アセスメントに関する記事

下肢閉塞性動脈硬化症の知識&注意点
下肢閉塞性動脈硬化症の知識&注意点
特集
2023年12月5日
2023年12月5日

【在宅医解説】下肢閉塞性動脈硬化症の知識&注意点~訪問看護師の学び直し

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を提供します。今回は下肢閉塞性動脈硬化症について、訪問看護師に求められる知識、どんな点に注意すべきなのかを、在宅医療の視点から解説します。 この記事で学ぶポイント 下肢閉塞性動脈硬化症は、症状経過に応じ重症分類を行なうが、無症状のこともある進行病期は包括的高度慢性下肢虚血(CLTI)と呼ばれ、血行再建や多面的な対応が必要となることが多い下肢閉塞性動脈硬化症は全身の動脈硬化症の一病態であり、ほかの心血管疾患の合併により下肢予後のみならず生命予後も低下しうる 下肢閉塞性動脈硬化症とは 下肢閉塞性動脈硬化症(ASO;arteriosclerosis obliterans)は、動脈硬化を背景に下肢動脈が狭窄・閉塞する疾患です。下肢の循環障害をきたし、歩行障害や下肢痛・潰瘍を生じます。急性閉塞や重度の狭窄・閉塞などで救肢が困難な場合は、切断を要することもあります。 下肢閉塞性動脈硬化症は、下肢(閉塞性)動脈疾患(LEAD;lower extremity artery disease)とも呼ばれます。また、冠動脈以外の末梢動脈(上肢・下肢・頸部・腹腔内など)の閉塞性/狭窄性疾患を、末梢動脈疾患(PAD;peripheral arterial disease)と総称しています。 下肢閉塞性動脈硬化症のリスク・背景疾患 動脈硬化をもたらす喫煙や生活習慣病は、下肢閉塞性動脈硬化症の主要なリスクとなります。腎機能障害や透析も重要なリスクです。その他の背景疾患として、■血管炎(例:バージャー病、高安動脈炎)■先天異常(例:線維筋性異形成)■外的圧迫(例:膝窩動脈捕捉症候群)■医原性(例:カテーテル操作や手術による損傷)などが挙げられます。 下肢閉塞性動脈硬化症の診断と鑑別 診断 間欠性跛行や歩行障害、筋骨骨格系とは無関係な労作時の下肢痛、安静時の疼痛などの症状は、下肢閉塞性動脈硬化症を疑う契機となります。また下肢動脈の触知不良、血管雑音、下肢の創傷治癒遅延、下肢壊疽、下肢挙上時の蒼白化、下肢下垂時の発赤なども、下肢閉塞性動脈硬化症を示唆する所見となります。 下肢閉塞性動脈硬化症の診断は、主に下肢血流の灌流圧を評価することで行ないます。なかでも足関節上腕血圧比(ABI;ankle-brachial pressure index)の低下をみる方法は簡便かつ有用で、0.9以下の低下で幹動脈の狭窄や閉塞を疑います。 鑑別 間欠性跛行は下肢閉塞性動脈硬化症の初期症状として知られますが、静脈性・神経性・筋骨格系の疾患によっても類似症状を認めることがあります。表1に、それら疾患の特徴をまとめます1)。 下肢閉塞性動脈硬化症の分類と治療方針 重症度の分類にはFontaine(フォンテイン)分類とRutherford(ラザフォード)分類がありますが、両者はほぼ同内容であり、より簡潔なFontaine分類を覚えれば十分です(表2)。 初期は、運動時のみに下肢虚血を生じるため、間欠性跛行が問題となります。進行につれ徐々に歩行距離が短縮し、この時期は抗血小板薬やリハビリによる保存加療が有効です。進行病期になると安静時にも下肢虚血を生じるため、安静時疼痛や潰瘍などが出現し、積極的な血行再建や多面的で科横断的な対応がしばしば必要となります。進行病期であるFontaine Ⅲ度・Ⅳ度をあわせて、包括的高度慢性下肢虚血(CLTI;chronic limb-threatening ischemia)と呼びます。 下肢閉塞性動脈硬化症の注意点 無症状でも軽症とは限らない 下肢閉塞性動脈硬化症は必ずしも症状を認めるわけではありません。無症状であっても重度の虚血が隠れている例があり、その場合は何らかの契機で急激にCLTIを生じる可能性があります。ABIをはじめとした検査ですでに下肢閉塞性動脈硬化症の診断がついている場合は、無症状であっても注意が必要です。 動脈硬化は全身に及んでいる 下肢閉塞性動脈硬化症は、全身の動脈硬化症(poly-vascular disease)の一つの病態といえます。下肢閉塞性動脈硬化症患者の少なくとも25~30%で冠動脈疾患を有することや、約20%で中等度以上の頸動脈狭窄を認めることが報告されています2、3)。それらの疾患を合併しうる点にも注意が必要です。 訪問看護でのポイント 下肢閉塞性動脈硬化症の診断はついているのか? 間欠性跛行などの症状があれば比較的わかりやすいですが、無症状であっても下肢閉塞性動脈硬化症がないとはいえません。リスクが高い患者の場合は、下肢閉塞性動脈硬化症と診断されているのか、その根拠となるABIなどの検査歴や検査値データがあるのか、知っておいて損はないと思われます。 悪化を疑う症状や所見があるか? 有症候性(症状があること)の場合、CLTIを示唆する徴候の出現に注意が必要です。 すでに潰瘍があり処置を行なっている場合は、感染徴候や範囲の拡大がないか注意が必要です。この段階で感染を合併すると骨髄炎をきたすことが多く、入院の上、長期間の抗菌薬や下肢切断なども検討する必要があります。 無症状であっても、重症病変の場合は急速にCLTIをきたすことがあります。靴ずれや深爪などの小外傷をきっかけに、急速に下肢閉塞性動脈硬化症の症状が出現する場合があり、要注意です。 ほかの心血管系合併症があるか? 下肢閉塞性動脈硬化症の患者はほかの心血管疾患の合併が多く、死亡リスク・心血管イベントリスクは通常よりも高くなります。下肢病変のみならず虚血性心疾患や脳梗塞などの出現や合併のリスクが高く、生命予後にもかかわる点をふまえて、患者さんの観察を継続する必要があります。 下肢閉塞性動脈硬化症は単なる下肢の疾患ではなく、背景に全身性の動脈硬化があることを示唆しています。本疾患の悪化を早期に拾い下肢予後改善を目指すのみならず、ほかの心血管病の出現・悪化を疑う徴候の有無にも注意を払い、生命予後改善にもつなげていただければ幸いです。 執筆:岡田 将千葉大学大学院医学研究院循環器内科学四街道まごころクリニック編集:株式会社メディカ出版 【参考文献】1)Marie,D Gerhard-Herman.et al.2016 AHA/ACC guideline on the management of patients with lower extremity peripheral artery disease:A report of the American college of cardiology/American Heart Association task force on clinical practice guidelines.Circulation.135,2017,e726-e779.2)Cho,I.et al.Coronary computed tomographic angiography and risk of all-cause mortality and nonfatal myocardial infarction in subjects without chest pain syndrome from the CONFIRM Registry(coronary CT angiography evaluation for clinical outcomes:An international multicenter registry).Circulation.126,2012,304-13.3)Razzouk,L.et al. Co-existence of vascular disease in different arterial beds:Peripheral artery disease and carotid artery stenosis - Data from Life Line Screening®.Atherosclerosis.241,2015,687-91.

高齢者の栄養ケアマネジメント~窒息・認知症対応~
高齢者の栄養ケアマネジメント~窒息・認知症対応~
特集 会員限定
2023年11月28日
2023年11月28日

高齢者の栄養ケアマネジメント~窒息・認知症対応~【セミナーレポート後編】

2023年8月25日、9月8日に開催したNsPace(ナースペース)オンラインセミナー「超高齢社会における栄養ケアマネジメント~通所施設や在宅における低栄養への挑戦~」。ネスレ日本株式会社 ネスレ ヘルスサイエンス カンパニーとの共催でお届けしました。ご登壇いただいたのは、高齢者の栄養管理を専門とする医師の吉田 貞夫先生。利用者さんの食事、栄養摂取に関して、訪問看護師が知っておきたい知識を紹介くださいました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。後編では、利用者さんの食事支援のポイントや、トラブルが起きた際の対処方法をまとめます。 ※約45分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら高齢者の栄養ケアマネジメント~食支援・栄養指導~【セミナーレポート前編】 【講師】吉田 貞夫先生ちゅうざん病院 副院長/沖縄大学 客員教授、金城大学 客員教授高齢者医療、高齢者の栄養管理、認知症ケアなどを専門とする医師・医学博士。日本静脈経腸栄養学会 認定医、日本病態栄養学会 専門医、日本臨床栄養学会 指導医をはじめ、数多くの資格を取得。栄養経営実践協会の理事も務める。医師として患者の診療にあたるかたわら、全国で年間80件以上の講演も行っている。 在宅における嚥下機能確認のポイント 在宅における利用者さんの食事支援では、最初に嚥下機能をきちんと評価することを心がけてください。 評価の方法としては、すでに実践している方も多いと思いますが、「反復唾液嚥下テスト(RSST)」や「水飲みテスト」が挙げられます。ゼリーをはじめとした嚥下しやすい食品をどれくらい食べられるかをチェックしている方もいらっしゃいますね。また最近は、在宅であっても、耳鼻科医や歯科医と連携して嚥下機能を確認しているケースもあるようです。 ただ、嚥下機能を評価する際は、「飲み込みの機能」だけに注目すればよいわけではありません。口腔が清潔に保たれているか、噛み合わせが悪くなっていないか、噛む力が十分にあるかといった「口腔の機能」も確認する必要があります。ぜひ視野を広げて評価してください。また、血管障害の後遺症で嚥下障害がある利用者さんや、認知症と嚥下障害を併発している利用者さんの場合は、誤嚥しやすいためとくに注意深く確認しましょう。 嚥下機能に問題があると判断した場合には、「嚥下調整食」を活用してみてください。 窒息への対策と対処方法 高齢者の食事に潜むリスクとしては、やはり窒息があります。窒息というと「餅を食べると起こりやすい」とイメージされる方が多いと思いますが、実はお米やパン、肉、魚で窒息してしまう方も多くいます。それから、ぶどうやプチトマト、飴など、小さくて丸い形状のものは気管にすっぽり入ってしまうので要注意です。窒息の危険度が高いものは利用者さんの手に届かないようにする、飴は棒つきのものを選ぶなど、十分に配慮してください。 窒息が起きてしまった際の対処法 利用者さんが窒息してしまった際は、後ろから利用者さんを抱え込むようにして腹部を圧迫する「腹部突き上げ法(ハイムリック法)」や、背中を何度も叩く「背部叩打法」を試してみてください。詳しいやり方は、日本医師会の救急蘇生法のサイトに掲載されています。 >>日本医師会サイト「救急蘇生法」気道異物除去の手順 また、窒息への対処法として「吸引」を選択する方はよく見られますが、このやり方にはリスクもあります。痰の吸引に使うような細いチューブでは、詰まっている異物を吸えないどころか、さらに奥へ押し込んでしまうことも。なお、掃除機の利用は、圧が強すぎて臓器を損傷する可能性があるので推奨されていません。 ご紹介した方法を実践しても異物を取り除けず、利用者さんのバイタルサインが悪化してきたときは、迷わず救急車を呼んでください。必要に応じてAEDの準備も検討しましょう。 認知症の方への食事支援 認知症の方に対しては具体的にどのような支援をすればよいのかについてもお伝えします。ぜひ以下の4つのポイントを念頭においてサポートしてください。 ご家族に適切な食事介助の方法を伝える食事を配膳しても反応がない、食べ物で遊んでしまう、食器の使い方がわからない。こういった様子が見られる方は、認知機能がかなり低下しており、目の前に食事を出すだけでは食べてくれません。ご家族をはじめとした介助者の方に、食べ物を口元まで運ぶ必要があることを伝えてください。嚥下機能に問題があれば食事を見直す 食べ物を口の中に溜め込んでいる、飲み込んでも喉に残っている、むせている、痰が多い。これらは嚥下機能に問題があるサインです。食事内容の調整を検討しましょう。   食事を嫌がる場合は味つけや見た目を変える 認知症を発症すると、味覚障害になる方が多くいます。そのため、食事を嫌がる場合は味つけが原因であることも。濃い味つけにすると食べてくれるケースもありますよ。また、認知症独特の摂食障害で食が進まない可能性もあります。例えば、ふりかけが虫に見えてしまったり、粒状の食品が小石に見えたりするのです。食事の見た目にも着目してみてください。 食事の時間や形状を合わせる 認知症になると「1日=24時間」ではなくなってしまうことがあります。そのため、食事の時間にこだわりすぎず、起きている時間に食べられるようにするのもポイントです。ゼリーをはじめ、すぐに食べられるものを用意しておくとよいでしょう。また、じっとしていられない利用者さんも、手に持って食べられるスナックタイプの食品なら食べられることも。その方の状態に合わせた食事のあり方を模索してみてください。 認知症の予防につながる食事 認知症の「予防」についても確認しておきましょう。認知症は介護依存度が高い病気で、転倒による骨折リスクが高かったり、問題行動を起こしやすかったりといった特徴があります。また、発症するとずっと治療を続けていかなければならず、予防が大切です。 認知症を予防するには、多様性のある食事をとるとよいといわれています。具体的には、さまざまな種類のメニューを食べる、毎日違うものを食べるといったことですね。そして最大のポイントは、自分自身で食事を用意することです。 食事の用意と一口にいっても、メニューを考え、買い物に行き、料理し、後片づけをするといった数多くのステップがあります。その上で多様性のある食事を目指せば、考えるべきことの幅はさらに広がるでしょう。これが認知症予防につながると考えられます。利用者さんの食事のサポート、アドバイスを行うにあたり、ぜひ知っておいてもらえたらと思います。 * * * 毎日の食事は、生命維持に欠かせない行為であると同時に、多くの利用者さんにとって「楽しみな時間」でもあるでしょう。ぜひ今回ご紹介した知識を食事支援や栄養管理に活かして、利用者さんの体づくり、そして豊かな生活づくりをサポートしてください。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

「虚血性心疾患」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】
「虚血性心疾患」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】
特集
2023年11月28日
2023年11月28日

【在宅医が解説】「虚血性心疾患」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を提供します。今回は虚血性心疾患について、訪問看護師に求められる知識、どんな点に注意すべきなのかを、在宅医療の視点から解説します。 この記事で学ぶポイント 冠危険因子が多ければ虚血性心疾患を念頭に置く虚血性心疾患の症状は労作で出現する一過性の臓性痛だが、非典型的症状を伴うことや、無症候性のこともある症状の不安定化/安静でも軽快しない疼痛/バイタル異常 ─ があれば緊急性が高い 虚血性心疾患とは 虚血性心疾患とは、冠動脈疾患とも呼ばれ、心臓を養っている血管(冠動脈)が何らかの原因で狭窄または閉塞することで、心臓が虚血にさらされ機能や形態が障害される疾患です。虚血による症状があれば狭心症と呼び、虚血が長引き心筋が壊死すると心筋梗塞と呼びます。狭心症から心筋梗塞に移行しつつある、または心筋梗塞を発症した状態は生命の危機であり、緊急対応を必要とします。 虚血性心疾患のリスク 虚血性心疾患の原因となる疾患や状態は「冠危険因子」といわれます(表1)。 胸痛の鑑別 救急部門へ搬送される胸痛患者のうち、約半分は非心原性とされています(表2)1、2)。 消化管疾患では一般に食事・飲水・食後姿勢など経口摂取に関連した症状変化を認めます。ほかにも呼吸器疾患、皮膚骨格疾患、心因性など多くの領域が原因となることがあります。これらのすべてを診断する必要はなく、まずは緊急性を要する虚血性心疾患の判断をつけることが先決です。 虚血性心疾患を疑う症状とその特徴 虚血性心疾患の症状には下記のような特徴があり、胸痛を鑑別する手がかりとなります。 虚血性心疾患の疼痛は内臓痛の特徴を持つ 典型的な症状は、労作時の胸部圧迫感・絞扼感です。皮膚表面などに分布する痛覚神経とは異なり、心臓に分布する痛覚神経は脱髄性で細いため、疼痛の局在や性状が鈍くなります。つまり、痛みの部位を特定することが難しく、「前胸部を中心とした胸の辺り」と表現されます。また疼痛もぼんやりとした「圧迫感」「絞扼感」を感じることになります。 内臓由来の疼痛は一般にこのような特徴を持ち、けがなどで感じる体性痛(部位が明らかで鋭い痛み)と明確に区別されます。 労作で症状が増強し、安静で軽快する 虚血性心疾患では、労作により心筋虚血が生じ、症状が出現します。狭心症では安静により数分で虚血が解除され、胸部症状も軽快します。20~30分の安静でも症状が軽快しない場合は梗塞に至っている可能性が高く、緊急の対応が必要となります。 非典型的症状にも注意が必要 狭心症は非典型的な症状を伴うことがあり、angina equivalent(狭心症相当症状)と呼ばれます。放散痛としての左肩の痛みは有名ですが、それ以外にも心窩部・喉元・下顎・奥歯の痛みや、単なる胸焼けや嘔気として出現することもあります。虚血性心疾患のリスクを持つ患者さんでは、これらの心臓とは一見無関係と思われる症状にも注意が必要です。 無症候性心筋虚血(自覚症状がない)にも要注意 進行した糖尿病患者では心臓自律神経が障害され、これらの症状を自覚しないことがあります。心臓自律神経機能は心電図のRR間隔の呼吸性変動で判断します。感覚障害などの神経障害を伴う進行期糖尿病の患者さんは、このタイプの虚血も要注意です。 虚血性心疾患のその他の特徴 状態が不安定だと緊急性が増す 冠動脈の器質狭窄の有無にかかわらず、最近2ヵ月間以内に発症し、症状の頻度や程度が増強しつつある場合は不安定狭心症と呼ばれます。この状態は心筋梗塞に移行するリスクが高く、原則として緊急の対応となります。 ST上昇がなくても心筋梗塞を生じていることがある 心筋梗塞には心電図でのST上昇を伴わないものがあり、NSTEMI(ノンステミ/non-ST elevation myocardial infarction)と呼ばれます。救急部門に胸痛で搬送される患者はNSTEMIがより多く、予後もより不良と報告されています。 器質狭窄がなくても狭心症をきたしうる 明らかな冠動脈狭窄がなくても、冠動脈が攣縮することで狭窄や閉塞をきたすこともあります。心臓表面を走る比較的太い冠動脈で血管攣縮が生じると冠攣縮性狭心症と呼ばれますが、より遠位の動脈で同様の現象が生じると冠微小血管障害と呼ばれます。 訪問看護でのポイント 患者さんに虚血性心疾患の診断がついている場合は、症状の早期把握と緊急性の判断が重要です。虚血性心疾患と診断されていない場合は、疾患リスクが高ければ上記症状の有無に注意を払う必要があります。 この人は虚血性心疾患を発症しそうか? 表1のようなリスクが多ければ多いほど、虚血性心疾患を発症するリスクが高まります。特に複数の生活習慣病の管理が不十分な場合は要注意ですので、疑わしい症状が出現しないか注意を払う必要があります。 狭心症を疑う症状があるか? 虚血性心疾患を疑う臓性痛、労作や安静による症状の変化、非典型的症状の有無を確認しましょう。無症候性心筋虚血は訪問のみでは判断困難ですが、疑うことが重要です。体調がいつもと異なる場面などで想起できれば、対応の幅が広がるかもしれません。 緊急性があるか? 虚血性心疾患を疑う症状がある場合、症状の不安定化、安静でも軽快しない胸痛、バイタル異常などは緊急事態と考えられます。医療機関への早急な相談と救急搬送をご検討ください。 虚血性心疾患は原則として命にかかわる疾患ですので、確実な診断や悪化の判断にこだわるよりも、疑ったら相談する姿勢が重要です。その際にこれらの手がかりが皆様の参考になれば嬉しく思います。 執筆:岡田 将千葉大学大学院医学研究院循環器内科学四街道まごころクリニック 編集:株式会社メディカ出版 【参考文献】1)高西弘美.「胸が痛いんです」『エマージェンシー・ケア』30(1),2017,29-39.2)日本循環器学会ほか.『急性冠症候群ガイドライン(2018 年改訂版)』17-21.

褥瘡の基礎知識 発生原因・予防的スキンケア
褥瘡の基礎知識 発生原因・予防的スキンケア
特集 会員限定
2023年11月21日
2023年11月21日

褥瘡の基礎知識 発生原因・予防的スキンケア・在宅療養生活でのポイント

褥瘡は、「身体に加わった外力は骨と皮膚表層の間にある軟部組織の血流を低下、あるいは停止させる。この状況が一定時間持続されると組織は不可逆的な阻血性障害に陥り、褥瘡となる」と定義されています。 高齢療養者の多くは、自分で体位変換が行えない、長期間の寝たきり状態、栄養状態が悪い、皮膚が脆弱、などの状況にあります。そのような状況で皮膚に圧迫や摩擦、ずれなどの刺激が繰り返されると、褥瘡になるリスクが高まるため日々のケアが重要です。そこで今回は、皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表の岡部美保さんに、褥瘡の予防的スキンケアを中心に解説いただきます。 ※本記事で使用している写真の掲載については本人・家族、関係者の了承を得ています。 褥瘡の発生要因〜マイクロクライメット〜 褥瘡の発生要因 褥瘡の発生には、圧迫やずれ、摩擦、低栄養などが複合的に影響しています。褥瘡は、寝たきり状態や脊髄損傷などの知覚障害による、筋肉の廃用性萎縮で骨突出部位などに生じる創傷です。自力で体位変換が行える、姿勢を変えることができる療養者は、傷んだ組織も修復されていきます。一方、基礎疾患の進行や体調不良による食事摂取量の減少、ストレスなどによる食欲低下によって栄養状態が低下すると、傷んだ組織は修復されず、次第に悪化して褥瘡を発症します。 在宅療養者:低栄養在宅療養者:関節拘縮 また、トイレや車椅子などへの移乗動作や姿勢の崩れ、ベッドの背上げ・背下げによって生じる姿勢の崩れ、体位変換やおむつ交換などの際には、臀部や仙骨部・背部に「ずれ力」が働きます。適切な姿勢保持や体位変換が行われないと、組織には持続的に圧力も加わり組織障害が進行します。 褥瘡は、主に圧迫により生じる創傷ですが、ずれや栄養障害などの要因が複合的に加わることで発症につながります。 仙骨部にポケット形成を伴う褥瘡仙骨部に感染を伴う褥瘡 さらに、褥瘡の発生や治癒にはマイクロクライメットが影響しているといわれています。マイクロクライメットとは、「皮膚局所の温度・湿度」と定義されています。 褥瘡発生要因の新たな概念:マイクロクライメット管理 褥瘡の予防や治癒の促進には、温度の上昇を予防して湿度を透過させることが重要であるという、マイクロクライメット管理を良好に行うケアが注目されています。 皮膚局所は、体温が高くなると代謝が亢進し、酸素や栄養が消費されて不足しがちになります。その状態で外力を受けると組織耐久性が低下し、わずかなずれや摩擦で皮膚を損傷し、褥瘡を発症しやすくなってしまうのです。また、温度が高くなると汗をかきやすくなります。発汗により皮膚は湿潤状態になり、バリア機能や組織耐久性が低下。さらに通常よりも摩擦力が高くなることにより、わずかなずれや摩擦によって褥瘡の発生リスクは高くなります。 湿度が上昇する要因は、発汗に限りません。失禁による皮膚の湿潤もあります。おむつを使用している皮膚は、高温多湿な環境にあります。おむつ交換の間隔が長くなると、尿はアルカリ性に変化し皮膚への刺激が強まります。また、便に含まれる消化酵素も皮膚を損傷するリスクを高めます。皮膚を健康な状態に保ち、バリア機能を高めるためにも、温度と湿度の管理は重要です。 マイクロクライメット管理には、マイクロクライメット機能が付いたエアマットレスの使用や、吸湿性の高いシーツなどを用いた寝床環境の調整、透湿性に優れたおむつの使用、定期的なおむつ交換などをおすすめします。 【マイクロクライメット管理の主なポイント】 居室内の温度と湿度の調整寝具、寝衣による体温の調整おむつや尿取りパッドの透湿性、適切な使用体圧分散マットレスの通気機能、柔らかさシーツや皮膚に接触するクッションカバーなどの素材 褥瘡予防のためのスキンケア 褥瘡のスキンケアは、褥瘡発生や治癒遅延の要因となる、摩擦、ずれ、湿潤から皮膚を護るケアが必要です。特に、ドライスキンの療養者は、皮膚のなめらかさや柔らかさが失われるため、摩擦やずれなどの外部の刺激によって皮膚が損傷しやすくなります。皮膚の乾燥を防ぐスキンケアを行いましょう。 脆弱な皮膚は、外力を加えないケアが大切です。洗浄の際は力や摩擦を与えないように優しく洗浄しましょう。保湿の際も、保湿剤の塗布時に摩擦やずれが加わる可能性が高くなります。保湿剤はローションタイプのものを使用して、一度にたくさん塗布せず、少量を両手に薄くのばし、擦らず優しくなでるように塗布します。摩擦やずれの予防には、保湿剤や皮膚皮膜剤、撥水性保護クリームを用いた、保護が大切です。排泄物による汚染が予測される部位には、あらかじめ撥水性保護クリームを用いて、排泄物の付着から皮膚を保護します。骨突出部の皮膚は毎日観察し、強い圧迫やマッサージを避けましょう。 摩擦やずれは、頭側挙上時や車いすへの移乗時、体位変換時など、すべての生活場面で生じます。頭側挙上では角度調整や背抜きを行い、できる限り皮膚の表面を損傷しないように留意することが大切です。それには、皮膚の表面を保護すること(「保護のスキンケア」)と、皮膚に何かを貼付して皮膚を覆うケアをおすすめします。皮膚に貼付するものは、安全なもの、スキントラブルをおこさないもの、皮膚の観察がしやすいもの、皮膚を圧迫しないもの、取り扱いしやすいものなどを、療養者の状態や生活に応じて選択します。 褥瘡の予防的なスキンケアはすべての療養者を対象とし、外部からの刺激に負けない健康な皮膚を保つための「基本的なスキンケアの継続」が極めて重要です。 褥瘡予防のケア〜療養生活でのポイント〜 褥瘡を予防するためには、外力(圧迫やずれ力)の大きさを減少させること、外力の持続時間を短縮することが原則です。褥瘡ケアというと局所のケアに目が向きがちですが、褥瘡の予防・治癒促進・再発予防、すべての時期において外力の除去が重要です。 圧迫・ずれ・摩擦   療養者に対する移動の介助は、皮膚への圧迫やずれ・摩擦が生じることによる褥瘡発生はもちろん、介護者の腰痛の原因にもなります。「引きずらない」「擦らない」「本人の動きに合わせる」介助や、リフトを活用した移乗などを実施しましょう。一人で身体介助を行う場合も少なくありません。療養者の身体や安全を守るためにも、トランスファーグローブやトランスファーシートなどの福祉用具の使用を検討することも必要です。 おむつや着衣の交換時、シーツ交換の際は、摩擦が生じやすくなります。おむつ交換の際、尿取りパッドを引き抜くと、仙骨部や尾骨部の皮膚には強い摩擦とずれが生じるため要注意です。また、排尿後に長時間おむつを着用していると皮膚は浸軟します。さらに排泄物を多量に吸収したおむつは、膨潤し硬くなります。そのような状態で座位姿勢になった場合、仙骨部や尾骨部には圧迫が加わりますし、ぬれて蒸れたおむつで過ごすことは不快なため姿勢も崩れやすくなり、ずれと摩擦も生じることに。排尿後は速やかにおむつ交換を行うことが大切です。同時に、療養者の排尿パターンや排尿回数・量にあったおむつを選択しましょう。 体位変換とポジショニング 褥瘡の発生や悪化を予防するために、体位を変えることで骨突出部の皮膚・組織に加わる外力を少なくし、外力の加わる時間を短くする方法が体位変換です。ポジショニングは、体位変換の基本を踏まえつつ、身体各部の相対的な位置関係を整え、身体を安定させてより快適な姿勢の保持を行う方法です。局所への圧迫を減少させ安楽な仰臥位をとるためには身体のねじりやゆがみを取り、できるだけ広い面積で身体を支える「体圧の分散」が重要です。 日頃より、褥瘡好発部位や骨突出部、過去に褥瘡を発症した部位、得手体位により常時マットレスと接している部位の皮膚は、注意深い観察と定期的なアセスメントを行いましょう。発赤を認めた場合は速やかに体圧分散ケアの見直しを行う必要があります。 また、療養者に家族が行う体圧分散ケアは、介護者が療養者に言葉を交わしながら触れること(タッチング)で、かけがえのない家族のぬくもりを感じ合う場でもあります。療養者にやすらぎや安心感を与え、心身の疼痛や苦痛を緩和するなど、褥瘡悪化や予防の観点以外にも大きな効果があると考えます。 栄養  療養者の栄養ケアは、低栄養になってから始めるのではなく、「日頃から低栄養を予防する」という意識をもって支援しましょう。在宅で低栄養状態にある療養者は、自立している高齢者にも見られます。ひとり暮らしで調理が面倒になる、歯の喪失により噛めない、食の嗜好の変化や病状により摂取栄養素が偏っている、などの原因で低栄養が生じている場合も。療養者の食生活は、テーブルの上に置かれている食べ物、ゴミ箱の中、冷蔵庫の中からも知ることができます。療養者の嗜好や嚥下状態、経済性などを考慮した上で栄養補助食品を活用し、偏った栄養素を補う、不足したエネルギーを補充することも必要です。 皮膚科医、WOCナースとの協働 皮膚科医や皮膚・排泄ケア認定看護師(WOCナース)の知識と技術の提供・協働によって、専門的な褥瘡ケアの視点を補完していくことも重要です。専門性の高い他職種の協力を得ることが、在宅における褥瘡ケア看護の質の向上と療養者・家族のQOLの向上につながります。 執筆: 岡部 美保皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表1995年より訪問看護ステーションに勤務し、管理者も経験した後、2021年に在宅創傷スキンケアステーションを開業。在宅における看護水準向上を目指し、おもに褥瘡やストーマ、排泄に関する教育支援やコンサルティングに取り組んでいる。編集: NsPace編集部 【参考】〇岡部美保(編)『在宅療養者のスキンケア 健やかな皮膚を維持するために』日本看護協会出版会.2022.

高齢者の栄養ケアマネジメント~食支援・栄養指導~【セミナーレポート前編】
高齢者の栄養ケアマネジメント~食支援・栄養指導~【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2023年11月21日
2023年11月21日

高齢者の栄養ケアマネジメント~食支援・栄養指導~【セミナーレポート前編】

2023年8月25日、9月8日に開催したNsPace(ナースペース)オンラインセミナー「超高齢社会における栄養ケアマネジメント~通所施設や在宅における低栄養への挑戦~」。ネスレ日本株式会社 ネスレ ヘルスサイエンス カンパニーとの共催でお届けしました。登壇してくださったのは、高齢者の栄養管理を専門とする医師の吉田 貞夫先生。訪問看護師が知っておきたい利用者さんの食事、栄養摂取に関する知識を紹介いただきました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。前編では、低栄養が高齢者に与える影響や栄養管理の考え方、ノウハウをまとめます。 ※約45分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】吉田 貞夫先生ちゅうざん病院 副院長/沖縄大学 客員教授、金城大学 客員教授高齢者医療、高齢者の栄養管理、認知症ケアなどを専門とする医師・医学博士。日本静脈経腸栄養学会 認定医、日本病態栄養学会 専門医、日本臨床栄養学会 指導医をはじめ、数多くの資格を取得。栄養経営実践協会の理事も務める。医師として患者の診療にあたるかたわら、全国で年間80件以上の講演も行っている。 サルコペニア、フレイルと低栄養の関係性 超高齢社会を迎えた今、低栄養と高齢者のサルコペニア、フレイルとの関係がますます注目されています。最初に、サルコペニアとフレイルについて簡単にご説明しましょう。 サルコペニア筋力が落ち、筋肉量も減少して、日常生活に必要なさまざまな身体機能が低下した状態のことをいいます。「筋力の低下」「骨格筋量の減少」「身体機能の低下」という3つの要素があると覚えてください。サルコペニアになると、転倒や骨折、ADL低下、肺炎のリスクが高まります。フレイル運動能力が低下した虚弱な状態。転倒や骨折、ひいては入院、死亡リスクも高まります。 低栄養は、こうしたサルコペニア、フレイルにつながる可能性があり、早期発見することが重要です。しかし、筋肉量を測らずに低栄養の判定をすると、検出率が半分ほどに減ってしまうことがわかっています。 近年、GLIM(低栄養診断国際基準)でも、サルコペニアの判定をする上で、骨格筋量の評価がより重要視されています。そこで、血液検査の値(血清クレアチニンとシスタチンC)を使って骨格筋量を計算し、サルコペニアや低栄養をもっと簡単に測定*できるよう研究開発しました。 ただ、専用の機械がない訪問看護の現場で筋肉量を測るのはなかなか難しいもの。そんなときは、人間の体の中で最も筋肉の割合が多い部位である「ふくらはぎ」の周囲長を測ってみてください。周囲長が減っている場合は、全身の筋肉量が減っていると判断できます。この方法は、サルコペニアの可能性の有無を判断する場面でも活用できます。 ふくらはぎ測定基準 男性        女性        ふくらはぎ周囲長(cm)<33 <32 ※BMIが25~30(kg/m2)の場合は測定値から3㎝を引く。BMIが30(kg/m2)以上の場合は測定値から7㎝を引く。*参照元:Assessment of sarcopenia and malnutrition using estimated GFR ratio (eGFRcys/eGFR) in hospitalised adult patients, Clinical Nutrition ESPENhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35331529/ 事例で考える栄養管理の方法 ここで具体的な事例を挙げて、栄養管理のアプローチについて考えてみましょう。60代後半の男性、Aさんの事例です。 モデルケース:Aさん脳梗塞を発症した60代後半の男性。現在の体重は52kg。リハビリテーションに取り組み、自宅に帰りたいと考えている。 Aさんに必要なエネルギー量 Aさんの1日に必要なエネルギー量は、1日安静にしていたとしても1,300kcalに上ります。リハビリテーションに取り組んだ場合はプラス250kcal、点滴で栄養を摂取していた期間に減ってしまった体重を戻そうとする場合はさらにプラス500kcalをとらなければなりません。つまり、1日あたり合計2,050kcalを摂取する必要があります。 Aさんが抱える栄養摂取の課題 しかし、Aさんはおかゆをはじめとした嚥下調整食を食べています。嚥下調整食は水分が多いため、その分容積が大きくなり、頑張って食べても1日に1,200kcalをとるのが限界です。このような低栄養の状態が続くと、サルコペニアが進行し、ADLは低下。嚥下機能もさらに悪化し、誤飲性肺炎を起こしたり、食事をとれなくなったりといったリスクも高まってしまいます。 Aさんへの栄養管理のアプローチ そこで、まずは2,050kcalから体重を戻す分のエネルギー量を引いた1,550kcalを最低でもとることを目指します。そのための方法としては、訓練をして食形態を上げること。食事の水分量が減れば、食べられる量が増えます。それから、ゼリーやドリンクなどの補助食品を使うのも効果的です。 食べる目的に応じて内容を変えて 栄養管理の内容は、その利用者さんの「食べる目的」をふまえて検討します。体調の改善を目指す方、現状を維持したい方、看取りフェーズに入っている方。食べる目的が異なれば、食事内容やリハビリテーションの実施の有無が変わってきます。 改善を目指す方先ほど挙げた事例のAさんのように、今より元気になりたい方は「摂取量>必要量」のバランスになるようエネルギーをとる必要があります。食形態を変えるリハビリテーションを継続し、栄養補助食品、MCT(中鎖脂肪酸)や粉末たんぱく質を併用しましょう。現状を維持したい方現在の体の状態をキープしたい方は、「摂取量≒必要量」になるようにエネルギーをとれれば問題ありません。ただし、体重が減少していないかこまめに観察してください。栄養補助食品を使うこともありますが、長く継続できるかどうか考えて提案しなければなりません。看取りフェーズの方エネルギー摂取の目標は「摂取量≒必要量」ですが、最も優先すべきは利用者さん、ご家族のご希望です。ニーズを見極め、また継続可能な栄養管理の方法を模索して提案します。 なお、栄養管理にぜひ活用してほしいのが、「中鎖脂肪酸」や上記でも触れている「栄養補助食品」です。 食欲改善効果が期待できる中鎖脂肪酸 中鎖脂肪酸は、近年人気が高まっているココナッツオイルの主成分で、低栄養の方にぜひ摂取してほしい成分です。理由は、食欲を亢進させる消化管ホルモン「グレリン」は中鎖脂肪酸と結合することで活性型になるため。つまり、中鎖脂肪酸をとれば、食欲を改善させられるかもしれません。 栄養補助食品を使う場合、1ヵ月は継続を 低栄養の方の栄養管理によく使われる栄養補助食品は、摂取期間に注意してください。「認知症患者の栄養に関するESPENガイドライン」によると、栄養補助食品の使用を開始したら、栄養状態に改善傾向が見られても1ヵ月間は続けたほうがよいとされています。「栄養状態が悪くなる前」の状態にまでしっかりと戻してから使用をストップしましょう。 ICTを活用した栄養指導 栄養指導は、管理栄養士が行うのが理想的です。しかし、管理栄養士が在籍していない訪問看護ステーションはまだまだ多く、専門家による栄養指導を受けられないケースは珍しくありません。そこで活躍するのが、「ICTを活用した遠隔栄養指導」です。私も、遠隔診療が始まる以前の2013年頃、沖縄県栄養士会が共同で「遠隔栄養指導のモデル事業」を実施しました。今後、全国で遠隔栄養指導のしくみがどんどん構築されていくことを願っています。 >>後編はこちら高齢者の栄養ケアマネジメント~窒息・認知症対応~【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【参考】〇Sadao Yoshida , Yuki Nakayama , Juri Nakayama , Nobumasa Chijiiwa & Takahiro Ogawa .(2022). Assessment of sarcopenia and malnutrition using estimated GFR ratio (eGFRcys/eGFR) in hospitalised adult patients. Clin Nutr ESPEN , 48:456-463. DOI: 10.1016/j.clnesp.2021.12.027〇Dorothee Volkert , Michael Chourdakis , Gerd Faxen-Irving , Thomas Frühwald , Francesco Landi , Merja H Suominen 6,…&Stéphane M Schneider. (2015). ESPEN guidelines on nutrition in dementia. Practice Guideline, Clin Nutr. 2015 Dec;34(6):1052-73. DOI: 10.1016/j.clnu.2015.09.004

マインドフルネス
マインドフルネス
特集
2023年11月21日
2023年11月21日

マインドフルネスとは?効果や方法・医療現場での活用について解説

ストレス軽減や感情のコントロールを目的とし、自己認識力を高めるといわれる「マインドフルネス」は、近年ビジネスパーソンに取り入れられるケースが増えてきました。医療現場でも注目されはじめているほか、訪問看護の利用者さんが興味を持たれている可能性もあるため、訪問看護師の方は知っておくとよいでしょう。この記事では、マインドフルネスの効果や方法、医療現場での活用などについて詳しく解説します。 マインドフルネスとは マインドフルネスとは、「今この瞬間」の感情や状況などを受け入れ、過去や未来にとらわれない姿勢を持つこと、ありのままの自分の思考を観察することです。 例えば、何らかのトラブルが起きたときに、「どうしよう」「叱られるかもしれない」「以前にもこのようなことがあった」など、未来や過去につながる思考になることがあります。そうなれば強いストレスを感じる上に、トラブルへの対処が遅れたりミスを重ねたりするでしょう。マインドフルネスを実践することで、トラブルの深刻化や複雑化を防ぐとともに、精神的なストレスを軽減できる可能性があります。 また、脳の活性化や集中力の向上など、さまざまな効果が期待できるともいわれています。 マインドフルネスが医療に応用されるまでの経緯 マインドフルネスはストレス管理やメンタルヘルスの向上に効果があるとされているため、当初は主に「ストレス緩和」に焦点を当て、看護師や医師が受ける職業上のストレス管理に活用されていました。 また、近年はマインドフルネスが不安や抑うつの症状緩和やがん患者のメンタルヘルスの改善などに役立つ可能性があることを示す論文が報告されるようになり、医療現場でも活用されるようになってきました。 マインドフルネスの医療の現場での活用例 マインドフルネスは、医療の現場で次のように活用されています。 医療従事者のストレスの軽減 医療機関では、医師、看護師、カウンセラー、セラピストなどの医療従事者向けにマインドフルネスのアドバイスが行われることもあります。マインドフルネス瞑想、ストレス管理のアドバイスなどにより、長時間勤務、患者とのエモーショナルな接触(悲しみ、怒り、不安など、激しい感情の動きを伴うコミュニケーション)、大きな責任感に由来するストレスの軽減が期待できます。 睡眠の質向上 ストレスが大きい状況下では睡眠の質が低下し、医療の安全性に悪影響を及ぼす可能性があります。マインドフルネスは不眠症の症状を軽減するのに役立つことがあるため、ストレスで睡眠不足になっている場合は試してみましょう。 患者の病気に伴う精神的不調のケア 患者は病気や治療に伴ってしばしばストレスや不安を感じます。マインドフルネスは、患者がリラックスし、精神的な安定を維持するのに役立ちます。例えば、うつ病による精神的な落ち込み、難治性の疾患に罹患した際の精神的なショックなどのケアが可能です。 マインドフルネス瞑想のやり方 マインドフルネス瞑想は次の流れで行います。 座った状態で目を閉じますゆっくりと息を吸って吐くことに集中します途中で雑念が浮かんできたら、それをあるがままに観察します呼吸に意識を戻します これを1日15~25分を毎日行いましょう。雑念に対する観察においては、過去を振り返ったり未来のことを考えたりしてはいけません。今、この瞬間の思いだけを観察します。 マインドフルネスの注意点 アメリカの国立衛生研究所によると、マインドフルネスはリスクが少ないと考えられていますが、一部の人は不安や抑うつなどが生じる可能性があります。6,000例以上を対象とした研究においては、約8%の被験者がネガティブな経験を報告しています(※)。マインドフルネスが自身に合わないと感じたときは速やかに中止しましょう。 ※厚生労働省『「統合医療」に係る 情報発信等推進事業』「瞑想とマインドフルネスについて知っておくべき8つのこと」より ほかに知っておきたい心身のリラックス方法 ストレスを軽減するための取り組みは、マインドフルネスだけではありません。ほかにも次のような方法があります。 呼吸法 ストレスを受けているときは普段よりも呼吸が早くなり、酸素を十分に取り込めなくなります。次の呼吸法で呼吸を整えましょう。 「1・2・3」と数えながら鼻からゆっくりと息を吸い込みます。このとき、おなかも一緒にふくらませましょう「4」で息を軽く止めます「5・6・7・8・9・10」と数えながら口から息をゆっくりと吐きます。このとき、おなかも一緒にへこませましょう 漸進性筋弛緩法(ぜんしんせいきんしかんほう) ストレスを感じると無意識に体に力が入ります。漸進性筋弛緩法は、次のように動作することで体の緊張をほぐす方法です。 顔や手、肩などに力を入れて5秒程度キープしますストンと力を抜いて10~20秒ほどキープします 力を抜いた瞬間、筋肉が緩んで、温かさを感じれば成功です。 * * * マインドフルネスを実践することで、そのときに起きたトラブルへの対処が可能になるほか、ストレスを軽減できる可能性もあります。また、疾患に伴う精神的苦痛の緩和にも期待できます。今回、解説した内容をご自身のストレス管理や利用者さんへのアドバイスにぜひ役立ててください。 編集・執筆:加藤 良大監修:豊田 早苗とよだクリニック院長鳥取大学卒業後、JA厚生連に勤務し、総合診療医として医療機関の少ない過疎地等にくらす住民の健康をサポート。2005年とよだクリニックを開業し院長に。患者さんに寄り添い、じっくりと話を聞きながら、患者さん一人ひとりに合わせた診療を行っている。 【参考】〇国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 行動医学研究部「こころの健康を保つために大切なことhttps://www.ncnp.go.jp/nimh/behavior/anxiety/selfcare.pdf(2023/9/28閲覧)〇大阪府こころの健康総合センター「三つ折りリーフレット メンタルヘルス 気軽にリラックス」(2015年3月発行)https://www.pref.osaka.lg.jp/attach/13282/00000000/relax2015.pdf(2023/9/28閲覧)〇Elizabeth A. Hoge, MD1; Eric Bui, MD, PhD2; Mihriye Mete, PhD3; et al(November 9, 2022)「Mindfulness-Based Stress Reduction vs Escitalopram for the Treatment of Adults With Anxiety Disorders: A Randomized Clinical Trial」2023;80(1):13-21. doi:10.1001/jamapsychiatry.2022.3679https://jamanetwork.com/journals/jamapsychiatry/article-abstract/2798510(2023/10/6閲覧)〇NCCIH「8 Things to Know About Meditation and Mindfulness」https://www.nccih.nih.gov/health/tips/8-things-to-know-about-meditation-and-mindfulness(2023/9/28閲覧)〇一般社団法人マインドフルネス瞑想協会「マインドフルネスとは?」https://mindfulness-association.com/mindfulness/(2023/9/28閲覧)〇川崎市.川崎市健康福祉局精神保健福祉センター「『からだ』と『こころ』のリラックス」(2021年改訂)https://www.city.kawasaki.jp/350/cmsfiles/contents/0000117/117031/singatakoronachirasi(kadadatokokonorelax).pdf(2023/9/28閲覧)

訪問看護の夜間緊急対応/頭痛のケーススタディ
訪問看護の夜間緊急対応/頭痛のケーススタディ
特集 会員限定
2023年11月14日
2023年11月14日

訪問看護の夜間緊急対応/頭痛のケーススタディ【セミナーレポート後編】

2023年8月18日に開催したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護の夜間緊急対応~頭が痛い!待てる?待てない?~」。訪問看護の現場で活躍する診療看護師の坂本未希さんを講師に迎え、頭痛を訴える利用者さんのトリアージに必要な知識を、ケーススタディを交えながら教えていただきました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。後編では、緊急コールを受けた際に活用すべきツールの紹介と、ケーススタディの内容をまとめました。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】 【講師】坂本 未希さん看護師、保健師/ウィル訪問看護ステーション江戸川 所属宮城大学 看護学部看護学科を卒業後、長崎県の病院での勤務を経て、訪問看護に携わるべくウィル訪問看護ステーション江戸川に入職する。訪問看護師として勤務する傍ら、国際医療福祉大学大学院に進学し、2019年3月には修士課程を修了。診療看護師の資格を取得した。 緊急コールを受けた際に使える3つのツール 緊急コールを受けた際の対応には、3つの選択肢があります。緊急度の高い順に、・救急車を呼ぶ・看護師が訪問して状態確認やケアをする・利用者さんやそのご家族に電話で対応方法を説明するです。選択においては、以下のツールを使って検討してください。 緊急性を判断する「ABCDE」アプローチ 緊急性、重症度を判断するにあたり、最初に「気道」「呼吸」「循環」「意識」「体表」の5つから成る「ABCDE」を聞いていきましょう。 各項目を電話口で確認する際のコツは以下のとおりです。 A(airway):気道「会話や呼吸はできますか」「顔色はどうですか」「胸の動きはどうですか」など、わかりやすい言葉で質問しましょう。 B(breathing):呼吸「呼吸のリズムは早いですか、遅いですか」「肩を上げて苦しそうな呼吸をしていないですか」など、わかりやすい言葉で質問しましょう。 C(circulation):循環血圧や脈拍を測れない場合も、末梢が冷たくなっていないか、チアノーゼがないかなどを確認します。 D(dysfunction of CNS):意識声かけに対しての反応の有無だけでなく、普段と比べてどうかも判断のポイントになります。 E(exposure):体表冷や汗をかいているか、体熱感があるかなど、すぐに確認できる変化を聞いてみましょう。 現病歴を確認する「OPQRST2」 「ABCDE」で目立った問題がない場合は、より詳しく問診していきます。このときに意識してほしいのが、「時間軸」と「症状経過」です。時間の経過に伴って症状が悪化している場合は注意が必要になります。 この時間軸と症状経過に関する情報を漏れなく聞くためには、「痛みのOPQRST2」という現病歴をチェックするためのツールを使うのがおすすめです。 前編(「訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~」参照)で説明した「見逃せない頭痛=二次性頭痛」の判断材料として、頭痛の発症様式は極めて重要な情報になります。例えば、くも膜下出血はハンマーで叩かれたような頭痛が突然起こり、発症後すぐにピークを迎えて、以降ずっと痛みが続くのが一般的。このほかにも、突然発症の頭痛は緊急性が高いケースが多いので、見逃さないでください。 一方、一次性頭痛に分類される片頭痛や緊張性頭痛、群発性頭痛は、痛みに波があることが多いです。 既往歴を確認する「AMPLES(アンプルズ)」 現病歴と併せて、基礎情報も確認しておきましょう。その際に使えるツールが「AMPLES」です。 アレルギーや内服薬、既往歴、社会歴に加え、カルテには載っていない最終の食事や月経も大切な問診項目です。「AMPLES」は、通常の初回訪問時にしっかりと調べておくよう心がけてください。 「OPQRST2」と「AMPLES」を使って得た情報をふまえて、鑑別疾患や、今現れている症状がこれからどういう経過をたどるかを考えていきます。ただし、利用者さんやご家族がパニックに陥っている場合、電話の問診で必要な情報をすべて聞けない時があります。その際は、より丁寧なやりとりを心がけてください。判断に迷う場合は出動しましょう。 ケーススタディ ここからは、ご紹介した知識やツールを使ってケーススタディをしていきます。頭痛を訴える利用者さんのアセスメントと対応について考えてみましょう。 電話での問診、および訪問による状況の確認 利用者さんの妻から、上記のような緊急コールが入りました。まずはカルテの記載を見つつ、AMPLESを使って既往歴をチェックします。 糖尿病や脂質異常症があること、18時頃に最後の食事をとったことなどがわかりました。 続いて、OPQRST2で現病歴を聞いていきます。 夕食後に急に頭痛を訴えはじめたそうですが、「急に」がどれくらい急なのかがよくわかりませんでした。ただ、突然発症の頭痛は緊急性が高く、また辛い痛みで臥床しているとのことで、出動を決めます。 そして、看護師が現場で確認したABCDEは以下のとおりです。 いつもよりぼんやりしていて、意識レベルはJCSI-3に分類されます。また、汗をびっしょりかいており、熱感もありました。 さらに、訪問後に改めて現病歴を問診すると、数日前に感冒症状があったことが新たにわかります。電話での問診ではわからなかった痛みの場所は頭部全体で、随伴症状は39℃の発熱。脈拍は100で頻脈、血圧はやや低下。項部硬直が見られ、頭痛は徐々に強くなり、意識レベルは少しずつ下がる傾向にありました。 アセスメント 以上の情報をふまえ、私が最初に鑑別疾患に挙げるのは髄膜炎です。眼痛があったり、ペンライト法で陽性だったりすれば緑内障も挙げますが、今のところは認められないので除外します。 このように、アセスメントではまず二次性頭痛を除外できないかを考えましょう。そして、除外しきれなければ一次性頭痛については考えず、二次性頭痛として報告を上げます。 「SBAR(エスバー)」を用いた報告 報告する際は「SBAR」というツールを利用します。 このケースは頭痛が主訴なので、診療所や病院には「◯◯さんから緊急連絡があり、訪問しました。頭痛の利用者さんです」と最初に伝えます。続いて、背景=現病歴について。バイタルサインで特に気になる点があれば報告します。今回であれば、体温や血圧、項部硬直ですね。その上で、評価と提案は「髄膜炎の可能性があるので報告しました。緊急搬送を考えていますが、いかがでしょうか?」と伝えるとよいでしょう。 なお、確認した所見をすべて報告する必要はありません。重視すべき所見をピックアップして端的に伝えましょう。もし不足があれば医師から質問があるので、それに回答し、一緒にアセスメントしていけば大丈夫です。 * * * 夜間待機を担当する際、「うまく情報を拾えないかもしれない」「正しい判断ができなかったらどうしよう」といった不安を抱えている方は多いのではないでしょうか。今回ご紹介したトリアージのノウハウが、みなさんの自信や安心につながることを願っています。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

ノーリフティングケアのコスト&導入法
ノーリフティングケアのコスト&導入法
インタビュー
2023年11月14日
2023年11月14日

在宅の介護・医療に導入が難しい…は誤解? ノーリフティングケアのコスト&導入法

前編では、介護側の腰痛を防ぐ「ノーリフティングケア」の普及に努める理学療法士の下元 佳子さんに、リフトを導入するメリットについて伺いました。今回は、ノーリフティングケアの導入を悩んでいる要介護者やご家族への説明のしかたや、訪問看護ステーションの管理職がやるべきこと、そして、下元さんが考える今後の課題や展望などについて伺いました。 >>前編はこちら知っておきたいノーリフティングケア 看護師の腰痛予防や利用者の拘縮緩和も ※本記事で使用している写真の掲載については本人・家族、関係者の了承を得ています。 〇プロフィール 下元 佳子(しももと よしこ)さん 理学療法士。17年間病院に勤務した後、合資会社オファーズを設立。訪問看護、訪問介護、子どもの通所介護の事業所を運営。「二次障害を引き起こさない福祉用具ケア」を普及させるため、一般社団法人ナチュラルハートフルケアネットワークを設立し、代表理事を務める。高知市内に拠点を置き、福祉用具の展示·相談、人材育成のための研修等を行っている。 ※文中敬称略 ノーリフティングケアの導入コストの考え方 ―「在宅介護ではノーリフティングケアは無理」と考える利用者やそのご家族もいるかと思います。そう思われている方には、どのように説明されているのでしょう。 下元: 私が携わる訪問看護ステーションでは、2割強の方がリフト利用者です。導入を職員が当たり前のように考えており、介護士や看護師がリフトを必要だと判断すれば、事業所のノーリフティングのリーダーである理学療法士に伝え、一緒に要介護者の自宅に訪問します。そこでメリットや使い方を説明した上で、リフト導入につなげる、といった連携ができています。 要介護者やそのご家族が、在宅での導入は難しいと思う理由はいろいろあります。1つは、「コストがかかる」と思われる点です。確かに福祉用具を購入すると導入時に一定料金がかかりますが、訪問介護をはじめとした人的ケアになると、回数を重ねるごとにお金がかかります。週3回、2人のヘルパーが訪問するよりも、リフトの導入と1人のヘルパーが訪問するほうがかかる費用は安いのです。 ただし、障害児者の場合は、地域によって負担金が異なります。行政から福祉用具の費用が支給される県もありますが、高知県はあまり条件がよくありません。例えば浴室と寝室用にリフトを購入すると、自費負担額が200万円ほどかかるケースも多くあります。でも、実際に導入したご家庭のお母さんに話を聞くと、「介護する自分の腰痛が酷くなって病院やマッサージに通うのなら、早く購入したほうがいい」とおっしゃっていて、お金の使い方は考え方次第だなと感じました。また、厚生労働省による生活福祉資金貸付制度もあり、こうした制度を活用すれば、ほぼ利子がかかることなくお金を借りることができます。 ―老々介護など、介護されるご家族には高齢者の方もいて、操作が難しそうと思う人もいるかと思いますが、どのように説明されていますか。 下元: 基本の使い方を覚えれば、力もいらず、テクニックやコツも要らないのがリフトのいい点です。上・下のボタンしかないので、テレビのリモコンよりも操作は簡単。「シートを体に装着するのが難しそう」とおっしゃる人には、「おむつ交換やお洋服の着替えよりはるかに簡単ですよ」とお伝えします。すると、無理だと思う理由がなくなって試してくださる。ご家族にも乗っていただくと「わ~、気持ちいい」とおっしゃって、導入につながりやすくなります。 話すだけではイメージが湧かないので、リフト利用者に許可をいただき、実際の利用風景の動画を撮影して、導入に悩む方に見せるようにもしています。その際、可能な限り、同年代や同じ疾患がある要介護者の動画を選んで見せるようにしています。そうすると、「これなら活用できるかも」と思ってもらいやすくなるんです。 「部屋のこの辺りにリフトがあると困る」「このくらいの姿勢しか取れないから、吊ることができないと思う」など、要介護者一人ひとり異なる事情に耳を傾け、一緒に解決していく姿勢が大事だと思います。「使えない」「無理そう」という壁は、本人や家族自身が作られているように思うので、その壁を取っ払っていくことが大切ですね。 なお、リフト以外の福祉用具についても、それとなく興味をもっていただけるように工夫しています。要介護者を動かしやすくなるベッドシートや、するっと滑ってラクに動かせる安価なグローブを使って動かす、といったことを、あえてご家族がいらっしゃる場で行うと、「それは何ですか?」とあちらから興味を持って聞いてくださる。「これなら簡単かも」と思ってもらえます。 独自の介護が子どもに悪影響を及ぼすことも ―医療的ケア児の場合には、ご高齢の利用者とはまたコミュニケーションの取り方が変わってくるように思います。アドバイスいただけますか。 下元: 医療的ケア児の保護者の中には、介護士や看護師に対し、「こんな風にやってください!」と強い口調でおっしゃる方もいらっしゃいます。お子さんを誰よりも長く介護されているので、「この向きで抱っこして、こうやってご飯を食べさせてほしい」など、自分流の介護方法を介護士などに求めていらっしゃるんですね。でも、専門家から見れば、「側弯や股関節の脱臼など課題や本人の今後を考えると、介護方法を変えた方が良いかな」と思うことも少なくありません。 でも、そのように頑なになられる理由は、「自分が頑張らなきゃ」という状況に追い込まれ、孤独感を抱えながら試行錯誤してこられたからですよね。この状況を解消するためには、もっと早い段階から専門職である我々が、正しい介護知識をお伝えすべきなのだと思っています。私自身、高知県内の支援学校はほぼすべて周り、「こうした抱っこのしかたは筋肉を緊張させるんですよ」などと知識を伝えています。 看護師や介護士は、プロとして親と一緒に子どもにとってベストな介護方法を考え、実践していくことが大事だと考えています。その方法の1つとして、「リフトの活用が子どもの安定した介護になる」という認識につながればいいと思いますね。 ―実際に導入された人は、どんな風に活用されているのでしょう。 下元: うちの施設でリフトを導入された方の介護者の最高齢は80代の女性で、杖を突いて歩かれる要介護1の方でした。98歳のお母様を102歳の寿命を全うされるまで在宅で介護。トイレ、浴室、居室もすべてリフトを設置し、入浴もトイレも介助できていました。ティルト・リクライニング車いすや介護用ベッド、玄関に昇降機を導入するなど、たくさんの福祉用具を積極的に活用され、介護ヘルパーは不要とおっしゃるほどで、介護保険が余っている状態だったのです。人的サービスから介護プランを組んで福祉用具を導入すると、介護保険料が足りなくなるケースがありますが、福祉用具の活用から介護の方法を考えるというのも1つの手だと思います。 ―リフト利用者やそのご家族の現状を伺いましたが、「在宅だから導入が難しい」と考えている訪問看護師さんも多いかと思います。下元先生の考えや取り組み、訪問看護師さんへのアドバイスをお願いいたします。 下元: リフトのような大きな福祉用具になると、訪問看護側に経験がないと、どのリフト会社を選べばいいのか分からないというところでつまずきます。導入までの意思決定は難しいと思うので、福祉用具の企業のリフトに関する知識がある人に相談し、アドバイスをもらうといいと思います。 また、リフトの導入実績がある福祉用具のレンタル会社を探して相談するのもいいでしょう。1ヵ月だけ利用して、合わなければやめることもできます。 管理者は腰痛予防の体制を整えることが大事 ―訪問看護ステーションの管理者がノーリフティングケアを導入しようと考えたとき、何から始めてどんな流れで進めばいいのか、アドバイスをいただけますでしょうか。 下元: いきなりリフトの導入に取り組むのではなく、管理者がまずやるべきことは、腰痛予防の体制を整備することです。リフトは介護の手段に過ぎません。目的は、介護する人たちの腰痛を防ぐこと。つまり「リスクマネジメント」が重要になります。 例えば、スタッフに「負担になっている業務をあげてほしい」と伝え、心身の負担になっていることを出してもらいます。「要介護者のAさんの移乗がとても厳しく、いつ一緒に倒れてしまうか分からない」「人工呼吸器を装着しているBさんの家はとても狭くて、吸引するときの姿勢がとてもつらい」など、出してもらった負担はすべてヒヤリハットになるので、それを一つひとつ解決する方法やしくみを考えます。現場の人たちだけで解決するのが難しいときは、ケアマネジャーに伝えて担当者会議の議題に挙げられるような組織の体制を整えることが大事です。 リスクマネジメントにつながる「教育」も大事になります。リフトやシート、グローブといったアイテムの使い方を教えるだけではなく、「今の時代は、要介護者を抱え上げてはいけない」ということを、スタッフがきちんと理解するまで教育する必要があります。 看護師や介護士という職業はその道のプロであり、お手本にならなければいけません。誰が見ても「この人たちがやっていることなら、マネしても健康を損なうことはない。大丈夫」と思っていただく必要がある。そのためにも、介護における体の使い方に関するトリセツのような教材をつくればいいと思います。うちの施設でも、新入社員が入ってきたら、つくった教材を使って2時間ほどかけてリーダーが説明します。それを受講してから現場へ入っていくルールになっています。 また、厚生労働省が出している腰痛予防の指針に、要介護者を持ち上げるための重量制限について記載されています。例えば、60kgの男性だったら抱えていいのは24kgまで。女性だったら14kgなので、要介護者が子どもであっても抱えてはいけない場合があります。 参考: 〇厚労省の職場における腰痛予防対策指針及び解説https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000034et4-att/2r98520000034mtc_1.pdf また、リフトもトランスファーボートも、使える対象者の基準があります。こうした基準に沿って管理者はルール化し、リスクマネジメントを心がけることが必須だと思います。 ―今後の課題や展望を教えてください。 下元: 年々、介護現場では人材不足が深刻になっています。特に高知県は高齢化率が全国で2番目に高く、人口は3番目に少なく、国が危機感を持っている2040年代の状態に片足を突っ込んでいる状況です。そうした人材不足の危機感もあって、先立ってノーリフティングケアを実行しています。施設には9割近く導入されましたが、訪問看護はまだ進んでおらず、広げていきたいと思っています。 いずれにしろ、高知県が先がけてやっていても、全国的にノーリフティングケアが当たり前になっていかない限りは、いつまでたっても保険衛生現場の状況は変わりません。ぜひ、ノーリフティングケアの必要性を知り、訪問看護の場でも広げていただきたいと思います。 ※本記事は、2023年8月時点の情報をもとに構成しています。 執筆: 高島 三幸取材・編集: NsPace編集部

訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】
訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2023年11月7日
2023年11月7日

訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】

2023年8月18日に開催したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護の夜間緊急対応~頭が痛い!待てる?待てない?~」。訪問看護の現場で活躍する診療看護師の坂本未希さんを講師に迎え、頭痛を訴える利用者さんのトリアージに必要な知識を、ケーススタディを交えながら教えていただきました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。前編では、訪問看護におけるトリアージの考え方や、頭痛の種類とその見分け方などをまとめました。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】坂本 未希さん看護師、保健師/ウィル訪問看護ステーション江戸川 所属宮城大学 看護学部看護学科を卒業後、長崎県の病院での勤務を経て、訪問看護に携わるべくウィル訪問看護ステーション江戸川に入職する。訪問看護師として勤務する傍ら、国際医療福祉大学大学院に進学し、2019年3月には修士課程を修了。診療看護師の資格を取得した。 訪問看護におけるトリアージとは トリアージとは、疾患の重症度や緊急度に基づいて治療の優先度を決定し、選別を行うことです。もう少し噛み砕いて説明すると、「患者さんに必要な医療を提供できる臨床スタッフに繋ぐ」ことを指します。 救急の現場では重症度や緊急度に応じて優先順位をつけることが重視されますが、訪問看護現場におけるトリアージでは、「ご家族で対応可能か」「自分たち看護師で対応可能か」「診療所や病院に対応してもらうべきか」を見極めることが大切です。 今回は、頭痛を訴える利用者さんのトリアージについて考えていきましょう。 頭痛の種類 利用者さんから頭痛を訴える連絡が入ったときは、まず「一次性頭痛」か「二次性頭痛」かを判断します。 一次性頭痛頭痛の原因となる疾患がないもので、具体的には片頭痛や緊張性頭痛、群発頭痛の3つがあります。二次性頭痛に比べて緊急性は低いです。 二次性頭痛何らかの疾患があり、その結果として起こる頭痛です。原因となる疾患はさまざまで、代表例としてはくも膜下出血や髄膜炎、急性緑内障が挙げられます。 続いて、上記2種類の頭痛の特徴についてより詳しくご紹介します。 二次性頭痛の特徴と見分け方 まず、緊急性の高い二次性頭痛からお伝えします。危険な疾患の症状として現れる二次性頭痛は、特に見逃せません。先に代表例として挙げたくも膜下出血や髄膜炎は、診断・治療の遅れが命に関わるため、早期発見・治療が必須。緑内障は死には至らないものの、失明する可能性があり、機能的予後が重篤な疾患です。 これらの頭痛は、いずれも「圧」がキーになります。くも膜下出血と髄膜炎は急激な頭蓋内圧の亢進が、緑内障では眼圧の亢進が痛みを引き起こすのが特徴です。 くも膜下出血、髄膜炎の判断基準 くも膜下出血と髄膜炎では、多くの場合「髄膜刺激徴候」が見られます。代表的なのが項部硬直で、首を支えて頭部を持ち上げようとしても、硬直しているため頭部を前屈させられません。硬直が強い場合は、頭を持ち上げると肩まで一緒に浮いてしまいます。 また「ケルニッヒ(kernig)徴候」といって、下肢を股関節で90度に曲げた状態で膝を130度以上伸ばそうとすると、抵抗や痛みが生じます。これらの身体所見を確認できた場合は、くも膜下出血や髄膜炎を強く疑いましょう。 そのほか、くも膜下出血は発症後すぐに頭痛のピークに達すること、髄膜炎は発熱や吐き気があり、必ずしも髄膜刺激徴候があるわけではないことも覚えておきたいポイントです。 緑内障の判断基準 緑内障の判断にはペンライト法が有効です。眼球の横からペンライトの光を当てると、正常な場合は虹彩全体が照らされます。しかし、緑内障を発症している場合は光が抜けず、反対側に影ができます。これは、眼圧が上がることで「虹彩」がせり出してくるためです。 二次性頭痛の判断に役立つ「SNNOOP10(スヌープテン)」 二次性頭痛の代表例としてくも膜下出血、髄膜炎、緑内障を挙げましたが、頭痛を主訴とする疾患はほかにもたくさんあります。「頭痛」というひとつの所見だけで危険度は判断できないので、随伴症状や経過、環境など、さまざまな角度からレッドフラッグがないかを調べて判断することが大切です。 そうした二次性頭痛のレッドフラッグをまとめた「SNNOOP10」というリストがあるので、ぜひ一度チェックしてください。 【SNNOOP10】・発熱を含む全身症状 S:Systemic symptoms including fever・新生物の既往 N:Neoplasm in history・神経脱落症状または機能不全 N:Neurologic deficit or dysfunction (including decreased consciousness)・急または突然に発症する頭痛 O:Onset of headache is sudden or abrupt・高齢(50歳以上) O:Older age (after 50 years)・頭痛パターンの変化または最近発症した新しい頭痛 P:Pattern change or recent onset of headache・姿勢によって変化する頭痛 P:Positional headache・くしゃみ、咳、または運動により誘発される頭痛 P:Precipitated by sneezing, coughing, or exercise・乳頭浮腫 P:Papilledema・進行性の頭痛、非典型的な頭痛 P:Progressive headache and atypical presentations・妊娠中または産褥期 P:Pregnancy or puerperium・自律神経症状を伴う頭痛 P:Painful eye with autonomic features・外傷後に発症した頭痛 P:Posttraumatic onset of headache・HIVをはじめとした免疫系病態を有する患者 P:Pathology of the immune system such as HIV・鎮痛剤使用過多もしくは薬剤新規使用に伴う頭痛 P:Painkiller overuse or new drug at onset of headache 上記すべての項目を暗記する必要はなく、一読して大体を頭に入れておくだけでも、トリアージを行う際に役立つはずです。 また、上記の「SNNOOP10」には含まれていませんが、利用者さんだけでなく同居人の方にも頭痛があったり、ガス器具の炎の色がオレンジだったり、換気すると頭痛が改善するといった場合、一酸化炭素中毒の疑いがあります。特に古い住居ではその可能性が高まると考えてください。 一次性頭痛の特徴と治療方法 次に、頭痛を訴えるケースで多い一次性頭痛についてお伝えします。判別において知っておきたいそれぞれの特徴としては以下が挙げられます。 片頭痛頭痛が起こる前、光に過敏になる、目がチカチカするといった前兆が見られます。緊張性頭痛随伴症状はありませんが、長時間同じ姿勢をとることが誘発因子となるため、仕事や生活スタイルに影響を受けている可能性が高いです。群発頭痛上記の2つよりも強い痛みが生じることが特徴で、くも膜下出血との判別が難しいケースがあります。頭痛が生じている箇所と同側の目の充血、涙が止まらないなどの随伴症状が判断のポイントになります。また、女性よりも男性に起こることが多いです。 なお、群発頭痛の有病率は0.1〜0.4%と低く、あまり見かけません。そのため、先にご紹介した二次性頭痛の可能性を除外できた際に「では、これはどんな頭痛か」と考えるにあたって、片頭痛と緊張生頭痛の可能性を念頭に置くといいでしょう。 一次性頭痛の治療 軽症の片頭痛と緊張性頭痛は、アセトアミノフェン含有の鎮痛剤を服用すると大体はよくなります。そのほか、片頭痛にはNSAIDsも効果的です。緊張性頭痛であれば、首をマッサージしたり、温めたりすると痛みが緩和することもあるでしょう。なお、鎮痛剤が効かない場合は、医師にほかの治療薬を検討してもらう必要があります。 群発頭痛の治療には酸素投与が有効と考えられているので、痛みがひどい場合は医師に連絡し、搬送すべきか指示を仰いでください。 >>後編はこちら訪問看護の夜間緊急対応/頭痛のケーススタディ【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

ノーリフティングケア インタビュー
ノーリフティングケア インタビュー
インタビュー
2023年11月7日
2023年11月7日

知っておきたいノーリフティングケア 看護師の腰痛予防や利用者の拘縮緩和も

看護や介護の現場では、人力で寝たきりの要介護者を移動させるため、腰痛発生率が高まり、離職率の増加につながっています。それを防ぐのが、欧州では主流の「ノーリフティングケア」です。リフトを活用して要介護者を動かすことで看護師や介護士の腰痛予防になるほか、リフトの活用そのものがリハビリとなり、利用者の拘縮緩和も期待できます。そこで、「ノーリフティングケア」の普及活動に奔走する理学療法士の下元 佳子さんに、国内外の現状やリフトを活用するメリットについて伺いました。 ※本記事で使用している写真の掲載については本人・家族、関係者の了承を得ています。 〇プロフィール 下元 佳子(しももと よしこ)さん 理学療法士。17年間病院に勤務した後、合資会社オファーズを設立。訪問看護、訪問介護、子どもの通所介護の事業所を運営。「二次障害を引き起こさない福祉用具ケア」を普及させるため、一般社団法人ナチュラルハートフルケアネットワークを設立し、代表理事を務める。高知市内に拠点を置き、福祉用具の展示·相談、人材育成のための研修等を行っている。 ※文中敬称略 オーストラリアでは看護師がリフト活用を推進 ―リフトの存在は知っていても活用していなかったり、「ノーリフティングケア」のメリットをきちんと理解していなかったりする看護や介護の現場がほとんどだと思います。ノーリフティングケアの状況やメリット、そして、医療・介護業界に広める活動をされている理由を教えてください。 下元: 「ノーリフティング」という言葉は、看護・介護・福祉の現場から職業病としての腰痛を予防する取り組みを指します。海外に視線を向けると、欧州では1980年代からリフトを使って看護や介護することが日常になっています。 オーストラリアでは看護師の身体疲労による腰痛訴え率が上がったため、1998年に国が腰痛予防策の義務化をし、積極的に取り組んできたのです。歴史は浅いですが、人力のみの移乗を禁止して福祉用具を活用しようと、看護や介護、福祉現場での常識が変わってきています。 現地で率先して活用を広めているのが、看護師です。私は2008年にオーストラリアの看護や介護現場を見学しましたが、「なぜ看護師がリフトの活用を広めているの?」と看護師に質問すると、「患者さんをサポートする役目の私たちが、自分の体を痛めて治療費を払うなんて、話にならないわよね」と答えてくれました。質の高い仕事をするために、ムダなことはしたくないと話していたことにも、プロ意識を感じました。 ―日本とは大きく状況が異なるのですね。なぜ、日本ではノーリフティングケアの導入がなかなか進まないのでしょうか。 日本では1970年代に「重量物取り扱いルール」が制定されましたが、建設業・輸送業など「物」を対象とする業界で実践されてきました。そのため、人に対しては何の対策も取られず、介護や看護に携わる人たちの腰痛が増え続けてしまったのです。2013年に国が「職場における腰痛予防対策指針」を出しましたが、現場が実際に変わるほどの効果はなかったように思います。昨年、厚生労働省による労働災害の防止の取り組み「従業員の幸せのSAFEコンソーシアム」や、今年の「第14次労働災害防止計画」の中に、「介護はノーリフティングケアでやりなさい」という内容が、ようやく明記され始めたのが現状です。 国をあげての問題になった今、看護師や介護士、そして長時間一緒に過ごされるご家族の体を守るために、私はノーリフティングケアの普及活動に力を入れています。 看護や介護職の人たちは、「自分が要介護者の手足を動かしてケアすること」こそ、本人やご家族に喜ばれると考え、それが目標や自身への評価にしがちです。しかし、大事なのは、ご家族を含めた介護するチーム全員が自分の体をしっかり守りながら、ケアを継続すること。看護・介護のプロとしても、腰痛予防のための「ノーリフティングケア」を取り入れるべきだと思います。 日本の要介護者が屈曲状態で拘縮する理由 ―下元さんは30年以上前にカナダの医療や介護の現場へ「ノーリフティングケア」の視察に行かれ、どこに行っても拘縮(関節が固まってしまう状態)の要介護者がいない事実に驚かれたとのこと。日本ではなぜ拘縮の人が多いのでしょうか。 下元: 私が理学療法士を目指して勉強していたころは、「寝たきりなどで体を動かさないから拘縮が起こる」と習いました。でも、実際に臨床現場で働くと、寝たきりなら関節が伸展した状態で拘縮するはずなのに、なぜか上肢は肘で大きく曲がり胸にくっつき、指も握ったまま、下肢も大きく曲がり踵がお尻にくっつきそうな人が多く、不思議に思いました。 セラピーの時間に手足を動かして「少し筋肉が緩んだかな?」と思っても、看護師さんに患者さんを病棟のベッドに移してもらった途端、セラピー前の固さに戻っていることもありました。吸引して拘縮が強くなっていることもあり、もしかしたら、筋肉が緊張する状態が続くと拘縮になるのではないかと思いました。 強い刺激や速い刺激を与えると、筋肉の緊張度合は上がります。例えば、横向きに寝るように体を動かし、股関節を開くといったおむつ交換の作業でも、乱暴に動かすと筋肉は緊張します。時間が経って緊張が少し緩んでも、また次の介護ケアで筋肉が緊張してしまう。私たちのようにふーっと息を吐くなど、要介護者は筋肉の緊張を緩めるようなコントロールができません。つまり、介護ケアの連続が、筋肉の緊張状態を継続させていたのです。これは、人によって「つくられた拘縮」ともいえます。 28歳で地域の高齢者病院に転職したときに驚いたのが、拘縮で手足が屈曲し固まっている患者さんが病室にたくさんいたことです。医師からは山のように「拘縮改善」のオーダーがありました。でも1日数十分体を動かすだけでは、固くなった体を改善することはできません。カナダのバングーバーの施設を視察したのはそのころ。もう30年前の話ですが、拘縮している要介護者はいませんでした。その後に行ったデンマークやオーストラリアでも、生活習慣による円背はあっても、日本でたくさん見るような拘縮した人はいなかった。つまり「ノーリフティングケア」を実践している国では、拘縮している要介護者がほとんどいないのです。 ―リフトの活用が拘縮を防ぐということでしょうか。逆に、筋肉が緊張しそうなイメージもあります。 下元: 吊り上げるときは、大腿後部と背中全体をシートで支えます。広い範囲でしっかり体重を支えながらゆっくり動かせば緊張するどころか、逆に緊張を緩めてくれるのです。だから我々は、「要介護者を抱え上げられないからリフトを使おう」ではなく、「筋肉の緊張を緩めるためにリフトを使いましょう」と在宅介護や医療現場で提案します。拘縮を改善する道具として使えることを、ぜひ多くの看護・介護・福祉の現場で働く人々に知っていただきたいです。 嬉しそうにリフトを利用している利用者さんの様子 ベッドからの移動にリフトを活用(左)。利用者さんのお母様の負担が軽減した。また、体幹トレーニング(中央)や、リラクゼーション(右)にもリフトが活用されている 私が活動する高知県では、全国に先駆けて「ノーリフティングケア」に取り組み、2015年からモデル施設をつくっています。8年経ちますが、拘縮の方が本当に減りました。県外から視察されに来た方を施設にお連れすると、ホールに座っている高齢者を見て、「高知県は特養介護度が低いのですか?」と皆さん同じことをおっしゃいます。日本には拘縮している高齢者が多いので、「自分で自由に動けない介護度が高い人=拘縮している」というイメージなのでしょうが、「ここにいる皆さんは要介護度5ですよ」と伝えると必ず驚かれます。 リハビリもやらなければと思う看護師たち ―先生は、訪問看護師を養成する県のプログラムで講師もされていると伺っています。受講される看護師は「ノーリフティングケア」についてどのようなイメージを持っているのでしょうか。 下元: 年2回、「在宅リハビリテーション」というテーマで1日研修の講師を担当しています。最初に「在宅リハビリテーションに、どんなイメージありますか?」と質問すると、「ベッド上の要介護者の手足を動かす」と看護師さんたちは答えます。私は「リハビリテーションとは、そういうことではない」ということから講義を始めるんです。 理学療法士や作業療法士が不在の介護現場では、「自分がリハビリの仕事をしなければ」と考える看護師さんが多いようです。「リハビリのやり方を教えてください」と看護師さんからよくお願いされますが、「要介護者の手足を動かすことが理学療法士や作業療法士の仕事ではない。週に一度や二度それを実施しても拘縮は予防できません。ケアを変える提案をする方が大事であり、成果が出ます」と伝えます。そして、「リフトで吊り上げてゆらゆら動かすと体の緊張が緩んできます。ベッドの上で要介護者の手足を動かすよりも拘縮予防になります」と説明すると看護師さんたちは驚かれ、「リフトを活用したい!」とおっしゃるのです。 ―リフトを実際に使っている方やそのご家族の様子を教えてください。 下元: リフト利用者やそのご家族は、活動的になる傾向があります。 玄関リフトや電動車いすなどを活用してお出かけをする利用者さん。「人に相談する」「福祉用具を使ってゆとりを作る」ことで、お母様の負担を減らしながら活動量を増やし、暮らしが豊かになった リフトは自費でレンタルできるので、ホテルに設置してもらって1泊2日で国内旅行に行く方もいます。私の勤務先のリフト利用者も、海外旅行を楽しんでいました。リフトの活用が進んでいる海外のほうが手配しやすいとも思います。その方は70代の男性で、難病が進行し、昨年、人工呼吸器を装着されました。在宅介護は厳しいかもと思いましたが、家に戻って来られたんです。「帰ってきたんですね」と言うと、「いやいや息ができなくなっただけでしょ?」とおっしゃる。病気の進行に合わせて補助器具を導入する生活を送り、リフトさえあれば在宅介護ができるんじゃないかという前向きな考えに至ったのだと思います。奥様もリフトとヘルパーさんの力を借りることで、仕事を辞めることなく在宅介護ができると判断されたようです。 リフトを活用している筋ジストロフィーのお子さんは、体が動かないので床に置かれるだけで大泣きする状態でしたが、今は移乗に使うだけでなく、吊り具を使って立ち上がり、1時間ぐらい遊んでいます。干している洗濯物を落として喜ぶなど、ちゃんといたずらができることも発達の表れです。 体調を崩して入院すると、「帰る、帰る」と言うそうです。「帰って何をするの?」と聞くと、ブランコに乗るようなしぐさをして「家でリフトに乗りたい」と主張する。動ける自由に楽しさを感じているのでしょう。 リフトを使えば起きたいときに起きられるし、ラクに車いすに乗れて移動できるようになるので、要介護者とご家族のQOLは確実に上がります。利用者の奥様に、「リフトはどんな存在ですか?」と尋ねたら、「相棒」とおっしゃっていました。「子どもたちに夫の移動を頼むと嫌がられるけれど、リフトは1回も嫌って言ったことがないのよ」と話されていたことも印象的でした。 >>後編はこちら在宅に「ノーリフティングケア」の導入が難しい…は誤解? ※本記事は、2023年8月時点の情報をもとに構成しています。 執筆: 高島 三幸取材・編集: NsPace編集部

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