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元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol06
公開日:2026年7月13日
更新日:2026年7月13日

訪問看護の現場では、疾患・障害があっても、自分らしく前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。今回は「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿の中から、利用者さんの生き方や言葉に元気をもらえるエピソードをご紹介します。
「精神疾患を抱えた利用者さまの社会復帰を目指して」
うつ病で自宅にこもり、生活環境の維持も難しくなっていた60代のTさんが、根気強い訪問看護の支援を受け、シャワー浴を希望し、ヘルパーと買い物にも出かけられるようになったエピソード。
| Tさんは60代の女性です。うつ病のため自宅にこもっておられ、自宅は室内に物が多く、生活環境の維持が難しい状況でした。身内も遠方に住んでおり、経済的な支援以外は受けられない状態でした。夏に圧迫骨折で入院したことをきっかけに、地域での生活を支える目的で、ケアマネジャーを通じて当ステーションへ訪問看護の依頼がありました。 訪問開始前のカンファレンスでTさんと面会した際には、入院中も入浴を拒否されており、体臭が強い状態でした。1つの質問に対する返答までに10分以上かかることも多く、担当ケアマネも対応に苦慮していました。 まずは伸び切った爪を整え、室内でできるリハビリから支援を始めました。介入当初は保清を拒否し、「リハビリだけをしてくれればいい」と話されていました。そこで、まずはTさんの思いを丁寧に傾聴しました。そのうえで、入浴によって体が楽になったり気分転換につながったりすること、清潔を保つことでヘルパーと一緒に買い物へ行くなど、生活の幅が広がる可能性があることを根気強くお伝えしました。その結果、現在ではご本人からシャワー浴を希望されるようになり、ヘルパーと買い物にも出かけられるまでになりました。 今回の経験を通して、病院勤務では得られなかった学びがありました。利用者さまの思いを汲み取り、多職種がそれぞれの役割を果たしながら支援することで、ADLやQOLの向上につながったのではないかと思っています。 |
2024年12月投稿
「小さな命が教えてくれたこと」
18トリソミーのAちゃんを自宅で見守るご家族。毎晩のように鳴り響くアラーム音への不安の中、訪問看護師は夜中や明け方にも駆けつけ、最期まで寄り添いました。ご家族が「自宅で看取ることができました」と振り返ったエピソードです。
| 「訪問看護師さんって何をしてくれるのかな」Aちゃんのママはそう思っていたそうです。NICUから訪問依頼があったのは、数年前の梅雨の時期でした。診断名は「18トリソミー」。長期生存は難しく、退院後に急変した場合も侵襲的な治療はおこなわない方針が、主治医から示されていました。 退院するとご家族は「家に帰れてよかった」と笑顔でその日を迎えられました。しかし、その後は夜泣きなどで酸素飽和度が低下し、アラームが毎晩のように鳴る日々が続きました。不安になったママから訪問看護へSOSの電話が入り、私たちは夜中や明け方にも駆けつけました。ご家族が少しでも長く一緒に過ごせるよう願いながら、その都度駆けつけ、必要に応じて主治医と連絡をとりました。 しかし、つらいことばかりではありません。Aちゃんのお姉ちゃんがそばで声をかけたり遊んだりすると、Aちゃんはかわいらしい笑顔を見せてくれました。その時間は、ご家族にとっても私たちにとっても、ホッとできるひと時でした。 それから3か月後、パパから「このまま自宅でみんなで見送ります」との連絡がありました。私たちが駆けつけると、ご両親に抱かれた小さな命は、静かに旅立っていかれました。ご両親は「覚悟はしていたけれど……」と涙されながらも、私たち看護師にお礼を言ってくださいました。「訪問看護師さんって何をしてくれるのかなと思っていましたが、『こんなことで電話してもいいかな』『こんなことで来てくれるかな?』と思って電話しても、すぐに駆けつけてくれて。最期まで寄り添ってもらったので、自宅で看取ることができました」そう言っていただけたことは、今でも忘れられません。 |
2024年12月投稿
「最後の願い~自宅で死にたい~」
心不全末期で「家で死ぬために、ここまで頑張ってきた」と語った86歳の女性。本人の強い意思と家族の思いに寄り添い、自宅で最期を迎えるという願いを支えたエピソード。
| 出会ってわずか2日でお別れとなった、86歳の女性。心不全と認知症を患っていた。 ある日、心不全の急性増悪が疑われる状態となり、ケアマネジャーから訪問看護の介入依頼があった。訪問すると、死期が迫っていると感じるほど切迫した状態だったので、私の頭には、救急要請の4文字が浮かんだ。 救急要請について問いかけると、「家で死ぬために、ここまで頑張ってきたんや」と力強く話された。娘さんにこれまでの経過を伺うと、ご本人は幾度となく「入院はしたくない。家で死にたい」と話していたという。 私はご本人の強い意志を受け止め、在宅医への相談を提案し、緊急往診を依頼した。在宅医が到着し、心エコーやレントゲンを実施。病状や治療について説明を受けると、ご本人は「楽にしてください」と希望された。治療をしなければ命に関わることが改めて説明されたが、「かまへん。楽にして」と意思は変わらなかった。入院について迷っていたご家族も、「もう十分頑張った。本人の希望どおりにしてあげたい」と、ご本人の意思を受け入れた。 その後、苦痛緩和のための持続鎮静が開始された。一番の願いであった自宅のベッドで、お子さん3人に見守られながら穏やかに旅立たれた。 私はこの事例を通して、意思決定支援とは、本人の価値観や願いに寄り添い、本人と家族が納得できる選択を支えることなのだと強く感じた。 |
2024年12月投稿
「痛みを和らげるのは薬だけじゃない」
胃がん末期で「食べられないなら早く死にたい」と落ち込んでいたYさんが、家族や多職種と花見を楽しみ、「たくさんの人に出会えて幸せです」と語ったエピソード。
| 胃がん末期のYさん。食べることが好きで、いつも『孤独のグルメ』を観ていた。なんとか食べられるものを口から食べていたが、やがて絶食となり、CVポートから点滴による栄養管理が始まった。主治医から予後は限られていると伝えられた。 「食べられないなら早く死にたい」と元気をなくすYさん。ご家族も、元気をなくしたYさんを見て「つらい」と涙を流していた。少しして桜の季節がやってきた。ご家族で毎年恒例の花見をしていたそう。 このまま何も食べられず、恒例の花見もできないまま最期を迎えることになったら、後悔しないだろうか。私はそんな思いを医師やYさんとご家族に伝えた。 やはりYさんの願いは「食べたい」「花見に行きたい」ということだった。ご家族も同じ思いだった。医師から「固形でないものなら食べてもいいですよ。花見も行けるうちに行っておいで」と背中を押していただき、家族や多職種とお花見へ出かけた。みんなでアイスを食べたあの時のYさんの笑顔は、決して忘れられない。 Yさんからは「私はたくさんの人に出会えて幸せです」と言っていただいた。私もYさんからたくさんのことを学んだ。がん終末期の苦痛を和らげるのは薬だけではない。あたたかい人の関わりによって、痛みや苦痛が和らぐこともあるのだと実感した。 |
2024年11月投稿
「ケアは魔法」
がん終末期で頑なにケアを拒んでいたAさん。最後の訪問で清拭と着替えを受け入れ、「まるで、魔法だな」と涙ぐみながら話してくださったエピソード。
| 少し前のお話になります。がん終末期の高齢男性の利用者様、Aさん。奥様との2人暮らしでした。心が強く、つらくても人に頼らず頑張ってこられました。訪問看護を受けていても、その姿勢は変わらず、私たちにもなかなか頼ろうとはされませんでした。 そんな折、身体が思うように動かなくなり、転居が決まりました。翌日の転居を控え、訪問看護はその日が最後でした。 私が「お身体を拭いて、着替えましょうか」とお伝えすると、少し動くのもつらそうなご様子でした。しばらく間を置いた後、「じゃ、お願いしようかな」と小さな声で話されました。それまでケアを受け入れることはほとんどなかったAさんでした。 「できるだけ、体への負担が少ないよう、手早く済ませますね」と声をかけ、清拭と着替えを行いました。終わった後、「お疲れ様でした。ご協力いただき、ありがとうございました」とお伝えすると「まるで、魔法だな」とAさんが話されました。その言葉が褒め言葉であることは、すぐに伝わってきました。こんなにも心に残る褒め言葉があるのだと、胸が熱くなりました。 涙ぐむAさんと握手をしてお別れしました。翌日、Aさんは予定されていた転居先へ向かわれました。私がAさんと言葉を交わしたのは、あの日が最後となりました。 あの言葉は、お別れの際の気遣いだったのかもしれません。それでも、ケアにおいては質が大切であり、常に意識して取り組む必要があるのだと改めて思いました。 後日、ごあいさつに来られた娘さんから、「最後の訪問看護の日、父が涙を見せていたのを初めて見ました」とお聞きしました。Aさん、ありがとう。 |
2024年11月投稿
利用者さんの前向きな姿勢や生き方に、励まされた経験のある訪問看護師も多いのではないでしょうか。今回ご紹介したエピソードからも、訪問看護はケアを提供するだけでなく、利用者さんやご家族から多くのことを学び、支えられる関係であることが伝わってきます。
編集: NsPace編集部
