緩和ケア

がん告知・再発等の「悪い知らせ」の伝え方&支え方【精神症状の緩和ケア】
がん告知・再発等の「悪い知らせ」の伝え方&支え方【精神症状の緩和ケア】
特集
2024年2月27日
2024年2月27日

がん告知・再発等の「悪い知らせ」の伝え方&支え方【精神症状の緩和ケア】

身体疾患を抱える患者さんの中には、不安や抑うつ、不眠といった症状を呈し、ケアが必要な方がいます。このシリーズでは主にがん患者さんの事例を中心に、患者さんが訴える精神症状の問題にどう向き合えばよいかを考えていきます。今回は「悪い知らせ(バッドニュース)」が伝えられた患者さんへの対応を考えます。 悪い知らせ(バッドニュース)とは患者の将来への見通しを根底から否定的に変えてしまう知らせのこと1)。伝えられる患者や家族に多大な精神的負担を与えるもので、がん医療においては病名の告知や再発・転移、積極的な治療の中止などがある。 悪い知らせに伴う心の反応 がん医療において、患者さんや家族に病状や予後に関する悪い知らせ(バッドニュース)を伝えることは避けて通れません。現代は死に直面する機会が少なく、自分自身や大切な人が「近い将来、死んでしまうかもしれない」という話を聞くことは、非常に強い衝撃を受ける体験です。 バッドニュースが伝えられた後、患者さんは混乱や不安、落ち込みなどを感じます。これは強いストレスに対する自然な心の反応であり、通常は時間が経つにつれてバッドニュースを受け入れ、落ち着きを取り戻していきます。しかし、中には症状が回復せず、適応障害やうつ病を発症する患者さんもいるため、患者さんの表情や言動をよく観察し、ケアを行っていく必要があります。 伝える側も感じるストレス 基本的にバッドニュースを伝える役割は医師が担いますが、在宅では訪問看護師が病状の変化や療養する場所の選択などに関する説明をしなければならないことも少なくありません。例えば、最期のときが近いと医師から説明を受けている利用者さんや家族に対し、次のような声かけをした経験はないでしょうか。 「どなたか会いたい(会わせたい)人はいらっしゃいますか。早めに連絡したほうがよいと思います」「自力でトイレへ行けなくなったら、病院への入院を希望されますか、それともこのまま自宅で過ごされますか」「葬儀はどのようにするか相談されていますか」など どれも「死」を連想させる声かけで、伝える側もストレスを感じるのではないかと思います。しかし、こうした問いかけをきっかけに患者さんや家族の想い、希望、生活の意向などが引き出されることがあり、大切なコミュニケーションです。だからこそ、患者さんや家族にどう伝え、伝えた後の心理的反応にどう対応するかも含めたコミュニケーションスキルを身に付けておくとよいでしょう。 伝える際のコミュニケーションスキル:SHARE バッドニュースを伝える際のコミュニケーションスキルとして「SHARE」がよく知られています。SHAREは、がん患者さんが悪い知らせを伝えられる際に医師に対しどのようなコミュニケーションを望んでいるのかに関する研究からまとめられたスキルです。患者が望むコミュニケーションの4要素の頭文字をとってSHAREと名付けられました。 4要素を図1に示します。 図1 SHAREの4要素 内富 庸介先生(国立がん研究センター 中央病院 支持療法開発センター長)より許諾を得て掲載 SHAREに関するコミュニケーション研修も実施されています。在宅で医師が利用者さんや家族にバッドニュースを伝える際、訪問看護師もこのSHAREを念頭に置いて支援を行うとよいでしょう。例えば、話し合うときに落ち着いた支持的な環境を調整し、日常生活への病気の影響や気がかりについて付加的な情報を提供するといったことを行います。もちろん、私たち訪問看護師が利用者さんにバッドニュースに関連することを伝えるときにも役立つスキルだと思います。 告知を受けたときから始まる意思決定支援 告知をはじめとしたバッドニュースを伝えられた後、患者さんや家族は残された時間の中で治療や療養場所などさまざまな選択をしていきます。訪問看護師は、利用者さんや家族に寄り添い、彼らの意思決定を支援する役割があります。 看護師が意思決定支援で真のニーズや価値観を引き出すかかわりとして、有効と思われるモデルをご紹介します。それは9つのスキルと30の技法で構成された「がん患者の意思決定プロセスを支援する共有型看護相談モデル(NSSDM)」です。NSSDMは、兵庫県立大学看護学部の川崎優子先生がまとめられたモデルで、「看護師が対応した面談記録の中から患者さんの意思決定プロセスに効果的に関与していた相談技術の構成要素を抽出」2)し作成されています。療養相談の先に意思決定支援があるとの前提で開発されたモデルであるため、訪問看護の場面で応用がしやすいと感じています。 ここではNSSDMで示される9つのスキルを紹介します(図2)。 図2 NSSDMの9つのスキル 川崎 優子先生(兵庫県立大学看護学部 教授)より許諾を得て掲載 意思決定場面においてすべてのスキルを扱うのではなく、患者さんの状況や相談内容に応じて必要な技術だけを段階的に用います。医療者の判断を押し付けるような情報提供にならないように留意しながら、患者さん自身が自分の価値観を自覚し、適切な自己決定を行うように支援する方法です。 今回はDさんの事例を通じて、がん患者さんの最期の療養先選択場面におけるNSSDMを用いた意思決定支援について紹介したいと思います。 事例:Dさん(80代、女性、独居) 5年前より肝細胞がんに対しラジオ波熱焼灼療法を受けていましたが、新たに胆管細胞がんと診断。その時点で本人の希望により化学療法は行わずBSC(ベストサポーティブケア)に移行し、自宅療養を選択されました。 最近になって下肢に著明な浮腫がみられ、Dさんは動くのが困難になってきました。病院の医師から入院をすすめられましたが、本人が「自宅で過ごしたい」と希望したため、訪問診療と訪問看護を開始することに。 病院から在宅へ、移行のタイミングで意思を確認 初回訪問日、Dさんは近所に住む友人に手伝ってもらい、布団からようやく起き上がれるような状態でした。数日前に訪問した医師より現在の病状の説明や今後の療養先の意思確認が行われています。その際、「自宅で過ごす」と話されていることを確認していましたが、看護師も再度Dさんに自身の病状の理解、現在の心理状態、これからへの思いを確認しました。 麻薬に対する抵抗感を確認するため、オピオイド鎮痛薬の使用について聞いてみました。すると「まだ大丈夫。私は弱い薬で効く体質なの。痛みで眠れないことはあるけれど、そのうちよくなるから」とのこと。この話から眠れない程度の疼痛があることや、オピオイド鎮痛薬の使用に抵抗感を持っていることが推察できました。 ほかにも以下の話をうかがいました。 今は病気や自身の身体について知りたい情報は特にない友人の支援を受けながら、このまま家で死を迎え、同世代の友人たちに人の死について考える機会にしてほしいと思っている同じ市内に住む息子には仕事があるし心配をかけたくないので世話にはなりたくない体調がよくなれば自分の身の回りに関することはできるから、今さら知らないヘルパーさんに家に来てもらうのもわずらわしいと感じる NSSDMを用いた意思決定支援の実際 まずは意思決定支援の方向性を見出すため、NSSDMの「スキル1 感情を共有する」を実践しました。Dさんには数年前に亡くなった寝たきりの夫を、息子に頼らず一人で介護されてきた経験がありました。こういった今までの生き方を否定せず時間をかけてうかがいました。 そうするうちに「痛みがあると自分の思い通りに動けないのはつらいけれど、痛み止めを使うことには抵抗がある」との発言があったことから、オピオイド鎮痛薬使用に関する意思決定支援を行うことにしました。 ここからは次の段階です。意思決定に向けて不足している点を補うため、特に「スキル5 患者の反応に応じて判断材料を提供する」と「スキル8 情報の理解を支える」ことに重きを置いてかかわりました。 Dさんは、疼痛が強いにもかかわらずオピオイド鎮痛薬に対する抵抗感があります。その結果、不眠を招き、疲労感が増している状態です。そこで何が抵抗感につながっているのか確認してみると、「麻薬を使用する=症状が悪化している」との思いがあるとわかりました。そこで、近年は薬剤も進化しており、痛みに対し早期から麻薬系の薬剤を使用することが多くなっていると説明しました。すると、「まずは一回試してみようかしら」との言葉が聞かれたので、訪問中に一度オピオイド鎮痛薬を服用しもらうことに。その場で体調の変化がないことを確認し、訪問後に時間をおいて電話でも体調を確認し、不安を軽減するようにしました。 Dさんとの信頼関係が構築できたと考えられた時点で、今後の療養先についてもう少し具体的に明確化するようにしました。Dさんにこれからの療養場所についてうかがってみると、次のような返事がありました。 足のむくみがひどくて、最近は息切れもする夜は心配で眠れないけれど、昼間にその分ウトウトしている以前は絶対に家がいいと思っていたけれど、息子に迷惑もかけられないし、病院や施設のほうがいいのかしらとも思うでも、先生に「家で最期まで過ごしたい」と言った手前、「気が変わりました」とは言いづらい こうした発言からDさんに意思決定の準備が整っていると判断し、最終段階の「スキル9 患者のニーズに基づいた可能性を見出す」を念頭に置いてDさんにかかわるようにしました。例えば、言い出しにくい気持ちを看護師が医師に代弁できることを保証し、改めて自宅と病院(施設)での最期の過ごし方の特徴について具体的に説明しました。また、自分が決めたタイミングで気持ちが変化すればいつでも療養場所は変更可能なことを伝えました。 その後、Dさんから呼吸苦が増強した時点で「入院したい」との連絡があり、訪問してDさんと息子さんの意思を再確認しました。主治医と連携し緩和ケア病棟への入院を調整し、最期は病院で永眠されました。 * * * 医療法第1条第4項には「医師、歯科医師、薬剤師、看護師その他の医療の担い手は、第一条の二に規定する理念に基づき、医療を受ける者に対し、良質かつ適切な医療を行うよう努めなければならない」と示されています。しかし、バッドニュースを伝えることは、相手が傷ついたり、悲しい思いをしたりすることが予測でき、伝える側も苦悩を抱える作業です。このため、伝えるチームメンバーを周りがサポートし、孤独にならないよう、尊重し合えるようなチームづくりが終末期ケアでは大切です。看護師として自分に課せられた説明義務を果たすと同時に、バッドニュースを伝える場面で助け合える人間関係を大事にしたいと思います。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Buckman R: Breaking bad news: why is it still so difficult? Br Med J (Clin Res Ed) 1984; 288(6430): p.1597-1599.2)川崎優子著.「がん患者の意思決定支援プロセスに効果的に関与していた相談技術」,兵庫県立大学看護学部・地域ケア開発研究所紀要 2017; 24: p.1-11. 【参考文献】〇内富庸介,藤森麻衣子編.『がん医療におけるコミュニケーションスキル―悪い知らせを伝える』,医学書院,東京,2007.〇川崎優子著.『看護者が行う意思決定支援の技法30 患者の真のニーズ・価値観を引き出すかかわり』,医学書院,東京,2017.〇聖隷三方原病院症状緩和ガイド「E.予後の予測」 https://www.seirei.or.jp/mikatahara/doc_kanwa/contents7/71.html2023/10/20閲覧

不眠への対応【精神症状の緩和ケア】
不眠への対応【精神症状の緩和ケア】
特集
2024年2月6日
2024年2月6日

不眠への対応【精神症状の緩和ケア】

身体疾患を抱える患者さんの中には、不安や抑うつ、不眠といった症状を呈し、ケアが必要な方がいます。このシリーズでは主にがん患者さんの事例を中心に、患者さんが訴える精神症状の問題にどう向き合えばよいかを考えていきます。今回のテーマは「不眠」です。 不眠とは睡眠の開始と維持に関する問題があり、日中に倦怠感や思考低下、意欲低下、食欲低下といった不調が出現している状態。不眠は、入眠困難(寝つきが悪い)、中途覚醒(何度も目が覚める)、早期覚醒(早朝に目が覚める)などに分類される。 がん患者さんにみられる不眠 睡眠は疲れた心身を回復させ、体調を整えるために大切です。しかし、がん患者さんの30~50%が不眠を経験するといわれており1)、がんと診断された直後や治療中、治療終了後、緩和期などに不眠で悩む人は少なくありません。 事例:Cさん(80代、女性、独居) 肝臓がんの診断で手術を受け、経過に問題なく半年前に退院。近隣に住む息子夫婦が連れ添い、定期的に外来通院し検査を継続。薬剤管理や体調確認目的で訪問看護を利用しています。 退院直後は気が張っている様子で元気そうだったCさん。ところが、近頃あまり元気がありません。訪問看護師が問いかけてみると、「何だか夜眠れなくて。昼間にうとうとしてしまい、結局1日何もできない。こんな生活だと張り合いもないし、食欲もない」との返事がありました。 訪問時、がん患者さんから「以前に比べて疲れやすくなった」「よく眠れない」「眠りが浅い」という悩みを訴えられることが少なくありません。Cさんの場合、眠れないことに加えて、そのことが日中の生活に影響している様子もうかがえました。 不眠の状態を評価する DSM-5では、不眠の診断基準として入眠困難、中途覚醒、早期覚醒のうち1つ以上を伴い、日中の社会的、行動上などの生活機能障害が週3回以上あり、3ヵ月以上持続すると定義しています2)。 Cさんにどのように眠れていないのか詳しく聞くと、「寝ようと思って11時には布団に入るけれど1時過ぎまで眠れない。寝る時間は遅いのに朝5時には目が覚める」と話されました。これは入眠困難と早期覚醒に該当します。また、家にいるときだけでなく、デイサービスの間も眠気があり、こうした状態が3ヵ月以上も続いているとのことでした。 訪問看護師は、Cさんの不眠の原因を探ると同時に、まずは薬物療法以外の方法で、生活の中に取り入れやすい工夫を紹介することにしました。 睡眠を妨げる原因を把握する 不眠の原因には、がんの進行や治療による痛み、入退院による環境の変化、服用している薬剤の影響などがあります。さまざまな精神疾患の前駆症状や随伴症状である可能性もあります。患者さんの不眠の原因を見きわめ、適切な対応につなげることが大切です。 Cさんは、現段階では痛みや発熱など身体的な苦痛は感じていません。退院後の生活にも大きな変化はないため、それらが不眠の原因とは考えにくい状況です。そこで、不安や適応障害などの心理的な原因がないか確認してみることにしました。 すると、Cさんは「家に一人でいると、これから先どうなるのか、再発したらどうすればよいのかと、とりとめもなく考えてしまう」と話されました。Cさんの病状は一段落しており、子どもたちが家に来る機会もすっかり減っています。日々の困りごとは医師や看護師、家族に相談できているので、何も手につかないくらい不安な状況ではないそうですが、一人で過ごす時間が長くなり、そうしたことを考えてしまうようです。 睡眠習慣の見直しを中心に対応 不眠への対応のポイントは原因を取り除き、症状を緩和することです。訪問看護師はCさんの訴えから、不安の緩和、現在服用している薬剤の調整と睡眠に関する療養相談を行うことにしました。 不安の緩和 Cさんは漠然とした将来への不安を抱え、ストレスを感じているようです。まずはCさんの不安を緩和するために、十分な時間をとって話を聞くようにしました。 薬剤の調整 Cさんは通院している大学病院の肝胆膵科以外にも、内科や整形外科、泌尿器科、眼科、耳鼻科など多くのクリニックを受診し、さまざまな薬剤を処方してもらっています。そこで、かかりつけ薬局に相談し、薬剤調整と不眠の原因になる薬剤がないか確認してもらうことにしました。 また、医師にも相談し、不眠時の内服薬が開始されることに。Cさんは「薬に頼ると中毒みたいになってやめられないのでは」と心配されましたが、訪問看護師が医師の指示通り適切に服用することで依存状態にはならないと説明することで服用に納得されました。 なお、痛みや息苦しさといった苦痛症状が睡眠に影響している場合は、その症状を緩和する方法を医師や薬剤師に相談しましょう。 睡眠薬を使用する際は、非がん患者さんで呼吸不全症状があると、薬剤の呼吸抑制作用が強く出る場合があるため注意が必要です。また、肝不全や腎不全などの患者さんの場合、薬剤の代謝・排泄に影響するため、肝機能や腎機能の状態を確認しながら使用します。睡眠薬については医師や薬剤師と十分相談するようにしてください。 睡眠に関連する療養相談(非薬物療法) 非薬物療法として、夜間の睡眠のみに注目するのではなく、日々の生活リズムの見直しも大切です。またCさんからは「決まった時間に寝て、決まった時間に起きなければならない」との思いが強くあるような印象も受けました。そのため、これまでの睡眠習慣に固執せず、今の自分自身にあった睡眠習慣を身につけてもらえるようなサポートを行うことにしました。 具体的な対応は以下のとおりです。 [1]生活リズムの見直しをすすめる<具体策> 何時に寝て、何時に起きているかを確認し、希望する睡眠時間が年齢相応か確認する。加齢に伴い実際に眠れる時間は短くなる。「寝なくては」と必要以上にベッドで横にならず、患者さんの年齢に応じた睡眠時間を把握し、その時間、眠れるように工夫する。就寝時間をコントロールするのではなく、起床時間をコントロールする。寝る時間が短くなっても熟眠感が得られるような睡眠パターンに目を向けることが大切。日中に適度な運動を行い、朝食をしっかりと摂るようにする。眠たくなってからベッドに入るようにし、環境と入眠開始の関連づけを行う。午睡はしないほうがよいが、日中どうしても眠いときは、15時までに20~30分程度の短い午睡をとるようにする。 [2]眠れないときの対応を伝える<具体策> ベッドに入っても寝付けないときは、いったんベッドを離れ、眠たくなったら再びベッドに入るようにする。 [3]眠る前の注意事項を伝える<具体策> カフェインを摂取しないようにする。就寝前にリラックスできる習慣があれば取り入れる。 非がん患者さんにみられる不眠への対応 心不全や呼吸不全のような非がん疾患の場合は、上記の内容に加え、睡眠を障害する症状の緩和ケアが必要です。例えば、終末期心不全では、60~88%に呼吸困難、69~82%に全身倦怠感、35~78%に疼痛、70%前後に抑うつ症状があるといわれています3-5)。これらの症状に対応することが睡眠障害の改善につながります。がん患者さんとは異なり、「寝てしまうと、もう起きられないのではないか」というような漠然とした不安を訴える方も多い印象があるため、強い不安を認めた場合には不安に対する支援が大切です。 * * * 不眠は身体疾患や精神疾患と相互的な因果関係があるといわれています。不眠の原因への対応を念頭に置きつつも、不眠そのものに積極的な介入が推奨されています。このため、眠れないという訴えをおろそかにせず、しっかりと受け止め支援してほしいと思います。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師 ●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)谷向 仁著.「不眠」,森田達也,木澤義之監修,西 智弘,松本禎久,森 雅紀,ほか編.『緩和ケアレジデントマニュアル第2版』.東京,医学書院,2022,p.311.2)American Psychiatric Association. 『Diagnostic and statistical manual of mental disorders(DSM-5®)』. Washington, DC, American Psychiatric Pub, 2013.3)Krumholz HM, et al. Resuscitation preferences among patients with severe congestive heart failure: results from the SUPPORT project. Study to Understand Prognoses and Preferences for Outcomes and Risks of Treatments. Circulation 1998; 98: 648–655.4)Levenson JW, et al. The last six months of life for patients with congestive heart failure. J Am Geriatr Soc 2000; 48: S101–109.5)Solano JP, et al. A comparison of symptom prevalence in far advanced cancer, AIDS, heart disease, chronic obstructive pulmonary disease and renal disease. J Pain Symptom Manage 2006; 31: 58–69. 【参考文献】〇 厚生労働省.健康づくりのための睡眠指針2014(平成26年 3月).https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000047221.pdf(2023/10/20閲覧)〇 国立がん研究センター.がん情報サービス「眠れない・不眠 もっと詳しく」.https://ganjoho.jp/public/support/condition/insomnia/ld01.html(2023/10/20閲覧)

せん妄への対応【精神症状の緩和ケア】
せん妄への対応【精神症状の緩和ケア】
特集
2024年1月9日
2024年1月9日

せん妄への対応【精神症状の緩和ケア】

身体疾患を抱える患者さんの中には、不安や抑うつ、不眠といった症状を呈し、ケアが必要な方がいます。今回のテーマは「せん妄」です。在宅で特に問題となる「過活動型」の事例をもとに、訪問看護師ができる支援について考えたいと思います。 せん妄とは意識障害を主体としたさまざまな精神症状を呈する状態。不穏や興奮、落ち着きのなさがみられる過活動型と、傾眠や活動性の低下がみられる低活動型に分けられる。身体の不調や薬剤の使用などによって急速に発症するのが特徴。 がん患者さんにみられるせん妄 せん妄は終末期のがん患者さんにはよくみられる症状です。予後1ヵ月程度の場合には30~50%、予後数日から数時間では80%以上の方がせん妄を経験するといわれています1)。このことからも在宅でのがん患者さんの看取りにかかわる上でせん妄は避けては通れない問題であることが分かります。 事例:Bさん(80代、男性、妻と2人暮らし)  直腸がんでストーマを造設し、ご自身でストーマ管理を行ってきたBさん。術後に化学療法を受けてきましたが、病気の進行もあり、BSC(ベストサポーティブケア:積極的ながん治療は行わず、症状の苦痛緩和を主に行うこと)に移行。また、自宅での看取りを希望され、訪問診療と訪問看護が開始されました。 Bさんは倦怠感が強く、寝ていることが多いのですが、トイレとシャワーだけは「自分でやる」と家族の手伝いを断り、気丈に振る舞われています。ご家族はふらつくBさんを心配しながらも、Bさんの意思を優先し、見守っていました。 Bさんの異変 ある朝、「ベッドからBさんが滑り落ちてしまった。よくわからないことを言って、私の言うことも聞いてくれない」と妻から連絡が入りました。訪問看護師が急いで駆けつけると、Bさんは床に寝たままの状態で、視線も合わず、意識の混乱が見られます。訪問看護師は、Bさんに声をかけながら全身状態を確認し、外傷もないようなので全介助でベッドへ戻し、医師に臨時の往診を依頼しました。 妻に状況を詳しく聞くと、実は最近Bさんは日が暮れるころになるとおかしな発言をすることがあり、気になっていたと話されました。今日も、明け方にBさんがつじつまの合わない話をし始めたと思ったら、ベッドの上で立ち上がろうとして、おしりから滑り落ちたとのことでした。 訪問看護師は、Bさんの言動がいつもと異なることからせん妄を疑いました。症状のアセスメントを行い、今後の対策を考える必要がありそうです。 アセスメントツールでせん妄の有無を評価 せん妄かどうかの評価はアセスメントツールを活用するとよいでしょう。さまざまなツールがありますが、ここでは国立がん研究センター東病院で開発された「せん妄アセスメントシート」(図1)を紹介します。このアセスメントシートにはせん妄のリスク評価から予防ケア、せん妄症状のチェック、せん妄出現時の対応までがステップごとにまとめられています。順番にチェックしていくことでせん妄対策が行える有用なツールです。 図1 せん妄アセスメントシート 国立がん研究センター東病院「せん妄アセスメントシート」(先端医療開発センター精神腫瘍学開発分野より許諾を得て転載)https://www.ncc.go.jp/jp/epoc/division/psycho_oncology/kashiwa/090/20171115095243.html(2023/9/15閲覧) 早速シートに沿ってBさんの症状を評価します。まず、「STEP1 せん妄のリスク」です。Bさんの場合、「70歳以上」の項目が該当しますので、そのまま「STEP2 せん妄症状のチェック」に進みます。Bさんの様子を観察すると、視線が合わずにキョロキョロしており、つじつまが合わない言動が見られます。時間を確認してみると「うるさい」の一言しか返ってきません。STEP2に記載されている項目に複数当てはまるため、そのまま「STEP3 せん妄対応」へと進み、介入策を検討することにしました。 せん妄の治療とケア 「STEP3 せん妄対応」にも記載されているとおり、せん妄が起こったときに大切なのはせん妄に関係する因子のアセスメントを行い、改善が可能な因子に積極的に介入することです。せん妄には「準備因子」「直接因子」「促進因子」があること(図2)を念頭に、改善や除去が可能な因子があるかアセスメントし、介入策を検討します。 それとともにせん妄を起こしている患者さんの苦痛に十分配慮し、積極的な薬剤の使用を医師や薬剤師に相談します。Bさんのケースでは臨時の往診の後、リスペリドンを処方してもらいました。 図2 せん妄の発症 Bさんの場合、直接因子としては薬剤の影響、促進因子としてはがんによる疼痛が考えられます。そこで、疼痛緩和目的でモルヒネを頓用で使用し、安定した疼痛コントロールを行うことに。同時に、家族が服薬で苦労しないように、鎮痛のベースをテープ剤に変更したり、Bさんが自分で剥がせない適切な貼付位置を妻に指導したりといったサポートを行いました。薬剤師にも相談し、Bさんの処方薬を見直し、服用する薬剤を極力減らすようにしてもらっています。 自宅の環境を生かした対応 Bさんはベッド上で起き上がったり、転倒の危険があるのに一人で動いたりしています。このようなせん妄の症状から万が一のことを考え、転倒してもけがをしないように、低床ベッドを導入し、ベッド横のフローリングには布団やクッション、マットなど自宅にある衝撃を吸収できるものを敷くことにしました。 また、Bさんは昼間に寝てしまい、明け方に症状が活発化し転倒したことから、昼夜のリズムを整えるケアも必要です。例えば、日中はテレビをつけっぱなしにして生活の中の音が途絶えないようにし、午睡を避ける対策をとりました。自分の家にいるという安心感を最大限活用しながら工夫できることを検討し、実践していきました。 家族が安心して介護できるようにサポート 在宅では家族の介護力を確認し、必要に応じてサポートすることも大切です。病院とは異なり、在宅ではせん妄の症状が起こったとき、家族が対応しなければなりません。Bさんがつじつまの合わない話をし始めたり、そわそわと落ち着きがなくなったりした場合にどう応じるのがよいのかを妻と時間をかけて話し合いました。 Bさんは終末期せん妄を発症していると思われ、それはお別れの時が近づいているサインでもあります。不可逆的なせん妄である可能性も伝えた上で、Bさんの発言に対応する具体的な方法を説明しました。例えば、理論的に答えを返すのではなく、「そうだね」と相づちを打って同意を示す、否定的な声かけはしない、低めの落ち着いた声でゆっくり話すほうがよいといったようなことです。 また、対応に疲れてしまったときは、病院や施設などの利用を検討することも大切であり、つらいときにはいつでも相談してほしいと伝えました。困ったときにサポートできることを保証するのも訪問看護師の大切な役割です。在宅におけるせん妄へのケアでは、ご家族の苦痛にも目を向け、支えていく態度が求められます。 その後、妻は「自分一人では夫の面倒を見られないけれど、夫は最期まで自宅にいたいと思うから」と話し、それまで消極的だったホームヘルパーを積極的に利用するように。娘とも連絡をとり、娘家族が頻繁に家に訪ねてくるようなりました。 Bさんはつじつまの合わない発言はあるものの、薬物療法を開始したこともあり、落ち着いて過ごせる日が多くなりました。そして、孫に氷を口に入れてもらって、家族に囲まれながら最期のひと時を過ごし永眠されました。 * * * 在宅におけるせん妄への対応は、自宅がもつ環境による癒しの効果を最大限に活用して行います。そこが病院での対応と大きく異なる点です。せん妄が出現したときに、寝ること、食べること、トイレに行くことなど、生活に必要な動作を安全に行うにはどのようなサポートが必要か。また、ご家族がどのように対応したいと思っているかを話し合いながら、できる限り今まで送られてきた日常生活の様子を壊さないような調整を心がけてみてください。せん妄の症状があっても、残された時間を穏やかに過ごせるようなアイデアをご家族と一緒に考えてみるのはいかがでしょうか。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師 ●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。 編集:株式会社照林社 【引用文献】 1)小川朝生著.「せん妄」,森田達也,木澤義之監修,西 智弘,松本禎久,森 雅紀,ほか編.『緩和ケアレジデントマニュアル第2版』.東京,医学書院,2022,p.329.

適応障害、不安、うつ状態への対応【精神症状の緩和ケア】
適応障害、不安、うつ状態への対応【精神症状の緩和ケア】
特集
2023年12月19日
2023年12月19日

適応障害、不安、うつ状態への対応【精神症状の緩和ケア】

このシリーズでは主にがん患者さんの事例を中心に、患者さんが訴える精神症状の問題にどう向き合えばよいかを考えていきます。今回のテーマは「適応障害、不安、うつ状態」です。 不安とは漠然とした不確実な恐れの気持ちが継続する状態。適応障害とは*「がん」という現実に直面したための精神的苦痛が非常に強く、日常生活に支障をきたしている状態。うつ状態とは*適応障害よりもさらに精神的な苦痛がひどく、身の置きどころがない、何も手に付かないような落ち込みが2週間以上続き、日常生活を送るのが難しい状態。*国立がん研究センター がん情報サービス「がんと心」を参考に作成https://ganjoho.jp/public/support/mental_care/mc01.html(2023/9/15 閲覧) がん患者さんにみられる精神症状 がん患者さんは診断や治療を受ける過程でさまざまなストレスを抱え、その結果、不安や抑うつ、不眠といった精神症状をきたすことが知られています。こういった症状が日常生活に大きな支障をきたす場合には適応障害やうつ病などが疑われます。 特に適応障害は、高頻度に認められる精神症状であり、せん妄とうつ病がそれに続きます1)。なお、不安や抑うつなどの症状はがん患者さんだけでなく、心不全や呼吸不全のような非がん疾患の患者さんにも生じるといわれています2)3)。 病的な状態ではないにしろ、多くのストレスを抱える患者さんにかかわる際、精神的な問題がないかアセスメントし、支援を行うことが訪問看護師に求められています。Aさんの事例を通して患者さんの症状にどうかかわるかを考えたいと思います。 事例:Aさん(80代、男性、独居) 大腸がんで手術を受け、一時的にストーマを造設。ストーマ管理の目的で訪問看護を週2回利用しています。手術後に肝転移が見られたため、現在は化学療法を実施中も口内炎の痛みや倦怠感がひどく、今まで通っていたデイケアにも通えなくなってしまいました。家で過ごす時間が長くなり、気分がすぐれない日も多いようです。今回は化学療法について不安があるとの訴えがあったため、化学療法に詳しい看護師が訪問することになりました。 Aさんは、いつもと違う看護師に少し緊張した様子でしたが、徐々に慣れていき、以下のようなことを話してくれました。 口内炎ができてしまい食事のたびにしみてつらいことそれに伴い食事がおいしくないこと 化学療法を受けると身体がだるくなり、やる気も起こらず、気がつくと寝ているだけの生活になっていること 心配事を解決し不安を解消 Aさんの訴えを聞いた訪問看護師は、まずはAさんの心配事の解消が必要と考えました。化学療法による副作用や症状の出現時期、対応方法を具体的に説明し、Aさんの不安を軽減できるように働きかけました。ところが、Aさんは説明を聞いた後も表情が硬く、「心配事は解決できそうです」と話されるものの、とても解決したとは思えない様子です。 全人的苦痛(トータルペイン)の視点でケア Aさんの不安そうな様子に変化がないことから、訪問看護師は身体的なつらさだけではなく、精神的、社会的、スピリチュアルな面から包括的にアセスメントすることにしました。 一般的に、がん患者さんが直面するつらさ(苦痛)は身体的な面だけでなく、精神的、社会的、スピリチュアルと多面に及ぶとされています。これを全人的苦痛(トータルペイン)と呼びます(図1)。緩和ケアでは患者さんに生じるさまざまな苦痛に対応するために、全人的なアプローチが必要です。 Aさんはがんの診断を受けてまだ間がありません。Aさんご本人の苦痛の強さや、世話をしているご家族の心配や負担の大きさ、日常生活に支障をきたしている程度を判断。問題があると感じた場合、精神・心理的問題にすぐに対処します。そのため、Aさんの状況を適応障害、不安、うつ状態の視点から一つずつ確認することにしました。 図1 全人的苦痛(トータルペイン)の理解 淀川キリスト教病院ホスピス編.「緩和ケアマニュアル 第5版」.最新医学社,大阪,2007,p.39より引用 適応障害 適応障害は、比較的明確なストレスを原因として3ヵ月以内に発症し、日常生活に支障をきたしている状態をいいます。適応障害への対応は支持的・共感的に話を聞くことと、ストレスを作り出している問題を把握し、その中から解決可能なものを選択し、介入することです。 Aさんは、がんの診断、ストーマ造設、化学療法、そして化学療法による副作用などで多くのストレスを抱えていることが想像されます。まずは、Aさんにストーマの受け入れ状況を確認してみることにしました。 するとAさんは「いつもと違う状況で突然漏れると不安だが、看護師さんに相談できるし、交換自体は自分でできるから不安はない。服を着ていると案外ストーマがあることも分からないしね。同世代の友人が便秘だ、下痢だと困っているのを聞くと自分のほうが楽かなとも思うよ」と話されました。 不安そうな様子はあるものの、大きな環境の変化であるストーマ造設については肯定的にとらえることができているようです。化学療法に関しても前向きに取り組みたいと考えているそうです。日常生活への支障や本人の苦痛が強くなった起点が明らかな場合、専門医の診察を医師に相談しますが、それには当てはまらないと判断しました。 不安 次に、不安についてアセスメントしました。不安は図2に示すように、気分、思考、行動、身体の症状として現れます。Aさんにこの4つの面について具体的な症状を確認したところ、不眠や食欲減退の訴えはありましたが、気分面や思考面、行動面の自覚症状はないようです。Aさんの日常の行動や心理的に大きな障害は認められず、専門的な介入が今すぐ必要な状態ではないと考えました。 図2 不安の症状 藤澤大介 「不安」.森田達也,木澤義之監修、西 智弘,森 雅紀,山口 崇編集,『緩和ケアレジデントマニュアル 第2版』,医学書院,東京,2022,p.323.より引用 うつ状態 うつ状態については、「落ち込みのチェックリスト」(図3)といったスケールを用い、現在の自分の心の状態を振り返ってもらうとよいでしょう。Aさんに「今、悲しい気持ちや気分の落ち込みなどを感じますか」と問うと、「気分の落ち込みがあきれるほどひどい」との答えが。どのくらいその様子が続いているのか、以前に同じような経験をしたことがあるのかを重ねて問いかけてみました。 するとAさんから次のような話が聞かれました。 「実は、若い時にうつ病を発症し、長い間病院に入院していたことがある。子どもたちにも話せていない。あの時と今の自分の状態が似ているなと思っても、それで病院に行きたいとか、誰かに相談したいとか、とても言い出せなかった。このような状態で治療を続けていると、何のために生きているのか分からなくなる。でも、いろいろしてくれる家族や先生(医師)に悪くて」 図3 落ち込みのチェックリスト(米国精神医学会のDSM-IV診断基準に準拠) 【チェックリストの使い方】まずは、1.2.の質問についてお答えください。 1.2.ともに「ない」という方重い落ち込みではないようです。1ヵ月に1度くらい、上記の項目をチェックしてみることをおすすめします。1.2.の両方、あるいはどちらか1つが「ある」という方3.~9.の質問に答えてください。3.~9.の質問で、「はい」と答えた数を数えてみてください。1.2.の数も合わせた合計が5つ以上で、かつ2週間以上続いている方は適応障害やうつ病の可能性があり、専門家による心のケアが必要と考えられます。まずは担当医や看護師、ソーシャルワーカーへ相談することをおすすめします。精神科、精神神経科、心療内科、精神腫瘍科の医師、心理士による心のケアが役に立ちます。 国立がん研究センターがん情報サービス「がんと上手につき合うための工夫」https://ganjoho.jp/public/support/mental_care/mc03.html(2023/9/15閲覧) 医師への相談をAさんに提案 Aさんが話し終えた後、訪問看護師は今の自分の気持ちを言葉にして伝えてくれたことがとても大切であるとAさんに伝えました。その上で、Aさんが信頼している担当の医師にも今の話を率直に伝えてみてはどうかと提案。また、治療を受けている病院でも、不安やうつ状態のような精神症状について、希望すればきちんと診てもらえることを説明しました。 Aさんから疲れやすさと気力の減退が特につらいとの訴えがあったので、そのことも医師に伝えるように提案し、その後はアドバイスをせず、Aさんの気持ちを傾聴するよう心掛けました。 看護師が帰るとき、Aさんは「自分の中で抱えていたものを話せて気分が少し楽になった。今度、治療のときに先生に話してみようと思う」と話されました。表情も少し和らいだようにみえました。その後、受診している病院で医師に自分の精神面について相談し、現在は精神科のカウンセリングを受け、少しずつ快方に向かっているそうです。 * * * 多くのストレスにさらされるがん患者さんでは、最初の訴えが身体的なものであっても、その背後にはほかに影響する要因が隠れていることがあります。その可能性を常に念頭におきながら会話をし、傾聴し、支持的にかかわることが重要です。 症状を引き起こしている問題が解決可能な問題であれば、小さな問題から解決し、患者さんにかかるストレスを減らしていきましょう。問題の解決が難しい場合は気持ちや感情に焦点を当てた介入を行っていくことが必要です。ぜひ訪問する利用者さんの様子をよく観察し、「いつもと違う」と感じたら気持ちをたずねてみてください。 執筆:熊谷 靖代野村訪問看護ステーションがん看護専門看護師 ●プロフィール聖路加国際病院勤務後、千葉大学大学院博士前期課程修了。国立がん研究センター中央病院などでの勤務を経て、2016年より現職。2007年にがん看護専門看護師の資格を取得。 編集:株式会社照林社 【引用文献】1)Akechi T, et al. Psychiatric disorders in cancer patients: descriptive analysis of 1721 psychiatric referrals at two Japanese cancer center hospitals. Jpn J Clin Oncol 2001; 31(5): 188-194.2)北野大輔.心不全に対する緩和医療.日大医誌 2020; 79(4): 235-239 3)津田 徹.非がん性呼吸器疾患の緩和ケアとアドバンス・ケア・プランニング.日内会誌 2018; 107(6): 1049-1055.

高カルシウム血症への対応【がん身体症状の緩和ケア】
高カルシウム血症への対応【がん身体症状の緩和ケア】
特集
2023年12月12日
2023年12月12日

高カルシウム血症への対応【がん身体症状の緩和ケア】

高カルシウム血症は、がん患者さんに比較的多く見られる代謝障害の1つ。急速に全身状態が悪化し、致死的な経過をたどることもあり注意が必要です。治療の基本は、脱水の補正とカルシウムの排泄、骨吸収の抑制です。今回は高カルシウム血症への対応について解説します。 急に出現し進行した口渇、意識障害の症状 訪問看護師のあなたは新しい患者さんを担当することになりました。 吉澤さんという53歳の男性で、腎臓がん、多発肺転移の方です。奥様と中学生の娘さんと3人で暮らしています。 吉澤さんは会社を立ち上げ、社長として部下を引っ張っていましたが、病に倒れました。突然右腰痛が出現したのです。がんによる腎破裂でした。緊急入院し手術(右腎切除)を行いましたが、がんはすでに血管に沿って上大静脈まで広がっていました。すべてを切除することはできなかったのです。 その後、吉澤さんは自宅に戻り抗がん剤治療を続けていましたが、2週間ほど前から急に「喉が渇く」と言い、水をがぶ飲みするようになりました。その翌日には訳の分からない話をし始めたため、ただ事ではないと思った奥様が救急車を呼び、がん治療中の大学病院に搬送されました。診断は高カルシウム血症とのことでした。 ただちに入院となり、点滴と飲み薬による薬物療法が開始されましたが、吉澤さんはやがて昏睡状態に陥ります。腎臓の働きもひどくなっており、主治医から「最悪のこともあるかもしれない」と言われたのだそうです。 「もし、長くはがんばれないのであれば、自宅で最期を看取りたい」と奥様が希望し、病院の退院支援看護師は、ケアマネジャーと連絡をとり、訪問看護ステーション、在宅医に退院時カンファレンスの依頼をしました。今日はそのカンファレンスのため、あなたは吉澤さんが入院している大学病院に来たのです。在宅で担当することになった中村医師、ケアマネジャーも一緒です。 がんに伴う高カルシウム血症とは カンファレンスの冒頭で、病院の主治医から吉澤さんの現在の状態について説明がありました。 病院主治医: 吉澤さんは腎臓がんに由来する高カルシウム血症のため、当院に10日前に入院されました。ビスホスホネート製剤のゾレドロン酸を投与したのですが、意識状態は改善しません。呼びかけにわずかに反応するのみです。幸い、腎機能は多少低下していますが血清クレアチニン値が2.0mg/dLと横ばいです。しかし補正血清カルシウム値は13.4mg/dLと高値です。予後は厳しいと言わざるを得ません。残された時間が短いと奥様に説明したところ、奥様は夫を自宅に帰したいと希望されました。そこで皆さまに在宅でのケアをお願いするためにお集まりいただきました。 中村医師: 先生、ご説明ありがとうございます。がんに伴う高カルシウム血症には骨転移によるものと、腫瘍から分泌されるPTHrPによるものがありますが、吉澤さんの高カルシウム血症の原因は何でしょう。 病院主治医: PTHrPが高値でしたので、PTHrP分泌によるものと考えております。 あなた: 先生、不勉強で恐縮ですがPTHrPとは何でしょう? 病院主治医: そうですね。分かりやすくお話しします。まず、PTHは副甲状腺ホルモンの略称ですね。がんの一部にはPTHとよく似たタンパク質を分泌するものがあり、これをPTH related protein、すなわち副甲状腺ホルモン関連タンパクと呼び、PTHrPと表記しています。PTHrPが出現するのは進行がんの場合が多く、肺がん、乳がん、膵臓がんなどで比較的多く見られます。PTHrPが分泌されると、PTHと同じように血液中のカルシウム濃度を上昇させてしまうのです。すると数日単位で口渇や多飲・多尿、悪心嘔吐などの症状が生じ、さらに進行すると意識が混濁します(表1)。腎臓の尿濃縮機能が傷害されるため多尿となり、強い脱水を伴う腎機能の低下が見られることもあります。 吉澤さんは意識が混濁し、昏睡状態になっていると思われます。治療薬のおかげで多少カルシウム値は低下しましたが、先ほどもお伝えしたとおりまだ高値が続いており、これから悪化する可能性が高いと見ています。 表1 高カルシウム血症の主な症状 あなた: 丁寧に説明していただきありがとうございます。 中村医師: 多発骨転移でも高カルシウム血症が起こることがありますよ。骨が溶けていくので当然と言えば当然ですが、骨に転移する多発骨髄腫では高カルシウム血症はしばしば起こります。治療が大きく異なることはないのですが、急に症状が進むのががんに伴う高カルシウム血症の特徴でしょうね。 アルブミン値で補正したカルシウム値で評価 あなた: もう1つ、基礎的なことで恐縮ですが、補正血清カルシウム値とはどういうことですか。 中村医師: 血液中ではカルシウムの約50%がアルブミンと結合しています。このため低アルブミン血症のときには血清カルシウム値が実際の値より低くなってしまい、治療の介入が遅れることがあるのです。 そのため 補正カルシウム値(mg/dL)=血清カルシウム値(mg/dL)+(4-血清アルブミン値(g/dL)) という式で補正し、評価します。 病院主治医の先生は補正したカルシウム値を教えてくれたのですよ。それから血清カルシウム値を管理する場合、血清リン値も重要です。カルシウムが増えるとリンが減るので、低リン血症にも注意が必要ですね。 あなた: 先生、ありがとうございます。 中村医師: それでは患者さんはほぼ昏睡の状態で自宅に帰り、私たちは看取りを行うということでよろしいでしょうか。奥様や娘さんは納得されていますか? 病院主治医: 奥様は複雑な感情だと思います。もう少しがんばってほしい気持ちとこれ以上苦しませたくない気持ちが相反しているように思います。 中村医師: 当然のお気持ちでしょう。高カルシウム血症に対する治療として在宅でステロイドを使用してみるのはいかがですか。 病院主治医: 確かにビスホスホネート製剤が開発される前は、がん性高カルシウム血症はステロイドで治療していました。やってみてもよいかもしれません。ほかにはデノスマブを週に1回投与する治療もありますが、がんに伴う高カルシウム血症には保険適応がありません。在宅で行うのは難しいかもしれませんね。 中村医師: 奥様とお話ししてみて、同意が得られればステロイドと点滴を行って経過を見てみましょう。高カルシウム血症が改善され意識状態がよくなれば、脱水も改善され経口摂取もできるかもしれません。 治療によって家族と話せるまでに意識が回復 こうして吉澤さんは自宅で治療を行いながら療養することになりました。すると、2日目には目を開けるようになり、3日目にはしゃべり出しました。水も少しずつむせずに飲めるようになり、7日目には普段どおりのコミュニケーションが取れるようになりました。 あなたは、褥瘡ケア、点滴(皮下輸液、生理食塩液1000mL/日)の管理、ステロイド(プレドニゾロン40mg)の使用、異常の早期発見を心がけながら連日訪問看護に入っていました。日に日に症状が改善する吉澤さんを見ていると、あなたもうれしくなって、奥様と喜びを共有していました。中村医師も毎日訪問し状態を確認しています。 あなた: 中村先生、吉澤さんすごいですね。こんなに元気になって。 中村医師: 素晴らしいですね。私の予想以上です。昨日の採血でも血清カルシウム値は9.8mg/mLと正常値になっていました。腎機能もほぼ正常になっていますよ。 奥様: 先生、ありがとうございます。また夫と会うことができました。今までは夫ではないような気がしていて・・・。 吉澤さん: そうだったんだ。私はこのところのことをほとんど憶えていないんだ。そんなにみんなに心配をかけていたんだね。先生、看護師さんありがとうございます。 中村医師: 吉澤さん、今日は病状を説明する約束になっていましたね。あなたは、身体の中にあるがんが血液中のカルシウムを増やしてしまう状態となって病院に搬送されました。強い薬を使って治療しても血清カルシウム値が下がりきらず、昏睡状態で自宅に帰って来られたのです。吉澤さんは病院よりも自宅の方が好きだろうと…、奥様の強い希望でした。 吉澤さん: 昨日妻から聞きました。私のことを看取るつもりでいたと・・・。今は生き返ったような気持ちです。 中村医師: ここから少し吉澤さんにとってつらい話もあるかもしれませんが、お聞きになりたいですか? 吉澤さん: 覚悟はしています。聞かせてください。 中村医師: わかりました。 吉澤さん: 私の病気、進んでいるのですね。 中村医師: 高カルシウム血症になったということは、吉澤さんのがんがかなり進んだ状態になっているということでもあります。また、現在の薬は飲み薬で継続しますが、身体の中にはカルシウムを増やしてしまうタンパク質が依然出てきています。今回のよい状態がいつまで続くか、私にもはっきりと予測することができません。 吉澤さん: だいたいでもよいので、どのくらいの時間があるか、先生の見込みを教えてください。 中村医師: おそらく、週単位で病状が変わって行くでしょう。調子が悪くなるまで1ヵ月から2ヵ月程度ではないかと思います。あくまで私の予想ですが・・・。 吉澤さん: ・・・分かりました。会社の整理や子どもとの時間、妻との時間を大切にしたいと思います。 奥様は顔を覆い、声を潜めて泣いていました。あなたは奥様の背をさすります。 吉澤さん: 泣かないでくれよ。君が泣くと私までつらくなってしまうから・・・。 あなた: 奥様は今日まで必死にがんばってきたんですもの。よくがんばりましたね。泣いていいんです。泣いてください。 中村医師: 吉澤さん、奥様、つらい話をしてしまい申し訳ありませんでした。 奥様: 先生には感謝しかありません。どこまでがんばれるか、この人と一緒に歩いて行きます。会社は私が継がせていただこうと考えています。 あなた: 奥様は強い。がんばりますね。吉澤さんも安心できますね。 吉澤さん: はい。彼女に預けられたら、本当に私も安心です。でも迷惑にならなければいいのですが・・・。 奥様: これは私が決めたこと。迷惑ではないのよ。 中村医師: これからの時間、有効に使ってください。 穏やかな看取りを経て それから約1ヵ月間、吉澤さんは家族との時間を大切にしながら、一生懸命闘病されました 最期は再び高カルシウム血症となり、中村医師がビスホスホネート製剤とステロイドを投与しても改善しませんでした。その代わり吉澤さんは眠って過ごされました。腎不全があり、浮腫も出現してきたことから中村医師は点滴も中止しました。終末期に点滴を行うと浮腫、気道分泌物、腹水、胸水が増悪するためです。奥様も点滴の中止について理解されていました。点滴を終了した2日後、吉澤さんは静かに旅立ちました。 旅立ちの後、エンゼルケアを行うため、あなたが吉澤さんのご自宅を訪問すると奥様は微笑んで迎えてくれました。 奥様: すごく苦しんで大変なことになるかと思ったけれども、こんなに穏やかに逝くなんて・・・。なんか拍子抜けしちゃった。 あなた: 無理ありませんよ。本当によくがんばられましたね。私が説明したように奥様がマッサージをしてくださったので、吉澤さんのむくみもこんなによくなっているじゃないですか。お嬢さんもがんばりましたね。奥様をこんなにも支えてくださって。素晴らしいご家族でしたね。 奥様: ・・・。 あなた: それじゃあ、お体をきれいにして好きだった服を着せて差し上げましょう。 奥様: ありがとうございます。先生とあなたには本当に感謝しています。 あなた: こちらこそありがとうございます。でも、私たちのことはいいんですよ。さぁ、洗面器にお湯を汲んで、着せたいお洋服を選びましょう。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】〇田中良哉,岡田洋右.「副甲状腺ホルモン関連蛋白産生腫瘍」日内会誌 2007;96(4):669-674.〇福原 傑.「高カルシウム血症と腫瘍崩壊症候群」日腎会誌 2017;59(5):598-605.

呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】
呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】
特集
2023年11月7日
2023年11月7日

呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】

末期の肺がんを患う鈴木さん。自宅での療養を開始したものの、同居する娘さんから距離を置かれているように感じ、さみしさや自分を責める気持ちに苦しんでいます。それが呼吸困難の症状にも影響しているようです。訪問看護師として何ができるのか、今回も最善の策を考えていきます。※本記事は2023年11月に公開されたものです。法令や制度、関連ガイドラインは変更される場合がありますので、最新情報をご確認ください。 >>前編はこちら呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】 精神的なつらさが関係することも 訪問看護師のあなたの働きかけで、娘さんに主治医から病状説明してもらうことになりました。これから娘さんをどのようにサポートできるかも含め、話し合いを行います。 主治医: 本日はお忙しい中、時間をつくっていただきありがとうございます。主治医です。本日はお母様の病状についてお話しさせていただきたいと思います。よろしいでしょうか。 娘さん: お願いします。 主治医: お母様は肺がんで療養され、これ以上抗がん剤が効かないと判断されました。緩和ケア病棟に行く選択肢もありましたが、お母様の希望でご自宅に戻ることになりました。 主治医がさらに続けます。 主治医: お母様の両方の肺にはたくさんの転移がみられます。また、右肺には胸水と呼ばれる水もたまっているので、呼吸が苦しくなりやすい状態です。このため、お母様には鼻から酸素を吸っていただいています。こうしていただくことで、現在のところは十分な酸素を供給できています。 娘さん: でも父からときどき息苦しさの訴えがあると聞いています。それはなぜでしょうか? 主治医: 今は十分な深呼吸をしても、以前のようには酸素を体内に取り込めません。その少しの苦しさが増大してしまうと苦しくなってしまうのかもしれません。息が苦しいと感じることは「すぐに命がなくなってしまうかもしれない」という恐怖にもつながります。中にはパニックになってしまう方や過呼吸になってしまう方もいます。精神的なつらさが呼吸の苦しさにつながる方は多いです。 娘さん: 母もそのような精神的なつらさを抱えているということですね。 あなた: お母様にとって家は生きる場所です。それをご家族の皆さんに、そして娘さんに認めてもらえることで、安心してご自宅で生き抜くことができるのではないでしょうか。 娘さん: …わかりました。忙しさを理由に母を避けていたのかもしれません。きっと母を失うことを認めたくなかったのかもしれません。うまくできるかどうかわかりませんが、今日母と話してみます。ここにいてもいいんだよって…。 あなた: うまく話せなくてもよいのではないですか。娘さんの気持ちが伝われば…。きっと伝わりますよ。 娘さん: そうですね。いろいろと話してみます。 酸素療法中に配療すること 娘さんがご自宅に帰られた後、あなたはよい機会なので、今後の対応について主治医に聞いてみることにしました。 あなた: 先生ありがとうございました。また途中で出しゃばってすみません。 主治医: いえいえ、大丈夫ですよ。 あなた: ところで、今後、鈴木さんが呼吸困難を訴えた場合はどう対応すればよいでしょうか。 主治医: まず環境の整備ですね。気流や不快な匂いへの対処、一人にしないことなどでしょう。それでも息苦しさが改善しない場合、モルヒネ10mg/日を内服することにしましょう。さらに呼吸が苦しいときには酸素を3L/分まで増量するようにしてください。 CO2ナルコーシスのリスクを理解しておく あなた: 鈴木さんはそれほどひどい呼吸不全を起こしているわけではないですよね。酸素を増やすことに意味があるのでしょうか。CO2ナルコーシスの心配もあるのではないですか? 主治医: よく勉強されていますね。鈴木さんの場合、換気量がさほど減っているわけではないので、二酸化炭素が体内に著明にたまってしまう状態であるCO2ナルコーシスは起こしづらいと考えています。それでもCO2ナルコーシスを起こさないように、状態観察は必要ですね。もしCO2ナルコーシスを疑ったときには遠慮なく呼んでください。できるだけ早く往診します。 あなた: わかりました。ありがとうございます。先生、CO2ナルコーシスを起こすということは、呼吸不全が進行していることかと思います。その場合は看取りも近いと考えてよいのでしょうか。 主治医: そうなる可能性もあります。CO2ナルコーシスで意識が低下し、回復が困難と考える場合は看取りに備えた対応をするかもしれません。一方で回復可能と考える場合は、胸腔穿刺を行って胸水を排液し換気量を増やす、または高流量鼻カニュラ酸素療法(high flow nasal cannula oxygen:HFNC)という加温・加湿された高流量の酸素を投与する方法もありますね。そのときの状況次第だと思います。 呼吸不全にはⅠ型とⅡ型がある あなた: 呼吸が苦しいとの訴えがあったとき、呼吸不全があるかどうかは、酸素飽和度や呼吸数などで判断してよいのでしょうか。 主治医: 呼吸不全は、動脈血中の酸素分圧(PaO2)が60mmHg以下のことです。酸素飽和度が90%未満の状態と考えればよいでしょう。それに加えて、動脈血中の二酸化炭素分圧(PaCO2)が45mmHg以下の場合(Ⅰ型呼吸不全)と、46mmHg以上の場合(Ⅱ型呼吸不全)に分けられます。CO2ナルコーシスは二酸化炭素がたまることで起こるので、Ⅱ型に相当します。 あなた: 二酸化炭素分圧を調べるには動脈血を採血して、血液ガス分析を行うしかないですよね。 主治医: そうですね。ただ、調べる機械を持っていない診療所も多いので、調べられるうちにどこかで一度調べておくとよいかもしれません。Ⅱ型ならCO2ナルコーシスに十分注意する必要があるというわけです。入院中の血液ガス分析結果では鈴木さんはⅠ型に相当しますので、ややナルコーシスになるリスクは少ないですが、意識レベルが低下していると感じたら連絡をお願いしますね。 あなた: わかりました。 呼吸困難が緩和され穏やかな最期に 娘さんが鈴木さんとお話しされてから、鈴木さんは不思議なほど呼吸困難を訴えることが少なくなりました。呼吸の状態(酸素飽和度)は徐々に悪くなっていきましたが、息苦しさを訴えることはありませんでした。娘さんは2週間ほど介護休暇をとり、ご主人よりもベッドサイドにいる時間が増えたそうです。さらにそこから2週間、鈴木さんは穏やかに過ごしておられましたが、ある日、状態が大きく変化しました。 朝から鈴木さんが強い息苦しさを訴えているとの連絡が入り、あなたは急いで鈴木さんのご自宅に駆けつけました。 鈴木さんは呼吸が浅く、呼吸数も頻回です。酸素飽和度78%、脈拍120回/分、呼吸数25回/分、血圧90/62mmHg。呼びかけると少しうなずきますが、意識レベルも低下しているようです。 あなたは酸素を3L/分に増量し、主治医に連絡しました。到着した主治医はまずモルヒネ10mgを皮下注射しました。その後、0.05mL/時(0.5mg/時)で持続皮下注射を開始しました。開始10分ほどで呼吸数は18回/分まで減ってきました。 あなたは鈴木さんに呼びかけます。 あなた: 鈴木さん、苦しくないですか? 鈴木さん: 少し楽になったわ…。 しかし、鈴木さんのお顔は真っ青です。 主治医: 酸素を増量しても、酸素飽和度が78%から上がらないですね。血圧も70mmHg台まで下がってきました。強い呼吸不全の状態です。このままの状態では長くは頑張れないので、ご家族にしっかりお別れをしてもらいましょう。 あなた: わかりました。 主治医は、呼吸の苦しさは可能な限り緩和していること、肺に酸素が入らない状態のため、長くは頑張れないことをご主人と娘さんに伝えました。あなた は鈴木さんの足をさすりながら、ご主人と娘さんに鈴木さんに付き添い話しかけてもらうようにしました。聴力は最後まで保たれることが多いためです。 2時間ほどそのままの状態で付き添ったところ、下顎呼吸が始まりました。ご主人と娘さんに最後の呼吸が始まっており、苦痛はすでにないことを伝え、手を握って話しかけるようにお願いしました。やがて呼吸が停止し、いったん診療所に戻っていた主治医に連絡し、死亡確認をしてもらいました。あなたはエンゼルケアを行い、鈴木さんにお別れを告げました。 エンゼルケアを終えた鈴木さんの表情は少し微笑んでいるように見えました。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】〇日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会編.『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン(2023年版)』金原出版,東京,2023.

呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】
呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】
特集
2023年10月31日
2023年10月31日

呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】

呼吸困難とは呼吸時の不快な感覚のことをいいます。ご本人が「息苦しい」と感じる主観的な症状であるため、呼吸不全の病態と一致しないことも少なくありません。今回は末期の肺がんを患う鈴木さんのケースを通して、呼吸困難への対応を見ていきましょう。※本記事は2023年10月に公開されたものです。法令や制度、関連ガイドラインは変更される場合がありますので、最新情報をご確認ください。 在宅療養を始めたばかりの鈴木さん 鈴木さんは62歳の肺がん末期の利用者さんです。専業主婦として過ごしてこられましたが、2年前に肺がんが判明。抗がん剤治療を行っていましたが、効果がなくなり、自宅で過ごすことを選択されました。鈴木さんは両肺に多発転移、右胸に胸水貯留があるという状態です。 訪問看護師であるあなたと初めて会ったとき、鈴木さんは笑顔でした。1L/分で酸素が流れている経鼻酸素カニューレを手放せない状態ではありましたが、特に痛みもなく、息苦しさもないとのこと。酸素飽和度95%と呼吸状態もある程度保たれていました。 鈴木さんはご主人と娘さんの三人暮らしで、家事はすべてご主人がやってくれています。居間に置かれた介護用ベッドで療養されており、ときどきさみしそうな表情を浮かべることがあり、あなたはそれが少し気になっていました。 呼吸困難の訴えがあり夜間に訪問 退院翌日の夜10時、あなたが持っていたステーションの緊急用携帯電話が鳴りました。鈴木さんのご主人からです。 ご主人: 妻が1時間ほど前から息が苦しいと言っています。酸素の量を3L/分まで上げてもいいと言われていたので、酸素を増やして、背中をさすっていたのですがよくなりません。このまま息が止まってしまうのではないかと不安になり、電話をしました。 あなたはすぐに訪問する旨を伝えて、自転車で鈴木さんのご自宅に向かいました。訪問に向かう間、あなたはいろいろなことを考えていました。酸素飽和度が極端に低下していたら…、酸素を増やしても苦しいのだから主治医にすぐ連絡するべきなのだろうか…、そんなときに自分は何ができるのだろうか…。薄曇りの初夏の夜のことでした。 訪問してみると、居間のベッドで鈴木さんが座り込んでいました。起座呼吸の言葉が頭をよぎります。かなり状態がよくないのではないかと思い、鈴木さんに声をかけて、症状を聞きながら酸素飽和度と血圧を測定しました。鈴木さんの息はかなりハアハアしています。 鈴木さん: 胸の奥が何か締め付けられるような感じで、空気がうまく入っていかないの。このままだともっと苦しくなるような気がして…。 鈴木さんの酸素飽和度は98%(酸素投与量 3L/分)、血圧120/68mmHg、脈拍98回/分、呼吸数22回/分と大きな異常はありません。 リラックスを促し症状を緩和 まずあなたは、窓を開けて居間に風を呼び込むことにしました。窓を開けると幸いさわやかな風が吹き込んできました。次にベッドを45度程度にギャッジアップしました。クッションを集め、つらくない姿勢をとりました。右を下にしたほうが、少し楽になるようでした。 鈴木さんのように胸水が片側にたまっている患者さんの場合、側臥位をとると楽になったり、呼吸状態がよくなったりします。どちらの向きにするかは、胸水や酸素の状態によって違ってきますので、患者さんご本人の反応やSpO2などをみて調整するとよいでしょう。よくいわれているのは胸水がたまっているほうを上にすることですが、胸水の量が多いと健側の肺が胸水によって圧排され、かえって呼吸困難が強まることもあるので注意が必要です。 ベッドの脇には友人からの退院祝いである百合の花が置かれていました。匂いがきついと感じたあなたは、その花を隣室に移し、匂いがこもらないようにしました。 10分ほど背中をさすっていると「だいぶ楽になってきたわ」と鈴木さんが話されました。呼吸数も13回/分ほどまで改善している様子です。さらに30分ほど背中をさすり、当面状態が悪化する可能性は少ないことをご主人と鈴木さんに説明し、鈴木さんのお宅を後にしました。 薬物療法ではモルヒネや抗不安薬を使用 翌日、申し送りでそのことをスタッフに説明すると、ベテラン訪問看護師の西水さんから声をかけられました。 西水さん: よく対応したわね。私でもあなたと同じように対応したと思うわよ。特にあなたが窓を開けて空気の流れをつくったことはすごくいい工夫だと思ったわ。海外では携帯用のファンを持たせるように患者に指示して、苦しくなったら口元にファンで風を送り込むように指示している先生もいるそうよ。 あなた: そうなんですか。百合の花の匂いが少しきついなと思ったので風を送るようにしたのですが…。何とか楽になってくれてよかったです。でも、夜中にまた呼ばれたらどうしようとあまり寝られませんでした。 西水さん: そうね、先生たちはこんなときのため頓服の薬を出してくれているから、それを服用させるのも一つの手よね。たいてい抗不安薬であることが多いわ。でも緩和ケアの先生たちはモルヒネやヒドロモルフォンの速放性製剤を出してくれることが多いのよ。 あなた: 患者さんにとって呼吸が苦しいというのは、不安というか、恐怖だと思います。なので、抗不安薬が処方されるのは分かるのですが、医療用麻薬が処方されるはなぜですか? 西水さん: 医療用麻薬のうちモルヒネとヒドロモルフォンは呼吸困難を改善させる効果があるとされているの。その機序ははっきりと分かっていない部分もあるのだけど、呼吸中枢に働いて呼吸数を減らすといわれているわ。呼吸数が減るとずいぶん楽になるのよ。 あなた: そうなんですね。勉強になりました。ところで、西水さん、実は鈴木さんのことで気になることがあるのです。初回訪問の時、鈴木さんが少しさみしそうな表情をされているように思ったんです。鈴木さんの娘さんが同居されているのですが、昨日、今日とお会いしなかったことも少し気がかりで…。 西水さん: あなたがそう思うなら、お二人に聞いてみるのはどうかしら。 あなた: わかりました、聞いてみます。 どこかさみしそうだった本当の理由 翌日の定期訪問では、鈴木さんは息苦しさも改善して穏やかに過ごされていました。体のチェックでも胸水はさほど増えていないと思われ、酸素の投与量を医師の指示で1L/分に減らしても、酸素飽和度は95%と大きな問題はなさそうです。 ご主人もいらっしゃったので、あなたは思い切って鈴木さんご夫婦に切り出しました。 あなた: 素敵なご夫婦ですね。これだけご主人がかいがいしくお世話をされるご夫婦はそう多くはありませんよ。 鈴木さん: ありがとう。でもそんなによくはないのよ。 あなた: 確か娘さんもご一緒でしたよね。あまりお見かけしないなと思って…。 鈴木さん: 娘は…。 そう言いかけて、鈴木さんは途中でだまってしまいました。 あなた: 話したくないことでしたら、無理にお答えいただかなくても結構ですよ。 鈴木さん: そんなことはないの。でも、少し娘のことを考えると申し訳なくて…。 あなた: よかったら聞かせていただけませんか。 鈴木さん: 娘は会社でプロジェクトのリーダーを任されているのよ。毎日遅くまで仕事して、疲れ果てて帰ってくるの。この1年ほどは食事もほとんど一緒にとっていないわ。そんな生活だから、私が退院するとき、娘はそのまま緩和ケア病棟に入るように強くすすめてきたの。家に帰ってこられても、自分には私を世話できないって。それは無理のないことだとも思ったわ。でも、私はどうしても家に帰りたかった。味気ない病院の天井を見ているのはもう限界だとも思ったの。幸い主人が帰ってもいいよと言ってくれたので、こうして帰ることができたのだけど。娘は気分が悪いらしく、帰ってもほとんど会ってくれないの。夜遅く帰った後に夫が声をかけても「疲れたから寝る」と言って、ほとんど口も聞いていないのよ。娘にとって私は迷惑なのかもしれないわね。きっと主人にとっても迷惑なのよね。この前のようなことがまたあれば、緩和ケア病棟に入ったほうがいいかもしれないわね。 あなた: そうだったんですか。でも、鈴木さんは家で過ごしたいんですよね。 鈴木さん: できればだけど…。 娘さんに手紙を書いてみることに あなたはその日はそのままステーションに帰りました。ステーションに帰ると管理者の望月さんと先輩の西水さんに相談しました。また、主治医の先生にも報告し、まずは訪問看護のほうから娘さんにアプローチすることにしました。 あなたはまず娘さんに手紙を書いてみることにしました。書き出しは悩みましたが、鈴木さんが娘さんに引け目を感じていること、不安やさみしい気持ちがあるように見えること、つらい症状は精神的な要因から生じている可能性があることを記載しました。そして、最後にステーションに電話をもらえるようにお願いをしてみました。 手紙を渡した翌日の午後、娘さんから電話がありました。 娘さん: お手紙、ありがとうございました。母のこと気遣っていただき、感謝しています。正直なところ仕事も忙しく、母が自宅に戻ってきたことで私に何ができるのか、すごくモヤモヤしていたのです。私は緩和ケア病棟に行くように強くすすめたのですが、今の両親を見ていると、自宅に戻るのも悪くないかなって思うようになって…。でも、あれだけ自宅に戻ることを反対した手前、母の前に行きづらくて。ほとんど話すことも見つからないのです。上司は事情を知っていて、私にしばらく介護休暇を取るようにすすめてくれるのですが、この仕事を放り出すわけにも行かず、悩んでいました。 あなた: そうだったんですね。娘さんもつらい思いをされていたのですね。もしよかったら、忙しいとは思うのですが、一度、主治医から鈴木さんの病状について説明を受けていただくお時間をつくっていただけないでしょうか。私たちも同席し、娘さんをどのように応援できるのか相談させていただければと思うのです。 娘さん: ありがとうございます。分かりました、時間をつくってみます。 あなたは、主治医と管理者に娘さんと話した内容を伝え、彼女と相談する時間をつくってもらうようお願いしました。そしてご主人にはきちんとこのことを伝えておくようにしました。 >>後編はこちら呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】〇日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会編.『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン(2023年版)』金原出版,東京,2023.

緩和ケア 悪性消化管閉塞
緩和ケア 悪性消化管閉塞
特集
2023年10月3日
2023年10月3日

悪性消化管閉塞への対応【がん身体症状の緩和ケア】

がんの進行に伴って生じることの多い悪性消化管閉塞。治療には外科手術、経鼻胃管やイレウス管の留置などがありますが、患者さんの全身状態や予後によって慎重な検討が必要です。どこまでどのような治療を行うのか、患者さんやご家族とよく話し合うことが大切でしょう。今回はがんによる消化管閉塞への対応を考えていきます。 子宮体がんが疑われる佐藤さん 認知症で寝たきりの佐藤さん(90歳)。主治医からおそらく子宮体がんだろうと診断されています。現在は止まっていますが、血性帯下が出現するようになり、腹部エコーで子宮内の液体貯留と壁の凹凸不整が指摘されたためです。当初は萎縮性腟炎*を疑い、ホルモン剤を投与しましたが効果はなく、触診でも腟内に異常は認められませんでした。痛みについてははっきり分からないのですが、顔をしかめることがあると、フェンタニル貼付剤1日用を2mg/日で投与されています。 主治医は病院に行って診断してもらうことを提案していましたが、同居して介護を行う娘さんは病院での検査を希望していません。これ以上の医療も望んでおらず、強い苦痛がないように対応してもらい、母親がこのまま自宅で旅立つことを希望しています。 *萎縮性腟炎とは: 加齢や閉経によって女性ホルモン(エストロゲン)の分泌が低下し、内性器や外性器などが萎縮し、皮膚や粘膜が薄くなる疾患。ホルモン薬の投与により改善する。 繰り返す嘔吐 佐藤さんは1日中ベッド上で過ごし、自分で歩くこと、寝返りを打つこともできません。食事は流動食のみで、1日300~400mLほど摂取しています。しかし、内服薬は吐き出してしまい、飲み込むことができない状態です。 普段は在宅で娘さんがかいがいしく世話をしています。訪問看護師であるあなたが笑顔で声かけすると、佐藤さんはニコリと笑ってくれます。この笑顔があなたにはたまらなく愛おしく感じられるのです。訪問看護としては週1回の訪問で、健康管理(心身の状態観察、異常の早期発見など)、保清ケア、可能な範囲での拘縮予防を行っています。 そんなある日、佐藤さんが嘔吐したとの連絡が入り、訪問看護師が呼び出されました。訪問すると佐藤さんは嘔吐を繰り返し、シーツも汚れた状態です。発熱の症状があり、痰がらみもみられました。幸いほかのバイタルサインに大きな変化はなかったので、主治医に連絡を取り、往診を依頼しました。 消化管閉塞と診断 診察後、主治医は佐藤さんが消化管閉塞を起こしたのではないかと話し始めました。 主治医: おそらく消化管閉塞を起こされていると思います。腸雑音がひどく亢進しているので、痛みも伴っているはずです。子宮体がんが腸に浸潤して、腸が細くなり、最終的に詰まってしまったのでしょう。 あなた: 先生、消化管閉塞と診断するために病院ではいつもレントゲンを撮っていました。レントゲンなしでも診断できるのですか? 主治医: よい質問ですね。佐藤さんの腹部をみてください。いつもよりやや膨隆して、打診をすると空気が充満している音がしますよね。これを腸に空気が入った状態、つまり「鼓腸」といいます。これが急に増えていることがまず一つ。次に、腸雑音を聞いてみてください。ゴロゴロとすごく亢進しているでしょう。それが少し高い音になってゴロゴロというよりギリギリ、あるいはキリキリという音に聞こえませんか? これが金属音と呼ばれる消化管閉塞を疑う一番の所見です。もちろん立位の腹部レントゲンを撮れればよいのですが、佐藤さんは立位をとることも困難ですし、病院に搬送することもご家族の意向に反します。後で腹部エコーを持ってきて、腸管が拡張している所見がみられれば、ほぼ確定ということでよいと思います。 患者さんにとって最善の治療を あなた: 先生、佐藤さんの治療はどうされるのですか? 先生: そうですね、薬を持続皮下注射して対応してみましょう。 あなた: どのような薬を使用するのですか? 主治医: オクトレオチドとステロイドです。嘔吐物で誤嚥性肺炎を起こしている可能性もあるので、今日は抗菌薬も使用しましょう。しばらくは毎日訪問して経過観察を行います。 あなた: オクトレオチドという薬、あまり聞いたことがありません。どのような薬なのですか? 主治医: オクトレオチドは、ソマトスタチンという消化管ホルモンとほぼ同じ活性を持つ薬です。ソマトスタチンは消化管の運動と分泌を停止させるホルモンですね。消化管閉塞になると腸管は貯留した腸液を肛門方向に流すため腸管運動が活発になります。また、腸の表面積が増えると、それに応じて腸液分泌も亢進するといわれています。このため、腸が閉塞すると「腸が拡張し腸液の分泌がさらに増える」→「腸の表面積が広がる」→「さらに腸液の分泌が増える」という悪循環が起こってしまうのです。そこで、オクトレオチドを使用して、悪循環を抑えるのですよ。ちなみに、ステロイドは腸管浮腫を改善させるために使います。抗菌薬と一緒に持続皮下注射します。 あなた: そうなのですね。消化管閉塞というと鼻からイレウス管や胃管を挿入することが多いと思うのですが、佐藤さんにも行いますか? 主治医: 経鼻胃管の管を入れても、不快なので佐藤さんは自分で引き抜いてしまうかもしれません。医学的には多少のエビデンスはありますが、強い医学的推奨はありません。経鼻胃管なしで治療を進めましょう。 あなた: ほかに行ったほうがよい治療はあるのでしょうか? 主治医: 娘さんと相談して了解が得られるなら、500mL程度の輸液を持続皮下注射するのがよいでしょう。不完全な消化管閉塞なら排便で急に解消されることもあります。文献的にはほかにブチルスコポラミン、ヒスタミンH2受容体拮抗薬、プロトンポンプ阻害薬、化学療法に用いる制吐薬に弱い推奨はありますが、オクトレオチドとステロイドが効くケースが多いので、私はあまり使用したことがないのですよ。 あなた: 今後、消化管閉塞が改善しなくてもオクトレオチドの投与はずっと続けるのですか? 主治医: そういう場合もあります。医療保険も適応されると思います。しかし、佐藤さんの現在の状況を考えると、ご家族と相談して輸液を最小限にする必要があるかもしれませんね。 あなた: 以前そのような病状で、高カロリー輸液を点滴しながら、PTEG(経皮経食道胃管挿入術)やPEG(経皮内視鏡的胃瘻造設術)でドレナージを行っている患者さんを見かけたことがあるのですが、佐藤さんもそのような治療をする必要があるのでしょうか? 主治医: 2~3ヵ月以上の予後が期待できるのであれば考える必要があるかもしれませんが、寝たきりの佐藤さんには基本的には苦痛を与える医療は行わないほうがベターではないかと考えています。これもご家族と相談して決めていきましょう。 あなた: 先生のお考え、よく分かりました。よろしくお願いします。 症状緩和で食欲も回復 主治医がオクトレオチドの持続皮下注射を開始すると、1時間半ほどで佐藤さんの嘔吐が消失し、腹部の腸雑音もほとんど聞こえなくなりました。38度の発熱もその日の夕方から平熱に戻りました。 翌日から主治医が毎日訪問。オクトレオチドとステロイドの投与を継続したところ、6日目に大量の下痢便がみられ、以後定期的に排便がみられるようになりました。主治医の指示で水分ゼリーから食べてもらうと、問題なく嚥下し、嘔吐も生じません。さらに、少量の栄養剤をスプーンで与えると飲み込みます。結局その日は100mLほどの栄養剤を口にされました。 主治医はオクトレオチド投与量を半分にしても次の日嘔吐がないことを確認し、投与を中止しました。それから佐藤さんは以前と同様に過ごしています。多いときには栄養剤を1日で約300~400mL摂ることもあり、食欲も戻ってきたようです。便秘については、状態に応じてピコスルファートを栄養剤に混ぜて投与し、対応しています。すると時に嘔吐することもあるのですが、排便があると改善する状態を維持しています。 あなたが訪問して笑顔で呼びかけると笑顔で返してくれる佐藤さん。痛みの表情もなく、穏やかに過ごしています。あなたは少しでも穏やかな時間が続くことを祈りながら日々のケアを行っています。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

がん身体症状の緩和ケア4
がん身体症状の緩和ケア4
特集
2023年9月19日
2023年9月19日

悪心・嘔吐への対応【がん身体症状の緩和ケア】

がん患者さんが経験する身体症状の中でも発症頻度が高い悪心・嘔吐。原因のアセスメントと原因に応じた治療、そして患者さんの病態に応じた制吐薬の使用が対応の基本です。今回は悪心・嘔吐の緩和ケアについて解説していきます。 Bさんを苦しめる悪心・嘔吐 訪問看護師であるあなたは、新たながん患者さんを担当することになりました。75歳女性のBさんです。Bさんはご主人と2人暮らし。娘さんたちがいますが、みなさん結婚して家を出ています。 Bさんはステージ4の肺腺がんと診断され、抗がん剤治療を2クール受けましたが、あまり効果は得られず、副作用で苦しい思いをされました。本人の希望もあり、現在はご自宅で療養生活を送られています。 Bさんは要介護2の認定で、屋内では伝い歩きで移動できますが、一人での外出は難しい状態です。また、体動時に息が切れるため、在宅酸素療法(1L/分)を受けながら生活されています。 Bさんは身体の痛みはそれほどないようですが、肝臓への転移が見られ、退院後から悪心を訴えることが多くなりました。実際に嘔吐してしまうこともあります。Bさんの悪心・嘔吐への対応が必要と考え、あなたはケアマネジャーと相談し、Bさんの自宅でケアカンファレンスを開くことにしました。 悪心・嘔吐のメカニズム(図1) Bさんに出現した悪心・嘔吐。がん患者さんではよく見られる症状です。カンファレンスの前に、まずは、悪心・嘔吐のメカニズムを押さえておきましょう。悪心・嘔吐は、さまざまな神経伝達物質(ドパミン、ヒスタミン、ムスカリン、セロトニンなど)が、大脳皮質、前庭器、化学受容器引金帯、末梢の4つの経路を経て、嘔吐中枢を刺激することによって生じます。 図1 悪心・嘔吐のメカニズム 三橋由貴.「悪心」.林ゑり子編著,上村恵一監修,『緩和ケア はじめの一歩』,照林社,東京,2018.p.83.より転載 原因をアセスメントし状態に応じた治療を カンファレンスでは、最初に医師からBさんのこれまでの病状説明が行われました。あなたが心配している嘔気・嘔吐について、医師も治療が必要と考えているようです。 医師: Bさんは、便秘もなく腹部膨満の症状も見られませんが、退院してから吐き気を訴えることが多いように思います。これは今後、治療をしていこうと考えています。また、肺がんは脳転移を起こすことがあるため、悪心・嘔吐の原因を探るためにも、病院を受診し、頭部CT検査を受けていただく必要があると思います。 ケアマネジャー: 了解です。受診のときは介護タクシーが必要ですね。手配しますので、検査日が決まりましたら教えてください。 医師: わかりました。検査日が決まればお伝えしますので、調整をお願いします。 あなた: 先生、悪心・嘔吐の治療としてはどのようなことを行うのでしょうか。 医師: 悪心・嘔吐の原因をアセスメントし、原因に応じた治療を行い、制吐薬も使用していきます。制吐薬は、神経伝達物質の受容体をブロックすることで症状を改善させる薬剤です。Bさんの病態に応じた制吐薬の選択が必要です。 あなた: Bさんの場合、どういった治療方法が考えられますか。 医師: そうですね、いくつかパターンが考えられます。Bさんの肺がんは肝臓に転移しています。肝転移によって腸管の血流が不良になっているとしたら、消化管運動改善薬を使います。ドパミンD2受容体拮抗薬のメトクロプラミドが代表的です。あるいは、がんが脳に転移しており、脳腫瘍が嘔吐中枢を刺激しているなら、同じくドパミンD2受容体拮抗薬の抗精神病薬ハロペリドールを用います。脳圧の亢進が考えられる場合はステロイドも使いますね。めまいや前庭神経異常を伴う時にはヒスタミンH1受容体拮抗薬を使用します。これらを組み合わせて使うことも大切です。Bさんは今のところ便秘の症状は見られませんが、便秘も悪心を引き起こす原因の1つなので、今後は便秘も重要な観察ポイントです。 あなた: 先生としては何から使用されるのですか? 医師: まずはメトクロプラミドを投与して経過を観察します。そして脳転移が見つかればステロイドの使用を検討してみてもいいですね。 Bさん: 皆さん、先生、よろしくお願いします。吐き気がよくなれば、もっと楽に過ごすことができると思うのです。 その後、Bさんは頭部CT検査を近隣の病院で行い、脳転移が指摘されました。 Bさん: よくなるわけがないと思っていても、脳に転移してしまったのはがっかりだわ。このまま頭がおかしくなるかもしれないと思うとすごく不安で…。 あなた: 不安なお気持ちは当然のことと思います。ただ、脳転移を起こした患者さんすべてに認知機能の衰えが出現するわけではないですよ。先生が、吐き気に関しては原因が分かったので、対策をしっかり行えると話していました。むしろ体調はよくなるかもしれません。 悪心・嘔吐を誘発しないケアも大切 制吐薬による治療を進めるとともに、あなたはBさんの悪心・嘔吐が少しでも改善するようににおい対策や服薬タイミングの調整を提案することにしました。 あなた: Bさん、療養の方法を整えることで吐き気が起こりにくくなることもあります。例えば、においの強いものを近くに置かないようにし、できれば窓を開けて新鮮な空気を取り入れるのはどうでしょう。また、お薬は先生や薬剤師さんとも相談し、食事の前に飲めるようにしてみましょう。特に吐き気止めのお薬は食前の服用がよいと聞いています。お薬が効いてくれば今よりも食べられるようになりますし、体調も回復するのではないかと思います。 Bさん: ありがとう。あなたの言うとおりにやってみましょう。実は娘が持ってきてくれたユリの香りがきつく感じていて…。でも、家族がせっかくもってきてくれたものだから言い出せなくて。 あなた: Bさんは優しい方なのですね。 Bさん: そんなことはありませんよ…。 症状の回復とともに前向きな変化も その後、Bさんには制吐薬としてステロイドのデキサメタゾンが処方されました。服用は錠剤1錠なので、Bさんにとってそれほど負担もないようです。メトクロプラミドは無効とされ、就寝前にハロペリドールも服用しています。Bさんの症状は随分よくなり、少しずつ食事も取れるようになってきました。 あなた: Bさん、だいぶ食べられるようになりましたね。すごくよいことだと思います。 Bさん: あなたや先生が励ましてくれたおかげです。ありがとう。もう少しがんばってみたいわ。家の中のことも整理しておきたいし。 あなた: 無理のない範囲でお願いしますね。ご主人にもおいしいご飯を作ってあげなきゃ、ですよね。 Bさん: そうなの、みんなに食べさせてあげたい。そうだ、食事会を開いて、みんなに声をかけてみようかしら。あなたもぜひ参加してね。 あなた: ありがとうございます。ぜひ参加させてください。楽しみにしています。 翌週、Bさんの家にご家族が集まり、食事会が開かれました。本人も張り切っていましたが、一品作ると疲れたようで、ベッドに戻られていました。他の料理は娘さんたちが作り、お孫さんも参加し、楽しい会になりました。居間に置かれたベッドの上でBさんも満足気に見えます。 あなた: お招きいただき、ありがとうございました。本当に楽しい会でしたね。まだまだご家族とのお話もあると思いますので、私はこれで失礼します。 Bさん: もっといてくださればいいのに…。でも、家族にはこれからのことも話しておきたいし、ここからは家族だけにしたほうがいいかもしれないわね。 あなた: もしよければ、どのようなことをご家族に話されたいのか教えていただけませんか。 Bさん: これまでは自宅で過ごすことが家族に迷惑をかけるのではと思ってきたけれど、あなたや先生のおかげでだいぶ身体が楽になって、自信もできたの。家族に「入院しないで最期までこの家で過ごしたい」と話すつもりなのよ。 あなた: そうだったのですね。素晴らしいご決断です。私たちもしっかりサポートして行きます。これからもよろしくお願いします。 Bさん: 夫には少し迷惑をかけると思うけど、娘もできるだけ泊まり込んで手伝ってくれると言うし…。家族の顔が見えるのが一番安心なの。 あなた: よくわかりますよ。 Bさんの家を後にしたあなたはすぐにBさんの意向を医師に報告し、他の職種にも共有しました。食事会から数日経ったある日、Bさんの家には訪問看護師であるあなたと医師、薬剤師、ケアマネジャーが集まりました。 医師: Bさん、最期までご自宅で過ごすことで問題ないですね。私たちもできるかぎりのことをいたします。苦しいこともできるだけ軽減できるように努めます。よろしくお願いします。 Bさん: ありがとうございます。私のわがままかもしれませんが、よろしくお願いします。 ケアマネジャー: 私もお手伝いします。 薬剤師: もちろん私もお手伝いします。 その横で、あなたはずっとBさんの背中をさすっていました。できればこの時間がもっと続くことを願いながら…。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

緩和ケア がん身体症状
緩和ケア がん身体症状
特集
2023年8月29日
2023年8月29日

悪性腹水の原因と対応【がん身体症状の緩和ケア】

末期膵臓がん患者のAさん(49歳)。痛みも落ち着き、倦怠感も以前ほどではなくなりました。しばらくは症状がうまくコントロールでき安定していましたが、最近、腹部の膨満感が出現するようになりました。在宅主治医によると、膵臓がんが腹膜に播種したがん性腹膜炎による腹水であろうとのこと。今回はがんの影響によって生じる腹水の緩和ケアについて解説していきます。 悪性腹水のメカニズムと緩和ケア 悪性腹水は進行がん患者においてしばしば見られる症状です。たまった腹水が少量であれば自覚症状はあまりありませんが、大量にたまると外観の変化やさまざまな自覚症状が出現します。主な症状は腹部膨満感や腹痛、胸やけ、悪心・嘔吐、食欲不振などです。 腹水がたまる原因には、滲出性と漏出性の2つがあるといわれています。例えば、がん性腹膜炎で腹水がたまるのは滲出性によるものです。腹膜上にがん細胞が拡散すると、それぞれのがん細胞の周囲で、がん細胞と戦うため炎症が起こります。この炎症の結果、滲出液と呼ばれる液体が出てきて腹腔内に蓄積されていきます。 漏出性の代表例は肝硬変やネフローゼです。腹膜自体に異常はなく、血液中のタンパク質濃度が低下することによって浸透圧が低下し、血管から水分が漏れ出し、腹腔内にたまってしまう状態です。この場合、利尿薬を使用して水分貯留を改善させることが少なくありません。 しかし、がん緩和ケアの現場では、どちらか一方のみが原因というよりは、これら2つが重なりあって腹水が生じるといわれています。どちらの原因が主体なのかはケース・バイ・ケースです。抗炎症薬としてのステロイドで症状が軽快するケースもあれば、利尿薬が有効なケースもあり、両者を組み合わせることもあります。 さて、訪問看護師であるあなたは、今日は在宅主治医に同行し、Aさんのご自宅に訪問しています。在宅主治医はAさんの腹部の状態を確認し、悪性腹水であることを確信したようです。 在宅主治医: 触診でも波動を感じますので、ほぼ腹水で間違いないと思います。次回は携帯型の腹部エコーを持参して詳しく検査してみましょう。 Aさん: 腹水ですか……。次から次へとおかしなことが起こるので不安です。どのようにすればよいのでしょうか? あなた: 確かに次から次に嫌なことが起こりますよね。それでもAさんはこれまで一つひとつ、乗り越えてこられたと思います。Aさんのつらさが少しでも楽になるように私たちが協力しますので、つらいときは遠慮なく教えてください。 Aさん: はい、ありがとうございます。  症状に応じて利尿薬の投与、腹腔穿刺を行う 在宅主治医: Aさん、まずはお腹に水がたまりにくくなるように利尿薬を使用しましょう。それでも水がたまり、苦痛が強いようであれば、お腹に針を刺して水を抜く治療もあります。腹部膨満感がすみやかに解消されるので、楽になる方は多いですよ。(利尿薬の使用については【ワンポイントメモ】「利尿薬を使用すると患者さんは脱水状態にならないの?」参照) Aさん: そうなんですね。少し安心しました。今はそれほどつらくはないのですが、悪化したときにどうなるのかが不安でした。 あなた: 利尿薬が開始されるとトイレに行く回数が増えると思います。Aさん、トイレに行くのは大変ではないですか? Aさん: 自分で歩いて行けるのですがよろけることがあるので、トイレにも手すりがあればいいのにと思うことはあります。 あなた: 確かにそうですね。ケアマネジャーさんに連絡して、手すりの設置を相談しましょう。ベッドの近くにトイレを置くこともできますが、それはいかがでしょうか? Aさん: 手すりはお願いしたいのですが、ベッド脇のトイレはまだ必要ないと思います。 あなた: わかりました。 Aさんの自覚症状の程度や環境整備への要望を確認したところで、あなたと在宅主治医はAさんのお宅を後にしました。帰り道の途中で、あなたは気になっていた腹腔穿刺について医師にたずねました。 あなた: 先生、腹腔穿刺は在宅でも可能なのですか? 在宅主治医: もちろん可能です。腹部エコーで腹水がたまっている場所を確認してから、局所麻酔を行い、血管留置用のプラスチック留置針を用いて穿刺します。量が多いときには2Lほど抜けることもあります。 あなた: 処置のとき、私たちがお手伝いできることはありますか? 在宅主治医: 通常、腹腔穿刺は1時間程度かけて行います。最初の30分くらいは私たちも患者さんを観察していますが、それ以上の時間になるとほかの訪問診療があるので、ずっと付き添うことは厳しいのです。急激な腹腔穿刺中に血圧が下がることもありますので、患者さんの苦痛の確認とバイタルサインのチェックを行っていただくと助かります。訪問看護ステーションによっては、排液がなくなったことを確認し、留置針を抜いて消毒し、創処置をしてくれます。 あなた: 私たちも管理者と相談して、お手伝いしたいと思います。先生、もう1つ教えてください。抜いた腹水を処理して、体内に戻す治療があると聞いたことがあるのですが……。 CARTや腹腔静脈シャントについても知っておこう 在宅主治医: CART(cell-free and concentrated ascites reinfusion therapy)、腹水濾過濃縮再静注法のことですね。腹水を抜けるだけ抜いて、がん細胞や細菌などを取り除き、タンパク質(アルブミンやグロブリンなど)の有用成分を濃縮して体内に戻す治療です。一般には在宅ではできないので、通常は病院で1泊から2泊入院して行います。点滴をしながら腹水をできるだけたくさん抜きます。腹水のたまるスピードが速く、何回も穿刺が必要になるならAさんと相談してもよいかもしれませんね。 あなた: CARTはすべての病院が対応してくれるわけではありませんよね? 在宅主治医: それぞれの病院ごとに異なるのが実情ですが、一生懸命情熱を持ってCARTに取り組んでいる先生もいらっしゃいます。そんなドクターのことを知っておくことも大事かもしれませんね。 あなた: はい、わかりました。先生、いろいろと教えていただきありがとうございました。お引き止めして申し訳ありませんでした。 あなたはステーションに帰り、がん看護専門看護師の先輩Bさんにもう1つ気になる治療法があったので質問してみました。 あなた: 先輩、最近Aさんに腹水がたまるようになってきたのです。以前、何かの本で読んだことがあるのですが、お腹にカテーテルを埋め込んで静脈に戻すポンプのようなものがあるようなのです。この治療法について何かご存知ですか? Bさん: それは腹腔静脈シャント、別名「Denver(デンバー)シャント」のことね。手術を行って、腹腔内と鎖骨下静脈を直接つなぐ特殊なカテーテルを埋め込むの。そのカテーテルには逆流防止弁が付いていて、腹水が静脈内へ流れるようになっているのよ。腹壁に固定した小さな風船状のポンプがあって、それを患者さん自身が何回も押し込むことで腹水がくみ上げられて静脈の中に押し込まれるの。 あなた: 大きな手術が必要になるのですね。 Bさん: そうなの。Aさんの今の状態では手術を行うことは難しいかもしれないわね。症例数も少ないから、がん性腹膜炎に対してこの治療を行うことに対してまだ評価が定まっていないのよ。がん細胞も静脈の中に入る可能性があるし、心臓にも負担がかかるかもしれない。 あなた: そう簡単にはできないことがよくわかりました。 苦痛症状の緩和には看護ケアの力を Bさん: そうね。でもあなたがAさんに寄り添い、彼を支援することはまだまだできるはずよ。徐々に症状が進んできて、Aさんは不安を感じているはず。なるべく腹部膨満感が強くならないような食支援を行ったり、腹部が張っていても安楽に過ごせるような環境を整えたり、Aさんが少しでも安心して過ごせるように私たちにできることはたくさんあるわ。おそらくご家族もすごく不安を感じているのではないかしら。ご家族のケアをしっかりやっていくこともとても大切よ。 あなた: そうですね。Bさん、ありがとうございます。まだまだやれることがありますよね。もっとAさんとご家族に寄り添って1日1日が生活しやすいように援助していきます。 * その後、Aさんは腹腔穿刺を数回行いました。全身の衰弱が進み、約1ヵ月後にご自宅で旅立たれました。オピオイド投与もうまくいき、大きな苦痛を感じることなく過ごされたことが、ご家族にとっての救いになっていたように思われました。担当訪問看護師であるあなたにとってもよい仕事ができ、大きな学びがあったケースとなりました。 【ワンポイントメモ】 利尿薬を使用すると患者さんは脱水状態にならないの?確かに少し脱水気味になります。だからといって大量の輸液を行うと、逆に腹水が増えてしまうとの報告があります。また、がん緩和期では患者さんが乾いた状態(ドライサイド)で管理したほうが、より苦痛が少なくなるといわれています。ほかに胸水や気道分泌物が多い場合も輸液が多いと悪化すると指摘されています。その意味からも輸液を最小限にして、ドライサイドにしたほうが苦痛の軽減につながると考えられているのです。強い脱水や電解質異常で患者さんが苦しまないように、採血を行い、その程度を評価し、投薬量や投薬内容を調整します。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

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