くなった起点が明らかな場合、専門医の診察を医師に相談しますが、それには当てはまらないと判断しました。 不安 次に、不安についてアセスメントしました。不安は図2に示すように、気分、思考、行動、身体の症状として現れます。Aさんにこの4つの面について具体的な症状を確認したところ、不眠や食欲減退の訴えはありましたが、気分面や思考面、行動面の自覚症状はないようです。Aさんの日常の行動や心理的に大きな障害は認められず、専門的な介入が今すぐ必要な状態ではないと考えました。 図2 不安の症状 藤澤大介 「不安」.森田達也,木澤義之監修、西 智弘,森 雅紀,山口 崇編集,『緩和ケアレジデントマニュアル 第2版』,医学書院,東京,2022,p.323.より引用 うつ状態 うつ状態については、「落ち込みのチェックリスト」(図3)といったスケールを用い、現在の自分の心の状態を振り返ってもらうとよいでしょう。Aさんに「今、悲しい気持ちや気分の落ち込みなどを感じますか」と問うと、「気分の落ち込みがあきれるほどひどい」との答えが。どのくらいその様子が続いているのか、以前に同じような経験をしたことがあるのかを重ねて問いかけてみました。 するとAさんから次のような話が聞かれました。 「実は、若い時にうつ病を発症し、長い間病院に入院していたことがある。子どもたちにも話せていない。あの時と今の自分の状態が似ているなと思っても、それで病院に行きたいとか、誰かに相談したいとか、とても言い出せなかった。このような状態で治療を続けていると、何のために生きているのか分からなくなる。でも、いろいろしてくれる家族や先生(医師)に悪くて」 図3 落ち込みのチェックリスト(米国精神医学会のDSM-IV診断基準に準拠) 【チェックリストの使い方】まずは、1.2.の質問についてお答えください。 1.2.ともに「ない」という方重い落ち込みではないようです。1ヵ月に1度くらい、上記の項目をチェックしてみることをおすすめします。1.2.の両方、あるいはどちらか1つが「ある」という方3.~9.の質問に答えてください。3.~9.の質問で、「はい」と答えた数を数えてみてください。1.2.の数も合わせた合計が5つ以上で、かつ2週間以上続いている方は適応障害やうつ病の可能性があり、専門家による心のケアが必要と考えられます。まずは担当医や看護師、ソーシャルワーカーへ相談することをおすすめします。精神科、精神神経科、心療内科、精神腫瘍科の医師、心理士による心のケアが役に立ちます。 国立がん研究センターがん情報サービス「がんと上手につき合うための工夫」https://ganjoho.jp/public/support/mental_care/mc03.html(2023/9/15閲覧) 医師への相談をAさんに提案 Aさんが話し終えた後、訪問看護師は今の自分の気持ちを言葉にして伝えてくれたことがとても大切であるとAさんに伝えました。その上で、Aさんが信頼している担当の医師にも今の話を率直に伝えてみてはどうかと提案。また、治療を受けている病院でも、不安やうつ状態のような精神症状について、希望すればきちんと診てもらえることを説明しました。 Aさんから疲れやすさと気力の減退が特につらいとの訴えがあったので、そのことも医師に伝えるように提案し、その後はアドバイスをせず、Aさんの気持ちを傾聴するよう心掛けました。 看護師が帰るとき、Aさんは「自分の中で抱えていたものを話せて気分が少し楽になった。今度、治療のときに先生に話してみようと思う」と話されました。表情も少し和らいだようにみえました。その後、受診している病院で医師に自分の精神面について相談し、現在は精神科のカウンセリングを受け、少しずつ快方に向かっているそうです。 * * * 多くのストレスにさらされるがん患者さんでは、最初の訴えが身体的なものであっても、その背後にはほかに影響する要因が隠れていることがあります。その可能性を常に念頭におきながら会話をし、傾聴し、支持的にかかわることが重要です。 症状を引き起こしている問題が解決可能な問題であれば、小さな問題から解決し、患者さんにかかるストレスを減らしていきましょう。問題の解決が難しい場合は気持ちや感情に焦点を当てた介入を行っていくことが必要です。ぜひ訪問する利用者さんの様子をよく観察し、「いつもと違う」と感じたら気持ちをたずねてみてください。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師 ●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Akechi T, et al. Psychiatric disorders in cancer patients: descriptive analysis of 1721 psychiatric referrals at two Japanese cancer center hospitals. Jpn J Clin Oncol 2001; 31(5): 188-194.2)北野大輔.心不全に対する緩和医療.日大医誌 2020; 79(4): 235-239 3)津田 徹.非がん性呼吸器疾患の緩和ケアとアドバンス・ケア・プランニング.日内会誌 2018; 107(6): 1049-1055.

うつ病の学び直し
うつ病の学び直し
特集
2023年6月20日
2023年6月20日

【在宅医が解説】「うつ病」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を解説します。今回はうつ病とうつ症状について、在宅でよくみられる症状を中心に、訪問看護師が知っておきたいことを在宅医療の視点で紹介します。 はじめに 「うつ病」という病名を聞いたことがない方は、まずいないと思います。どんな症状が出るかというと、 一日中気分が落ち込んでいる、何をしても楽しめないといった精神症状とともに、眠れない、食欲がない、疲れやすいなどの身体症状が現れる厚生労働省「みんなのメンタルヘルス総合サイト」1) と厚生労働省のウェブサイトに記載されています。ですが、仕事や私生活でつらいことがあったり、あまりに忙しかったりすると、多くの人はこんな気分や体調を経験するのではないでしょうか。その線引きは非常に難しく、精神科の専門医でも診断がつくまで年単位を要することがあります。 私たちが在宅の現場で出会うのは、「大うつ病」と呼ばれるいわば正真正銘のうつ病よりも、内科的疾患に合併するうつ症状や、薬の副作用、心理的な原因があっての抑うつ気分のほうが圧倒的に多いと思います。ここでは、主に後者について解説します。 うつ症状を生じうる疾患がたくさんある 癌、慢性疼痛を伴う疾患、内分泌疾患、冠動脈疾患、糖尿病、脳梗塞後遺症、パーキンソン病等々、うつ症状を呈しうる疾患はたくさんあります。すべてを書ききれませんので、ここでは癌を取り上げたいと思います。 癌患者はうつ病や抑うつ状態になりやすい 癌の患者さんでは、15~40%と高率にうつ病を合併する2)とされています。 癌患者さんは、将来の計画を失ってしまう絶望感、死の恐怖、身体的苦痛への不安、経済的不安等々、非常に強いストレスにさらされますから、抑うつ状態になるのはむしろ通常の反応といえます。さらにわれわれが在宅で出会うのは、積極的治療の適応がなく「死を待つばかり」の患者さんが多いわけですから、身体的にも精神的にもかなり深刻な状況です。 患者さんとご家族に、「抑うつ的になりやすい状況に置かれていること」を理解していただき、共感をもってお付き合いしていきましょう。 信頼できる人に思いを打ち明けることで、気持ちが整理され、落ち着いてくることがあります。家族でも親友でも、主治医でも看護師でも構いません。患者さんが思いの丈を打ち明けられる環境づくりを工夫してください。 「病気についてよくわからない」「これからどうなっていくのかわからないのが不安」という場合は、主治医が病気と予後について丁寧に説明することで、少しずつ気持ちが整理されていきます。 癌終末期のうつ症状への対応 終末期においては、心身に苦痛を与えている症状の緩和(いわゆる緩和ケア)で、うつ症状が軽減することもありますが、難しければ、比較的副作用が軽い抗うつ薬を投与することもあります。 人生最期の大事な時間です。身体症状はもちろんのこと、精神的問題についても極力緩和し、本来のその人らしい時間を過ごしていただくために全力を尽くさなければなりません。看護師の皆さんは、患者さんとご家族のお気持ちを丁寧に拝聴し、主治医につないでください。 高齢者のうつ病の特徴と治療 高齢化が急速に進んでいる現在、高齢者のうつ病には特に注意を払いましょう。さまざまな病気を抱えている上に、加齢による心身の衰えが加わると、うつ病発症リスクは高くなります。さらに、配偶者との死別、経済的不安などの環境要因で、気持ちが落ち込みがちになります。 治療の基本は、高齢者以外でも同様ですが、柱となるのは支持的精神療法です。患者さんの訴えを丁寧に拝聴し、悩みに共感すること。それだけで「癒される」患者さんは少なくありません。看護師の皆さんにはぜひその役割を果たしていただきたいと思います。 不眠、食欲不振などに対して薬物治療を行なうこともありますが、若い方に比べると、高齢者では抗うつ薬の副作用が出やすく、効果も出にくいです。持病の治療薬との組み合わせが悪いと抗うつ薬が使えないこともあります。高齢者では、単一の抗うつ薬をごく少量から使用して様子をみることになります。 薬剤惹起性うつ病を疑うケース うつ症状を起こしやすい薬剤として、古典的にはインターフェロン、ステロイド、レセルピンをはじめとする降圧薬などが知られています。ほかにも、鎮痛薬、抗ヒスタミン薬、高脂血症治療薬など一般的に使われる薬剤でも、頻度は低いですが「抑うつを誘発する可能性」が指摘されているものがたくさんあります。 新しい薬の処方後に患者さんが抑うつ的になった場合、まずは副作用の可能性を疑います。早期発見して薬を中止すれば、抑うつは速やかに改善します。 高齢者の多剤併用には特に注意を 高齢者では特に、薬の副作用について注意が必要です。 高齢者は複数の持病を持ち、そのぶん処方される薬が多くなります。処方が6つ以上に増えると副作用を起こす頻度が増えるといわれていますが、6つどころではなく、特に病気ごとに複数の医療機関に通院している方だと、合計10種類以上の薬を飲んでいる、というケースも少なくありません。 高齢になると薬を分解・代謝する力が低下するため、薬が効きすぎたり副作用が出やすくなったりします。たくさんの薬を服用していると、そのぶん副作用のリスクが高まり、重症化しやすいです。特に起こりやすい副作用として、認知症、せん妄と並んで、うつ症状が挙げられています。 特に、鎮痛薬や睡眠薬、抗不安薬などは、体に蓄積されやすいので注意が必要です。 執筆:佐藤 志津子医療法人社団緑の森 理事長さくらクリニック練馬 院長編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)厚生労働省「みんなのメンタルヘルス総合サイト」https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_depressive.html2023/03/20閲覧2)明智龍男.『がん患者のうつ病・うつ状態』現代医学.69(2),2022,30-5.

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