コミュニケーションに関する記事

家族看護 事例
家族看護 事例
特集
2023年8月1日
2023年8月1日

自己流の介護を続ける家族への関わり【家族看護 事例】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回は、体調不良を抱えながら認知症の母親を一人で介護する家族のケースです。さまざまなストレスを抱える中で、支援者の提案や要望を受け入れることができず、自己流の介護を続ける家族への関わりを考えてみたいと思います。 事例紹介 Aさん(80代、女性) 5年前にアルツハイマー型認知症と診断。 現在は体調管理をメインに週1回の訪問看護を利用、緊急時の対応も契約しています。最近、食に対する意欲がなくなり、食べないために痩せが目立つようになってきました。水分摂取も忘れがちで、冬場に脱水症状を起こしたことがあります。そのときは、意識がもうろうとなったところを、訪問看護師がオンコール対応を行いました。 家族構成 Aさんの夫は10年前に他界。娘が2人いますが、主に介護を担うのは同居している独身の長女(60代)です。次女は他県へ嫁ぎ、ほとんど介護に関わることはありません。 訪問看護師の悩み(直面している課題) 長女は昔から体が弱く、両親から大事に育てられてきました。家事はあまり得意ではなさそうで、食事は出来合いの総菜を購入し並べるだけです。掃除や洗濯なども滞りがちになっていました。 訪問看護師は、せめてAさんが十分な栄養を摂れるように栄養剤の購入や水分摂取の声かけなどを訪問のたびに長女にお願いしますが、状況はなかなか改善されません。それどころか「母はこれしか食べてくれないから」と、食卓にはあんパンが山のように積まれるだけになってしまいました。 長女はそのうち看護師が訪問する時間になると自室に引きこもるようになってしまいました。声をかけても「体調が悪い」と言って部屋から出てこようとしません。訪問看護師は、このままでは再びAさんが脱水症状を起こしたり、栄養状態の悪化で体調を壊したりするのではないかと困っています。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルで考える 検討場面の明確化 「長女が看護師の提案や要望を聞き流し、自己流の介護を続けている場面」を分析してみましょう。登場人物は、訪問看護師、長女、Aさんですが、ここでは訪問看護師と長女のストーリーを考えてみます。 それぞれの文脈(ストーリー) ■訪問看護師訪問看護師は、長女がAさんに適切な食事の準備や介護をしないためにAさんが体調を崩すかもしれないことを心配していました。 訪問看護師には「Aさんを守りたい」という責任感や、「家族は療養者の体調や生活を改善するために協力すべきだ」という思いがあります。また、長女の大変さを理解できるからこそ、「介護や家事の負担軽減方法を提案することも看護師の仕事だ」という役割意識もありました。 これらの背景から訪問看護師は、長女に必要な介護方法や手立てを提案し、取り組むことを要望するという対処をとっていました。 ■長女一方、長女は今まで自分をかばってくれていた母親が、以前の母親でなくなってしまったという喪失感を抱えていたと思われます。他県に居住し、ほとんど介護に関わらない妹に対する不公平感も抱いていたことでしょう。そして何より、母親の介護や家事に関して次々に訪問看護師から提案されたり、求められたりすることに対し困っていたと考えられます。 長女は、「自分も体がつらく、いろいろ言われてもできない」、「どう対応してよいかわからない」と感じていたと想像されます。また、これまで体が弱く、家族から守られてきた存在であった長女は、困った時には、結局誰かが何とかしてくれていたという過去の体験がありました。今回も長女は、自己流の介護を続けたまま引きこもり、提案や要望を聞き流すという対処をとっていたのだと思われます。 それぞれの関係性 次にAさん、長女、訪問看護師の三者全体の関係性を俯瞰してみましょう(図1)。 訪問看護師は、Aさんを「守る」ために長女に対しさまざまな提案や要望を繰り返し、回答を迫っています。それに対し、長女は「聞き流す」ことでわが身を守っています。訪問看護師が迫れば迫るほど、長女は「聞き流す」という対処を強化し、両者は悪循環にあると考えられます。 図1  Aさん、長女、訪問看護師の相互関係 パワーバランスと心理的距離 長女と訪問看護師について検討した内容を図2に示します。 訪問看護師は現状を変えようとパワーをかなり高くして、長女に提案と要望を行っています。また、Aさんを守ろうと境界を超えて長女に迫っているようです。 疲れて体調がよくない長女はパワーも低く、気持ちも訪問看護師には向いていません。これ以上迫られるのを避けようと、壁を立てて何とかしのいでいるようです。 図2 長女と訪問看護師のパワーバランスと心理的距離 両者ともにパワーの適正なライン(点線)に対して大きく高低差が付いてしまっている。 アセスメントをもとに支援の方策を考える ここまでのアセスメントをもとに、次の2つの支援の柱を考えました。 (1)看護師のパワーを下げる 訪問看護師には、長女に「負担軽減方法を提案することも看護師の仕事だ」という意識と、「家族は療養者の体調や生活を改善するために協力すべき」という価値観がありました。高くなっているパワーを下げるために、まずは支援者がこの「役割意識」から一旦離れ、いつの間にか陥りやすい「価値観を手放す」ことが大事になってきます。 そして、Aさん自身へのアプローチ、すなわち認知機能の悪化による気分障害(うつ状態や意欲・自発性の低下)に対し、在宅医との連携でアプローチの方法を再検討します。 (2)長女のパワーを上げる 低くなっている長女のパワーを上げるために、長女が抱える「母親がもはや以前とは同じではなくなってしまった」という深い喪失感に寄り添います。まずは長女が十分に癒され、周囲の支援を実感できるようにすることが不可欠でしょう。一人で介護する長女が、気持ちを吐き出せるようなアプローチを大切にしたいものです。 さらには、体調が悪いと感じている長女が、身体的精神的にも落ち着いた状態でいられるよう、長女自身の体調管理のサポートも重要です。 事例におけるアセスメントと支援のポイント ●支援者(訪問看護師)の中にいつの間にか醸成されている価値観や役割意識が相手を追い詰めていることがある。支援はそれを手放すことから始める●支援者が不十分に感じる介護も、家族にとっては自分なりにできる精一杯の対応の場合もある。不用意に迫ることは避ける●家族はそれまでと違う療養者の姿に深い喪失感を抱えることがある。家族が変化を起こす前に癒しといたわりを必要としていることがある 執筆:茶谷 妙子訪問看護ステーションひなた ●プロフィール訪問看護認定看護師「渡辺式」家族看護認定インストラクター、個別セッションファシリテーターとして活動。現在は訪問看護師向けの相談業務に従事。 編集:株式会社照林社 

心なごむエピソード
心なごむエピソード
特集
2023年7月25日
2023年7月25日

心なごむエピソード【つたえたい訪問看護の話】

訪問看護では利用者さんへ安心を届けることも仕事のうちですが、一方で利用者さんやご家族、周囲の方から癒しや微笑ましい反応をいただくこともあります。「みんなの訪問看護アワード2023」の投稿から、気持ちが伝わり心なごむエピソードを4つご紹介します。 「コロッケパンに想いを込めて」 周囲の人への感謝の気持ちと「皆に喜んでもらいたい」という利用者さんの想いが伝わる微笑ましいエピソードです。 退院後、内服管理で訪問看護利用になった心不全のAさん、79歳。3人のお子さんを立派に育て上げられ、奥さんが亡くなっても自宅を1人で守ってこられている。お薬や病院が嫌いで「もう入院はイヤだ」が初回訪問で既に口癖になっていた。朝食後の内服確認と思い訪問していたが、冬の訪問では寒くて起きられず、朝食をまだ食べられていないという日も多々見られていた。そのとき、毎回のように食べられていたのがコロッケパン。最初はたまたまかな?と思っていたが、訪問するたび食べられていることに気付く。なんでだろう?ただ好きなだけなのか?それとも何か思い入れがあるのか?スタッフの想像は膨らむばかり。そんなお話が娘さんの耳に入ると、娘さんはふふっと微笑まれる。「これ見てください」娘さんのバッグの中にはコロッケパンが1つ。「いつも私、これをもらうんです」。そして数日後の訪問で他者に伝えられた言葉は「コロッケパンは大好物」という言葉。深い意味はなくとも大好物をお土産に渡すために準備してあるのかなぁと心和んだ。そして今日もコロッケパンを口に運んでいる。 2023年2月投稿 「謎」 大人は時に子どもの発言に驚かされることも。くすっと心なごむエピソードです。 訪問看護を始めて半年ほど経った頃、小学校の特別支援学級へ排泄指導のために伺っていました。訪問時間が、学校のお掃除の時間にかかってしまったため、支援級の前で対象のお子さんを待っていたところ、廊下の向こう側から、一年生くらいの小さな男の子が私の方へ向かって真っ直ぐに歩いてきます。そして、私の前でピタッととまり話しかけてきました。『お友達のお母さんと勘違いしたのかな?』と思ったその時、「ねぇ、何年生?」「何年生なの?」と。たしかに、ジャージ姿にリュックを背負って、服装はカジュアルだったのですが…。その直後に、対象のお子さんが私の元へ来てくれたため、小さな男の子は階段を降りて去っていきました。対象のお子さんからは、「看護師さん、小学生に間違われたの?」と大笑いされ、恥ずかしいやら…本当に小学生に間違われたのか、「何年生を待ってるの?」という意味だったのか?未だに謎のままです。 2023年1月投稿 「うちのステーションの強みはかんたき」 ちょっと先走ってしまったけれど、「利用者さん第一」の投稿者さんに心なごむエピソードです。 先日、突然のガン末期診断・BSC方針で、悲しみに暮れている利用者・家族に訪問看護を開始しました。退院翌日にコロナを発症し、がん性疼痛について相談したくても、電話診療の対応しかない、コロナ陽性状態での訪問開始でした。PPEを付けての書面のやりとり、簡単な説明で、不安でいっぱいそうな母娘。現場では長く説明してられないけどとにかく安心してもらいたい。そんな時私が言えたことは「コロナでこんな格好だけども私たちは訪問に来ます」「電話ならいつでもしてください」「どうしても家でみるのがしんどい日は、よかったら私たちがやっているお泊りもできるかんたき(看多機)にきてね、私たちがみるからね」という言葉。少々無責任さもあるかとは思いながらも、言ってしまった!でもその時の娘さんの表情ったら、すごく明るくなって、安心した感じで、「うちにかんたきがあってほんとよかった!」って思いましたよ。うちの管理者様、ここまでのかんたき立ち上げのご苦労見てました。ありがとうございます!ちょっと先走って話したけど、きっと許してくれますよね?いつもそうだもの。 2023年1月投稿 「近くの母より遠くの祖母」 日々連絡を取り合う家族のやりとりやお孫さんと利用者さんの発言に、思わず笑顔になるエピソードです。 その高齢の女性はC型肝硬変により去年8月に肝切除術を受けられ、腹水穿刺を繰り返されている。咽頭がんで発語が困難な息子さんとの2人暮らし。東京に娘さん夫婦と中学3年生の野球少年のお孫さんが住んでいる。年に1回お正月以外の帰省は難しく、毎日夕食が終わる時間に娘さんから電話があるという。お孫さんの話になり、娘さんから「お母さん、僕お母さんのこと大好きなんだ」と言われたとのこと。マザコンじゃないかと心配になったそうだ。ある日の電話で「僕、お母さんより好きな人がいるんだ」とお孫さんから言われたそうでマザコンじゃなかったと思い安心したそうだ。その理由は「僕、お母さんよりおばあちゃんが大好きなんだ」と言われたそうで嬉しかったという話を涙目で話される。「でもね、一緒に住んでないからいいおばあちゃんでいられるのよ」と少し怖いことを笑って言われたのが印象に残っている。 2023年2月投稿 言葉や行動で届ける相手への気持ち どれだけ自分が思っていても言葉や行動で示さないと周囲には伝わらないのが人の気持ちです。 今回のエピソードでは真っ直ぐ伝えることもあれば、少し言葉を濁したり照れ隠し気味に伝えたりとさまざまでしたが、どこか人間味溢れ愛嬌を感じるものばかりでした。日々のコミュニケーションも楽しみながら、仕事に臨んで行きたいですね。 編集: 合同会社ヘルメースイラスト: 藤井 昌子

漫画「人生最高のラブレター」
漫画「人生最高のラブレター」
特集
2023年7月19日
2023年7月19日

受賞作品漫画「人生最高のラブレター<後編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、高倉 陽子さん(帝人訪問看護ステーション株式会社 望星台訪問看護ステーション厚木/神奈川県)の入賞エピソード「人生最高のラブレター」をもとにした漫画の後編をお届けします。 「人生最高のラブレター」前回までのあらすじ 間質性肺炎を患い、在宅酸素療法を行っていた利用者の中川さん。奥様は、ご自身の病気がありながらも献身的に介護をしていました。次第に中川さんの症状は悪化し、余命3ヶ月と宣告…。悩みながらも在宅で最期を迎えることを選択しました。 >>前編はこちら受賞作品漫画「人生最高のラブレター<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 人生最高のラブレター<後編> 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:高倉 陽子(たかくら ようこ)さん帝人訪問看護ステーション株式会社 望星台訪問看護ステーション厚木(神奈川県)受賞のご連絡をいただいたとき、たまたまその場に同僚たちがいる状況だったので、みんなで一緒に驚き、喜びました。エピソードを書くにあたっても、内容や表現について所長や同僚に相談し、たくさんのアドバイスをもらったので、みんなでとった賞だと思っています。また、漫画化していただいたことで、色々な方々にこのエピソードを知っていただけることになり、とてもうれしく思っています。 [no_toc]

漫画「人生最高のラブレター」
漫画「人生最高のラブレター」
特集
2023年7月18日
2023年7月18日

受賞作品漫画「人生最高のラブレター<前編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、高倉 陽子さん(帝人訪問看護ステーション株式会社 望星台訪問看護ステーション厚木/神奈川県)の入賞エピソード「人生最高のラブレター」の漫画をお届けします。 >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!【みんなの訪問看護アワード】 人生最高のラブレター<前編> >>後編はこちら受賞作品漫画「人生最高のラブレター<後編>」【つたえたい訪問看護の話】 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:高倉 陽子(たかくら ようこ)さん帝人訪問看護ステーション株式会社 望星台訪問看護ステーション厚木(神奈川県) [no_toc]

家族看護 事例
家族看護 事例
特集
2023年7月18日
2023年7月18日

治療をめぐり療養者と意見が対立する家族への関わり【家族看護 事例】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回は医師がすすめる治療を家族が強く拒否した場面を取り上げ、支援の方策を検討していきます。 事例紹介 Aさん(80代、女性) Aさんは、心不全末期の状態です。重篤でしたが、これまで治療を続けながら、長男の協力のもと食事療法も熱心に行ってきました。しかし、病状が悪化し入院した際、終末期状態であるという説明とともに、在宅医や訪問看護の導入をすすめられました。 家族構成 Aさんは長男(50代)との2人暮らしです。早くに夫を亡くしたAさんは、長男と2人で支え合って暮らしてきました。長男はAさんの病気がよくなると信じ、毎回仕事を調整し受診に付き添ったり、食事や水分に気を遣ったりしてきました。 訪問看護師の悩み(直面している課題) 在宅チームの介入に対して、回復への期待が高い長男は納得していませんでした。そんな折、Aさんの呼吸困難や体の痛みなどの苦痛症状が増強。Aさんは、薬剤による症状緩和を希望しましたが、長男に強く反対され、何も言えなくなってしまいました。 悩んだAさんから相談された訪問看護師は、医師の力を借りれば長男の気持ちが変化するのではないかと期待し、在宅医による病状説明の場を設けました。ところが、長男は症状緩和のための薬剤調整をすすめる在宅医に激高し、強く拒否。事態は膠着状態となってしまいました。訪問看護師は、このままではAさんが強い苦痛を抱えたまま残された時を過ごしてしまうのではないかと困っていました。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルで考える 検討場面の明確化 ここでは、「在宅医が症状緩和のための薬剤調整をすすめたものの、長男に強く拒否された場面」を取り上げ、Aさん、長男、訪問看護師に何が起こっていたのかを検討したいと思います。 それぞれの文脈(ストーリー) ■AさんAさんは、日に日に悪化していく体調と、在宅医がすすめる薬剤調整を長男が反対していることに困っていたと思われます。ずっと一緒に病気と闘ってきてくれた長男への遠慮がある一方で、少しでも症状を抑えて楽になりたい気持ちが強く、Aさんは訪問看護師に相談する、頼る対処をとりました。 ■訪問看護師Aさんから相談を受けた訪問看護師もまた、Aさんの苦痛症状が緩和できないこと、長男の意向が優先されAさんの意向が尊重されていない現状に困っていました。そこで、「医師の力を借りて長男を説得する」という対処を行いました。 その背景には、苦痛症状を緩和したいと考える医療者としての役割意識や、アセスメントにより「症状緩和は可能」と考えられること、また「説明は看護師より医師の力を借りた方が効果的である」という判断がありました。 ■長男長男は、回復を信じてがんばっているのに母親がどんどん弱っていくこと、そして回復を目指した治療ではなく、医療者が緩和のための薬剤を使おうとしていることに不満を覚えていたと思われます。 長男には「緩和ケアは最後の手段」という認識があり、それをすすめる在宅医や訪問看護師に対し根深い不信感を抱いていたと考えられます。自分が信じている治療で母親を治したいという気持ちも強くあり、これらが背景となって、「在宅医の提案を断固拒否する」対処をとったのではないかと推察されます。 それぞれの関係性 次にAさん、長男、訪問看護師の関係性を検討してみましょう(図1)。 登場人物二者の関係性では、まず、Aさんと長男の関係に注目してみます。Aさんが「遠慮する」ことで、ますます長男はAさんへの「コントロール」を強め、2人の関係性は悪循環にあるといえるでしょう。同様に、「説得する」訪問看護師と「断固拒否する」長男の関係性も悪循環を招いていると考えられます。 さらに全体を真上から俯瞰してみると、訪問看護師は、Aさんから「頼られ」、それに「応じる」ことでAさんとの距離が近くなっています。その一方で、長男を説得する訪問看護師と断固拒否する長男の間の距離はなかなか埋まらず、「Aさんと訪問看護師」対「長男」のような図式ができあがっていると思われました。 図1  Aさん、長男、訪問看護師の相互関係 パワーバランスと心理的距離 長男と訪問看護師について検討した内容を図2に示します。 検討場面における長男を説得する訪問看護師の情緒的パワーはとても高く、それに対抗するように長男のパワーも上がっています。 心理的距離を見てみると、説得し、翻意を迫る訪問看護師は、境界を越えて長男に近づいています。長男は、何とか踏み込まれまいと強固な壁をつくっており、看護師に背を向けていると考えられます。 図2 長男と訪問看護師のパワーバランスと心理的距離 アセスメントをもとに支援の方策を考える ここまでのアセスメントをもとに、関係性の悪循環を是正することが重要と考えました。そのために、訪問看護師が「説得する」ことをやめるのが、第一のポイントです。訪問看護師は、思い切って長男の説得をやめて、これまでAさんのために長男が取り組んできたことを聞き、今も行っていることについては労うようにしました。長男を知ろうと努めたのです。 その上で、医療者もAさんを大切に思い、Aさんと家族である長男に伴走したいと考えていることを伝え、関係性の構築につなげました。訪問看護師が対応を変えたことで、長男は徐々にこれまでの苦悩やAさんに対する思いを少しずつ語ってくれるようになりました。 このご家族を知れば知るほど、親子でAさんの闘病に取り組んできたことが分かってきました。だからこそAさんは緩和ケアを希望しているにもかかわらず、長男の期待を裏切るようで言い出しにくい気持ちが強いことも分かってきたのです。 同時に、長男にはほかの誰でもないAさん自身の言葉以外は届かないであろうことも見えてきました。そこで訪問看護師は、Aさんに自分自身の言葉で長男に希望を再度伝えるように提案し、Aさんをエンパワメントする側に立つようにしました。 数日後のことです。Aさんから「昨夜、息子に話してみました」と報告がありました。Aさんは、長男への感謝とともに今自分が感じている体調を伝え、医療者に頼っていきたいと話したそうです。長男は、しばらく黙っていたようですが、「分かった」と言ってくれたとのことでした。 その後Aさんは、症状緩和により穏やかさを取り戻し、長男に見守られながら自宅で旅立たれました。 事例におけるアセスメントと支援のポイント ●「療養者-訪問看護師」対「家族」という構図を生じさせることがあるので、療養者の立場に立って家族を説得しようとする対処には慎重になること● 説得の前に、まずは理解。それまでの家族の歴史、家族の強みを知ること● 療養者が自分で家族に希望を伝えることを第一の選択肢とし、療養者をエンパワメントすること 執筆:富岡 里江株式会社ウッデイ 訪問看護ステーションはーと ●プロフィール大学病院勤務の後、1997年より訪問看護ステーションに勤める。2000年から10年間ケアマネジャーを兼務。制度内の訪問看護だけでは支えきれないケースを目の当たりにし、2012年に現訪問看護ステーションに勤務。2013年「ホームホスピス はーとの家 金町」(住宅型有料老人ホーム)の起ち上げに関わった。2015年より東京都訪問看護教育ステーション事業の研修企画運営などを担当している。訪問看護認定看護師。「渡辺式」家族看護認定インストラクター。 編集:株式会社照林社 

漫画「そうだ、訪看がある」
漫画「そうだ、訪看がある」
特集
2023年7月5日
2023年7月5日

受賞作品漫画「そうだ、訪看がある<後編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、梁井 史子さん(愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう/北海道)の審査員特別賞エピソード「そうだ、訪看がある」をもとにした漫画の後編をお届けします。 「そうだ、訪看がある」前回までのあらすじ二年前に乳がんを発症した訪問看護師の梁井さん。つらい治療を乗り越えたものの、再発…。悲しみに暮れていましたが、「私の人生は私のものだ!!」とがんに立ち向かっていくことを決意しました。頼れる親族がいない梁井さんは、かつて働いていた訪問看護ステーションを頼ることに。 >>前編はこちら受賞作品漫画「そうだ、訪看がある<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 そうだ、訪看がある<後編> 漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師/訪問看護ステーション管理者。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。>>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1) エピソード投稿:梁井 史子(やない ふみこ)愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう(北海道)今回、審査員特別賞をいただいたこと、漫画化していただいたことは、がんと付き合いながら生きていく上で大変励みになっています。同僚や友人たち、私を担当してくれた理学療法士さんなどは自分のことのように感激してくれましたし、病棟で働く友人が受賞エピソードを周囲に共有してくれて、訪問看護と接点がない方にも知っていただけました。また、表彰式をきっかけに首都圏在住の友人たちと再会でき、審査員の先生方や違うエリアで働く訪問看護師さんたちから、さまざまなお話を聞くこともできました。今回学んだことは、ぜひ今後の仕事に生かしていきたいと思います。本当にありがとうございました。 [no_toc]

漫画「そうだ、訪看がある」
漫画「そうだ、訪看がある」
特集
2023年7月4日
2023年7月4日

受賞作品漫画「そうだ、訪看がある<前編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、梁井 史子さん(愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう/北海道)の審査員特別賞エピソード「そうだ、訪看がある」の漫画をお届けします。 >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!【みんなの訪問看護アワード】 そうだ、訪看がある<前編> >>後編はこちら受賞作品漫画「そうだ、訪看がある<後編>」【つたえたい訪問看護の話】 漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師/訪問看護ステーション管理者。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。>>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1) エピソード投稿:梁井 史子(やない ふみこ)愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう(北海道) [no_toc]

ご遺体変化&詰め物事情セミナー
ご遺体変化&詰め物事情セミナー
特集 会員限定
2023年6月27日
2023年6月27日

特別先行公開! 死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情 セミナーQ&A

2023年4月14日(金)、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「【納棺師解説】死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」を開催いたしました。納棺師で株式会社沙羅代表の大垣 麻里氏を講師に迎え、エンゼルケアの後にご遺体に何が起こっているのか、詰め物の処置をどうすべきかなどについて解説いただきました。 本記事では、セミナー時に受講者の皆さまからいただいたご質問への回答を、セミナーレポートに先んじて公開いたします。当日、時間の都合により回答し切れなかった質問にも回答いただきました。セミナーにご参加いただいた方も参加できなかった方も、ぜひご覧ください。 【講師/質問回答】大垣 麻里さん湯灌師・納棺師・介護福祉士/株式会社沙羅代表介護の仕事に従事する中で、多くの高齢者が自らの死への不安を抱いていることに気がつき、その旅立ちを支援する湯灌師、納棺師に転身する。その後、湯灌・納棺・メイクサービスを提供する株式会社沙羅を設立。これまで20年以上にわたり、亡くなった方やそのご家族と向き合い、「温かいお別れの場」を提供してきた。 ■お役立ちツールも公開!お役立ちツール『「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」 Q&A一覧』では、より多数のご質問への回答を読むことができます。ぜひご活用ください。>>「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」 Q&A一覧 死後の対応・医療的処置について <Q1>検死になる条件について教えてください。例えば、訪問診療を導入しておらず、延命処置を希望しない方が孤独死した場合、救急車を呼ぶしかないのでしょうか。 医療にかかっていない状態で死亡された場合には、その原因をはっきりさせるために検死が行われます。孤独死の方のご遺体を発見された場合や、救急車を呼んだけれど到着した時点ですでに亡くなっていた場合も検死となってしまいます。ですので、ご質問にある訪問診療を導入していない孤独死の方の場合、検死になりますし、救急車を呼ぶのではなく警察に連絡することになります。 セミナー内でお伝えした通り、検死になるとご遺体が着衣なしで袋に入れられた状態での帰宅となり、ご家族が大変ショックを受けるケースが多いものです。「万が一の際にはかかりつけ医や訪問看護ステーションに連絡を」ということを、ご家族にお伝えいただいたほうがよいかと思います。 救急車到着時点でお亡くなりになっていない場合には検死にはなりませんが、救急車内で心臓マッサージや酸素吸入、点滴などがなされるかと思います。よくお伺いする事例として、心臓マッサージをして肋骨がすべて折れてしまい、ご家族が亡くなった後にそのことを知り、「救急車を呼んだせいで、痛い思いをさせてしまった」と落ち込まれることがあります。こうした、予想外の最期になってしまわないようにするためにも、ご家族に事前のご説明をしていただくのがよろしいのではないかと思います。 <Q2>最近は火葬場が混み合い、1週間程度後に火葬されることも多々あると思います。その状況を踏まえて気をつけるべきことがあれば、教えてください。 確かにCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の流行時は、1週間~10日と長くお待ちいただくことが大変多くありました。やはり、一番のポイントは乾燥対策と保冷です。 訪問看護師さんには、保湿剤をしっかりお顔やその周辺に塗っていただけると助かります。保冷については、訪問看護師さんがドライアイスを使用することは難しいかと思いますので、できるだけ室内の温度を低くしていただき、まずは腹部を、次いで胸部を保冷剤で冷却いただければと思います。その後、我々葬儀社が臓器の上や顔の横をしっかりとドライアイスで保冷していきます。 腐敗・冷却について <Q3>葬儀社が到着する前に冷却しなくてよいのでしょうか。室内の温度設定については、どれくらいがいいでしょうか。 ご遺体のことだけを考えればできるだけ早い冷却がよいでしょう。しかし、ご家族の立場に立ったとき、亡くなったばかりで、まだその状況を受け入れられていないときに、ご遺体に冷却材をのせられるというのは、非常につらいことだと思いますので、タイミングへの配慮が必要だと思っております。 例えば、高熱を出してお亡くなりになった方に、熱冷ましのイメージで「熱がおありだったので、少し置かせていただきますね」と保冷剤を置く…といった対応はできるかと思いますが、状況によって限界があるかと思います。 葬儀社が到着し、ドライアイスで強く冷却するのは、死後10時間~15時間程度経過後が一般的(※)かと思います。そのタイミングでも、もちろんご家族がおつらいのですが、比較的受け止めていただきやすいものです。無理はせず、強い冷却は葬儀社にお任せいただくのがよろしいかと思います。 室温は、腐敗防止の観点では一番低い設定温度でお願いできればベストですが、そばで見守るご家族にも配慮する必要があるでしょう。「できるだけ低い」温度設定でお願いできればと思います。 ※亡くなられた後、ご家族がどれくらいで葬儀社に連絡されるかによります。ただし、葬儀社を選択され、翌日に連絡したり、何社か見積もりをとって検討されたりする方もいらっしゃるため、ある程度の時間経過はあるものとお考えください。 <Q4>すい臓がんの方で、死亡確認翌日に全身が腫れあがり、たらこ唇になってしまったことがあります。生前のお顔と変わってしまったため、ご家族からご相談を受けました。お亡くなり直前に高熱が出ていたため、エンゼルケア後に腹部に保冷剤を載せ、暖房も切っていましたが詰め物はしていませんでした。どう対応すればよかったのでしょうか。 典型的な腐敗現象です。お亡くなりになる前からお身体の状態が悪く、腐敗が進行しやすい条件がそろっていたのではないかと思います。詰め物との関連性はなく、保冷が足りなかったことが主原因です。状態の悪い方については、ドライアイスを使用しての急速な保冷を行うことが大切だと思います。葬儀社に引継ぐ際、「状態が悪いので至急ドライアイスをしっかりあててください」とご伝言くださると助かります。 <Q5>エンバーミングについて教えてください。どのような内容で、どんなご遺体に実施されるのでしょうか。 簡単に説明いたしますと、血管を通じて血液を排出し、代わりに赤く着色した防腐液(ホルマリン、フェノール等)を注入し、体に行き渡らせることで、腐敗進行を遅らせるような処置を施していきます。それにより、ご遺体を長期間維持できるようにするご遺体保全処置がエンバーミングです。 事情があって火葬までの期間が長いケースや、ご遺体の損傷修復のためにも行われますが、実際には「感染予防になるから」「きれいになるから」といったご要望に基づく実施が多いです。 体液漏れについて <Q6>生前(数日前)に点滴の抜針をして、止血を確認しました。エンゼルケア時に抜針したわけではないですが、死亡後にその抜針した部位から血液や浸出液が出てくることはありますか? 2~3日前の皮下点滴の痕であっても、圧迫固定は必要になりますか? はい、生前止血を確認しても、針穴から体液が漏れることはあります。 皮下点滴の痕についても、実際に漏れるかどうかはケースバイケースですが、その後のご遺体の安置環境が不確定なため、圧迫固定の処置をされていたほうが安心だと思います。 詰め物について <Q7>訪問看護の現場では詰め物をしないように指導を受けていますが、詰め物をしたほうがよいのでしょうか。また、葬儀社では詰め物をしてもらえないのでしょうか。 確かに、詰め物をしていないケースは多いかと思います。在宅看護の方だけではなく、病棟・検死の方も含むデータですが、弊社(株式会社沙羅)の調査でも、60%近い方が「詰め物をしていない」という結果でした。 しかし、新型コロナウイルスの感染、もしくは感染疑いのある方に対し、詰め物・紙おむつ等をして体液の漏出予防を行った場合、納体袋不要という厚生労働省のガイドラインも出ました(2023年1月)。それに基づき、ご家族から詰め物のご要望があることもございます。また、必ずご遺体から体液が出るということはございませんが、詰め物をしていれば体液漏れのリスクが少なくなります。新型コロナウイルス感染有無に限らず、少しでも体液流出の可能性を少なくしたほうがよいのではないかとも考えます。「詰め物をしないといけない」とまでは思いませんが、「できるだけ詰め物をしたほうがよいのではないか」というのが現状の私の見解です。 葬儀社が詰め物をするかどうかについては、会社により対応がまちまちな現状があります。きちんと行うケースもあれば、まったく何も行わないケースもあり、一概に「葬儀社がちゃんと詰め物をしてくれます」と言えないのが心苦しいところです。 「どんな葬儀社に頼んでも、〇〇は行ってもらえる」ときちんと言えるような信頼できる業界になるべく、私も働きかけていきたいと思っております。 <Q8>訪問看護ステーションで用意しておくべき詰め物や、詰める際の道具についてアドバイスをお願いします。詰める際に割り箸をつかうことが多いのですが、ご家族がみていらっしゃることを思うと、心苦しいです。また、肛門に詰め物をせずに面で抑える際には、具体的にどのような処置をするとよいのでしょうか。 詰め物は、綿花が扱いやすいかと思います。詰める際には、可能ならエンゼルケア専用の鑷子(せっし/ピンセット)をご用意いただけたらベストです。 肛門については、肛門を覆うようにガーゼ・綿花・尿パット等でふさぎ、紙おむつと空間ができないようにしておくイメージです。 エンゼルケア・保湿について <Q9>ご遺体の手は組んだほうがよいのでしょうか。 死の習俗として手を組むイメージを持たれている方が多いのですが、そうしなければいけないという根拠はありません。ご家族のご要望があった場合に組む、という対応でよいかと思います。葬儀社では、搬送の際にストレッチャーに手が挟まってけがをさせないようにするために手を組んだり、合掌バンドを装着したりしている現状があります。 なお、例えば拘縮があるような場合は、手を組むことが難しいかと思います。ご家族に対して「無理に組まなくても問題はない」というお声がけをすると、安心いただけるかと思います。中には、「組まなければ成仏できない」と考え、不安に思われるご家族もいらっしゃいます。 ここで拘縮がある方のお身体を無理に伸ばしてしまうと、骨折してしまうこともあります。葬儀社は、制限はあるものの、ある程度高さ・幅に余裕のある棺をご用意するかと思いますので、ご安心ください。 <Q10>目の閉じ方を教えてください。目が閉じずに、眼球が乾燥している場合はどうしたらよいですか? 文章での説明がなかなか難しいのですが、目が薄く開いている程度でしたら、綿を眼球の上に乗せて閉じています。イメージとしてはコンタクトレンズのように薄く綿花をのせていただき、下まぶたを上げて上まぶたを下げます。 綿で閉じることが難しい場合は、エンゼルケア用の整容ゲルを用います。整容ゲルにはアルコールが含まれているのですが、アルコールを注入することで、体液と混ざって膨らみ、目が閉じやすくなります。 <Q11>保湿について、使用する保湿剤や頻度、ポイントなどを教えてください。メイク後の保湿方法や、白色ワセリンを使用してよいかについても教えてください。 保湿剤は、お手持ちの保湿剤でよろしいかと思います。頻度は、あくまで目安ですが一日一回程度です。お顔だけでなく、唇、耳、首などの周辺も忘れないようにしてください。 メイク後の保湿のやり方ですが、オイル系でもクリーム系でも、メイクスポンジに保湿剤を含ませてそっとおさえるように足していきます。白色ワセリンでも問題はありませんが、保湿効果が高い一方で、少しべっとり感があり、テカリが強く出ます。気を付けないと仕上がりに違和感が生じることがありますので、塗りすぎないようにお気を付けください。 <Q12>特別な化粧品を使ったほうがよいのでしょうか。ご本人が使用したものを使っていますが、問題ありませんか? また、自然に見せるためにはどうすればいいかについても教えてください。 我々はご遺体専用の化粧品を使用していますが、皆さんはご本人使用のお化粧品があればそちらでよいかと思います。ただし、ご遺体は体温が低いので、温度で発色するタイプの化粧品は使用することができません。また、クレンジング後、ベースメイクの前に保湿するようにしてください。保湿剤を充分にお持ちでない場合、足して差し上げてください。ベビーオイル・ハンドクリーム・ワセリンなどでも問題ありません(ワセリンは塗りすぎ注意)。 自然に見せる方法については、亡くなられた方によって好みが違うため、どのような見せ方が「その方にとっての自然」と感じるメイクなのか、非常に難しいところです。ただ、どのようなメーカーの化粧品でも、「保湿効果が高いものを選ぶこと」「色の濃淡の種類を多く用意すること」がポイントだと思います。 湯灌(ゆかん)について <Q13>湯灌の定義や、葬儀社が行う湯灌の内容について教えてください。また、訪問看護で清拭を行った場合も、湯灌は行うのでしょうか。 湯灌は、なかなか一口に説明をするのが難しいものですが、温かいお湯に入っていただく、火葬前の最後のお風呂です。洗髪・洗顔・お顔剃りなどを行い、全身を丁寧にボディソープで洗い流します。ただし、地域によっては清拭を「湯灌」と呼ぶこともあります(特に、関東より東の地域)。 湯灌は葬儀のプランの中でご家族が希望された場合に行うことなので、訪問看護でお体をきれいにされていた場合、通常は湯灌しないケースが多いかと思います。 <Q14>湯灌の前に、詰め物やエンゼルケアを行っても問題ないのでしょうか。詰め物がとれてしまうことはありませんか。湯灌する場合、ポリマーの詰め物はよくないというお話も聞きました。 問題ありません。特別なことがない限り、湯灌の際に詰め物が出ることはないでしょう。詰め物は、濡れるため湯灌後に葬儀社で交換するのですが、それでも意味があります。亡くなられてから湯灌されるまで間に、寝台車で移動されたり、安置されたりとお身体を動かすことが多いため、体液漏れの予防処置としての詰め物をお願いしたいです。 ポリマーは水を含むと100倍近く増えるため、どうしてもあふれ出ますが、湯灌をされるかどうかはエンゼルケア時には不確定のため、ポリマー処置されていても問題ありません。ただし、鼻腔については副鼻腔内ではなく、より奥にポリマーを注入しておいていただければと思います。 葬儀社の対応と訪問看護との連携について <Q15>訪問看護では、エンゼルケアは自費負担をしていただいています。葬儀は費用を抑えたものや湯灌なしのものなど、さまざまなプランがあるようで、どこまで自分たちが行うべきか迷います。訪問看護と葬儀社で、対応の違いはあるのでしょうか? 訪問でするべき対応は何だと思われますか。ご家族に説明するためにも知りたいです。 皆さんをはじめ医療者の方々が行うエンゼルケアは、病気と闘い人生を終えられた後、その方らしく身支度を整えること、本来の姿へ戻ること、という意味合いが強いと考えております。一方、我々葬儀社が行うケア・身支度は、「宗教儀式に向けての準備」という意味合いが強いです。 私は葬儀社サイドの者なので、ご家族に会うのは亡くなられた後になります。でも、皆さんは訪問看護でご家族のことも、亡くなられた方のこともよくご存知のはず。私がご家族だったら、故人が生前からお世話になった方に最後の身支度をしてほしいと思います。ですから、訪問看護師さんができる限り亡くなられたときの身支度をされるのが、ご家族の心情としてはベストではないでしょうか。ご家族のご要望に沿うことが基本ですが、場合によっては髪の毛を解くだけだったり、ご本人の口紅を塗ったりするのみでもよろしいかと思います。私は、ご家族が葬儀社に対し、「訪問看護師さんに綺麗にしてもらったからもう大丈夫です」とおっしゃるケースがもっと増えたらよいのではないかと考えています。 また、費用の兼ね合いから葬儀を当初の想定より縮小される方も大変多くいらっしゃいますので、結果的に訪問看護師さんによるエンゼルケアが最後のお支度になることもあります。 <Q16>訪問看護師がご遺体のお着替えをした後、葬儀場でもまたお着替えをすることになるのでしょうか? また、エンゼルケアのやり直しを行うことはありますか? ご家族に、看護師とエンゼルケアをしたいか、葬儀社にお任せしたいかの確認を行っていますが、看護師と行う場合も、例えば詰め物のやり方が不十分だったのではないか、やり直しをするのであれば無駄に金銭的負担をかけているのではないか、と不安になります。 ご家族の金銭的ご負担も考慮の上、そのようなお声がけをしていただいていること、大変ありがたく思います。 ご家族がどの葬儀社に依頼されるかによって異なりますが、弊社の場合は、訪問看護師さんがご遺体のお着替えやメイクをされていた場合、ご家族がそれを望まれたと判断し、特にご要望がない限りはお着替えやメイクをいたしません。 ただし、葬儀社によっては、例えば「白装束を販売したい」という都合によって、お着替えをしているにも関わらず「仏着に着替えないといけません」といった言い方をする良くないケースもあるようです。基本的には、ご家族から再度の着替え要望がなければ、する必要はないと私は考えております。メイクについても、ご家族から「イメージと違うのでやり直してほしい」というようなご要望がない限り行いません。 詰め物については、時間経過とともに変化が起きることも多いため、「完璧な処置」というのはどの時点であっても不可能だと思っています。状況に応じてやり直しが発生します。しかし、詰め物をしていただくことで、体液漏れの予防処置になりますので決して無駄にはなりません。ご遺体・ご家族のためにも大変ありがたいです。 <Q17>小児の場合にも大人と同じような処置をしていますか? 小児の方の場合、綿花詰をしないことが多いです。小さなお鼻やお口に詰め物をすることに、大変心苦しさを感じるためです。ご両親、特にお母様のご要望に寄り添い、どうされたいのかを充分に聞き取って対応するようにしています。また、ご両親がお見送りまでの間に何度も抱っこできる状態にしておけるように気を付けております。訪問看護師の皆さんも、ぜひご両親に対して、「抱っこしてもよい」ということをお伝えいただければと思います。 * * * 後日、オンラインセミナー「【納棺師解説】死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」の講義内容をダイジェストにしたレポート記事も公開いたします。ぜひそちらもご覧ください。 >>シリーズ一覧はこちら「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」セミナーレポート>>お役立ちツールはこちら「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」 Q&A一覧 編集: NsPace編集部

家族看護
家族看護
特集
2023年6月27日
2023年6月27日

妻の病状を受け入れらない夫に対する関わり【家族看護 事例】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回から実際の事例をもとに援助に行き詰まりを感じた場面を取り上げ、「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を使って分析。支援の方策を考えていきます。 事例紹介 Aさん(50代、女性) 事務職をしていた半年前に胃がんと診断。すでに腹腔内に転移し、手術ができる状態ではありませんでした。入退院を繰り返し、抗がん剤治療を試みましたが効果は得られず。緩和ケアを中心とした在宅療養の開始と同時に訪問看護が導入され、Aさん自身も治療ができる段階ではないことを理解していました。症状は進行し、現在Aさんはほぼベッド上の生活です。予後も週単位と考えられました。 家族構成 同居家族は、Aさんと夫(50代)、中学生の娘と小学生の息子の4人暮らし。夫は管理職として働きながら、家事や子どもたちの世話を一手に引き受けています。お互いの両親は遠方に住み、高齢でほとんどAさんの自宅を訪れることはありませんでした。 訪問看護師の悩み(直面している課題) Aさんは、苦痛症状も増強。今までは夫に強く主張することがほとんどなかったAさんでしたが、「もうつらい。もう死んでしまいたい。もうがんばったでしょ。お父さん、もういい」と夫に必死に訴えるようになりました。夫は「そんなこと言うな。がんばれ!」と大声で叱責。「妻の気力が落ちてしまったら死んでしまう。一日でも長く生きてほしい」と、ひたすらAさんを励まし続けていました。 Aさんのつらい思いに寄り添いたい訪問看護師は、夫に対し病状を受け入れ理解してほしいと説得を試みますが、夫の勢いが強く、うまく介入することができません。最期の時が迫りつつある中で、どう介入すればよいのか困っていました。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルで考える 検討場面の明確化 Aさんが夫に自分の思いを必死に訴えるものの、夫は「そんなことを言うな」とAさんをひたすら励まし続けます。夫の強い勢いを前に、訪問看護師は戸惑い、うまく対応できませんでした。そこで、この場面を取り上げて、Aさん、夫、訪問看護師に何が起こっていたのかを検討したいと思います。 それぞれの文脈(ストーリー) ■訪問看護師訪問看護師は、「もうこれ以上がんばれない」と言うAさんに寄り添いたいと思う一方で、夫がAさんをひたすら励まし続けることに戸惑い、かかわりに困っていました。訪問看護師の「Aさんをかばい、夫を説得する」という対処の背景には、夫にAさんの病状を受け入れてもらい、家族そろって穏やかな終末期を過ごしてほしいとの切なる願いがあります。それと同時に、今のままでは穏やかな終末期が遠のいていくと感じる焦りもあります。そうした状況が介入への困難感の増強につながっていたと思われます。 ■夫夫は、妻の奇跡的な回復を信じているのに、妻が弱音を吐き、医療者が希望のない話ばかりすることに困っていたと考えられます。「自分の行動を正当化し、妻を過度に励ます」という対処の背景には、若くして妻を失うかもしれない現実に直面した夫の予期悲嘆や妻亡き後の不安があったことでしょう。加えて、夫としての使命感、希望を失いたくない思い、病状の進行が早くて気持ちが追いつかない状況、仕事と介護の両立による余裕のなさなど、実に多くの要因があると推察されます。 ■AさんAさんは、夫に身体のつらさ、苦しみを理解してもらえないことに困り、夫に必死に訴えていました。その背景には、夫の気持ちも分かるものの、どうしても自分の体力や気力が伴わない現状があったと考えられます。 それぞれの関係性 次にAさん、夫、訪問看護師の三者全体の関係性を俯瞰してみましょう(図1)。 夫はAさんを「過度に励まし」、Aさんはそのつらさを訪問看護師に「訴え」、それを「受け止める」訪問看護師は夫を「説得」。説得された夫は訪問看護師への「反発」を強め、さらにAさんを励ますという悪循環が生じています。訪問看護師が夫を説得すればするほど、事態を悪化させているのです。 また、Aさんと訪問看護師の関係はうまく循環していますが、夫は孤独な状態にあるといえます。Aさんと夫の関係は悪循環に陥り、夫婦間の緊張・葛藤が高まっている状況です。 図1 Aさん、夫、訪問看護師の相互関係 パワーバランスと心理的距離 夫と訪問看護師について検討した内容を図2に示します。 夫は訪問看護師に対する反発のパワーが高まっています。訪問看護師も夫に分かってもらいたいと思うあまり、夫に向けるパワーが高く、両者は拮抗状態です。 心理的距離を見てみると、夫は境界を越えて訪問看護師側に迫っています。訪問看護師は何とかその場に踏ん張って夫に対処しているものの、夫の詰め寄りに大きな負担を感じている状況です。 図2 夫と訪問看護師のパワーバランスと心理的距離 アセスメントをもとに支援の方策を考える そこで、Aさんに関わるケアチームでカンファレンスを開催し、スタッフ間でそれぞれが抱いていた支援の困難感を共有しました。 これにより、気持ちが楽になった訪問看護師は、「過度に励ます」という夫の対処の背景について話し合い、夫が抱えている実に多くの苦しみに今更ながら気づきました。そして、私たち医療者もつらいけれど、「ご主人はそれ以上にもっと苦しんでいる」と共感の気持ちが沸き上がってきました。それとともに医療者の中に理想の最期を求める気持ちがあり、それがかえって夫を追い詰めている現状も見えてきました。 そのような気づきにより訪問看護師は夫の説得をやめ、「Aさん、今日は痛みもないようで、楽そうにされていますね」、「表情が穏やかで、子どもさんとの会話を楽しんでおられました」といったような、むしろ希望につながる会話を心がけました。すると次第に夫の緊張がほぐれ、夫も訪問看護師に心配事を吐露するようになりました。 そして、夫の病状認識を助ける介入も行いました。夫はAさんの病状の進行が早い状況に大きな戸惑いを感じていました。そんな夫が信頼でき、十分につらさを訴えられるような医師との面談の場を設けるようにしたのです。これにより夫は、今後Aさんが辿るであろう経過についてのイメージが少しずつ明確になったようです。訪問看護師が一貫して、Aさんの症状緩和と睡眠の確保に努めたことも夫の介護ストレスの軽減につながりました。 当初、夫は訪問看護師に対し反発していましたが、訪問看護師が対応を変えたことによって、訪問看護師との関係が確実に変化していきました。夫は、子どもたちをAさんから遠ざけていましたが、「親子(Aさんと子どもたち)の時間を大切にしてはどうか」という訪問看護師の提案を聞き入れ、子どもたちがそれぞれ可能な介護を担えるように働きかけるようになりました。子どもたちの存在によって夫婦間の葛藤が緩和され、やがて家族間の穏やかな会話も増えました。夫と子どもたちは最期までAさんを在宅で看取ることができました。 事例におけるアセスメントと支援のポイント ● 看護師のパワーを下げ、支援者から変わる必要があると気づけたこと● 叱咤激励せざるを得ない家族の思いや背景をケアチームで話し合うことで、訪問看護師の認識が苦手意識から共感的理解へ変化したこと● 一貫して療養者の症状緩和に努め、夫とは希望をつなぐ会話を心がけたこと● 夫の病状認識を助ける他者の介入を実現させたこと ● 子どもたちを介護に招き入れ、夫婦間の葛藤を緩和して家族全体の力を引き出したこと 執筆:丸岡 留美子長浜米原地域医療支援センター ●プロフィール1989年滋賀県立総合保健専門学校保健学科を卒業。長浜赤十字病院に勤務し、訪問看護を経験する。2006年に緩和ケア認定看護師を取得。緩和ケア推進や相談等のチーム活動を行い、家族や在宅看取りへの支援に力を入れる。退職後、2023年より地域の多職種とともに地域医療に携わる。 2000年に「渡辺式」家族アセスメント支援モデルに出会い、院内で定期的に勉強会を開き、事例検討を重ねてきた。現在、NPO法人家族関係・人間関係サポート協会のセミナーを受講し、インストラクターを目指している。 ▶NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会のホームページ※渡辺式シートのダウンロードも可能です。 編集:株式会社照林社

漫画「利用者さんは私の先生」
漫画「利用者さんは私の先生」
特集
2023年6月21日
2023年6月21日

受賞作品漫画「利用者さんは私の先生<後編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、中島 絵理子さん(一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション/神奈川県)の審査員特別賞エピソード「利用者さんは私の先生」をもとにした漫画の後編をお届けします。 「利用者さんは私の先生」前回までのあらすじ訪問看護師 中島さんのご近所に住んでいた利用者の野坂さん。元々は小学校の先生で、毒舌ながらも教え子に慕われていました。定年を迎えた野坂さんは、フリースクールを開こうとしている矢先に難病であることが発覚して…。>>前編はこちら受賞作品漫画「利用者さんは私の先生<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 利用者さんは私の先生<後編> 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:中島 絵理子(なかじま えりこ)一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション(神奈川県)今回審査員特別賞を受賞したこと、所属ステーションの上司・先輩たちも一緒になって喜んでくれました。訪問看護師をしつつ看護学校の先生をしている先輩は、授業で私のエピソードを取り上げてくれたとのこと。「学生さんが共感してたよ」と教えてもらい、とてもうれしく思っています。また、生まれて初めて立派なトロフィーをいただき、子どもに「ママすごい!」と言ってもらえたことも嬉しかったです(笑)。訪問看護をしているなかで、皆さんに伝えたいエピソードはたくさんあるので、ぜひまたチャレンジしたいと思います。 [no_toc]

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