コミュニケーションに関する記事

特集
2022年2月22日
2022年2月22日

言葉による返事がない(運動性失語)認知症患者さんとのコミュニケーション方法

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第3回は、話し掛けてもうなずくだけで、言葉を発してくれない患者さんの行動の理由を考えます。 事例背景 80歳代男性。認知症の診断を受けている。半年前くらいから、動作が鈍くなり話もしなくなってきた。あいさつするとうなずくが、話し掛けても発語はない。問い掛けにも、「あー」という声だけ。すべての日常生活行為で、声を掛けても反応がないし、話もしてもらえない。 なぜ患者さんは発語がないのか? 失語とは 認知症の症状のうち、記憶障害、見当識障害、失認、失行、失語、判断力・実行機能の低下などは、中核症状と呼ばれます。これらは、脳障害そのものが引き起こす症状です。 この患者さんは、この中核症状が引き起こす「失語」の状態と考えられます。 失語では、「言葉を話すこと」だけでなく、▷言葉を聞いて理解すること ▷文字を理解すること ▷文字を書くこと ▷復唱すること ── などすべての言語機能が、程度の差こそありますが、同時に障害されます。 失語症の種類 脳の左前頭葉には言語に関するブローカ野とウェルニッケ野があり、その障害部位により症状が異なります。 失語症の種類 運動性失語 (ブローカ野/運動領域の近くの障害)構音(発声)は保たれているが、喋ることが困難で、まとまった意味を流暢に表出することができない感覚性失語 (ウェルニッケ野聴覚領域の近くの障害)相手の言う言葉は音として聞こえるが、意味が全く理解できない この患者さんの場合、話し掛けてもほとんど言葉による返答がないことから、運動性失語があると考えられます。 運動性失語の患者さんは、自分の思いや、食事や排泄など日常的な欲求も、他者にうまく伝えることができません。自分の状況を他者に伝えることができなければ、支援を受けることも困難です。単に言葉を失うだけではなく、他者との関係性をも失って、孤独になっていくと予測できます。 患者さんをどう理解する? 看護師には、「患者さんの思いを知りたい」気持ちを持つことと、コミュニケーションの工夫が必要になります。 「患者さんの思いを知りたい」気持ちと患者さんの体調の把握 患者さんの状態は日によって異なり、意思疎通がとれる日とまったくとれない日があります。意思疎通を体調のバロメーターとし、患者さんに活動をすすめたり、休息を促したりしていきましょう。 コミュニケーションの工夫 ・患者さんの名前を呼び、覚醒を促し、看護師側に注意が向くようにする。・顔を見て、目線を合わせて話をする。・自分の存在を知らせ、ゆったりと患者さんを尊重した態度で接する。・一つの文で伝えるのは一つの内容だけにし、平易な言葉を選択する。・「はい」「いいえ」で意思表示ができる会話文も取り入れる。患者さんのペースで話してもらい、看護師は言葉を補っていく。・予測される本人の欲求を絵などで見せる(食事、飲水、排泄など)。・タッチングなど、非言語的コミュニケーションを活用し、安心感を与える。・会話に集中できる環境を作り、会話する機会を多く持ち発話を促していく。 話し掛けても返答がない患者さんの場合、患者さんが何も感じていないかのように思えてしまい、看護師が話し掛けることも、発語がある人に比べて少なくなりがちです。上のような工夫を取り入れて、積極的にかかわっていきましょう。 こんな対応はDo not! × 医療者・看護者側のペースで物事を進める× テレビがついたままなど、騒然とした環境下で話をする× 一度にたくさんの事柄を話す× 命令的な表現、相手を見下した言葉を使用する× 子どもに対するような言い回しで話し掛ける× 無理に言い聞かせようと、患者さんの言い分や行動を否定する 執筆茨城県立つくば看護専門学校佐藤圭子 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇松田実.『症候学から見た認知症疾患の鑑別診断』最新医学.68(4),2013,761-6.

コラム
2022年2月8日
2022年2月8日

患者・家族の認識とグリーフケア

訪問特化型クリニックから、在宅緩和ケアのtipsを紹介する「家庭医が伝える在宅緩和ケア」。最終回は、在宅緩和ケアのなかでも難しさとやりがいが入り混ざる「患者・家族の認識とグリーフケア」について紹介します。 患者家族の受け入れ度合いはさまざま 終末期と一言でいっても、訪問診療や訪問看護に紹介されてくる患者さん・家族は、認識や受け入れの度合いがさまざまです。 在宅医療になって納得している人。納得していない人。前医の不平不満がある人。不安が強い人。現状を受け入れがたいと思っている人。 こうした患者さんとその家族に対して、皆さんはどのように考えて取り組んでいますか?私からは、一つ。エリザベス・キューブラー=ロスの「死の受容プロセス」をふまえてアセスメントすることをおすすめします。 キューブラー=ロスの死の受容プロセス ① 否認と隔離② 怒り③ 取引④ 抑うつ⑤ 受容 キューブラー=ロスによれば、死に直面した人間の感情は、おおよそ、①から⑤へと順を追って経過するといいます。順番が前後することもあるといわれ、実際に経験としても実感があります。 それでは、私が遭遇してきた臨床場面を例に、具体的に考えていきましょう。 ②「怒り」の時期 いちばんよく出会うのは、前医への不満や怒りがある患者さんとその家族の場合です。これは、②「怒り」のステージの状態です。 この段階のときは、ひたすら傾聴して、ときには相槌や、これまで経験してきた他の事例などもお話に交えながら、ためているものを吐き出してもらいます。 ためているものをここで一定程度出していただかないと、次の受容段階に進みません。そして、これから緩和ケアを提供していくなかで、どんな声掛けが合っているのかがつかみにくい状況になってしまいます。 これまでの経過や感情を出してもらうことを最優先として、特に初回・2回目の訪問では、病状の変化ももちろん重要ですが、傾聴してこれまでの経緯や感情をとらえることを最優先事項にします。 できれば「在宅医療が入ってくれたから苦痛が緩和された」「食事や排泄の負担・不安が軽減された」と感じてもらえるアプローチも同時にできると、怒りの消化とともに、在宅医療への信頼感の熟成につながる印象です。 ③「取引」と④「抑うつ」の時期 この時期が他の段階と比べても悲嘆が強い印象で、これらの時期と判断した際は、ケアの合間やケアが終わった後に心情をお聞きして、相槌をうちながら傾聴するのが重要です。 特に本人や家族が不安として抱えていることについて、専門職が訪問するたびに吐き出してもらうことを意識します。 傾聴や、さまざまな質問に答えながらコミュニケーションを重ねることは、より受容を促します。「これから先どうなっていくのか」という不安を支えていくことが、この時期の専門職の重要な役目と思います。 ⑤「受容」に至った状態 「受容」に至ったと判断すれば、あとは、どんな最期になるかを説明したり、それに向けて準備をしてもらったりを促していきます。 特に最近、私自身が強く感じるのは、病状経過の説明だけでなく、銀行関係の話、葬式業者の話など、死後の社会的な手続きについても、少しでよいので言及することが大事だと考えています。それこそ、死後の処置としてエンゼルケアをするかどうか、といった話もあらかじめ具体的に詰めておくことが重要でしょう。また、お会いになりたい家族・親戚がいないか、いたら早めに会いに来てもらうよう勧めることも、ケア職の大事な役目です。 かかわりはじめからグリーフケアが始まっている 個人的な経験として、キューブラー=ロスの死の受容プロセスをしっかり通ると、死前のグリーフケアも非常にうまくいく印象です。このため、終末期にかかわる専門職は、「在宅緩和ケアでかかわった瞬間からグリーフケアが始まっている」という認識で臨むことが重要だといえるでしょう。 トータルペインの考えかたは前回お話ししましたが、かかわる時点でさまざまな側面の苦痛をアセスメントし、それぞれにアプローチしていくだけでも、かなり骨が折れる作業ではあります。ですが、今回の「患者・家族の認識とグリーフケア」のように、患者さんとその家族の感情面や葛藤にフォーカスした専門的アプローチも、相当重要な位置を占めると私は考えています。 事例から得る学びを糧にする 終末期の事例は、やること・意識することが非常に多いのですが、経験を重ねていくほど似た場面も経験します。まったく同じ事例はないのですが、それまでの経験を糧にして目の前の事例に応用できると、個人的経験からも思います。 ですので、一つ一つの終末期事例の経験を大事に、自らの糧にしていくよう心がけてください。特にデスカンファレンスなど他者と振り返る機会は、自分が気づかなかった視点を得られる重要な機会です。ぜひ、かかわった職種で振り返る機会をつくることをおすすめします。 私が好きな「コルブの経験学習サイクル」1)という考えかたがあります。簡単にいうと、経験を振り返って知恵を紡ぎ出し、明日に生かすという学びのサイクルです。 一つの終末期事例の経験をしたら、しっかり振り返ることで、概念化、いわゆる教訓や気づきを言語化し、次の事例に適応させていく。そんなサイクルを忙しい在宅の臨床業務のなかでもしっかり回していってもらえれば、徐々に終末期の対応力が上がっていくと思います。 連載のおわりに さて、看取りの作法について、全3回取り扱ってきましたが、いかがでしたでしょうか? 看取りの1週間前に今後起きることについて説明することも、トータルペインでアセスメントして多面的なアプローチをすることも、キューブラー=ロスの死の受容プロセスを活用することも、かなり実践的なものだと思って、本連載で紹介させていただきました。 皆様の明日からの臨床現場での参考にしてもらえれば幸いです。 著者田中 公孝2009年滋賀医科大学医学部卒業。2015年家庭医療後期研修修了し、同年家庭医療専門医取得。2017年4月東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げにかかわり、医療介護ICTの普及啓発をミッションとして、市や医師会のICT事業などにもかかわる。引き続き、その人らしく最期まで過ごせる在宅医療を目指しながらも、新しいコンセプトのクリニック事業の立ち上げを決意。2021年春 東京都杉並区西荻窪の地に「杉並PARK在宅クリニック」開業。 杉並PARK在宅クリニックホームページhttps://www.suginami-park.jp/ 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)Kolb,DA.Experiential Learning:experience as the Source of Learning and Development.Englewood Cliffs,Prentice Hall,1984.

コラム
2022年2月8日
2022年2月8日

看護師の皆さん!ALSに対するイメージで勝手に壁を作っていませんか?

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。難病患者とあまりかかわったことのない看護師さんに特にお伝えしたい、ALS患者の願いです。 ALSに対するイメージで、壁を作っていませんか? 看護師の皆さんはALS患者に対してどんなイメージを持っているでしょうか。 ALS患者とあまり接したことがない看護師さんの多くは、「コミュニケーションのとれないやっかいな患者」「何を考えているのかわからない」「どう接すればよいのかわからない」そんなイメージを持っているのではないでしょうか。 入院は「どaway」 私は2021年2月に気管切開と声門閉鎖手術を行いました。コロナの影響でヘルパーさんの付き添いが認められず、一人きりの入院でした。 ふだんは、私の性格や行動パターンを理解して、会話もスムーズにできる家族やヘルパーさんや看護師さんたちに囲まれて、楽しく快適に暮らしています。まさに「home」です。しかし、一人きりの入院となると、私のことをまったく知らない人たちに囲まれての生活です。まさに「どaway」。 主治医を信頼していたので手術に対する不安は全然ありませんでしたが、一人きりになることが、不安で不安でしかたありませんでした。 皆さんも、自分に置き換えて想像してみてください。体が動かせず、通訳もいない状態で、言葉の通じない病院に一人きりで入院する感じです。想像しただけも恐ろしい……。 文字盤も説明書も手作りボードも使われず…… なので、いろいろ対策をしていきました。もちろん初対面で文字盤を使い、コミュニケーションをとることは難しいとよくわかっていたので、文字盤の使いかたを書いた説明書と、いろいろな種類の文字盤を持参しました。それでも使えないときのために、あらかじめ、「頭を置き直して」「足を曲げて」「iPadをセットして」「痛い」「苦しい」など、伝えたくなるであろうことを書いたボードも持参しました。 実際に持参したボード ですが、それすらほとんど使ってもらえませんでした。声も出せず、目以外ほとんど動かせない自分と、積極的にコミュニケーションをとってくれようとした看護篩さんは、ほとんどいませんでした。ある程度想像していたものの、ここまでとは思いませんでした。 誰か一人でもコミュニケーションをとろうとしてくれたら 入院中にこんなことがありました。 手術後ICUにいたとき、体勢を整えた際に枕が高すぎて首が前屈し、気切部のカニューレが圧迫されていました。このときから、部屋にいた看護師さんに苦しい合図を出していましたが、目を合わせてもらえず、合図は届きません。看護師さんが離れ、何とか足元のナースコールを押そうとしてもがいていたら、体がずり下がり、首の前屈が強くなりました。徐々に気切部のカニューレが閉塞し、呼吸ができなくなっていきました。 SpO2が下がりアラームが鳴って、看護師さんたちが集まって来たときには、すでにSpO2は80%台。私は必死で「首」「首」と心で叫びながら目で合図を送り続けていましたが、誰にも届きません。 SpO2が70%台まで下がり、苦しすぎて気を失いかけたとき、ようやく首が前屈しておりカニューレが閉塞していることに気がついてくれて、首の位置を直してもらい、なんとか立ち直りました。 誰か一人でも私とコミュニケーションをとろうとしてくれていれば、こんなことにならなかったのに……。 下手でもいいんです なぜコミュニケーションをとろうとしてくれないのだろうか? 看護をしたい気持ちがないからだろうか? 違います。看護師の皆さんからは、看護をしたい気持ちは伝わってきます。 ただ、「話し掛けてもコミュニケーションをとれるのだろうか」「話し掛けてもコミュニケーションがとれないなら、なるべくかかわらないほうがよいのでは」 そんなふうに考え、未知のものに触れる不安で、一歩を踏み出す勇気が出ないのだと思います。 私のような難病患者は、はじめから上手にコミュニケーションをとれるなんて、思っていません。たどたどしくてもいい、下手でもいい、ただ勇気を出して話し掛けてくれさえすれば、こちらはコミュニケーションをとれる方法を準備して、待っています。 なので、ALSなどの難病患者とあまりかかわったことのない看護師の皆さんには、この記事を読んで、一歩前に踏み出す勇気を持ってもらえたら嬉しいです。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年2月8日
2022年2月8日

認知症のある患者さんに接するときの7か条(後編)

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第2回は、「認知症のある患者さんと接するときの7か条」の、後編です。 4条 わかりやすい短い文章で話しましょう 短く区切って話しましょう 認知症の人は、一度に多くの話をすると理解できずに混乱してしまうことがあります。わかりやすい言葉で簡潔に伝えましょう。 たとえば、「リハビリの後、トイレに行って食事にしましょう」と、複数のことを一度に話しても、わかりにくく、伝わりにくいです。「トイレに行きましょう」「ご飯を食べましょう」と、短く区切って具体的に話すと伝わりやすくなります。 認知症の人は理解力が低下しているので、早口で話されると聞き取りにくいことがあります。聞き取りやすいように、声が聞こえるように近づいたり、ゆっくりとしたスピードで話すことなどしてみましょう。 その人に合った手段を探しましょう 高齢者では視力や聴力が低下していることもあります。言葉だけでなくジェスチャーや絵を活用するのもよいです。難聴がある場合は補聴器をつけることや、「トイレ」の絵や文字などを使うことなども一つの方法です。非言語コミュニケーションをうまく活用するなど、その人に合ったコミュニケーション手段を探すことが大切です。 相手にわかりやすいよう配慮することで、より良いコミュニケーションにつながります。 5条 低めの落ち着いた声でゆっくり話しましょう 認知症の人は、認知機能低下や加齢に伴う聴力の低下によって、急な変化への対応が難しいことがあります。急がせる・慌てさせる言葉や態度は、相手のペースを乱し、パニックに陥らせてしまいます。 話をするときは、声のトーンを落とし、ゆっくり落ち着いた雰囲気で話すことが大切です。低めの声でゆっくり話すことは聞き取りやすくもなります。一緒に話をして楽しい、安心できると感じるようなコミュニケーションをとりましょう。 コミュニケーションがうまく図れない原因が、認知症による影響のほか、睡眠不足や脱水傾向などが原因のこともあります。認知症以外の健康管理や、認知症以外でコミュニケーションを阻害する要因にも注意を払い、対応することも大切です。 6条 自尊心を傷つける言葉を使わないようにしましょう 認知症の人は、記憶の障害、見当識の障害、判断力の障害から、現在の状況とは違った言動を示すことがあります。認知症の人とコミュニケーションをとるときは、本人の在る世界を理解し、尊重することです。理解しがたい言動にも、何かしら意味があります。その気持ちを理解し、寄り添い、不安や不快なものは取り除くようにしましょう。 また、認知症の人は「話をしてもわからない」「どうせ忘れてしまう」と思われがちです。しかし、最近のことは忘れても古い記憶は残っていることが多いです。認知症が進み、記憶力が低下しても、感情も豊かで羞恥心やプライドは変わりません。その点をよく理解したうえで本人に話しかける必要があります。否定や強制的な説得など、自尊心を傷つける態度は避けましょう。 7条 相手の気持ちに寄り添いましょう 認知症の人は、話すのに時間がかかる、何か伝えたいことがあってもそれをなかなか言葉に出すことができないことがあります。そのときは、言葉が出てくるまでゆっくり静かに待ちましょう。 また、待っている間、表情や動きを見ながら、どんなことを伝えたいか想像しながら待ってみましょう。何らかの反応を感じられるかも知れません。 そして、認知症の人と話をするときは、相づちをうちながら傾聴し、相手の気持ちに寄り添いましょう。徘徊や妄想などの症状がある場合は、意味がわからない言動であっても、その人なりの理由があることが多いものです。否定や説得ではなく本人の気持ちに寄り添い、その言動の理由を見つけるよう努めましょう。 相手を受け入れ理解するには、その人を知ろうとする姿勢が大切です。感情を理解し、寄り添うことで、お互いに信頼関係が生じスムーズな会話につながります。 執筆浅野均(あさの・ひとし)つくば国際大学医療保健学部看護学科 教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇一般社団法人日本認知症ケア学会.『認知症ケアの実際Ⅱ:各論.改訂5版』東京,ワールドプランニング,2018,113-6.〇一般社団法人日本認知症ケア学会.『認知症ケアの実際Ⅰ:総論.改訂4版』東京,ワールドプランニング,2016,39-45.〇鷲見幸彦監著.『一般病棟で役立つ!はじめての認知症看護』東京,エクスナレッジ,2014,66-7.〇鈴木みずえ監修.『認知症の人の気持ちがよくわかる聞き方・話し方』東京,池田書店,2018,34-47.〇飯干紀代子.『看護にいかす認知症の人とのコミュニケーション』東京,中央法規出版,2019,50-84.〇井藤英喜監.『認知症の人の「想い」からつくるケア:在宅ケア・介護施設・療養型病院編』東京,インターメディカ,2017,32-47.〇井藤英喜監.『認知症の人の「想い」からつくるケア:急性期病院編』東京,インターメディカ,2017,22-9.〇鈴木みずえ監.『3ステップ式パーソン・センタード・ケアでよくわかる認知症看護のきほん』東京,池田書店,2019,37-44.

特集
2022年1月25日
2022年1月25日

認知症のある患者さんに接するときの7か条(前編)

患者さんの言動の背景には何があるのか? 訪問看護師はどうかかわるとよいのか? 認知症を持つ人の行動・心理症状(BPSD)をふまえた対応法を解説します。第1回は、「認知症のある患者さんと接するときの7か条」を、前後編にわけて紹介します。 認知症のある患者さんとのコミュニケーションの特徴 認知症の人は理解力や判断力が低下しているため、コミュニケーションをスムーズにとることが難しくなります。「認知症の人は話がわからない」「説明してもどうせわからない」と、偏見や苦手意識を持っている援助者も少なくありません。認知症の人のほうも、周りとどう対話すればよいのかわからず、困惑しています。 認知症の症状や生活への影響、性別や年齢、生まれ育ったところなど、一人一人が違い、コミュニケーションの方法もさまざまです。そして、本人が認知症をどう受け止めているのか・感じているのかも違います。そのため、認知症の人とのコミュニケーションの方法は、統一した枠にはめることができません。 認知症の人とのコミュニケーションでは、信頼関係を築き、安心して話ができるよう、相手の気持ちを理解し寄り添う気持ちが大切です。本人のできることや強み、長所に目を向け、その人の立場に立って考えるといったコミュニケーションの方法を工夫する必要があります。 1条 コミュニケーションのための環境を整えましょう 話をするときの環境に留意することで、コミュニケーションがとりやすくなります。 まず、静かな環境を作りましょう 認知症の人は、気になることがあると、そればかりが気になってしまいます。大きな音や、気になる音に意識が向いてしまいます。そして、会話をしていても一つの音に集中することが難しくなります。ざわざわと人がたくさんいる騒がしい場所や、つけっぱなしのテレビがある場所などは、コミュニケーションがとりにくい場所といえます。また、認知症の人には高齢者が多く、難聴がある人も多いといえますので、生活雑音をなるべく小さくすることが大切です。こちらの声に集中してもらえるように、会話をするときは静かな場所を選びましょう。 次に、明るさを整えましょう 相手の顔をよく認識できる程度の明るさの場所を確保しましょう。コミュニケーションは、言葉だけでなく、相手の表情や身振りなども大切です。声だけでなく、視覚からも情報が得やすい環境を整えると、言葉と合わせて認識することができます。 そのほか、不快な香りがない場所を選びましょう 不快な香りがある場所では落ち着いて話ができません。快適なほのかな香りは気持ちが穏やかになります。 なじみのある環境、落ち着いた場所、居心地のよい場所は、自然にリラックスした状態でコミュニケーションがとれるようになります。 2条 笑顔で安心感が与えられる姿勢や態度を心がけましょう 表情や態度、しぐさ、服装などの第一印象は重要です。認知症の人とコミュニケーションをとるときには、優しく、笑顔を心掛けましょう。怖そうな顔をしていると、この人は怖そう、今日はこの人に近づきたくないと感じるでしょう。顔の表情が怖い、目が合わない、などでは、心地よい印象や雰囲気が得られません。また威圧的な態度は、安心できない相手と感じ取られてしまいます。このような状況ではコミュニケーションが難しくなります。 認知症の人とコミュニケーションをとるときには、笑顔で気持ちを込めて話し掛ける、優しいしぐさ、穏やかな表情や声で、そばに寄り添うよう心掛けることで安心感が生まれます。 3条 視線を合わせて優しく触れる 名前を呼んで視線を合わせる 声を掛けるときや何かをする前に、まずその人の名前を呼びましょう。突然目の前に人が現れると、びっくりすることがあります。話し掛けるときや話を聞くときは、笑顔でその人の正面から視線を合わせるようにしましょう。 目の高さを、その人の目の高さに合わせます。立ったままの状態で上から話し掛けられると、見下されているような印象や不安を与えてしまうことがあります。ベッドで過ごしている人や車いすを利用している人には、こちらが体勢を下げて、本人と目の高さを合わせることが大事です。 優しく触れる 認知症の人は、集中力の低下や空間認知力の衰えによって、話し掛けられても反応するまでに時間がかかる、視線が合わないようなことがあります。会話をするときは言葉だけでなく、優しく体に触れることです。こちらを認識し、安らぎや安心感を与えることができます。 しかし、手や顔など敏感な部位にいきなり触れると驚かせてしまうことがあります。最初は腕や肩から触れましょう。手のひら全体の広い面積で、柔らかく、ゆっくりなでるように優しく触れることが大切です。 執筆浅野均(あさの・ひとし)つくば国際大学医療保健学部看護学科 教授 監修堀内ふき(ほりうち・ふき)佐久大学 学長 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇一般社団法人日本認知症ケア学会.『認知症ケアの実際Ⅱ:各論.改訂5版』東京,ワールドプランニング,2018,113-6.〇一般社団法人日本認知症ケア学会.『認知症ケアの実際Ⅰ:総論.改訂4版』東京,ワールドプランニング,2016,39-45.〇鷲見幸彦監著.『一般病棟で役立つ!はじめての認知症看護』東京,エクスナレッジ,2014,66-7.〇鈴木みずえ監修.『認知症の人の気持ちがよくわかる聞き方・話し方』東京,池田書店,2018,34-47.〇飯干紀代子.『看護にいかす認知症の人とのコミュニケーション』東京,中央法規出版,2019,50-84.〇井藤英喜監.『認知症の人の「想い」からつくるケア:在宅ケア・介護施設・療養型病院編』東京,インターメディカ,2017,32-47.〇井藤英喜監.『認知症の人の「想い」からつくるケア:急性期病院編』東京,インターメディカ,2017,22-9.〇鈴木みずえ監.『3ステップ式パーソン・センタード・ケアでよくわかる認知症看護のきほん』東京,池田書店,2019,37-44.

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2021年11月30日
2021年11月30日

【セミナーレポート】看取りの作法 Q&A≪特別先行公開≫

本記事は2021年11月12日に開催したオンラインセミナー「看取りの作法」のレポート≪特別先行公開≫です。 当日は、家庭医療専門医である、杉並PARK在宅クリニック院長の田中公孝先生にご講演いただき、セミナー中にたくさんのご質問をいただきました。今回は先生のご厚意で、時間内に答えきれなかったご質問からいくつか抜粋し、解説いただきました。 在宅医として看取りに向き合う心構えや、訪問看護師さんへの期待について、先生のお考えを記事にいたしましたので、セミナーに参加された方も参加出来なかった方も是非ご覧ください。 老衰の看取りのケース 老衰の看取りの場合、ゆっくり機能が低下していく経過となりますが、ご本人やご家族に、どのようにお話されますか? ご質問ありがとうございます。老衰については、癌末期と違って予後予測が延びたりすることはお話ししています。また、老衰でご本人に説明するというシーンはあまり無いのですが、もしご本人に聞かれたら「もう〇〇歳ですからね、病気も沢山ありますし、年齢による影響は否めないと思います」とやんわり伝えるイメージです。ご家族については、老衰の看取りを自宅で行う決意をされたことを支持することをお伝えし、「病院よりも自然な形で過ごせますしね」や「癌で痛みがある例などに比べると穏やかで寝ているような時間が増えますよ」と声掛けします。また、食事が摂れなくなってきても無理に口には入れず、お楽しみ程度に、数口試して難しければやめるという助言をします。途中、せん妄状態になる方がいることもお話することで、手足をバタバタする、などの状況を理解してもらうように早め早めに説明します。最後の1週間は、講義でもお話した看取りのパンフレットを説明してお渡しし、それに沿って経過が流れることを確認しながら往診します。老衰の看取りはしっかりとサポートするとご家族も満足度が高い印象です。ただ、食事水分がほとんどとれない高齢者が予後予測よりも1週間以上延びたことが経験上あるので、癌末期の事例よりも非癌の事例の方が難しい面があると以前在宅のエキスパートナースの方がおっしゃっていた話は、実感するところです。 ガン末期の方のお看取りの心構え 今まさに、亡くなりそうなガン末期の利用者様がおられます。呼吸が止まれば連絡をいただくようになっています。私自身とても緊張しています。心構えをお教えください。 私も経験がありますので、よくわかります。心構えとしては、呼吸が止まった時の連絡をいただいたとき、どういう声かけや対応するか、死後の対応や説明をどうするか、を想定して詰めておくと少しは不安が和らぐ印象です。 例えば、ご家族の安心と不安の違いを過去に分析して感じたことなのですが、「人間、漠然としたものをそのままにしていると不安が募る」ようです。なので、専門職でも後のことについて漠然としていると不安が募りやすい側面はあると思いますので、この後のことをしっかり具体的に想定しておくことが大事と思います。また、定期の訪問時によくご家族とコミュニケーションをとっておくことも夜間電話がかかってくるかどうかの際の不安軽減につながります。というのも電話しながら、ご家族の表情や感じが目に浮かぶようになれば、呼吸停止の電話でも面と向かって喋っているような感覚で落ち着いて対応できるのではないかなと思います。 普段のケアのコミュニケーションが、いざというときの助けになる、というところは、看取り直前だけではなく、急変の場面でもそうだと思いますので、我々訪問の専門職は日ごろからぜひ意識したいところです。 誤嚥性肺炎を繰り返す方の往診医との連携について 訪問看護師です。現在、誤嚥性肺炎を繰り返している利用者さんがいます。本人は自宅を希望しており、家族も本人の意向を尊重したいと思われています。ただ、妻が食事形態を理解できず普通食を提供することが続いています。自宅看取りの方向ですすんでいますが、往診医はリスク説明をして、何かあれば救急搬送するしかないと言われています。本人家族の意向を叶えつつ、往診医との連携をうまくとっていくのをどうすれば良いか悩んでいます。 それは難しい状況ですね。。往診医との連携についてですが、まずは往診医以外の他職種と相談して、根回しをしながら担当者会議を開くのが良い気がします。本人家族はもちろんのこと、他の職種がリスクを承知でも自宅看取りを支えたいと思っていることを皆で伝えれば、理解を示してもらえる可能性が出てくるやもしれません。 他の手段としては、往診クリニックのスタッフさん(看護師さん、相談員さんなど)で普段からコミュニケーションとっている方がいたら、まずはその方に相談するというのも1つです。もしかしたら伝え方のヒントや一緒に考えてくれるやもしれません。参考にしてみてください。 家族間の看取りの調整 家族での看取りの方法が一致しない場合、どの様に対応したらよいですか? これも難しい場面ですね。。私であれば、まずは家族全員の意見を聞き、家族間の話し合いを促します。ただそれでも難しい場面もあると思いますので、自宅看取りの場面で想定されること、病院への救急搬送を言われる場面など、この後の様々なシチュエーションを想定しておいて、都度都度の対処に臨む心構えを私はしています。 また、意見がそれぞれ違うご家族と一度は直接面談することも重要です。やはりキーパーソンだけ喋っていて、方針の違うご家族と直接しゃべらないとあまりうまくいかない印象で、私も過去にどんでん返しを受けた事例がありました。できる限り意見の違う家族とも会い、この後予想されるシナリオをいくつか想定しながら、集まった情報をもとに多職種で話し合い、ともに考えるといったプロセスが大事かなと思います。 ちなみに多職種で話し合うと別の視点や情報、アイデアなども出てきますので、なかなか担当者会議となると家族もいて目の前ではできないという場合は、点数などは発生しませんが専門職だけで会議することをお勧めします。 特化型ステーションに在宅医が求めること 病院併設の訪問看護ステーションで働いています。緩和ケア病棟から異動になり、終末期に特化したステーションにしたいと思ってます。在宅医が求める訪問看護師について、何を求めるか、何が必要か、教えて頂きたいです。また、先生が考える特化したステーションとは具体的にどのようなステーションか知りたいです。 あと、在宅では介護者の高齢化や子の介入不足、地域性からか子に頼れない親も多く、介護負担で疲弊してしまうケースも少なくありません。初めての待機当番で夜中にオムツ交換で呼ばれ、翌日、主治医や病院側が訪問看護師の負担を考慮して即緩和ケア病棟に入院させたケースもありました。終末期のバルーンカテーテル留置は積極的に行ってよいのか迷います。 もっと在宅医とうまく連携して家族に寄り添ってできたらと日々葛藤です。本人ばかりに注目せず、もっと家族に寄り添い、グリーフケアにつながる看護ができたらと思いますが、なかなかチームでとなると難しいです。 ご質問ありがとうございます。私が看取りに特化した訪問ステーションと呼ぶ訪問看護は、 ・今回お話した看取りの作法ができている・困難だった事例も多く経験していて、イレギュラーな末期事例でも対応できる・麻薬や鎮静薬の提案タイミングが卓越している・グリーフケアの声かけが非常にうまい・家族の療養方針の迷いにしっかり対峙し、アドバイスができる・時には主治医の迷いに対してもしっかり応えられる・ケアマネジャー/サービス担当責任者に報告・連携・フォローしながら進められる あたりができているところだと思います。 私自身、看取りに卓越した訪問看護ステーションと組むと毎回こちらも勉強させられます。それくらい、人の看取りにまつわる技法というものは、医学の知識をしっかり蓄えながら、コミュニケーションの技術も向上させ、経験、心構え、ご自身のあり方を深めることが必要なのだと思います。おっしゃる通り、本人だけのケアでは在宅の看取りケアとしては片手落ちで、家族のケアをしながら、多職種で目線を合わせて迷いや葛藤が現れる過程をしっかりと取り組めるということが大事だと思います。 エピローグ オンラインセミナー「看取りの作法」にご参加いただきました皆さま、ご質問をいただいた皆さま、誠にありがとうございました。 田中公孝 先生のご講演内容やQ&Aセッションの様子を後日、セミナーレポートとして全2回でお送りします。明日からの訪問看護にいきる内容となっておりますので、ぜひご覧ください。 <セミナーレポート前編につづく> ** セミナー講師:田中 公孝 2009年滋賀医科大学医学部卒業。2015年家庭医療後期研修修了し、同年家庭医療専門医取得。2017年4月東京都三鷹市で訪問クリニックの立ち上げにかかわり、医療介護ICTの普及啓発をミッションとして、市や医師会のICT事業などにもかかわる。引き続き、その人らしく最期まで過ごせる在宅医療を目指しながらも、新しいコンセプトのクリニック事業の立ち上げを決意。2021年春 東京都杉並区西荻窪の地に「杉並PARK在宅クリニック」開業。 杉並PARK在宅クリニックホームページhttps://www.suginami-park.jp/ 記事編集:NsPace

特集
2021年11月30日
2021年11月30日

訪問看護あるある座談会 vol.8 女性のお悩み編

生理痛、PMS(月経前症候群)、妊娠、出産…女性ならではのさまざまな体調変化に悩まされ、仕事に影響が出るという方も多いのではないでしょうか。今回は3人の訪問看護師さんにお集まりいただき、女性のお悩みをテーマに、訪問看護の「あるある」についてぶっちゃけトークをしてもらいました。 ■座談会に参加してくれた看護師さんプロフィール みほ訪問看護の実習で暮らしが見える面白さを感じ、新卒から訪問看護師に。オンコールやプリセプターもしている中堅ナース。訪問看護師6年目。 あい病棟、介護施設を経て、家族が訪問看護を受けていた経験から訪問看護ステーションに転職。訪問看護師2年目で現在妊娠中。 さき大学病院に勤務していたが、退院支援から在宅に興味を持ち訪問看護の道へ。訪問看護師は6年目。1児の母。 ライフイベントやホルモンに左右される体でも健康的に働きたい! 訪問看護に行けない…焦りや申し訳なさの妊娠期 あい:実は妊娠していて、安定期に入ったんです。みほ:おめでとうございます。体調は大丈夫ですか?あい:今は大丈夫なんですけど、つわりがつらくて仕事はお休みしてたんです。みんなどうやって耐えてるんだろう?って思いました。さき:私は妊娠中も訪問看護をしていたんですが、ハンドクリームとかボディーソープの香りで「ウッ」としちゃって。匂いに敏感になって排泄ケアもできなかったんです。そういう訪問は他のスタッフさんに替わってもらいました。あい:私も一緒でした。匂い、つらいですよね…。さき:ただ、途中で切迫早産になってしまって、仕事を休むことになったんです。急遽他の看護師さんに訪問を代わってもらって。急な調整も対応してもらえて、やっぱり職場環境って大事だなって思いました。 みほ:調整してくれる職場、ありがたいですね。 さき:でも、調整してもらうことへの罪悪感もあったんです。他の看護師さんは訪問が増えて大変だろうなって思うと、申し訳なくて。自分を追い詰めちゃうタイプだったので、体調だけではなくて精神的にもつらかったですね。 あい:わかります。「迷惑かけてるんじゃないか」って思いますよね。 みほ:私の訪問看護ステーションにも妊娠中に体調が安定しない看護師さんがいたのですが、それでも何かできる仕事がないかって言ってくれて。計画書や報告書を書いてもらうとか、デスクワークのフォローに回ってもらっていました。事務さんじゃ難しいけど看護師ならできるような、手が回っていなかった調整業務などをやってもらえたりもして、ありがたかったです。 さき:私もデスクワークはお手伝いさせてもらってました。軽めでも仕事振ってもらってると、気持ちが楽ですね。ずっと自宅待機だと、現場はどうなってるのかなって焦ったり、取り残されている感じがして「仕事がしたい!」って思っていました。 あい:うちのステーションでは代わりにできるようなデスクワークが少なくて、居場所がない感じがして葛藤しています。もともと不妊治療をしていたので、妊娠前から勤務調整をしてもらうことが多かったんです。不妊治療のこと、上司には話していたんですが、それ以外のスタッフには伝えていなくて。体調不良とか受診で急に休んだりしていたので、周りも「どうしたんだろう」って思っていたみたいです。コミュニケーション不足でギクシャクしてしまった時期もあって、とても悩みましたね。 さき:うーん。不妊治療も大変ですよね。 あい:でも職場の協力のおかげで、妊娠に繋がったので感謝しています。家とかステーションの中でできる業務があると、少しでも貢献できている気がして救われますよね。社会との繋がりも感じられそうです。 子育てと仕事の両立は? みほ:もし自分が子供を産むとなった時、育児と仕事の両立で悩みそうです。近所に親がいるから仕事復帰できたという話を先輩から聞いて、近所に親がいない場合とかはどうしてるのかなと思って。 さき:うちは0歳クラスから保育園に入れたので、早い段階で職場復帰ができました。小さい時はよく体調崩していて、迎えに来てほしいと言われることがあったんですが、職場がすぐ調整してくれてお迎えに行ってました、夫はすぐに帰って来れるような仕事じゃなかったので、本当に職場に助けてもらいましたね。あとは自治体の産前産後ヘルパーを利用したりしてました。3時間おきの授乳は大変だったけど、保育園も助けてくれるし、意外とできるんだなって思いました。私も構えてたんですけど、そんなに構えすぎずでも大丈夫かもしれませんよ。 みほ:そう言ってもらえると、ちょっと安心します。 さき:ズボラでも大丈夫です。笑 あい:未知の世界すぎてイメージつかないですよね。妊娠してみて、こんな大変なんだっていうことばかりで。みんな乗り越えてきたんだと思うと、本当にすごいです。 みほ:さきさんはお子さん産んでから体の変化とかありましたか? さき:産後3年くらいは風邪引きやすくなりましたね。何十年かぶりにインフルエンザにかかりました。体質が変わるんでしょうかね。産後は慣れない育児とか睡眠不足もあってか、1人で戦っている気持ちになっちゃって夫にもイライラしたりしちゃいました。産後の体の変化とか育児のことを男性も理解して、サポートしてくれると嬉しいんですけどね。 あい:電車の中や職場でも気を遣うので、家庭のストレスはなるべく少なくしたいですね。パートナーが気に掛けてくれたり、家事を手伝ったりしてもらえるだけでもとっても助かります。 生理痛やPMSのあるある みほ:女性のお悩みといえば、PMSや生理痛もありますよね。私はPMSがひどくて、頭痛やイライラがくると、これは生理が来るかも、ってなります。生理痛で布団から起きられなくて仕事を休んでしまうことも何度かあって、上司から受診をすすめられたりしました。婦人科に行ったら低容量ピルをすすめられて、飲み始めたらだいぶ楽になったんです。 あい:私もピルを飲んでいたことがあるんですけど、副作用で肌が荒れて、ニキビができちゃったんです。やめようか悩んだんですけど、先生に「3ヶ月頑張ってみて」って言われて、しばらくしたら落ち着いてきたのでよかったです。副作用にはびっくりしましたけど、生理の出血量も減って、今までの量が普通じゃなかったって分かりました。 みほ:普通の量がわからないですもんね。ピルを飲んだ方が体調的には楽なんですけど、受診に行くのが億劫で。今通っている婦人科が混んでいて、待ち時間が読めないし、新型コロナもあるしで足が遠のいてしまって、結局今は飲んでいないんですよ。 さき:定期的に病院いかなきゃですもんね。最近はオンラインでも相談できたりもするらしいですよ。 みほ:オンラインは便利ですね。あとピルを飲み忘れることもあって、結局内服リズムがずれちゃったりして。自分の内服コンプライアンスが悪くて、毎日ちゃんと定期内服できている利用者さんがスゴいと思います。 さき:生理痛とかPMSって個人差があったり、仕事が忙しいとつい我慢しちゃうこともありますけど、自分に合った方法を見つけてうまく付き合っていきたいですよね。最近話題のフェムテックの商品やサービスも増えているみたいなので、活用していきたいですね! 記事編集:NsPace

特集
2021年10月19日
2021年10月19日

訪問看護あるある座談会 vol.7 認知症看護編

2025年には日本の65歳以上の高齢者のうち約5人に1人が認知症になると言われています。(引用元:厚生労働省 認知症の人の将来推計について https://www.mhlw.go.jp/content/000524702.pdf  )また、介護や支援が必要になる原因の第1位が認知症で、介護保険を利用した訪問看護おいて関わる機会も多いかと思います。今回は3人の訪問看護師さんにお集まりいただき、在宅での認知症看護の「あるある」についてトークをしてもらいました。 ■座談会に参加してくれた看護師さんプロフィール ゆりやりたいことを支えられる看護に魅力を感じて訪問看護に転職。訪問看護ステーションの管理者経験もあるママナース。訪問看護師7年目。 あい病棟、介護施設を経て、家族が訪問看護を利用していた経験から訪問看護ステーションに転職。訪問看護師2年目。 みほ訪問看護の実習で暮らしが見える面白さを感じ、新卒から訪問看護師に。オンコールやプリセプターもこなす中堅ナース。訪問看護師6年目。 本人に告げずに施設入居することのモヤモヤ あい:最近訪問している利用者さんに徘徊のトラブルがあったんです。認知症の方への対応って悩みますね。 みほ:徘徊ですか…。印象に残ってる利用者さんがいて、一人暮らしで認知症がある方でした。足腰は元気で、近所の食堂にご飯を食べに行くんだけど、お金を払い忘れてしまって。その度に遠方に住んでる息子さんがわざわざ謝罪に来ていました。いろいろ工夫はしたのですが、トラブル続きで息子さんが限界になってしまって、最終的に施設に入ることになったんです。ちょっと徘徊とは違うかもしれませんが。 あい:ご家族もお辛い時期がありますよね…。 みほ:でもご本人に「施設」という言葉を出すと怒るので、最終的には遊びに行くという名目で息子さんが施設まで連れて行ったんです。本人に告げずに施設に入ることにはモヤモヤしましたね…。ご家族の心配とか疲れとの兼ね合いもあるけど、あまり会えないご家族のフォローは難しいですね。 ゆり:あのときご家族にこうフォローしておけばよかった、とか思い返すこともありますよね。コロナ禍になって、直接話せる機会が減って余計に難しくなってる。 みほ:ご本人も一人で暮らすことのつらさを時々話したりはしてたんですけど、それでもやっぱり家にいたいって言っていて。 あい:自分でも忘れちゃうことに葛藤していて、不安だけど家にいたいっていう時期だったんですね。 ゆり:モヤッとしますよね。もともとの家族関係もさまざまだと思うんだけど、なんとなくのニュアンスで伝わるような関係もあれば、はっきり言うことでうまくいく関係のご家族もいたりするし。もしかしたら、何も言わなくても施設に連れて行くときの雰囲気で察せるような家族関係の人もいるかもしれない。そのご家族にどのパターンが合っているのかを探るのも、看護師の大切な役割かもね。 みほ:たしかに。当時はまだ新人で「認知症の方にも正しいことを正しく伝えるべき」って思っていたんですけど、正しい情報を伝えるとか、本人の意思をすべて汲むのが、必ずしも正解ではないなと。ふんわりケアする方向に誘導して、利用者さんの命とか体調を守ることも必要だと最近は思うようになりましたね。 ゆり:そうねー。命に関わるようなお薬を飲むのを見届けなきゃいけないんだけど、利用者さんが他のことに集中して飲んでくれない時とか、お話して気をそらして薬を飲んでもらうとかも必要なことだし。興奮してバイタルサイン測れない時には、お話だけ聞いて帰ってくるときもあるしね。 みほ:バイタルサイン測定できない時は、そっと手首に指当てて、脈は大丈夫、皮膚も熱くないので熱もなさそう、って確認したりします。基本的な視診や触診、会話などから得られるものもありますね。 チームでケアを繋ぐ!奥が深い認知症看護 あい:毎回のケアの順序って大体決まってるじゃないですか。でも認知症の方の訪問は特に毎回違っていて「今日はどこからやろう」ってなります。今日は入浴介助の日だったけど、利用者さんの気分が乗らなくて、じゃあ代わりにこれをしよう、みたいな。決まった流れができるだけではなくて、応用力必要だなって思います。 みほ:めっちゃわかります。訪問時間に収まるようにケアを組み立ててイメトレして行ったけど、おうちに着いてみたら「入れ歯がないのよ」ってずっと探し物をしていて。結局入れ歯を探して訪問時間が終わったこともありました。でも入れ歯も見つかったし、これで食事も食べられるし、利用者さんの心配事も解消されたしオッケーかなと。 あい:そうそう、ポジティブに捉えて置き換えますね。その日のケアができなくても、1人でどうにかするのは難しくても、1週間でチームでケアを繋いでいけば生活を保てるなって。次に行く看護師に「今日はこれができなかったので、次行ってできそうであれば、このケアをお願い」って引き継いでやってもらうとか。 ゆり:ヘルパーさんと連絡ノートを作って、これできましたってリレーしていくのもいいよね。連絡ノート書くの、時間かかるけど。 あい:連携は何かと時間かかりますよね。お薬とか排泄のこととか…。 ゆり:ケア内容を変えるだけでも、試行錯誤して数ヶ月とかかったりしますよね。でもピタッとケアがハマった時って、嬉しいよね。 あい:嬉しいですね。利用者さんで薬の飲み忘れが増えた方がいて、看護師管理で内服カレンダーを使い始めたんですけど、いざ導入してみたら混乱してしまって。色々試していたら「薬は自分でセットできるよ」って仰るのでやってもらったら、自分でセットできたんです。思ったより自分でできるね!ってみんなびっくりして。落ち着くまでに2〜3ヶ月かかりましたけど、利用者さんも慣れればちゃんと自分でできたりするんですよね。 ゆり:こっちができることを奪っている場合もあるから、利用者さんに合う方法を考えるとか、その人がやりやすいような置き場所にするとかも大切。医療的なケアが少ないからか、認知症看護って楽でしょ?って言う人もいるけど、すごく奥が深いんだよね。 記事編集:NsPace

インタビュー
2021年10月12日
2021年10月12日

本人の強い意志をチーム力で支える

ベテラン訪問看護師の望月葉子さんが出会った、印象深い意思決定支援のケースを前後編で紹介します。前編は、重度の障害のある人に対する現在進行形の支援について語っていただきました。 東京のICU病室から博多でのコンサートへ 「意思決定支援」というテーマをいただいたとき、まず思い浮かべたのが10年のお付き合いになるAさんです。「こうしたい」という強い意思を持ち、周りを巻き込んでそれを実現していける人だからです。 【患者Aさん】 現在63歳、アテトーゼ型脳性麻痺の女性。車いす使用。望月さんが担当するようになったのは2010年、Aさんが53歳の時から。当時、直腸膀胱障害があり、すぐに尿道カテーテルを留置。その後、気管切開、胃瘻造設、乳がん手術などを経て、今も94歳の母親と二人で在宅生活を継続している。 Aさんへのこれまでの支援で最も大きなエピソードは、2014年10月、Aさんが交流のある演歌歌手のコンサートに招待され、病院のICUを自主退院して東京から博多に行ったことです。 そのころのAさんはすでに嚥下状態が悪くなり、この年の2月には誤嚥性肺炎で入院していました。博多に行きたいと言われたとき、私は最初、本気とは思っていませんでした。でもAさんは本気でした。それでケアチームの会議を招集し、本当に博多に行けるかを検討しました。 Aさんの強い思いに、相談支援専門員(障害分野のケアマネジャー)が寄り添ってくれたことで、ケアチーム全員が実現の方向に動けたように思います。お母様も博多行きにかかる費用はすべて出すと言いました。在宅医も、万一のことが起こる覚悟を本人とお母様に確認したうえで、診療情報提供書を用意してくれました。 そうしてコンサートの半年ほど前から、ヘルパーや自費の看護師、現地でケアを引き継いでくれる看護師、携帯用の酸素などを手配し、博多行きの準備をしていました。ところがコンサートの直前、Aさんは誤嚥性肺炎で呼吸不全になり、救急搬送されてしまったのです。しかも入院中に痰が詰まって、一時は心肺停止状態に。 常識だったら「これではコンサートは行けないね」となりますよね。でも、Aさんは「どうしても行きたい」と諦めなかったのです。退院は認めないという病院と交渉し、結局Aさんは、「急変したとしても再入院は求めません」という約束をして、自主退院することになりました。 私は病院から東京駅まで車に同乗し、Aさんを自費の看護師に引き継いで新幹線に乗車させました。そしてヘルパーが合流し、何とか博多まで行き、Aさんはコンサートを楽しむことができたのです。 選択の数々 博多から帰ってきてまたすぐに、Aさんは呼吸不全になって救急搬送されました。「呼吸筋力の低下で、自力での痰の喀出は困難、経口摂取はもう無理」という医師の診断でした。Aさんも納得の上、気管切開を受けました。 その後は、胃瘻にするかどうするかの選択を迫られました。在宅でケアにあたっているお母様もこれには悩みました。お母様は当時80代後半です。在宅医や私たち訪問看護師にたびたび電話をしてきていました。 Aさん自身はとにかく生きる意欲が旺盛なので、胃瘻云々ではなく、「とにかく家に帰りたい」と訴えていました。 Aさんは気管切開で声を失っていますから、介護者が読み上げる50音に舌で合図を出して意思を伝える方法をとっています。いつもの介護者とお母様は、このコミュニケーションに慣れていますが、病院ではそうはいきません。体を動かせないAさんには、ナースコールを押すこともできません。 しかし家に帰れば、意思疎通ができるヘルパーさんが24時間いてくれるのです。結局、Aさんは胃瘻を造設して自宅に戻りました。 この後、Aさん自身もお母様も、がんの手術を受けています。でも、それらの出来事もケアチームで支え、乗り越えて、現在に至ります。胃瘻から栄養注入しながら、チョコレートや、お母様手作りのゼリーを口から召し上がっています。 いいゴールはケアチームみんなで考えたい Aさんとこれほど長いお付き合いになるとは思っていませんでした。長い期間その人の人生に寄り添っていけることは、訪問看護の醍醐味です。とても幸せなことですね。今、Aさんの自宅へは週2回の訪問で、入浴介助、摘便、服薬管理、尿道カテーテル交換などをしています。 Aさんの博多行きを経験したことなどもあって、10年の間にケアチームとしての成長を感じています。チームメンバーは入れ替わりもありますが、定期的に行政メンバーも交えてケアチーム会議をしていることもあり、Aさんの意思はみなよく分かっています。 これから起こりうる大きなエピソードとして考えられるのは、おそらくお母様に何かあったときでしょう。そのときどう対応するかについて、ケアチームで話題に上っています。しかし、施設を探すといった話はまったく出ていません。Aさんは「このまま在宅で生活する」と言うだろうと、みな思っているからです。 Aさんは、状態の悪化を嘆いて悲観的になることはありません。もちろん、感情の波はありますが、怒るエネルギーは衰えません。いろいろな難題を突き付けてくる人ですが、意思がはっきりしている分、支援の方向性は決めやすいのです。どこが本当に良いゴールなのか、今はまだわかりませんが、それはチームみなで考えていけると思っています。 ※掲載の内容については、ご本人とご家族の了承を得て掲載させていただいております。 ** 望月葉子白十字訪問看護ステーション看護師 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2021年10月5日
2021年10月5日

意思決定支援とは誰のため? 何のため? 「ややのいえ」の取り組みから考える

さまざまな人々が集い、出会い、語らう場として、看護から看取りまで「地域まるごとケア」を行う「ややのいえ」を運営する榊原千秋さん。今回は、「ややのいえ」の大切な理念とその実践、そこで出会ったある男性の最期について語っていただきました。 地域をまるごとケアする 「ややのいえ」の四つの理念 「ややのいえ」には、高齢者を中心とした出会いの場「ことぶきカフェ」、医療や介護相談「暮らしの保健室」、排泄の総合相談「おまかせうんチッチ」、産院+親子サポートを行う「ちひろ助産院」、訪問看護ステーションなど、さまざまな機能があります。住民は、「ややのいえ」とつながることで、新たな出会いやつながりが生まれます。ここは0歳から100歳を超える方々の「地域まるごとケア」の拠点であり、自分なりのありかた、生きかたを見つけていく「居場所」となっているのです。 「ややのいえ」には四つの理念があります。それは、前回お話しした義母のことも含め、私が三十余年、地域で出会った人たちから教えてもらったことがベースになっています。 一つめは、「とことん当事者」ということ。訪問看護でも、「今、いちばんしたいことは何?」と、家族ではなく本人の願いを聞きます。「星空が見たい」「猫と遊びたい」「お化粧をしたい」「『おしん』を最初から最後まで見たい」など、いろいろな望みが出てきます。願いを聞いたら、なぜそれを望むのかもたずねます。言葉にした「願い」だけではなく、「なぜそれを望むのか」が大事な場合もあるからです。それに、「なぜ」を聞くと、私たちもそれを実現したくなりますからね。 本当の願いがわかったら、ときにはチームを作り、それを実現します。そのプロセスが、「ややのいえ」のACP(アドバンス・ケア・プランニング)であり、意思決定支援の取り組みなのです。 大切にしていることの二つめは、専門職として出会う前に「人として出会う」こと。専門職として病気のこともきちんと診るけれど、最初にその人がいちばん大事にしているものを見る。気付く。そこから人と人としての関係を作っていくのです。 三つめに、「自分ごととして考える」。相手を人として知り、願いを知り、その願いへの思いを知る。そしてその願いをひとごとではなく、自分ごととして考えるのです。 一人の人を支えるには、医療職や介護職、制度だけでなく、いろいろな仲間の力が必要です。「ややのいえ」には文房具屋さんや不動産屋さんなど、地域のさまざまな仲間がいます。本人の願いをかなえるために必要なら、そうした仲間たちとチームを作ります。こうした、専門職だけでない支援、本人を取り巻く多くの人たちが一体となる「十位一体のネットワーク」の力が「ややのいえ」の理念の四つめであり、意思決定支援につながるものです。 ナラティブに出会い エビデンス的に人を看る 「ややのいえ」の訪問看護では、初回訪問から「ナラティブ」でその人と出会います。壁に表彰状がかかっていたら、「すごい、○○で賞を取ったんですか?」と聞いてみる。その人が大事にしていることを知ろうという目線で接していくのです。そうした目線は、「ややのいえ」として、「聞き書き」にずっと取り組んできた文化が影響していると思います。「エビデンス」的に人を看ながら、同時に、「ナラティブ」でも人を見る。そんな姿勢がスタッフに身についています。だから、専門職として出会う前に人として出会うことができるのです。 「聞き書き」は何も、構えて相手の話を聞き、書き留めるだけではありません。「あんたらの魂胆に乗せられてやるか」とか、「あーあ、俺はもうすぐ死ぬのか」とか、訪問したときに、ふと漏らした、その人らしいちょっとした独特な言葉があったとき、それをカルテに書き留めます。そんな「ひと言聞き書き」が、意思決定支援につながるACPの一部なのです。 それは、きちんと相手と向き合っているから、拾い上げることができる言葉です。「今日の血圧は」「足がむくんでいますね」と、体だけを看るかかわりだけでは、聞き逃してしまうかもしれません。 満足と幸せが残る意思決定支援とは 末期がんで在宅療養していたAさんは、あれこれ気遣われるのが煩わしく、心配する奥さんをも怒鳴りつける人でした。本人はまだ3~4年は生きられると思っていたのですが、いよいよ状態が厳しくなってきたとき、訪問看護師に「わしはどうなっていくのか」と聞いてきました。 そのとき訪問看護師は、「もともと生まれてきたところに帰って行くのですよ」と答えました。するとAさんはにこっと笑って、「母ちゃんを呼んでくれ。そして二人にしてくれ」と言いました。看護師が退出後、Aさんは奥さんの手を握り、二人でしかできない話をしたのだそうです。Aさんは、その日の深夜3時に亡くなりました。 Aさんが亡くなったあと、私たちはお通夜とお葬式に同席させていただき、ご親族と空気感を共有しました。グリーフケアですね。その後、四十九日までに弔問に訪れると、「あの時逝くとは思っていなかった。あの時間があってよかったよ」と奥さんはとてもいいお顔をされていました。 亡くなることを「旅立つ」という言葉で表現することがありますが、浄土真宗のさかんな北陸では「お浄土に帰る」と言います。看護師の「もともと生まれてきたところに帰って行くのですよ」という言葉は、Aさんの心に自然に受け止められたのだと思います。 意思決定支援はひとつの地域文化でもあると思います。同じ地域で暮らしているからこそ共有できるのだと。そして意思決定支援は、本人が亡くなられたあとのグリーフ期に真実が語られることがよくあります。はじめて出会ってからグリーフケアまで、本人にもご家族にも、ほがらかで穏やかな時間が持てますようにと願っています。   ** 榊原千秋コミュニティスペースややのいえ&とんとんひろば代表訪問看護ステーションややのいえ統括所長 記事編集:株式会社メディカ出版

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