緩和ケア

腎不全の緩和ケアがよく分かる 在宅での保存的腎臓療法(CKM)とは
腎不全の緩和ケアがよく分かる 在宅での保存的腎臓療法(CKM)とは
特集
2026年5月19日
2026年5月19日

腎不全の緩和ケアがよく分かる 在宅での保存的腎臓療法(CKM)とは

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回のテーマは「腎不全」。その中でも末期腎不全(ESKD)に対する在宅での保存的腎臓療法(CKM)について、東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所の岡田絵里先生に、進行に伴う苦痛症状とその対応、患者さんのQOL向上のために検討すべきことを解説いただきます。 はじめに わが国では、慢性腎臓病(CKD)を有する患者数は約2,000万人(成人の約5人に1人)1)とされ、75歳以上の高齢者における有病率は34.6%(約3人に1人)に上ると推算されます2)。また、ESKDに対して血液透析を中心とした腎代替療法が行われてきましたが、透析導入患者の平均年齢は今や約71歳3)を超え、重度の心不全や認知症など、体外循環がハイリスクとなるケースも少なくありません。 超高齢社会における腎不全治療の在り方が問われており、近年は腎代替療法を選択せず、ESKDに伴う症状緩和を主軸とするCKMを選択する症例も増加しています。本稿では在宅療養下でCKMを選択された腎不全患者さんを対象とした緩和ケアについて概説します。 腎不全とは 疾患の概要 腎不全とは、腎臓の機能が低下し、老廃物や余分な水分、電解質の排泄や調整ができなくなる状態です。高齢腎不全の多くの症例では、糖尿病・高血圧・加齢などを背景に緩徐に腎機能の低下が進行し、ESKDに至ります。このようなケースでは亡くなる1~2ヵ月前まで身体機能が比較的保たれ、末期がんのような病の軌跡をたどることが特徴です。 一方で、腎不全の原疾患や他臓器の併存症によって、腎機能の急性増悪を繰り返しながら段階的に腎機能が低下していく症例もあり、過去の腎機能の推移から今後の経過を個別に予測する必要があります。 進行の特徴と終末期の変化 病期の進行とともに、浮腫、倦怠感、食欲不振、呼吸困難、皮膚のかゆみ、意識障害などが段階的に現れます。糸球体濾過量(eGFR)が10mL/分/1.73m2未満となり終末期が近づくと、尿量の著しい減少、傾眠傾向の増加、せん妄、けいれん、昏睡といった尿毒症による症状もみられます4)。特にCKMを選択される場合は、終末期に向けて症状のコントロールがより重要になってきます。 ESKDに伴う主な苦痛症状とその対応 米国で腎緩和ケアサービスを受けていたESKD患者335 名における5大症状は、呼吸困難(63.7%)、倦怠感(51.8%)、浮腫(48.2%)、疼痛(44.2%)、食欲不振(38.1%)5)であったと報告されています。そのほかの苦痛症状も含め、観察ポイントとケア・対応を表1にまとめました。 表1 ESKDに伴う主な苦痛症状と観察ポイントおよびケア・対応 苦痛症状観察ポイントケア・対応呼吸困難・浮腫・体液過剰   ・血圧・体重・SpO2・塩分制限・在宅酸素療法・ベッドのギャッジアップ・顔に冷風を当てる・利尿薬の増量・薬物治療:オピオイド※、抗不安薬(オピオイド無効時)倦怠感・高度の貧血や心不全の有無・薬剤性(抗ヒスタミン薬、オピオイド※、睡眠薬など)・抑うつ・貧血の是正(薬物治療:腎性貧血治療薬〔ESA やHIF-PH 阻害薬など〕)・原因薬剤の減量・中止:抗ヒスタミン薬、オピオイド※、睡眠薬などによる倦怠感の可能性を検討・抑うつがある場合は抗うつ薬を検討疼痛・NRS(数値的評価スケール)・痛みの性質・増悪寛解要因・神経障害性疼痛の場合:薬物治療(プレガバリン、ガバペンチンなど)・侵害受容性疼痛の場合:薬物治療(アセトアミノフェン、トラマドール、オピオイド※など)食思不振・悪心・嘔吐・食事量・体重・排便管理・食事の少量頻回摂取・薬物治療:制吐薬、六君子湯など・リン吸着薬やカリウム吸着薬などの減量・中止の検討・難治性の場合:薬物治療(オランザピン)せん妄・意識障害・意識レベル・症状の変動・羽ばたき振戦の有無・介入可能な原因検索(電解質異常や感染症、便秘や尿閉など)・せん妄に対する環境調整(日中の覚醒を促す、眼鏡や補聴器の適正使用など)・活動性せん妄に対する薬物治療:抗精神病薬(クエチアピン〔糖尿病患者では禁忌〕、ペロスピロンなど)・臨死期における尿毒症による意識障害は苦痛がなければ介入を行わないことも多い皮膚掻痒・掻把痕・皮膚乾燥の確認・スキンケア、保湿、天然繊維の肌着の使用・薬物治療:抗ヒスタミン薬、ナルフラフィン(抗ヒスタミン薬が効きにくい場合。保存期CKD では適応外)むずむず脚症候群・日内変動の確認・鉄欠乏の有無・薬剤性(抗精神病薬や抗うつ薬など)・カフェインやアルコール摂取を控える・鉄分の補充・薬物治療:プレガバリン、プラミペキソールなど便秘・便の性状・薬剤性(リン吸着薬、カリウム吸着薬など)・原因薬剤の減量・変更:リン吸着薬、カリウム吸着薬・薬物治療:上皮機能変容薬(ルビプロストン、エロビキシバット)、浸透圧性下剤(ポリエチレングリコール)など⇒腎機能低下患者では酸化マグネシウムを避ける(高マグネシウム血症への注意が必要) ※腎不全におけるオピオイドの使用モルヒネは、有害な代謝産物(モルヒネ-3-グルクロニド〔M3G〕)が蓄積し、せん妄やミオクローヌスなどを起こしやすくなるため、eGFR30mL/分以下の場合、使用は原則禁忌とされています。オキシコドン、ヒドロモルフォン、トラマドールは、減量して慎重に投与します。ブプレノルフィンやフェンタニルは腎不全でも比較的安全に使用可能ですが、いずれも内服薬がない点に留意する必要があります。非がん進行性疾患の呼吸苦に対するオピオイドの使用は知見に乏しく、現状はエビデンスが担保されていませんが、一定の効果が得られることもあり、使用を検討します。 患者さんのQOL向上のためにできること ポリファーマシー対策 腎不全患者さんは、高血圧や糖尿病、脂質異常症、心疾患などの多疾患並存を抱える場合、内服薬が多くなる傾向にあります。ある研究によると、CKDステージG4(腎機能が高度に低下した状態)およびG5(ESKDの状態)では、6剤以上のポリファーマシー状態にある患者さんの割合が、それぞれ84%、74%であったと報告されています6)。 CKMを選択される患者さんにおいては、長期的な生命予後よりも、QOLや短期予後をより重視した処方設計が望ましい場合もあります。例えば、便秘になりやすい症例や服薬アドヒアランスに懸念がある症例においては、血清リンのコントロール目標は緩くし、リン吸着薬の減量・中止を検討してもよいかもしれません。高カリウム血症を呈する症例では、アシドーシスに対する炭酸水素ナトリウムを使用することで、カリウム吸着薬による便秘を避けられる可能性があります。 個々の症例に応じて処方を見直し、患者さんの治療負担の低減を図ることができるとよいでしょう。 食事制限は患者さんのQOLを重視 CKDの食事療法に関しては、一般的にタンパク・リン・カリウムなど、多くの制限が提示されます。しかし、高齢CKD患者さんではそもそも食事摂取量が低下し、サルコペニアの合併例も多いことから、栄養指導にも留意が必要です。 『CKD診療ガイド2024』(日本腎臓病学会編)では、サルコペニアを合併したCKDでのタンパク制限の緩和についても言及されています7)。食事はQOLに直結する人生の愉しみでもあり、高齢CKM症例における食事制限に関しても、主治医と相談の上で適宜緩和を検討すべきでしょう。 アップデートしておきたい知識 腎不全の緩和ケアに対する関心の高まりから、令和 8 年度診療報酬改定において緩和ケア病棟の対象疾患として新たに腎不全が加わり、また腎臓病対策推進の一環として緩和ケア提供体制の整備を含めた診療加算が新設されました8)。 在宅で受けることができる透析治療として、腹膜透析(PD)への関心も高まっています。血液透析と比較し、通院負担や体外循環による心血管系の負担が少ないことがメリットである一方、高齢患者さんでは自身での管理が難しいケースも少なくありません。訪問看護師によるサポートで在宅PDを導入・継続するassisted PDの広がりが期待されます。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)ESKD:end-stage kidney disease(末期腎不全)CKM:conservative kidney management(保存的腎臓療法)QOL:quality of life(生活の質)CKD:chronic kidney disease(慢性腎臓病)eGFR:estimated glomerular filtration rate(推算糸球体濾過量(値))SpO2:saturation of percutaneous oxygen(経皮的動脈血酸素飽和度)ESA:erythropoiesis stimulating agent(赤血球造血刺激因子製剤)HIF-PH:hypoxia-inducible factor-prolyl hydroxylase(低酸素誘導因子プロリン水酸化酵素)NRS:numerical rating scale(数値的評価スケール)PD:peritoneal dialysis(腹膜透析) 執筆:岡田 絵里東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所 筑波大学医学類卒業後、腎臓専門医・透析専門医・総合内科専門医を取得。在宅医として高齢者腎不全診療にアプローチしていきたいと考えています。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)日本腎臓学会編:CKD診療ガイド 2024.東京医学社,東京,2024:ⅳ.2)Kobayashi A,Hirano K,Okuda T, et al.:Estimating the prevalence of chronic kidney disease in the older population using health screening data in Japan.Clin Exp Nephrol 2025;29(3):276-282.3)正木崇生,花房規男,阿部雅紀,他:わが国の慢性透析療法の現況.日本透析医学会雑誌 2024;57(12):543-620.4)鈴木利彦監修,坂井正弘編:腎不全の緩和ケア.東京,南山堂,2025:47.5)Kwok AO,Yuen SK,Yong DS,et al.:The Symptoms Prevalence, Medical Interventions, and Health Care Service Needs for Patients With End-Stage Renal Disease in a Renal Palliative Care Program.Am J Hosp Palliat Care 2016;33(10):952-958.6)坂本愛,浦田元樹,岩川真也,他:慢性腎臓病を有する高齢者のポリファーマシーにおける有害事象の潜在的リスク因子に関する検討.日本腎臓病薬物療法学会誌 2018;7(1):13-23.7)日本腎臓学会編:成人CKD患者への栄養管理.CKD診療ガイド 2024,東京医学社,東京,2024:55-58.8)厚生労働省:令和8年度診療報酬改定について 【医科全体版】 令和8年3月6日版.2026:379.2026/4/27閲覧

非がん性呼吸器疾患の緩和ケアがよく分かる 予後・在宅リハビリ・呼吸困難対応
非がん性呼吸器疾患の緩和ケアがよく分かる 予後・在宅リハビリ・呼吸困難対応
特集
2026年4月21日
2026年4月21日

非がん性呼吸器疾患の緩和ケアがよく分かる 予後・在宅リハビリ・呼吸困難対応

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回は、慢性的に呼吸機能を低下させる非がん性呼吸器疾患(NMRD)を取り上げます。東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センターの平原佐斗司先生に、各疾患の予後や在宅でのリハビリ・呼吸困難への対応について詳しく解説いただきます。 非がん性呼吸器疾患(NMRD)の緩和ケアの基本 非がん性呼吸器疾患(NMRD)は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)や間質性肺疾患(ILDs)、気管支拡張症(BE)、非結核性抗酸菌症(NTM)など、呼吸器の慢性疾患を総称する言葉として提唱されています。 私どもの診療所では、新規に在宅医療が導入される人のおよそ1割が、NMRDを主病名とする方々です。 NMRDの緩和ケアの特徴は、標準的な治療(薬物治療)と運動療法やコンディショニング(後述)などの呼吸リハビリテーションの継続が症状緩和にとっても重要であるということです。呼吸困難を改善し、QOLを高めるためには、標準的治療、呼吸リハビリテーション、緩和ケアをNMRDの病の軌跡の中で一体的・統合的に提供することが大切になります。 つまり、病状が進行し末期となってからも、治療や呼吸リハビリテーションをアレンジしながら継続し、これらによって改善しない呼吸困難などの苦痛がある場合には、オピオイドなどの緩和ケア的な手技を上乗せしていきます。 各疾患の病の軌跡と予後 NMRDは、急性増悪と寛解を繰り返しながら、徐々に全体的な機能が低下し、最期は比較的急速に悪化し、死に至るという軌跡をたどることが多いとされています。 慢性閉塞性肺疾患(COPD) COPD患者の予後は病期の進行とともに悪化します。特に「%1秒量」*が50%を下回ると増悪の頻度が増し、併存症による死亡も増加します。呼吸機能以外の予後不良因子には、やせ、栄養障害、ADL(歩行距離)の低下、自覚的呼吸困難感、合併症・併存症、最近の急性増悪や入院回数などがあります。 * %1秒量:年齢や性別、身長などから予測される本来あるべき予測1秒量に対しての、実測1秒量(努力性肺活量のうち、最初の1秒間で吐き出された空気量)の割合 また、長期喫煙歴のある高齢者に発症することが多いため、併存症の合併が多く、COPD患者の約4分の3は併存症や合併症によって死亡しています。代表的な併存症・合併症には、喘息、肺線維症、肺がん、肺炎、気胸などの肺合併症に加え、栄養障害や骨格筋機能障害、心血管疾患、骨粗しょう症などが知られています1)。 急性増悪で入院した患者の死亡率は4.6%で、1年以内の再入院は45%、1年以内の死亡は20.2%と報告されています2)。また、長期在宅酸素療法登録患者の5年生存率は40%と報告されています1),3)。 COPDの代表的な予後予測指標は2004年に開発されたBODEインデックスです。これは、前述の予後不良因子(body mass index〔BMI〕、気流閉塞度〔obstruction〕、呼吸困難〔dyspnea〕、運動能力〔exercise capacity〕)を点数化したもので、数年単位の予後予測スコアとしては有効4)です。 間質性肺疾患(ILDs) ILDsはNMRDの中でCOPDに次いで多い疾患で、その多くは原因不明の特発性間質性肺炎(IIP)です。IIPの中でも特発性肺線維症(IPF)が50~60%を占めます。IPFにおける診断時からの生存期間中央値は35ヵ月であり、極めて予後不良の疾患として知られています。 IPFの死亡原因の4分の3は、原疾患やその増悪です。慢性安定期から投与された抗線維化薬(ピルフェニドン、ニンテダニブ)は、IPFの予後を改善することも報告されています。IPFの軌跡は、緩徐に進行する群、長期に安定する群、急速に進行していく群など多様であり、予後予測は極めて困難な疾患群です。また、在宅酸素療法(HOT)導入からの平均生存期間は約18ヵ月で5)、HOT導入後のIPF患者に対しては、EOL期と認識して対応する必要があります。 予後予測スコアとして、GAPスコア6)が開発されていますが、肺拡張能力試験(DLCO)を含むため、専門医のいる病院でなければ評価が困難という欠点があります。 気管支拡張症(BE) BEでは慢性の膿性痰や時に血痰を伴う咳、繰り返す気道感染に伴う呼吸困難、発熱、倦怠感などが苦痛となります。BEの多くは小児期に発症し、青年期に一時期改善がみられた後、中高年期に症状が悪化し、呼吸機能が低下してから医療機関を受診することが多く、約10%が呼吸不全に陥ると推定されています。 BEの18%がNTMを原因とし、両疾患は相互に関連しています。治療は、気道クリアランスを中心とした呼吸リハビリテーションが重要で、薬物治療ではマクロライド療法が有効です。予後についての大規模な研究はなく、フォローアップ中央値18年の死亡率が20.4%、13年では死亡率29.7%という海外の報告があります7),8)。高齢、呼吸機能の低下、高PaCO2、緑膿菌感染などは予後不良因子と考えられています。 非結核性抗酸菌症(NTM) NTMは近年増加しているNMRDです。特に基礎疾患のない中年以降の女性に発症しやすいMAC症が最も多く、顕著に増加しています。MAC症の死亡率は、追跡期間4.3年で16.6%、5年で28%というわが国の報告があります9),10)。 在宅における呼吸リハビリテーションの要点 呼吸リハビリテーションは、「病気や外傷によって呼吸器に障害が生じた患者さんに対して、可能な限り機能を回復し、あるいは維持することによって、症状を改善し、患者さん自身が自立した日常や社会生活を送れるように継続的に支援する医療」と定義されています11)。 呼吸リハビリテーションのプログラムの構成要素には主に以下のものが含まれます。 吸入療法を含めた薬物療法 ワクチン接種 酸素療法 人工呼吸療法 禁煙・ニコチン置換療法 コンディショニング(肺理学療法、リラクゼーション、呼吸法、胸郭可動域訓練、排痰訓練など) 全身持久力トレーニング ADLトレーニング 呼吸筋トレーニング 栄養療法 教育:教育的アプローチ、心理的サポート 社会参加(日常活動、就労、旅行支援など) これらの要素の中でも、運動療法の実施が重要であり、運動療法を行う前提として(1)基本的治療(吸入療法を含めた薬物療法、場合によってはHOTやNPPV(非侵襲的陽圧換気)などの人工呼吸療法)によって病状を安定させること、(2)教育・心理的アプローチを行い、(3)適正な栄養管理(高カロリー、高タンパク食)の実施が必要になります。 在宅医療における呼吸リハビリテーションにおいては、在宅主治医が個別の呼吸リハビリテ―ションのプログラムをつくり、訪問看護師や理学療法士などのリハビリ専門職が協力して実施していきます。呼吸法や肺理学療法、呼吸ストレッチ体操を行った後、中等度の息切れを感じる程度、あるいは最大心拍の60~80%を目安にして、下肢を中心とした運動療法を行うことがポイントです。在宅患者は、フィットネスレベルが極めて低い重症者が多いため、低強度負荷の運動から開始し、徐々に負荷を高めていく方法が推奨されます。 最初に集中的に6~8週間の導入プログラムを行い、その後、運動療法を継続するようにします。呼吸リハビリテーションの効果は中断後6ヵ月後も残存するといわれており、導入後は週1回の歩行トレーニングでも効果の維持が期待できます。また、春や秋などの気候のよい時期に集中的に運動療法を行い、真夏や冬には負荷の少ない簡単な運動で維持するという戦略をとるようにするとよいでしょう。 NMRD終末期の呼吸困難と緩和ケア 前述したようにCOPDを代表とするNMRDの終末期は、非がん疾患の中でも呼吸困難などの苦痛が大きい疾患群です。NMRD患者にとっては呼吸困難が最大の苦痛であり、その頻度と持続時間は末期の肺がんの苦痛をも凌ぐといわれています。 終末期の呼吸困難に対しては、それまで行ってきた標準的な薬物治療や呼吸リハビリテーション(酸素療法、肺理学療法、呼吸筋マッサージなど)をできる限り継続することが重要です。しかし、それでも改善しない強い呼吸困難には、積極的なモルヒネの使用が推奨されます。 モルヒネの使用 NMRD終末期のモルヒネ投与の基本は以下のとおりです。 ・頓用使用:1回2.5mg(2~3mg)・徐放剤内服:1日10mgから開始 通常は頓用使用から始め、使用回数が増えてきたら徐放剤に変更していくようにするとよいでしょう。しかし、わが国においては、がんで使用される徐放剤は非がん疾患の保険適応がなく、またモルヒネ徐放剤の1日最小量は20mgであるため、非がん疾患の呼吸困難に対してはモルヒネ徐放剤を使用しにくい状況にあります。そのため、実際には以下のような方法で定期投与を行うことがあります。 ・塩酸モルヒネ粉末:2.5mgを6時間ごと(1日4回)・モルヒネ硫酸塩細粒(2%):1回0.25gを12時間ごと(保険適応外) 重症COPDに対しては、30mgまでのモルヒネの使用は、入院率および死亡率を上げないことが分かっており、効果と副作用を確認しながら、内服30mg相当までは1.3~1.5倍ずつ引き上げていくとよいでしょう。 ●モルヒネ以外のオピオイドオキシコドンやフェンタニール、ヒドロモルフォンなどモルヒネ以外のオピオイドについては、NMRDを含めた非がん疾患の呼吸困難への有効性に関して、ランダム化試験といった質の高いエビデンスはありません。何らかの理由でモルヒネが使用できない場合、特に腎不全や心腎症候群を伴う心不全などでは、オキシコドンなどを選択することがあります(保険適応外)。 ●経口投与が困難な場合嚥下障害が強くなったり、臨死期となり経口摂取が困難となった場合は、持続皮下注射(CSI)に切り替えます。通常モルヒネの場合、内服量の2分の1で調整します。例えば、CSIでモルヒネ投与を開始する場合は、塩酸モルヒネ注1%を時間0.25mg(1日量6mg)を基本とし、年齢や腎機能などで調整するようにします。 ●不安の強い場合モルヒネによって呼吸困難が緩和せず、とりわけ不安が強いケースには、個別にベンゾジアゾピンの使用が検討されます。ただし、呼吸抑制を起こしやすく、死亡率を高める可能性があるため注意を要します。 HOT HOTでは、SpO2が 90%以上を維持できる酸素投与を行います。高濃度の酸素吸入が必要な場合は、酸素供給デバイスにはカニュレではなく、リザーバー付カニュレ、さらにリザーバー付マスク、あるいはオキシマスクなどを用います。リザーバー付マスクには、容量600mLのリザーバーが付属しています。リザーバーに貯まった酸素を一度に吸入するため、高濃度の酸素吸入が可能です。リザーバーマスクは二酸化炭素の貯留を防ぐため、6L/分以上の酸素流量で使用します。 NPPV NPPVは、COPDや拘束性換気障害、神経筋疾患などの慢性期管理や、COPDの急性期管理で広く用いられています。終末期での緩和ケアのエビデンスは乏しいですが、内因性PEEPが高い末期COPDなど、症例を選んで実施すると呼吸困難の緩和につながることがあります。 体位と環境の工夫 ケアにおいては、まず安楽な体位(ファーラー位など)をとることが重要です。臨死期になると寝返りやわずかな動きでも酸素飽和度が低下し、呼吸苦が出現するため、最も安楽な体位を工夫します。室内の十分な換気、顔面のクーリングや送風、音楽やリラクセーション、喀痰管理なども有効です。 疾患別の対応 ●IPF呼吸困難に対する最近のシステマティックレビューでは、エビデンスレベルは弱いものの、COPDと同様に酸素療法やモルヒネ、呼吸リハビリテーションの有効性など12)が示されています。 ●BEやNTM最期まで喀痰の分泌が問題となることが多く、吸入や肺理学療法などを駆使し、十分な気道のクリアランスを確保することが求められます。在宅では、非専門家でも実施できる体位ドレナージの指導が大切です。痰の喀出が多い場合や痰による無気肺などがある場合は呼吸理学療法を行います。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)NMRD:non malignant respiratory disease(非がん性呼吸器疾患)COPD:chronic obstructive pulmonary disease(慢性閉塞性肺疾患)ILDs:interstitial lung disease(間質性肺疾患)BE:bronchiectasis(気管支拡張症)NTM:non-tuberculous mycobacteria(非結核性抗酸菌症)IIP:idiopathic interstitial pneumonia(特発性間質性肺炎)IPF:idiopathic pulmonary fibrosis(特発性肺線維症)HOT:home oxygen therapy(在宅酸素療法)DLCO:diffusing capacity of the lungs for carbon monoxide(肺拡張能力試験)NPPV:non-invasive positive pressure ventilation(非侵襲的陽圧換気療法)CSI:continuous subcutaneous injection(持続皮下注射) 執筆:平原 佐斗司東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター1987年に島根大学医学部卒。現在、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長ならびに、同オレンジほっとクリニック 地域連携型認知症疾患医療センター長として在宅医療、認知症診療に従事。専門は、在宅医療、非がん疾患の緩和ケアで、研修・研究センターでは在宅医療専門医・指導医として、多くの在宅専門医の育成を行う。学会活動では、日本在宅医療連合学会 代表理事、日本認知症の人の緩和ケア学会 理事長、日本エンドオブライフケア学会 副理事長を務めている。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Miyamoto K,Aida A,Nishimura M,et al:Gender effect on prognosis of patients receiving long-term home oxygen therapy. The Respiratory Failure Research Group in Japan.Am J Respir Crit Care Med  1995;152(3):972-976.2)茂木孝,山田浩一,木田厚瑞:慢性閉塞性肺疾患の急性増悪による入院医療費とこれに関与する因子の検討.日呼吸会誌 2006;44(11):787-794.3)Aida A,Miyamoto K,Nishimura M,et al:Prognostic value of hypercapnia in patients with chronic respiratory failure during long-term oxygen therapy.Am J Respir Crit Care Med 1998;158(1):188-193.4)Celli BR,Cote CG,Marin JM,et al:The body-mass index, airflow obstruction, dyspnea, and exercise capacity index in chronic obstructive pulmonary disease.N Engl J Med 2004;350(10):1005-1012.5)Kataoka K,Oda K,Takizawa H,et al:Multi-institutional prospective cohort study of prognostic factors in patients with idiopathic pulmonary fibrosis receiving long-term oxygen therapy.European Respiratory Journal 2019;54(63):PA1723.6)Ley B,Ryerson CJ,Vittinghoff E,et al:A multidimensional index and staging system for idiopathic pulmonary fibrosis.Ann Intern Med 2012;156(10):684-691.7)Goeminne PC,Nawrot TS,Ruttens D,et al:Mortality in non-cystic fibrosis bronchiectasis: a prospective cohort analysis.Respir Med 2014;108(2):287-296.8)Loebinger MR,Wells AU,Hansell DM,et al:Mortality in bronchiectasis: a long-term study assessing the factors influencing survival.Eur Respir J 2009;34(4):843-849.9)Gochi M,Takayanagi N,Kanauchi T,et al:Retrospective study of the predictors of mortality and radiographic deterioration in 782 patients with nodular/bronchiectatic Mycobacterium avium complex lung disease.BMJ Open 2015;5(8):e008058.10)Ito Y,Hirai T,Maekawa K,et al:Predictors of 5-year mortality in pulmonary Mycobacterium avium-intracellulare complex disease.Int J Tuberc Lung Dis 2012;16(3):408-414.11)日本呼吸ケア・リハビリテーション学会:呼吸リハビリテーションとは.https://www.jsrcr.jp/citizen/rehabilitation.html2026/4/16閲覧12)Ryerson CJ,Donesky D,Pantilat SZ,et al:Dyspnea in idiopathic pulmonary fibrosis: a systematic review.J Pain Symptom Manage 2012;43(4):771-782.

心不全の緩和ケアがよく分かる 症状・治療・在宅支援のポイント
心不全の緩和ケアがよく分かる 症状・治療・在宅支援のポイント
特集
2026年3月24日
2026年3月24日

心不全の緩和ケアがよく分かる 症状・治療・在宅支援のポイント

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるために、訪問看護師が知っておきたい知識・視点を整理します。今回のテーマは「心不全」。息切れや浮腫、倦怠感など心不全特有の症状とその観察ポイント、薬物治療やアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を含む在宅での支援について、東京ふれあい医療生活協同組合 梶原診療所の藤田真奈先生に分かりやすく解説していただきます。 心不全とは 心不全診療のガイドラインでは、次のように定義されています1)。 心臓の構造・機能的な異常により、うっ血や心内圧上昇、およびあるいは心拍出量低下や組織低灌流をきたし、呼吸困難、浮腫、倦怠感などの症状や運動耐容能低下を呈する症候群 また、2017年10月31日には、日本心不全学会と日本循環器学会が、国民向けの定義として以下のように合同で記者発表しました2)。 心不全とは、心臓が悪いために、息切れやむくみが起こり、だんだん悪くなり、生命を縮める病気 心不全の分類として代表的なのが、左室の収縮機能(EF:駆出率)によるものです。 ●HFrEF:EFが低下した心不全●HFpEF:EFが保たれた心不全●HFmrEF:EFが軽度低下した心不全●HFimpEF:EFが改善した心不全※特に重要な分類を太字にしています。 最近増えている高齢者の心不全では、HFpEFが多いことが特徴です。 心不全の主な症状 心不全では主に「肺うっ血」「体うっ血」「低心拍出・組織低灌流」の3つが原因となり、さまざまな症状が現れます。それぞれの原因によって、次のような症状がみられます。 ●肺うっ血息切れや呼吸苦など●体うっ血下肢を中心とした全身の浮腫、腹部膨満感、食欲低下など●低心拍出・組織低灌流疲れやすさ、倦怠感、めまい、失神、認知機能の低下、せん妄など 心不全末期ではこれらの症状が重なり、不安や不眠が加わることで、より多様な症状となって患者さんを苦しめます(表1)。実際、末期には6~7種類の症状を有するという報告もあります3)。 表1 終末期における身体および精神症状 症状がん(%)心不全(%)倦怠感23~10042~82痛み30~9414~78悪心・嘔吐2~782~48呼吸困難16~7718~88不眠3~6736~48せん妄・認知機能障害2~6815~48抑うつ4~806~59不安3~742~49文献4)を参考に作成 なお、こうしたさまざまな症状が起こる末期であっても、心不全の場合、症状緩和と並行して病態の改善をめざした治療もできる限り継続します(治療の詳細については後述します)。 症状の分類にはNYHA心機能分類(表2)があります。訪問看護が必要な患者さんはNYHAⅢ度以上の方が多いですが、苦しみの程度や日常生活にどのような影響が出ているかは個々で異なります。そのため、実際の生活状況を見ながら、丁寧に評価することが重要です。 表2 NYHA心機能分類 NYHA Ⅰ   通常の心不全に起因する身体活動の制限はない。NYHA Ⅱ安静時には快適であるが、日常的な身体活動で心不全に起因する症状(呼吸困難、疲労、ふらつき)がわずかにみられる。NYHA Ⅲ安静時には快適であるが、日常的な身体活動以下で心不全の症状がみられる。NYHA Ⅳ 安静時にも心不全の症状がみられる。文献5)を参考に作成 心不全の進行の特徴 心不全は、急性増悪と治療による部分的な回復を繰り返しながら、徐々に進行していきます。急性増悪時にそのまま死に至ることもありますし、また致死的不整脈で突然死する可能性もあり、がんと比較すると予後の予測が困難です。 心不全患者の観察ポイント:変化に注目 バイタルサインは必須の確認指標ですが、「体重」も重要です。一般的に1週間で2kg以上の増加があると、生理的な体重増加を超えている可能性があります。その場合には、食事量の変化や息切れの有無を確認します。また、呼吸の様子(起座呼吸の有無、呼吸補助筋の利用の有無など)を観察しながら、慎重に身体所見をとりましょう。観察ポイントは以下のとおりです。 不整脈の有無 下腿浮腫の程度 頸静脈(特に内頸静脈)の怒張 肝腫大の有無 四肢冷汗の有無 聴診における湿性ラ音や過剰心音(Ⅲ音・Ⅳ音)、心雑音の有無 など 大切なのは「いつもと違う所見か」「安定時と比較して、新たに出現もしくは増悪している所見なのか」という視点です。なお、長期の低心拍出により悪液質や筋量減少をきたし、体重減少を生じる場合もあります。体重の増加だけでなく、減少にも注意が必要です。 心不全の治療 心不全の治療は、病態改善のための積極的治療と、症状緩和のための治療を並行して行っていきます(図1)。ここでは主に薬物治療について述べます。 図1 心不全の緩和ケアモデル 【参考】がんの緩和ケアモデル 文献6)を参考に作成 心不全の場合、緩和ケアと並行して、病態の改善をめざした積極的治療もできる限り継続される。 病態改善を目的とした薬物治療 代表的な薬には以下のようなものが用いられます。 ACE阻害薬:エナラプリル、カプトプリル、イミダプリル アンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB):ロサルタン、カンデサルタン、アジルサルタン アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI):サクビトリルバルサルタン ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA):スピロノラクトン、エプレレノン β遮断薬:カルベジロール、ビソプロロール SGLT2阻害薬:ダパグリフロジン、エンパグリフロジン こうした薬を、患者さんの病状や病態、血圧や心拍数、血液検査結果などを見ながら調整していきます。また、病態改善薬は心不全末期でも継続することが原則ですが、血圧低下や心拍数低下が患者さんの苦痛につながる場合は、減量や中止を検討することもあります。 症状緩和を目的とした薬物治療 代表的な薬剤は利尿薬です。【主な薬剤】 ループ利尿薬(フロセミド、アゾセミド、トラセミドなど) 【上記薬剤で効果が不十分な場合に併用される薬剤】 サイアザイド系利尿薬(トリクロルメチアジド、ヒドロクロロチアジドなど) バソプレシンV2受容体拮抗薬(トルバプタン) また、前述したMRAやSGLT2阻害薬にも利尿作用があります。 利尿薬は浮腫や胸腹水の軽減に有効ですが、漫然とした使用は脱水や腎機能低下、電解質異常、血圧低下にもつながるため、避けるべきです。 その他にも状況に応じて以下の薬剤を使用します。 低心拍出、組織低灌流による症状:経口強心薬(ピモベンダン、ドカルパミンなど) 治療抵抗性の呼吸苦:少量のオピオイド(心不全で使用可能なオピオイドとしてコデインリン酸塩、塩酸モルヒネがあります) 不安症状や不眠症状:抗不安薬や睡眠薬(非ベンゾジアゼピン系睡眠薬やメラトニン受容体作動薬等が望ましいです) さまざまな治療やケアでも耐え難い苦痛が残存する場合は、多職種で検討し、患者さんやご家族と十分に話し合った上で、鎮静薬の使用も検討します。 薬物治療以外の治療・ケア 薬物だけでなく、以下のような介入も有効かつ重要です。 心臓リハビリテーション 非侵襲的陽圧換気療法(NPPV) 在宅酸素療法(HOT) 心負荷が軽減される食生活や生活環境の調整 高齢者の心不全へのアプローチ 最近、急増している高齢者の心不全では、認知症や悪性疾患、骨折後のADL低下、独居、フレイルなど、心臓以外にもさまざまな疾患や問題を多く合併していることも特徴です。これらは心不全の治療・管理だけでは解決しないことも忘れてはいけません。 訪問看護師が大切にすべき視点と役割 患者さんの在宅生活を捉える視点 訪問看護師は、患者さんの在宅生活を見ることで、心不全が患者さんの生活にどれくらい影響しているのか、日々の生活で何に困っているかを直接見て把握することができます。そして、それを在宅チームに還元し、改善策をチームで話し合うことができます。訪問看護師の適切な観察と評価は、患者さんのQOLの改善に直結します。 ●食事や内服状況の評価例えば、高血圧が続いている心不全の方の食生活が塩分過多になっていることに気付いた場合、栄養指導や配食弁当の導入で改善が期待できます。また、服薬管理ができていないことが分かった場合には、訪問薬剤指導の導入や薬の一包化、服薬回数の調整(1日1回への整理)などで改善するかもしれません。 ●住環境の評価階段昇降やトイレの様子、手すりやベッドの有無など、在宅生活における患者さんの心負荷の程度を評価します。その情報をもとに改善策を、医師やリハビリ、介護スタッフと共有し、話し合うことで、心不全患者さんの在宅生活は確実に向上します。 ●アドバンス・ケア・プランニング(ACP)への取り組み心不全は予後予測が難しい疾患です。だからこそ、日々の生活の中で患者さんの意思や価値観を理解し、終末期も含め、将来どのような医療・ケアを受けたいのか、人生の最期の時間をどうやって過ごしたいのかを、患者さんの気持ちに寄り添いながら、ともに考えていきます。医師やほかのチームメンバーと情報共有・協力しながら意思決定支援を行っていくことも重要です。 訪問看護師が築く信頼と安心 もちろん医療者であっても、患者さんの私生活や個々の事情に自由に踏みこんでよいわけではありません。少しずつ信頼関係を築きながら患者さんの気持ちを理解し、生活を改善するために必要な情報を得ていくことが重要です。 大切なのは、患者さんの病状や状況を理解し、患者さんに寄り添い、安心してもらうことです。心不全の薬や治療にはさまざまなものがありますが、状態をよく分かっている訪問看護師が、患者さんの話を傾聴したり、背中をさすったりするだけで、苦痛や症状が緩和されることはよくあります。看護師の寄り添いとケアには、大きな力があると感じています。 まとめ 日本の心不全患者数は、2030年には約130万人に達するといわれています7)。入院ベッドの不足やコロナ禍を経て、在宅で療養する心不全患者さんも増加の一途をたどっています。 そのような中、訪問看護師の存在は極めて重要です。訪問看護師が中心的な役割を担い、医師や理学療法士、ヘルパー、ケアマネジャー、薬剤師、栄養士などと協力し、多職種連携による「在宅ハートチーム」をつくることが求められています。訪問看護師がハブとなって情報共有と多職種との協力を続けながら、患者さんに寄り添い、患者さんやご家族が安心して在宅療養生活を送れるように応援・サポートします。こうした支援の輪を広げていくことは、多くの心不全患者さんを救うことになるでしょう。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)ACP:advance care planning(アドバンス・ケア・プランニング)EF:ejection fraction(駆出率)HFrEF:heart failure with reduced ejection fraction(EFが低下した心不全)HFpEF:heart failure with preserved ejection fraction(EFが保たれた心不全)HFmrEF:heart failure with mid-range ejection fraction(EFが軽度低下した心不全)HFimpEF:heart failure with improved ejection fraction(EFが改善した心不全)NYHA:New York Heart Association(ニューヨーク心臓協会)ACE:angiotensin converting enzyme(アンジオテンシン変換酵素)ARB:angiotensin II receptor blocker(アンジオテンシンII受容体拮抗薬)ARNI:angiotensin receptor neprilysin inhibitor(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)MRA:mineralocorticoid receptor antagonist(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)SGLT2:sodium glucose cotransporter 2(ナトリウム・グルコース共輸送体2)NPPV:noninvasive positive pressure ventilation(非侵襲的陽圧換気療法)HOT:home oxygen therapy(在宅酸素療法)ADL:activities of daily living(日常生活動作)QOL:quality of life(生活の質) 執筆:藤田 真奈東京ふれあい医療生活協同組合 オレンジほっとクリニックふれあいファミリークリニック、梶原診療所高知大学医学部を卒業後、自治医大病院で初期研修を行う。一般内科・循環器内科の修練を積んだ後、在宅医療の世界へ。独居や認知症を合併した高齢心不全の方たちが一人でも多く心地よい在宅生活を送れるよう、日々患者さんと向き合っている。資格:循環器内科専門医・在宅医療専門医・総合内科専門医・認知症サポート医 編集:株式会社照林社 【文献】1)日本循環器学会,日本心不全学会,日本心臓病学会,他:2025年改訂版 心不全診療ガイドライン.日本循環器学会.2025:19.https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2025/03/JCS2025_Kato.pdf2025/10/23閲覧2)日本循環器学会,日本心不全学会:『心不全の定義』について.https://www.j-circ.or.jp/five_year/teigi_qa.pdf2025/10/23閲覧3)Nordgren L,Sörensen S:Symptoms experienced in the last six months of life in patients with end-stage heart failure.Eur J Cardiovasc Nurs 2003;2(3):213-217.4)Moens K,Higginson IJ,Harding R:Are there differences in the prevalence of palliative care-related problems in people living with advanced cancer and eight non-cancer conditions? A systematic review.J Pain Symptom Manage 2014;48(4):660-677.5)Heidenreich PA,Bozkurt B,Aguilar D,et al:2022 AHA/ACC/HFSA Guideline for the Management of Heart Failure: A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Joint Committee on Clinical Practice Guidelines.Circulation 2022;145(18):e895-e1032.6)Gibbs JS, McCoy AS, Gibbs LM, et al. Living with and dying from heart failure:the role of palliative care. Heart 2002;88(Suppl 2):ii36-ii39. 7)Okura Y,Ramadan MM,Ohno Y,et al:Impending epidemic: future projection of heart failure in Japan to the year 2055.Circ J 2008;72(3):489-491.

非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い
非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い
特集
2026年2月17日
2026年2月17日

非がん疾患の緩和ケアがよく分かる 予後予測・症状緩和・がんとの違い

非がん疾患の患者さんに質の高い緩和ケアを届けるための知識・視点を整理。訪問時のケアの実践につながるヒントをお届けします。今回は、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センターの平原佐斗司先生に、非がん疾患における緩和ケアの現状、予後予測、苦痛に対する評価法やアプローチの特徴について分かりやすく解説いただきます。 非がん疾患における緩和ケアの現状 緩和ケアは、がんから非がん疾患を含むあらゆる疾患へ、小児から高齢者まで対象が広がっています。そして、緩和ケア病棟だけでなく、在宅・地域を中心として急性期病院や施設など、あらゆるセッティングで提供される、より基本的で包括的なケアへと広がりをみせています。 欧米では、1990年代に非がん疾患患者の終末期に緩和ケアの光が当たっていないことが明らかになり、今世紀に入ってからは非がん疾患の緩和ケアがそれぞれの国の方法で推進されてきました。一方、わが国においては、2010年頃からようやく注目されるようになり、最近になり各領域で非がん疾患の緩和ケアに関する実践・教育・研究で進展がみられるようになってきています。 わが国における緩和ケアの対象 わが国の在宅医療において非がん疾患の緩和ケアの対象として多い疾患は、主に後期高齢者にみられ、以下のとおりです。 臓器不全(非がん性呼吸器疾患〔NMRD〕、心不全、末期腎不全、肝不全) 認知症や脳卒中後遺症 パーキンソン病やパーキンソン関連疾患、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの神経難病 頻度は少ないですが、以下のような対象もあります。 重症の医療的ケア児 トラジション(成人した障害児者) など また、世界に目を向けてみると、アフリカや開発途上国ではHIVや感染症なども緩和ケアの対象となっています。 わが国の非がん疾患の緩和ケアには、がんの緩和ケアとは異なるいくつかの特徴があります。 緩和ケアの対象となる非がん疾患患者の多くは後期高齢者であること 病の軌跡に影響する因子が多様で複雑であるため、がんに比べて予後の予測が困難であること 自律が損なわれたり、同意能力が疑われたりする高齢者や認知症の人が少なくないため、意思決定において困難を伴う場合が少なくないこと 「病の軌跡」とは Lynnらは終末期の疾患軌道を、「がん等のモデル」、「心肺疾患などの臓器不全モデル」、「認知症・老衰モデル」の3つに分類しました(図1)1)。 図1 疾患群別軌道モデル 文献1)より筆者訳 がんの軌道の最大の特徴は、最期の1、2ヵ月で急速に全般的機能が低下することです。臓器不全、特に心不全や非がん性呼吸器疾患などは急性増悪を繰り返し、最後の急性増悪で比較的急な経過で死亡に至ります。認知症・老衰群では、緩やかにスロープを降りるように機能が低下し、やがて死に至ります。高齢者では、この認知症・老衰群が半数近くを占めるといわれています。 このような病の軌跡の違いを反映して、ADL依存となるリスクは、がんで一般の人の約1.5倍、臓器不全群で約3倍、認知症・老衰群では8倍と報告されています。 さて、このような病の軌跡はあくまでも基本であって、疾患や年齢によって異なる特徴があります。例えば、高齢がん患者の場合は、約半数が数ヵ月前より徐々に機能が低下することが分かっています。また、臓器不全群でも透析しない選択(保存的腎臓療法:CKM)をした末期腎不全患者(ESKD)の病の軌跡は、末期がんと類似しており、最後の1、2ヵ月で急速に機能が低下することが明らかになりました。 がんと非がん疾患、予後予測における違い がんの予後予測が比較的可能な理由 病の軌跡の特性は、予後予測の困難さに影響しています。がんは、原発巣や癌種が違っても、症状や臨床経過において一定の共通性・法則性が認められます。そして、その共通性・法則性は、終末期になるほど顕在化するという特徴があります。 これは、がんの基本病態が「自律増殖」と「浸潤・転移」であることに起因します。進行したがんは侵害受容器や神経に浸潤するため、比較的早期から疼痛が出現し、疼痛は増強しながら長期に持続します。そして、原発巣や転移臓器でのがんの増殖により呼吸不全、麻痺、肝不全といった臓器の機能不全を引き起こします。最期には異常な内分泌・代謝状態(悪液質)を来たし、だるさや食思不振、痩せなど、すべてのがんに共通した全身症状が現れます。 このようながんの特性に着目すれば、ある程度の信頼性のある予後予測ツールの開発が可能となるのです。 非がん疾患における予後予測の難しさ 一方、非がん疾患にはもともとの疾患の軌道に共通性がなく、以下に示すように多種多様です。 脳卒中のように突然発症するもの 腎不全や肝不全のように潜在的に進行するもの 心疾患や呼吸器疾患のように急性増悪を繰り返すもの アルツハイマー型認知症のように緩やかに機能が低下するもの ALSのように比較的早く呼吸や嚥下機能が低下し、生命の危機が訪れるもの このように、非がん疾患では、疾患や個人によって機能が低下する部位や臓器、進行の仕方やスピードがさまざまであることに加え、標準治療の実施の有無や本人の治療選択など、病態以外の因子が病の軌跡に大きく影響します。その結果、非がん疾患では月単位、週単位の予後予測は困難で、信頼性の高い予後予測ツールは開発できていません。 また、緩和ケアの対象となる非がん疾患患者の多くは後期高齢者であり、ほとんどがmultimorbidity(多疾患併存状態)であるため、予後に関係する疾患が複数あり、経過の中で主病名が入れ替わることも珍しくはありません。multimorbidityの高齢者のエンドオブライフ(EOL)期では、疾患ごとの予後予測指標はあてにならないことが多いのです。 そのため近年では、正確な予後予測を求めるのではなく、緩和ケアが必要と考えられる対象者を疾患にかかわらず、適切なタイミングで同定することに主眼が置かれるようになってきました。この目的のために、「GSF-PIG」や「SPICT」のようなさまざまなツールが開発されています。 苦痛の客観的評価法の有用性 非がん疾患では、緩和すべき苦痛ががんとは異なる場合があります。がんでは疼痛が最大の課題であるのに対して、多くの非がん疾患では「呼吸困難」や「摂食・嚥下障害」が最大の課題と考えられています。 高齢で認知症を合併することが多い非がん疾患患者の苦痛の評価においては、がんで用いられる「NRS」(痛みのスケール)といった主観的評価法や、「IPOS」などの複雑な総合評価は、実用的ではないことが少なくありません。 認知症高齢者など、自ら苦痛をはっきり訴えられない非がん疾患患者に対しては、苦痛の客観的評価法が有用です。欧米ではこうした評価法が実際の臨床現場で広く用いられていますが、わが国においてはその普及は十分でありません。 痛みの客観的評価法 海外では、痛みの客観的評価法として30以上のスケールが開発されていますが、日常使いができる程度の項目数(数項目程度)であり、日本語版が開発されているものとなると、以下のものに絞られます。 日本語版PAINAD アビー痛みスケール日本語版 呼吸困難の客観的評価法 呼吸困難の客観的評価法は、痛みの客観的評価法ほど多くは開発されていません。その中でゴールドスタンダードとされるのは8項目からなる「RDOS」で、日本語版も開発されています。近年、RDOSよりも簡便な呼吸困難の客観的評価法としてmodRDOS-4が開発され、筆者がその日本語版である「日本語版modRDOS-4」を開発しています。 このような、客観的評価法を積極的に使用することで、高齢者や認知症の人の苦痛に早期に気付くことが可能となります。 症状緩和に対する薬剤的アプローチの特徴 症状緩和の考え方や方法については、がんと非がん疾患では共通点もありますが、異なる点も多くあります。 非がん疾患、とりわけ心不全などの臓器不全群では、症状緩和のためにも標準的な疾患の治療とケアを最期まで継続することが重要になります。 オピオイドの使用について 症状緩和のための薬剤的アプローチにおいても、がんと非がんにはさまざまな違いがあります。例えば疼痛に対するオピオイド使用量は、がんでは痛みに応じて上限なく増量していくわけですが、非がん疾患の投与量はモルヒネ換算で最大60mg、多くても90mgまでとします。また、がんの場合と異なり、ケミカルコーピング防止の観点から疼痛に対するレスキューの使用は推奨されません。 一方、非がん疾患の呼吸困難に対するオピオイドの使用は、基本的には疾患に対する治療を最大限行っても緩和されない場合に考慮され、多くはモルヒネ換算1日10mgまでの少量で呼吸困難緩和の効果が期待できます。 緩和ケアの対象となるESKDではモルヒネの投与は、透析をしていない場合はほぼ禁忌と考えられます。腎機能の影響が少ないオキシコドンや、影響がほとんどないブプレノルフィン、フェンタニルが選択されます。心不全に腎不全を合併した状態(心腎症候群)や、肝不全に腎不全を合併した状態(肝腎症候群)などでも同様に、基本的にモルヒネ以外の薬剤の選択が必要になります。 そのほかの薬剤的アプローチについて オピオイド以外の鎮痛薬では、腎不全や心不全ではNSAIDsは基本的に避けるべきで、アセトアミノフェンの使用が推奨されます。 末期がんでは終末期の食思不振やだるさに対してステロイドを使用する場合がありますが、心不全などの非がん疾患ではステロイドは水分貯留に働く可能性があるため、基本的には使用しません。 非がん疾患の緩和ケアの今後 非がん疾患の苦痛に対する薬剤的アプローチは、緩和ケアのごく一部です。非がん疾患の中でも心不全、NMRD、ESKDなどの臓器不全群では緩和のための薬剤選択は比較的重要です。しかし、認知症や神経難病などの緩和ケアにおいては、日々の看護やケア、リハビリテーションの質そのものが、そのまま緩和ケアの質につながると考えます。 非がん疾患の緩和ケアはこの数年、研究面では一定の進歩がありました。しかし、がんと比べて全体的に教育・実践のレベルや制度においてはまだまだ課題があるといえるでしょう。 これから始まるこのシリーズでは、主要な非がん疾患の緩和ケアについて学んでいければと思います。 本文で使用した略語一覧(本文登場順)NMRD:non-malignant respiratory disease(非がん性呼吸器疾患)ALS:amyotrophic lateral sclerosis(筋萎縮性側索硬化症)HIV:human immunodeficiency virus(ヒト免疫不全ウィルス)ADL:activities of daily living(日常生活動作)CKM:conservative kidney management(保存的腎臓療法)ESKD:end stage kidney disease(末期腎不全患者)EOL:end of life(エンドオブライフ)GSF-PIG:GSF-prognostic indicator guidanceSPICT:supportive and palliative care indicator toolNRS:numerical rating scale(数値的評価スケール)IPOS:integrated palliative care outcome scalePAINAD:pain assessment in advanced dementia scaleRDOS:respiratory distress observation scaleNSAIDs:non-steroidal anti-inflammatory drugs(非ステロイド性抗炎症薬) 執筆:平原 佐斗司東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター 1987年に島根大学医学部卒。現在、東京ふれあい医療生活協同組合 研修・研究センター長ならびに、同オレンジほっとクリニック 地域連携型認知症疾患医療センター長として在宅医療、認知症診療に従事。専門は、在宅医療、非がん疾患の緩和ケアで、研修・研究センターでは在宅医療専門医・指導医として、多くの在宅専門医の育成を行う。学会活動では、日本在宅医療連合学会 代表理事、日本認知症の人の緩和ケア学会 理事長、日本エンドオブライフケア学会 副理事長を務めている。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1) Lynn J:Perspectives on care at the close of life. Serving patients who may die soon and their families.The role of hospice and other services.JAMA 2001;285(7):925-932.

スピリチュアルペインを和らげる個別のケア【スピリチュアルケア】
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2024年10月29日
2024年10月29日

スピリチュアルペインを和らげる個別のケア【スピリチュアルケア】

「スピリチュアルペインを和らげる全般的なケア【スピリチュアルケア】」で解説した「基盤となるケア」に続き、今回はもう1つのケア「個別のケア」について解説します。患者さんのスピリチュアルペインの訴えに焦点をあて、スピリチュアルケアの実践を学んでいきましょう。 ケア提供者の基盤となる「気遣う」姿勢 看護師がスピリチュアルケアを実践するには、前回も述べたように、普段から「全般的なケア」である基盤となるケアを念頭において、まずは患者さんとのよりよい関係性を構築することが重要です。看護師は傾聴や共感、沈黙、ともにいることといった基本的コミュニケーションを用いて、患者さんが直面している苦しい現実や、そのために生じる否定的な感情を表出できるように援助していくことが大切です。 ケア提供者である看護師は、専門職としての知識や技術、倫理観を備えていることを前提として、以下の5つの姿勢で患者さんを「気遣う」ことが望まれます。 積極的な傾聴ができる共感的な感性を磨く自己の価値観や倫理観から自由である自己の弱さや限界を認めるチームの一員としてかかわる 患者さんのスピリチュアルなニーズに気づき、スピリチュアルペインをケアしていくためには、患者さんに関心を寄せて、そこに「居合わせること(presence)」1)が重要です。看護師は、患者さんと居合わせることにより、いつもとは違う感情が表現されていることや、行為や行動が違っていることに気づけるのです。 「事例で検討 スピリチュアルペインのアセスメント【スピリチュアルケア】」で示したがんの終末期にあるAさん(男性、60代、膀胱がん)の事例で表出されたスピリチュアルペインをもとに、個別のケアとして、「負担感/申し訳なさ」(関係性のスピリチュアルペイン)に関するケアの工夫と、「自分のことができないつらさ」(自律性のスピリチュアルペイン)に関するケアの工夫について、そのポイントを以下に挙げます2)。 「負担感/申し訳なさ」に関するケアの工夫 「負担感/申し訳なさ」に関するケアの工夫には6つのポイントがあります。順に説明します。 1 患者さんの価値観を理解する●患者さんがどんな価値観をもっているかを知る●患者さんの価値観を否定することなく、気持ちを理解しようとしていることを伝える2 負担感/申し訳なさについて患者さんとご家族が気持ちを伝え合えるようにコーディネートする●患者さんの負担感/申し訳なさを感じている気持ちを聴く●ご家族は実際にどう感じているのか、ご家族の気持ちを聴く●ご家族が負担とは感じていないことや、本人・家族相互の気持ちを自然体で伝え合えるようコーディネートする、または橋渡しする3 患者さんの負担感/申し訳なさが減るケアを工夫する●患者さんが負担だと感じることは何か、なぜそれを負担と感じているかを知る●日常生活で負担を感じさせない工夫をする●「してあげる」ケアを避ける●患者さんのがんばりを支える●喪失を最小化する●今までの人生の価値を振り返る4 新たな視点を提示する●患者さんの価値観を尊重しつつ、新たな視点を提示してみる●新たな視点を提示する言葉は、患者さんの負担にもなりうることをケア提供者が知っておく5 ご家族の負担を和らげる●ご家族に対する十分な情緒的サポート、ねぎらいを行う●ご家族が介護と生活を両立できるためのサポートを行う●ソーシャルワーカーと連携し、適切な社会資源を紹介する6 患者さんのコーピングを支持する●患者さんの行っているコーピングを理解し、支持する文献3)をもとに作成 「自分のことができないつらさ」に関するケアの工夫 「自分のことができないつらさ-自分で自分のことが思うようにできないつらさ」に関するケアの工夫には3つのポイントがあります。 1 喪失を最小限にする●患者さんが自分でできるようサポートする●患者さんが自分の力を最大限活かせるための環境を整備する●リハビリテーションの導入を相談する●補助具(コルセット、ステッキ、歩行器、車いす、電動車いすなど)の使用を相談する●患者さんの希望に沿った症状緩和を行う2 コントロール観を最大限にする●何を、いつ、どこで、どんな方法で行うかを患者さんが選択できるように配慮する●達成が難しいようなことでも否定せず、患者さんが挑戦することを支持する3 患者さんのコーピングを支持する●患者さんのコーピングを理解し、支持する文献4)をもとに作成 ケア提供者に求められる態度・考え方とは スピリチュアルケアにおけるケア提供者の基本的な態度や考え方を調査した研究結果5)から、スピリチュアルケア提供者の「心構え」として次のことが示されています。「患者さんの可能性を信頼し、人生へ敬意を払う」<人間への信頼と敬意><傾聴がケアとなることの自覚>、「心・苦悩・人生に意識を向ける」<スピリチュアリティの探求>、「問題解決的関わりや過度な期待によって巻き込まれることへの自戒」<医療者本位への自戒>です。 また、患者さんのスピリチュアルな側面のニーズを満たすためには、「誠実さ、謙虚さ、ケアリングを意識して患者さんに向き合う姿勢」が必要とされています。ケアリング(caring)の概念は明確化されていませんが、共感や気づかい、思いやりなど、ケア提供者の心情や態度を表すものとされています。 患者さんにケアリングを行うとは、患者さんを精神的に成長しうる存在として捉え、共感や気遣い、思いやりを基盤としながら、一方的に患者さんを支援するという態度では成り立ちません。患者さんの成長や自己実現のために(実現を助けるために)、患者さん・ご家族とともにケアを行っていくことが大切です。 一方、スピリチュアルな苦悩の中にある患者さんとの関わりは容易なものとは言い難いでしょう。自分自身がどのような意識の志向性をもった人間で、今自分が何を感じ、どのような感情を抱いているのか、時に自己を見つめ直す機会をもつことはとても重要です。自然や、文化、芸術などに触れ、自分自身へのケアも意識的に取り入れることも大切なことです。 看護師として、一人の人間としてケアにあたる スピリチュアルペインは、本来、終末期の患者さんに限らず有限の生を生きるわれわれ誰もが直面せざるをえない苦しみです。その内容は非常に個人的であり、人格的なものです。したがって、スピリチュアルケアは、その人をあるがままに受けとめ、その人が「どのように生きるか、どのように生きてきたか」という、生きることそのものを支えるケアであるといえるでしょう。 鷲田 清一氏6)は、「自分の言葉がわかってもらえたかどうかよりも、その言葉が受けとめられたかどうかのほうがはるかに大きな意味をもっている。揺れている、無防備な自分をそのまま認めて肯定してくれる他者がそばにいてくれること自体が、私たちを支えてくれるのだと思う」と述べています。 人間存在そのものへの問いかけや、スピリチュアルな側面での苦悩をもつ人への関わりは、一方的な解釈や答えを与えることでも、励ますことでもありません。苦しみを、悲しみあるいは怒りとして、個々に表出するその人を、ありのままに、それでよいのだと受け入れることから始まるのだと思います。そして、その人の背景にある苦しみに(喜びにも)、寄り添いたいとの思いで、ともにあり続けることが大切であり、そのようなケアの担い手でありたいと願っています。 執筆:前滝 栄子京都大学医学部附属病院 緩和ケアセンターがん看護専門看護師 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Tamura K, Kikui W, Watanabe M (2006) Caring for the spiritual pain of patients with advanced cancer: a phenomenological approach to the lived experience. Palliative and Supportive care4, 1-10.2)田村恵子,森田達也,河正子編.看護に活かすスピリチュアルケアの手引き.第2版,青海社,2017,p. 58-65.3)同上,p.59-60.4)同上,p.62.5)同上,p. 129-131. 6)鷲田清一.そこにいる力、聴くことの力.ターミナルケア,2000,10(3).p.199-204.

スピリチュアルペインを和らげる全般的なケア
スピリチュアルペインを和らげる全般的なケア
特集
2024年9月24日
2024年9月24日

スピリチュアルペインを和らげる全般的なケア【スピリチュアルケア】

患者さんのスピリチュアルペインを時間存在、関係存在、自律存在の枠組みで理解したら、次はスピリチュアルケアを考えていきます。本記事では、スピリチュアルケアの方法として欠かすことのできない基盤となるケアについて解説します。 >>前回の記事はこちら事例で検討 スピリチュアルペインのアセスメント【スピリチュアルケア】 基盤となるケアと特定の苦痛に対するケア スピリチュアルケアに関する欧米論文の文献レビューを行った結果1),2)より、スピリチュアルケアは「全般的なケア」と「個別のケア」とに分けられると報告されています。 「全般的なケア」は、スピリチュアルペインに対するケアの「基盤となる」ものです。「個別のケア」は、高い頻度でみられ、スピリチュアルペインに関連したケアとして考えられるものです。SpiPas(スピパス)の3次元の項目の概念に基づき、関係性、自律性、時間性のそれぞれの概念での特定の苦痛に対する個別のケアになります。 今回は、まず「全般的なケア」である「基盤となるケア」について説明します。 基盤となるケアには以下のものがあります。 信頼関係を構築する生きる意味・心の穏やかさ・尊厳を強めるケアを行う現実を把握することを援助する情緒的サポートを行う置かれた状況や自己に対する認知の変容を促すソーシャルサポートを強化するくつろげる環境や方法を提供する積極的に症状を緩和するチームをコーディネートする ケアの具体的な方法は表1をご覧ください。 表1 全般的なケア スピリチュアルケアの実践に必要な心構え 信頼関係を構築する 深い苦悩を抱えているように見える患者さんがいるとき、その人に対して単に直接的に「スピリチュアルペインはありませんか」とたずねても、患者さんは何も答えようとはしないでしょう。 まずは、身体症状や精神症状としての苦痛が緩和され、患者さんのニーズに沿って生活しやすいように、日常生活援助を適切に丁寧に行うことが大切です。そうした援助から「自分は関心をもたれている、尊重されている」という意識が患者さんに生まれ、信頼関係が築かれていきます。 スピリチュアルな側面に関心を向ける 入院時の問診から前回ご紹介したSpiPas3)のような体系だったアセスメントをしていきます。同時に、日常のケアの場面で患者さんが語る言葉や行動を通して、患者さんの拠り所となっていることへの理解を深めます。患者さんのスピリチュアリティの状態を注意深くアセスメントしていくことが大切です。 患者さんは、「どのように今の時間を過ごしているのか」、「生活において、今どのようなことを大切にしたいのか/これまで何を大切にしてきたのか」をポイントにしていきます。 ケアのニーズをチームで検討する これまでに述べたようなアセスメントを通して、ケアの対象となっている患者さんに、スピリチュアルペインが存在するのか、存在するならばそれはどのような苦悩なのかを把握します。そして、スピリチュアルペインに対するケアのニーズはどのようなものなのかについて、チームによるケアカンファレンスで検討していきます。 スピリチュアルケアの目標 スピリチュアルペインの重要な点は、患者さんの問いかけが、相手(看護師)に答えを求めて発せられるのではないというところにあります。スピリチュアルペインは、他者が答えを与えることでも、解決することでもなく、その痛みや苦しみの意味をその人自身が見出すことで初めてその人にとって真実なものになるのです。 なぜなら、スピリチュアルペインは、まさに、その人自身の主観的領域の核である「価値観」に向き合う痛みだからです。周りの評価や世間の価値観とは異なり、死を前にしたその人自身の価値観が問われる苦しみであるということを、われわれは十分に心得てケアにあたる必要があります。 患者さんが穏やかな状態、納得のできる状態をケア提供者が一緒に見つけていくことが、スピリチュアルケアの1つの目標です。完全に穏やかな状態にはなれなくても、「苦悩をもちつつも生きていける」、すなわち、本人がその人なりに生きていけると思える状態に到達できればよいと考えられます。 スピリチュアルケアは個別性が高いものですので、心理面の対応(適切なコミュニケーション)がケアとなる場合もあれば、死の恐怖のように宗教的対応が必要となる場合もあります。スピリチュアルケアの到達点は、患者さん一人ひとりにとっての、穏やかな状態、苦悩との折り合い、生きる意味の自分なりの納得が目当てになるといえるでしょう。 次回は、「個別のケア」について解説していきます。>>次回の記事はこちらスピリチュアルペインを和らげる個別のケア【スピリチュアルケア】 執筆:前滝 栄子京都大学医学部附属病院 緩和ケアセンターがん看護専門看護師 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)森田達也,鄭陽,井上聡,他.終末期がん患者の霊的・実存的苦痛に対するケア:系統的レビューに基づく統合化.緩和医療学 3,2001,p.444-456.2)森田達也,赤澤輝和,難波美貴、他.がん患者が望む「スピリチュアルケア」―89名のインタビュー調査.精神医学 52,2010,p.1057⁻1072.3)田村恵子,森田達也,河正子編.看護に活かすスピリチュアルケアの手引き.第2版,青海社,2017,p.30.

事例で検討 スピリチュアルペインのアセスメント【スピリチュアルケア】
事例で検討 スピリチュアルペインのアセスメント【スピリチュアルケア】
特集
2024年8月6日
2024年8月6日

事例で検討 スピリチュアルペインのアセスメント【スピリチュアルケア】

本記事では、事例をもとにがんの終末期にある患者さんが訴える内容から、スピリチュアルペインのアセスメントを行います。身体的・心理的・社会的な訴えとともに表出されるスピリチュアルペインに対して、適切なケアにつなげるためのアセスメントの理論的枠組みを紹介します。 スピリチュアルペインのアセスメント 前回、スピリチュアルペインを「時間存在」「関係存在」「自律存在」の3つの次元で分類する村田理論1)を紹介しました(<<終末期にある患者さんのスピリチュアルペインを知る【スピリチュアルケア】を参照)。それぞれの内容を再度確認しておきましょう。 人間にとっての「死」を主題としてとらえると、時間存在のスピリチュアルペインとは、将来を失うことにより現在の無意味を生む苦悩です。関係存在のスピリチュアルペインとは、他者との関係を失うことにより孤独・空虚の無意味を生む苦悩です。自律存在のスピリチュアルペインとは、自立と生産性を失うことにより無価値・無意味・負担・迷惑という苦しみを生む苦悩です。 それぞれの観点から苦痛を分析すると、スピリチュアルペインには表1に示す14項目が挙げられます。14項目それぞれのスピリチュアルペインの定義については、表3に示しています。 表1 スピリチュアルペインの14項目 がん終末期にある患者さんの事例 ここで病状進行のため自分のことができなくなってきたがん終末期にあるAさんの事例を示します。患者さんの訴えにどういったスピリチュアルペインが含まれているのか、一緒に考えていきましょう。 Aさんは、60代男性、膀胱がん終末期で在宅療養中。肺・骨転移により、徐々にADLが低下しており、身の回りのことを自分1人で行うことは困難になりつつある。肺転移による症状は特になく、骨転移による痛みは鎮痛薬の調整で現在落ち着いている。家族は妻と高校生の長女との3人で、妻は訪問看護のサポートを受けながらパート勤務を継続。予後は1ヵ月程度の見通しであり、本人・家族ともに説明を受けている。Aさんは、最近は特に何をすることもなく、黙ってベッドに臥床していることが多くなっていた。ある日、訪問看護師が排便調整のための処置を行い、Aさんの身の回りを整えていると、Aさんが「自分1人では何もできなくなってしまって…。家族にも、看護師さんたちにも迷惑かけるばかりで。こうやって横になって過ごすことしかできなくて、情けない。生きていても意味がない…。もう早く終わりにしたい」とうなだれながら語った。 訴えに内包されたスピリチュアルペイン Aさんは、看護師に手を借りながら生活することを余儀なくされ、病状の進行に伴い日ごとに動けなくなっていく自身の状況を目の当たりにする中、非常につらい思いをされていることが分かります。そして、ご家族や看護師に迷惑をかけるだけでしかない自分には存在価値がなく、生きている意味が見出せない状況にあると推察されます。 すなわち、Aさんの苦悩は、自分で自分のことが思うようにできなくなっていく自己を無価値な存在として認識していることです。同時に、家族や看護師に迷惑をかけるだけの自分の生には意味がないと感じることによって現れる、自律性のスピリチュアルペインが生じていると考えられます。 また、Aさんは、負担でしかない自分の存在を日々支えてくれる妻や長女の愛情を感じていると思われる一方で、自分の現状を知り病状の悪化を自覚されています。そうした状況から、死をより間近に意識し、家族との別れが迫ってきていることも実感していると推測されます。Aさんの「情けない」との言葉からも、夫として、父親としての役割が果たせない虚無感や、申し訳なさ、孤独感によって現れる、関係性のスピリチュアルペインが生じていると考えられます。 そして、トイレにさえ1人で歩いていくことのできない自分の現実を目の当たりにする中で、死が迫っていることや、家族との別れが近づいていることを実感し、生きることへの無意味、無目的として感じています。Aさんの「生きていても意味がない…」との言葉は、それらのことによって現れる、時間性のスピリチュアルペインとして捉えることができます。 回復する見込みがなく、先の見えない状況に置かれているAさんは、このように究極の孤独の中にあることがわかります。今、生きていることの意味が見出せず、家族へ負担をかけないためにも、「いっそのこと早く終わりにしたい、早く死んでしまいたい」との苦悩としての叫びであると考えます。 体系化されたアセスメントで苦悩を捉える スピリチュアルペインを把握し、ケアにつなげていくアセスメントの方法として、村田 久行氏による三次元の苦悩の内容を軸に、田村 恵子氏らが作成したスピリチュアルペインアセスメントシート(spiritual pain assessment sheet:SpiPas/スピパス)1)の質問があります(表2)。 事例に示されるような患者さんからの明らかな表出がなくとも、終末期にある患者さんと関わり始める初期の段階から、SpiPasのような体系立てたアセスメントを行います。それにより患者さんのニーズをタイムリーに把握し、ニーズを踏まえたケアを早期から提供することが可能となります。ただし、SpiPasは個々の患者さんの反応に合わせて展開していくものですので、用い方については十分に学んでから活用する必要があります。 表3にSpiPasによる特定の次元におけるスピリチュアルペインのアセスメントのための質問例と表現例を示します。 表2 SpiPasによるスクリーニングのための質問 文献2)より許諾を得て転載 表3 特定の次元のスピリチュアルペインをアセスメントするための医療者の質問例と患者さんの表現例 文献2)より許諾を得て転載 執筆:前滝 栄子京都大学医学部附属病院 緩和ケアセンターがん看護専門看護師 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)村田久行.末期がん患者のスピリチュアルペインとそのケア:アセスメントとケアのための概念的枠組みの構築.緩和医療学.2003,5,p.157-165.2)田村恵子,森田達也,河正子編.『看護に活かすスピリチュアルケアの手引き』第2版,青海社,2017,p.145-146.

緩和ケア スピリチュアルペイン1
緩和ケア スピリチュアルペイン1
特集
2024年6月18日
2024年6月18日

終末期にある患者さんのスピリチュアルペインを知る【スピリチュアルケア】

訪問看護の現場において、終末期にある患者さんから、「身体はちっともよくならない。こんな状態なら生きていても意味がない」「皆に迷惑かけるばかりでつらい。もう早く終わりにしたい」などの発言を聴くことは、決してまれなことではありません。患者さんがこのような言葉を発するとき、私たち看護師は、患者さんがそのような思いを打ち明けている大切なときであると捉え、患者さんの背景にある真の苦しみをしっかりと感じとり、その思いをあるがままに受けとめていく必要があります。患者さんが感じているスピリチュアルペインを認識し、看護師自身も自己に向き合いながら、最期まで患者さんと「ともにいる」ことの重要性について理解を深めていきましょう。 スピリチュアル/スピリチュアリティとは スピリチュアルペインについて説明する前に、まずは「スピリチュアル」や「スピリチュアリティ」とは何なのかを押さえておきましょう。 スピリチュアルやスピリチュアリティは明確に定められた概念ではなく、その意味する内容は多義に渡っています。 欧米のスピリチュアリティの定義は、人生の意味と目的、赦し、愛情と関係、希望、創造性、宗教的な信条など多様な要素が含まれます。河 正子氏1)は、スピリチュアリティについて「個人の生きる根源的エネルギーとなるものであり、存在の意味に関わる。スピリチュアリティは個人の身体的、心理的、社会的領域の基盤として各側面に影響を及ぼす」とし、個人の中のスピリチュアルな領域を、身体的領域、心理的領域、社会的領域、すべての領域の「核」として、その関係を示しています。 以下に、WHO2)の「スピリチュアル」の考え方を表記します。 ● スピリチュアルとは、人間として生きることに関連した経験的一側面であり、身体感覚的な現象を超越して得た体験を表す言葉である● 多くの人々にとって、「生きていること」が持つスピリチュアルな側面には宗教的な因子が含まれているが、スピリチュアルは「宗教的」と同じ意味ではない● スピリチュアルな因子は身体的、心理的、社会的因子を包含した人間の「生」の全体像を構成する一因子とみることができ、生きている意味や目的についての関心や懸念と関わっている場合が多い● 特に人生の終末に近づいた人にとっては、自らを許すこと、他の人々との和解、価値の確認などと関連していることが多い スピリチュアリティは、人の存在の土台や生きるよりどころに関わるものであるため、死が差し迫ったときや死を意識するとき、苦悩が生まれます。終末期にある患者さんは、身体症状の悪化や、身体機能の低下、日常生活の制約の増大、他者への依存の増大などを体験します。その結果として、自己の価値観の再吟味を迫られたり、生のあり方を深めることを求められたりするなど、精神的・心理的苦痛とは異なる次元における苦悩が生じます。このように、「どう生きるか」についての苦悩をスピリチュアルペインと呼んでいます。 スピリチュアルペイン トータルペイン(全人的苦痛)の概念を提唱したシシリー・ソンダース(Cicely Saunders)氏3)は、「人は身近に死を感じるようになると、最も大切なことをはじめなくてはという思いになるし、真実なもの、価値のあるものを求めるようになる。また、不可能なこと、無価値なことを見分ける感覚が出てくる。不条理な人生に深い怒りをもち、過ぎ去った多くのことに後悔し、深刻な虚無感にとらわれる。ここにスピリチュアルペインの本質がある」と述べ、スピリチュアルペインとそのケアの必要性について言及しています。 看護師は、常に、患者さんが全人的な存在であることを踏まえケアしていく必要があります。すなわち、身体的、精神的、社会的な側面と同様に、スピリチュアルな側面での安寧(spiritual well-being)が保たれているかに注目しケアにあたることが大切です。 村田 久行氏4)は、スピリチュアルペインとそのケアを論じる場合、その背後に存在し、患者さんの苦しみに大きな影響を与えるのが、「死」という主題であると述べています。そして、哲学の一領域である現象学を基盤としたスピリチュアルペインの考え方として、スピリチュアルペインを「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」と定義します。さらに、この苦しみを、人間の存在の三つの側面から捉えて、「時間存在」「関係存在」「自律存在」として分類しています(表1)。 表1 哲学的な視点によるスピリチュアルペイン スピリチュアルペインのアセスメント・ツール スピリチュアリティのアセスメント・ツールとして、FICA*1やDT Question Protocol*2などがありますが、日本でスピリチュアルペインの評価法として開発されたものが、Spiritual Pain Assessment Sheet(以下、SpiPas:スピパス)です(図1)。この研究では、終末期がん患者さんのスピリチュアルペインを、村田氏の「自己の存在と意味の消滅から生じる苦痛」と定義し、スピリチュアルペインは死の接近によって人間の存在構造の本質的な要素を喪失する(他者との関係性の喪失、自律性の喪失、将来の喪失)ことで引き起こされる、という概念枠組みを適用しています。 *1 FICA(Faith,Importance/Influence,Community,Address)Spiritual History Tool:アメリカの精神科医プチャルスキ(Puchalski)ら(2000)によって開発されたアセスメント・ツール。がん患者さんに対して、標準的な病歴にスピリチュアリティに関する自由回答式の質問を統合する方法として紹介された。FICAはFaith:信仰または信念・意味、Importance/Influence:重要性と影響、Community:グループと仲間、Address:取り組みの4つの次元においてスピリチュアリティを探究するための11個の質問で構成される。 *2 DT(Dignity Therapy)Question Protocol:カナダの精神科医チョチノフ(Chochinov)ら(2005)によって作成された心理療法的アプローチに基づく質問票。患者さんが捉える尊厳を調査し、その結果明らかとなった7つの尊厳のテーマから9つの項目を含む質問で構成される。これらの質問をもとに、終末期にある患者さんがこれまでの人生を振り返り、自分にとって大切なことを明らかにしたり、周囲に伝え残しておきたいメッセージを文書として残したりすることができるようになる。 SpiPasは、患者さんのスピリチュアルの状態についてアセスメント(スクリーニング)を行い、特定の次元(関係性・自律性・時間性)において現れるスピリチュアルペインをアセスメントし、個々の患者さんが抱えるスピリチュアルペインへのケアを導き出します。 図1 SpiPas 文献5)より許諾を得て転載 次回から、SpiPasを使用したアセスメントについて事例を用いて解説していきます。 >>次回の記事はこちら事例で検討 スピリチュアルペインのアセスメント【スピリチュアルケア】 執筆:前滝 栄子京都大学医学部附属病院 緩和ケアセンターがん看護専門看護師 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)河正子.わが国緩和ケア病棟入院中の終末期がん患者のスピリチュアルペイン.死生学研究.2005,5,p.48-82.2)世界保健機関編,武田文和訳.『がんの痛みからの解放とパリアティブ・ケア―がん患者の生命へのよき支援のために』金原出版,1993,p.48-49.3)Saunders C:Hospice Future,Morgan J (Eds),Personal Care in an Impersonal world:A multidimensional look at bereavement,New York,Baywood,1993,p.247-251.4)村田久行.末期がん患者のスピリチュアルペインとそのケア:アセスメントとケアのための概念的枠組みの構築.緩和医療学.2003,5,p.157-165.5)田村恵子,森田達也,河正子編.『看護に活かすスピリチュアルケアの手引き』第2版,青海社,2017,p.145-146.

がん告知・再発等の「悪い知らせ」の伝え方&支え方【精神症状の緩和ケア】
がん告知・再発等の「悪い知らせ」の伝え方&支え方【精神症状の緩和ケア】
特集
2024年2月27日
2024年2月27日

がん告知・再発等の「悪い知らせ」の伝え方&支え方【精神症状の緩和ケア】

身体疾患を抱える患者さんの中には、不安や抑うつ、不眠といった症状を呈し、ケアが必要な方がいます。このシリーズでは主にがん患者さんの事例を中心に、患者さんが訴える精神症状の問題にどう向き合えばよいかを考えていきます。今回は「悪い知らせ(バッドニュース)」が伝えられた患者さんへの対応を考えます。 悪い知らせ(バッドニュース)とは患者の将来への見通しを根底から否定的に変えてしまう知らせのこと1)。伝えられる患者や家族に多大な精神的負担を与えるもので、がん医療においては病名の告知や再発・転移、積極的な治療の中止などがある。 悪い知らせに伴う心の反応 がん医療において、患者さんや家族に病状や予後に関する悪い知らせ(バッドニュース)を伝えることは避けて通れません。現代は死に直面する機会が少なく、自分自身や大切な人が「近い将来、死んでしまうかもしれない」という話を聞くことは、非常に強い衝撃を受ける体験です。 バッドニュースが伝えられた後、患者さんは混乱や不安、落ち込みなどを感じます。これは強いストレスに対する自然な心の反応であり、通常は時間が経つにつれてバッドニュースを受け入れ、落ち着きを取り戻していきます。しかし、中には症状が回復せず、適応障害やうつ病を発症する患者さんもいるため、患者さんの表情や言動をよく観察し、ケアを行っていく必要があります。 伝える側も感じるストレス 基本的にバッドニュースを伝える役割は医師が担いますが、在宅では訪問看護師が病状の変化や療養する場所の選択などに関する説明をしなければならないことも少なくありません。例えば、最期のときが近いと医師から説明を受けている利用者さんや家族に対し、次のような声かけをした経験はないでしょうか。 「どなたか会いたい(会わせたい)人はいらっしゃいますか。早めに連絡したほうがよいと思います」「自力でトイレへ行けなくなったら、病院への入院を希望されますか、それともこのまま自宅で過ごされますか」「葬儀はどのようにするか相談されていますか」など どれも「死」を連想させる声かけで、伝える側もストレスを感じるのではないかと思います。しかし、こうした問いかけをきっかけに患者さんや家族の想い、希望、生活の意向などが引き出されることがあり、大切なコミュニケーションです。だからこそ、患者さんや家族にどう伝え、伝えた後の心理的反応にどう対応するかも含めたコミュニケーションスキルを身に付けておくとよいでしょう。 伝える際のコミュニケーションスキル:SHARE バッドニュースを伝える際のコミュニケーションスキルとして「SHARE」がよく知られています。SHAREは、がん患者さんが悪い知らせを伝えられる際に医師に対しどのようなコミュニケーションを望んでいるのかに関する研究からまとめられたスキルです。患者が望むコミュニケーションの4要素の頭文字をとってSHAREと名付けられました。 4要素を図1に示します。 図1 SHAREの4要素 内富 庸介先生(国立がん研究センター 中央病院 支持療法開発センター長)より許諾を得て掲載 SHAREに関するコミュニケーション研修も実施されています。在宅で医師が利用者さんや家族にバッドニュースを伝える際、訪問看護師もこのSHAREを念頭に置いて支援を行うとよいでしょう。例えば、話し合うときに落ち着いた支持的な環境を調整し、日常生活への病気の影響や気がかりについて付加的な情報を提供するといったことを行います。もちろん、私たち訪問看護師が利用者さんにバッドニュースに関連することを伝えるときにも役立つスキルだと思います。 告知を受けたときから始まる意思決定支援 告知をはじめとしたバッドニュースを伝えられた後、患者さんや家族は残された時間の中で治療や療養場所などさまざまな選択をしていきます。訪問看護師は、利用者さんや家族に寄り添い、彼らの意思決定を支援する役割があります。 看護師が意思決定支援で真のニーズや価値観を引き出すかかわりとして、有効と思われるモデルをご紹介します。それは9つのスキルと30の技法で構成された「がん患者の意思決定プロセスを支援する共有型看護相談モデル(NSSDM)」です。NSSDMは、兵庫県立大学看護学部の川崎優子先生がまとめられたモデルで、「看護師が対応した面談記録の中から患者さんの意思決定プロセスに効果的に関与していた相談技術の構成要素を抽出」2)し作成されています。療養相談の先に意思決定支援があるとの前提で開発されたモデルであるため、訪問看護の場面で応用がしやすいと感じています。 ここではNSSDMで示される9つのスキルを紹介します(図2)。 図2 NSSDMの9つのスキル 川崎 優子先生(兵庫県立大学看護学部 教授)より許諾を得て掲載 意思決定場面においてすべてのスキルを扱うのではなく、患者さんの状況や相談内容に応じて必要な技術だけを段階的に用います。医療者の判断を押し付けるような情報提供にならないように留意しながら、患者さん自身が自分の価値観を自覚し、適切な自己決定を行うように支援する方法です。 今回はDさんの事例を通じて、がん患者さんの最期の療養先選択場面におけるNSSDMを用いた意思決定支援について紹介したいと思います。 事例:Dさん(80代、女性、独居) 5年前より肝細胞がんに対しラジオ波熱焼灼療法を受けていましたが、新たに胆管細胞がんと診断。その時点で本人の希望により化学療法は行わずBSC(ベストサポーティブケア)に移行し、自宅療養を選択されました。 最近になって下肢に著明な浮腫がみられ、Dさんは動くのが困難になってきました。病院の医師から入院をすすめられましたが、本人が「自宅で過ごしたい」と希望したため、訪問診療と訪問看護を開始することに。 病院から在宅へ、移行のタイミングで意思を確認 初回訪問日、Dさんは近所に住む友人に手伝ってもらい、布団からようやく起き上がれるような状態でした。数日前に訪問した医師より現在の病状の説明や今後の療養先の意思確認が行われています。その際、「自宅で過ごす」と話されていることを確認していましたが、看護師も再度Dさんに自身の病状の理解、現在の心理状態、これからへの思いを確認しました。 麻薬に対する抵抗感を確認するため、オピオイド鎮痛薬の使用について聞いてみました。すると「まだ大丈夫。私は弱い薬で効く体質なの。痛みで眠れないことはあるけれど、そのうちよくなるから」とのこと。この話から眠れない程度の疼痛があることや、オピオイド鎮痛薬の使用に抵抗感を持っていることが推察できました。 ほかにも以下の話をうかがいました。 今は病気や自身の身体について知りたい情報は特にない友人の支援を受けながら、このまま家で死を迎え、同世代の友人たちに人の死について考える機会にしてほしいと思っている同じ市内に住む息子には仕事があるし心配をかけたくないので世話にはなりたくない体調がよくなれば自分の身の回りに関することはできるから、今さら知らないヘルパーさんに家に来てもらうのもわずらわしいと感じる NSSDMを用いた意思決定支援の実際 まずは意思決定支援の方向性を見出すため、NSSDMの「スキル1 感情を共有する」を実践しました。Dさんには数年前に亡くなった寝たきりの夫を、息子に頼らず一人で介護されてきた経験がありました。こういった今までの生き方を否定せず時間をかけてうかがいました。 そうするうちに「痛みがあると自分の思い通りに動けないのはつらいけれど、痛み止めを使うことには抵抗がある」との発言があったことから、オピオイド鎮痛薬使用に関する意思決定支援を行うことにしました。 ここからは次の段階です。意思決定に向けて不足している点を補うため、特に「スキル5 患者の反応に応じて判断材料を提供する」と「スキル8 情報の理解を支える」ことに重きを置いてかかわりました。 Dさんは、疼痛が強いにもかかわらずオピオイド鎮痛薬に対する抵抗感があります。その結果、不眠を招き、疲労感が増している状態です。そこで何が抵抗感につながっているのか確認してみると、「麻薬を使用する=症状が悪化している」との思いがあるとわかりました。そこで、近年は薬剤も進化しており、痛みに対し早期から麻薬系の薬剤を使用することが多くなっていると説明しました。すると、「まずは一回試してみようかしら」との言葉が聞かれたので、訪問中に一度オピオイド鎮痛薬を服用しもらうことに。その場で体調の変化がないことを確認し、訪問後に時間をおいて電話でも体調を確認し、不安を軽減するようにしました。 Dさんとの信頼関係が構築できたと考えられた時点で、今後の療養先についてもう少し具体的に明確化するようにしました。Dさんにこれからの療養場所についてうかがってみると、次のような返事がありました。 足のむくみがひどくて、最近は息切れもする夜は心配で眠れないけれど、昼間にその分ウトウトしている以前は絶対に家がいいと思っていたけれど、息子に迷惑もかけられないし、病院や施設のほうがいいのかしらとも思うでも、先生に「家で最期まで過ごしたい」と言った手前、「気が変わりました」とは言いづらい こうした発言からDさんに意思決定の準備が整っていると判断し、最終段階の「スキル9 患者のニーズに基づいた可能性を見出す」を念頭に置いてDさんにかかわるようにしました。例えば、言い出しにくい気持ちを看護師が医師に代弁できることを保証し、改めて自宅と病院(施設)での最期の過ごし方の特徴について具体的に説明しました。また、自分が決めたタイミングで気持ちが変化すればいつでも療養場所は変更可能なことを伝えました。 その後、Dさんから呼吸苦が増強した時点で「入院したい」との連絡があり、訪問してDさんと息子さんの意思を再確認しました。主治医と連携し緩和ケア病棟への入院を調整し、最期は病院で永眠されました。 * * * 医療法第1条第4項には「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、第一条の二に規定する理念に基づき、医療を受ける者に対し、良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならない」と示されています。しかし、バッドニュースを伝えることは、相手が傷ついたり、悲しい思いをしたりすることが予測でき、伝える側も苦悩を抱える作業です。このため、伝えるチームメンバーを周りがサポートし、孤独にならないよう、尊重し合えるようなチームづくりが終末期ケアでは大切です。看護師として自分に課せられた説明義務を果たすと同時に、バッドニュースを伝える場面で助け合える人間関係を大事にしたいと思います。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Buckman R: Breaking bad news: why is it still so difficult? Br Med J (Clin Res Ed) 1984; 288(6430): p.1597-1599.2)川崎優子著.「がん患者の意思決定支援プロセスに効果的に関与していた相談技術」,兵庫県立大学看護学部・地域ケア開発研究所紀要 2017; 24: p.1-11. 【参考文献】〇内富庸介,藤森麻衣子編.『がん医療におけるコミュニケーションスキル―悪い知らせを伝える』,医学書院,東京,2007.〇川崎優子著.『看護者が行う意思決定支援の技法30 患者の真のニーズ・価値観を引き出すかかわり』,医学書院,東京,2017.〇聖隷三方原病院症状緩和ガイド「E.予後の予測」 https://www.seirei.or.jp/mikatahara/doc_kanwa/contents7/71.html2023/10/20閲覧

不眠への対応【精神症状の緩和ケア】
不眠への対応【精神症状の緩和ケア】
特集
2024年2月6日
2024年2月6日

不眠への対応【精神症状の緩和ケア】

身体疾患を抱える患者さんの中には、不安や抑うつ、不眠といった症状を呈し、ケアが必要な方がいます。このシリーズでは主にがん患者さんの事例を中心に、患者さんが訴える精神症状の問題にどう向き合えばよいかを考えていきます。今回のテーマは「不眠」です。 不眠とは睡眠の開始と維持に関する問題があり、日中に倦怠感や思考低下、意欲低下、食欲低下といった不調が出現している状態。不眠は、入眠困難(寝つきが悪い)、中途覚醒(何度も目が覚める)、早期覚醒(早朝に目が覚める)などに分類される。 がん患者さんにみられる不眠 睡眠は疲れた心身を回復させ、体調を整えるために大切です。しかし、がん患者さんの30~50%が不眠を経験するといわれており1)、がんと診断された直後や治療中、治療終了後、緩和期などに不眠で悩む人は少なくありません。 事例:Cさん(80代、女性、独居) 肝臓がんの診断で手術を受け、経過に問題なく半年前に退院。近隣に住む息子夫婦が連れ添い、定期的に外来通院し検査を継続。薬剤管理や体調確認目的で訪問看護を利用しています。 退院直後は気が張っている様子で元気そうだったCさん。ところが、近頃あまり元気がありません。訪問看護師が問いかけてみると、「何だか夜眠れなくて。昼間にうとうとしてしまい、結局1日何もできない。こんな生活だと張り合いもないし、食欲もない」との返事がありました。 訪問時、がん患者さんから「以前に比べて疲れやすくなった」「よく眠れない」「眠りが浅い」という悩みを訴えられることが少なくありません。Cさんの場合、眠れないことに加えて、そのことが日中の生活に影響している様子もうかがえました。 不眠の状態を評価する DSM-5では、不眠の診断基準として入眠困難、中途覚醒、早期覚醒のうち1つ以上を伴い、日中の社会的、行動上などの生活機能障害が週3回以上あり、3ヵ月以上持続すると定義しています2)。 Cさんにどのように眠れていないのか詳しく聞くと、「寝ようと思って11時には布団に入るけれど1時過ぎまで眠れない。寝る時間は遅いのに朝5時には目が覚める」と話されました。これは入眠困難と早期覚醒に該当します。また、家にいるときだけでなく、デイサービスの間も眠気があり、こうした状態が3ヵ月以上も続いているとのことでした。 訪問看護師は、Cさんの不眠の原因を探ると同時に、まずは薬物療法以外の方法で、生活の中に取り入れやすい工夫を紹介することにしました。 睡眠を妨げる原因を把握する 不眠の原因には、がんの進行や治療による痛み、入退院による環境の変化、服用している薬剤の影響などがあります。さまざまな精神疾患の前駆症状や随伴症状である可能性もあります。患者さんの不眠の原因を見きわめ、適切な対応につなげることが大切です。 Cさんは、現段階では痛みや発熱など身体的な苦痛は感じていません。退院後の生活にも大きな変化はないため、それらが不眠の原因とは考えにくい状況です。そこで、不安や適応障害などの心理的な原因がないか確認してみることにしました。 すると、Cさんは「家に一人でいると、これから先どうなるのか、再発したらどうすればよいのかと、とりとめもなく考えてしまう」と話されました。Cさんの病状は一段落しており、子どもたちが家に来る機会もすっかり減っています。日々の困りごとは医師や看護師、家族に相談できているので、何も手につかないくらい不安な状況ではないそうですが、一人で過ごす時間が長くなり、そうしたことを考えてしまうようです。 睡眠習慣の見直しを中心に対応 不眠への対応のポイントは原因を取り除き、症状を緩和することです。訪問看護師はCさんの訴えから、不安の緩和、現在服用している薬剤の調整と睡眠に関する療養相談を行うことにしました。 不安の緩和 Cさんは漠然とした将来への不安を抱え、ストレスを感じているようです。まずはCさんの不安を緩和するために、十分な時間をとって話を聞くようにしました。 薬剤の調整 Cさんは通院している大学病院の肝胆膵科以外にも、内科や整形外科、泌尿器科、眼科、耳鼻科など多くのクリニックを受診し、さまざまな薬剤を処方してもらっています。そこで、かかりつけ薬局に相談し、薬剤調整と不眠の原因になる薬剤がないか確認してもらうことにしました。 また、医師にも相談し、不眠時の内服薬が開始されることに。Cさんは「薬に頼ると中毒みたいになってやめられないのでは」と心配されましたが、訪問看護師が医師の指示通り適切に服用することで依存状態にはならないと説明することで服用に納得されました。 なお、痛みや息苦しさといった苦痛症状が睡眠に影響している場合は、その症状を緩和する方法を医師や薬剤師に相談しましょう。 睡眠薬を使用する際は、非がん患者さんで呼吸不全症状があると、薬剤の呼吸抑制作用が強く出る場合があるため注意が必要です。また、肝不全や腎不全などの患者さんの場合、薬剤の代謝・排泄に影響するため、肝機能や腎機能の状態を確認しながら使用します。睡眠薬については医師や薬剤師と十分相談するようにしてください。 睡眠に関連する療養相談(非薬物療法) 非薬物療法として、夜間の睡眠のみに注目するのではなく、日々の生活リズムの見直しも大切です。またCさんからは「決まった時間に寝て、決まった時間に起きなければならない」との思いが強くあるような印象も受けました。そのため、これまでの睡眠習慣に固執せず、今の自分自身にあった睡眠習慣を身につけてもらえるようなサポートを行うことにしました。 具体的な対応は以下のとおりです。 [1]生活リズムの見直しをすすめる<具体策> 何時に寝て、何時に起きているかを確認し、希望する睡眠時間が年齢相応か確認する。加齢に伴い実際に眠れる時間は短くなる。「寝なくては」と必要以上にベッドで横にならず、患者さんの年齢に応じた睡眠時間を把握し、その時間、眠れるように工夫する。就寝時間をコントロールするのではなく、起床時間をコントロールする。寝る時間が短くなっても熟眠感が得られるような睡眠パターンに目を向けることが大切。日中に適度な運動を行い、朝食をしっかりと摂るようにする。眠たくなってからベッドに入るようにし、環境と入眠開始の関連づけを行う。午睡はしないほうがよいが、日中どうしても眠いときは、15時までに20~30分程度の短い午睡をとるようにする。 [2]眠れないときの対応を伝える<具体策> ベッドに入っても寝付けないときは、いったんベッドを離れ、眠たくなったら再びベッドに入るようにする。 [3]眠る前の注意事項を伝える<具体策> カフェインを摂取しないようにする。就寝前にリラックスできる習慣があれば取り入れる。 非がん患者さんにみられる不眠への対応 心不全や呼吸不全のような非がん疾患の場合は、上記の内容に加え、睡眠を障害する症状の緩和ケアが必要です。例えば、終末期心不全では、60~88%に呼吸困難、69~82%に全身倦怠感、35~78%に疼痛、70%前後に抑うつ症状があるといわれています3-5)。これらの症状に対応することが睡眠障害の改善につながります。がん患者さんとは異なり、「寝てしまうと、もう起きられないのではないか」というような漠然とした不安を訴える方も多い印象があるため、強い不安を認めた場合には不安に対する支援が大切です。 * * * 不眠は身体疾患や精神疾患と相互的な因果関係があるといわれています。不眠の原因への対応を念頭に置きつつも、不眠そのものに積極的な介入が推奨されています。このため、眠れないという訴えをおろそかにせず、しっかりと受け止め支援してほしいと思います。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師 ●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)谷向 仁著.「不眠」,森田達也,木澤義之監修,西 智弘,松本禎久,森 雅紀,ほか編.『緩和ケアレジデントマニュアル第2版』.東京,医学書院,2022,p.311.2)American Psychiatric Association. 『Diagnostic and statistical manual of mental disorders(DSM-5®)』. Washington, DC, American Psychiatric Pub, 2013.3)Krumholz HM, et al. Resuscitation preferences among patients with severe congestive heart failure: results from the SUPPORT project. Study to Understand Prognoses and Preferences for Outcomes and Risks of Treatments. Circulation 1998; 98: 648–655.4)Levenson JW, et al. The last six months of life for patients with congestive heart failure. J Am Geriatr Soc 2000; 48: S101–109.5)Solano JP, et al. A comparison of symptom prevalence in far advanced cancer, AIDS, heart disease, chronic obstructive pulmonary disease and renal disease. J Pain Symptom Manage 2006; 31: 58–69. 【参考文献】〇 厚生労働省.健康づくりのための睡眠指針2014(平成26年 3月).https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000047221.pdf(2023/10/20閲覧)〇 国立がん研究センター.がん情報サービス「眠れない・不眠 もっと詳しく」.https://ganjoho.jp/public/support/condition/insomnia/ld01.html(2023/10/20閲覧)

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