初めての訪問看護に関する記事

「一人訪問」の不安が軽減 訪問看護師1年目のオンライン同行サービス体験記
「一人訪問」の不安が軽減 訪問看護師1年目のオンライン同行サービス体験記
インタビュー
2023年2月7日
2023年2月7日

「一人訪問」の不安が軽減 訪問看護師1年目のオンライン同行サービス体験記

訪問看護師は、基本的に一人で利用者さんの自宅に訪問します。新任訪問看護師に対しては、同行訪問でのOJT(On the Job Training)を行う訪問看護ステーションが多いでしょう。しかし、多忙でなかなか同行訪問に時間をさけないケースも多く、不安を抱えながら一人での訪問をスタートする新任訪問看護師も少なくありません。 「NsPace With(ナースペースウィズ)」は、そうした現場をサポートするオンライン同行訪問サービスです。今回は、実際にNsPace Withを使用したしもふり訪問看護ステーションの文屋佐都美さんに、体験談を伺いました。 しもふり訪問看護ステーション文屋 佐都美さん2018年に新卒で病院に入職。3年間勤務後、1年間介護事業所でホームヘルパーとして勤務。2022年4月より、しもふり訪問看護ステーションへ。利用者さん・ご家族との対話を大事にしている。一人ひとりの状況に応じた看護、「楽しく生きる」ことをサポートする看護を目指して邁進中。 利用者さんとの対話・関係性を大事にしたいという想いから訪問看護師へ ―文屋さんは病棟看護師やホームヘルパーとしてのご経歴がありますが、訪問看護師になったきっかけをおしえてください。 親が介護事業所を経営していて、幼いころから在宅ケアが身近だったこともあるかもしれませんが、ずっと「患者さん・利用者さんとの関わりを大切にしたい」「病気や障害等があっても楽しみながら生きていくためのお手伝いをしたい」という想いを持っていました。でも、病棟看護師時代は日々のルーティン業務に追われて、なかなか患者さんと関わる時間が持てない現実があったんです。次第に在宅の道のほうが合っているのではないかと考えるようになり、病院を退職しました。 退職後は、親の介護事業所でホームヘルパーとして1年間働きました。実際に在宅ケアに携わってみたら、利用者さん・ご家族との対話や、日常生活のなかに入らせていただくことが、本当に楽しかったんです。私には、やっぱり在宅の道が合っていると確信しましたし、看護師として働きたいという想いもあったので、訪問看護師に転職することを決めました。 ―多くのステーションがあるなかで、しもふり訪問看護ステーション様に入職された理由を教えてください。 スタッフ同士とても仲が良く、楽しい雰囲気に惹かれました。また、入職前に同行訪問をさせてもらったのですが、利用者さんとの関わり方が自分の理想どおりだったんです。仲が良いことはもちろん、信頼されて利用者さんの日常生活に溶け込んでいるように感じました。「私もこういう看護がしたい」と思って、しもふり訪問看護ステーションに入りました。 ―初めて訪問看護ステーションで働くにあたって、不安はありませんでしたか? ありました。なんといっても、「一人で訪問する」ことへの不安が大きかったです。病院であれば、何かあっても同じ建物内ですぐに質問をしたり助けを呼びに行ったりできますが、訪問時はそうはいきません。一人で訪問して、きちんと利用者さんと信頼関係を築けるかどうかも不安でしたね。 オンライン同行では、音声や映像を通じて訪問の見守り。質問・相談も可能 ―実際に入職した後の初期研修の内容や、オンライン同行訪問サービスを始めたきっかけについて教えてください。 2022年の4月に入職し、最初は本部での座学研修と先輩訪問看護師の同行訪問研修がありました。同行訪問時に先輩に確認してもらいながら徐々にできることを増やし、OKが出たら一人で訪問する、という流れです。 オンライン同行訪問サービスについては、所長から「使ってみるか」という話がありました。そういったサービスがあることも初耳でしたが、興味があったので「やってみたい」と言いました。 ―オンライン同行訪問サービス利用時の流れについて教えてください。【オンライン同行訪問 当日の流れ】 最初にオンラインで同行していただく看護師さんとの顔合わせ面談があり、自己紹介や目指す看護師像の共有などをしました。 実際に同行訪問する際は、事前に情報共有のためのミーティングがあります。訪問時には、オンライン同行の看護師さんはイヤホンを通じて会話内容を聞いています。基本的にオンライン同行の看護師さんからこちらに話しかけることはありませんが、聞きたいことがある場合にはこちらから声をかけ、その場で相談することもできます。 訪問終了後は、10分~30分程度の振り返りミーティングがあります。一緒にアセスメントを振り返ってもらうほか、次回までに学んでおいたほうがよいこと、調べておいたほうがよいことなどもアドバイスいただきました。 ―オンライン同行訪問サービスを使用するとき、緊張しませんでしたか? 顔が見えない状態ですべての会話を聞かれているので、結構緊張しました(笑)。でも、それは最初だけでしたね。ミーティングを重ねていくうちに同行していただく看護師さんとの関係性ができていきますし、途中からはイヤホンがあっても意識せず、自然体で訪問できるようになりました。 ―ミーティングでは、文屋さんからはどういった質問・相談をされていたのでしょうか。 医療的な質問はもちろんのこと、私は利用者さんやそのご家族を深く理解した上でケアをしたいという想いが強いので、コミュニケーションの取り方や利用者さんに合わせた対応についての相談もしていました。 例えば、「利用者さんに確認したいことがあるけれど、デリケートな話題なのでご家族の前では聞きづらい」と悩んだときには、「シャワー時に確認してみたらどうですか?」とアドバイスをもらいました。また、「教科書通りなら杖を使うほうがいいかもしれないけれど、Aさんの場合は配偶者の方と寄り添って歩くほうが幸せなのでは」といった相談をしたこともあります。 安心感や自信、スタッフ間の連携につながった ―オンライン同行訪問サービスについて、訪問時に感じたメリットを教えてください。 なんといっても、安心感が一番大きいですね。例えば訪問時にサチュレーション(SPo2)が低い利用者さんがいたとき、入職したての時期だったので、普段とは違う様子に焦ってしまいました。でも、オンライン同行訪問サービスの看護師さんにイヤホン越しに報告できたので、その場ですぐに対応方法に間違いがないことを確認でき、その後の報告に関する指示までもらえて、ホッとしたことを覚えています。オンライン同行のおかげで「一人訪問」の不安が軽減しました。 また、自分の看護に対しての自信もつきます。振り返りミーティングで、「この判断がよかったです」「このコミュニケーションの取り方がよかったです」という前向きなフィードバックも毎回いただけたので、「このまま前に進んでいっていいんだな」と思えました。不安軽減や自信につながるので、新任訪問看護師さんたちにはおすすめです。 ―事業所内のスタッフ同士が連携するきっかけにもなったと伺っています。 はい。もともと事業所内は相談しやすい環境なのですが、オンライン同行の看護師さんから確認されたことをきっかけに、「しもふり訪問看護ステーションとしてどういう対応をすべきか」を所長に確認する機会が複数ありました。事業所の方針・ルールの理解につながり、よかったと思っています。 右からしもふり訪問看護ステーション 所長/管理者の木下さん、運営会社ユニメコム代表取締役の木和田さん、文屋さん また、しもふり訪問看護ステーションにはリハビリスタッフもいるのですが、「〇〇についてはリハビリスタッフさんに聞いてみては」といったアドバイスをいただき、リハビリスタッフと連携する際のヒントになりました。しっかりした連携により、排便コントロールがうまくいった利用者さんがいらして、スタッフみんなで喜んだこともあります。 ―文屋さんはまもなく訪問看護師2年目を迎えますが、最後に今後の目標や取り組んでいきたいことを教えてください。 オンライン同行訪問サービスでのアドバイスを通じて初めて知ったことも多く、勉強すべきことがたくさんあると思っています。例えば、家族看護についてもっと理解していきたいですし、排便・排泄コントロールも奥が深いので、もっと知識や経験を積みたいですね。これからも利用者さんやご家族との関係性を大事にしながら、看護師として成長していきたいと思っています。 ―ありがとうございました。 編集・執筆:NsPace編集部 ※本記事は、2022年12月の取材時点の情報をもとに制作しています。 *  *  *  *  ■ナースペースウィズ訪問看護スタッフ向けオンライン同行訪問サービス。訪問看護の現場景観と新任看護スタッフ指導経験のある看護師が同行訪問OJTをオンラインで支援

ALS患者に必要な情報「実用編」~下肢(2)ベッド上生活~
ALS患者に必要な情報「実用編」~下肢(2)ベッド上生活~
コラム
2023年1月31日
2023年1月31日

ALS患者に必要な情報「実用編」 ~下肢(2)ベッド上生活~

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は梶浦さんが実際に使用した道具や工夫を紹介する「実用編」の第4弾。前半では、前回(「実用編」下肢(1))から引き続き、足の筋力低下に伴って移動方法が変わることに対する工夫をご紹介します。後半は、基本的にはベッド上で生活するようになってから快適に過ごすための工夫を紹介します。ALSはもちろん、ほかの疾患等のかたたちの生活にも参考にしてください。 トイレでの排泄を続けたい 立ち上がるのが難しくなっていちばん困るのが、トイレの問題です。自分のトイレ事情を公表するのは抵抗があることなので、患者側からの工夫が発信されることは、私の知るかぎりありませんでした。 しかし、トイレで排泄できるか、ベッド上でオムツや差し込み式便器で排泄するかによって、QOLがかなり変わってきます。私はどうしてもベッド上で排泄したくなかったので、いろいろ調べましたが、どこにもよさそうな方法は見つけられませんでした。立ち上がってトイレに移乗することができなければ、さらに、トイレで座る姿勢を保持できなければ、ベッド上で排泄する方法しかないようでした。 そんななかで考えついたのが、前回紹介した電動介護リフトとポータブルトイレを組み合わせた方法です。具体的な方法をご紹介したいと思います。 リフトとポータブルトイレを使って排泄する方法 (1)ポータブルトイレをベッドの側にセットする(2)ベッドの上で、お尻部分が空いている脚分離型のリフト用スリングシートを体の下に敷き込み、ズボンを脱ぐ(3)電動介護リフトを使ってポータブルトイレに移動する(後述)(4)ポータブルトイレに座り(後述)、用を足す(5)排泄が終わったら、そのまま洗浄してベッドに戻る トイレまでの移動時のポイント (3)の移動時、私は頭部を自分の力で保持できないため、頸部カラーを装着しています。 私はこれを装着し、人工呼吸器をつけたままリフトで体を吊り上げて、トイレに移動しています。 トイレに移動した後のポイント (4)のトイレに移動したとき、一つめのポイントは便座に完全に座らないことです。 完全に座ってしまうと、自分の力で体幹を支えないといけませんが、この段階の多くのALS患者さんはそれができません。なので、体幹の保持はリフト用シートに任せて、リフトに吊られたまま、お尻をわずかに便座にのせて、全体のバランスをとります。 ここでもう一つのポイントが、トイレの前に足台を置くことです。足を足台にのせることで、足の重みを分散させることができますし、和式便器に座っているような姿勢になるため、腹圧がかかりやすくなります。 ALS患者さんは、腹筋もだんだんと弱くなり、排泄時にいきめなくなってくるので、自然に腹圧がかかるこの姿勢はとても合理的です。 今でもこの方法で排泄できています 私は自分の力でまったく腹圧がかけられなくなった今でも、下剤の内服や座剤で調整しながら、この方法でトイレでの排泄ができています。ベッド上で排泄することに抵抗がある人はご検討ください。 ただ、誰もが簡単にできる方法ではありません。試される際は、必ず主治医の同意のもと、慣れるまでは看護師やリハビリテーションスタッフの立ち会いの上で行なってください。 ベッド上の生活を快適に過ごす工夫 ベッド上で入浴できる浴槽 トイレの問題とともに、歩けなくなって困るのが入浴の問題です。 要介護度にもよりますが、週1~2回程度は訪問入浴サービス(専門のスタッフが自宅まで浴槽を持ってきて、入浴介助を行なってくれるサービス)を使って入浴もできます。ただ、毎日でもお風呂に入りたい人には工夫が必要です。 電動介護リフトを風呂場につけることもできますが、私の家では構造的に大規模な工事になってしまうのと、家族が使用するスペースが狭くなってしまうため、リフトの設置はやめました。車いすに移乗できる間は、風呂用の車いすに乗って風呂場まで行き、車いすごとシャワーを浴びていました。 体幹の保持が難しくなったり、人工呼吸器が外せなくなったりしたら、この方法も難しくなります。そんなとき、ビニールプールのような簡易浴槽を使用して、ベッド上で入浴できる方法を見つけました。 まず、ベッドの上に寝ている状態で、浴槽をシーツのように体の下に敷き込んでから、空気を入れて膨らませます。私が使っているものには、強力なハンドブロア(送風機)が付いていました。この方法だとベッドに寝たまま入浴ができます。人によっては頭が前屈しすぎてつらい場合があり、そのときは肩甲骨の下にバスピローを入れて高さを調節します。 注水・排水は専用のポンプも使えますし、私は浴室からホースで直接ベッド上の浴槽に注水し、入浴後は、付属の排水ホースを浴室まで引っ張っていき、ベッドと浴室の高低差を使って排水しています。 背中に熱がこもるのを防げる送風ファン付きマットレス ベッド上で生活しているALS患者さんの多くは、自分の力では姿勢を変えられません。もちろん介助者の力を借りて適宜体位変換をしてもらうのが好ましいのですが、それでも長時間同じ姿勢でいることが多くなります。 そうなると不快なのが、特に夏場なんかには背中に熱がこもってしまうことです。他の部分には汗をかいていないのに、背中だけ汗がびっしょりなんてこともしばしばあります。 そんなときに、送風ファン付きマットレスが便利です。いくつか種類があるのですが、私は「風のマットレス ドライブリーゼ」という商品を使っています。これは、薄いメッシュ状のマットレスの下部に送風機が付いており、常にマットレスの内部に空気が循環するしくみになっていて、背中に熱がこもるのを防いでくれます。 空気を循環させるため、マットレスがつぶれすぎないように少し硬めに作られているので、人によっては硬く感じるかもしれません。その場合は、柔らかいマットレスの上に敷いて使うのがおすすめです。私は、空気で硬さを調節できるマットレス(「ロホ・マットレス」を使っています)を柔らかめにして敷いておき、この上にドライブリーゼを敷いています。電動ベッドでも使えています。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣 記事編集:株式会社メディカ出版記事協力:株式会社アテックス     アビリティーズ・ケアネット株式会社 [編集部注]記事内容は執筆者個人の見解・経験です。ロホ・マットレスの上に他のマットレスを置いて使用することは、メーカーが推奨する使用方法ではありません。

成年後見制度とは―認知症の利用者さんから「通帳を預かって」と言われたら?
成年後見制度とは―認知症の利用者さんから「通帳を預かって」と言われたら?
特集
2023年1月17日
2023年1月17日

成年後見制度とは―認知症の利用者さんから「通帳を預かって」と言われたら?

この連載では、訪問看護師のみなさんが現場で遭遇しそうなケースをもとに、利用者さんからの相談内容に関連する法律や制度についてわかりやすく解説します。法律に苦手意識がある方でも自信をもって対応できるよう、役立つ知識をお届けします。今回のテーマは財産管理にかかわる「成年後見制度」です。 事例 軽度認知症の利用者Aさん。一人暮らしを続けてきましたが、最近は物忘れが目立つようになり、ガスコンロをつけっぱなしにするなど「危なっかしい」と周囲は感じています。 そんな中、訪問看護師のBさんはAさんから次のように依頼されました。「私は子どもも連れ合いもいないし、きょうだいは疎遠だからいざというとき誰にも頼ることができないの。この前テレビで、私のような独り身の家に強盗が押し入ったというニュースを見て、急に怖くなって。あなたなら信用できるから、私の通帳を預かってくれないかしら。もちろんお礼はします。」 「Aさんと信頼関係が築けていたんだ」とうれしくなった反面、さて困ったことになったと思うBさん。利用契約上かかわっているに過ぎない一看護師ですから、そこまでできないことは確かです。通帳のお預かりはお断りしなければなりませんが、Aさんから「じゃあ、私はどうすればいいの?」と尋ねられたとき、Bさんは何と答えればよいでしょうか? 回答例 「成年後見制度という制度があって、そこで通帳の管理をしてくれるそうですよ。一度、法律の専門家に相談されるのはいかがでしょうか。難しいようでしたら、私からケアマネジャーや地域包括支援センターの人におつなぎしますね。」 通帳をお預かりすることは財産管理につながります。Aさんのように、認知症で判断力の低下が見られ、財産管理に不安がある場合、専門的なサポートが必要でしょう。このようなときに利用できる制度として「成年後見制度」があります。 成年後見制度とは 成年後見制度(略称「後見制度」)とは、認知症や精神障害などで判断力が不十分な人のために、財産の管理や収入・支出の管理、また介護サービスの利用契約を締結するといった生活環境を整える行為を代わりに行ってくれる、後見人をつける制度です(図1)。 後見人は、本人の財産の一切を預かり収入や支出を管理しますが、いわゆる「お小遣い」として自由に使えるお金を本人に渡すこともあります。実際にいくらを渡すか、また本人の希望にどこまで応じるかについては基本的に後見人の裁量に委ねられています。そのため、本人の購入希望を後見人が断り、トラブルになるケースもあります。 図1 成年後見制度の全体像 図1に示すとおり、成年後見制度には「法定後見」と「任意後見」の2つがあります。順に説明していきましょう。 法定後見 法定後見とは、すでに判断力が不十分な人に家庭裁判所が後見人をつける制度です。 法定後見は、さらに3つの類型に分かれています。認知症が重い方から順に、後見、保佐、補助とランクが用意されているイメージです(図1)。 1.後見認知症や精神障害などにより判断力が欠けている人について本人や親族らの申し立てによって、家庭裁判所が「後見開始の審判」をして、本人を援助する人として後見人を選任する制度です。後見人は、本人に代わって契約を結んだり(法律行為の代理)、本人の契約を取り消したりすることができる(法律行為の取消)など、幅広い権限を持ちます。 2.保佐判断力が著しく不十分な人について、家庭裁判所が保佐人を選任する制度です。保佐人は、本人が不動産の売却時に一定の重要な行為をすることに同意したり(一定の行為の同意)、本人が保佐人の同意を得ずにしてしまった行為を取り消したりすること(一定の行為の取消)を通じて、本人の財産を守ります。 3.補助一人で判断する能力が不十分な人について、家庭裁判所が本人を援助する人として補助人を選任する制度です。保佐人より預かる権限は限られます。 任意後見 任意後見は、判断力が十分あるときに、将来自分の後見人になる人と契約を交わす制度です。 任意後見の場合、法定後見のような分類はありません。また、本人や親族らが家庭裁判所に申し立てる必要がある法定後見と違い、将来自分の後見人になってもらう人と契約(任意後見契約)を交わします。そして、いざ判断力が十分でなくなった時点で、後見人になる人が家庭裁判所に申告をすることによりスタートします。 後見人には報酬を支払うことも 後見人の実務に対して報酬を支払うことがあります。法定後見の場合、後見人からの申し立てによって家庭裁判所が報酬額を決定します。報酬額は、被後見人の財産の規模や後見人の実務の内容をもとに妥当な金額が算定されます。一概には言えませんが、2万円程度です。 任意後見では、被後見人本人と契約を交わすため自由に報酬額を決められます。とはいえ、法定後見の金額にならうことが多く、家族が後見人となる場合、無償であることも少なくないようです。 後見制度を利用するときのメリットとデメリットは? メリットとデメリットは、法定後見か任意後見かで変わってきます。 法定後見の場合、昔からきょうだい仲が悪い、親族間で介護方針に争いがあるなど、トラブルを抱えているときに有効です。家庭裁判所に申し立てをすれば、裁判所が自動的に後見人を選任してくれるからです。その場合は通常、家庭裁判所に登録している第三者の弁護士や司法書士などが選ばれます。 見方を変えれば、家庭裁判所が独断で赤の他人を後見人に据えてしまうリスクがあるといえます。 任意後見は、親族はもちろん、NPO法人のような任意後見をサービスとして提供している団体とも契約することができます。「この人に頼みたい」という意向がはっきりしている場合、確実にその人が後見人になれる任意後見のルートがよいでしょう。一方、先にも述べたように任意後見の報酬は自由であるため、高額な金額を要求するような悪質な団体に引っかからないよう注意が必要です。 まずはオフィシャルな組織に相談してみることをすすめる 事例のAさんの場合、看護師に相談するくらいですから、身内に頼れる人がおらず、誰に相談すればよいかもわからない状況なのでしょう。後見制度については無料で相談に応じてくれる機関がたくさんありますが、まずは司法書士会や社会福祉士会などオフィシャルな組織が行っている相談を受けることがおすすめです。 ▼東京司法書士会ホームページhttps://www.tokyokai.jp/consult/free_consult.html ▼日本社会福祉士会「権利擁護センターぱあとなあ」ホームページhttps://www.jacsw.or.jp/citizens/seinenkoken/shokai.html 認知症や判断力の程度にもよりますが、「他人に自分の財産管理を任せる」というざっくりとした意味を理解できるようでしたら、任意後見の選択肢も考えられます。例えば、事例のBさんのように信頼できる人が身近にいて「その人にお願いしたい」ということであれば任意後見の方法によることで通帳管理を任せることができます。 法定後見では、判断力の低下が重度でなければ、補助人か保佐人がつく可能性が高いです。権限が限られますが、要望すれば通帳管理も任せることができます。 「いきなり専門家に相談するのは勇気がいる」ということであれば、担当のケアマネジャー、あるいは地域包括支援センターに「後見制度につなげるような支援をしてほしい」と申し送ればよいでしょう。 いずれにせよ、言われたとおり通帳を預かってしまうことは、思わぬトラブルに巻き込まれる可能性もあり、厳禁です。 執筆 外岡 潤介護・福祉系 弁護士法人おかげさま 代表弁護士 ●プロフィール弁護士、ホームヘルパー2級介護・福祉の業界におけるトラブル解決の専門家。介護・福祉の世界をこよなく愛し、現場の調和の空気を護ることを使命とする。著書に『介護トラブル相談必携』(民事法研究会)他多数。 YouTubeにて「介護弁護士外岡潤の介護トラブル解決チャンネル」を配信中。https://www.youtube.com/user/sotooka 記事編集:株式会社照林社 【参考】〇大阪家庭裁判所他「成年後見人等の報酬額のめやす」 https://www.courts.go.jp/osaka/vc-files/osaka/file/f3104.pdf 2022/12/7閲覧

ALS患者に必要な情報「実用編」~下肢(1)~
ALS患者に必要な情報「実用編」~下肢(1)~
コラム
2022年12月27日
2022年12月27日

ALS患者に必要な情報「実用編」 ~下肢(1)~

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は実用編の第3弾。梶浦さんが実際に使用した道具や工夫を紹介します。ALSはもちろん、他の疾患等をもつ方たちの生活にも参考にしてください。 下肢の症状によって何に困るか ALSの初発症状で、上肢の次に多いのが、下肢の症状です。下肢の筋力が低下すると、足が上がりづらくなり、歩きにくくなった・つまずきやすくなった・よく転ぶようになった、などの症状が出ます。また、人によっては頻回に足がつるようになり、痛みを伴うこともあります。 足を思うように動かせないし、だるい、疲れる。それでも「歩くのをやめてしまったら、今後ずっと車いすでの生活を送らなければならない」そう考えると、歩くのを諦める決断をするのには相当な覚悟がいるでしょう。 しかし、転ぶようになってしまったら、歩くことが重大な事故につながりかねません。私もギリギリまで自分の足で歩きたくて、頑張っていましたが、転んだときに受け身がとれず、そのまま顔面から倒れて眉間をパックリ切った経験があります。それ以来、歩かなくなりましたが、今思えばもっと早く歩くのをやめておけばよかったです。 車いすの選びかた 歩けなくなってからの移動手段としては、屋外では車いすの一択でしょう。車いすは、手動式のものから、電動式のもの、リクライニング機能がついておりフルフラット近くまで倒せるものなど、さまざまなものがあります。 手動式の車いすは、人に押してもらうぶんにはよいのですが、自分の力で動かそうとすると手の筋力をかなり使うので、ALS患者さんには不向きかもしれません。なので、手が少しでも動かせる間は、電動式の車いすを使う。操縦が難しくなってきたり、姿勢の保持がつらくなってきたりしたときに、リクライニング機能付きの車いすに乗り替えていくのがよいのではないでしょうか。 電動式の車いすには、ヘッドレストが付いていないものが多いのですが、ヘッドレストを後付けすることもできます。頭部の保持がつらくなってきたら、早めに付けることがおすすめです。 車いすクッションの選びかた 車いすには長時間座っています。それを考えると、車いすクッションの選択もとても重要です。 筋力が残っている時期は硬さがあるタイプを 立ち上がりや、座りなおしができる間は、少し硬さのあるもののほうがよいと思います。柔らかすぎるものは、お尻が沈んでしまい、立ち上がるときに足に力が入りにくくなってしまいます。 私の場合は、いろいろ試した結果、「アウルREHA 3Dジャスト」(加地)というクッションがよかったです。 これは適度な硬さがあり、3D形状が体にフィットして、姿勢の保持をサポートしてくれるため、座っているのも立ち上がるのも楽でした。 立ち上がりが難しくなったら体圧分散できるタイプを 足に力が入らなくなり、介助者の力を借りても立ち上がりや座り直しができなくなったら、柔らかくて体圧分散機能の高いものがよいと思います。長時間同じ体勢でもお尻が痛くなりにくいです。 私は「ロホ・クァドトロセレクト」(アビリティーズ・ケアネット)のハイタイプを愛用しています。 屋内のちょっとした移動に適したいす 屋外での移動は車いすがよいのですが、車いすだとサイズが大きく小回りも利きにくいので、自宅内でのちょっとした移動には不便なことがあります。 そんなときに重宝したのが、「ユニ21EL電動・低床」(アビリティーズ・ケアネット)です。 このいすは、車いすよりも小回りが利き、座ったまま足こぎで移動できます。歩くことは難しくなったが、まだ足こぎはできる程度の筋力が残っている間はとても便利でした。電動で座面を昇降できるため(左右両方の手すりの下にボタンがある)、足こぎするときは座面を低くし、立ち上がるときは座面を高くしてブレーキで後輪をロックすることで、立ち上がりも安全に楽にできます。 立ち上がりやすく快適なソファ 日中ベッド以外で過ごすときにとても快適だったのが、起立補助機能がついた電動リクライニングソファでした。 私は、歩けなくなっても、いすから立ち上がる程度の筋力がまだ残っている間は、ベッドではなく、できるだけ車いすやソファで過ごしたいと思っていました。 そんなときに探し出したのが、起立補助機能つき電動リクライニングソファです。このソファは電動で座面後部がせり上がるため、立ち上がるのがとても楽でした。また、フルフラット近くまで倒すこともできるので、休みたいときは楽な姿勢で休むことができます。 このような機能がついているソファが、福祉用具店だけではなく、大型家具店でも売られていますので、興味のあるかたはぜひ調べてみてください。諸事情により商品名は割愛しますが、私は大型家具店の5万円台のものを使っていました。 立ち上がりが難しくなったら 立ち上がることが難しくなり、ベッドから車いすへ移動しにくくなったときにとても便利なのが、電動介護リフトです。力がない介助者でも、一人で移動介助を行うことができます。 スリングシートの選びかた 電動リフトでは、体の下にリフト用のスリングシートを敷き込んで、スリングシートごと体を包み込んでハンモックのような状態で体をリフトで吊り上げて移動します。 スリングシートはいろいろ種類がありますが、ALS患者さんは徐々に頭を支える筋力も落ちてきて、自分の力では頭を支えられなくなってしまいます。なので、頭まですっぽり覆えるタイプのものをおすすめします。 リフトの種類 リフトには床走行式と天井走行式の二種類あります。 床走行式は置くだけなので設置は簡易ですが、大きいので置くスペースが必要なのと、高さがあまり出せないという難点があります。 一方天井走行式は、設置には工事が必要ですが、スペースを広く活用できて、天井高に応じて高さがかなり出せるので移動がスムーズにできます(工事が不要なレール組み立て式もあります)。 どちらもメリット・デメリットがありますので、ご家庭の状況に応じて検討していただければよいかと思います。ちなみに、私は天井走行式を使っています。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版記事協力:株式会社加地     アビリティーズ・ケアネット株式会社

消毒による手荒れや室内の乾燥...冬場の乾燥対策どうしてる? 【訪問看護師アンケート】
消毒による手荒れや室内の乾燥...冬場の乾燥対策どうしてる? 【訪問看護師アンケート】
特集
2022年12月20日
2022年12月20日

消毒による手荒れや室内の乾燥…冬場の乾燥対策どうしてる? 【訪問看護師アンケート】

ただでさえ冬は乾燥する季節。頻繁に手洗いや消毒を繰り返す看護師は、特に乾燥による肌荒れに悩まされます。訪問看護師の場合、利用者さんのお宅の乾燥が気になることも。皆さんはどのような乾燥対策をしているのでしょうか? 訪問看護師22人に実施したアンケート結果をご紹介します。 アンケート実施期間:2022年10月25日~11月22日 全員が手指の乾燥が気になっているという結果に 冬場、訪問看護の業務中に肌の乾燥が気になることがあるかどうか調査したところ、全員「ある」と回答。また、全員「手指の乾燥が気になる」という結果でした。「すね」「かかと」が気になるという人も半数程度います。 業務のなかでも、やはり手洗いや消毒をしているときに乾燥が気になるとのこと。入浴介助や自転車・自動車の移動時に気になるという人も数名いました。 乾燥による肌荒れ対策。やはりハンドクリーム&リップクリームの保有者多し では、皆さんはどのような乾燥対策をしているのでしょうか。 約90%の人がハンドクリームを使用していると回答。リップクリーム、ボディクリームも人気でした。 具体的な対策内容について、以下のような声が聞かれました。 「乾燥肌の症状が強くなる前から保湿対策を行います。業務で自転車に乗るときは、マフラーを巻いたり上着の襟を立てたりして頬や口唇に外気が当たらないようにするほか、手袋も着用します 」(50代) 「水分を少なくとも1日1リットルは必ず摂りますね。日頃使用するハンドローション、クリームはベタつきの少ないものをこまめにつけます。勤務中の顔の乾燥に対してはシアバターをつけていて、ローション、クリーム類は無香料を使っています」 (50代) 症状が出る前の早めの乾燥対策や、業務に影響が出にくい保湿剤のセレクトは参考になります。その他、加湿器を使用している人や、「入浴後の保湿を大事にしている」という人も複数いました。 使用している保湿剤としては、・ヘパリン類似物質クリーム・ミネラルオイル・ワセリン等が主成分のクリーム・ひび・あかぎれに悩む人用のビタミン系クリームなどが人気でした。 一方で、以下のような声も。 「できる限り移動中にハンドクリームを塗ろうと思いますが、結局朝一しかできません……」(50代) バタバタと訪問看護業務をこなしているうちに、自分の乾燥対策が後回しになってしまうケースは多いでしょう。回答者のなかには「消毒と同時に保湿できるハンドクリームを使っている」という人もいました。時間がない人は、こうした製品を使用して「消毒時に保湿」する流れを作ってしまうのもひとつの手かもしれません。 訪問看護の利用者さん宅では「お湯・お水をはる」「加湿器の設置」を提案 では、利用者さんの乾燥対策についてはどうでしょうか。回答者のうち95%以上が、「利用者さん宅で乾燥が気になることがある」と答えています。病棟とは異なり、利用者さん宅の温度・湿度環境は簡単に調整できませんが、室内が乾燥していると利用者さんの肌トラブルの原因になってしまいます。 乾燥が気になったとき、どのような提案をしているのか聞いてみました。 「乾燥が気になっても提案しない」という人はゼロ。皆さん何らかの提案をしているようです。「洗面器・バケツ等にお湯・お水をはる」「加湿器の購入・設置」が同点1位という結果でした。 ただし、加湿器については賛否両論。カビを懸念する声が多く聞かれました。 「加湿器は、手入れがされずカビの繁殖に繋がるのですすめません。濡れたタオルを干す、霧吹きで加湿することをすすめています」 (50代) 「ペットボトル加湿器のような手軽で安価なものを提案します。その際、カビ対策についても言及します」 (30代) 「タオルや洗濯物を室内に干すことを提案するほか、カビが発生しないタイプの簡便な加湿製品を提案します。また、自分たちが訪問中、安全を確保したうえで電気ポットの蓋を開けて蒸気をあげることもあります」 (50代) そもそも加湿器の提案を避けている人もいれば、カビが繁殖しないタイプの加湿器・加湿製品を提案している人も。手入れが行き届かないことを考慮して、利用者さんが安全に少ない負担で続けられる加湿方法をアドバイスしているようです。 「提案してみよう」「実践してみよう」と思えるものがあれば、ぜひ明日からの訪問看護にいかしてみてください。 記事編集:NsPace編集部

「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!
「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!
コラム
2022年11月29日
2022年11月29日

「気管切開+誤嚥防止術」という考えかた!

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、嚥下機能が低下しても誤嚥を起こさなくする、誤嚥防止術のお話です。 誤嚥防止術という選択肢 ALS患者さんで、気管切開は受けても、誤嚥防止術まで受ける人はかなり少ないのが現実です。 気管切開をするかどうかギリギリまで悩んで、結果的に呼吸状態が悪化して緊急処置として気管切開をする人もいます。また気管切開をするかどうかで頭がいっぱいで、その先にある誤嚥防止術のことまで考えられない人や、そもそもその選択肢を知らない人もいます。 気管切開をして人工呼吸器をつけて生きていくと決めた人には、誤嚥防止術を受ける選択肢もあることを、ぜひ知っておいてほしいと思います。 気管切開をするとどうなる? 気管切開という手術は、文字どおり気管を切開して、気管と外部(皮膚)を交通する孔を開ける方法です。その孔に外部からカニューレという管を入れて、そこに人工呼吸器をつないで呼吸をサポートしてもらいます。 この方法で安定した呼吸状態が確保されます。カニューレには、空気で膨らむ風船のようなもの(カフ)が付いています。カフを膨らませることで、カニューレを気管内に固定することができ、同時に、喉から気管内に垂れ込んでくる唾液をせき止める働きもします。しかし、垂れ込みを完全に予防することはできず、カフの脇から垂れ込んだ唾液は適宜吸引しないといけません。吸引しきれず肺の奥に落ちてしまった唾液は、誤嚥性肺炎の原因になってしまいます。 唾液の垂れ込みを防ぐ誤嚥防止術 唾液の垂れ込みを完全に防ぐために気道の一部を閉鎖する手術が、「誤嚥防止術」です。喉頭を温存するか・気道をどの部分で閉鎖するか(声門上か、声門部か、声門下か)などによって、いろいろな術式があります。 以上のように、さまざまな術式がありますので、誤嚥防止術を検討される人はぜひ主治医と相談してみてください。 誤嚥防止術のメリットとデメリット 私は将来的に誤嚥防止術を受けると決めており、手術や入院の回数を減らすため、気管切開+声門閉鎖術を同時にしました。 嚥下機能・発声機能が残っている人や、いきなり誤嚥防止術を受けることに抵抗がある人は、呼吸状態を安定させる目的で、まずは気管切開のみで様子をみる。その後嚥下機能が低下して、唾液の垂れ込みが多くなって気管吸引の回数が増えたり、誤嚥性肺炎を起こしたりがあれば、改めて誤嚥防止術を行うという方法もあります。 誤嚥防止術を行うメリット・気管吸引の回数が減るので、本人・介助者ともに負担が軽減される・誤嚥性肺炎を起こすリスクがなくなる・誤嚥をするリスクがなくなるので、多少の嚥下機能が残っていれば、食べかたの工夫(後述)しだいで長期間食事を楽しめる誤嚥防止術を行うデメリット・発声を失う・気管切開のみ受けた人は、もう一度入院して手術を受けなければならない・手術をできる医師と施設が少ない 食べかたの工夫 以下は、私が行なっている方法です。個々の嚥下機能に依存しますので、すべての人ができるわけではありませんので、お試しする際は必ず主治医の同意のもと、言語聴覚士(ST)さんとともに行なってください。 嚥下の工夫 嚥下機能が低下していて気管切開(誤嚥防止術)をしていない場合は、誤嚥を予防するために顎を引くようにして嚥下するのがよいです。頸部を後屈した姿勢で嚥下しようとすると誤嚥しやすくなるので、注意が必要です。 誤嚥防止術を受けている場合は誤嚥をする心配がないので、逆に、頸部を後屈したほうが飲み込みやすいです。頸部を後屈した姿勢で、食べ物を飲み込むタイミングで介助者に顎を上げてもらい、嚥下反射を促してもらいながら、重力を利用して食事を喉の奥に落とすイメージで嚥下します。表現が悪いかもしれないですが、鵜飼いの鵜のイメージです。私はベッドの角度を40度まで上げて、枕を薄くして首を後屈した状態で食事をとるようにしています。 食形態の工夫 残存する嚥下機能にもよりますが、一般的には、食事の形態もできるかぎりペースト状やトロミ食のほうが、嚥下はしやすくなります。粒状のものは、喉の奥に引っかかる感じがして嚥下しにくく、私の場合は喉の奥を綿棒でつつかれた感じがして、嘔吐反射を起こします。 私は、固形物を食べたいときは、ガーゼに包んで奥歯で咀嚼し、食事の味だけを楽しんでいます。味を搾り出した後はガーゼごと取り出します。この方法はかなりおすすめで、果物など汁気の多い食べ物はもちろん、焼肉やお刺身から、ラーメンなどの麺類まで、幅広く楽しむことができます。 ちなみに私は、焼肉をガーゼに包んで奥歯で咀嚼して味を絞り出した後に、味付けした生卵とお粥を食べて、「すき焼き風」にして楽しむことが多いです。 液体の飲みかたの工夫 飲み物などの液体は、嚥下機能が弱くても重力を利用して比較的簡単に摂取することができます。ただ、コツがいります。ふつうのコップで飲もうとすると口の脇からこぼれてしまいます。 上述した食事のときの体勢をとり、介助者に顎を上げてもらい後屈した姿勢を保ちながら、舌の真ん中~やや奥に飲み物を入れるとこぼさずにうまく飲めます。 私は30mLのカテーテルチップ型シリンジに飲み物を入れて、口に差し込んで飲んでいます。この方法ですと、ちょうどシリンジの先端が舌の真ん中あたりにきます。目盛が付いているため一回に入れる量も調整しやすく、おすすめです。 味覚変化をふまえた介助の工夫 誤嚥防止術をしてもしなくても、気管切開をして人工呼吸器を装着すれば、鼻腔に空気は通らなくなるため、匂いはほとんどわからなくなります。 また私の場合は味覚も変化しました。甘味・塩味は変わりませんでしたが、苦味・酸味・辛味などは強く感じるようになりました。特に苦味はかなり強く、大好きだったコーヒーやビールは飲めなくなりました(人によると思いますが)。 ちなみに、甘味・塩味は舌先で感じるので、介助者には舌の手前~真ん中に食べ物をのせるように食事介助してもらうと、より味を感じやすくなると思います。 以上、私が思いつくかぎりのメリット・デメリットを書いてみました。誤嚥防止術を行うかどうかの参考にしていただけたら幸いです。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇荻野美恵子ほか編.『神経疾患の緩和ケア』東京,南山堂,2019,364p.

【多職種連携】理学療法士が訪問看護でヒヤッとしたこと4選
【多職種連携】理学療法士が訪問看護でヒヤッとしたこと4選
特集
2022年11月22日
2022年11月22日

【多職種連携】理学療法士が訪問看護でヒヤッとしたこと4選

訪問看護の現場は病院やクリニックと全く異なる環境ですが、ヒヤリハットは同じように存在します。例えば、訪問看護スタッフの人為的なミスや、利用者さんが起こす予想外のハプニングなどです。一方、利用者さん宅へ移動中に起こる交通ハプニングもあり、これは訪問看護ならではのものですね。 今回は理学療法士である私自身が、訪問看護で経験したハプニングについてご紹介します。 目次・訪問看護ならではの車に関するトラブル・パーキンソン病を患う利用者さんの薬が切れてヒヤリ・利用者も介助者も転倒しそうになる場面がいっぱい・歩行訓練中、床に落ちている内服薬を発見・隠さずに共有することが大切 訪問看護ならではの車に関するトラブル 医療の現場ではなく「訪問」看護だからこそ起こり得るものとして、交通手段でのトラブルがあります。土地勘がない道路での運転は慣れが必要ですので、訪問看護の初めには道に迷うことが少なからずあります。 私が実際に経験したものとしては、道を間違えてしまい約束の時間に訪問予定のお宅にたどり着けなかったということがありました。可能であれば、訪問看護に伺う前にルートの確認ができればベストですね。しかし、時間に余裕を持って行動していれば多少の間違いがあっても大きな問題となることはなさそうです。 同じく車で起こり得るヒヤッとすることとして、スピード違反や事故といったものもあります。もちろん、訪問看護の車だからといって交通違反は見逃してもらえません。これらも時間に余裕を持って行うことが大切な予防策です。 また訪問看護の利用者さんのご自宅に十分な駐車スペースがない事もあります。路上に駐車する際は場所をご家族に確認することが必要ですね。実際に、利用者さんの家族に確認し忘れて、お隣の敷地に駐車してしまったために駐車違反の切符を取られた同僚もいました。近隣なら自転車など別の手段を使用するのも手段の一つですね。 パーキンソン病を患う利用者さんの薬が切れてヒヤリ 訪問看護の現場では時に日中独居の方もいらっしゃいます。 実際の例として夕方に家族が帰宅するまでの間、さまざまな職種が訪問をして投薬管理や日常生活のケアをしていた重度のパーキンソン病の利用者さんのお話をしたいと思います。その方は、娘さんと2人暮らしでしたが日中は独居であり、また薬のオンオフが激しく薬が切れてしまうと動作の最中でも動けなくなってしまう方でした。 1時間ごとにケアワーカー、ナースなどが訪問し、薬の飲み忘れがないかどうかも含めて管理していましたが、ある日訪問すると返答がなく、いつも座っている車椅子にもいません。呼びかけにも、声が出にくくなるというパーキンソン病のせいか返答もなく、少し開いているトイレを覗いたところ、車椅子に移る動作の途中転んだようで地面に倒れていました。薬の作用が切れてしまったらしく、立ち上がれなかったとのこと。病気によってはこのようなハプニングもあります。かかりつけ医に報告しましたが、診察の結果、骨折等もなくひと安心となりました。 利用者も介助者も転倒しそうになる場面がいっぱい これは訪問看護でも病院でも起こり得ることですが、トイレや車椅子への移乗もしくは歩行訓練中に、利用者さんがガクッと膝折れを起こしてしまいバランスを失うという事があります。実際に、脳梗塞後の高度な高次脳機能障害のある70歳女性のトイレ移乗動作を介助している時に、体が反り返ってガクッと膝折れを起こしてしまい、倒れこむようにベットに寝かせた経験がありヒヤッとしました。安全のために、歩行介助ベルトなどをつけて訓練を行いますが、不意に起こると対応が難しい場合もあります。やはり不測の事態にも備えて介助することが必要ですね。 また、訪問看護では靴を履きませんので、畳やフローリングなどで滑ることがあります。入浴現場での介助では、水滴や石鹸など一層滑りやすい要素もいっぱいです。余分な水分は十分に拭き取り、あらかじめシミュレーションを行って予防策を練ることが大切です。 歩行訓練中、床に落ちている内服薬を発見 訪問看護を受けている利用者さんの中には、年老いた配偶者が介護をしている老々介護の場合もたくさんあります。ご夫婦ともに軽度の認知症があると言った場合には、薬の内服に関することなどでもヒヤッとすることがあります。 実際の現場で起こった話として、日中はご高齢のご夫婦のみとなる利用者さんの自宅内で歩行訓練中、ベッドの下から内服薬が落ちているのを発見したことがあります。ご夫婦ともに軽度の認知症があり、落ちていた内服薬は、錠剤のみになっているためにどのような薬効のものなのかわからず、またいつに落としたものなのか、飲ませてもいいものかわからずにヒヤッとしたことがあります。 幸い全てのお薬には、製薬会社のマークと番号などが記載されているため、薬剤師さんに問い合わせたところ、胃薬であることがわかって飲まなくてもいいということになりました。 しかし、様々な病気を持ち合わせている可能性がある高齢者の場合には、循環器系の大切なお薬が含まれている場合もあり、飲まないと困るということもありますので、大切なお薬に関する知識も大切です。また、このような場合にはしっかりと報告し、専門家の指示を仰ぎましょう。 隠さずに共有することが大切 おわりになりましたが、どんな仕事内容の現場であってもヒヤッとする場面は存在します。 訪問看護のスタッフが起こす人為的なものだけでなく、利用者さんが薬を落としたり無くしたり、利用者さんご自身が体のバランスを崩して転倒してしまうなど、避けられない事態によることもあります。 また、病院では起こり得ないような交通手段でのヒヤッとすることは、訪問看護ならではのものですね。 重要なのは、現場でのヒヤッとしたことを放置せずに他のスタッフなどと共有することです。隠さずに共有することは、大きな事故を防ぐことや同じような状況下で起こり得ることを予測して対応策を考えることができるという利点もあります。もちろん、ヒヤッとした時には慌てることがないように行動することが最も重要ですので、普段からパニックに陥らないように心がけたいものですね。 記事提供:株式会社3Sunny(スリーサニー)

新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと
新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと
インタビュー
2022年11月15日
2022年11月15日

新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと

前回「新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.1 新人看護師が感じていること」の記事で、新卒から訪問看護の世界に飛び込んだ3名の看護師の声をお伝えしました。今回は、その3名がキャリアを積んでから感じたこと、新卒者が訪問看護に携わることに対しての思いを取り上げます。 先輩になった今、後輩にしているサポートは? 職業を問わず、最初は新人であっても年月を経るにつれて経験を積み、次第に教える立場になっていきます。では、3名の新卒者は自分が先輩の立場となり、後輩をどう支えているのでしょうか?Aさん・訪問看護歴6年「最初は分からないこと自体が分からないと思うので、自分や歴代の新卒者さんがどのような勉強をしたかを伝え、誰もが同じようにできなかったところから乗り越えていることを伝えるようにしています」 Bさん・訪問看護歴6年「まずは相手の思いや考えを聞き、一旦受け止めます。そして、できていることは些細なことでも言葉にして伝えています」 Cさん・訪問看護歴7年「相手のできていないところばかりではなく、できているところはそのまま認めて、フィードバックすることを大切にしています。また、後輩の話を聞くときは、必ず手を止めて聞きますね。そして後輩が考えている時には待つ。答えをいわないようにして、後輩が自分自身で考えられるようにしています」 まずは後輩の思いや悩みを受け止める、という点は3名に共通しています。これには理由があり、自身の経験が少なかったころに「もう少し振り返りの時間がほしかった」(Bさん)、「自信を持てるような声かけ、フィードバックがほしかった」(Cさん)と感じたからだそうです。これから新卒者を迎える管理者、先輩看護師の方は、じっくり話を聞く時間を設けると良いかもしれません。 新卒を受け入れるために必要な環境、体制、心構えは? 未経験の人が訪問看護ステーションで働き、成長していくためには、何が必要なのでしょうか。大きく分けて、「新卒を受け入れる心構え」と「技術を学ぶ場」の2点が挙がりました。 Aさん「教育担当者や所長だけでは受け入れる側の負担も大きくなってしまうため、スタッフ全員で新卒を育てる気持ちが大切だと思います」 Bさん「看護技術・手技の勉強と復習を行いやすい環境が大切だと思います。受け入れる側の心構えとして、新卒でもできる、応援しているというスタンスが必要ではないでしょうか」 Cさん「受け入れる側の心構えとして『できなくて当然。時間がかかって当然』『新卒ウェルカム!』という余裕は必要だと思います。看護技術取得ができるような体制づくりも必要だと考えます」 新卒だからこそ、いち早く技術を習得して少しでも先輩方に追いつきたいもの。技術取得のための体制については、「大きめのステーションのほうが教育・体制面が整っている傾向にありそう」(Cさん)といった声も聞かれました。 「新卒からの訪問看護」にはどんなメリット・デメリットがある? 最後に、新卒者が訪問看護に携わるメリット・デメリットを聞いてみました。Aさん メリット・さまざまな先輩看護師と同行訪問することで、多様な看護観に触れられる。・一般常識が身につく(医療・介護物品などのコスト意識、訪問先のご自宅や外部連携でのマナーなど)。 デメリット・手技の獲得やひとりだちまで時間がかかり、ある程度自信をもって訪問できるまでは不安や劣等感を感じやすい。・事業所の教育体制によっては、ひとりで訪問する重圧、不安が大きい可能性がある。 Bさん メリット・利用者さんの生活や人生の一部に入り込むことができる。加えてもらえる。・医療者や支援者の知識が必ずしも正解ではないことを、利用者さんを通して気付ける。 デメリット・病院に就職した同期と比較してしまうと、スピード感の違いに落ち込む。・新卒訪問看護師への偏見がまだある印象がある。 Cさん メリット・夜勤がないため生活リズムが整いやすいこともあり、それによって『しんどいからやめたい』という看護師は少ないように思う。・キャリアが広がる印象がある(管理者、大学・大学院の教員、ケアマネ取得など)。 デメリット・スタッフのマンパワーが必要なケースが多い。・ステーションによって教育のしかたやスタッフの関わり方・雰囲気、利用者さんの受け入れ幅などが異なるが、新卒訪問看護師向けの情報が少ない。 「新卒からの訪問看護」は、乗り越えるべき課題がありますが、今回お話していただいたかつての新卒者の方々も、現在では一人前の訪問看護師として立派に仕事をこなしています。 新卒者を募る場合、訪問看護のメリットをアピールしつつ、ステーションとして新卒者の悩みや課題に向き合う姿勢を示してみてはいかがでしょうか。 記事編集:NsPace編集部

新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.1 新人看護師が感じていること
新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.1 新人看護師が感じていること
インタビュー
2022年11月1日
2022年11月1日

新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.1 新人看護師が感じていること

訪問看護師の中には、新卒ですぐに訪問看護ステーションで働く人もいます。こうした新卒の訪問看護師のみなさんは、どんな思いで働き始め、何に悩んでいるのでしょうか? NsPaceでは、新卒から訪問看護師になった3名の方々にお話を伺いました。 新卒で訪問看護を選んだ理由は? まず、なぜ新卒で訪問看護師の道を選んだのか、聞きました。すると、次のような三者三様の答えが返ってきました。 Aさん・訪問看護歴6年「自分の祖父母が在宅医療という選択肢をもてるようにしたいと思っていたことや、大学のサークル活動で神経難病を患っている方がご家族と穏やかに自宅で過ごしている場面に出会い、素敵だと思ったからです」 Bさん・訪問看護歴6年「利用者さんとゆっくり関わることができるからです。在宅看護学実習で、テキパキと処置をしながら、利用者さんに適切な情報を伝える・聞き出す訪問看護師に憧れを抱きました。誰もやったことがないことだから、おもしろそうと思い、飛び込みました」 Cさん・訪問看護歴7年「訪問看護に興味を持ったきっかけは、大学での領域実習でした。在宅では、 利用者さんと向き合う時間的な余白があり、利用者さんと看護師が対等の立場であるように感じました。その人がその人らしく生活できて、それを支援できる訪問看護がすごく魅力的に感じたので、訪問看護師になろうと思いました」 ご家族に訪問看護師という選択肢を加えたい、実際の訪問看護師の姿に憧れた、在宅医療・訪問看護に医療の理想の形を見た、というのが訪問看護師になった直接的な理由でした。一方、共通点として看護学生時代の経験を踏まえて、最終的に訪問看護師となる決心をしたことが見て取れます。 ひとりだちするまでの過程で困難に感じたことは? では、実際に新卒から訪問看護師となって感じた壁は何でしょうか。こちらの質問も、さまざまな悩みをもったという答えが返ってきました。 Aさん「一つひとつの判断が正しいか、症状を見落としていないかという不安がありました。先輩への報告でも、簡潔に必要な情報と自分のアセスメントをまとめることが難しかったです。状況や体調に変化があった場合に臨機応変に報告をしたり、手順を変更したりすることも困難に感じました。また、時間がかかりすぎて、訪問時間内に必要なケアを行うことも難しかったです」 Bさん「できなかったことに注目して落ち込み、自信がなくなるというループから抜け出せなくなることがありました。自分の『できるであろう』の基準を高く設定してしまい、落ち込みやすくなっていました」 Cさん「看護技術、特に点滴などの経験が積みにくく、技術の習得は大変苦労しました。コミュニケーションが元々苦手で、人見知りも激しかったため、利用者さんとの会話に壁を感じることもありました。また、次の訪問まで待てるのか?今すぐ対応すべきなのか?と、緊急度合いの判断がつきづらいときも困難さを感じました」 技術的な悩みもさることながら、判断に間違いがないか、との不安を抱きやすいようです。そして、「週1回2時間ほどの振り返り面談をしていただきました」「オンコールは管理者の許可を得てから訪問し、実際に報告すると『合っているよ、いいよ』と声掛けをしてもらえて、認めてくれるようなサポートをされていました」(どちらもCさん)というように、その都度のフィードバックがあると新卒者は安心感をもつようです。 先輩・利用者さん・ご家族からの言葉で印象に残っていることは? このように技術を身に着けていく間で、看護師のモチベーションとなるのが利用者さんや先輩看護師からの言葉です。また、直接的な感謝や励ましでなくても、先輩が自分を思ってくれているのがわかると、嬉しさを感じるとの声もありました。 Bさん「利用者さん・ご家族からの『いつもありがとうね』『助かるわ』『待ってたよ』という言葉です。また、しばらく訪問していなかった利用者さんが『元気にしとるんか?』と気にかけていたよ、と先輩から聞いたときも嬉しかったです」 Cさん「利用者さんからの言葉では、何度もクレームをいただいた方に『Cさんだったら、任せられるわ』と声をかけてもらえたことが印象に残っています。先輩からの言葉では、『どうしたらCさんにとって良いのか分からない』といわれたとき、私のことを考えてくれていることが伝わって嬉しかったですね。ほかにも『訪問するときに何が一番大切か分かる?毎回訪問時、同じテンション、声のトーンで訪問すること』と教えられたなど、数え切れないほどあります」 利用者さんからストレートにかけられる感謝や信頼の言葉は、新卒者に限らずベテランの訪問看護師でも嬉しさを感じることは変わらないでしょう。一方、前述の「困難に感じたこと」と同様に、先輩からのアドバイスは具体的に、どこを良くすれば改善されるかまで言及すると、新卒者や若い看護師自身の成長にもつながります。 続きの記事もありますので併せてご覧ください。次回「新卒訪問看護師に聞いてみました! vol.2 新卒者から「先輩」になって思ったこと」 記事編集:NsPace編集部

コラム
2022年10月25日
2022年10月25日

ALS患者最大の選択肢。気管切開するか? しないか?

ALSを発症して7年、41歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、気管切開をするかしないかの葛藤を経て、ALS患者さんや支える人に伝えたい梶浦さんのメッセージです。 ALS患者が通る大きな決断 ALS患者は、その診断名を告げられてから、つらい選択肢をいくつも乗り越えていかなければなりません。仕事をやめるタイミングや、自分で食べることを諦めて人に食べさせてもらうタイミング、歩くことを諦めて車いすで移動するタイミングなど、さまざまなことを決断しないといけません。 そのなかでも大きな決断は、「胃瘻を作る手術をするか?」「気管切開をして侵襲的人工呼吸療法(TPPV)を行うか?」だと思います。 「胃瘻を作る手術をするか?」に関しては、第7回でも書きましたが、早期に行うことを強くおすすめします。ALSでは栄養療法がとても重要ですし、嚥下が困難になったときの栄養や薬剤の投与経路を確保する点でも、とても大切です。 「気管切開をするか?」に関しては、多くの患者さんがいちばん悩むところでしょう。 気管切開をするか? しないか? 気管切開をするほうがよいのか・しないほうがよいのかについては、簡単に答えが出せる問題ではありません。患者さん自身を取り巻く環境や、人生観によって大きく左右されることになります。 最終的には本人が決めていくことになるのですが、本当は生きたいのに、家族に負担をかけたくないという思いから気管切開を諦める人もいます。体も動かせず、声も出せない状態になることが想像できず、生きていける自信がないという理由から気管切開を決断できないでいる人もいます。また、残念ながら医療者側の無知により、気管切開をする選択肢を奪われてしまう人もいます。 そのような理由から、日本のALS患者で気管切開を行う人はわずか20~30%にとどまります。この数字を見た人の多くは、やはり気管切開をして生きていくことはハードルが高く、過酷な選択であると感じるでしょう。 しかし、本連載の第4回でも書きましたが、欧米では気管切開を行う人は数%~10%強ですので、世界からみたら日本は飛びぬけて気管切開を行う人が多い国ととらえられています。その理由はさまざまだと思いますが、大きな理由として上げられるのは、日本は非常に医療福祉に厚い国であることでしょう。 公助を上手に使いましょう 重度の肢体不自由者などの要件を満たす患者さんであれば、障害者自立支援法の重度訪問介護制度の対象です。重度訪問介護を使えば、介護保険とは別にヘルパーによる訪問介護サービスを受けることができます。一人ひとりの身体状況や同居家族の状況などをふまえて各市町村がサービス時間を決定するのですが、最大で一日24時間365日のサービスを受けている人もいます。(市町村ごとに独自の決定権があるため、市町村によってバラつきがあるのが難点ですが…。患者・家族が粘り強くサービスの必要性を訴えていかないといけません。) この重度訪問介護による訪問介護サービスと、介護保険による訪問介護サービスはそれぞれ独立した制度ですので、これらをうまく組み合わせれば、多くの時間を家族以外の人に支援してもらえるようになり、家族の負担を軽減できるようになります。 介護の基本は「自助→共助→公助」ですが、ALS患者は自助や共助ではどうしようもできない段階が来ます。なので公助をうまく使い、生きやすい環境を整えてください。 諸外国と比べても、こんなに手厚いサービスを受けられる国などなかなかないので、日本人に生まれてきて本当によかったなぁとつくづく思います。日本という国は気管切開して人工呼吸器をつけて生きていくには、とても恵まれた環境にあると思います。 気管切開をするか、しないか、悩んでいるALS患者さんへ さまざまな心の葛藤があるかと思います。しかし、「生きたい」という気持ちがあるのであれば、どうぞそのお気持ちを大切になさってください。私は大学病院で医師をしていたころ、生きたいと思っていても、生きられなかった患者さんを何人も見てきました。生きたい気持ちがあり、生きられる選択肢がある自分はまだ幸せなのだなぁと思ったりもします。気管切開をして、この先どうなっていくのかは私自身もわかりません。つらいこともあると思います。でも私は気管切開を行うことで呼吸苦から解放されて、たくさんの幸せな時間を過ごすことができています。そのことを考えたら、この先どんな状況になっても、気管切開をしたことを後悔はしないだろうなと思っています。 この文章は、気管切開をするかどうか悩んでいたALS患者さんから相談を受けたときに、私が送ったメールの一部です。その人からは、先の見えない不安や恐怖と闘いながらも、心の底にある「生きたい」という気持ちが伝わってきました。今は無事に気管切開を終えられています。 これはあくまでも私個人の考えかたです。気管切開をしないという考えかたを否定するものではありません。気管切開をしないという決断も立派な選択肢の一つだと思います。 ただ、この記事が、同じ心の葛藤を抱えたALS患者さんの「生きたい」という気持ちに少しでも寄り添い、心の支えになれたら嬉しいです。 コラム執筆者:医師 梶浦智嗣記事編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇荻野美恵子.『日本におけるALS終末期』臨床神経.48,2008,973-5.

あなたにオススメの記事

× 会員登録する(無料) ログインはこちら