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日本訪問看護認定看護師
日本訪問看護認定看護師
インタビュー
2023年7月4日
2023年7月4日

日本訪問看護認定看護師協議会 立ち上げ経緯&想い【特別インタビュー】

「訪問看護認定看護師/在宅ケア認定看護師」は、日本看護協会が行う認定審査に合格し、訪問看護において高いレベルの技術力や知識を持つと認定されたスペシャリストのこと。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会の取り組みについて、代表の大橋奈美さんと、監事の野崎加世子さんにお話しいただきます。 <参考> 新認定看護師制度への移行について2020年度から新認定看護師制度が誕生し、訪問看護認定看護師は「在宅ケア認定看護師」に名称変更。また、これまでは別途行っていた特定行為研修(※)が認定看護師制度に取り込まれることになりました。旧認定看護師制度は2026年度で教育終了予定です(認定審査は2029年度までで終了)。 ※看護師が医師による手順書により特定行為(診療の補助)を行う場合に特に必要とされる研修。在宅ケア認定看護師を目指す場合、在宅・慢性期領域の特定行為(呼吸器、ろう孔管理、創傷管理、栄養及び水分管理に係る薬剤投与関連)を学ぶ。 ○プロフィール大橋 奈美(おおはし なみ)さん/協議会代表理事看護学校卒業後、総合病院等に勤務。2004年ハートフリーやすらぎ訪問看護ステーションに入職し、現在は常務理事。訪問看護のユニフォームを着て病棟に行けば病棟看護師に声をかけられ、近所を歩けば地元の方とフランクに会話するなど、地域に密着している現役の訪問看護師でもある。現監事の野崎さん(当時代表)の訪問看護師としての姿勢に感銘を受け、協議会へ。 野崎 加世子(のざき かよこ)さん/初代 協議会代表理事&現 監事看護学校卒業後、総合病院に勤務。岐阜県看護協会訪問看護ステーションの立ち上げから関わり、2023年3月末に定年退職。ステーション連絡協議会の会長職を10年以上歴任。岐阜県内で初めてナーシングデイを開設する、高山市内唯一の医療福祉アドバイザーに就任するなどパイオニア的な存在。現在「これからの在宅医療看護介護を考える会」の代表として活躍中。豊富な経験を基に訪問看護の魅力を伝えており、講演依頼が絶えない。 ※文中敬称略 協議会の活動内容&立ち上げ経緯 ―そもそも日本訪問看護認定看護師協議会は、どんなことをしている団体なのでしょうか。 大橋: 日本訪問看護認定看護師協議会(以下、「協議会」)は、訪問看護認定看護師のネットワーク構築と、訪問看護全体の質向上を目指して2009年に誕生しました。「施設から在宅へ」という大きな流れがあるなかで、訪問看護・在宅ケアのスペシャリストである認定看護師は、重要な役割を担っています。認定看護師同士で情報交換をしつつ自己研鑽を積み、地域包括ケアシステムの推進に貢献できるように日々活動しています。 ■日本訪問看護認定看護師協議会 活動 日本訪問看護認定看護師協議会ホームページ(https://jvncna.net/block_act/)より 当初は100名からのスタートでしたが、地道にネットワークを全国に広げていき、現在では362名の仲間がいます。認定看護師同士の研修会・勉強会はもちろん、協議会の外に向けても積極的に情報発信していますね。 例えば、2024年度の医療保険・介護保険の同時診療報酬改定に向けた要望書の作成や、訪問看護ステーションの運営・多機能化に関するコンサルテーション活動等を行っています。また「訪問看護に新たなツールを導入できないか」という試みを行ってくださる団体・法人等からのお声がけに対しても積極的に協力しています。 ―どのような組織単位で活動しているのでしょうか。 大橋: まず、年2回の総会をはじめとした協議会全体としての活動があります。また、地域特性もありますので、全国を大きく9ブロックに分けて地域単位の活動もしているんです。ブロックごとに交流や研修会の開催、地域貢献活動の企画&運営等も行っています。 ■日本訪問看護認定看護師協議会の9ブロック 日本訪問看護認定看護師協議会ホームページ(https://jvncna.net/block_act/)より ―ありがとうございます。2009年に協議会を設立されたとのことですが、初代 代表の野崎さんに、当時の経緯を教えていただきたいです。 野崎: はい。私は日本訪問看護財団の訪問看護認定看護師 教育課程(※)の2期生でした。当時はまだ開講したばかりだったので仲間も少なく、病院の看護師からは「訪問看護認定看護師って具体的に何をするの?」と聞かれてしまうほど知名度も低かったんです。認定看護師の役割である実践・相談・指導をどう進めるべきか、悩みました。 ※日本訪問看護財団の認定看護師教育課程(訪問看護)は2021年度より閉講。 そこで教育課程時代の恩師に相談したところ、団体(協議会)を作ることをすすめていただき、「あなたが代表ね!」と言われたんです(笑)。そういったきっかけで協議会を設立し、活動をさらに充実させるために2014年に一般社団法人化。今は大橋さんに代表をバトンタッチしたという経緯です。会員も当時の3倍以上になり、ずいぶん仲間が増えましたね! ―設立するにあたり、認定看護師さんたちや関係各所の方にはどのように声掛けをしていったのでしょうか。 野崎: すべての認定看護師の教育課程拠点に順次説明をしにいき、「在宅療養者が望むように過ごすには、質の高い看護を追求する仲間が必要です」という想いを伝えました。また、総決起大会を開き、「私たち訪問看護認定看護師はこれからも地域のために、看護のために活動します!」という宣言もしました。 設立後も、訪問看護認定看護師がいない自治体には、直に出向いてその意義をご説明する…といった地道な活動もしましたね。 ―反対意見やご苦労はありませんでしたか? 野崎: そうですね。協議会設立に限らず、新しいことをしようとすると、大抵反対のご意見はあるものです。「協議会はいらないのでは?個人で活動すればよいのでは?」というお声もいただきました。でも、「私たちの目指すところは地域ネットワークの構築であり、訪問看護の充実なんだ」という想いは、皆さん一緒なんです。しっかり対話していくことでご理解いただけて、無事に設立できました。 ―野崎さんの真摯にご説明をされる姿勢、前向きに周囲を巻き込んでいくパワフルさはなかなか真似できないものだと思います。大橋さんも、野崎さんの講演会を聞きにいかれたことがきっかけで協議会に入られたそうですが、そのときのことを教えてください。 大橋: そうなんです! 当時、別の訪問看護認定看護師さんの講演にも行っていたのですが、そこでは訪問看護に関するネガティブなことがたくさん語られていました。その上で最後に「やりがいがあるから皆さん来てください」っておっしゃるのですが、正直「こんなことを聞いて誰が訪問看護をやるんだろうか」と思っていました…。 これではいつまで経っても訪問看護師も認定看護師も増えない、と思っていた時に、野崎さんの講演を聞いたんです。野崎さんのお話のなかにはネガティブな言葉が一切なく、お話にも心から共感しました。私は「これぞ理想の認定看護師だ!」と、すっかり心を奪われたんです。もっとお話が聞きたくて、知り合って間もないのに「仲間たちと一緒に岐阜まで行っていいですか?」と連絡したことも。大歓迎してくださり、下呂温泉にも連れて行ってもらいました(笑)。 野崎: そんなこともありましたね(笑)。 大橋: だから私の講演も、99%は成功体験を語るようにしています。野崎さんのすごさは、協議会設立時もそうですが、それ以外でも積極的に行政や病院、関係者にアプローチして交渉し、新たな体制を作りあげていくことです。「体制がないなら作る」というポジティブな発想は、私のロールモデルになっています。 野崎: ありがとうございます。協議会の私たちが暗い顔をしていたら「訪問看護師になりたい」「協議会に入りたい」と思えませんから、これからも笑顔かつポジティブでいたいですね。 全国の仲間たちと訪問看護の質向上に貢献 ―協議会設立から約15年、法人化から約10年経ちました。協議会の活動を通して、訪問看護認定看護師の認知度や活動内容は変化しましたか? 野崎: はい、確実に変わっていますね。まず、困難事例があった際は、認定看護師が所属している事業所に依頼が来るようになりました。また、多職種が集う会議に参加した際、認定看護師が中心となってまとめている姿を見たこともあり、地域包括ケアの中心的な立ち位置になっていっていることを実感します。 大橋: 冒頭でも少し触れましたが、「訪問看護に関する協力要請は協議会に」という流れも定着しつつありますよ。例えば最近は大学との協働案件が多く、ポケットエコーやVRの研究に協力しています。コロナ禍には、日本訪問看護財団から感染防護具を各県に配布したいというご依頼をいただいたのですが、協議会のネットワークを活用して迅速かつ公平に対応できました。日本財団から遺贈基金をいただいて「在宅看取りを実践できる訪問看護師の育成事業」を実施できたことも、大きな功績です。 野崎: 認定看護師の知識と経験、そして使命感をもってやり遂げられたことは、協議会としても誇れることですね。 大橋: 全国に信頼できる仲間がいるからこそ、こうした大きな事業や取り組みができます。誠実な仲間たちに感謝です。 ―改めて、訪問看護認定看護師の存在意義や求められる姿勢について教えてください。 大橋: 我々には、大変な場面でも逃げずに利用者さんの側に居続ける姿勢が求められると思います。しっかりとアセスメントをして、諦めずにとことん考えていくことが認定看護師の存在意義ではないでしょうか。 野崎: 利用者と向き合う強さが必要なので、ズルい人にはできないですし、真摯に向き合うことが大事だと思います。訪問看護は、熱いハートと冷静な頭脳を持たないとできませんが、そこが魅力でもありますね。 大橋: 全部引き受ける覚悟も必要ですよね。覚悟があるから、よく勉強もする。病棟と違って対象者は全世代であり、疾患もさまざまです。本当にみんなよく勉強していると思います。野崎さんや私も、最近特定行為の研修を修了しましたしね! また、全国の訪問看護師さんたちの相談に乗るのも、私たちの重要な役目です。私が相談に乗る時は、なるべく可視化してお伝えするようにしています。「ストンと腑に落ちました」と言っていただけると、気づきを促す実践・指導ができた、と思えます。認定看護師は社会資源のひとつなので、ぜひ活用いただきたいです。 野崎: 本当にそうですね。全国に訪問看護認定看護師がいるので、壁にぶつかった時はぜひ気軽に相談してもらいたいです。 新たな仲間たちとともにさらにパワーアップ ―今後の協議会は、どのように発展していきたいと思いますか? 野崎: 認定看護師が継続して学べる環境の整備と、国の政策に活かせる活動をしていきたいですね。最近では企業から相談事業の依頼を受けることもあるので、情報交換をしながら活躍の場を広げたいと思っています。 大橋: 訪問看護ステーションに就職する際、「認定看護師がいる事業所なので選びました」という方も多いようです。認定看護師の役割を人材育成にも広げ、互いに育み合いながら裾野を広げていけるといいですね。 また、若手にとってもベテランにとっても、利害関係のない認定看護師に悩みごとや相談ごとを吐露できる環境があることは大切だと思います。今後はどんどん特定行為ができる「在宅ケア認定看護師」も増えてきます。名称は変わっても目指す部分は同じなので、これまで創り上げてきた基盤を大事にしつつ、新たな仲間を増やしてネットワークを強化したいと思っています。 ※本記事は、2023年4月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆:山辺 智子 日本訪問看護財団 研究員/看護師・保健師研究を通して訪問看護認定看護師の能力と行動に魅了され、活動を応援している一人編集:NsPace編集部

訪問看護師のためのウェルビーイング推進
訪問看護師のためのウェルビーイング推進
インタビュー
2023年6月27日
2023年6月27日

具体的に何をすればいいの? 訪問看護師のためのウェルビーイング推進

スタッフが笑顔で幸せに働くために、「ウェルビーイング推進グループ」を設置しているソフィアメディ。今回は、ウェルビーイング推進グループ マネジャーの宮地麻美さんに、活動内容の詳細や、グループ設置後のスタッフの反応などを伺っていきます。 >>前回の記事はこちらどうすればスタッフが幸せになる?訪問看護師のためのウェルビーイング推進 ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療に特化したサービスを提供している宮地 麻美さん/ウェルビーイング推進グループ マネジャー1972年群馬県生まれ。看護師歴22年。精神薄弱児施設で4年働いた後、医療知識を求めて看護師の道へ。ナショナルセンターで15年勤務しつつ、看護教員資格を取得し、大学院へ進学。遷延性意識障害看護を学ぶ中で、口腔ケアの重要性を感じて摂食・嚥下障害看護認定看護師となり、急性期での看護を実践。2016年に回復期リハビリテーション病院に転職し、在宅看護の重要さを知る。2019年にソフィアメディへ転職後は訪問看護ステーション管理者として3年従事し、2022年2月より新設されたウェルビーイング推進グループのマネジャーを担当。 人と人をつなぎ、訪問看護の楽しさを共有 ―ソフィアメディのウェルビーイング推進グループは、従業員満足度(ES)の向上を目的に活動されていると伺いました。より具体的な業務内容について教えてください。 はい。私たちは「ありがとう」「いいね」がソフィアメディ全体に行き渡るようにしたいと考えています。そのため、スタッフ同士やスタッフと経営陣の気持ちをつなぐための活動や、やる気が上がり、不安が軽減するための取り組みを行っています。 ソフィアメディ内での呼び名も含まれますが、具体的な業務内容は以下のとおりです。 【ウェルビーイング推進グループの業務】・毎月の「ありがとうメール」配信・「ソフィアメディチャンネル」(月に一度の全社会)での「生きるを看る物語り」の発信・CEOとのステーション訪問・社内報のウェルビー記事・新入社スタッフのサポート・おせっかいお人好しの部屋・応援ナース 医療職流動化 ─気になる名称の活動が並んでいますが、まず「ありがとうメール」について教えてください。 働く環境や体調・メンタルなど、現在のコンディションを確認することを目的に、毎月全スタッフを対象にウェブアンケートをとっています。そのフリーコメント欄に、その月に感謝を伝えたい相手への「ありがとうメッセージ」を書けるようにしました。そのメッセージはウェルビーイング推進グループから相手の上長にメールで送り、上長から該当メンバーに共有されるようにしています。 ―直接ではなく、上長を介しているんですね。 はい、そのほうが一人のありがとうで完結せず、ありがとうがありがとうを生むしくみとしてやる気アップにつながると思いますので、あえてそうしています。コンディション確認のアンケートでは、スタッフからネガティブなコメントをもらうこともあるのですが、そのあとにしっかりと「ありがとうメッセージ」が書かれていることもあります。「ぜひありがとうを伝えたい」という強い意思をもったコメントも多く見られるようになりました。毎月のアンケートを回答するとき、今月は誰にメッセージをしようと考えるので、その月にお世話になった色々な人の顔を思い浮かべる時間になっているんです。 ─「ソフィアメディチャンネル」での「生きるを看る物語り」についても教えてください。 ソフィアメディチャンネルは、月に一度行われるソフィアメディの全社会なのですが、毎回時間をもらって、「生きるを看る物語り」を配信しています。日々の忙しさに身を任せながら訪問看護をしていると、「自分がどうありたいのか」「何のために何をしているのか」「何を実現したかったのか」を見失いがちです。それこそ、看護師になった理由や、何を期待し、何を実現したくて弊社に入社したのかも忘れかけてしまうことがあります。それらを振り返るきっかけとなるようなストーリーづくりを心がけています。 内容は幅広く、訪問看護のスタッフの人生を紹介するものやお客様へのインタビュー、お客様とスタッフの交流エピソード、看護・リハビリのあり方などを物語にまとめています。例えば、ACP(アドバンス・ケア・プランニング/人生会議)を話題にしたときは、「死というものに向き合わなければならないとき、患者さんが最終的に伝えたいことは何か」「まだ心の準備ができていないご家族はどうこの時間を過ごせばいいか」といった内容を発信しました。動画ではなく、抽象的なシーンを紙芝居のように見せながら語る、という形式で、観ている方が自身に重ねたり、想像したりができるように余白のある作りこみを心がけています。 アンケートで、「そういう看護がしたかった!」「自分もそういった観点を心がけて看護をしている」といった意見をもらえると、うれしい気持ちになりますね。事務職のスタッフに「大事にしてきた想い」を尋ねた回に、それを聞いた別の事務担当から「事務業務をこんなふうに考えることができるんだと知り、やる気が出た」といった意見をもらったことも。多種多様なスタッフがいますので、それぞれが持つ琴線に触れられるよう、幅広い視点で発信を続けています。 ギャップに苦しみがちな新入社スタッフのサポート ─新入社スタッフに対しては、どのようなサポートを行っていますか? 年間100名以上の新入社スタッフを対象として、入社後のフォロー・サポートを行っています。実務のオリエンテーションは別の部署が行うので、ウェルビーイング推進グループが行うのは、主にコンディションのフォローですね。多くの新入社スタッフは、実際に仕事を始めると、ギャップや違和感に苦しんでしまうんです。 新入社といっても、ソフィアメディの場合「看護師として1年目」という人はいません。病棟勤務から、想いをもって訪問看護へ、というケースがほとんど。でも、訪問看護のお客様は、病棟とは異なり本当に多種多様です。また、医療設備や必要物品が整っていないことが多いお客様のご自宅で、臨機応変に判断・対応していくスキルが求められます。病棟と大きく価値観が異なるため、リアリティショック(理想と現実とのギャップによるショック)は避けられませんが、ショックをなるべく減らすよう新人看護師の声を聞いたり、私たちが目指す看護について改めて話したりしています。 最近始めたのが、「1ヵ月目のあなたへ」というメールの配信です。スタッフたちと同じ目線に立ち、「どうしても100点を目指してしまうものだけど、60点でも十分なんだよ。一人で頑張りすぎなくていいんだよ」ということを伝えています。気持ちが和らぐよう、表現やデザインも工夫しています。できないことはできないと声をあげてもらうことが重要で、できないものだとこちらが把握できれば、手助けも可能なんですね。メールを通じて、「まずは自分を大切にしてほしい」ということを第一に訴えています。 ありのままを受け入れる存在の重要性 ─新入社スタッフの方に限らず、訪問看護師さんたちとのコミュニケーションについてもう少し詳しく教えてください。普段の声掛けではどんな点に気を付けていますか? そうですね。看護師は「看護に関して何でもできてあたりまえ」が前提とされる世界にいます。できないことがあると、患者さんの状況悪化に直結してしまう。だから誰もが気を張っていて、お互いを褒め合うことはあまりありません。お客様から「ありがとう」と言われることはあっても、看護師同士では「できて当然」という空気感のため、なかなか声を掛け合うことがないんです。 そして、「できてあたりまえ」という世界だからこそ、「患者さんを助けられなかった」という事態に直面すると、大きなショックを受けてしまいます。私自身、看護師になって10年ほどは泣きながら帰ることも珍しくありませんでした。誠意をもって強い気持ちで取り組もうとするほど、自分を追い込んでしまうものなんですね。 でも、看護師ひとりがどんなに力を尽くそうが、どうにもならないことはいくらでもあります。自分の看護のあり方をそのまま受け止めてくれる存在がいたら、私もそこまで自分を追い詰めることはなかったのではないかと思うんです。あのとき、「今のままでいいよ」「ちゃんとがんばってるよ」「十分だよ」という一言をもらえていたら、違ったんじゃないかな、という気持ちが大きいんです。そんな体験をもとに、できるだけスタッフたちに寄り添う言葉を選んでいます。 ─なるほど。自分で自分を追い込んでいる方が、さらに他人から叱られたら、とてもつらい気持ちになってしまいそうですね。 そのとおりです。マネジャー側も必死ですし、できないことがあると強い言葉で注意してしまうこともあるかと思うのですが、誰かに叱られるとなかなか前向きになれないもの。頭のなかが「叱られたこと」だけでいっぱいになってしまいますよね。教わったはずのことも吹き飛んでしまうかもしません。私が関わる看護師には、そういう経験をしてほしくないと強く思っています。 看護師はどうしても自分を二の次にしてしまい、自分を大切にすることが得意ではありません。でも、人生は一度だけなんです。看護師という仕事を選び、続けているスタッフたちをとにかく応援したいですし、自分を大切にしてほしい。そんな気持ちがいまの私を動かしていると思います。 ─ウェルビーイング推進活動を通じて、スタッフの皆さんに変化はありましたか? はい。生き生きと働いている様子を聞くこともありますし、各自抱え込んでしまいがちなステーション業務の大変さを打ち明けてもらえることも増えました。 ―解決が難しいお悩みだった場合は、どのように対応しているのでしょうか。 2022年度には70名ほどの看護師たちとお話ししたのですが、悩みがあれば、話を聞いて「リフレーミング」をしていきます。リフレーミングとは、一定の枠組みで捉えている物事を、違う枠組みで捉えようとする心理学的アプローチです。 例えば管理者と考え方が合わない場合、別の捉え方ができないか検討していきます。それぞれの看護観、人間観や仕事観などが影響してくるのですべてが合うことは難しいと思います。でもその中で「自分がどう考えたら、動いたら少しでも良い関係が築けると思いますか?」とご自身に問い、ご自身の中での最適解をご自身で選んでもらうのです。悩んでいると視野が狭くなってしまうものですが、一緒に視点を変えて考えることで、別の方法に気づき、ポジティブな考え方ができるようになってくれればと思っています。「自分が幸せになれないのは、社会のしくみや環境のせいだ」と考えがちな人もいますが、「自分自身の考え方が変わることでその社会の見え方が大きく変わる」こともあるのだ、と知ることで楽になることが増えると思います。 もちろん、ステーションごとにコンディションも違いますし、それぞれの強い想いがあって簡単にはいかないこともあります。でも、私たちは他人をコントロールすることはできませんし、一人ひとり違うからこそ、人間は面白い。その人の強みを生かせるよう、私自身が一歩引きながら考えることを心がけています。難しいことなので、これは人生を通した課題ですね。 自分の存在を認め、大切にすることが肝心 ─他のステーションの管理者の皆さまに向けて、「ウェルビーイングな職場づくり」をするためのコツを教えてください。 いろいろなアプローチがあると思いますが、一番の肝の部分は、「相手の存在そのものを認めること」ではないでしょうか。存在を認めることは、その人の命や人生を大切にすることに繋がります。具体的にどうすればいいの?と思うかもしれませんが、難しいことではありません。「まずは挨拶から」でいいんです。良い関係でないと、挨拶もままならないものですよね。挨拶は相手の存在を認めていることを伝える一番簡単な手段と思っています。 無事戻ってこられるよう「いってらっしゃい」と声をかけること。帰ってきたときには「おかえり、帰ってきてくれて嬉しい」と言葉で伝えること。 次に重要なのが「失敗が言える関係」にステップアップしていくことです。失敗を自ら好んでする人はいません。でも人は失敗するものでもあると思います。なので失敗を自分だけでなんとか取り繕おうとしたり、隠そうとしたりするのではなく、そのままを報告できること。言い訳を考える時間は、本当に無駄です。私は、そんなことを看護師にさせたくありません。「報告さえしてもらえればちゃんと引き継げるよ」「フォローできるよ」という姿勢が重要だと考えています。対処したあとに一緒に振り返ることはもちろんしていきます。 また、当然のことですが、管理者からのダメ出しは、看護師たちに大きな影響をもたらします。最大限言葉を選んで、「これから学んでいこう」と思えるメッセージを伝えたいですよね。その人が次の一歩を踏み出せるような言葉を考えることが重要だと思います。チーム作りは時間がかかりますが、それぞれの自分らしさを大切にしながら、じっくりすすんでいきましょう。 ─ありがとうございました! ※本記事は、2023年4月の取材時点の情報をもとに制作しています。 取材・執筆: 倉持 鎮子編集: NsPace編集部

アワードトークセッション
アワードトークセッション
インタビュー 会員限定
2023年6月20日
2023年6月20日

訪問看護師になった理由&訪問看護の魅力【特別トークセッション 後編】

2023年3月24日(金)に、銀座 伊東屋 HandShake Lounge(東京都中央区)にて開催した「みんなの訪問看護アワード2023」表彰式。ファシリテーターに東京医科歯科大学国際健康推進医学 非常勤講師の長嶺由衣子さんを迎え、受賞者の皆さんとの特別トークセッションが開催されました。ここでは、トークセッションの内容をピックアップしてご紹介。後編の今回は、訪問看護師になったきっかけや、訪問看護の魅力についてディスカッションされた内容をお伝えします。 >>前編はこちらみんなの訪問看護アワード 投稿のきっかけは?【特別トークセッション 前編】 【ファシリテーター】長嶺 由衣子(ながみね ゆいこ)さん東京医科歯科大学国際健康推進医学 非常勤講師 【登壇者】村田 実稔(むらた みのる)さんウィル訪問看護ステーション江東サテライト(東京都)「みんなの訪問看護アワード2023」入賞投稿エピソード「ちょっと早めの金婚式」 長尾 弥生(ながお やよい)さん白川訪問看護ステーションこだま(岐阜県)「みんなの訪問看護アワード2023」入賞投稿エピソード「104歳の日常」 梁井 史子(やない ふみこ) さん愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう「みんなの訪問看護アワード2023」入賞投稿エピソード「そうだ、訪看がある」 >>エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!【みんなの訪問看護アワード】>>表彰式の模様はこちらみんなの訪問看護アワード2023 表彰式イベントレポート【3月24日開催】 ※以下、本文中敬称略※本記事は、2023年3月時点の情報をもとに構成しています。 訪問看護師になったきっかけは? 長嶺: 受賞者の皆さんに、少しエピソードから離れた質問もしていきたいと思います。まずは長尾さん、どうして訪問看護師になろうと思われたのでしょうか。 長尾: 私は何をやっても仕事が長続きしなくて(笑)。デイサービスやヘルパー、特養(特別養護老人ホーム)や老健(介護老人保健施設)勤務なども経験しましたが、一番しっくりきたのが訪問看護だったんです。今まで一番長く勤めた職場で5年半、短いと半年で辞めていました。訪問看護はもう10年続いていますから、一対一で利用者さんとゆっくり向き合える仕事が、性に合っていたのだと思います。 長嶺: 同じステーションの他の方の勤務年数はいかがですか? 長尾: 今の勤め先は、勤務年数が長い人が多いですね。人間的に素敵なスタッフが多く、利用者さんも楽しい方が多いというのも、継続しやすい理由だと思います。 長嶺: 村田さんはいかがでしょうか。 村田: 私は、実習で訪問看護が一番楽しいと感じたからですね。他の職場で働いても、最終的には、訪問看護に行きたいと思いました。特に訪問看護の実習で印象に残っているのが、ALSの患者さんが、人工呼吸器をつけるかつけないかを検討していた場面です。訪問看護師さんが、「その後のご家族の負担やご本人の要望もふまえて検討したほうがよい」と利用者さんやそのご家族に寄り添っていました。利用者さんの「生活」優先であることや、利用者さんのやりたいことを叶えようという視点を持つ訪問看護が、魅力的だと思いました。 長嶺: 村田さんは、看護師4年目だそうですが、同期で訪問看護師さんをやっている方はどれくらいいますか? 村田: 少ないと思います。一般的に、若い看護師が訪問看護をするのは難易度が高いと思われているので。同年代の訪問看護師は、ステーションに1~2人ぐらいですね。今はe-learningで学べる教材も充実しているので、私としては若手も訪問看護で活躍してほしいですし、若手の流入で訪問看護業界がもっと盛り上がるといいなと思っています。 「そうだ、私を待っている人がいる」 長嶺: 梁井さんは、訪問看護師になってどれぐらいですか。 梁井: 8年目になります。それ以前は10年ほど室蘭の総合病院で働いていたのですが、母親も高齢になり、このまま総合病院で働くべきなのかどうか、迷っていました。そんなとき、親友のケアマネジャーが、「訪問看護がいいんじゃないか」「あなたを待っている人が、きっと必ずどこかにいる」と言ってくれたんです。私は、信頼している友人の言葉に弱くて(笑)。「そうだ、私を待っている人がいる!」と思って、訪問看護師になりました。 長嶺: エピソードのタイトルにも「そうだ」と入っていましたが、「そうだ」がキーワードなんですね(笑)。 では、訪問看護のやりがいや魅力について、3人に伺いたいと思います。長尾さんはいかがでしょう。 長尾: やはり、利用者さんに最期まで寄り添えることにやりがいを感じています。寄り添うためには利用者さんの日常生活に入り、価値観を受け入れることが大事で、その時間があるからこそ、その方らしい最期をサポートすることにつながっていくのではないかと思っています。この仕事を長く続けてきて、私はそういう点がしっくりきました。 長嶺: 一人ひとりの日常を見つめること大事にされているんですね。村田さんはいかがですか? 村田: 私も長尾さんと似ています。利用者さんのお家に伺い、日常に寄り添えることが訪問看護の一番の魅力だと思います。また、例えば薬剤についても、病棟と異なり利用者さんの意向に沿って内服していただくケースもありますし、病院看護とは違ったケアがあるんだなと勉強になります。 長嶺: なるほど。梁井さんはいかがでしょう。 梁井: 私もお二方の考え方と似ていますが、病院ではどうしても治療が優先ですから、誤解を恐れずに言うと患者さんに我慢してもらわないといけないことがあります。でも、訪問看護師の目標は、「利用者さんが希望されていることをどう叶えるか」だと思うんです。 また、急性期時代は意見の相違で医師と喧嘩してしまったこともありましたが、訪問看護では自分主体で仕事ができる場面が多く、その点もこの仕事の魅力だと思います。 長嶺: 治す、治さないだけではない、訪問看護の楽しさや醍醐味がありますよね。こんなに面白くてやりがいのある仕事なのに、看護師全体のなかでは訪問看護師は約5%程度しかいません。どうすれば、訪問看護師の魅力が伝わると思いますか? 長尾: 難しいですね。在宅を理解されていない病棟の看護師さんも多いと思うんです。病院の看護師さんに向かって、魅力を伝えていくのがいいと思いますが。 村田: 若手の友人に訪問看護やろうよと誘うと、「人のお宅で看護することに抵抗がある」と言われてしまいます。「まずは、病院で経験を積みたい」といった声もあります。私自身は、訪問が楽しいですし、利用者さんやそのご家族に、孫や友人だと思っていただけるような寄り添い方をしたいと思っています。気負い過ぎずに訪問看護にチャレンジしてくれる若手が増えたらいいなと思います。 梁井: 学生さんが、訪問看護に実習で来る場合がありますが、「このステーションでの働き方を見て、訪問看護をやろうと思いました」という方もいらっしゃいましたね。そんな実習で来た学生さんに、「あなたを待っている人がいる」と言うのがいいのではないかなと思いました。 一同: (笑) 長嶺: 「あなたを待っている人がいる」は、殺し文句ですね(笑)。フロアにいらっしゃる方で、何かご意見はありますか? 「まずは病棟で5年」が若手の訪問看護への壁 佐藤理恵さん(受賞者): 神奈川県の藤沢訪問看護ステーションで訪問看護師をしています、佐藤と申します。私も若手に訪問看護に入ってもらいたいと思っています。人気のある俳優の方が美容師役で主演ドラマをやると、美容業界が盛り上がる、検事役で着ていたダウンジャケットが売れるなどの現象があります。ですから、訪問看護師を主役にしたドラマをしてほしいと思いますね。さわやかな女優さんに主人公を演じていただいて。 長嶺: ありがとうございます。確かに最近は、救命救急医や薬剤師といった医療従事者の職業にフィーチャーしているドラマもありますね! 他の方は、いかがですか? 広田奈都美さん(漫画家/看護師): 私は静岡県の訪問看護ステーションで管理者をしています。色々なところで講演をさせていただき、看護学生さんたちに「訪問看護師になりましょう」と呼びかけるのですが、看護学校の先生が「病棟で5年間は勤務しないと無理なんですよ」と止めることがあるんです。そこをまず、「大丈夫なんですよ」というふうに啓蒙していけるといいなと思います。 長嶺: なるほど。さまざまなご意見をありがとうございます。では、皆さんに今後の抱負を伺いたいと思います。 長尾: 白川町では65歳以上の高齢者の割合が46%を超え、2045年には70%になるという試算が出ています。でも、訪問看護ステーションの母体である白川病院 院長が在宅医療に対して理解があるので、心強いです。町全体として人と人の距離感が近く、助け合いや情報共有も盛んです。今日聞けた貴重なお話も参考にしながら、がんばっていきたいと思います。 村田: 今回こうした機会をいただいて、もっと若手の方が「訪問看護をやりたい」と思える話ができればよかったなと思っています。来年も入賞を狙いたいと思います。 梁井: 私の抱負は、1日でも長く生きて、1日でも長く訪問看護師をすることです。 長嶺: 皆さん、本日は本当に有意義なお話を、ありがとうございました。 執筆: 高島 三幸 編集: NsPace編集部 【参考】〇厚生労働省.「令和2年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(2023年5月11日)https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei/20/dl/gaikyo.pdf 〇岐阜県.「統計からみた白川町の現状」(2023年6月19日)https://www.pref.gifu.lg.jp/uploaded/attachment/343330.pdf 〇国立社会保障・人口問題研究所.「日本の地域別将来推計人口(平成30(2018)年推計)」https://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson18/t-page.asp

訪問看護師のためのウェルビーイング
訪問看護師のためのウェルビーイング
インタビュー
2023年6月20日
2023年6月20日

どうすればスタッフが幸せになる?訪問看護師のためのウェルビーイング推進

訪問看護師が笑顔で幸せに働くためには、どうすればいいのか。多くの訪問看護ステーションが抱える課題でしょう。今回お話を伺ったのは、ソフィアメディ株式会社で「ウェルビーイング推進グループ」のマネジャーを担当する宮地麻美さん。管理者経験もある宮地さんに、「ウェルビーイング」とは何か、ウェルビーイング推進グループではどんな取り組みを行っているのか、などを伺いました。 ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療に特化したサービスを提供している宮地 麻美さん/ウェルビーイング推進グループ マネジャー1972年群馬県生まれ。看護師歴22年。精神薄弱児施設で4年働いた後、医療知識を求めて看護師の道へ。ナショナルセンターで15年勤務しつつ、看護教員資格を取得し、大学院へ進学。遷延性意識障害看護を学ぶ中で、口腔ケアの重要性を感じて摂食・嚥下障害看護認定看護師となり、急性期での看護を実践。2016年に回復期リハビリテーション病院に転職し、在宅看護の重要さを知る。2019年にソフィアメディへ転職後は訪問看護ステーション管理者として3年従事し、2022年2月より新設されたウェルビーイング推進グループのマネジャーを担当。 体制変更やコロナ禍でスタッフが疲弊 ─まずは、宮地さんが訪問看護師になったきっかけをお教えください。 私は看護師になる以前、精神薄弱児施設に勤務していたのですが、気管内吸引をはじめとした医療的処置が必要な子や、多数の薬を飲んでいる子たちがいました。その子どもたちと関わるうちに医療の道に興味をもち、看護師を志すようになったんです。看護師になってからは、口腔ケアに興味を持ち、医学博士の紙屋克子先生や歯科医師の黒岩恭子先生のもとで学んだ後、摂食・嚥下障害看護認定看護師として病院で働いていました。 しかし、病院ではどうしても多数の患者さんをケアするために優先順位を考えて対応せざるを得ません。「もっと患者さん本位の看護をしたい」「在宅での看護をしたい」と思うようになったことが、訪問看護師になるきっかけですね。回復期リハビリテーション病院に転職して、在宅看護を目の当たりにしたということも大きいです。自分の身の回りに関するものも人間関係も、基本的には「家」が中心。家で治療・療養ができれば、より患者さんの心が満たされる看護ができるのではないかとも思いました。 ―在宅看護に夢を持って、ソフィアメディに転職されたのですね。 はい。2019年に転職し、「ソフィアメディ訪問看護ステーション元住吉」の管理者を任されました。「地域のみなさんに安心してもらえるようなステーションにしたい」「スタッフにも利用者様にもケアマネジャーさんたちにも笑顔になってほしい」と、夢や希望でいっぱいでした。 しかし、2019年はちょうど診療報酬の改定があり、ソフィアメディでも在宅で中重度のお客様を受け入れられるよう体制を整えはじめた大転換期。土日・夜間の対応強化による忙しさにスタッフたちは疲弊し、漠然とした不安がステーション内に広がり、管理者としてふがいなさを感じていました。さらに、2020年には新型コロナウイルス感染症の波が訪れ、課題は山積み…。スタッフたちの笑顔が少なくなっていきました。 このときに私は、「絶対にステーションを笑顔いっぱいする!」と決心したんです。 ウェルビーイング=「健康で幸せな状態」 ―管理者時代の経験が、現在の「ウェルビーイング推進」のお仕事につながっているのですね。では、そもそもウェルビーイングとは何なのか、定義から教えてください。 ウェルビーイング(Well-being)は、「ウェル」(良好な、健康な)と「ビーイング」(状態)をつなげた言葉で、「健康で幸せな状態」のことを指します。慶應義塾大学の前野隆司教授によれば、長続きしないお金や社会的地位などではなく、長続きする「社会的、身体的、精神的に良好な状態」がウェルビーイングです。日本は、社会的・身体的な部分については高水準だと言われていますが、「精神的」な部分が課題だと言われています。 ―ウェルビーイングは、単純に「うれしい」「楽しい」という状態ではないのですね。 そうですね。前野教授は、幸せを高める因子として、以下の4つを挙げていらっしゃいます。例えば、強みを生かして主体的に動けている状態や、他者と比べず「自分は自分」と思える状態も、ウェルビーイングに含まれるんです。私は、この4つの因子を参考にしながら、ステーション内を笑顔でいっぱいにすべく、動いていきました。 ■前野 隆司教授による幸せの4つの因子・「ありがとう!」因子(つながりと感謝)・「やってみよう!」因子(自己実現と成長)・「ありのままに!」因子(独立と自分らしさ)・「なんとかなる!」因子(前向きと楽観) ―具体的に、訪問看護ステーション元住吉でどのような取り組みを行ったのでしょうか。 まずは、スタッフの心理を分析しました。訪問看護に携わる看護師・セラピストたちは、職種柄「自分がやらねば!」という責任感や正義感が強く、患者さんのために自分自身を犠牲にしたり、ミスをした際に過剰に自分を責めたりする傾向にあると思います。 ソフィアメディ 「スタッフの心理」セミナー資料より引用 こうした現状を踏まえて、「4つの因子」に当てはめて改善をしていきました。 ソフィアメディ 「幸せを高める4つの因子」セミナー資料より引用 例えば、以下のような行動です。 (1)「ありがとう!」因子(つながりと感謝) ・誰よりも早く大きな声で「おかえり」「いってらっしゃい」などの声をかける・日々スタッフの命が一番大事であることを伝える・マイナスな意見に対しても「改善のきっかけになった」と感謝する (2)「やってみよう!」因子(自己実現と成長) ・「理想の看護」について、スタッフ一人ひとりにヒアリングする・自分の意見を押し付けず、スタッフたちの意見に「いいね!」と伝える・難しい案件も断らず、必要に応じて管理者である自分自身が訪問して看護方針を策定 (3)「ありのままに!」因子(独立と自分らしさ) ・会話を通じて、スタッフのコンディションを把握・プライベートの事情や趣味も把握し、応援し合う・「自分を犠牲にせず、自分が幸せになるやりかたを考えよう」と伝える (4)「なんとかなる!」因子(前向きと楽観) ・インシデント報告に対して「ありがとう」「大変だったね」と感謝・ねぎらいの言葉をかける・「寝坊しました!」とはっきり言えるくらい、相談しやすい雰囲気づくりをする・困りごとの解決策は、一緒に考える こうした動きをしていったことで、ステーション内の雰囲気が良くなり、年間で一人も離職者は出ませんでした。アンケートでのスタッフの従業員満足度(ES)も高くなりました。 「ありがとう」「いいね」が行き交う組織へ ─訪問看護ステーション元住吉での取り組みを経て、ソフィアメディ内でウェルビーイング推進グループを立ち上げ、取り組みを会社全体に広げているのですね。では、ウェルビーイング推進グループの立ち位置について教えてください。 はい。ウェルビーイング推進グループ設立の目的は、まさに全体の従業員満足度を高めていくことです。『「ありがとう」や「いいね」が行き交う組織にする』というヴィジョンを掲げて活動しています。4名という少数で活動しており、グループ内でなにか相談したいことがあれば、すぐに話し合っています。 ─ウェルビーイング推進と、ワークライフバランス推進は異なるものでしょうか? はい、そこは明確に異なります。「ワークライフバランス」という言葉は、「仕事とプライベートをしっかり切り分ける」といった意味合いが強いですよね。たしかに公私混同しないことは重要ですが、仕事をしているときの自分も、家に居るときの自分も、どちらも「自分」。切り分けることはできません。ウェルビーイングを推進する際は、その前提に立って考えています。 当たり前のことですが、家で嫌なことがあれば、仕事に気が乗りませんし、仕事でいいことがあれば、家でもずっといい気持ちでいられますよね。「仕事とプライベートは相互に影響し合うもの」「繋がっているもの」ということを意識して、両方大切にしていきたいというのがウェルビーイング推進グループの基本的な考え方です。仕事の時間は人生の多くを占めますので、楽しんでもらえるような環境・関係をつくりたいと思っています。 例えば、「今日は家族の具合が悪いから帰りたい」、「好きなアイドルのコンサートがあるから早帰りさせてほしい」。そんな一言が言いやすい環境がいいと思います。そういった発言が聞けると、「ご家族の調子がよくなくて大変なんだな」とか、「そんな趣味を持っているんだ」などと、スタッフたちの事情が見えてきますよね。事情がわかれば、互いに配慮し合えます。公私を完全に切り離すのでなく、どちらも「その人を形成するもの」として知り、自分のことも知ってもらう。そうすることで、円満な関係が生まれやすくなると思います。 ―ありがとうございます。次回はウェルビーイング推進グループの業務の詳細や、スタッフの皆さんの反応についてお話しいただきます。 >>続きはこちら具体的に何をすればいいの? 訪問看護師のためのウェルビーイング推進 ※本記事は、2023年4月の取材時点の情報をもとに制作しています。 取材・執筆: 倉持 鎮子編集: NsPace編集部

アワードトークセッション
アワードトークセッション
インタビュー 会員限定
2023年6月13日
2023年6月13日

みんなの訪問看護アワード 投稿のきっかけは?【特別トークセッション 前編】

2023年3月24日(金)に、銀座 伊東屋 HandShake Lounge(東京都中央区)にて開催した「みんなの訪問看護アワード2023」表彰式。エピソードを投稿された方をはじめとしたゲストの皆さまに全国からお越しいただき、表彰、特別トークセッション、懇親会などで盛り上がりました。ここでは、特別トークセッションの内容をピックアップしてお届けします。 本トークセッションのテーマは、「つたえたい訪問看護の話」。ファシリテーターに東京医科歯科大学国際健康推進医学 非常勤講師の長嶺由衣子さんを迎え、受賞者の皆さんとエピソード投稿の背景や訪問看護師になったきっかけ、訪問看護の魅力等について幅広くディスカッションされました。前編の今回は、エピソード投稿のきっかけや背景についてのお話です。 【ファシリテーター】長嶺 由衣子(ながみね ゆいこ)さん東京医科歯科大学国際健康推進医学 非常勤講師 【登壇者】村田 実稔(むらた みのる)さんウィル訪問看護ステーション江東サテライト(東京都)「みんなの訪問看護アワード2023」入賞投稿エピソード「ちょっと早めの金婚式」 長尾 弥生(ながお やよい)さん白川訪問看護ステーションこだま(岐阜県)「みんなの訪問看護アワード2023」入賞投稿エピソード「104歳の日常」 梁井 史子(やない ふみこ)さん愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう「みんなの訪問看護アワード2023」入賞投稿エピソード「そうだ、訪看がある」 >>エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!【みんなの訪問看護アワード】>>表彰式の模様はこちらみんなの訪問看護アワード2023 表彰式イベントレポート【3月24日開催】 ※以下、本文中敬称略※本記事は、2023年3月時点の情報をもとに構成しています。 東京・岐阜・北海道の受賞者3名が登壇 長嶺: ファシリテーターの長嶺です。今日は、皆さんのお話を聞くことをとても楽しみにしていました。よろしくお願いいたします。早速ですが、皆さん簡単に自己紹介をお願いします。 村田: 「ウィル訪問看護ステーション江東サテライト」の村田実稔と申します。訪問看護師2年目です。以前は小児病院のPICUで勤務していました。今回は、私の心に残っている末期がんの利用者さんのエピソードを投稿しました。本日はよろしくお願いします。 長尾: 岐阜県の「白川訪問看護ステーションこだま」からまいりました、長尾と申します。白川といっても有名な「白川郷」ではなく、下呂温泉から名古屋方面へ車で1時間弱ほど走ったところにある白川町です。白川茶が有名ですが、少子高齢化の影響で茶畑がソーラーパネル化しています。携帯の電波が届かないエリアもあり、サルやカモシカに出合う場所にあるお宅を訪問しています。 梁井: 札幌市から参りました。「愛全会 訪問看護ステーション とよひら・ちゅうおう」の梁井史子と申します。エピソード内容や見た目でもおわかりだと思いますが、乳がんを患って休職していました。2022年9月に訪問看護師として復帰しまして、抗がん剤・鎮痛剤を服用し、ホルモン治療を続けながらフルで勤務しています。そんな状態でも、自分には「訪看がある」という想いを込めたエピソードを、看護師と看護を受ける側、両者の目線から書かせていただきました。このような賞をいただいて、本当に感謝しています。 長嶺: 皆さん、ありがとうございます。梁井さんは、きっと想像を絶する大変さのなかでお仕事されているのだと思います。でも、お話しすると大変明るい方で、利用者さんたちはきっと梁井さんの明るさに勇気づけられているのでしょうね。 それでは、皆さんの投稿エピソードについて深掘りしていきましょう。まず、長尾さんには、104歳の在宅療養者の日常をコミカルに書いていただきました。このエピソードを投稿しようと思ったきっかけは何でしょうか。 エネルギーとパワーが溢れる自由奔放な104歳 長尾: 私のステーションにはこんな元気な方がいるんだ、ということを伝えたかったんです。訪問看護をしていると、私のほうが利用者さんたちからたくさんのエネルギーとパワーをいただき、癒やされることがたくさんあります。訪問看護の現場は大変なことも多いですが、「こんなに楽しい日常がある」「訪問看護は楽しい」ということが伝わればいいなとも思いまして。 長嶺: なるほど。この104歳の方のエピソードを読んでいて、私の患者さんで、国宝級の剣道家だった方のことを思い出しました。黄疸で皮膚が真っ黄色という状況でも、「運動が足りない!」と言って運動をされていて(笑)。長尾さんの利用者さんも、同じように「自由奔放」という感じですね。「お酒を飲めているから健康だな」ということが判断基準になるような、お酒好きな方なのだと思います。こうした利用者さんと接するときに、気をつけている点はありますか? 長尾: 100歳を超えていらっしゃいますし、ステーションとしてもできるだけ大らかに対応しようという方針です。その方の日常や、自由奔放さを受け入れるイメージですね。 長嶺: 100歳を超えていないとNGですか(笑)? 長尾: いえいえ(笑)。100歳を超えていても超えていなくても、自由奔放に生きている方には、その方を受け入れるような対応を心がけています。 長嶺: ありがとうございます。400字以内のエピソードの中に書ききれなかったことはありますか? 長尾: 長寿の秘訣は、食べること、寝ること、ストレスがないことの3点がよく挙げられますが、この104歳の利用者さんは、まさにそれを体現しています。食欲旺盛ですし、電動車イスを自分で運転してピザを買いに行くなど、本当に自由な生活をされています(笑)。 長嶺: 本当に自由ですね(笑)。では、受賞されて、ステーションの皆さんはどういった反応でしたか? 長尾: 実はもともと、「この方のエピソードを4コマ漫画にしたら面白いよね」と同僚と話をしていたんです。受賞作品は後日漫画化が予定されていますし、この機会に全国の方に知っていただけることになり、みんな喜んでくれています。 長嶺: 医療従事者は医療的な面から患者さんの行動にブレーキをかけることが多いと思いますが、ご自宅にお邪魔する訪問看護は、医療従事者が主体の空間ではなく、患者さんご本人が主体となる空間に入るということですよね。だからこそ、その方の良いところを探して人間性や価値観をみることが大事なのだと思います。「訪問看護とは病気を治すのではなく、その人の生活に寄り添い人生を支える仕事だと思う」という一文にも共感しました。ぜひ漫画にして広めていただければと思います。 次は村田さんに伺いたいのですが、村田さんのエピソードは、「結婚50周年を迎える夫婦に対し、娘さんと作戦を立てて、サプライズの金婚式を行った」という内容でした。どうしてこのエピソードを投稿しようと思ったのでしょうか。 村田: 私が初めて担当した末期がんの利用者さんで、このエピソードが私にとってとても印象深かったので選びました。 長嶺: 利用者さんに対して、この金婚式のようなサプライズイベントをよく企画されるのでしょうか。 村田: そうですね、利用者さんに喜んでもらいたいという気持ちが強いですし、私はそうしたイベントを企画するのは得意なほうだと思います。 長嶺: 利用者さんの奥様からの何気ない一言で金婚式のイベントをやることになったそうですが、どんな気持ちで企画されたのでしょうか。 村田: やらない後悔よりやった後悔のほうがいいのではないかと思ったんです。ご家族に、利用者さんが亡くなられた後に「やっておけばよかった」と後悔してほしくなかったですし、まずは行動して利用者さんやそのご家族にも喜んでいただけるように努力したいと考えました。 長嶺:素晴らしいですね。エピソード内に書ききれなかったことはありますか? 村田: 利用者さんの奥様と友人として一緒に食事をしたり、娘さん夫婦が経営する美容院に今でもいったりすることがあって、本当によくしていただいています。 長嶺: ありがとうございます。続いて梁井さんは、ご自身の乳がんの再発について書いてくださいました。投稿しようと思ったきっかけを教えてください。 乳がん再発で「仕事の大切さ」を再認識 梁井:ステーションの看護主任から投稿をすすめてもらったのですが、自分の乳がんが再発したエピソードしか頭に浮かばず、締め切り当日の昼休みに急いで書きました。 長嶺: 訪問看護の患者さんについて語るエピソードがほとんどの中、梁井さんのエピソードだけが、訪問看護を担うご自身のお話でした。どうしたら継続的に訪問看護ができるのか、訪問看護師が仕事を継続しやすくなるヒントがあるように思います。ご自身の体調が優れないなかで書いてくださったことに、お礼を申し上げます。 単刀直入に伺いますが、闘病しながらなぜ訪問看護のお仕事を継続されているのでしょうか。 梁井: 訪問看護が、私の生きがいなんです。 プライベートなお話になりますが、私の家族は現在、兄と母のみです。兄には家庭があって少し遠方に住んでおり、近くに住んでいるのは高齢の母のみ。私は結婚しておらず、若い頃に子宮内膜症で子宮を全摘し、子どもがいるわけでもありません。そんな人生を歩んできて、乳がんが再発して転移したとわかったとき、「私の人生は、生き方は、どうあればいいんだろう」と思いました。「再発したら、もう死ぬしかないんじゃないか」「このままだと、悔しいじゃないか」と。それと同時に、「私には大事にしている仕事がある」とも思いました。 勤務先の事業所の所長からも、「がんばって」「戻ってきてくれるのを待っているから」と声をかけてもらい、すごく心強かったんです。自分には訪問看護の仕事がある、仲間がいるということが、励みでした。今日も、2人の同期が付き添いできてくれましたし、看護学校時代の同期もLINEで毎日励ましてくれました。そうした友達や後輩は看護関係がほとんどなんです。だからこそ、「看護という仕事から離れたくない」「このまま終わってたまるか」と思うことができました。 2回目の乳がんがわかって化学療法で治療しているときは本当につらかったですが、看護師や理学療法士さんに来ていただいたことが励みでした。同業者に励まされたことで、この仕事の凄みを改めて実感したというか、私にとって熱い経験だったんです。 長嶺: 治療しながら働く上で、心身のつらさはないのでしょうか。 梁井: もちろん身体的なつらさはあるものの、精神的には充実していて、ストレスは発症前よりないんです。無理して仕事をしているという感覚はありません。自分が患者の立場を経験したことで、今は前よりも上手に患者さんをケアできているのではないか、患者さんに上手に話しかけられているのではないか、と思える自分もいます。看護は一瞬一瞬で終わるものではなく、その人の人生・生活・環境を支えるものだともわかりました。訪問看護はすばらしい仕事だと、誇りを持ってやっています。 長嶺: 素晴らしいですね。医療従事者は、自分自身は経験したことがない状況やつらさを抱える患者さんと接することが多いですが、どんなに経験を積んでも理解しきれないこともあると思います。梁井さんは、私たちの何倍も患者さんに寄り添えているのではないかと感じます。 梁井: いえ、そんなに立派なことはできていないと思います。実は、がんが再発して「看護師にならなきゃよかった」と思ったこともあります。治療法や処方される薬で予後がわかってしまうからです…。こんなにつらい思いをするのなら、看護師にならなきゃよかったと思うぐらいしんどかったです。でも、そこを乗り越えると、逆に看護の知識が勇気になったり、力になったりする。「大丈夫」とも思えました。今は、「自分にしかできないがん患者さんへの看護がある」と思えることも力になっています。 >>後編はこちら 訪問看護師になった理由&訪問看護の魅力【特別トークセッション 後編】 執筆: 高島 三幸編集: NsPace編集部

孤独な管理者を支える ステーション支援2
孤独な管理者を支える ステーション支援2
インタビュー
2023年5月30日
2023年5月30日

孤独な管理者を支える「ステーション支援」の取り組み 成果&スタッフの反応は?

ソフィアメディのステーション支援グループは、管理者と目線を一緒にして、ともに考える伴走型のサポートを行っています。今回は、CQOの篠田耕造さんとグループリーダーの村山忍さんに、ステーション支援グループが誕生したことによる変化や、スタッフの反応等についてお話しいただきます。 >>前編はこちらともに悩んで孤独な管理者を支える「ステーション支援」の取り組み ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療に特化したサービスを提供している。篠田耕造さん/最高品質責任者CQO(Chief Quality Officer)公立総合病院、専門病院、地域包括ケアを行う法人で、教育体制や業務プロセス・品質管理に携わりながら、MBA(経営管理学修士)・認定看護管理者を取得。日本看護協会教育委員・学会企画、岐阜県看護協会副会長等を歴任。JNAラダー・教育システム、管理者研修、医療経営セミナー講師などを行う。2022年よりソフィアメディCQOに就任。 村山忍さん/ステーション支援グループリーダー看護師経験25年。ソフィアメディに入社し15年目。総合病院や個人病院に勤務後、訪問看護に携わる。ソフィアメディ2号店の管理者や、新規立ち上げ事業所の管理者を経験した後、ステーション支援グループ リーダーへ。全国を飛び回り管理者をサポートしている。 ※文中敬称略 やるべきことがクリアになると不安が軽減 ―ステーション支援グループが誕生したことによる変化を教えてください。 村山: ステーション支援グループができて、管理者の離職率はかなり低下しました。従業員満足度評価の総合スコアも全体平均を上回って、ポジティブな結果を得られました。やはり、一人で抱え込まずにいつでも相談できる体制に加えて、指標やマニュアルで管理業務を細かく確認しながら進められる体制にしたことが良かったのではないかと思っています。これによって管理者は「具体的に何をするのか」「何を優先すべきか」ということが明確になったんです。見えない不安が減ったことで、結果的に離職率が低下したのではないでしょうか。 ―ステーション支援グループとして活動しているなかで、喜びを感じることや、課題を感じていることについて教えてください。 村山: 私は、サポートしたメンバーの前向きな声・表情を見ると幸せな気持ちになります。例えば、新規依頼にうまく対応できず落ち込んでいる管理者がいたので、一緒に考えてサポートしていたんです。次に会った時に「うまくいきました!」と報告を受けて「すごい!やればできるよね!」とほめる。その後、「今度はこれもやってみますね」と前向きな姿勢になってくれる…といった姿をみると、本当に嬉しくなります。 もうひとつ例をあげると、開設当初から「管理者はもう無理です。私にはやれません」と訴える管理者がいたんですが、地道に励まし、サポートしていきました。もちろん本人もとても頑張り、一年が経過。私が「一年経ったね!」と声をかけたら、その管理者は「私もやれました!」と感激していました。シンプルですが、一年間やり抜いてくれたこと、自分でもやれると自信をつけてくれたことがすごく嬉しかったです。 課題に感じていることは、管理者へのメンタルサポートですね。ステーション運営をしていると、当然良いことばかりではなく、変化が大きいんです。前週までは調子が良くても、例えばお客様からのクレーム1本で管理者がとても落ち込むこともありますよね。この大きなギャップをフォローするには、私自身のメンタルサポートの勉強が必要だと感じています。みんなをしっかりとサポートできるように、自己研鑽していこうと思っています。 篠田: 私はやはり、新規のお客様が入ったときに、我々がこれからどうケアしていくべきか、メンバーと一緒にプランを練っている時間が一番楽しいですね。逆に、在宅を希望されているお客様が再入院になってしまったときは悔しいです。どのステーションも同じだと思いますが、そういうときは事例を振り返ってレビューするようにしています。 もう少し視野を広げると、訪問看護の認知度がまだまだ低いことを日々感じていますね。訪問看護を全国にどう根付かせていくべきか、そのためにどのような教育をしてどう定着させていくべきか、ステーション支援をしながら常日頃考えています。また、地域包括ケアシステムの中での人材育成も課題です。これについては、施設や組織、地域の垣根を越えて柔軟に取り組んでいきたいですね。安全・感染管理、災害支援などもステーション支援グループのミッションのうちのひとつですが、一つひとつ着実に基準を確立していきたいと思っています。 地域の勉強会に参加して視野と人脈を広める ―社内でなかなかサポートを受けられない他のステーションの管理者がモチベーションを上げるには、どのような取り組みが効果的でしょうか。 篠田: 訪問看護ステーションは地域包括ケアシステムの中で大変重要ですが、経営的に不安定になりやすく、事業継続の難易度が高いと思います。そのため、国を挙げて大規模化が図られています。小規模なステーションでは、どうしても管理者に負荷が集中する傾向にあり、一人でできることには限界があるでしょう。そんな中でぜひ活用して欲しいのは、都道府県看護協会や訪問看護連絡協議会の活動です。私も以前、岐阜県看護協会の副会長をやっていましたが、サークル活動のようなことを行っているので、ぜひ参加してみると良いと思います。もちろん組織の中で解決しなければいけないこともあると思いますが、地域の中では、例えば小児医療や癌末期の連携についての勉強会なども結構あるんですよ。 そういった場にどんどん参加して自分たちの役割を伝え、困り事を一緒に考えてもらうのも良いのではないでしょうか。そういった場への訪問看護の出席率は低い傾向にありますが、地域の中での相互理解を深めるためにもおすすめしたいと思います。 また、これは社内でもいつも言っていることなのですが、地域包括ケアシステムの中で看護師はキーパーソンだと思っています。我々看護師は、コミュニティレベルを高くして、地域包括ケアシステムを自分たちで築いていくんだという意識をもつことが大切ではないでしょうか。 訪問看護の質向上にはベンチマークが必要 ―今後、訪問看護業界全体の質向上を図る上で、何が必要だと思いますか。また、今後の展望を教えて下さい。 篠田: 私は病院で25年間、在宅医療の分野では6年ほど働いていますが、在宅医療はまだ質のばらつきが大きいと感じています。病院は標準化されて品質が保証されてきていますが、在宅医療にはベンチマーク(基準)となるものがないことが課題だと思っています。ソフィアメディは全国展開しているので、特に地域によってやり方も課題も異なることを実感しているんです。 これまでの訪問看護は、「事業所数を増やす」という量的な部分に着目してきましたが、これからは「質」の部分に着目され、国を挙げてベンチマークが作られていくはず。そうした潮流の中で、私たちも全国展開の知見を活かし、業界の基準となる指標を提言できないか検討しています。まずは基準を満たしてから各事業所の特徴を押し出していくほうが、全体の質向上に繋がるのではないでしょうか。 ―ありがとうございました。 ※本記事は、2023年2月の取材時点の情報をもとに構成しています。 執筆・編集:NsPace編集部

孤独な管理者を支える ステーション支援1
孤独な管理者を支える ステーション支援1
インタビュー
2023年5月16日
2023年5月16日

ともに悩んで孤独な管理者を支える「ステーション支援」の取り組み

訪問看護ステーション数は年々増加し、ニーズの多様化に伴い管理者業務も多岐に渡っています。訪問看護の実務から運営まで、一人で何役もこなす管理者の負担は計り知れません。ソフィアメディでは、そんな管理者を組織でサポートする「ステーション支援グループ」を2020年に設立しました。グループ設立のきっかけや具体的な業務内容について、CQOの篠田耕造さんと、ステーション支援グループリーダーの村山忍さんにお話しいただきます。 ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療に特化したサービスを提供している。篠田耕造さん/最高品質責任者CQO(Chief Quality Officer)公立総合病院、専門病院、地域包括ケアを行う法人で、教育体制や業務プロセス・品質管理に携わりながら、MBA(経営管理学修士)・認定看護管理者を取得。日本看護協会教育委員・学会企画、岐阜県看護協会副会長等を歴任。JNAラダー・教育システム、管理者研修、医療経営セミナー講師などを行う。2022年よりソフィアメディCQOに就任。 村山忍さん/ステーション支援グループリーダー看護師経験25年。ソフィアメディに入社し15年目。総合病院や個人病院に勤務後、訪問看護に携わる。ソフィアメディ2号店の管理者や、新規立ち上げ事業所の管理者を経験した後、ステーション支援グループ リーダーへ。全国を飛び回り管理者をサポートしている。 ※文中敬称略 管理者と一緒に悩みながらサポート ―ステーション支援グループ設立の経緯や、具体的な活動内容について教えてください。 村山: ステーション支援グループは、管理者やスタッフからの「ステーションをサポートする体制が欲しい」という声から生まれました。私も管理者になったばかりのころ、新規の利用者様への対応や看護師としての対応はできても人事労務の対応ではわからないことが多く、その都度本部に相談していたので、このニーズはとてもよくわかります。 ステーション支援グループが行っている活動は、簡単に言うと「管理者のサポート」ですね。基本的には新任管理者や新規開設事業所のサポートの割合が高いです。事業所に行ってサポートすることもあれば、オンラインでサポートすることもありますね。 具体的には、新人ナースの同行訪問を含む業務サポート、管理業務のレクチャー、業務マニュアルの整備などを行っています。例えば、人手が足りない事業所に新人ナースを配属するケースが多いですが、人手が足りない事業所は管理者もフルで訪問にまわっていることが多く、新人ナースの育成にかけられるパワーが足りません。そういったところに私も入っていって、一緒に新人ナースを育成していきます。 ソフィアメディ株式会社「2022年 BEACON OF HOPE」より 篠田:まとめると上の5つが主な業務内容ですが、随時検討・改善を行っています。例えば、「03. 欠員時の業務代行」の活動は現状減っていますね。今はまだ試行しながら実装している段階ですが、病棟でよく行っているような、人員数や稼働率をモニターして稼働率が高いところに人員を充当するしくみを導入したんです。 「上から言う」のではなく一緒に悩む ―「ステーション支援グループ」は、ソフィアメディの中ではどういった立ち位置になるのでしょうか。人員構成についても教えてください。 篠田:ステーション支援グループは、クオリティマネジメント本部という部署に属していて、地域横断の「横軸」としてのサポートを行っています。「縦軸」として、訪問看護事業本部のエリアプロデューサーという存在もいます。地域連携や経営的なサポートについてはエリアプロデューサーが行っていて、我々はスタッフと同じ目線に立ちながらしっかり「お客様第一主義」というソフィアメディの行動指針を保証していく。QC(品質管理)からQA(品質保証)まで行っているイメージですね。 ステーション支援グループのメンバーは、延べ人数で8名です。私も含めて管理者経験者は5名で、専業は村山のみ。村山には全国の事業所を飛び回ってもらっていますが、他のメンバーは管理者やクオリティマネジメント本部の「教育研修グループ」「ウェルビーイング推進グループ」などと兼務しています。兼務者が多いのである程度ビジーにはなりますが、例えば教育研修グループの担当者がステーション支援に関わることで、教育・研修内容のブラッシュアップに繋がる。また、アップデートした教育システムが浸透しやすくなるといった相乗効果もありますね。 ―ステーション支援グループとして活動されている中で、どんなことを心がけていますか? 村山: 管理者の率直な気持ちを引き出せるよう、ざっくばらんに会話することを心がけています。例えば、何らかの事情でお客様のご希望に沿った支援が叶わないときや、運営がうまくいかないとき、人間関係のトラブルが起こったときなど、管理者には精神的に大きな負荷がかかります。私もその気持ちがよくわかるので、経験談を交えながら、同じ目線で一緒に悩み、考えてサポートしています。また、新人ナースの同行訪問では、ソフィアメディが大事にしている使命を伝えることも心がけています。 篠田: そうですね。本当に「一緒に悩み、考えること」ことは大切だと思っており、管理者のメンター的な役割として、村山や私、バックオフィスのメンバーが具体的な対応を一緒に検討しています。ソフィアメディの使命は「英知を尽くして『生きる』を看る」です。これを実現するには、高いところから指導をするような姿勢では伝わりません。何が起きて何に困っているのか、それを解決するためにはどうすればいいのか、一丸となって考える。それにより、我々の価値を発揮できると思っています。ステーション支援グループには管理者経験者が多いので、当事者意識をもちつつ、予測的に対応できるところが強みです。 また、管理者になったからこそ味わえるマネジメントの醍醐味ややりがいというものがあります。少しずつでも「自分にもやれた!」という達成感を得られると、「スタッフの育成を頑張ろう」「もう少し地域に根付いた活動をしよう」と、モチベーションアップに繋がっていくんですね。そうした達成感を味わえるようにサポートしています。一つひとつ積み上げながら成長していけば、非常に強い基盤を作れると思っています。 村山: 達成感は、本当に大事だと思います。私が管理者と関わるときも、どんな小さなことでも良い点を認め、伝えるようにしています。小さなことでも認められ、ほめられることを積み重ねていくと、「これでいいんだ」というお墨付きをもらった感じになるようです。 即実践できる知識を伝え、育成期間を短縮 ―管理者の人材育成プランに関して教えてください。 篠田: 人材育成はとかく時間がかかるものですが、管理者の育成期間をできるだけ短くするように努めています。訪問看護では高い調整能力が求められますが、説明するだけではそういったスキルは習得しづらいのが現実です。ですので、連携や調整方法、スケジュール管理に至るまで、日常的にある小さな疑問・悩み事を聞き、即実践できる知識を伝えています。これを繰り返すことで、管理者としての自立促進を高めていくんです。 また、現在3段階のマネジメントラダーを作成・考案しています。初めて管理者に着任するメンバーから地域をまとめるマネジャーまで、領域を分けてサポートする体制を目指しているんです。管理者未経験者が圧倒的に増えてきているので、そういったメンバーに対しては村山を中心に開設前からリードしています。 具体的には、全国訪問看護事業協会が作成した訪問看護のガイドライン(※)をベースとして、そこに弊社が必要だと考える項目を追加して使用しています。運営上の指標が145項目あり、それに関連するマニュアルも作っているんです。開設前後に関わらず、この指標を活用して「どこまでできて何が課題か」「何が不安なのか」を確認する流れになっています。はじめが肝心ですし、管理者も不安と緊張の連続だと思うので、開設から約1年間は手厚くサポートするようにしています。 ※訪問看護ステーションにおける事業所自己評価のガイドライン ―ありがとうございました。次回は、ステーション支援グループが誕生したことによる変化や、スタッフの反応について伺います。 >>後編はこちら孤独な管理者を支える「ステーション支援」の取り組み 成果&スタッフの反応は? ※本記事は、2023年2月の取材時点の情報をもとに構成しています。 執筆・編集:NsPace編集部

これからの医療的ケア児と訪問看護
これからの医療的ケア児と訪問看護
インタビュー
2023年5月2日
2023年5月2日

親子の夢が広がる 医療的ケア児の就学支援事例 【長野県 小布施町】

清泉女学院大学の北村千章教授が主宰するNPO法人「親子の未来を支える会」では、学校への看護師をはじめとした医療的ケア児の就学支援を行っています。今回は、そんな「親子の未来を支える会」と自治体が連携を図り、医療的ケア児の就学支援に成功した事例をご紹介します。北村教授と長野県 小布施町教育委員会 関口氏にお話を聞きました。 >>前回の記事はこちら見落としがちな親視点 保護者に聞く&寄り添う看護-医療的ケア児と訪問看護 清泉女学院大学 小児期看護学北村 千章(きたむら ちあき)教授看護師・助産師。新潟県立看護大学大学院看護学研究科修士課程修了。「全国心臓病の子どもを守る会」にボランティアとして参加したのをきっかけに、先天性心疾患および22q11.2欠失症候群の子どもたち、医療的ケアが必要な子どもたちを、地域ボランティアチームをつくってサポート。2019年、清泉女学院大学看護学部に小児期看護学准教授として着任。慢性疾患のある子どもたちが大人になったときに居場所を持ち、ひとり立ちできるための必要な支援や体制つくりについて研究している。同年、NPO法人「親子の未来を支える会」の協力を得て、医療的ケア児の就学サポートを開始。医療的ケアが必要な子どもが、教育を受ける機会が奪われないしくみづくりを目指す。2023年4月より、清泉女学院大学看護学部 小児期看護学 教授に就任。小布施町教育委員会関口 和人(せきぐち かずと)氏2002年長野県の小布施町役場に入職し、建設水道課、健康福祉課等を経て、2022年度より教育委員会子ども支援係の係長に就任。子ども支援係では、保育園・幼稚園~小・中学校までの支援を担当している。 ※本文中敬称略 行政との連携で子どもたちの自立をサポート ―小布施町教育委員会と、「親子の未来を支える会」との関係性について教えてください。 北村: 最初に、「親子の未来を支える会」と小布施町教育委員会とが連携したのは、胃ろうからの経管栄養が必要な医療的ケア児のAさん・Bさん(下記)の事例でした。このお二方は、看護師や学校の先生、自治体といった多職種の連携サポートによって小学校に通えるようになったあと、「胃ろうから自己注入ができるようになった」「経口摂取が可能になった」など、大きな成長が見られたんです。子どもたちには、我々には分からない未知数の「持っている力」があって、そうした力を引き出せるということが看護師にとっての一番の魅力であり、やりがいだと思います。一方、看護師だからできる医療的ケアもあるものの、当然学校の先生や教育委員会の方々との協力体制がなくてはサポートが実現できません。 関口: 教育委員会の者は、当然ながら医療従事者に比べてずっと医療的な知識が少なく、それまで医療的ケア児の就学支援を行った前例もありませんでした。各ご家庭のニーズ・状況に合わせて医療従事者に適宜質問しながら対応策を考え、行動するしかなかったんです。Aさん・Bさんの事例以降、マニュアルの作成や支援会議の開催などの準備段階から、その都度、北村先生にはご相談をしていて、助言のおかげで比較的スムーズで柔軟な対応ができていると思います。■小布施町教育委員会と親子の未来を支える会との連携事例 【事例】・医療的ケア内容:Aさん・Bさんともに「胃ろうからの経管栄養」 ・Aさん:町外の特別支援学校に通っていたが、小布施町の小学校に転入し、学校看護師を配置して通常級へ。 栄養剤からミキサー食に変更したほか、現在は中学校の通常級に通いながら、胃ろうからの自己注入も可能に。自立への道が開けた。 ・Bさん:Aさんの転入前は、訪問看護ステーションの協力を得ながら小布施町の小学校に通学。Aさんの転入に伴い、学校看護師によるBさんの医療的ケアが可能に。現在は給食の経口摂取をしている。 ―Bさんがもともと通っていた小学校にAさんが転入したことがきっかけで、小布施町との連携事例が始まったと伺っています。詳しく経緯を教えてください。 関口: もともとその小学校がBさんを受け入れることができていた理由は、主に2点あります。まずは、訪問看護ステーションの協力を得られ、学校に看護師を派遣してくださっていたこと。ふたつ目は、Bさんが常時医療的ケアが必要なお子さんではなく、給食を胃ろうから注入するケアのみで、サポートのハードルが低かったことです。 そこに、Aさんの転入を受け入れるお話があり、どうすればいいか検討していく過程で「親子の未来を支える会」と出会い、連携が始まりました。 北村: Aさんのご自宅から小学校までは徒歩5分。学習能力も十分にあるのに、胃ろうがあるために小学校に受け入れてもらえず、隣の市の支援学校に入学することになったんです。隣の市へ毎日送迎するお母さんは、とても大変なご様子でした。そんな中で、我々「親子の未来を支える会」に、小布施町の相談支援員さんからAさんの件でご相談をいただいて、関わらせてもらったのです。 その後、Aさんは小布施町の小学校に転入し、学校看護師を配置して通常学級へ通えるようになりました。総合栄養剤からミキサー食に変更したほか、転校から4年経った現在は、中学校の通常級に通いながらいろいろと学習され、自己注入もできるようになっています。「医療的ケア児」の定義から外れるまでに、Aさんが自分でできることが増えていったのです。 以前は「高校に通う」ことも想像できなかったかもしれませんが、今は家族も本人も高校に通う夢を叶えたいと思っていらっしゃると思います。 ―Bさんについてはいかがでしょう。 北村: 低体重で生まれて嚥下障害もあったBさんは、保育園や小学校の低学年のころは、訪問看護師さんが経管栄養の管理だけサポートしていました。その訪問看護師さんが介入していたことがとても大きくて、例えば、給食を注入しているときにBさんが欲しがるそぶりを見せた際、少し口から摂取できていたそうなんです。それを見ていた訪問看護師さんが、「口からも食べている」「もしかしたら、もうちょっと口から食べられるんじゃないか」といった情報を我々に提供してくださいました。また、通っていた放課後等デイサービスの看護師さんからも、「子どもたちが集まる場所だとBさんは口から食べようとするし、実際に少し食べている」という情報も得ることができた。こうした情報がなければ、ずっと注入だけを続けていたかもしれません。もちろん家でケアをする親御さんも、経口摂取を諦めず、チャレンジされていました。 ただ、学校側としては当然主治医の指示書通りにやらねばならず、給食を口から食べさせるチャレンジはできていませんでした。そこで私は、まず小布施町のかかりつけ医のところに行き、経口摂取へのチャレンジをすすめる意見書を書いていただけないか相談しました。その意見書や諸々の根拠・データ類を持ってBさんが通っていた小児専門の主治医に会いに行ったんです。最初は、「何言っているの?先天的に嚥下障害があるんだよ?」と言われました。でも、データを見せながらお話していくと、「少しだけなら食べさせてもいい」とおっしゃったんです。Bさんに以前から関わっている看護師さんたちのアセスメントも強い追い風になり、私たちは少しずつですが給食の経口摂取にチャレンジできるようになりました。現在のBさんは、注入しないで給食を食べられるまでになっています。 やはりBさんは、幼いころから専門性が高い訪問看護師のケアを受けていたことがとても大きかったと思います。そこで「食べられるかもしれない」と看護師が気づかなければ、我々がサポートしても、注入なしで給食を食べさせるといったチャレンジには到達できなかったでしょう。 ―AさんもBさんも、胃ろうによる経管栄養のケアをしているなかで、自立への道が広がったのですね。改めて、「食の自立」の重要性についても教えてください。 北村: まず、総合栄養剤とミキサー食では栄養がまったく異なりますし、ミキサー食のほうが当然ながら体重も増えます。 Bさんが「食べたい」と思ったのは、友達が給食を食べている様子を見たからではないかなとも思うんですね。みんなと同じ給食のメニューを、目の前に運んできます。「これをミキサーするね」と見せるんです。この時点で他のお友達と一緒のメニューだとBさんは分かります。おいしそうなごはんやみんなが食べる様子を見て、自分も食べたいという欲求が湧く。それに訪問看護師さんが気づいて、口から給食を食べるという支援につながっていきました。食べることは五感を使いますし、幸せなことです。五感を働かせる環境をつくることはとても大切だと思います。 子どもの「やりたい」「うれしい」が波及 ―通常学級で医療的ケア児を受け入れることのハードルの高さは感じますか? 北村: そうですね。全国的にもまだ難しいと思います。例えば、小布施町の事例ではないですが、15年ほど前に総合栄養食を使っていた福祉施設に疑問を感じて、ミキサー食を実施しようとしたのですが、「二回調理することになるからNG」と言われてしまいました。この施設に限らず、NGと言われるケースは結構多いと思います。そのときは、やる気のある施設長が「そんなことできるの?やってみよう!」と言ってくれたので、最終的にミキサー食を作ることができ、ご本人も親御さんも喜んでいました。でも基本的には、学校の教育現場でも調理現場でも「何かあったら困る」という考えになってしまいがちです。 初めて医療的ケア児を受け入れるのですから、先生たちが心配されるのは無理もありません。だから私たちは、Aさん・Bさんのケースでも先生たちが安心するまでは終日看護師がつかなければいけないと考え、それに賛同してくださった小布施町が予算をつけてくれたんです。看護師がケアする様子を実際に見て、学校の先生たちの不安も軽減していきました。「もう大丈夫だな」と思ったところで、看護師の派遣時間を減らしていきました。 ―多職種の連携によって、学校側も次第に安心して支援ができるようになっていったのですね。 北村: そうですね。例えばAさんの場合、地元のこども病院も協力してくださいました。たまたまAさんが入院することになったとき、訪問看護師さんや我々が作った自己注入のマニュアルを病院に持って行き、病院の看護師さん立ち会いのもと、Aさん主体で自己注入を実践しました。これが「見守りのもとなら自己注入ができる」という実績になりましたし、「これほどしっかり手技を取得できているのだから、学校でもできるよね」という考えが広がっていったのです。医療従事者や学校の先生、自治体などがひとつのチームになって連携すると、「安心」が増えていくのだと思います。 でも、やはり最も影響力があるのが、お子さん自身の「自分でできる」「できてうれしい」というメッセージですね。Aさんからは、「もう自分でいろんなことができるようになったから、そんなに看護師さんたちがケアしてくれなくてもいいよ」との言葉がありました。Aさんの成長やうれしそうにしている様子は、学校の先生や教育委員会の人たちへの最も強いメッセージになったんです。 ―子どもの自立をサポートしたい気持ちはひとつだからこそ、子どもからのメッセージは影響力があるんですね。関口さん、医療的ケア児の就学支援について、行政側が考える課題も教えてください。 関口: はい。そもそも自治体としてまだ医療的ケアが必要なお子さんを受け入れる体制が作れていない現実があります。やはり、自治体側の医療的ケア児に関する知識が根本的に足りないんです。例えば、医療的ケア児の保護者様から入園に関するご相談をいただく際も、ケア内容がケースバイケースですし、柔軟・スピーディに対応しきれていない状況なんです。 そのため、医療従事者を教育委員会内に入れたほうがよいと考えました。 教育委員会内で看護師を雇用 ―小布施町では、2023年度より教育委員会として看護師配置が決まったのですよね。 関口: はい、2023年4月以降、教育委員会内に看護師を配置しました。NPO法人「親子の未来を支える会」と契約しての連携も非常に良かったですが、契約によってどうしても業務内容が限られてしまい、やれることの限界があります。今後は保護者の相談をはじめとした初期対応や学校の先生・外部の医療従事者との連携など、フットワーク軽く柔軟な対応ができる体制に整えるようにしていきたいと思っています。 ―保健師さんがそういった動きを担うことは、やはり難しいものなのでしょうか。 関口: そうですね。そういったご質問をいただくこともあります。制度が変われば保健師が介入する道もあるかもしれません。ただ、現状保健師は母子保健のほうで手一杯で、実際に医療的ケア児やそのご家族と関われるのは、基本的に就学前だけなんです。 北村: その現状がありますね。その中で、小布施町教育委員会内の看護師配置は、今後につながるとても良い取り組みだと思います。これを機に、医療的ケア児や保護者の環境がより良くなっていくことを期待しています。 ―ありがとうございました。 ※本記事は2022年12月および2023年1月の取材内容をもとに構成しています。 執筆:高島三幸取材・編集:NsPace 編集部

ピラティス×訪問看護
ピラティス×訪問看護
インタビュー
2023年5月2日
2023年5月2日

【ピラティス×訪問看護】初心者でもOK。気軽にできるピラティス基本動作

全国の主要都市などに100店舗以上のピラティス・ヨガスタジオを運営する株式会社ZEN PLACEは、ピラティスのノウハウを在宅医療へ導入するという新しい取り組みを行っています。今回は、ZEN PLACE訪問看護師の日高さんに、看護師がピラティスを行うメリットや今後の展望についてその熱い思いをお伺いするとともに、簡単にできるピラティスの動作をご紹介いただきました。 これまでの記事はこちら>>【ピラティス×訪問看護】病棟看護師から訪問看護師へ転職したきっかけ>>【ピラティス×訪問看護】ZEN PLACE のキャリアパス&訪問時のピラティス活用法 日高 優(ひだか ゆう)2008年より急性期病院での看護師(ICUや救急外来など)を経て、2020年よりZEN PLACE訪問看護ステーションにて勤務。病院勤務時代にピラティスのインストラクターコースを修了。カウンセリング技術を学び、SNSを通して看護師に自分と向き合うことの大切さを発信している。ZEN PLACE訪問看護ウェルビーイング創造のリーディングカンパニーであるZEN PLACEが運営する訪問看護ステーション。ピラティスの技術を医療や介護の場に用い、働くスタッフから利用者様すべての人が心身ともに健康で豊かな人生が歩めることを目指している。「したい看護をするのではなく利用者様とご家族が望む生活のサポートをすること」がモットー。 看護師がピラティスをするメリットとは? ―日高さんが「看護師自身がピラティスを行ったほうが良い」と思われる理由について教えてください。 ピラティスはやればやるほど身体が変わっていきます。利用者さんの心身に良いことはもちろん、自分自身のケアにも使えます。看護師は「大変」「つらい」というイメージがありますし、離職率も高いですよね。まずは自分が満たされないと、「サポートしたい」という気持ちは生まれづらくなると思うんです。「看護が楽しい」と思える人を増やすためのひとつの手段として、ピラティスはとても良いのではないかと思っています。 私も、ピラティスを始めてから自分を俯瞰して見られるようになり、余裕が出てきました。自分が感情的になっている時にすぐに気づき、落ち着いて対応ができるようになったと思います。「これは私個人の感情だな」「ここは対話が必要だな」「私はここができないけれど、ここはできている」という感じで。そうなってくると、利用者さんの表情や様子の変化も見落とさず、気づけるようにもなるんですよね。 ―時間に追われることも多い職業だと思いますが、焦ることやイライラしてしまうことはないのでしょうか。 そうですね。特に訪問看護師になってから、「やらないといけない」「できないとダメ」という自分自身の考えを押し付けないようになりました。 病院にいたときは、「医師に言われたらそれが絶対」「治療優先」という考えも強かったんです。そうなってくると、「○か×」あるいは「100か0」という考えに囚われやすいですし、命を預かっている以上、できない自分や周りの人たちを許せない。新人の看護師に対して「なんでできないの?」というネガティブな言葉を投げる人が多かったり、自分を責めて離職につながってしまったりします。患者さんに対してもそうですね。例えば、処方した薬を飲んでいなかったら、「薬は飲まないといけないものだから、ちゃんと飲んでくださいね!」とお伝えしていました。 でも、在宅医療では、利用者さんやご家族の意思や生活の質が大切になってきます。看護師は利用者さんの「生活」を支援する立場なので、さまざまな考えや価値観を尊重しやすいんですよね。薬が飲めていなくても、「〇〇さんはどうしたいですか?」と利用者さんの意思を確認できます。また、「歩きたいけど練習をさぼってしまって歩けない」ということでも、それも含めてその人。さぼりたいならさぼってもいいのかなと思っています。利用者さんご本人の意思を尊重し、かつその方の頑張れる範囲や現状を受け止めて、サポートするようにしています。 「できない=ダメ」ではない ―訪問看護とピラティスの理念との相性が良い、という側面があるのでしょうか。 そうですね。ピラティスの中にも「できないことは『ダメ』じゃない」という考え方があります。「できない自分」も今の自分として気付いて受け入れてあげるんですよね。 医療現場では、問題にフォーカスして原因を究明し、解決を図る考え方が必要になってきます。でも、そこには本来、人の感情や気持ちも存在していて、そこに気付き感じ取ることも大事だと思うんです。 利用者さんには「できない」ことを理由に落ち込んでほしくないですし、そうした自分の状態を受け止めてもらえるように声かけをしています。こういうピラティスの考え方は、とても訪問看護に活きているなと感じています。 ―看護師さんたちにも、そういったありのまま自分を受け入れてほしい、ということですね。 そうですね。私が看護師こそピラティスをして欲しいなと思っているのはまさにそこです。看護師も職場に対して安心感を求めているはずなんですよね。「できない自分やダメな自分もいて良いんだ」と思えれば気持ちが少し楽になると思っています。 仕事上つらい経験をすることもありますが、それに耐えて慣れていくのが当たり前という認識からか、自分のつらさに気付かず、心が疲弊していく方がたくさんいると感じています。また医療機関は閉鎖的で保守的、職種階級的な部分もあるので、内部で何か問題が発生しても解決できず、同じ悩みやストレスを持ち続けてしまうこともしばしばあります。 看護師がまず自分の状態に気付き、発散することで自分を整えて、心の余裕を持つことができれば、好循環ができます。自分だけではなく利用者さんやご家族、スタッフなど誰に対しても気持ちに余裕を持って接することができるはず。仕事もプライベートも良い方向に向きやすくなるのではないでしょうか。 だからこそ、医療従事者にもっとピラティスが広まってくれたら嬉しいですし、ピラティスを身近で楽しめる環境が増えればいいなと思っています。もちろん、私は自身のケアとしても引き続きピラティスを続け、利用者さんやご家族にも良い看護を提供し続けることを目標としていきたいと思います。 初めてでも気軽にできるピラティスの基本動作の紹介 ―ありがとうございます。では、ピラティスをやったことがない看護師さん向けに、気軽にできる基本動作を教えてください 今回は3つのエクササイズをご紹介します。(1)ピラティスの胸式呼吸(2)ピラティスの骨盤矯正(3)体幹を鍛えるロールアップとロールダウン ピラティスマットを使用しますが、なければヨガマットやバスタオルの上でも大丈夫です。 ベッド上だと身体が安定しにくいので、床の上で行うようにしましょう。 写真提供:ZEN PLACE (1)ピラティスの胸式呼吸 よく「腹式呼吸」という言葉は聞くと思いますが、ピラティスの呼吸法は「胸式呼吸法」といいます。胸式呼吸は交感神経を優位にさせ、全身に血液を送り出そうとして血管収縮が起こり、血圧も上昇し、脈や呼吸も速くなります。また頭が冴えてきて集中力や記憶力などが高まりやすくなるのも特徴的です。 床の上にあぐらをかいて、背筋を伸ばして顎を引いて座って行うのですが、このとき正しい姿勢になることが大事です。背筋が伸びておらず肩が内巻になっていると、心窩部や胸郭が広がりにくいので、胸を広げて肋骨を閉じましょう。 呼吸をする際には、両手を胸の下辺りに添えると胸の膨らみを意識しやすいです。息を吸うときは、胸の下辺りに当てた手が外側に開いていく感じを、吐く際は手が中心に寄っていく感覚を持ち、肋骨が開閉されているかチェックすることが大事です。 口から息を吐き出しながらお腹に力を入れへこませます。そのまま胸を膨らませるように鼻から息を吸い、そのまま口から息を吐きだしましょう。 (2)ピラティスの骨盤矯正 骨盤の位置を把握して正しい位置に戻すことを目的としています。 骨盤ニュートラル 特に女性には、反り腰の方が多いと言われています。脚を組む、バッグをいつも同じ肩に掛けるなど、身体の重心を片側にかけることで骨盤は歪んでしまうと考えられます。特に看護師の場合はベッドに向かってかがんで作業することもあるので、腰に負担がかかりやすく歪みも出やすいのでしょう。 骨盤の歪みは血行不良による身体の不調や痛みの原因にもなるため、まず行っていただきたい基本動作ですね。 反り腰の場合、骨盤が前傾しているので、それを後ろに倒して元に戻す動作を行います。骨盤を立てることでお尻が少し下がるイメージです。ピラティスでは寝ながら骨盤矯正を行います。 マット上で仰向けになり、膝を立てた状態になりましょう。肩の力みを抜きます。この時点で手を腰の下に入れ、手のひらが簡単に入るようであれば前傾、手のひらもまったく入らないようであれば後傾している状態です。 手のひらがぎりぎり入るくらいの状態だとピラティスでいう「ニュートラルポジション」となります。この状態で骨盤を前傾、後傾、戻すという動作を繰り返します。 ペルビックカール ピラティスには「ペルビックカール」という骨盤や腰椎を安定させるエクササイズがあります。 仰向けに寝て膝を曲げ、息を吐きながら骨盤を傾けるように上げて脊柱をマットから離し、息を吸って上でホールド。息を吐きながら、膝を曲げた仰向けの状態に戻るという動作を繰り返します。 (3)体幹を鍛えるロールアップとロールダウン 仰向けに寝て手は拳を向かい合わせにして頭の上に伸ばし、両脚は真っ直ぐ揃えたまま足の爪先まで伸ばします。 息を吸って腕を体の前方に向かって上げていき、腹筋をしめ息を吐きながら起き上がり股関節の上に肩がある姿勢で息を吸ってキープ(Cカール)。息を吐きながら体を倒していくという動作を繰り返します。 そして息をゆっくりと吐きながらお腹を引き締めて、腹筋の力で背中を丸めて足元まで起き上がっていきます。この時、はずみをつけないよう注意し、しっかりと腹筋と身体の軸を意識してゆっくり起き上がりましょう。 起き上がったら手順を逆に行い、元の体勢に戻ります。 * ピラティスは10回やると違いを感じ、20回やると見た目がかわり、30回やると身体のすべてがかわるといわれています。「ちょっと疲れているな」「ジムに行くのは大変だけど自宅で軽く運動をしたいな」という方はもちろん、日々の姿勢や体型を良くしたいという方でも気軽にスタートできるのがピラティスの魅力です。ぜひ一度試していただき、継続していただければいいなと思っています。皆様に少しでもピラティスの魅力が伝われば幸いです。 ―日高さん、どうもありがとうございました。 取材: NsPace編集部編集・執筆: 合同会社ヘルメース

これからの医療的ケア児と訪問看護
これからの医療的ケア児と訪問看護
インタビュー
2023年4月25日
2023年4月25日

見落としがちな親視点 保護者に聞く&寄り添う看護-医療的ケア児と訪問看護

2021年に「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」が施行され、医療的ケア児への支援は「努力義務」ではなく「責務」となりました。そうした時代の流れの中で、訪問看護師が医療的ケア児のサポートに入るニーズが増加しています。しかし、技術的なハードルの高さや保護者との関係性に悩む看護師も多いようです。医療的ケア児の支援に造詣が深い、清泉女学院大学の北村千章教授にお話を伺いました。 >>前回の記事はこちら医療的ケア児にまつわる課題&あるべき支援-医療的ケア児と訪問看護 清泉女学院大学 小児期看護学北村 千章(きたむら ちあき)教授看護師・助産師。新潟県立看護大学大学院看護学研究科修士課程修了。「全国心臓病の子どもを守る会」にボランティアとして参加したのをきっかけに、先天性心疾患および22q11.2欠失症候群の子どもたち、医療的ケアが必要な子どもたちを、地域ボランティアチームをつくってサポート。2019年、清泉女学院大学看護学部に小児期看護学准教授として着任。慢性疾患のある子どもたちが大人になったときに居場所を持ち、ひとり立ちできるための必要な支援や体制つくりについて研究している。同年、NPO法人「親子の未来を支える会」の協力を得て、医療的ケア児の就学サポートを開始。医療的ケアが必要な子どもが、教育を受ける機会が奪われないしくみづくりを目指す。2023年4月より、清泉女学院大学看護学部 小児期看護学 教授に就任。 技術的には医療的ケア児の支援は難しくない ―医療的ケア児のケアについて、「技術的に難しい」と感じている訪問看護師も多いようですが、北村先生はどのようにお考えでしょうか。 そうですね。訪問看護の利用者は、終末期を在宅で過ごしたい高齢者の割合が高いと思います。いきなり医療的ケア児の看護に入ることになったら、戸惑うでしょう。私も初めて医療的ケア児のサポートをしたときは、すでに研究の世界に身を置いて臨床から離れていたこともあり、不安でした。ですから皆さんの気持ちは分かります。 でも実は、技術的には終末期患者のケアのほうが大変なんです。医療機器の使い方さえ覚えれば、医療的ケア児のケアのハードルはそこまで高くありません。ベテランの看護師ならなおさら、技術的な部分に対して身構える必要はないと思います。 私が所属する「親子の未来を支える会のチーム」には、志が高い看護師ばかり集まっていますが、やはり技術面において「本当に対応できるのか」と、心配する声は多かったです。でもいざ現場に入ってみると、医療的ケア児の保護者に色々と教えていただきながら、しっかりサポートできています。保護者の皆さんは、ご自身で医療機器の使い方を調べながら、一生懸命お子さんのケアをされています。そんな方々の胸を借りるつもりで、サポートすればいいのではないかと思います。 保護者はずっと「がんばれ」と言われている ―「保護者の胸を借りる」というお話が出ましたが、保護者とうまく関係性を築けずに悩む訪問看護師も多いようです。北村先生は、どのように保護者と関係性を築かれているのでしょうか。 私の場合、あるお母さんとの出会いが大きな学びにつながりました。今から15年ほど前に遡りますが、私は大学院で勉強しながらフリーの看護師をするという、二足の草鞋を履いていました。そのころ出会った福祉施設の方に、「あるお母さんと、うまくコミュニケーションが取れる看護師がいないから困っている」と言われ、放課後等デイサービスで医療的ケア児と関わる機会をいただいたんです。私は、そのお母さんは看護師を信頼できないのかもしれないと思い、「話を聴くしかない」と考えました。 医療的ケア児のBさんは人工呼吸器をつけているのですが、ご自宅を訪問するとすぐに、「とても愛されて大切にされている」ことを肌で感じました。私もお母さんと同じ気持ちで大事にケアをしていきたいと思い、日々お母さんに寄り添いながら傾聴していったところ、最初は不安そうなお母さんの顔がだんだん和らいでいきました。 ひとつ忘れられないエピソードがあります。そのお母さんはとある男性歌手の大ファンだったのですが、Bさんを産んでから1回もライブに行けていませんでした。そんな彼女が、「地元でその男性歌手のコンサートがあるから行きたい」とおっしゃったんです。福祉施設の施設長から「行かせてあげたいから、帰宅するまで子どもを見てくれないか」と頼まれ、引き受けしました。緊急トラブルが起こったときのために、施設長にもサポートしてもらいました。 幸い何事もなく、20時ごろにお母さんは帰宅されたのですが、「本当にありがとう。とってもうれしかった」とものすごく感謝してくださったんです。障害のある子を産み育てていくと、「自分ががんばらなければ」「我慢しなければ」という気持ちになるんですね。その様子をみて、私は「コンサートにも行けなくなるのか」「普通の暮らしが難しくなるんだな」と、切なくなりました。 その後、心を開いてくだったお母さんから、「すごくがんばっているのに、看護師に『もうちょっとがんばりましょう』と言われると、『なんで!』と攻撃的になってしまうんです」と本音を聴くことができました。そのとき、それまで看護師とうまくいかなかった原因が初めて分かったんです。腹を割って話せたことで、お母さんとの距離はさらにぐっと縮まりました。医療的ケア児の保護者の気持ちを学ぶことができて、今でもBさんのお母さんとの出会いに感謝しています。今でもBさんのお母さんとは友達で、これまで技術的な面も含めてたくさんのことを教えていただきました。 ―そのような経験を経て、看護師の保護者との接し方について、どのようにお考えでしょうか。 医療的ケア児の保護者の皆さんは、毎日必死。それまで当たり前だった「日常」を過ごせなくなり、気持ちがずっと張り詰めたままがんばっています。自分を責めている人もたくさんいます。そうした保護者の背景を想像せずに、看護師が「もうちょっとがんばれ」と言ったら、誰でも攻撃的になってしまうでしょう。 私たち看護師は、そんな自責の念で苦しんでいる保護者の気持ちを理解し、忘れてはいけないと思います。また、保護者は常に困っているので、看護師が医療的ケア児をサポートすることは「必ず保護者の助けになる」ことも忘れてはいけません。保護者は「自分の話を聴いてもらいたい」という気持ちがあると思うので、まずは、寄り添って話を聴く。そして技術的なことについては怖がらずに、「どうすればいいですか? 教えてください」と素直に頼ればいいと思います。また、「笑顔がかわいくなったね」「今までと違う動きができるようになったね」「体重が増えてよかったね」などと、お子さんのことを褒められると保護者はうれしいものです。「この看護師さんは、子どもをよく見てくれて、丁寧に関わってもらえているな」と思ってくれると思います。 ―逆に気を付けたほうがよいポイントはありますか。 子どもにとってベストなケアを考えると、看護師は保護者に向かって「子どものためにもっとこうしたほうがいいですよ」というアドバイスをしてしまいます。直接的に「がんばれ」と言っていなくても、こうした発言は保護者の負担になっているケースが多いので、気をつけたほうがいいと思います。 私もNICUで働いていたときは、なかなか保護者の気持ちが理解できませんでした。お母さんの気持ちを理解したくて、助産師の資格を取った経緯もあります。そこからやっと、保護者の立場に立って考えられるようになりました。NICUの看護師の場合は「子どものケア」が中心になるため、「お母さん、母乳で授乳しましょう。おっぱいをあげることは、とてもいいんですよ」などと言ってしまいがちですよね。でも、出産後、赤ちゃんが重度の障害を持っていると言われたら、当然ですがショックが大きくて思考や母乳が止まってしまうお母さんもいます。がんばりたい気持ちがあってもがんばれない。そんな状況の人に対して、「子どものためにがんばって」と追い込むようなメッセージを無意識に発しているケースが多いんです。 少しでも保護者側の視点に立って、寄り添いながら話を聴いてケアをする。やはりそれが一番大切ではないでしょうか。「きちんと保護者の話を聴いて理解しているのか」と自問してみて、自信がない場合は気を付けたほうがいいと思います。 看護学校の教科書で、家族中心のケア(Family-Centered Care; FCC)について学んだと思います。知識はあっても、現場に入るとどうしても患者中心になりがちです。改めて家族にも尊厳と敬意を持ち、家族と十分なコミュニケーションを図って情報を共有すること。そして、家族が望むレベルと、ケアや意思決定への参加を推奨し、支持をして、家族と協働することが大事です。 保護者が持つ看護師のイメージ ―北村先生は、研究上さまざまな保護者の方にインタビューする機会があると伺っています。保護者側からはどんな声が聞こえてきますか? そうですね。話を聞くと、やはり子どもが急性期のときに関わるNICUで最初に出会った看護師に良いイメージ持っていない保護者が多いように感じます。障害がある子を抱えて大きなプレッシャーや不安を感じる中でも、本当は毎日子どもに会いにいきたい。でも、例えば体調が悪く行けないことがあると、「お母さんなんだからがんばってね」と看護師に言われる。それが一番つらくて、行こうとすると足がすくんで、子どもに会いに行けなくなる…。といった保護者の声も聞きました。 もっと「NICUの看護師さんによくしてもらった」「看護師さんが話を聴いてくれてありがたかった」という経験ができるようになればいいと思います。そうすれば、退院して子どもと自宅に戻って暮らし始めても、もっと訪問看護師に甘えられるはずですよね。NICU側も変わっていかなければならないですが、訪問看護師の皆さんには、まずはこうした現状を理解してもらえるとうれしいです。 ―医療的ケア児の保護者で、SNSやブログなどで積極的にコミュニティを作り、前向きに動いている方も多いようです。 本当にそのとおりなんです。LINE、ブログ、SNSなどの情報ツールの発達によって、医療的ケア児を育てる保護者同士のネットワークはすごく広がっていますね。皆さん、医療やケアに関するたくさんの情報を持っています。私も「22q11.2欠失症候群」という遺伝性疾患の会を主催していますが、最新の研究内容をお伝えしようとしたら、すでにその英語の論文を読まれていたという保護者もいらっしゃいました。「100円ショップで見つけたアイテムでこんな風にケアをしています」といった経済的に負担の少ない介護の工夫をされている方もいて、それを私が講演会で他の保護者の方々に紹介するケースもあります。 看護師は「患者やその家族にアドバイスしなければ」と思いがちですが、保護者の方々はそうした最新情報を収集して勉強され、日々実践されています。教えてもらうことのほうが多いので、そういったスタンスで接していくほうがうまくいくと思います。 ―悩みながら医療的ケア児のサポートをしている訪問看護師さんたちに向けて、メッセージをお願いします。 高齢者の訪問看護について、「高齢者が地域でどう暮らしていくか」を考えてケアをされていると思いますが、医療的ケア児もまったく同じです。加えて、彼ら・彼女らには何十年もの先の未来があり、サポート次第で大きく選択肢が広がります。そして、ずっと走り続けてつらい時間を過ごされている保護者の心身のケアをすることも、とても重要な役割です。 医療的ケア児やその保護者との接し方に悩むこともあるかもしれませんが、壁を乗り越えて「貢献できた」と感じられたら、大きなやりがい・喜びを感じられるようになると思います。 ―ありがとうございました。次回は、教育委員会との連携事例について伺います。 >>次回の記事はこちら親子の夢が広がる 医療的ケア児の就学支援事例 【長野県 小布施町】 ※本記事は2022年12月の取材内容をもとに構成しています。 執筆:高島三幸取材・編集:NsPace 編集部

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