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特集
2021年7月20日
2021年7月20日

第1回 訪問看護ステーションの「働き方改革」/[その3]労働関係法令上の書類の整備と保存期間

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 労働基準法では、労働者を雇用する事業場に対し、作成・管理を義務づけている書類がいくつかあります。今回は、その中でも「法定三帳簿」と呼ばれる書類について確認します。この書類は、事業場の人事や労務管理の基本となります。義務を怠ると処罰の対象となりますので、しっかり押さえておきましょう。 ●ここがポイント! ・労働に関する書類には、記載項目や保存期間が定められているものがある。 ・労務管理ソフトや給与計算ソフトで自動作成できる書類もある。 ・雇用関係助成金を申請する際に必要となる書類もあるためしっかり整備する! 管理者が押さえておきたい「法定三帳簿」とは 法定三帳簿とは「労働者名簿」「賃金台帳」「出勤簿」の3つを指し、労働基準法第107条から第109条によって規定された書類です。職員を適切に管理するためにも、訪問看護ステーションでは、これらの帳簿を整備し、保存しなければなりません。帳簿ごとに定められた記載項目、保存期間について順に説明していきます。 労働者名簿 労働者名簿は、労働基準法第107条においてその作成が義務づけられています。労働者(日々雇い入れられる者を除く)の氏名や生年月日、履歴等、8つの項目の記入が必要です。また、記入事項に変更があった場合は、遅滞なく訂正しなければなりません。労働者名簿の保存期間は3年で、労働者の死亡、退職、または解雇の日を起算日とします。 労働者名簿の記載項目 ①労働者氏名 ②生年月日 ③履歴(異動や昇進など) ④性別 ⑤住所 ⑥従事する業務の種類 ※従業員が30人未満の事業場の場合は不要 ⑦雇入年月日 ⑧退職や死亡年月日、死亡の理由や原因 賃金台帳 賃金台帳は、労働基準法第108条においてその作成が義務づけられています。労働日数や労働時間数など賃金計算の基礎となる事項や、賃金の額など、10の項目を記入します。賃金の支払いのたびに遅滞なく記入します。 労働者名簿と異なり、日々雇い入れられる労働者も作成の対象となります。 賃金台帳の保存期間は3年で、起算日は、労働者の最後の賃金について記入した日です。 賃金台帳の記載項目 ①労働者氏名 ②性別 ③賃金の計算期間 ④労働日数 ⑤労働時間数 ⑥時間外労働時間数 ⑦深夜労働時間数 ⑧休日労働時間数 ⑨基本給や手当等の種類と額 ⑩控除項目と額 出勤簿 出勤簿は、2017年に厚生労働省が策定した「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」において、労働基準法第109条に基づき、タイムカード等も含め労働時間の記録に関する書類として保存の義務が明記されました。第109条は、「記録の保存」について定められた条文です。 出勤簿の保存期間も、労働者名簿、賃金台帳と同じく3年です。労働者の最後の出勤日を起算日とします。記載項目は以下のとおりです。 出勤簿の記載項目 ①労働者氏名 ②出勤日 ③始業・終業時刻 ④休憩時間 ⑤その他労働時間を正確に把握できるような情報 法定三帳簿の書式について 労働者名簿、賃金台帳、出勤簿ともに、労働者1人に対して1枚作成します。各帳簿に決まった様式はありません。表計算ソフトなどで作成する場合は、記載項目が網羅できているかきちんと確認しましょう。 労務管理ソフトや給与計算ソフトなどに自動で帳簿を作成できる機能が付いている場合もありますので、訪問看護ステーションで使用しているソフトを確認してみるとよいでしょう。 なお、労働者名簿と賃金台帳は、厚生労働省のウェブサイトにテンプレートが公開されているので、ダウンロードして使用することができます。 労働者名簿の基本様式 ▼厚生労働省: 「労働者名簿 様式第19号」 https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoujouken01/pdf/b.pdf 賃金台帳の基本様式(常用労働者) ▼厚生労働省: 「賃金台帳 様式第20号」 https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoujouken01/pdf/d.pdf 出勤簿の基本様式例 「法定三帳簿」以外に整備が必要な書類は? 法定三帳簿以外にも保存期間の定めがある労働関係の書類があります。例えば労働条件通知書や定期健康診断の結果、年次有給休暇管理簿などです。 雇用に関する助成金の申請等の際に、これらの書類の提出が求められることも少なくありません。以下に労働に関する主な書類とその保存期間・起算日をまとめましたので確認しておきましょう。 表 労働に関する主な書類 保存期間が書類によって異なるため、注意する。 (※)労働条件通知書は、厚生労働省のウェブサイトより基本書式のダウンロードが可能。 ▼厚生労働省:「労働者を雇用したら帳簿などを整えましょう」 https://jsite.mhlw.go.jp/okinawa-roudoukyoku/library/okinawa-roudoukyoku/04rouki/houteichoubo.pdf ▼厚生労働省: 「労働基準法関係主要様式 ダウンロードコーナー」 法定三帳簿をはじめ、事業場で必要となる各種書類の様式がダウンロードできます。 https://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoujouken01/ ** 加藤明子 加藤看護師社労士事務所代表 看護師・特定社会保険労務士・医療労務コンサルタント 看護師として医療機関に在籍中に社会保険労務士の資格を取得。社労士法人での勤務や、日本看護協会での勤務を経て、現在は、加藤看護師社労士事務所を設立し、労務管理のサポートや執筆・研修を行っている。 ▼加藤看護師社労士事務所 https://www.kato-nsr.com/ 編集協力:株式会社照林社

インタビュー
2021年7月20日
2021年7月20日

質の高い看護を目指し地域に寄り添う―生まれる前から人生最期まで―

群馬県内でも有数の小児看護に力を注いでいる訪問看護リハビリステーションクローバー。助産師の経験を経て「継続して地域で母子に寄り添いたい」との思いから、2016年に開設しました。現在は母子を取り巻く問題に向き合い、新たな事業を展開し続けています。管理者インタビュー『My Care Style 』第2回目は、所長の野口和恵さんに開設から現在に至るまでのお話を伺いました。 ステーション開設時の奮励 Q ステーションを開設してからの経緯 開設当初はゼロからイチにする難しさを味わいました。最も大変だったのは利用者さんの獲得です。営業は未経験からのスタートなので、アポイントメントの取り方、名刺交換から学びました。新規利用者さんには、ステーションの強みや魅力を伝えることができなくて本当に苦しかったです。 利用者さんが少ないとステーション内の雰囲気もギスギスしてしまって。軌道に乗ればみんなの気持ちも前向きになって、いろいろ大変なことも乗り越えることができるんですけどね。 とにかく新規開拓のために、営業や管理者同士のつながりを作るほかにも、銀行の研修やビジネススクールにも通いました。異なる分野を知ることはステーション経営のヒントに繋がると思い、異業種の場には積極的に参加しました。 一歩先行く経営者の成功事例を学ぶとともに、そこに行きつくまでには、たくさんの失敗や苦悩があり、努力し続けていることを知りました。同時に「私だけではない」と思えたことで、苦しい時期を乗り越える原動力となりました。 管理者としての想い Q スタッフとの関わりで心がけていることは? 一人ひとりの得意分野を尊重しています。これまで経験してきた看護は、人によって違いがありますよね。「餅は餅屋」というように、ある分野が好きで夢中になっている人にはかなわないと思っています。クローバーの特色は小児看護と言っていますが、利用者さんは小児だけではないので、それぞれの得意分野を発揮できるような関わりを意識しています。ステーションの色に染まるのではなく、個々のカラーを大切にしたいですね。 また、多職種との連携については、連絡と連携の違いについて伝えています。よく、電話をして話をしたことで満足してしまうことがあります。しかしそれは連絡であって連携ではないですよね。連携というのは、一歩先の状況を見据えて、問題の答えが出せるような関わりを持つことだと思います。ここを理解できないと連絡だけで終わってしまうことがあるので、しっかり伝えています。 地域で母子を支えるために Q ステーションの強みとは? 助産師や小児科経験ある看護師がいるので、小児から高齢者まで幅広く訪問できることがクローバーの強みです。 また、2021年4月には、妊娠・出産・育児支援を行うN P O法人も立ち上げました。全国的にも、出産前から育児に特化している法人はまだまだ少ないと思っています。女性の一生を支えていくことができる体制があることも大きな特色ですね。 Q 小児看護で大切なこととは? 諦めない姿勢を持ち続けることだと思います。例えば、どんなに良い看護をしたとしても、その子が急に歩けたり、お喋りできたりするわけではないですよね。大事なことは、問題を解決することより、解決できない問題に対して諦めず家族と一緒に向き合い続けること。そして寄り添う姿勢を示すことだと思います。 「転びそうになったときに支えてくれた」「困っているときに相談に乗ってくれた」という存在であれば、小児を対象にする看護はできると思うんです。だから初めて小児看護に関わるスタッフには、このような視点で関わることができれば上手くいくと伝え、自信をつけてもらっています。 生まれる前から支えるしくみを Q 訪問看護で足りない部分を補う取り組みとは? 医療的ケア児や障がいのある子どもたちの訪問看護をしていく中、看護だけでは補えない母子の問題に直面しました。育児や生活って24時間ですよね。子育て中のお母さんたちは、休む時間や自分が自分になれる時間がなかなか持てません。それに、子どもたちも成長するための環境が必要だと思いました。そこで訪問看護だけでは足りない部分をサポートするために、児童発達、放課後デイサービス、生活介護などの多機能型通所施設を設立しました。 こうした活動を通して、妊娠・出産、育児に対する課題やお母さんたちの苦悩など、さまざまな課題が見えてきました。10代や妊娠期など、生まれる前の時期からケアをすることで、問題となっている部分が防止できるよう関わっていきたいです。そのためのしくみとしてNPO法人設立の経緯があります。 生まれる前から人生最期の日まで丸ごと支えられるよう、スタッフとともに質の高いケアを提供できるステーションを作り続けたいですね。そして、利用者さんの生活や取り巻く問題に寄り添い続けた取り組みをしていきたいです。 ** 株式会社プラスエヌ 代表取締役 訪問看護リハビリステーションクローバー高崎 所長 助産師/看護師 野口 和恵(のぐち・かずえ) 1978年生まれ。福岡県出身。二児の母。大学病院・総合病院勤務ののち、2016年訪問看護ステーションクローバーを設立。小児訪問看護に力を注いでいる。 会社名:株式会社プラスエヌ ステーション名:訪問看護リハビリステーションクローバー高崎 所在地:群馬県高崎市八千代町1-17-15 ホームページ:https://n-clover.jp

特集
2021年7月13日
2021年7月13日

公費54の請求方法

前回、難病患者が利用できるいくつかの制度について、概要をご紹介しました。今回は、そのうち難病法に基づく助成制度(公費54)での注意点や請求上のポイントをお伝えします。 概要 「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)にもとづく、医療費負担軽減の制度です。法別番号から、「公費54(ご・よん)」と呼ばれます。 助成内容 認定を受けた指定難病に対する医療費(訪問看護費、薬剤費を含む)が対象です。月の自己負担が一定額を超えると、その月の月末まで、自己負担分は公費で支払われます。 対象 指定難病のある患者が公費54を利用するには、 ①難病指定医による指定難病の診断を受ける ②診断書と必要書類を都道府県に提出し、申請する ③都道府県による審査が行われ、認定がおりると医療受給者証が発行される といった流れの手続きが必要です。 指定医療機関で特定医療(認定を受けた指定難病に起因する傷病への医療)を提供された際に、医療受給者証を提示し、医療費助成を受けることができます。 受給者証の確認 医療受給者証はこのようなものです。 ※実際の様式は自治体により異なります 通常のレセプトと同様、公費への請求も、正しい医療受給者証情報でなければ、実施したケアの医療費が支払われないことになります。被保険者証類とあわせて、確認のタイミングと確認方法を事業所で統一し、確認漏れがないようにしましょう。 (1) 有効期間 医療受給者証の有効期間外に提供した医療は、公費の対象とはなりません。 期限は1年で、更新するには新たに診断書作成が必要なので、難病指定医または協力難病指定医(更新の診断書のみ作成可能)の診断を受け、更新の申請をする必要があります。 なお現在は、新型コロナウイルス感染症拡大防止対応として、有効期限延長の特別措置がとられています。有効期間終了が令和2年3月1日~令和3年2月28日と記載の医療受給者証は、原則1年間有効期限を延長して取り扱うことができます。(※1) (2)自己負担上限額 自己負担上限額に達するまでは、自己負担分(主保険の負担割合に応じて1割または2割)を患者に請求します。 (3)指定難病名 指定難病の病名を確認します。公費への請求時に、提供したケアが起因する傷病に対するものであることを確認します。 (4)指定医療機関名 自治体によっては、特定医療を提供するには、この欄に医療機関名の記載が必要な場合があります。 (5)適用区分、公費負担者番号、受給者番号、氏名、住所 被保険者証と同様に、レセプト記載と合致していなければ、医療費の支払いが保留されレセプトが返ってきます。カルテなどと一致しているかを1字ずつ突き合わせて確認します。 ・文字の突き合わせのコツ すでにカルテなどに入力されている文字情報があると、人の目ではどうしても思い込みがあり、相違を見過ごしてしまう可能性があります。意味を読むことをせず、記号だと思って1字ずつ見ていくことで、見落としリスクが低くなります。 文字の並びを逆から見て確認する方法もあります。たとえば「1234567」なら、後ろから1字ずつ、1文字目の「7」と「7」は合っているか、「6」と「6」は合っているか、……と確認します。 2人以上で確認できる場合は、1人目は頭から「1234567」、2人目は後ろから「7654321」と確認します。このように、見る人を2人にするだけではなく、チェック方式を変えて2回チェックすることが、本来のダブルチェックです。 請求 医療保険の場合を例に説明します。公費54は介護保険での訪問看護も対象であり、介護レセプトでも考えかたは同様です。 ● 主保険が国保・後期高齢者医療なら国保連合へ、社保なら支払基金へ請求します。レセプトは公費併用レセプトになります。 ● 公費負担者番号・受給者番号の欄に、医療受給者証に記載の番号が記載されていることを確認します。 ● 主保険と54の併用の場合、「2併」を選択します。他にも公費がある場合は「3併」になります。 ● 特記事項欄に、適用区分を記載します。 ● 主保険へ請求する分は通常と同様に記載し、公費へ請求分を、右列の「公費分金額」へ記載します。 ● 特定医療※とそれ以外の医療が1枚のレセプトで混在するなど、公費適用有無の区別が必要な場合は、公費適用の項目に下線を引きます(レセプト記載内容から公費適用有無が明らかなら省略しても構いません)。 ※特定医療(認定された指定難病に対して、指定医療機関が提供する医療)以外にかかった医療費は、助成の対象となりません 。通常と同様に、負担割合に応じた自己負担と、主保険への請求になります。 市町村の助成との併用 難病を対象にした自治体独自の助成も数多くあり、次のようなタイプに分けられます。 (1)対象拡大 【例】国の指定難病以外に、自治体が独自に定めた疾病に対し、自治体による助成が行われる (2)助成額の拡大 【例】国の制度により発生する自己負担分を、一部自治体が補助し、患者自己負担をさらに軽減する 自治体独自の助成が利用できる場合は、対象や助成範囲を理解しておきましょう。 請求の際に重要なことは、国の公費が利用できる場合は、自治体の公費は国公費の後に使うことです。 たとえば、公費54と自治体の公費を併用する場合は、 主保険→公費54→自治体の公費の順で請求します。 例 ①    主保険…1割負担 ②    公費54…自己負担額1万円 ③    自治体の公費…1回の自己負担額上限が500円 の3つを併用する場合を考えてみましょう。  4月1日に訪問し、かかった費用が7000円だったとします。4月1日分の請求は、 (1)主保険への請求 この患者は1割負担なので、9割の6300円を主保険に請求します。 (2)公費54への請求 公費54の対象になるのは主保険負担分を差し引いた700円ですが、今月はまだ患者自己負担額が上限1万円に達していません。ですから、公費54への請求はありません。 (3)自治体公費への請求 自治体公費には、1回の自己負担500円を超えた額を請求します。 4月1日分は、500円との差額200円を自治体公費に請求し、患者には500円支払ってもらいます。 上記は1回の支払いの場合の考えかたですが、実際は、訪問看護では月まとめ請求が多いと思います。 月まとめ請求での考えかたについては、次回の記事でお伝えします。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】 東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医院。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版  【参考】 ※1 厚生労働省 令和2年4月30日事務連絡「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた公費負担医療等の取扱いについて」 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000626936.pdf ・難病の患者に対する医療等に関する法律(平成26年法律第50号) ・厚生労働省 保医発0327第1号 令和2年3月27日「「診療報酬請求書等の記載要領等について」等の一部改正について」 ・厚生労働省健康局難病対策課 令和元年6月「特定医療費に係る自己負担上限額管理票等の記載方法について(指定医療機関用)」

特集
2021年7月13日
2021年7月13日

第1回 訪問看護ステーションの「働き方改革」/[その2]新型コロナウイルス感染症他の災害対策:事業継続のために

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 令和3年度介護報酬改定で感染症・災害対策の強化が義務化されました。職員を守り、地域の利用者を守り続けられる、災害や感染症にも負けない訪問看護ステーションが求められています。 ●ここがポイント!・令和3年度介護報酬改定で感染症・災害対策の強化が義務化された。・国が提供するツールを活用して、効率よくBCPを作成しよう!・ステーション内だけでなく、他のステーションや事業所とも協働し、いざというときの連携体制をとれるようにしよう! 最近の自然災害・感染症にはどんなものがある? 2020年初頭から私たちの生活を脅かし続けている新型コロナウイルス感染症。最近では変異株が流行ってきているということもあり、1日でも早い収束が望まれるところです。 私たちの生活を脅かしているのは、新型コロナウイルス感染症だけではありません。最近の自然災害を見てみましょう。 2017年 7月 福岡県と大分県で集中豪雨。死者行方不明者40人以上2018年 6月 大阪府北部を震源とする震度6弱の地震2018年 6月~8月 東日本・西日本に記録的な猛暑2018年 7月 広島県、岡山県、愛媛県などに集中豪雨。死亡者200人以上2018年 9月 北海道胆振東部で震度7の地震。約295万戸が停電に2019年 8月 九州北部で長時間にわたる集中豪雨。観測史上1位の記録を更新した地域も2019年 9月 関東地方で過去最強クラスの台風(台風15号)2019年 10月 関東地方・甲信地方・東北地方などで記録的な大雨2020年 7月 熊本県を中心に九州地方や中部地方などに集中豪雨が発生2020年 1月 新型コロナウイルス感染症の拡大 ここ数年だけ見ても、各地で大規模な自然災害、甚大な被害が発生していることがわかります。 令和3年度介護報酬改定で義務化された感染症や災害対策 令和3年度介護報酬改定では、「感染症や災害が発生した場合であっても、利用者に必要なサービスが安定的・継続的に提供される体制を構築」することが求められるようになりました。 具体的には、日ごろからの備えと業務継続に向けた取り組みの推進として、次のことが求められます。 ◎感染症対策の強化(※3年の経過措置期間あり)〈目的〉感染症の発生やまん延等に関する取り組みの徹底を求めるため〈義務づけられる取り組み〉委員会の開催、指針の整備、研修の実施、訓練(シミュレーション)の実施等 ◎業務継続に向けた取り組みの強化(※3年の経過措置期間あり)〈目的〉感染症や災害が発生した場合でも、必要な介護サービスが継続的に提供できる体制を構築するため〈義務づけられる取り組み〉業務継続に向けた計画(BCP)等の策定、研修の実施、訓練(シミュレーション)の実施等 守るべき資源とはどんなもの? 災害や感染症の流行といった自然災害に遭遇しても、地域に必要な看護サービスを止めない、もしくは一時的に止めても再開できる事業所運営が求められます。そして、その看護サービス提供に必要な資源を守ることが重要です。 守るべき資源とは、まず職員。そして、建物・設備、そしてライフライン(電気・ガス・水道・情報通信など)です。 なお、雇用契約を結んだ時点で、ステーションには職員の安全や健康を守る義務(安全配慮義務)が発生し、労働安全衛生法に従い、さまざまな措置を講じる義務があります。 ①安全衛生教育(労働安全衛生法第59条)事業者は労働者に対して、雇入れ時および作業内容の変更時などに、安全衛生教育を実施 ②健康診断(労働安全衛生法第66条)事業者は常時使用する労働者に対して、雇入れ時および1年以内ごとに1回、定期的に健康診断を実施 上記以外にも、感染予防に努めたり、体調不良の職員がいた場合は勤務調整などを行わなければいけません。 最近の自然災害の状況を見てもわかる通り、水害や地震、停電など人命やライフラインに影響が起きるような災害が発生しています。 職員の生命を守るためにも、そして地域で事業継続し、必要な看護を届けるためにも、災害の種類に応じた資源の守り方や事業継続のしかたを考えていきましょう。 まず、業務継続に向けた計画(BCP)等を作成してみよう! まずは、業務継続計画(BCP)を作成してみましょう。厚労省のホームページでは、BCPを作成するための研修動画やガイドライン、ひな形が掲載されています。 ▼厚生労働省HP:介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/hukushi_kaigo/kaigo_koureisha/douga_00002.html 研修動画を見ながら、そしてひな形を活用しながら、ステーションの防災・減災の取り組みの活動の一環として職員の方々と対話をしながら作成していくとよいでしょう。また、地域の訪問看護ステーション連絡協議会などの会議の場で、各地域で想定される自然災害や各ステーションの防災対策、連携方法や情報共有方法などについて話し合い、いざという時の協力関係を結べるようにしておきましょう。 なお、内閣府の防災情報のページから、都道府県ごとに設けている防災に関するホームページにアクセスすることができますので、ぜひご確認ください。 ▼内閣府HP:各自治体防災情報 ホームページ一覧http://www.bousai.go.jp/simulator/list.html 加藤明子 加藤看護師社労士事務所代表看護師・特定社会保険労務士・医療労務コンサルタント 看護師として医療機関に在籍中に社会保険労務士の資格を取得。社労士法人での勤務や、日本看護協会での勤務を経て、現在は、加藤看護師社労士事務所を設立し、労務管理のサポートや執筆・研修を行っている。 ▼加藤看護師社労士事務所https://www.kato-nsr.com/ 編集協力:株式会社照林社

コラム
2021年7月13日
2021年7月13日

医療制度・介護制度などに関しての知識と礼節・礼儀などを実践できる素養

前回は医師のいない場で医療的判断を行うスキルなどについてお話ししました。第5回は、医療制度・介護制度や礼節などについての考え方をお話ししたいと思います。 訪問看護師に必要な8つのスキル・知識 ①本人の思い・家族の思いを吸い上げるスキル ②本人・家族の平時の生活を想像するスキル ③他職種とコミュニケーションを取るスキル ④マネジメントスキル ⑤医師のいない場で医療的判断を行うスキル ⑥在宅療養患者に起こりやすい疾患・状態に対しての看護スキル(工夫力) ⑦医療制度・介護制度などに関しての知識 ⑧礼節・礼儀などを実践できる素養 医療制度・介護制度などに関しての知識 病院や外来診療所から在宅医療現場で業務をする際に留意すべき点はこれまでのコラムでも数多くお話ししてきましたが、今回は医療保険や介護保険といった制度面についてお話しします。病院や外来診療所は、基本的には医療保険(診療報酬)制度の中で医業収益を上げています。その際、診療報酬には項目ごとにさまざまな要件があり、各医療機関は要件に沿う形で業務を行っています。もちろん訪問看護ステーションも同様ですが、訪問看護の場合は医療保険制度だけでなく、介護保険制度にも則る形での業務が求められます。 私自身もそうでしたが、病院勤務の時代は診療報酬に関しての知識はほとんどなく、あるとしても、「7対1看護配置での入院期間は18日以下をめざす」(平均在院日数)や、「ある程度の退院患者さんは転院ではなく、自宅に戻さないといけない」(在宅復帰率)、「DPC制度においては、入院期間が長くなると、1日単価は減る」(DPC制度における入院期間Ⅰ~Ⅲ)といった知識程度でした。病棟師長や主任といった管理経験のある看護師さんは、詳しいと思いますが、その経験がない方は、やはりなじみの薄い知識なのではないでしょうか。また、薬剤を使いすぎると返戻が来る(いわゆる「切られる」)といった感覚は多少なりともありましたが、各患者さんの病態ごとで、医療行為をどの程度実施してよいか、といった感覚もあまり持ち合わせていませんでした。 一方、在宅医療現場(特に訪問看護)においては、医療保険と介護保険の両制度の中で、業務を行う場面が非常に多くなり、業務自体が複雑化しています。さらにその制度理解は訪問看護ステーションの管理者だけでなく、各スタッフも制度を知らないと、看護プランを検討するといった日常業務に支障を来すことも多くなってしまいます。 今回お話しすることは、訪問看護の経験が長い方にとっては、すでに実践されていて真新しいことは少ないとは思いますが、訪問看護を始めて間もない方、またこれから始める方向けに制度理解で必要なことを整理したいと思います。なお、訪問看護ステーションには機能強化型訪問看護ステーションといった届出上の制度理解も必要ですが、これは管理職の方がメインとなる知識のため、今回は訪問回数などに関連する事項について、お話しをさせていただきます。 なぜ制度を理解しないといけないか 訪問看護には、冒頭で申し上げたように医療保険での訪問看護と、介護保険での訪問看護があり、前者は医療保険のため、診療報酬と同様の建て付けで医療費として患者費用負担が発生し、基本的に1日1回・週3回までの訪問(訪問看護を実施する訪問看護ステーションは1か所まで)となる。また介護保険での訪問看護は、ケアマネジャーが作成するケアプランに則った形で訪問看護を実施します(介護費として利用者費用負担)。なお、介護保険優先の原則上、多くの場合は介護保険での訪問看護を実施することとなります。 これらから分かるように、なぜ制度を理解しないといけないか?に対しての回答は、「看護プランに大きく関わる訪問可能回数などにルール(規制)があるから」となります。さらに医療保険での訪問看護は、1日あたり訪問回数、週当たり訪問可能日数、複数のステーションからの訪問看護が可能かどうかなど、制度上のルールが細かく決まっています。 このため、医療保険での訪問看護にせよ、介護保険での訪問看護にせよ、各訪問看護師が独自の判断で「この方には、もっと看護が必要だから、もう少し訪問看護回数を増やそう」というわけにはいかない形となります。病棟看護業務においては、入院患者さんの病態に応じて、自身の判断で何度も患者さんの状態確認のためにベッドサイドに足を運ぶことは多いと思いますが、訪問看護では条件にもよりますが、それが医師からの特別訪問看護指示を受けるなどしないとできなくなるのです。 訪問回数などにかかる制度(ルール) では、訪問看護にあたり知っておくべき制度(ルール)について整理したいと思いますが、ここで細かい制度を記載すると非常に膨大になってしまいます。そのため、確認すべき患者・利用者の状態と、それに紐づけられる訪問回数などに関わるルールを記載します。基本的な確認事項は、訪問看護に関しての訪問回数などの制限有無を確認する作業となります。 【訪問プランに関わる確認すべき患者・利用者の疾患等(いずれか該当する場合、医療保険)】 ①厚労大臣が定める疾患である ②介護認定を受けていない ⇒厚労大臣が定める状態か否かの確認 ③特別訪問看護指示が出ている 上記➀-③いずれかに該当する場合は、医療保険での訪問看護が実施可能となります。各項目についての留意事項は下記のとおりです。 ➀「厚労大臣が定める疾患」について 末期がんや神経難病の方が該当します(詳細は「別表7の疾病(厚生労働大臣の定める疾病等)」を参照)。1日複数回・週4日以上の訪問が可能。 ②「介護認定を受けていない」について 年齢の理由(40歳未満等)で介護認定を受けていない方は、医療保険での訪問看護の適応となりますが、ここではさらに、厚労大臣が認める状態かどうかの確認が必要となります。厚労大臣が必要な状態とは、気管カニューレや人工肛門などを使用している方が該当(詳細は「別表8の状態(厚生労働大臣の定める状態等)」を参照)し、その場合、1日複数回・週4日以上の訪問が可能(該当しない場合、1日1回、週3回まで)。 ③「特別訪問看護指示が出ている」について 急性増悪、終末期、退院直後、真皮を越える褥瘡の方などについて、医師から特別訪問看護指示が出ている場合が該当。その場合、1日複数回・週4日以上の訪問が可能。 訪問回数などに関して、表にまとめたものが上図になりますが、図中【その他】の欄をご覧頂くとわかるように、訪問回数以外にも、滞在時間90分を越える訪問看護が可能かどうか(加算が算定できるかどうか)、2名以上の複数名での訪問看護が可能かどうか(加算が算定できるかどうか)など、さらに細かく要件がわかれているため、ご注意ください。 ここでは、訪問回数などに関わる制度面を中心にお話しさせていただきました。繰り返しになりますが、これらは管理者の看護師さんだけが知っていればよいものではなく、訪問看護のプランにも関わることのため、ぜひ管理者以外の看護師さんも担当される利用者さんが「厚労大臣が定める疾患等」なのか、「厚労大臣が定める状態等」なのかを確認していただき、それらをもとに訪問回数などの看護プラン立案にぜひ役立てていただきたいと思います。 礼節・礼儀などを実践できる素養 訪問看護師に必要な8つのスキル・知識の最後として、礼節・礼儀を挙げたいと思います。 「礼節」というと病院・外来診療所、在宅現場など、どの場面においても必要な素養になりますが、病院と在宅現場の違いとなると、受け入れる側と受け入れてもらう側が逆転することにあります。要はどちらが「お邪魔します」なのか、そこに違いがあるのです。 病院などにおいては(特に入院の場合)、患者さん側が「お邪魔します」になるため、心理的に少し腰が低くなる傾向にあります(もちろん、低くする必要はないのですが…)。それにより医療従事者側に多少礼節に欠いた素振りがあったとしても、信頼関係に支障を来さないことが多いです。一方、在宅現場では医療従事者側が「お邪魔します」になるため、病院における立場とは逆転します。しかし、そういった中でも病院における医療従事者-患者・利用者関係のまま、ご自宅に訪問すると、医療従事者の態度・振る舞いなどの細かい部分をご家族が気にされることが増え、結果的に信頼関係を損なってしまうことがあります。 例えば病院においては、患者さんの病室に入る時に、入室する順番などはあまり気にされないと思いますが、利用者さん宅の場合、基本的に医療者側が「お邪魔します」になるために部屋に入る順番は、家族が最初となります。また、玄関での靴の揃え方、スリッパの揃え方など細かい部分での留意も必要となるなど、こういったことのひとつひとつが結果として、利用者さんやそのご家族との信頼関係構築に大きく寄与することとなります。 ただし、これらは訪問看護師さんにとって問題ないことが多く、むしろ医師側に課題があることが多いです。そのため、訪問看護の本来業務では無いですが、医師に同行する場合、そのサポートや指摘をいただけると、より一層ご本人・家族とチームの信頼関係が構築できると考えています。 また素養とは異なるかもしれませんが、利用者さんとの信頼関係構築には言葉遣いも重要です。もちろん利用者さんに対しては、敬語が基本となりますが、場面や相手によって遣い分けをすることで、より関係性が良好なものとなり得ます。というのも、敬語は場合により「お高くとまっている」と受けとられることがあり、遣い続けることにより信頼関係を損ねてしまうことがあるためです。これは地域性などもあるようですが、何人かの訪問看護師さんから敬語の難しさを伺ったことがあります。そのため、初回訪問から一定期間が経過したあとには、友達口調(いわゆる「タメ語」)を遣うかの検討をすることになりますが、言葉遣いによる相手の反応を見ることが信頼関係を損ねないポイントと言えます。 多くの場合、友達口調は自然な流れの中で出てくるものだと思いますが、それによる利用者さんやご家族の表情の変化を簡単にチェックしてみてください。表情の変化などがある場合は、利用者さんは友達口調に違和感を抱いている可能性があります。反対に敬語を遣い続けている状態で、初回訪問から一定期間経過しているにも関わらず、会話のキャッチボールがうまくいかない場合などは、利用者さんが敬語に違和感を抱いている可能性があるため、言葉の端々に友達口調などを入れ、相手の反応を少し見てみてください。 言葉遣いにも、色々とコツがありますが、ぜひ上手く遣うことで、利用者さんやご家族とより良い信頼関係を築いていただければと思います。 ここでは、礼儀・礼節についてお話しさせていただきましたが、基本的には病院・在宅に関係なく、一番重要なのは相手を敬う気持ちです。それがあれば、利用者さんやその家族との信頼関係を損なうことはないと考えています。 本コラム第5回目として、医療制度・介護制度などに関しての知識と礼儀・礼節ついて述べさせていただきました。次回は、本コラム最終回として、これまでの総括をお話しさせていただきたいと思います。 ** 医療法人プラタナス松原アーバンクリニック訪問診療医 / 社会医学系専門医・医療政策学修士・中小企業診断士 久富護 東京慈恵会医科大学医学部卒業、同附属病院勤務後、埼玉県市中病院にて従事。その後、2014年医療法人社団プラタナス松原アーバンクリニック入職(訪問診療)、2020年より医療法人寛正会水海道さくら病院 地域包括ケア部長兼務。現在に至る。

特集
2021年7月6日
2021年7月6日

難病患者が利用できる制度

医療費助成(公費)制度がかかわる場合の報酬請求は、訪問看護師からよく質問が寄せられるテーマでもあります。今回から4回にわたり、難病患者への訪問看護提供にあたって請求上も重要な、公費について解説します。 第1回目は、難病患者が利用できる制度の概要を解説します。 医療費負担軽減の制度 介護保険ではなく医療保険による訪問看護が可能な疾病があることは、訪問看護師の皆さんならよくご存知のはず(別表7 厚生労働大臣が定める疾病等)。これらの多くは指定難病でもあり、かかる医療費は公費として国から助成されます。 別表7 厚生労働大臣が定める疾病等 ・多発性硬化症(難) ・重症筋無力症(難) ・筋萎縮性側索硬化症(難) ・脊髄小脳変性症(難) ・ハンチントン病(難) ・進行性筋ジストロフィー症(難) ・パーキンソン病関連疾患(進行性核上性麻痺、大脳皮質基底核変性症及びパーキンソン病(ホーエン・ヤールの重症度分類がステージ三以上であって生活機能障害度がⅡ度又はⅢ度のものに限る。))(難) ・多系統萎縮症(線条体黒質変性症、オリーブ橋小脳萎縮症及びシャイ・ドレーガー症候群)(難) ・亜急性硬化性全脳炎(難) ・ライソゾーム病(難) ・副腎白質ジストロフィー(難) ・脊髄性筋萎縮症(難) ・球脊髄性筋萎縮症(難) ・慢性炎症性脱髄性多発神経炎(難) ・スモン ・プリオン病 ・後天性免疫不全症候群 ・頸髄損傷 ・人工呼吸器を装着している状態 ・末期の悪性腫瘍 ※(難)マークが難病指定されている疾患 これら難病の認定を受けた患者は、訪問看護費の請求も通常とは異なります。 公費54(難病) 「難病の患者に対する医療等に関する法律」(難病法)で、医療費負担軽減の制度が定められており、患者の自己負担が毎月一定額で済みます。法別番号が54のため、「54(ご・よん)」と呼ばれます。 助成対象 指定難病の病名があり、医療受給者証をお持ちの方が助成対象です。指定難病は2021年6月時点で333疾患ありますが(※1)、病名があるだけでは助成対象ではありません。 助成内容 ・特定医療 認定された指定難病に対する医療を特定医療といいます。助成は特定医療のみが対象です。医療受給者証をお持ちの方でも、認定された難病に起因しない傷病に対する医療費等は、助成対象にはなりません。 ・指定医療機関 特定医療を提供するには、都道府県知事の指定を受けた医療機関・保険薬局・訪問看護事業所でなければなりません。 仮に、指定がないままで訪問看護を受けると、医療受給者証をお持ちの患者でも、医療費助成は使えません。 認定がない事業所で新たに公費54を扱えるようにするには、都道府県に指定医療機関申請を行い、認定を得る手順を踏むことが必要です。 ・自己負担 患者の収入などによって、自己負担上限額が決まります。その上限額を超えると、それ以降月末までの自己負担分は、すべて公費から支払われます。また、主保険の負担割合が3割の人は、自己負担上限額までの自己負担が2割に変わります(1割負担の人は1割のまま)。 その他 難病(54)のほかにも、難病の患者が利用することがある助成制度をおさらいします。 更生医療(15)と育成医療(16)(自立支援医療) 更生医療(15)と育成医療(16)は、障害者総合支援法(旧・障害者自立支援法)による医療費助成の制度です。法別番号から、それぞれ「15(いち・ご)」「16(いち・ろく)」と呼ばれます。 更生医療は18歳以上、育成医療は18歳未満で、身体障害者手帳を持つ人のうち、福祉事務所の認定を受けた患者が対象です。 自立支援医療も、都道府県知事の指定を受けた医療機関でなければ、公費負担を適用することはできません。 ・自己負担 自己負担のしくみは54と似ています。15・16とも、自己負担が原則1割になり、かつ、月の自己負担が上限額を超えると、それ以降月末までの自己負担分は、公費から支払われます。 小児慢性特定疾病(52) 小児慢性特定疾病に関する医療費助成(公費52。「52(ご・に)」と呼ばれます)は、18歳未満(引き続き治療が必要であると認められる場合は、20歳未満)で、定められた慢性疾患があり認定を受けた患者が対象です。 この52も自己負担が2割になり、月の上限額を超えると自己負担がなくなります。 生活保護の医療扶助(12) 生活保護受給中の申請が認められると、医療費の自己負担分は全額公費で支払われます。生活保護は法別番号12なので「12(いち・に)」と呼ばれます。 生活保護受給中は、ほとんどの患者は主保険がない状態です(生活保護世帯は国保の被保険者資格を返却する)。優先順位第一の主保険がないため、生活保護以外の公費がない場合は、公費12に100%請求します(公費単独レセプトを作成)。 公費12のほかにも使える公費がある場合は、他の公費が優先され、生活保護(12)は最後になります。 市町村独自の助成 上にあげた公費はすべて、国の公費です。 このほか都道府県や市区町村で、自治体独自の医療費助成制度を定めているところもあります(〇〇市こども医療制度、〇〇市障がい者医療費助成制度、〇〇市難病助成制度、など)。 受給者証を複数お持ちの方へ訪問看護を提供する際は、公費適用の優先順位をしっかりと把握することが重要です。 優先は、主保険→国の公費→地方自治体の公費→生活保護、の順番です。 上に紹介した公費であれば、まず主保険が優先、次に国の公費です(3割負担の人なら7割を国保などに請求)。国の公費適用後に生じる自己負担(たとえば上限額までの自己負担)は、地方自治体の公費の適用となります。生活保護は国の公費ですが、例外的に、優先順位は最後です。 別表7と指定難病 別表7に該当する疾病をもつ患者には、医療保険による訪問看護、週4日以上の訪問看護、指示があれば複数の訪問看護ステーションからの訪問看護や、1日に複数回の訪問も可能になります。 注意が必要なのは、指定難病でも別表7にない病名も多いことです。難病は、2021年6月時点で333疾患あります。 難病の医療者証をお持ちであっても、医療保険の訪問看護ができるとは限りません。 逆に、別表7の患者で、医療保険で訪問看護可能な方でも、医療費助成はない例は多いです。 ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】 東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医院。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】 ※1 厚生労働省 指定難病病名一覧表[Excel形式:26.4KB] https://www.mhlw.go.jp/content/000522616.xlsx (2021年6月30日)

特集
2021年7月6日
2021年7月6日

第1回 訪問看護ステーションの「働き方改革」/[その1]訪問看護ステーションで押さえておきたい「働き方改革」

連載:働きやすい訪問看護ステーションにするための労務管理ABC 「働き方改革」は、働く人たちが個々の事情に応じた多様な働き方を自分で「選択」できるようにするために、国が強力に進めている施策の1つです。働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(いわゆる「働き方改革関連法」)によって、労働基準法などが改正され、2019年4月より順次施行されています。 ●ここがポイント! ・「働き方改革」、まずは「労働時間管理」や「有給休暇管理」から始めてみよう! ・「働き方改革」をサポートしてくれるさまざまなサービスも活用しよう! ・誰でも働き続けたくなる魅力的な職場づくりのために前向きな取り組みとアピールを 働き方改革がめざすもの 日本国内の生産年齢人口(15歳以上65歳未満の人口)は1990年代がピークで、それ以降は減少傾向が続いており増加の見込みもないのが現状です。一方で、働く人たちの働き方(働く時間、働く場所、仕事内容など)のニーズの多様化も進んできています。このような状況の中で、働く人一人ひとりがよりよい将来の展望を持てるようにすることをめざして進められているのが「働き方改革」です。 具体的には、「労働時間」「保健」「有給休暇」「賃金」の各項目において、大企業、中小企業別に次の表のようなスケジュールで改革が進められています。ここで言う「中小企業」とは、資本金の額または出資の総額が5000万円以下、または常時使用する労働者の数が100人以下の企業のことを言いますから、訪問看護ステーションはほとんど中小企業になると思われます。 表 働き方改革関連法施行スケジュール 訪問看護ステーションの「働き方改革」のポイント 訪問看護ステーションが取り組むべき「働き方改革のポイント」としては、以下の5つの義務が挙げられます。 ①労働時間の客観的な把握の義務づけ ②時間外労働の上限規制 ③年5日間の年次有給休暇の取得の義務づけ ④同一労働同一賃金 ⑤月60時間を超える残業に対する割増賃金率の引上げ この中でまずは、「労働時間の客観的な把握の義務づけ」「時間外労働の上限規制」や「年5日間の年次有給休暇の取得の義務づけ」への対応を進めていきましょう。 労働時間の把握義務化への罰則はありませんが、従業員の労働時間の把握・管理を怠り、時間外労働の上限規制や年5日間の有給休暇取得義務に違反した場合、法律で罰則が科せられます。 「働き方改革」をサポートしてくれるツールやサービス 「労働時間の客観的な把握の義務づけ」、「時間外労働の上限規制」や「年5日間の年次有給休暇の取得の義務づけ」については、いずれも2019年4月より施行されていますが、施行された当時よりも現在は、働き方改革に対応するための業務運営用のソフトやサービスが改善されています。 例として、「労働時間の客観的な把握の義務づけ」について、簡単に説明しましょう。 労働時間の客観的な把握の義務づけ」への対応策としては、以下のようなことを行う必要があります。 ◎原則として「タイムカードやICカード、パソコンの使用時間の記録」などの客観的な方法で労働時間を把握する。 ◎法律の「労働時間」の考え方に沿って、労働時間を取り扱う。 ◎管理監督者を含む、すべての労働者を対象 こうした「労働時間の客観的な把握の義務づけ」を支援するために、さまざまな業務用ソフトやサービスが開発されています。 例えば、 ・クラウド型勤怠管理システム ・ICタイムカード ・スマホやタブレットで利用できる専用のアプリ このほかに、 ・介護ソフトにタイムカード機能・勤怠管理機能が追加 ・給与計算ソフトにタイムカード機能・勤怠管理機能が追加 ・給与計算ソフトと連携機能をもった無料の勤怠管理アプリ などのサービスが開発・提供されています。 すでにご使用になっている業務運営ソフト(介護ソフトや給与計算ソフトなど)に、勤怠管理や有給休暇管理などの機能が追加されていないか、また、現在使用されている業務運営ソフト以外にも、使いやすかったり、手ごろな価格で利用できる自社に合ったサービスはないか、調べてみてはいかがでしょうか。 「働き方改革」は職場の魅力につながります! さらに最近では、新型コロナウイルス感染症の対応として、テレワークを推進したり、利用者さん宅に直行・直帰を認めているステーションもあります。テレワーク勤務や直行・直帰の問題点としては、職場内のコミュニケーションの機会が減少してしまうことがしばしば挙げられますが、一方でそれを補うような取り組みを進めているステーションは、職員の勤続意欲も高まります。 職場環境の改善を行い、職員が安心して働き続けられる職場づくりを行っているステーションは、人材確保や人材定着にもつながり、そして利用者やご家族の安心感や信頼にもつながるのです。ぜひ前向きに取り組み、アピールしてください。 ** 加藤明子 加藤看護師社労士事務所代表 看護師・特定社会保険労務士・医療労務コンサルタント 看護師として医療機関に在籍中に社会保険労務士の資格を取得。社労士法人での勤務や、日本看護協会での勤務を経て、現在は、加藤看護師社労士事務所を設立し、労務管理のサポートや執筆・研修を行っている。  ▼加藤看護師社労士事務所 https://www.kato-nsr.com/ 編集協力:株式会社照林社

インタビュー
2021年7月6日
2021年7月6日

訪問看護業界が次のステージへ進むために

この対談では、訪問看護ステーションの経営課題、改善点についてお話しいただいています。テーマにしたのは、新幹線清掃の仕事ぶりが『7分間の奇跡』と注目された、株式会社JR東日本テクノハートTESSEI(以下「テッセイ」という)の業務改善内容です(※1)。まったく異なる業種ですが、そこには学ぶべき多くのヒントがありました。 奇跡的な業務改善を成し遂げたテッセイをテーマに行ってきた対談も最終回となります。今回は、企業経営で最も重要となる人材について、そして今後訪問看護事業が拡大していくために必要な改善点について、テッセイの改革から学ぶべきポイントをお話しいただきました。 会社が求める人材を採用し、育てるためには 大河原: 当社に限らず、業界全体で人材確保は大きな課題です。現状では、看護師の就業先は病院が大多数で、当社に限らず業界全体として訪問看護師が不足しています。 面接に行けば合格が当たり前。採用面接は勤務条件などの要望が合うかどうかの確認のみで終わってしまいがちです。そのせいか、採用してもすぐに辞めるとか、採用した人が向いてなかったというケースもあります。 芳賀: 社員の育成や教育は企業経営で一番の要になりますね。まずは、求めている人材をどう採用していくか考えていく必要があります。 教育についても、今の訪問看護師さんはスキルの種類もレベルもバラバラだと思いますので研修内容が大変ですね。 大河原: 教育について、なかなか業界のスタンダードがないのが現状です。 当社ではOJTのほかに、eラーニングを活用しスキルや職種に合わせた教育を実施しています。ステーションの所長については毎週、会議と研修をセットで実施していますが、管理職用のカリキュラムはまだできおらず、不十分だと感じています。 採用や教育について、改善に向けての事例などがあったら教えていただけますか? 芳賀: 私は採用も教育も、本人に考えてもらうことがすごく重要だと思っています。 採用であれば、訪問看護師が遭遇するような場面をケースにして、「あなただったら、どうしますか?」「なぜそのようにすると考えましたか?」と質問するのは効果的です。その人がどのような視点で判断をしているかがわかると思います。また、それを理論的に説明できることが重要で、「前の職場でそうしていたから」というような答えだと、自分で考えない人だということが予測できます。 これは看護師だけではなく、理学療法士や作業療法士でも同じです。企業や介護の分野ではこうした方法を取り入れているところがありますね。 大河原: なるほど。当社であれば、理念である利用者さんの療養生活を支えるという視点を持っているかいないかを、採用時に確認するのは非常に重要だなと感じました。 【テッセイの改革】 テッセイは人材こそが企業の命であると考え、社員採用にはかなり力を入れています。社員比率を増やすことでスタッフに働く意欲が芽生え、仕事のクオリティが上がり、お客様満足度もアップしたのです。 1年以上のパート経験者は誰でも社員採用試験を受けられますが、全受験者に筆記試験と個人面接が行われます。面接では、「会社の目指す目標に対して、自分はどう考え行動しているか」「現在の職場の課題は何か、その解決方法をどう考えるか」といった質問を行い、改善に向けて努力を続けてくれる人材を発掘し育てることを重視しています。 大河原: 看護師は仕事がすぐに見つかるため、転職も多いです。そのせいか会社への帰属意識が低く、経営理念も気にしない人が多い業界です。 当社では、経営層と現場スタッフが同じ目標を目指して進んでいくために、私の想いや理念を口が酸っぱくなるほど伝えていますが、中には理解しないで退職してしまう人もいます。 経営層とスタッフが同じ理念のもと、より良いサービスを提供できるようになるには、どのような教育が必要でしょうか。 芳賀: リカバリーさんであれば、利用者さんの生活を支えるというミッションについて、自分がするべきことは何なのかを徹底的に自ら考えてもらうことにつきるのかなと思います。 言葉で理念を伝えられても、それを自分ごとに置き換えて考えられない人もいると思うので、自分の具体的な行動に結びつけて考える機会を与えることが必要です。 大河原: 会社の考えや理念を、経営側から一方的に発信するだけではなく、社員からも理念についての考えを発信してもらうことが重要なのですね。そうすることによって、この会社で働くことの意義を理解し、帰属意識も生まれてくる。 会社の理念を覚えるとか、理解するとか、一緒に考えるとか、この業界にはそうした習慣がないので、まずはそこから改善していかなければならないですね。 芳賀: 理念が本当の意味で浸透すれば、それがいろいろな形で表れてくると思います。前回お話しした自分を褒めるとか、ほかの人を褒めるというのも、「看護の技術があがった」とかではなくて、「こんなことで利用者さんの大きな生活の支えになった」というように、褒め方にも理念が表れるようになることが理想だと思います。 今回の対談を終えて 大河原: 私は本格的に経営を勉強したことはありません。どうしたら医療従事者が働きやすくなるか、利用者さんが相談しやすくなるかを考えた結果、あえて独自の方針で経営してきました。本社での事務作業の一括管理、経費や問題点も含めた業務の見える化など、さまざまな試みを行っています。 ですので、お話をうかがって、今実践していることが間違っていなかったと感じてホッとしています。 トップダウンとボトムアップという意味でも、従業員や役職者の意見を聞く機会は作っています。ただしこれは、当社が120人ぐらいの規模だからできるのかもしれません。規模が変わってもコミュニケーションを継続していけるしくみをつくらなければいけないと感じました。 そして、テッセイが実践している改革で、最も感銘を受けたのが「働いている仲間のいいところを見つけて認めあう」ということです。 訪問看護業界には「褒め合う文化」が足りないということを改めて認識しました。これまでなかった文化なのでハードルは高いですが、当社もミーティングの中で褒め合う時間を作るなどして、取り組んでいきたいです。これが実践できれば、生きがいとか、モチベーションを持って仕事ができる環境になり、訪問看護師が増えない状況が少しは改善されるのではと思いました。 芳賀: 今回お話ししたことは、一般企業ができていて医療業界ができていないということではありません。それぞれの事業で模索しているのが現実で、さまざまな業界共通のチャレンジだと思っています。 訪問看護は、日本の医療制度で重要な役割を担っており、社会から求められていることは間違いありません。これから業界が発展していくためには、大手事業者も新規参入者も、違う分野からも経営を学ぶ姿勢が必要だと思います。 大河原社長にはその先導役として、これからもぜひ頑張っていただきたいです。 大河原: 訪問看護は、まだまだこれからの業界です。うちは無理だなとか違うなと思わず、意識を変えて、成功事例を真似したり、新しいことにチャレンジしたりするべきだと思います。 私がいつも思っているのは、まず業界自体が拡大しないと、世の中における訪問看護の認知度があがらないということです。今回のような良い情報はどんどん共有し、訪問看護ステーションが増え、訪問看護師が増えるような流れになってほしいと強く思っています。 今回は貴重な機会をいただき、ありがとうございました。 【テッセイの改革】 矢部氏は、テッセイがビジネス界で注目されている理由は、テッセイの「スタッフに対するおもてなしの考え方と実践の仕方」、そして「組織のマネジメント方法」だと言っています。これからの経営には、管理やコントロールだけで組織を動かすのではなく、テッセイのように「会社はスタッフの努力をいつも見ている」という姿勢を持ち、会社とスタッフが信頼関係を結ぶことが重要だと考えられているからです。 テッセイのやる気革命は、どの会社でも実現しうることです。それぞれの会社にふさわしい方法で、スタッフのやる気を引き起こすしくみを作っていくことで、会社とスタッフが共創する経営を実現するのです。 ** 名古屋商科大学大学院、NUCBビジネススクール 教授 芳賀 裕子   【略歴】 慶應義塾大学卒。慶應義塾大学経営管理研究科修了(MBA)。筑波大学大学院ビジネス科学研究科後期博士課程修了。博士(経営学・筑波大学)。プライスウォーターハウスコンサルタント(株)にてコンサルティングに従事。その後コンサルティング事務所を立ち上げ、大手企業のヘルスケア分野への新規参入コンサルティングを30年近く実施。医療、健康関連、介護、ヘルスケア業界を得意とし、ベンチャー企業取締役、ヘルスケア事業会社の執行役員なども歴任。 Recovery International株式会社 代表取締役社長/看護師 大河原 峻  【略歴】 看護師として9年間臨床に携わった後に、オーストラリアで働くが現実と理想のギャップに看護師として働く自信を失う。その後、旅行先のフィリピンの在宅医療に強い衝撃を受け、帰国後にリカバリーインターナショナル株式会社を設立。設立7年で11事業所を運営し(2020年12月時点)、事務効率化や働き方改革など、既存のやり方にとらわれない独自の経営を進める。  【参考書籍】 ※1 著・矢部輝夫、まんが・久間月慧太郎(2017)『まんが ハーバードが絶賛した 新幹線清掃チームのやる気革命』、宝島社

コラム
2021年7月6日
2021年7月6日

適切な人材を「選考」して「入職」に繋げる

採用したい人材を取りそこねたり、間違った選考で良くない人材を採用してしまったり…といった経験はないでしょうか。適切な人材を採用する力である『採用力』の構成要素の1つである「採用オペレーション」とは、募集→応募→面接→選考→内諾→入職といった一連のプロセスの効率性を上げていく取り組みです。第5回では、限られた応募者の中から適切な人材を「選考」して「入職」に繋げるまでの具体的な取り組みを紹介します。 優れた選考手法は「ワークサンプル」×「構造化面接」 ●サッカー選手を面接で採るクラブはない。サッカー選手であれば、ゲームや練習を通したトライアウトで選ぶもの。 (出典:髙橋潔著『就活イノベーション~脱・母集団形成と面接重視~』オンライン書籍,2016) 選考について、最初に紹介したいのがこの「サッカー選手を面接で採るクラブはない」という視点です。選考の目的は「仕事をやらせてみたら成果を出せる」人材を採るために採用前にそれを見極めることです。もし、サッカー選手を選考するのであれば、ゲームや練習を通したトライアウトで選ぶのであって、面接だけで選考することはありません。サッカーなどのスポーツ選手に限らず、ほかの職種でも面接中心の選考プロセス自体を考え直す必要があることがわかります。 これは実際の研究結果でも証明されているのですが、応募者の採用後の業績予測について最も優れているのは「ワークサンプル」、つまり実際の仕事内容に従事させ、その優秀さを評価するという方法です。その次に優れているのが後述する「構造化面接」という面接手法です。そして、一つの選考手法よりも複数の選抜手法を組み合わせた方が、選考の精度が上がることが研究でわかっています。       (出典:服部泰宏著『採用学』新潮社,2016) 実際の選考プロセスの中で仕事をしてもらうことは難しいですから、当事業所ではこの視点を取り入れた「面接時の同行見学」を行っています。 応募者には半日以上の訪問看護の同行見学を行い、その後に面接を行うという方法です。拘束時間が長くなることで応募のハードルが上がるというデメリットはありますが、応募者に仕事のイメージを持ってもらうと同時に、訪問時の患者宅での立ち振る舞いがわかり、同行見学で実際に見た患者さんについての感想を聞くことで応募者について理解が進みます。「同行見学」以外にも、応募者と一緒に模擬カンファレンスを行ってもよいかもしれません。応募者の能力やパーソナリティをより知ることができるでしょう。 医療事務職の採用であれば、診療報酬算定の筆記テストを行うこともできます。PCスキルや文書作成能力を確認するのであれば、面接の後でPCを貸与して、その場で志望動機を作成してもらえば、それらの能力についてもよくわかります。 「構造化面接」の一例 2番目に優れた選考方法である「構造化面接」とは、あらかじめ評価基準や質問項目を決めておき、手順通りに実施していく手法で、臨床心理学におけるアセスメントのアプローチとして古くからある面接手法です。面接官による評価のバラつきを抑えて、採用基準となる指標を漏れなくヒヤリングできます。構造化されていない面接(非構造化面接)よりも、将来の業績をより正確に予測することができると言われています。 ここでは私が行っている「構造化面接」の例を紹介します。それぞれの組織の「求める人物像」を見極めるための質問を考え、組織に合った「構造化面接」を設計してみてください。 質問の回答で出たエピソードは、より具体的に深掘りしていきます。私が面接で重要にしているのは「一定期間一緒に働いた応募者の姿」をイメージできるようになることです。もし、一定期間働いた後に選考することができたら、採用するべき人かどうか確信をもって判断できるでしょう。ですから、そのイメージが掴めるまで質問を重ねていきます。 2名以上の面接者で1時間くらい面接します。面接の目的は相互理解なので、応募者と面接官で話す割合は6:4程度を心がけます。必要に応じて2次面接も行います。 面接の意味合いは「見抜く」と「口説く」 面接などの選考ステップ意味合いは、応募者を評価し「見抜く」という側面以外に、惹きつけて「口説く」という側面があります。これは、面接官の大切な役割なのですが、実際にそれをできている面接官は多くありません。応募者からは必ずほかの事業所と比較して見られていると思っていてください。競合に負けないくらいに職場の雰囲気は良く、面接官は魅力的でなければなりません。本当に採用したい応募者であれば、事業所内のエース級人材を面接に同席させるくらいに力を入れましょう。 面接では「雇用条件」の確認も 給与などの条件面の合意は非常に重要ですので、応募者本人のためにも避けずに話をするようにします。具体的には、「前職の月給(額面)」、「賞与は年に何ヶ月分か」、「月あたり残業は何時間か」「コール手当などが付いているか」を聞いて、その場で計算して「年収(額面)は○○万円くらいですか?」と認識に違いがないか確認します。「希望する年収は?」「同水準でも大丈夫か?」など応募者の期待と差異がないかを確認し、例えば「年収は少し低くなるが、評価が良ければ1年以内に同水準になる」など、評価・昇給制度の説明とともに今後の見通しの話もします。 その後、応募者に採否の結果を通知するわけですが、基本的に面接から1週間以内に何らかの回答をします。採用の場合は採用の決め手となったポイントを伝え、応募者が必要な人材であることを具体的に伝えます。そして、入職する日まで油断せずに向き合っていきます。 事業所全体で「採用・定着」に取り組む 「まずはじめに、適切な人をバスに乗せ、不的確な人をバスから降ろし、つぎにどこに向かうべきか決めている。」 (出典:ジェームズ・C・コリンズ著 山岡洋一(翻訳)『ビジョナリー・カンパニー2飛躍の法則』 日経BP,2001) 連載の1回目に紹介したビジョナリー・カンパニー2に書かれているように、適切な人材の採用は組織が発展していく上での最重要課題の一つです。 適切な人材採用には『採用力』を上げる取り組みが必要で、今回の連載の中で紹介してきたノウハウを実践すれば、これまで以上の人材を採用できるようになるでしょう。ポイントは、事業所全体で「採用・定着」に取り組むことです。 採用と定着を改善することは事業所にとっても、またそこで働く医療従事者、サービスを受ける患者・利用者にとっても素晴らしい成果を生み出すことになります。貴事業所がほかの医療機関に先駆けて、適切な人材を採用し続けることができる組織になれることを願っています。 ** 株式会社メディヴァ コンサルティング事業部 シニアマネージャー/医療法人社団プラタナス 桜新町アーバンクリニック 事務長 村上典由  【略歴】 兵庫県出身。甲南大学経営学部卒業。広告代理店での勤務を経て、阪神大震災を機に親族の経営する商社、不動産管理会社などの経営再建と清算業務に従事。2001年からMBOにより飲食店運営会社を設立し副社長を務める。2009年より株式会社メディヴァに参画。「質の高い医療サービスの提供」を目指して在宅医療の分野を中心に医療機関・企業・自治体などの支援を行なっている。医療法人社団プラタナス桜新町アーバンクリニックの事務長を兼務。2015年度政策研究大学院大学医療政策短期特別研修修了。   【参考書籍】 服部泰宏著(2016)『採用学』新潮社 髙橋潔著(2016)『就活イノベーション~脱・母集団形成と面接重視~』オンライン書籍 ジェームズ・C・コリンズ著 山岡洋一 翻訳(2001)『ビジョナリー・カンパニー2飛躍の法則』 日経BP

インタビュー
2021年6月29日
2021年6月29日

訪問看護業界にはない「褒める文化」がカギとなる

この対談では、訪問看護ステーションの経営課題、改善点についてお話しいただいています。テーマにしたのは、新幹線清掃の仕事ぶりが『7分間の奇跡』と注目された、株式会社JR東日本テクノハートTESSEI(以下「テッセイ」という)の業務改善内容です(※1)。まったく異なる業種ですが、そこには学ぶべき多くのヒントがありました。 テッセイでは、お互いの良いところを見つけて仲間を認め合い、褒める「エンジェルリポート」の存在が、スタッフのモチベーションを高め、現場力を高める大きな要因となっています。第4回の対談では、どうしたら医療業界にはない「褒める文化」を取り入れることができるのか、お話しいただきました。 褒めることも褒められることも苦手な看護師 大河原: 我々医療職は、服薬のミス、転倒防止、災時の対応など、まずリスクを排除することから考えます。 これは仕事をする上で大事なことですし、学校の勉強でも病院でもこのリスクの洗い出しは徹底的にやり、同僚同士でもチェックします。 その結果、同僚の行動に対してもミスはなかったか、もっと利用者さんのためにできることはなかったか、という視点で見てしまいがちです。テッセイのような良かったことを探して褒めるという文化はまったくないのが実情です。また、個人を表彰するような制度も稀です。 テッセイのようなスタッフ同士が認め合う文化を作るにはどうしたらよいでしょうか。 芳賀: リスクマネジメントの視点が優先して、人の悪い所を見つけることが習慣になっているのですね。 清掃は人に見られる仕事ではありませんので、改革前のテッセイも従業員が適切に評価されていませんでした。しかし、自分が働いている姿を仲間が見てくれる、そしてきちんと評価してもらえるとわかったことで、従業員のモチベーションが上がっていきました。 訪問看護の場合は基本1人行動ですから、自分の仕事ぶりを見てもらえないし、同僚の良いところも探しづらいので、まずは自分自身を褒めていくことから始めてはどうでしょうか。 大河原: 一緒に訪問していなくてもカルテや記録ノートを読むことで、ある程度利用者さんの声を知ることはできますが、自分が褒められたことを知らせるという習慣はありませんね。 自分で自分を褒める文化ができれば、仕事にもっと喜びを感じてもらえそうなのですが…。難しい部分もあると思います。真面目だからだとは思いますが、看護師は自己評価がとても低い人が多いので。 芳賀: 確かに自分で自分のことを褒めるというのは、看護師だけではなく普通の人もあまり慣れていないと思います。 よく会社の研修などでやるのは、グループごとの研修で、今日の研修中に右の隣の人の良かったことを必ず1つ言わせるということ。自分の良かったことだと言うのを躊躇してしまうかもしれませんが、隣の人の良いことだったら必死で探しますよね。 最初は人を褒めることや、人を評価するということに慣れていない人が多いので、研修で言葉にして言わせるという方法は効果があると思います。まずは、こうした地道な訓練から始めてみてください。 褒め合う文化の利点は、気づきです。テッセイの社員たちも、自分たちのやっていることが付加価値になっているとは思っていませんでした。訪問看護でも、人から褒められることで、普段当たり前に行っていたことが実は利用者さんの付加価値となっていたことに改めて気づく場合があります。 それに気づくことは経営的にも成果になると思います。褒められた行為こそ、その組織が重視する価値だからです。 リカバリーでは、現場の声を拾うしくみはできあがっているようなので、後はお互いに褒めるしくみを考えてはいかがでしょうか。 大河原: 経営的に見れば、従業員の満足度が上がることで、ひいては退職率が下がる、などの結果につながる可能性もあるということですね。 私自身、テッセイの「働いている仲間のいいところを見つけて認めあう」という行為が、この本で最も感銘を受けた個所であり、今後の課題だと思いました。ぜひ、見習いたいと思います。 【テッセイの改革】 一般的にサービス業は、99%成功しても1%失敗すると全部ダメになるという「100-1=ゼロの法則」で考えます。しかしテッセイは、1人のミスを恐れる以上に残り99人の地道な努力を大事にし、そこに光を当てようとしました。その具体的な取り組みが「エンジェルリポート」です。主任の中から30人をエンジェルリポーターに任命し、スタッフのよいところをみつけて報告してもらい、会社はそれを全従業員に知らせます。さらには褒められた人、褒めた人の両方を表彰する制度も設定しました。 このような取り組みによって「褒め合う習慣、認め合う文化」、従業員の共有と共感を作り出したのです。 訪問看護師の仕事に対する意識を変えるには 大河原: 訪問看護は、病院と違い業務が多岐に渡ります。事務的な作業も利用者さんの生活を支えるためには必要なものですが、看護師のなかには医療処置以外の仕事を「雑用」と考える人もいます。 このような訪問看護師の仕事に対する意識を変える方法について、アドバイスいただけますか? 芳賀: ほかの業界でも同じような悩みを抱えています。よく理念を書いたカードを社員に持たせたりしますが、理念の文面を覚えるということではなく、その理念を達成するために自分がどうすることが必要なのか、自分のどのような行動で理念を達成できるのか、自分自身で考えてもらうことが重要です。 企業でよく行うのは、顧客への価値最大化のために自分の仕事で何ができるのかを、他部門も交えてグループで検証することです。そうすると、自分の業務の前後の工程も知ることができ、お互いの仕事がどうつながっているのか理解しないと顧客の価値創造は無理だと気がつくのです。 例えば訪問看護なら、利用者さんが請求書の内容が理解できないとき、それをわかりやすく説明することもサービスの一環ですよね。医療的な技術だけでは完結しないわけです。 看護師だけではなく、本社の経理や総務、すべての社員の行動が何らかの形で理念に関係しています。社内の連携だとか、他部門の仕事を知ることで、利用者さんの生活を支えるということは、幅広い側面があると気づくと思います。 大河原: 訪問看護ステーションの場合、小規模だと事務作業もすべて看護師がやることが当たり前になっていますが、その目的意識を理解しないままやっているのがいけないということですね。 ご指摘のように、利用者さんの生活を支えるためとか、利用者さんのニーズに応えるためということをきちんと伝えるのは重要だと感じました。 芳賀: リカバリーさんの理念である「療養生活を支える」ということを、社員に徹底していくことに尽きると思います。すべてが理念を達成させるための使命だと理解できると、仕事への意識変革が起きるのではないでしょうか。 【テッセイの改革】 エンジェルリポートを開始した当初は、集まりは良くありませんでした。コツコツやるのは仕事だから当たり前で、なぜそれを褒める必要があるのかという考えがあったからです。 テッセイでは、「当たり前のことこそきちんと褒める」という考え方を浸透させることで、現場で地道に働く人たちに目的意識を持たせることに成功しました。従業員が自分たちの仕事の価値に気づいたことでリポートの数が増え、スタッフ間でお互いに褒め合い、サポートし合う習慣を身につけていったのです。その結果、スタッフ同士の信頼関係も強固になっていきました。 ** 名古屋商科大学大学院、NUCBビジネススクール 教授 芳賀 裕子  【略歴】 慶應義塾大学卒。慶應義塾大学経営管理研究科修了(MBA)。筑波大学大学院ビジネス科学研究科後期博士課程修了。博士(経営学・筑波大学)。プライスウォーターハウスコンサルタント(株)にてコンサルティングに従事。その後コンサルティング事務所を立ち上げ、大手企業のヘルスケア分野への新規参入コンサルティングを30年近く実施。医療、健康関連、介護、ヘルスケア業界を得意とし、ベンチャー企業取締役、ヘルスケア事業会社の執行役員なども歴任。 Recovery International株式会社 代表取締役社長/看護師 大河原 峻  【略歴】 看護師として9年間臨床に携わった後に、オーストラリアで働くが現実と理想のギャップに看護師として働く自信を失う。その後、旅行先のフィリピンの在宅医療に強い衝撃を受け、帰国後にリカバリーインターナショナル株式会社を設立。設立7年で11事業所を運営し(2020年12月時点)、事務効率化や働き方改革など、既存のやり方にとらわれない独自の経営を進める。 【参考書籍】 ※1 著・矢部輝夫、まんが・久間月慧太郎(2017)『まんが ハーバードが絶賛した 新幹線清掃チームのやる気革命』、宝島社

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