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新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと
新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと
インタビュー
2022年11月15日
2022年11月15日

新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと

前回「新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.1 新人看護師が感じていること」の記事で、新卒から訪問看護の世界に飛び込んだ3名の看護師の声をお伝えしました。今回は、その3名がキャリアを積んでから感じたこと、新卒者が訪問看護に携わることに対しての思いを取り上げます。 先輩になった今、後輩にしているサポートは? 職業を問わず、最初は新人であっても年月を経るにつれて経験を積み、次第に教える立場になっていきます。では、3名の新卒者は自分が先輩の立場となり、後輩をどう支えているのでしょうか?Aさん・訪問看護歴6年「最初は分からないこと自体が分からないと思うので、自分や歴代の新卒者さんがどのような勉強をしたかを伝え、誰もが同じようにできなかったところから乗り越えていることを伝えるようにしています」 Bさん・訪問看護歴6年「まずは相手の思いや考えを聞き、一旦受け止めます。そして、できていることは些細なことでも言葉にして伝えています」 Cさん・訪問看護歴7年「相手のできていないところばかりではなく、できているところはそのまま認めて、フィードバックすることを大切にしています。また、後輩の話を聞くときは、必ず手を止めて聞きますね。そして後輩が考えている時には待つ。答えをいわないようにして、後輩が自分自身で考えられるようにしています」 まずは後輩の思いや悩みを受け止める、という点は3名に共通しています。これには理由があり、自身の経験が少なかったころに「もう少し振り返りの時間がほしかった」(Bさん)、「自信を持てるような声かけ、フィードバックがほしかった」(Cさん)と感じたからだそうです。これから新卒者を迎える管理者、先輩看護師の方は、じっくり話を聞く時間を設けると良いかもしれません。 新卒を受け入れるために必要な環境、体制、心構えは? 未経験の人が訪問看護ステーションで働き、成長していくためには、何が必要なのでしょうか。大きく分けて、「新卒を受け入れる心構え」と「技術を学ぶ場」の2点が挙がりました。 Aさん「教育担当者や所長だけでは受け入れる側の負担も大きくなってしまうため、スタッフ全員で新卒を育てる気持ちが大切だと思います」 Bさん「看護技術・手技の勉強と復習を行いやすい環境が大切だと思います。受け入れる側の心構えとして、新卒でもできる、応援しているというスタンスが必要ではないでしょうか」 Cさん「受け入れる側の心構えとして『できなくて当然。時間がかかって当然』『新卒ウェルカム!』という余裕は必要だと思います。看護技術取得ができるような体制づくりも必要だと考えます」 新卒だからこそ、いち早く技術を習得して少しでも先輩方に追いつきたいもの。技術取得のための体制については、「大きめのステーションのほうが教育・体制面が整っている傾向にありそう」(Cさん)といった声も聞かれました。 「新卒からの訪問看護」にはどんなメリット・デメリットがある? 最後に、新卒者が訪問看護に携わるメリット・デメリットを聞いてみました。Aさん メリット・さまざまな先輩看護師と同行訪問することで、多様な看護観に触れられる。・一般常識が身につく(医療・介護物品などのコスト意識、訪問先のご自宅や外部連携でのマナーなど)。 デメリット・手技の獲得やひとりだちまで時間がかかり、ある程度自信をもって訪問できるまでは不安や劣等感を感じやすい。・事業所の教育体制によっては、ひとりで訪問する重圧、不安が大きい可能性がある。 Bさん メリット・利用者さんの生活や人生の一部に入り込むことができる。加えてもらえる。・医療者や支援者の知識が必ずしも正解ではないことを、利用者さんを通して気付ける。 デメリット・病院に就職した同期と比較してしまうと、スピード感の違いに落ち込む。・新卒訪問看護師への偏見がまだある印象がある。 Cさん メリット・夜勤がないため生活リズムが整いやすいこともあり、それによって『しんどいからやめたい』という看護師は少ないように思う。・キャリアが広がる印象がある(管理者、大学・大学院の教員、ケアマネ取得など)。 デメリット・スタッフのマンパワーが必要なケースが多い。・ステーションによって教育のしかたやスタッフの関わり方・雰囲気、利用者さんの受け入れ幅などが異なるが、新卒訪問看護師向けの情報が少ない。 「新卒からの訪問看護」は、乗り越えるべき課題がありますが、今回お話していただいたかつての新卒者の方々も、現在では一人前の訪問看護師として立派に仕事をこなしています。 新卒者を募る場合、訪問看護のメリットをアピールしつつ、ステーションとして新卒者の悩みや課題に向き合う姿勢を示してみてはいかがでしょうか。 記事編集:NsPace編集部

社会的に孤立している人に「断らない福祉」を提供
社会的に孤立している人に「断らない福祉」を提供
インタビュー
2022年11月15日
2022年11月15日

社会的に孤立している人に「断らない福祉」を提供

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第8回は、コミュニティソーシャルワーカーの生みの親でもある勝部麗子さんと、引きこもりやごみ屋敷問題について話しあった。(内容は2019年7月当時のものです。) ゲスト:勝部麗子大阪府豊中市社会福祉協議会事務局長。1987年に豊中市社会福祉協議会に入職。2004年に地域福祉計画を市と共同で作成、全国で第1号のコミュニティソーシャルワーカーになる。地域住民の力を集めながら数々の先進的な取り組みに挑戦。その活動は府や国の地域福祉のモデルとして拡大展開されてきた。NHKドラマ「サイレント・プア」のモデルであり「プロフェッショナル 仕事の流儀」にも出演。著作に「ひとりぽっちをつくらない―コミュニティソーシャルワーカーの仕事」(全国社会福祉協議会)がある。 困っていてもSOSを出せない人たち 川越●豊中市社会福祉協議会(以下、「社協 」と称する)のコミュニティソーシャルワーカー(以下、「CSW 」と称する)は、その活動がテレビドラマにもなり、一躍全国に知られるようになりましたね。 勝部●豊中社協は制度のはざまに落ちている人のために、2004年、全国で初めてCSWを置き「断らない福祉」をやろうと始めました。当時、ごみ屋敷などの問題は、高齢者であれば高齢支援課が、障害があれば障害福祉課が、と、扱う部署が違いました。そして障害もなく高齢でもなければお手上げです。引きこもりの問題もいろいろな背景があるのに、外からでは事情がわかりません。 川越●背景に何らかの病理が存在している場合もあり、早めに医療が介入できれば出口が見つかるかもしれません。 勝部●ところが、家族は必ずしも医療が必要だと思っていません。CSWがアウトリーチを始めたのは、周りは困っているけど、本人は困っていない人たちに寄り添うためでした。 ごみ屋敷問題も、本人はごみと思ってなくて、違うことで困っている。発達障害の人も物を整理できなくて必要なものが見つからず、ずっと探しものをしながらいつも不安でいる。なので、私たちはまずは本人の困り感にアプローチしながら、だんだん心に近づいて行って、結果、医療や介護、経済的問題の解決へとつなげていきます。 川越●アウトリーチした人たちに一定の傾向などはありますか。 勝部●ほとんどは社会的に孤立している人たちです。相談する相手もいないし助言してくれる人もいない。結局どこにもSOSを出せない人でした。 ごみ屋敷問題では、敷地内に放し飼いの犬とごみを放置して問題になった人がいました。保健所が行っても解決せず、社協に依頼が来て私がピンポンしたら、70代の男性が壁を伝って出てきました。「お体どうされたんです?」と聞いたら「あんただけやな、体のこと聞いてきたのは」って。 川越●そういうことなんですよね。本当に。 勝部●聞くと3ヵ月に肺炎になって、犬の散歩に行けなくなって、敷地内で放し飼いにしたと。ごみも捨てに行けなくなって玄関に出していた。「困った人」ではなく「困っている人」だったんです。 住民参加の活動が地域の縁をつなぎなおす 川越●以前はそうした支援は保健師がやっていましたが、介護保険制度ができて、65歳以下で難病でもない人は、蚊帳の外になってしまいました。豊中では住民参加で見守り・見廻りをやっていると聞きましたが、どうやっているのですか。 勝部●CSWと民生委員だけでなく、地域住民にも研修を受けてもらっています。地震などの災害時に、部屋の家財が倒れても身近な人に助けを呼べず、停電が続いて集合住宅では水もエレベータも使えず大混乱でした。そこでみんなで考えてつくったのが「無事ですシート」。災害時に自分のところが無事だったら、「無事です」と書かれたマグネットシートをドアに貼ってもらい、「無事ですシート」が出ていないお宅には安否確認して回ります。人口40万の町でも、そんな地道な活動で地域の縁をつなぎなおすことができるんです。 困った息子には働けない事情がある 勝部●男性は定年後、社会とのつながりが切れて孤立してしまいます。何とかできないかと話していたら、土地を貸してくださる人が現れ、そこに男性を集めて農業を始めました。野菜は生産性がはっきりしていて、しかも毎日誰かが世話しないと育たたないので、皆さん能動的にかかわります。 川越●結果がはっきりしているから、仕事人間のお父さんをやる気にさせるのでしょうね。 勝部●最初20人くらいだった「豊中アグリカルチャー」は、今では120人くらいになり、4ヵ所の土地で野菜を作っています。参加者は仲間ができてストレスが発散できるだけでなく、1年も経つと血糖値や血圧が落ち着いてきて健康になってくる(笑)。今ではみなさん、かっこいいユニフォームを着て名刺を持って、収穫したサツマイモで芋焼酎を作ったり移動販売したりしています。 川越●楽しそうですね。まさに居場所づくりですね。CSWの活動がメディアで取り上げられたことで、何か変化はありますか。 勝部●引きこもり問題がクローズアップされたのは大きな進歩だと思っています。それまでは8050の子世代は「働かず親の年金を無心する困った人」という認識で、どうやって息子を隔離して親だけを救うかということをやっていました。でも息子のほうは不登校から始まっているし、発達障害かもしれないし、もっと年をとったら年金も当てにできずやがて共倒れです。CSWだけで解決できるものでもなく、今の制度の問題点や、サポートが足りないところをほかの専門職と連携して解決することも多いです。 成功体験の蓄積で 住民の力も上がる 川越●ごみ屋敷にしろ独居の見守りにしろ、豊中で、住民が問題解決に積極的に参加できるのはどうしてなんでしょう。 勝部●かかわる多職種も住民も、この人と連携したらうまくいったという経験を共有しているから、自分たちの問題として一緒に解決しようとします。もう十数年すごい件数をこなしてきたので、住民の力も上がっていくし、結果として地域包括ケアとなるんです。 川越●やはり成功体験の共有や経験の蓄積が住民の力になるのですね。 在宅医療の医師も、どうやったらこの人の生活の質を維持改善できるのかに関心を持っています。医療が担当すべき「診断」や「未来の臨床経過の予測」がわかっていないと、どうやって介護や福祉が介入すればいいか方針が立てられないことも多くありますから。今後ますます、福祉と医療が手を携えていく機会が多くなるでしょうね。 ー第9回に続く あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 「医療と介護Next」2019年7月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.1 新人看護師が感じていること
新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.1 新人看護師が感じていること
インタビュー
2022年11月1日
2022年11月1日

新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.1 新人看護師が感じていること

訪問看護師の中には、新卒ですぐに訪問看護ステーションで働く人もいます。こうした新卒の訪問看護師のみなさんは、どんな思いで働き始め、何に悩んでいるのでしょうか? NsPaceでは、新卒から訪問看護師になった3名の方々にお話を伺いました。 新卒で訪問看護を選んだ理由は? まず、なぜ新卒で訪問看護師の道を選んだのか、聞きました。すると、次のような三者三様の答えが返ってきました。 Aさん・訪問看護歴6年「自分の祖父母が在宅医療という選択肢をもてるようにしたいと思っていたことや、大学のサークル活動で神経難病を患っている方がご家族と穏やかに自宅で過ごしている場面に出会い、素敵だと思ったからです」 Bさん・訪問看護歴6年「利用者さんとゆっくり関わることができるからです。在宅看護学実習で、テキパキと処置をしながら、利用者さんに適切な情報を伝える・聞き出す訪問看護師に憧れを抱きました。誰もやったことがないことだから、おもしろそうと思い、飛び込みました」 Cさん・訪問看護歴7年「訪問看護に興味を持ったきっかけは、大学での領域実習でした。在宅では、 利用者さんと向き合う時間的な余白があり、利用者さんと看護師が対等の立場であるように感じました。その人がその人らしく生活できて、それを支援できる訪問看護がすごく魅力的に感じたので、訪問看護師になろうと思いました」 ご家族に訪問看護師という選択肢を加えたい、実際の訪問看護師の姿に憧れた、在宅医療・訪問看護に医療の理想の形を見た、というのが訪問看護師になった直接的な理由でした。一方、共通点として看護学生時代の経験を踏まえて、最終的に訪問看護師となる決心をしたことが見て取れます。 ひとりだちするまでの過程で困難に感じたことは? では、実際に新卒から訪問看護師となって感じた壁は何でしょうか。こちらの質問も、さまざまな悩みをもったという答えが返ってきました。 Aさん「一つひとつの判断が正しいか、症状を見落としていないかという不安がありました。先輩への報告でも、簡潔に必要な情報と自分のアセスメントをまとめることが難しかったです。状況や体調に変化があった場合に臨機応変に報告をしたり、手順を変更したりすることも困難に感じました。また、時間がかかりすぎて、訪問時間内に必要なケアを行うことも難しかったです」 Bさん「できなかったことに注目して落ち込み、自信がなくなるというループから抜け出せなくなることがありました。自分の『できるであろう』の基準を高く設定してしまい、落ち込みやすくなっていました」 Cさん「看護技術、特に点滴などの経験が積みにくく、技術の習得は大変苦労しました。コミュニケーションが元々苦手で、人見知りも激しかったため、利用者さんとの会話に壁を感じることもありました。また、次の訪問まで待てるのか?今すぐ対応すべきなのか?と、緊急度合いの判断がつきづらいときも困難さを感じました」 技術的な悩みもさることながら、判断に間違いがないか、との不安を抱きやすいようです。そして、「週1回2時間ほどの振り返り面談をしていただきました」「オンコールは管理者の許可を得てから訪問し、実際に報告すると『合っているよ、いいよ』と声掛けをしてもらえて、認めてくれるようなサポートをされていました」(どちらもCさん)というように、その都度のフィードバックがあると新卒者は安心感をもつようです。 先輩・利用者さん・ご家族からの言葉で印象に残っていることは? このように技術を身に着けていく間で、看護師のモチベーションとなるのが利用者さんや先輩看護師からの言葉です。また、直接的な感謝や励ましでなくても、先輩が自分を思ってくれているのがわかると、嬉しさを感じるとの声もありました。 Bさん「利用者さん・ご家族からの『いつもありがとうね』『助かるわ』『待ってたよ』という言葉です。また、しばらく訪問していなかった利用者さんが『元気にしとるんか?』と気にかけていたよ、と先輩から聞いたときも嬉しかったです」 Cさん「利用者さんからの言葉では、何度もクレームをいただいた方に『Cさんだったら、任せられるわ』と声をかけてもらえたことが印象に残っています。先輩からの言葉では、『どうしたらCさんにとって良いのか分からない』といわれたとき、私のことを考えてくれていることが伝わって嬉しかったですね。ほかにも『訪問するときに何が一番大切か分かる?毎回訪問時、同じテンション、声のトーンで訪問すること』と教えられたなど、数え切れないほどあります」 利用者さんからストレートにかけられる感謝や信頼の言葉は、新卒者に限らずベテランの訪問看護師でも嬉しさを感じることは変わらないでしょう。一方、前述の「困難に感じたこと」と同様に、先輩からのアドバイスは具体的に、どこを良くすれば改善されるかまで言及すると、新卒者や若い看護師自身の成長にもつながります。 続きの記事もありますので併せてご覧ください。次回「新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと」 記事編集:NsPace編集部

予防と外来と訪問、すべてを管理栄養士のフィールドに
予防と外来と訪問、すべてを管理栄養士のフィールドに
インタビュー
2022年11月1日
2022年11月1日

予防と外来と訪問、すべてを管理栄養士のフィールドに

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第7回は、フリーランスで活動する管理栄養士の米山久美子さん。在宅高齢者の栄養問題と、訪問管理栄養士の活動について話を聞いた。(内容は2018年3月当時のものです。) ゲスト:米山久美子管理栄養士、認定在宅訪問管理栄養士、在宅栄養専門管理栄養士 管理栄養士として病院に勤務後、イギリスへ留学。2010年、訪問栄養食事指導・居宅療養管理指導所「地域栄養サポート自由が丘」を開設。日本栄養士会認定栄養ケアステーション「eatcoco(イートココ)」主宰。日本在宅栄養管理学会、日本静脈経腸栄養学会、摂食嚥下リハビリテーション学会所属。 訪問管理栄養指導を必要とする人は 川越●今日は、在宅高齢者の栄養問題と、栄養のプロである訪問管理栄養士の活動について話を聞かせください。 米山●地域のクリニックに所属するかたちで、訪問栄養食事指導・居宅療養管理指導所を開設しています。10人の管理栄養士が在籍し、50人の栄養指導を行っています。一人につき、だいたい月1~2回程度訪問します。 川越●栄養指導を必要とする人はどんな人が多いですか。 米山●在宅で療養している高齢者がほとんどです。多くは認知症があって、腎臓病や糖尿病、腎臓病、摂食嚥下障害、低栄養の方で、認知症があったり骨折後に歩けなくなったりして通院できないような人たちです。がんの人も数人います。低栄養の人は、自分で食事を用意できないことも多く、ヘルパーさんの活用や買ってきたものでどうするかなど、今の環境のなかでできることを提案していきます。 川越●ただ「弱ってきたね」と言われるだけで、栄養に問題があることにすら気づかれない人も多いと思います。気づかないと介入が始まらない。医者は栄養学まで学んでいませんから、やはり専門職がいるといいですね。 実際の手技が少なく説明しにくい仕事 米山●管理栄養士は、診療報酬・介護報酬の制度上でもリハビリのようなわかりやすい手技が少ないので、医療者に対しても仕事内容を説明しづらいんです。 川越●たとえば栄養アセスメントでは、食形態や味、調理、お金のかからない工夫などの指導は、ご家族にもわかりやすい。あとは、疾患ごとにアプローチが異なる部分がありますね。 医師はカロリーのことは詳しくなくても、1ヵ月後に1kg太らせたいという指示は出せます。栄養状態が改善すれば肺炎のリスクも下がるし、サルコペニアは呼吸不全にもがんにも影響するので、筋肉を戻したいとか、そういう指示なら出せるかもしれません。 米山●漠然とした指示でも、私たちは患者さんの経済状態などを考えて介入していくので、先生たちは栄養士を上手に利用してほしいです。それに、「糖尿病になったらもう甘いものは食べられない」と考える人が多いのですが、私は食べたいものを食べながら、ほかの部分で調整して数値を下げるような指導を心掛けています。食と口腔のサポートでフレイルや低栄養が解決すると、車いすの人が杖をついて歩けるようになることもあります。 賞味期限切れが「見えていない」ことも 川越●月2回程度の介入で結果は出せますか。 米山●もちろん家族や本人、ヘルパーの協力があってこそですが、出せます。 食べたものを聞き取って、冷蔵庫の中を見てアセスメントできるのは、明確に数字を食品に置きかえられる管理栄養士だけだと思うんです。 川越●冷蔵庫の中を見て、朝昼晩何をどれくらい食べているかを聞けば、だいたいわかりますか。 米山●わかります。今日訪問してきた人も、最初は「冷蔵庫開けるの?」と抵抗していましたが、開けてみたら案の定、賞味期限が10年以上前の食品が出てきました(笑)。高齢者には食品パッケージの表示が見えていない人が多いんです。だから古いものがいつまでも冷蔵庫にしまわれている。 川越●それは盲点ですね。冷蔵庫だけじゃなくて、レトルト食品が多いとかお酒のびんが増えているとか、そんなところからも情報が得られますね。本人からの聞き取り以上に、よりリアルに食の実態がみえるんですね。 70歳を過ぎると食べかたが変わる 川越●たとえばリハの強度を上げようとすると、栄養も上げないといけない。それを医師がわかっていないので、低栄養の人がリハだけやっても筋肉はむしろ減っていくというような、本来あってはいけないことが行なわれている可能性があります。 米山●そういう例が実際ありました。早く私たちを呼んでくれればと思いました。 川越●たとえば骨粗鬆症なのに診断されていなくて、治療もしていない人はたくさんいると思います。骨折の既往歴があるだけでイエローカードなのに、診断名も薬の処方もされていない。 米山●そういう点からも、私は全国民が70歳になったら栄養チェックができないかと思っています。なぜなら70歳を過ぎると食べかたが変わってくるので、シニアの食事にシフトしないといけない。それを知ってもらうためにも、全員にアセスメントするくらいのほうがいいと思っています。 川越●シニアの食事とは? 米山●体内での栄養の吸収などが変化してくるので、食べかたも変えていかないといけない。なのにメタボな食事を気にしすぎて低栄養になっている人がたくさんいます。 川越●地域包括支援センターでスクリーニングをかけて、ハイリスクの人が洗い出せれば、そこに予防的に入ることができますね。管理栄養士の活躍が期待されます。 米山●在宅の栄養指導で結果を出すことで、管理栄養士が地域で必要とされる職種の一つにならなくてはと思っています。そして栄養ケア・ステーションとして、地域で啓発のための講話や料理教室などさまざまな取り組みをして、管理栄養士が独り立ちできるようにしていきたいです。 ー第8回に続く あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。記事編集:株式会社メディカ出版 「医療と介護 Next」2018年3月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

インタビュー
2022年10月18日
2022年10月18日

入院によるサルコペニアがフレイルを招く

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第6回は、高齢者の入院後・治療後に寝たきりにさせないため、早期の栄養介入やリハビリが必要と訴える若林先生。フレイル、サルコペニア予防について在宅医療関係者にもぜひ知ってほしい。(内容は2019年1月当時のものです。) ゲスト:若林秀隆1995年横浜市立大学医学部卒業。2016年東京慈恵会医科大学大学院医学研究科臨床疫学研究部卒業。専門はリハビリテーション栄養、サルコペニア、摂食嚥下障害。対談当時は横浜市立大学附属市民総合医療センター所属。 長生きをすれば誰でもフレイルになる? 川越●今日はフレイル、サルコペニアについて教えていただこうと思います。在宅を支える専門職のなかには、この二つの厳密な違いを理解していない人が多い印象です。 若林●定義でいうと、サルコペニアは「筋肉が減って筋力が落ちている状態」です。若い人でも筋力は落ちるので、定義では「加齢」が外され、「進行性、全身性の骨格筋疾患」とされていますが、長生きをすれば誰だってなりえます。 川越●身体機能も含めると、フレイルとかなり近いですね。 若林●フレイルは、要介護の前段階というとわかりやすいと思います。フレイルの主な原因は、サルコペニア、低栄養、ポリファーマーシー(多剤服用)といわれていますが、ほかにも活動量不足、疾患や認知症の影響などがあります。 身体的な面だけでなく、精神的フレイル、社会的フレイル、オーラルフレイルとさまざまあって、実はややこしいんです。 在宅療養者は肺炎になっても入院させない 川越●よく「高齢者が肺炎で入院すると2週間後には寝たきりになっている」といわれますが、絶対安静、禁食となったら、当然でしょうね。 若林●サルコペニアは急性期病院でつくられる場合が多くて、栄養サポートとリハを行えば改善する可能性もあります。でも肺炎などで入院すると、ほとんどの場合サルコペニアは進んでしまいます。なぜかというと、肺炎だと体内で炎症が起こっていて、炎症があるときは、自分の筋肉を分解してエネルギーをつくるからです。 川越●私のところでは肺炎になっても9割がたは入院させません。高齢者の場合、入院すると必ずせん妄が起きるし、せん妄が起きたら間違いなく縛られます。家にいたらせん妄は起きにくいし、少なくともトイレは自力で行くし、抑制もしない。食べられるうちは食事もするから禁食もしません。 若林●それが正解です。入院させないのが一番なんです。嚥下に関しても、病院ではリスク管理的に禁食にしがちなので、基本的には在宅でやったほうがいい。環境因子的には、在宅のほうが嚥下機能・認知機能に良い影響を与えていて、病院のほうが悪いんですね。 ベストは入院しないこと。入院しても、一日も早く退院することです。 川越●環境因子の影響を知っているかどうかは重要ですね。 若林●私も在宅リハを10年以上やっていますが、在宅での評価は入院中とは違うことに気づいている医療者は少ないと思います。 低栄養改善にはたんぱく質が重要 川越●低栄養と身体機能の関係についてはどうでしょう。 若林●低栄養の原因は三つあります。一つはエネルギー不足・たんぱく質不足で、拒食症や、入院中に禁食で不適切な点滴だけ、といった人などです。二つめは侵襲です。骨折や手術、誤嚥性肺炎の急性期などで炎症が強い場合、人の体は一日に1kg自分の筋肉を分解することもあります。三つめは悪液質です。がん、慢性心不全、COPD(慢性閉塞性肺疾患)などで認めることが多いです。 川越●どのようにすれば栄養改善できるんでしょうか。 若林●エネルギーとたんぱく質を多めにとることです。しかし、その攻めの栄養管理が今の栄養サポートではできていないことが多いです。 川越●在宅の場合、そもそも何キロカロリーとれているかも難しいものです。 若林●細かく把握しなくても、むくみ以外で体重が増えていて、ざっくりエネルギー量とたんぱく質がとれていればよいと判断します。たくさん食べられない人が太るためには、こまめに間食や夜食をとることをおすすめしています。 栄養と運動はセットで 川越●リハが大事なことは介護職も含めてみんなわかっていますが、本当は運動と栄養とセットでやらないと効果がない。でも栄養の知識は、医療者も介護者も不足しています。 若林●なぜサルコペニアになるのかを考えたときに、運動は頑張っているけど力が出ないという人が多いんです。つまり食べていない。 筋トレで一度筋肉を分解した後、たんぱく質やエネルギーがあって初めて筋肉をより合成できるので、運動だけして栄養をとらないと、結局筋肉はつくどころか落ちていきます。 川越●なのに在宅高齢者には三食炭水化物という人が実際にいて、たんぱく質が圧倒的に不足しています。訪問リハが入っていれば、それだけで運動できていると思っているのも深刻です。「歯科衛生士が週1回口腔ケアに行けば歯磨きしなくていい」とは誰も思わないのに、リハはリハ職が訪問したときだけでいいと、みんな誤解しています。 若林●リハの定義が正しく理解されていないからでしょうね。セラピストが行うのは機能訓練などですが、その人の生活機能を高めることすべてがリハビリです。サルコペニアから寝たきりになるのは、活動量減少、栄養不足、疾患などが原因で、全員が改善するのは難しいですが、改善可能性のある人も確実にいます。在宅でも質の高いセラピストや管理栄養士が介入することで、改善できるものは改善させないといけません。 川越●たいへん勉強になりました。 ー第7回に続く あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 「医療と介護 Next」2019年1月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

インタビュー
2022年10月4日
2022年10月4日

引きこもる大人にどう手をさしのべるべきか

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第5回は、全国に100万人以上いるといわれる「大人の引きこもり」、いわゆる8050問題を追いつづけるジャーナリストと、問題解決の方法などについて話し合った。(内容は2019年11月当時のものです。) ゲスト:池上正樹フリージャーナリスト。ひきこもり問題、東日本大震災などのテーマを追う。NPO法人KHJ全国ひきこもり家族会連合会理事、日本文藝家協会会員。おもな著書に「ルポ「8050問題」~高齢親子“ひきこもり死”の現場から」(河出書房新社)、「ルポひきこもり未満」(集英社新書)などがある。 世間に隠された引きこもりという存在 川越●最近、高齢の親と引きこもりの子という8050問題がクローズアップされています。池上さんは引きこもりに関する著書も多く、実際に家族会の運営などにもかかわっていますね。 池上●社会保障的な支援の対象から外れる、中高年の引きこもる人が100万人以上いることがわかりました。行政は支援したくても、どこにどうつなげていいのかわからないため、まず引きこもりについて勉強したいということで、講演の要望が多くなっています。 川越●在宅医療で伺うと、やはりそういう人に出会うことがありますが、何か事件が起こったりすると急に注目を浴びるわけです。 池上●引きこもる人の多くは、本当は真面目で優しくて、頼まれたことを断れなかったり、助けを求められなかったりする人たちです。職場でさんざん傷つけられて、誰も自分の話を聞いてくれない、受け止めてもらえないと絶望した結果、引きこもりに至っている状況です。 病気や障害ではないという思いから医療機関は受診しておらず、何十年も引きこもっている子どもの存在を、高齢になった親は世間に対して隠している。それでますます身動きが取れず、一種の精神的虐待を受けているようになっています。 川越●そもそも存在が把握できていない、診断も受けていないということで放置されてしまうんですかね。 学校での体験が就職後の引きこもりの原因に 池上●以前、ある県の社会福祉協議会で高齢者の居場所づくりのための調査をしたところ、「私のことより子どもを何とかしてほしい」という高齢者が多かったことがわかりました。地方には、都会で働いて傷ついて帰ってきたり、親の介護のために戻ったりした人が、看取り後に仕事に戻ろうとしても、持っているスキルが時代遅れになっていて職場に復帰できない。そこで社会福祉協議会が引きこもりの人の居場所をつくって、資格の勉強会をしたり仕事自体を創出したりすることで、引きこもる人が激減したと話していました。 川越●ご本人がチャンスだと思って出ていったのなら、いいことですね。 池上●ほかの例では、引きこもっている子どものためにお金を残さないといけないからと、介護サービスを拒否する人もいました。親とのつながりが唯一なので、親が亡くなると、お金があっても手をつけずに後を追うように亡くなる例もありました。お金も大事ですが、それぞれ本人が生きたいと思える意思や希望が大事だと思うんです。 川越●子どもの引きこもりはどうでしょう。本来なら学校で把握しているはずですよね。 池上●不登校でなくても、学生時代のいじめの後遺症やトラウマで、社会に出てから引きこもる人が結構います。 学校に行きたくなくても、親を悲しませないために通いつづけてしまうから、引きこもりに至る背景までは学校も想像できない。むしろ、学校や教師が組織防衛のため加害者側についてしまうと致命的になる。何とか卒業できても、社会に出てから、たまたま同じようなシチュエーションに遭うと、トラウマがよみがえって会社に行けなくなることもある。 また、発達障害の人は頭のいい方が多いので、学生時代は気づかずに大学を卒業し、社会に出てから集団生活の人間関係でつまずいて引きこもりになる人も多いですね。 世間に迷惑をかけたくないという日本的価値観 川越●独居の引きこもりでは、生活インフラも止まったような、ごみ屋敷に住んでいる人もいますね。 池上●周囲からみると「ごみ」でも、楽しかったころの大事な思い出だったり、生きていくための安心材料になっていたりすることもあります。片付けられない特性もあるのかもしれません。歩けるし買い物もできるけれど、社会と接点を持っていないので、周囲からも問題視されてしまうんです。 川越●どうして相談しないのと聞いても、そういう方法を知らないし、お役所は敷居が高いと思っているのかもしれません。 池上●相談しない人や引きこもりの子どもを隠す人たちには、国や世間に迷惑をかけられないとか、他人に頼らずに自力で何とかしなければという日本人特有の腹切り文化の遺伝子がいまだに脈々と受け継がれているような気がします。 川越●生活保護を申請したがらない人も、お上に申し訳ないからといった理由が多いように思います。税の滞納、保険料滞納、家賃や給食費滞納などは実はSOSで、行政がつながるチャンスなんですけどね。 ただそこにいていいと思える居場所づくりを 川越●親の高齢化に伴う問題も、これから深刻化してくるでしょうね。 池上●私がかかわった案件でも、母親が認知症になり、父親が亡くなったけれど相続の手続きもしていない。口座も母親が管理しているのでわからない、というケースがありました。引きこもり問題は複数の部署が連携しないと支援できないので、縦割り行政に横串を入れないと難しいと思います。 川越●私が最近経験した例では、両親と娘の三人暮らしで、お父さんが肺がん末期で診療を依頼され訪問したものの、いるはずのお母さんの姿が見えない。やがてお父さんが亡くなり、包括が訪問してもお母さんに会わせてもらえない。最後は警察や消防のレスキュー隊と突入したら、お母さんはごみの中で足が壊死して動けない状態でした。もともとはお母さんが引きこもりはじめたのが始まりのようです。 池上●そういう場合は、先生のところに連絡すると対処してもらえるんですか? 川越●松戸市は医師会の医師が地域包括や行政職員と一緒に訪問できるしくみを作っているのですが、介護保険ではすべての市町村の義務として、認知症の疑いがある人のところへは認知症初期集中支援チームを派遣することができます。受診していなくても「疑い」さえあれば可能です。 池上さんがかかわっている「居場所づくり」では、どのような活動をしていますか。 池上●当事者たちに「居場所には何があったらいい?」と聞くと、「何もないのがいい」と言うんです。支援者はどうしてもメニューをつくってしまいがちですが、何もやらされないのがいいんです。 川越●ただそこにいていい、ということですね。 池上●社会が怖くて家にいる人たちなので、就労支援を急いだりせず、生きていくための支援を必要としている人には誰でもサポートが受けられるような、引きこもり支援法のような法整備も考えてもらいたいですね。 ー第6回に続く あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 「医療と介護 Next」2019年11月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

インタビュー
2022年9月20日
2022年9月20日

親と子のおなかと心を満たす訪問の食事支援「おうち食堂」

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第4回は、いち早く子どもの食の貧困に注目し、独自の施策を実施する東京都江戸川区の児童女性課課長、野口さんと語り合った。(内容は2019年3月当時のものです。) ゲスト:野口 千佳子江戸川区子ども家庭部児童女性課課長。 住民が若く子どもも多い地域の課題はやはり「貧困」 川越●子ども食堂が全国的な広がりを見せていますが、江戸川区では、個々の世帯に食事支援ボランティアが入って、買い物・調理・片づけまで行う「おうち食堂」に力を入れていると伺いました。 野口●江戸川区は、東京23区のなかでは年少人口率が高く、一方で離婚率も高く、複数の子どもを育てている一人親世帯が多いのが現状です。昔からそういう状況でしたので、地域の力を活用した事業を以前から実施しています。たとえば、子育て経験者の方のお宅でゼロ歳児を預かる「保育ママ制度」や、放課後の小学校を利用して、定員を設けず誰もが利用できる居場所事業「すくすくスクール」を実施しています。 川越●すくすくスクールで対応しているのはボランティアですか? 野口●指導員のほかに年間延べ2万人以上のボランティアがスポーツや囲碁・将棋などを教えています。なかには80歳代以上の方で「子どもたちに教えることが生きがい」という方もいます。子どもたちは正直なので、教える側の自己満足でやっていると「つまんない」とすぐ来なくなる(笑)。どうやったら面白さが伝わるか、反応をもらうことが続けるパワーになっているようです。 三食とれず夏休みにやせてしまう子どもたち 川越●子ども食堂もそうですが、子どもをキーワードにすると、自然に人が集まります。それが「おうち食堂」にもつながっているんですね。 野口●子どもの貧困ということが言われるようになって、江戸川区でも実態調査を行いました。すると、小学生でひらがなが読めない、自分の名前が書けない、きょうだいが多く上の兄姉が小さい子の面倒をみている、経済的問題で高校進学を諦めるなど、学習支援が必要な子や経済的困窮が浮き彫りになりました。なかには一日三食とれずに、給食だけが頼りで夏休みにやせてしまう子どもがいることもわかりました。 川越●深刻ですね。生活保護世帯との重なりはありますか。 野口●生活保護世帯は行政としっかりつながっているので逆に大丈夫なんです。それよりも、行政が把握していない世帯、どうしても生活保護を受けたくなくて一人親で頑張っているとか、福祉サービスにつながっていない家庭のほうがかなり深刻ですね。 週1回の支援で驚くほどの変化が 野口●江戸川区では子ども食堂は以前からあったのですが、本当に助けが必要な子が来ているか確認のしようがないんですね。実際、ダブルワークやトリプルワークのお母さんが子どもに一日500円渡して「これで何か買って食べなさい」と言っても、子どもはゲームのカードを買ってしまったり、困っているという認識がないという現実がありました。そこで、実際に家庭に入り食事をつくる「おうち食堂」と、お弁当を届ける「CODOMOごはん便」の二つの食支援事業を立ち上げました。 川越●困っていても自ら情報も取れない世帯に、食を直接届けようという発想ですね。利用者負担や利用回数に制限はありますか。 野口●「ごはん便」は非課税世帯対象で一食100円、「おうち食堂」は支援が必要な家庭対象で、無料です。保健師や虐待を扱うケースワーカーなど、家庭の実態を知っている人から紹介してもらい、職員が家庭訪問をして課題を把握しながら支援につなげています。利用は年48回としています。 川越●だいたい週1回のペースですね。お弁当を届けるだけでも家の様子は観察できますし、「おうち食堂」となるとさらに長い時間、ボランティアと一緒にいるわけですね。 野口●有償ボランティアは短くても2時間は家にいます。精神疾患のあるお母さんなど、最初は人とのかかわりの苦手な人もいましたが、繰り返し週に1回入っていくことで本当に変わっていくんです。そして食の支援が必要な家庭は学習支援や経済的支援、健康面などほかにも支援が必要であることがみえてくるので、課題発見と、医療機関や福祉など必要なサービスにつなぐのが目的です。 家庭との距離を測れるボランティアの力 川越●ただ栄養を満たすとか、お母さんの心の支援だけでない効果もありそうで、これはボランティアさんの力が大きいですね。 野口●そうなんです。われわれはつい「こうしたらだめよ」と言ってしまいがちですが、支援を必要としている世帯は、親も子どもも怒られてばかりの人が多く、言ったら叱られるからと相談せずに孤立していく。でも、おうち食堂で「おいしい」という会話から少しずつ、硬かったところがやわらかくなっていくし、ボランティアの皆さんは世帯ごとの踏み込まれたくない部分などを肌で感じながら、家庭との距離をつくってくださっています。 川越●そういうことは行政ではなかなか難しいですね。このような食をきっかけにしたアプローチは子どもだけでなく、たとえば引きこもりの人、ゴミ屋敷の住民や独居の認知症の方にも使えそうですね。 野口●医療と連携した例もあって、中学生で肥満と糖尿で入院した子の退院後の食生活が心配だということで、ごはん便の支援を続けたら1ヵ月後に5キロ痩せたんです。届いたお弁当を、ふだん家で使っている器にあけてみて「あ、普通の人はこれぐらいしか食べてないんだ」と、いかに自分たちが食べすぎていたかがわかったとご家族が言っていました。食生活改善につながり体重が落ちてきていい方向に向かっていると、医師からもほめられたそうです。 川越●お話を伺っていると、食を中心とした支援、年齢を問わない居場所・交流の場づくりなど、江戸川区は今の地域課題解決の優れたモデルですね。いろんな部署が横断的にかかわらないと解決できない複合的な問題が増えているので、ほかの市区町村でもそうした取り組みが広がるといいですね。 ー第5回に続く 〇東京都江戸川区子育て支援事業 > おうち食堂https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e077/kosodate/kosodate/kosodateshienjigyo/syokunosien.html あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。記事編集:株式会社メディカ出版 『医療と介護Next』2019年3月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

インタビュー
2022年9月6日
2022年9月6日

医療的ケアが必要な子どもに当たり前の経験を提供

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第3回は、NHKアナウンサーから、50歳をすぎて福祉の世界に転身した内多勝康さん。医療的ケアを必要とする子どもたちを取り巻く問題がクローズアップされた。(内容は2017年3月当時のものです。) ゲスト:内多 勝康1963年生まれ。東京大学卒業。1986年、NHKに入局。アナウンサーとしてローカルニュースや生活情報番組を多く担当した。2016年3月退職し、国立成育医療研究センターが運営する医療型短期入所施設「もみじの家」のハウスマネージャーに就任。社会福祉士。 概念自体が新しい「医療的ケアが必要な子ども」 川越●NHKのアナウンサーから、「もみじの家」(国立成育医療研究センターに設立された子どものための医療型短期入所施設)への転身には驚きました。ハウスマネージャーというのは、どのようなお仕事なんでしょう。 内多●子どもたちとときどき交流しながら、主に事務的な仕事を行っています。寄付集めの対外活動、マスコミや見学者の対応、ホームページの管理やニュースレターの編集といった広報活動、ボランティアさんとの連絡調整など、組織運営全般にかかわっています。 川越●これまで主に医療的ケア児を対象とした短期入所施設があまりなかったのは意外です。 内多●医療的ケアが必要なお子さんという概念自体が新しいもので、そういうお子さんと家族をまるごと支えるような制度は、整っていないのが実情です。子どもはワクワクする体験や多世代の子どもたちとの触れ合いが必要ですから、遊びの時間を十分楽しんでもらうために、保育士や介護福祉士も配置しています。 合理的でなくても家庭のやり方にこだわる 川越●レスパイトなら本来、家族は家で休めるわけですが、「もみじの家」を利用する子どもたちは、必ずご家族が一緒なのですか。 内多●初めて利用するときの初日はお母さんと一緒に来ていただいて、自宅でされているノウハウを看護師たちが引き継ぎます。後は自宅に帰ってもいいし、一緒に泊まってもいいんです。 家ではずっと「介護する親とされる子ども」という関係だった親子が、ここにきて「安心してケアを任せることができて、初めて子育てができた」とおっしゃるお母さんもいました。 川越●「もみじの家」のような短期入所施設と日中預かりの施設が、どちらも全国に増えていってほしいですね。ところで、「もみじの家」運営のための報酬の出どころは障害者総合支援法ですか。 内多●はい、障害福祉サービス費が主な収入源です。しかし、福祉の枠だけでは支えることができないのが現実です。 医療型短期入所施設は、濃厚な医療が必要な子たちを受け入れると加算がつきますが、金額としては非常に少ないので、民間で事業としてやるには厳しい。今は運営上、寄付も重要な収入源ですが、政策に訴えるのならきちんと数字を出さなければと思っています。 医療と介護のハイブリッドな制度が待たれる 川越●病院ではなく施設で預かることで費用を節減できるという政策提言や、親御さんの負担軽減を訴えるといいかもしれませんね。それに親御さんが高齢になりケアが継続できなくなるという現実が起こりはじめていますから。 内多●それは非常に大きな問題だと思います。われわれが受け入れられるのは19歳未満のお子さんが対象なので、今でも「何とか延ばしてもらえませんか」という声は頻繁にいただきます。 川越●介護保険も特定疾病の場合で40歳から、一般には65歳からしか利用できません。でも本来、どんな年齢であれ、医療も介護も福祉も必要な方はおられます。 内多●医療的ケアが必要な、今ある制度では狭間に落ちている子を救えないのは確かです。どういう制度があればいいのか、子どもたちが置かれている環境や、お母さんがどのように在宅で支えているのかという実態を、より多くの人に知っていただき、支えるのは家族だけではなく社会的な問題なんだと思っていただくことに力を入れていくつもりです。 楽しい雰囲気の中で社会性をはぐくむ経験 川越●ご家族からの具体的な訴えを聞くこともありますか。 内多●自分の子どもが、ずっと社会との接点が持てないまま成長するという不安がすごく大きなストレスになっているようです。外出するチャンスがあっても受け入れてもらえる場所がない。だから、まず居場所をつくらないと。 川越●「もみじの家」が、その社会との接点になるわけですね。 内多●そうなんです。子どもたちは2階のプレイコーナーに集まって活動するんですが、自分ではそんなに動けない子も、楽しい雰囲気のなかにいることで「ふだんは見せない表情を見せる」とお母さんが気づくんです。居場所があると役割ができるし、親以外の大人がかかわることで社会性をはぐくむ経験になると思います。 教育の現場では医療的な保証がないので、今は、入学できても「ずっと親御さんがついていてください」というケースが多いです。医療的ケアが必要な子どもと家族も社会で支えていくコンセンサスが生まれるのが理想です。 川越●今は出産年齢も高年齢化していて、出産のリスクが高くなると、医療的ケアを必要とする子どもたちはこれからも増えていくことが予想されます。みんなで支えていくほうが、トータルでみれば国のためになるというシミュレーションができるといいですね。 内多●皆さんの意識がそうなっていってほしいと思います。最初の年の大事なテーマとして、医療的ケアが必要な子や家族の現状を知っていただくことを掲げてきましたが、今後は地域連携を進めていって、「もみじの家」が情報発信のハブ機能を備えた場所になれたらうれしいですね。 ー第4回へ続く 〇国立成育医療研究センター2002年に東京都世田谷区に設立された子どものための高度専門医療機関。http://www.ncchd.go.jp/ 〇もみじの家http://home-from-home.jp/ あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。記事編集:株式会社メディカ出版 『医療と介護Next』2017年3月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

インタビュー
2022年8月23日
2022年8月23日

部屋を借りにくい人を支援する「おせっかい不動産」

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生が、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第2回は、高齢や生活保護などで部屋を借りにくい人のために、奔走し支援している不動産業の斎藤 瞳さん。 ゲスト:齋藤 瞳1979年生まれ。神奈川県横浜市青葉区に2015年、アオバ住宅社を開業。主な事業は不動産仲介、集合住宅の定期清掃と短期集中清掃、賃借人退去後の各種手続きなど。「おせっかい不動産」としてドキュメンタリー番組で紹介された。 困りごとを知るとほうっておけない 川越●齋藤さんの本業は不動産業なのに、生活保護の方の部屋探しだけでなく、地域包括支援センター(以下、「包括」と称する)からの相談や訳ありの方の雇用創出など、ソーシャルワーク的なこともされています。そもそも、部屋を借りにくい理由のある人たちが訪れる? 齋藤●ほぼ全員(笑)。しかも理由が一つではなく、生活保護でシングルマザーでDV被害者で子どもに障害があってとか、複数難題がある人がやって来ます。 川越●そういう人の住まいはなかなか見つからないものですか。 齋藤●私は借りたい人としっかり話をして、どんな人かをわかっていますが、オーナーさんや不動産管理会社の多くは、訳ありというだけで「だめ」となっちゃう。私はそれに納得がいかなくて。 身寄りがなく緊急連絡先がない方の場合、うちがいったん部屋を借り上げてサブリースすることもあります。でもその人が滞納したらうちが損をするので、それを回避するために、毎月1回月末に、家賃を払いがてら集まってごはんを食べる交流会を開催しています。 川越●それが居場所づくりになっているわけですね。人口減少社会で、長い目で見たら部屋が空いてくるのに、オーナーさんはきちんと話を聞いてあげるといいですね。 齋藤●今、お取引をしていただいているオーナーさんとはしっかり関係を築きつつ、孤独死などのトラブルを起こさない取り組みをやっています。ただ下手に貸してトラブルになるくらいだったら貸さないほうがいいという人はまだ多いです。 ときには毅然として 断る勇気も必要 川越●斡旋した人の困りごとについて行政からも依頼がくるんですか。 齋藤●私たちはNPOでもボランティアでもない民間事業者なので、区から委託されている包括や障害のある人のための相談支援センターの方たちとつながって、そこを通じて区と関係を築きました。 川越●地域の高齢者の困りごとや相談を受けるのは、本来、包括の仕事です。そこから依頼がきて無料で引き受けているなら、齋藤さんの手が足りないときは、手伝ってほしいと逆に包括の人に依頼してもいいと思いますよ。 齋藤●私、話を聞いてもお金もらってないですからね(笑)。アパートを紹介したある人はアルコール依存症で、お酒を飲むと私に何十件もメールを送ってくるんです。多分さみしさのはけ口になっているんでしょうね。 川越●齋藤さんを唯一信頼できる人だと思っている人には気の毒ですが、齋藤さんはその人の家族になれるわけでも、その人の人生を背負えるわけでもないから、これ以上のお手伝いは限りがありますのでご理解くださいと伝えないと。 齋藤●私も自分の家族が大事だし、そこを犠牲にしてまで支援はできないです。これから行政や包括とは民間事業者としてどうお付き合いしていけばいいのか悩んでいるところです。 川越●かかわっている人が独居で、病院受診しているなら、病院に一緒について行って、診察のときに「この方を支援しているんですが、実はこんな問題があって」と言えば聞いてくれる人もいると思います。そうしたら「先生、また相談に乗ってください」って、医者を味方につければいいんです。 齋藤●それは考えつかなかったですね。専門的なことを相談できる応援団をもっともっと増やしていくのはいいですね。 地域包括ケアのために不動産業ができること 川越●区や市の単位でやっている地域ケア会議に市民委員として参加してみたらどうでしょう。地域の課題を話し合う会議なので、齋藤さんが出席すれば、応援団になってくれるケアマネ、民生委員さん、医療や介護の専門職ともつながりができますよ。 齋藤●家探しなど不動産に関連する問題だけならいいんですが、今は地域のすべての問題が全部うちに投げ込まれているような気がします。それにテレビで紹介されたら、人探しをしてほしいという問い合わせまでありました(笑)。 川越●そうだとしたら業務委託で料金が発生しますと言ったほうがよさそうですね。お金にならない仕事を包括が回してくるなら、代わりに土地の売却などを考えている高齢者を紹介してくださいって頼めばいいじゃないですか(笑)。 齋藤●横浜市青葉区は家も大きく所得も高い人がいるはずなのに、うちに来るのはお金にならない依頼ばかりです(笑)。 川越●いずれにしても安定した収入源がないと、活動を持続することが難しくなります。仲介手数料ビジネスだけではなく、土地売却物件等を原資にして、ソーシャル活動のための人材を雇えばできるんじゃないでしょうか。 支援的な活動も続けるなら、社会福祉士を雇って、包括から紹介された人の課題分析――仕事、収入、既往歴、介護の必要性などができれば、「ソーシャルワークができる不動産業」という新たな分野の創出になります。自治体によっては主任ケアマネと社会福祉士を雇えれば包括の運営を受託することも不可能ではなくなりますよ! 齋藤●そうなんですね。もっと勉強しないと。青葉区は障害者のためのグループホームが少なくて、運営主体の人もニーズもあるのに、場所がないんです。今は土地を持っている人を説得して建ててもらいたいというのが野望です。 川越●土地を有効活用したい人や売却したい人の案件を扱って、ソーシャルワークも含む事業活動や支援を行うことが経営の礎になるといいですね。 齋藤●古いアパートでも私に託してくれれば、すぐに満室にできるのにって思います。 川越●街の不動産屋さんが発信する地域包括ケアに期待しています。 ー第3回へ続くアオバ住宅社 http://www.aoba-jutakusha.jp/ あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 『医療と介護Next』2019年9月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

インタビュー
2022年8月9日
2022年8月9日

移動式スーパーが買物難民高齢者を救う

在宅医療のキーマンである川越正平先生が、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第1回は移動スーパーが果たす驚くべき役割について紹介します。 ゲスト:住友達也氏1957年徳島県生まれ。タウン誌の発行やプランナーとして活躍後、買物困難者の実情を知り、2012年、社会貢献型移動式スーパー「株式会社とくし丸」を創業。買い物できない高齢者や限界集落へ食と見守りの視点を届けている。現在、株式会社とくし丸取締役ファウンダー。 おばあちゃんのセレクトショップ 川越●とくし丸は買物難民の高齢者宅を一軒一軒周って食品を販売していますが、生協の個別配送などとは違い、事業主であるオーナーが車を持って、地元のスーパーが商品を委託してお客さんに届けるという、すべて地元に還元されるビジネスモデルですね。 住友●おばあちゃんたちにとって、買物に出かけられなくなっても、日々の食材の買物は最後のエンターテイメントだと思うんです。地域の資本、地域の人材で地域の困っている人を助ける循環をつくって、とくし丸というキーワードで地方のスーパーが有機的に手を組んで、大手に対抗できるゆるやかなネットワークをつくりたいんです。 川越●売れ筋の商品はどんなものですか。 住友●お惣菜やお寿司のほか、肉や魚などの生鮮品が特に喜ばれます。 川越●新鮮なお刺身や出来たての総菜を届けてもらうのはうれしいでしょう。 対面だからこそわかる「異変」を包括へ相談 川越●とくし丸のビジネスモデルでユニークだなと思ったのは、1品につき10円上乗せして販売するというしくみです。10円高くても、みなさん買ってくださる? 住友●われわれは「商品をスーパーの店頭からおばあちゃん家まで届ける手間賃で10円ください」という発想なんです。 川越●お客さんの足代もかからないし、それで限界集落でも買物ができるならお安いものですね。買物難民を直接たずねて食品を販売することで高齢者の食や栄養を支える介護予防になっていますし、会話があるのもいい。 住友●介護予防につながる見守り協定を自治体と交わしています。電気や水道の検針、新聞配達は毎回対面まではしません。とくし丸は直接対面して販売するので、これまでいわゆる孤独死の方を9人発見していますし、その何倍もの人を事前に発見しています。 川越●認知症の方などもわかるんじゃないですか。 住友●同じものをたくさん買うお客さんがいて、認知症かもしれないと思ったら、まずご家族に、独居の方なら地域包括支援センター(包括)につないでいます。 川越●オーナーさんが包括とつながっているんですか。それはまさに地域包括ケア的な動きですね。 冷蔵庫の中までわかる絶対の信頼関係 川越●行政は一人暮らし高齢者の生活状況を知りたいと思い、アンケートを送ったりしているんですが、実は返ってこない人のリスクがいちばん高いんです。訪ねても会ってくれない人とか。 住友●われわれは直接会って話しますから、お客さんの好みや健康状態まで把握しています。オーナーはお客さんの冷蔵庫の中が全部わかると言ってます(笑)。あるおばあちゃんは、「今日、私、何食べたらいい?」って聞くそうです。すると、先週と先々週はこれを食べたから、そろそろ違うのがいいよねっておすすめするような会話がふつうに成立する関係なんです。 川越●高齢者のニーズはマーケティングが難しいと言われています。特に自分で買物ができなくなっている方の声は、いままで拾えなかったと思います。直接会って、欲しいものが聞けるというのは強みですね。 住友●おばあちゃんたちはネットスーパーは使えない、配食のお弁当は飽きる。やはり自分で買物したいんですよ。そこから「衣類が欲しい」「眼鏡を作りたい」などの要望もでてきて、衣類など別ラインの専用とくし丸も動き始めました。 移動スーパーはインフラでありメディア 川越●一台の車はだいたいどれくらいお客さんを持っているんですか。 住友●1人でだいたい150人。1つのエリアを週2回ずつ、計3エリア廻るので、1エリア約50人ほどです。全国で1000台走れば、15万人以上のおばあちゃんたちに会えるボリュームになるので、次のビジネスができます。 川越●そうなったら大手とも十分戦えますね。見守りだけでもいいですが、さまざまなデータが取れますから行政も喜びます。在宅医療をやっていると、病気だけの問題ではないことがわかって、地域や行政とも深くかかわっていかないと救えない場面に多く遭遇します。病院にも行っていない人は、重度化してから発見されることもままあります。だから、とくし丸のように別チャンネルでつながっている存在は意味があるんです。 住友●僕らは移動スーパーをやっているつもりはなくて、インフラでありメディアだと思っています。おばあちゃんたちと週2回会っていると、異変を感じて、ある日突然ガクッとくる方もいらっしゃる。 川越●「検診受けた?」とか声をかけてくれるだけでも意味がありそうです。市の広報紙で注意喚起してもなかなか読みませんが、会う人が一声かけてくれれば、ああそうかと思ってくださるかも。販売のついでに簡単な健康チェックや認知症スクリーニングができれば、行政は泣いて喜ぶと思います。 住友●第一線のオーナーには認知症サポーター養成講座を受けてもらっています。スーパーの協力で、助手席に看護師さんを乗せて血圧測定をしたり、AEDがどこにあるかがわかるアプリを使ってお客さんを蘇生させたりしたこともあります。 川越●それはすごい。とくし丸の販売ネットワークは、福祉面でもいろいろなことに使えそうですね。高齢社会は当分続きますから、医療介護にとってもすごく参考になるお話でした。 ー第2回へ続く あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 とくし丸 https://www.tokushimaru.jp/記事編集:株式会社メディカ出版 『医療と介護Next』2017年10月発行より要約転載。本文中の数値などは掲載当時のものです。

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