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インタビュー
2022年5月31日
2022年5月31日

希少がんの治験にいつか訪問看護師の力が

全国から被験者を募る希少がんでの治験では、訪問看護に期待できるものとしてプレスクリーニング時のオンライン診療の場などが考えられます。今回は、がんの治験に関する訪問看護の親和性を四つの観点から考えます。 砂川優聖マリアンナ医科大学 臨床腫瘍学講座 主任教授 はじめに 今回は、がんの治験に関する訪問看護の親和性を、①がん治験の重要性と困難性 ②治験業務に求められるもの ③訪問看護が関与するオンライン診療のイメージ ④がん患者へのメリット ── の四つの観点から考えます。さらに、DCT(Decentralized Clinical Trial)普及の壁と訪問看護への期待に言及します。 ①がん治験の重要性と困難性 がん治験の対象になるのは、主に進行がんで、余命が告げられた患者さんも少なくありません。訪問看護に従事する皆さんは、そのような患者さん・利用者さんを対象にして、ケアを提供されているのだと思います。 がん治療において、治験そのものが治療となります。従来の薬では症状の改善が見込めない患者さんが対象であり、治験への参加が患者さんの生きる望みとなる場合だってあるのです。 ただ、希少な遺伝子異常を有するがんの場合、治験の対象となる患者さんを見つけるためには、100人検査して1人いるかというレベルで遺伝子異常を探し出す作業を必要とします。 こうした作業を、医療機関への来院に依存する従来型の治験で実施した場合、症例の集積がきわめて困難です。全国的に広く治験の対象となる患者さんを見つける必要性からもDCTは有効であり、さらに、DCTが普及すれば、在宅にいる患者さんに、プレスクリーニング、スクリーニング、そして、治験を実施できる可能性が生まれます。 ②治験業務に求められるもの 治験業務には、決められたプロトコールがあります。高い精度の実施および報告水準が求められ、誰が行っても同じ結果になることが必須です。 看護師という資格のうえに、研修等で治験に必要なスキルを積み上げれば、治験が求める水準の診療補助行為を実施することができるはずです。 こうしたことから、DCTの普及の条件の一つに、治験に対応できる訪問看護師さんの登場があると考えます。 ③訪問看護が関与するDCTのイメージ 治験参加中の患者さんには、採血、採尿、バイタル測定などの検査および観察を実施し、体調の変化や病状の回復具合を調べます。そのようなデータ収集を担うのが訪問看護師さんだとイメージしています。 また、オンライン診療で医師が診察をする際に、患者さんの横に訪問看護師さんが寄り添い、バイタル測定や五感をフル動員して観察を行い、医師に報告するといったDCTへの関与のしかたもイメージできます。 訪問看護師さんがいることで、在宅治験の精度が上がるのだと思います。 ④がん患者へのメリット 自宅などに居ながら治験に参加するにあたって、プレスクリーニングやスクリーニングを含め、患者さんの最も近くにいる訪問看護師さんたちのサポートがあれば、患者さん自身も安心して治験に臨めます。つまり、訪問看護師さんたちがいることで、患者さんが全国のどこに住んでいても治験といった治療を享受できる可能性が生まれます。 たとえば、「治験を実施している医療機関が近くにない」「医療機関が遠くてとても通えない」などと治験を諦めていた患者さん。または、「自分の疾患が治験の対象になるかもしれないという情報すら知らなかった」といった患者さんに、DCTの普及と訪問看護師さんたちの存在は、大きなチャンスを贈ることができるのかもしれません。 DCT普及の壁と訪問看護への期待 日本におけるDCTへの取り組みは、始まったばかりです。オンライン診療の信頼性をどのように確保するか、治験に参加している患者さんの状態を正確に把握するためにはどうするか、得られたデータが治験の水準を満たすのか、拠点病院の設定基準はどのように定めるのか、治験業務を担ってくれる医師・CRC(治験コーディネーター)・看護師の連携はどのように行うのかなど、DCTのレギュレーションを確立するために、乗り越えなければならない壁の高さは決して低くはありません。コスト面に関してのさらなる検討も必要でしょう。 DCTは、そうした高い壁を乗り越えるだけのメリットを、医療側にも患者さん側にももたらすものだと確信しています。 DCTには、デジタルデバイスを含めたICTの発展も欠かせません。しかし、それだけでDCTの質を上げることはできません。臨床の現場にはすぐれた専門職が必要です。患者さんに直接触れ合うことができる訪問看護師さんの存在は、治験の質、日本の医療の質を高めてくれる可能性に満ちています。 記事編集:株式会社メディカ出版

インタビュー
2022年6月7日
2022年6月7日

vol.1 訪問看護サービスが株式上場するメリット/デメリット

2022年2月3日、リカバリーインターナショナル株式会社が東証マザーズに上場。訪問看護サービス事業を専門に行う会社として、唯一の上場企業(2022年3月現在)となりました。その代表取締役社長である大河原さんに、上場を決めた理由やそのメリット・デメリット、訪問看護業界の課題などについてうかがいました。全3回でお届けします。 Profile/リカバリーインターナショナル株式会社代表取締役社長/看護師大河原峻 看護師として9年間、手術室や救急外来・ICUなどで従事。27歳のとき参加した海外ボランティアを通して、アジア各国では在宅看護が当たり前であることを目の当たりにする。「在宅死を希望する方の願いを、地域に密着し、もうひとりの家族のような存在で叶えていく。そんな訪問看護ステーションを運営したい」という想いを抱き、帰国後2013年にリカバリーインターナショナル株式会社を設立。現在18店舗を展開(2022年4月現在)。 目次▶ 株式上場を考えたきっかけ▶ 上場することのメリット/デメリット▶ 上場企業として求められる内部管理▶ 訪問看護業界が抱える課題と会社としての取り組み ▶ 株式上場を考えたきっかけ ――まず、なぜ株式上場を目指そうと思われたのでしょうか? 理由は二つあります。まず一つは自社を含め、「訪問看護サービスを提供する会社の信用性」を上げたいと考えたためです。きっかけは、当社で働いていた社員が住宅ローンの審査に落ちたこと。勤務先が病院であれば問題ないはずの条件での審査落ちでした。さらに、採用活動を進めるなかで「訪問看護という仕事はよくわからないから不安だと、親に就職を反対された」という理由で内定辞退を受けることが重なりました。この経験から、働く人や家族が安心できる会社になるためには、病院のようなしっかりとした経営環境を整える必要があると感じ、その手段として株式上場を検討するようになりましたね。 二つめの理由は、訪問看護サービスを広く社会に知ってもらうためです。訪問看護師の人数、利用者様への情報伝達、いずれも不十分だと感じています。それを打破するためになにができるかと考えたとき、株式上場はどちらの問題に対しても解決の一助になると感じました。 ▶ 上場することのメリット/デメリット ――自社のメリットはもちろん、訪問看護業界全体へのメリットを見据えた上場なのですね。 そのとおりです。2025年までに15万人の訪問看護師が必要だと言われていますが、現在、訪問看護師の数は約9万人。看護師資格を持っている人は約150万人いるはずにもかかわらず、訪問看護師の数はその10%にも満たない状況です。当社が上場することで社会に訪問看護師の存在を知ってもらい、さらに、安心して働ける仕事であることが認知されれば、訪問看護師の人数を増やすことにもつながると考えています。 また、事業を進めるなかで利用者様から「もっと早く訪問看護を知っていれば良かった」という声をよく耳にします。業界への信用性や認知度が上がることは、潜在的な利用者様にとってもメリットとなるはずです。 ――上場することで想定されたデメリットはありますか? 上場企業として求められる内部管理のレベルは高く、それをキープするためにはコストがかかります。働きやすい環境づくりにコストをかけるよりも、個人への利益還元を優先してほしいと考える社員にとっては、デメリットだととらえられているかもしれません。また、IRなどを通じて経営状況をはじめとした多くの内部情報を開示することになるため、「他社から真似されるリスクがある」という声は社内で上がっていました。この点について私自身は、業界が栄える=当社も伸びるという考えです。多くのステーション様と一緒に業界全体を伸ばしていきたいですね。 ▶ 上場企業として求められる内部管理 ――上場に際して、会社の就業規定は変更しましたか? ケガや病気のときなどに、休業補償を利用して安心して休めるよう変更しました。また、残業を事前申請制にするなど、勤怠管理を徹底することで労働環境が向上するように改定しました。事務作業のバックオフィス体制も整備して、働きやすい環境づくりを進めています。 ――社員の方からはどのような反応がありましたか? ポジティブな反応ばかりではなく、ネガティブな反応もありましたね。新しくルールをつくると、雇用される側は窮屈に感じたり、よく思わなかったりする人もいます。とくに理解してもらうのが難しかったのが、残業の事前申請。勤務管理を適切に行うことは上場する上で必要ですし、社員の健康管理の面からも重要ですが、現場では「残業はいくらでも好きなだけやっていい」という感覚が根強い。現在でも浸透しきっているとは言い難い状況ですが、各拠点の残業を「見える化」することで社員の意識が少しずつ変わってきている手応えがあります。 ▶ 訪問看護業界が抱える課題と会社としての取り組み ――業界全体に対して感じている課題と、それに対する御社の解決策を教えてください。 訪問看護業界に根付いている古い文化の一つに「紙文化」があります。業務の連絡にFAXを利用しているケースも多く見られますが、現代において最善とは言い難い。当社ではメールやWEBシステムの整備などのIT化を進め、事務作業や電話対応も本社で一括化することで経営の効率化を図っています。勤怠管理も、もちろんWEBで行っています。 また、訪問看護サービスでは「広範囲エリア対応」が当たり前になっていますが、長時間の自動車運転による事故や看護師の疲労など、さまざまなリスクが生じます。当社ではステーションごとに担当エリアを明確に定めることで看護師の心身の健康を守り、利用者様数が増えてもきちんとケアできる体制を構築しています。 ――利用者を増やすために、どのような営業活動を行っていますか? あえて営業部門などはおかず、看護師と地域連携機関との関係性を構築することで利用者様を増やしています。具体的には、「ホウレンソウ(報告、連絡、相談)」の徹底です。もちろん、どの訪問看護ステーションでも、ホウレンソウは意識をされていると思います。ただ、多くの場合、リスクの高い利用者様や問題が発生したときにしか連絡をしていないのではないでしょうか。当社は、とくに大きな変化がなくても「今日も変わりなく元気です」という日々の連絡を徹底しています。たとえ問題がなくても、毎日連絡をするということはご家族の不安を解消するためにとても大切。また、医師やケアマネジャーなど連携している他社の方から見ても、わざわざ確認しなくても、日々の状態がいつも把握できていることで、安心して仕事ができます。 ご家族や地域連携機関との信頼関係をしっかり築けば、自ずと依頼が来ます。看護師が当たり前のことをきちんとやることで利用者様を獲得する、というのが当社の営業活動です。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

インタビュー
2022年6月14日
2022年6月14日

vol.2 上場企業として成長するためのマネジメントと戦略

2022年2月3日、リカバリーインターナショナル株式会社が東証マザーズに上場。訪問看護サービス事業を専門に行う会社として、唯一の上場企業(2022年3月現在)となりました。vol.2では、代表取締役社長である大河原さんに、上場企業として重視している組織マネジメントや、今後を見据えての戦略についてお話をうかがいました。 Profile/リカバリーインターナショナル株式会社代表取締役社長/看護師大河原峻 看護師として9年間、手術室や救急外来・ICUなどで従事。27歳のとき参加した海外ボランティアを通して、アジア各国では在宅看護が当たり前であることを目の当たりにする。「在宅死を希望する方の願いを、地域に密着し、もうひとりの家族のような存在で叶えていく。そんな訪問看護ステーションを運営したい」という想いを抱き、帰国後2013年にリカバリーインターナショナル株式会社を設立。現在18店舗を展開(2022年4月現在)。 目次▶ 採用と社員教育▶ 組織をマネジメントする上で重視していること▶ 現在感じている自社の課題と今後の戦略▶ 地方出店への展望 ▶ 採用と社員教育 ――社員の採用や教育において重視していることを教えてください。 「当社の社員を増やす」だけでなく「訪問看護師を増やす」ため、訪問看護未経験者の採用も積極的に行っています。また、病院や他の訪問看護ステーションでは、先輩看護師がマンツーマンで指導を行う「プリセプター制度」を採用しているところが多いですが、当社の教育の基本は「チューター制度」。年齢の近い先輩(チューター)が新人に伴走するスタイルで「一緒に考え、成長していく」ことを目指しています。未経験者でも半年から一年で育成可能なプログラムを構築しているので、早ければ3ヶ月ほどで一人で利用者様の元を訪問できるようになります。拠点によっては、チューターに教えてもらっていた新人が、すぐに他の人のチューター側にまわるケースもあります。 ――チューターに対してはどのような教育を行っていますか? 各拠点にいる役職者がしっかりとサポートする体制をつくっています。チューターに繰り返し伝えているのは「上から教えるのではなく一緒に考える」ことの重要性です。訪問看護はいつも一つの正解があるような仕事ではありません。指導する側、される側が一つの正解を求めてしまうと、現実とのギャップが生じます。 「指摘し合うのではなく認め合う」というチューター制度の基本姿勢は、職員の退職率が下がった一つの要因だと感じています。 ▶ 組織をマネジメントする上で重視していること ――円滑な組織運営のために意識していることはありますか? 組織マネジメントの要は、各拠点の役職者です。当社では1拠点に3名の役職者を置き、その育成に力を入れています。週1回「リーダー研修」を行い、役職者としての考え方や姿勢はもちろん、PLを含めた経営上の数字の読み方や労務管理などの知識、コーチングやリーダーシップなどについてレクチャーしています。さらに、研修を受けたリーダーには、各拠点にいる他のリーダーに、学んだことをアウトプットしてもらうようにして、知識の定着を促しています。 また、訪問看護サービスの要となるのはいうまでもなくひとりひとりの看護師です。専門職は成長や変化を望む人が多いので、役職者が看護師に対して年3回の面談を行い、各自の目標管理を徹底しています。面談を通じて目標管理や到達へのフィードバックを行えるよう、役職者への「面談スキル」研修も行っています。 ▶ 現在感じている自社の課題と今後の戦略 ――現在、組織経営で感じている課題はありますか? 拠点が18に増えたことで、会社としての考え方がすみずみまで浸透しきっていないと感じています。各拠点のトップである所長に100の情報を伝えたとしても、所長から副所長へ伝達する時点で伝わるのが80%くらい。さらにその部下へとなると、60%程度しか情報が伝っていないことも少なくありません。 ――そうした状況を改善するための戦略について教えてください。 たとえば所長から副所長への情報共有後、副所長から所長へ毎回感想をアウトプットしてもらうようにしています。その逆も同様です。2年前からスタートし、少しずつ手応えを感じるようになりました。 今後は社内の情報について今よりも取り扱いルールを緩和し、もっと多くの社員がアクセスできるようにしていきたいと考えています。現在、情報は私や幹部が各拠点の所長に伝える構造になっていますが、さらに拠点数を増やす場合は、幹部と所長とを結ぶ「エリアマネージャー」のような役職をつくって、そこから各エリアに向けて情報を伝達できるようなしくみを構築したいですね。 そして、ここまで展開してきて実感するのは、役職者教育が成功すれば、あとは自然と上手く回っていくということです。病院経営はトップダウンで「上の言うことが絶対」というところも多いですが、訪問看護サービスの経営には、新しいやり方が必要だと考え、常に模索をしています。 ▶ 地方出店への展望 ――御社は地方にも展開されていますが、今後も増やしていく予定ですか? 今後は、ドミナント戦略でまずは神奈川、埼玉、千葉といった関東エリアでの出店を考えています。関西は兵庫や高知に拠点があるので、そこを足がかりにできればと思っています。一方、地縁のない地域への出店は急いでいません。というのも、知らない土地での役職者選定と教育には課題が多いからです。まず難しいのは、優秀な看護師が必ずしも優秀な管理者になるとは限らないという点。優秀な方は部下にも自分と同じ水準を求めてしまう傾向があるのですが、当社は個々人が100点を目指すのではなく、チーム制で全体として70点から80点を確実に提供するサービスを目指しています。そういう考え方をしっかりと役職者に浸透させることが重要だと考えているため、まずはドミナント戦略での地方出店を検討しています。 ――人口減が問題となっている地域への出店について考えを聞かせてください。 人口が少ない地域は実際に利用者様が伸びないので、拠点を増やしづらいのは事実です。しかし、県庁所在地などある程度の規模のある地域であれば、1〜2ヶ所は出店できるのではと考えています。 ただ、人口が少ない地域では「利用者様数が伸びない」と同時に、「看護師の確保が難しい」ことも課題になりがちです。看護師の数が少ないと必然的にオンコール対応の頻度が高くなり、その負担が問題となります。当社ではオンコールの当番を週1回未満となるようにしています。そうするためには各拠点に看護師が最低8人は必要です。地方出店の重要なポイントは、利用者様の確保よりもまずは看護師の数を確保して、組織としてしっかりとした体制をつくれるかどうかです。当社は、そこをおさえた上で、今後の地方出店を考えていきたいと思っています。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

インタビュー
2022年6月28日
2022年6月28日

訪問看護サービスの規模拡大や株式上場を目指す方へ

2022年2月3日、リカバリーインターナショナル株式会社が東証マザーズに上場。訪問看護サービス事業を専門に行う会社として、唯一の上場企業(2022年3月現在)となりました。vol.3では、代表取締役社長である大河原さんから、訪問看護ステーション事業の拡大を目指す方や、株式上場を志している方に向けたメッセージをお伝えします。 Profile/リカバリーインターナショナル株式会社代表取締役社長/看護師大河原峻 看護師として9年間、手術室や救急外来・ICUなどで従事。27歳のとき参加した海外ボランティアを通して、アジア各国では在宅看護が当たり前であることを目の当たりにする。「在宅死を希望する方の願いを、地域に密着し、もうひとりの家族のような存在で叶えていく。そんな訪問看護ステーションを運営したい」という想いを抱き、帰国後2013年にリカバリーインターナショナル株式会社を設立。現在18店舗を展開(2022年4月現在)。 目次▶ 上場に向けて学んだ知識と、上場後にアクセスしている情報▶ 上場前後でのライフスタイルの変化▶ リカバリーインターナショナル株式会社が目指す訪問看護の理想形▶ 規模拡大や株式上場を目指す方へのメッセージ ▶ 上場に向けて学んだ知識と、上場後にアクセスしている情報 ――上場に向けて、意識的に吸収した知識や情報はありますか? P/L(Profit and Loss Statement)など会計管理や、最新の法令について情報収集しました。方法としては、周りの経営者に話を聞いたり、日本看護協会、財団の研修に参加したり。必要に迫られる前に、自分で早めに情報を集めるのが大事だと思います。 ――上場後の主な業務と、アクセスしている情報について教えてください。 上場前から変わらず、業務の中心は役職者への教育や新規出店の計画です。また、利用者様にも看護師にも訪問看護のことをもっと知ってもらいたいと考え、IRにも注力するようになりました。 意識的に見る機会が増えたのは、他業種や他社のマーケティング手法。移動中には、街中の広告や、新規開店した店舗の業態、逆に閉店した店舗の業態などを観察しています。そして、自分たちの会社だけを潤わせるのではなく、訪問看護の業界全体を大きくしていきたいという想いから、さまざまな企業の方と対話する機会を設けています。デイサービスや訪問介護を始めた会社に当社の取り組みをお伝えしたり、飲食のフランチャイズ展開をしている会社やコンサルティング会社の方と意見交換を行ったりしています。どの業界も会社の構造などの基本は同じだと感じていて、経営者として参考になります。 ▶ 上場前後でのライフスタイルの変化 ――株式上場したことで、ライフスタイルに変化はありましたか? ライフスタイルについては正直、まったく変化がありません(笑)。月曜日から土曜日の午前中まで目いっぱい仕事をして、土曜日の午後から日曜日はプライベートの時間を確保しています。毎週月曜日は、「自分がしなければならない仕事」と「誰かに任せられる仕事」を振り分けることから始まります。上場にあたり組織図や業務分掌規程などの整理を行い、自分が担う仕事が明確になったため、今のほうが時間はあるかもしれません。 ――プライベートはどんなふうに過ごしていますか? 「今、世の中が求めているもの」に対して敏感でいるために、プライベートでは視野を広げる時間をつくることを意識しています。部下の好きなことにも興味をもつようにしていて、Aという漫画が好きだと聞けばそれを読んでみる、Bというアーティストが好きだと聞けばその展覧会に行ってみる、という具合です。共通言語をつくり一緒に楽しみながら距離を近づけられたらいいなと思っています。 ▶ リカバリーインターナショナル株式会社が目指す訪問看護の理想形 ――訪問看護の、将来的な理想の形について教えてください。 現在の訪問看護は利用者様が看護師を指名する、あるいは少し気に入らないと交代させるといったことが許されてしまう世界。私も看護師なのでわかるのですが、利用者様に「あなたに来てほしい」と言われると嫌な気はしません。しかし指名方式だと看護師の精神的な負担が重くなるだけでなく、訪問時間を守れなかったり、利用者様の健康面の判断に思い込みが生じてしまったりというリスクもあります。さらにコロナ禍において、より個人に依存することのデメリットが明確になりました。看護師が感染症にかかり、利用者様との調整に追われたステーションもあったのではないでしょうか。これらのリスクを回避するためには、複数の看護師による多様な視点で利用者様を看ることが必要です。当社が大事にしているのは、ひとりで完璧な看護を目指すのではなく、チームとしてまずは全員が70~80点の看護を目指し、徐々に100点に近づけていく意識。訪問看護のチーム制はマネジメントの効率化とともに、利用者様やご家族様の理想を叶えることにつながると考えています。 ――チーム制にすることで、訪問看護師の働き方も変わっていくでしょうか? 訪問看護は、看護師の「利用者様に寄り添いたい」という気持ちを実現できる仕事です。しかし一方で、オンコールやご指名制に不安を感じ訪問看護業界への転職を躊躇したり、早期退職につながったりする方も少なくありません。そうならないように、仕事の日は仕事、休みの日は休みと、きっちりメリハリをつけて働くことが理想だと考えています。 また心身への負荷を減らすため、看護師同士お互いを承認し合い、成長できる環境も大事。優秀な看護師ほど「ひとりで120点の看護」を目指してしまい、1度の失敗でドロップアウトしてしまうケースも多く見てきました。信頼し合えるチームでは、休みやすく、相談もしやすく、そして一緒に働く仲間の意見が気づきになって成長できます。 オンオフのメリハリをつけて笑顔で働ける環境は、時代にも合っていますし、今後、訪問看護師の理想の働き方となっていくと考えています。 ▶ 規模拡大や株式上場を目指す方へのメッセージ ――訪問看護サービスの規模拡大や上場を志す方にメッセージをお願いします。 私は病院でリーダーや訪問看護管理者を経験しました。その中で、自分を犠牲にして働いたことが多かったですし、そういう先輩や同志を多く見てきました。当時はそれが正しいと思っていましたが、今は継続性という観点から、チームとして動くことが大事だと考えています。組織の規模拡大は間違いなく、チームがないと成り立ちません。 チームで動ける組織にする第一歩は、ご自分や部下の目指す姿・解決したいことなどをしっかりと話し合うことです。部下の目標や理想の姿をしっかり聞き、自分がどうなりたいか、どうしていきたいかを伝える必要があります。もしコミュニケーションが難しいと感じているなら、コーチングを受けてみることをおすすめします。 私自身、起業後3年間は休みなく働いてきましたが、今は時間に余裕が生まれました。組織が育ち、仕事の委任や業務分掌規程などの整理ができたからです。事業規模の拡大や株式上場を目指す人は、自分だけで抱えることのないよう、周りの人との相互理解を深めていってください。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

インタビュー
2022年8月9日
2022年8月9日

移動式スーパーが買物難民高齢者を救う

在宅医療のキーマンである川越正平先生が、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第1回は移動スーパーが果たす驚くべき役割について紹介します。 ゲスト:住友達也氏1957年徳島県生まれ。タウン誌の発行やプランナーとして活躍後、買物困難者の実情を知り、2012年、社会貢献型移動式スーパー「株式会社とくし丸」を創業。買い物できない高齢者や限界集落へ食と見守りの視点を届けている。現在、株式会社とくし丸取締役ファウンダー。 おばあちゃんのセレクトショップ 川越●とくし丸は買物難民の高齢者宅を一軒一軒周って食品を販売していますが、生協の個別配送などとは違い、事業主であるオーナーが車を持って、地元のスーパーが商品を委託してお客さんに届けるという、すべて地元に還元されるビジネスモデルですね。 住友●おばあちゃんたちにとって、買物に出かけられなくなっても、日々の食材の買物は最後のエンターテイメントだと思うんです。地域の資本、地域の人材で地域の困っている人を助ける循環をつくって、とくし丸というキーワードで地方のスーパーが有機的に手を組んで、大手に対抗できるゆるやかなネットワークをつくりたいんです。 川越●売れ筋の商品はどんなものですか。 住友●お惣菜やお寿司のほか、肉や魚などの生鮮品が特に喜ばれます。 川越●新鮮なお刺身や出来たての総菜を届けてもらうのはうれしいでしょう。 対面だからこそわかる「異変」を包括へ相談 川越●とくし丸のビジネスモデルでユニークだなと思ったのは、1品につき10円上乗せして販売するというしくみです。10円高くても、みなさん買ってくださる? 住友●われわれは「商品をスーパーの店頭からおばあちゃん家まで届ける手間賃で10円ください」という発想なんです。 川越●お客さんの足代もかからないし、それで限界集落でも買物ができるならお安いものですね。買物難民を直接たずねて食品を販売することで高齢者の食や栄養を支える介護予防になっていますし、会話があるのもいい。 住友●介護予防につながる見守り協定を自治体と交わしています。電気や水道の検針、新聞配達は毎回対面まではしません。とくし丸は直接対面して販売するので、これまでいわゆる孤独死の方を9人発見していますし、その何倍もの人を事前に発見しています。 川越●認知症の方などもわかるんじゃないですか。 住友●同じものをたくさん買うお客さんがいて、認知症かもしれないと思ったら、まずご家族に、独居の方なら地域包括支援センター(包括)につないでいます。 川越●オーナーさんが包括とつながっているんですか。それはまさに地域包括ケア的な動きですね。 冷蔵庫の中までわかる絶対の信頼関係 川越●行政は一人暮らし高齢者の生活状況を知りたいと思い、アンケートを送ったりしているんですが、実は返ってこない人のリスクがいちばん高いんです。訪ねても会ってくれない人とか。 住友●われわれは直接会って話しますから、お客さんの好みや健康状態まで把握しています。オーナーはお客さんの冷蔵庫の中が全部わかると言ってます(笑)。あるおばあちゃんは、「今日、私、何食べたらいい?」って聞くそうです。すると、先週と先々週はこれを食べたから、そろそろ違うのがいいよねっておすすめするような会話がふつうに成立する関係なんです。 川越●高齢者のニーズはマーケティングが難しいと言われています。特に自分で買物ができなくなっている方の声は、いままで拾えなかったと思います。直接会って、欲しいものが聞けるというのは強みですね。 住友●おばあちゃんたちはネットスーパーは使えない、配食のお弁当は飽きる。やはり自分で買物したいんですよ。そこから「衣類が欲しい」「眼鏡を作りたい」などの要望もでてきて、衣類など別ラインの専用とくし丸も動き始めました。 移動スーパーはインフラでありメディア 川越●一台の車はだいたいどれくらいお客さんを持っているんですか。 住友●1人でだいたい150人。1つのエリアを週2回ずつ、計3エリア廻るので、1エリア約50人ほどです。全国で1000台走れば、15万人以上のおばあちゃんたちに会えるボリュームになるので、次のビジネスができます。 川越●そうなったら大手とも十分戦えますね。見守りだけでもいいですが、さまざまなデータが取れますから行政も喜びます。在宅医療をやっていると、病気だけの問題ではないことがわかって、地域や行政とも深くかかわっていかないと救えない場面に多く遭遇します。病院にも行っていない人は、重度化してから発見されることもままあります。だから、とくし丸のように別チャンネルでつながっている存在は意味があるんです。 住友●僕らは移動スーパーをやっているつもりはなくて、インフラでありメディアだと思っています。おばあちゃんたちと週2回会っていると、異変を感じて、ある日突然ガクッとくる方もいらっしゃる。 川越●「検診受けた?」とか声をかけてくれるだけでも意味がありそうです。市の広報紙で注意喚起してもなかなか読みませんが、会う人が一声かけてくれれば、ああそうかと思ってくださるかも。販売のついでに簡単な健康チェックや認知症スクリーニングができれば、行政は泣いて喜ぶと思います。 住友●第一線のオーナーには認知症サポーター養成講座を受けてもらっています。スーパーの協力で、助手席に看護師さんを乗せて血圧測定をしたり、AEDがどこにあるかがわかるアプリを使ってお客さんを蘇生させたりしたこともあります。 川越●それはすごい。とくし丸の販売ネットワークは、福祉面でもいろいろなことに使えそうですね。高齢社会は当分続きますから、医療介護にとってもすごく参考になるお話でした。 ー第2回へ続く あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 とくし丸 https://www.tokushimaru.jp/記事編集:株式会社メディカ出版 『医療と介護Next』2017年10月発行より要約転載。本文中の数値などは掲載当時のものです。

インタビュー
2022年8月23日
2022年8月23日

部屋を借りにくい人を支援する「おせっかい不動産」

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生が、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第2回は、高齢や生活保護などで部屋を借りにくい人のために、奔走し支援している不動産業の斎藤 瞳さん。 ゲスト:齋藤 瞳1979年生まれ。神奈川県横浜市青葉区に2015年、アオバ住宅社を開業。主な事業は不動産仲介、集合住宅の定期清掃と短期集中清掃、賃借人退去後の各種手続きなど。「おせっかい不動産」としてドキュメンタリー番組で紹介された。 困りごとを知るとほうっておけない 川越●齋藤さんの本業は不動産業なのに、生活保護の方の部屋探しだけでなく、地域包括支援センター(以下、「包括」と称する)からの相談や訳ありの方の雇用創出など、ソーシャルワーク的なこともされています。そもそも、部屋を借りにくい理由のある人たちが訪れる? 齋藤●ほぼ全員(笑)。しかも理由が一つではなく、生活保護でシングルマザーでDV被害者で子どもに障害があってとか、複数難題がある人がやって来ます。 川越●そういう人の住まいはなかなか見つからないものですか。 齋藤●私は借りたい人としっかり話をして、どんな人かをわかっていますが、オーナーさんや不動産管理会社の多くは、訳ありというだけで「だめ」となっちゃう。私はそれに納得がいかなくて。 身寄りがなく緊急連絡先がない方の場合、うちがいったん部屋を借り上げてサブリースすることもあります。でもその人が滞納したらうちが損をするので、それを回避するために、毎月1回月末に、家賃を払いがてら集まってごはんを食べる交流会を開催しています。 川越●それが居場所づくりになっているわけですね。人口減少社会で、長い目で見たら部屋が空いてくるのに、オーナーさんはきちんと話を聞いてあげるといいですね。 齋藤●今、お取引をしていただいているオーナーさんとはしっかり関係を築きつつ、孤独死などのトラブルを起こさない取り組みをやっています。ただ下手に貸してトラブルになるくらいだったら貸さないほうがいいという人はまだ多いです。 ときには毅然として 断る勇気も必要 川越●斡旋した人の困りごとについて行政からも依頼がくるんですか。 齋藤●私たちはNPOでもボランティアでもない民間事業者なので、区から委託されている包括や障害のある人のための相談支援センターの方たちとつながって、そこを通じて区と関係を築きました。 川越●地域の高齢者の困りごとや相談を受けるのは、本来、包括の仕事です。そこから依頼がきて無料で引き受けているなら、齋藤さんの手が足りないときは、手伝ってほしいと逆に包括の人に依頼してもいいと思いますよ。 齋藤●私、話を聞いてもお金もらってないですからね(笑)。アパートを紹介したある人はアルコール依存症で、お酒を飲むと私に何十件もメールを送ってくるんです。多分さみしさのはけ口になっているんでしょうね。 川越●齋藤さんを唯一信頼できる人だと思っている人には気の毒ですが、齋藤さんはその人の家族になれるわけでも、その人の人生を背負えるわけでもないから、これ以上のお手伝いは限りがありますのでご理解くださいと伝えないと。 齋藤●私も自分の家族が大事だし、そこを犠牲にしてまで支援はできないです。これから行政や包括とは民間事業者としてどうお付き合いしていけばいいのか悩んでいるところです。 川越●かかわっている人が独居で、病院受診しているなら、病院に一緒について行って、診察のときに「この方を支援しているんですが、実はこんな問題があって」と言えば聞いてくれる人もいると思います。そうしたら「先生、また相談に乗ってください」って、医者を味方につければいいんです。 齋藤●それは考えつかなかったですね。専門的なことを相談できる応援団をもっともっと増やしていくのはいいですね。 地域包括ケアのために不動産業ができること 川越●区や市の単位でやっている地域ケア会議に市民委員として参加してみたらどうでしょう。地域の課題を話し合う会議なので、齋藤さんが出席すれば、応援団になってくれるケアマネ、民生委員さん、医療や介護の専門職ともつながりができますよ。 齋藤●家探しなど不動産に関連する問題だけならいいんですが、今は地域のすべての問題が全部うちに投げ込まれているような気がします。それにテレビで紹介されたら、人探しをしてほしいという問い合わせまでありました(笑)。 川越●そうだとしたら業務委託で料金が発生しますと言ったほうがよさそうですね。お金にならない仕事を包括が回してくるなら、代わりに土地の売却などを考えている高齢者を紹介してくださいって頼めばいいじゃないですか(笑)。 齋藤●横浜市青葉区は家も大きく所得も高い人がいるはずなのに、うちに来るのはお金にならない依頼ばかりです(笑)。 川越●いずれにしても安定した収入源がないと、活動を持続することが難しくなります。仲介手数料ビジネスだけではなく、土地売却物件等を原資にして、ソーシャル活動のための人材を雇えばできるんじゃないでしょうか。 支援的な活動も続けるなら、社会福祉士を雇って、包括から紹介された人の課題分析――仕事、収入、既往歴、介護の必要性などができれば、「ソーシャルワークができる不動産業」という新たな分野の創出になります。自治体によっては主任ケアマネと社会福祉士を雇えれば包括の運営を受託することも不可能ではなくなりますよ! 齋藤●そうなんですね。もっと勉強しないと。青葉区は障害者のためのグループホームが少なくて、運営主体の人もニーズもあるのに、場所がないんです。今は土地を持っている人を説得して建ててもらいたいというのが野望です。 川越●土地を有効活用したい人や売却したい人の案件を扱って、ソーシャルワークも含む事業活動や支援を行うことが経営の礎になるといいですね。 齋藤●古いアパートでも私に託してくれれば、すぐに満室にできるのにって思います。 川越●街の不動産屋さんが発信する地域包括ケアに期待しています。 ー第3回へ続くアオバ住宅社 http://www.aoba-jutakusha.jp/ あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 『医療と介護Next』2019年9月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

インタビュー
2022年9月6日
2022年9月6日

医療的ケアが必要な子どもに当たり前の経験を提供

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第3回は、NHKアナウンサーから、50歳をすぎて福祉の世界に転身した内多勝康さん。医療的ケアを必要とする子どもたちを取り巻く問題がクローズアップされた。(内容は2017年3月当時のものです。) ゲスト:内多 勝康1963年生まれ。東京大学卒業。1986年、NHKに入局。アナウンサーとしてローカルニュースや生活情報番組を多く担当した。2016年3月退職し、国立成育医療研究センターが運営する医療型短期入所施設「もみじの家」のハウスマネージャーに就任。社会福祉士。 概念自体が新しい「医療的ケアが必要な子ども」 川越●NHKのアナウンサーから、「もみじの家」(国立成育医療研究センターに設立された子どものための医療型短期入所施設)への転身には驚きました。ハウスマネージャーというのは、どのようなお仕事なんでしょう。 内多●子どもたちとときどき交流しながら、主に事務的な仕事を行っています。寄付集めの対外活動、マスコミや見学者の対応、ホームページの管理やニュースレターの編集といった広報活動、ボランティアさんとの連絡調整など、組織運営全般にかかわっています。 川越●これまで主に医療的ケア児を対象とした短期入所施設があまりなかったのは意外です。 内多●医療的ケアが必要なお子さんという概念自体が新しいもので、そういうお子さんと家族をまるごと支えるような制度は、整っていないのが実情です。子どもはワクワクする体験や多世代の子どもたちとの触れ合いが必要ですから、遊びの時間を十分楽しんでもらうために、保育士や介護福祉士も配置しています。 合理的でなくても家庭のやり方にこだわる 川越●レスパイトなら本来、家族は家で休めるわけですが、「もみじの家」を利用する子どもたちは、必ずご家族が一緒なのですか。 内多●初めて利用するときの初日はお母さんと一緒に来ていただいて、自宅でされているノウハウを看護師たちが引き継ぎます。後は自宅に帰ってもいいし、一緒に泊まってもいいんです。 家ではずっと「介護する親とされる子ども」という関係だった親子が、ここにきて「安心してケアを任せることができて、初めて子育てができた」とおっしゃるお母さんもいました。 川越●「もみじの家」のような短期入所施設と日中預かりの施設が、どちらも全国に増えていってほしいですね。ところで、「もみじの家」運営のための報酬の出どころは障害者総合支援法ですか。 内多●はい、障害福祉サービス費が主な収入源です。しかし、福祉の枠だけでは支えることができないのが現実です。 医療型短期入所施設は、濃厚な医療が必要な子たちを受け入れると加算がつきますが、金額としては非常に少ないので、民間で事業としてやるには厳しい。今は運営上、寄付も重要な収入源ですが、政策に訴えるのならきちんと数字を出さなければと思っています。 医療と介護のハイブリッドな制度が待たれる 川越●病院ではなく施設で預かることで費用を節減できるという政策提言や、親御さんの負担軽減を訴えるといいかもしれませんね。それに親御さんが高齢になりケアが継続できなくなるという現実が起こりはじめていますから。 内多●それは非常に大きな問題だと思います。われわれが受け入れられるのは19歳未満のお子さんが対象なので、今でも「何とか延ばしてもらえませんか」という声は頻繁にいただきます。 川越●介護保険も特定疾病の場合で40歳から、一般には65歳からしか利用できません。でも本来、どんな年齢であれ、医療も介護も福祉も必要な方はおられます。 内多●医療的ケアが必要な、今ある制度では狭間に落ちている子を救えないのは確かです。どういう制度があればいいのか、子どもたちが置かれている環境や、お母さんがどのように在宅で支えているのかという実態を、より多くの人に知っていただき、支えるのは家族だけではなく社会的な問題なんだと思っていただくことに力を入れていくつもりです。 楽しい雰囲気の中で社会性をはぐくむ経験 川越●ご家族からの具体的な訴えを聞くこともありますか。 内多●自分の子どもが、ずっと社会との接点が持てないまま成長するという不安がすごく大きなストレスになっているようです。外出するチャンスがあっても受け入れてもらえる場所がない。だから、まず居場所をつくらないと。 川越●「もみじの家」が、その社会との接点になるわけですね。 内多●そうなんです。子どもたちは2階のプレイコーナーに集まって活動するんですが、自分ではそんなに動けない子も、楽しい雰囲気のなかにいることで「ふだんは見せない表情を見せる」とお母さんが気づくんです。居場所があると役割ができるし、親以外の大人がかかわることで社会性をはぐくむ経験になると思います。 教育の現場では医療的な保証がないので、今は、入学できても「ずっと親御さんがついていてください」というケースが多いです。医療的ケアが必要な子どもと家族も社会で支えていくコンセンサスが生まれるのが理想です。 川越●今は出産年齢も高年齢化していて、出産のリスクが高くなると、医療的ケアを必要とする子どもたちはこれからも増えていくことが予想されます。みんなで支えていくほうが、トータルでみれば国のためになるというシミュレーションができるといいですね。 内多●皆さんの意識がそうなっていってほしいと思います。最初の年の大事なテーマとして、医療的ケアが必要な子や家族の現状を知っていただくことを掲げてきましたが、今後は地域連携を進めていって、「もみじの家」が情報発信のハブ機能を備えた場所になれたらうれしいですね。 ー第4回へ続く 〇国立成育医療研究センター2002年に東京都世田谷区に設立された子どものための高度専門医療機関。http://www.ncchd.go.jp/ 〇もみじの家http://home-from-home.jp/ あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。記事編集:株式会社メディカ出版 『医療と介護Next』2017年3月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

インタビュー
2022年9月20日
2022年9月20日

親と子のおなかと心を満たす訪問の食事支援「おうち食堂」

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第4回は、いち早く子どもの食の貧困に注目し、独自の施策を実施する東京都江戸川区の児童女性課課長、野口さんと語り合った。(内容は2019年3月当時のものです。) ゲスト:野口 千佳子江戸川区子ども家庭部児童女性課課長。 住民が若く子どもも多い地域の課題はやはり「貧困」 川越●子ども食堂が全国的な広がりを見せていますが、江戸川区では、個々の世帯に食事支援ボランティアが入って、買い物・調理・片づけまで行う「おうち食堂」に力を入れていると伺いました。 野口●江戸川区は、東京23区のなかでは年少人口率が高く、一方で離婚率も高く、複数の子どもを育てている一人親世帯が多いのが現状です。昔からそういう状況でしたので、地域の力を活用した事業を以前から実施しています。たとえば、子育て経験者の方のお宅でゼロ歳児を預かる「保育ママ制度」や、放課後の小学校を利用して、定員を設けず誰もが利用できる居場所事業「すくすくスクール」を実施しています。 川越●すくすくスクールで対応しているのはボランティアですか? 野口●指導員のほかに年間延べ2万人以上のボランティアがスポーツや囲碁・将棋などを教えています。なかには80歳代以上の方で「子どもたちに教えることが生きがい」という方もいます。子どもたちは正直なので、教える側の自己満足でやっていると「つまんない」とすぐ来なくなる(笑)。どうやったら面白さが伝わるか、反応をもらうことが続けるパワーになっているようです。 三食とれず夏休みにやせてしまう子どもたち 川越●子ども食堂もそうですが、子どもをキーワードにすると、自然に人が集まります。それが「おうち食堂」にもつながっているんですね。 野口●子どもの貧困ということが言われるようになって、江戸川区でも実態調査を行いました。すると、小学生でひらがなが読めない、自分の名前が書けない、きょうだいが多く上の兄姉が小さい子の面倒をみている、経済的問題で高校進学を諦めるなど、学習支援が必要な子や経済的困窮が浮き彫りになりました。なかには一日三食とれずに、給食だけが頼りで夏休みにやせてしまう子どもがいることもわかりました。 川越●深刻ですね。生活保護世帯との重なりはありますか。 野口●生活保護世帯は行政としっかりつながっているので逆に大丈夫なんです。それよりも、行政が把握していない世帯、どうしても生活保護を受けたくなくて一人親で頑張っているとか、福祉サービスにつながっていない家庭のほうがかなり深刻ですね。 週1回の支援で驚くほどの変化が 野口●江戸川区では子ども食堂は以前からあったのですが、本当に助けが必要な子が来ているか確認のしようがないんですね。実際、ダブルワークやトリプルワークのお母さんが子どもに一日500円渡して「これで何か買って食べなさい」と言っても、子どもはゲームのカードを買ってしまったり、困っているという認識がないという現実がありました。そこで、実際に家庭に入り食事をつくる「おうち食堂」と、お弁当を届ける「CODOMOごはん便」の二つの食支援事業を立ち上げました。 川越●困っていても自ら情報も取れない世帯に、食を直接届けようという発想ですね。利用者負担や利用回数に制限はありますか。 野口●「ごはん便」は非課税世帯対象で一食100円、「おうち食堂」は支援が必要な家庭対象で、無料です。保健師や虐待を扱うケースワーカーなど、家庭の実態を知っている人から紹介してもらい、職員が家庭訪問をして課題を把握しながら支援につなげています。利用は年48回としています。 川越●だいたい週1回のペースですね。お弁当を届けるだけでも家の様子は観察できますし、「おうち食堂」となるとさらに長い時間、ボランティアと一緒にいるわけですね。 野口●有償ボランティアは短くても2時間は家にいます。精神疾患のあるお母さんなど、最初は人とのかかわりの苦手な人もいましたが、繰り返し週に1回入っていくことで本当に変わっていくんです。そして食の支援が必要な家庭は学習支援や経済的支援、健康面などほかにも支援が必要であることがみえてくるので、課題発見と、医療機関や福祉など必要なサービスにつなぐのが目的です。 家庭との距離を測れるボランティアの力 川越●ただ栄養を満たすとか、お母さんの心の支援だけでない効果もありそうで、これはボランティアさんの力が大きいですね。 野口●そうなんです。われわれはつい「こうしたらだめよ」と言ってしまいがちですが、支援を必要としている世帯は、親も子どもも怒られてばかりの人が多く、言ったら叱られるからと相談せずに孤立していく。でも、おうち食堂で「おいしい」という会話から少しずつ、硬かったところがやわらかくなっていくし、ボランティアの皆さんは世帯ごとの踏み込まれたくない部分などを肌で感じながら、家庭との距離をつくってくださっています。 川越●そういうことは行政ではなかなか難しいですね。このような食をきっかけにしたアプローチは子どもだけでなく、たとえば引きこもりの人、ゴミ屋敷の住民や独居の認知症の方にも使えそうですね。 野口●医療と連携した例もあって、中学生で肥満と糖尿で入院した子の退院後の食生活が心配だということで、ごはん便の支援を続けたら1ヵ月後に5キロ痩せたんです。届いたお弁当を、ふだん家で使っている器にあけてみて「あ、普通の人はこれぐらいしか食べてないんだ」と、いかに自分たちが食べすぎていたかがわかったとご家族が言っていました。食生活改善につながり体重が落ちてきていい方向に向かっていると、医師からもほめられたそうです。 川越●お話を伺っていると、食を中心とした支援、年齢を問わない居場所・交流の場づくりなど、江戸川区は今の地域課題解決の優れたモデルですね。いろんな部署が横断的にかかわらないと解決できない複合的な問題が増えているので、ほかの市区町村でもそうした取り組みが広がるといいですね。 ー第5回に続く 〇東京都江戸川区子育て支援事業 > おうち食堂https://www.city.edogawa.tokyo.jp/e077/kosodate/kosodate/kosodateshienjigyo/syokunosien.html あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。記事編集:株式会社メディカ出版 『医療と介護Next』2019年3月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

インタビュー
2022年10月4日
2022年10月4日

引きこもる大人にどう手をさしのべるべきか

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第5回は、全国に100万人以上いるといわれる「大人の引きこもり」、いわゆる8050問題を追いつづけるジャーナリストと、問題解決の方法などについて話し合った。(内容は2019年11月当時のものです。) ゲスト:池上正樹フリージャーナリスト。ひきこもり問題、東日本大震災などのテーマを追う。NPO法人KHJ全国ひきこもり家族会連合会理事、日本文藝家協会会員。おもな著書に「ルポ「8050問題」~高齢親子“ひきこもり死”の現場から」(河出書房新社)、「ルポひきこもり未満」(集英社新書)などがある。 世間に隠された引きこもりという存在 川越●最近、高齢の親と引きこもりの子という8050問題がクローズアップされています。池上さんは引きこもりに関する著書も多く、実際に家族会の運営などにもかかわっていますね。 池上●社会保障的な支援の対象から外れる、中高年の引きこもる人が100万人以上いることがわかりました。行政は支援したくても、どこにどうつなげていいのかわからないため、まず引きこもりについて勉強したいということで、講演の要望が多くなっています。 川越●在宅医療で伺うと、やはりそういう人に出会うことがありますが、何か事件が起こったりすると急に注目を浴びるわけです。 池上●引きこもる人の多くは、本当は真面目で優しくて、頼まれたことを断れなかったり、助けを求められなかったりする人たちです。職場でさんざん傷つけられて、誰も自分の話を聞いてくれない、受け止めてもらえないと絶望した結果、引きこもりに至っている状況です。 病気や障害ではないという思いから医療機関は受診しておらず、何十年も引きこもっている子どもの存在を、高齢になった親は世間に対して隠している。それでますます身動きが取れず、一種の精神的虐待を受けているようになっています。 川越●そもそも存在が把握できていない、診断も受けていないということで放置されてしまうんですかね。 学校での体験が就職後の引きこもりの原因に 池上●以前、ある県の社会福祉協議会で高齢者の居場所づくりのための調査をしたところ、「私のことより子どもを何とかしてほしい」という高齢者が多かったことがわかりました。地方には、都会で働いて傷ついて帰ってきたり、親の介護のために戻ったりした人が、看取り後に仕事に戻ろうとしても、持っているスキルが時代遅れになっていて職場に復帰できない。そこで社会福祉協議会が引きこもりの人の居場所をつくって、資格の勉強会をしたり仕事自体を創出したりすることで、引きこもる人が激減したと話していました。 川越●ご本人がチャンスだと思って出ていったのなら、いいことですね。 池上●ほかの例では、引きこもっている子どものためにお金を残さないといけないからと、介護サービスを拒否する人もいました。親とのつながりが唯一なので、親が亡くなると、お金があっても手をつけずに後を追うように亡くなる例もありました。お金も大事ですが、それぞれ本人が生きたいと思える意思や希望が大事だと思うんです。 川越●子どもの引きこもりはどうでしょう。本来なら学校で把握しているはずですよね。 池上●不登校でなくても、学生時代のいじめの後遺症やトラウマで、社会に出てから引きこもる人が結構います。 学校に行きたくなくても、親を悲しませないために通いつづけてしまうから、引きこもりに至る背景までは学校も想像できない。むしろ、学校や教師が組織防衛のため加害者側についてしまうと致命的になる。何とか卒業できても、社会に出てから、たまたま同じようなシチュエーションに遭うと、トラウマがよみがえって会社に行けなくなることもある。 また、発達障害の人は頭のいい方が多いので、学生時代は気づかずに大学を卒業し、社会に出てから集団生活の人間関係でつまずいて引きこもりになる人も多いですね。 世間に迷惑をかけたくないという日本的価値観 川越●独居の引きこもりでは、生活インフラも止まったような、ごみ屋敷に住んでいる人もいますね。 池上●周囲からみると「ごみ」でも、楽しかったころの大事な思い出だったり、生きていくための安心材料になっていたりすることもあります。片付けられない特性もあるのかもしれません。歩けるし買い物もできるけれど、社会と接点を持っていないので、周囲からも問題視されてしまうんです。 川越●どうして相談しないのと聞いても、そういう方法を知らないし、お役所は敷居が高いと思っているのかもしれません。 池上●相談しない人や引きこもりの子どもを隠す人たちには、国や世間に迷惑をかけられないとか、他人に頼らずに自力で何とかしなければという日本人特有の腹切り文化の遺伝子がいまだに脈々と受け継がれているような気がします。 川越●生活保護を申請したがらない人も、お上に申し訳ないからといった理由が多いように思います。税の滞納、保険料滞納、家賃や給食費滞納などは実はSOSで、行政がつながるチャンスなんですけどね。 ただそこにいていいと思える居場所づくりを 川越●親の高齢化に伴う問題も、これから深刻化してくるでしょうね。 池上●私がかかわった案件でも、母親が認知症になり、父親が亡くなったけれど相続の手続きもしていない。口座も母親が管理しているのでわからない、というケースがありました。引きこもり問題は複数の部署が連携しないと支援できないので、縦割り行政に横串を入れないと難しいと思います。 川越●私が最近経験した例では、両親と娘の三人暮らしで、お父さんが肺がん末期で診療を依頼され訪問したものの、いるはずのお母さんの姿が見えない。やがてお父さんが亡くなり、包括が訪問してもお母さんに会わせてもらえない。最後は警察や消防のレスキュー隊と突入したら、お母さんはごみの中で足が壊死して動けない状態でした。もともとはお母さんが引きこもりはじめたのが始まりのようです。 池上●そういう場合は、先生のところに連絡すると対処してもらえるんですか? 川越●松戸市は医師会の医師が地域包括や行政職員と一緒に訪問できるしくみを作っているのですが、介護保険ではすべての市町村の義務として、認知症の疑いがある人のところへは認知症初期集中支援チームを派遣することができます。受診していなくても「疑い」さえあれば可能です。 池上さんがかかわっている「居場所づくり」では、どのような活動をしていますか。 池上●当事者たちに「居場所には何があったらいい?」と聞くと、「何もないのがいい」と言うんです。支援者はどうしてもメニューをつくってしまいがちですが、何もやらされないのがいいんです。 川越●ただそこにいていい、ということですね。 池上●社会が怖くて家にいる人たちなので、就労支援を急いだりせず、生きていくための支援を必要としている人には誰でもサポートが受けられるような、引きこもり支援法のような法整備も考えてもらいたいですね。 ー第6回に続く あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 「医療と介護 Next」2019年11月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

インタビュー
2022年10月18日
2022年10月18日

入院によるサルコペニアがフレイルを招く

在宅医療のスペシャリスト・川越正平先生がホストを務め、生活全般を支える「真の地域包括ケア」についてさまざまな異業種から学ぶ対談シリーズ。第6回は、高齢者の入院後・治療後に寝たきりにさせないため、早期の栄養介入やリハビリが必要と訴える若林先生。フレイル、サルコペニア予防について在宅医療関係者にもぜひ知ってほしい。(内容は2019年1月当時のものです。) ゲスト:若林秀隆1995年横浜市立大学医学部卒業。2016年東京慈恵会医科大学大学院医学研究科臨床疫学研究部卒業。専門はリハビリテーション栄養、サルコペニア、摂食嚥下障害。対談当時は横浜市立大学附属市民総合医療センター所属。 長生きをすれば誰でもフレイルになる? 川越●今日はフレイル、サルコペニアについて教えていただこうと思います。在宅を支える専門職のなかには、この二つの厳密な違いを理解していない人が多い印象です。 若林●定義でいうと、サルコペニアは「筋肉が減って筋力が落ちている状態」です。若い人でも筋力は落ちるので、定義では「加齢」が外され、「進行性、全身性の骨格筋疾患」とされていますが、長生きをすれば誰だってなりえます。 川越●身体機能も含めると、フレイルとかなり近いですね。 若林●フレイルは、要介護の前段階というとわかりやすいと思います。フレイルの主な原因は、サルコペニア、低栄養、ポリファーマーシー(多剤服用)といわれていますが、ほかにも活動量不足、疾患や認知症の影響などがあります。 身体的な面だけでなく、精神的フレイル、社会的フレイル、オーラルフレイルとさまざまあって、実はややこしいんです。 在宅療養者は肺炎になっても入院させない 川越●よく「高齢者が肺炎で入院すると2週間後には寝たきりになっている」といわれますが、絶対安静、禁食となったら、当然でしょうね。 若林●サルコペニアは急性期病院でつくられる場合が多くて、栄養サポートとリハを行えば改善する可能性もあります。でも肺炎などで入院すると、ほとんどの場合サルコペニアは進んでしまいます。なぜかというと、肺炎だと体内で炎症が起こっていて、炎症があるときは、自分の筋肉を分解してエネルギーをつくるからです。 川越●私のところでは肺炎になっても9割がたは入院させません。高齢者の場合、入院すると必ずせん妄が起きるし、せん妄が起きたら間違いなく縛られます。家にいたらせん妄は起きにくいし、少なくともトイレは自力で行くし、抑制もしない。食べられるうちは食事もするから禁食もしません。 若林●それが正解です。入院させないのが一番なんです。嚥下に関しても、病院ではリスク管理的に禁食にしがちなので、基本的には在宅でやったほうがいい。環境因子的には、在宅のほうが嚥下機能・認知機能に良い影響を与えていて、病院のほうが悪いんですね。 ベストは入院しないこと。入院しても、一日も早く退院することです。 川越●環境因子の影響を知っているかどうかは重要ですね。 若林●私も在宅リハを10年以上やっていますが、在宅での評価は入院中とは違うことに気づいている医療者は少ないと思います。 低栄養改善にはたんぱく質が重要 川越●低栄養と身体機能の関係についてはどうでしょう。 若林●低栄養の原因は三つあります。一つはエネルギー不足・たんぱく質不足で、拒食症や、入院中に禁食で不適切な点滴だけ、といった人などです。二つめは侵襲です。骨折や手術、誤嚥性肺炎の急性期などで炎症が強い場合、人の体は一日に1kg自分の筋肉を分解することもあります。三つめは悪液質です。がん、慢性心不全、COPD(慢性閉塞性肺疾患)などで認めることが多いです。 川越●どのようにすれば栄養改善できるんでしょうか。 若林●エネルギーとたんぱく質を多めにとることです。しかし、その攻めの栄養管理が今の栄養サポートではできていないことが多いです。 川越●在宅の場合、そもそも何キロカロリーとれているかも難しいものです。 若林●細かく把握しなくても、むくみ以外で体重が増えていて、ざっくりエネルギー量とたんぱく質がとれていればよいと判断します。たくさん食べられない人が太るためには、こまめに間食や夜食をとることをおすすめしています。 栄養と運動はセットで 川越●リハが大事なことは介護職も含めてみんなわかっていますが、本当は運動と栄養とセットでやらないと効果がない。でも栄養の知識は、医療者も介護者も不足しています。 若林●なぜサルコペニアになるのかを考えたときに、運動は頑張っているけど力が出ないという人が多いんです。つまり食べていない。 筋トレで一度筋肉を分解した後、たんぱく質やエネルギーがあって初めて筋肉をより合成できるので、運動だけして栄養をとらないと、結局筋肉はつくどころか落ちていきます。 川越●なのに在宅高齢者には三食炭水化物という人が実際にいて、たんぱく質が圧倒的に不足しています。訪問リハが入っていれば、それだけで運動できていると思っているのも深刻です。「歯科衛生士が週1回口腔ケアに行けば歯磨きしなくていい」とは誰も思わないのに、リハはリハ職が訪問したときだけでいいと、みんな誤解しています。 若林●リハの定義が正しく理解されていないからでしょうね。セラピストが行うのは機能訓練などですが、その人の生活機能を高めることすべてがリハビリです。サルコペニアから寝たきりになるのは、活動量減少、栄養不足、疾患などが原因で、全員が改善するのは難しいですが、改善可能性のある人も確実にいます。在宅でも質の高いセラピストや管理栄養士が介入することで、改善できるものは改善させないといけません。 川越●たいへん勉強になりました。 ー第7回に続く あおぞら診療所院長 川越正平【略歴】東京医科歯科大学医学部卒業。虎の門病院内科レジデント前期・後期研修終了後、同院血液科医員。1999年、医師3名によるグループ診療の形態で、千葉県松戸市にあおぞら診療所を開設。現在、あおぞら診療所院長/日本在宅医療連合学会副代表理事。 記事編集:株式会社メディカ出版 「医療と介護 Next」2019年1月発行より要約転載。本文中の状況などは掲載当時のものです。

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