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孤独な管理者を支える ステーション支援2
孤独な管理者を支える ステーション支援2
インタビュー
2023年5月30日
2023年5月30日

孤独な管理者を支える「ステーション支援」の取り組み 成果&スタッフの反応は?

ソフィアメディのステーション支援グループは、管理者と目線を一緒にして、ともに考える伴走型のサポートを行っています。今回は、CQOの篠田耕造さんとグループリーダーの村山忍さんに、ステーション支援グループが誕生したことによる変化や、スタッフの反応等についてお話しいただきます。 >>前編はこちらともに悩んで孤独な管理者を支える「ステーション支援」の取り組み ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療に特化したサービスを提供している。篠田耕造さん/最高品質責任者CQO(Chief Quality Officer)公立総合病院、専門病院、地域包括ケアを行う法人で、教育体制や業務プロセス・品質管理に携わりながら、MBA(経営管理学修士)・認定看護管理者を取得。日本看護協会教育委員・学会企画、岐阜県看護協会副会長等を歴任。JNAラダー・教育システム、管理者研修、医療経営セミナー講師などを行う。2022年よりソフィアメディCQOに就任。 村山忍さん/ステーション支援グループリーダー看護師経験25年。ソフィアメディに入社し15年目。総合病院や個人病院に勤務後、訪問看護に携わる。ソフィアメディ2号店の管理者や、新規立ち上げ事業所の管理者を経験した後、ステーション支援グループ リーダーへ。全国を飛び回り管理者をサポートしている。 ※文中敬称略 やるべきことがクリアになると不安が軽減 ―ステーション支援グループが誕生したことによる変化を教えてください。 村山: ステーション支援グループができて、管理者の離職率はかなり低下しました。従業員満足度評価の総合スコアも全体平均を上回って、ポジティブな結果を得られました。やはり、一人で抱え込まずにいつでも相談できる体制に加えて、指標やマニュアルで管理業務を細かく確認しながら進められる体制にしたことが良かったのではないかと思っています。これによって管理者は「具体的に何をするのか」「何を優先すべきか」ということが明確になったんです。見えない不安が減ったことで、結果的に離職率が低下したのではないでしょうか。 ―ステーション支援グループとして活動しているなかで、喜びを感じることや、課題を感じていることについて教えてください。 村山: 私は、サポートしたメンバーの前向きな声・表情を見ると幸せな気持ちになります。例えば、新規依頼にうまく対応できず落ち込んでいる管理者がいたので、一緒に考えてサポートしていたんです。次に会った時に「うまくいきました!」と報告を受けて「すごい!やればできるよね!」とほめる。その後、「今度はこれもやってみますね」と前向きな姿勢になってくれる…といった姿をみると、本当に嬉しくなります。 もうひとつ例をあげると、開設当初から「管理者はもう無理です。私にはやれません」と訴える管理者がいたんですが、地道に励まし、サポートしていきました。もちろん本人もとても頑張り、一年が経過。私が「一年経ったね!」と声をかけたら、その管理者は「私もやれました!」と感激していました。シンプルですが、一年間やり抜いてくれたこと、自分でもやれると自信をつけてくれたことがすごく嬉しかったです。 課題に感じていることは、管理者へのメンタルサポートですね。ステーション運営をしていると、当然良いことばかりではなく、変化が大きいんです。前週までは調子が良くても、例えばお客様からのクレーム1本で管理者がとても落ち込むこともありますよね。この大きなギャップをフォローするには、私自身のメンタルサポートの勉強が必要だと感じています。みんなをしっかりとサポートできるように、自己研鑽していこうと思っています。 篠田: 私はやはり、新規のお客様が入ったときに、我々がこれからどうケアしていくべきか、メンバーと一緒にプランを練っている時間が一番楽しいですね。逆に、在宅を希望されているお客様が再入院になってしまったときは悔しいです。どのステーションも同じだと思いますが、そういうときは事例を振り返ってレビューするようにしています。 もう少し視野を広げると、訪問看護の認知度がまだまだ低いことを日々感じていますね。訪問看護を全国にどう根付かせていくべきか、そのためにどのような教育をしてどう定着させていくべきか、ステーション支援をしながら常日頃考えています。また、地域包括ケアシステムの中での人材育成も課題です。これについては、施設や組織、地域の垣根を越えて柔軟に取り組んでいきたいですね。安全・感染管理、災害支援などもステーション支援グループのミッションのうちのひとつですが、一つひとつ着実に基準を確立していきたいと思っています。 地域の勉強会に参加して視野と人脈を広める ―社内でなかなかサポートを受けられない他のステーションの管理者がモチベーションを上げるには、どのような取り組みが効果的でしょうか。 篠田: 訪問看護ステーションは地域包括ケアシステムの中で大変重要ですが、経営的に不安定になりやすく、事業継続の難易度が高いと思います。そのため、国を挙げて大規模化が図られています。小規模なステーションでは、どうしても管理者に負荷が集中する傾向にあり、一人でできることには限界があるでしょう。そんな中でぜひ活用して欲しいのは、都道府県看護協会や訪問看護連絡協議会の活動です。私も以前、岐阜県看護協会の副会長をやっていましたが、サークル活動のようなことを行っているので、ぜひ参加してみると良いと思います。もちろん組織の中で解決しなければいけないこともあると思いますが、地域の中では、例えば小児医療や癌末期の連携についての勉強会なども結構あるんですよ。 そういった場にどんどん参加して自分たちの役割を伝え、困り事を一緒に考えてもらうのも良いのではないでしょうか。そういった場への訪問看護の出席率は低い傾向にありますが、地域の中での相互理解を深めるためにもおすすめしたいと思います。 また、これは社内でもいつも言っていることなのですが、地域包括ケアシステムの中で看護師はキーパーソンだと思っています。我々看護師は、コミュニティレベルを高くして、地域包括ケアシステムを自分たちで築いていくんだという意識をもつことが大切ではないでしょうか。 訪問看護の質向上にはベンチマークが必要 ―今後、訪問看護業界全体の質向上を図る上で、何が必要だと思いますか。また、今後の展望を教えて下さい。 篠田: 私は病院で25年間、在宅医療の分野では6年ほど働いていますが、在宅医療はまだ質のばらつきが大きいと感じています。病院は標準化されて品質が保証されてきていますが、在宅医療にはベンチマーク(基準)となるものがないことが課題だと思っています。ソフィアメディは全国展開しているので、特に地域によってやり方も課題も異なることを実感しているんです。 これまでの訪問看護は、「事業所数を増やす」という量的な部分に着目してきましたが、これからは「質」の部分に着目され、国を挙げてベンチマークが作られていくはず。そうした潮流の中で、私たちも全国展開の知見を活かし、業界の基準となる指標を提言できないか検討しています。まずは基準を満たしてから各事業所の特徴を押し出していくほうが、全体の質向上に繋がるのではないでしょうか。 ―ありがとうございました。 ※本記事は、2023年2月の取材時点の情報をもとに構成しています。 執筆・編集:NsPace編集部

漫画「きっかけはポーカー」
漫画「きっかけはポーカー」
特集
2023年5月30日
2023年5月30日

受賞作品漫画「きっかけはポーカー<前編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、服部 景子さん(愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう/北海道)の入賞エピソード「きっかけはポーカー」の漫画をお届けします。 >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!【みんなの訪問看護アワード】 きっかけはポーカー<前編> >>後編は5月31日公開予定!受賞作品漫画「きっかけはポーカー<後編>」【つたえたい訪問看護の話】 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:服部 景子(はっとり けいこ)愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう(北海道) [no_toc]

漫画「きっかけはポーカー」
漫画「きっかけはポーカー」
特集
2023年5月31日
2023年5月31日

受賞作品漫画「きっかけはポーカー<後編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、服部 景子さん(愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう/北海道)の入賞エピソード「きっかけはポーカー」をもとにした漫画の後編をお届けします。 「きっかけはポーカー」前回までのあらすじ急遽、利用者の野間さんを担当することになった服部さん。なかなかお風呂介助をさせてもらえず、悩む日々。そんなとき、ふと「トランプでもしませんか」と声をかけてみたら、意外にも「いいよ」とのお返事が…? >>前編はこちら受賞作品漫画「きっかけはポーカー<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 きっかけはポーカー(後編) 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:服部 景子(はっとり けいこ)愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう(北海道)所属事業所の主任から「応募してみない?」との声掛けがあり、軽い気持ちで投稿したエピソードでしたが、入賞したと伺って本当に驚きました。大好きな野間さんとの思い出をつづった「きっかけはポーカー」は、私にとってとても大切なエピソードです。「頭洗ってくれる?」と声をかけていただいた日は、ケアマネジャーさんや事業所の先輩看護師たちも、一緒になって喜んでくれました。野間さんとは、今でも楽しくトランプをしています。読んでくださった皆さまが、少しでも「訪問看護って楽しそうだな」「こういう看護のしかたもあるんだな」と感じていただけたら幸いです。 [no_toc]

ケースメソッドで考える管理業務
ケースメソッドで考える管理業務
特集
2023年6月6日
2023年6月6日

CASE4 クレームを受けるスタッフをどうするのか_その3:管理者としてどのような支援ができるか

管理者として課題に直面したとき、自分以外の管理者がどう判断するかを知りたくなることはありませんか? この連載は、参加者どうしで考えをシェアしあう研修手法である、ケースメソッド注1セミナーの形式に沿って、訪問看護管理者が直面する課題を考えていきます。第12回は、CASE4「クレームを受けるスタッフをどうするのか」の議論のまとめです。 はじめに 前回(「その2:桐山さんが抱えている問題は何か」参照)は、桐山さんが抱えている問題を、桐山さんの状況と、その状況から生じている課題とに分けることで、管理者として何ができるかを検討しやすくしました。今回は、訪問看護管理者として桐山さんへどのような支援ができるのかをテーマに意見交換を進めます。 議論の題材となっているケースと設問は以下のとおりです。 ケースと設問 CASE4 クレームを受けるスタッフをどうするのか 入職3ヵ月になるスタッフナースの桐山さんから、「利用者のJさんから『桐山さんには訪問に来ないでほしい』と言われた」と報告を受けた。 桐山さんは病院で3年、いくつかの介護施設で6年、他社訪問看護で1年の経験のある看護師。とても真面目な性格で、職場で冗談を言うこともなく、むしろ冗談を間に受けてしまう様子がある。何かを伝えると一語一句漏らさずに細かな字でメモをとるが、肝心なときにそのメモがどこにあるのかわからずミスをしてしまうのだ。 当ステーションは、管理者と桐山さんを除くと20歳代の看護師が2人。入職時期は2人のほうが早いが、年齢的にも看護師としての経験年数も桐山さんのほうが上である。ほかのスタッフと軽く雑談をすることも桐山さんには難しいようだ。そして他スタッフからは「桐山さんとは一緒に働きづらい」と相談を受けている。管理者として、どうすればよいだろうか? 設問もしあなたがケースに登場する管理者であれば、桐山さんやほかのスタッフに対してどのような働きかけをすべきだと考えますか。ご自身の経験から考えたアイデアをみなさんにシェアしてください。 管理者として桐山さんにどのような支援ができるのか 講師これまでの議論から、中途採用者である桐山さんが抱えている課題が四つ出てきました。桐山さんがこの課題を解決するために、管理者としてどのような支援ができるでしょうか。 Aさん注2桐山さんが持っているスキルや知識を把握した上で、「こういうスキルや知識が必要だ」と伝えることはできると思います。ただこういったことは桐山さんだけに限らず、スタッフそれぞれの性格や技量などを把握しておかないといけませんね。 Bさん「前職で学んだ業務のやりかたではなく、この職場でのやりかたを覚えて実行してください」と言えるのは、やはり管理者だけですよね。 Cさん桐山さんに期待している役割を伝えられるのも管理者だけですよね。それにステーションの評価制度もちゃんと説明しておくべきです。どんなことをすると評価されるのかは、新入職者はわかりませんよ。 Dさん「誰に聞いていいかわからない」ような人脈に関することは、管理者だけが気をつけるだけではダメで、ほかのスタッフとのコミュニケーションも大事ですよね。 話しやすい職場の雰囲気を築くとか、そんな他スタッフへの働きかけも、管理者の役割として必要です。 「モニタリング&リフレクション」と「職場風土の構築」で桐山さんの課題解決を支援する 講師では、これまでの議論を受けて、CASE4のまとめです。 みなさんの意見から、●管理者として桐山さんの置かれている状況を把握する(モニタリング)●職場での仕事が円滑に進むように適切なフィードバックを適宜行う(リフレクション)ができそうだと見えてきました。 このモニタリングとリフレクションは、スキルや知識の獲得を促し、ステーションの評価基準や求められている役割を伝え、今の職場に合った行動を促すために以前の職場でのやりかたを修正することに有効であると思います。 しかし、管理者の直接的な介入のみでは桐山さんを真に支援することができないこともわかりました。他スタッフに働きかけてコミュニケーションをとりやすい職場風土をつくることで、桐山さんのような中途採用者がいち早くステーションに馴染み、本来の力を発揮するような支援が管理者としてできると思います。 DさんすでにSNSをステーションで運用していて、中途入職者には「疑問とかあれば、遠慮なく書き込んでいいんだよ」と伝えているのですが、そんな働きかけでは、もしかして新しい人は入ってきにくいのでしょうか? 講師そうですね、すでにいる人たちが心地よいSNSの場に、新しい人が遠慮なく書き込みをすることは、きわめて難しいと考えておいたほうがよいです。このことを念頭に、SNS上のコミュニケーションを活性化させるための取り組みをいろいろと考えて実行してみてください。 注1ケースメソッドとは、架空事例(ケース)について、参加者それぞれの考えをシェアしあうことで、学びを得ていく授業形式です。ケースの教材には、訪問看護管理者が問題に直面している状況が、物語風に構成されています。参加者は、ケースの教材を予習し、自分がこのケースの主人公ならどうするかを事前に考えた状態で、授業に参加します。ケースメソッドの授業では、講師のリードのもと、参加者どうしでアイデアをシェアしながら議論をすることによって学びます。これは講義形式のセミナーとはずいぶん違ったものです。参加者の発言が何よりもセミナーを豊かにする鍵となります。 注2発言者はA・B・C・Dとしていますが、常に同一の人物ではありません。別人であっても便宜上そのように表記しています。 執筆:鶴ケ谷 理子合同会社manabico代表慶應義塾大学大学院経営管理研究科修了。看護師、保健師、MBA。大学病院(精神科)、訪問看護、事業会社での人事を経験後、株式会社やさしい手看護部長として訪問看護事業の拡大に寄与。看護師250人超の面談を実施し、看護師採用・看護師研修などのしくみづくりをする。看護師が働きやすい職場環境作りの支援を目指し合同会社manabicoを立ち上げる。【合同会社manabico HP】https://manabico.com 編集:株式会社メディカ出版 【参考】〇中原淳.『経営学習論』東京,東京大学出版会,2012,155-184.

ニャースペースのつぶやき
ニャースペースのつぶやき
特集
2023年6月6日
2023年6月6日

時間がないときの訪問看護昼食事情…ニャースペースのつぶやき【訪問看護あるある】

外でお昼を食べるときは、場所探しに一苦労 訪問と訪問の間でステーションに戻る時間がないときは、外でお昼ごはんを食べるしかないにゃ。お店に入る時間もないし、天気が悪いと大変にゃ… 普段はステーションに戻って昼食を食べているけれど、なんらかの事情で「時間がないから外で食べなきゃ」ということもありますよね。車で訪問している場合は車中で簡単な食事ができますが、自転車移動の場合は一苦労…。飲食店に入る時間もなく、コンビニで買ったパンやおにぎりなどを急いで食べる、なんてこともあるのではないでしょうか。訪問看護師さんからは、「コンビニの店先で食べると迷惑になるので、公園や遊歩道にあるベンチを探している」「雨風が強いと場所探しに困る」といった声も聞かれました。 ニャースペース病棟看護経験5年、訪問看護猫3年目。好きな言葉は「猫にまたたび」「わかる!」「こんな『あるある』も聞いて!」など、みなさんの感想やつぶやき、いつでも投稿受付中にゃ!>>投稿フォーム

家族看護総論【後編】
家族看護総論【後編】
特集
2023年6月6日
2023年6月6日

家族看護 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは【総論 後編】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回は、渡辺先生にこのモデルの特徴や分析プロセスを詳しく解説していただきます。モデルの思考過程をツール化したシートについてもご紹介いただきます。 >>前編はこちら家族看護とは何か、看護職に求められることは【総論 前編】 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは 渡辺式家族アセスメント/支援モデルとは、「援助者が対象者・家族との関わりに困った場面や時期に、いったい何が起こっていたのか、ことの全容を明らかにし、援助の方向性(方策)を導き出すための思考過程」をモデル化したものです。 例えば、「あのお母さん、何度説明しても自己流のケアのやり方を変えてくれない。どうしてなんだろう、困っちゃうな」とか、「本人と家族の思いがズレていて、にっちもさっちもいかない」といったような援助に行き詰まりを感じた場面で効力を発揮します。 モデルの前提にある考え方と特徴 このモデルの前提となっているのはシステム理論、すなわち「ある出来事は、そこに関与する人が互いに影響を及ぼし合って生じる」(循環的因果関係)という考え方です。したがって、「困った」場面を分析する際にも、相手(療養者や家族成員)のことはもちろんですが、自分たち援助者についても客観的に分析します。 家族看護においてもさまざまなモデルが開発されていますが、援助者を分析対象とするのはこのモデルをおいてほかにはなく、大きな特徴といえます。 「人間関係見える化シート®」 渡辺式家族アセスメント/支援モデルでは、その思考過程をツール化したシート(渡辺式シート)が開発されています。 このシートはⅠ:事例情報シートⅡ:人間関係見える化シート®Ⅲ:支援方法、実施、評価シートの3つのパートで構成されています。特に、「Ⅱ:人間関係見える化シート」に沿って分析していくと、複雑な問題も整理されて、支援の糸口を見出せるでしょう。このシートは思考過程を共有できるため、主にカンファレンスやコンサルテーションで活用されています。 図1に、Ⅱ:人間関係見える化シート®を抜粋し示します。 図1 Ⅱ:人間関係見える化シート® 渡辺式シートは、NPO法人 日本家族関係・人間関係サポート協会のウェブサイトからダウンロードできます。 文脈と関係性を解きほぐす(分析のプロセス) (1)登場人物と看護師の文脈(ストーリー)を考える まずは、「困りごと」「対処」「背景」という3つの視点から、個々の登場人物のストーリーを考えます。 事例として、何度説明しても自己流のやり方を変えようとしない母親と看護師との関わりを考えてみましょう。母親はいったい何に困り、どう対処しているのか、その対象の背景になっているものは何かを、母親の皮膚の内側に入ったようなつもりになって考え、シートに記入します(図2)。 看護師からすれば、望ましいとはいえないケアの方法にこだわる「困った」母親は、「看護師から再三指導されること」に困っていて(困り事)、「自分のやり方に固執する」という対処をとっているのかもしれません(対処)。その背景には、「母親としてのプライド」や「このやり方で大丈夫という自負」、あるいは「このやり方が慣れている」、「そこまで手間はかけられない」という母親なりの判断があるのかもしれません(背景)。 こうして母親になり替わったような気持ちで考えてみると、看護師にとっての「困った母親」は、実は看護師の存在に「困っている母親」でもあるという認識の転換が起こることがあります。 同様に、看護師のストーリーをあらためて考えてみると、「再三指導を繰り返す」という対処の裏側に、「療養者本人を守りたい」、「本人のために母親にはがんばって欲しい」という願いがあります。それと同時に、「あるべき母親に近づいて欲しい」といった願いもあり、母親をコントロールしたくなる気持ちが見え隠れすることもあるでしょう。 相手の、そして看護師自身のストーリーを深く推察することによって、対象を理解し、自分自身へのさまざまな気づきを得ることができます。 図2 文脈(ストーリー)と相互関係 (2)登場人物間の関係性を考える 登場人物と看護師のストーリーを分析した後、次は登場人物間の関係性を考えます。先の例でいえば、母親と看護師の関係性です。 この場合、看護師が再三指導することにより、母親は抵抗し、ますます自分のやり方に固執するという悪循環が生じているといえるでしょう。また、看護師が何とか母親に分かってもらいたいと思うがあまり、母親に向けるパワーが高くなり、母親もそれに負けじとパワーを高めている状態です。両者の心理的な距離は、知らず知らずのうちに近づきすぎており、両者ともに居心地の悪い関係になっていると考えられます。 シートでは、こういったパワーバランスや心理的距離を三角形の高さや楕円の位置によって表します。具体的には、図3に示したとおり、看護師、母親双方のパワーを示す三角形の高さは、適正ラインよりも高くなっていると考えられます。そして、看護師は母親との距離を近づけようと、矢印が示すように母親にパワーを向けています。一方母親は、看護師にこれ以上距離を詰められないように、看護師に対し、負けじとパワーを向けていると考えられます。 図3 パワーバランスと両者の心理的距離 看護師自身の変化も含め支援の方策を考える さて、登場人物と看護師のストーリー、および関係性を考えた後は、支援方策を検討します。すなわち、どうしたらパワーバランスや心理的距離を改善し、悪循環を是正できるのか、そのためには、看護師自身がどう変化すればよいのか、どのように相手に働きかけたらよいのかを考えます。 先の事例であれば、看護師の「再三指導を繰り返す」という対処から、「母親のやり方を(一旦は)認める」という方向に変化するという道が見えてきました。そうすれば、母親の抵抗のパワーは低くなり、母親と話し合える道が開きそうです。母親のプライドや自負を尊重し、安心感を届けることを意識することも大切でしょう。母親と目標を再度共有し、看護師としての判断も示すこと。そして、ともに目標達成のために望ましく、実現可能な方法を試行錯誤しながら見つけていくことが重要だといえます。表1に「支援の方策」をまとめましたのでご参照ください。 表1 支援の方策 ・母親のやり方を一旦は認め、母親のパワーを下げる・母親のプライドや自負を尊重し、安心感を届ける・母親と話し合って目標を共有する・ともに目標達成のために望ましく、実現可能な方法を見つけていく(考える) このように、分析をひとつの仮説とし、支援方策を考えて実施し、その結果を評価し、さらにアセスメントを繰り返していきます。 * 以上が渡辺式家族アセスメント/支援モデルの概要です。次回からは事例編です。実際に援助に行き詰まりを感じた場面を取り上げ、渡辺式家族アセスメント/支援モデルを使って支援の方策を考えていきます。 また、私が理事長を務める「日本家族関係・人間関係サポート協会」では、「渡辺式」家族看護に関する入門から認定インストラクターの養成にいたるまで、各種セミナーを開催しております。 ▼NPO法人 日本家族関係・人間関係サポート協会 各種セミナーのご案内https://famirela.com/seminar お問い合わせは、当協会までお寄せください。 執筆:渡辺 裕子NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会 理事長「渡辺式」家族看護研究会 副代表 ●プロフィール1982年千葉大学大学院看護研究科修了後、市町村保健師として勤務。その後「家族看護研究所」「家族ケア研究所」を立ち上げ、2022年から現職。長年、患者・家族、職場の人間関係に悩む看護職のサポートを行ってきた。 「NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会」では、「ケアが循環する社会の実現」を理念に掲げ、一般市民を対象とした「かぞくのがっこう」のほか、「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」に関する各種セミナーを実施している。 ▶NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会のホームページ※渡辺式シートのダウンロードも可能です。編集:株式会社照林社 【参考】〇渡辺裕子著.「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」,渡辺裕子監修.『家族看護を基盤とした地域・在宅看護論 第6版』,東京,日本看護協会出版会,2022,p.107-119.〇渡辺裕子著,鈴木和子著.「家族看護過程」,鈴木和子,渡辺裕子,佐藤律子著『家族看護学 : 理論と実践 第5版』東京,日本看護協会出版会,2019,p.98-107.〇渡辺裕子著.「人間関係見える化シートのご紹介」コミュニティケア.21(11),2019,p.38-46.〇垣見留美子,株﨑雅子著.「行き詰まりを打開する、渡辺式家族アセスメント/支援モデル」訪問看護と介護.28(2),2023,p.102-108.〇富岡里江著.「療養者への医療提供を拒む家族」訪問看護と介護,28(2),2023,p.110-117.〇茶谷妙子著.「子の障害に戸惑う家族」訪問看護と介護,28(2),2023,p.118-128.〇堤 真紀著.「療養者に対して指示的な家族」訪問看護と介護,28(2),2023,p.130-138.

訪問看護でポータブルエコー活用
訪問看護でポータブルエコー活用
特集
2023年6月13日
2023年6月13日

ケースレポート「訪問看護でポータブルエコー活用し変化したこと」

近年、訪問看護でも活用されるようになったポータブルエコー。直ちに体内を可視化できることで、医師との情報共有がスムーズになり、早期発見や重症化予防も期待されています。また、導尿や摘便など、侵襲性の高い処置を不必要に行うことが減り、適切なケアが提供できると言われています。 今回は、2017年からポータブルエコーを採り入れ、排尿ケアを中心に実践を重ねているLIC訪問看護リハビリステーション所長の黒沢勝彦氏に、導入の経緯や活用の実際について、お話を伺いました。 判断や思考プロセスを助けるポータブルエコー もともと私自身、病院では救急・集中ケアの分野で勤務していたので、日常的に医師がポータブルエコーを使っていました。腹水の有無や心機能など、画像を間近で見ていたので、馴染みの深い医療機器の一つです。また、素早い医療連携につながっていたため、いずれは訪問看護師がポータブルエコーを使えるようになるだろうと、願望のようなものがありました。さまざまな検査や機器が備わっている病院に比べ、在宅では、適切なアセスメントや臨床判断の材料を得られにくい場合があります。しかし、ポータブルエコーによって誰でも簡便に判断でき、思考プロセスを助ける情報を得られないだろうか、という思いから、その必要性を感じるようになりました。 しかし、初期投資や維持費がかかる上、診療報酬や看護ケア制度で報酬が得られないという、コスト面のネックがあり、導入しても使わなければ無駄になってしまう、という葛藤もありました。訪問看護でどう活かすのか、活用方法を明確にした上で1台購入しました。 当ステーションでは、神経難病や、ターミナル期の利用者さんに挿入されている膀胱留置カテーテル閉塞の有無や乏尿・尿閉の判断などでポータブルエコーを活用しています。 ポータブルエコーは訪問看護師の判断を支える 訪問看護のマネジメントでは、訪問看護師の心理的負担への配慮も重要だといわれます。とくに経験の浅い訪問看護師は、1人で判断する怖さがあります。例えば、カテーテル交換や点滴の必要性などの判断、医師への報告、連絡といった部分は確信を持って行えない不安があると思います。従来は経験豊富な先輩看護師が指導・助言するスタイルでした。現在はそれに加え、画像をビジネスチャットツールでほかのスタッフと共有するようになりました。対応の助言を請うようになれば、限定的ではありますが、判断に悩む訪問看護師を孤独にさせない状況が作り出せると思います。 また、サービス資源の多い都市部と、少ない過疎地では、訪問看護師の役割が異なってきます。過疎地は、次の訪問先まで30分~1時間かかり、救急車が入ることすら難しい地域もあり、医療サービス資源が満足に行き届かないという課題があります。過疎地の訪問看護師がエコーを利用することで、遠隔にいる医師やスタッフに画像を共有することができるので、迅速な医療介入が可能に。ICT(情報通信技術)活用が促進されれば、こうした課題の解決にもつながるでしょう。 「エコーは役立つ」という組織風土を創る 当ステーションでは、実施に伴う所要時間や難易度が低いとされる膀胱エコーの習得から始めました。まずはハードルとなるとっつきにくさを払拭し、「ポータブルエコーは役立つ」という文化を創ることを目指しています。そのためには、自分のほかにヘビーユーザーを作り、さらにそのスタッフが違うヘビーユーザーを作っていく流れにすることが大切だと思います。聴診器のように、ポータブルエコーを目的ありきで使えるようになってきたのは大きな変化です。きっかけのひとつとしては、ポータブルエコーの導入研修をしていただいたことが大きいと思います。 しかし、導入研修だけでは使えるようになりません。どうやって実際の利用者さんに使うかを考え、知識を得たり、触れたりすることが重要です。1人で使えるまではOJT(On the Job Training)を丁寧に繰り返し、ポータブルエコーを使用する利用者さんの同行訪問を行いました。ポータブルエコーの使用や画像を一緒に確認し、日々の介入の中で声かけしています。とにかく回数を重ね、エラーも経験しながら習得していく必要があるので、すべてのスタッフが継続して使えるような組織の教育体制が求められます(写真1)。 写真1:定期的にスタッフ間で勉強会。慣れる・使う・共有を繰り返すことが重要(提供:黒沢勝彦氏) エコー導入は組織の目的・理念を踏まえて 機種選びは価格メインではなく、解像度が高いものが推奨されています。解像度の高さは重要ですが、訪問看護ステーション経営の観点からは、低価格のものでないと普及が難しくなると言わざるを得ません。選び方以前に、組織の目的や理念などと照らし合わせ、導入の必要性を吟味することが大事です。例えば、月に1、2回の使用回数の場合、経営上不要だという判断を考えていく必要があるでしょう。私たちももう1台導入を考えていますが、それで本当に役立てられるかと、購入に二の足を踏んでいます。 ほかのスタッフが「もう1台あったらいいよね」と言い始めたり、エコーの明確な使用目的が新たに提案されたりすれば、購入を検討することになります。「とりあえずデバイスがあるから、何かしよう」で、始めると継続が難しくなります。 訪問看護師によるポータブルエコーの使用は、よりよいケアにつなげるためのアセスメントツールであることを伝えていきたいと思います(図1)。 図1:「導入後の3つのポイント」(提供:黒沢勝彦氏) 取材協力・監修:黒沢 勝彦氏(LIC訪問看護リハビリステーション 所長)編集:メディバンクス株式会社

緩和ケア がん疼痛
緩和ケア がん疼痛
特集
2023年6月13日
2023年6月13日

WHOの三段階除痛ラダーと鎮痛薬使用の4原則とは【がん身体症状の緩和ケア】

退院後、痛みがうまくコントロールできていない様子のAさん。処方されている鎮痛薬の種類や量は適切なのでしょうか。また、ほかにできることはないのでしょうか。今回は、鎮痛薬の選択と使用に関する基礎知識を中心に解説していきます。 >>前回の記事はこちらがん疼痛マネジメントの原則-WHOがん疼痛治療ガイドラインとは【がん身体症状の緩和ケア】 WHOの「三段階除痛ラダー」(図1) 「三段階除痛ラダー」とは、軽度の痛みにはオピオイド以外の鎮痛薬を使用し、軽度から中等度の痛みには弱いオピオイドを併用、そして中等度から高度の痛みには強いオピオイドの追加を段階的に行う方法です。つまり、強い痛みには強い薬を使用し、弱い痛みには弱い薬を使用するという考え方です。 2018年に改訂された「WHOがん疼痛治療ガイドライン」からはなくなりましたが、がん疼痛の緩和においてとても重要な考え方だと思いますので解説します。 しばしば、副作用のある強いオピオイドは最後の手段と捉えられ、その前段階の軽い薬で痛みを解決しようとすることが少なくありません。しかし、がん緩和ケアでは、強い痛みであると判断したならば、はじめから強いオピオイドを投与してもよいとされています。むしろ、弱い薬でいつまでも痛みがコントロールできない状態は、患者さんの生活の質(quality of life:QOL)を大きく妨げてしまうと考えられているのです。もちろんNSAIDs(非ステロイド性鎮痛薬)や鎮痛補助薬は併用しても問題ありません。 ラダーそのものが弱い薬からの使用を推奨しているようにも見えるために、ラダーの考えは削除されました。しかし、「強い痛みには強いオピオイドを使用する」という本質はまったく変わっていません。 図1 WHOの三段階除痛ラダー World Health Organization. 『WHO guidelines for the pharmacological and radiotherapeutic management of cancer pain in adults and adolescents』. 2018.を参考に作成 鎮痛薬使用の4原則 「WHOがん疼痛治療ガイドライン」のがん疼痛マネジメントの1つ、「鎮痛薬使用の4原則」も重要ですので確認しておきましょう。 (1)「経口で」 オピオイドには注射を含めてさまざまな投与経路があるなかで、最も簡便で多くの国、多くの場面で利用できる経口投与が推奨されています。例えば消化管閉塞の合併等の事情で経口的にオピオイドが服用できない場合には、経皮投与や持続注射など別の方法を検討します。 (2)「時間を決めて」 時間を決めて鎮痛薬を使用します。WHO方式のがん疼痛治療法が登場する前は、原則として痛みが出てから鎮痛薬を使用していました。ところが、予防的に鎮痛薬を使用すれば、より効果的に痛みを緩和できることが発見されました。痛みが出る前に時間を決めて鎮痛薬を使用する、これは非常に画期的で大変重要な要素です。 (3)「患者ごとに」 患者さんの痛みに応じて、鎮痛薬の投与量や投薬内容を調整します。同じがんといっても病態はさまさまで、治療方法も変わってきます。痛みの感じ方も異なり、副作用の出方もそれぞれです。患者さんごとに評価を行い、投与量や投薬内容を調整します。 (4)「その上で細かい配慮を」 配慮とは、オピオイドの副作用や患者さんの症状や状態に合わせて、オピオイド以外の薬剤の投薬内容を調整することです。例えば、便秘や嘔気の症状があれば、オピオイド誘発性便秘症治療薬や制吐薬などを使用します。骨転移による強い痛みがあれば、ジクロフェナクナトリウムやメフェナム酸などNSAIDsの併用も有効です。時には、ステロイドが症状緩和に役立つケースもあります。一人ひとりの患者さんに応じて、その人が少しでも生活しやすくなるように、投薬内容を細かく調整していきます。 もちろん患者さんとご家族の不安を軽減するために、薬物療法のレジメンについて理解できるよう十分な説明も必要です。 Aさんの投薬内容をどう調整するか ここまで除痛ラダーや鎮痛薬使用の原則について説明してきました。その内容を踏まえて、Aさんの投薬内容の調整について考えてみたいと思います。 ある日、あなたの訪問看護中にAさんは背中の強い痛みを訴えました。指示されていたロキソプロフェンナトリウムを服用してもらいましたが、あまり効果がないようです。10分経ってもAさんはベッドの上でうめき声をあげています。 20分ほど背中をさすっていたら、少し痛みが落ち着いたので、あなたはステーションに戻りました。戻ってすぐに、まずは在宅主治医に今日のAさんの様子を連絡。すると、主治医からすぐにカンファレンス開催の提案がありました。 翌日、訪問看護師であるあなた、薬剤師、ケアマネジャー、在宅主治医がAさんの家に集まりました。 画像素材:PIXTA あなた: 膵臓がんのAさん、痛みが退院したときより強まっているようです。お薬の調整をした方がよいと考え、みなさんにご相談します。ご意見を聞かせてください。 在宅主治医: 膵臓の真ん中に4cmの腫瘍を認め、肝臓に多数の転移が見られます。腹水も少し増えているように思います。痛みが出るのは当然かもしれませんね。オキシコドン徐放性製剤を増量した方がよいと思います。 Aさん: 薬を増やすのは副作用や体に悪い影響があるのではないか心配です。今飲んでいる薬は麻薬と聞いていますので…。大丈夫でしょうか? あなた: Aさん、確かに心配ですよね。お気持ち、よく分かります。今使用している薬は確かに医療用麻薬と呼ばれていますが、この薬は、慢性的な痛みを感じている人が痛みを和らげるために使用する場合、依存症や精神障害にならないことがわかっています。なぜなら、体の中で痛みを感じているときと、感じていないときに使用する場合では別の効き方をするためです(参照:ワンポイントメモ)。そうですよね、先生。 在宅主治医: そのとおりです。今こうして痛みを感じているAさんが服用する量を増やしたとしても、依存症状のご心配はいりませんよ。医療用麻薬には吐き気や便秘などの副作用がありますが、きちんと対策を立てておけば乗り越えることが可能です。その上でAさんが生活しやすいように、痛みや呼吸困難などのつらい症状を最小限度に抑えましょう。少し薬の量を増やしてみるとよりよいと思いますよ。 Aさん: そうなんですね、やめられなくなるのではないかと心配していました。痛みの治療に使用していれば依存症にはならないのですね。 在宅主治医: まずは現在のオキシコドン10mgの量を20mgに増やしてみましょう。30~40mgが目標です。痛みが残るのであれば、また少しずつ増やしていきます。 薬剤師: Aさん、便秘気味ではないですか? Aさん: そういえば、退院してからまだ一度も便が出ていません。 薬剤師: それならオピオイド誘発性便秘症治療薬であるナルデメジンを併用するのはいかがでしょう。 在宅主治医: 確かにそれはよいアイデアですね。オピオイドを服用していると便秘は必ず発生しますので、ぜひ使用しましょう。それと、吐き気止めもあった方がよいと思います。 * カンファレンスはまだ続きます。この続きは次回に。 >>次回の記事はこちらオピオイドスイッチングとタイトレーションとは【がん身体症状の緩和ケア】 【ワンポイントメモ】 なぜ医療用麻薬は依存症にならない?痛みのない人が医療用麻薬を服用すると、脳からはドーパミンと呼ばれる物質が放出され、興奮状態となり快楽を感じます。このドーパミンが放出されている状態が繰り返されると、依存症になるといわれています。しかし、痛みのある人が医療用麻薬を服用しても、すでに脳内には疼痛を抑制する物質、すなわち内因性オピオイドが放出されており、ドーパミンの放出は起こりません。このため、がん性疼痛を訴える人が医療用麻薬を服用しても依存症にはならないのです。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

アワードトークセッション
アワードトークセッション
インタビュー 会員限定
2023年6月13日
2023年6月13日

みんなの訪問看護アワード 投稿のきっかけは?【特別トークセッション 前編】

2023年3月24日(金)に、銀座 伊東屋 HandShake Lounge(東京都中央区)にて開催した「みんなの訪問看護アワード2023」表彰式。エピソードを投稿された方をはじめとしたゲストの皆さまに全国からお越しいただき、表彰、特別トークセッション、懇親会などで盛り上がりました。ここでは、特別トークセッションの内容をピックアップしてお届けします。 本トークセッションのテーマは、「つたえたい訪問看護の話」。ファシリテーターに東京医科歯科大学国際健康推進医学 非常勤講師の長嶺由衣子さんを迎え、受賞者の皆さんとエピソード投稿の背景や訪問看護師になったきっかけ、訪問看護の魅力等について幅広くディスカッションされました。前編の今回は、エピソード投稿のきっかけや背景についてのお話です。 【ファシリテーター】長嶺 由衣子(ながみね ゆいこ)さん東京医科歯科大学国際健康推進医学 非常勤講師 【登壇者】村田 実稔(むらた みのる)さんウィル訪問看護ステーション江東サテライト(東京都)「みんなの訪問看護アワード2023」入賞投稿エピソード「ちょっと早めの金婚式」 長尾 弥生(ながお やよい)さん白川訪問看護ステーションこだま(岐阜県)「みんなの訪問看護アワード2023」入賞投稿エピソード「104歳の日常」 梁井 史子(やない ふみこ)さん愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう「みんなの訪問看護アワード2023」入賞投稿エピソード「そうだ、訪看がある」 >>エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!【みんなの訪問看護アワード】>>表彰式の模様はこちらみんなの訪問看護アワード2023 表彰式イベントレポート【3月24日開催】 ※以下、本文中敬称略※本記事は、2023年3月時点の情報をもとに構成しています。 東京・岐阜・北海道の受賞者3名が登壇 長嶺: ファシリテーターの長嶺です。今日は、皆さんのお話を聞くことをとても楽しみにしていました。よろしくお願いいたします。早速ですが、皆さん簡単に自己紹介をお願いします。 村田: 「ウィル訪問看護ステーション江東サテライト」の村田実稔と申します。訪問看護師2年目です。以前は小児病院のPICUで勤務していました。今回は、私の心に残っている末期がんの利用者さんのエピソードを投稿しました。本日はよろしくお願いします。 長尾: 岐阜県の「白川訪問看護ステーションこだま」からまいりました、長尾と申します。白川といっても有名な「白川郷」ではなく、下呂温泉から名古屋方面へ車で1時間弱ほど走ったところにある白川町です。白川茶が有名ですが、少子高齢化の影響で茶畑がソーラーパネル化しています。携帯の電波が届かないエリアもあり、サルやカモシカに出合う場所にあるお宅を訪問しています。 梁井: 札幌市から参りました。「愛全会 訪問看護ステーション とよひら・ちゅうおう」の梁井史子と申します。エピソード内容や見た目でもおわかりだと思いますが、乳がんを患って休職していました。2022年9月に訪問看護師として復帰しまして、抗がん剤・鎮痛剤を服用し、ホルモン治療を続けながらフルで勤務しています。そんな状態でも、自分には「訪看がある」という想いを込めたエピソードを、看護師と看護を受ける側、両者の目線から書かせていただきました。このような賞をいただいて、本当に感謝しています。 長嶺: 皆さん、ありがとうございます。梁井さんは、きっと想像を絶する大変さのなかでお仕事されているのだと思います。でも、お話しすると大変明るい方で、利用者さんたちはきっと梁井さんの明るさに勇気づけられているのでしょうね。 それでは、皆さんの投稿エピソードについて深掘りしていきましょう。まず、長尾さんには、104歳の在宅療養者の日常をコミカルに書いていただきました。このエピソードを投稿しようと思ったきっかけは何でしょうか。 エネルギーとパワーが溢れる自由奔放な104歳 長尾: 私のステーションにはこんな元気な方がいるんだ、ということを伝えたかったんです。訪問看護をしていると、私のほうが利用者さんたちからたくさんのエネルギーとパワーをいただき、癒やされることがたくさんあります。訪問看護の現場は大変なことも多いですが、「こんなに楽しい日常がある」「訪問看護は楽しい」ということが伝わればいいなとも思いまして。 長嶺: なるほど。この104歳の方のエピソードを読んでいて、私の患者さんで、国宝級の剣道家だった方のことを思い出しました。黄疸で皮膚が真っ黄色という状況でも、「運動が足りない!」と言って運動をされていて(笑)。長尾さんの利用者さんも、同じように「自由奔放」という感じですね。「お酒を飲めているから健康だな」ということが判断基準になるような、お酒好きな方なのだと思います。こうした利用者さんと接するときに、気をつけている点はありますか? 長尾: 100歳を超えていらっしゃいますし、ステーションとしてもできるだけ大らかに対応しようという方針です。その方の日常や、自由奔放さを受け入れるイメージですね。 長嶺: 100歳を超えていないとNGですか(笑)? 長尾: いえいえ(笑)。100歳を超えていても超えていなくても、自由奔放に生きている方には、その方を受け入れるような対応を心がけています。 長嶺: ありがとうございます。400字以内のエピソードの中に書ききれなかったことはありますか? 長尾: 長寿の秘訣は、食べること、寝ること、ストレスがないことの3点がよく挙げられますが、この104歳の利用者さんは、まさにそれを体現しています。食欲旺盛ですし、電動車イスを自分で運転してピザを買いに行くなど、本当に自由な生活をされています(笑)。 長嶺: 本当に自由ですね(笑)。では、受賞されて、ステーションの皆さんはどういった反応でしたか? 長尾: 実はもともと、「この方のエピソードを4コマ漫画にしたら面白いよね」と同僚と話をしていたんです。受賞作品は後日漫画化が予定されていますし、この機会に全国の方に知っていただけることになり、みんな喜んでくれています。 長嶺: 医療従事者は医療的な面から患者さんの行動にブレーキをかけることが多いと思いますが、ご自宅にお邪魔する訪問看護は、医療従事者が主体の空間ではなく、患者さんご本人が主体となる空間に入るということですよね。だからこそ、その方の良いところを探して人間性や価値観をみることが大事なのだと思います。「訪問看護とは病気を治すのではなく、その人の生活に寄り添い人生を支える仕事だと思う」という一文にも共感しました。ぜひ漫画にして広めていただければと思います。 次は村田さんに伺いたいのですが、村田さんのエピソードは、「結婚50周年を迎える夫婦に対し、娘さんと作戦を立てて、サプライズの金婚式を行った」という内容でした。どうしてこのエピソードを投稿しようと思ったのでしょうか。 村田: 私が初めて担当した末期がんの利用者さんで、このエピソードが私にとってとても印象深かったので選びました。 長嶺: 利用者さんに対して、この金婚式のようなサプライズイベントをよく企画されるのでしょうか。 村田: そうですね、利用者さんに喜んでもらいたいという気持ちが強いですし、私はそうしたイベントを企画するのは得意なほうだと思います。 長嶺: 利用者さんの奥様からの何気ない一言で金婚式のイベントをやることになったそうですが、どんな気持ちで企画されたのでしょうか。 村田: やらない後悔よりやった後悔のほうがいいのではないかと思ったんです。ご家族に、利用者さんが亡くなられた後に「やっておけばよかった」と後悔してほしくなかったですし、まずは行動して利用者さんやそのご家族にも喜んでいただけるように努力したいと考えました。 長嶺:素晴らしいですね。エピソード内に書ききれなかったことはありますか? 村田: 利用者さんの奥様と友人として一緒に食事をしたり、娘さん夫婦が経営する美容院に今でもいったりすることがあって、本当によくしていただいています。 長嶺: ありがとうございます。続いて梁井さんは、ご自身の乳がんの再発について書いてくださいました。投稿しようと思ったきっかけを教えてください。 乳がん再発で「仕事の大切さ」を再認識 梁井:ステーションの看護主任から投稿をすすめてもらったのですが、自分の乳がんが再発したエピソードしか頭に浮かばず、締め切り当日の昼休みに急いで書きました。 長嶺: 訪問看護の患者さんについて語るエピソードがほとんどの中、梁井さんのエピソードだけが、訪問看護を担うご自身のお話でした。どうしたら継続的に訪問看護ができるのか、訪問看護師が仕事を継続しやすくなるヒントがあるように思います。ご自身の体調が優れないなかで書いてくださったことに、お礼を申し上げます。 単刀直入に伺いますが、闘病しながらなぜ訪問看護のお仕事を継続されているのでしょうか。 梁井: 訪問看護が、私の生きがいなんです。 プライベートなお話になりますが、私の家族は現在、兄と母のみです。兄には家庭があって少し遠方に住んでおり、近くに住んでいるのは高齢の母のみ。私は結婚しておらず、若い頃に子宮内膜症で子宮を全摘し、子どもがいるわけでもありません。そんな人生を歩んできて、乳がんが再発して転移したとわかったとき、「私の人生は、生き方は、どうあればいいんだろう」と思いました。「再発したら、もう死ぬしかないんじゃないか」「このままだと、悔しいじゃないか」と。それと同時に、「私には大事にしている仕事がある」とも思いました。 勤務先の事業所の所長からも、「がんばって」「戻ってきてくれるのを待っているから」と声をかけてもらい、すごく心強かったんです。自分には訪問看護の仕事がある、仲間がいるということが、励みでした。今日も、2人の同期が付き添いできてくれましたし、看護学校時代の同期もLINEで毎日励ましてくれました。そうした友達や後輩は看護関係がほとんどなんです。だからこそ、「看護という仕事から離れたくない」「このまま終わってたまるか」と思うことができました。 2回目の乳がんがわかって化学療法で治療しているときは本当につらかったですが、看護師や理学療法士さんに来ていただいたことが励みでした。同業者に励まされたことで、この仕事の凄みを改めて実感したというか、私にとって熱い経験だったんです。 長嶺: 治療しながら働く上で、心身のつらさはないのでしょうか。 梁井: もちろん身体的なつらさはあるものの、精神的には充実していて、ストレスは発症前よりないんです。無理して仕事をしているという感覚はありません。自分が患者の立場を経験したことで、今は前よりも上手に患者さんをケアできているのではないか、患者さんに上手に話しかけられているのではないか、と思える自分もいます。看護は一瞬一瞬で終わるものではなく、その人の人生・生活・環境を支えるものだともわかりました。訪問看護はすばらしい仕事だと、誇りを持ってやっています。 長嶺: 素晴らしいですね。医療従事者は、自分自身は経験したことがない状況やつらさを抱える患者さんと接することが多いですが、どんなに経験を積んでも理解しきれないこともあると思います。梁井さんは、私たちの何倍も患者さんに寄り添えているのではないかと感じます。 梁井: いえ、そんなに立派なことはできていないと思います。実は、がんが再発して「看護師にならなきゃよかった」と思ったこともあります。治療法や処方される薬で予後がわかってしまうからです…。こんなにつらい思いをするのなら、看護師にならなきゃよかったと思うぐらいしんどかったです。でも、そこを乗り越えると、逆に看護の知識が勇気になったり、力になったりする。「大丈夫」とも思えました。今は、「自分にしかできないがん患者さんへの看護がある」と思えることも力になっています。 >>後編はこちら 訪問看護師になった理由&訪問看護の魅力【特別トークセッション 後編】 執筆: 高島 三幸編集: NsPace編集部

訪問看護師のためのウェルビーイング
訪問看護師のためのウェルビーイング
インタビュー
2023年6月20日
2023年6月20日

どうすればスタッフが幸せになる?訪問看護師のためのウェルビーイング推進

訪問看護師が笑顔で幸せに働くためには、どうすればいいのか。多くの訪問看護ステーションが抱える課題でしょう。今回お話を伺ったのは、ソフィアメディ株式会社で「ウェルビーイング推進グループ」のマネジャーを担当する宮地麻美さん。管理者経験もある宮地さんに、「ウェルビーイング」とは何か、ウェルビーイング推進グループではどんな取り組みを行っているのか、などを伺いました。 ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療に特化したサービスを提供している宮地 麻美さん/ウェルビーイング推進グループ マネジャー1972年群馬県生まれ。看護師歴22年。精神薄弱児施設で4年働いた後、医療知識を求めて看護師の道へ。ナショナルセンターで15年勤務しつつ、看護教員資格を取得し、大学院へ進学。遷延性意識障害看護を学ぶ中で、口腔ケアの重要性を感じて摂食・嚥下障害看護認定看護師となり、急性期での看護を実践。2016年に回復期リハビリテーション病院に転職し、在宅看護の重要さを知る。2019年にソフィアメディへ転職後は訪問看護ステーション管理者として3年従事し、2022年2月より新設されたウェルビーイング推進グループのマネジャーを担当。 体制変更やコロナ禍でスタッフが疲弊 ─まずは、宮地さんが訪問看護師になったきっかけをお教えください。 私は看護師になる以前、精神薄弱児施設に勤務していたのですが、気管内吸引をはじめとした医療的処置が必要な子や、多数の薬を飲んでいる子たちがいました。その子どもたちと関わるうちに医療の道に興味をもち、看護師を志すようになったんです。看護師になってからは、口腔ケアに興味を持ち、医学博士の紙屋克子先生や歯科医師の黒岩恭子先生のもとで学んだ後、摂食・嚥下障害看護認定看護師として病院で働いていました。 しかし、病院ではどうしても多数の患者さんをケアするために優先順位を考えて対応せざるを得ません。「もっと患者さん本位の看護をしたい」「在宅での看護をしたい」と思うようになったことが、訪問看護師になるきっかけですね。回復期リハビリテーション病院に転職して、在宅看護を目の当たりにしたということも大きいです。自分の身の回りに関するものも人間関係も、基本的には「家」が中心。家で治療・療養ができれば、より患者さんの心が満たされる看護ができるのではないかとも思いました。 ―在宅看護に夢を持って、ソフィアメディに転職されたのですね。 はい。2019年に転職し、「ソフィアメディ訪問看護ステーション元住吉」の管理者を任されました。「地域のみなさんに安心してもらえるようなステーションにしたい」「スタッフにも利用者様にもケアマネジャーさんたちにも笑顔になってほしい」と、夢や希望でいっぱいでした。 しかし、2019年はちょうど診療報酬の改定があり、ソフィアメディでも在宅で中重度のお客様を受け入れられるよう体制を整えはじめた大転換期。土日・夜間の対応強化による忙しさにスタッフたちは疲弊し、漠然とした不安がステーション内に広がり、管理者としてふがいなさを感じていました。さらに、2020年には新型コロナウイルス感染症の波が訪れ、課題は山積み…。スタッフたちの笑顔が少なくなっていきました。 このときに私は、「絶対にステーションを笑顔いっぱいする!」と決心したんです。 ウェルビーイング=「健康で幸せな状態」 ―管理者時代の経験が、現在の「ウェルビーイング推進」のお仕事につながっているのですね。では、そもそもウェルビーイングとは何なのか、定義から教えてください。 ウェルビーイング(Well-being)は、「ウェル」(良好な、健康な)と「ビーイング」(状態)をつなげた言葉で、「健康で幸せな状態」のことを指します。慶應義塾大学の前野隆司教授によれば、長続きしないお金や社会的地位などではなく、長続きする「社会的、身体的、精神的に良好な状態」がウェルビーイングです。日本は、社会的・身体的な部分については高水準だと言われていますが、「精神的」な部分が課題だと言われています。 ―ウェルビーイングは、単純に「うれしい」「楽しい」という状態ではないのですね。 そうですね。前野教授は、幸せを高める因子として、以下の4つを挙げていらっしゃいます。例えば、強みを生かして主体的に動けている状態や、他者と比べず「自分は自分」と思える状態も、ウェルビーイングに含まれるんです。私は、この4つの因子を参考にしながら、ステーション内を笑顔でいっぱいにすべく、動いていきました。 ■前野 隆司教授による幸せの4つの因子・「ありがとう!」因子(つながりと感謝)・「やってみよう!」因子(自己実現と成長)・「ありのままに!」因子(独立と自分らしさ)・「なんとかなる!」因子(前向きと楽観) ―具体的に、訪問看護ステーション元住吉でどのような取り組みを行ったのでしょうか。 まずは、スタッフの心理を分析しました。訪問看護に携わる看護師・セラピストたちは、職種柄「自分がやらねば!」という責任感や正義感が強く、患者さんのために自分自身を犠牲にしたり、ミスをした際に過剰に自分を責めたりする傾向にあると思います。 ソフィアメディ 「スタッフの心理」セミナー資料より引用 こうした現状を踏まえて、「4つの因子」に当てはめて改善をしていきました。 ソフィアメディ 「幸せを高める4つの因子」セミナー資料より引用 例えば、以下のような行動です。 (1)「ありがとう!」因子(つながりと感謝) ・誰よりも早く大きな声で「おかえり」「いってらっしゃい」などの声をかける・日々スタッフの命が一番大事であることを伝える・マイナスな意見に対しても「改善のきっかけになった」と感謝する (2)「やってみよう!」因子(自己実現と成長) ・「理想の看護」について、スタッフ一人ひとりにヒアリングする・自分の意見を押し付けず、スタッフたちの意見に「いいね!」と伝える・難しい案件も断らず、必要に応じて管理者である自分自身が訪問して看護方針を策定 (3)「ありのままに!」因子(独立と自分らしさ) ・会話を通じて、スタッフのコンディションを把握・プライベートの事情や趣味も把握し、応援し合う・「自分を犠牲にせず、自分が幸せになるやりかたを考えよう」と伝える (4)「なんとかなる!」因子(前向きと楽観) ・インシデント報告に対して「ありがとう」「大変だったね」と感謝・ねぎらいの言葉をかける・「寝坊しました!」とはっきり言えるくらい、相談しやすい雰囲気づくりをする・困りごとの解決策は、一緒に考える こうした動きをしていったことで、ステーション内の雰囲気が良くなり、年間で一人も離職者は出ませんでした。アンケートでのスタッフの従業員満足度(ES)も高くなりました。 「ありがとう」「いいね」が行き交う組織へ ─訪問看護ステーション元住吉での取り組みを経て、ソフィアメディ内でウェルビーイング推進グループを立ち上げ、取り組みを会社全体に広げているのですね。では、ウェルビーイング推進グループの立ち位置について教えてください。 はい。ウェルビーイング推進グループ設立の目的は、まさに全体の従業員満足度を高めていくことです。『「ありがとう」や「いいね」が行き交う組織にする』というヴィジョンを掲げて活動しています。4名という少数で活動しており、グループ内でなにか相談したいことがあれば、すぐに話し合っています。 ─ウェルビーイング推進と、ワークライフバランス推進は異なるものでしょうか? はい、そこは明確に異なります。「ワークライフバランス」という言葉は、「仕事とプライベートをしっかり切り分ける」といった意味合いが強いですよね。たしかに公私混同しないことは重要ですが、仕事をしているときの自分も、家に居るときの自分も、どちらも「自分」。切り分けることはできません。ウェルビーイングを推進する際は、その前提に立って考えています。 当たり前のことですが、家で嫌なことがあれば、仕事に気が乗りませんし、仕事でいいことがあれば、家でもずっといい気持ちでいられますよね。「仕事とプライベートは相互に影響し合うもの」「繋がっているもの」ということを意識して、両方大切にしていきたいというのがウェルビーイング推進グループの基本的な考え方です。仕事の時間は人生の多くを占めますので、楽しんでもらえるような環境・関係をつくりたいと思っています。 例えば、「今日は家族の具合が悪いから帰りたい」、「好きなアイドルのコンサートがあるから早帰りさせてほしい」。そんな一言が言いやすい環境がいいと思います。そういった発言が聞けると、「ご家族の調子がよくなくて大変なんだな」とか、「そんな趣味を持っているんだ」などと、スタッフたちの事情が見えてきますよね。事情がわかれば、互いに配慮し合えます。公私を完全に切り離すのでなく、どちらも「その人を形成するもの」として知り、自分のことも知ってもらう。そうすることで、円満な関係が生まれやすくなると思います。 ―ありがとうございます。次回はウェルビーイング推進グループの業務の詳細や、スタッフの皆さんの反応についてお話しいただきます。 >>続きはこちら具体的に何をすればいいの? 訪問看護師のためのウェルビーイング推進 ※本記事は、2023年4月の取材時点の情報をもとに制作しています。 取材・執筆: 倉持 鎮子編集: NsPace編集部

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