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インタビュー
2022年3月8日
2022年3月8日

看護師を支援するICTと教育のしくみ

精神科訪問看護に特化して運営しているN・フィールド。多くのステーションが人材不足で悩むなか、24時間オンコールの廃止、残業なしなどの「働きやすさ」で注目を集めています。しかしそれだけではありません。人材育成やICTの活用などについて、取締役の郷田泰宏さんと看護師の中村創さん、精神保健福祉士の谷所敦史さんに語っていただきました。(以下敬称略) お話郷田 泰宏 株式会社N・フィールド 取締役中村 創 株式会社N・フィールド 看護師谷所 敦史 株式会社N・フィールド 精神保健福祉士 人材育成に独自の研修プログラムを整備 [郷田]N・フィールドでは、入社した看護師の教育研修のため、「教育専任部」を設置し、独自のマニュアルや研修プログラムに沿って、体系的な教育を行っています。前回お話しした、オンコール体制をとらない、18時までの勤務などもそうしたプログラムの一環です。 精神科経験のないスタッフには、入社後にまず、定められている3日間の「精神科訪問看護基本療養費算定要件研修」を受講してもらいます。その後、マニュアルや動画を使用した社内研修で、精神疾患や精神科訪問看護の知識を身につけたうえで、同行研修を実施します。経験の少ない看護師には、自信がつくまで2人ひと組の同行訪問でOJTを実施し、ひとり立ちできるよう育成しています。 AIを活用してアセスメントを可視化する 精神科医療は他の診療科に比べ、アセスメントや診断に科学的根拠を示しにくい領域です。精神科訪問看護においても、アセスメントは看護師一人一人の観察眼や感覚に頼るところが大きく、客観性や科学的根拠についての課題が指摘されていました。 そこで当社では2020年にアセスメントを可視化し、判断に科学的根拠を提供する看護支援システム「TWiNSS」を導入しました。 「TWiNSS」とは、看護師が訪問後に作成し、蓄積された日々の看護記録をAIが読み込み、記述されているキーワードの集積から、個々の利用者の症状の変化をグラフと点数で可視化するというものです。 「TWiNSS」はコミュニケーションを活発にする 利用者さんの心身の調子の「波」を可視化することで、入院のリスクを早めにキャッチでき、早期対応が可能になります。また、どのような治療や支援が有効であったか、これから必要になりそうかなどを、担当看護師とは違う視点からの情報が提供されるため、ステーション内のカンファレンスでの議論が活発になってきました。 ベテラン看護師でも、自分のアセスメントと異なる情報が「TWiNSS」から示されることがあります。それもまた意義があると私たちは考えています。 どちらのアセスメントがよい、ということではありません。アセスメントの違いをどう分析するのか。いろいろな可能性があるなかで、利用者さんにどのようなかかわりをするのか。そこに議論が生まれることで、ステーションとしての一体感が高まります。看護の「熱」を増すことにつながるコミュニケーションツールだと感じています。 もちろん、人がつくるこうしたシステムに完璧はありません。「TWiNSS」も、まだ改良の余地があると思っています。看護記録の様式や用語の統一など、これからさらに精度を上げていって、将来的には病院でも導入してもらえれば、退院時にスムーズに利用者さんの情報を在宅に引き継ぐことができます。 看護師の『肌感覚』ではつかめない異変をキャッチ [中村]「TWiNSS」を現場で活用していると、しばしばびっくりするぐらい的中することがあります。 支離滅裂な言動もなく、安定していたためノーチェックだった利用者さんがいました。ただ看護記録には、「『少し足が痛い』と言っている、せかせか歩いている」という記述がありました。そういった記録が増えた月の翌月初に、その方の入院リスク値が40%から70%にポーンと高くなったのです。 どうしたのだろうと思っていたら、その月に実際、入院されてしまいました。記録を丁寧に見直したら、せかせか歩いていたのは、近隣とちょっとしたトラブルがあって、不安から落ち着かなくなっていたからでした。結果的に、焦って歩いて転倒し、骨折してしまったのです。 看護師の肌感覚では「逸脱した精神症状はみられないので入院からは遠い」と思っていた人でしたが、これはまったく別の視点ですよね。なるほどそういうことだったのかと思いました。 ベテランスタッフが一人増えたような感覚 [谷所]私は、「TWiNSS」の導入はベテランのスタッフが増えたような感覚だと思っています。一人で利用者の家を訪れる訪問看護師は、十分な自信がないと「これで大丈夫だろうか」と不安になることがあります。利用者のわずかな異変に気づけるか気づけないかは、訪問した看護師しだいともいえるからです。 これまで異変を見出す感覚・視点は、精神科においては、職人芸的なものとして醸成されてきました。しかし、「TWiNSS」はそれを、「ここもちゃんと見てきた?」と、気づきにくかったところを補完する役割を果たしてくれます。 これからは「TWiNSS」のようなICTツールの活用によって、もっとアセスメントの客観的根拠を増やしていきたいと考えています。 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2022年3月1日
2022年3月1日

経営者が語る ─安定経営のワケ─

精神科訪問看護に特化して運営しているN・フィールドは、設立から17年で47都道府県に212拠点を展開しています。急成長の理由や、今なぜ精神科訪問看護なのかを、創業時から現在までの変遷をたどりながら取締役の郷田泰宏さんに語っていただきました。(以下敬称略) お話郷田 泰宏株式会社N・フィールド 取締役 患者さんの社会復帰を手助けする一助に [郷田]N・フィールドは2003年、看護師3人で、大阪で開業したのが始まりです。最初から精神科の訪問看護を目指していたわけではなく、たまたま精神科病院出身の看護師が創業者だったことから、これを強みとして出発しました。 精神科医療は長期入院の患者さんも多く、社会復帰、地域移行が進まないことが長年、問題視されていました。今でこそ、精神科の患者さんも「病院から地域へ」という流れができつつあり、地域的にも受け入られるようになりつつありますが、開業当時は、まだ長期入院が一般的でした。 社会資源をふまえた支援があれば退院できる人はいるのに――そんな問題意識を看護師たちが共有し、当社が精神科の訪問看護に特化したサービスを提供するようになったのは自然なことでした。 当初は、精神科訪問看護がどういうものか、教科書があるわけでもなく、皆手探りで手法を確立しようと必死でした。そのため、想い入れの強い多くのスタッフが疲弊し、一時は退職者が続いた時期がありました。その後、看護師の働きやすさや、やりがいを発揮できる環境を整備することに注力し、現在では離職率も大きく低減でき、事業展開に応じて多くの看護師採用を増やすことができる段階にあります。 精神科に対する社会の理解が大きく変化 現在、精神科の患者さんの社会復帰・地域移行の流れは強まっています。一方で、退院した利用者を在宅で支える訪問看護師は、今も不足しています。その理由の一つが、「精神科訪問看護は危険・難しい」イメージがあることです。 患者さんが、果物ナイフやガラス食器など危険物とみなされる生活用品を持ち込めない病院は、ある意味で「守られている安全な空間」です。一方、在宅では包丁やはさみなど、当たり前の生活道具であっても、使いかたによっては危険なものがいろいろあります。そうした生活の場で患者さんと看護師が向き合う精神科訪問看護は、安全ではないように感じられ、一人で訪問することに不安を感じる看護師が多いのかもしれません。 しかし実は、訪問時にこうした危険な事態はほとんど起こりません。むしろ在宅のほうが危険は少ないというのが、経験上の見立てです。 その理由の一つとして、入院形態から患者が余儀なく受けてしまうストレスが、生活空間である在宅では存在しないことが挙げられます。 精神科は、他の診療科と違い、医療保護や措置など、本人の同意を得ない入院形態があります。強制的に入院となり、行動を制限されることを納得できていない患者さんもいます。しかし、訪問看護は、自宅で暮らしている利用者さんの同意を得たうえで訪問します。そういう意味で、暴力など危険な事態が起こるリスクは一般的に低いと思われます。 全国に拠点をもち安定経営を続ける理由 こうした実態は、現在では看護師基礎教育課程でも伝えられ、精神科訪問看護へのイメージは、少しずつですが変わりつつあります。 多くの患者さんが在宅へ戻ってくる――しかし地域で患者さんを支える社会資源としての訪問看護ステーションは不足している――N・フィールドはそこに特化し、事業展開してきました。おかげさまで、全国に数多くの拠点を持ち、いわば社会的インフラとして事業展開するに至っています。その一環として、現在では訪問看護だけではなく、住む場所を提供する住宅支援の事業も展開しています。 拠点展開に応じた人材確保は今も課題です。N・フィールドでは、働きたいと希望される人へ、入社前に体験訪問を積極的に行っています。入社後のイメージギャップをできるだけ少なくし、早期離職を予防する取り組みです。 それに加えて、当社の勤務体制がワーク・ライフ・バランスの面で評価されている側面もあると思います。夜間勤務のある病院とは異なり、当社は基本的には9時から18時までの日勤帯の勤務です。訪問看護事業所の多くが採用している24時間のオンコール体制も、当社では採用していません。自分の時間を大切にする働きかたを目指す看護師や、子育て中で日中しか時間に余裕がない看護師からも、そうした働きやすさが受け入れられている面があると思います。 こうした、看護師の負荷をなるべく少なくする経営努力が、人材確保のうえで一つのアドバンテージになっているのかもしれません。 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2021年12月21日
2021年12月21日

訪問診療クリニックで働くということ(後編)

訪問診療クリニックで働く菅 基さん。今回は一風変わったプロフィールと、病棟勤務から転職した際の驚きの経験を語っていただきました。 なぜ文系四大卒が看護師に? 一般の文科系大学を出て就職もしたのに、どうして看護師になったのかとよく問われます。 新卒で入社した会社では営業職でしたが、仕事内容や今後のキャリアに対して自分の軸がみえず、悩んでいました。偶然、実家の近所に都立の看護学校があったこともあり、看護師の資格を生かした仕事をしようと決心しました。 入学してみると、学生は若い女性ばかりではなく男性も多いし、30代・40代の方もいて、違和感なく学べました。 これまでずっと学校での成績基準の世界で生きてきて、看護学校には、それだけでは推し量れない世界があることにまず驚きました。また、ずっと文系だったので、理系科目には苦労もしました。大学入試より勉強したかもしれません。 そしてみなさんそうだと思いますが、実習期間中は課題が多すぎて眠れないのには参りました。でも目的がはっきりしているので、乗り切れました。 価値観はアップデートしていくもの 国家試験合格後は、5年間病棟勤務を経験しました。呼吸器内科、血液内科など内科系混合病棟でしたが、3年目以降、男性看護師は私一人だったので、目立つというか、下手なことはできない(笑)。力仕事的な部分では頼られましたが、男性が一人の環境は、なかなか肩身が狭かったです。 ふり返って思うのは、自分の経歴や経験で価値観を固めてはいけないな、と。今でも心掛けています。 大学卒だから看護学校でも成績がすごい良かったかというとそんなことは全然なかったし、職場でも家庭でも、その時の自分のステージや将来性を見すえ、総合的にその場での自分の価値観をアップデートさせることが必要だなと学びました。 医療の常識が通用しない訪問看護という仕事 そろそろ異動のタイミングという5年目に、もともと興味があった在宅系で、地域の人とかかわりながら経験が積めることを期待し、訪問看護ステーションに転職しました。 訪問看護は、患者さんの自宅での限られた物品と限られた空間でサービスを提供するので、病院では当たり前だと思っていたことが通じない世界でした。 また、患者さんやご家族の医療に対する考えや価値観が優先されるので、そこをはねのけると「もう来なくていいです」と言われてしまいます。実際、私もそう言われたことがありました。 ALSでずっと在宅療養されている方のところに私が入った時です。ご家族がALSの患者さんであるご本人のために介護の会社を立ち上げたほどで、鉄壁の価値観 ── たとえば酸素飽和度が1%でも下がったら困るなど ── が形成されていました。私はそこを理解せず、医療の正当性を主張して失敗しました。 「24時間対応なんて無理」と考えている人へ 高齢者の増加に伴い、訪問診療を必要とする人はますます増えていきます。サービスを提供する私たちの将来的なビジョンとして、少ない人数でいかに業務を回していくかを考える必要があります。先にお話ししたICTの導入も、業務効率化、残業ゼロへの有効な手段です。 訪問看護はやってみたいけれど、24時間対応は無理と考えている方。深夜に駆けつけることは、事業所の方針にもよりますが入職前に思っていたよりはずっと少ないとお伝えしたいです。実際に訪問看護ステーションに在籍されている方なら、みなさんご存じだと思います。 なぜ深夜の訪問をしなくてすむのか。私たち医療者は、夜間に起こりそうなことをあらかじめ予測し、日中できることでしっかり予防・対応します。また、今後起こりうることを患者さんやご家族にもしっかり説明しています。そうすることで、患者さんやご家族は安心され、コールが減り、緊急連絡にも多くが電話対応ですむことになりました。 訪問診療が入るときには多職種チームが形成されている 訪問診療は、在宅系サービスのなかでは最後に入るサービスだといわれます。 たとえば高齢になって生活に支障が出てくるようになると、まずは地域包括支援センターに相談し、ケアマネジャーが入り、要介護認定が下りると訪問介護やデイサービス・デイケアを利用しはじめます。 病後など、やがて医療が必要になってくると訪問看護が入り、ご本人が病院にも行けなくなると、最後に訪問診療が入ります。つまり患者さんにかかわる多職種がすでに形成されていることが多いのです。 すでにサービスを利用している患者さんのところに私たちが加わるため、訪問看護師さんの役割はとても重要で、連携を大切にしています。当院にも懇意にしている訪問看護ステーションは複数あり、それぞれの個性と特徴を把握し、訪問看護を依頼しています。 訪問診療クリニックも、キャリアと家庭の両立に適した職場 もちろんターミナルで自宅に戻られた方や、一切サービスを使っておらず突然調子が悪くなったけれど入院はしたくない方など、先に診療が入るケースもあります。そんなときは、私たちが介護保険とは何かなど、制度的なことを説明しています。 いざ訪問してみると、家族関係に問題があったり、必要な在宅サービスが入っていなかったりなど、手が足りないと感じる部分もあります。医療だけにとどまらず、患者さんとご家族の悩みも受け止められるよう今後も頑張っていきたいですね。 そのためにも、現在、一緒に働く仲間を増やしたいと考えています。 キャリアと家庭を両立させながら働ける職場だと自負しています。訪問看護経験者で、在宅診療クリニックに関心のある方、チームで働いてみたいという方は、ぜひご連絡ください。 ** 菅 基(すが もとむ)杉並PARK在宅クリニック(東京都杉並区)看護師 杉並PARK在宅クリニックhttps://www.suginami-park.jp/ 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2021年12月14日
2021年12月14日

女性が働きやすい社会を後押しするフェムテック

産婦人科医の稲葉可奈子先生に、訪問看護師として働く女性の健康について語っていただきました。 女性の健康課題をテクノロジーで解決 皆さん、「フェムテック(Femtech)」という単語を聞いたことはあるでしょうか。今、働き方改革を進める企業などで注目されている話題のキーワードです。フェムテックとは、女性(Female)とテクノロジー(Technology)を組み合わせた造語で、女性が抱える健康課題を、テクノロジーを活用することで解決するサービスや商品全般を指します。 女性は月経、妊娠、出産、更年期など、一生にわたり女性特有の健康課題を抱えて生きています。これまでは、そうした健康課題 ── とくに月経などは、あからさまに話題にすべきことではないと、タブー視されてきました。女性特有の心身の不調は「理解されなくてもしかたがない」とあきらめる傾向が世界的にありました。 特に日本では、女性の社会進出が遅れたこともあり、かつては仕事を続けながら出産・育児をすることが困難な環境にありました。現在ではかなり制度面が整ったとはいえ、それでもたとえば、産婦人科を受診することに関して、とてもハードルが高いと感じている女性は多いようです。 でも、女性の社会進出が進んできたことを背景に、女性自身も自らの健康に対する意識が変わってきたのではないでしょうか。そこに登場したのがフェムテックです。 女性の意識の変化と同時に、テクノロジーの進化の追い風もあって、フェムテック市場は拡大し、基礎体温や月経周期を管理するアプリを活用する女性も増加しています。 日本でも増えつつあるフェムテックアイテム フェムテックは欧米がリードしており、すでに数多くのフェムテック関連アプリやデバイスが発売されていますが、遅れをとっていた日本でも少しずつ増えてきています。 フェムテックがカバーする領域はとても広く、「月経」「妊娠/不妊」「産後ケア」「更年期」「婦人科系疾患」「セクシャルウェルネス」などにカテゴライズされています。日本でフェムテックアプリの分野に先鞭をつけたのは、2000年に登場した生理日管理アプリでしょう。 直接的なフェムテックではありませんが、女性が働きやすい社会を後押しするアイテムも注目を集めています。 最近では、月経カップがそうですね。経血をカップで受けるもので、カップを折りたたんだ状態で膣内に挿入し、無感覚ゾーンでカップを広げて使用します。経血をトイレに捨てたら、再び膣内に戻します。 また、大手ファストファッション企業が開発元とコラボして販売している生理用ショーツも話題です。ショーツと生理用ナプキンが一体化したもので、普通の日用だとおおよそタンポン2本分くらいの吸収力があります。ナプキンの代わりとしてだけでなく、おりものが多くておりものシートが必要なときや、尿漏れでパッドが必要な場合にも活用できます。「月経ショーツ」というよりも「吸水ショーツ」ととらえていただくと、活用の幅が広がります。 訪問看護師の仕事では、生理中や尿漏れが気になっても、トイレに行くタイミングを自由にとりにくいものです。こういったアイテムも考慮できると思います。 女性の健康課題に社会全体で取り組む時代に フェムテックに限らず、女性が働きつづけやすい環境づくりは、今後社会全体で取り組むべき問題です。 私が啓発活動に取り組んでいる子宮頸がんワクチンも、女性の健康課題解決ツールのひとつと考えてもらいたいですね。小学6年~高校1年の3月までは無料で接種できます。安全性も確認されているので、娘さんをお持ちの方は、ぜひ一度、親子で話し合ってみてください。 日本産科婦人科学会のサイトなど、信頼のおける情報源にあたることが重要です。私が代表を務める「みんパピ!みんなで知ろうHPVプロジェクト」でも、子宮頸がん予防やHPVについてわかりやすいパンフレットや動画を作っています。ぜひご覧ください。 フェムテックは女性だけのものではありません。女性の健康課題は、妊娠や不妊がそうであるように、男性にも大いにかかわりがあるのです。 同時に、女性が健康課題に悩むことなく快適に働ける就労環境は、男性社員にも、企業にも、歓迎されるものでしょう。 そのため、近年は企業が女性特有の健康課題に対してアプローチする動きが高まっています。たとえば、「女性向けの健康相談サービス」を福利厚生として導入している企業もあります。これからの時代は、性差や個人を越えて、社会全体でヘルスリテラシーを向上させる必要があるのではないでしょうか。 ** 稲葉可奈子(産婦人科専門医・医学博士)京都大学医学部卒業後、東京大学大学院で博士号取得。現在は関東中央病院産婦人科勤務。四児の母として子育てをしながら、子宮頸がんの予防や性教育など、正しい知識の啓発も行っている。 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2021年12月14日
2021年12月14日

訪問診療クリニックで働くということ(前編)

サラリーマンを経験してから看護師になった訪問診療専門のクリニックに勤務する菅 基さんに、訪問看護ステーションとの働きかたの違いなどを語っていただきました。 自己実現とライフステージに合致した職場を求めて 私は私立大学で社会学を学び、一度は一般企業に就職しました。しかし仕事にやりがいを感じられず、どうせなら資格を生かした仕事をしたいと考え、家族など周囲に医療系の仕事をしている人が多かったことから、看護学校に入学しました。 卒業後、病棟で5年、訪問看護ステーションに2年勤務したのち、訪問診療専門のクリニックに看護師として入職しました。現在は、杉並PARK在宅クリニックに在籍しています。 訪問看護ステーションでは学ぶことも多かったのですが、ちょうど自分の結婚というライフイベントのタイミングと重なり、家庭も大事にしたいと思い、家から通いやすい範囲にある職場を探しました。すると、近所で訪問診療クリニックが看護師を募集していて、これまでとは異なるスキルを得られるのではと考えて転職しました。 当院は東京都杉並区西荻窪に2021年4月に開院したばかりです。家庭医療専門医である田中公孝院長とは、前職(三鷹市のぴあ訪問診療クリニック三鷹)からのお付き合いで、今回、クリニックの立ち上げから参加しました。 『個』から『集』へのジョブチェンジ 訪問診療クリニックでの仕事は多岐におよびますが、一つには医師の訪問診療に同行して、必要な用具や機器を揃えるなど、診察のサポートを行います。 訪問看護は通常一人で訪問しますが、訪問診療は当院の場合、院長と私と相談員の3人のチームで訪問します。そして、チームのなかで、自分がどういうスキルを提供できるのかを常に考えながら行動します。言ってみれば、訪問先では訪問看護ステーションは「個」の仕事、訪問診療クリニックは「集」の仕事と考えます。 「個」の仕事である訪問看護は、訪問先では基本最初から最後まで一人で完結するため、判断力や行動力が磨かれます。しかし困ったときにすぐ横に相談できる人がおらず悩みを抱えがちになってしまう面があります。 一方、「集」で行動している現在は、常に医師と相談しながらケアを提供できる点で絶対的な安心感があります。ただし、訪問同行は医師が主体のため、訪問看護のときほど自分が前面に出ることは、さほどありません。 地域をよく知り医療中心の多職種連携の要となる 訪問同行以外では、「多職種連携の窓口」も大切な仕事の一つです。 訪問看護師は医師の指示のもとでサービスを提供しますが、患者さんの状態についての報告や相談など、看護師から医師に連絡するのは気が重いと感じる方も多いと思います。その点、連絡先である訪問診療クリニックに看護師がいれば、訪問看護ステーションの看護師は相談しやすいと思います。 私自身も、看護師とのコミュニケーションの際には、先生には言いづらいことも話してもらえるよう意識して接しています。 これは訪問看護ステーションにもいえると思いますが、在宅系サービスを新たな地で新規開業するには、地域のコミュニティーの傾向をよく知り、そこにいかに入り込むかが重要だと思います。 開業時には、地元の医師会やケアマネ協議会、地域包括支援センターなどのほか、商店街など地域をよく知る方たちにも挨拶に伺いました。この地(西荻窪)は、訪問診療の導入が想像していたより多くなかったこともあり、地域包括支援センターや居宅介護支援事業所からは「頼りにしています」と受け入れてもらいました。 ICTの導入で効率化を図り残業を削減 現在、患者さんは、地域包括支援センターや居宅介護事業所、訪問看護ステーションから紹介いただくケースが多いですね。よく連絡する先にはどのような連絡手段がもっとも受け入れられやすいかを知っておくと、スムーズな連携につながります。 当院の場合は電話と医療介護専用のSNS(LINEのようなソーシャルネットワークシステム)などのICTも積極的に利用しています。日々の業務では、緊急を要する場合は電話で、急ぎではないときはSNSを使うなど、臨機応変に使い分けています。 連携している訪問看護ステーションの中には、ICTを利用していないところもあるのですが、業務量の削減という観点からは、導入するメリットは大きいと思います。 ICTの活用でも、変わらない大事なこと 電話やファックス、メールなど従来の連絡手段では、すぐに電話に出られなかったり、事業所に戻ってからでないと対応できなかったりするため、どうしても記録や連絡などの事務業務は残業になってしまいがちです。でもICTツールを使えば、隙間時間にササッと連絡できるし、スマホやタブレットで連携できるので、事務所にいないときでもチェックできます。 ただICTツールばかりに頼ると、こちらが意図したことを誤解したままサービスが提供されていたり、すれ違いが起こったりする場合もあるので、合間あいまに電話で直接話して、相手との目線を合わせることは必要です。これは当院の院長も常日頃から言っていることで、どんなに便利なツールがあっても、最終的には人と人との関係性が重要なのです。(後編へ続く) ** 菅 基(すが もとむ)杉並PARK在宅クリニック(東京都杉並区)看護師 杉並PARK在宅クリニックhttps://www.suginami-park.jp/ 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2021年12月7日
2021年12月7日

同僚や事業所に遠慮しすぎないで、気になる症状があったらすぐに受診を

産婦人科医の稲葉可奈子先生に、訪問看護師として働く女性の健康について語っていただきました。 受診しにくい訪問看護師の仕事環境 在宅の患者さん宅への移動の毎日で、深夜待機も多い訪問看護師は、病棟勤務の看護師とは異なるご苦労があるでしょう。時間に追われる日々を過ごしていると、どうしても患者さんたちを優先し、自分のヘルスケアは後回しになりがちではないでしょうか。女性特有の不調があっても、受診するためには、シフトの調整や申し送りに、何かと手間がかかりますよね。事業所や同僚に自分の都合で迷惑はかけられない、勤務に穴は空けられないという責任感が強く、なかなか受診しにくいのが現状かと思います。 仕事より自分の体。受診をためらわないで ちょっと最近、調子が悪い。でもたいしたことはない、大丈夫。そう自己判断して放置したことにより、重大な病気を見逃してしまうことがあります。 特に放置されやすいのが不正出血です。自分はもともと生理不順だし、不正出血があったが少量だからと様子をみていたところ、実は子宮がんだったということもあります。 もっと早く受診してくれたらと悔やまれるケースは、私の患者さんにもいました。ただの不正出血だと思って数か月放置しておられました。実は子宮頸がんによる出血で、受診したときには手術できないほど進行していたのです。 もちろん、気になる症状でも、問題のないものが多いことは事実です。ですが、問題がないかどうかは受診してみないとわかりません。自己判断も油断も禁物です。 受診の時間を作ることをためらわないでください。事業所に対しても遠慮せずに、まずは相談してほしいと思います。 受診を先延ばしにしたために病気の発見が遅れ、その結果、仕事ができなくなってしまったら、自分の人生にも大きなダメージを与えてしまいます。後悔しないように、気になる症状があったら、できるだけ早く受診することを心がけましょう。 仕事をちょっと休んでも、代わりは誰かがしてくれますが、母親や妻、娘の代わりはいないのです。家族にとって自分がかけがえのない存在であること。それを念頭に置いておくと、セルフケアにも気合が入ります。 生理痛など治療で改善できる症状は多い 生理周期にまつわる症状で困っているなら、ぜひ一度、婦人科を受診してみてください。 生理痛や経血の量が多すぎる、生理前にイライラするなどの症状は、我慢しなければいけないものではなく、適切な治療で改善します。相談に来てくれるだけで、その人に適した治療によって、症状を軽減させることができます。 更年期症状の場合も同様です。更年期が原因かどうかはわからなくても、困っているなら我慢せずに相談してください。 訪問看護師の場合は、仕事柄トイレに自由に行けない場合が多いですよね。経血が多い場合は、ナプキンだけでは何時間ももたないでしょう。日常生活や仕事に影響がある場合は、気軽に婦人科へ相談にいらしてください。婦人科受診はQOLを高め、結果的に仕事のパフォーマンス向上にもつながるのです。 周囲の医療従事者は信頼できる情報源 受診をためらう大きな要因が「婦人科はハードルが高い」と思われているからだと思います。 これは女性全般にいえることですが、医療に携わっている看護師自身も、実は例外ではありません。医学知識があるため、症状に関してある程度判断できるという自信も、なかなか受診しない要因のひとつかもしれませんね。 婦人科受診のハードルを下げるには、まずは身近な人から情報を集めることです。 訪問看護師仲間や看護学校時代の友人、あるいは同じチームのケアマネさん、ヘルパーさんなどに聞いてみれば、受診しやすい先生を教えてくれるかもしれません。婦人科でなくとも、話しやすい医師が身近にいる場合は、症状を相談してみましょう。 訪問看護師の周囲には医療従事者がたくさんいるので、信頼できる口コミが期待できると思います。 オン・オフの区切りをつけることがストレスをためないコツ 働く女性は、仕事をしながら育児と家事も両立させている人が多くいます。時間のやり繰りや、思いどおりにならないことの小さなストレスがたまり、それが体の不調につながる場合があります。体と心は結びついていますから、ストレスをためない工夫をしたいですね。 私は大学院時代に1人、臨床に戻ってから3人の子どもを出産し、現在も育児の真っただ中にいます。「フルタイムの仕事と育児の両立で大変でしょう」と言われることが多いですが、日中は子どもたちを保育園に預けて仕事に集中、夜は子どもたちと過ごす、と生活にオン・オフをつけることでストレスを回避しています。仕事を引きずっていると、知らず知らずに心が疲れていくので、オン・オフの切り替えはとても大切だと思います。 ストレスをためないようにするには、家事を完璧にしようと思わず、適度に手抜きをすることも大切です。ストレスになりそうなことがあったら、夫や友人などに愚痴を聞いてもらうのも効果的です。 仕事による緊張状態から自分を解放してリラックスするために、ヨガやストレッチ、アロマテラピーの時間を作ったり、映画でも読書でも料理でも好きなことをする時間をとったり、腰痛などの改善も兼ねて整体を利用するのもいいと思いますよ。 ** 稲葉可奈子(産婦人科専門医、医学博士)京都大学医学部卒業後、東京大学大学院で博士号取得。現在は関東中央病院産婦人科勤務。四児の母として子育てをしながら、子宮頸がんの予防や性教育などの正しい知識の啓発も行っている。 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2021年10月19日
2021年10月19日

『自分なりのこだわりを貫きたい』という思いに寄り添い、支えた38日間

数々のお看取りに寄り添ってきた望月さんが出会った印象的な方々。後編は、末期がんで在宅に戻り状態が厳しくなっても、自分なりの在り方・こだわりを貫こうとしたBさんの支援について語っていただきました。 自分のことは自分で 【患者Bさん】60歳男性。膵尾部がん末期、肝臓・骨への転移あり。化学療法を受けていた大学病院のソーシャルワーカーの勧めで、訪問看護を利用開始。2020年9月3日から10月10日まで担当。 初回訪問の時、すでにBさんは瘦せて腹水がたまり、厳しい様相でした。病院から勧められての訪問看護開始だったこともあり、Bさんは「別に必要ないから」という口ぶりでした。 すでに食べられない状態だったBさんは、「食べないと体力がつかないから」と、化学療法のために造設されていたポートからの高カロリー輸液を希望されました。訪問看護では、輸液の管理などを行うことになりました。 Bさんは、「とにかく自分のことは自分で」という人でした。訪問医が腹水を抜いたら5リットルも出るような状態だったのに、「お風呂も自分で入るから清潔ケアは必要ない」と言うのです。 一般的に、在宅療養する男性は、奥様に頼り切りになりがちです。ですが、Bさんは奥様にも手を出させないようで、初回訪問の時、奥様はひと言も発しませんでした。 高カロリー輸液も、自分で動けるよう点滴ポールではなく、携帯用バッグを使うことを希望されました。それも、看護師が用意した後に自分で確認して入れ直すなど、几帳面な人でした。 『這ってでもトイレに行く』という強い意志 高カロリー輸液を入れれば、どうしても腹水は増えるので、Bさんは苦しかったと思います。それに、間もなく消化管が閉塞して、イレウス症状が出てきたことも厳しい状況でした。消化液がたまると吐き気を催しますが、Bさんはとにかく寝床では吐きたくなかったのでしょう、輸液のバッグを持って、トイレに駆け込み、吐いていました。 どう見ても、Bさんにはサポートが必要な状態でした。しかしBさんは、サポートは受けたくない、ポータブルトイレを置くのも嫌、自分で這ってでもトイレに行こうとする人でした。訪問看護は1日おき、ないし連日訪問していましたが、最後まで訪問介護は利用しませんでした。 状態の厳しさを、Bさん自身もわかっていたと思います。しかし、それは決して口にされません。どうしたいのかを私たちに訴えてくることもありませんでした。Bさんは、看護師に必要な情報を尋ね、それを受け止めるというスタイルの人でした。 入院と再度の在宅療養 嘔吐症状はその後もどうにもならず、Bさんの希望で2020年9月21日に一度入院しています。そのときも、Bさんは「病院に行けば、どこで吐こうがスタッフにケアしてもらえるから」という言い方をされていました。救急車で行くように伝えたのですが、結局、ご自分でタクシーを拾って乗り込み、途中でドアを開けて吐いて、病院まで行ったようです。 このとき私たちは、「もう在宅療養に戻るのは無理かもしれない」と覚悟をしていました。しかしBさんは、10月2日に退院してきたのです。在宅でも一度イレウス管を試していて、入院中も試したが不快で苦しい、病院にいたところで状況は変わらない、ということに納得されたからでした。 Bさんは、それまでいつも病状説明を一人で聞いていました。しかしこのときは、奥様も一緒に話を聞き、そして、家に帰ることを決めて戻ってきました。痛みが強くなり、麻薬性鎮痛薬を使いはじめ、退院後は1日2回訪問するようになりました。 イレウスがある人は、本当に気の毒なのですが、嘔吐症状がとても強いのです。 Bさんは、家に戻ってからは、トイレに行かず、好きなときに好きなように吐く、と決めたのだと思います。それまで布団を敷いていた部屋に、「入れたくない」と言っていたベッドを入れて、ケアシーツをいっぱい敷きました。そして、飲みたいものを飲み、吐きたいときに吐く。Bさんのその決断に合わせて、奥様も下着をたくさん用意していました。体を起こしての着替えも大変になってきたので、下着が汚れたら切って脱がせて捨てるようになりました。 何回か緊急訪問もあって、亡くなる2日前の訪問で、奥様がこんなことを話してくれました。 「最初は何も手を出せない状態で、本人の好きにさせるしかありませんでした。でも、退院を機に、坐薬を入れたり、本人が欲しいものを飲ませたり、体をさすったり、着替えさせたりできるようになって。まとまった睡眠がとれないですけど、自分の手を出せるようになり、介護できて、何だか楽しくなってきました。」 もともと関係が悪いご夫婦ではなかったのです。私たちは再度の在宅療養はないかもしれないと思っていましたが、奥様は「絶対帰る」と思っておられたそうです。退院して、本人の鎧がようやく取れたのかなと思いました。 最後は、奥様から、「起きたときには心臓が止まっていました」と連絡をいただきました。「次に起きたら亡くなっているかも、と思ったが寝ました」とおっしゃっていました。奥様も覚悟の決まった人でした。 「訪問看護ノー」と言われず、最期まで寄り添えるように Bさんに対して、訪問をはじめたころ、提案を色々していました。たとえば、「息も絶え絶えになりながらシャワーを浴びなくても、清潔ケアをお手伝いできますよ」などです。しかし、答えはいつも「ノー」でした。 けれど、訪問看護はそれでいいと思うのです。 病院から家に帰れば、みなさん、自分のやり方・自分の好みを大切にする。それが当たり前です。体に影響があることであれば、タイミングをみて、より安全な方法を伝えていくことも考えますが、それもケースバイケースです。 患者を受け入れる病院とは違い、支援するこちらがご家庭を訪問し、ケアを受け入れていただくのが訪問看護です。頭ごなしに指導する・正しいやりかたを押しつけるようでは、訪問看護自体を「ノー」と言われてしまう可能性もあります。 最期まで介護者をサポートしながら寄り添うために、ご本人・ご家族が主体の療養生活を支えていくのが、訪問看護の役割だと思っています。 ※掲載の内容については、ご本人とご家族の了承を得て掲載させていただいております。 ** 望月葉子白十字訪問看護ステーション看護師 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2021年10月12日
2021年10月12日

本人の強い意志をチーム力で支える

ベテラン訪問看護師の望月葉子さんが出会った、印象深い意思決定支援のケースを前後編で紹介します。前編は、重度の障害のある人に対する現在進行形の支援について語っていただきました。 東京のICU病室から博多でのコンサートへ 「意思決定支援」というテーマをいただいたとき、まず思い浮かべたのが10年のお付き合いになるAさんです。「こうしたい」という強い意思を持ち、周りを巻き込んでそれを実現していける人だからです。 【患者Aさん】 現在63歳、アテトーゼ型脳性麻痺の女性。車いす使用。望月さんが担当するようになったのは2010年、Aさんが53歳の時から。当時、直腸膀胱障害があり、すぐに尿道カテーテルを留置。その後、気管切開、胃瘻造設、乳がん手術などを経て、今も94歳の母親と二人で在宅生活を継続している。 Aさんへのこれまでの支援で最も大きなエピソードは、2014年10月、Aさんが交流のある演歌歌手のコンサートに招待され、病院のICUを自主退院して東京から博多に行ったことです。 そのころのAさんはすでに嚥下状態が悪くなり、この年の2月には誤嚥性肺炎で入院していました。博多に行きたいと言われたとき、私は最初、本気とは思っていませんでした。でもAさんは本気でした。それでケアチームの会議を招集し、本当に博多に行けるかを検討しました。 Aさんの強い思いに、相談支援専門員(障害分野のケアマネジャー)が寄り添ってくれたことで、ケアチーム全員が実現の方向に動けたように思います。お母様も博多行きにかかる費用はすべて出すと言いました。在宅医も、万一のことが起こる覚悟を本人とお母様に確認したうえで、診療情報提供書を用意してくれました。 そうしてコンサートの半年ほど前から、ヘルパーや自費の看護師、現地でケアを引き継いでくれる看護師、携帯用の酸素などを手配し、博多行きの準備をしていました。ところがコンサートの直前、Aさんは誤嚥性肺炎で呼吸不全になり、救急搬送されてしまったのです。しかも入院中に痰が詰まって、一時は心肺停止状態に。 常識だったら「これではコンサートは行けないね」となりますよね。でも、Aさんは「どうしても行きたい」と諦めなかったのです。退院は認めないという病院と交渉し、結局Aさんは、「急変したとしても再入院は求めません」という約束をして、自主退院することになりました。 私は病院から東京駅まで車に同乗し、Aさんを自費の看護師に引き継いで新幹線に乗車させました。そしてヘルパーが合流し、何とか博多まで行き、Aさんはコンサートを楽しむことができたのです。 選択の数々 博多から帰ってきてまたすぐに、Aさんは呼吸不全になって救急搬送されました。「呼吸筋力の低下で、自力での痰の喀出は困難、経口摂取はもう無理」という医師の診断でした。Aさんも納得の上、気管切開を受けました。 その後は、胃瘻にするかどうするかの選択を迫られました。在宅でケアにあたっているお母様もこれには悩みました。お母様は当時80代後半です。在宅医や私たち訪問看護師にたびたび電話をしてきていました。 Aさん自身はとにかく生きる意欲が旺盛なので、胃瘻云々ではなく、「とにかく家に帰りたい」と訴えていました。 Aさんは気管切開で声を失っていますから、介護者が読み上げる50音に舌で合図を出して意思を伝える方法をとっています。いつもの介護者とお母様は、このコミュニケーションに慣れていますが、病院ではそうはいきません。体を動かせないAさんには、ナースコールを押すこともできません。 しかし家に帰れば、意思疎通ができるヘルパーさんが24時間いてくれるのです。結局、Aさんは胃瘻を造設して自宅に戻りました。 この後、Aさん自身もお母様も、がんの手術を受けています。でも、それらの出来事もケアチームで支え、乗り越えて、現在に至ります。胃瘻から栄養注入しながら、チョコレートや、お母様手作りのゼリーを口から召し上がっています。 いいゴールはケアチームみんなで考えたい Aさんとこれほど長いお付き合いになるとは思っていませんでした。長い期間その人の人生に寄り添っていけることは、訪問看護の醍醐味です。とても幸せなことですね。今、Aさんの自宅へは週2回の訪問で、入浴介助、摘便、服薬管理、尿道カテーテル交換などをしています。 Aさんの博多行きを経験したことなどもあって、10年の間にケアチームとしての成長を感じています。チームメンバーは入れ替わりもありますが、定期的に行政メンバーも交えてケアチーム会議をしていることもあり、Aさんの意思はみなよく分かっています。 これから起こりうる大きなエピソードとして考えられるのは、おそらくお母様に何かあったときでしょう。そのときどう対応するかについて、ケアチームで話題に上っています。しかし、施設を探すといった話はまったく出ていません。Aさんは「このまま在宅で生活する」と言うだろうと、みな思っているからです。 Aさんは、状態の悪化を嘆いて悲観的になることはありません。もちろん、感情の波はありますが、怒るエネルギーは衰えません。いろいろな難題を突き付けてくる人ですが、意思がはっきりしている分、支援の方向性は決めやすいのです。どこが本当に良いゴールなのか、今はまだわかりませんが、それはチームみなで考えていけると思っています。 ※掲載の内容については、ご本人とご家族の了承を得て掲載させていただいております。 ** 望月葉子白十字訪問看護ステーション看護師 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2021年10月5日
2021年10月5日

コロナ禍に行ったアンケート調査にみる 不安を克服し前に進もうとする姿に誇り

公益財団法人日本訪問看護財団常任理事の佐藤美穂子さんインタビュー、後編は日本訪問看護財団が昨年から今年にかけて4回にわたり行ったアンケート調査から見えてきたものを中心に語っていただきました。コロナに翻弄される訪問看護師の不安と、その先にある光明とは。 コロナで明らかになった 日本人のヘルスリテラシー コロナ禍の中で1年半経って私が感じたのは、日本は諸外国に比べ、ヘルスリテラシーがしっかりしていると思っていましたが、実はそうでもなかったということです。「マスク着用」「手指消毒」といえば、みんな従うところは徹底しているなあと感心します。しかし、緊急事態宣言も度重なり、その効果はしだいに薄れてしまっています。 またコロナ禍で医療従事者にスポットが当てられ、報道番組などで多くのドキュメンタリーも作られましたが、メディアは「医療崩壊」などセンセーショナルな話題を取り上げる傾向にあります。現実には、感染病棟の看護師は、着脱に時間がかかる個人防護具のフル装備で、トイレを長時間我慢し、食事もままならないという現状がありました。医師は定期的に見回りに来ますが、人工呼吸器も経管栄養も、実際にベッドサイドでマネジメントしているのは看護師です。これらの行為は看護師の特定行為研修制度にもつながるのですが、そういう看護師の総合的な力量 —— 対応力、技術力、指揮力をこそ、メディアにもっと取り上げてほしかったですね。 看護師のメンタルヘルスを良好に保つためには 昨年から今年にかけて財団が4回実施しているアンケート調査からみえてきたのは、コロナ禍で働く訪問看護師のメンタルヘルスの不安定さが、完全に解消できていないことです。看護師は医療者として最前線に立ち、猛烈な感染力がある未知のウイルスに対峙しなければなりません。訪問先や、移動中に、万が一にも感染したらどうしようという恐怖心はどれだけのものだったでしょう。また、個人防護具が足りなくなることへの不安、本人たちの気分の落ち込み、疲労感、イライラ、孤立感を募らせた看護師が多かったことが、アンケートからうかがえました。利用者の命も、自分の家族の安全も守らなくてはならない緊張感に押しつぶされ、休職・退職していった看護師もいました。家族から「そういう(リスクの多い)仕事は休んだら」と言われ、身近な人から仕事に対する理解を得られなかったことで落ち込んだという人もいました。 一方で、不安でメンタルが低下したスタッフに対して、「このままではいけない」と別のスタッフが奮起してカバーしあっていることもアンケートからみえてきました。たとえば、ふだん控えめなスタッフが「とにかく感染に気を付けてこの危機を乗り越えよう」と発言したり、ウイルスについてもっと医学的・科学的・客観的に学ぼうという姿勢がみえたりしていました。なるべく接触時間を短くする分、ICTを活用して利用者の体調管理や健康相談を行っているステーションもありました。管理者はそういう姿を頼もしく感じ、スタッフに、いっそう感謝の気持ちを持ったといいます。 パンデミック下での訪問看護 管理者が行うべきこと 管理者ならではの悩みもあります。万が一スタッフが濃厚接触者や感染者になってしまうと事業所が回らなくなるので、とにかくみんなが安心して働けるよう、「スタッフの命は必ず守るし、健康な暮らしを第一に考えて行動しますから、皆さん安心して」など、管理者からのメッセージを丁寧に伝えて安心してもらっている様子もうかがえました。もちろんその裏付けとして、感染に対する正確な知識をみんなで共有する、個人防護具を全員が十分に使えるように整備するなどを、怠りなくやらなくてはなりません。 感染者に対する差別などが起こっている場合、スタッフの精神的な負担を管理者がフォローすることも大切なことです。濃厚接触者になって10~14日間仕事ができなくなったスタッフが職場復帰したときには温かく迎える。そして当事者の体験をしっかり共有して、根拠に基づく感染防護をさらに徹底する。そんなフォローも管理者には必要です。 訪問看護サミット2021で多くの仲間と会える日まで 感染症は、いつかは必ず治まります。来年あたりは、ポストコロナという新たな状況を描かないといけないでしょう。そして10年後くらいに、また新たなウイルスが出てくるかもしれません。今回、このような世界的なパンデミックをみんなが経験したのですから、これを契機に私たち訪問看護師には地域でどんな役割があって、どういうことをすればいいのか、地域とのつながりを強めるためにも、しっかり業務継続計画(BCP)を作成していただければと思います。 なお、これからも人材確保がままならない状況は増えてきます。みんなで集まることができない今、ICTを活用するなどして、屋根の下の連携ではなく大空の下での地域との連携をより強めていく必要があります。管理者層は、苦手意識を克服するためにも、ICTに強いスタッフの経験を共有し、若いジェネレーションとうまくやっていってほしいですね。 また、日本訪問看護財団の個人防護具無料提供は現在も続けています(2021年9月28日時点)。感染者対応に限定しているわけでもなく、フル装備でなくてもいいですし、ヘルパーさんにも使っていただけます。財団ウェブサイトより申し込みいただけますので、ご利用ください。◎日本訪問看護財団『感染防護具支援プロジェクト』https://www.jvnf.or.jp/covid-19_project2020.html また、11月6日には訪問看護サミット2021を開催します。テーマは「どんな時も共にある訪問看護をめざして、ポストコロナの最善のシナリオを描こう」です。ライブ配信を行いますので、ぜひご参加ください。 ◎訪問看護サミット2021の詳細はこちら↓https://www.jvnf.or.jp/summit2021/index.html ** 佐藤美穂子公益財団法人日本訪問看護財団常務理事 記事編集:メディカ出版

インタビュー
2021年10月5日
2021年10月5日

意思決定支援とは誰のため? 何のため? 「ややのいえ」の取り組みから考える

さまざまな人々が集い、出会い、語らう場として、看護から看取りまで「地域まるごとケア」を行う「ややのいえ」を運営する榊原千秋さん。今回は、「ややのいえ」の大切な理念とその実践、そこで出会ったある男性の最期について語っていただきました。 地域をまるごとケアする 「ややのいえ」の四つの理念 「ややのいえ」には、高齢者を中心とした出会いの場「ことぶきカフェ」、医療や介護相談「暮らしの保健室」、排泄の総合相談「おまかせうんチッチ」、産院+親子サポートを行う「ちひろ助産院」、訪問看護ステーションなど、さまざまな機能があります。住民は、「ややのいえ」とつながることで、新たな出会いやつながりが生まれます。ここは0歳から100歳を超える方々の「地域まるごとケア」の拠点であり、自分なりのありかた、生きかたを見つけていく「居場所」となっているのです。 「ややのいえ」には四つの理念があります。それは、前回お話しした義母のことも含め、私が三十余年、地域で出会った人たちから教えてもらったことがベースになっています。 一つめは、「とことん当事者」ということ。訪問看護でも、「今、いちばんしたいことは何?」と、家族ではなく本人の願いを聞きます。「星空が見たい」「猫と遊びたい」「お化粧をしたい」「『おしん』を最初から最後まで見たい」など、いろいろな望みが出てきます。願いを聞いたら、なぜそれを望むのかもたずねます。言葉にした「願い」だけではなく、「なぜそれを望むのか」が大事な場合もあるからです。それに、「なぜ」を聞くと、私たちもそれを実現したくなりますからね。 本当の願いがわかったら、ときにはチームを作り、それを実現します。そのプロセスが、「ややのいえ」のACP(アドバンス・ケア・プランニング)であり、意思決定支援の取り組みなのです。 大切にしていることの二つめは、専門職として出会う前に「人として出会う」こと。専門職として病気のこともきちんと診るけれど、最初にその人がいちばん大事にしているものを見る。気付く。そこから人と人としての関係を作っていくのです。 三つめに、「自分ごととして考える」。相手を人として知り、願いを知り、その願いへの思いを知る。そしてその願いをひとごとではなく、自分ごととして考えるのです。 一人の人を支えるには、医療職や介護職、制度だけでなく、いろいろな仲間の力が必要です。「ややのいえ」には文房具屋さんや不動産屋さんなど、地域のさまざまな仲間がいます。本人の願いをかなえるために必要なら、そうした仲間たちとチームを作ります。こうした、専門職だけでない支援、本人を取り巻く多くの人たちが一体となる「十位一体のネットワーク」の力が「ややのいえ」の理念の四つめであり、意思決定支援につながるものです。 ナラティブに出会い エビデンス的に人を看る 「ややのいえ」の訪問看護では、初回訪問から「ナラティブ」でその人と出会います。壁に表彰状がかかっていたら、「すごい、○○で賞を取ったんですか?」と聞いてみる。その人が大事にしていることを知ろうという目線で接していくのです。そうした目線は、「ややのいえ」として、「聞き書き」にずっと取り組んできた文化が影響していると思います。「エビデンス」的に人を看ながら、同時に、「ナラティブ」でも人を見る。そんな姿勢がスタッフに身についています。だから、専門職として出会う前に人として出会うことができるのです。 「聞き書き」は何も、構えて相手の話を聞き、書き留めるだけではありません。「あんたらの魂胆に乗せられてやるか」とか、「あーあ、俺はもうすぐ死ぬのか」とか、訪問したときに、ふと漏らした、その人らしいちょっとした独特な言葉があったとき、それをカルテに書き留めます。そんな「ひと言聞き書き」が、意思決定支援につながるACPの一部なのです。 それは、きちんと相手と向き合っているから、拾い上げることができる言葉です。「今日の血圧は」「足がむくんでいますね」と、体だけを看るかかわりだけでは、聞き逃してしまうかもしれません。 満足と幸せが残る意思決定支援とは 末期がんで在宅療養していたAさんは、あれこれ気遣われるのが煩わしく、心配する奥さんをも怒鳴りつける人でした。本人はまだ3~4年は生きられると思っていたのですが、いよいよ状態が厳しくなってきたとき、訪問看護師に「わしはどうなっていくのか」と聞いてきました。 そのとき訪問看護師は、「もともと生まれてきたところに帰って行くのですよ」と答えました。するとAさんはにこっと笑って、「母ちゃんを呼んでくれ。そして二人にしてくれ」と言いました。看護師が退出後、Aさんは奥さんの手を握り、二人でしかできない話をしたのだそうです。Aさんは、その日の深夜3時に亡くなりました。 Aさんが亡くなったあと、私たちはお通夜とお葬式に同席させていただき、ご親族と空気感を共有しました。グリーフケアですね。その後、四十九日までに弔問に訪れると、「あの時逝くとは思っていなかった。あの時間があってよかったよ」と奥さんはとてもいいお顔をされていました。 亡くなることを「旅立つ」という言葉で表現することがありますが、浄土真宗のさかんな北陸では「お浄土に帰る」と言います。看護師の「もともと生まれてきたところに帰って行くのですよ」という言葉は、Aさんの心に自然に受け止められたのだと思います。 意思決定支援はひとつの地域文化でもあると思います。同じ地域で暮らしているからこそ共有できるのだと。そして意思決定支援は、本人が亡くなられたあとのグリーフ期に真実が語られることがよくあります。はじめて出会ってからグリーフケアまで、本人にもご家族にも、ほがらかで穏やかな時間が持てますようにと願っています。   ** 榊原千秋コミュニティスペースややのいえ&とんとんひろば代表訪問看護ステーションややのいえ統括所長 記事編集:株式会社メディカ出版

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