専門看護師に関する記事

特集
2021年11月2日
2021年11月2日

第2回 心不全患者の療養生活を支えるために

心不全患者の再発・重症化予防のための地域ぐるみの取り組みが進んでいます。福岡大学病院循環器内科と博多みずほ訪問看護ステーションでは連携して、病院の医師と訪問看護師が医療とケアの両面で在宅療養者を支えています。療養指導の質を高めるための新しい認定資格「心不全療養指導士」は、心不全患者の日常生活指導などを行う場面で力を発揮しています。心不全療養指導士の資格を持つ、博多みずほ訪問看護ステーションの黒木絵巨所長にお話を伺いました。 博多みずほ訪問看護ステーション黒木絵巨 所長 心不全療養指導士とは 「心不全療養指導士」は、心不全の再発・重症化予防のための療養指導に従事する医療専門職のための認定資格で、看護師、保健師、理学療法士、作業療法士、薬剤師、管理栄養士、公認心理師、臨床工学技士、歯科衛生士、社会福祉士などが取得できます。特に実務経験は問いませんが、資格取得のために提出する5症例の症例報告書のためには、実質的に心不全患者の療養にかかわる実務経験が必要になります。あくまでも医療専門職のための制度で、医師は対象ではありません。2021年度から制度が開始され、第一期の資格取得者1,771名が活動を始めています。黒木さんも第一期取得者の一人です。 ― なぜ、心不全療養指導士の資格を取ろうと考えたのですか。 私どものステーションは循環器疾患の利用者さんに特化しているわけではありませんが、福岡大学病院との連携で、退院後の心不全療養者への援助が増えてきています。心不全患者の再発や急性増悪を防ぐためには、食事指導・運動指導・服薬指導などの日常生活援助が決め手になります。 福岡大学病院循環器内科の志賀悠平医師も、在宅での生活指導・保健指導については私たち訪問看護師に任せてくださっています。療養者の生活に責任をもって関わるうえで、医学的なエビデンスも含めて知識・技能のレベルアップを図りたいと考えていたところ、日本循環器学会で新しい資格制度をつくるという情報を知ったのがきっかけです。 ― 資格を取るためにはどのようなプロセスが必要ですか。 学会が示している資格取得のためのフローチャートを以下に示しました。 心不全療養指導士・資格取得までの流れ(抜粋) 日本循環器学会ホームページ 『資格を取るまでの流れ』 (https://www.j-circ.or.jp/chfej/flow/)を参考に作成 まず、日本循環器学会の会員になることが条件です。会員になったら、最初にeラーニングを受講します。総受講時間は6時間半弱で、非常に多岐にわたる講義が用意されています。「心不全の概念」「心臓の基礎疾患の特徴」「薬物療法」「非薬物療法」などの医学的内容から、「栄養管理」「服薬アドヒアランス」「心理的指導」などの療養支援の基本に関する講義まで幅広いテーマです。中でもとても勉強になったのが「療養指導に必要な患者指導の考え方」「療養指導の評価および修正」「認知機能低下のある患者への対応」など、患者指導の技術でした。 勤務を続けながらの受講でしたので、自宅に戻った夜や休日の自分の時間を有効に使いました。eラーニングはいつでもどこでも自分の裁量で時間の都合をつけられるので便利です。 eラーニング講習の後、症例報告書を提出します。症例はすべて異なる患者で2テーマ以上5例作成します。テーマ例としては、「ステージ別心不全患者の療養指導」「高齢心不全患者への療養指導」「多職種連携、地域連携の強化が必要な心不全患者への療養指導」などが挙げられています。最終的に認定試験を受けて審査があり、合否が決まります。eラーニング受講から約10か月の期間で取得できます。 ― 心不全患者の再入院を防ぐ取り組みで効果がみられた症例をご紹介ください。 70歳代の女性の利用者さんで、入退院を繰り返しておられました。独居の方で在宅に戻って2週間もすると必ず再入院となるのです。家で療養していると、浮腫が出て息切れが続き、また入院となるということの繰り返しでした。 私たちが週2回、訪問看護に入ることになって様子を見ていると、昔からの食生活を続けていることが原因であることがわかりました。梅干しが好きで、いつもご飯と一緒に食べておられ、さらにハムなどの加工食品で過剰な塩分を摂取されていました。本人も入退院を繰り返すのは嫌で、家でずっと暮らしたいとおっしゃっていました。 そこで、食事指導を徹底しました。塩分の摂りすぎがどうして心臓の負担を増やしてしまうのかというしくみからお話しして、毎食の塩分チェックを継続していきました。主治医とも相談して、むくみの程度によって利尿薬の増減についてご指示いただき、コントロールするようにしました。 別居している家族の方からも「私たちが言っても聞いてくれないけど、看護師さんの言うことは聞くみたいですね」と言われました。専門職が週2回入ってきっちりお話しすることで、この方の意識も変わっていったようです。日常生活の立て直しができて、再発・入退院を繰り返すことがなくなりました。 心不全の方は入院してつらい思いをしても、軽快するとすぐ忘れてしまい、元の状態に戻りがちです。食事や運動などの行動を変えていただくのは非常に難しいことだと思いますが、身体のしくみや薬が効くメカニズムなどを丁寧に説明すれば理解してくださいます。 一方的に「指導」するのではなく、行動科学的なアプローチによって行動変容を「促す」関わりが大切だと思います。そういう意味でも「心不全療養指導士」の資格はとても役に立っていると感じています。 * 心不全療養指導士の役割の1つとして、「医療機関あるいは地域での心不全に対する診療において、医師やほかの医療専門職と円滑に連携し、チーム医療の推進に貢献する」という項目があります。心不全患者の重症化・再入院を防ぐためには、病院だけでなく地域ぐるみの多職種の連携が不可欠です。チーム医療推進の要として活躍する「心不全療養指導士」の役割は、今後ますます大きくなりそうです。 ※詳しくは、一般社団法人日本循環器学会のホームページ上の「心不全療養指導士」(https://www.j-circ.or.jp/chfej/)をご覧ください。 ** 黒木 絵巨博多みずほ訪問看護ステーション 所長 大分県出身。3児の母。総合病院、透析クリニック勤務の後、2018年から訪問看護師として勤務。2021年3月に心不全療養指導士資格取得。 記事編集:株式会社照林社

特集
2021年10月26日
2021年10月26日

第1回 心不全看護の『質』を高める専門資格

心不全の再発・重症化予防のための療養指導に従事する医療専門職の認定資格、「心不全療養指導士」が注目されています。超高齢社会を迎えて増加する高齢心不全患者は、急性増悪を起こして再入院するケースが多く、再発防止のための取り組みが急務とされています。福岡大学病院循環器内科と博多みずほ訪問看護ステーションの地域連携の取り組みについては、このシリーズで以前お伝えしました。今回は、心不全の再発防止において実力を発揮して活動している「心不全療養指導士」の実践を紹介します。 心不全療養指導士とは 「心不全療養指導士」認定制度は、2021年度から日本循環器学会が始めた新しい制度です。この制度は、超高齢社会を迎えて心不全患者が急増している現状を踏まえ、心不全の発症・重症化予防のための療養指導に従事する医療専門職の資質の向上を図ることを目的として創設されました。心不全に関する基本的知識や療養指導のための技能が修得できます。 心不全療養指導士は、病院に限らず、在宅をはじめとした地域などさまざまな場面で幅広く活動し、心不全におけるチーム医療を展開していくことが期待されています。心不全患者のQOL改善をめざす多くの専門職が取得できる資格です。 2020年12月に行われた第1回の認定試験に合格し、心不全療養指導士として活動している博多みずほ訪問看護ステーション所長の黒木絵巨さんにお話を伺いました。 その日訪問する利用者さんの情報をタブレットでチェックする黒木絵巨さん(博多みずほ訪問看護ステーション所長) ― 高齢の慢性心不全患者に対するアセスメントはどのように進めるのでしょうか。 高齢の慢性心不全患者さんは、痛みなどの自覚症状をほとんど訴えません。私どものステーションの利用者さんは高齢者が多いのですが、訪問して最初にチェックするのが『むくみ』です。「浮腫が出ているな」と思って指摘しても、「これくらいのむくみはいつも出ているから大丈夫」とおっしゃる方がほとんどです。重症化してくると、「ちょっと動くと苦しい」などと訴えることもありますが、初期の浮腫や体重増加くらいでは、「いつもと同じ」という感覚のようです。 ― 「浮腫」が重要なサインの1つということですね。 心不全再発のアセスメントとして「インアウト」をみますので、その最もわかりやすい徴候が「浮腫」なのです。「足背」などの浮腫の状態をチェックしますが、まずお顔を見たとき「ちょっとむくんでいるな」と感じたら、これは大切なサインだと考えています。少しくらいの浮腫であれば食事内容などをお聞きして、水分や塩分の摂取状況を具体的に把握します。 そして、お薬のチェックをします。たいていの方が利尿薬を処方されていますが、服薬を自己判断してしまう方も多くいます。「しょっちゅうトイレに行くのが煩わしいから」、「今日は出かけるのでトイレに何回も行くのが嫌だから」などの理由で、指示されたとおりに利尿薬を飲まない方もいらっしゃいます。そういう方には、なぜこの薬が必要なのか、どうして絶対に飲まなければいけないのかということをわかりやすく説明します。 ― 具体的にはどのように説明するのですか。 まず、「心不全では心臓のポンプ機能が悪くなって全身に血液が行き渡りにくくなっています」というところからお話しします。「腎臓に流れる血液量が減ってしまって尿が作られにくくなると、体内の水分量が増えてしまいます。それで『むくみ』が起こってくるわけです。そうすると、ますます心臓の負担が大きくなってしまうので、余分な水分を尿として排泄させるために、利尿薬を飲んでいただくのですよ」と、身体の『しくみ』から説明するとよく理解してくれます。 解剖学や病態生理学などの難しいことを利用者さんや家族にかみ砕いて説明して、行動を変えていただき、生活を立て直してもらうのが私たち専門職の役割だと思っています。 ― 難解なことをわかりやく伝えるというのはとても難しいと思いますが・・・。 そうですね。第一に、私たちが病態生理をよく理解しておく必要があります。それをうまく「伝え」、最終的に「行動を変えていただく」働きかけをするのがプロフェッショナルの『わざ』だと考えています。 私は、訪問看護を始めるまでは主に透析看護を行っていましたが、透析患者に対しても行動変容を促すアプローチは必要でした。その点で、今回、「心不全療養指導士」の資格を取得するために行った勉強は、非常に役立っていると思っています。 「心不全療養指導士」の役割を以下に示しましたが、その中の②③は、まさに病態理解や療養指導の方法に関することです。学ぶべき項目の中の「心臓の構造・働き」「心不全の身体所見」「薬物療法」「患者教育に活用する心不全に関する知識」「服薬アドヒアランスへの支援」などは、今の現場での実践に非常に役立っていると思います。 心不全療養指導士に求められる役割 ①心不全の発症・進展の予防の重要性を理解し、その予防や啓発のための活動に参画することができる②心不全の概念や病態、検査、治療について理解し、それをもとに病状などを把握することができる③心不全の進展ステージに応じた予防・治療を理解し、基本的かつ包括的な療養指導を実施することができる④医療機関あるいは地域での心不全に対する診療において、医師や他の医療専門職と円滑に連携し、チーム医療の推進に貢献することができる⑤心不全患者に対する意思決定支援と緩和ケアに関する基本的知識を有している 日本循環器学会ホームページ 『心不全療養指導士とは』 (https://www.j-circ.or.jp/chfej/about/)より引用 * 次回は、黒木さんが心不全療養指導士の資格を取得するまでの経緯と、実際に関わった事例を紹介します。 ※詳しくは、一般社団法人日本循環器学会のホームページ上の「心不全療養指導士」(https://www.j-circ.or.jp/chfej/)をご覧ください。 ** 黒木 絵巨博多みずほ訪問看護ステーション 所長大分県出身。3児の母。総合病院、透析クリニック勤務の後、2018年から訪問看護師として勤務。2021年3月に心不全療養指導士資格取得。記事編集:株式会社照林社

インタビュー
2021年6月22日
2021年6月22日

商店街を拠点に住民の近くで声を拾う

大阪の商店街の中にある訪問看護ステーションほがらかナース。管理者である岩吹さんは在宅看護専門看護師として活動しています。ほがらかナースの立ち上げまでの経緯と、今後のビジョンについて伺いました。 地域の中での専門看護師の役割 ―訪問看護ステーションほがらかナースの立ち上げの経緯について教えてください。 岩吹: 専門看護師は卓越した看護の提供だけではなく、コンサルテーションやコーディネーションの役割もあると教わっていたので、地域に出る必要があると思いました。病院でもできないわけではないですが、管理者でなければ自分のやりたいことはなかなかできないと思い、地域の声を拾うためにより住民に近いところに居たほうがいいと考えたんです。ちょうど近くに商店街があり、専門看護師としてここで地域包括システムの体制を作っていこうと決めて、開設しました。 ―どのような商店街なのでしょうか。また、商店街の中でどのような思いで活動をされているのでしょうか。 岩吹: 大阪の九条に、キララ九条商店街という通りがあり、そこの空き地にステーションを開設しました。この商店街には薬局が2~3つ、相談支援事業所が3つ、クリニックが4つ、歯医者が2つ、ヘルパー事業所が3つあります。介護事業所はたくさんありますけど、医療がクリニックだけでは、医療ニーズが高い患者さんが地域で生活できるのかという懸念がありました。商店街は買い物に来るところですが、そこで健康に関する健康教室のような場所を作りました。少しでも住み慣れた地域で、病気や障がいを持ちながらも生活できるように、社会資源のひとつとして、専門看護師である自分を使ってもらいたいと思っています。 街の中の保健室として ―コロナが落ち着いてきたら『街の保健室』として、どんな形で商店街の方たちと関わっていきたいですか。 岩吹: 勉強会を開催したいと思っています。ただし、こちらが提供するというよりも、学びたいこと、知りたいことを地域の方々から出してもらい、患者さんや地域の方々が中心となって開催していくようなイメージをしています。私たちは場所の提供やサポートをして、交流の場として、住民主導でやっていきたいです。夢は大きく、思い立ったらすぐ行動するタイプなので、待ち遠しいです。 ** 訪問看護ステーションほがらかナース管理者 岩吹隆子 血液内科病棟で5年、脳外科病棟で5年経験後、訪問看護師として働く。結婚や出産などで看護師の仕事を一度離れるも、復職。訪問看護認定看護師取得後、2018年に在宅看護専門看護師の資格を取得。2020年に訪問看護ステーションほがらかナース開設。

インタビュー
2021年6月15日
2021年6月15日

現象学から捉える看護~専門看護師の実践~

大阪にある訪問看護ステーションほがらかナース。管理者である岩吹さんは、在宅看護専門看護師の資格を持ち、地域で生活する利用者さんのケアだけではなく、専門看護師として看護師に教育を行っています。教育課程のなかで学んだ『現象学』の活用について、お話を伺います。 利用者さんを通じて成長していく、スペシャリストとしての専門看護師 ―大学院で専門看護師の資格を取得されて、実践ではどのように役立ちましたか。 岩吹: 大学院には48歳のときに行きました。一緒に学んだ同期は30代前後の若い人が多く、教育課程も違う世代だったのですごく苦しみました。だけど、実践でやってみて役立っているなと思うことは多くあります。例えば、困難事例で悩んでいる看護師にも、「ここはどうなの?」と質問を投げかけ、客観的にアドバイスできるようになりました。自分の中の引き出しが増えたような感覚です。 利用者さんとの対応でうまくいかないのは、自分のせいでもなく、相手のせいでもない。見方が悪いわけでもなく、知らないだけなんです。「本当のこの人は、どのようにして今までの生活を過ごしてきたのか」を見ていきます。 現象学ともいいますが、なぜクレームばかり言うのだろうか、なぜこんな現象が起こっているのかを考えます。相手の語りを聞くことによって、その人自身を捉えることができるようになります。固定概念や先入観でガチガチに固めてしまうのではなく、その人の在り方が必ずあるはずなので、そこを一緒に見ていくようにしています。 また、利用者さんに「話を聞いてもらってよかった」と、思ってもらえることも大事ですね。楽しかった、嬉しかったという感情があってこその『傾聴』だと思います。私たちも看護師という支援者である前に一人の人間なので、利用者さんを通じて成長していくという姿勢も忘れてはいけないと思います。 現象学と看護の世界 ―現象学について学んだとのことですが、どのように看護に生かすのでしょうか。 岩吹: 現象学とは世界がいかに意味づけされたものか、現象を探求する、捉える学問です。エドムント・フッサールという哲学者が創始者です。物事を捉えるときに私たちは、「こうあるもの、こうしてあるべき」と先入観を持って判断しています。現象学では、ありのままに現象を捉え、本当にそうあるべきなのかと先入観を排することを一番に学びました。 現場に戻ってきて、この看護師さんは先入観で物事をみているなと思うことは増えました。一度アセスメントしてケアがうまくいかないとき、「あの人はああいう人だよね」と決めつけているのではないか、だからうまくいかないのではないかと立ち返り、先入観を取り除いていくと見えてくるものがあります。そのためには、本人に話を聞きながら、ありのままを捉えていくことで、信頼関係が築けるようになってきます。 どのような現象が起きていたのか、当事者と一緒に振り返る ―具体的にどういう風にやっていくのですか。 岩吹: 私も大学院で学んできたと言っても、2年間は頭の中がクエスチョンマークでいっぱいでした。卒業してから現場に出て、スタッフや利用者さんと話をするようになって、ようやくわかってきました。 まずは、振り返ることです。私たちはすぐにこうすればよかったと、方法論を考えてしまうところがありますが、方法の前に現象を理解することが大事です。現象を捉えることができると、自然と方法が出てきます。「この人はここに価値観を置いているから、ここを大事にしないといけない、そのためにはこうしていこう」というイメージです。 ―すごく難しいですね。 岩吹: 難しいです。「この人気を付けたほうがいいですよ」と先に申し送りで言われると、別の人の先入観が入ってから関わることになるので、自分もその先入観に囚われてしまいます。私も偉そうなことを言っていますが、立ち返る癖をつけないといけないと思っています。 例えば、精神疾患の利用者さんの何度目かの訪問の際に、チャイムを鳴らしたはずなのに、「鳴らさないで入ってきた」と怒りのクレームが入ったことがありました。看護師本人はなぜ怒られたのかもわからず、逃げ場もなく帰ってきて、すぐに私のところに電話をして来ました。気が動転していた様子だったので、まずは話を聞いて気持ちを落ち着かせました。そのあとは私が対応し、後日利用者さんのところに事情を聞きに行きました。やはり怒っていましたが、ヘルパーさんや区役所にもクレームを入れていたので、なんだかおかしいと思ったら、薬を飲めていなかったことがわかったんです。利用者さん自身も感情のコントロールができなかったと話していました。利用者さんも怒ってしまったことを反省していて、一緒に振り返りをして薬を続けていくことになりました。 対応した看護師は、自分が原因で怒られたと思っていて、行きたくないと言っていました。しかし、利用者さんの身に起こった現象をひとつずつ確認し、声かけをしていくことによって、「そういえば薬を飲んでいなかった」と、ぽつりぽつりと話すようになりました。それからは、「利用者さんともう一度やりとりしたい」と言うようになりました。 このように、感情が落ち着いたときに、どのような現象が起こっていたのかを振り返ることをとても大事にしています。 ** 訪問看護ステーションほがらかナース管理者 岩吹隆子 血液内科病棟で5年、脳外科病棟で5年経験後、訪問看護師として働く。結婚や出産などで看護師の仕事を一度離れるも、復職。訪問看護認定看護師取得後、2018年に在宅看護専門看護師の資格を取得。2020年に訪問看護ステーションほがらかナース開設。

インタビュー
2021年6月8日
2021年6月8日

訪問看護師としての自分の使命

大阪の商店街の中にある、訪問看護ステーションほがらかナース。管理者を務めるのは、訪問看護認定看護師、在宅看護専門看護師の認定資格を持つ岩吹さんです。今回は、認定や専門看護師を取得するに至ったきっかけついてお話を伺います。 生き生きしている患者さんの姿から感じた在宅の可能性 ―訪問看護師として働くまでの経緯を教えてください。 岩吹: 最初に総合病院で5年勤めた後、人と違うことがしたくて、なんとなく訪問看護を考えていました。しかし、それまでは血液内科病棟にいたので、在宅でもよくみる脳外科などの領域も経験したほうがいいだろうと思い、脳外科の病院に転職しました。 病棟自体は寝たきりの方が多いところでした。そこで5年ほど勤めたころ、ある患者さんが退院することになり、その後外来で対応する機会があったんです。そこでとても生き生きとしている患者さんの姿をみて、在宅の力ってすごいなと思いました。それで私もチャレンジしてみようと思い、訪問看護の道に進みました。 最初の訪問看護ステーションでは3年ほど勤め、結婚を機に一度看護師の仕事からは離れていました。 壮絶な体験を経て大学院で在宅看護専門看護師を取得 ―それからはどうしていたのですか。 岩吹: 2005年のある日、夫が肺がんだということがわかりました。そのとき長男は10カ月、次男の妊娠がわかったタイミングでした。がん患者と家族のつらさを自分自身が体験して、こんな気持ちでいたんだと感じました。今まで自分がしてきたことが、どんなに浅はかであったか、利用者さんの立場になることができていなかったと痛感しました。「この看護師は冷たいな」「親身になってくれているな」というのが手に取るようにわかったんです。 闘病生活1年で、夫は他界しました。当時、長男が2歳、次男が生後半年で、子どもを抱えながら今後どうしていくか、この子たちを食べさせなきゃいけないと、無我夢中でした。看護師の仕事に戻ることは少し躊躇しましたが、この仕事しかないという思いや、夜勤ができないということもあり、訪問看護師として戻ることを決心しました。 しかし、夫が亡くなった翌年には母親も急死し、以前から躁うつ病で入退院を繰り返していた兄が脳梗塞を起こして、面倒をみなければなりませんでした。なんで自分がこんな目に遭うのかと、とても落ち込みましたね…。 ―壮絶な体験があったのですね…。そんな中で訪問看護の仕事を再開されてからはどうでしたか。 岩吹: 仕事をはじめると、がんで闘病中の利用者さんに対応することもあり、フラッシュバックして仕事ができないのではと不安になることもありました。そんななか、がんを患っていたある利用者さんが「つらいんや…」と、私にだけ気持ちを打ち明けてくれました。フラッシュバックもありましたけど、一生懸命励ましている自分がいて、利用者さんから「あんたみたいな看護師は初めてや。本当にわかってくれる人はいなかった。」と言われました。ふと我に返ったときに、患者さんに寄り添うとはこういうことなのかと感じたんです。 看護師としての知識や経験は浅かったかもしれないけど、私には患者さんや家族の気持ちが少しわかると思いました。そして、当時始まったばかりであった訪問看護認定看護師に挑戦して、スペシャリストを目指すと決めました。 しかし、一年間の教育課程だったので、知識を詰め込んでも整理できておらず、認定をとってもなんとなく資格が取れたという状況でした。うまく看護を言語化することができず、くすぶっていたところで、「これは大学院にいくしかない」と思いました。当時、私よりも10個ほど年下の認定課程の専任教員だった方が、驚くほど言語化が上手だったんです。その方が大学院に行っていたので、私もとりあえず同じようにやってみようと思い、在宅看護専門看護師の教育課程に進みました。 ―岩吹さんは患者さんにケアとして還元していくなかで、夫のことや看護師としての自分、仕事との向き合い方、生き方を整理していったように感じましたがどうでしょうか。 岩吹: そのとおりですね。患者さんを励ますことで、自分自身も助けられたのかもしれません。これが私の使命というか、夫を亡くしたこと、兄の面倒をみていたことが私の強みで、ここに命を注いでいったらいいんだ…と電撃が走ったように感じました。こうした使命感があると、人間いろいろとつらいことがあっても、楽しく、前に進むことができると実感しています。 つらいことには意味があると思うんです。看護師にも、看護師でない人にも伝えたいのは、「今のつらい思いは未来に役立つ」ということ。絶対に後々、力になります。 ** 訪問看護ステーションほがらかナース管理者 岩吹隆子 血液内科病棟で5年、脳外科病棟で5年経験後、訪問看護師として働く。結婚や出産などで看護師の仕事を一度離れるも、復職。訪問看護認定看護師取得後、2018年に在宅看護専門看護師の資格を取得。2020年に訪問看護ステーションほがらかナース開設。

特集
2021年1月20日
2021年1月20日

いざという時のために。ステーションの災害対策

近年、台風や豪雨による災害が各地で起こっています。特に2011年の東日本大震災では、災害対策の重要性を身をもって感じた方が多いのではないでしょうか。 もし訪問先で地震が起こった時、どう行動したらよいか、あなたのステーションには指針がありますか? これから起こりうる首都直下型地震などの災害に、訪問看護ステーションはどう備えていくと良いのか、特集にまとめました。 「ホームケア防災ラボ」で地域に貢献 都内で展開するケアプロ訪問看護ステーションでは、DMATの経験があるスタッフと災害看護専門看護師の資格を持ったスタッフが中心となり、「ホームケア防災ラボ」を運営しています。 「地域を支えるケアスタッフが災害対策に取り組むことは、発災後の地域資源を守っていくという視点でも効果的である」と在宅医療事業部長の金坂さんは話します。 ホームケア防災ラボでは、情報発信や勉強会を定期的に開き、災害時にサービス提供を継続できるステーションを1ヵ所でも増やす取り組みをしています。詳しくはこちらの取材記事をご覧ください。 災害時対応を変えるためのチャレンジ(ケアプロ株式会社 金坂宇将) 「災害時個別支援計画」で利用者さんにも意識付けを 愛知県にあるテンハート訪問看護ステーションでは、愛知医科大学の下園美保子先生と共同で「災害時個別支援計画」の作成をしています。 作成のきっかけは「一般的な災害対策マニュアルを利用して実施した災害訓練での失敗」だと、管理者の佐渡本さんは語ります。利用者さんの個別性が高く、いかに現実に即していないかを実感したそうです。 そこで下園先生に相談したところ、利用者さんに個別に災害支援計画を作ってみてはどうかという話に至りました。 個別に支援計画を作成することで、災害時に利用者さんが焦らず行動できるだけでなく、普段の生活でも災害に対して準備する行動変容が見られたそうです。 災害が発生した際は、限られた時間とマンパワーの中で、何人もの人が連絡や訪問をするなど、無駄な動きをしているのが現実です。 在宅医療の連携ツールとしても、この災害時個別支援計画は今後広く利用されるようになるかもしれません。 もしもに対応できる!災害時支援計画(テンハート訪問看護ステーション 佐渡本琢也) 高齢者こそ災害準備を 東京都健康長寿医療センター研究所の涌井智子先生は、高齢者にとっての災害準備の必要性を訴えています。 高齢者は、災害発生直後から72時間後までは、体力的・精神的な理由で避難が遅れてしまうと言われています。また、災害発生後72時間以降は、避難所などの生活環境への変化に耐えられず、身体機能や認知機能の低下が起こるリスクがあります。 そこで、災害発生前の対策を充実させることで、高齢者自らが、災害時に生き残る可能性を広げることができるそうです。 高齢者の防災準備あるあるや、今日からできるプチ避難準備について、涌井先生が解説しています。詳しくはこちらのコラムをご覧ください。 高齢者にとっての災害対策(東京都健康長寿医療センター研究所 涌井智子) 異なる支援ニーズへの対応と地域コミュニティ 今日からできるプチ災害準備(東京都健康長寿医療センター研究所 涌井智子) ついつい後回しにしがちですが、いつ起きてもおかしくないのが災害です。これを機に、ステーションの災害対策について見直してみてはいかがでしょうか。

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