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COPD学び直し
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特集
2023年7月4日
2023年7月4日

【在宅医が解説】「COPD」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を提供します。今回は慢性閉塞性肺疾患(COPD)について、訪問看護師に求められる知識や注意点を、在宅医療の視点から解説します。 この記事で学ぶこと 「COPD患者は、呼吸困難感で動けず、るいそう著明。苦しいことは強要せず、呼吸困難感を緩和し、傾聴・共感し、ACPを行ない、看取っていくのが最善」と思っていないでしょうか? 呼吸リハビリテーション(以下「呼吸リハ」)の効果を体験していない在宅チームが、残念ながら辿りがちな道です。在宅における多職種連携の包括的アプローチにより、COPDはV字回復が可能な疾患です。呼吸リハは、入院ではなく、日常生活の場でこそ行なうべきであり、行なわないのは、在宅チームの怠惰だと心得ていただきたいと思います。 COPDは気道の慢性的な閉塞による疾患 COPDとは、タバコの煙を長期に吸入することで、肺胞壁が壊れ(肺気腫)、気道には炎症が起こり、気道壁が肥厚し、気道分泌物が増える(慢性気管支炎)疾患です。 正常な肺では、肺胞壁の弾性線維が裏打ちして気道の形状を保てていたのが、肺胞壁の断裂で、呼気の途中で気道が虚脱(内腔がつぶれる)・閉塞。吐き出しきれずに貯留したガスで、気道の閉塞がさらに悪化するという悪循環が起こり、呼吸困難の最大の原因となります。まさに、慢性的に気道が閉塞している疾患です。また、疲弊した筋肉から炎症性サイトカインが出て、さらに肺や気道、全身に炎症を起こします。 筋力維持を図り、呼吸ケアで急性増悪を回避 治療方針は、生活の場で筋力維持を図りながら、多面的包括的呼吸ケアで急性増悪を回避することです。呼吸困難感を克服し、動き、筋肉を衰えさせないことが重要です。そのためには、薬物療法、リハビリと栄養療法は必要不可欠です。 呼吸困難感をとるために、気管支拡張薬の吸入、酸素療法・NPPV(非侵襲的陽圧換気)、心不全・心循環管理、呼吸理学療法、栄養療法、パニックコントロールなどを行ないます。これらは、病態疾患管理であると同時に、緩和ケア、心理社会的スピリチュアルケアにもなりえます。これらは在宅で行なわれます。 特に重要なのは、呼吸困難感のいちばんの原因となる動的肺過膨張(以下DHI;Dynamic hyper inflation)の予防です。呼吸状態は日内で変動しますが、セルフコントロール域を超えて過膨張が元に戻らなくなった状態が、急性増悪です。重症になればなるほど、セルフコントロール域が狭まり、ささいな要因(低気圧が近づく、不安、便秘、食後膨らんだ胃が横隔膜を挙上させるなど)で、頻呼吸になり急性増悪を起こします。気管支炎や心不全の増悪というエピソードがなくとも、急性増悪は起こりえます。 薬物療法のメインは気管支拡張薬です。コントローラー(長期管理薬)として、長時間作用型β2刺激薬(LABA)と、長時間作用型ムスカリニック受容体拮抗薬(LAMA)の吸入があり、労作前にDHI予防目的に投与する、短時間作用型β2刺激薬(SABA)や短時間作用型ムスカリニック受容体拮抗薬(SAMA)があります。 また、NPPVでは、吐き出されずに肺の中に残っているガスの圧(内因性PEEP)に相対する圧(カウンターPEEP)を、呼気圧(EPAP)として設定すると、肺内のガスを呼出させることができます。これは口すぼめ呼吸と同じ原理です。NPPVで、活動で生じた肺過膨張をリセットできれば、呼吸困難感の軽減にも役立ち、身体活動性を向上させることができます。 COPDに喘息が合併する場合は急性増悪を頻回に起こしやすく、喘息の管理をすることで、不可逆性と思われた気道閉塞が改善することもあります。 また、脈拍が速いことはそれだけで労作時の呼吸困難感につながるため、脈拍が速い場合にはβ1ブロッカーを併用することが、有効な運動療法を行なうためのコツだと考えています。 訪問看護でのポイント 日常生活での援助方針 日常生活のなかで呼吸困難感を生じる労作は(1)上肢を挙上する動作:洗髪や衣類の脱ぎ着、洗濯物を干す(2)上肢を反復させる動作:歯磨き、体を洗う(3)体幹を屈曲させる動作:靴下やズボンの着脱、足を洗う(4)息をこらえる動作:排便や、重い物を持ち上げる等が挙げられます。援助が必要であれば、ある程度の介入も検討しますが、なるべく患者が日常生活を営めるようにします。DHIの予防にSABAやSAMAをいつ吸ったらよいのかの指導も重要なポイントです。 在宅チームは点でのかかわりであり、急性増悪の徴候の早期発見が重要です。入浴時やデイサービスの送迎時などは、労作によって換気メカニクスの異常が早期に出やすいので、いつもと違うSpO2の低下や戻りの遅延、呼吸困難感の有無を、意識的に観察してください。 セルフマネジメントできるように援助する 急性増悪の予防にはセルフマネジメントも重要です。DHIの予防に自ら行なうべきことの指導(アクションプランニング)が大切です。 たとえば、低気圧が近づくとDHIを起こしやすく、労作前のSABAやSAMAのアシストユースの徹底、NPPVをいつもより長く行なう、などです。 また、患者がセルフモニタリングで症状の増悪に自ら気づけるよう、指導することも重要です。 ● 非活動時の体温、SpO2、脈拍、体重、喀痰の量・色、浮腫 ● いつもの活動時のBorg scale、SpO2、脈拍を患者が無理なく記録でき、かつ重要なポイントを患者ごとにアレンジしたセルフマネジメントシートを作成し、記録してもらいます。いつもと違うことに自分で気づくことができたか、アクションできたかも、訪問ごとに一緒に振り返ります。 訪問看護師のさらなる役割 医療チームに訪問PT・OT・栄養士がいない場合は、医師の指示のもと、訪問看護師が呼吸理学療法や栄養療法の知識を持ち、さまざまな教育や支援の担い手になる役割も求められます。 呼吸理学療法 DHIやSpO2低下が起こらないような、労作の工夫、呼吸法、酸素量の調整などを行ないます。 栄養療法 呼吸するだけで消費されるカロリー(呼吸仕事量)は700kcal/日で、これを基礎代謝量に追加摂取しなければ、体重が減っていきます。そこで、栄養学的な視点で食事内容をチェックし、高タンパク・高カロリー食を基本に、栄養補助食を追加するなど、必要カロリーが満たされるように工夫します。さらに心不全リスクがあれば、塩分管理も必要となります。 執筆:武知 由佳子医療法人社団愛友会いきいきクリニック 理事長/院長 編集:株式会社メディカ出版

ご遺体変化&詰め物事情セミナー
ご遺体変化&詰め物事情セミナー
特集 会員限定
2023年6月27日
2023年6月27日

特別先行公開! 死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情 セミナーQ&A

2023年4月14日(金)、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「【納棺師解説】死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」を開催いたしました。納棺師で株式会社沙羅代表の大垣 麻里氏を講師に迎え、エンゼルケアの後にご遺体に何が起こっているのか、詰め物の処置をどうすべきかなどについて解説いただきました。 本記事では、セミナー時に受講者の皆さまからいただいたご質問への回答を、セミナーレポートに先んじて公開いたします。当日、時間の都合により回答し切れなかった質問にも回答いただきました。セミナーにご参加いただいた方も参加できなかった方も、ぜひご覧ください。 【講師/質問回答】大垣 麻里さん湯灌師・納棺師・介護福祉士/株式会社沙羅代表介護の仕事に従事する中で、多くの高齢者が自らの死への不安を抱いていることに気がつき、その旅立ちを支援する湯灌師、納棺師に転身する。その後、湯灌・納棺・メイクサービスを提供する株式会社沙羅を設立。これまで20年以上にわたり、亡くなった方やそのご家族と向き合い、「温かいお別れの場」を提供してきた。 ■お役立ちツールも公開!お役立ちツール『「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」 Q&A一覧』では、より多数のご質問への回答を読むことができます。ぜひご活用ください。>>「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」 Q&A一覧 死後の対応・医療的処置について <Q1>検死になる条件について教えてください。例えば、訪問診療を導入しておらず、延命処置を希望しない方が孤独死した場合、救急車を呼ぶしかないのでしょうか。 医療にかかっていない状態で死亡された場合には、その原因をはっきりさせるために検死が行われます。孤独死の方のご遺体を発見された場合や、救急車を呼んだけれど到着した時点ですでに亡くなっていた場合も検死となってしまいます。ですので、ご質問にある訪問診療を導入していない孤独死の方の場合、検死になりますし、救急車を呼ぶのではなく警察に連絡することになります。 セミナー内でお伝えした通り、検死になるとご遺体が着衣なしで袋に入れられた状態での帰宅となり、ご家族が大変ショックを受けるケースが多いものです。「万が一の際にはかかりつけ医や訪問看護ステーションに連絡を」ということを、ご家族にお伝えいただいたほうがよいかと思います。 救急車到着時点でお亡くなりになっていない場合には検死にはなりませんが、救急車内で心臓マッサージや酸素吸入、点滴などがなされるかと思います。よくお伺いする事例として、心臓マッサージをして肋骨がすべて折れてしまい、ご家族が亡くなった後にそのことを知り、「救急車を呼んだせいで、痛い思いをさせてしまった」と落ち込まれることがあります。こうした、予想外の最期になってしまわないようにするためにも、ご家族に事前のご説明をしていただくのがよろしいのではないかと思います。 <Q2>最近は火葬場が混み合い、1週間程度後に火葬されることも多々あると思います。その状況を踏まえて気をつけるべきことがあれば、教えてください。 確かにCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の流行時は、1週間~10日と長くお待ちいただくことが大変多くありました。やはり、一番のポイントは乾燥対策と保冷です。 訪問看護師さんには、保湿剤をしっかりお顔やその周辺に塗っていただけると助かります。保冷については、訪問看護師さんがドライアイスを使用することは難しいかと思いますので、できるだけ室内の温度を低くしていただき、まずは腹部を、次いで胸部を保冷剤で冷却いただければと思います。その後、我々葬儀社が臓器の上や顔の横をしっかりとドライアイスで保冷していきます。 腐敗・冷却について <Q3>葬儀社が到着する前に冷却しなくてよいのでしょうか。室内の温度設定については、どれくらいがいいでしょうか。 ご遺体のことだけを考えればできるだけ早い冷却がよいでしょう。しかし、ご家族の立場に立ったとき、亡くなったばかりで、まだその状況を受け入れられていないときに、ご遺体に冷却材をのせられるというのは、非常につらいことだと思いますので、タイミングへの配慮が必要だと思っております。 例えば、高熱を出してお亡くなりになった方に、熱冷ましのイメージで「熱がおありだったので、少し置かせていただきますね」と保冷剤を置く…といった対応はできるかと思いますが、状況によって限界があるかと思います。 葬儀社が到着し、ドライアイスで強く冷却するのは、死後10時間~15時間程度経過後が一般的(※)かと思います。そのタイミングでも、もちろんご家族がおつらいのですが、比較的受け止めていただきやすいものです。無理はせず、強い冷却は葬儀社にお任せいただくのがよろしいかと思います。 室温は、腐敗防止の観点では一番低い設定温度でお願いできればベストですが、そばで見守るご家族にも配慮する必要があるでしょう。「できるだけ低い」温度設定でお願いできればと思います。 ※亡くなられた後、ご家族がどれくらいで葬儀社に連絡されるかによります。ただし、葬儀社を選択され、翌日に連絡したり、何社か見積もりをとって検討されたりする方もいらっしゃるため、ある程度の時間経過はあるものとお考えください。 <Q4>すい臓がんの方で、死亡確認翌日に全身が腫れあがり、たらこ唇になってしまったことがあります。生前のお顔と変わってしまったため、ご家族からご相談を受けました。お亡くなり直前に高熱が出ていたため、エンゼルケア後に腹部に保冷剤を載せ、暖房も切っていましたが詰め物はしていませんでした。どう対応すればよかったのでしょうか。 典型的な腐敗現象です。お亡くなりになる前からお身体の状態が悪く、腐敗が進行しやすい条件がそろっていたのではないかと思います。詰め物との関連性はなく、保冷が足りなかったことが主原因です。状態の悪い方については、ドライアイスを使用しての急速な保冷を行うことが大切だと思います。葬儀社に引継ぐ際、「状態が悪いので至急ドライアイスをしっかりあててください」とご伝言くださると助かります。 <Q5>エンバーミングについて教えてください。どのような内容で、どんなご遺体に実施されるのでしょうか。 簡単に説明いたしますと、血管を通じて血液を排出し、代わりに赤く着色した防腐液(ホルマリン、フェノール等)を注入し、体に行き渡らせることで、腐敗進行を遅らせるような処置を施していきます。それにより、ご遺体を長期間維持できるようにするご遺体保全処置がエンバーミングです。 事情があって火葬までの期間が長いケースや、ご遺体の損傷修復のためにも行われますが、実際には「感染予防になるから」「きれいになるから」といったご要望に基づく実施が多いです。 体液漏れについて <Q6>生前(数日前)に点滴の抜針をして、止血を確認しました。エンゼルケア時に抜針したわけではないですが、死亡後にその抜針した部位から血液や浸出液が出てくることはありますか? 2~3日前の皮下点滴の痕であっても、圧迫固定は必要になりますか? はい、生前止血を確認しても、針穴から体液が漏れることはあります。 皮下点滴の痕についても、実際に漏れるかどうかはケースバイケースですが、その後のご遺体の安置環境が不確定なため、圧迫固定の処置をされていたほうが安心だと思います。 詰め物について <Q7>訪問看護の現場では詰め物をしないように指導を受けていますが、詰め物をしたほうがよいのでしょうか。また、葬儀社では詰め物をしてもらえないのでしょうか。 確かに、詰め物をしていないケースは多いかと思います。在宅看護の方だけではなく、病棟・検死の方も含むデータですが、弊社(株式会社沙羅)の調査でも、60%近い方が「詰め物をしていない」という結果でした。 しかし、新型コロナウイルスの感染、もしくは感染疑いのある方に対し、詰め物・紙おむつ等をして体液の漏出予防を行った場合、納体袋不要という厚生労働省のガイドラインも出ました(2023年1月)。それに基づき、ご家族から詰め物のご要望があることもございます。また、必ずご遺体から体液が出るということはございませんが、詰め物をしていれば体液漏れのリスクが少なくなります。新型コロナウイルス感染有無に限らず、少しでも体液流出の可能性を少なくしたほうがよいのではないかとも考えます。「詰め物をしないといけない」とまでは思いませんが、「できるだけ詰め物をしたほうがよいのではないか」というのが現状の私の見解です。 葬儀社が詰め物をするかどうかについては、会社により対応がまちまちな現状があります。きちんと行うケースもあれば、まったく何も行わないケースもあり、一概に「葬儀社がちゃんと詰め物をしてくれます」と言えないのが心苦しいところです。 「どんな葬儀社に頼んでも、〇〇は行ってもらえる」ときちんと言えるような信頼できる業界になるべく、私も働きかけていきたいと思っております。 <Q8>訪問看護ステーションで用意しておくべき詰め物や、詰める際の道具についてアドバイスをお願いします。詰める際に割り箸をつかうことが多いのですが、ご家族がみていらっしゃることを思うと、心苦しいです。また、肛門に詰め物をせずに面で抑える際には、具体的にどのような処置をするとよいのでしょうか。 詰め物は、綿花が扱いやすいかと思います。詰める際には、可能ならエンゼルケア専用の鑷子(せっし/ピンセット)をご用意いただけたらベストです。 肛門については、肛門を覆うようにガーゼ・綿花・尿パット等でふさぎ、紙おむつと空間ができないようにしておくイメージです。 エンゼルケア・保湿について <Q9>ご遺体の手は組んだほうがよいのでしょうか。 死の習俗として手を組むイメージを持たれている方が多いのですが、そうしなければいけないという根拠はありません。ご家族のご要望があった場合に組む、という対応でよいかと思います。葬儀社では、搬送の際にストレッチャーに手が挟まってけがをさせないようにするために手を組んだり、合掌バンドを装着したりしている現状があります。 なお、例えば拘縮があるような場合は、手を組むことが難しいかと思います。ご家族に対して「無理に組まなくても問題はない」というお声がけをすると、安心いただけるかと思います。中には、「組まなければ成仏できない」と考え、不安に思われるご家族もいらっしゃいます。 ここで拘縮がある方のお身体を無理に伸ばしてしまうと、骨折してしまうこともあります。葬儀社は、制限はあるものの、ある程度高さ・幅に余裕のある棺をご用意するかと思いますので、ご安心ください。 <Q10>目の閉じ方を教えてください。目が閉じずに、眼球が乾燥している場合はどうしたらよいですか? 文章での説明がなかなか難しいのですが、目が薄く開いている程度でしたら、綿を眼球の上に乗せて閉じています。イメージとしてはコンタクトレンズのように薄く綿花をのせていただき、下まぶたを上げて上まぶたを下げます。 綿で閉じることが難しい場合は、エンゼルケア用の整容ゲルを用います。整容ゲルにはアルコールが含まれているのですが、アルコールを注入することで、体液と混ざって膨らみ、目が閉じやすくなります。 <Q11>保湿について、使用する保湿剤や頻度、ポイントなどを教えてください。メイク後の保湿方法や、白色ワセリンを使用してよいかについても教えてください。 保湿剤は、お手持ちの保湿剤でよろしいかと思います。頻度は、あくまで目安ですが一日一回程度です。お顔だけでなく、唇、耳、首などの周辺も忘れないようにしてください。 メイク後の保湿のやり方ですが、オイル系でもクリーム系でも、メイクスポンジに保湿剤を含ませてそっとおさえるように足していきます。白色ワセリンでも問題はありませんが、保湿効果が高い一方で、少しべっとり感があり、テカリが強く出ます。気を付けないと仕上がりに違和感が生じることがありますので、塗りすぎないようにお気を付けください。 <Q12>特別な化粧品を使ったほうがよいのでしょうか。ご本人が使用したものを使っていますが、問題ありませんか? また、自然に見せるためにはどうすればいいかについても教えてください。 我々はご遺体専用の化粧品を使用していますが、皆さんはご本人使用のお化粧品があればそちらでよいかと思います。ただし、ご遺体は体温が低いので、温度で発色するタイプの化粧品は使用することができません。また、クレンジング後、ベースメイクの前に保湿するようにしてください。保湿剤を充分にお持ちでない場合、足して差し上げてください。ベビーオイル・ハンドクリーム・ワセリンなどでも問題ありません(ワセリンは塗りすぎ注意)。 自然に見せる方法については、亡くなられた方によって好みが違うため、どのような見せ方が「その方にとっての自然」と感じるメイクなのか、非常に難しいところです。ただ、どのようなメーカーの化粧品でも、「保湿効果が高いものを選ぶこと」「色の濃淡の種類を多く用意すること」がポイントだと思います。 湯灌(ゆかん)について <Q13>湯灌の定義や、葬儀社が行う湯灌の内容について教えてください。また、訪問看護で清拭を行った場合も、湯灌は行うのでしょうか。 湯灌は、なかなか一口に説明をするのが難しいものですが、温かいお湯に入っていただく、火葬前の最後のお風呂です。洗髪・洗顔・お顔剃りなどを行い、全身を丁寧にボディソープで洗い流します。ただし、地域によっては清拭を「湯灌」と呼ぶこともあります(特に、関東より東の地域)。 湯灌は葬儀のプランの中でご家族が希望された場合に行うことなので、訪問看護でお体をきれいにされていた場合、通常は湯灌しないケースが多いかと思います。 <Q14>湯灌の前に、詰め物やエンゼルケアを行っても問題ないのでしょうか。詰め物がとれてしまうことはありませんか。湯灌する場合、ポリマーの詰め物はよくないというお話も聞きました。 問題ありません。特別なことがない限り、湯灌の際に詰め物が出ることはないでしょう。詰め物は、濡れるため湯灌後に葬儀社で交換するのですが、それでも意味があります。亡くなられてから湯灌されるまで間に、寝台車で移動されたり、安置されたりとお身体を動かすことが多いため、体液漏れの予防処置としての詰め物をお願いしたいです。 ポリマーは水を含むと100倍近く増えるため、どうしてもあふれ出ますが、湯灌をされるかどうかはエンゼルケア時には不確定のため、ポリマー処置されていても問題ありません。ただし、鼻腔については副鼻腔内ではなく、より奥にポリマーを注入しておいていただければと思います。 葬儀社の対応と訪問看護との連携について <Q15>訪問看護では、エンゼルケアは自費負担をしていただいています。葬儀は費用を抑えたものや湯灌なしのものなど、さまざまなプランがあるようで、どこまで自分たちが行うべきか迷います。訪問看護と葬儀社で、対応の違いはあるのでしょうか? 訪問でするべき対応は何だと思われますか。ご家族に説明するためにも知りたいです。 皆さんをはじめ医療者の方々が行うエンゼルケアは、病気と闘い人生を終えられた後、その方らしく身支度を整えること、本来の姿へ戻ること、という意味合いが強いと考えております。一方、我々葬儀社が行うケア・身支度は、「宗教儀式に向けての準備」という意味合いが強いです。 私は葬儀社サイドの者なので、ご家族に会うのは亡くなられた後になります。でも、皆さんは訪問看護でご家族のことも、亡くなられた方のこともよくご存知のはず。私がご家族だったら、故人が生前からお世話になった方に最後の身支度をしてほしいと思います。ですから、訪問看護師さんができる限り亡くなられたときの身支度をされるのが、ご家族の心情としてはベストではないでしょうか。ご家族のご要望に沿うことが基本ですが、場合によっては髪の毛を解くだけだったり、ご本人の口紅を塗ったりするのみでもよろしいかと思います。私は、ご家族が葬儀社に対し、「訪問看護師さんに綺麗にしてもらったからもう大丈夫です」とおっしゃるケースがもっと増えたらよいのではないかと考えています。 また、費用の兼ね合いから葬儀を当初の想定より縮小される方も大変多くいらっしゃいますので、結果的に訪問看護師さんによるエンゼルケアが最後のお支度になることもあります。 <Q16>訪問看護師がご遺体のお着替えをした後、葬儀場でもまたお着替えをすることになるのでしょうか? また、エンゼルケアのやり直しを行うことはありますか? ご家族に、看護師とエンゼルケアをしたいか、葬儀社にお任せしたいかの確認を行っていますが、看護師と行う場合も、例えば詰め物のやり方が不十分だったのではないか、やり直しをするのであれば無駄に金銭的負担をかけているのではないか、と不安になります。 ご家族の金銭的ご負担も考慮の上、そのようなお声がけをしていただいていること、大変ありがたく思います。 ご家族がどの葬儀社に依頼されるかによって異なりますが、弊社の場合は、訪問看護師さんがご遺体のお着替えやメイクをされていた場合、ご家族がそれを望まれたと判断し、特にご要望がない限りはお着替えやメイクをいたしません。 ただし、葬儀社によっては、例えば「白装束を販売したい」という都合によって、お着替えをしているにも関わらず「仏着に着替えないといけません」といった言い方をする良くないケースもあるようです。基本的には、ご家族から再度の着替え要望がなければ、する必要はないと私は考えております。メイクについても、ご家族から「イメージと違うのでやり直してほしい」というようなご要望がない限り行いません。 詰め物については、時間経過とともに変化が起きることも多いため、「完璧な処置」というのはどの時点であっても不可能だと思っています。状況に応じてやり直しが発生します。しかし、詰め物をしていただくことで、体液漏れの予防処置になりますので決して無駄にはなりません。ご遺体・ご家族のためにも大変ありがたいです。 <Q17>小児の場合にも大人と同じような処置をしていますか? 小児の方の場合、綿花詰をしないことが多いです。小さなお鼻やお口に詰め物をすることに、大変心苦しさを感じるためです。ご両親、特にお母様のご要望に寄り添い、どうされたいのかを充分に聞き取って対応するようにしています。また、ご両親がお見送りまでの間に何度も抱っこできる状態にしておけるように気を付けております。訪問看護師の皆さんも、ぜひご両親に対して、「抱っこしてもよい」ということをお伝えいただければと思います。 * * * 後日、オンラインセミナー「【納棺師解説】死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」の講義内容をダイジェストにしたレポート記事も公開いたします。ぜひそちらもご覧ください。 >>シリーズ一覧はこちら「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」セミナーレポート>>お役立ちツールはこちら「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」 Q&A一覧 編集: NsPace編集部

家族看護
家族看護
特集
2023年6月27日
2023年6月27日

妻の病状を受け入れらない夫に対する関わり【家族看護 事例】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回から実際の事例をもとに援助に行き詰まりを感じた場面を取り上げ、「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を使って分析。支援の方策を考えていきます。 事例紹介 Aさん(50代、女性) 事務職をしていた半年前に胃がんと診断。すでに腹腔内に転移し、手術ができる状態ではありませんでした。入退院を繰り返し、抗がん剤治療を試みましたが効果は得られず。緩和ケアを中心とした在宅療養の開始と同時に訪問看護が導入され、Aさん自身も治療ができる段階ではないことを理解していました。症状は進行し、現在Aさんはほぼベッド上の生活です。予後も週単位と考えられました。 家族構成 同居家族は、Aさんと夫(50代)、中学生の娘と小学生の息子の4人暮らし。夫は管理職として働きながら、家事や子どもたちの世話を一手に引き受けています。お互いの両親は遠方に住み、高齢でほとんどAさんの自宅を訪れることはありませんでした。 訪問看護師の悩み(直面している課題) Aさんは、苦痛症状も増強。今までは夫に強く主張することがほとんどなかったAさんでしたが、「もうつらい。もう死んでしまいたい。もうがんばったでしょ。お父さん、もういい」と夫に必死に訴えるようになりました。夫は「そんなこと言うな。がんばれ!」と大声で叱責。「妻の気力が落ちてしまったら死んでしまう。一日でも長く生きてほしい」と、ひたすらAさんを励まし続けていました。 Aさんのつらい思いに寄り添いたい訪問看護師は、夫に対し病状を受け入れ理解してほしいと説得を試みますが、夫の勢いが強く、うまく介入することができません。最期の時が迫りつつある中で、どう介入すればよいのか困っていました。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルで考える 検討場面の明確化 Aさんが夫に自分の思いを必死に訴えるものの、夫は「そんなことを言うな」とAさんをひたすら励まし続けます。夫の強い勢いを前に、訪問看護師は戸惑い、うまく対応できませんでした。そこで、この場面を取り上げて、Aさん、夫、訪問看護師に何が起こっていたのかを検討したいと思います。 それぞれの文脈(ストーリー) ■訪問看護師訪問看護師は、「もうこれ以上がんばれない」と言うAさんに寄り添いたいと思う一方で、夫がAさんをひたすら励まし続けることに戸惑い、かかわりに困っていました。訪問看護師の「Aさんをかばい、夫を説得する」という対処の背景には、夫にAさんの病状を受け入れてもらい、家族そろって穏やかな終末期を過ごしてほしいとの切なる願いがあります。それと同時に、今のままでは穏やかな終末期が遠のいていくと感じる焦りもあります。そうした状況が介入への困難感の増強につながっていたと思われます。 ■夫夫は、妻の奇跡的な回復を信じているのに、妻が弱音を吐き、医療者が希望のない話ばかりすることに困っていたと考えられます。「自分の行動を正当化し、妻を過度に励ます」という対処の背景には、若くして妻を失うかもしれない現実に直面した夫の予期悲嘆や妻亡き後の不安があったことでしょう。加えて、夫としての使命感、希望を失いたくない思い、病状の進行が早くて気持ちが追いつかない状況、仕事と介護の両立による余裕のなさなど、実に多くの要因があると推察されます。 ■AさんAさんは、夫に身体のつらさ、苦しみを理解してもらえないことに困り、夫に必死に訴えていました。その背景には、夫の気持ちも分かるものの、どうしても自分の体力や気力が伴わない現状があったと考えられます。 それぞれの関係性 次にAさん、夫、訪問看護師の三者全体の関係性を俯瞰してみましょう(図1)。 夫はAさんを「過度に励まし」、Aさんはそのつらさを訪問看護師に「訴え」、それを「受け止める」訪問看護師は夫を「説得」。説得された夫は訪問看護師への「反発」を強め、さらにAさんを励ますという悪循環が生じています。訪問看護師が夫を説得すればするほど、事態を悪化させているのです。 また、Aさんと訪問看護師の関係はうまく循環していますが、夫は孤独な状態にあるといえます。Aさんと夫の関係は悪循環に陥り、夫婦間の緊張・葛藤が高まっている状況です。 図1 Aさん、夫、訪問看護師の相互関係 パワーバランスと心理的距離 夫と訪問看護師について検討した内容を図2に示します。 夫は訪問看護師に対する反発のパワーが高まっています。訪問看護師も夫に分かってもらいたいと思うあまり、夫に向けるパワーが高く、両者は拮抗状態です。 心理的距離を見てみると、夫は境界を越えて訪問看護師側に迫っています。訪問看護師は何とかその場に踏ん張って夫に対処しているものの、夫の詰め寄りに大きな負担を感じている状況です。 図2 夫と訪問看護師のパワーバランスと心理的距離 アセスメントをもとに支援の方策を考える そこで、Aさんに関わるケアチームでカンファレンスを開催し、スタッフ間でそれぞれが抱いていた支援の困難感を共有しました。 これにより、気持ちが楽になった訪問看護師は、「過度に励ます」という夫の対処の背景について話し合い、夫が抱えている実に多くの苦しみに今更ながら気づきました。そして、私たち医療者もつらいけれど、「ご主人はそれ以上にもっと苦しんでいる」と共感の気持ちが沸き上がってきました。それとともに医療者の中に理想の最期を求める気持ちがあり、それがかえって夫を追い詰めている現状も見えてきました。 そのような気づきにより訪問看護師は夫の説得をやめ、「Aさん、今日は痛みもないようで、楽そうにされていますね」、「表情が穏やかで、子どもさんとの会話を楽しんでおられました」といったような、むしろ希望につながる会話を心がけました。すると次第に夫の緊張がほぐれ、夫も訪問看護師に心配事を吐露するようになりました。 そして、夫の病状認識を助ける介入も行いました。夫はAさんの病状の進行が早い状況に大きな戸惑いを感じていました。そんな夫が信頼でき、十分につらさを訴えられるような医師との面談の場を設けるようにしたのです。これにより夫は、今後Aさんが辿るであろう経過についてのイメージが少しずつ明確になったようです。訪問看護師が一貫して、Aさんの症状緩和と睡眠の確保に努めたことも夫の介護ストレスの軽減につながりました。 当初、夫は訪問看護師に対し反発していましたが、訪問看護師が対応を変えたことによって、訪問看護師との関係が確実に変化していきました。夫は、子どもたちをAさんから遠ざけていましたが、「親子(Aさんと子どもたち)の時間を大切にしてはどうか」という訪問看護師の提案を聞き入れ、子どもたちがそれぞれ可能な介護を担えるように働きかけるようになりました。子どもたちの存在によって夫婦間の葛藤が緩和され、やがて家族間の穏やかな会話も増えました。夫と子どもたちは最期までAさんを在宅で看取ることができました。 事例におけるアセスメントと支援のポイント ● 看護師のパワーを下げ、支援者から変わる必要があると気づけたこと● 叱咤激励せざるを得ない家族の思いや背景をケアチームで話し合うことで、訪問看護師の認識が苦手意識から共感的理解へ変化したこと● 一貫して療養者の症状緩和に努め、夫とは希望をつなぐ会話を心がけたこと● 夫の病状認識を助ける他者の介入を実現させたこと ● 子どもたちを介護に招き入れ、夫婦間の葛藤を緩和して家族全体の力を引き出したこと 執筆:丸岡 留美子長浜米原地域医療支援センター ●プロフィール1989年滋賀県立総合保健専門学校保健学科を卒業。長浜赤十字病院に勤務し、訪問看護を経験する。2006年に緩和ケア認定看護師を取得。緩和ケア推進や相談等のチーム活動を行い、家族や在宅看取りへの支援に力を入れる。退職後、2023年より地域の多職種とともに地域医療に携わる。 2000年に「渡辺式」家族アセスメント支援モデルに出会い、院内で定期的に勉強会を開き、事例検討を重ねてきた。現在、NPO法人家族関係・人間関係サポート協会のセミナーを受講し、インストラクターを目指している。 ▶NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会のホームページ※渡辺式シートのダウンロードも可能です。 編集:株式会社照林社

漫画「利用者さんは私の先生」
漫画「利用者さんは私の先生」
特集
2023年6月21日
2023年6月21日

受賞作品漫画「利用者さんは私の先生<後編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、中島 絵理子さん(一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション/神奈川県)の審査員特別賞エピソード「利用者さんは私の先生」をもとにした漫画の後編をお届けします。 「利用者さんは私の先生」前回までのあらすじ訪問看護師 中島さんのご近所に住んでいた利用者の野坂さん。元々は小学校の先生で、毒舌ながらも教え子に慕われていました。定年を迎えた野坂さんは、フリースクールを開こうとしている矢先に難病であることが発覚して…。>>前編はこちら受賞作品漫画「利用者さんは私の先生<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 利用者さんは私の先生<後編> 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:中島 絵理子(なかじま えりこ)一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション(神奈川県)今回審査員特別賞を受賞したこと、所属ステーションの上司・先輩たちも一緒になって喜んでくれました。訪問看護師をしつつ看護学校の先生をしている先輩は、授業で私のエピソードを取り上げてくれたとのこと。「学生さんが共感してたよ」と教えてもらい、とてもうれしく思っています。また、生まれて初めて立派なトロフィーをいただき、子どもに「ママすごい!」と言ってもらえたことも嬉しかったです(笑)。訪問看護をしているなかで、皆さんに伝えたいエピソードはたくさんあるので、ぜひまたチャレンジしたいと思います。 [no_toc]

漫画「利用者さんは私の先生」
漫画「利用者さんは私の先生」
特集
2023年6月20日
2023年6月20日

受賞作品漫画「利用者さんは私の先生<前編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、中島 絵理子さん(一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション/神奈川県)の審査員特別賞エピソード「利用者さんは私の先生」の漫画をお届けします。 >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!【みんなの訪問看護アワード】 利用者さんは私の先生<前編> >>後編はこちら受賞作品漫画「利用者さんは私の先生<後編>」【つたえたい訪問看護の話】 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:中島 絵理子(なかじま えりこ)一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション(神奈川県) [no_toc]

うつ病の学び直し
うつ病の学び直し
特集
2023年6月20日
2023年6月20日

【在宅医が解説】「うつ病」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を解説します。今回はうつ病とうつ症状について、在宅でよくみられる症状を中心に、訪問看護師が知っておきたいことを在宅医療の視点で紹介します。 はじめに 「うつ病」という病名を聞いたことがない方は、まずいないと思います。どんな症状が出るかというと、 一日中気分が落ち込んでいる、何をしても楽しめないといった精神症状とともに、眠れない、食欲がない、疲れやすいなどの身体症状が現れる厚生労働省「みんなのメンタルヘルス総合サイト」1) と厚生労働省のウェブサイトに記載されています。ですが、仕事や私生活でつらいことがあったり、あまりに忙しかったりすると、多くの人はこんな気分や体調を経験するのではないでしょうか。その線引きは非常に難しく、精神科の専門医でも診断がつくまで年単位を要することがあります。 私たちが在宅の現場で出会うのは、「大うつ病」と呼ばれるいわば正真正銘のうつ病よりも、内科的疾患に合併するうつ症状や、薬の副作用、心理的な原因があっての抑うつ気分のほうが圧倒的に多いと思います。ここでは、主に後者について解説します。 うつ症状を生じうる疾患がたくさんある 癌、慢性疼痛を伴う疾患、内分泌疾患、冠動脈疾患、糖尿病、脳梗塞後遺症、パーキンソン病等々、うつ症状を呈しうる疾患はたくさんあります。すべてを書ききれませんので、ここでは癌を取り上げたいと思います。 癌患者はうつ病や抑うつ状態になりやすい 癌の患者さんでは、15~40%と高率にうつ病を合併する2)とされています。 癌患者さんは、将来の計画を失ってしまう絶望感、死の恐怖、身体的苦痛への不安、経済的不安等々、非常に強いストレスにさらされますから、抑うつ状態になるのはむしろ通常の反応といえます。さらにわれわれが在宅で出会うのは、積極的治療の適応がなく「死を待つばかり」の患者さんが多いわけですから、身体的にも精神的にもかなり深刻な状況です。 患者さんとご家族に、「抑うつ的になりやすい状況に置かれていること」を理解していただき、共感をもってお付き合いしていきましょう。 信頼できる人に思いを打ち明けることで、気持ちが整理され、落ち着いてくることがあります。家族でも親友でも、主治医でも看護師でも構いません。患者さんが思いの丈を打ち明けられる環境づくりを工夫してください。 「病気についてよくわからない」「これからどうなっていくのかわからないのが不安」という場合は、主治医が病気と予後について丁寧に説明することで、少しずつ気持ちが整理されていきます。 癌終末期のうつ症状への対応 終末期においては、心身に苦痛を与えている症状の緩和(いわゆる緩和ケア)で、うつ症状が軽減することもありますが、難しければ、比較的副作用が軽い抗うつ薬を投与することもあります。 人生最期の大事な時間です。身体症状はもちろんのこと、精神的問題についても極力緩和し、本来のその人らしい時間を過ごしていただくために全力を尽くさなければなりません。看護師の皆さんは、患者さんとご家族のお気持ちを丁寧に拝聴し、主治医につないでください。 高齢者のうつ病の特徴と治療 高齢化が急速に進んでいる現在、高齢者のうつ病には特に注意を払いましょう。さまざまな病気を抱えている上に、加齢による心身の衰えが加わると、うつ病発症リスクは高くなります。さらに、配偶者との死別、経済的不安などの環境要因で、気持ちが落ち込みがちになります。 治療の基本は、高齢者以外でも同様ですが、柱となるのは支持的精神療法です。患者さんの訴えを丁寧に拝聴し、悩みに共感すること。それだけで「癒される」患者さんは少なくありません。看護師の皆さんにはぜひその役割を果たしていただきたいと思います。 不眠、食欲不振などに対して薬物治療を行なうこともありますが、若い方に比べると、高齢者では抗うつ薬の副作用が出やすく、効果も出にくいです。持病の治療薬との組み合わせが悪いと抗うつ薬が使えないこともあります。高齢者では、単一の抗うつ薬をごく少量から使用して様子をみることになります。 薬剤惹起性うつ病を疑うケース うつ症状を起こしやすい薬剤として、古典的にはインターフェロン、ステロイド、レセルピンをはじめとする降圧薬などが知られています。ほかにも、鎮痛薬、抗ヒスタミン薬、高脂血症治療薬など一般的に使われる薬剤でも、頻度は低いですが「抑うつを誘発する可能性」が指摘されているものがたくさんあります。 新しい薬の処方後に患者さんが抑うつ的になった場合、まずは副作用の可能性を疑います。早期発見して薬を中止すれば、抑うつは速やかに改善します。 高齢者の多剤併用には特に注意を 高齢者では特に、薬の副作用について注意が必要です。 高齢者は複数の持病を持ち、そのぶん処方される薬が多くなります。処方が6つ以上に増えると副作用を起こす頻度が増えるといわれていますが、6つどころではなく、特に病気ごとに複数の医療機関に通院している方だと、合計10種類以上の薬を飲んでいる、というケースも少なくありません。 高齢になると薬を分解・代謝する力が低下するため、薬が効きすぎたり副作用が出やすくなったりします。たくさんの薬を服用していると、そのぶん副作用のリスクが高まり、重症化しやすいです。特に起こりやすい副作用として、認知症、せん妄と並んで、うつ症状が挙げられています。 特に、鎮痛薬や睡眠薬、抗不安薬などは、体に蓄積されやすいので注意が必要です。 執筆:佐藤 志津子医療法人社団緑の森 理事長さくらクリニック練馬 院長編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)厚生労働省「みんなのメンタルヘルス総合サイト」https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_depressive.html2023/03/20閲覧2)明智龍男.『がん患者のうつ病・うつ状態』現代医学.69(2),2022,30-5.

緩和ケア がん疼痛
緩和ケア がん疼痛
特集
2023年6月13日
2023年6月13日

WHOの三段階除痛ラダーと鎮痛薬使用の4原則とは【がん身体症状の緩和ケア】

退院後、痛みがうまくコントロールできていない様子のAさん。処方されている鎮痛薬の種類や量は適切なのでしょうか。また、ほかにできることはないのでしょうか。今回は、鎮痛薬の選択と使用に関する基礎知識を中心に解説していきます。 >>前回の記事はこちらがん疼痛マネジメントの原則-WHOがん疼痛治療ガイドラインとは【がん身体症状の緩和ケア】 WHOの「三段階除痛ラダー」(図1) 「三段階除痛ラダー」とは、軽度の痛みにはオピオイド以外の鎮痛薬を使用し、軽度から中等度の痛みには弱いオピオイドを併用、そして中等度から高度の痛みには強いオピオイドの追加を段階的に行う方法です。つまり、強い痛みには強い薬を使用し、弱い痛みには弱い薬を使用するという考え方です。 2018年に改訂された「WHOがん疼痛治療ガイドライン」からはなくなりましたが、がん疼痛の緩和においてとても重要な考え方だと思いますので解説します。 しばしば、副作用のある強いオピオイドは最後の手段と捉えられ、その前段階の軽い薬で痛みを解決しようとすることが少なくありません。しかし、がん緩和ケアでは、強い痛みであると判断したならば、はじめから強いオピオイドを投与してもよいとされています。むしろ、弱い薬でいつまでも痛みがコントロールできない状態は、患者さんの生活の質(quality of life:QOL)を大きく妨げてしまうと考えられているのです。もちろんNSAIDs(非ステロイド性鎮痛薬)や鎮痛補助薬は併用しても問題ありません。 ラダーそのものが弱い薬からの使用を推奨しているようにも見えるために、ラダーの考えは削除されました。しかし、「強い痛みには強いオピオイドを使用する」という本質はまったく変わっていません。 図1 WHOの三段階除痛ラダー World Health Organization. 『WHO guidelines for the pharmacological and radiotherapeutic management of cancer pain in adults and adolescents』. 2018.を参考に作成 鎮痛薬使用の4原則 「WHOがん疼痛治療ガイドライン」のがん疼痛マネジメントの1つ、「鎮痛薬使用の4原則」も重要ですので確認しておきましょう。 (1)「経口で」 オピオイドには注射を含めてさまざまな投与経路があるなかで、最も簡便で多くの国、多くの場面で利用できる経口投与が推奨されています。例えば消化管閉塞の合併等の事情で経口的にオピオイドが服用できない場合には、経皮投与や持続注射など別の方法を検討します。 (2)「時間を決めて」 時間を決めて鎮痛薬を使用します。WHO方式のがん疼痛治療法が登場する前は、原則として痛みが出てから鎮痛薬を使用していました。ところが、予防的に鎮痛薬を使用すれば、より効果的に痛みを緩和できることが発見されました。痛みが出る前に時間を決めて鎮痛薬を使用する、これは非常に画期的で大変重要な要素です。 (3)「患者ごとに」 患者さんの痛みに応じて、鎮痛薬の投与量や投薬内容を調整します。同じがんといっても病態はさまさまで、治療方法も変わってきます。痛みの感じ方も異なり、副作用の出方もそれぞれです。患者さんごとに評価を行い、投与量や投薬内容を調整します。 (4)「その上で細かい配慮を」 配慮とは、オピオイドの副作用や患者さんの症状や状態に合わせて、オピオイド以外の薬剤の投薬内容を調整することです。例えば、便秘や嘔気の症状があれば、オピオイド誘発性便秘症治療薬や制吐薬などを使用します。骨転移による強い痛みがあれば、ジクロフェナクナトリウムやメフェナム酸などNSAIDsの併用も有効です。時には、ステロイドが症状緩和に役立つケースもあります。一人ひとりの患者さんに応じて、その人が少しでも生活しやすくなるように、投薬内容を細かく調整していきます。 もちろん患者さんとご家族の不安を軽減するために、薬物療法のレジメンについて理解できるよう十分な説明も必要です。 Aさんの投薬内容をどう調整するか ここまで除痛ラダーや鎮痛薬使用の原則について説明してきました。その内容を踏まえて、Aさんの投薬内容の調整について考えてみたいと思います。 ある日、あなたの訪問看護中にAさんは背中の強い痛みを訴えました。指示されていたロキソプロフェンナトリウムを服用してもらいましたが、あまり効果がないようです。10分経ってもAさんはベッドの上でうめき声をあげています。 20分ほど背中をさすっていたら、少し痛みが落ち着いたので、あなたはステーションに戻りました。戻ってすぐに、まずは在宅主治医に今日のAさんの様子を連絡。すると、主治医からすぐにカンファレンス開催の提案がありました。 翌日、訪問看護師であるあなた、薬剤師、ケアマネジャー、在宅主治医がAさんの家に集まりました。 画像素材:PIXTA あなた: 膵臓がんのAさん、痛みが退院したときより強まっているようです。お薬の調整をした方がよいと考え、みなさんにご相談します。ご意見を聞かせてください。 在宅主治医: 膵臓の真ん中に4cmの腫瘍を認め、肝臓に多数の転移が見られます。腹水も少し増えているように思います。痛みが出るのは当然かもしれませんね。オキシコドン徐放性製剤を増量した方がよいと思います。 Aさん: 薬を増やすのは副作用や体に悪い影響があるのではないか心配です。今飲んでいる薬は麻薬と聞いていますので…。大丈夫でしょうか? あなた: Aさん、確かに心配ですよね。お気持ち、よく分かります。今使用している薬は確かに医療用麻薬と呼ばれていますが、この薬は、慢性的な痛みを感じている人が痛みを和らげるために使用する場合、依存症や精神障害にならないことがわかっています。なぜなら、体の中で痛みを感じているときと、感じていないときに使用する場合では別の効き方をするためです(参照:ワンポイントメモ)。そうですよね、先生。 在宅主治医: そのとおりです。今こうして痛みを感じているAさんが服用する量を増やしたとしても、依存症状のご心配はいりませんよ。医療用麻薬には吐き気や便秘などの副作用がありますが、きちんと対策を立てておけば乗り越えることが可能です。その上でAさんが生活しやすいように、痛みや呼吸困難などのつらい症状を最小限度に抑えましょう。少し薬の量を増やしてみるとよりよいと思いますよ。 Aさん: そうなんですね、やめられなくなるのではないかと心配していました。痛みの治療に使用していれば依存症にはならないのですね。 在宅主治医: まずは現在のオキシコドン10mgの量を20mgに増やしてみましょう。30~40mgが目標です。痛みが残るのであれば、また少しずつ増やしていきます。 薬剤師: Aさん、便秘気味ではないですか? Aさん: そういえば、退院してからまだ一度も便が出ていません。 薬剤師: それならオピオイド誘発性便秘症治療薬であるナルデメジンを併用するのはいかがでしょう。 在宅主治医: 確かにそれはよいアイデアですね。オピオイドを服用していると便秘は必ず発生しますので、ぜひ使用しましょう。それと、吐き気止めもあった方がよいと思います。 * カンファレンスはまだ続きます。この続きは次回に。 >>次回の記事はこちらオピオイドスイッチングとタイトレーションとは【がん身体症状の緩和ケア】 【ワンポイントメモ】 なぜ医療用麻薬は依存症にならない?痛みのない人が医療用麻薬を服用すると、脳からはドーパミンと呼ばれる物質が放出され、興奮状態となり快楽を感じます。このドーパミンが放出されている状態が繰り返されると、依存症になるといわれています。しかし、痛みのある人が医療用麻薬を服用しても、すでに脳内には疼痛を抑制する物質、すなわち内因性オピオイドが放出されており、ドーパミンの放出は起こりません。このため、がん性疼痛を訴える人が医療用麻薬を服用しても依存症にはならないのです。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

訪問看護でポータブルエコー活用
訪問看護でポータブルエコー活用
特集
2023年6月13日
2023年6月13日

ケースレポート「訪問看護でポータブルエコー活用し変化したこと」

近年、訪問看護でも活用されるようになったポータブルエコー。直ちに体内を可視化できることで、医師との情報共有がスムーズになり、早期発見や重症化予防も期待されています。また、導尿や摘便など、侵襲性の高い処置を不必要に行うことが減り、適切なケアが提供できると言われています。 今回は、2017年からポータブルエコーを採り入れ、排尿ケアを中心に実践を重ねているLIC訪問看護リハビリステーション所長の黒沢勝彦氏に、導入の経緯や活用の実際について、お話を伺いました。 判断や思考プロセスを助けるポータブルエコー もともと私自身、病院では救急・集中ケアの分野で勤務していたので、日常的に医師がポータブルエコーを使っていました。腹水の有無や心機能など、画像を間近で見ていたので、馴染みの深い医療機器の一つです。また、素早い医療連携につながっていたため、いずれは訪問看護師がポータブルエコーを使えるようになるだろうと、願望のようなものがありました。さまざまな検査や機器が備わっている病院に比べ、在宅では、適切なアセスメントや臨床判断の材料を得られにくい場合があります。しかし、ポータブルエコーによって誰でも簡便に判断でき、思考プロセスを助ける情報を得られないだろうか、という思いから、その必要性を感じるようになりました。 しかし、初期投資や維持費がかかる上、診療報酬や看護ケア制度で報酬が得られないという、コスト面のネックがあり、導入しても使わなければ無駄になってしまう、という葛藤もありました。訪問看護でどう活かすのか、活用方法を明確にした上で1台購入しました。 当ステーションでは、神経難病や、ターミナル期の利用者さんに挿入されている膀胱留置カテーテル閉塞の有無や乏尿・尿閉の判断などでポータブルエコーを活用しています。 ポータブルエコーは訪問看護師の判断を支える 訪問看護のマネジメントでは、訪問看護師の心理的負担への配慮も重要だといわれます。とくに経験の浅い訪問看護師は、1人で判断する怖さがあります。例えば、カテーテル交換や点滴の必要性などの判断、医師への報告、連絡といった部分は確信を持って行えない不安があると思います。従来は経験豊富な先輩看護師が指導・助言するスタイルでした。現在はそれに加え、画像をビジネスチャットツールでほかのスタッフと共有するようになりました。対応の助言を請うようになれば、限定的ではありますが、判断に悩む訪問看護師を孤独にさせない状況が作り出せると思います。 また、サービス資源の多い都市部と、少ない過疎地では、訪問看護師の役割が異なってきます。過疎地は、次の訪問先まで30分~1時間かかり、救急車が入ることすら難しい地域もあり、医療サービス資源が満足に行き届かないという課題があります。過疎地の訪問看護師がエコーを利用することで、遠隔にいる医師やスタッフに画像を共有することができるので、迅速な医療介入が可能に。ICT(情報通信技術)活用が促進されれば、こうした課題の解決にもつながるでしょう。 「エコーは役立つ」という組織風土を創る 当ステーションでは、実施に伴う所要時間や難易度が低いとされる膀胱エコーの習得から始めました。まずはハードルとなるとっつきにくさを払拭し、「ポータブルエコーは役立つ」という文化を創ることを目指しています。そのためには、自分のほかにヘビーユーザーを作り、さらにそのスタッフが違うヘビーユーザーを作っていく流れにすることが大切だと思います。聴診器のように、ポータブルエコーを目的ありきで使えるようになってきたのは大きな変化です。きっかけのひとつとしては、ポータブルエコーの導入研修をしていただいたことが大きいと思います。 しかし、導入研修だけでは使えるようになりません。どうやって実際の利用者さんに使うかを考え、知識を得たり、触れたりすることが重要です。1人で使えるまではOJT(On the Job Training)を丁寧に繰り返し、ポータブルエコーを使用する利用者さんの同行訪問を行いました。ポータブルエコーの使用や画像を一緒に確認し、日々の介入の中で声かけしています。とにかく回数を重ね、エラーも経験しながら習得していく必要があるので、すべてのスタッフが継続して使えるような組織の教育体制が求められます(写真1)。 写真1:定期的にスタッフ間で勉強会。慣れる・使う・共有を繰り返すことが重要(提供:黒沢勝彦氏) エコー導入は組織の目的・理念を踏まえて 機種選びは価格メインではなく、解像度が高いものが推奨されています。解像度の高さは重要ですが、訪問看護ステーション経営の観点からは、低価格のものでないと普及が難しくなると言わざるを得ません。選び方以前に、組織の目的や理念などと照らし合わせ、導入の必要性を吟味することが大事です。例えば、月に1、2回の使用回数の場合、経営上不要だという判断を考えていく必要があるでしょう。私たちももう1台導入を考えていますが、それで本当に役立てられるかと、購入に二の足を踏んでいます。 ほかのスタッフが「もう1台あったらいいよね」と言い始めたり、エコーの明確な使用目的が新たに提案されたりすれば、購入を検討することになります。「とりあえずデバイスがあるから、何かしよう」で、始めると継続が難しくなります。 訪問看護師によるポータブルエコーの使用は、よりよいケアにつなげるためのアセスメントツールであることを伝えていきたいと思います(図1)。 図1:「導入後の3つのポイント」(提供:黒沢勝彦氏) 取材協力・監修:黒沢 勝彦氏(LIC訪問看護リハビリステーション 所長)編集:メディバンクス株式会社

家族看護総論【後編】
家族看護総論【後編】
特集
2023年6月6日
2023年6月6日

家族看護 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは【総論 後編】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回は、渡辺先生にこのモデルの特徴や分析プロセスを詳しく解説していただきます。モデルの思考過程をツール化したシートについてもご紹介いただきます。 >>前編はこちら家族看護とは何か、看護職に求められることは【総論 前編】 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは、「援助者が対象者・家族との関わりに困った場面や時期に、いったい何が起こっていたのか、ことの全容を明らかにし、援助の方向性(方策)を導き出すための思考過程」をモデル化したものです。 例えば、「あのお母さん、何度説明しても自己流のケアのやり方を変えてくれない。どうしてなんだろう、困っちゃうな」とか、「本人と家族の思いがズレていて、にっちもさっちもいかない」といったような援助に行き詰まりを感じた場面で効力を発揮します。 モデルの前提にある考え方と特徴 このモデルの前提となっているのはシステム理論、すなわち「ある出来事は、そこに関与する人が互いに影響を及ぼし合って生じる」(循環的因果関係)という考え方です。したがって、「困った」場面を分析する際にも、相手(療養者や家族成員)のことはもちろんですが、自分たち援助者についても客観的に分析します。 家族看護においてもさまざまなモデルが開発されていますが、援助者を分析対象とするのはこのモデルをおいてほかにはなく、大きな特徴といえます。 「人間関係見える化シート®」 渡辺式家族アセスメント/支援モデルでは、その思考過程をツール化したシート(渡辺式シート)が開発されています。 このシートはⅠ:事例情報シートⅡ:人間関係見える化シート®Ⅲ:支援方法、実施、評価シートの3つのパートで構成されています。特に、「Ⅱ:人間関係見える化シート」に沿って分析していくと、複雑な問題も整理されて、支援の糸口を見出せるでしょう。このシートは思考過程を共有できるため、主にカンファレンスやコンサルテーションで活用されています。 図1に、Ⅱ:人間関係見える化シート®を抜粋し示します。 図1 Ⅱ:人間関係見える化シート® 渡辺式シートは、NPO法人 日本家族関係・人間関係サポート協会のウェブサイトからダウンロードできます。 文脈と関係性を解きほぐす(分析のプロセス) (1)登場人物と看護師の文脈(ストーリー)を考える まずは、「困りごと」「対処」「背景」という3つの視点から、個々の登場人物のストーリーを考えます。 事例として、何度説明しても自己流のやり方を変えようとしない母親と看護師との関わりを考えてみましょう。母親はいったい何に困り、どう対処しているのか、その対象の背景になっているものは何かを、母親の皮膚の内側に入ったようなつもりになって考え、シートに記入します(図2)。 看護師からすれば、望ましいとはいえないケアの方法にこだわる「困った」母親は、「看護師から再三指導されること」に困っていて(困り事)、「自分のやり方に固執する」という対処をとっているのかもしれません(対処)。その背景には、「母親としてのプライド」や「このやり方で大丈夫という自負」、あるいは「このやり方が慣れている」、「そこまで手間はかけられない」という母親なりの判断があるのかもしれません(背景)。 こうして母親になり替わったような気持ちで考えてみると、看護師にとっての「困った母親」は、実は看護師の存在に「困っている母親」でもあるという認識の転換が起こることがあります。 同様に、看護師のストーリーをあらためて考えてみると、「再三指導を繰り返す」という対処の裏側に、「療養者本人を守りたい」、「本人のために母親にはがんばって欲しい」という願いがあります。それと同時に、「あるべき母親に近づいて欲しい」といった願いもあり、母親をコントロールしたくなる気持ちが見え隠れすることもあるでしょう。 相手の、そして看護師自身のストーリーを深く推察することによって、対象を理解し、自分自身へのさまざまな気づきを得ることができます。 図2 文脈(ストーリー)と相互関係 (2)登場人物間の関係性を考える 登場人物と看護師のストーリーを分析した後、次は登場人物間の関係性を考えます。先の例でいえば、母親と看護師の関係性です。 この場合、看護師が再三指導することにより、母親は抵抗し、ますます自分のやり方に固執するという悪循環が生じているといえるでしょう。また、看護師が何とか母親に分かってもらいたいと思うがあまり、母親に向けるパワーが高くなり、母親もそれに負けじとパワーを高めている状態です。両者の心理的な距離は、知らず知らずのうちに近づきすぎており、両者ともに居心地の悪い関係になっていると考えられます。 シートでは、こういったパワーバランスや心理的距離を三角形の高さや楕円の位置によって表します。具体的には、図3に示したとおり、看護師、母親双方のパワーを示す三角形の高さは、適正ラインよりも高くなっていると考えられます。そして、看護師は母親との距離を近づけようと、矢印が示すように母親にパワーを向けています。一方母親は、看護師にこれ以上距離を詰められないように、看護師に対し、負けじとパワーを向けていると考えられます。 図3 パワーバランスと両者の心理的距離 看護師自身の変化も含め支援の方策を考える さて、登場人物と看護師のストーリー、および関係性を考えた後は、支援方策を検討します。すなわち、どうしたらパワーバランスや心理的距離を改善し、悪循環を是正できるのか、そのためには、看護師自身がどう変化すればよいのか、どのように相手に働きかけたらよいのかを考えます。 先の事例であれば、看護師の「再三指導を繰り返す」という対処から、「母親のやり方を(一旦は)認める」という方向に変化するという道が見えてきました。そうすれば、母親の抵抗のパワーは低くなり、母親と話し合える道が開きそうです。母親のプライドや自負を尊重し、安心感を届けることを意識することも大切でしょう。母親と目標を再度共有し、看護師としての判断も示すこと。そして、ともに目標達成のために望ましく、実現可能な方法を試行錯誤しながら見つけていくことが重要だといえます。表1に「支援の方策」をまとめましたのでご参照ください。 表1 支援の方策 ・母親のやり方を一旦は認め、母親のパワーを下げる・母親のプライドや自負を尊重し、安心感を届ける・母親と話し合って目標を共有する・ともに目標達成のために望ましく、実現可能な方法を見つけていく(考える) このように、分析をひとつの仮説とし、支援方策を考えて実施し、その結果を評価し、さらにアセスメントを繰り返していきます。 * 以上が渡辺式家族アセスメント/支援モデルの概要です。次回からは事例編です。実際に援助に行き詰まりを感じた場面を取り上げ、渡辺式家族アセスメント/支援モデルを使って支援の方策を考えていきます。 また、私が理事長を務める「日本家族関係・人間関係サポート協会」では、「渡辺式」家族看護に関する入門から認定インストラクターの養成にいたるまで、各種セミナーを開催しております。 ▼NPO法人 日本家族関係・人間関係サポート協会 各種セミナーのご案内https://famirela.com/seminar お問い合わせは、当協会までお寄せください。 執筆:渡辺 裕子NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会 理事長「渡辺式」家族看護研究会 副代表 ●プロフィール1982年千葉大学大学院看護研究科修了後、市町村保健師として勤務。その後「家族看護研究所」「家族ケア研究所」を立ち上げ、2022年から現職。長年、患者・家族、職場の人間関係に悩む看護職のサポートを行ってきた。 「NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会」では、「ケアが循環する社会の実現」を理念に掲げ、一般市民を対象とした「かぞくのがっこう」のほか、「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」に関する各種セミナーを実施している。 ▶NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会のホームページ※渡辺式シートのダウンロードも可能です。編集:株式会社照林社 【参考】〇渡辺裕子著.「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」,渡辺裕子監修.『家族看護を基盤とした地域・在宅看護論 第6版』,東京,日本看護協会出版会,2022,p.107-119.〇渡辺裕子著,鈴木和子著.「家族看護過程」,鈴木和子,渡辺裕子,佐藤律子著『家族看護学 : 理論と実践 第5版』東京,日本看護協会出版会,2019,p.98-107.〇渡辺裕子著.「人間関係見える化シートのご紹介」コミュニティケア.21(11),2019,p.38-46.〇垣見留美子,株﨑雅子著.「行き詰まりを打開する、渡辺式家族アセスメント/支援モデル」訪問看護と介護.28(2),2023,p.102-108.〇富岡里江著.「療養者への医療提供を拒む家族」訪問看護と介護,28(2),2023,p.110-117.〇茶谷妙子著.「子の障害に戸惑う家族」訪問看護と介護,28(2),2023,p.118-128.〇堤 真紀著.「療養者に対して指示的な家族」訪問看護と介護,28(2),2023,p.130-138.

ニャースペースのつぶやき
ニャースペースのつぶやき
特集
2023年6月6日
2023年6月6日

時間がないときの訪問看護昼食事情…ニャースペースのつぶやき【訪問看護あるある】

外でお昼を食べるときは、場所探しに一苦労 訪問と訪問の間でステーションに戻る時間がないときは、外でお昼ごはんを食べるしかないにゃ。お店に入る時間もないし、天気が悪いと大変にゃ… 普段はステーションに戻って昼食を食べているけれど、なんらかの事情で「時間がないから外で食べなきゃ」ということもありますよね。車で訪問している場合は車中で簡単な食事ができますが、自転車移動の場合は一苦労…。飲食店に入る時間もなく、コンビニで買ったパンやおにぎりなどを急いで食べる、なんてこともあるのではないでしょうか。訪問看護師さんからは、「コンビニの店先で食べると迷惑になるので、公園や遊歩道にあるベンチを探している」「雨風が強いと場所探しに困る」といった声も聞かれました。 ニャースペース病棟看護経験5年、訪問看護猫3年目。好きな言葉は「猫にまたたび」「わかる!」「こんな『あるある』も聞いて!」など、みなさんの感想やつぶやき、いつでも投稿受付中にゃ!>>投稿フォーム

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