ケア知識に関する記事

スキンケア編
スキンケア編
特集
2023年9月12日
2023年9月12日

スキンケアで褥瘡予防 洗浄・保湿・保護のポイント

スキンケアは、皮膚の生理機能を正常に保ち、その機能を十分発揮するための看護です。健やかな皮膚を維持するためには「皮膚を清潔に保つこと」「皮膚に潤いを与えること」「皮膚を守ること」を正しく理解し、ケアを継続することが大切。正しいスキンケアの継続は、失禁関連皮膚炎(IAD)、褥瘡などのスキントラブルの予防につながります。 今回は、皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表の岡部美保さんに、在宅看護に役立つスキンケアのポイントを解説いただきます。日々実践しているスキンケアをもう一度振り返り、正しいスキンケアを継続していくための「洗浄のスキンケア」「保湿のスキンケア」「保護のスキンケア」の基本をご紹介します。「保湿」と「保護」は混同しやすいので、これらの違いについてもしっかり確認しましょう。 洗浄 ~やさしい気持ちで洗いましょう~ 皮膚に付着する「よごれ」 皮膚に付着する主な汚れは、垢、汗、排泄物などです。皮膚に塗布した外用剤や保湿剤などが時間の経過とともに変化したものや、それらに付着した埃、ちり、微生物なども汚れの原因になります。垢には、古くなった皮脂や雑菌などが付着しています。皮脂や汗は、時間の経過とともにベタつきや臭いの原因に。さらに、長時間皮膚に付着した排泄物は、刺激性物質として皮膚に影響を及ぼし、失禁関連皮膚炎(IAD)などの要因になります。皮膚に付着した汚れは、適宜洗浄により除去することが皮膚を健やかに保つことにつながるでしょう。また、洗浄による爽快感は、気分転換やストレスの緩和にもつながります。 洗浄のスキンケア 汚れの成分は、皮脂と混合した油性の汚れが多いため、洗い流そうとしても水が弾き返されてしまい、水だけでは汚れを落としきれない場合もあります。そのため、洗浄剤を使用します。洗浄のスキンケアを行う際は、皮膚局所や全身状態、汚れが付着する原因や特徴、生活環境をアセスメントした上で、汚れの程度や部位、皮膚の状態に見合った洗浄剤を選択することが大切です。 洗浄剤は「皮膚の状態と汚れの程度」によって使い分ける 健康な皮膚表面のpHは4~6の弱酸性です。健康な皮膚は、洗浄時石けん(pH9〜11)の使用によって皮膚pHが一時的にアルカリ性に傾きますが、2〜3時間で回復します。これを皮膚の緩衝作用といいます。ただし、高齢者の皮膚は、皮脂量の減少などによる生理的特徴からアルカリ性に傾いているため、洗浄後の皮膚が弱酸性に戻りにくくなります。またアトピー性皮膚炎、ドライスキン、化学療法や放射線療法によって生じる皮膚症状など、脆弱な皮膚をもつ療養者においても同じことがいえるでしょう。 私は日頃、高齢者や脆弱な皮膚の療養者には、弱酸性洗浄剤の使用をおすすめしています。皮膚バリア機能の保持を考慮すると、弱酸性洗浄剤の使用は、皮膚への刺激が少なく皮膚に優しいという理由からです。一方、汚れの落ち方という点では、アルカリ性洗浄剤が洗浄力効果を発揮します。 洗浄剤には、含まれる添加物や界面活性剤などによってスキントラブルが起こる場合もあります。全身の皮膚をよく観察し、汚れの程度や皮膚の状態によって、洗浄剤を適宜使い分けることも必要です。 洗浄のスキンケアの実践 洗浄の際は、全身の皮膚を観察して異常の早期発見に努めましょう。皮膚同士が密着している部位などは、汚れが貯留しやすくなりますので留意して洗浄します。 (1)温湯の調整皮膚の洗浄に使用する微温湯は、38~40℃の熱すぎない温湯を用い、皮膚のバリア機能の低下や乾燥を防ぎます。 (2)洗浄時のポイント■泡で洗浄するきめが細かく密度のあるふわふわした弾力のある泡で洗浄すると、泡がクッションの役割を発揮して皮膚への刺激が低下します。泡の量が少ない場合、皮膚への刺激が強くなります。特に、脆弱な皮膚は、軽微な摩擦や刺激でも皮膚の損傷やスキントラブルを生じます。皮膚を強く擦らず、たっぷりの泡を転がすように優しく洗浄しましょう。 汚れが固着している場合は、あらかじめ温かいタオルなどを当てておき、汚れを軟化させてから洗浄剤を用いて洗浄すると除去しやすくなるでしょう。 入浴時、ナイロンタオルやブラシなどを用いた洗浄は、角層を損傷し角質水分や皮脂を喪失しますので、手や柔らかいタオルの使用をおすすめします。 ■洗浄剤を皮膚に残さないように洗い流す 洗浄剤成分が皮膚に残るとスキントラブルの原因になりますので、十分な微温湯で洗い流します。微温湯で洗い流すことが難しい場合は、洗い流しが不要で拭き取るタイプの洗浄剤(泡状やクリーム状皮膚洗浄剤、液状洗浄剤)などもあります。 ■皮膚の水分を拭き取る洗浄後は、清潔なタオルで優しく押さえ水分を取り除きます。この際も、皮膚へ機械的な刺激を与えないように、強く擦ることを避け丁寧に押さえ拭きをします。皮膚の乾燥にドライヤーを使用することは、熱傷やドライスキンの原因になりますので避けましょう。 皮膚の状態を評価する 特に汚れや汗が留まりやすい部分は、耳介、耳介後部、頚部、腋窩部、乳房下部、臍部、陰部、足趾間などの脂漏部・間擦部・発汗部です。洗浄や水分の拭き取りの不十分さがあると、皮膚の湿潤、さらには浸軟を生じる可能性が高くなりますので、汚れを溜めない洗浄と細やかな皮膚の観察が大切です。 保湿 ~心をこめて塗布しましょう~ スキンケアにおいて保湿とは、角層が水分を保持する働きを助け、低湿度な環境においても角層の水分量の低下を防ぐこと、といえます。 先に述べた洗浄剤を用いた洗浄のスキンケアは、汚れのみに限らず、皮膚の保湿に必要な成分も洗い流してしまいます。保湿のスキンケアを行うことにより、角層の水分保持、乾燥の予防、さらには皮膚の柔軟性や弾力性を維持することができます。 保湿のスキンケアは、冬の季節や、加齢や生活環境の影響、疾患や治療などによる皮膚の乾燥を感じる場合のみに行うのではなく、すべての年齢層の人々が、年間を通して継続することが大切です。それにより、皮膚は健やかな状態を維持できるようになります。さらにケアの継続は、かゆみの緩和やスキントラブルの予防につながります。保湿剤は、療養者個々の皮膚の状態をアセスメントした上で安全性の高い製品を選び、適切なタイミング、方法、回数、使用量で塗布することが大切です。 保湿のスキンケアの実践 (1)塗布のタイミング保湿剤を塗布するタイミングは、可能であれば入浴後15分以内が有効であるといわれています。しかし在宅では、マンパワーの不足などにより教科書通りのタイミングで保湿剤を塗布することは難しい状況もあります。大切なことは、入浴や清拭後、時間が経っても忘れずに保湿のスキンケアを行うことです。 (2)塗布の方法保湿剤を手掌にとり、手掌全体を使って皮膚に塗布すると、広範囲に均一に伸ばすことができます。皮膚の皮溝に沿って横の方向に、強く擦りすぎないように塗布します。特に高齢者や脆弱な皮膚の療養者は、軽微な摩擦やずれで表皮剥離を生じる場合があります。保湿剤の水分を封じ込めるように皮膚をやさしく押さえ、塗り込むように塗布します。皮膚の乾燥や掻痒感が出現しやすい下腿部、大腿部、側腹部、腰部などは保湿剤を丁寧に塗り込みましょう。 保湿剤のタイプ保湿剤にはさまざまな種類があります。タイプにより、べたつきや伸びの良さなどの使用感が異なります。べたつきの多い順に、軟膏>クリーム>ローションとなります。保湿剤は、ベタつきが少なく伸びのよいクリームやローションを使用すると皮膚への刺激を軽減できます。本人の好みやケアを行う家族などが使いやすいものに考慮し、皮膚の状態や季節に応じて使い分けることが大切です。 (3)塗布の回数塗布する回数が1日2回以上だと保湿効果が高くなるといわれています。特にスキン-テアの既往がある療養者は、1日2回の保湿のスキンケアを習慣化し、継続できるようにしましょう。 ただし、在宅では高齢な介護者が一人で保湿のスキンケアを行う場合もあります。高齢な介護者にとって、入浴直後や清拭後に療養者の全身に保湿剤を塗布することは大変な労力を要し、介護への疲労感や負担感を招く可能性があります。そのような場合は、温湯に浸ることで全身の皮膚表面に潤いを与え、皮膚の乾燥を防ぐことができる、保湿効果のある入浴剤を取り入れた保湿のスキンケアもおすすめです。また、在宅の予防的な保湿のスキンケアでは、たとえ1日1回であっても毎日継続して行うことが大切です。重要なことは、間隔が空いたとしても保湿を忘れず、「その家で継続できる保湿のスキンケアを習慣化する」ことです。 (4)適切な使用量保湿剤の塗布量は、皮膚がしっとり潤いつやつや光る程度が適量です。塗布後、皮膚にティッシュペーパーを当てると、ゆっくりはがれ落ちる程度が目安となります。ティッシュパーパーが保湿剤で湿り張り付いて落ちてこない場合は、塗布量が多すぎるといえるでしょう。一方、ローションやゲルタイプの保湿剤は、伸びがよいので塗布量が減少する可能性がある上、少量の使用であってもティッシュパーパーが張り付きやすくなります。皮膚の潤いやなめらかさを確認しながら、2度塗りなどで適量を塗布しましょう。 保護 ~丁寧に保護しましょう~ スキンケアにおいて保護とは、何かを皮膚に塗布(被覆)して皮膚を健やかに保つこと、といえます。皮膚は、身体の最外層でバリア機能を発揮することにより、外部の刺激から身体を守っているため、常に外部からの化学的・機械的・物理的刺激にさらされている状態です。保護のスキンケアは、皮膚の水分喪失を防ぎ、皮膚の潤いを保持し、さまざまな外部の刺激から皮膚を守る効果があります。健康な皮膚を維持するためには、毎日の保湿のスキンケアと併用して保護のスキンケアを行うことで、スキントラブルを予防することができます。 保護のスキンケアの実践 保護のスキンケアの目的は、(1)日常的に皮膚を守る、(2)排泄物から皮膚を守る、(3)外力から皮膚を守る、ことです。目的によって使用する用品やケア方法が異なります。用いるスキンケア用品には、皮膚に被膜を形成する「皮膚被膜剤」、皮膚保護クリームや撥水クリームといわれる「撥水性保護クリーム」や「保護オイル」などがあります。これらの用品を使用することで、皮膚を保護する効果を高めます。 皮膚被膜材は、使用する部位の皮膚にトラブルがないことを確認した上で用いましょう。また、使用中にスキントラブルを生じた場合は、速やかに使用を中止します。その後、基本的なスキンケアを実践し症状を観察します。症状が改善しない、もしくは悪化する場合は皮膚科専門医へ相談しましょう。 (1)日常的に皮膚を守る  日常的な保護のスキンケアの実践は、皮膚の乾燥、掻痒、浸軟の予防、さらにスキン-テア、褥瘡などの発生リスクを低減することにつながります。毎日の洗浄・保湿のスキンケアに加え、撥水性保護クリームを用いたケアを継続しましょう。 (2)排泄物から皮膚を守る  失禁などでおむつを使用している場合、おむつに覆われた皮膚は浸軟や失禁関連皮膚炎(IAD)などのスキントラブルを生じる可能性が高くなります。また、スキントラブルから褥瘡発生につながることもあります。毎日のスキンケア方法、排泄物の性状や量、おむつ交換の頻度、使用しているおむつの通気性などをアセスメントした上で、褥瘡発生部位である仙骨部、尾骨部、坐骨結節部などはもちろん、おむつに覆われている皮膚全体を含めた予防的スキンケアが大切です。おむつ交換時や陰部洗浄後に、撥水性保護クリームや保護オイルを使用することで、排泄物の水分や刺激から皮膚を守ることができます。 (3)外力から皮膚を守る 在宅療養者は、日常生活の中でさまざまな姿勢や体位をとり、移動や姿勢保持の際には、皮膚に圧迫や摩擦、ずれという外力が加わります。特に、基礎疾患や老化によって活動性・可動性の低下や低栄養のある療養者は、筋力が低下し、骨が突出した部位に外力が加わることで褥瘡を発症する可能性が高くなります。骨突出部にはあらかじめ皮膚保護材などを使用して、外力から皮膚を保護することが必要です。 また、医療用テープを使用している場合、脆弱な皮膚ではテープの剥離時などにスキントラブルを生じることがあります。医療用テープを貼付する皮膚に、あらかじめ皮膚皮膜材を使用したり、剥離剤を使用してテープを剥がしたりすることにより、皮膚への刺激を低減することができます。 執筆: 岡部 美保皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表1995年より訪問看護ステーションに勤務し、管理者も経験した後、2021年に在宅創傷スキンケアステーションを開業。在宅における看護水準向上を目指し、おもに褥瘡やストーマ、排泄に関する教育支援やコンサルティングに取り組んでいる。編集:NsPace編集部 【参考】〇岡部美保(編)『在宅療養者のスキンケア 健やかな皮膚を維持するために』日本看護協会出版会.2022.

ご遺体への最新詰め物事情
ご遺体への最新詰め物事情
特集 会員限定
2023年7月18日
2023年7月18日

納棺師解説/ご遺体への最新詰め物事情【セミナーレポート後編】

2023年4月14日に開催されたNsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「【納棺師解説】死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」。納棺師の大垣麻里さんを講師に迎え、在宅でのエンゼルケアについて、知っておきたい基礎知識やCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の流行を受けての変化を教えていただきました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。後編では、COVID-19流行以降のエンゼルケア・葬儀の情勢や、ご遺体への詰め物の対応についてご紹介します。 >>前編はこちら納棺師解説/死後24時間以降のご遺体変化と対処法【セミナーレポート前編】 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】大垣 麻里さん湯灌師・納棺師・介護福祉士/株式会社沙羅代表介護の仕事に従事する中で、多くの高齢者が自らの死への不安を抱いていることに気がつき、その旅立ちを支援する湯灌師、納棺師に転身する。その後、湯灌・納棺・メイクサービスを提供する株式会社沙羅を設立。これまで20年以上にわたり、亡くなった方やそのご家族と向き合い、「温かいお別れの場」を提供してきた。 COVID-19がお別れに与えた影響 COVID-19が発生してから3年以上が経ちましたが、その間、エンゼルケアや葬儀のあり方は大きく変わってきました。 まず発生当時、亡くなった方は直火葬となり、ご家族は収骨もできない状況でした。しかし2022年頃からは、ご遺体を透明の納体袋に入れて棺の蓋をしたままであれば、フィルム越しではあるものの、対面してのお別れが可能に。とはいっても、故人に直接触れることはできませんでした。 そして、2023年1月6日。厚生労働省から「ご遺体を清拭し、鼻や肛門に詰め物をし、紙オムツを使用していれば、納体袋には入れずにこれまでどおりの形式で葬儀をしてもよい」という事務通達が出たのです。現在では、まったく従来のとおりに、故人の顔や体に触れながらのお別れができています。葬儀の形式についても、何の制限もなく行われています。 詰め物をするメリットとデメリット エンゼルケアにあたり、対応を悩まれる方が多いのが詰め物でしょう。詰め物をするメリットとしては、やはり体液漏れが起こるリスクを低減できることです。しかし、亡くなったという事実を受け止めがたく感じているご家族の方からは「詰め物をされると、息ができないように見えて痛々しい」という声がよく聞かれます。 これをふまえて、私は見た目が悪くならないように詰め物をするのがベストではないかと考えています。 部位別の詰め物対応のポイント 詰め物をする際に気をつけたいポイントついて、部位別に詳しくご紹介していきます。 耳、鼻、口 まず、耳には基本的に詰め物を入れなくても構いません。交通事故に遭われ頭蓋骨骨折があり、出血が予想されるといったケースでは耳にも詰め物をしていますが、亡くなられたときに耳から出血や体液漏れなどが起きていなければ不要です。 続いて鼻は、小鼻ではなく、上の図に矢印で示したように鼻の奥へしっかりと詰め物をしてください。 同じく口も、図の矢印が示す部分、咽頭奥深くに舌を巻き込まないよう注意しながら詰め物を入れます。口腔内ではなく、その奥に詰めることで、気管や食道からの体液漏れをしっかりと防ぐことができます。 尿 尿漏れへの対処法は男性と女性とで異なります。 まず女性の場合は、男性よりも尿道が短いので、膀胱に溜まっている尿が出てくる可能性があります。そのため、できるだけ尿パッドをつけるといいでしょう。在宅の利用者さんは、多くの場合尿パッドや紙オムツをつけられていると思いますので、その対応で十分です。 また、膣への詰め物については、子宮疾患があって出血が見られるといった特別な事情がなければ不要です。 一方男性の場合は尿道が長いので、ご遺体を動かすたびに尿が漏れることは女性と比較すると少ないですが、念のため紙オムツを装着したり、男性用の尿パッドを巻いたりされると安心かと思います。 なお、尿道カテーテルをされていた方は、カテーテル抜去によって尿道から出血することがあるので、尿パッドをきちんと巻いてください。 便 便については、性状よって対応が異なります。硬い便の場合は、直腸に溜まっているものを可能な範囲で摘便したら、その後さらに出てくることはありません。ただし、タール便や液状便が出ている方の場合は、対処が必要です。とはいっても綿を肛門に詰める必要はなく、周囲をきれいにしてから綿で肛門を塞ぐようにして、その上から紙オムツを当てれば大丈夫です。紙オムツと肛門の間に隙間がなければ、ダラダラと漏れ出てくることはありません。 詰め物の必要性をどう判断するか 前提として、葬儀において「●●しないといけない」という決まりは2つだけしかありません。ひとつは、亡くなった後24時間は火葬できないこと。もうひとつは、棺に収めること。それだけなんです。着物を左前に着せなければならない、帯を縦結びにしなければならないといったことは、決まりではなく風習です。詰め物についても、原則としてご家族のご意向を受け止めて対応されるとよいと思います。仮に、「体液が流出したとしても詰め物をしたくない」といったご意向があれば、それに沿って対応します。 ただし、とくに在宅でお看取りをされたケースでは、COVID-19の影響も考慮されてか、ご家族は詰め物をしないことに不安を感じられることが多い印象です。また、多くのご家族は、ただでさえ急なことにショックを受け、今後のこともなかなか想像できていらっしゃらない状況です。その状況下で、体液が流出するリスクをふまえて詰め物をすべきかどうかのご判断をすることは、かなり難しいでしょう。 こうしたご家族の状況や心情をふまえると、先ほども少し触れたとおり、亡くなられた方のお顔の印象を損なわないよう、ご家族の目に触れない奥の部分に詰め物をしていくのが、私はよいと思っています。見栄えに十分に配慮して詰め物をすることが、ご家族のお気持ちに寄り添いつつ、お見送りまでの時間をトラブルなく安心して過ごしていただける方法ではないでしょうか。 可能な限り、最後の身支度はご家族と一緒に これはエンゼルケア全般に通じる話ですが、故人の身支度は、できるだけご家族と一緒に行っていただきたいです。在宅看護を選択されてきたご家族の多くは、「家族を自宅で送りたい」という想いが強いので、身支度に参加できるよう調整すると喜ばれるかと思います。 正直なところ、ご家族と一緒に支度をするとスムーズにいかないこともあるかと思います。しかし、それよりもご家族の方が「私たちも最後の身支度をしてあげた」と思えることのほうが大事ではないかと私は考えています。その経験はきっと、ご家族のその後の支えになっていくのではないでしょうか。 * * * ご家族ができるだけ心を痛めずに故人とお別れできるようにするには、ご遺体をきれいに保つための対処が必要不可欠です。そして、その対処の多くは可能な限り早く行うことが求められます。 訪問看護師のみなさんには、今回ご紹介した在宅でのエンゼルケアの方法をぜひ現場で実践していただき、「ご家族が前を向けるお別れ」の実現をサポートしてもらえたらと思います。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

【納棺師解説】死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情
【納棺師解説】死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情
特集 会員限定
2023年7月11日
2023年7月11日

納棺師解説/死後24時間以降のご遺体変化と対処法【セミナーレポート前編】

2023年4月14日に開催したNsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「【納棺師解説】死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」。納棺師の大垣麻里さんを講師に迎え、在宅でのエンゼルケアについて、知っておきたい基礎知識やCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の流行を受けての変化を教えていただきました。 そのセミナーの内容を、前後編に分けてご紹介。前編では、死後のご遺体に起こるさまざまな変化と、その対処法についてまとめます。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】大垣 麻里さん湯灌師・納棺師・介護福祉士/株式会社沙羅代表介護の仕事に従事する中で、多くの高齢者が自らの死への不安を抱いていることに気がつき、その旅立ちを支援する湯灌師、納棺師に転身する。その後、湯灌・納棺・メイクサービスを提供する株式会社沙羅を設立。これまで20年以上にわたり、亡くなった方やそのご家族と向き合い、「温かいお別れの場」を提供してきた。 死後24時間以内に起こる変化「死斑」 死斑(亡くなった方の皮膚に見られる赤紫や青紫色の斑点)は、故人が息を引き取ってから徐々に発生し、死後15時間程度で最高潮となります。発生を避けることはできませんが、きちんと対策すれば、顔に死斑が出ないようにすることはできます。 ご遺体が仰向けに寝ている場合、耳や首、背面部に死斑が出現し、顔は蒼白化していきます。これは体液や血液が重力に従って下がっていくためで、自然な死斑の現れ方です。逆に、亡くなられたときにうつ伏せの状態だった場合は、顔をはじめ体の前面に死斑が出現します。 しかし、中には仰向けになっているにも関わらず、顔が腫れてきたり、どんどん紫色に変化したりするケースがあります。これは大変よくない状況で、体内の血液が顔に流れてしまっています。ご家族の目に触れる顔をきれいな状態に保つためには、すぐに対策しなければなりません。 顔に死斑が出ないようにする方法 仰向けに寝ていても顔に向かって血液が流れてしまう場合は、できるだけ早く上体を起こすようにします。枕を少し高くしたり、座布団を挟んだりしても構いません。 このような現象が発生する方は、体格がよくて胸板が厚く、横から見たときに心臓の位置が顔より高いことがほとんどです。顔が心臓よりも下にならないようにすれば、顔への血液の流れを防ぐことができます。 また、横向きに寝ているのが安楽だった利用者さんが亡くなった場合、「故人が安楽に感じる姿勢のままにしてあげたい」と、ご遺体を横向きのままにすることを望むご家族は少なくありません。お気持ちはとてもよくわかりますが、少なくとも顔だけは、亡くなった後すぐに上に向けるようにしてください。 もしそのままにしておくと顔の片側にだけ死斑が出てしまい、それをカバーするために通常よりも濃いお化粧をしないといけなくなります。普段お化粧をしていなかった利用者さんもその方らしいお支度で送れるよう、顔に死斑が出ないように予防することがとても大事です。 死後24時間以内に起こる変化「死後硬直」 みなさんご存知のとおり、人は亡くなると体がこわばって自由に動かなくなりますが(死後硬直)、この硬直は自然に解けていきます。死後15〜20時間でだんだん硬直が強くなり、夏なら約2日、冬なら約3日で、どなたでも必ず緩解していきます。 とはいっても、例えば「着替えをさせたいので、自然に緩解する前に硬直を解きたい」といったこともあるでしょう。そのときは、腕を自然に曲げ伸ばしするだけで、柔らかく動くようになります。骨が折れるほどの力をかけたり、関節を特殊なやり方で動かしたりといった必要はありません。下肢の場合も同様で、筋肉をマッサージして伸ばすだけで硬直は解けます。 なお、死後15〜20時間以内に筋肉を動かして硬直を解いた場合、再度体がこわばることもありますが、その際はもう一度曲げ伸ばしすれば問題ありません。 ここでのポイントは、「死後硬直はいつでも解ける」ということです。これを知っていると、「亡くなったら着せてあげたい服があるので、急いで取りにいきます」とご家族がおっしゃる場合でも、「着替えはいつでもできるので、焦らずゆっくり用意していただいて大丈夫ですよ」とお声がけできます。 拘縮が見られる方への対応 ただし、生前に拘縮が見られる方は、亡くなっても固まった関節が緩解することはありません。死後に無理やり体を伸ばそうとすると、骨折や筋の損傷を起こす原因になるので、十分に気をつけてください。 死後24時間以内に起こる変化「乾燥」 死後は、皮膚の乾燥がどんどん進み、茶色くくすんだり硬くなったりします。顔の乾燥を防ぐために、できるだけ早く保湿をしてください。ご家庭にあるような一般的な保湿クリーム、もしくはハンドクリームやスキンケア用オイルなどを使ってもよいです。 ご遺体の顔に白いハンカチがかかっている様子をご覧になったことがあると思いますが、あれには乾燥を防ぐ意味合いもあります。 死後24時間以内に起こる変化「腐敗」 「腐敗」とは、体内のたんぱく質が細菌に分解されて、水・気体・臭気が発生している状態をいいます。空気中の細菌がご遺体に作用して起こるのではなく、亡くなった方ご自身の体内にいる菌によって起こるため、これを防ぐためにできることは、温度コントロールしかありません。ご遺体の温度を下げて菌が繁殖しにくい状態を保ち、腐敗をできるだけ進行させないようにします。 具体的には、まずは大腸菌や腸球菌の温床となっている腹部を、次いで血液が溜まっている胸部を冷やしてください。このように内臓を冷やすことが、腐敗を進行させないために重要です。 腐敗が進行すると、体内でガスが発生して体腔内圧が高まり、口や鼻から体液や血液が漏れ出てきます。 在宅で意識したい腐敗対策 在宅では、気温が低い冬でもご遺体の腐敗が進んでしまうケースがよくあります。その原因となるのが、ホットカーペットや電気敷布・毛布、ご遺体に向いたエアコンやストーブです。エンゼルケアを行う際は、まずご家族と一緒にこれらの状態を確認し、腐敗が進行しないようにうまく声をかけながら調整してください。 カテーテル抜去部や点滴痕からの出血に注意 死後に注意すべき点として、カテーテル抜去部や点滴痕からの出血や体液の漏れも挙げられます。こうした医療処置による創傷があると、体内で発生したガスに押された血液や体液が、そこから漏れ出す可能性が高いです。しかも、ガーゼやドレッシング材でカバーしても、ちょっとしたシワから体液や血液が滲み出してしまうケースがほとんどです。 正しい圧迫固定の方法 これを防ぐには、正しい方法で創部を圧迫固定する必要があります。 上の図のように、小さく固めた綿花やガーゼなどでカテーテル抜去部や点滴痕をしっかりと圧迫します。また、テープで腕一周を巻くように留めて、さらに圧迫を強めましょう。こうすることでテープが剥がれにくくなります。大きく平たく創部を覆うのではなく、局所的に圧迫してください。 鼠径部も同じ方法で圧迫固定します。搬送の際にテープが剥がれるケースが多いので、伸縮性のあるテープを使用し、腸骨から内股にかけてぐるっと一周巻いて圧迫をします。 >>後編はこちら納棺師解説/ご遺体への最新詰め物事情【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

ご遺体変化&詰め物事情セミナー
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2023年6月27日
2023年6月27日

特別先行公開! 死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情 セミナーQ&A

2023年4月14日(金)、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「【納棺師解説】死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」を開催いたしました。納棺師で株式会社沙羅代表の大垣 麻里氏を講師に迎え、エンゼルケアの後にご遺体に何が起こっているのか、詰め物の処置をどうすべきかなどについて解説いただきました。 本記事では、セミナー時に受講者の皆さまからいただいたご質問への回答を、セミナーレポートに先んじて公開いたします。当日、時間の都合により回答し切れなかった質問にも回答いただきました。セミナーにご参加いただいた方も参加できなかった方も、ぜひご覧ください。 【講師/質問回答】大垣 麻里さん湯灌師・納棺師・介護福祉士/株式会社沙羅代表介護の仕事に従事する中で、多くの高齢者が自らの死への不安を抱いていることに気がつき、その旅立ちを支援する湯灌師、納棺師に転身する。その後、湯灌・納棺・メイクサービスを提供する株式会社沙羅を設立。これまで20年以上にわたり、亡くなった方やそのご家族と向き合い、「温かいお別れの場」を提供してきた。 ■お役立ちツールも公開!お役立ちツール『「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」 Q&A一覧』では、より多数のご質問への回答を読むことができます。ぜひご活用ください。>>「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」 Q&A一覧 死後の対応・医療的処置について <Q1>検死になる条件について教えてください。例えば、訪問診療を導入しておらず、延命処置を希望しない方が孤独死した場合、救急車を呼ぶしかないのでしょうか。 医療にかかっていない状態で死亡された場合には、その原因をはっきりさせるために検死が行われます。孤独死の方のご遺体を発見された場合や、救急車を呼んだけれど到着した時点ですでに亡くなっていた場合も検死となってしまいます。ですので、ご質問にある訪問診療を導入していない孤独死の方の場合、検死になりますし、救急車を呼ぶのではなく警察に連絡することになります。 セミナー内でお伝えした通り、検死になるとご遺体が着衣なしで袋に入れられた状態での帰宅となり、ご家族が大変ショックを受けるケースが多いものです。「万が一の際にはかかりつけ医や訪問看護ステーションに連絡を」ということを、ご家族にお伝えいただいたほうがよいかと思います。 救急車到着時点でお亡くなりになっていない場合には検死にはなりませんが、救急車内で心臓マッサージや酸素吸入、点滴などがなされるかと思います。よくお伺いする事例として、心臓マッサージをして肋骨がすべて折れてしまい、ご家族が亡くなった後にそのことを知り、「救急車を呼んだせいで、痛い思いをさせてしまった」と落ち込まれることがあります。こうした、予想外の最期になってしまわないようにするためにも、ご家族に事前のご説明をしていただくのがよろしいのではないかと思います。 <Q2>最近は火葬場が混み合い、1週間程度後に火葬されることも多々あると思います。その状況を踏まえて気をつけるべきことがあれば、教えてください。 確かにCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の流行時は、1週間~10日と長くお待ちいただくことが大変多くありました。やはり、一番のポイントは乾燥対策と保冷です。 訪問看護師さんには、保湿剤をしっかりお顔やその周辺に塗っていただけると助かります。保冷については、訪問看護師さんがドライアイスを使用することは難しいかと思いますので、できるだけ室内の温度を低くしていただき、まずは腹部を、次いで胸部を保冷剤で冷却いただければと思います。その後、我々葬儀社が臓器の上や顔の横をしっかりとドライアイスで保冷していきます。 腐敗・冷却について <Q3>葬儀社が到着する前に冷却しなくてよいのでしょうか。室内の温度設定については、どれくらいがいいでしょうか。 ご遺体のことだけを考えればできるだけ早い冷却がよいでしょう。しかし、ご家族の立場に立ったとき、亡くなったばかりで、まだその状況を受け入れられていないときに、ご遺体に冷却材をのせられるというのは、非常につらいことだと思いますので、タイミングへの配慮が必要だと思っております。 例えば、高熱を出してお亡くなりになった方に、熱冷ましのイメージで「熱がおありだったので、少し置かせていただきますね」と保冷剤を置く…といった対応はできるかと思いますが、状況によって限界があるかと思います。 葬儀社が到着し、ドライアイスで強く冷却するのは、死後10時間~15時間程度経過後が一般的(※)かと思います。そのタイミングでも、もちろんご家族がおつらいのですが、比較的受け止めていただきやすいものです。無理はせず、強い冷却は葬儀社にお任せいただくのがよろしいかと思います。 室温は、腐敗防止の観点では一番低い設定温度でお願いできればベストですが、そばで見守るご家族にも配慮する必要があるでしょう。「できるだけ低い」温度設定でお願いできればと思います。 ※亡くなられた後、ご家族がどれくらいで葬儀社に連絡されるかによります。ただし、葬儀社を選択され、翌日に連絡したり、何社か見積もりをとって検討されたりする方もいらっしゃるため、ある程度の時間経過はあるものとお考えください。 <Q4>すい臓がんの方で、死亡確認翌日に全身が腫れあがり、たらこ唇になってしまったことがあります。生前のお顔と変わってしまったため、ご家族からご相談を受けました。お亡くなり直前に高熱が出ていたため、エンゼルケア後に腹部に保冷剤を載せ、暖房も切っていましたが詰め物はしていませんでした。どう対応すればよかったのでしょうか。 典型的な腐敗現象です。お亡くなりになる前からお身体の状態が悪く、腐敗が進行しやすい条件がそろっていたのではないかと思います。詰め物との関連性はなく、保冷が足りなかったことが主原因です。状態の悪い方については、ドライアイスを使用しての急速な保冷を行うことが大切だと思います。葬儀社に引継ぐ際、「状態が悪いので至急ドライアイスをしっかりあててください」とご伝言くださると助かります。 <Q5>エンバーミングについて教えてください。どのような内容で、どんなご遺体に実施されるのでしょうか。 簡単に説明いたしますと、血管を通じて血液を排出し、代わりに赤く着色した防腐液(ホルマリン、フェノール等)を注入し、体に行き渡らせることで、腐敗進行を遅らせるような処置を施していきます。それにより、ご遺体を長期間維持できるようにするご遺体保全処置がエンバーミングです。 事情があって火葬までの期間が長いケースや、ご遺体の損傷修復のためにも行われますが、実際には「感染予防になるから」「きれいになるから」といったご要望に基づく実施が多いです。 体液漏れについて <Q6>生前(数日前)に点滴の抜針をして、止血を確認しました。エンゼルケア時に抜針したわけではないですが、死亡後にその抜針した部位から血液や浸出液が出てくることはありますか? 2~3日前の皮下点滴の痕であっても、圧迫固定は必要になりますか? はい、生前止血を確認しても、針穴から体液が漏れることはあります。 皮下点滴の痕についても、実際に漏れるかどうかはケースバイケースですが、その後のご遺体の安置環境が不確定なため、圧迫固定の処置をされていたほうが安心だと思います。 詰め物について <Q7>訪問看護の現場では詰め物をしないように指導を受けていますが、詰め物をしたほうがよいのでしょうか。また、葬儀社では詰め物をしてもらえないのでしょうか。 確かに、詰め物をしていないケースは多いかと思います。在宅看護の方だけではなく、病棟・検死の方も含むデータですが、弊社(株式会社沙羅)の調査でも、60%近い方が「詰め物をしていない」という結果でした。 しかし、新型コロナウイルスの感染、もしくは感染疑いのある方に対し、詰め物・紙おむつ等をして体液の漏出予防を行った場合、納体袋不要という厚生労働省のガイドラインも出ました(2023年1月)。それに基づき、ご家族から詰め物のご要望があることもございます。また、必ずご遺体から体液が出るということはございませんが、詰め物をしていれば体液漏れのリスクが少なくなります。新型コロナウイルス感染有無に限らず、少しでも体液流出の可能性を少なくしたほうがよいのではないかとも考えます。「詰め物をしないといけない」とまでは思いませんが、「できるだけ詰め物をしたほうがよいのではないか」というのが現状の私の見解です。 葬儀社が詰め物をするかどうかについては、会社により対応がまちまちな現状があります。きちんと行うケースもあれば、まったく何も行わないケースもあり、一概に「葬儀社がちゃんと詰め物をしてくれます」と言えないのが心苦しいところです。 「どんな葬儀社に頼んでも、〇〇は行ってもらえる」ときちんと言えるような信頼できる業界になるべく、私も働きかけていきたいと思っております。 <Q8>訪問看護ステーションで用意しておくべき詰め物や、詰める際の道具についてアドバイスをお願いします。詰める際に割り箸をつかうことが多いのですが、ご家族がみていらっしゃることを思うと、心苦しいです。また、肛門に詰め物をせずに面で抑える際には、具体的にどのような処置をするとよいのでしょうか。 詰め物は、綿花が扱いやすいかと思います。詰める際には、可能ならエンゼルケア専用の鑷子(せっし/ピンセット)をご用意いただけたらベストです。 肛門については、肛門を覆うようにガーゼ・綿花・尿パット等でふさぎ、紙おむつと空間ができないようにしておくイメージです。 エンゼルケア・保湿について <Q9>ご遺体の手は組んだほうがよいのでしょうか。 死の習俗として手を組むイメージを持たれている方が多いのですが、そうしなければいけないという根拠はありません。ご家族のご要望があった場合に組む、という対応でよいかと思います。葬儀社では、搬送の際にストレッチャーに手が挟まってけがをさせないようにするために手を組んだり、合掌バンドを装着したりしている現状があります。 なお、例えば拘縮があるような場合は、手を組むことが難しいかと思います。ご家族に対して「無理に組まなくても問題はない」というお声がけをすると、安心いただけるかと思います。中には、「組まなければ成仏できない」と考え、不安に思われるご家族もいらっしゃいます。 ここで拘縮がある方のお身体を無理に伸ばしてしまうと、骨折してしまうこともあります。葬儀社は、制限はあるものの、ある程度高さ・幅に余裕のある棺をご用意するかと思いますので、ご安心ください。 <Q10>目の閉じ方を教えてください。目が閉じずに、眼球が乾燥している場合はどうしたらよいですか? 文章での説明がなかなか難しいのですが、目が薄く開いている程度でしたら、綿を眼球の上に乗せて閉じています。イメージとしてはコンタクトレンズのように薄く綿花をのせていただき、下まぶたを上げて上まぶたを下げます。 綿で閉じることが難しい場合は、エンゼルケア用の整容ゲルを用います。整容ゲルにはアルコールが含まれているのですが、アルコールを注入することで、体液と混ざって膨らみ、目が閉じやすくなります。 <Q11>保湿について、使用する保湿剤や頻度、ポイントなどを教えてください。メイク後の保湿方法や、白色ワセリンを使用してよいかについても教えてください。 保湿剤は、お手持ちの保湿剤でよろしいかと思います。頻度は、あくまで目安ですが一日一回程度です。お顔だけでなく、唇、耳、首などの周辺も忘れないようにしてください。 メイク後の保湿のやり方ですが、オイル系でもクリーム系でも、メイクスポンジに保湿剤を含ませてそっとおさえるように足していきます。白色ワセリンでも問題はありませんが、保湿効果が高い一方で、少しべっとり感があり、テカリが強く出ます。気を付けないと仕上がりに違和感が生じることがありますので、塗りすぎないようにお気を付けください。 <Q12>特別な化粧品を使ったほうがよいのでしょうか。ご本人が使用したものを使っていますが、問題ありませんか? また、自然に見せるためにはどうすればいいかについても教えてください。 我々はご遺体専用の化粧品を使用していますが、皆さんはご本人使用のお化粧品があればそちらでよいかと思います。ただし、ご遺体は体温が低いので、温度で発色するタイプの化粧品は使用することができません。また、クレンジング後、ベースメイクの前に保湿するようにしてください。保湿剤を充分にお持ちでない場合、足して差し上げてください。ベビーオイル・ハンドクリーム・ワセリンなどでも問題ありません(ワセリンは塗りすぎ注意)。 自然に見せる方法については、亡くなられた方によって好みが違うため、どのような見せ方が「その方にとっての自然」と感じるメイクなのか、非常に難しいところです。ただ、どのようなメーカーの化粧品でも、「保湿効果が高いものを選ぶこと」「色の濃淡の種類を多く用意すること」がポイントだと思います。 湯灌(ゆかん)について <Q13>湯灌の定義や、葬儀社が行う湯灌の内容について教えてください。また、訪問看護で清拭を行った場合も、湯灌は行うのでしょうか。 湯灌は、なかなか一口に説明をするのが難しいものですが、温かいお湯に入っていただく、火葬前の最後のお風呂です。洗髪・洗顔・お顔剃りなどを行い、全身を丁寧にボディソープで洗い流します。ただし、地域によっては清拭を「湯灌」と呼ぶこともあります(特に、関東より東の地域)。 湯灌は葬儀のプランの中でご家族が希望された場合に行うことなので、訪問看護でお体をきれいにされていた場合、通常は湯灌しないケースが多いかと思います。 <Q14>湯灌の前に、詰め物やエンゼルケアを行っても問題ないのでしょうか。詰め物がとれてしまうことはありませんか。湯灌する場合、ポリマーの詰め物はよくないというお話も聞きました。 問題ありません。特別なことがない限り、湯灌の際に詰め物が出ることはないでしょう。詰め物は、濡れるため湯灌後に葬儀社で交換するのですが、それでも意味があります。亡くなられてから湯灌されるまで間に、寝台車で移動されたり、安置されたりとお身体を動かすことが多いため、体液漏れの予防処置としての詰め物をお願いしたいです。 ポリマーは水を含むと100倍近く増えるため、どうしてもあふれ出ますが、湯灌をされるかどうかはエンゼルケア時には不確定のため、ポリマー処置されていても問題ありません。ただし、鼻腔については副鼻腔内ではなく、より奥にポリマーを注入しておいていただければと思います。 葬儀社の対応と訪問看護との連携について <Q15>訪問看護では、エンゼルケアは自費負担をしていただいています。葬儀は費用を抑えたものや湯灌なしのものなど、さまざまなプランがあるようで、どこまで自分たちが行うべきか迷います。訪問看護と葬儀社で、対応の違いはあるのでしょうか? 訪問でするべき対応は何だと思われますか。ご家族に説明するためにも知りたいです。 皆さんをはじめ医療者の方々が行うエンゼルケアは、病気と闘い人生を終えられた後、その方らしく身支度を整えること、本来の姿へ戻ること、という意味合いが強いと考えております。一方、我々葬儀社が行うケア・身支度は、「宗教儀式に向けての準備」という意味合いが強いです。 私は葬儀社サイドの者なので、ご家族に会うのは亡くなられた後になります。でも、皆さんは訪問看護でご家族のことも、亡くなられた方のこともよくご存知のはず。私がご家族だったら、故人が生前からお世話になった方に最後の身支度をしてほしいと思います。ですから、訪問看護師さんができる限り亡くなられたときの身支度をされるのが、ご家族の心情としてはベストではないでしょうか。ご家族のご要望に沿うことが基本ですが、場合によっては髪の毛を解くだけだったり、ご本人の口紅を塗ったりするのみでもよろしいかと思います。私は、ご家族が葬儀社に対し、「訪問看護師さんに綺麗にしてもらったからもう大丈夫です」とおっしゃるケースがもっと増えたらよいのではないかと考えています。 また、費用の兼ね合いから葬儀を当初の想定より縮小される方も大変多くいらっしゃいますので、結果的に訪問看護師さんによるエンゼルケアが最後のお支度になることもあります。 <Q16>訪問看護師がご遺体のお着替えをした後、葬儀場でもまたお着替えをすることになるのでしょうか? また、エンゼルケアのやり直しを行うことはありますか? ご家族に、看護師とエンゼルケアをしたいか、葬儀社にお任せしたいかの確認を行っていますが、看護師と行う場合も、例えば詰め物のやり方が不十分だったのではないか、やり直しをするのであれば無駄に金銭的負担をかけているのではないか、と不安になります。 ご家族の金銭的ご負担も考慮の上、そのようなお声がけをしていただいていること、大変ありがたく思います。 ご家族がどの葬儀社に依頼されるかによって異なりますが、弊社の場合は、訪問看護師さんがご遺体のお着替えやメイクをされていた場合、ご家族がそれを望まれたと判断し、特にご要望がない限りはお着替えやメイクをいたしません。 ただし、葬儀社によっては、例えば「白装束を販売したい」という都合によって、お着替えをしているにも関わらず「仏着に着替えないといけません」といった言い方をする良くないケースもあるようです。基本的には、ご家族から再度の着替え要望がなければ、する必要はないと私は考えております。メイクについても、ご家族から「イメージと違うのでやり直してほしい」というようなご要望がない限り行いません。 詰め物については、時間経過とともに変化が起きることも多いため、「完璧な処置」というのはどの時点であっても不可能だと思っています。状況に応じてやり直しが発生します。しかし、詰め物をしていただくことで、体液漏れの予防処置になりますので決して無駄にはなりません。ご遺体・ご家族のためにも大変ありがたいです。 <Q17>小児の場合にも大人と同じような処置をしていますか? 小児の方の場合、綿花詰をしないことが多いです。小さなお鼻やお口に詰め物をすることに、大変心苦しさを感じるためです。ご両親、特にお母様のご要望に寄り添い、どうされたいのかを充分に聞き取って対応するようにしています。また、ご両親がお見送りまでの間に何度も抱っこできる状態にしておけるように気を付けております。訪問看護師の皆さんも、ぜひご両親に対して、「抱っこしてもよい」ということをお伝えいただければと思います。 * * * 後日、オンラインセミナー「【納棺師解説】死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」の講義内容をダイジェストにしたレポート記事も公開いたします。ぜひそちらもご覧ください。 >>シリーズ一覧はこちら「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」セミナーレポート>>お役立ちツールはこちら「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」 Q&A一覧 編集: NsPace編集部

訪問看護の褥瘡ケア
訪問看護の褥瘡ケア
特集 会員限定
2023年5月16日
2023年5月16日

写真で解説!訪問看護の褥瘡ケア 事例に学ぶ創部の見方/セミナーレポート後編

2023年2月10日に開催されたNsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「写真事例で解説!訪問看護の褥瘡ケア」。在宅創傷スキンケアステーションの代表で、皮膚・排泄ケア認定看護師でもある岡部美保さんを講師としてお迎えし、褥瘡の評価やケアのポイントについて、実際の事例を交えながら教えていただきました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。後編では、褥瘡評価スケール「DESIGN-R2020」(※1)を使って実際の褥瘡を評価する、ケーススタディの様子をご紹介します。 >>前編はこちら写真で解説!訪問看護の褥瘡ケア 褥瘡の評価/セミナーレポート前編 【講師】岡部 美保さん皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表赤十字病院や複数の訪問看護ステーションにて勤務し、管理者も経験した後、2021年に在宅創傷スキンケアステーションを開業。在宅における看護水準向上を目指し、おもに褥瘡やストーマに関する教育支援やコンサルティングに取り組んでいる。 「DESIGN-R2020」で褥瘡評価 「DESIGN-R2020」での評価方法について学んできたところで、ここからは実際の褥瘡の写真を見ながら、「DESIGN-R2020」を用いて評価してみましょう。 事例1:壊死組織で創底が見えない場合 こちらは、1ケース目の褥瘡です。「DESIGN-R2020」での評価は「DU-e3s8i1G6N6p0:24点」となります。 <基本情報>・褥瘡のサイズは6cm×5.8cmで、ポケットはありません。・褥瘡のケアとしては、1日1回ガーゼの交換を行っています。・ガーゼの約半分が汚染される程度の滲出液が見られます。 褥瘡を見てみると、創部は色が黒くなっており、創周囲の皮膚は赤くなっているので、「DTI(深部損傷褥瘡)ではないか?」と思われるかもしれません。しかし、この褥瘡は壊死組織(黒色部分)が全面を覆っていて、創底が見えない。つまり、壊死組織によって深さの評価ができない褥瘡です。また、創面が壊死組織で覆われていることから、肉芽も上がっていません。 創周囲の皮膚は、先にも触れたとおり赤くなり、炎症を起こしています。現段階では炎症で済んでいますが、今後感染に移行してしまう可能性も十分にあります。こういう場合は、創周囲の皮膚にポケットができていないか、膿が溜まっていないかを必ず確認しましょう。 また、速やかに壊死組織を除去することが重要なポイントです。このケースでは、スルファジアジン銀クリームを使って、壊死組織の自己融解を進めています。そのため、壊死組織の外縁から中心に柔らかい組織に変化していっていることがわかるかと思います。 事例2:DTI(深部損傷褥瘡)疑いの場合 続いて2ケース目の褥瘡。「DESIGN-R2020」での評価は「DDTI-e1S15i1g0n0p0:17点」となります。 <基本情報>・サイズは18.5cm× 10cmで、ポケットはありません。・褥瘡ケアは、1日に1回行われています。・滲出液は少なく、ガーゼにわずかに付着する程度です。 こちらはDTI疑いの褥瘡です。「DESIGN-R2020」では、深さの表記は「DDTI」とします。 DTI疑いの場合の評価のポイントのひとつが、肉芽組織(Granulation)の項目。DTIのときの肉芽組織は、0点(g0と表記)で評価するという決まりです。みなさんが訪問看護の現場でDTIの褥瘡の評価に当たる際、「このあたりはいい肉芽が育っているかもしれない」と感じられることもあるかもしれませんが、「肉芽はまったくできていない」と判定しましょう。 事例3:複数の深刻な褥瘡がある場合 3ケース目は、仙骨部と右坐骨結節部、左坐骨結節部の3ヵ所に褥瘡がある方です。「DESIGN-R2020」での評価は、順番に「D4-E6s9I3cG6n0P6:30点(※2)」「D4-E6s6I3cG6n0P6:27点」「D3-E6s6I3cG6n0P12:33点」となります。 ※2 Dは従来通り合計点数には含まれません。また臨界的定着疑い(「訪問看護の褥瘡ケア 褥瘡の評価 /前編」参照)は3cと記載し点数は3点とします。 <基本情報>・仙骨部にはぬめりがあり、淡黄色の滲出液が多く分泌されています。・右坐骨結節部にはぬめりがあり、淡黄緑色の滲出液が多く分泌されています。・左坐骨結節部にはぬめりがあり、淡黄色〜淡黄緑色の滲出液が多く分泌されています。・栄養状態が低下しており、脱水も確認できます。・頭側挙上をしており、食事にも時間がかかるため、長時間にわたって座位姿勢をとっています。・自力での体位変換はできません。 今回のケースでは、以下のような評価ができるでしょう。 1. 肉芽の状態創面は赤くなっているように見えますが、浮腫性の不良肉芽で覆われています。すべての褥瘡において「良性肉芽が育っていない」と評価します。 2. 肉芽の剥離、段差の有無仙骨部の褥瘡には、肉芽の剥離と段差が見られます。これには、頭側挙上をしていること、座位姿勢をとっている時間が長いことが関係していると考えられるでしょう。ギャッジアップをした際、ずれと圧迫が加わって肉芽が剥がれてしまっています。 さらに、左右の坐骨結節部にも肉芽の剥離がありますね。長時間の座位姿勢をとっているために圧迫され、さらに慢性的な体位のずれも加わって、肉芽が剥離しています。とくに左坐骨結節部は、左側への体幹の傾きを生じているためより強い外力が加わることにより、肉芽は深くまで剥離しています。 3. 滲出液の量3カ所ともぬめりが見られ、多量の滲出液があります。黄緑色の滲出液が出ている部位も確認できました(緑膿菌感染の疑い)。さらに、3ヵ所とも創周囲の皮膚は浸軟しています。これはつまり、臨界的定着疑いの褥瘡であると考えられるでしょう。 4. 巻き込み(エピロール)の有無臨界的定着の疑いがある上に、座位姿勢の時間が長かったり、自身で体位変換ができなかったりして、局所には慢性的に圧迫やずれが加わります。さらに、マイクロクライメット管理も不十分であることから表皮の巻き込みという現象が起こります。これは褥瘡治癒を遅延させるリスクの高い状態といえます。 5. ポケットの有無褥瘡にはポケットも確認できます。体位変換をするときに左右にずれることから、ポケットも左右に広がっています。さらに、ギャッジアップをすることで縦方向にもずれが加わりますから、上部にもポケットが残っています。 複数の褥瘡がある場合も、評価の方法は変わりません。一つひとつの創面を指で触ってぬめりや感触(創周囲がぶよぶよしていないか、膿がたまっていないかなど)を確かめたり、段差や肉芽の剥離がないかをチェックしたり、生活の中で生じている外力(圧迫、摩擦やずれ)がないかを検討したりして、各褥瘡に何が起こっているかを評価してください。 * 褥瘡ケアでは、なにより重要なのは「予防」。一方、すでにできてしまっている褥瘡に対しては「DESIGN-R2020」を使って褥瘡評価を行うことが大切です。創面と創周囲の皮膚に何が起こっているのか、その要因は何なのかについて、局所ケアの状況や生活などから多面的に見極める必要があります。 そして、ご本人や家族と一緒に実践できるケアを考えることが大事です。褥瘡の状態や利用者さんのライフスタイルをふまえ、継続できる最善のケア方法を考えましょう。 ※1 DESIGN-Rは、一般社団法人日本褥瘡学会の登録商標です。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

訪問看護の褥瘡ケア
訪問看護の褥瘡ケア
特集 会員限定
2023年5月9日
2023年5月9日

写真で解説!訪問看護の褥瘡ケア 褥瘡の評価/セミナーレポート前編

2023年2月10日に開催されたNsPace(ナースペース)のオンラインセミナー「写真事例で解説!訪問看護の褥瘡ケア」。在宅創傷スキンケアステーションの代表で、皮膚・排泄ケア認定看護師でもある岡部美保さんを講師としてお迎えし、褥瘡の評価やケアのポイントについて、実際の事例を交えながら教えていただきました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。前編では、「DESIGN-R2020」(※1)に基づく評価の方法や、注意すべき褥瘡の特徴とケア方法などをご紹介します。 ※約90分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】岡部 美保さん皮膚・排泄ケア認定看護師/在宅創傷スキンケアステーション代表赤十字病院や複数の訪問看護ステーションにて勤務し、管理者も経験した後、2021年に在宅創傷スキンケアステーションを開業。在宅における看護水準向上を目指し、おもに褥瘡やストーマに関する教育支援やコンサルティングに取り組んでいる。  「DESIGN-R2020」の評価方法 「DESIGN-R2020」は、病院でも訪問看護の現場でも使用されている、褥瘡状態の評価スケールです。 ▼DESIGN-R2020(一般社団法人日本褥瘡学会)http://www.jspu.org/jpn/member/pdf/design-r2020.pdf 最初は、深さ(Depth)・滲出液(Exudate)・大きさ(Size)・炎症と感染(Inflammation/Infection)・肉芽組織(Granulation)・壊死組織(Necrotic tissue)・ポケット(Pocket)の頭文字をとった「DESIGN」という評価スケールからスタートしました。その後、評価をつけるという意味のレーティング(Rating)の頭文字をとって「DESIGN-R」に進化し、2020年には現在の「DESIGN-R2020」になっています。 「DESIGN-R2020」は、褥瘡の状態を0〜66点で採点する方式で、合計点数が大きいほど重症度が高くなります。また、各項目の文字での評価では、大文字は重症、小文字は軽症という決まりです。 ちなみに、褥瘡を黒色期・黄色期・赤色期・白色期という創面の色で分類(色調分類)する考え方もありますが、これを「DESIGN-R2020」に照らし合わせると上記のようになります。 合計点数を下げていく、そして小文字にしていくことが、「DESIGN-R2020」における基本の考え方です。具体的には壊死組織を除去し、肉芽を増殖させて、創を小さくするという流れで創部の治癒を促していきます。 「DESIGN-R2020」の変更点 「DESIGN-R2020」では、「深さ」と「炎症・感染」の項目がそれぞれ以下のように変更されました。 深部損傷褥瘡(DTI)の追加 深さの項目に、「深部損傷褥瘡(DTI)疑い」が追加されました。表記は「DDTI」とし、ハイフンをつけてE(滲出液)以降の評点を続けます。(表記例)DDTI-E6s6I3G5N3P6:29点 こちらは、「DESIGN-R2020」の評価(d1~DU)と「NPIAP分類(深達度分類)」をまとめた資料です。「DESIGN-R2020」における「DDTI」は、NPIAP分類では「DTI(SDTI)疑い」にあたります。 では、DTI疑いとは具体的にどのような状態なのでしょうか。DTIは、皮下組織よりも深いところの組織の損傷が疑われる急性期褥瘡のことを指します。深さの項目では、真皮までの損傷なのか、皮下組織より深い損傷なのかを評価しますが、DTIは見ただけでは損傷があるかどうかの判断が困難です。短期間で悪化する褥瘡として注意しておきましょう。 上記のスライドはDTIの例を2つ挙げたもので、左のケースは5日間で、右のケースは10日間で状態が悪化しています。 臨界的定着(3C)の追加 炎症・感染の項目には、大文字のIのところに「臨界的定着疑い(3C)」という基準が追加されました。 3C(臨界的定着疑い)の褥瘡の特徴としては、滲出液が多く、創面がぬめっています。過剰な滲出液の影響により創周囲は浸軟し、肉芽はあるけれど、ぶよぶよとしていて非常に脆弱です。数週間や数ヵ月、何年経っても改善しないという例もあります。 臨界的定着疑いのある褥瘡の感染リスク 臨界的定着(クリティカルコロナイゼーション)の疑いがある褥瘡は、炎症兆候が見られなくても創面には細菌が付着しており、実は感染を起こす一歩手前の危険な状態。一刻も早く改善に向けた対応が必要です。 臨界的定着疑いのある創面は、滲出液が多くなります。過剰な滲出液により創周囲が浸軟すると、褥瘡はさらに治癒が遅延します。また、慢性的な圧迫や摩擦、ずれが加わると、周囲の皮膚が肥厚していきます。そして、創部の辺縁部が内側に巻き込んでしまい、いよいよ治りにくい状態になってしまいます。 創面に存在するバイオフィルム バイオフィルムとは微生物が固着して形成されるコミュニティで、白血球や消毒に対するバリアをつくって、傷を治りにくくします。健常者は細菌に対する抵抗力がありますが、全身状態が低下していたり、低栄養であったりして抵抗力が落ちている利用者さんの場合は、臨界的定着になりやすく、難治性創傷につながるのです。難治性創傷の6〜9割には、このバイオフィルムが存在するといわれています。 感染を起こしている褥瘡のコントロール 感染を起こしている褥瘡は、適切な治療が行われないと、敗血症を引き起こし、死に至る可能性があります。そのため、できるだけ早く感染を抑えることが重要です。 上のスライドの左の傷をご覧ください。このように感染を起こし、また壊死組織で覆われている傷では、皮下組織が傷んで創周囲にポケットを形成している可能性もあります。以下は局所ケアのポイントです。 ・抗菌作用のある薬を使って局所ケアを行う。・創面の密閉をせず、マイクロクライメット(※2)の管理を行う。・圧迫、摩擦、ずれを回避できる超低圧保持のエアマットを使用し、頭側挙上を行っている場合はその時間をきちんと管理をして、体圧分散・除圧を徹底する。・創部は、微温湯(水道水や生理食塩水)で十分な圧力をかけて洗浄する。・創周囲は、皮膚洗浄剤を用いて洗浄し、皮膚に付着した細菌を減少させる。 ※1 DESIGN-Rは、一般社団法人日本褥瘡学会の登録商標です。※2 マイクロクライメット:皮膚局所の温度・湿度 >>後編に続く写真で解説!訪問看護の褥瘡ケア 事例に学ぶ創部の見方/セミナーレポート後編 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

脳卒中 再発予防
脳卒中 再発予防
特集 会員限定
2023年4月25日
2023年4月25日

訪問看護師に知ってほしい!脳卒中再発予防策 後遺症「痙縮」【セミナーレポート後編】

2023年1月19日に開催したNsPace(ナースペース)主催オンラインセミナー「訪問看護師に知ってほしい!脳卒中再発予防策」。近畿大学医学部 脳神経外科講師の内山卓也先生、近畿大学病院 脳卒中リハビリテーション看護認定看護師の林真由美さんを講師としてお迎えし、脳卒中を発症した利用者さんの看護にあたる上で役立つ疾患の情報や、どんなケアが求められるかなどを教えてもらいました。 本記事では、前後編に分けてセミナーの一部をご紹介。後編では、内山先生による「痙縮の特徴や治療法」についての講演内容をお伝えします。 >>前編はこちら訪問看護師に知ってほしい!脳卒中再発予防策 基礎知識【セミナーレポート前編】>>Q&A特別先行公開はこちら先行公開!訪問看護師に知ってほしい脳卒中再発予防策 セミナーQ&A ※約70分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】内山 卓也先生近畿大学医学部 脳神経外科講師日本脳神経外科学会脳神経外科専門医、日本脳卒中学会脳卒中専門医。不随意運動症に対する脳深部電気刺激術、疼痛に対する脊髄硬膜外刺激療法、痙縮に対するバクロフェン髄腔内投与療法やボツリヌス療法について診療・研究を行っている。林 真由美さん近畿大学病院看護部 SCU主任脳卒中リハビリテーション看護認定看護師、脳卒中療法相談士。脳卒中患者の重篤化予防やリハビリテーション、生活再構築のための機能回復支援など、幅広いサポートに携わる。 脳卒中の後遺症「痙縮(けいしゅく)」とは みなさんは、「痙縮」をご存知でしょうか? 痙縮は「痙性麻痺」ともいわれ、簡単にいうと「硬い麻痺」、麻痺した筋肉が極度に緊張してしまう状態のことをいいます。内反尖足や、手を握り込んでしまって指が開かなくなる症状は、よくみる症状のひとつです。 この痙縮は、脳卒中を発症した患者さんの約25%に後遺症として現れ、またそのうち70%程度が疼痛を合併することがわかっています。 脳卒中になり、手足が思うように動かせなくなった。そして、その手足の筋肉が徐々に硬くなって、痛みやつっぱりといった症状が出てきた。そんな痙縮に悩む患者さんに対してできる治療についてお話ししていきます。 痙縮は当事者だけでなく介護者の負担も増やす 治療法についてご説明する前に、痙縮という症状がどのような問題につながるかを確認しておきましょう。まず、痙縮が起きて関節の可動域が制限されると、ADLが低下し、リハビリも滞ってしまいます。さらに、先ほどご説明した痛みや、睡眠障害の原因になることもあります。つまり、痙縮は患者さんにとって大きな苦痛とストレスを与える症状なのです。また、介護をする方の負担が非常に重くなるという問題もあります。 ボツリヌス療法、ITB療法の概要 そんな厄介な痙縮に対し、私たち脳神経外科医は、さまざまな方法で治療を行っています。その中でも今回は、代表的な治療方法である「ボツリヌス療法」と「ITB療法(バクロフェン髄注療法)」についてご紹介します。 ・ボツリヌス療法硬くなった筋肉にA型ボツリヌス毒素を注射し、緊張を和らげる治療法。外来で治療ができます。 ・ITB療法(バクロフェン髄注療法)脊髄の周りにある髄液にバクロフェンという薬を注入し、筋肉の緊張を和らげる治療法です。もう少し具体的に説明すると、バクロフェンを専用のポンプに入れ、ポンプを腹部の皮下に埋め込み、ポンプから髄液に薬を注入していきます。ITB療法は、両足や両手、体幹など、痙縮の範囲が広い症例で選択されることが多いです。 このように、痙縮には治療法があります。訪問看護の現場で痙縮に悩む利用者さんに出会ったら、かかりつけの医師や脳卒中相談窓口にぜひ相談していただき、そこから、上記のような治療を提供している施設につないでもらってください。 * ボツリヌス療法やITB療法により少しでも体の状態が改善すると、介護の負担が軽減し、患者さんの生活の質が向上する可能性があります。ぜひ訪問看護師のみなさんにも痙縮の症状や治療への理解をより深めていただき、積極的に患者さんや他職種への情報提供をお願いできればと思います。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

脳卒中再発予防セミナー
脳卒中再発予防セミナー
特集 会員限定
2023年4月18日
2023年4月18日

訪問看護師に知ってほしい!脳卒中再発予防策 基礎知識【セミナーレポート前編】

2023年1月19日に開催した、NsPace(ナースペース)主催オンラインセミナー「訪問看護師に知ってほしい!脳卒中再発予防策」。近畿大学医学部から脳神経外科講師の内山卓也先生と、近畿大学病院 脳卒中リハビリテーション看護認定看護師の林真由美さんを講師としてお迎えし、脳卒中を発症した利用者さんの看護にあたる上で役立つ疾患の情報や、どんなケアが求められるかなどを教えてもらいました。 本記事では、前後編に分けてセミナーの一部をご紹介。前編では、林さんによる「脳卒中の基礎知識」や「訪問看護師のみなさんにぜひ実践してほしいサポート」についての講演をまとめます。 >>Q&A特別先行公開はこちら先行公開!訪問看護師に知ってほしい脳卒中再発予防策 セミナーQ&A ※約70分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】内山 卓也先生近畿大学医学部 脳神経外科講師日本脳神経外科学会脳神経外科専門医、日本脳卒中学会脳卒中専門医。不随意運動症に対する脳深部電気刺激術、疼痛に対する脊髄硬膜外刺激療法、痙縮に対するバクロフェン髄腔内投与療法やボツリヌス療法について診療・研究を行っている。林 真由美さん近畿大学病院 看護部 SCU主任脳卒中リハビリテーション看護認定看護師、脳卒中療法相談士。脳卒中患者の重篤化予防やリハビリテーション、生活再構築のための機能回復支援など、幅広いサポートに携わる。 脳卒中の特徴 脳卒中とは、頭の血管が破れる「脳出血」や「くも膜下出血」、血管が詰まる「脳梗塞」の3つの総称です。年間で約20万人以上が発症し、10年間で約半数の方が再発するため、決して珍しくない病気といえるでしょう。 そんな脳卒中の特徴は、発症すると、麻痺や失語、神経脱落症状などの後遺症が残るケースが多く、ADLの低下につながりやすいことです。重い後遺症に悩まされ、在宅でリハビリを続けなければならない方は少なくありません。また、再発するたびに重症化し、要介護5の認定を受ける要因の中で最も大きな割合を占めるともいわれています。その一方で、近年は急性期の治療が進歩し、退院して自宅に戻られる方も増えました。このように、脳卒中を発症された方のその後は実にさまざまです。 なお、脳神経細胞は一度壊死すると元には戻らないため、発症した場合はとにかく迅速に対応することが重要です。具体的には、8時間以内であれば脳の蘇生が可能とされています。 脳卒中予防の基本 日本脳卒中学会が発表している「脳卒中治療ガイドライン2021」では、脳卒中の発症を招く代表的な危険因子として、以下を挙げています。 ・高血圧(最大の危険因子といわれています)・糖尿病・脂質異常症・飲酒・喫煙・心疾患・肥満 これらの因子が関係し、体の中で動脈硬化をはじめとした不調が徐々に起こって、ある日突然に発症するケースがとても多いです。つまり、脳卒中は生活習慣の影響をとても受けやすい病気ということ。普段から血圧のコントロールや内服管理、食生活の見直し、運動を心がけることが予防の基本です。 症状出現時の対応 脳卒中を発症すると、顔の半分が垂れる、顔面麻痺が起きる、手足が動かしにくくなる、喋りにくくなるといった症状が見られます。これらのどれかひとつでも確認できた際は、60〜70%の確立で脳卒中を疑いましょう。 症状が現れたり消えたりしているうちは、まずは速やかにかかりつけの医師に相談してください。症状が30分以上続くときは、救急車要請の対象となります。 また、症状が最初に出たときの時間を覚えておくこともポイント。その後の治療選択にあたって重要な情報となります。 利用者さんに事前に伝えておくべきこと 先に触れたとおり、脳卒中の症状が出現したら、速やかに治療を受けることが重要です。しかし実際は、すぐに病院に来られない方が多くいます。例えば一人暮らしだったり、失語の症状が出て連絡しようにもできずにいたり、といったケースです。また、「誰に自分の危険を知らせたらいいかわからなかった」とおっしゃる方も少なくありません。そのため利用者さんには、「発症した際にどこにどのような方法で連絡すべきか」を案内しておくことが大切です。 情報提供のコツ 私が患者さんに情報を提供する上では、その方の「言葉」を大切にしています。例えば、入院患者さんの多くは「二度と入院したくない」とおっしゃいます。これは、今現在のことしか見えておらず、今後についてはまだ考えられていないサイン。この段階では、疾患や今後の生活についての基礎的な情報をお伝えします。 患者さんが「なぜ発症したのだろう」とおっしゃるときは、過去を振り返って原因を探っている段階と考えられるでしょう。こんなときは、今までの生活習慣についてヒアリングし、その方に必要な工夫についてお話しするようにしています。 また、「生活をこう変えてみよう」とおっしゃる方、つまり行動を起こそうとしている方に対しては、継続できる目標設定になっているかを確認するようにしています。 ACPを提案する重要性 脳卒中を発症して入院される患者さんの中には、意識障害が起きたり、認知機能が低下したりする方が多くいらっしゃいます。そして、その中で幸いにも状態が回復した方の多くは「今まで自身の生き方や最後の迎え方について考えたことがなかった」とおっしゃいます。 そこで、脳卒中を経験した利用者さんにみなさんからぜひ提案してほしいのが、5年後、10年後の生活をイメージするACP(アドバンスケアプランニング)です。 「今までどおり趣味を楽しみたい」「孫の顔を見たい」といった希望についてはもちろん、・もし再発した場合、延命措置や人工呼吸器の装着を選択するか・胸骨圧迫(心臓マッサージ)を実施するか・家族は保険や貯金について把握しているかという点を含めて、将来のことを身近な方と話すきっかけを提供してみましょう。それにより、利用者さんの今後の生活はよりよいものになるはずです。 脳卒中相談窓口の取り組み 2022年の5月から、一次脳卒中センターに「脳卒中相談窓口」が設置されています。循環器病対策推進計画の一環として始まった取り組みで、窓口では当事者への治療や再発予防に関する情報提供や生活の支援などはもちろん、訪問看護師やヘルパー、ケアマネジャーからの相談も受け付けています。当事者を支える専門職の職種連携を図ることも、脳卒中相談窓口が掲げる目的のひとつなので、ぜひ有効に活用してもらえたらと思います。 看護外来に寄せられる相談内容 看護外来に日々寄せられる相談の一部をご紹介します。まず、生活に関する相談としては、以下のような内容が挙げられます。 ・家族関係がうまくいっておらず、血圧が上がってしまう・家族から運動を止められる・経済的な問題で薬の継続に不安がある・多忙で自炊ができず、減塩が難しい 以下は、問診やトリアージが必要な相談にあたるでしょう。 ・血尿が止まらない・めまいがする・3日ぐらい食事がとれず、起き上がれない また、地域社会との連携や調整が必要な相談も多く寄せられます。 ・高次脳機能障害が残り、仕事に行くのが怖くなった。職場の人とうまくやっていけない・周りに頼れる人がいない・病気になったことを知られたくない 当事者が独力で生活習慣を改善し、維持していくのは難しいこと。訪問看護師のみなさんには、症状出現時だけでなく、ぜひ日々の暮らしについてもアドバイスやサポートをお願いします。また、利用者さんが大事にしている生き方や価値観を知り、ぜひ病院側にも情報提供をしていただきたいです。 >>後編はこちら訪問看護師に知ってほしい!脳卒中再発予防策 後遺症「痙縮」【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

これからの医療的ケア児と訪問看護
これからの医療的ケア児と訪問看護
インタビュー
2023年4月18日
2023年4月18日

医療的ケア児にまつわる課題&あるべき支援-医療的ケア児と訪問看護

厚生労働省によると、医療的ケア児(NICU等に長期入院した後、人工呼吸器・胃ろう等を使用して、医療的ケアをしながら日常を送る児童)の数は約2万人に上り、2008年ごろと比べると2倍になっています。2021年には、「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」が施行され、医療的ケア児への支援は「努力義務」ではなく「責務」となりました。そうした時代の流れの中で、医療的ケア児にまつわる課題やあるべき支援、訪問看護師できることは何でしょうか。清泉女学院大学 北村千章教授にお話を聞きました。 清泉女学院大学 小児期看護学北村 千章(きたむら ちあき)教授看護師・助産師。新潟県立看護大学大学院看護学研究科修士課程修了。「全国心臓病の子どもを守る会」にボランティアとして参加したのをきっかけに、先天性心疾患および22q11.2欠失症候群の子どもたち、医療的ケアが必要な子どもたちを、地域ボランティアチームをつくってサポート。2019年、清泉女学院大学看護学部に小児期看護学准教授として着任。慢性疾患のある子どもたちが大人になったときに居場所を持ち、ひとり立ちできるための必要な支援や体制つくりについて研究している。同年、NPO法人「親子の未来を支える会」の協力を得て、医療的ケア児の就学サポートを開始。医療的ケアが必要な子どもが、教育を受ける機会が奪われないしくみづくりを目指す。2023年4月より、清泉女学院大学看護学部 小児期看護学 教授に就任。 目標は、子どもたちの未来を広げること ―先生が理事をされているNPO法人「親子の未来を支える会」では、「赤い羽根福祉基金」による活動として、医療的ケア児の就学支援体制の構築や、「学校における高度な医療的ケアを担う看護師」(以下、「学校看護師」)の派遣、各種施設の視察、学校看護師を集めるための研修会等を実施されています。どのような想いで活動されているのでしょうか。 学ぶ意欲があり、学べる能力があっても、生活する中で医療的なケアを必要とする子どもの学び先は、特別支援学校に限られてしまうことが大半でした。「親子の未来を支える会」では、そうした子どもの就学先の選択肢が狭まってしまう現状を課題に掲げ、彼らが学校で学べるように「学校看護師の配置」の実現を最低限の目標にして活動を続けてきたのです。 以前は、人工呼吸器をつけている医療的ケア児は長生きができないという現実がありましたが、今は決してそんなことはありません。むしろ人工呼吸器をつけている状態のほうが安全であるという時代となり、医療的ケア児は成長して大人になります。そんな彼らの未来を想像すると、日常生活において自分でできることを増やしたり、彼らの持っている能力を引き出したりといった教育を、子どものころから施すことが本当に大切だと思うのです。子どもの成長を最大限に促すためにも、医療的ケアの専門知識を生かして学校職員や保護者と連携・協働ができる「学校看護師」の存在が欠かせません。 実際に支援活動を続けていると、学校で教育を受けた医療的ケア児は驚くほど自身でできることが増えていくことを実感しています。もちろん、病気や疾患を抱えているので無理はできません。主治医とも連携しながら子どもが持っている力を引き出し、これから先も続く彼らの未来が少しでも明るくなるようなサポート体制を整えていければと考えています。 教育機関に医療関係者が入るハードルの高さ ―活動されるなかで、苦労されることもあったのではないでしょうか。 そうですね。試行錯誤の連続でした。「親子の未来を支える会」で最初に支援させていただいたのは、新潟県のAさんという医療的ケア児。Aさんは小学校の途中から病気が進行して人工呼吸器をつけることになり、特別支援学校に移りました。 Aさんは知的レベルが高く、理解力もあり、何よりも本人が学校で学びたいと思っていました。でも、安全面を第一に考える学校側としては、「人工呼吸器をつけるほど重症な子どもを学校で受け入れることは難しい」という発想になってしまいます。学校側はサポートできないし、だからといって保護者がずっとAさんに付き添うという選択は、ご家族が仕事を辞めることになったり、心身ともに疲弊してしまったりする恐れもあり、現実的ではありません。教育現場に医療従事者が入ることについても高いハードルがあり、特別支援学校に移る選択肢しかなかったのです。 でも私は、Aさんの未来を考えるとやはり学校に通えたほうがいいと思い、校長先生のもとに何度も通ってAさんが学校で教育を受ける必要性や、学校に看護師を配置することの重要性を訴え続けました。先生から、「(当時の)県のガイドラインでは、医療的ケア児を学校に通わせることはNGとされているのに、北村先生はどうしてそんなに頑張るのですか?」と言われたこともあります。 ―交渉が難航する中で、どのようにして学校看護師の配置が実現したのでしょうか。 ディスカッションを重ねていくうちに、私たち以上に学校の先生たちのほうが、心情的にはAさんにそのまま学校で学んでほしいという思いが強いことに気づきました。先生は、「県のガイドラインに逆らうことは難しい」と言っていただけで、Aさんを「通わせたくない」「受け入れたくない」とは言っていなかったんです。「どうして理解してくれないのか」と訴えていた、我々の最初のアプローチのしかたが間違っていたのだと思いました。そこで一歩引いて、「どうすれば『学校看護師』の配置が実現できるか、一緒に考えていただけませんか」と相談するような姿勢に変え、先生方が主体となって考えていくと、物事が動き始めたんです。 現在は新潟県のガイドラインも変更されているので、医療的ケア児が学校に通うのはOKになりました。でも、Aさんが通い始めたときはまだガイドラインが変更される前だったので、校長先生が「人工呼吸器」を「生活補助具」として扱ってはどうかと県に提案してくださいました。そこから流れが変わり、我々のチームから学校看護師を配置できるようになり、Aさんは再び学校に通うことができたんです。 あくまでも我々は医療的ケアをする役割なので、教育について一方的に口出しするのではなく、まず先生方の考えをヒアリングすることが大切。その上で学校看護師が介入するとしたらどのような形で入ることができるのかを相談しながら、学校側を主体に話を進めていくことの重要性を学びました。このときの経験は、他の自治体で調整するときにも役立っています。 ―現在は、学校に看護師が介入するハードルは下がっているのでしょうか。 学校看護師の設置はかなり進んできましたが、全国的に見るとまだ、学校側は「どんな人が来るのかな」「あまり余計なこと言わないでほしいな」などと思いながら、恐る恐る受け入れている現状があると思います。それでは介入のハードルは下がりませんし、いいサポート連携にもつながりません。だからこそ、私たちは「学校看護師の役割」を明確にし、定義していかなければいけないと考えています。 地域で医療的ケア児を支える世の中へ ―地域連携に関しても伺っていきたいと思います。北村先生は「減災ナースながの」という活動もされています。地域の災害対応の取り組みについて教えてください。 「減災ナースながの」(https://gensainurse-nagano.org/)Webサイトより 2019年、長野県・千曲川の洪水で長沼地区のほぼ全域が浸水したという水害があった際、医療的ケア児は避難できなかったんです。幸いみんな命に別状はなかったものの、災害対応について大きな危機感を抱くようになりました。個別の支援計画はありましたが実際には何もできず、地域連携型支援も機能していませんでした。 避難所に移動するにも人の手が必要ですから、まずは医療的ケア児の存在を周囲に知ってもらえるネットワークづくりが大事だと思っています。 また、医療的ケアを必要とする人にとって電力は24時間欠かせないものであり、災害時の電力確保は喫緊の課題になります。そこで自動車メーカーの協力を仰いで、電気自動車を使用して電力を確保し、実際に人工呼吸器や加湿器の作動を試行しました。人工呼吸器は問題なく作動し、加湿器の温度上昇も確認できました。 さらに、「一緒に災害時のシミュレーションをしませんか」と県に提案し、「減災ナースながの」のホームページを立ち上げて医療的ケア児の存在を発信したり、イベントを開催して助成金を集めたりもしています。 電力確保のために動くことも大切ですが、いざというときに1日や2日でもいいので、吸引をはじめとした医療的ケアができる看護師の存在も大切になりますね。そうした連携が取れるしくみ作りを目指して、今後も活動を続けていきます。 ―医療的ケア児のケアプランを考える際、医療従事者が入っていないことにも課題があると伺っています。 高齢者の介護でケアマネジャーが介護計画を立てるように、医療的ケア児のサポート計画を考えるケアプランナーがいます。でもその役を担うのは発達支援センターに所属する相談支援専門員で、医療ではなく「福祉」の人。人工呼吸器をつけて病院から自宅に戻ってきた子どもをケアプランナーと保健師が連携して支えていますが、医療的サポートが必要だからこそ、訪問看護師が介入できる体制になったほうがいいように思います。 また、普通学級がいいのか、特別支援学級のほうがいいのかといった、子どもの就学先に関して地域の関係者が集まって話し合う「支援会議」があります。私も参加していますが、そこには保健師や訪問看護師の姿はありません。 かつて医療的ケア児は短命で、自宅に戻って来られるのは「医療的ケアの必要がない子ども」が主だったので、医療従事者が介入する必要性はないと考えられていたのかもしれません。しかし、医療技術の発達とともに医療的ケア児が増えることで、ケアの形も変化する必要があります。例えば、医療的ケア児を幼いころからサポートしてきた訪問看護師にも「支援会議」に参加してもらい、「この子はここまで自分でできます」「このサポートは続けたほうがいい」といった情報をシェアして提案してもらえるだけでも、より充実したサポートにつながるはずです。そう考えると、医療的ケア児をサポートする側と、訪問看護ステーションとの連携が大切になるとも思います。 ―訪問看護師は、医療的ケア児のケアにどのように関わっていくとよいと思いますか? 「医療的ケア児及びその家族に対する支援に関する法律」では、学校における医療的ケアも責務だとされており、「学校看護師」を設置することで保護者も働けるとうたっています。しかし、実際にはそう簡単なことではありません。夜間や土日は保護者が面倒を見なければいけませんし、学校看護師の数も足りず、制度も十分に整っていません。そこで、地域の訪問看護師がさっと学校に入り、30分でもいいので子どものケアができるようになれば、本当はすごくいいなと思っています。 医療的ケア児が退院して自宅に戻ってきたときから訪問看護師に支えてもらえれば、子どもたちも保護者も安心で助かるはずです。子どもが学校に行くようになれば、その子のことも学校のこともよく知る地域の訪問看護師がサポートしていく。さらに理想を言えば、小学校から中学校に上がっても、同じ訪問看護師が継続的にサポートしていくのがベストだと思います。 訪問看護師の皆さんは、「利用者が地域で生活していくためにどうすればいいか」について普段から考えていると思います。割合としては高齢者の方へのサポートが大半だと思いますが、その中で医療的ケア児のサポートがもっと広がっていくといいなと思います。 ―ありがとうございました。次回は、医療的ケア児の保護者との関わり方について伺っていきます。 >>見落としがちな親視点 保護者に聞く&寄り添う看護-医療的ケア児と訪問看護 ※本記事は2022年12月の取材内容をもとに構成しています。 執筆:高島三幸取材・編集:NsPace 編集部

ピラティス×訪問看護
ピラティス×訪問看護
インタビュー
2023年4月11日
2023年4月11日

【ピラティス×訪問看護】ZEN PLACEのキャリアパス&訪問時のピラティス活用法

全国の主要都市に100店舗以上のピラティス・ヨガスタジオを運営する株式会社ZEN PLACEは、ピラティスのノウハウを在宅医療へ導入するという新しい取り組みを行っています。今回は、ZEN PLACE訪問看護の日高さんに、ZEN PLACEにおけるキャリアや実際にどのようにピラティスを訪問看護に取り入れているのかなどを伺いました。 >>前回の記事はこちら【ピラティス×訪問看護】病棟看護師から訪問看護師へ転職したきっかけ 日高 優(ひだか ゆう)2008年より急性期病院での看護師(ICUや救急外来など)を経て、2020年よりZEN PLACE訪問看護ステーションにて勤務。病院勤務時代にピラティスのインストラクターコースを修了。カウンセリング技術を学び、SNSを通して看護師に自分と向き合うことの大切さを発信している。ZEN PLACE訪問看護ウェルビーイング創造のリーディングカンパニーであるZEN PLACEが運営する訪問看護ステーション。ピラティスの技術を医療や介護の場に用い、働くスタッフから利用者様すべての人が心身ともに健康で豊かな人生が歩めることを目指している。「したい看護をするのではなく利用者様とご家族が望む生活のサポートをすること」がモットー。 スタッフのニーズに合わせたピラティス研修 ―ZEN PLACEでの研修やキャリアについてお聞かせください。入職してからピラティスのインストラクター資格を取得することも可能だそうですね。 はい、可能です。福利厚生の一環でスタジオを利用することができるので、趣味としてスタジオに通うスタッフもいれば、ピラティスを学び将来的に職務に活かそうとするスタッフもいて、さまざまですね。実際に入職してから資格を取っている人もいますよ。 ZEN PLACEでは、WE(Wholebody Educator)と呼ばれるスタジオのスタッフが、訪問看護師向けに理念やピラティスの概要説明を行う研修があります。興味を持ちピラティスの資格を取りたいと思った場合は、養成コースに通うこともできるんです。 以前は、インストラクターと両立している看護師や理学療法士がいたこともありますね。現在は、基本的に訪問看護をしたいのであれば看護師としてステーションに所属し、スタジオでピラティスを教えるインストラクターになりたい場合はスタジオに所属するというパターンが多いです。 ピラティスを取り入れた訪問看護とは? ―実際、どのように訪問看護にピラティスを取り入れているか教えてください。 訪問時に「ピラティスだけをやる」ということはなく、基本的には訪問の目的に応じて、できるピラティスの動作を行っていただくことが多いですね。利用者さんの既往や現在の疾患、ADLの状況に応じてできない動作もあるので、可能な範囲内でピラティスの一部を行っていただくイメージです。 例えば、すぐにできるものだと呼吸のしかたですね。呼吸だけでもすごく変わりますよ。病気の有無にかかわらず、現代人は不安やストレス、不規則な生活から呼吸が浅くなりがちです。ピラティスは「鼻から吸って口から吐く」という呼吸で行うのですが、この呼吸のみを利用者さんと一緒に行うこともあります。(図1)。 図1:座位での呼吸練習 これを続けるだけで身体が温かくなってきますよ。利用者さんは疾患のことや将来のことなど、さまざまな不安を抱えているケースが多いのですが、呼吸を変えると気持ちも落ち着きやすくなります。お話を聞きながら、「ピラティスで行う呼吸を少し練習してみましょう」と促しています。 特に身体動作に支障がなければ、上向きになって骨盤を傾ける動作もしていますし(図2)、頭が後ろに行ってしまってうまく起き上がることができない方には、「ローリング」という背中を丸めて転がる動作をリハビリに組み込んで、起き上がりがうまくできるようにサポートすることもあります(図3)。 図2:骨盤の位置確認 図3:起き上がりの練習動作 夜眠れなくて眠剤を使っている利用者さんに、できるだけリラックスして穏やかに眠れるように、「ピラティスをしてから寝てみましょう」とお声がけしたところ、しっかり継続してくださった事例もありました。また、リハビリによる基本的動作の改善を実感していただいたり、「すごくスッキリしました」「リフレッシュしました」と言っていただけたりすると、もともと転職をしたきっかけがピラティスだったこともあり、とてもうれしくなりますね。 病院だとどうしても治療が優先なので、点滴や内服に頼らざるを得ないところもありますが、在宅ではお家でその人らしい生活をしていけるように促していけたらいいなと思っています。 少しずつ確実に広がっているピラティス ―訪問時には、基本的に毎回ピラティスを取り入れているのでしょうか? 利用者さんによってまちまちですね。場合によっては、当然医療的なケアを優先します。リハビリを担当する理学療法士のほうが積極的にピラティスを取り入れていて、訪問看護師は医師からリハビリの指示があった利用者さんに対して可能な限りピラティスを取り入れています。 指示書に「ピラティス」という言葉が入っているわけではないですが、「筋力低下の予防」や「歩行訓練」等の指示をいただいた際に、必要な動作や姿勢の形成にピラティスを用いますね。 ―利用者さんから「ピラティスを取り入れてほしい」と要望があるケースはありますか? ステーションの特徴としてピラティスを謳っているので、それを見て時々連絡して下さる方はいらっしゃいます。ただ、まだ医療・介護領域で一般的ではないこともあるせいか、利用者さん自ら「ピラティスを」とご要望をいただくことは少なく、こちらから働きかけて組み込んでいくことの方が多いですね。 ―訪問看護にピラティスを取り入れた際、介護保険の加算は取れるのでしょうか? 残念ながら加算が取れるわけではありませんが、「こういうエクササイズをしています」と報告書に書いて医師に伝えることはしています。 ―リハビリの一環として、ピラティスも取り入れているというイメージですね。 そうですね。ZEN PLACE以外でもこうした動きは強まっていて、最近はピラティスを学ぶ医療従事者の方が増えていると感じています。病院内のリハビリに取り入れているケースもありますよ。 ZEN PLACEのスタジオや養成講座に違う病院やクリニックで働く看護師の方が通われていることもありますし、ピラティスの必要性を感じている医療従事者が増えているようで、うれしいですね。 ―ありがとうございました。次回は、看護師がピラティスを行うメリットや気軽にできるピラティスの動作について伺います。 >>【ピラティス×訪問看護】初心者でもOK。気軽にできるピラティス基本動作 ※本記事は、2023年1月の取材時点の情報をもとに制作しています。 編集・執筆: 合同会社ヘルメース取材: NsPace編集部 【参考】○ZEN PLACE「【医療従事者向け】ピラティスインストラクター養成コース」https://www.pilates-education.info/courses/healthcare2023/3/20閲覧

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