特集

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第2回vol02

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】

訪問看護の現場では、疾患・障害等がある中でも懸命に前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。「みんなの訪問看護アワード2024」に投稿されたエピソードから、利用者さんの前向きな姿勢に力を分けてもらえるエピソードをご紹介します。

「~最期まで残る”生きる力”を奪わないために~」

在宅で看取ったO様から、緩和ケアでも最期まで尊厳を大切にし生きる力を奪わないことの大切さを学んだエピソード。

在宅で看取ったO様。ご本人の体調に変動があり、ご家族の負担が大きくなっていました。ご家族は、できるだけ車いすでトイレに連れて行っていました。「看護師さんには迷惑をかけたくない」という思いがあり、はじめはうまく介入できませんでした。カンファレンスを繰り返し、ご主人の想いを傾聴して、愛犬レオくんの話や福祉用具の提案をしました。徐々に看護師の提案を受け入れ、夫婦での思い出話を伺うなど、ユマニチュードの実践もすることで、ご主人は心を開いてくれました。その結果、一緒にO様を支えることができる良い関係が築けました。ご主人の希望により、下肢からの点滴をおこなっていましたが、「怖くて離床ができなかった」と言われました。点滴の必要性や、部位の選択など検討するべきだったと思いました。緩和ケアの段階であっても、最期まで尊厳を大切にし、その人に残る「生きる力」を奪わないようにすることを、ご主人から教えてもらいました。

2024年1月投稿

「認知症があっても覚えていられること」

認知症でいろいろ忘れてしまうはっちゃんが、お誕生日のケーキという楽しみにしていた約束は、しっかり覚えていた心温まるエピソード。

認知症のはっちゃんを、近所に住む娘さんが食事を届けながら一生懸命お世話しています。でもはっちゃんは「おかずをレンジに入れたことを忘れちゃう。ご飯が何もないからカップラーメンを食べたの」と。娘さんは、いろいろなことを忘れてしまうはっちゃんに対し、苛立ちと責任感との狭間で葛藤しています。そんなはっちゃんのお誕生日に訪問看護で伺いました。玄関に入るやいなや「今日はおやつがあるの」とはっちゃん。娘さんからも「春山さん、誕生日なので一緒にケーキを食べてあげてください」とメモがありました。「じゃあお風呂に入ってから食べましょう!」と私が提案すると、いつもは拒否気味のはっちゃんが、テキパキと準備して入浴しました。そして、急ぎ足で冷蔵庫へ向かってケーキを取り出していました。覚えている!今日はお風呂前に話したことが、お風呂後にも繋がっている。楽しみにしている約束は覚えてくれているのかな。その作戦で、もっといろんなこと覚えていられるように伝え方を工夫してみるね。いつまでも、はっちゃんらしい無邪気な笑顔を見ていたいから。

2024年1月投稿

「今まで気が付かなくてごめんなさい。」

妻が冷たくなった理由は、実は一緒にケアに参加したかっただけだったと気づいた心温まるエピソード。

N様は妻と2人暮らし。訪問看護が始まったが、N様は他者を受け入れることに抵抗があり、サービスが軌道に乗るまでにかなり時間がかかった。「もう入院させてほしい」と強く希望され、主治医と何度か話し合うこともあった。それでも少しずつ看護師を受け入れてくれてようやく定期的に入浴する事ができ、軟膏処置も継続できるまでになった。妻も安心したのか、今までのようにたくさんお喋りすることがなくなり、口数が減って急に静かになった。最初は安心したからかなと思っていた。担当である私に対し娘と妻の態度が変わり、些細なことで急に怒り出して、協力的ではなくなっていった。何がいけないのか。どうして冷たくなったのか、考えてもわからない日々が続いた。妻に、軟膏処置を一緒にしませんかと提案した。小躍りするくらい喜んだ妻を見て初めて、本当はケアに一緒に参加したかったのだと気が付いた。それから妻の態度はもとに戻った。今まであなたの気持ちに気が付かなくてごめんなさい。

2024年1月投稿

「『俳人』Mさんの物語のワンシーン」

俳句を愛する肝臓癌末期のMさんが、家族に感謝を伝え、まるで物語のワンシーンのように旅立ったエピソード。

「道普請終らぬままの梅雨入りかな」句集に載ったと本を広げ、誇らしげに一句一句丁寧に解説してくださったMさん。肝臓癌末期で、希望通り最期を自宅で迎えられた時の60分の物語です。奥さんより「昨夜寝なくて大変だった」と電話を受け訪問。全身状態は悪化していましたが、会話はしっかりできました。「顔を拭いて」と言われ顔を拭き、「脇を拭いて」と脇を拭き、いつもの笑顔で「気持ち良かった。ありがとう」と。ご自分で水を飲み「末期の水や。そろそろ先生呼ばんとね」と。奥さんの手を握り「迷惑かけたね。ありがとう」と。すぐに別室の娘さんも呼び「ありがとう」と。長男さんへ電話が繋がった時には話せない状態でしたが、最後の力を振り絞るように「お!」と声を出され、静かに息を引き取られました。間もなく大好きだった先生が来られ、「僕もこんなふうに最期を迎えたいな」とお別れされました。ドラマのようなMさんらしい物語の一場面でした。

2024年1月投稿

「手のひらから伝わる温もり」

多発性骨髄腫で予後3ヵ月の88歳女性が、毎日手引き歩行を続け、笑顔を見せてくれた温もりが忘れられないエピソード。

「あ~よかった。来てくれた。待ってたよ」
多発性骨髄腫で予後3か月の診断を受けたとは思えないほど、屈託のない皺くちゃな笑顔を見せたのは、御年88歳、米寿を迎えた女性Tさん。
ここは住宅型ホスピスであり、Tさんも激しい癌性疼痛と血糖コントロール不良で、全身状態は決して良好とは言えない状態だった。しかし、往診医の的確な診療と薬剤調整により、疼痛と血糖コントロールは改善し、入居当初とは見違えるほど状態が回復した。体動による疼痛を避けるため、膀胱留置カテーテルは入っていたが、Tさんは「少しでも歩かないとね」と言い、毎日のように手引き介助で歩いていた。Tさんと私は同じ誕生日ということもあり、私を見ると冒頭のような声をかけてくれた。しかし、命尽きることに抗うことはできず、Tさんは娘様に見守られ天国へと旅立たれた。Tさんのことだから天国でも元気に歩いて、皺くちゃな笑顔を振りまいているのだろう。手引き歩行で感じたTさんの手の温もり、忘れないよ!

2024年1月投稿

利用者さんの前向きな姿勢や生き様は、関わる訪問看護師だけでなく読者にまで元気や力を与えてくれる、そんなエピソードばかりでした。訪問看護は医療者から一方向的にケアを提供するのではなく、双方的な関係性であることを改めて感じますね。

編集: NsPace編集部

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