多職種連携に関する記事

地域住民の心身の健康のために【訪問看護認定看護師 活動記/東北ブロック】
地域住民の心身の健康のために【訪問看護認定看護師 活動記/東北ブロック】
コラム
2024年1月23日
2024年1月23日

地域住民の心身の健康のために【訪問看護認定看護師 活動記/東北ブロック】

全国で活躍する訪問看護認定看護師の活動内容をご紹介する本シリーズ。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会 東北ブロック、戸崎 亜紀子さんのご登場です。訪問看護師になったきっかけや、東日本大震災のご経験、地域のニーズに向き合う活動、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の啓発活動などをご紹介いただきます。 執筆: 戸崎 亜紀子星総合病院 法人在宅事業部長/在宅ケア認定看護師総合病院で急性期看護を経験した後、育児・介護のため一時退職。クリニック勤務を経て星総合病院に入職し、精神科病棟を経験した後、訪問看護ステーションへ。訪問看護ステーション管理者、在宅事業部事務局長、法人看護部長を経て、現職。2009年~ ポラリス保健看護学院 非常勤講師(在宅看護論)2012年~2021年 福島県訪問看護連絡協議会 理事、副会長2015~2016年 福島県看護協会 施設・在宅看護師職能委員会2016年~ 郡山医師会 在宅医療介護連携推進特別委員会メンバー2021年~ 日本訪問看護認定看護師協議会 理事2022年~ 感染管理認定看護師教育課程開設準備 東北ならではの在宅看取り実践事例を紹介 まずは、訪問看護認定看護師協議会の東北ブロックについてご紹介します。東北ブロックの会員数は10名です(2024年1月現在)。少ない人数ですが、年に2回は仙台に集合して研修を行ってきました。近年はオンラインでのミーティングや研修もできるようになり、交通費や移動時間の心配がないぶん、より活動しやすくなっています。 2021年に、協議会では日本財団支援事業として全国 各ブロックで「在宅看取りを実践できる訪問看護師の育成事業」に取り組みました。東北ブロックの私たちもオンラインでの打ち合わせを重ね、研修当日は東北の訪問看護師86名に対して、東北ならではの実践事例を紹介。それを踏まえたディスカッションも行うことができました。これは、認定看護師として力が発揮できたと実感でき、自信になる取り組みでした。 ※参考日本訪問看護認定看護師協議会「2021年度日本財団支援事業(遺贈基金) 在宅看取りを実践できる訪問看護師の育成プロジェクト」 東北ブロック活動報告(PDF) ブロック活動では、悩みや境遇が近い認定看護師同士でディスカッションでき、刺激を受けることや励まされることが多くあります。今後もっと仲間が増えることを切に願っています。 「家に帰りたい」患者さんのために さて、ここからは私自身の経験や活動内容についてもお話ししていきたいと思います。 私が訪問看護を始めたきっかけは、当時ナースバンク(現福島県ナースセンター)からお知らせのあった「訪問看護婦養成講座」です。「ブランクの不安解消になるのでは」という安易な気持ちで参加したのですが、その講座で介護保険や訪問看護制度を知ったことが、私の転機になりました。 急性期病院で働いていたとき、「家に帰りたい」と言いながら病棟で息を引き取っていった終末期の患者さんたちを数多く看てきましたが、仕方のないことだと思っていました。それが「今の時代なら自宅に帰してあげられるんだ」と知り、衝撃を受けたのです。 「ぜひ訪問看護をしたい」と現在勤めている法人に就職し、病棟で精神科看護を経験したのち、訪問看護ステーションに異動となりました。精神科訪問看護や介護保険での高齢者の訪問、在宅看取りに携わりました。 3.11東日本大震災を経験。災害への想い 私が訪問看護認定看護師になったのは、訪問看護ステーションに勤めて4年目の2010年のこと。退院調整でがん性疼痛看護認定看護師と協働する機会があり、彼女に大きな刺激を受け、44歳で認定看護師になったのです。 学んだことを活かしてより深くアセスメントできるようになり、やりがいをもって活動していた矢先、2011年に東日本大震災と原子力発電所の事故が起きました。当地は津波こそない地域でしたが、震度6弱の揺れにより自宅が全壊判定となる被害を受け、余震と放射能の恐怖や先の見えない不安のなか、無我夢中で日々を送りました。 星総合病院 被災写真(2011年3月12日撮影)。スプリンクラーが作動し、二次被害も危惧されたため、300人以上の患者さんは全員避難。当日のうちに、法人の関連病院や地域の急性期病院に振り分けた そのような状況下で私が前を向くことができたのは、認定看護師教育課程の先生や同期の仲間、その他大勢の方々が心を寄せてくださったおかげです。そして、自分の看護を待っている方がいることも、大きな支えでした。突然病気や障害を抱えることになった患者さんの気持ちと、突然被災した自分を重ねることも度々ありました。被災者になってみて、看護のもつ力、例えばそばにいること、見通しに関する情報を提供すること、関心を寄せ続けることなどが大きな力になると実感し、この経験から数多くのことを学びました。 実は震災の2年前、「宮城県沖地震(1978年)が再来する確率80%以上」といわれていました。そのため、当時所属していた部署で阪神・淡路大震災や新潟県中越地震が起きた際の訪問看護ステーションの事例を読み合わせし、対策を検討する機会を持ちました。この会を通じて、電話がつながらなくなり安否確認に苦労した話や、波打った道路や崩れた塀などで夜間の訪問が危険になった話を知り、当時できることを検討して取り組みました。そのうちのいくつかは、東日本大震災の時に現実に。「念のため」と思って対策していたことが、まさかこれほど短期間のうちに役に立つとは、思いもよりませんでした。 近年は「想定外の災害」「命を守る行動を」といった言葉を、頻繁に耳にするようになりました。新型コロナウイルスのパンデミックも災害といえます。「大丈夫だろう」ではなく、「起きるかもしれない」と自分事として考えておくこと。そしてBCPを作成しておくこと。私はこれらの大切さを、身をもって実感しています。 今年度(2023年度)に日本訪問看護認定看護師協議会がBCP作成支援事業に取り組むことになり、私は担当理事になりました。BCP作成に対して億劫なイメージを持たれる方もいらっしゃるかもしれませんが、本当に役に立ちますし、必要なものです。参加した事業所のBCP作成をしっかりと支援すべく、委員一同本気で取り組んでいます。 地域のニーズに応え、幅広く活動 訪問看護ステーションに勤めている間に、所属する法人が「看護師特定行為研修機関」になり、私も研修を受講できました。地域で働く看護師こそ、これにより裁量権が増えて活躍できるのではと、心躍りました。 ※参考:公益社団法人 日本看護協会 「特定行為研修制度とは」 当時、当法人では「医療機関ではあるが、もっと地域のニーズを拾い、できることをしよう」と在宅事業部事務局を創設することになりました。そこに私が異動することになり、「法人の看護職がもっと地域のニーズに向き合い、看護の視野を広げ活躍できるように」という想いを抱きながら、法人在宅事業部事務局長に就任しました。総合病院に籍を置きながら、現在でも地域の方々と数多くの接点を持ち、「つながっていく」ための活動をしています。 「懸け橋メイトミーティング」 2019年、星ヶ丘福祉タウンでの懸け橋メイトミーティングの様子 市内地域の訪問看護ステーションや病院の退院調整担当者、そしてケアマネジャーを巻き込んで、多職種連携研修を行っており、「顔の見える」関係構築につながっています。 コロナ禍もオンラインやハイブリッド方式で継続し、年に3回程度実施しています。 「どこでもメディカルセミナー」 特別養護老人ホームにて演習付き講義を行った際の様子 地域の医療介護従事者に向けた出張型研修プログラム。地域との連携強化につながっています。申込者と職員とのマッチングをし、研修をコーディネートをしています。 「オレンジカフェ☆キラリ」 オレンジカフェにて人生会議に関する健康教室を開催した際の様子 認知症疾患医療センターと連携した認知症カフェの取り組みです。星総合病院の敷地内で、原則月に2回開催しています。 複数の専門職やボランティア、学生等が参加しており、健康体操、健康講座などのイベントをあわせて開催しています。 2019年のお花見ツアー企画 カフェ常連の認知症当事者の方と介護者・スタッフとで、お花見ツアーも行いました。 写真に写っている認知症当事者の方(右)の一言が発端で、お花見が実現しました。 コロナ禍で中断したものもありますが、これら以外にも精神科の患者さんやお子さんを対象としたイベントも含め、数多くの取り組みを行ってきました。 こうした活動を通して、地域住民の方がぽつりぽつりと健康相談・介護相談・認知症の相談をしてくださるようになりました。見知らぬ人同士が出会って、信頼関係ができ、いろんなつながりができる。訪問看護の経験が大きく活きる活動でした。 「あなたらしい生き方」を支えるために 最後に、私が注力してきたACP(アドバンス・ケア・プランニング)に関する活動もご紹介します。 これまで、たくさんの高齢者や終末期の利用者さん、そのご家族との出会いがありましたが、皆さんそれぞれに文化や思いがあります。こちらの常識で決めつけてはいけないということ、看護職が行う情報提供の必要性や、看護職だからこそできる情緒的なサポートの重要性、そして、看取り支援をするためには、ヘルパーやケアマネジャーと情報を共有し、チームで利用者さんとご家族を支えることがとても大切なのだと学びました。 患者さんや地域住民だけでなく、病院職員も含めたすべての人にACPの啓発活動をしていくべきとの思いから、2018年に法人内の事務職やセラピスト、医師も含めACPプロジェクトチームを創設しました。 ACPプロジェクトチームは少しずつ活動を広げ、今も法人各施設から多職種を委員として選出して定例会を実施しています。全職員向けの研修会、新入職員研修での「もしバナカードゲーム」を用いたACP啓発活動や、地域住民向けの出前講座なども行っています。2020年にはACP啓発ツール「未来への手紙」~ACPのすすめ~の作成と配布を開始しました。 参考: 公益財団法人 星総合病院 ACPプロジェクトチーム Webサイト(「未来の手紙」のダウンロードも可能) 2017年の職員向け「もしバナカードゲーム」体験会の様子 社会資源として、地域住民の健康を支える 色々と立場は変わってきましたが、私の活動の判断基準は常に「そのことが地域住民の心身の健康につながるか」です。 人生において「入院患者」としての期間はほんの一部分で、その前後は「生活者」です。私たちが提供する医療や看護は、その方のQOLを良くすることにつながらなければいけないと思っています。当法人は「病気を治療するだけでは人は健康に暮らすことができない。地域が必要とする救急医療・高度医療・専門医療並びに介護・福祉事業の提供をもって地域の公衆衛生の向上に資することを事業として行う」と掲げています。 認定看護師になったばかりの頃、所属法人の理事長から「あなたは社会資源となりなさい」という言葉をいただきました。今後も、自分の言葉、振舞い、活動が少しでも地域住民の健康に暮らすことの一助になるように、活動を続けていきたいと思います。 * * * 最後になりますが、この原稿の校正中に令和6年能登半島地震が発生しました。被災された方々に心からお見舞い申し上げます。当協議会ができる支援を考え続け、何らかの活動をしていきたいと考えています。少しでも安心と安寧の時間が増えていきますように。 ※本記事は、2024年1月時点の情報をもとに構成しています。 編集: NsPace編集部

川崎市初の看多機(かんたき)立ち上げへの想い&やりがい【ゆらりん家】
川崎市初の看多機(かんたき)立ち上げへの想い&やりがい【ゆらりん家】
インタビュー
2024年1月23日
2024年1月23日

川崎市初の看多機(かんたき)立ち上げへの想い&やりがい【ゆらりん家】

「看護小規模多機能型居宅介護」(以下、「看多機」(かんたき))は、医療依存度が高い高齢者や体調が不安定な障害を抱えている人などが、住み慣れた自宅で生活するための介護保険サービスです。特徴は、訪問介護や訪問看護が受けられ、事業所への通い(デイサービス)や宿泊も可能なこと。24時間365日、できるだけ介護者や家族の希望に沿った柔軟で包括的なサービスの提供ができます。 この看多機の先がけが、林田菜緒美さんが神奈川県川崎市麻生区で2013年に開設された「ナーシングホーム岡上」(現・ナーシングホームゆらりん)です。訪問看護ステーションを運営していた林田さんが、川崎市で初めて看多機を立ち上げたのは約10年前のこと。林田さんに、立ち上げ時のお話や現在の想いを伺いました。 「ゆらりん家」について神奈川県川崎市麻生区にある、通い・宿泊・訪問看護・介護の4つのサービスを24時間365日提供するサテライト型の看護小規模多機能型居宅介護施設。急な用事での送迎時間の変更や、泊まりにしたいなど迅速な対応が可能で、登録定員18名、泊まりの個室は5部屋を用意。児童発達支援や放課後等デイサービスも行う「KIDSゆらりん」が併設され、子ども食堂も運営。室内はオープンキッチンやテラスがあって明るく、檜風呂が自慢。毎週日曜日は地域に開放し、あらゆる層の人とつながれる居場所をつくっている。〇プロフィールリンデン代表取締役林田 菜緒美さん福岡県出身。RKB毎日放送で広告営業として勤務後、夫の転勤で神奈川県へ。都立の看護専門学校を卒業し、病院や訪問看護ステーションを経て、2011年にリンデンを設立。「赤ちゃんからお年寄りまでその人らしく生きていく」ためのサポートを目指し、川崎市麻生区で看護小規模多機能型居宅介護事業などを展開。高齢者への生活支援と介護予防の基盤整備を進める地域の調整機能を果たす生活支援コーディネーターとしても活動。2024年には、健やかな社会の実現と国民生活の質の向上を目指し、献身的に活動する人を表彰するヘルシー・ソサエティ賞の医療・看護・介護従事者部門を受賞。 地域のサロンのような場所でありたい —まずは「ゆらりん家」という施設の特徴と、何を目指して運営されているのかを教えてください。 始まりは、2011年4月に、神奈川県川崎市麻生区の岡上という地域に開設した小さな訪問看護ステーションの「ゆらりん」でした。2013年には、在宅で過ごしたいという人工呼吸器などを付けた医療的ケアが必要な方の希望に寄り添いたいと、 「ナーシングホーム岡上」(現・ナーシングホームゆらりん) を開設。その半年後に、ヘルパーステーションと居宅介護支援を併設しました。2016年には「ナーシングホーム岡上」から徒歩圏内に医療的ケア児の通所施設「KIDSゆらりん」を新設し、2018年には地域のあらゆる人々に活用してもらえるサテライト型「ゆらりん家」をスタートさせました。川崎市から小地域における生活支援体制等整備事業の委託を受け、日曜日は地域開放日にして、住民のためのお弁当作りや健康体操などを行っています。あらゆる層の方をサポートしたいと目の前の課題に一所懸命に取り組んでいたら、自然とサービスの幅が広がり事業も拡大していきました。 私たちの施設の特徴は、人工呼吸器や胃瘻といった高度な医療処置が必要な高齢者の看取りまでをサポートできるのはもちろんのこと、近所の方々にとってサロンのような場所であることも大切にしています。例えば、うちに通っている利用者さんに会いたくて、ご近所に住むご高齢者が「こんにちは、〇〇さんいらっしゃる?」とテラスからひょっこりと入ってくる。そんなご近所さんと利用者さんがコーヒーを飲みながらカフェタイムを楽しむサロンのようなイメージです。近くに住む認知症の方が間違って入ってきてもいいですし、小学生が学校帰りに遊びにきてもいい。「誰でも来ていいんだよ」という開かれた居場所をつくり地域のみなさんがつながることで、支え合えます。赤ちゃんから高齢者まで、その人らしく生きることに寄り添える場でありたいと考えています。 ふらっと遊びに来ていたご高齢者やこの職場で働いていた看護師や介護員が、自身の終末期のときにここで看取りのお世話になる可能性だってある。何かあったときに知らない施設よりも馴染みのある場所で過ごせるだけで安心感があると思います。頼れる場所が、小学校の学区内くらいの歩いて行ける場所にひとつあるだけで、自身や家族の介護・看護の不安が随分和らぐように思います。 週1~2回の訪問看護の限界を感じた —看多機を立ち上げた経緯を教えてください。 私は元々福岡でテレビ局に勤務していて、夫の転勤をきっかけに仕事を辞めて、この神奈川県川崎市に引っ越してきました。大病を患っている親戚のもとへお見舞いに行ったとき、患者さんに寄り添う看護師さんの姿を見てなんて素晴らしい仕事だと感動し、30歳で看護学校に入学して資格を取得したんです。訪問看護に興味があったので、県内の病院で経験を積んだ後、訪問看護ステーションの会社で管理者として6~7年働きました。 2011年に自分が住んでいる地域で訪問看護ステーションを始めようと独立し、自宅をリフォームして5人ほどのスタッフで開業しました。でも、胃瘻や吸引の必要があるご高齢の難病の方をサポートしていると、日に1~2時間の限られた時間での訪問看護だけでは限界があると感じました。例えば、胃瘻や吸引が必要なご主人を1人で一生懸命、介護されていた奥様がいらっしゃって、遠方に住むご兄弟が亡くなったときに、医療的ケアが必要なご主人の預け先が見つからず、お葬式に出席できなかったんです。 そんなケースが何件かあり、地域にレスパイト先(在宅介護や医療を受けている人や介護する家族の休養を目的とした短期入院)もない中で、介護する家族の負担も減らすために、高度な医療的ケアが必要な方が泊まれる場所をつくりたいと考えました。ちょうどそのころ、「複合型サービス」がスタートし、いいサービスだな、やってみたいなと思って土地探しを始めました。私のように「泊まれる場所がほしい」と考え、訪問看護ステーションから看多機へと移行し、開業する人は少なくないと思います。 —呼吸器などをつけている方は、デイサービスにも行けないですよね。 そうなんです。せめてデイサービスに行ければ、ご家族も自身の通院といった自分のための時間がつくれる…。訪問看護でできることは本当に限られています。吸引できるヘルパーさんを育てて、「3時間はご主人を診ていられるようにするから、その間にご自身の病院に行ってください!」といった苦肉の策で時間を伸ばすしかなかった。もう少し長く看られればという思いが強くなり、行動につながったと思います。 ―岡上(川崎市麻生区)で開業された理由についても教えてください。 私は福岡から引っ越してこの地で子育てしたので岡上に愛着があり、心が知れたママ友たちがいます。そして、岡上は麻生区でありながら、東京都町田市に囲まれている「飛び地」なんです。あまりバスは走っていないし、市役所や区役所に行くにも電車に乗らなければいけない。そんな不便な地域だからこそ、困ったときに頼れる看多機のような施設が必要だと思いました。 自転車で地主の家を回って土地探し —物件探しなど、事業所開設までのご苦労はありましたか。 訪問看護ステーションならアパートの一室でも始められますが、看多機は広さの規定があったり、スプリンクラーの設置が必要だったりとさまざまなルールがあります。また、川崎市から2000万円ほど助成金を受けましたが、それまで住宅ローンしか組んだことがなかったので(笑)、助成金の手続きのしかたや銀行から融資を受ける方法が分からず、お金に関する勉強もしました。 当時は看多機が川崎市になく申請も複雑だったので、市の担当者も進め方が分からずお互いに不慣れでしたね。4~5回ほど役所に通い、あとはメールや電話で相談しながら進めていきました。 さきほど申し上げた通り、場所は岡上と決めていたんですが、エリアによって建物の規制が結構あるため、なかなかいい土地が見つからなかったんです。ネットで調べても売り物件があまりなく、不動産屋に聞いても適した土地が見つかりにくいと考えたので、町内会長に相談したり、法務局に行って目ぼしい土地の持ち主情報を収集したりして、自転車で回りながら6~7件ほど地主さんの家を周りました。「こんなサービスの施設をつくりたいのですが、土地はないですか?」と直接かけあっていったんです。 「ナーシングホーム岡上」がある場所はもともと雑木林でしたが、規定の広さをクリアし、地主さんのご了承もいただいたので、土地を借りて施設を立てることにしました。不動産で探すのもひとつの手ですが、地域によっては地主さんとお話するほうが、最適な土地が見つかりやすいように思います。 —経営は最初から順調だったのでしょうか。 いえいえ。最初の利用者さんは、インスリン注射が必要な要介護1の車いすを使用している糖尿病のおじいさんが1人だけ。その状態が3~4ヵ月続き、毎日お金の計算ばかりしていて倒産するかもと思いました(笑)。訪問看護が2年目で黒字化してはいましたが、「あと〇ヵ月は大丈夫だな」「もう1回銀行でお金借りなきゃいけないかな」などと経営面ではいつも不安と隣り合わせでした。 当時、看多機の認知度は低かったので、病院のMSW(メディカルソーシャルワーカー)にご挨拶と施設の説明をしに行き、病院からの紹介で少しずつ利用者さんが増えてきました。ケアマネジャーさんにも説明しに行ったのですが、看多機を利用する場合、その施設専属のケアマネに変更する必要があるので、スムーズにいかないこともあって…。でも、一度サービスを受けていただいて実績ができると、ケアマネさんが「この事例なら、『看多機』がいいのでは」と提案してくださることが増え、口コミで広がっていきました。 —サテライトの「ゆらりん家」を開設して5年、看多機を始めてから10年経過されていますが、立ち上げ時以外にご苦労された点についても教えてください。 看多機の認知度をあげ、安定して利用者を確保することや、介護職員の求人などは難渋しましたね。コロナ禍では通いを減らして訪問中心に切り替える、といったこともしながら、事業所は休まずに継続しました。継続するのは大変ですが、それと同時に柔軟に通い・訪問・泊まりを切り替えられるのが看多機の強みだとも実感しました。 また、日曜の地域活動も同様で、休止するのは簡単ですが、要介護予備軍の人たちが孤独になって悪化する恐れもあります。 妻の在宅での看取りを叶えた大学教授 —看多機をやってよかったと思うエピソードはありますか。 難病の奥様を自宅で介護されてきたご主人のエピソードですね。訪問看護やデイサービス、訪問入浴を利用しながら、週1~2回の大学での授業を続けていましたが、病気の進行で入院、人工呼吸器装着となりました。病院からは施設への入居をすすめられたのですが、ご主人は「絶対に家に連れて帰る」とおっしゃって、看多機を利用されることになったのです。ご主人の仕事や用事のある日に、通いと泊まりを週に数回利用され、ご自宅にいらっしゃる日は訪問看護でケアに入り、最期はご自宅で看取られました。ご主人がレスパイトの時間を持てたことで介護疲弊を防げたことはもちろんですが、ご本人もお話しすることはできなかったものの、送迎車から外の景色を見ながら季節を感じたり、事業所のイベントを楽しまれたりと365日自宅のベッドで過ごすより充実した療養生活を送れたのではないかと思います。 今は毎週日曜にご主人がゆらりん家に来てくださって、ボランティアで床掃除をしてくださっています。「『看多機』のような素晴らしいサービスをなぜもっと広報しないんだ!」と応援してくださる。おそらく奥様の思い出話ができる看護師や介護員がいる場所であることも、通ってくださる理由ではないかと思います。グリーフケアにもつながっているのかもしれません。亡くなられた後にボランティアで参加してくださるご家族がいると、病院勤務時代には味わえなかったこの仕事のやりがいや醍醐味を感じます。 また、経鼻経管栄養の利用者さんで、医師からは経口摂取は禁止と言われて退院しましたが、ここで過ごしてケアを受けることで、お鼻の管が取れて最後は普通食を口にできたというご高齢の方もいました。認知症がありましたので、言葉でうまく感情を伝えられなかったのですが、明らかに笑顔が増えました。口から食事ができるって本当に素晴らしいことで、ご家族もうれしそうでした。 >>後編はこちら訪問看護から看多機・生活支援・定期巡回まで。人と地域をつなげるために ※本記事は、2023 年10月時点の情報をもとに構成しています。執筆:高島 三幸取材・編集:NsPace 編集部

社会的処方の課題&重要性
社会的処方の課題&重要性
特集
2024年1月16日
2024年1月16日

社会的処方の課題&重要性 誰がリンクワーカーを担うか

孤立・孤独対策でもある「社会的処方」の取り組みは、イギリスで生まれ、日本でも政策として取り入れられるようになりました。今後ますます重要性を増していくことが予想され、地域で働く訪問看護師にとっても知っておきたいトピックです。前回に引き続き、社会的処方の必要性や課題について見ていきましょう。 >>前回の記事はこちら政府も推進する「社会的処方」 定義&具体例。リンクワーカーは何をする? 日本が抱える課題と社会的処方の必要性 社会的処方は、孤立への対策や健康増進、生活の質(QOL)・ウェルビーイングの向上につながります。ここで、日本が抱えている課題を改めて確認しながら、社会的処方の必要性を確認していきましょう。 世界トップの高齢化率 孤立・孤独問題は先進国共通の課題となっていますが、日本の少子化・高齢化は深刻です。国が行った人口推計によると、2023年9月時点で高齢者人口の割合は29.1%と過去最高を更新。世界の200の国・地域の中でもトップです。高齢化に伴って社会保障給付費の増加も年々問題になってきています。疾病予防や健康増進により社会保障費の削減効果も期待できる社会的処方は、積極的に進めていきたい重要な政策のひとつといえるでしょう。 先進諸国最低の幸福度 国連の調査である「世界幸福度ランキング2023」の結果を見ると、日本は47位。前回よりランクを上げていますが、先進諸国の中では低めです。また、経済協力開発機構(OECD)の「幸福度白書2020(How’s Life?2020)」では、「仕事と生活のバランス」などの項目で他国の平均を大きく下回る結果が出ており、日本人は主観的に自分たちを幸福だと感じとれていないことがわかります。 ハーバード大学では84年にわたる調査・研究結果に基づき、健康で幸せな人生を送るためには「よい人間関係」がカギになると報告しています。元来、日本人は集団生活を営み、地域コミュニティに属する歴史をたどってきており、集団で個を支え合い助け合うという文化がありました。しかし、現代社会においては、核家族化やインターネットの普及が進み、地域との関わりが途絶えがち。社会的処方は、「人との交流」を取り戻すきっかけとなり、幸福度向上につながる取り組みともいえます。 社会的処方の課題 イギリスとは異なる制度 積極的に取り入れていきたい社会的処方ですが、イギリスのしくみをそのまま日本で実践することは難しいとされています。イギリスとの制度上の違いをみていきましょう。 イギリスと日本の医療の違い イギリスでは家庭医(General Practitioner:以下GP)というかかりつけ医が存在し、地域住民は疾患の疑いがある場合はGPに受診するしくみになっています。GPは患者に対して継続的な医療の提供を行うので、患者の生活や習慣に関わる機会が多く、生活における健康上の問題や悩みにも応じます。そのため、GPが地域住民の疾患予防や健康増進を図る司令塔としての役割を担い、リンクワーカーにつなげやすい構造ができているのです。また、医療報酬上、地域の患者が健康になればなるほど評価される基準(「評価ペイメント」)が存在していることも大きいでしょう。 一方、日本の医療制度では疾患の疑いがある時に任意の医療機関にかかります。継続的に医師と疾患や健康上の相談を行う人は多くないでしょう。また、診療報酬は出来高制であり数量評価がメイン。病院経営上なるべく短時間で多くの患者を診療するという傾向になりがちです。 社会的処方を医療や介護の場に導入し定着を図るのであれば、疾病の予防や健康の増進に対してどのように評価を行っていくか、また継続的に患者と関わり合いを持てる構造をどのように形成するかがひとつの課題になってきます。 誰がリンクワーカーになるか 社会的処方の重要な役割であるリンクワーカーを誰が担うか? という点も課題です。イギリスでは基本的に研修を受けた非医療職がリンクワーカーを担っていますが、日本でも同じような立場・職種をつくるのか、すでに存在する何らかの職種にリンクワーカー的役割を付与するのかなどを検討していく必要があります。現状では、どういった方法がよいか全国で試行されている状況です。 例えば、栃木県の宇都宮市医師会では、厚生労働省による「令和3年度 保険者とかかりつけ医等の協働による加入者の予防健康づくり事業(モデル事業)」の一環として、医療機関発の社会的処方の検証を行っています。日常診療の現場で課題に気付いたら、仮想リンクワーカーである地域包括支援センター、ケアマネジャー、社会福祉法人の相談窓口などにつなぐという取り組みをしています。 その他、社会的処方に関心の高い施設では独自にリンクワーカーを置いている民間団体もありますし、市民がリンクワーカー的な働きをするのがよいのではないか、という考えもあります。 川崎市の「暮らしの保健室」や「社会的処方研究所」を営む医師の西 智弘氏は、著書の中で以下のように述べています。 その一方で、孤立の問題が既に表面化しつつある現状において、これからリンクワーカーをいちから養成していき、その数を増やしていこうというのは、明らかに間に合わない。(中略)私たちは、リンクワーカーを「文化」にしていきたい。その方向で、日本に広めていきたい。まちにいる誰もが、つなげるときにつなげる範囲でつないでみる。まちのみんなが「リンクワーカー的」にはたらく社会だ。おせっかいおばさん、顔役おじさんウエルカム。というか地域が三顧の礼で迎えたい、求めてやまない大切な「地域人材」だ。西 智弘編著『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(学芸出版社) P.64 ~66より一部引用 地域ですでに社会的処方やそれに近しい取り組みを行っているコミュニティがあった場合には、そちらへの参加を検討するという手もあるでしょう。存在しなかったとしても、個々にできる範囲でリンクワーカー的な働きを担うことは可能です。 * * * 日本における社会的処方のしくみづくりはまだ発展途上ですが、利用者・相談者の生活を良くしようと行動できる方は、資格の有無に限らずリンクワーカー的な存在として活躍できる可能性が十分にあります。生活の質の向上を図ることを目標として利用者の生活に入り込み、支援や観察を行う訪問看護師も、当然リンクワーカーの候補です。 今後、社会的処方の重要性はさらに高まってくことが予想されます。いつでも「リンクワーカー的」な存在として動けるように、まずは地域の取り組みやコミュニティにアンテナを張るところから始めてみてはいかがでしょうか。 監修: 西 智弘(にし・ともひろ) 医師/一般社団法人プラスケア代表理事/川崎市立井田病院腫瘍内科 部長(化学療法センター、内科兼務) 2005年北海道大学卒。2012年から中原区在住。日本臨床腫瘍学会認定がん薬物療法専門医。川崎市立井田病院で「早期からの緩和ケア外来」を立ち上げ。2017年、神奈川県川崎市に「医療者と市民とが気軽につながることができる場所」をつくりたいとの思いのもと、「一般社団法人プラスケア」を設立。、『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(学芸出版社)、『だから、もう眠らせてほしい(晶文社)』など著書多数   一般社団法人プラスケア神奈川県川崎市での「暮らしの保健室」や「社会的処方研究所」の運営を行っている。「社会的処方研究所オンラインコミュニティ」では、国内外の情報をシェアするほか、イベント・講演を実施。URL:https://www.kosugipluscare.com/執筆・編集: NsPace編集部 【参考】〇西 智弘編著 『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(2020、学芸出版社)〇澤 憲明他 「英国における社会的処方 社会疫学に関連した取り組み・研究と総合診療」 https://www.orangecross.or.jp/project/socialprescribing/pdf/socialprescribing_1st_02.pdf〇World Happiness Report「世界幸福度報告書2020」https://worldhappiness.report/ed/2020/2023/11/24閲覧〇OECD「How's Life? 2020」https://www.oecd.org/statistics/Better-Life-Initiative-country-note-Japan-in-Japanese.pdf2023/11/24閲覧〇国立社会保障・人口問題研究所 人口統計資料(2022)「家族類型別一般世帯数および割合(1970~2020年)」https://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Popular/P_Detail2022.asp?fname=T07-10.htm2023/11/24閲覧〇内閣官房「人々のつながりに関する基礎調査(令和3年) 調査結果概要」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/kodoku_koritsu_taisaku/zittai_tyosa/r3_zenkoku_tyosa/tyosakekka_gaiyo.pdf2023/11/24閲覧〇内閣官房「孤独・孤立対策の重点計画」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/juten_keikaku/r03/index.html2023/11/24閲覧〇厚生労働省「給付と負担について」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_21509.html2023/11/24閲覧〇総務省「統計からみた我が国の高齢者」https://www.stat.go.jp/data/topics/pdf/topics138.pdf2023/11/24閲覧〇ロバート・ウォールディンガー『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』(2023、辰巳出版)〇厚生労働省「医療・介護の総合確保に向けた取組について」https://www.mhlw.go.jp/content/12403550/000841085.pdf2023/11/24閲覧

訪問看護認定看護師 活動記/中四国ブロック
訪問看護認定看護師 活動記/中四国ブロック
コラム
2023年12月26日
2023年12月26日

後進に繋ぐ在宅看護への想い【訪問看護認定看護師 活動記/中四国ブロック】

全国で活躍する訪問看護認定看護師の活動内容をご紹介する本シリーズ。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会 中四国ブロック、杉本 由紀子さんのご登場です。杉本さんは現在、訪問看護ステーションでの後進育成を行うと同時に、看護大学で教鞭をとっています。 今回は、地域包括ケアシステムの中で訪問看護師が担う役割の重要性や、新卒訪問看護師輩出への想いなどを教えていただきます。 執筆:杉本 由起子訪問看護認定看護師/人間環境大学松山看護学部(地域・在宅看護学領域)・AOIケアリングステーション非常勤勤務大阪府出身。看護学校卒業後、大学病院等に勤務。結婚、出産後「目指したい看護」を模索し、「在宅終末期看護、在宅看取り」実践のため1995年より訪問看護ステーションに勤務。2012年 群市医師会に地域連携室を開設、「厚生労働省在宅医療連携拠点事業」や在宅緩和ケア推進モデル事業受託。2016年仲間と訪問看護ステーションを立ち上げ、2021年から現職。2001年 介護支援専門員資格取得2010年 訪問看護認定看護師教育課程修了2017年 大学院看護研究科看護学専攻臨床看護学分野高齢者看護学博士前期課程修了2021年 看護大学に勤務し、立ち上げた訪問看護ステーションでアドバイザー的役割に従事 海を超えたネットワーク! 私が所属する日本訪問看護認定看護師協議会の中四国ブロックは、美しい島嶼(とうしょ)部の浮かぶ瀬戸内海を超えたネットワークが自慢です。私が入会した当初は3人のメンバーでしたが、今では10倍近いメンバーになりました(2023年11月現在)。 ここ数年、ブロック長を中心に力を入れている活動は、「臨床推論」「在宅看取り」の講義です。臨床推論は主に新人訪問看護師を対象に開催し、ファシリテーターの役割を訪問看護認定看護師が担っています。 また、中四国エリアの特徴として、在宅・慢性期領域パッケージを含む認定看護師教育課程在宅ケア分野が徳島大学にあることも大きいでしょう。認定資格を取りやすい立地環境のため、メンバーの年齢層は幅広いです。訪問看護創設期を率いてきた世代はいわゆる「訪問看護第一世代」と呼ばれますが、その想いを引き継いだ第二世代、介護保険が始まって以降の第三世代のメンバーもおり、幅広い知識や情報の共有がしやすいことも誇りです。 中四国ブロックメンバーの訪問看護認定看護師も在宅ケア認定看護師も、みんなで協力し合って日本訪問看護認定協議会を盛り上げています。 訪問看護師は地域包括ケアのキーパーソン! 私の在宅看護実践における大きな経験・強みは、「在宅医療連携推進事業」のモデル事業に参加し、地域文化を重視したシステム作りに従事できたことです。 地域包括ケアシステム構築のためには、在宅医療の推進が必須。また、地域独自の方法を早急に確立することが求められています。難易度が高いながらもこれらの事業を無事に完遂できたのは、訪問看護認定看護師教育課程で培った、「実践・指導・相談」の学びがあったからこそです。 多職種との交流や、職種を超えたネットワーク・チーム作りのためには、情報共有のための共通言語化が欠かせません。多職種間を繋ぐことは訪問看護師の地域での大事な役割でもありますので、経験を生かして「顔の見える関係作り」に貢献できたと思っています。 訪問看護認定看護師として新たな働き方へ 2016年に訪問看護ステーションを立ち上げた際の経験についてもご紹介します。以下の3つのポリシーを掲げてスタートしました。 地域住民ファースト開かれたステーション地域課題の発見 例えば、休日・休日料金を設定しない。山間部エリアも活動エリアとする。いつでも地域住人や多職種からの相談を受け付ける。そして、地域の方々とのコミュニケーションを通じて地域課題を見つけることを心掛けてきました。 3人の仲間で開設した訪問看護ステーションも、現在ではケアマネジャーや多職種を含め30名あまりのスタッフ数に。機能強化型訪問看護ステーション1の算定もできるようになりました。現在私は、相談役として訪問看護ステーションに在籍し、臨床現場の後輩育成に関わっています。 また、訪問看護認定看護師としての活動を生かし、看護教員としても働いています。「看護を語る」ことや「在宅終末期看護の魅力」を看護基礎教育の場で学生に伝えていくことで、一人でも多くの学生に在宅看護に興味を持ってもらいたいと思っています。 新カリキュラムがスタートし、「地域・在宅看護」の教育を受けた看護学生たちがどんどん世に出ていきます。これからの地域包括ケアへの強い味方・担い手として、多くの新卒訪問看護師が誕生することを夢見ています。 * * * 「あきらめない看護実践」の場として、在宅看護はキラキラ輝いています。ご利用者さんやご家族とともに、希望を叶える。そんな現場が訪問看護にはあります。そして、どうか仲間とともに多くの「看護の語り」をしてください。その経験は、自己の成長に必ず役に立ちます。 ※本記事は、2023年11月時点の情報をもとに構成しています。 編集: NsPace編集部 【参考】〇厚生労働省.「在宅医療の推進について」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000061944.html2023/11/9閲覧〇一般社団法人全国訪問看護事業協会.「訪問看護ステーションにおける 新卒看護師採用及び教育のガイドブック策定事業  報告書」(2016年3月)https://www.zenhokan.or.jp/wp-content/uploads/H27-3.pdf2023/11/9閲覧

「社会的処方」 定義&具体例
「社会的処方」 定義&具体例
特集
2023年12月26日
2023年12月26日

政府も推進する「社会的処方」 定義&具体例 リンクワーカーは何をする?

「社会的処方」という言葉を聞いたことはあるでしょうか? この言葉は、政府の「経済財政運営と改革の基本方針」(「骨太方針」)でも使用され、学会や論文でも目にする機会が増えました。孤独・孤立対策推進法も成立し、今後ますます医療や介護の場、さらに市民活動の現場においても耳にする機会は増えていくでしょう。注目されている「社会的処方」について、定義や具体例・課題をご紹介します。 社会的処方の定義 社会的処方(social prescribing)とは 「処方」と聞いて、多くの方が思い浮かべるのは薬の処方だと思われますが、社会的処方は医療的な処置ではありません。患者や相談者を地域社会の活動・人物などにつなげることで生活を支援し、健康増進や生活の質(QOL)・ウェルビーイングの向上を目指す取り組みを「社会的処方」といいます。従来は主に医療者が行うものとされてきましたが、最新の定義では医療者以外の市民同士が社会資源とのつながりを利用して人を元気にする取り組みも社会的処方と呼ぶようになってきています。 昨今、心身の健康は生物学的要因以外でも健康の社会的決定要因(SDH=Social Determinants Of Health)、例えば貧困や住環境、友人・家族関係、そして孤立によって影響を受けるという考え方が広まってきています。 孤立に対応する社会的処方に関連する活動は、日本においても民間団体や自治体レベルで行われてきましたが、政策に組み込まれ始めたのは「経済財政運営と改革の基本方針2020」(骨太方針2020)のころです。骨太方針2020では、社会的処方について以下のように定義されています。 かかりつけ医等が患者の社会生活面の課題にも目を向け、地域社会における様々な支援へとつなげる取組81についてモデル事業を実施する。 81 いわゆる「社会的処方」と呼ばれる取組。 内閣府 「経済財政運営と改革の基本方針 2020~危機の克服、そして新しい未来へ~」(https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2020/2020_basicpolicies_ja.pdf)より抜粋 社会的処方 発祥の地はイギリス 社会的処方の発祥はイギリスです。1980年代から自主的な活動としてスタートしていましたが、2006年にはイギリス保健省もその活動を紹介。国全体に関心が広がっていきました。社会的処方が外来診察・入院等を減らしたという調査報告もあり、2018年には補助金も準備され、孤独対応の政策のひとつとなったのです。 その結果、イギリス国内では社会的処方のネットワークが構築されており、GP(一般医・家庭医)が必要だと判断したら、専門の研修を受けた「リンクワーカー」と呼ばれる職種につなぎます。そしてリンクワーカーが、患者や相談者を地域の人やコミュニティにつながる役割を担っているのです。 日本における社会的処方の取り組み 近年、少子高齢化、核家族化や晩婚化、インターネットの普及など、さまざまな原因で人と人とのつながりが希薄になっています。家族や地域のコミュニティとの接触がない「社会的孤立」状態の人は増えており、社会問題になっています。「地域包括ケアシステム」「地域共生社会」の達成を目指す日本政府は、健康づくりや疾病の重症化予防に効果がみられるイギリスの社会的処方に注目しました。 そして、新型コロナウイルス感染症の蔓延をきっかけに、2021年には内閣官房に「孤独・孤立担当大臣」および「孤独・孤立対策担当室」が設置され、いくつかの都道府県において社会的処方のモデル事業を開始。政策の一環として社会的処方の運用が始まりました。2023年6月には「孤独・孤立対策推進法」が成立しています。 社会的処方の具体例とその特徴について 社会的処方の具体例 では、社会的処方とはどのような取り組みなのでしょうか。イメージするために具体例をみてみましょう。 例: あなたは、「気力が湧かなくてつらい」と言っている50代女性Aさんに出会った。夫婦二人暮らしで、夫以外の他者と関わる機会は月に数回という状況である。 この事例の場合、「つらいようだったら精神科の受診を」というアドバイスのみで終わるケースが多いかもしれませんが、社会的処方でのアプローチを考えてみます。 イギリスで社会的処方を推進しているSocial Prescribing Networkは、社会的処方の基本理念に以下の3つを挙げています。 「人間中心性」:その人に合ったつなぎ先をみつけること「エンパワメント」:その人の持つ力を引き出すこと「共創」:その方に合う社会資源が地域コミュニティになくても、一緒に創っていこうという考えで動くこと まったく症状や原因が同じ場合、医療の現場であれば処置や薬の処方箋は同じになるかもしれませんが、「人間中心性」「エンパワメント」を考慮すると、対象者に応じて社会的処方は変わってきます。その人の持つ力はなんなのかを知るためにも、押しつけがましいつなぎ方をしないためにも、すぐに解決策を示すのではなく、掘り下げてお話を聴いていきます。 以下のようなお話を聴けたとしましょう。 原因・状況を深掘りするAさんは、子どもが全員巣立ったことをきっかけに、喪失感や空虚感を抱くようになっていた。子どもの成長とともに保護者同士の付き合いは減っており、ご近所付き合いは元々希薄。 子どもの教育費を稼ぐためにパートに出ていたが、更年期障害の症状が重かったことをきっかけに辞めている。教育費の負担が減ったため経済的には困窮しておらず、就労の希望はない。精神科を受診することに対しては抵抗感を持っており、「そこまでではない」と思っている。その人の好きなこと・興味のあることを知る 「私には何のとりえもない」とAさんは言っていたが、自宅には猫の写真が飾ってあり、猫の小物がいくつか置かれていた。 「猫、お好きなんですか?」と聞くと、過去に猫を飼っていたこと、かわいかった様子を話してくれた。今も猫は好きだが、夫の反対もあり再び飼うことは難しいとのこと。 次に、地域につなげられないかを考えていきます。「つなぎ先」は、人物、企業、行政、地域コミュニティなどさまざまで、現状は行われていない活動を提案するのもよいでしょう。この例では、「猫が好き」という点にピンときたあなたは、以下のような対応を取りました。 近所に保護猫カフェがあり、店番や猫のお世話をするボランティア募集の貼り紙があったことを思い出した。Aさんにそれとなくそのことを伝えてみると、興味がある様子。そのお店のオーナーに連絡をとり、Aさんを紹介。Aさんは無理なく週に1回からボランティアを始めた。楽しくやりがいある活動や人・動物との出会いを通じて、生き生きした様子になった。 * * * 地域で孤立する人が増えている中、訪問看護師が利用者さんやそのご家族から、疾患・ケア以外の部分で相談に乗る場面も多いでしょう。社会的処方の取り組みは、ぜひチェックしておきたいところです。次回は、リンクワーカーを誰が担うか?といった課題をはじめ、日本に社会的処方のしくみを導入する際の問題点をみていきます。 >>次回の記事はこちら社会的処方の課題&重要性 誰がリンクワーカーを担うか 監修: 西 智弘(にし・ともひろ)医師/一般社団法人プラスケア代表理事/川崎市立井田病院腫瘍内科 部長(化学療法センター、内科兼務)2005年北海道大学卒。2012年から中原区在住。日本臨床腫瘍学会認定がん薬物療法専門医。川崎市立井田病院で「早期からの緩和ケア外来」を立ち上げ。2017年、神奈川県川崎市に「医療者と市民とが気軽につながることができる場所」をつくりたいとの思いのもと、「一般社団法人プラスケア」を設立。『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(学芸出版社)、『だから、もう眠らせてほしい(晶文社)』など著書多数 一般社団法人プラスケア神奈川県川崎市での「暮らしの保健室」や「社会的処方研究所」の運営を行っている。「社会的処方研究所オンラインコミュニティ」では、国内外の情報をシェアするほか、イベント・講演を実施。URL:https://www.kosugipluscare.com/ 執筆・編集: NsPace編集部 【参考】〇西 智弘編著 『社会的処方 孤立という病を地域のつながりで治す方法』(2020、学芸出版社)〇澤 憲明他 「英国における社会的処方 社会疫学に関連した取り組み・研究と総合診療」https://www.orangecross.or.jp/project/socialprescribing/pdf/socialprescribing_1st_02.pdf2023/11/24閲覧〇内閣官房「孤独・孤立対策の重点計画」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/juten_keikaku/r03/index.html2023/11/24閲覧〇内閣官房「孤独・孤立対策推進法」https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/suisinhou/suisinhou.html2023/11/24閲覧〇内閣府 「経済財政運営と改革の基本方針 2020~危機の克服、そして新しい未来へ~」https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2020/2020_basicpolicies_ja.pdf2023/11/24閲覧〇内閣府「経済財政運営と改革の基本方針 2021 日本の未来を拓く4つの原動力~グリーン、デジタル、活力ある地方創り、少子化対策~」https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/cabinet/honebuto/2021/2021_basicpolicies_ja.pdf2023/11/24閲覧

地域医療と訪問看護~患者さんの家族目線で最善の医療
地域医療と訪問看護~患者さんの家族目線で最善の医療
インタビュー
2023年12月12日
2023年12月12日

【医師に聞く】地域医療と訪問看護~患者さんの家族目線で最善の医療を~

埼玉県上尾市の中核病院である、上尾中央総合病院で循環器内科医として働く小橋啓一先生。先生のお父様が開業するクリニックもあり、上尾は幼いころから縁のある土地です。現在は地域医療ネットワークの担当として循環器内科の訪問診療を行っており、訪問看護師ともかかわっています。今回は、小橋先生の地域医療への想いとともに、上尾中央総合病院の取り組みについてもお話をうかがいました。 小橋 啓一(こはし・けいいち)先生上尾中央総合病院 循環器内科 副科長上尾市立平方北小学校を卒業。2004年日本医科大学卒業、同大付属病院にて初期研修を修了後、同大第一内科入局。同愛記念病院循環器内科、静岡医療センター循環器内科、日本医科大学多摩永山病院内科・循環器内科を経て2018年5月より現職。専門は虚血性心疾患。日本循環器学会循環器専門医、日本心血管インターベンション治療学会認定医、日本内科学会総合内科専門医。 上尾の患者さんに寄り添った医療を ーまずは先生がご担当されている業務について教えてください。 36年前、私が10歳のときに父が上尾市でクリニックを開業しました。そのクリニックをいずれ継ぐことを視野に、現在は上尾中央総合病院で循環器内科の副科長と兼任して、循環器の地域医療ネットワークの担当をしています。プレホスピタル12誘導心電図伝送システム(詳しくは後述)の普及活動と、循環器の訪問診療を行っています。 上尾中央総合病院 ー循環器専門医としてこの地域で医療を提供されていることに関して、先生の想いを聞かせていただけますか? 専門医だからといって、特別なことをしているという認識はありません。ここは私自身の地元ですし、父も現役で働いているとはいえ高齢ですから、実家のほうから救急車が来ると他人事とは思えないんです。地域で暮らしている方を、自然と自分の家族のように感じることができる。これが、救急医療においても訪問診療においても非常にプラスになっていると思います。 手術中の小橋先生(右) 患者さんの小さな変化に看護師さんが気づく ー訪問診療ではどのようなことを意識されていますか? 訪問診療でできることは採血と身体所見を取ること、簡易の心臓エコーなどに限られます。それでも、毎回患者さんを診て、訴えを聞いて、薬を飲んでもらって……という、医師が昔からやっていたことをきちんと行うことを意識しています。これができれば、慢性疾患である心不全の予後はある程度コントロールできるのだと実感しています。 基幹病院のような大きなところで働いていると、最新の検査機器や新しい薬などに目が行きがちですが、そういった特別なものがなくても、できることはたくさんあると思っています。 ー訪問看護師とのかかわりについても教えてください。 訪問診療と訪問看護は交代で患者さんのところに伺っており、交換日記のようなコミュニケーションが多いため、私が普段直接会話をする機会はあまり多くありません。でも、訪問看護師さんたちに支えられていることは日々実感しています。 当院の場合、実施しているのは定期的な訪問診療のみで、急な往診には対応していないため、患者さんに何かあったら、まず訪問看護ステーションに連絡が入ります。訪問看護師さんたちが普段から患者さんの様子を把握し、小さな変化にも気づいて適切なアドバイスをくれるおかげで、状態が悪くなる前に微調整でき、結果的に入院を避けられているんです。当院でも訪問看護師さんとの連絡窓口には専属の看護師を配置しており、患者さんと信頼関係を築いていますので、円滑に連携できていると思います。 地域の医療機関との連携で環境が改善 ー上尾市や近隣自治体の医療機関とはどのように連携していますか? 上尾中央総合病院では2020年9月から循環器内科の訪問診療を始めました。当初は、我々が訪問することで入院期間を短縮できたり、患者さんが自宅で過ごせたりするケースを増やしたいと思っていました。でも、最近は地域の先生方との連携もスムーズに行えるようになり、往診対応もできる地域の医療機関に患者さんを紹介するケースが増えています。 訪問診療に切り替える目的は、必ずしも寿命を延ばすことではありません。患者さんが苦しくないようにしたり、最期の時間をご家族と過ごせるようにしたりすることも大切な目的です。また、もちろん訪問診療から外来通院に戻すこともできます。地域の先生方ともより連携を密にしていき、患者さんやご家族が安心できる環境を整えたいと思っています。 モービルCCUの導入で地域の医療が向上 ー上尾中央総合病院で導入しているモービルCCUについて詳しく教えてください。 当院では2018年から心臓病専用救急車「モービルCCU」を1台導入しており、専属の運転手と医師・看護師・臨床工学技士の4人で地域のクリニックに患者さんを迎えに行っています。 開業医の先生としては、診療時間中に救急車を呼ぶと、医師の同乗が必要となる場合があるため外来が止まるという負担があります。そのため、「細かい診療情報は後からでいいので、開業医の先生が急患だと判断したら私たちが迎えに行きます」というスタンスでやっています。稼働は日中の時間帯に限られていますが、ニーズの8割くらいはカバーできているのではないでしょうか。地域の先生方にも喜んでいただいているようです。 ー先生が現在力を入れていらっしゃるプレホスピタル12誘導心電図伝送システムについても教えていただけますでしょうか。 救急車内で救急隊員さんが心電図を取ってクラウド上にアップし、患者さんが病院に着く前に医師が心電図の波形を直接読影して診断するというのがプレホスピタル12誘導心電図伝送システムです。当院では2017年からスタートして、2023年6月に、累計1,000件になりました。 このシステムを導入したことで、当院における急性心筋梗塞の患者さんの30日死亡率が減少したというデータが得られ、論文として発表することができました。現状は近隣自治体の消防本部(上尾・伊奈・県央広域(桶川・北本・鴻巣))の救急車8台だけにこのシステムが入っているので、もっと広く普及できればと思っています。 送ってもらった心電図は全例フィードバックしているので、救急隊員さんにも喜んでいただいています。救急隊の皆さんは心電図読影に対して情熱を持って臨んでくださっており、読影力も上がっているんです。そういった経緯もあり、上尾市消防本部からは救急車全台に搭載したいと要望をいただいています。当院をきっかけにして、上尾市だけではなく、埼玉県や全国まで、公的なシステムを変えられたら嬉しいですね。 「患者さんが自分の家族だったら」と考えて ー最後に、訪問看護師さんに向けて、メッセージをお願いいたします。 私たち医師は本当に訪問看護師さんたちに助けてもらっていて、地域で訪問診療をしている先生方も口をそろえて「訪問看護師さんがいないと成り立たない」とおっしゃいます。 訪問看護ではカバーする疾患の範囲が広いので、基本的な勉強は必要ですが、結局は「この患者さんが自分の家族だったらどうするか」と考えて対応するしか正解はないと思っています。これは私も普段から心掛けていることです。ただ、疑問に思ったことはそのままにせず、私たち医師を有効に使っていただきたいです。それが私たちのためにもなりますし、何より患者さんのためになります。 訪問看護師さんが患者さんを一番知っているわけですから、そこは自信を持って患者さんと向き合っていただきたいですね。それが結果として最善の医療になるのだと思っています。 ※本記事は、2023年10月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

嬉しかった瞬間エピソード
嬉しかった瞬間エピソード
特集
2023年11月28日
2023年11月28日

嬉しかった瞬間エピソード【つたえたい訪問看護の話】

訪問看護の現場では、訪問先の利用者さんやご家族と接するなかでさまざまなエピソードやドラマが生まれています。「みんなの訪問看護アワード2023」に投稿されたエピソードから、利用者さんやご家族から感謝や信頼を得ることができ、「嬉しい!」と感じたエピソードを5つご紹介します。 「その人の本当が見えた時」 利用者さんと距離を縮めることができた時の喜びは大きいものですよね。利用者さんからの信頼は何よりも大切な宝にもなることがわかるエピソードです。 訪問看護を始めて3ヵ月の時の利用者様の話。初めての担当者会議では、その方は厳格な方であった。自宅療養で看護師が来ることは理解され介入となったが、初回介入時は30分間相手にしてもらえず。その方の奥様は毎回、私達スタッフが帰るのを見送って下さる。「主人がいつも酷いことを言ってすいません。」と毎回頭を下げられる。私は訪問が終わると、どうしたら分かってもらえるのか涙がでて、先輩方に相談の日々であった。何が原因なのか考えた時に、まずは自分の関わり方を振り返った。そう思ったのも、自分自身で身に覚えがあるからだった。3ヵ月が経ったある日の訪問日から、表情が柔らかくなったのが分かった。体調のこと以外にも、プライベートな事まで話され、時には私の事にまで質問をされることも。そこで「やっと訪問看護師として認めてもらえた!」とすごく嬉しかったのを覚えている。そこで私は、病棟看護師と訪問看護師のケアが違う事に気づかされた。この利用者様のおかげで看護師としてだけではなく、人として成長できた。今ではご家族とともにお手紙もいただき、私は感謝でいっぱいだ。 2023年1月投稿 「実感を取り戻す看護」 利用者さんの心身を安らげることができた嬉しさと、看護の意味を改めて感じさせられるエピソードです。 複数の既往が増悪し、入院していた方が自宅退院を果たした。体調が悪くなってから入浴はできなかった様だが、元々は三度の飯より入浴を好まれる方で無類の長風呂好きだったそうだ。本人はかなり消耗しており、ソファに腰掛けているだけでも眉間には皺が寄り、肌は冷たく青ざめている。衣服からのぞく痩せ細った腕と紫斑が入院生活の壮絶さを物語る。大好きな入浴をさせてあげたかったが、本人にとってあまりにも負担が大きいため足湯を提案した。久々の暖かいお湯に足をくぐらせると「ああ」と声が漏れた。眉間からは皺が消え、常に全身に取り巻いていた強張りが自然とほぐれていくようだった。声は掠れた声で「いいですね」と静かに笑ってくれた。足湯を終えると血の巡りが戻り、青ざめた肌は薄いピンク色になった。熱と潤いを閉じ込めるように保湿クリームを塗り衣類を整える。「本当にありがとう」小さな声ではあったが、ぼくにしっかりと届いた。 2023年1月投稿 「家族の一員の様なお付き合い」 利用者さんやご家族からこうしたお誘いをいただけると、「人としても信頼されている」と嬉しく感じるとともに励みになるエピソードです。 訪問看護を行う中で、軽症な方から重症な方、在宅での看取りも考えなければならない方など、さまざまな方にお会いします。訪問の介入を長く行っていると、お客様やご家族様から「一緒に旅行に行きたいですね」、「食事に行けたらいいですね」と言っていただけることがあります。こういう風に、私たちと一緒に過ごしたいと思っていただけていることに、とても嬉しく思います。 2023年2月投稿 「本人・家族の希望を叶える~『あきらめない』チームの行動力~」 多職種で支援する在宅医療の強みを活かし、連携して利用者さんの希望を叶えることができた事例です。 余命数ヵ月の癌終末期にあるA氏が「ドライブしたい」と発した言葉から外出支援が行なえた事例です。A氏の家族は夫と高校生、中学生の子供2人でした。訪問看護師は今を逃すと外出支援ができなくなると考え、主治医に外出許可を得ました。しかし自宅は集合住宅の2階にあり、移動が困難な状況。ケアマネジャーに相談し福祉用具業者と階段スロープを設置し車いす移動を試みましたが急坂になってしまい断念。そこで訪問リハビリと相談し、介護用担架が提案され移動のシミュレーションを実施しました。外出当日は家族が担架での移動をし、スタッフは介助に回りました。2時間の外出にて桜を見たり、ドライブすることができました。「最高の先生とスタッフさんです」とベッドに戻った際には思わず全員で拍手をして喜びあいました。「A氏の希望を叶えたい。家族と良い時間を過ごしてほしい」というスタッフ間の共通した思いと行動力が実現に至ったと感じています。 2023年2月投稿 「多職種とともに」 病識がなかなか持てない利用者さんへ根気よく向き合い続けることで、多職種での支援にもつながりうまくいった事例です。 精神障害をもつ40代男性。病名に納得がいかず、病院を転々とし治療継続には繋がらなかった。就労意欲はあるが、数週間で辞めることを繰り返していた。精神科訪問看護導入後、定期的な治療含め生活面について一緒に確認、承認していったことで、1年程就労継続できたこともあった。しかし、強い責任感や不安、対人面でのストレス、金銭管理の乱れなどが影響し、就職しては辞めることを繰り返していた。仕事をしたい気持ちは強く、自分は精神障害者じゃないという思いがあったが、看護師が勧めた障害者職業センターへの相談を受け入れることとなった。センター職員とは情報共有を重ね、ジョブコーチによる仕事量・人間関係などの職場調整が入ったことで、「辞めたい」「新しい仕事を探しました」と言いながらも辞める前に相談してくれるようになってきている。違う職種の人たちと一緒に支援することで、自分の考えも人脈も幅が広がったと思う。 2023年2月投稿 利用者さんの望むケアを提供する喜び 利用者さんの生活空間に入っていく訪問看護では、多職種と協力しながら、利用者さんやご家族と信頼関係を築くことが大切です。しかし、信頼を得ることや利用者さんが望む支援を実現するのは簡単なことではありません。 「どうすれば信頼してもらえるのか?」「どうすればよりよい支援を実現できるのか?」 難しいからこそ、それらを達成できたときに喜びを分かち合えるのも訪問看護の醍醐味なのかもしれません。 編集: 合同会社ヘルメース イラスト: 藤井 昌子 

オンライン診療の現状
オンライン診療の現状
特集
2023年10月24日
2023年10月24日

オンライン診療の現状と訪問看護師として知っておきたいこと

新型コロナウイルス感染症が蔓延した後、よく耳にするようになった「オンライン診療」という言葉。ニュースでも取り上げられ、今ではオンライン診療用のアプリケーションも登場してきています。さまざまなデバイスを通じて展開されているオンライン診療について、その現状を見るとともに、訪問看護師として知っておきたいことをご紹介しましょう。 オンライン診療の定義や種類 そもそもオンライン診療とはどういったものを指すのでしょうか。2018年3月に厚生労働省が発表した「オンライン診療の適切な実施に関する指針」を参考に、関連する言葉を見てみましょう。 遠隔医療 情報通信機器を活用した健康増進や医療に関する行為のこと。オンライン診療を含む総称的な言葉として位置づけられています。 オンライン診療 遠隔医療のうち、医師と患者間において情報通信機器を通して診察および診断を行い、診断結果の伝達や処方等の診療行為をリアルタイムで行うこと。さまざまな企業がオンライン診療のためのアプリケーションを開発し、医療機関と患者を結びつけるサービスを提供しています。 オンライン受診勧奨 遠隔医療のうち、医師と患者間において情報通信機器を通じ、心身の状態の情報収集を行うことで、疑われる疾患を判断し適切な診療科への受診をリアルタイムで推奨すること。一般用医薬品を用いた自宅療養や経過観察など非受診の勧奨を行うこともあります。ただし、診療ではないため治療方針を伝達することや処方等を行うことはできず、あくまで受診相談という位置づけとなります。現実的にはこの受診推奨のみ行う医療サービスは少なく、オンライン診療における診療前の問診あるいは診療前相談に相当しますが、医療機関によっては具体的な診療科へ受診相談を受け付けているケースも見られます。 遠隔健康医療相談 遠隔医療のうち、医師または医師以外の者と相談者間において、情報通信機器を通じて得られた情報により、一般的な医学的情報や助言の提供、一般的な受診勧奨を行うこと。 上記4つ以外にも、ICTを活用して医療機関または医師間で患者の医療情報の共有が行われることや、ICTによる業務支援システムを用いることも広義の遠隔医療に含まれます。また、オンライン診療や健康医療相談のサービスとは別に、処方薬の配送や血圧等の生体情報の遠隔モニタリングサービス等、遠隔医療を支援・拡充するサービスも展開されています。 オンライン診療の普及について 特定状況下のみ認められていた遠隔診療 オンライン診療は今でこそ普及しつつありますが、2020年頃まではあまり一般的ではありませんでした。その理由のひとつとして、厚生労働省は「診療とは医師と患者が直接対面して行われることが基本であり、遠隔診療はあくまで対面診療を補完するもの」と位置づけ、特定の条件下でしか利用を認めていなかったことが挙げられます。離島やへき地など医師不足の地域での利用や、相当期間にわたって診療し病状が安定している慢性期疾患の患者から要請があった場合などの条件下だけでは、インフラの整備コストをかけてまで導入する医療機関は少なかったのでしょう。医療の質を確保しつつ、医師法第20条で定められる「無診察治療等の禁止」に抵触しないよう、遠隔医療については慎重に審議をされてきました。その審議を一気に加速させたきっかけが、新型コロナウイルス感染症の蔓延といえます。 きっかけは2020年のオンライン診療時限的緩和 2020年に入り厚生労働省は感染拡大防止策として電話や情報通信機器等を用いた診療について特例措置を出し、同年4月にはオンライン診療の要件や初診対面原則の時限的緩和が行われました。これを皮切りに、オンライン診療に対応できる医療機関側が増加するとともに、医療機関と患者を結ぶシステム構築に一般企業も参入してきたことで、現行のように普及し始めたといえるでしょう。実際に厚生労働省や総務省のデータを参考にすると、2019年7月時点でオンライン診療での算定を届け出た医療機関は約1,300施設と全体の1%程度でしたが、2020年4月以降は増加し約16,000施設と全体の15%程度まで増加しています。 オンライン診療の要件緩和は新型コロナウイルス感染症の感染対策として時限的な措置でしたが、その後厚生労働省より初診からのオンライン診療を恒久化する意向があり、2022年度の診療報酬改定でオンライン診療に係る新たな施設基準が設けられました。同時に、訪問診療における在宅時医学総合管理料にオンライン診療が組み込まれ、在宅医療でも情報通信機器を用いた場合の評価や基準が整備されました。 オンライン診療の課題と可能性 情報通信機器を用いた診療を行うには医療機関側も診療体制やインフラの整備など果たすべきことが多く、すべての医療機関で導入できるとは限らない点、またオンライン診療では対応が困難な疾患や病状等がある点を鑑みると、全般的に普及するというのは難しいかもしれません。しかし、内科や産婦人科、美容皮膚科など特定的な診療科を中心として活用する場面は今後増えてくると予測されます。 また、このオンライン診療は保険診療の枠内での話ですが、保険外診療(自費診療)として医療相談や健康増進等医療の周辺分野にも情報通信機器を用いたサービスが展開され始めています。会員登録し、毎月定額を支払っていれば医師にいつでも電話やチャットで健康相談ができるサービスはその一例です。今後情報通信機器やその技術の発展とともにさらに多様なサービスが展開されていく可能性が考えられます。 訪問看護師として知っておきたいこと 新型コロナウイルスがきっかけとなり、ここ数年で情報通信機器を用いた医療については制度や診療報酬等の整備が加速度的に進んできている中、訪問看護師にとっては今後どのようなことを気に留めておくと良いのでしょうか? 厚生労働省が通知している「オンライン診療の適切な実施に関する指針」では、患者が看護師といる場合のオンライン診療(「D to P with N」)について定めています。訪問看護師にも関係してくるため、オンライン診療に関わる遵守事項や提供体制等については最低限把握するとともに、オンライン診療を行うために使用する情報通信機器やアプリケーション等の基本操作ができる必要があるでしょう。 今後も外来・在宅医療ともに情報通信機器を用いる場面が増える可能性が十分に考えられます。まずは医療者として現状を把握するとともに、診療報酬の動向や遠隔医療に関わるサービス等も逐次確認していくことで、利用者へ適切に情報提供ができるように準備をしておくことが望まれるでしょう。 【参考】○厚生労働省「オンライン診療の適切な実施に関する指針」(2023年3月一部改訂)https://www.mhlw.go.jp/content/001126064.pdf2023/3/3閲覧○総務省「情報通信白書(令和3年版):コロナ禍における公的分野のデジタル活用」https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r03/pdf/n2200000.pdf2023/3/3閲覧 編集・執筆: 合同会社ヘルメース

排便エコーの活用法
排便エコーの活用法
特集
2023年8月8日
2023年8月8日

便秘・下痢のアセスメントも 訪問看護の排便エコー活用法【画像で解説】

訪問看護でも活用され始めているポータブルエコーは、ニーズの高い排泄ケア分野での取り組みが注目されています。なかでも排便エコーでは、便貯留の状態や便性状の確認ができるため、正確な排便ケアにつなげることが可能です。また、利用者さんの苦痛を最小限にし、尊厳ある排泄行動を目指すことができます。 今回は、東葛クリニック病院の皮膚・排泄ケア特定認定看護師の浦田 克美氏と、同院臨床検査技師の佐野 由美氏に、排便エコーのポイントと実際に改善に至った事例についてお話を伺いました。 正確な便秘評価が可能に 日常生活を援助する上で、排便ケアは欠かすことができません。とくに訪問看護のなかでも便秘に起因する排便トラブルは少なくないでしょう。例えば、数日間排便が見られず自覚症状があったとしても、自然排便が難しい場合、薬剤の使用を検討したり、摘便や浣腸を行ったりする便秘対策が行われます。しかし、利用者さんにとっては不快であり、苦痛を伴う行為です。ときには、不必要に薬剤の増加を検討したり、無理な摘便や浣腸を行うことで直腸壁の損傷や裂孔を生じたりする恐れもあります。 ポータブルエコーを使用すると、今まで見えなかった腸内を直接観察でき、便の位置、便の性状を把握することができます。それにより、便秘のタイプが正しく評価されたり、直腸まで便が下りてきていないことを確認できたりすることで、不必要な便の排出を行うケースが減ります。 排便エコー観察のポイント ポータブルエコーで直腸内の便を観察するアプローチ法には、下腹部にプローブを当てる経腹アプローチ走査法と、経臀裂アプローチ走査法があります(図1)。 図1 「アプローチ法のちがい」(提供:佐野 由美氏) 経腹アプローチ走査法は膀胱を同時に観察することができ、男性の場合は前立腺も描出されるため、直腸と間違えないように注意しましょう。直腸を見る場合、プローブを恥骨結合上縁に当てます。ポイントはやや強めに押し込むように当てることです(図2)。 図2 「経腹アプローチ走査法」(提供:浦田 克美氏) 一方、経臀裂アプローチ⾛査法は、左側臥位になり臀部を出した姿勢で行います。肛門部にプローブを当てて見ることで、膀胱や周囲の臓器に影響されることなく、腸内を描出することが可能です。プローブを当てるとまず肛門があり、直腸下部が見え、直腸前壁と直腸後壁があります(図3)。ポータブルエコーを学び始めたばかりでも、直腸内の便の有無が観察しやすい走査法です。 図3 「直腸の見え方」(提供:佐野 由美氏) 便の見え方についてですが、硬便は直腸下部に白くゴツゴツした岩のような形に見えます(図4)。有形便は、少しふわふわと綿飴が積もっているような形です(図5)。泥状便や水様便では、うっすらとムースみたいに見えます(図6)。泥状便の場合、便が指に引っ掛からないので、「摘便しない」と判断することが可能です。一方、びっしり詰まった硬便だと、浣腸のチューブ先端が便に突き刺さり、浣腸液が浸透しにくかったりします。これらの画像の特徴を先に見ることで、便性状の評価ができ、その後のケアにつなげていくことができるでしょう。 図4 「硬便の見え方」(提供:浦田 克美氏) 図5 「有形便の見え方」(提供:浦田 克美氏) 図6 「泥状便の見え方」(提供:浦田 克美氏) 便秘だけでなく下痢の評価も 排便エコーは便秘の評価だけではなく、下痢の時にも活用できます。例えば、高齢者によく見られる溢流性便失禁は便秘と下痢が同時に起こっている状態です。直腸内に便の塊がびっしりと詰まり、便が排出できない場合があります。その状況下で下剤を服用すると、下剤の効いた緩い便が便塊の隙間から漏れ出てしまい、オムツを開ける度に便が付着しているという事があります。このような場合でもポータブルエコーを使えば、直腸内の便塊を確認することが可能になるので、不必要な肛門診(摘便)を避ける事ができ、適切なケア、薬剤選択につなげる事ができます。 また、排泄ケア後の評価として、残便確認を行います。残便がある場合は、食後の胃結腸反射がある時にトイレ誘導を促したり、便対応のオムツの当て方をしたり、継続的な看護につなげていくことが可能です。 排便のコントロールとトイレ排便を実現 当院は透析患者さんが多く、便秘傾向で悩まれている方も少なくありません。その原因として、カリウム摂取制限による食物繊維の不足や水分制限、便秘しやすい薬剤の使用など、さまざまあります。 以前、浣腸や摘便に強い拒否があり、下剤使用に依存的な患者さんがいました。透析中の便意や便失禁を心配されているため、オムツを使用。安心して透析を受けてもらうためにも、ポータブルエコーで排便パターンを評価していきながら、下剤内服のタイミングを検討しました。試行錯誤を重ねた結果、透析終了後に内服、非透析日に計画的に排便を促すという答えにたどり着きました。 さらに、管理栄養士の介入によって腸内環境を整えると言われているシンバイオティクスを摂取してみたところ、相乗効果で下痢を発生させてしまい、下剤内服を止めて、シンバイオティクスのみで便性状をコントロールすることに成功。また、当初の目標にはありませんでしたが、作業療法士の介入によってオムツ使用からトイレでの排泄を実現することができました。 ポータブルエコーで便秘の評価をすることができたおかげで、チームによる介入の力を発揮し、望外の成果を得ることができました。従来は3日~2週間の排便日誌を分析して排便パターンを予測し、オムツ交換時に便性状を観察してケアプランを立てていきます。しかし、それでは、患者さんが苦痛を訴えた時にタイムリーにケアを提供することはできません。多職種とともに便の状態をエコーで共有できると、全体としての作業効率の向上が期待できるでしょう。 取材協力・監修:浦田 克美氏(皮膚・排泄ケア特定認定看護師)佐野 由美氏(臨床検査技師)編集:メディバンクス株式会社

膀胱エコーの活用
膀胱エコーの活用
特集
2023年7月11日
2023年7月11日

膀胱エコー 残尿を確認して排尿ケアに活かす 技術習得と活用法

排尿管理は訪問看護現場で直面する課題となっています。とくに膀胱エコーは訪問看護の現場で実施する必要性が高いと言われ、個々に応じた排尿管理やケアを行うことが可能です。 今回は、排尿ケアにポータブルエコーを導入し、実践を重ねているLIC訪問看護リハビリステーションの黒沢勝彦氏に、看護師のポータブルエコー技術習得の流れと実際の膀胱エコー活用事例についてお話を伺いました。 ポータブルエコー技術習得は基本的にOJT ポータブルエコーは現場に持ち出す前に、まずはスタッフ同士で練習を行い、正常な組織や臓器を知ることが一番の近道です。利用者さんの体型から膀胱の大きさを推測し、尿はどの程度貯留しているのかを確認します。膀胱は男性、女性で映り方が異なるので、膀胱や膀胱周辺の解剖について学んでおくことが大切です。 ポータブルエコー未経験のスタッフには、膀胱の見え方を伝えるより、身近にあるものを使用するとイメージしやすいでしょう。例えば、市販の果物ゼリーにポータブルエコーを当てて見ると、どのように描写されるのかを体験してもらうとスムーズかもしれません。まずは画像に描出される明るい部分と暗い部分を確認しながら、画像を見る練習を。その後、実際の膀胱を描出し、改めて画像の見え方について確認します。プローブや端末の扱い方は、後で振り返りを行いながら進めていきましょう。こうした流れを数回行った後にOJT(On the Job Training)に移行することが大切です。まずは同行訪問を行い、実際に利用者さんの膀胱をポータブルエコーで描出する様子を見せます。次に見守りのもとでポータブルエコーを用いて実施し、一人でできるようになるまでサポートし続けましょう。 カテーテル閉塞や点滴の効果が判明 ポータブルエコー画像の膀胱は、尿が貯留している時に黒く描出され、膀胱が大きくなっていることが分かります。一方、尿の貯留がない時は膀胱自体も小さくなっています。ですので、膀胱留置カテーテルが挿入されているにも関わらず、膀胱が大きく映し出された状態は、「カテーテルが閉塞を起こし、膀胱内に尿が溜ったまま」で異常だという判断ができます。そのためにも正常・異常の画像を理解しておくことが重要です。 カテーテル閉塞以外では、排尿状況が不明な利用者さんにポータブルエコーを使用して確認を行うことがありました。例えば、脱水のため点滴治療を行ったとき、その効果を確認するためにポータブルエコーを使います。まず、点滴治療前後の膀胱の大きさを比較し、尿の貯留が認められれば点滴治療の効果があると考えられます。他のバイタルサインと合わせてアセスメントすることで、在宅での治療継続が可能であるのか判断することができます。 従来は、試しに導尿してみたり、膀胱留置カテーテルをしている場合は交換してみたり、いずれも利用者さんの苦痛を伴い、コストや資源もかかっていました。これらの悩みに対して、ポータブルエコーは解決に導くツールのひとつとして、活用できるのではないでしょうか。見えない部分を可視化することで、正確なアセスメントが可能となり、医師と共有することで、適切な補液につなげたり、適切なタイミングで医療機関に受診することができたり、ひいては看護業務の改善につながると考えています。 がんターミナル期の尿閉をエコーですぐ確認 続いて、がんターミナル期にある利用者さんの事例を紹介します。自宅退院を希望され、訪問看護開始3日目で心窩部から下腹部の膨隆が顕著にみられました。その時は膨隆している原因が尿の貯留によるものだと分かりませんでした。 通常のアセスメントに加え、ポータブルエコーで画像を映し出して見ると、液体の貯留を確認しました。すぐに腹水か尿か判別できませんでしたが、「1日で貯留し、お腹の張り方がおかしい」と、そのままビジネスチャットツールに画像を上げました。スタッフと医師に共有し報告をしたところ、尿閉による腹部の膨隆であることが分かりました。そのため、すぐに医師に導尿、膀胱留置カテーテルの処置を依頼しました(図1)。 図1 「ポータブルエコー使用の一例」(提供:黒沢勝彦氏) 利用者さんのご家族にも、「尿はちゃんと作られていますが、出ない状態で苦しいと思います。出さないといけないですね」と、画像を一緒に見ながら具体的にお伝えすることができました。その後、医師に臨時訪問で処置していただき、尿の排出を促しました。 病院搬送の可能性もありましたが、お腹の張りを確認してから約2時間以内にケアにつなげることができました。訪問看護でできることを行えば、重症化を防げる可能性があります。 通常のアセスメントと画像を加えることで、アセスメントの妥当性が向上し、自信を持って医師に情報を共有し適切な治療、ケアにつなげることができると思います。 ポータブルエコーで残尿を減らせる姿勢に 最後は、残尿感の訴えや膀胱炎を数回繰り返すALS(筋萎縮性側索硬化症)の利用者さんの事例です。ご本人は排尿の自覚はありますが、腹圧をかけられないためご家族が腹圧を補助して排泄介助を行っていました。差し込み便器を用いて床上排泄を続けていましたが、以前より残尿感の訴えがありました。膀胱炎を疑い、訪問診療にて採血、尿検査を実施しましたが、膀胱炎の所見はありませんでした。 再び医師と解決策について検討することになり、排尿前後についてポータブルエコーで膀胱内を観察して見ると、残尿量はそれほど変化が見られませんでした。そのため、尿が排出できず膀胱内にたまっている状態であることが確認できました(図2)。 図2  「排尿前後を比較した画像」(提供:黒沢勝彦氏) また、膀胱の形は不均一・非対称であり、括約筋が確認できませんでした。このことから、膀胱壁の拡張収縮が弱いため残尿が起こりやすい状態であるとアセスメントしました。訪問診療の医師と画像を共有し、カテーテル留置を第一選択とせず、この根拠を元に姿勢で排尿量が変わるかどうかの調整を行いました。 まず排尿前後で残尿測定を行い、排尿時の姿勢を調整しながら再度ポータブルエコーで撮影を繰り返していきます。そのように進めながら、最も残尿が少ない体位を理学療法士と一緒に模索をしながら調整していきました。 その結果、一時的に残尿量を減らすことができました。排尿ケアは決まった時間で行うわけではありません。ケア提供者はご家族やホームヘルパーなど複数名が関わります。姿勢や介助方法の再現性には課題がありましたが、エコーの画像を用いて丁寧に説明することで再現性を高めることができました。 この事例ではポータブルエコーによって、残尿量や膀胱の形状、変化などをご家族と確認できたことで、説得力が増し、安心されたことを実感しました。そして、ご家族やヘルパーもケアの根拠を確認しながらともに考えることができました。 一方で、ご家族は「残尿はないはず」と信じていたので、排泄のたびに腹圧を補いながら介護を続けてきました。そのため、ポータブルエコーが残尿の事実を突きつけることで、自らの介護を「否定された」と受け止められてしまう可能性も考えられるでしょう。24時間、1日何度も排泄介助を続けていくご家族の大変さと複雑な思いにも配慮しながら、ポータブルエコーを採り入れていくことが必要です。 取材協力・監修黒沢勝彦氏(LIC訪問看護リハビリステーション 所長)編集:メディバンクス株式会社

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