緩和ケア

臨死期のケア変化への対応家族への支援
臨死期のケア変化への対応家族への支援
特集
2026年10月27日
2026年10月27日

亡くなる前の変化への対応と家族への支援【せん妄や呼吸・循環動態】

在宅医療の第一線で活躍されている、すぎもと在宅医療クリニックの杉本由佳先生に解説していただき、臨死期における訪問看護師の役割を深く掘り下げていきます。今回は、死期が迫り、せん妄や呼吸、循環動態の変化などが見られた利用者さんや、それを見守るご家族への対応について解説します。 亡くなる前の変化とその対応 病状が進行すると、利用者さん自身が「終わりの時」が近づいていることを肌で感じるようになります。亡くなる約1~2週間前(終末期)からせん妄が出現することが多く、ご家族の介護疲れも蓄積してきます。その後、亡くなる数日前には呼吸状態や循環動態の変化が現れ、その様子にご家族は強い不安を抱くことがあります。そのため、症状について、事前にご家族へ丁寧に詳しく説明しておくことが重要です。そして、ご家族の不安、寂しさ、悲しみ、これからのことなどを傾聴し、共感することが大切です。 せん妄への対応 終末期患者の約9割にせん妄が出現するとされ1)、これは特別なことではなく、ある意味「自然な現象」ともいえます。特に「もっと生きていたい」「まだ死にたくない」と強く願う方ほど、せん妄が激しく現れる傾向があります。死を望んでいないのに、身体が徐々に衰えていく感覚を体験することで、心と身体の乖離が生じ、せん妄が起こりやすくなるのです。 ここではせん妄について、予防と対策の基本、具体的な症状と対応の工夫について解説します。 せん妄の予防と対策の基本 激しいせん妄にならないよう、できるだけ穏やかに保つためには以下の取り組みが大切です。 訪問開始時から利用者さんの性格や人生観を丁寧にリサーチすること 病状について繰り返し説明することで、少しずつ恐怖を和らげていくこと 「常に在宅スタッフがそばにいる」という安心感を持ってもらうこと せん妄の具体的な症状 せん妄の症状は多様で、以下のような行動が見られることがあります。 ベッド柵を叩く、大声を出す、怒鳴る 「消防車を呼んで!」といった突飛な要求 「~さんが来ているからお茶を出して!」と幻視に対して指示する 手で何かを払いのけるような動作 小声で独り言を言い続ける これらは、死を受け入れようとしながらも、恐怖や葛藤が残っていることの表れです。家族には「せん妄はほとんどの人に起こる現象であり、特別なことではない」と説明し、「自分も同じ道を歩むのですよ」と伝えることで、理解と共感を促します。 夜間の対応と工夫 せん妄は特に静まり返った夜間に強く現れやすく、家族の疲労も重なりやすい時間帯です。暗く静まり返った部屋で目覚めた時、「死んでしまったのでは」と不安になることもあるため、以下のような工夫が有効です。 部屋を明るく保つ テレビやラジオをつけっぱなしにする(音楽よりも話し声が安心感を与える) 扇風機で風を送ることで感覚刺激を与える ベッドの高さを下げ、床に座布団や毛布を敷いて安全対策を講じる 家族は別室で休みながら、必要に応じて対応できるようにする せん妄の時間も「大切な時間」として 在宅移行後の期間が非常に短く、家族との時間も限られている場合には、せん妄の時間も「かけがえのない時間」として捉えるよう促すことがあります。 「明日になれば静かになるかもしれません。そうなると、逆に寂しく感じるかもしれません。今晩だけでも、少し付き合ってみませんか?」 このような声かけは、ご家族が利用者さんとの時間をより深く受け止めるきっかけになります。 呼吸状態や循環動態の変化への対応 死が近づくと、呼吸状態や循環動態に変化が現れます。前回の訪問時と比べて「今日はこう変わっています」と具体的に伝えることで、死が近づいてきていることを少しずつ実感していただけるようにしましょう。 例えば、以下のように具体的な症状を伝えることで、ご家族が心の準備をしやすくなります。 「病状が進行し、さまざまな治療を行っても症状のコントロールが難しくなってきました。ステロイドの効果も薄れ、血圧が低下し、尿量も減少しています。肝機能の悪化を示す特有の臭いも感じられます。あと数日かもしれません」 下顎呼吸、舌根沈下 亡くなる直前には、無呼吸の時間が長くなり、下顎呼吸(顎を上下させるような呼吸)に移行します。舌根沈下によっていびきが強くなり、「苦しそう」と感じるご家族もいます。その際は、側臥位にして背中側にクッションを置いて倒れてこないように支えることで、いびきが軽減されます。 血圧低下 血圧が低下してくると、鼠径部で大腿動脈の拍動を確認することで血圧の変化を把握しやすくなります。鼠径部で脈が触れなくなってきた場合は、血圧がかなり低下しており心停止が近い可能性があるため、事前にその兆候を説明しておきましょう。 発熱 亡くなる直前に、突然高熱を出すこともあります。クーリングや室温調整で対応しましょう。 在宅医や介護スタッフらとの連携 余命1~2日と考えられる場合には、在宅医から「間もなくです」とご家族に説明していただくようお願いします。 余命についてご本人に伝えるかどうかは、利用者さんの年齢、病気への理解度、ご本人やご家族の希望などを踏まえて判断します。予後が数日と見込まれる場合、必ずしもご本人に伝える必要はなく、むしろ最期を見届けるご家族にしっかりと状況を説明しておくことが大切です。 また、介護スタッフ、訪問入浴サービスのスタッフ、ケアマネジャーなど関係者にも事前に状況を共有しておきましょう。特に独居の利用者さんの場合、亡くなっているのをヘルパーさんが最初に発見することも多くあります。その際の対応については、あらかじめ以下のように伝えておくと安心です。 「驚かれるかもしれませんが、終末期ですので、もし亡くなっているのを見つけたら、落ち着いて訪問看護師や在宅医に連絡してください」 間もなく亡くなりそうな場面での家族への声かけ せん妄の時期を過ぎ、呼吸状態や循環動態が悪化していく中で、心身ともに疲れているにもかかわらず、懸命に見守り続けてくださっているご家族に、ねぎらいの気持ちを言葉でしっかりと伝えましょう。 息を引き取る瞬間を、片時も離れず見守るご家族もいらっしゃいます。近年では老々介護のケースも増え、長期間にわたる看病は介護者の体調を崩す原因にもなっています。利用者さんの意識がなくなってからは、常にそばにいる必要はありません。この時期は、これまでの闘病生活や元気だった頃の姿を思い返しながら、時々、静かに寝顔を見守る時間です。 意識がある時に希望を伝えられ、寂しがっている時には足をさすってもらい、好みの飲み物を飲ませてもらったり、おしゃべりに付き合ってもらったり……。ご家族が寄り添ってくださったことは、ご本人にとって幸せで、かけがえのない時間だったのだと思います。 目を閉じる瞬間を見届けることが重要なことではないのです。家族の温もりに包まれながら過ごす時間そのものが、利用者さんにとっての安らぎです。この頃には、主介護者以外のご家族も集まっていることが多く、家庭の音や団らんの声を聞きながら眠ることが、何よりの幸せです。 「家族に見守られながら自宅で旅立つことは、とても幸せなことです」と、心を込めてご家族にお伝えしましょう。 自宅で亡くなるということ 愛する人、大切な人を失うことは、残されるご家族にとって深い悲しみを伴う体験です。自宅で介護することにより、「人は死ぬ」という過程を肌で感じることができます。介護は大変だけれど、共に過ごした大切な経験を通じて、「大変だったけれど、やれることを一生懸命頑張った。寂しいけど後悔はない」と残されたご家族の前進につながっていきます。 またこの体験は、子や孫、若い世代に「死」というものを伝える機会にもなります。命の尊さ、家族の絆の深さを感じ、さらに次の世代につないでいくのです。「タオルを取ってきてもらう、コップに水を汲んできてもらう、体を支えてもらう」、そんな些細なお手伝いであっても、子や孫の心にしっかり刻まれることでしょう。 人は誰しも、年を重ね、病を患い、少しずつ衰えていきます。やがて日常の動作も誰かの手を借りなければならなくなり、そして静かに死を迎える時が訪れます。 一人の人間がこの一生を終える時、その姿がどんなに変わってしまっても、近くにいてくれる人がいるということは、きっとその人が本当に愛されていた証です。私自身も、いつか死を迎える時、誰かがそばにいてくれるような生き方をしていけたらと思います。 執筆:杉本 由佳すぎもと在宅医療クリニック 院長1995年名古屋市千種区にすぎもと在宅医療クリニック開業。在宅栄養管理、緩和医療が専門分野。 所属学会日本在宅医療連合学会(専門医・指導医・評議員・特任理事)日本緩和医療学会(認定研修施設 認定医)日本栄養治療学会(認定医) その他、活動実績● 日本在宅医療連合学会「がん疾患の在宅医療人材育成講座」執筆● 原著論文「在宅静脈栄養における脂肪乳剤の使用状況と問題点 」Medical Nutritionist of PEN Leaders Vol.2 No.1 2018 に掲載 編集:株式会社照林社 【引用文献】 1) Lawlor PG,Gagnon B,Mancini IL,et al.Occurrence, causes, and outcome of delirium in patients with advanced cancer: a prospective study.Arch Intern Med 2000;160(6):786-794.

終末期における輸液による栄養療法 基本的な考え方と家族への関わり
終末期における輸液による栄養療法 基本的な考え方と家族への関わり
特集
2026年10月20日
2026年10月20日

終末期における輸液による栄養療法 基本的な考え方と家族への関わり

終末期の利用者さんに対して、水分や栄養を補給する目的で輸液療法が行われることがあります。しかし、その必要性や効果は、利用者さんの状態によってさまざまです。今回は、輸液による栄養療法について、終末期における基本的な考え方やご家族の思いに寄り添った対応について解説します。 栄養療法の基本的な考え方 食事は、単に必要な栄養を補う手段ではなく、生きる喜びや安心感をもたらす重要な要素であり、人とのコミュニケーションの場でもあります。そのため、生活の質(QOL)を維持・向上させる上で欠かせない役割を担っています。 しかし人はいずれ老いて、また病気によって栄養障害をきたすようになります。栄養状態の悪化は、筋肉量や体力の低下を招き、日常生活動作(ADL)の低下を引き起こします。これにより褥瘡、転倒・骨折、多臓器障害などのリスクが高まります。 終末期においては、利用者さんの原疾患の種類や病状進行のスピードを適切に見極め、それに基づいた個別の栄養管理が求められます。経口摂取が可能であれば、それが最優先です。しかし、病態によっては経口摂取が困難になる場合も多く、先を見据えた適切な栄養投与ルートの確保が不可欠です。これは、必要な薬剤を確実に投与できるルートを確保するという点でも重要な意味をもちます。 利用者さんやご家族に病状や治療の選択肢を十分に説明し、本人にとって最も負担が少なく、QOLを維持できる栄養管理方法を一緒に考える姿勢が求められます。 血管ルートの選択とタイミング 予後が1~2週間と短くなると、末梢血管の確保が困難になるケースが多く、利用者さんに苦痛を与えてしまうことがあります。そのため、ADLが良好な時期にPICC(末梢挿入型中心静脈カテーテル)、CVポート、胃瘻の造設などについてあらかじめ検討し、必要な処置を早期に実施することが望まれます。 以下は、進行によって特定の合併症が予測される疾患の例です。これらの進行を見越して、適切なタイミングで介入を行うことが、利用者さんのQOLの維持や在宅療養の継続支援につながります。 ●食道がん食道の完全閉塞が予想される場合は、胃内視鏡検査が可能なうちに胃瘻の造設を提案する。●肺がん反回神経麻痺により嗄声をきたし、誤嚥性肺炎のリスクが増大する。早めの胃瘻造設か、中心静脈栄養の導入を提案する。●腹膜播種腸閉塞の進行により嘔吐が出現する可能性がある。早めの中心静脈栄養の導入を提案する。 誤嚥性肺炎は、抗菌薬の投与や吸引・口腔ケアなど多くのケアを要し、利用者さん・ご家族・訪問看護師など関わる人たちすべての負担となります。可能であれば早期に中心静脈カテーテルを挿入し、在宅中心静脈栄養(HPN)を導入しましょう。 ただし、初回訪問時にすでに予後が数日程度と見込まれる場合は、HPNや経腸栄養などの積極的な栄養療法は控えます。代わりに、利用者さんの活動量に応じた必要最小限のエネルギー量を末梢静脈輸液製剤で補い、過度な水分負荷を避けることが重要です。その上で、症状緩和を目的とした薬剤(オピオイドやステロイドなど)の持続皮下注射を優先する対応が適切と考えます。 経口摂取をめぐるご家族の思い・看護の役割 「食べられなくなること=死」と直感的に捉え、何とか食べさせたいと願うご家族は少なくありません。また「死んでもいいから食べたい」と訴える利用者さんも多く、「食べられなくなったら点滴をしてもらわないといけない」と認識している人もいます。 訪問看護師の皆さんには、主治医の判断を踏まえて、まず経口摂取が可能かどうかを正確に評価し、経口摂取が可能であれば以下のような支援や助言を行っていただきたいです。 ミキサー食やとろみ食など形状を調整した食事の提案 味や香り、温度、盛り付けなどの工夫 ST(言語聴覚士)による嚥下訓練の実施 歯科衛生士や看護師による口腔ケア・リハビリテーションの実施 一方、経口摂取が困難な場合は、末梢静脈栄養(点滴)を行うか、あるいは自然な経過として受け止め見守るか、本人とご家族の価値観に寄り添いながら、丁寧に話し合いを重ねていくことが大切です。 栄養療法に関するガイドラインの要点 利用者さんやご家族と栄養療法の方針について話し合う際には、医学的な知識が欠かせません。そのため、関連するガイドラインでどのように述べられているのかを、あらかじめ確認しておくことが大切です。以下に、代表的なガイドラインで示されている要点を紹介します。 「がん患者診療のための栄養治療ガイドライン 2024年版 総論編」(日本栄養治療学会)腸管が機能している場合は、経口摂取または胃瘻を選択する。使用困難な場合は静脈栄養を選択する。 「静脈経腸栄養ガイドライン 第3版」(日本静脈経腸栄養学会(現:日本臨床栄養代謝学会))栄養状態の低下はがん患者のQOLを低下させ、生命予後を悪化させる。また定期的に栄養アセスメントを行い、栄養不良に陥る前に栄養管理を開始することが推奨されている。 「終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン 2013年版」(日本緩和医療学会)QOL向上のエビデンスが乏しいため、消化管狭窄・閉塞の有無にかかわらず、高カロリー輸液は基本的に推奨されない。 在宅療養においては、日常生活を継続していくために、ADLを長く保つことが重要です。そのためにはがん終末期においても労作に応じた栄養が必要と考えています。予後が数日となった段階での積極的栄養療法は控えるべきですが、それまでの経過における必要エネルギー量の投与は、ADLやQOLを保つために重要です。 ご家族に対して必要となるサポート 食事摂取量が日ごとに減っていく過程を見守るご家族は、強い不安や葛藤を抱えています。在宅における終末期の栄養選択に正解はありませんが、医学的根拠に基づく説明を丁寧に行い、今後の方針について早い段階から対話を重ねることが、ご家族の納得感および心のケアにつながります。 「点滴ひとつしてもらえなかった」「点滴をいっぱい入れたことで身体がムクムクになってしまい、本人の姿とはかけ離れてしまった」「医師から食事を中止するように言われていたのに食べさせてしまい、肺炎になって苦しんで亡くなってしまった」……こういった後悔が残らないよう、希望と現実をつなぐ「架け橋」になる姿勢を大切にしましょう。 執筆:杉本 由佳すぎもと在宅医療クリニック 院長1995年名古屋市千種区にすぎもと在宅医療クリニック開業。在宅栄養管理、緩和医療が専門分野。 所属学会日本在宅医療連合学会(専門医・指導医・評議員・特任理事)日本緩和医療学会(認定研修施設 認定医)日本栄養治療学会(認定医) その他、活動実績● 日本在宅医療連合学会「がん疾患の在宅医療人材育成講座」執筆● 原著論文「在宅静脈栄養における脂肪乳剤の使用状況と問題点 」Medical Nutritionist of PEN Leaders Vol.2 No.1 2018 に掲載 編集:株式会社照林社 【参考文献】○日本栄養治療学会編:がん患者診療のための栄養治療ガイドライン 2024年版 総論編.金原出版,東京,2024.○日本静脈経腸栄養学会編:静脈経腸栄養ガイドライン 第3版.照林社,東京,2013. ○日本緩和医療学会:終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン 2013年版.金原出版,東京,2013.

初回訪問から始まる臨死期の意思決定支援 訪問看護師の役割とは
初回訪問から始まる臨死期の意思決定支援 訪問看護師の役割とは
特集
2026年9月15日
2026年9月15日

初回訪問から始まる臨死期の意思決定支援 訪問看護師の役割とは

在宅医療の第一線で活躍されている、すぎもと在宅医療クリニックの杉本由佳先生に解説していただき、臨死期における訪問看護師の役割を深く掘り下げていきます。今回は、信頼関係構築の起点となる初回訪問での状態把握のポイント、そして利用者さん・ご家族の意思決定支援に求められる実践的なかかわりについてお届けします。 「自宅で最期まで」を支えるために すべての人はいつか死を迎えます。その場所は病院、自宅、施設、ホスピスなどさまざまです。近年では、在宅医や訪問看護師、ケアマネジャー、ヘルパーなど多職種や社会資源を活用することで、自宅で最期を迎えることも可能になってきました。 しかし一方で、在宅療養には課題も多くあります。独居や老々介護、認知症の増加に加え、経済的困窮者の増加により、在宅療養が困難になるケースも少なくありません。 これらの課題を克服し、自宅で利用者さんを最期まで支えるためには、各職種の密な連携が不可欠です。また、それぞれのメンバーに、病態を正しく判断する能力と対応力、そして継続的なスキルアップが求められます。特に訪問看護師には多くの役割が期待されているといえるでしょう。 その役割を具体的に考える上で、まず注目したいのが初回訪問です。訪問看護師の皆さんに意識していただきたい視点とかかわりについて解説していきます。 初回訪問は状態把握と信頼関係構築の起点 病院からの事前情報を基に訪問する場合や、在宅医・利用者さん本人からの直接依頼で訪問する場合などがあります。いずれにおいても、初回訪問時は「初めまして」と挨拶をし、利用者さんとの最初の会話に注意を払いましょう。 この初対面の印象は重要です。「予想より元気そうな様子」「かなり厳しい状況かもしれない」といった直感的な判断材料となります。まずは意識状態、表情、体形、栄養状態、脱水の有無、浮腫・黄疸・貧血の兆候、皮膚の衛生状態、呼吸状態などの確認を行い、利用者さんの状態を大まかに把握しましょう。その後、腹水・胸水・腫瘤の触知、バイタルサインの測定、排尿・排便などの確認を通じて、病状をより詳しく推測していきます。(図1) 図1 初回訪問時に確認すること これらの項目を確認し、利用者さんの状態を慎重に見きわめる。 そして、どのような治療やケアを施しても生命的に厳しい状況なのか、あるいは痛み・呼吸困難・栄養状態などに対応することで改善の可能性があるのかを慎重かつ敏速に判断する必要があります。また、病院からの情報よりも病状が悪化しているのかも見きわめます。 特に病状が急速に悪化していると感じた場合は、初回訪問時に十分な時間をかけて本人やご家族と密にコミュニケーションを取り、信頼関係を速やかに構築し、意思決定支援を行うことが重要です。 意思決定支援をするために 1)本人やご家族の病状認識の確認 特に厳しい状況にある利用者さんの場合、初回訪問時には在宅医と訪問看護師が同席することが望ましいです。病院で病気の進行や予後についてどの程度説明がされているかを確認し、同時に利用者さん本人やご家族がそれをどのように受け止めているかを推測します。 例えば、家族やご本人が以下のようにおっしゃる場面にしばしば遭遇します。「先生は『まだまだ大丈夫』と言っていたけれど、食事量が減ってきていて、元気がなくなってきているので心配だ」「先生は『厳しい状態で、週単位です』と言われたけれど、私はどこも悪くなく健康そのものだと感じている」 医師の診断と利用者さんやご家族の認識にズレがある場合、または病院と在宅の医師の見立てに相違がある場合には、速やかに調整を行わないと、自宅での治療に遅れが生じてしまうことがあります。さらに、理解や心の準備が不完全であった場合には、「なぜこんなに急に亡くなってしまったのか?」と死亡後のご家族の喪失感が深まってしまう可能性もあります。 正確な情報を共有し、利用者さんとご家族の気持ちを尊重しながら、適切な意思決定を支援することが大切です。 2)性格や家庭環境を把握 以下の要素を確認し、現在の状況に応じて安全に行える治療・ケアを選択して提案します。 ・ 独居の有無、ご家族間の関係性(親密度・距離感)・ 本人および介護者(キーパーソン)の認知機能や体力レベル・嗜好や衛生環境(生活環境、介護スペース、ライフラインなど)・食生活、経済状況(医療・介護保険の負担割合など) 利用者さんの理解力が低い場合や病識がない、または否認している場合や認知症の独居などでは在宅療養が困難となることがあります。そのようなケースでは、経済状況や医療依存度に見合った施設の検討も必要です。 3)病状の説明、理解の確認 在宅医の説明を念頭に置きながら、利用者さんの環境や能力、体調を考慮し、理解しやすいように分かりやすく説明をしましょう。落ち着いた雰囲気で、ゆっくりと伝えることが重要です。 例えば、「もともとは〇〇癌ですが、現在は肺への転移が主な症状の悪化要因となっています。さらに、肝臓にも腫瘍がありますが、これによる痛みは今後もほとんどないと思われます」といった説明です。 在宅医の説明が利用者さんやご家族に十分に伝わっていないと判断した場合は、訪問看護師がより分かりやすい言葉で補足説明を行うとよいでしょう。理解の確認は何度か繰り返し行い、不明な点を気軽に質問できる環境を整えることが大切です。 4)予後予測に基づく症状や対応・治療方法の説明 病状の変化を理解した上で、自宅で可能な治療・ケアを提案しましょう。治療方針を決めるのは在宅医になりますが、利用者さん・ご家族の思いや、看護師の意見も重要です。在宅医に対し、看護師の気持ちや意見をしっかり伝え、議論できるような信頼関係を築くことが理想です。 予測される症状に対して、環境に見合った、適切な対応を伝えることで本人やご家族の不安を軽くすることができます。以下に、症状別・利用者さんへの安心につながる説明の例をご紹介します。ただし、「大丈夫です。治ります」といった過度な期待を持たせる表現は避けるべきでしょう。 表1 症状別・利用者さんへの安心につながる説明の例 痛みの管理「痛みが出た場合は、適切な痛み止めを使用するので安心してください。近年は改良された薬が多数開発されており、利用者さんに合ったものを選びやすくなっています」 呼吸困難への対応「呼吸が苦しくなった際は、自宅でも酸素を吸うことができます。必要になった場合、すぐに手配できるので心配ありません」 栄養補助「食事が口から摂れなくなる前に、高カロリーの点滴を行うことで、体の負担を軽減できます。また、口から摂取が可能であれば、今はいろいろな病状に対応した補助食品がたくさんあるので、経口補助食品のサンプルをお持ちします。少量でも栄養価が高く、おいしく摂取できます」 浮腫・腫れの対応「むくみや腫れが出た場合は、ステロイドを使用すると症状が軽減することがあります。例えば、顔にできた赤みの強いニキビがステロイド軟膏で改善されるのと同じような効果が期待できます。先生に相談してみましょう」 5)ご家族の受け入れ、心の準備を促すかかわり 病状が進行すると、治療を行っても近い将来に死を迎えることは避けられません。QOL(生活の質)やADL(日常生活動作)をできる限り維持することは可能ですが、永遠の命を保証することはできません。 そのため、死が近づいた際の話をする場合には、自宅での生活を意識した伝え方が望ましいでしょう。例を以下に示します。 「せっかく自宅で療養しているのだから、痛みをなくし、やりたいことをできる限り支援します」「多少不自由な点があるかもしれませんが、楽しく快適に過ごせるようお手伝いします」「ギリギリまで自力でトイレに行けるよう福祉用具も駆使しながら支援します」 利用者さんが「今日は一日楽だった」と思える時間を作るために、「私たち医療者が全力で支える」という姿勢が重要です。ていねいな言い回し以上に、気持ちを込めた言葉や態度こそが利用者さんにとって必要なものであるといえます。 しかし、病状の進行や介護の負担により、「家で最期まで過ごす」と決意していた利用者さんやご家族の気持ちが揺れることもあります。病状の変化やご家族の表情に曇りが見えたときには、必ず声をかけ、心の負担を和らげながら治療・ケアの方針を随時見直していくことが大切です。そして、「必ず家で看取らないといけないわけではないですよ。納得できる形を一緒に考えていきましょう」と、柔軟な選択肢があることを伝えることも必要です。 利用者さんとご家族が愛情に満ちた濃密な時間を過ごせるよう支援し、利用者さんとご家族、そして医療者との間に信頼関係を築けるようにすることが何より大切です。どこで誰とどのように生活し、最期を迎えたいのかを何度も話し合い、調整を重ねる過程こそが大切な思い出となるでしょう。 執筆:杉本 由佳すぎもと在宅医療クリニック 院長 1995年名古屋市千種区にすぎもと在宅医療クリニック開業。在宅栄養管理、緩和医療が専門分野。 所属学会日本在宅医療連合学会(専門医・指導医・評議員・特任理事)日本緩和医療学会(認定研修施設 認定医)日本栄養治療学会(認定医) その他、活動実績● 日本在宅医療連合学会「がん疾患の在宅医療人材育成講座」執筆● 原著論文「在宅静脈栄養における脂肪乳剤の使用状況と問題点 」Medical Nutritionist of PEN Leaders Vol.2 No.1 2018 に掲載 編集:株式会社照林社

多疾患併存の緩和ケアがよく分かる 開始のタイミングと支援ニーズの理解
多疾患併存の緩和ケアがよく分かる 開始のタイミングと支援ニーズの理解
特集
2026年8月18日
2026年8月18日

多疾患併存の緩和ケアがよく分かる 開始のタイミングと支援ニーズの理解

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回は、「多疾患併存(multimorbidity、マルチモビディティ)」を取り上げます。東京ふれあい医療生活協同組合 ふれあいファミリークリニックの角允博先生に、多疾患併存に対する緩和ケアにおいて必要とされる支援について解説いただきます。 はじめに 多疾患併存とは、一般的に2つ以上の慢性疾患が1人の患者に並存している状態と定義されます1)。またQOLの低下、死亡率、ポリファーマシー、転倒、入院などのリスク増加との関連が示されており、国際的にも喫緊の課題に挙げられています2)。 本稿では、多疾患併存に対する緩和ケアの意義と課題を、「なぜ」「いつ」「どのように」の3つの観点から検討します。 なぜ多疾患併存の緩和ケアが求められるのか WHOの緩和ケアの定義は「緩和ケアは生命を脅かす病に直面する患者と家族のQOLを、痛みやその他の身体的・心理社会的・スピリチュアルな問題を早期に発見・評価し対応することで苦痛を予防・緩和するアプローチ」とされています 3)。 日本ではこれまで緩和ケアはがん中心に発展してきましたが、この定義に照らせば対象はすべての重篤疾患であり、がん以外の慢性疾患にも対応する体制整備が急務とされています。また、これまでは単一疾患に対する緩和ケアが主体でしたが、現在のわが国の超高齢者の多くは認知症や心不全、COPD、脊柱管狭窄症など複数の慢性疾患・障害の連鎖の中で終末期を迎えています。こうした患者群では疾患間の相互作用や医療的介入の複雑化により、身体的・心理社会的苦痛が重層化しています。したがって、疾患単位の管理を超えた緩和ケアが今、求められているのです。 多疾患併存の緩和ケアをいつ提供するのか 多疾患併存の軌跡は一見予測不可能なため、終末期を特定することがしばしば困難です。多疾患併存の中でも、慢性的で治癒不可能な性質を反映している「Advanced multimorbidity」 (高度な多疾患併存)という概念がありますが、近年のレビューでは緩和ケアを必要とする多疾患併存症の患者をどのように認識し、どの時期に緩和ケアを提供することが望ましいかは明らかではありません4)。 「サプライズクエスチョン」による特定方法 終末期を迎え、緩和ケアを必要とする可能性のある患者を特定するための方法の1つに、「サプライズクエスチョン」というシンプルな質問法があります。これは、「患者が12ヵ月以内に亡くなっても驚きませんか?」と医師や看護師が自問し「驚かない」と回答することで緩和ケア対象者を同定する方法です。 サプライズクエスチョンを検討したメタアナリシスでは、「驚かない」と回答した場合のその後の死亡率を感度として0.69、「驚く」と回答した場合のその後の死亡率を特異度として0.69であり、中等度の精度を示しました。ただし、セッティング、追跡期間、回答者により、ばらつきがみられました5)。 「治療負担」という考え方 また、多疾患併存への緩和ケアの開始は、治療負担の概念から考えることもできます。Mayらは、慢性疾患患者や長期医療を受ける人々にとって、病気そのもの(症状、制約、合併症など)から生じる負担(burden of illness)に加えて、医療制度・治療プロセス・自己管理から生じる「治療負担」(burden of treatment)という別の重みがあると論じ、注意喚起をしています6)。 これらの負担に対応する能力はcapabilityと呼ばれ、負担とのバランスが崩れると個々の患者の医療成果が悪化するだけでなく、介護者の負担が増大し、さらに医療サービスの需要とコストが増加する可能性が指摘されています7)。これをふまえ、多疾患併存の各疾患の医療制度・治療プロセス・自己管理が患者や介護者の生活にどのような影響を及ぼしているかを把握し、医療者と生活者である患者の間で調整を行うことが重要です。 この調整は、今まで疾患治癒を目的としていた医療的介入を縮小し、症状緩和や患者家族の生活を配慮したケアにシフトするアプローチです。医療従事者が多疾患併存への治療介入自体が患者にとって生活負担になっていると感じる時こそ、緩和ケアの契機になると考えられます。 多疾患併存に対してどういった緩和ケアを行うか 多疾患併存にどのような緩和ケアを行うかは明らかになっていない点が多いですが、多疾患併存に対する緩和ケアのニーズをまとめた先行文献8)、9)を参考に、どういった緩和ケアが必要かを考察します。 (1)身体的苦痛 多疾患併存の身体的苦痛では、痛みと移動の困難が最も多いといわれています8)。日常臨床でも心不全、腎不全などの内部疾患に伴う疼痛、変形性膝関節症や脊柱管狭窄症などの整形疾患、帯状疱疹後神経痛など多様な痛みを訴える患者に遭遇します。さらに認知機能障害を合併した場合、疼痛の評価は困難となることも多くあります。 症状は疾患間で相互作用を及ぼし、一連の疾患をそれぞれ個別に治療し、他疾患を考慮に入れないことは非効率的で、潜在的に有害であることを考慮する必要があります10)。 移動の困難については、介護保険サービスによるリハビリテーションや福祉用具を活用してサポートしているのが現状ですが、「移動が困難であること」それ自体が患者の「苦痛」であることを認識しておく必要があります。これらの身体的苦痛は、後述する心理社会的・スピリチュアルな苦痛と混在し、その表現型として疼痛を訴える場合もあり、解釈には注意を要します。 (2)心理社会的苦痛 Nicholsonらの研究によると、多疾患併存の患者とその介護者は、身体的なニーズには十分に対応されていると考えていた一方で、心理社会的およびスピリチュアルなニーズへのサポートが不足していると認識していました。 心理面では「不幸」「孤独」「不安」「抑うつ」、社会面では「社会的なつながりの維持」「個性とアイデンティティの維持」「介護者への信頼」「家族のサポート」がテーマとして抽出されました8)。心理面は社会面とも密接に関係し、患者本人だけでなく、対応する家族や介護者への教育的サポートも必要であると示されています。 社会的なつながりの維持については、患者と介護者の双方において指摘されています。患者自身も機能の低下によって社会と断絶されることは容易に想像されますが、介護者もまたフルタイムの介護を提供することで、社会的接触が減少し、友人、隣人、地域社会からの孤立感を訴えます。 実臨床において、介護者が患者に信頼され、家族がサポートできる体制をとれているケースがすべてではありません。その結果、患者家族は施設入所を選びますが、介護施設で問題になるのが多数の入居者の中で個性とアイデンティティを維持することです8)。こういった社会的苦痛に現行の介護保険制度の枠組みだけで対応していくことは困難であり、介護施設を含め、介護を社会にひらいていく上での新たな取り組みも必要であると考えられます。 (3)スピリチュアルペイン さらに、Nicholsonらによる研究では、多疾患併存のスピリチュアルに対するニーズは、「意味と目的」「悲しみと喪失」「宗教性および宗教的嗜好」「現在をよく生きること」の4つのテーマに分類されています8)。がん患者において、時間存在である人間は、過去から将来をつなぐ時間の中で現在を生きていますが、罹患し将来がみえなくなることで現在の生に意味や存在が成立しなくなるといわれています11)。この時間存在の概念は、「意味と目的」や「現在をよく生きること」といったニーズに関連します。 多疾患併存の高齢者は、長期にわたる臨床経過の中で、こうした実存的な課題に直面しているのです。時にそれはスピリチュアルペインほど強くない訴えで、身体的・心理社会的苦痛と混在して表出されるため、これを識別・認識するのがしばしば困難になります。 臨床では、「もう生きていてもしょうがない」「早く迎えが来ないかな」「迷惑ばかりかけている」といった言葉を耳にすることも少なくありません。ここではそれをメッセージとして受け取り、言語化し、それを相手に返していく作業が大切です。元来、スピリチュアルペインの概念はがん領域で問題になることが多くありましたが、訪問看護を含めた在宅医療従事者はこの問題に今後、普遍的に取り組む必要があると考えます。 まとめ 本稿では、多疾患併存に対する緩和ケアの必要性、導入時期、提供方法について検討しました。多疾患併存の緩和ケアは、緩和ケア領域のみならず在宅医療やプライマリケアの現場でも喫緊の課題です。今後、臨床実践と研究の両面から、患者の多層的な苦痛を的確に理解し支える枠組みの構築が期待されます。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)QOL:quality of life(生活の質)WHO:world health organization(世界保健機関)COPD:chronic obstructive pulmonary disease(慢性閉塞性肺疾患) 執筆:角 允博東京ふれあい医療生活協同組合 ふれあいファミリークリニック 東京都足立区小台宮城で家庭医・在宅医として外来、在宅を通じプライマリケアに従事。多疾患併存における臨床的複雑性と意思決定にチームで取り組んでいる。 編集:株式会社照林社 【参考文献】 1)Valderas JM,Starfield B,Salisbury C,et al.:Defining comorbidity:implications for understanding health and health services.Ann Fam Med 2009;7(4):357-363.2)Multimorbidity:clinical assessment and management.NICE guideline,2016.https://www.nice.org.uk/guidance/ng562026/8/10閲覧3)日本ホスピス緩和ケア協会:WHO(世界保健機関)の緩和ケアの定義(2002年)https://www.hpcj.org/info/history.html2026/8/10閲覧4)Bowers SP,Black P,McCheyne L,et al.:Descriptions of advanced multimorbidity:A scoping review with content analysis.J Multimorb Comorb 2025;15:26335565251326309.5)Gupta A,Burgess R,Drozd M,et al.:The Surprise Question and clinician-predicted prognosis:systematic review and meta-analysis.BMJ Support Palliat Care 2024;15(1):12-35.6)May CR,Eton DT,Boehmer K,et al.:Rethinking the patient:using Burden of Treatment Theory to understand the changing dynamics of illness.BMC Health Serv Res 2014;14:281.7)May C,Montori VM,Mair FS:We need minimally disruptive medicine.BMJ 2009;339:b2803.8)Nicholson CJ,Combes S,Mold F,et al.:Addressing inequity in palliative care provision for older people living with multimorbidity.Perspectives of community-dwelling older people on their palliative care needs:A scoping review.Palliat Med 2023;37(4):475-497.9)Llop-Medina L,Fu Y,Garcés-Ferrer,et al.:Palliative Care in Older People with Multimorbidities:A Scoping Review on the Palliative Care Needs of Patients,Carers,and Health Professionals.Int J Environ Res Public Health 2022;19(6):3195.10)Hourican C,Peeters G,Melis R,et al.:Understanding multimorbidity requires sign-disease networks and higher-order interactions,a perspective.Front Syst Biol 2023;3:1155599.11)村田久行:終末期がん患者のスピリチュアルペインとそのケア.日ペインクリニック会誌 2011;18(1):1–8.

認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応
認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応
特集
2026年7月14日
2026年7月14日

認知症の緩和ケアがよく分かる スピリチュアルペイン、BPSD、末期の苦痛への対応

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回のテーマは認知症です。東京ふれあい医療生活協同組合 オレンジほっとクリニック 東京都地域連携型認知症疾患医療センター長の平原佐斗司先生に、認知症の緩和ケアにおける課題の中から、スピリチュアルペインへの対応、BPSDのとらえ方、末期認知症の苦痛への支援などを中心に、その考え方や実践のあり方について解説いただきます。 認知症の緩和ケアにおける課題 認知症の緩和ケアアプローチとは、「単に身体的苦痛をとる治療やケアにとどまらず、認知症の行動・心理症状(BPSD)、合併する疾患、および健康問題に対する適切な治療を含む、認知症のすべての治療とケアを意味する」1)と定義されています。ここでいう緩和ケアアプローチとは、緩和ケアに特化していない環境で、日常のケアの中に、緩和ケアの手法や手順を統合するための方法を指します。つまり、在宅で認知症ケアに関わるあらゆる専門職が身に着けておくべき考え方や手法であるといえるでしょう。 わが国における認知症に対する緩和ケアの課題は、以下に示すとおり多岐にわたります。 摂食嚥下障害など食にまつわる課題 末期の肺炎の苦痛に対する緩和ケア 終末期の褥瘡 疼痛など重度から末期の身体的苦痛への対応 合併症・併存症の急性期の痛みや呼吸苦などの苦痛 BPSDとして表出される身体的心理的苦悩への対応 心不全、骨折などの併存疾患のマネジメントと全身管理 うつ、不安、不眠、孤独などの精神的な苦痛への対応 認知症の人がもつスピリチュアルペイン(実存的苦痛)への対応 独居、経済的困窮、セルフネグレクトなど社会的な苦痛への対応 身体拘束を含む医療行為に伴う苦痛への対応や治療負担(treatable burden)への配慮 認知症の人の苦痛の評価法の確立 認知症の告知に伴う苦痛への配慮 本人本位のACP(アドバンスケアプランニング)推進 認知症の人の家族ケア 遺族の悲嘆ケア 経済社会的状況によるケアの格差 など さらに、認知症の緩和ケアのニーズは、2016年から2060年の間に世界で4倍近く、先進国でも3倍以上に増加し、特に日本などの東アジア地域で急増する2)といわれています。このため、ニーズの急増に対応していくことも今後の緩和ケアにおける最大の課題と考えられています。 スピリチュアルペインへの対応 認知症の人の言葉や行動の裏には、その人の心の痛みや苦悩があると理解されるようになり、認知症の人のスピリチュアルペインが注目されています。診断後早期のスピリチュアルペインを和らげることは、緩和ケアの観点からも重要です。 認知症の人は、認知機能の低下による日常生活の失敗から、自尊感情や自己効力感の低下、アイデンティティ(自分が自分らしくあること)の喪失を経験しており、「自己の存在の意味の消滅から生じる苦痛(スピリチュアルペイン)」を感じているのです。 認知症の人のスピリチュアルペインへのアプローチはまだ確立されたものはありませんが、生活障害に対するタイミングのよい支援、その人の視点に立った理解と共感に満ちたコミュニケーション、peer support(同じ立場の方々との交流)などが大切になります。 BPSDを緩和ケアの視点でとらえる BPSDは「本人が現実の世界に適応しようと、もがき苦しんでいる徴候ととらえるべき」と考えられるようになってきています。また、BPSDを認めた認知症の人の3分の2に疼痛が認められ、そのうちのほぼ半数が中等度から重度の疼痛を経験しており、BPSDは認知症の人の病態の変化や苦痛を表すサインであることも少なくありません。 つまり、BPSDの出現や増悪には病態の変化や苦痛の存在、薬物の影響などが要因となっていることが多いため、まずは病態や苦痛のアセスメントが優先されます。BPSDイコール精神科、抗精神病薬という短絡的な対応は厳に慎むべきです。 ご本人のストレスの原因となっている環境を調整するなど非薬物療法を優先させること、その上で薬物療法が必要な場合も、可能な限り安全性の高い薬剤を優先させるといった工夫が必要です。 急性期入院に伴う緩和ケアの視点 認知症の人は、感染症や骨折などの急性疾患を発症しやすく、しばしば入院治療が必要となります。身体合併症を有した認知症の人が急性期病院に入院した場合、疾患に伴う苦痛に加えて、検査や治療に伴う多様な苦痛を経験します。 認知症を有する人は、入院時に2.3~4.7倍せん妄を起こしやすいとされています3)。そして、せん妄発症者の死亡リスクは1.95倍、施設入所リスクは2.4倍で、入院中にせん妄を発症した人の認知症発症リスクは12.52倍に及ぶといいます4)。 また、一般病院に入院した認知症の人、あるいはその疑いがある人の44.5%が何らかの身体拘束を受けています5)。身体拘束は廃用や転倒などの合併症や併存症を生み、認知症の人のADLやQOLを低下させます。 このような入院の害(入院関連機能障害)を考え、急性期においては、まず不要な入院を避け、可能であれば暮らしの場で治療を継続できるようにすることが必要です。仮に急性期に入院治療を行う場合も、身体拘束最小化に取り組んでいる医療機関、治療よりもケアの質がよい医療機関を選択することが大切になります。 末期認知症の人の苦痛評価 アルツハイマー型認知症(AD)の人の疼痛の感受性に関するメタアナリシスなどから、認知症の人も強い苦痛を感じている6)ことが明らかになっています。つまり、重度認知症の人は、痛みを表現することが困難となっているだけであり、決して苦痛を感じなくなっているわけではありません。しかし実際には、進行した認知症の人の苦痛は、しばしば見過ごされたり、過小評価されているために、適切な治療やケア、あるいは緩和ケアに結びつきにくい現状があります。 苦痛の表現が困難な末期認知症の人の苦痛に気付くためには、苦痛の客観的評価法の活用が必要であり、海外では多くの客観的評価法が開発されています。 わが国で客観的評価法を利用するためには、言語妥当性が検証された日本語版が開発されていること、項目数が数個程度等日常臨床で用いやすいことが条件になります。これらの条件を満たす客観的評価としては以下があります。 【痛みの客観的評価】 日本語版PAINAD アビー痛みスケール日本語版 など 【呼吸困難の客観的評価】 RDOS modRDOS-4(図1) 図1 日本語版 modRDOS-4と観察項目 Wong RX,Shirlynn H,Koh YS,et al.:Exploration and Development of a Simpler Respiratory Distress Observation Scale (modRDOS-4) as a Dyspnea Screening Tool:A Prospective Bedside Study.Palliat Med Rep 2021;2(1):9-14.平原佐斗司,鈴木みずえ,金盛琢也,他:言語妥当性が担保された日本語版 modRDOS-4 の開発~在宅ケアや施設で使用できる呼吸困難の客観的評価尺度~.日在宅医療連会誌 2023;4(4):9-15. さらに、われわれは、在宅や施設、病院などで多職種で用いることができる苦痛評価プロトコールを開発しました(図2)。このようなプロトコールを用いることで、認知症ケアにかかわる全専門職が認知症の人の苦痛に早期に気付くことを狙っています。図2 重度~末期認知症の人の苦痛評価プロトコール(改定案) 末期認知症の緩和ケア:食支援、呼吸困難への対応 末期認知症では、食思不振と嚥下障害、肺炎からくる呼吸困難や咳嗽・喀痰などの呼吸器症状、疼痛、長期臥床に伴う褥瘡などの苦痛の緩和が必要になります。 末期の嚥下障害に対してはComfort feeding only(CFO)の考え方に基づく食支援を行います。CFOは認知症末期の経口摂取の在り方として提唱された考え方と実践法であり、食支援の目的を「栄養補給」とするのではなく、「本人の楽しみ」「Comfort(快適さ)」とする考えに立っています。つまり、食べることの目的は、あくまで「食べることが本人にとって快適かどうか」です。不快でないかぎり食支援を継続しますが、不快であればただちに中止し、ほかの心地よいケア(声かけやタッチセラピー、手浴・足浴、音楽、アロマ、こまめな口腔ケアなど)を行います。 末期認知症の緩和ケアのもう一つの課題は、肺炎による呼吸困難です。末期認知症の人の最大3人に2人が、肺炎を合併して死亡していると考えられています。そして、肺炎を合併して死亡した人は、食べられなくなり自然に亡くなった人に比べ、呼吸困難や不快感などの苦痛がはるかに大きい7)ことが報告されています。 末期の肺炎の苦痛緩和に対して輸液や抗菌薬をいつまで継続すべきかについては、エビデンスが不足しているため、個別の状況に基づき判断せざるを得ません。判断が困難な場合、時間を定めて治療を行い、その治療が患者さんの穏やかさに貢献したか否かを判断する方法(Time limited trial:TLT)を試みます。 また、末期認知症の人の肺炎合併時にみられる呼吸困難に対するオピオイドの有効性を示す、質の高い研究は認められませんが、国内外の指針・ガイドラインではオピオイド投与が推奨されています8)。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)略語:フルスペル(日本語)BPSD:behavioral and psychological symptoms of dementia(行動心理症状)ACP:advance care planning(今後の治療・療養について患者・家族と医療従事者があらかじめ話し合う自発的なプロセス)ADL:activities of daily living(日常生活動作)QOL:quality of life(生活の質)AD:alzheimer's disease(アルツハイマー型認知症)PAINAD:pain assessment in advanced dimentia(ペインアド)RDOS:respiratory distress observation scale(呼吸困難の客観的評価)COF:comfort feeding only(認知症末期の経口摂取の在り方として提唱された考え方と実践法。食の支援の目的を栄養補給とするのではなく、本人の楽しみ、Comfort(快適さ)とする考え)TLT:time limited trial(時間を定めて治療を行い、その治療が患者の穏やかさに貢献したか否かを判断する方法) 執筆:平原 佐斗司東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センターオレンジほっとクリニック 東京都地域連携型認知症疾患医療センター長1987年に島根大学医学部卒。現在、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長ならびに、同オレンジほっとクリニック 地域連携型認知症疾患医療センター長として在宅医療、認知症診療に従事。専門は、在宅医療、非がん疾患の緩和ケアで、研修・研究センターでは在宅医療専門医・指導医として、多くの在宅専門医の育成を行う。学会活動では、日本在宅医療連合学会 代表理事、日本認知症の人の緩和ケア学会 理事長、日本エンドオブライフケア学会 副理事長を務めている。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)van der Steen JT, Radbruch L, Hertogh CM, et al.:White paper defining optimal palliative care in older people with dementia: a Delphi study and recommendations from the European Association for Palliative Care.Palliat Med 2014;28(3):197-209.2)Sleeman KE,de Brito M,Etkind S,et al.:The escalating global burden of serious health-related suffering: projections to 2060 by world regions, age groups, and health conditions.Lancet Glob Health 2019;7(7):e883-e892.3)Inouye SK,Westendorp RG,Saczynski JS:Delirium in elderly people.Lancet 2014;383(9920):911-922.4)Witlox J,Eurelings LS,de Jonghe JF,et al.:Delirium in elderly patients and the risk of postdischarge mortality,institutionalization,and dementia:a meta-analysis.JAMA 2010;304(4):443-451.5)中西三春:一般急性期病院における認知症ケア.老年看 2018;23(2):44–48.6)Stubbs B,Thompson T,Solmi M,et al.:Is pain sensitivity altered in people with Alzheimer's disease? A systematic review and meta-analysis of experimental pain research.Exp Gerontol 2016;82:30-38.7)van der Steen JT,Mehr DR,Kruse RL,et al.:Predictors of mortality for lower respiratory infections in nursing home residents with dementia were validated transnationally.J Clin Epidemiol 2006;59(9):970-979.8)国立研究開発法人 国立長寿医療研究センター:在宅における末期認知症の肺炎の診療と緩和ケアの指針.https://www.ncgg.go.jp/hospital/news/documents/01zaitaku.pdf2026/2/18閲覧

肝不全の緩和ケアがよく分かる 病態・症状対応・意思決定支援
肝不全の緩和ケアがよく分かる 病態・症状対応・意思決定支援
特集
2026年6月30日
2026年6月30日

肝不全の緩和ケアがよく分かる 病態・症状対応・意思決定支援

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるために、訪問看護師が知っておきたい知識・視点を整理します。今回のテーマは「肝不全」。黄疸や肝性脳症など肝不全特有の症状とその観察項目・対応方法、在宅での意思決定支援における訪問看護師の役割について、梶原診療所の谷田貝 昂先生に分かりやすく解説していただきます。 肝不全とは~病態と終末期のとらえ方~ 肝不全とは、種々の肝疾患により高度の肝機能低下が起こり、黄疸・皮膚掻痒症、肝性脳症、腹水、出血傾向など多彩な臨床症状が生じる状態です1)。肝不全の代表的な原因疾患は肝硬変であり、その背景にはウイルス性肝炎(B型肝炎・C型肝炎)、アルコール性肝障害、非アルコール性脂肪性肝疾患などがあります。 肝硬変は、長期にわたり無症状で経過する代償期を経て、非代償期に移行すると腹水や肝性脳症、食道静脈瘤出血、肝癌などの合併症を呈し、QOLが急激に低下します。 肝硬変の予後を予測する上では「Child-Pugh(チャイルド・ピュー)スコア」と「MELDスコア」が代表的な指標です。Child-Pughスコアは代償期、非代償期の予後予測に優れ(表1、2)、MELDスコアは非代償期の予後予測の精度が高いとされています2)(表3)。特に、MELDスコアが30を超えると3ヵ月以内の死亡率は50%に達するという報告もあり3)、緩和ケアの導入が求められる時期に入ります。 表1  Child-Pugh スコア 判定基準1点2点3点アルブミン(g/dL)3.5超2.8以上3.5以下2.8未満ビリルビン(mg/dL)2.0未満2.0以上3.0以下3.0超腹水なし軽度 コントロール可能中等度以上 コントロール困難肝性脳症(度)なし1~23~4プロトロンビン時間(秒、延長)(%)4未満(70超)4以下6以上(40以上70以下)6超(40未満) 5~6点:Child-Pugh 分類A、7~9点:Child-Pugh 分類B、10~15点:Child-Pugh 分類C文献4)より引用 表2 Child-Pugh スコアと⽣存率 12ヵ⽉24ヵ⽉Child-Pugh 分類 A95%90%Child-Pugh 分類 B80%70%Child-Pugh 分類 C45%38%⽂献5) を参考に作成 表3  MELDスコアと3ヵ月後の患者死亡率 MELD スコア3ヵ月後の患者死亡率<91.9%10~196.0%20~2919.6%30~3952.6%40<71.3%文献6)を参考に作成 MELDスコアはインターネットなどで計算可能。▼MDCalc :MELD(UNOS/OPTN).https://www.mdcalc.com/calc/2693/meld-score-original-pre-2016-model-end-stage-liver-disease QOLを脅かす主要症状とケア・治療の基本 肝不全の患者は、苦痛につながる複数の症状を同時に抱えることが多く、QOLを著しく損ないます。肝不全特有の症状とケア・治療については以下のとおりです。 黄疸・皮膚掻痒症 肝不全による黄疸の症状に皮膚掻痒症があり、皮疹を認めないにもかかわらず、全身性にかゆみが生じます。強いかゆみは日常生活の活動性や睡眠を妨げることがあるため、ケアとして保湿や冷却などを適切に行うことが大切です。抗ヒスタミン薬は皮膚掻痒症に適応がある薬剤ですが、慢性肝疾患患者の症状改善には不十分であったという報告もあり、大規模な臨床試験は報告されていません3)。既存治療が奏功しない皮膚掻痒症に対してはナルフラフィンの投与が検討されます3)。 肝性脳症 アンモニアに代表される中毒物質の代謝・排除障害により発生する精神神経症状です。精神状態の変化や羽ばたき振戦、意識障害などの症状を認めます。便秘や脱水、タンパク質の過剰摂取、感染、消化管出血、鎮静剤の過剰投与などが誘因となるため、排便コントロールや食事・水分の管理などが大切です。家族が最初に異常に気がつくこともあり、訴えに耳を傾けることも重要です。薬物治療は、肝不全用成分栄養剤、合成二糖類(ラクツロース)、難吸収性抗菌薬(リファキシミン)、カルニチン製剤(レボカルニチン)などの投与を行います。 腹水・浮腫 低アルブミン血症や門脈圧亢進などの機序により、腹部膨満感、食欲低下、呼吸困難感などが見られ、会話や歩行といった日常動作にも支障をきたします。これらの自覚症状や体重・腹囲を指標として、塩分制限と利尿薬の調整を行うことが治療の基本です。難治例には、定期的な腹水穿刺・排液が行われることもあります。また、腹水がある患者が発熱した際には、腹腔内の細菌感染である特発性細菌性腹膜炎の可能性も考慮し、抗菌薬による治療を行います。 消化管出血 食道胃静脈瘤や門脈圧亢進症性胃症、消化性潰瘍を有する患者では、出血すると急変する可能性があります。黒色便で発見されることもあるため、便の色や血圧低下、頻脈などを日々チェックします。数ヵ月以上の予後が見込まれる場合には、緊急内視鏡治療によって延命できる可能性があるため、緊急時の体制を整えておくことが重要です。 疼痛 肝不全の患者では、肝がんの合併による疼痛や、腹水による圧迫感が生じることがあります。鎮痛薬はアセトアミノフェンが第一選択です7)。NSAIDsは腎障害や血液凝固障害により消化管出血の原因となる可能性があるため、投与は慎重になるべきです。また、オピオイド系鎮痛薬のほとんどは肝臓で代謝を受けるため、肝不全の患者に対しては投与量や投与間隔を調整して使用する必要があります7)。 訪問看護でできる観察項目と対応の例 訪問看護師は患者の変化を観察し、多職種や家族と連携して病状の悪化を防ぐ上で重要な役割を担います。以下に主要な観察項目と対応の例を示します。 (1)黄疸、皮膚の状態と掻痒感の訴え 【観察項目】皮膚や眼球の黄染、乾燥、引っかき傷、夜間の不眠の訴えなど。【対応】保湿剤や軟膏の使用状況を確認します。引っかいてしまう場合には、爪を切ったり、衣服を工夫したりする(ウールや化学繊維を避ける)とよいでしょう。改善しない場合にはナルフラフィンなどの薬剤調整について医師と相談します。 (2)意識状態と認知機能の変化(肝性脳症の兆候) 【観察項目】会話の受け答えが遅い、言動のつじつまが合わない、昼夜逆転、羽ばたき振戦(手を伸ばして開いた状態で震える)など。【対応】家族に「普段と違う受け答えがないか」尋ねることが早期発見に役立ちます。食事は低タンパク食(0.5~0.7g/kg/日)を検討します。排便回数を確認(軟便で1日2回以上が目安)し、便秘がある場合は医師に報告してラクツロース製剤を中心とした便秘症治療薬の薬剤調整を提案します8)。 (3)腹部の膨満感(腹水貯留)や浮腫の程度 【観察項目】体重・腹囲の増加、下腿~足背のむくみ、歩行が不安定など。【対応】塩分制限(5~7g/日以下)、飲水制限を行います3)。また、体重や腹囲などを参考に医師に利尿薬の調整を相談します。腹水による症状が強い場合には、腹水穿刺も考慮されます。必要に応じて、苦しくないように体位の調整(ファーラー位やセミファーラー位など)を家族に提案することも有用です。下肢の浮腫に対しては弾性ストッキングの装着や足浴、リンパマッサージなどを行います。 (4) 排便・排尿の状況の確認 【観察項目】便の色・性状・回数、排尿回数・尿量。【対応】1日1~2回以上の排便が保てているかを確認し、便秘があれば早めに調整します。黒色便を認める場合には、消化管出血を考えて迅速に医師に報告してください。腹水貯留時には排尿回数と尿量に注意します。 上記の観察項目については、患者・家族にも繰り返し伝え、自己管理を促すことも訪問看護師の重要な役割です。また、精神的・心理的な不安感が強い患者には、傾聴を行い、安心感を提供します。さらに、家族の不安や介護負担にも目を向け、家族の「つらさ」に共感を示す声かけを意識しつつ、介護保険サービスの利用状況を確認し、ケアマネジャーとの連携も欠かせません。 在宅での意思決定支援 肝不全となり多彩な症状を認めるようになると、増悪・寛解を繰り返しながら慢性・進行性の経過をたどります。経過中に肝性脳症を認めて意思疎通が困難となることや、消化管出血などにより急変する可能性もあり、予測困難な経過をたどることが少なくありません。そのため、早期からアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を開始し、患者本人の意思を尊重した療養方針を明確にすることが重要です。 ACPでは、「どこで過ごしたいか」「どのような医療を望むか」「延命治療は希望するか」などを話し合い、多職種で共有することで、本人の価値観・人生観を尊重したケア・介護体制を構築します。 訪問看護師は日々の関わりの中で患者の本音を聞き取り、医師や家族に伝える橋渡し役となります。最期の時間を穏やかに過ごせるよう、ACPの継続的な見直しも含めて支援していきます。 * * * 肝不全の緩和ケアでは、黄疸・皮膚掻痒症、肝性脳症、腹水、出血傾向など、特有の症状が多く現れるため、それぞれの対応をあらかじめ考えて、家族と情報共有することが重要です。特に肝性脳症による意識障害や、消化管出血による急変に備えて、早期からのACPによる意思決定支援が欠かせません。 在宅療養の場では、訪問看護師が生活支援、多職種との連携、心理的サポート、症状緩和、意思決定支援までを担うことになり、その役割は非常に大きくなります。肝不全の患者が「自分らしく生きる」ことを支えるためには、訪問看護師の専門的かつ継続的な関与が必要不可欠です。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)QOL:quality of life(生活の質)MELD:mayo end stage liver disease(末期肝疾患重症度モデル)NSAIDs:non-steroidal anti-inflammatory drugs(非ステロイド性抗炎症薬)ACP:advance care planning(アドバンス・ケア・プランニング) 執筆:谷田貝 昂東京ふれあい医療生協 梶原診療所 医師/医療法人社団 雄昂会 やたがいクリニック 副院長 獨協医科大学卒業後、順天堂大学医学部附属順天堂医院 消化器内科に入局。その後、東京ふれあい医療生協 梶原診療所にて訪問診療に従事。現在は、やたがいクリニック副院長として外来診療・内視鏡診療を行う一方、梶原診療所での訪問診療、ならびに東京都認知症疾患医療センター オレンジほっとクリニックにおいて外来診療を担当している。   編集:株式会社照林社 【引用文献】1)池田健次:ウイルス性肝硬変に対する抗ウイルス療法.日消誌 2010;107:8-13.2)松尾 裕一郎,坂井 正弘:肝不全・腎不全.medicina 2018;55(11):1806-1810.3)日本消化器病学会:肝硬変診療ガイドライン2020(改訂第3版).南江堂,東京,2020.4)肝炎情報センター:肝硬変の程度の分類.https://www.kanen.jihs.go.jp/sick/kinds/kankouhen.html2026/1/23閲覧5)D'Amico G,Garcia-Tsao G,Pagliaro L:Natural history and prognostic indicators of survival in cirrhosis:a systematic review of 118 studies.J Hepatol 2006;44(1):217-231.6)Wiesner R,Edwards E,Freeman R,et al:Model for end-stage liver disease (MELD) and allocation of donor livers.Gastroenterology 2003;124(1):91-96.7)内藤隆文:肝障害を合併する患者の薬物療法マネジメント 疼痛×肝障害.薬局 2020;71(13):3673-3677. 8)吉崎秀夫:肝不全. 日本エンドオブライフケア学会監修,平原佐斗司, 荻野美恵子編:エンドオブライフケア ,南山堂,東京,2022:282-287.

腎不全の緩和ケアがよく分かる 在宅での保存的腎臓療法(CKM)とは
腎不全の緩和ケアがよく分かる 在宅での保存的腎臓療法(CKM)とは
特集
2026年5月19日
2026年5月19日

腎不全の緩和ケアがよく分かる 在宅での保存的腎臓療法(CKM)とは

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回のテーマは「腎不全」。その中でも末期腎不全(ESKD)に対する在宅での保存的腎臓療法(CKM)について、東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所の岡田絵里先生に、進行に伴う苦痛症状とその対応、患者さんのQOL向上のために検討すべきことを解説いただきます。 はじめに わが国では、慢性腎臓病(CKD)を有する患者数は約2,000万人(成人の約5人に1人)1)とされ、75歳以上の高齢者における有病率は34.6%(約3人に1人)に上ると推算されます2)。また、ESKDに対して血液透析を中心とした腎代替療法が行われてきましたが、透析導入患者の平均年齢は今や約71歳3)を超え、重度の心不全や認知症など、体外循環がハイリスクとなるケースも少なくありません。 超高齢社会における腎不全治療の在り方が問われており、近年は腎代替療法を選択せず、ESKDに伴う症状緩和を主軸とするCKMを選択する症例も増加しています。本稿では在宅療養下でCKMを選択された腎不全患者さんを対象とした緩和ケアについて概説します。 腎不全とは 疾患の概要 腎不全とは、腎臓の機能が低下し、老廃物や余分な水分、電解質の排泄や調整ができなくなる状態です。高齢腎不全の多くの症例では、糖尿病・高血圧・加齢などを背景に緩徐に腎機能の低下が進行し、ESKDに至ります。このようなケースでは亡くなる1~2ヵ月前まで身体機能が比較的保たれ、末期がんのような病の軌跡をたどることが特徴です。 一方で、腎不全の原疾患や他臓器の併存症によって、腎機能の急性増悪を繰り返しながら段階的に腎機能が低下していく症例もあり、過去の腎機能の推移から今後の経過を個別に予測する必要があります。 進行の特徴と終末期の変化 病期の進行とともに、浮腫、倦怠感、食欲不振、呼吸困難、皮膚のかゆみ、意識障害などが段階的に現れます。糸球体濾過量(eGFR)が10mL/分/1.73m2未満となり終末期が近づくと、尿量の著しい減少、傾眠傾向の増加、せん妄、けいれん、昏睡といった尿毒症による症状もみられます4)。特にCKMを選択される場合は、終末期に向けて症状のコントロールがより重要になってきます。 ESKDに伴う主な苦痛症状とその対応 米国で腎緩和ケアサービスを受けていたESKD患者335 名における5大症状は、呼吸困難(63.7%)、倦怠感(51.8%)、浮腫(48.2%)、疼痛(44.2%)、食欲不振(38.1%)5)であったと報告されています。そのほかの苦痛症状も含め、観察ポイントとケア・対応を表1にまとめました。 表1 ESKDに伴う主な苦痛症状と観察ポイントおよびケア・対応 苦痛症状観察ポイントケア・対応呼吸困難・浮腫・体液過剰   ・血圧・体重・SpO2・塩分制限・在宅酸素療法・ベッドのギャッジアップ・顔に冷風を当てる・利尿薬の増量・薬物治療:オピオイド※、抗不安薬(オピオイド無効時)倦怠感・高度の貧血や心不全の有無・薬剤性(抗ヒスタミン薬、オピオイド※、睡眠薬など)・抑うつ・貧血の是正(薬物治療:腎性貧血治療薬〔ESA やHIF-PH 阻害薬など〕)・原因薬剤の減量・中止:抗ヒスタミン薬、オピオイド※、睡眠薬などによる倦怠感の可能性を検討・抑うつがある場合は抗うつ薬を検討疼痛・NRS(数値的評価スケール)・痛みの性質・増悪寛解要因・神経障害性疼痛の場合:薬物治療(プレガバリン、ガバペンチンなど)・侵害受容性疼痛の場合:薬物治療(アセトアミノフェン、トラマドール、オピオイド※など)食思不振・悪心・嘔吐・食事量・体重・排便管理・食事の少量頻回摂取・薬物治療:制吐薬、六君子湯など・リン吸着薬やカリウム吸着薬などの減量・中止の検討・難治性の場合:薬物治療(オランザピン)せん妄・意識障害・意識レベル・症状の変動・羽ばたき振戦の有無・介入可能な原因検索(電解質異常や感染症、便秘や尿閉など)・せん妄に対する環境調整(日中の覚醒を促す、眼鏡や補聴器の適正使用など)・活動性せん妄に対する薬物治療:抗精神病薬(クエチアピン〔糖尿病患者では禁忌〕、ペロスピロンなど)・臨死期における尿毒症による意識障害は苦痛がなければ介入を行わないことも多い皮膚掻痒・掻把痕・皮膚乾燥の確認・スキンケア、保湿、天然繊維の肌着の使用・薬物治療:抗ヒスタミン薬、ナルフラフィン(抗ヒスタミン薬が効きにくい場合。保存期CKD では適応外)むずむず脚症候群・日内変動の確認・鉄欠乏の有無・薬剤性(抗精神病薬や抗うつ薬など)・カフェインやアルコール摂取を控える・鉄分の補充・薬物治療:プレガバリン、プラミペキソールなど便秘・便の性状・薬剤性(リン吸着薬、カリウム吸着薬など)・原因薬剤の減量・変更:リン吸着薬、カリウム吸着薬・薬物治療:上皮機能変容薬(ルビプロストン、エロビキシバット)、浸透圧性下剤(ポリエチレングリコール)など⇒腎機能低下患者では酸化マグネシウムを避ける(高マグネシウム血症への注意が必要) ※腎不全におけるオピオイドの使用モルヒネは、有害な代謝産物(モルヒネ-3-グルクロニド〔M3G〕)が蓄積し、せん妄やミオクローヌスなどを起こしやすくなるため、eGFR30mL/分以下の場合、使用は原則禁忌とされています。オキシコドン、ヒドロモルフォン、トラマドールは、減量して慎重に投与します。ブプレノルフィンやフェンタニルは腎不全でも比較的安全に使用可能ですが、いずれも内服薬がない点に留意する必要があります。非がん進行性疾患の呼吸苦に対するオピオイドの使用は知見に乏しく、現状はエビデンスが担保されていませんが、一定の効果が得られることもあり、使用を検討します。 患者さんのQOL向上のためにできること ポリファーマシー対策 腎不全患者さんは、高血圧や糖尿病、脂質異常症、心疾患などの多疾患並存を抱える場合、内服薬が多くなる傾向にあります。ある研究によると、CKDステージG4(腎機能が高度に低下した状態)およびG5(ESKDの状態)では、6剤以上のポリファーマシー状態にある患者さんの割合が、それぞれ84%、74%であったと報告されています6)。 CKMを選択される患者さんにおいては、長期的な生命予後よりも、QOLや短期予後をより重視した処方設計が望ましい場合もあります。例えば、便秘になりやすい症例や服薬アドヒアランスに懸念がある症例においては、血清リンのコントロール目標は緩くし、リン吸着薬の減量・中止を検討してもよいかもしれません。高カリウム血症を呈する症例では、アシドーシスに対する炭酸水素ナトリウムを使用することで、カリウム吸着薬による便秘を避けられる可能性があります。 個々の症例に応じて処方を見直し、患者さんの治療負担の低減を図ることができるとよいでしょう。 食事制限は患者さんのQOLを重視 CKDの食事療法に関しては、一般的にタンパク・リン・カリウムなど、多くの制限が提示されます。しかし、高齢CKD患者さんではそもそも食事摂取量が低下し、サルコペニアの合併例も多いことから、栄養指導にも留意が必要です。 『CKD診療ガイド2024』(日本腎臓病学会編)では、サルコペニアを合併したCKDでのタンパク制限の緩和についても言及されています7)。食事はQOLに直結する人生の愉しみでもあり、高齢CKM症例における食事制限に関しても、主治医と相談の上で適宜緩和を検討すべきでしょう。 アップデートしておきたい知識 腎不全の緩和ケアに対する関心の高まりから、令和 8 年度診療報酬改定において緩和ケア病棟の対象疾患として新たに腎不全が加わり、また腎臓病対策推進の一環として緩和ケア提供体制の整備を含めた診療加算が新設されました8)。 在宅で受けることができる透析治療として、腹膜透析(PD)への関心も高まっています。血液透析と比較し、通院負担や体外循環による心血管系の負担が少ないことがメリットである一方、高齢患者さんでは自身での管理が難しいケースも少なくありません。訪問看護師によるサポートで在宅PDを導入・継続するassisted PDの広がりが期待されます。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)ESKD:end-stage kidney disease(末期腎不全)CKM:conservative kidney management(保存的腎臓療法)QOL:quality of life(生活の質)CKD:chronic kidney disease(慢性腎臓病)eGFR:estimated glomerular filtration rate(推算糸球体濾過量(値))SpO2:saturation of percutaneous oxygen(経皮的動脈血酸素飽和度)ESA:erythropoiesis stimulating agent(赤血球造血刺激因子製剤)HIF-PH:hypoxia-inducible factor-prolyl hydroxylase(低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素)NRS:numerical rating scale(数値的評価スケール)PD:peritoneal dialysis(腹膜透析) 執筆:岡田 絵里東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所 筑波大学医学類卒業後、腎臓専門医・透析専門医・総合内科専門医を取得。在宅医として高齢者腎不全診療にアプローチしていきたいと考えています。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)日本腎臓学会編:CKD診療ガイド 2024.東京医学社,東京,2024:ⅳ.2)Kobayashi A,Hirano K,Okuda T, et al.:Estimating the prevalence of chronic kidney disease in the older population using health screening data in Japan.Clin Exp Nephrol 2025;29(3):276-282.3)正木崇生,花房規男,阿部雅紀,他:わが国の慢性透析療法の現況.日本透析医学会雑誌 2024;57(12):543-620.4)鈴木利彦監修,坂井正弘編:腎不全の緩和ケア.東京,南山堂,2025:47.5)Kwok AO,Yuen SK,Yong DS,et al.:The Symptoms Prevalence, Medical Interventions, and Health Care Service Needs for Patients With End-Stage Renal Disease in a Renal Palliative Care Program.Am J Hosp Palliat Care 2016;33(10):952-958.6)坂本愛,浦田元樹,岩川真也,他:慢性腎臓病を有する高齢者のポリファーマシーにおける有害事象の潜在的リスク因子に関する検討.日本腎臓病薬物療法学会誌 2018;7(1):13-23.7)日本腎臓学会編:成人CKD患者への栄養管理.CKD診療ガイド 2024,東京医学社,東京,2024:55-58.8)厚生労働省:令和8年度診療報酬改定について 【医科全体版】 令和8年3月6日版.2026:379.2026/4/27閲覧

非がん性呼吸器疾患の緩和ケアがよく分かる 予後・在宅リハビリ・呼吸困難対応
非がん性呼吸器疾患の緩和ケアがよく分かる 予後・在宅リハビリ・呼吸困難対応
特集
2026年4月21日
2026年4月21日

非がん性呼吸器疾患の緩和ケアがよく分かる 予後・在宅リハビリ・呼吸困難対応

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回は、慢性的に呼吸機能を低下させる非がん性呼吸器疾患(NMRD)を取り上げます。東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センターの平原佐斗司先生に、各疾患の予後や在宅でのリハビリ・呼吸困難への対応について詳しく解説いただきます。 非がん性呼吸器疾患(NMRD)の緩和ケアの基本 非がん性呼吸器疾患(NMRD)は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や間質性肺疾患(ILDs)、気管支拡張症(BE)、非結核性抗酸菌症(NTM)など、呼吸器の慢性疾患を総称する言葉として提唱されています。 私どもの診療所では、新規に在宅医療が導入される人のおよそ1割が、NMRDを主病名とする方々です。 NMRDの緩和ケアの特徴は、標準的な治療(薬物治療)と運動療法やコンディショニング(後述)などの呼吸リハビリテーションの継続が症状緩和にとっても重要であるということです。呼吸困難を改善し、QOLを高めるためには、標準的治療、呼吸リハビリテーション、緩和ケアをNMRDの病の軌跡の中で一体的・統合的に提供することが大切になります。 つまり、病状が進行し末期となってからも、治療や呼吸リハビリテーションをアレンジしながら継続し、これらによって改善しない呼吸困難などの苦痛がある場合には、オピオイドなどの緩和ケア的な手技を上乗せしていきます。 各疾患の病の軌跡と予後 NMRDは、急性増悪と寛解を繰り返しながら、徐々に全体的な機能が低下し、最期は比較的急速に悪化し、死に至るという軌跡をたどることが多いとされています。 慢性閉塞性肺疾患(COPD) COPD患者の予後は病期の進行とともに悪化します。特に「%1秒量」*が50%を下回ると増悪の頻度が増し、併存症による死亡も増加します。呼吸機能以外の予後不良因子には、やせ、栄養障害、ADL(歩行距離)の低下、自覚的呼吸困難感、合併症・併存症、最近の急性増悪や入院回数などがあります。 * %1秒量:年齢や性別、身長などから予測される本来あるべき予測1秒量に対しての、実測1秒量(努力性肺活量のうち、最初の1秒間で吐き出された空気量)の割合 また、長期喫煙歴のある高齢者に発症することが多いため、併存症の合併が多く、COPD患者の約4分の3は併存症や合併症によって死亡しています。代表的な併存症・合併症には、喘息、肺線維症、肺がん、肺炎、気胸などの肺合併症に加え、栄養障害や骨格筋機能障害、心血管疾患、骨粗しょう症などが知られています1)。 急性増悪で入院した患者の死亡率は4.6%で、1年以内の再入院は45%、1年以内の死亡は20.2%と報告されています2)。また、長期在宅酸素療法登録患者の5年生存率は40%と報告されています1),3)。 COPDの代表的な予後予測指標は2004年に開発されたBODEインデックスです。これは、前述の予後不良因子(body mass index〔BMI〕、気流閉塞度〔obstruction〕、呼吸困難〔dyspnea〕、運動能力〔exercise capacity〕)を点数化したもので、数年単位の予後予測スコアとしては有効4)です。 間質性肺疾患(ILDs) ILDsはNMRDの中でCOPDに次いで多い疾患で、その多くは原因不明の特発性間質性肺炎(IIP)です。IIPの中でも特発性肺線維症(IPF)が50~60%を占めます。IPFにおける診断時からの生存期間中央値は35ヵ月であり、極めて予後不良の疾患として知られています。 IPFの死亡原因の4分の3は、原疾患やその増悪です。慢性安定期から投与された抗線維化薬(ピルフェニドン、ニンテダニブ)は、IPFの予後を改善することも報告されています。IPFの軌跡は、緩徐に進行する群、長期に安定する群、急速に進行していく群など多様であり、予後予測は極めて困難な疾患群です。また、在宅酸素療法(HOT)導入からの平均生存期間は約18ヵ月で5)、HOT導入後のIPF患者に対しては、EOL期と認識して対応する必要があります。 予後予測スコアとして、GAPスコア6)が開発されていますが、肺拡張能力試験(DLCO)を含むため、専門医のいる病院でなければ評価が困難という欠点があります。 気管支拡張症(BE) BEでは慢性の膿性痰や時に血痰を伴う咳、繰り返す気道感染に伴う呼吸困難、発熱、倦怠感などが苦痛となります。BEの多くは小児期に発症し、青年期に一時期改善がみられた後、中高年期に症状が悪化し、呼吸機能が低下してから医療機関を受診することが多く、約10%が呼吸不全に陥ると推定されています。 BEの18%がNTMを原因とし、両疾患は相互に関連しています。治療は、気道クリアランスを中心とした呼吸リハビリテーションが重要で、薬物治療ではマクロライド療法が有効です。予後についての大規模な研究はなく、フォローアップ中央値18年の死亡率が20.4%、13年では死亡率29.7%という海外の報告があります7),8)。高齢、呼吸機能の低下、高PaCO2、緑膿菌感染などは予後不良因子と考えられています。 非結核性抗酸菌症(NTM) NTMは近年増加しているNMRDです。特に基礎疾患のない中年以降の女性に発症しやすいMAC症が最も多く、顕著に増加しています。MAC症の死亡率は、追跡期間4.3年で16.6%、5年で28%というわが国の報告があります9),10)。 在宅における呼吸リハビリテーションの要点 呼吸リハビリテーションは、「病気や外傷によって呼吸器に障害が生じた患者さんに対して、可能な限り機能を回復し、あるいは維持することによって、症状を改善し、患者さん自身が自立した日常や社会生活を送れるように継続的に支援する医療」と定義されています11)。 呼吸リハビリテーションのプログラムの構成要素には主に以下のものが含まれます。 吸入療法を含めた薬物療法 ワクチン接種 酸素療法 人工呼吸療法 禁煙・ニコチン置換療法 コンディショニング(肺理学療法、リラクゼーション、呼吸法、胸郭可動域訓練、排痰訓練など) 全身持久力トレーニング ADLトレーニング 呼吸筋トレーニング 栄養療法 教育:教育的アプローチ、心理的サポート 社会参加(日常活動、就労、旅行支援など) 関連:日常生活での呼吸ケアと療養支援を詳しく知りたい方はこちら これらの要素の中でも、運動療法の実施が重要であり、運動療法を行う前提として(1)基本的治療(吸入療法を含めた薬物療法、場合によってはHOTやNPPV(非侵襲的陽圧換気)などの人工呼吸療法)によって病状を安定させること、(2)教育・心理的アプローチを行い、(3)適正な栄養管理(高カロリー、高タンパク食)の実施が必要になります。 在宅医療における呼吸リハビリテーションにおいては、在宅主治医が個別の呼吸リハビリテ―ションのプログラムをつくり、訪問看護師や理学療法士などのリハビリ専門職が協力して実施していきます。呼吸法や肺理学療法、呼吸ストレッチ体操を行った後、中等度の息切れを感じる程度、あるいは最大心拍の60~80%を目安にして、下肢を中心とした運動療法を行うことがポイントです。在宅患者は、フィットネスレベルが極めて低い重症者が多いため、低強度負荷の運動から開始し、徐々に負荷を高めていく方法が推奨されます。 最初に集中的に6~8週間の導入プログラムを行い、その後、運動療法を継続するようにします。呼吸リハビリテーションの効果は中断後6ヵ月後も残存するといわれており、導入後は週1回の歩行トレーニングでも効果の維持が期待できます。また、春や秋などの気候のよい時期に集中的に運動療法を行い、真夏や冬には負荷の少ない簡単な運動で維持するという戦略をとるようにするとよいでしょう。 関連資料:COPDの利用者さんへの説明に使える写真付きリハビリ資料はこちら NMRD終末期の呼吸困難と緩和ケア 前述したようにCOPDを代表とするNMRDの終末期は、非がん疾患の中でも呼吸困難などの苦痛が大きい疾患群です。NMRD患者にとっては呼吸困難が最大の苦痛であり、その頻度と持続時間は末期の肺がんの苦痛をも凌ぐといわれています。 終末期の呼吸困難に対しては、それまで行ってきた標準的な薬物治療や呼吸リハビリテーション(酸素療法、肺理学療法、呼吸筋マッサージなど)をできる限り継続することが重要です。しかし、それでも改善しない強い呼吸困難には、積極的なモルヒネの使用が推奨されます。 モルヒネの使用 NMRD終末期のモルヒネ投与の基本は以下のとおりです。 ・頓用使用:1回2.5mg(2~3mg)・徐放剤内服:1日10mgから開始 通常は頓用使用から始め、使用回数が増えてきたら徐放剤に変更していくようにするとよいでしょう。しかし、わが国においては、がんで使用される徐放剤は非がん疾患の保険適応がなく、またモルヒネ徐放剤の1日最小量は20mgであるため、非がん疾患の呼吸困難に対してはモルヒネ徐放剤を使用しにくい状況にあります。そのため、実際には以下のような方法で定期投与を行うことがあります。 ・塩酸モルヒネ粉末:2.5mgを6時間ごと(1日4回)・モルヒネ硫酸塩細粒(2%):1回0.25gを12時間ごと(保険適応外) 重症COPDに対しては、30mgまでのモルヒネの使用は、入院率および死亡率を上げないことが分かっており、効果と副作用を確認しながら、内服30mg相当までは1.3~1.5倍ずつ引き上げていくとよいでしょう。 ●モルヒネ以外のオピオイドオキシコドンやフェンタニール、ヒドロモルフォンなどモルヒネ以外のオピオイドについては、NMRDを含めた非がん疾患の呼吸困難への有効性に関して、ランダム化試験といった質の高いエビデンスはありません。何らかの理由でモルヒネが使用できない場合、特に腎不全や心腎症候群を伴う心不全などでは、オキシコドンなどを選択することがあります(保険適応外)。 ●経口投与が困難な場合嚥下障害が強くなったり、臨死期となり経口摂取が困難となった場合は、持続皮下注射(CSI)に切り替えます。通常モルヒネの場合、内服量の2分の1で調整します。例えば、CSIでモルヒネ投与を開始する場合は、塩酸モルヒネ注1%を時間0.25mg(1日量6mg)を基本とし、年齢や腎機能などで調整するようにします。 ●不安の強い場合モルヒネによって呼吸困難が緩和せず、とりわけ不安が強いケースには、個別にベンゾジアゾピンの使用が検討されます。ただし、呼吸抑制を起こしやすく、死亡率を高める可能性があるため注意を要します。 HOT HOTでは、SpO2が 90%以上を維持できる酸素投与を行います。高濃度の酸素吸入が必要な場合は、酸素供給デバイスにはカニュレではなく、リザーバー付カニュレ、さらにリザーバー付マスク、あるいはオキシマスクなどを用います。リザーバー付マスクには、容量600mLのリザーバーが付属しています。リザーバーに貯まった酸素を一度に吸入するため、高濃度の酸素吸入が可能です。リザーバーマスクは二酸化炭素の貯留を防ぐため、6L/分以上の酸素流量で使用します。 NPPV NPPVは、COPDや拘束性換気障害、神経筋疾患などの慢性期管理や、COPDの急性期管理で広く用いられています。終末期での緩和ケアのエビデンスは乏しいですが、内因性PEEPが高い末期COPDなど、症例を選んで実施すると呼吸困難の緩和につながることがあります。 体位と環境の工夫 ケアにおいては、まず安楽な体位(ファーラー位など)をとることが重要です。臨死期になると寝返りやわずかな動きでも酸素飽和度が低下し、呼吸苦が出現するため、最も安楽な体位を工夫します。室内の十分な換気、顔面のクーリングや送風、音楽やリラクセーション、喀痰管理なども有効です。 疾患別の対応 ●IPF呼吸困難に対する最近のシステマティックレビューでは、エビデンスレベルは弱いものの、COPDと同様に酸素療法やモルヒネ、呼吸リハビリテーションの有効性など12)が示されています。 ●BEやNTM最期まで喀痰の分泌が問題となることが多く、吸入や肺理学療法などを駆使し、十分な気道のクリアランスを確保することが求められます。在宅では、非専門家でも実施できる体位ドレナージの指導が大切です。痰の喀出が多い場合や痰による無気肺などがある場合は呼吸理学療法を行います。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)NMRD:non malignant respiratory disease(非がん性呼吸器疾患)COPD:chronic obstructive pulmonary disease(慢性閉塞性肺疾患)ILDs:interstitial lung disease(間質性肺疾患)BE:bronchiectasis(気管支拡張症)NTM:non-tuberculous mycobacteria(非結核性抗酸菌症)IIP:idiopathic interstitial pneumonia(特発性間質性肺炎)IPF:idiopathic pulmonary fibrosis(特発性肺線維症)HOT:home oxygen therapy(在宅酸素療法)DLCO:diffusing capacity of the lungs for carbon monoxide(肺拡張能力試験)NPPV:non-invasive positive pressure ventilation(非侵襲的陽圧換気療法)CSI:continuous subcutaneous injection(持続皮下注射) 執筆:平原 佐斗司東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター1987年に島根大学医学部卒。現在、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長ならびに、同オレンジほっとクリニック 地域連携型認知症疾患医療センター長として在宅医療、認知症診療に従事。専門は、在宅医療、非がん疾患の緩和ケアで、研修・研究センターでは在宅医療専門医・指導医として、多くの在宅専門医の育成を行う。学会活動では、日本在宅医療連合学会 代表理事、日本認知症の人の緩和ケア学会 理事長、日本エンドオブライフケア学会 副理事長を務めている。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Miyamoto K,Aida A,Nishimura M,et al:Gender effect on prognosis of patients receiving long-term home oxygen therapy. The Respiratory Failure Research Group in Japan.Am J Respir Crit Care Med  1995;152(3):972-976.2)茂木孝,山田浩一,木田厚瑞:慢性閉塞性肺疾患の急性増悪による入院医療費とこれに関与する因子の検討.日呼吸会誌 2006;44(11):787-794.3)Aida A,Miyamoto K,Nishimura M,et al:Prognostic value of hypercapnia in patients with chronic respiratory failure during long-term oxygen therapy.Am J Respir Crit Care Med 1998;158(1):188-193.4)Celli BR,Cote CG,Marin JM,et al:The body-mass index, airflow obstruction, dyspnea, and exercise capacity index in chronic obstructive pulmonary disease.N Engl J Med 2004;350(10):1005-1012.5)Kataoka K,Oda K,Takizawa H,et al:Multi-institutional prospective cohort study of prognostic factors in patients with idiopathic pulmonary fibrosis receiving long-term oxygen therapy.European Respiratory Journal 2019;54(63):PA1723.6)Ley B,Ryerson CJ,Vittinghoff E,et al:A multidimensional index and staging system for idiopathic pulmonary fibrosis.Ann Intern Med 2012;156(10):684-691.7)Goeminne PC,Nawrot TS,Ruttens D,et al:Mortality in non-cystic fibrosis bronchiectasis: a prospective cohort analysis.Respir Med 2014;108(2):287-296.8)Loebinger MR,Wells AU,Hansell DM,et al:Mortality in bronchiectasis: a long-term study assessing the factors influencing survival.Eur Respir J 2009;34(4):843-849.9)Gochi M,Takayanagi N,Kanauchi T,et al:Retrospective study of the predictors of mortality and radiographic deterioration in 782 patients with nodular/bronchiectatic Mycobacterium avium complex lung disease.BMJ Open 2015;5(8):e008058.10)Ito Y,Hirai T,Maekawa K,et al:Predictors of 5-year mortality in pulmonary Mycobacterium avium-intracellulare complex disease.Int J Tuberc Lung Dis 2012;16(3):408-414.11)日本呼吸ケア・リハビリテーション学会:呼吸リハビリテーションとは.https://www.jsrcr.jp/citizen/rehabilitation.html2026/4/16閲覧12)Ryerson CJ,Donesky D,Pantilat SZ,et al:Dyspnea in idiopathic pulmonary fibrosis: a systematic review.J Pain Symptom Manage 2012;43(4):771-782.

心不全の緩和ケアがよく分かる 症状・治療・在宅支援のポイント
心不全の緩和ケアがよく分かる 症状・治療・在宅支援のポイント
特集
2026年3月24日
2026年3月24日

心不全の緩和ケアがよく分かる 症状・治療・在宅支援のポイント

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるために、訪問看護師が知っておきたい知識・視点を整理します。今回のテーマは「心不全」。息切れや浮腫、倦怠感など心不全特有の症状とその観察ポイント、薬物治療やアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を含む在宅での支援について、東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所の藤田真奈先生に分かりやすく解説していただきます。 心不全とは 心不全診療のガイドラインでは、次のように定義されています1)。 心臓の構造・機能的な異常により、うっ血や心内圧上昇、およびあるいは心拍出量低下や組織低灌流をきたし、呼吸困難、浮腫、倦怠感などの症状や運動耐容能低下を呈する症候群 また、2017年10月31日には、日本心不全学会と日本循環器学会が、国民向けの定義として以下のように合同で記者発表しました2)。 心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気 心不全の分類として代表的なのが、左室の収縮機能(EF:駆出率)によるものです。 ●HFrEF:EFが低下した心不全●HFpEF:EFが保たれた心不全●HFmrEF:EFが軽度低下した心不全●HFimpEF:EFが改善した心不全※特に重要な分類を太字にしています。 最近増えている高齢者の心不全では、HFpEFが多いことが特徴です。 心不全の主な症状 心不全では主に「肺うっ血」「体うっ血」「低心拍出・組織低灌流」の3つが原因となり、さまざまな症状が現れます。それぞれの原因によって、次のような症状がみられます。 ●肺うっ血息切れや呼吸苦など●体うっ血下肢を中心とした全身の浮腫、腹部膨満感、食欲低下など●低心拍出・組織低灌流疲れやすさ、倦怠感、めまい、失神、認知機能の低下、せん妄など 心不全末期ではこれらの症状が重なり、不安や不眠が加わることで、より多様な症状となって患者さんを苦しめます(表1)。実際、末期には6~7種類の症状を有するという報告もあります3)。 表1 終末期における身体および精神症状 症状がん(%)心不全(%)倦怠感23~10042~82痛み30~9414~78悪心・嘔吐2~782~48呼吸困難16~7718~88不眠3~6736~48せん妄・認知機能障害2~6815~48抑うつ4~806~59不安3~742~49文献4)を参考に作成 なお、こうしたさまざまな症状が起こる末期であっても、心不全の場合、症状緩和と並行して病態の改善をめざした治療もできる限り継続します(治療の詳細については後述します)。 症状の分類にはNYHA心機能分類(表2)があります。訪問看護が必要な患者さんはNYHAⅢ度以上の方が多いですが、苦しみの程度や日常生活にどのような影響が出ているかは個々で異なります。そのため、実際の生活状況を見ながら、丁寧に評価することが重要です。 表2 NYHA心機能分類 NYHA Ⅰ   通常の心不全に起因する身体活動の制限はない。NYHA Ⅱ安静時には快適であるが、日常的な身体活動で心不全に起因する症状(呼吸困難、疲労、ふらつき)がわずかにみられる。NYHA Ⅲ安静時には快適であるが、日常的な身体活動以下で心不全の症状がみられる。NYHA Ⅳ 安静時にも心不全の症状がみられる。文献5)を参考に作成 心不全の進行の特徴 心不全は、急性増悪と治療による部分的な回復を繰り返しながら、徐々に進行していきます。急性増悪時にそのまま死に至ることもありますし、また致死的不整脈で突然死する可能性もあり、がんと比較すると予後の予測が困難です。 心不全患者の観察ポイント:変化に注目 バイタルサインは必須の確認指標ですが、「体重」も重要です。一般的に1週間で2kg以上の増加があると、生理的な体重増加を超えている可能性があります。その場合には、食事量の変化や息切れの有無を確認します。また、呼吸の様子(起座呼吸の有無、呼吸補助筋の利用の有無など)を観察しながら、慎重に身体所見をとりましょう。観察ポイントは以下のとおりです。 不整脈の有無 下腿浮腫の程度 頸静脈(特に内頸静脈)の怒張 肝腫大の有無 四肢冷汗の有無 聴診における湿性ラ音や過剰心音(Ⅲ音・Ⅳ音)、心雑音の有無 など 大切なのは「いつもと違う所見か」「安定時と比較して、新たに出現もしくは増悪している所見なのか」という視点です。なお、長期の低心拍出により悪液質や筋量減少をきたし、体重減少を生じる場合もあります。体重の増加だけでなく、減少にも注意が必要です。 心不全の治療 心不全の治療は、病態改善のための積極的治療と、症状緩和のための治療を並行して行っていきます(図1)。ここでは主に薬物治療について述べます。 図1 心不全の緩和ケアモデル 【参考】がんの緩和ケアモデル 文献6)を参考に作成 心不全の場合、緩和ケアと並行して、病態の改善をめざした積極的治療もできる限り継続される。 病態改善を目的とした薬物治療 代表的な薬には以下のようなものが用いられます。 ACE阻害薬:エナラプリル、カプトプリル、イミダプリル アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB):ロサルタン、カンデサルタン、アジルサルタン アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI):サクビトリルバルサルタン ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA):スピロノラクトン、エプレレノン β遮断薬:カルベジロール、ビソプロロール SGLT2阻害薬:ダパグリフロジン、エンパグリフロジン こうした薬を、患者さんの病状や病態、血圧や心拍数、血液検査結果などを見ながら調整していきます。また、病態改善薬は心不全末期でも継続することが原則ですが、血圧低下や心拍数低下が患者さんの苦痛につながる場合は、減量や中止を検討することもあります。 症状緩和を目的とした薬物治療 代表的な薬剤は利尿薬です。【主な薬剤】 ループ利尿薬(フロセミド、アゾセミド、トラセミドなど) 【上記薬剤で効果が不十分な場合に併用される薬剤】 サイアザイド系利尿薬(トリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジドなど) バソプレシンV2受容体拮抗薬(トルバプタン) また、前述したMRAやSGLT2阻害薬にも利尿作用があります。 利尿薬は浮腫や胸腹水の軽減に有効ですが、漫然とした使用は脱水や腎機能低下、電解質異常、血圧低下にもつながるため、避けるべきです。 その他にも状況に応じて以下の薬剤を使用します。 低心拍出、組織低灌流による症状:経口強心薬(ピモベンダン、ドカルパミンなど) 治療抵抗性の呼吸苦:少量のオピオイド(心不全で使用可能なオピオイドとしてコデインリン酸塩、塩酸モルヒネがあります) 不安症状や不眠症状:抗不安薬や睡眠薬(非ベンゾジアゼピン系睡眠薬やメラトニン受容体作動薬等が望ましいです) さまざまな治療やケアでも耐え難い苦痛が残存する場合は、多職種で検討し、患者さんやご家族と十分に話し合った上で、鎮静薬の使用も検討します。 薬物治療以外の治療・ケア 薬物だけでなく、以下のような介入も有効かつ重要です。 心臓リハビリテーション 非侵襲的陽圧換気療法(NPPV) 在宅酸素療法(HOT) 心負荷が軽減される食生活や生活環境の調整 高齢者の心不全へのアプローチ 最近、急増している高齢者の心不全では、認知症や悪性疾患、骨折後のADL低下、独居、フレイルなど、心臓以外にもさまざまな疾患や問題を多く合併していることも特徴です。これらは心不全の治療・管理だけでは解決しないことも忘れてはいけません。 訪問看護師が大切にすべき視点と役割 患者さんの在宅生活を捉える視点 訪問看護師は、患者さんの在宅生活を見ることで、心不全が患者さんの生活にどれくらい影響しているのか、日々の生活で何に困っているかを直接見て把握することができます。そして、それを在宅チームに還元し、改善策をチームで話し合うことができます。訪問看護師の適切な観察と評価は、患者さんのQOLの改善に直結します。 ●食事や内服状況の評価例えば、高血圧が続いている心不全の方の食生活が塩分過多になっていることに気付いた場合、栄養指導や配食弁当の導入で改善が期待できます。また、服薬管理ができていないことが分かった場合には、訪問薬剤指導の導入や薬の一包化、服薬回数の調整(1日1回への整理)などで改善するかもしれません。 ●住環境の評価階段昇降やトイレの様子、手すりやベッドの有無など、在宅生活における患者さんの心負荷の程度を評価します。その情報をもとに改善策を、医師やリハビリ、介護スタッフと共有し、話し合うことで、心不全患者さんの在宅生活は確実に向上します。 ●アドバンス・ケア・プランニング(ACP)への取り組み心不全は予後予測が難しい疾患です。だからこそ、日々の生活の中で患者さんの意思や価値観を理解し、終末期も含め、将来どのような医療・ケアを受けたいのか、人生の最期の時間をどうやって過ごしたいのかを、患者さんの気持ちに寄り添いながら、ともに考えていきます。医師やほかのチームメンバーと情報共有・協力しながら意思決定支援を行っていくことも重要です。 訪問看護師が築く信頼と安心 もちろん医療者であっても、患者さんの私生活や個々の事情に自由に踏みこんでよいわけではありません。少しずつ信頼関係を築きながら患者さんの気持ちを理解し、生活を改善するために必要な情報を得ていくことが重要です。 大切なのは、患者さんの病状や状況を理解し、患者さんに寄り添い、安心してもらうことです。心不全の薬や治療にはさまざまなものがありますが、状態をよく分かっている訪問看護師が、患者さんの話を傾聴したり、背中をさすったりするだけで、苦痛や症状が緩和されることはよくあります。看護師の寄り添いとケアには、大きな力があると感じています。 まとめ 日本の心不全患者数は、2030年には約130万人に達するといわれています7)。入院ベッドの不足やコロナ禍を経て、在宅で療養する心不全患者さんも増加の一途をたどっています。 そのような中、訪問看護師の存在は極めて重要です。訪問看護師が中心的な役割を担い、医師や理学療法士、ヘルパー、ケアマネジャー、薬剤師、栄養士などと協力し、多職種連携による「在宅ハートチーム」をつくることが求められています。訪問看護師がハブとなって情報共有と多職種との協力を続けながら、患者さんに寄り添い、患者さんやご家族が安心して在宅療養生活を送れるように応援・サポートします。こうした支援の輪を広げていくことは、多くの心不全患者さんを救うことになるでしょう。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)ACP:advance care planning(アドバンス・ケア・プランニング)EF:ejection fraction(駆出率)HFrEF:heart failure with reduced ejection fraction(EFが低下した心不全)HFpEF:heart failure with preserved ejection fraction(EFが保たれた心不全)HFmrEF:heart failure with mid-range ejection fraction(EFが軽度低下した心不全)HFimpEF:heart failure with improved ejection fraction(EFが改善した心不全)NYHA:New York Heart Association(ニューヨーク心臓協会)ACE:angiotensin converting enzyme(アンジオテンシン変換酵素)ARB:angiotensin II receptor blocker(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)ARNI:angiotensin receptor neprilysin inhibitor(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)MRA:mineralocorticoid receptor antagonist(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)SGLT2:sodium glucose cotransporter 2(ナトリウム・グルコース共輸送体2)NPPV:noninvasive positive pressure ventilation(非侵襲的陽圧換気療法)HOT:home oxygen therapy(在宅酸素療法)ADL:activities of daily living(日常生活動作)QOL:quality of life(生活の質) 執筆:藤田 真奈東京ふれあい医療生活協同組合 オレンジほっとクリニックふれあいファミリークリニック、梶原診療所高知大学医学部を卒業後、自治医大病院で初期研修を行う。一般内科・循環器内科の修練を積んだ後、在宅医療の世界へ。独居や認知症を合併した高齢心不全の方たちが一人でも多く心地よい在宅生活を送れるよう、日々患者さんと向き合っている。資格:循環器内科専門医・在宅医療専門医・総合内科専門医・認知症サポート医 編集:株式会社照林社 【文献】1)日本循環器学会,日本心不全学会,日本心臓病学会,他:2025年改訂版 心不全診療ガイドライン.日本循環器学会.2025:19.https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2025/03/JCS2025_Kato.pdf2025/10/23閲覧2)日本循環器学会,日本心不全学会:『心不全の定義』について.https://www.j-circ.or.jp/five_year/teigi_qa.pdf2025/10/23閲覧3)Nordgren L,Sörensen S:Symptoms experienced in the last six months of life in patients with end-stage heart failure.Eur J Cardiovasc Nurs 2003;2(3):213-217.4)Moens K,Higginson IJ,Harding R:Are there differences in the prevalence of palliative care-related problems in people living with advanced cancer and eight non-cancer conditions? A systematic review.J Pain Symptom Manage 2014;48(4):660-677.5)Heidenreich PA,Bozkurt B,Aguilar D,et al:2022 AHA/ACC/HFSA Guideline for the Management of Heart Failure: A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Joint Committee on Clinical Practice Guidelines.Circulation 2022;145(18):e895-e1032.6)Gibbs JS, McCoy AS, Gibbs LM, et al. Living with and dying from heart failure:the role of palliative care. Heart 2002;88(Suppl 2):ii36-ii39. 7)Okura Y,Ramadan MM,Ohno Y,et al:Impending epidemic: future projection of heart failure in Japan to the year 2055.Circ J 2008;72(3):489-491.

非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い
非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い
特集
2026年2月17日
2026年2月17日

非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回は、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センターの平原佐斗司先生に、非がん疾患における緩和ケアの現状、予後予測、苦痛に対する評価法やアプローチの特徴について分かりやすく解説いただきます。 非がん疾患における緩和ケアの現状 緩和ケアは、がんから非がん疾患を含むあらゆる疾患へ、小児から高齢者まで対象が広がっています。そして、緩和ケア病棟だけでなく、在宅・地域を中心として急性期病院や施設など、あらゆるセッティングで提供される、より基本的で包括的なケアへと広がりをみせています。 欧米では、1990年代に非がん疾患患者の終末期に緩和ケアの光が当たっていないことが明らかになり、今世紀に入ってからは非がん疾患の緩和ケアがそれぞれの国の方法で推進されてきました。一方、わが国においては、2010年頃からようやく注目されるようになり、最近になり各領域で非がん疾患の緩和ケアに関する実践・教育・研究で進展がみられるようになってきています。 わが国における緩和ケアの対象 わが国の在宅医療において非がん疾患の緩和ケアの対象として多い疾患は、主に後期高齢者にみられ、以下のとおりです。 臓器不全(非がん性呼吸器疾患〔NMRD〕、心不全、末期腎不全、肝不全) 認知症や脳卒中後遺症 パーキンソン病やパーキンソン関連疾患、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経難病 頻度は少ないですが、以下のような対象もあります。 重症の医療的ケア児 トラジション(成人した障害児者) など また、世界に目を向けてみると、アフリカや開発途上国ではHIVや感染症なども緩和ケアの対象となっています。 わが国の非がん疾患の緩和ケアには、がんの緩和ケアとは異なるいくつかの特徴があります。 緩和ケアの対象となる非がん疾患患者の多くは後期高齢者であること 病の軌跡に影響する因子が多様で複雑であるため、がんに比べて予後の予測が困難であること 自律が損なわれたり、同意能力が疑われたりする高齢者や認知症の人が少なくないため、意思決定において困難を伴う場合が少なくないこと 「病の軌跡」とは Lynnらは終末期の疾患軌道を、「がん等のモデル」、「心肺疾患などの臓器不全モデル」、「認知症・老衰モデル」の3つに分類しました(図1)1)。 図1 疾患群別軌道モデル 文献1)より筆者訳 がんの軌道の最大の特徴は、最期の1、2ヵ月で急速に全般的機能が低下することです。臓器不全、特に心不全や非がん性呼吸器疾患などは急性増悪を繰り返し、最後の急性増悪で比較的急な経過で死亡に至ります。認知症・老衰群では、緩やかにスロープを降りるように機能が低下し、やがて死に至ります。高齢者では、この認知症・老衰群が半数近くを占めるといわれています。 このような病の軌跡の違いを反映して、ADL依存となるリスクは、がんで一般の人の約1.5倍、臓器不全群で約3倍、認知症・老衰群では8倍と報告されています。 さて、このような病の軌跡はあくまでも基本であって、疾患や年齢によって異なる特徴があります。例えば、高齢がん患者の場合は、約半数が数ヵ月前より徐々に機能が低下することが分かっています。また、臓器不全群でも透析しない選択(保存的腎臓療法:CKM)をした末期腎不全患者(ESKD)の病の軌跡は、末期がんと類似しており、最後の1、2ヵ月で急速に機能が低下することが明らかになりました。 がんと非がん疾患、予後予測における違い がんの予後予測が比較的可能な理由 病の軌跡の特性は、予後予測の困難さに影響しています。がんは、原発巣や癌種が違っても、症状や臨床経過において一定の共通性・法則性が認められます。そして、その共通性・法則性は、終末期になるほど顕在化するという特徴があります。 これは、がんの基本病態が「自律増殖」と「浸潤・転移」であることに起因します。進行したがんは侵害受容器や神経に浸潤するため、比較的早期から疼痛が出現し、疼痛は増強しながら長期に持続します。そして、原発巣や転移臓器でのがんの増殖により呼吸不全、麻痺、肝不全といった臓器の機能不全を引き起こします。最期には異常な内分泌・代謝状態(悪液質)を来たし、だるさや食思不振、痩せなど、すべてのがんに共通した全身症状が現れます。 このようながんの特性に着目すれば、ある程度の信頼性のある予後予測ツールの開発が可能となるのです。 非がん疾患における予後予測の難しさ 一方、非がん疾患にはもともとの疾患の軌道に共通性がなく、以下に示すように多種多様です。 脳卒中のように突然発症するもの 腎不全や肝不全のように潜在的に進行するもの 心疾患や呼吸器疾患のように急性増悪を繰り返すもの アルツハイマー型認知症のように緩やかに機能が低下するもの ALSのように比較的早く呼吸や嚥下機能が低下し、生命の危機が訪れるもの このように、非がん疾患では、疾患や個人によって機能が低下する部位や臓器、進行の仕方やスピードがさまざまであることに加え、標準治療の実施の有無や本人の治療選択など、病態以外の因子が病の軌跡に大きく影響します。その結果、非がん疾患では月単位、週単位の予後予測は困難で、信頼性の高い予後予測ツールは開発できていません。 また、緩和ケアの対象となる非がん疾患患者の多くは後期高齢者であり、ほとんどがmultimorbidity(多疾患併存状態)であるため、予後に関係する疾患が複数あり、経過の中で主病名が入れ替わることも珍しくはありません。multimorbidityの高齢者のエンドオブライフ(EOL)期では、疾患ごとの予後予測指標はあてにならないことが多いのです。 そのため近年では、正確な予後予測を求めるのではなく、緩和ケアが必要と考えられる対象者を疾患にかかわらず、適切なタイミングで同定することに主眼が置かれるようになってきました。この目的のために、「GSF-PIG」や「SPICT」のようなさまざまなツールが開発されています。 苦痛の客観的評価法の有用性 非がん疾患では、緩和すべき苦痛ががんとは異なる場合があります。がんでは疼痛が最大の課題であるのに対して、多くの非がん疾患では「呼吸困難」や「摂食・嚥下障害」が最大の課題と考えられています。 高齢で認知症を合併することが多い非がん疾患患者の苦痛の評価においては、がんで用いられる「NRS」(痛みのスケール)といった主観的評価法や、「IPOS」などの複雑な総合評価は、実用的ではないことが少なくありません。 認知症高齢者など、自ら苦痛をはっきり訴えられない非がん疾患患者に対しては、苦痛の客観的評価法が有用です。欧米ではこうした評価法が実際の臨床現場で広く用いられていますが、わが国においてはその普及は十分でありません。 痛みの客観的評価法 海外では、痛みの客観的評価法として30以上のスケールが開発されていますが、日常使いができる程度の項目数(数項目程度)であり、日本語版が開発されているものとなると、以下のものに絞られます。 日本語版PAINAD アビー痛みスケール日本語版 呼吸困難の客観的評価法 呼吸困難の客観的評価法は、痛みの客観的評価法ほど多くは開発されていません。その中でゴールドスタンダードとされるのは8項目からなる「RDOS」で、日本語版も開発されています。近年、RDOSよりも簡便な呼吸困難の客観的評価法としてmodRDOS-4が開発され、筆者がその日本語版である「日本語版modRDOS-4」を開発しています。 このような、客観的評価法を積極的に使用することで、高齢者や認知症の人の苦痛に早期に気付くことが可能となります。 症状緩和に対する薬剤的アプローチの特徴 症状緩和の考え方や方法については、がんと非がん疾患では共通点もありますが、異なる点も多くあります。 非がん疾患、とりわけ心不全などの臓器不全群では、症状緩和のためにも標準的な疾患の治療とケアを最期まで継続することが重要になります。 オピオイドの使用について 症状緩和のための薬剤的アプローチにおいても、がんと非がんにはさまざまな違いがあります。例えば疼痛に対するオピオイド使用量は、がんでは痛みに応じて上限なく増量していくわけですが、非がん疾患の投与量はモルヒネ換算で最大60mg、多くても90mgまでとします。また、がんの場合と異なり、ケミカルコーピング防止の観点から疼痛に対するレスキューの使用は推奨されません。 一方、非がん疾患の呼吸困難に対するオピオイドの使用は、基本的には疾患に対する治療を最大限行っても緩和されない場合に考慮され、多くはモルヒネ換算1日10mgまでの少量で呼吸困難緩和の効果が期待できます。 緩和ケアの対象となるESKDではモルヒネの投与は、透析をしていない場合はほぼ禁忌と考えられます。腎機能の影響が少ないオキシコドンや、影響がほとんどないブプレノルフィン、フェンタニルが選択されます。心不全に腎不全を合併した状態(心腎症候群)や、肝不全に腎不全を合併した状態(肝腎症候群)などでも同様に、基本的にモルヒネ以外の薬剤の選択が必要になります。 そのほかの薬剤的アプローチについて オピオイド以外の鎮痛薬では、腎不全や心不全ではNSAIDsは基本的に避けるべきで、アセトアミノフェンの使用が推奨されます。 末期がんでは終末期の食思不振やだるさに対してステロイドを使用する場合がありますが、心不全などの非がん疾患ではステロイドは水分貯留に働く可能性があるため、基本的には使用しません。 非がん疾患の緩和ケアの今後 非がん疾患の苦痛に対する薬剤的アプローチは、緩和ケアのごく一部です。非がん疾患の中でも心不全、NMRD、ESKDなどの臓器不全群では緩和のための薬剤選択は比較的重要です。しかし、認知症や神経難病などの緩和ケアにおいては、日々の看護やケア、リハビリテーションの質そのものが、そのまま緩和ケアの質につながると考えます。 非がん疾患の緩和ケアはこの数年、研究面では一定の進歩がありました。しかし、がんと比べて全体的に教育・実践のレベルや制度においてはまだまだ課題があるといえるでしょう。 これから始まるこのシリーズでは、主要な非がん疾患の緩和ケアについて学んでいければと思います。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)NMRD:non-malignant respiratory disease(非がん性呼吸器疾患)ALS:amyotrophic lateral sclerosis(筋萎縮性側索硬化症)HIV:human immunodeficiency virus(ヒト免疫不全ウィルス)ADL:activities of daily living(日常生活動作)CKM:conservative kidney management(保存的腎臓療法)ESKD:end stage kidney disease(末期腎不全患者)EOL:end of life(エンドオブライフ)GSF-PIG:GSF-prognostic indicator guidanceSPICT:supportive and palliative care indicator toolNRS:numerical rating scale(数値的評価スケール)IPOS:integrated palliative care outcome scalePAINAD:pain assessment in advanced dementia scaleRDOS:respiratory distress observation scaleNSAIDs:non-steroidal anti-inflammatory drugs(非ステロイド性抗炎症薬) 執筆:平原 佐斗司東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター 1987年に島根大学医学部卒。現在、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長ならびに、同オレンジほっとクリニック 地域連携型認知症疾患医療センター長として在宅医療、認知症診療に従事。専門は、在宅医療、非がん疾患の緩和ケアで、研修・研究センターでは在宅医療専門医・指導医として、多くの在宅専門医の育成を行う。学会活動では、日本在宅医療連合学会 代表理事、日本認知症の人の緩和ケア学会 理事長、日本エンドオブライフケア学会 副理事長を務めている。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1) Lynn J:Perspectives on care at the close of life. Serving patients who may die soon and their families.The role of hospice and other services.JAMA 2001;285(7):925-932.

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