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特集
2022年1月11日
2022年1月11日

口腔ケアと全身の関連

この連載では、実例をとおして、口腔ケアの効果や手法を紹介します。第1回は、口腔の衛生・機能への介入が全身状態を改善させた事例です。 歯科衛生士は口腔管理のプロフェッショナル 私は現在、歯科衛生専門学校の講師として「チーム医療演習」「口腔リハビリテーション」を教えるかたわら、東京都世田谷区の多機能型クリニック歯科室「さくら中央クリニック」に非常勤で勤務し、要介護者の歯科治療や摂食嚥下リハビリテーションに従事しています。このシリーズでは、口腔ケアの大切さとその手法などについて、実例を紹介しながら解説していきます。 「歯科衛生士という仕事は何か?」と患者さんや看護師に尋ねると、「歯磨き(口腔ケア)を教えてくれるプロ」「歯石を取る仕事」などが返ってきます。でも、口腔ケアにも種類があります。 一般に、歯科医師・歯科衛生士が行うケアは、専門的口腔ケア。患者本人や看護師・介護職が行う口腔ケアは日常的口腔ケアと、区別されます。 専門的な口腔ケアには、口腔の周囲にある筋肉へのアプローチなど、安全な食へ導くためのケア(摂食嚥下リハビリテーションを含む機能的口腔ケア)も含まれます。つまり、歯科衛生士はリハビリテーションにかかわる職種なのです。 私が所属している一般社団法人日本摂食嚥下リハビリテーション学会は、学会員の約2割が歯科衛生士です。同学会では学会指定の研修を受講後、入会後2年以上を経過すると学会認定士受験資格が得られます。私も受験し、摂食嚥下リハビリテーション認定士を取得しました。 このように、歯科衛生士の仕事は、口腔衛生と口腔機能、両面からの口腔管理なのです。 肺炎が約半数に激減! 命を守る口腔ケア 口腔ケアをないがしろにすると全身状態に影響を及ぼすことは、訪問看護師の皆さまもご存じかと思います。 なかでも歯周病菌群は、嫌気性菌であることと、血管を詰まらせてしまうという特徴から、糖尿病と歯周病との相互関連をはじめ、狭心症など重篤な疾患の原因菌であると認識されています1)。 米山武義先生の研究2)では、週に1回、2年間、歯科専門職が全国の介護施設に赴いて専門的口腔ケアを行ったグループと、日常的口腔ケアのみのグループとを比較したところ、前者の発熱発症率、肺炎罹患率、肺炎死亡率が、すべて約半数だったことがわかりました。高齢者の死因の常に上位にある肺炎を、専門的口腔ケアが予防する。つまり、口腔ケアが命を守ることに関与できることの、裏づけとなる研究でした。 また、飯島勝矢医師(東京大学高齢社会研究機構)は、「オーラルフレイル(飲み込みづらいなど、口腔機能の軽度の衰え)と、口腔や歯に対する意識低下が放置されると、全身のフレイルや要介護状態につながりかねない」とする知見を述べています。 このように近年、要介護高齢者の口の健康の大切さがいっそう叫ばれるようになったのは、たいへん喜ばしいことです。 このような多くの先行研究に支えられ、私は居宅療養管理指導の一員として、長年要介護者の口腔ケアにたずさわってきました。今回は最後に、そのなかでも記憶に残る症例を紹介します。 【事例】胃瘻でも口腔リハで咳嗽反射が改善 Aさん、女性、80歳。介護度5。胃瘻、心筋梗塞ほか既往あり。自宅で家族の手厚い介護を受けていたが、心臓発作を起こし救急搬送。無事に手術を終え、回復期病院で退院を心待ちにしていた。しかし発熱が続いたため退院は延期に。娘さんが、入院中も口腔ケアの存続を望まれ、かかりつけ歯科医への依頼となった。 入院前からAさんの口腔ケアに訪問していた私は、かかりつけ歯科医師とともに病院へ向かいました。 胃瘻であっても口腔ケアは欠かせません。私はAさんに、歯磨きと、経口摂取へ導くための摂食嚥下リハビリテーションを、20分ほど行いました。 Aさんの口腔ケア・口腔リハビリ前後の表情の変化 口腔ケア・口腔リハビリ前 口腔ケア・口腔リハビリ後 口がしっかり開き、頬が紅潮しているのがわかります。 その夜、娘さんから電話がありました。 「山田さん、今日も母のところへ行ってくださったのよね。でも母の口の中に、びっくりするくらい痰がたまっていました」 それは、口腔のリハビリやケアでの刺激によって、咳嗽反射が改善し、喉の奥の汚れが口へと出てきた結果でした。ご自分で痰を吐き出せるようになったのはよいことです。 やがてAさんは熱も下がり、数日後に無事に退院されました。もちろん体調によっては、すぐにこのような反応がみられないことや、熱が下がりにくいこともあるでしょう。しかしAさんの場合、歯科衛生士や娘さん、介護職がふだんから口腔ケアを行い、その重要性を認識しており、娘さんが病院での歯科の介入を強く要望したことが奏効したと思います。 次回のテーマは、「義歯」です。 注:居宅療養管理指導では病院に訪問することは通常できません。しかし入院した回復期病院に歯科医は不在で、娘さんが自宅で行っていた専門的口腔ケアを強く望まれたことで実現しました。 執筆山田あつみ(日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士、歯科衛生士)記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】1)山田あつみ.『介護現場で今日からはじめる口腔ケア』飯田良平監.大阪,メディカ出版,2014,71-5. 2)米山武義ほか.『要介護高齢者に対する口腔衛生の誤嚥性肺炎予防効果に関する研究』『日本歯科医学会誌』20,2001,58-68.

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2022年1月6日
2022年1月6日

【セミナーレポート】浮腫のアセスメントとケア -原因とアセスメントについて-

2021年10月21日に開催されたセミナー「浮腫のアセスメントとケア」において、ICAA認定リンパ浮腫専門医療従事者の岩橋 知美さんに『浮腫』についての基本から、具体的なケアを解説いただきました。セミナーの様子を全3回に分けてお伝えします。1回目の今回は、浮腫の基本についてご紹介します。 【講師】岩橋 知美ICAA認定リンパ浮腫専門医療従事者、メディカル アロマセラピスト、メンタル心理士、リンパ浮腫外来顧問(聖マリア病院、福井県立病院)1988年に看護師資格を取得後、病院にて勤務。2005年にメディカルアロマを学び「アロマセラピスト・アロマ講師」の資格を取得。産婦人科などでアロマケアに携わる。その後、新古賀病院にて「アロマ外来」を開設し、2009年にはICAAを設立。厚生労働省委託事業「リンパ腫専門医療者の育成」主任講師としても活躍。 【目次】1.浮腫のメカニズム2.浮腫の種類とその原因3.浮腫のアセスメント --> 浮腫のメカニズム 血液は、心臓→動脈→毛細血管→静脈→心臓と循環します。浮腫との関連を考えるうえで鍵となるのが「毛細血管」。動脈側の毛細血管から出た水分は「間質液(組織間液)」として酸素や栄養を細胞に運び、二酸化炭素や老廃物を受け取って静脈側の毛細血管へと再吸収されます。1日あたりの「間質液(組織間液)」量は約20L。そのうち約80~90%(16~18L)は「毛細血管」に再吸収され、残り約10~20%(2~4L)は「毛細リンパ管」に吸収されリンパ液になります。この「毛細リンパ管」は心臓の拍動の力を受けておらず、周囲の筋肉や呼吸、腸の動きや血管の拍動などの力を借りて動いています。血液は循環するのに対して、リンパ系の流れは一方向。毛細リンパ管は皮膚のすぐ下から始まっていて、毛細リンパ管→集合リンパ管→リンパ本幹→左右の鎖骨下静脈と内頸静脈の合流地点(静脈角)へと運ばれるのです。 浮腫は「間質液(組織間液)がなんらかの原因によって、異常に増加・貯留した状態」になることで起こります。 浮腫の種類とその原因 どのようなメカニズムによって起こるのか次第で、浮腫は5つに分けられます。それぞれの浮腫とかかわりが深い疾患などについてみていきます。 毛細血管内圧上昇による浮腫 毛細血管内圧が上昇する原因として、以下の疾患との関連が考えられます。・DVTや静脈瘤などの静脈弁機能不全・心不全・腎不全また、特定の薬を飲むことや加齢によっても血管内圧は上昇し、浮腫の原因になります。具体的には以下です。・薬剤性浮腫・高齢者の下肢下垂による下腿浮腫など 膠質浸透圧低下による浮腫 タンパク質によって起こる浮腫です。タンパク質には水を吸収する働きがありますが、アルブミン濃度が低下すると水を引き込む力が弱くなり、間質に浮腫が出やすくなります。・肝硬変・肝不全・ネフローゼ症候群などとの関連が考えられ、・栄養失調によっても膠質浸透圧低下が起こります。 血管透過性亢進による浮腫 体内で炎症が起きることによって、プロスタグランジンなどの炎症性物質が合成されて起こりやすくなるのが透過性の亢進です。原因として考えられるのは、・炎症・アレルギー・火傷などです。 リンパ管機能障害による浮腫 リンパの流れが悪くなることで起こる浮腫。その原因としては以下のようなケースが考えられます。・リンパ節郭清術後・悪性腫瘍リンパ節転移・悪性リンパ腫・甲状腺機能低下症 組織圧低下による浮腫 皮膚の弾力が落ちることによって組織圧が低下します。その結果、皮膚の薄いところ(顔面、眼瞼、足背、外陰部など)に浮腫が生じやすくなります。高齢者に起こりやすい傾向です。 浮腫のアセスメント 在宅医療における浮腫ケアでは、利用者の方にとっての優先順位を考えると同時に、利用者本人のニーズにあわせたアプローチが必要です。その前提として、利用者・利用者家族との十分なコミュニケーションにより、浮腫の理解とニーズを評価する必要があります。 ここでは、アセスメントにおいて注目すべき点をご説明します。 既往歴の確認 悪化原因となる基礎疾患を理解するために有効です。悪性腫瘍の場合は、まずリンパ浮腫を疑います。 ✓ 心臓、腎臓、肝臓、内分泌(甲状腺)疾患✓ 悪性腫瘍  手術の有無、化学療法・放射線治療を行っているかについて確認します。✓ 内服薬、アレルギー  薬剤性の浮腫の可能性を探ります。 全身状態の観察 輸液がある場合は尿量に対して過剰輸液がないか、また、炎症の疑いがないかなどについて確認します。浮腫の圧迫療法を想定している場合は、知覚神経障害がないかどうかの事前確認も重要です。 ✓ 水分出納  尿量変化がある場合は、腎疾患を疑います。✓ 発熱、発汗、疼痛  炎症を疑います。✓ 知覚、神経障害の有無  浮腫の圧迫療法を想定し、神経への湿潤について事前に確認します。✓ 体重増加  脂肪細胞が増加すると浮腫の原因になるため、肥満の方の場合減量を指導することもあります。✓ 食欲不振、下痢、嘔吐  タンパク質の損失や、カリウム、ビタミンB₁不足を疑います。✓ 動悸、呼吸困難、起座呼吸  心疾患がないかどうかを確認します。✓ 運動機能  筋肉の衰えによってポンプ機能が落ちていないかどうかを確認します。 浮腫が起こりやすい生活をしていないか ✓ 長時間の下腿下垂がないか✓ 運動不足になっていないか という点について確認します。高齢者の場合は介護状況についても確認します。 浮腫の状態 ✓ 浮腫範囲  全身or局所、顔・四肢・体幹・生殖器への出現の有無、抹消or中枢、という視点から確認します。✓ 出現はいつからなのか✓ 出現の速さは急激か緩徐か  静脈系の場合は急激に起こるケースが多いです。✓ 持続性、一過性、日内変動の有無  心不全の場合は夕方に浮腫がひどくなる場合があります。 皮膚の状態 浮腫のケアが行えない状態ではないか? という点について事前に確認を行います。 ✓ 蜂窩織炎(色調、熱感)、創傷の有無(褥瘡、潰瘍)、リンパ小疱、リンパ漏など✓ 圧痕テスト、皮膚の硬さ(シュテンマサイン、肥厚テスト) 環境の確認 ✓ 患者、家族の浮腫への理解度とケアの希望✓ 家族協力の有無 サイズ測定 増大と減少をみるために測定していきます。 臨床検査 ✓ 血液検査  D-ダイマー、CRP、白血球数、貧血、アルブミンを確認します。✓ 静脈ドップラースキャン✓ 腹部超音波  肝転移や腹水の有無を確認します。✓ CTスキャン  下大、上大静脈の近位部に血栓が起こっていないかどうかを確認します。 次回は「在宅看護で行う浮腫ケアの基本」についてお伝えします。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2022年1月6日
2022年1月6日

認知症のある患者さんが「転んだけど大丈夫」と話している場合【訪問看護のアセスメント】

高齢患者さんの症状や訴えから異常を見逃さないために必要な、フィジカルアセスメントの視点をお伝えする連載です。第1回は、認知症がある患者さん。家族から「転んでしまったようです」と知らせがありましたが、本人は「大丈夫」……。さて訪問看護師はどのようなアセスメントをしますか? 事例 中等度の認知症がある91歳の女性。家族から、「朝、トイレに行ったときに転んでしまったようなんです。布団までは這って戻ったようですが、確認しても『大丈夫』と言い張るばかりで」と相談を受けました。女性は布団に入ったままです。あなたはどう考えますか? アセスメントの方向性 転倒後のアセスメントが必要になります。 転倒した場面を誰も目撃していないようです。どの部位にどの程度の障害があるかわかりません。転倒後の障害では、打撲、捻挫が一般的ですが、まれに骨折や頭蓋内血腫のような重症になる場合もあります。 高齢者は、筋力やバランス機能、視力が低下しており、転倒のリスクが高いです。また、失神を起こして転倒することもあります。 高齢者では、骨密度が低下しているために骨折につながりやすく、容易に重症になります。客観的なデータ、普段との様子の違いを、転倒と関連させて意識的にアセスメントすることが重要です。 ここに注目! ●布団から起き上がらない原因は、骨折による痛みや運動障害、頭を打ったことによる意識レベルの低下の可能性があるのではないか?●「大丈夫」という言葉はあるが、認知症があることから自覚症状の訴えが乏しいかもしれない。●そもそも、なぜ転んでしまったのか? 主観的情報の収集(本人・家族に確認すべきこと) ・転倒時の様子(どこで転倒したか、どこを打ったか、転倒のきっかけ、転倒時のことを覚えているか、など)・筋骨格系の症状(出血、痛み、腫れ、発赤、動かしにくい、動かない、など)・頭蓋内出血に伴う症状(頭痛、頭重感、嘔吐、言葉が話せない、会話が成り立たない、ろれつが回らない、麻痺、脱力、歩行障害、軽い意識障害、物忘れ、認知症が急に進んだように感じる、など)・活動、ADL(痛みや意識レベルの低下によりいつもできていたことができない、活動量の減少)・転倒した原因(最近いつもと違うと感じたことはなかったか、一過性のものも含めた意識レベルの低下、ふらつきや足の上がらない感じ、薬剤の使用、など) 客観的情報の収集 頭部の視診 頭部の出血や皮下血腫(たんこぶ)がある場合は、頭を打っている可能性が高いといえます。鼻汁・鼻出血や、耳垂れ・耳からの出血がある場合、頭蓋内で出血が生じている可能性が高まります。 意識レベル 頭を打った場合、急性硬膜下血腫を起こす危険性があります。元気がないなどのパッと見た様子から、JCS(Japan ComaScale)にあらわれるような変化までを、丁寧にみてください。徐々に進行する(2週間~6か月に至る)場合もあるので、継続的な観察が必要です。 視野の確認 頭蓋内の出血により、物が二重に見える、視界がぼやける、視野狭窄などの症状があらわれる場合があります。疑わしい症状があった場合は、確認したほうがよいでしょう。片目を覆ってもらい、片目ずつ、瞳を動かさないようにしてどのあたりが見えにくいのか、指を使って見える範囲を確かめます。 四肢の皮膚 視診と触診で、出血や皮下出血(紫斑)がないかを確認します。骨折がある場合は、関節が不自然に曲がっていたり、発赤や強い腫脹がみられ、圧痛と熱感があります。 関節可動域、筋力 自力で動かせるのか、痛みはないかを確認しながら可動域を確かめます。自力で動かせない、または動かさない(指示に従えない)場合は、看護師が動かします。疼痛の訴えがないか、表情に変わりはないかを観察しながら行ないます。骨折がある場合は、動かすことで悪化する可能性があります。無理をさせないようにしましょう。 立位保持・歩行状態の観察 立位をとれる・歩行できる状態であれば、安全を確保しながら、その様子を観察してください。立位保持とバランス維持をみるために、足を閉じて立っていられるかを、開眼時と閉眼時とで確認します。20秒以上姿勢を維持できれば正常です。高齢者ではもともと完全にできない場合もあるので、転倒前の状況と比較しましょう。 ふらつきがあるようなら、小脳や位置覚の障害があるかもしれません。再転倒のリスクが高いので、転倒の原因のアセスメントにもなります。 報告のポイント ・転倒し、転倒時の様子を誰も見ていないこと・頭蓋内出血の可能性の有無と症状・骨折など、重症な筋骨格系の障害の可能性の有無と症状・転倒の原因の推測。失神、麻痺、小脳や位置覚の障害によるものではないか ** 執筆 角濱春美(かどはま・はるみ) 青森県立保健大学健康科学部看護学科健康科学研究科対人ケアマネジメント領域教授 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2022年1月6日
2022年1月6日

第7回 防災対策、交通事故、個人情報保護、医療事故編/[その1]知りたい、BCP(事業継続計画)対策!基本的知識と策定手順をわかりやすく解説

イメージしてください。皆さまの地域で東日本大震災と同じような規模の地震が発生したり、新型コロナウイルスのような感染症が蔓延したらどのように対応しますか? そして、スタッフや利用者さんの安全をどのように守りますか? 事業所を継続的に運営するうえで、さまざまなリスクを想定した対策が必要です。今回は、安全配慮義務や自然災害対策としてBCP(Business Continuity Plan,事業継続計画)について考えていきます。 介護事業所ではBCP(事業継続計画)の策定が義務化されました。介護事業者との連携も多いなかで、訪問看護ステーションでもBCPの策定に取り組んだほうがよいのでしょうか。ぜひ取り組んでみてください。緊急事態にしっかりと対応できる、強い事業所づくりに必要な計画です。また、BCPの体制がしっかりできていないと、災害時に安全配慮義務違反に問われる場合があります。 安全配慮義務とは 会社等組織は、従業員や顧客が生命、身体等の安全を確保するために必要な配慮をする法律上の義務を負います。これを安全配慮義務といいます。 この安全配慮義務は、大規模な自然災害に対しても適応されます。東日本大震災による津波被害をきっかけとした多くの津波犠牲者訴訟では、従業員や顧客に対する企業の安全配慮義務が大きく取り上げられました。 これは、訪問看護ステーションでも同様です。スタッフや利用者さんの生命や健康に被害があり、それが事業所側の安全配慮義務違反によるということになれば、損害賠償責任を負うこととなります。さらに、事業所としてのマイナス評価による信用損失など被害はさらに甚大となります。 安全配慮義務に違反しないためのポイント 裁判例から「安全配慮義務違反」になるかどうかのポイントには2つあります。 第1のポイントは「自然災害発生後の情報収集体制が構築できているか」という点です。管理者は情報収集行動を行う担当者を決め、収集した情報を判断権者へ報告するしくみを構築する必要があります。具体的には判断する管理者が不在でも、責任権限が自動移譲される体制などをマニュアルへ記述することや、マニュアルの内容を従業員に対し教育・訓練で周知することです。 第2のポイントは「報告を受けた情報にもとづき適切な判断と行動がとれるか」という点です。情報を受けた判断権者ができる限り最善の判断ができるよう、最悪のシナリオなどを想定した訓練を平時から行っておく必要があります。 管理者がこうしたしくみや対策を講じていなければ安全配慮義務違反に問われる可能性があります。また、このポイントを押さえたBCP(Business Continuity Plan,事業継続計画)を策定する必要があります。 BCPとは 自然災害に起因した安全配慮義務に対応したBCPを策定するにあたっては、BCPの定義や概念などの基礎的な内容をしっかりと理解する必要があります。 内閣府による「事業継続ガイドライン」では、BCPは「大地震等の自然災害、感染症のまん延、テロ等の事件、大事故、サプライチェーン(供給網)の途絶、突発的な経営環境の変化など不側の事態が発生しても、重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画」と定義されています。つまり、BCPとは自然災害だけではなく、経営に重大な影響を及ぼすようなリスクをすべて対象としています。 また、BCPは災害が発生した緊急時のみを対象としていません。BCPは緊急事態を乗り切った、その後、重要事業復旧までどのようにしてたどり着くかがテーマとなっています。そのため、重要事業復旧を順調に進めるために、事前に準備しておく必要があるのです。要するに、BCPは事前準備から重要業務再開までの取り組みということになります(図1)。 図1 BCPの範囲 BCP策定の手順 BCP策定の基本的な手順は次の①~⑩のとおりです。①基本方針の策定②対象とする災害リスクの特定③重要業務の決定④目標復旧時間の設定⑤重要な経営資源と対応策⑥財務状況の診断⑦BCP発動フロー⑧緊急対策本部の編成⑨教育・訓練の実施計画⑩見直し・更新 BCPの策定がゴールではなく、平時から教育や訓練を行いBCPの実効性を高め、新しい知識をふまえた定期的な見直しと更新も手順にしっかりと組み込むことが大切です。ここでは紙面の関係上、特に重要な①~③の項目についてポイントを解説します。 ①基本方針の策定BCP策定に取り組む目的を明確にします。何のために策定するのか、事業所の理念や基本方針との整合性を考えながら表現を工夫しましょう。例えば、次の3つの視点で目的を検討し、事業所の姿勢を関係者に知ってもらいます。・スタッフの視点 スタッフとその家族の安全と生活を守る。・利用者の視点 利用者さんの健康・身体・生命を守る。・地域社会の視点 地域の人々と協力しながら復興に貢献する。 ②対象とする災害リスクの特定地震、風水害、火災・爆発、広域停電、テロ、集団感染など考えられるリスクを洗いだし、そのリスクがどのくらい起こりやすいのか、そのリスクが起こったとき業務にどのくらい影響するのかを評価し、優先すべきリスクを特定します。リスクを評価する際には地域のハザードマップなどを参考にするとよいでしょう。 ③重要業務の決定リスクが発生した場合、どの業務を優先して守るか、どの業務から復旧するかの視点で、業務の優先順位を決めます。重要業務を決めるにあたっては、通常の業務と緊急時に発生する業務を抽出し、その業務が停止した場合の影響を考えていきます。表1には、通常の業務と緊急時に発生する業務の例と、業務停止による影響および緊急度を示しましたので参考にしてください。 表1 通常の業務と緊急時に発生する業務の例 【緊急度基準】SA:間断なく継続、A:数時間~24時間以内に開始、B:1~3日以内に開始 そして、重要業務が決定すれば、それをいつまでに復旧し、復旧するための経営資源をどのように確保するか、また、リスク発生時に取るべき具体的な行動を検討していきます。 * BCPの策定にあたっては、介護施設・事業所を対象としていますが、厚生労働省ホームページの「介護施設・事業所における業務継続計画(BCP)作成支援に関する研修」が参考になります。スタッフや利用者さん、そして地域に安心を与えられる事業所をめざし、ぜひBCPを作成してみてください。 ・緊急時における事業の安全配慮義務の観点からもBCPの策定は必要です。・BCPの定義や概念などの基礎的な内容を理解し、基本的な手順に則りBCPを策定してみましょう。 齋藤 暁株式会社ムトウ 執行役員 コンサルティング統括部 部長・CPS事業部 部長 ●プロフィール中小企業診断士・社会保険労務士・医業経営・医療労務コンサルタント医業経営・医療労務専門コンサルタント。全国の医療機関を対象に、中小企業診断士と社会保険労務士のW資格で経営と労務の両面をサポート。▼株式会社ムトウ コンサルティング統括部https://www.wism-mutoh.jp/business/consulting/記事編集:株式会社照林社

特集
2022年1月6日
2022年1月6日

前頭側頭葉変性症

前頭側頭葉変性症は、人格変化をきたすことが多い難病です。記憶障害など認知症に特徴的な症状がある場合は、前頭側頭葉型認知症ともいわれます。 病態 前頭側頭葉変性症は、認知症の原因疾患の一つとしても知られます。名前のとおり、大脳の前頭葉や側頭葉の神経細胞が変性し、失われていく疾患です。 前頭葉は、情報の整理・判断、理性や行動抑制にかかわる脳の司令塔です。側頭葉は、感情と、視覚・聴覚・言語機能にかかわります。前頭側頭葉変性症では前頭葉と側頭葉が萎縮するため、認知機能障害をはじめ、人格変化や行動障害、失語症、運動障害などの、広範囲の症状がみられます。 神経細胞の変性は、異常なたんぱく質の細胞内への蓄積によるものとされていますが、なぜそうした現象が起こるのかはわかっていません。 欧米では前頭側頭葉変性症において3~5割の頻度で家族内の遺伝が認められていますが、日本ではほとんど確認されていません。 疫学 40歳から64歳までの若年期に発症することが多いのが特徴です。65歳未満に発症する若年性認知症のなかでは、前頭側頭葉変性症の割合が高いことが知られています。 国内には1.2万人程度の患者がいると推定されていますが、診断が難しいこともあり、前頭側頭葉変性症と診断がついていない人も多いと考えられています。2019年度末時点での前頭側頭葉変性症での受給者証所持者数は1,000人程度です。年齢別にみると60歳代がピークです。 症状・予後 若年での発症が多く、人格変化・行動障害や言語障害が主な症状です。 人格変化・行動障害の症状例 ●社会的に不適切な行動をとる、礼儀やマナーが失われる、衝動的に行動するなど抑制がきかなくなる。そのため、万引きや盗み食いなどの反社会的行動をとることもある●周囲や自分への関心の低下、自発性の低下●共感や感情移入ができなくなる●同じ行動や言葉を繰り返す(常同行動)。いつも同じ時間に同じ行為を行う(時刻表的生活)、毎日必ず決まったコースを散歩する(常同的周遊)など●食事や嗜好の変化。過食になり、濃い味つけや甘いものを好むようになるなど 言語障害の症状例 ●富士山の写真を見ても、山であることはわかっても富士山と認識できない(意味記憶障害)●信号機を見ても「信号機」と呼称できないなど、言葉の意味や物の名前などの知識が失われる(意味性失語)など 認知機能障害もみられますが、発症年齢が若く、物忘れよりも上記の二大症状が主体になるため、認知症(前頭側頭葉認知症)とは気づかれず、診断が遅れることも少なくありません。 そのほかに、震え、動作緩慢、関節拘縮、易転倒性などのパーキンソン症状や、筋力低下、筋萎縮、四肢の突っ張りなどの運動ニューロン障害を伴うケースもあります。これらの症状は嚥下機能障害や寝たきりにもつながります。運動ニューロン障害では呼吸筋麻痺が出ることもあり、注意が必要です。症状はゆっくり進行し、報告によると発症からの平均寿命は行動障害型で約6~9年、意味性失語型では約12年です。 治療・管理 根本的な治療法はありません。治療は対症療法が中心です。行動障害には、抗うつ薬(SSRI:選択的セロトニン再取り込み阻害薬)が一部有用との報告があります。認知機能障害に対しては、アルツハイマー型認知症に使用されるコリンエステラーゼ阻害薬は、一部の症状を悪化させることもあるため、服用中は観察が必要です。行動異常に関しては、これまでの生活様式や維持されている機能を生かすことで軽減できる場合もあります。患者それぞれの症状への理解を深め、家族が適切な対応方法を学ぶことは負担軽減のうえでも有用です。 若年での発症が多いため、仕事や育児、経済面など、さまざまな部分に影響がおよびます。複数の社会資源の調整が必要で、行政も含め多職種との連携が重要です。 リハビリテーションのポイント ●筋力低下や転倒しやすさなどがある場合は、機能維持を目的としたリハビリも大切●転倒しやすい場合は、室内の物を片づける、家具などの角にカバーを付けるなど、けが予防策を講じる●嚥下機能障害には嚥下リハビリや食形態の工夫などが有効 看護の観察ポイント ●転倒しやすいなど運動障害の有無●転倒によるけがを防ぐ環境整備●症状の変化・新たな症状の出現●日常生活やセルフケアで本人や家族が必要としている支援●嚥下障害、誤嚥性肺炎を疑う症状●家族の疾患に対する理解度●家族の介護負担など ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平 【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇難病情報センター.『診断・治療指針(医療従事者向け)』『前頭側頭葉変性症(指定難病127)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/4841〇難病情報センター.『病気の解説(一般利用者向け)』『前頭側頭葉変性症(指定難病127)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/4840〇「認知症疾患診療ガイドライン」作成委員会編.『前頭側頭葉変性症』『認知症診療ガイドライン2017』東京,医学書院,2017,263-80.〇祖父江元ほか監修.『前頭側頭葉変性症の療養の手引き』島根,「神経変性疾患領域における基盤的調査研究」班,2017,71p.

コラム
2021年12月28日
2021年12月28日

訪問看護師 兼 ヘルパー 最強説!

ALSを発症して6年、40歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。訪問看護師と一言でいっても、その働きかたはいろいろあるのです。 皆さんはなぜ、訪問看護を選びましたか? 前回までALSにfocusを当てていましたが、今回は訪問看護師にfocusを当ててお話をしたいと思います。 このコラムを読んでくれている訪問看護師の皆さんは、なぜ訪問看護師の道を選んだのでしょうか。 多くの方は、病棟勤務を経て訪問看護の道に進むと思いますが、 病棟勤務に疲れたから? 家庭ができて夜勤が難しくなったから? 確かに病棟勤務の看護師さんは、日勤と夜勤をこなさいといけないので、体力的にもとても大変です。また、人間関係など看護業務以外の問題で病棟を離れる方もいるでしょう。 患者さんの退院後まで考える余裕がなかった 余談ですが、私は大学病院で働いていたころ、皮膚科病棟の病棟チーフをしていた時期があります。病棟に入院している20~30人の患者さん全員の主治医をしていました。 毎日何人もの患者さんが退院し、入院します。そのたびに病歴を把握して治療方針を決めて、何とか良くして退院させることだけを毎日考えていました。月6~8回の当直と、毎日オンコールで24時間何かあったら病院から呼ばれる生活が続きました。充実していましたが、かなり疲れており、正直、退院した後の患者さんの生活まで考える余裕がありませんでした。 ただ、自分が病気になってみて初めて気がつきましたが、私のように、入院期間は病気のほんの一瞬であり、在宅加療がメインである患者さんも多くいます。そういう患者さんの生活を長期的に支えてくれる訪問看護師さんは本当に、大切で、ありがたい存在です。 『病人を診よ』を実現できる訪問看護 大学病院や、急性期患者さんを診る市中病院では、目まぐるしく患者さんが入れ替わります。医師も看護師も「病気」を良くすることを入院期間のエンドポイントと考え、なかなか一人の患者さんとゆっくりと向き合うのが難しいことがあります。 「病気を診るのではなく、病人を診よ」。ナイチンゲールの看護理念に基づく言葉ですが、私は、これが医療の本質だと思います。 今思うと、大学病院で働いていたころの私は、病気を診ることに精いっぱいで、この言葉を実現できていなかったと思います。しかし、これを実現できることが、まさに訪問医療・訪問看護の醍醐味ではないでしょうか。 たとえば私のようなALS患者にしても、症状は皆違うし、病気との向き合いかたや、どのように生きたいかも皆違います。ひとりひとりの患者さんとしっかりと向き合って、患者さんの意思を尊重し、寄り添いながらじっくり看護したいと考え、訪問看護師の道を選んだ人もいるでしょう。 訪問看護師になってみて、皆さんの現実はどうでしょうか? じっくり看護ができて充実していると思えている人もいるだろうし、実際は限られた時間であれもやって、これもやってと、忙しく過ごして、急いで次の訪問先に向かって、じっくり看護ができていないと思っている人も少なからずいるのではないでしょうか。 そこで、「訪問看護師兼ヘルパー最強!」説。 訪問看護師兼ヘルパーさんとのwin-winな関係 今、私のところに、訪問看護師兼ヘルパーさんとして働いてくれている人がいます。その人は、看護師として来てくれて、看護時間が終わったら、そのまま重度訪問介護の枠を使ってヘルパーさんとして入ってくれます。 私にとっては結果的に看護師さんに長時間入ってもらえることになるので、非常に心強い。熱が出たり、急に体調を崩したりしても、その場でバイタルチェックをして、必要であれば主治医にすぐに連絡してくれます。通常のヘルパーさんであれば、まず訪問看護師さんに連絡して、看護師さんの判断を待ってから主治医に連絡する流れになるので、その一手間を省けるのはとても大きいのです。 そして何よりも、長時間一緒にいるので、お互いの信頼関係が作りやすい! その看護師さんも、一か所で長時間働けるので、移動や時間に追われるストレスがなく、ゆっくり看護・介護ができ、働きやすいと言ってくれています。まさにWin-Winな関係。 このように、看護と介護を組み合わせたハイブリッドな事業所もあり、一言で「訪問看護師」といってもいろいろな働きかたがあるなぁと感じたので、取り上げてみました。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2021年12月28日
2021年12月28日

第6回 ハラスメント、育児・介護と仕事の両立支援編/[その4]「介護離職」を防ぎたい! スタッフの負担軽減のために事業所にできること

高齢化が進み、介護と仕事の両立が必要な人が年々増えてきています。事業所でも育児・介護休業法で定められている両立支援制度を整備し、介護をしながら勤務を継続したいスタッフへのサポートを行う必要があります。多様な働き方に柔軟に対応するしくみづくりを通じて、さまざまな知見や経験を有する多才なスタッフが働き続けられる、しなやかな強さを持つ職場をつくっていきましょう。 職場に、介護が必要な家族と同居しているスタッフがいます。そのスタッフから、最近業務が忙しくなってきたこともあり、介護と仕事の両立が難しくなってきたと相談されました。彼女はベテランの訪問看護師で、大切な人材です。介護離職をしてしまうと経済的負担なども心配です。何とか彼女をサポートできるしくみを整えたいです。どのような支援を行えばよいでしょうか。育児と同様、介護と仕事の両立においても、育児・介護休業法でさまざまな支援制度が定められています。両立支援制度を組み合わせて活用し、家族をサポートするスタッフの負担軽減に努めましょう。 介護と仕事の両立支援のための措置・制度 働く人の介護と仕事の両立のために、育児・介護休業法では、さまざまな支援制度を定めています。 育児と仕事の両立支援制度と同様に、事業所に介護と仕事の両立支援制度を規程する就業規則がなくても、介護休業、介護休暇、所定外労働・法定時間外労働・深夜業の制限は、法律に基づいて本人の申し出により利用することができます。 表1に主な両立支援制度をまとめました。 表1 法律で定められた主な介護と育児の両立支援制度 厚生労働省『介護休業制度』特設サイトをもとに作成https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/kaigo/ 育児・介護休業法では、「要介護状態」および「対象家族」を介護する場合に上記の制度ができます。 ここでいう「要介護状態」とは、要介護認定を受けていなくても、負傷、疾病または身体上もしくは精神上の障害により、2週間以上の期間にわたり「常時介護を必要とする状態」のことをいいますので注意しましょう。 なお、「常時介護を必要とする状態」とは、以下の表2を参照しつつ、判断することとなります。 表2 常時介護を必要とする状態に関する判断基準 (注1)各項目の1の状態中、「自分で可」には、福祉用具を使ったり、自分の手で支えて自分でできる場合も含む。(注2)各項目の2の状態中、「見守り等」とは、常時の付き添いの必要がある「見守り」や、認知症高齢者等の場合に必要な行為の「確認」、「指示」、「声かけ」等のことである。(注3)「①座位保持」の「支えてもらえればできる」には背もたれがあれば一人で座っていることができる場合も含む。(注4)「④水分・食事摂取」の「見守り等」には動作を見守ることや、摂取する量の過小・過多の判断を支援する声かけを含む。(注5)⑨3の状態(「物を壊したり衣類を破くことがほとんど毎日ある」)には「自分や他人を傷つけることがときどきある」状態を含む。(注6)「⑫日常の意思決定」とは毎日の暮らしにおける活動に関して意思決定ができる能力をいう。(注7)慣れ親しんだ日常生活に関する事項(見たいテレビ番組やその日の献立等)に関する意思決定はできるが、本人に関する重要な決定への合意等(ケアプランの作成への参加、治療方針への合意等)には、指示や支援を必要とすることをいう。 厚生労働省ホームページ『仕事と介護の両立 よくあるお問い合わせ』「常時介護を必要とする状態に関する判断基準」より引用https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/koyoukintou/ryouritsu/otoiawase_jigyousya.html#01 事業所には、介護と仕事の両立のためのさまざまな制度を整備し、運用する義務があります。 育児と仕事の両立支援同様、介護についても支援制度の整備に活用できる公的なサポートはあるのでしょうか?あります。「仕事と家庭の両立プランナー」が育児の場合と同様に、訪問支援を行ってくれます。また、助成金制度の活用も可能です。 「仕事と家庭の両立支援プランナー」を活用しよう 国の事業として、中小企業における介護や仕事と両立支援・経営支援のノウハウを持つ専門家が、無料で訪問支援を行っています。厚生労働省のサイトでは、次のような事業主に申し込みを呼びかけています。該当する場合は、ぜひ利用を検討してみてください。 ●介護に直面した従業員がいるが、休業などの制度を利用する予定●既に仕事と介護を両立しながら働く従業員がいるが、さらにサポートをしたい●上記のような従業員はいないが、社として備えておきたい 詳しくは以下をご参照ください。 ▼厚生労働省ホームページ「仕事と家庭の両立支援プランナー」の支援を希望する事業主の方へhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000080072.html 助成金制度を活用しよう 介護についても、職業生活と家庭生活が両立できる「職場環境づくり」のために、雇用保険の『両立支援等助成金』があります。2021年度における介護と仕事の両立支援推進を目的とした『両立支援等助成金』には、以下の表3に示すコースがあります。 表3 介護離職防止支援コース  ▼厚生労働省ホームページ2021年度 両立支援等助成金のご案内https://www.mhlw.go.jp/content/000811565.pdf令和3年度 両立支援等助成金 介護離職防止支援コース 「新型コロナウイルス感染症対応特例」のご案内https://www.mhlw.go.jp/content/000806011.pdf これ以外にも、自治体で準備している助成金・補助金制度などもありますので、情報収集されることをお勧めします。 前回の記事でも述べましたが、助成金・補助金制度については、細かな要件や期限内に提出が必要な書類があります。また、毎年内容が変更されることが少なくありませんので、リーフレットなどをよく確認しましょう。『両立支援等助成金』などの雇用関係助成金に関する相談窓口は、事業所を管轄する労働局ハローワークが窓口になります。 国の支援などを上手に活用して制度整備を行い、職員が介護を理由に離職することなく、継続して働ける支援を行っていきましょう。 介護離職を防ぐ事業所の制度を整備・促進するため、プランナーの派遣や助成金・補助金制度など、国や自治体でさまざまな支援活動が準備されています。それらを積極的に活用しましょう。 ** 加藤 明子 加藤看護師社労士事務所代表看護師・特定社会保険労務士・医療労務コンサルタント ●プロフィール看護師として医療機関に在職中に社会保険労務士の資格を取得。社労士法人での勤務や、日本看護協会での勤務を経て、現在は、加藤看護師社労士事務所を設立し、労務管理のサポートや執筆・研修を行っている。▼加藤看護師社労士事務所https://www.kato-nsr.com/ 記事編集:株式会社照林社

特集
2021年12月28日
2021年12月28日

多系統萎縮症

多系統萎縮症とは、以前まで異なる名称で呼ばれていた三つの疾患が、進行すると症状が重複することからこの名前がつけられました。 病態 多系統萎縮症は、神経細胞や、神経軸索をカバーする髄鞘を支える細胞(オリゴデンドログリア)などに、αシヌクレインというたんぱく質が不溶化して凝集・蓄積し、細胞が死んでしまう進行性の疾患です。 以前は、初期症状が小脳性運動失調で始まるものはオリーブ橋小脳萎縮症、パーキンソン症状の場合は線条体黒質変性症、自律神経障害であるものはシャイ・ドレーガー症候群という病名がつけられていました。しかし、進行するとこれらの3つの症状が重複することなどから、「多系統萎縮症」という病名が提唱されるようになりました。 まれに家族からの遺伝例もありますが、ほとんどは単独での発症です。 なぜαシヌクレインが不溶化するのかなど、はっきりした原因はまだわかっていません。 疫学 多系統萎縮症は30歳以降、特に40歳以降に発症することが多いことで知られています。日本では小脳症状で発病するタイプが多いのに対し、欧米人ではパーキンソン症状が前面に出るタイプが多く、人種差もみられます。 2019年度末時点での、受給者証所持者数は約1.1万人です。最も多いのは60歳代です。 症状・予後 主な症状は、小脳症状、パーキンソン症状、自律神経障害です。発病からしばらくは一症状が主体になりますが、進行すると重複します。具体的には次のような症状がみられます。 小脳症状・歩行失調・声帯麻痺・構音障害・四肢の運動失調・小脳性眼球運動障害(眼振など) など               パーキンソン症状      ・筋剛直を伴う動作緩慢・姿勢保持障害・嚥下障害などパーキンソン病でよく生じる振戦などの不随意運動はまれで、進行が速いのが特徴 自律神経障害・排尿障害・便秘・勃起不全(男性の場合)・起立性低血圧・発汗の低下 ・睡眠時障害 など そのほかには、錐体外路症状、首下がり症状などの姿勢異常、ジストニア、睡眠障害、幻覚、失語、失認、失行、認知機能低下などがあります。脊髄小脳変性症やパーキンソン病よりも進行のスピードが速く、日本でのデータによると発症後は約3年で介助歩行になり、約5年で車いす使用、約8年で寝たきり状態になり、9年程度で死亡に至る(いずれも中央値)ケースが多いようです。 なお、多系統萎縮症では、呼吸障害や誤嚥による窒息での突然死がみられることがあります。睡眠中の突然死例が多く、TPPV(気管切開下陽圧換気)を行っていても防ぎきれないこともあります。 治療・管理 根本的な治療法はなく、それぞれの対症療法が中心となります。 パーキンソン症状がある場合は、抗パーキンソン病薬が初期にはある程度の効果が期待できます。ただ、パーキンソン病に比べると効果が出にくいという特徴もあります。 進行するとさまざまな症状が重なるため、全体的に状態は増悪していきます。残存機能を保つためのリハビリテーションも大切です。 嚥下障害が進んだ場合は胃瘻を利用します。睡眠呼吸障害が生じた場合は、CPAP(持続陽圧呼吸療法)が呼吸状態を改善させます。喉頭蓋軟化症などを伴う場合は、CPAPは気道閉塞を悪化させるリスクがあるため、注意が必要です。 呼吸障害がある場合は、NPPV(非侵襲的陽圧換気)導入などを検討します。ただ、多系統萎縮症で人工呼吸管理を選択する患者は、ALSと異なり実際にはとても少ないようです。 リハビリテーションのポイント ●歩行失調や姿勢保持障害など患者の症状に合わせて、転倒・外傷予防のための環境整備や福祉用具導入を検討する●多系統萎縮症に対する理学療法の効果についてのエビデンスはほとんどないが、パーキンソン症状、小脳症状に対応した運動療法を行う●基本動作訓練とADL訓練を組み合わせて集中的に介入する●構音障害には言語聴覚療法が行われる●嚥下障害では、食形態や摂食時の姿勢、食具の見直しなども含めた摂食嚥下リハビリを検討するなど 看護の観察ポイント 同じ病名でも初期症状などが異なるため、医師に症状の見通しや日常生活動作(ADL)への影響などを確認しておく。●転倒・外傷予防のための手すり取り付けや部屋の整理など、環境整備はできているか●転倒やバランスを崩す状況と発生頻度●日常生活やセルフケアに支障をきたしている症状●症状の程度の変化、新たな症状の出現状況●嚥下障害、誤嚥性肺炎を疑う症状がないか●脱水や栄養状態低下の予防対策がとられているか●リハビリなど機能改善の訓練が取り入れられているか●患者・家族が不安やストレスを抱えていないか ** 監修:あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】 〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『多系統萎縮症(1)線条体黒質変性症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/59〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『多系統萎縮症(1)線条体黒質変性症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/221〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『多系統萎縮症(2)オリーブ橋小脳萎縮症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/60〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『多系統萎縮症(2)オリーブ橋小脳萎縮症(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/222〇難病情報センター『病気の解説(一般利用者向け)』『多系統萎縮症(3)シャイ・ドレーガー症候群(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/61〇難病情報センター『診断・治療指針(医療従事者向け)』『多系統萎縮症(3)シャイ・ドレーガー症候群(指定難病17)』https://www.nanbyou.or.jp/entry/223〇「脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン」作成委員会編.『脊髄小脳変性症・多系統萎縮症診療ガイドライン2018』東京,南江堂,2018,298p.

コラム
2021年12月28日
2021年12月28日

訪問看護の社長業~創業経営者 水谷氏から学んだこと 方針の徹底について~

この連載も第13回が締めの内容になります。水谷和美著『訪問看護の社長業』(※1)をお読みになった方においては、当連載を併せて読んでいただくと、より腑に落ちる内容だったと思います。実践実務に至るまでの理念・哲学・思想を少しでも皆様へお伝えできればと思い、水谷氏の許可を得て、経営の方針の肝となる部分を紹介致しました。 最終となる今回は、いかに方針を社内に浸透させ、徹底するかについてお伝えします。 方針の徹底について お客様満足向上のため、理念浸透のため、水谷氏は「上長こそが自らを律して取り組む姿勢が大事」と強く説きます。 1.スタッフ入社時には、社長が2時間以上方針の説明を直接行って、価値観を共有します。※会社規模が小さくても大きくなっても、入社時の説明は徹底して実践していました。 2.創業時より、経営方針書をもって経営哲学・思想・事業計画・運営方針を共有したいと強く念じております。経営方針書は、社長自らが渾身の想いで現在の安定と将来の成長を導く手順を描いております。経験則に基づいたこの内容を実践すれば、業界最優良企業を継続できる自信があります。全員で周知徹底して誠実に遵守してください。 3.毎朝9時からの朝礼で、全員で声を合わせ、日替わりで1ページずつ朗読してください。 4.経営方針を確実に実行し、決めたこと、決められたことは必ず守ってください。コーポレートガバナンス(企業統治)の基本であり、コンプライアンスを順守するためです。 5.  経営方針の違反者は人前で必ず叱る。少しの違反でも毅然と注意してください。 6.  不平・不満は限界がなく、自分で努力しないで、他人に寄りかかる醜い姿です。 7.  管理職・管理者は、この方針を率先して、部下に遵守させることが仕事です。 経営哲学・思想・事業計画・運営方針(の基本~応用)・短期~中長期事業計画まで、年度ごとに更新・説明された経営方針書を水谷氏は何より大事にしておりました。組織の形態は日に日に変化しますが、ここ書かれたことだけはぶれずにやりきるという社長の執念とも言うべき強い想いが、社員に浸透してこその経営方針です。「失敗しても、やり続けて成功すれば失敗ではない」というのが水谷氏の口癖ですが、どうぞこれから起業される方も、今悩んでいる方も、参考にしていただければと思います。 短い間ですが、連載コラムをお読みいただきありがとうございました。それでは、またどこかでお会いしましょう!!! ** 一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長  上原良夫 【略歴】2012年ソフィアメディ(株)入社。訪問看護事業の営業開発課長・教育研修事業部長・介護事業統括部長・医療連携推進室長を経て、(株)CUCの支援医療法人の訪問診療事務長、在宅事業企画担当。2020年7月より一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長に就任。訪問看護事業の教育研修企画・ 各種 コンサルティング、業務委託においてアームエイブル(株)ゼネラルマネージャー兼務 【参考】※1 水谷和美著(2020)『訪問看護の社長業』,日本医療企画.

特集 会員限定
2021年12月21日
2021年12月21日

【セミナーレポート】『看護の質』の評価、地域包括ケアへの対応/訪問看護のこれから<後編>

2021年9月30日(木)、NsPace(ナースペース)主催で行った「訪問看護のこれから」についてのパネルディスカッションの様子を2回に分けてお伝えします。※全90分間のパネルディスカッションのなかから一部ピックアップしてお届けします。 【パネラー(3名)】●落合実さん「ウィル訪問看護ステーション」の運営を行うウィル株式会社 取締役。2019年からは「ウィル訪問看護ステーション福岡」管理者・緩和ケア認定看護師を兼任。 ●新屋将之さん精神科病棟にて9年間勤務。現在は、精神科訪問看護「コモレビナーシングステーション」の業務委託やダンサーとして働いている。 ●関口優樹さん新卒で「ウィル訪問看護ステーション」へ就職し2年間勤務。現在は訪問看護分野での執筆活動を行っている。 【パネルディスカッションテーマ】1 24時間365日体制の整備や規模拡大について2 訪問看護の機能拡大とは?3 『看護の質』の評価について4 地域包括ケアへの対応について 3 『看護の質』の評価について 落合:「『看護の質』の評価ってどうやってしているの?」みんなが悩んでいることですよね。そしてこれは、誰が評価するのかによって大きく変わりますね。医師にとっての良い看護と、患者さんにとっての良い看護と、訪問看護ステーションの管理者が考える良い看護は一部異なることがあります。 新屋:僕のステーション(精神科訪問看護ステーション)では患者さん自身の言葉でどういう風に自立して行きたいか目標を決めてもらって、僕たちがそのサポートをしています。その目標に対してどれくらい達成できたかというのも自分で評価してもらうので、『看護の質』の評価とはちょっと違うかもしれない。 落合:僕は管理者なので「管理者による『看護の質の評価』」という視点からお話すると、「患者さんの満足度=いい看護」というのは違うと思っています。なぜかっていうと、医学的に正しいか正しくないかにかかわらず、患者さんの希望通りに看護すれば患者さんの満足度は上がるから。なので「看護の質の良し悪し=看護目標が達成されるかどうか」だと思っています。 新屋:そもそも『看護の質』ってなんなのかっていうのもある。 落合:病院看護に比べて必要な配慮が多角的だから難しいですよね。たとえば緩和ケアで考えてみても「痛みが減る=いい緩和ケア」なのかっていうと、その痛みを取るプロセスで家族を不安にさせたら、それは『訪問看護師としての看護の質』は高くないのかもしれないとも思う。 関口:患者さんひとりひとり、ご家族それぞれで求めることって違いますよね。 落合:そうそう。だから、「ウィル訪問看護ステーション」では、看護師みんながひとつのフォーマットで看護記録をつけるようにしていて、その情報をもとに定量的にケアの成果を評価する専用のシステムを導入しています。『看護の質の評価』は、なんらかのスケールにのせないと判断が難しいものだと思いますね。 4 地域包括ケアへの対応について 落合:地域包括ケアへの対応について「訪問看護の役割ってどんなこと?」という議題ですね。僕自身の経験としては、行政の計画相談の方にご挨拶に行ったときに「訪問看護の使い方がわからないんだよね」とか「訪問看護がどれだけ何をしてくれるかわからないんだよね」とか、言われることが多いなという印象があります。 新屋:僕も保健師さんに同じこと言われた経験ありますよ。 落合:もちろん、かちっと役割分担を決めることのメリットもあると思うけど、もっとゆるい関係でも良いんじゃないかなと思いますね。あとは、地域によっても訪問看護の役割に違いがある可能性もあるんじゃないのかな。 関口:ヘルパーステーションが少ない地域だと、看護師が担う役割は幅広くなりそうですよね。 落合:一方で、ここのところ訪問看護サービスの開設ブームもありますよね。もう国内の人口増加は止まってしまったから、新しい介護施設を作るよりも将来を見越して訪問系サービスを増やそうという動きになっている。 関口:訪問系サービスめちゃくちゃ増えましたよね。 落合:サービスを行う事業者が増えれば、それに比例してサービスの多様化が起こるのは当然だよね。対応範囲が大きくなると「それは本当に訪問看護師の仕事なのか?」とかおっしゃる方がたまにいるんですけど、僕としては「必要だったらやる」スタンスです。地域によって役割は変わると思う。ケアマネージャーのような仕事もすることもあれば、看護師にしかできない仕事に集中することもある。 新屋:看護師がやらなくてもいいけど看護師がやってもいい、という線引きの難しい仕事も多いですからね。 落合:そうですよね。ただ、行政の地域包括ケア担当の方から「医療的ケアがないと訪問看護が使えない」という説明を受けたこともあります。その結果、地域包括ケアと言いつつ、ケアが必要な人にケアが届かないことも起こってしまっている。なんとかして解決していかないといけない問題ですね。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

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