多職種連携に関する記事

感染クラスター対応をゲームで疑似体験!「クラスター8」体験レポート
感染クラスター対応をゲームで疑似体験!「クラスター8」体験レポート
特集
2026年8月12日
2026年8月12日

感染クラスター対応をゲームで疑似体験!「クラスター8」体験レポート

「施設で新型感染症のクラスターが発生。しかも施設長は感染して不在——さあ、どうする?」。そんな緊迫の状況をカードゲームで疑似体験できるワークショップが、第8回日本在宅医療連合学会大会(2026年7月4日・5日、札幌)で開催されました。その名も「感染クラスター乗り切り体験ゲーム『クラスター8』」。実際にプレイヤーとして参加したNsPace編集部が、ゲームの様子と学びをレポートします。 「クラスター8」とは?現場の声から生まれた体験ゲーム クラスター8は、介護施設での感染クラスター発生時の対応を、チームで疑似体験するボードゲーム型の研修ツールです。開発の中心となったのは、コロナ禍で数多くの施設の感染対応を支援してきた医療・介護の実践者集団「一般社団法人KISA2隊(キサツ隊)」。「issue+design」との共同開発により、現場で見てきた工夫や失敗の教訓を集めて作られたといいます。 印象的だったのは、冒頭で語られた開発の動機です。クラスターの被害は感染者数だけでは語れません。感染対応を優先するあまり利用者さんのADL(日常生活動作)が低下してしまう、スタッフが疲弊して離職につながる、チームの人間関係が壊れてしまう——。そうした「二次被害」も含めて危機をどう乗り切るかを、安全な場で体験してもらいたい。ゲームにはそんな願いが込められています。 ゲームの舞台は「施設長不在の小規模施設」 ゲームの舞台は、利用者さん10名を職員6名で支える小規模な介護施設です。ある日、施設長が新型ウイルス感染症に感染して自宅隔離となり、残された職員だけでクラスター対応に立ち向かう——という設定で始まります。参加者は4人1組のチームとなり、それぞれ「医療職員」「介護職員」「ケアマネジャー」「感染対策委員」の役割を担当。感染発生からの8日間をターン制で進めていきます。ルールの骨格はシンプルです。 チーム共通の目標は「施設全体の感染者を一定数以下に抑える」こと 各自にはそれぞれ役割に応じた個人目標がある(職員の感染を防ぐ、利用者さんのADLを守る、職員の元気度を保つ…など) 毎ターン、20種類の「アクションカード」から実行する行動を最大3つまで選ぶ アクションには実行に必要な職員数があり、職員が感染すると打てる手がどんどん減っていく そして意地悪なことに、20種類のアクションの中には「実はあまり効果がないもの」も紛れ込んでいます。限られた人手で何を優先するか。チームの合意形成そのものが、このゲームの本体です。 体験して分かった「合意形成」の難しさ 編集部も1つのチームに入って参加しました。実際にやってみると、これが想像以上に悩ましいのです。 感染拡大を抑えたい医療職視点では、消毒やゾーニングを優先したい。一方で、利用者さんの生活を守る介護職視点では、隔離や制限ばかりだと個人目標のADLが守れない。職員の元気度を担当するメンバーからは「その前に職員が倒れます」と“待った”がかかる。それぞれの正義がぶつかる中で、3枚しか選べないカードをどれにするか——制限時間は刻一刻と減っていきます。 ゲームの結果は、チームの選択によって「グッドエンド」から「バッドエンド」まで複数のエンディングに分岐します。感染は抑えたのに利用者さんのADLが大きく低下し、職員の離職が始まってしまう、という苦いエンディングもあり、「感染者数さえ抑えればよいわけではない」という開発者のメッセージがここにも表れていました。 答え合わせで学ぶ、初動対応のポイント ゲーム後の解説パートでは、推奨される対応が具体的に示されました。詳細は割愛しますが、編集部が特に持ち帰りたいと感じたポイントを3つご紹介します。 (1)最初にやるべきは「指揮系統の明確化」 責任者が不在でも対応が止まらないよう、誰が判断し、誰に確認するのかをまず決める。指示待ちによる初動の遅れが、その後の展開を大きく左右します。 (2)ご家族への連絡は「有事の前」から 有事の連絡だけでは、ご家族の不安は募るばかり。平時から「何もないとき」にも連絡を取り、信頼関係を築いておくことで、緊急時の連絡も前向きに受け止めてもらえる、という指摘にはハッとさせられました。 (3)「よかれと思った対策」にも落とし穴がある 一見有効に思える対策でも、使い方や場面によっては逆効果になり得るものがあります。たとえば仕切りの設置が換気を妨げてしまうケースのように、「その対策は何のためか」を理解して選ぶことの大切さが強調されていました。 訪問看護ステーションでも「避難訓練」を 主催者が繰り返し語っていたのは、「これはあくまで疑似体験、いわば避難訓練です」ということ。本番はもっと過酷で、時間も情報も足りない中での判断を迫られます。だからこそ、平時に安全な場で「チームで決める」経験をしておくことに価値があるのだと感じました。 また、このゲームは医療職と介護職の合意形成ツールとしての側面も持っています。医療の正義と生活の正義、どちらも大切だからこそぶつかる。その調整を疑似体験できる研修ツールは、訪問看護ステーションと連携先の施設・事業所が合同で取り組む研修としても効果的だと感じました。 BCP(業務継続計画)は作って終わりになりがちです。自分たちの計画が本当に機能するのか、ゲームという形で点検してみる。そんな選択肢があることを、多くの事業所の方に知っていただきたいと感じた90分でした。 【参考文献】 第8回日本在宅医療連合学会大会運営事務局:「ワークショップ・交流集会・ハンズオンセミナー(事前予約)」.第8回日本在宅医療連合学会大会.https://www.aeplan.jp/jahcm2026/workshop/ 2026/8/6閲覧 一般社団法人KISA2隊:「感染クラスター8|感染対策研修をゲームで楽しく実施する!」.一般社団法人KISA2隊ウェブサイト.https://kisa2tai.or.jp/lp/cluster8/ 2026/8/6閲覧 厚生労働省老健局:「介護現場における感染対策の手引き 第3版」.厚生労働省ウェブサイト.令和5年9月.https://www.mhlw.go.jp/content/12300000/001149870.pdf 2026/8/6閲覧 厚生労働省:「介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修」.厚生労働省ウェブサイト.https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/douga_00002.html 2026/8/6閲覧

学校だけがゴールではない─不登校支援と訪問看護師のケアマネジメント
学校だけがゴールではない─不登校支援と訪問看護師のケアマネジメント
コラム
2026年8月4日
2026年8月4日

学校だけがゴールではない─不登校支援と訪問看護師のケアマネジメント

不登校支援において、訪問看護師はどのような役割を担えるのでしょうか。家庭と学校・福祉をつなぐ多機関連携の実践と、訪問看護師が果たすケアマネジメント機能についてお伝えします。 不登校支援における訪問看護師の立場 ショートケーキ訪問看護ステーションは、東京都豊島区、板橋区、北区を中心に、発達障害や不登校など、生きづらさを抱える子どもと家族を対象とした児童精神科訪問看護を提供しています。 私たちは家庭という生活の場で子どもや家族と関わりながら、医療だけでなく教育や福祉とも積極的に連携し、その子らしく成長できる環境づくりを支援しています。学校訪問や支援者会議への参加、関係機関との情報共有も日常的な実践の1つです。 近年、不登校児童生徒数は増加し続けています。その背景には発達障害や精神的な不調、家庭環境の課題、友人関係の悩みなど、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。そのため、不登校支援は学校だけで完結するものではなく、家庭、医療、福祉、地域資源など、多くの関係者が連携しながら支援を行うことが求められています。 児童精神科領域の訪問看護に携わる中で、私は「子どもを支援する」というよりも、「子どもを取り巻く環境全体を支援する」という感覚を持つことが少なくありません。特に不登校支援においては、多機関連携をどのように進めるかが支援の質を大きく左右すると感じています。 今回は、ショートケーキ訪問看護ステーションでの実践を通して感じている多機関連携と訪問看護師のケアマネジメントについてお伝えしたいと思います。 学校と家庭をつなぐ情報共有 当ステーションでは、保護者の同意を得たうえで学校へ情報提供書を送付しています。担任やスクールソーシャルワーカー、特別支援教育コーディネーターなどと、定期的な情報共有やカンファレンスも行っています。 訪問看護師は家庭という生活の場に入るため、子どもや保護者から日常の様子を直接聞くことができます。 例えば、 「昨夜、両親とのトラブルがあり気持ちが不安定になっている」「友達とけんかをしたが仲直りはできた。しかし本人はまだ不安を抱えている」「睡眠が乱れており朝から活動することが難しい」 といった情報は、家庭で関わる訪問看護師だからこそ把握できる内容です。 一方で学校には、 「今日は朝から表情が硬かった」「授業中に集中が続かなかった」「休み時間は一人で過ごしていた」 など、家庭では見えない子どもの姿があります。 どちらも子どもの状態を理解するために重要な情報ですが、それぞれが独立して存在しているだけでは十分な支援にはつながりません。訪問看護師が学校と家庭の間に入り、双方の情報を整理しながら共有することで、支援者全体の目線を合わせることができます。 実際に行った支援者会議では、担任の先生から次のような言葉がありました。 「学校は楽しいところだよって本人に知ってもらいたいんです。来てくれたらたくさん楽しませたいと思っています。でも、そのための手立てが分からなかったんです」 家庭では本人の不安や悩みを聞くことができても、その情報が学校へ十分に伝わっていないことがあります。一方で学校側も、子どもを支えたいという思いを持ちながら、どのように関わればよいか悩んでいることがあります。 家庭での様子や本人の思いを共有したことで、学校側からは「子どもへのアプローチの選択肢が増えたことが嬉しい」という声が聞かれました。 この経験を通して、多機関連携の目的は支援者を増やすことではなく、子どもを理解する視点を増やすことなのだと改めて感じました。 子どもの居場所を増やすという視点 不登校支援では、「学校へ行けるようになること」が目標として語られることがあります。しかし、私たちが目指しているのは単純な登校ではありません。大切なのは、子どもが安心して過ごせる場所を増やしていくことです。 自宅だけでなく、 学校 保健室 別室登校 教育支援センター 放課後等デイサービス フリースクール 習い事や地域活動 など、本人が安心して過ごせる居場所を確保しながら、その子のペースに合わせた学習や社会参加の機会を整えていくことが重要です。 実際に、学校への登校は難しくても、放課後等デイサービスへ通うことが外出のきっかけになる子どもがいます。また、フリースクールが新たな学びの場となり、自信を取り戻していく子どももいます。 私たちは「学校へ戻すこと」をゴールにするのではなく、その子が安心して過ごせる場所を1つでも増やし、その子らしい社会とのつながり方を一緒に探していくことを大切にしています。 訪問看護師が担うケアマネジメント 成人領域では、介護支援専門員が支援全体を調整する役割を担っています。 一方、児童領域では事情が異なります。 障害福祉サービスを利用している場合には、計画相談支援事業所の相談支援専門員がケアマネジメントを担います。しかし、不登校の子どもの中には放課後等デイサービスや移動支援などの障害福祉サービスを利用しておらず、相談支援専門員が関与していないケースも少なくありません。 その場合、学校との調整、医療との連携、福祉サービスの導入検討、地域資源とのつながりづくりなど、多くの役割を保護者が担うことになります。 しかし、不登校が長期化すると、保護者自身も疲弊し、十分に調整役を担うことが難しくなることがあります。 そのような場面で訪問看護師は、子どもや保護者の思いを整理し、学校や医療機関、児童相談所、福祉機関へつなぎ、必要に応じて支援者会議を開催します。 また、放課後等デイサービスやフリースクール、教育支援センターなどの地域資源を紹介し、子どもや家族と一緒に新たな選択肢を検討することもあります。 制度上、訪問看護師はケアマネジャーではありません。しかし実践の中では、以下のコーディネーターとしての役割を担っています。 支援者同士をつなぐ 情報を整理する 支援の方向性をそろえる 私は、このケアマネジメント機能こそが、児童精神科領域における訪問看護師の大きな特徴の1つであると感じています。 訪問看護師が担う橋渡しの可能性 不登校支援は、1つの機関だけで完結するものではありません。 家庭、学校、医療、福祉、そして地域の多様な居場所がつながることで、初めて継続的で安定した支援が実現します。 訪問看護師は家庭に最も近い専門職の一人として、子どもと家族の思いを受け止めながら、多機関をつなぐ橋渡し役を担うことができます。 学校に行けることだけがゴールではありません。 子どもが安心して過ごせる場所を1つでも増やし、その子らしいペースで成長していける環境を整えること。そのために今後も、多機関連携とケアマネジメントを大切にした実践を続けていきたいと思います。 執筆:齋藤 透ケアプロ株式会社ショートケーキ訪問看護ステーション リーダー日本赤十字看護大学大学院 地域看護学領域 専門看護師コース修了 児童精神・発達支援・不登校支援を中心に活動。「学校に行かせること」だけをゴールにせず、家庭という生活の場から、親子関係や安心感、人とのつながりを支えることを大切にしている。ゲームや好きな話題を通した関係形成、親子間の感情整理、学校連携などを得意としている。 編集:NsPace 編集部 【参考文献】〇文部科学省「令和6年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果の概要」https://www.mext.go.jp/content/20260305-mxt_jidou02-100002753_3.pdf2026/6/25閲覧

第8回日本在宅医療連合学会大会レポート!訪問看護に役立つ注目プログラム
第8回日本在宅医療連合学会大会レポート!訪問看護に役立つ注目プログラム
特集
2026年7月28日
2026年7月28日

第8回日本在宅医療連合学会大会レポート!訪問看護に役立つ注目プログラム

2026年7月4日・5日の2日間、札幌で「第8回日本在宅医療連合学会大会」が開催されました。在宅医療に携わる多職種が全国から集まる年に一度の大会に、NsPace編集部も参加してきました。会場の熱気や、訪問看護師の皆さんにもぜひ知っていただきたいプログラムの数々を、参加レポートとしてお届けします。 第8回日本在宅医療連合学会大会とは 日本在宅医療連合学会が開催する全国大会で、今回で8回目を迎えます。会期は2026年7月4日(土)・5日(日)の2日間、会場は札幌コンベンションセンターと札幌市産業振興センターの2ヵ所。大会長は大友 宣氏(医療法人財団老蘇会 静明館診療所)が務め、大会テーマには「在宅医療ラララララ~パラダイムシフトをパラダイムシフトする次世代の在宅医療~」が掲げられました。 在宅医療の学会と聞くと医師向けの印象があるかもしれませんが、実際の参加者は医師のほか、看護師、薬剤師、ケアマネジャー、介護職、リハビリテーション職など実に多彩です。プログラムもシンポジウムや一般演題だけでなく、参加型のワークショップ、市民公開講座など幅広く用意されており、「在宅医療に関わるすべての職種のための大会」という空気を強く感じました。 編集部が聴講したシンポジウムとワークショップ 編集部は、訪問看護の現場に関わりの深いテーマを中心に選んで聴講しました。その一部をご紹介します。 「在宅ドクターカーの対応と在宅病院前救急との融合 ―地域包括ケアにおける新たな医療体制構築に向けて―」 在宅医療と救急医療をどうつなぐかを考えるシンポジウム。利用者さんの急変時に「搬送か、在宅での継続か」を迫られる場面は訪問看護師にとっても身近なテーマであり、在宅と救急の連携という切り口が印象的でした。 在宅医療の効率化、ご自慢バトル! 全国の在宅医療の現場から、業務効率化の工夫を持ち寄ってプレゼンし、参加者の投票で最優秀を決めるユニークな企画。従来のFAX管理を突き詰めた効率化からAI活用まで、明日から真似したくなるアイデアが次々と登場し、会場も大いに盛り上がっていました。 感染クラスター乗り切り体験ゲーム「クラスター8」 介護施設で新型感染症のクラスターが発生した、という設定をカードゲームで疑似体験するワークショップ。多職種のチームで「限られた人手で何を優先するか」を話し合いながら進める形式で、編集部も実際にプレイヤーとして参加しました。 ACPで安楽死を求められたら 「終末期の意思決定支援」という重いテーマを、寸劇を交えながら現場目線で考えるシンポジウム。答えのない問いに、多職種がそれぞれの立場から向き合う構成でした。 在宅で挑む終末期がん患者の苦痛緩和〜緩和的鎮静の決断と多職種の力〜 在宅での緩和的鎮静をテーマに、講義と多職種でのグループワークを組み合わせたワークショップ。多くの参加者が集まる盛況ぶりで、このテーマへの現場の関心の高さがうかがえました。 会場で感じた3つのこと (1)「体験して学ぶ」プログラムの充実 ゲームやグループワーク、投票企画など、参加者が手と口を動かして学ぶ「参加型のプログラム」が目立ちました。講義を聞くだけでは持ち帰りにくい「判断の難しさ」を、体験を通して実感できる仕掛けが印象的でした。 (2)多職種がフラットに議論する文化 医師、看護師、薬剤師、ケアマネジャー、介護職が同じテーブルで対等に意見を交わす場面が、参加型のプログラムを中心に数多く見られました。在宅医療の意思決定は多職種の力で支えるものだ、というメッセージを会場全体から感じました。 (3)答えのないテーマから逃げない姿勢 終末期の意思決定や感染対応など、正解が1つに定まらないテーマこそ、現場の実感を持ち寄って議論する。そんな姿勢が大会全体を貫いていたように思います。 まとめ 在宅医療の「今」を肌で感じられる2日間でした。訪問看護師の皆さんにとっても、日々のケアを見つめ直すヒントが数多くある大会だと感じます。編集部が特に注目した「クラスター8」と「緩和的鎮静」のワークショップについては、あらためて詳しいレポート記事をお届けする予定です。どうぞお楽しみに。 取材・編集・執筆:NsPace編集部 【参考】 第8回日本在宅医療連合学会大会運営事務局:「開催概要」.第8回日本在宅医療連合学会大会.https://www.aeplan.jp/jahcm2026/outline/ 2026/7/6閲覧 第8回日本在宅医療連合学会大会運営事務局:「プログラム」.第8回日本在宅医療連合学会大会.https://www.aeplan.jp/jahcm2026/program/ 2026/7/6閲覧 第8回日本在宅医療連合学会大会運営事務局:「ワークショップ・交流集会・ハンズオンセミナー(事前予約)」.第8回日本在宅医療連合学会大会.https://www.aeplan.jp/jahcm2026/workshop/2026/7/6閲覧

「新幹線で転院したい」と言われたら? 新幹線搬送は「乗るまでの準備」が9割
「新幹線で転院したい」と言われたら? 新幹線搬送は「乗るまでの準備」が9割
コラム
2026年7月21日
2026年7月21日

「新幹線で転院したい」と言われたら? 新幹線搬送は「乗るまでの準備」が9割

もし受け持ち患者様から「新幹線で遠方の病院へ転院したい」と相談されたら、あなたはすぐに具体的なイメージが湧きますか? 車両での長時間移動に比べ、患者様の身体的負担を抑えられる新幹線ですが、その裏には一般の乗車とは全く異なる緻密な事前調整が存在します。今回は、新幹線搬送のリアルな実務と、安全な移動を支える民間救急の役割を解説します。 執筆:藤 健二郎(とう けんじろう)社会人経験を経て看護師となり、済生会福岡総合病院の救命救急センターで勤務。重症患者の看護に従事した後、大学院で看護師のストレスに関する研究を行い、急性・重症患者看護専門看護師を取得。現在は東京女子医科大学病院CCUでの臨床と並行し、ケアプロ株式会社 交通医療事業部長として、重症患者搬送や外出支援など「医療×移動」の分野で事業を展開している。■ケアプロ株式会社「ドコケア」:https://dococare.com/transport民間救急とは?緊急性の低い患者の搬送を行う民間サービスのこと。多くは、消防庁の認可を受けて「患者等搬送事業(一般乗用旅客自動車運送業)」を行っている。 長距離搬送では、新幹線という選択肢がある 前回までは、民間救急の役割や、重症患者様の搬送事例について紹介してきました。今回は、長距離搬送の中でも、”新幹線”を利用した搬送についてお伝えします。 遠方の病院や施設へ移動する場合、車両だけで長時間移動する方法もありますが、患者様の状態によっては、新幹線を利用した方が身体への負担を抑えられることがあります。 一方で、新幹線搬送は、通常の乗車とは大きく異なります。寝たきりの患者様や、人工呼吸器、吸引器、酸素などの医療機器を使用している患者様の場合、ただ切符を取ればよいわけではありません。 多目的室の確保、車椅子スペースの予約、車椅子やストレッチャーのサイズ確認、駅構内の動線確認など、事前に確認すべきことが数多くあります。 また、新幹線チケットは電話だけで完結しづらく、乗降場所の管轄駅との調整も必要であり、実務上は直接駅へ行く方が早いケースが多いです。 新幹線搬送は、チケット手配から動線確認まで調整が続く 新幹線搬送でまず重要になるのが、座席やスペースの確保です。車椅子の方であれば車椅子スペース、横になった状態での移動が必要な方であれば多目的室の利用を検討します。ただし、多目的室は誰でも自由に使える場所ではなく、利用には事前の相談や調整が必要です。 また、車椅子で乗車する場合も、車椅子の幅や奥行き、リクライニングの有無によって、乗車可能かどうかや必要なスペースが変わります。そのため、患者様の状態だけでなく、使用する車椅子やストレッチャー、医療機器のサイズまで確認しておく必要があります。 さらに、乗車駅と降車駅の選定も重要です。新幹線の停車時間は限られています。特に寝たきりの方や人工呼吸器を使用している方では、途中駅から乗車したり、途中駅で降車したりすることが難しい場合があります。 東京駅などの始発駅から乗車し、目的地側でもできるだけ終点や主要駅を選ぶことで、乗降に必要な時間を確保しやすくなります。 「移動できる状態」をつくることが、民間救急の役割 新幹線搬送では、病院から駅まで、駅構内、新幹線車内、到着駅から搬送先まで、いくつもの場面をつなぐ必要があります。 出発病院での準備、駅までの介護タクシー、駅構内の移動、新幹線への乗車、車内での観察、到着後の介護タクシー、受け入れ先への引き継ぎ。そのどこか一つでも調整が不十分だと、安全な搬送は成立しません。 また、長距離移動では、患者様の状態変化にも備える必要があります。基礎疾患、ADL、嚥下、排泄、認知機能、夜間の状態、せん妄歴などを事前に把握し、緊急時の連絡先や受診先、診療情報提供書の準備を確認することが重要です。 新幹線搬送は、単に新幹線に乗る搬送ではありません。 患者様の状態、医療機器、駅の構造、車両設備、乗降時間、到着後の移動手段までを一つひとつ確認し、「安全に移動できる状態」をつくる仕事です。 私たちはこれからも、患者様とご家族の希望を大切にしながら、医療と移動をつなぐ長距離搬送を丁寧に支えていきます。

Nurse for Nurseによる「看多機での在宅看取り」推進・普及啓発事業
Nurse for Nurseによる「看多機での在宅看取り」推進・普及啓発事業
特集
2026年7月1日
2026年7月1日

Nurse for Nurseによる「看多機での在宅看取り」推進・普及啓発事業

在宅医療を支える人が輝ける社会を目指すNsPaceでは、在宅看取りの担い手を増やそうと取り組む団体の活動を応援しています。本記事では、一般社団法人Nurse for Nurseが公益財団法人テルモ生命科学振興財団の助成を受けて実施する「看多機での在宅看取り推進・普及啓発事業」をご紹介します。看護職・看護学生の皆様の学びや次の一歩を後押しする見学プログラムやウェビナーについて、ぜひご覧ください。 執筆:門元 記子(かどもと のりこ)/一般社団法人Nurse for Nurse 代表理事2005年3月、慶應義塾大学看護医療学部卒業。看護師・保健師、公衆衛生学修士。国家公務員共済組合連合会虎の門病院勤務を経て、東京大学大学院公共健康医学専攻にて修士号取得。その後、国連人口基金(UNFPA)ジンバブエ事務所で3年半勤務したのち、世界保健機関(WHO)ソロモン諸島事務所にて勤務。2021年にジョンズ・ホプキンズ大学のコミュニケーション学修士号取得。 Nurse for Nurseとは? 一般社団法人Nurse for Nurse(以下、NfN)は2021年に設立された非営利型の一般社団法人で、看護職のキャリア開発支援を通してさまざまなローカルおよびグローバルな社会課題解決を目指している団体です。運営含め、会員はすべて看護職、分野は違ってもお互いのキャリアを応援しながら、全国、全世界でさまざまな社会課題解決に取り組んでいます。 NfNでは公益財団法人テルモ生命科学振興財団2025年度医療貢献活動助成に2度目の採択を受け、「看護職や看護学生に向けた看多機での在宅看取りの推進・普及啓発」事業を実施しています(実施期間:2025年12月~2027年3月)。 我が国では病院で亡くなる方が約65%を占め、自宅で亡くなる方は16%に留まっています。 一方、令和4年度に実施された「人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査」では、一般国民が「最期を迎えたい場所」として自宅を選択した割合は、1年以内に死に至る病気の場合で43.8%、末期がんや重い心臓病の場合は30%前後でした1)。本人が希望する最期の場所と実際に亡くなる場所との間には一定の乖離があり、その希望が実現しない要因はさまざまありますが、医療の高度化とともに一般市民が在宅で看取ってもらえる、家族が看取れるということが理解されていない現状もあります。また、尊厳ある看取りを支える看護要員の確保が難しいという実態も浮かび上がっています。特に看護基礎教育に「在宅看護論」がない世代(平成8年以前)や訪問看護の経験がない者は、在宅看護のイメージを持てない者も多いといわれています。 そこで、本事業では近年新たな支援提供先として注目やニーズが高まっており、事業者数および利用者数が増加傾向にある看護小規模多機能型居宅介護施設(以下、看多機)での看取りに焦点を当てています。 看多機について学んでみませんか? NfNでは看護職のキャリア開発支援の一環として「看多機」について広く知っていただき、一人でも多くの方に携わってみよう、開業してみよう、と思っていただけるように取り組んでいます。看多機は医療依存度の高い方であっても、在宅での療養を可能とすべく通所、泊り、訪問(看護と介護)を組み合わせたサービスを提供しています。サービスが一カ所に集中していることでさまざまな事業所との調整を担っているご家族の負担も減り、ご家族にとっても頼りになる施設といえます。 超高齢社会を迎え、在宅看取りを含めた在宅支援の受け皿がますます必要となるなか、NfNでは看護職の皆様に下記事業をお届けします。 (1)「看多機」見学プログラム:看多機に行ってみませんか?見てみませんか? 2026年9月、全国からご関心のある看護職を対象に「看多機」を2か所見学していただくプログラムを実施します。本プログラムでは、地域における看多機での看護、その役割や看取りについて経営者や看護職、利用者の視点から学ぶ機会を提供します。 過去の参加者からは小規模多機能との役割の違い、「点」でのサービスが「線」でつながりシームレスな支援が実現できていること、多職種連携の大切さなどを感じていただきました。 また、ご協力いただいた株式会社ラピオンの柴田さんからは「経営よりも運営が難しい」というお話もありました。ぜひ、その実態を肌で感じてみてください。そして、小グループでの実施ですので、お互いに学びを深めていただける機会になると思います。 2023年度の実施報告はこちら ご協力者・訪問先:● 柴田 三奈子氏:株式会社ラピオン 看護小規模多機能型居宅介護 ラピオンナーシングホーム 代表取締役(東京都日野市)● 福田 裕子氏:まちのナースステーション八千代 統括所長・管理者(千葉県八千代市) 対象:● 日本国の保健師・助産師・看護師免許保有者(いずれか1つ以上)● 看多機での看護、そこでの看取りに関心のある方(経験は問いません)● プログラムの全日程(下記)に参加が見込める方 プログラム日程:● 2026年8月22日(土)09:00-10:00:NfNによる参加者事前オリエンテーション(オンライン)● 2026年9月11日(金)~12日(土):2つの看多機へ半日ずつ訪問(事業オリエンテーション、見学、質疑応答など)● 2026年9月27日(日)16:00-17:30:見学プログラム参加者報告会● 2026年8月~9月:1対1のオンライン・キャリア相談*NfNのキャリア相談サービスをご活用いただきます(希望者のみ)。 募集人数:6名 参加費:無料(交通費・旅費〈日当・宿泊費含む〉をNfN規定により最大5万円まで補助) 募集〆切:2026年7月18日(土) 応募方法:募集要項をご確認いただき、応募フォームをご送信ください。 (2)ウェビナー『ほぼ自宅、ときどき第2のお家』アーカイブ配信のご案内*日本訪問看護認定看護師協議会後援 2024年12月、Nurse for Nurseでは「『ほぼ自宅、ときどき第2のお家』訪問看護・介護・通い・泊り全て対応可能な看多機での生活、最期について考えてみませんか?」と題したウェビナーを開催しました。 第1部では、看多機の概要、提供サービスや事例の紹介を通して、その役割や看多機を利用した看取りの実際についてご紹介いただきました。また、看多機でご主人を看取られたご家族の方へのインタビュー動画も共有しました。そして、第2部では、いただいた質問に対して、ご登壇者のご経験を交えてお答えいただきました。現在、本動画をYouTubeでアーカイブ配信しております。ウェビナー実施報告含め、ぜひ、ご覧ください。 こんな方におすすめ: 看多機の仕組みや運営に関心のある方 看多機での生活やケアについて知りたい方 在宅看取りに関心のある方 視聴者の声: 看多機の良さ(家族や本人の状態に合わせて、訪問と宿泊を柔軟に対応できるなど)がわかった。 ビデオメッセージは実際の状況がイメージしやすくとてもよかった。 事例から利用者を支える姿がイメージできました。 今後、起業も視野に入れていたので、たいへん参考になりました。 「看多機」に関心を持っていただいた皆様へ 全国的に事業数が伸びている看多機ですが、まだまだ数は足りておらず、看多機がない自治体もあるのが実情です。NfNは本プログラムを通して、看護職が看多機で提供するケアや在宅看取りについても理解を深めていただき、看多機で働いてみたい、看多機を開設したい、という看護職のキャリアを後押しできればと考えます。そして、この事業によって「自宅で最期を迎えたい」という多くの国民の想いが実現できる社会となることを願っています。 Nurse for Nurse会員登録について 最後に、Nurse for Nurseは看護職同士でのキャリア開発支援を通して社会課題の解決を目指しています。皆様にもお互いのキャリアを後押しする輪に加わっていただきたく、会員を募集しております。看護職同士がつながり、新たな発見(タグラインであるConnect and Discover)を通して、社会課題解決を一緒に目指しましょう。会員サービスには(1)会員データベース閲覧、(2)オンライン・キャリア相談、(3)交流会などのイベントへの参加などがあります。会員登録はホームページから。皆様のご登録をお待ちしております! *本事業は2023年度に続き「公益財団法人テルモ生命科学振興財団2025年度医療貢献活動助成」を受け実施しています。 【引用文献】1)人生の最終段階における医療・ケアに関する意識調査報告(令和 5 年 12 月).https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/saisyuiryo_a_r04.pdf ;712026/6/30閲覧

民間救急 搬送事例~超高流量の酸素投与をしながら自宅へ~
民間救急 搬送事例~超高流量の酸素投与をしながら自宅へ~
コラム
2026年6月23日
2026年6月23日

民間救急 搬送事例~超高流量の酸素投与をしながら自宅へ~

「最期は自宅で過ごしたい」ーー。そう希望しても、医療的ケアが必要な患者さんが自宅へ戻ることは簡単ではありません。特に、高度な酸素管理が必要な状態では、移動中の安全確保だけでなく、退院後の医療体制まで見据えた準備が求められます。今回は、ネーザルハイフローを使用しながら自宅退院を希望された患者様の搬送事例をご紹介します。病院、訪問診療、訪問看護、ケアマネジャー、そして民間救急がどのように連携し、「自宅で過ごしたい」という願いを支えたのか。その実際をお伝えします。 執筆:藤 健二郎(とう けんじろう)社会人経験を経て看護師となり、済生会福岡総合病院の救命救急センターで勤務。重症患者の看護に従事した後、大学院で看護師のストレスに関する研究を行い、急性・重症患者看護専門看護師を取得。現在は東京女子医科大学病院CCUでの臨床と並行し、ケアプロ株式会社 交通医療事業部長として、重症患者搬送や外出支援など「医療×移動」の分野で事業を展開している。■ケアプロ株式会社「ドコケア」:https://dococare.com/transport民間救急とは?緊急性の低い患者の搬送を行う民間サービスのこと。多くは、消防庁の認可を受けて「患者等搬送事業(一般乗用旅客自動車運送業)」を行っている。 「自宅に帰りたい」という願いを支える搬送 前回の記事では、民間救急が「ただ移動を支援するサービス」ではなく、医療・生活・移動をつなぐ役割を担っていることをお伝えしました。今回は、その具体例として、実際に私たちが対応した搬送事例をご紹介します。 患者様は、高流量鼻カニュラ酸素療法(High flow nasal cannula oxygen therapy:HFNC)の装置(以下「HFNC装置」)を使用して、超高流量の酸素投与をしながら、ご自宅への退院を希望されていました。 病院からご自宅までは車で約10分。一見すると短距離の搬送ですが、超高流量の酸素を必要とする状態であり、搬送前の準備や関係職種との連携、車内での観察と対応が重要となるケースでした。 事前準備と車内での医療的対応 搬送前には、退院前カンファレンスに参加し、病院スタッフ、訪問診療、訪問看護、ケアマネジャーと情報を共有しました。 ご自宅に戻った後も医療が途切れないよう、在宅チームとの連携を確認し、当日の流れを整えました。また、搬送中は弊社所有のHFNC装置を使用するため、酸素ボンベの残量確認や高流量に対応した流量計の準備も行いました。 FiO₂95%、50Lという設定では酸素消費量が非常に多くなるため、短距離であっても酸素不足が起きないよう準備する必要があります。 搬送当日は、車内でもバイタルサインを観察し、呼吸状態に合わせて酸素を調整しました。また、呼吸が少しでも楽になるよう、呼吸法について声かけを行いながら、ご自宅まで慎重にお送りしました。 「自宅で過ごしたい」を支える搬送 ご自宅到着後は、待機していた訪問診療、訪問看護、ケアマネジャー、ご家族へ状態を引き継ぎました。 搬送中は弊社のHFNC装置と酸素ボンベを使用していましたが、ご自宅では同じ酸素量を継続することはできません。そのため、到着後は事前に相談していた方針に沿って、弊社の機器を切り離し、ご自宅で対応可能な最大量の酸素投与へ切り替えました。 そのうえで、訪問診療チームにより苦痛をできる限り和らげるための薬剤調整が行われ、ご家族に見守られながら、ご本人は静かに息を引き取られました。この流れは、搬送後に突然決まったものではありません。 退院前カンファレンスの時点で、病院、訪問診療、訪問看護、ケアマネジャー、搬送チームが集まり、ご本人の状態やご家族の希望、自宅で可能な医療体制を確認したうえで共有していた方針でした。 「最期は自宅で過ごしたい」 その願いを叶えるためには、病院から自宅へ運ぶだけではなく、自宅に着いた後の医療やケアまで見据えた連携が欠かせません。 民間救急は、ただ患者様を移動させる仕事ではありません。医療的な安全を守りながら、その人が望む場所へ移動することを支え、病院から在宅へ医療をつなぐ役割を担っています。 私たちはこれからも、患者様とご家族の想いに寄り添いながら、医療と移動をつなぐ搬送を一つひとつ丁寧に行っていきます。

特集
2026年6月2日
2026年6月2日

腹膜透析患者の在宅移行を支える地域連携――訪問看護師が知っておきたい「仙台モデル」の実践

腹膜透析(PD)患者さんの在宅移行を支えるとき、「この地域では誰と連携すればいいのか」「多職種とどうつながればよいのか」と悩む訪問看護師さんも多いのではないでしょうか。 今回はJMS帝人ホームメディカルケア株式会社のご協力のもと、宮城県仙台市で構築された先進的な地域連携の取り組みをご紹介します。「仙台モデル」が示す病院・在宅医・看多機の連携の形は、チームで在宅PDを支えるヒントが詰まっています。 ※本記事は2026年6月に公開されたものです。法令や制度、関連ガイドラインは変更される場合がありますので、最新情報をご確認ください。 ※本記事はJMS帝人ホームメディカルケア株式会社が制作したパンフレットを転載しています。 地域で支える腹膜透析(PD) 宮城県仙台市では、東北医科薬科大学病院 腎臓・高血圧内科を中心に、在宅医と看護小規模多機能型居宅介護(以下、看多機)施設が連携して、地域で腹膜透析(以下、PD)患者さんを支える「仙台モデル」を構築しています。 いかにして病院・診療所・介護施設の連携(病診介護連携)が構築されたのか、そして実際にどのように運用されているのか。東北医科薬科大学病院副院長の森 建文(もり たけふみ)先生と、セントケア看護小規模仙台中野 所長の川村 一美(かわむら ひとみ)氏にお話をうかがいました。 導入病院における在宅PD推進の取り組み 腎不全の療法選択 森: 当院では腎不全患者さんの療法選択について、「これからどのように生きたいのか」を中心にして検討を始めます。透析が必要になった患者さんの多くは高齢者ですから、どこで誰と暮らしたいのか、どのようなことが生きがいなのか、人生の最後をどのように過ごしたいのかを聞き取って、なるべく実現できるような療法を選択します。 院内で医師や看護師、ソーシャルワーカーや心理療法士もチームに入って、患者さんの要望を聞き取ることもあります。血液透析(以下、HD)のほうが有利であればHDを勧めますが、地域によってはHD施設への送迎がむずかしい場合もあります。また、血液透析困難症の方もいます。PDであれば体にやさしくできることがわかっているので、PDで透析プランを立てることがおのずと増えてきました。 PDをどこで行うのか 森: とはいえ高齢者が自身でPDをすべて完結するのはむずかしく、少し手伝う必要があります。家族が手伝うにしても、負担がかかりすぎては長続きしません。地域の社会資源を利用すれば、訪問看護師、看多機、在宅医と連携しているサービス付き高齢者住宅など、いろいろなシナリオを描くことができます。自宅をベースにして家族がPDを手伝う場合に受けられるサービス、施設に入所してPDを受ける場合など、いくつかの選択肢を提示できます。 病院で療法の説明を受けただけでは理解が追いつかないので、自宅で繰り返し視聴できるように療法の説明動画をWeb上にアップしています。家族といっしょに視聴して、本音で話し合うことも大切です。また、一度決めたとしても、変更は可能です。看多機を試したあとに施設に入ることもあれば、施設に入った方が自宅に帰ることもあります。その間に体の状態も変わってくるので、療法選択はずっと続いているとも言えます。 介護施設の新しい施設がオープンすると、スタッフが足を運んでPD患者さんの退院後の受け入れを依頼することもあります。連携する看多機では、PDの手技指導や術後管理を含めた出口部管理なども行います。PD患者さんを受け入れた看多機では、看取りまで経験すると、この医療が患者さんにとって有益であることをスタッフが理解して、やりがいを感じられるようです。訪問看護師も最初はPDの手技に不慣れでしたが、しだいに手応えを感じてもっと受け入れたいと声が上がるようになってきました。 在宅療法のメリット 森:たとえば認知症の症状が重い方は、病院では長く入院できないことがあります。長く入院していると認知症はさらに重くなり、体が動かなくなり、寝たきりになるリスクが高まります。病院では病気の治療はしますが、その間に高齢者は体の機能が落ちてしまい、しだいに半寝たきりになって、誤嚥性肺炎などで最期を迎えることさえあります。このような場合、できるだけタイムラグなく自宅に帰れる状況をつくったほうが、有利となるケースが少なくありません。不思議なことに、病院にいるときよりも自宅や施設で過ごすほうが、高齢者の体の動きはよくなります。病院では専門のリハビリ担当者がついて、生活動作を保つ訓練をしているのですが、それよりも退院して自宅や施設にいるほうが、高齢者は元気になっていきます。普段の生活リハビリの重要性がうかがい知れます。 患者さんを支える在宅医療 在宅医との連携 森: 治療方針が決まって、治療を継続する在宅医や看多機などのサポート態勢が整うと、在宅療法が始まります。在宅療法に入るときは病院のスタッフが訪問して、在宅医に引き継ぎます。在宅医の先生方は腎臓内科が専門とは限らないので、常に連絡が取れる態勢を整えています。 昨今の在宅医療は多くの薬剤を取り寄せて使用できるうえ、酸素吸入や超音波診断装置など在宅用の機材も増えてきています。病院内でしか行えなかった処置のなかには、在宅で可能になったものもあります。また、終末期の緩和医療は、薬剤の使い方や患者さんの生活状況の把握など、在宅医の先生方のほうが病院医よりもはるかに長けていることもあります。 診療報酬においては、在宅医がPDの管理料を算定した場合、これまでは病院側は算定できませんでした。2026年の診療報酬改定では病院側でも少し算定できる流れになっているので、病診の連携強化につながりそうです。 病診看多機連携と情報共有ツール 森: 私たちのPD地域連携では、病院と在宅医、看多機は常に専用の連絡アプリや電話で連絡を取り合っています。病院内ではこうしたツールの使用が許可されないので、主治医が直接病棟に行って指示を出す必要があります。看多機にはある程度予測されることは事前に打ち合わせがしてあり、急変したときにはオンライン連絡ツールや電話を駆使してタイムラグなく対応しています。施設であれば、連携している在宅医にデジタル連絡手段や電話で連絡して、管理してもらうことも可能です。 2026年4月からは、老人介護施設との連携を強化していきます。特別養護老人ホームとショートステイ、ケアハウスの3形態を運営している施設と近隣のクリニックと提携して、PDに限らず効率よく患者さんをサポートできるシステムの構築を目指しています。 在宅医療への思い 森: 市民公開講座で「みなさんどこで最期を迎えたいですか」と聞くと、たいていは自宅と答えます。ところが8割の方は、病院で亡くなっているのが現状です。われわれの調査によると、事前にしっかりと療法選択をして緩和医療を中心とした在宅医を積極的に手配していた群は、8割が自宅か家族が通える施設で最期を迎えていました。これに対して、普通に病院の外来に通っていた群は、8割が病院で亡くなっていました。つまり、事前にどれだけ準備するかが重要なのです。 これらのことを踏まえて、高齢の患者さんには「病院に長くいないで、早く帰りなさい」と伝えることがあります。家族は心配して「もう少し入院させてください」と言いますが、「長く入院すると患者さんが動けなくなります。早く帰ったほうが元気になります」と説明します。実際に、退院すると元気になる高齢者がたくさんいます。 退院をサポートする看護小規模多機能型居宅介護(看多機) 看護小規模多機能型居宅介護サービスの特徴 川村: 看護小規模多機能型居宅介護(看多機)は2014年に開始された比較的新しい事業で、訪問介護、訪問看護、通い(デイサービス)、泊まり(ショートステイ)の4つのサービスを一体的に提供できる施設です。介護保険で運営されており、要介護1〜5の認定を受けた方が対象となります(要支援は対象外)。住み慣れた地域で、必要なサービスを一体的に提供できる点が特徴で、病院と自宅の中間的な役割を担います。介護報酬は包括報酬(定額制)のため、要介護1の方でも毎日訪問サービスを受けることが可能です。利用者の状態に応じた柔軟なサービス提供ができる点が、看多機の大きな特徴です。 PD地域連携を始めた経緯 川村: 当施設は2017年に開設しました。オープン前に地域のケアマネジャーや病院の連携室の方を招いて施設の内覧会を開いたところ、東北医科薬科大学病院の連携室の方から「PD患者さんの退院後の受け入れ先がない」と聞きました。私たちセントケアの基準では、人工呼吸器以外の医療行為であれば受け入れられます。看護師の在駐時間は7時〜19時で、それ以外の時間帯はオンコール態勢のため、定期的な医療行為が時間内に行えるのであれば対応は可能です。開設時の看護師にPD経験者はいませんでしたが、地域にニーズがあれば対応したいと受け入れを決めて、病院と勉強会を重ねて準備しました。2017年10月からPD患者さんの受け入れを開始して、以来常に4〜5名の登録者がいます。2026年2月までに、のべ18名のPD患者さんを受け入れています。 PD患者さんの在宅移行支援 川村: 東北医科薬科大学病院からの紹介患者さんがほとんどです。退院が決まると病院でカンファレンスが開かれて、病院側は主治医、病棟看護師、退院支援看護師、在宅医側は看護師、窓口担当者、看多機からはケアマネジャーと看護師が出席して情報共有します。患者さんや家族は、介護と看護を複合的に提供する看多機のサービスがよくわからない方が多いので、まずは見学に来てもらって退院後の不安を聞き取ります。 看多機の基本は自立支援なので、患者さんがPDの手技をどこまでできるか、家族はどこまでサポートできるか、不安に思うのは何か、全方向から見て、退院直後にどこで過ごすかを調整します。家族がPDに不安を抱えている場合は、患者さんが看多機に泊まって、家族には通ってもらって手技を伝えます。あるいは患者さんが自宅に帰って、毎日看多機に通ってPDの手技を覚えることもあります。病院には「手技は2〜3回教えてもらえれば十分で、100点ではなくてもセントケアへ送ってください」と伝えてあります。在宅になれば、長期的な視点で私たちがサポートします。トライ&エラーを繰り返しながら、高齢でも徐々にPDができるようになる方もいます。 在宅PDのメリット 川村: 病院で病衣を着てベッドで横になっている時と、自宅に帰って私服で看多機に通う時とでは、同一人物とは思えないほど様子が違う方がいます。血液データだけを見ると驚くほど悪い数値なのに、在宅PDを受けて生き生きと過ごす方が少なくありません。それは「在宅の力」、家で過ごすことによる力です。 在宅PD実践の現場から 在宅PDを実践している患者さんや家族の声 川村: 新型コロナウイルス感染症の流行下では、病院に入院した患者さんとの面会が制限され、手技の指導も制限がありました。家族に会えないのはさみしいという理由で在宅PDを選択する方が増えて、家族に手技を指導して、そのままずっとサポートして看取りまでしたケースもありました。パンデミックを契機に、在宅医療のあり方はずいぶん変化した印象があります。高齢夫婦の事例では、94歳の男性で毎日看多機に通ってPDを行い、手技もしっかりしている方がいました。週2回は自宅PDを体重スケールでできるようになりましたが、奥さんの不安が強いようすでした。「奥さんの仕事は、ご主人の具合が悪くなったときに看多機に電話をかけるだけですよ」という声掛けで、なんとか受け入れてくれました。患者さんや家族で完璧に手技ができなくても、私たちがフォローします。家族のレスパイト(一時的な休息・介護負担の軽減)も私たちの重要な役目です。 森: PDは身体への負担が比較的少ない療法です。寝たきりに近く、経口摂取が困難な患者さんでも、最低限のPDのみで生命維持が可能な方が多くいます。なかには全身状態が改善し、食事摂取が可能となって趣味に取り組めるようになった方や、家族と釣りに出かけられるようになった方もいます。眠るように最期を迎える方が多く、家族が気づかないうちに「息を引き取っていました」という連絡も少なくありません。 在宅医療・在宅介護には、患者さんと家族双方に大きな満足感をもたらす力があります。介護をやりきったという納得感が共有されることで、看取りの場面でも家族が穏やかに見送ることができます。本人が満足して最期を迎えられたと周囲が実感できることは、在宅医療の大きな意義です。自宅ベースでPDを続けるうえでは、看多機は最強のサポーターです。セントケアは全国の拠点でPDを受け入れるそうなので、今後は在宅PDの全国的な広がりを期待したいと思います。 まとめ 仙台モデルは、病院・在宅医・看多機が緊密に連携することで、高齢PDの患者さんが「住み慣れた地域で最期まで生きる」選択肢を広げた先進的な取り組みです。 訪問看護師や在宅医療に関わるみなさんにとって、看多機との連携がPD患者さんの在宅生活を支える力になることを、森先生と川村氏の言葉が示しています。 在宅医療の現場では、医療・介護・家族がつながることで「在宅の力」が生まれます。PDという医療行為を在宅で続けるためのチームケアのモデルとして、この仙台モデルが全国各地へと広がることを願っています。 「事前にどれだけ準備するかが重要」という森先生の言葉は、訪問看護師の皆さんにとっても同じではないでしょうか。PD患者さんが在宅で安心して生活を続けるために、地域のチームとつながることの意味を、仙台モデルが示してくれています。 「在宅×透析シリーズ」では、腹膜透析の基礎知識からトラブル対応、セルフケア指導まで、現場に役立つ情報を発信しています。ぜひ合わせてご覧ください。 森 建文(もり たけふみ)東北医科薬科大学病院 副病院長・腎臓内分泌内科 科長/東北医科薬科大学 内科学第三(腎臓内分泌内科)教授、医学博士。日本腎臓学会腎臓専門医・指導医、日本透析医学会透析専門医、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本高血圧学会高血圧専門医・指導医川村 一美(かわむら ひとみ)セントケア看護小規模仙台中野 所長

漫画「わたしらしさを、ともにつくる」
漫画「わたしらしさを、ともにつくる」
特集
2026年5月26日
2026年5月26日

大賞エピソード漫画化!「わたしらしさを、ともにつくる」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「第4回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。大賞を受賞したのは、OUR訪問看護ステーション(宮崎県)の中田 富久さんの投稿エピソード、「わたしらしさを、ともにつくる」です。 今回は、大賞エピソードを『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』著者の広田奈都美先生に、全11ページの漫画にしていただきました。ぜひご覧ください! >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2026】つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞【2026】 漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。>>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1)投稿者: 中田 富久(なかだ とみひさ) さんOUR訪問看護ステーション(宮崎県)正直に申し上げると、嬉しさと同時に、どこか身の引き締まる思いがあります。 私たちの仕事は、誰かの病や困難と向き合うことから始まります。 訪問看護は、病を抱えながらも「その人らしく生きる」ための一つの選択肢です。 医療を届けることが目的ではなく、その人の生活を支えることが本質だと考えています。今回の受賞をきっかけに、訪問看護という仕事を一人でも多くの方に知っていただき、必要とする方のもとにこの選択肢が届くことを願っています。 >>「第4回 みんなの訪問看護アワード」特設ページ [no_toc]

看護師同乗の「民間救急」とは? 要望に応え、不測の事態に備える仕事
看護師同乗の「民間救急」とは? 要望に応え、不測の事態に備える仕事
コラム
2026年5月26日
2026年5月26日

看護師同乗の「民間救急」とは? 要望に応え、不測の事態に備える仕事

病気や障害などによって「移動の壁」に直面する人は多く、公的支援だけでは不十分な現状があります。そうした課題の中で注目されているのが、医療的ケアを伴う移動を支える「民間救急」です。本記事では、ケアプロ株式会社 交通医療事業部長の藤 健二郎氏に、民間救急の調整や事前対応の実際を紹介いただきます。 執筆:藤 健二郎(とう けんじろう)社会人経験を経て看護師となり、済生会福岡総合病院の救命救急センターで勤務。重症患者の看護に従事した後、大学院で看護師のストレスに関する研究を行い、急性・重症患者看護専門看護師を取得。現在は東京女子医科大学病院CCUでの臨床と並行し、ケアプロ株式会社 交通医療事業部長として、重症患者搬送や外出支援など「医療×移動」の分野で事業を展開している。■ケアプロ株式会社「ドコケア」:https://dococare.com/transport民間救急とは?緊急性の低い患者の搬送を行う民間サービスのこと。多くは、消防庁の認可を受けて「患者等搬送事業(一般乗用旅客自動車運送業)」を行っている。 「民間救急=ただの移動」という誤解 民間救急と聞くと、多くの人は「病院から病院へ、患者を運ぶだけ」「タクシーの延長みたいなもの」と思うかもしれません。 しかし、実際は大きく異なります。そこにいるのは、以下のような患者さんです。 認知症で環境が変わると混乱してしまう人 痙攣のリスクを抱えた人 ALSなど、呼吸や意思伝達に制限がある人 心不全で、今この瞬間も循環動態が揺れ動いている人 こうした患者さんを、医療的ケアを行いながら安全に移動させるのが民間救急です。 状態を安定させながら搬送する たとえば、こんなケースがあります。 末期の心不全で入退院を繰り返している80代の男性。「地元に帰りたい」という強い希望があり、東京から九州へ搬送することになりました。この方は、強心薬と利尿薬を持続投与しながら、身体の状態を維持していました。 つまり、単純に移動するだけではなく、 薬剤の持続投与 バイタルサインのモニタリング 急変リスクへの対応 を行いながらの搬送です。 こうした医療的ケアは、すべて主治医の指示のもとで事前に準備し、搬送中も治療が途切れないように設計しています。さらに今回は、患者さんから「道中で大阪の親戚に会いたい」という希望があり、バリアフリーのホテルを確保して1泊することになりました。宿泊中も医療管理が継続できるよう、必要な薬剤や機器を事前に整え、万が一に備えて近隣の医療機関とも連携をとった上で対応をしました。 予測できないことが起きる前提で動く 慣れない環境で、その患者さんは夜間にせん妄を発症しました。点滴を抜こうとする、落ち着かない、指示が通らない。こうした状況は珍しくありません。 持参していた薬剤を使用しながら対応し、なんとか朝を迎えました。しかし、ここで重要なのは「対応できたこと」ではなく、“対応できる前提で準備していること”です。 万が一に備え、移動経路にある医療機関へ事前連絡 薬剤は搬送終了までもつ量を準備し、事前に医師の指示書を取得 宿泊施設の選定と動線確保 患者と家族、医療者、交通手段の調整 これらをすべて整えたうえで、はじめて「移動」が成立します。 民間救急は「見えない調整」の積み重ねで成り立つ 実際の現場では、 新幹線の座席調整 車いすやストレッチャーの導線確保 タクシーや介護車両の手配 患者の状態に応じた人員配置 など、無数の調整が同時並行で進みます。 しかもそれらは、患者の状態によって常に変化します。 つまり、民間救急とは「医療・生活・移動を同時に成立させる仕事」なのです。 * * * 民間救急は、「ただ運ぶ仕事」ではありません。むしろ、その人の人生の続きをつなぐ仕事です。もし、移動を理由に何かを諦めている患者さんや家族がいるなら、こうした選択肢があることを、知ってもらえたら嬉しいです。

心不全の緩和ケアがよく分かる 症状・治療・在宅支援のポイント
心不全の緩和ケアがよく分かる 症状・治療・在宅支援のポイント
特集
2026年3月24日
2026年3月24日

心不全の緩和ケアがよく分かる 症状・治療・在宅支援のポイント

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるために、訪問看護師が知っておきたい知識・視点を整理します。今回のテーマは「心不全」。息切れや浮腫、倦怠感など心不全特有の症状とその観察ポイント、薬物治療やアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を含む在宅での支援について、東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所の藤田真奈先生に分かりやすく解説していただきます。 心不全とは 心不全診療のガイドラインでは、次のように定義されています1)。 心臓の構造・機能的な異常により、うっ血や心内圧上昇、およびあるいは心拍出量低下や組織低灌流をきたし、呼吸困難、浮腫、倦怠感などの症状や運動耐容能低下を呈する症候群 また、2017年10月31日には、日本心不全学会と日本循環器学会が、国民向けの定義として以下のように合同で記者発表しました2)。 心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気 心不全の分類として代表的なのが、左室の収縮機能(EF:駆出率)によるものです。 ●HFrEF:EFが低下した心不全●HFpEF:EFが保たれた心不全●HFmrEF:EFが軽度低下した心不全●HFimpEF:EFが改善した心不全※特に重要な分類を太字にしています。 最近増えている高齢者の心不全では、HFpEFが多いことが特徴です。 心不全の主な症状 心不全では主に「肺うっ血」「体うっ血」「低心拍出・組織低灌流」の3つが原因となり、さまざまな症状が現れます。それぞれの原因によって、次のような症状がみられます。 ●肺うっ血息切れや呼吸苦など●体うっ血下肢を中心とした全身の浮腫、腹部膨満感、食欲低下など●低心拍出・組織低灌流疲れやすさ、倦怠感、めまい、失神、認知機能の低下、せん妄など 心不全末期ではこれらの症状が重なり、不安や不眠が加わることで、より多様な症状となって患者さんを苦しめます(表1)。実際、末期には6~7種類の症状を有するという報告もあります3)。 表1 終末期における身体および精神症状 症状がん(%)心不全(%)倦怠感23~10042~82痛み30~9414~78悪心・嘔吐2~782~48呼吸困難16~7718~88不眠3~6736~48せん妄・認知機能障害2~6815~48抑うつ4~806~59不安3~742~49文献4)を参考に作成 なお、こうしたさまざまな症状が起こる末期であっても、心不全の場合、症状緩和と並行して病態の改善をめざした治療もできる限り継続します(治療の詳細については後述します)。 症状の分類にはNYHA心機能分類(表2)があります。訪問看護が必要な患者さんはNYHAⅢ度以上の方が多いですが、苦しみの程度や日常生活にどのような影響が出ているかは個々で異なります。そのため、実際の生活状況を見ながら、丁寧に評価することが重要です。 表2 NYHA心機能分類 NYHA Ⅰ   通常の心不全に起因する身体活動の制限はない。NYHA Ⅱ安静時には快適であるが、日常的な身体活動で心不全に起因する症状(呼吸困難、疲労、ふらつき)がわずかにみられる。NYHA Ⅲ安静時には快適であるが、日常的な身体活動以下で心不全の症状がみられる。NYHA Ⅳ 安静時にも心不全の症状がみられる。文献5)を参考に作成 心不全の進行の特徴 心不全は、急性増悪と治療による部分的な回復を繰り返しながら、徐々に進行していきます。急性増悪時にそのまま死に至ることもありますし、また致死的不整脈で突然死する可能性もあり、がんと比較すると予後の予測が困難です。 心不全患者の観察ポイント:変化に注目 バイタルサインは必須の確認指標ですが、「体重」も重要です。一般的に1週間で2kg以上の増加があると、生理的な体重増加を超えている可能性があります。その場合には、食事量の変化や息切れの有無を確認します。また、呼吸の様子(起座呼吸の有無、呼吸補助筋の利用の有無など)を観察しながら、慎重に身体所見をとりましょう。観察ポイントは以下のとおりです。 不整脈の有無 下腿浮腫の程度 頸静脈(特に内頸静脈)の怒張 肝腫大の有無 四肢冷汗の有無 聴診における湿性ラ音や過剰心音(Ⅲ音・Ⅳ音)、心雑音の有無 など 大切なのは「いつもと違う所見か」「安定時と比較して、新たに出現もしくは増悪している所見なのか」という視点です。なお、長期の低心拍出により悪液質や筋量減少をきたし、体重減少を生じる場合もあります。体重の増加だけでなく、減少にも注意が必要です。 心不全の治療 心不全の治療は、病態改善のための積極的治療と、症状緩和のための治療を並行して行っていきます(図1)。ここでは主に薬物治療について述べます。 図1 心不全の緩和ケアモデル 【参考】がんの緩和ケアモデル 文献6)を参考に作成 心不全の場合、緩和ケアと並行して、病態の改善をめざした積極的治療もできる限り継続される。 病態改善を目的とした薬物治療 代表的な薬には以下のようなものが用いられます。 ACE阻害薬:エナラプリル、カプトプリル、イミダプリル アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB):ロサルタン、カンデサルタン、アジルサルタン アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI):サクビトリルバルサルタン ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA):スピロノラクトン、エプレレノン β遮断薬:カルベジロール、ビソプロロール SGLT2阻害薬:ダパグリフロジン、エンパグリフロジン こうした薬を、患者さんの病状や病態、血圧や心拍数、血液検査結果などを見ながら調整していきます。また、病態改善薬は心不全末期でも継続することが原則ですが、血圧低下や心拍数低下が患者さんの苦痛につながる場合は、減量や中止を検討することもあります。 症状緩和を目的とした薬物治療 代表的な薬剤は利尿薬です。【主な薬剤】 ループ利尿薬(フロセミド、アゾセミド、トラセミドなど) 【上記薬剤で効果が不十分な場合に併用される薬剤】 サイアザイド系利尿薬(トリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジドなど) バソプレシンV2受容体拮抗薬(トルバプタン) また、前述したMRAやSGLT2阻害薬にも利尿作用があります。 利尿薬は浮腫や胸腹水の軽減に有効ですが、漫然とした使用は脱水や腎機能低下、電解質異常、血圧低下にもつながるため、避けるべきです。 その他にも状況に応じて以下の薬剤を使用します。 低心拍出、組織低灌流による症状:経口強心薬(ピモベンダン、ドカルパミンなど) 治療抵抗性の呼吸苦:少量のオピオイド(心不全で使用可能なオピオイドとしてコデインリン酸塩、塩酸モルヒネがあります) 不安症状や不眠症状:抗不安薬や睡眠薬(非ベンゾジアゼピン系睡眠薬やメラトニン受容体作動薬等が望ましいです) さまざまな治療やケアでも耐え難い苦痛が残存する場合は、多職種で検討し、患者さんやご家族と十分に話し合った上で、鎮静薬の使用も検討します。 薬物治療以外の治療・ケア 薬物だけでなく、以下のような介入も有効かつ重要です。 心臓リハビリテーション 非侵襲的陽圧換気療法(NPPV) 在宅酸素療法(HOT) 心負荷が軽減される食生活や生活環境の調整 高齢者の心不全へのアプローチ 最近、急増している高齢者の心不全では、認知症や悪性疾患、骨折後のADL低下、独居、フレイルなど、心臓以外にもさまざまな疾患や問題を多く合併していることも特徴です。これらは心不全の治療・管理だけでは解決しないことも忘れてはいけません。 訪問看護師が大切にすべき視点と役割 患者さんの在宅生活を捉える視点 訪問看護師は、患者さんの在宅生活を見ることで、心不全が患者さんの生活にどれくらい影響しているのか、日々の生活で何に困っているかを直接見て把握することができます。そして、それを在宅チームに還元し、改善策をチームで話し合うことができます。訪問看護師の適切な観察と評価は、患者さんのQOLの改善に直結します。 ●食事や内服状況の評価例えば、高血圧が続いている心不全の方の食生活が塩分過多になっていることに気付いた場合、栄養指導や配食弁当の導入で改善が期待できます。また、服薬管理ができていないことが分かった場合には、訪問薬剤指導の導入や薬の一包化、服薬回数の調整(1日1回への整理)などで改善するかもしれません。 ●住環境の評価階段昇降やトイレの様子、手すりやベッドの有無など、在宅生活における患者さんの心負荷の程度を評価します。その情報をもとに改善策を、医師やリハビリ、介護スタッフと共有し、話し合うことで、心不全患者さんの在宅生活は確実に向上します。 ●アドバンス・ケア・プランニング(ACP)への取り組み心不全は予後予測が難しい疾患です。だからこそ、日々の生活の中で患者さんの意思や価値観を理解し、終末期も含め、将来どのような医療・ケアを受けたいのか、人生の最期の時間をどうやって過ごしたいのかを、患者さんの気持ちに寄り添いながら、ともに考えていきます。医師やほかのチームメンバーと情報共有・協力しながら意思決定支援を行っていくことも重要です。 訪問看護師が築く信頼と安心 もちろん医療者であっても、患者さんの私生活や個々の事情に自由に踏みこんでよいわけではありません。少しずつ信頼関係を築きながら患者さんの気持ちを理解し、生活を改善するために必要な情報を得ていくことが重要です。 大切なのは、患者さんの病状や状況を理解し、患者さんに寄り添い、安心してもらうことです。心不全の薬や治療にはさまざまなものがありますが、状態をよく分かっている訪問看護師が、患者さんの話を傾聴したり、背中をさすったりするだけで、苦痛や症状が緩和されることはよくあります。看護師の寄り添いとケアには、大きな力があると感じています。 まとめ 日本の心不全患者数は、2030年には約130万人に達するといわれています7)。入院ベッドの不足やコロナ禍を経て、在宅で療養する心不全患者さんも増加の一途をたどっています。 そのような中、訪問看護師の存在は極めて重要です。訪問看護師が中心的な役割を担い、医師や理学療法士、ヘルパー、ケアマネジャー、薬剤師、栄養士などと協力し、多職種連携による「在宅ハートチーム」をつくることが求められています。訪問看護師がハブとなって情報共有と多職種との協力を続けながら、患者さんに寄り添い、患者さんやご家族が安心して在宅療養生活を送れるように応援・サポートします。こうした支援の輪を広げていくことは、多くの心不全患者さんを救うことになるでしょう。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)ACP:advance care planning(アドバンス・ケア・プランニング)EF:ejection fraction(駆出率)HFrEF:heart failure with reduced ejection fraction(EFが低下した心不全)HFpEF:heart failure with preserved ejection fraction(EFが保たれた心不全)HFmrEF:heart failure with mid-range ejection fraction(EFが軽度低下した心不全)HFimpEF:heart failure with improved ejection fraction(EFが改善した心不全)NYHA:New York Heart Association(ニューヨーク心臓協会)ACE:angiotensin converting enzyme(アンジオテンシン変換酵素)ARB:angiotensin II receptor blocker(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)ARNI:angiotensin receptor neprilysin inhibitor(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)MRA:mineralocorticoid receptor antagonist(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)SGLT2:sodium glucose cotransporter 2(ナトリウム・グルコース共輸送体2)NPPV:noninvasive positive pressure ventilation(非侵襲的陽圧換気療法)HOT:home oxygen therapy(在宅酸素療法)ADL:activities of daily living(日常生活動作)QOL:quality of life(生活の質) 執筆:藤田 真奈東京ふれあい医療生活協同組合 オレンジほっとクリニックふれあいファミリークリニック、梶原診療所高知大学医学部を卒業後、自治医大病院で初期研修を行う。一般内科・循環器内科の修練を積んだ後、在宅医療の世界へ。独居や認知症を合併した高齢心不全の方たちが一人でも多く心地よい在宅生活を送れるよう、日々患者さんと向き合っている。資格:循環器内科専門医・在宅医療専門医・総合内科専門医・認知症サポート医 編集:株式会社照林社 【文献】1)日本循環器学会,日本心不全学会,日本心臓病学会,他:2025年改訂版 心不全診療ガイドライン.日本循環器学会.2025:19.https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2025/03/JCS2025_Kato.pdf2025/10/23閲覧2)日本循環器学会,日本心不全学会:『心不全の定義』について.https://www.j-circ.or.jp/five_year/teigi_qa.pdf2025/10/23閲覧3)Nordgren L,Sörensen S:Symptoms experienced in the last six months of life in patients with end-stage heart failure.Eur J Cardiovasc Nurs 2003;2(3):213-217.4)Moens K,Higginson IJ,Harding R:Are there differences in the prevalence of palliative care-related problems in people living with advanced cancer and eight non-cancer conditions? A systematic review.J Pain Symptom Manage 2014;48(4):660-677.5)Heidenreich PA,Bozkurt B,Aguilar D,et al:2022 AHA/ACC/HFSA Guideline for the Management of Heart Failure: A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Joint Committee on Clinical Practice Guidelines.Circulation 2022;145(18):e895-e1032.6)Gibbs JS, McCoy AS, Gibbs LM, et al. Living with and dying from heart failure:the role of palliative care. Heart 2002;88(Suppl 2):ii36-ii39. 7)Okura Y,Ramadan MM,Ohno Y,et al:Impending epidemic: future projection of heart failure in Japan to the year 2055.Circ J 2008;72(3):489-491.

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