2023年8月1日
在宅ケアに生かせる/ピラティスの基礎知識&事例【セミナーレポート前編】
2023年5月19日、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「ピラティスの基礎知識&実践【在宅ケアに生かせる】」を実施しました。講師を務めてくださったのは、理学療法士として訪問看護の現場でピラティスの実践経験をもつ、ピラティスインストラクターのTatsuya.Sさんです。
セミナーでは、ピラティスの定義や目的、訪問看護における活用事例の紹介のほか、受講者のみなさんでピラティスを実践する時間も設けました。
今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。前編では、ピラティスの基礎知識と、実際にピラティスを導入した訪問看護の症例をご紹介します。
※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。
【講師】Tatsuya.Sさんピラティスインストラクター(zen place pilates武蔵小杉スタジオ 所属)/理学療法士・健康運動指導士・介護支援専門員大学で理学療法を学び、理学療法士として6年間にわたって総合病院に勤務。回復期リハビリテーション、訪問リハビリテーション、デイケアを経験する。その中で予防分野に興味をもつようになり、ピラティスと出会う。訪問看護の現場で理学療法士としてピラティスを実践した後、より学びを深めるため、現在はピラティスインストラクターとして活動している。
ピラティスとは
ピラティスとは、自分の身体に意識を向けながら、繊細に、正確に動かすことで、心身の機能を調整していく方法論のことです。
筋肉や関節の柔軟性を高め、また体の軸を伸ばすことで、バランス力やコントロール力に優れた「安定した強い体」を目指します。また同時に、体の内部に意識を向けて集中することで「瞑想」をしている状態になり、心を落ち着け、頭をクリアにする効果も期待できるでしょう。
心と身体へのアプローチ
筋肉は「表層筋=アウターマッスル(歩行やものを運ぶときなどに使う筋肉)」と「深層筋=インナーマッスル(骨と骨をつなぎ、骨とアウターマッスルを同時に使う際に補助する筋肉)」とに分けられますが、ピラティスでは体の中心にある背骨からアプローチし、後者のインナーマッスルを細かく動かしていきます。
すると、体の軸だけで姿勢を維持できるようになり、ほかの部分の力を緩めることが可能に。具体的には、背骨がすっと上に伸び、肩が落ちて首が長くなり、胸が広がっている姿勢になります。また、心も緊張から解き放たれ、エネルギーに満ちあふれた状態になります。
ピラティスの歴史
ピラティスは、ドイツ人のジョセフ・ヒューベルト・ピラティス氏によって提唱されました。ピラティス氏は、喘息やリウマチ、くる病を患っており、自身の病気を治すために水泳をはじめとしたさまざまなスポーツや治療法を勉強していました。その中で生まれたのが、ピラティスというボディワークメソッドです。古くは、戦争負傷兵のリハビリテーションとしても使われていました。
また、ピラティスというと多くの方がマットを使うことをイメージしますが、実は始まりはマットではなくマシンを使った動きでした。ピラティス氏が病院にあったベッドを改造してバネをつくり、それを活用して始められたといわれています。
ピラティスの目的
ピラティスを行う目的は、「Well Being(ウェルビーイング)な状態」になることです。これは、私が所属するZEN PLACEの企業理念でもあります。
私たちが考えるウェルビーイングとは、簡単にいうと「その人が自身の存在のすべてを認め、前に進んでいると感じている状態」のことです。自分の嫌なところにも目を向けて受け入れる。誰かと比較せずに自分のことをきちんと把握し、好きになる。ピラティスを実践することで、そんなウェルビーイングな状態を目指します。
医療現場におけるピラティスの位置づけ
日本では、ピラティスは「ダイエットやボディメイクなどを目的としたエクササイズの一種」と認識されており、現段階では医療への活用はあまり進んでいません。インストラクターの資格も、国家資格ではなく民間資格となっています。
しかし、海外ではピラティスと医療の融合が進んでおり、理学療法士の多くがピラティスの資格を取得。スタンダードな選択肢として医療現場で実践しています。
訪問看護現場でのピラティスの実践
続いて、私が理学療法士として訪問看護の現場でどのようにピラティスを実践していたかを、実際の症例を挙げてご紹介します。
利用者さんの情報
対象となった利用者さんは、100歳の女性です。大腿骨頸部骨折にて手術を受けてからは、自分ひとりで起き上がれなくなり、座っているときも見守りが必要な状態でした。介助があれば立ち上がれましたが、トイレに行くことが難しく、オムツを着用。また食事もベッド上でとっていたため、基本的に移動することはありませんでした。
実践した動作1(手の上げ下げ)
この利用者さんの場合は立ち上がって動くことが難しいので、以下のような座位での動作を実践しました。
【STEP 1】イスに座る坐骨に体重をかけることを意識しながらイスに座ります。
【STEP 2】背筋を伸ばす頭まで貫く「長い背骨」をつくるイメージで、尾骨から頭までまっすぐな線になるように背筋を伸ばします。このとき、骨盤と肋骨の隙間を広げることを意識します。
【STEP 3】両足を開く坐骨と同じくらいの幅になるように両足を開き、足の裏はしっかりと床につけます。
【STEP 4】息を吸いながら手を上げるここまででつくった姿勢を維持した状態で、息を吸いながら両手を上にゆっくりと上げましょう。骨盤と肋骨の距離がだんだんと離れていくイメージです。くれぐれも無理はしないように気をつけながら、横から見たときに手ができるだけまっすぐになるように上げます。
【STEP 5】息を吐きながらゆっくり手を下ろす骨盤と肋骨の距離をキープしたまま、息を吐きながら手を下ろします。手を下ろす動作は早くなりがちですが、ゆっくりと下ろしましょう。
【STEP 6】繰り返す手の上げ下げを繰り返します。※手を動かす中で背中が丸まってきたら、声をかけるようにします。
実践した動作2(手の開閉)
【STEP 1】息を吸いながら、胸の高さで手を左右に開く実践した動作1のSTEP 1~3までを行ったら、手を胸の高さまで上げ、息を吸いながら開きます。※このとき背骨が反ってしまう方が多いので、背骨の形をキープしたままで開ける限界の位置を伝えてください。
【STEP 2】息を吐きながら閉じる息を吐きながら手を閉じます。
【STEP 3】繰り返す手の開閉を繰り返します。
ピラティスを実践した結果
この利用者さんの場合は、リハビリにピラティスを取り入れることで、最終的にピックアップ型の歩行器を使って数メートル移動できるようになりました。これにより、食事をベッドではなくテーブルに移動してとる機会も生まれています。
>>後編はこちら在宅ケアに生かせる/ピラティスの実践【セミナーレポート後編】
執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア