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うつ病の学び直し
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特集
2023年6月20日
2023年6月20日

【在宅医が解説】「うつ病」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を解説します。今回はうつ病とうつ症状について、在宅でよくみられる症状を中心に、訪問看護師が知っておきたいことを在宅医療の視点で紹介します。 はじめに 「うつ病」という病名を聞いたことがない方は、まずいないと思います。どんな症状が出るかというと、 一日中気分が落ち込んでいる、何をしても楽しめないといった精神症状とともに、眠れない、食欲がない、疲れやすいなどの身体症状が現れる厚生労働省「みんなのメンタルヘルス総合サイト」1) と厚生労働省のウェブサイトに記載されています。ですが、仕事や私生活でつらいことがあったり、あまりに忙しかったりすると、多くの人はこんな気分や体調を経験するのではないでしょうか。その線引きは非常に難しく、精神科の専門医でも診断がつくまで年単位を要することがあります。 私たちが在宅の現場で出会うのは、「大うつ病」と呼ばれるいわば正真正銘のうつ病よりも、内科的疾患に合併するうつ症状や、薬の副作用、心理的な原因があっての抑うつ気分のほうが圧倒的に多いと思います。ここでは、主に後者について解説します。 うつ症状を生じうる疾患がたくさんある 癌、慢性疼痛を伴う疾患、内分泌疾患、冠動脈疾患、糖尿病、脳梗塞後遺症、パーキンソン病等々、うつ症状を呈しうる疾患はたくさんあります。すべてを書ききれませんので、ここでは癌を取り上げたいと思います。 癌患者はうつ病や抑うつ状態になりやすい 癌の患者さんでは、15~40%と高率にうつ病を合併する2)とされています。 癌患者さんは、将来の計画を失ってしまう絶望感、死の恐怖、身体的苦痛への不安、経済的不安等々、非常に強いストレスにさらされますから、抑うつ状態になるのはむしろ通常の反応といえます。さらにわれわれが在宅で出会うのは、積極的治療の適応がなく「死を待つばかり」の患者さんが多いわけですから、身体的にも精神的にもかなり深刻な状況です。 患者さんとご家族に、「抑うつ的になりやすい状況に置かれていること」を理解していただき、共感をもってお付き合いしていきましょう。 信頼できる人に思いを打ち明けることで、気持ちが整理され、落ち着いてくることがあります。家族でも親友でも、主治医でも看護師でも構いません。患者さんが思いの丈を打ち明けられる環境づくりを工夫してください。 「病気についてよくわからない」「これからどうなっていくのかわからないのが不安」という場合は、主治医が病気と予後について丁寧に説明することで、少しずつ気持ちが整理されていきます。 癌終末期のうつ症状への対応 終末期においては、心身に苦痛を与えている症状の緩和(いわゆる緩和ケア)で、うつ症状が軽減することもありますが、難しければ、比較的副作用が軽い抗うつ薬を投与することもあります。 人生最期の大事な時間です。身体症状はもちろんのこと、精神的問題についても極力緩和し、本来のその人らしい時間を過ごしていただくために全力を尽くさなければなりません。看護師の皆さんは、患者さんとご家族のお気持ちを丁寧に拝聴し、主治医につないでください。 高齢者のうつ病の特徴と治療 高齢化が急速に進んでいる現在、高齢者のうつ病には特に注意を払いましょう。さまざまな病気を抱えている上に、加齢による心身の衰えが加わると、うつ病発症リスクは高くなります。さらに、配偶者との死別、経済的不安などの環境要因で、気持ちが落ち込みがちになります。 治療の基本は、高齢者以外でも同様ですが、柱となるのは支持的精神療法です。患者さんの訴えを丁寧に拝聴し、悩みに共感すること。それだけで「癒される」患者さんは少なくありません。看護師の皆さんにはぜひその役割を果たしていただきたいと思います。 不眠、食欲不振などに対して薬物治療を行なうこともありますが、若い方に比べると、高齢者では抗うつ薬の副作用が出やすく、効果も出にくいです。持病の治療薬との組み合わせが悪いと抗うつ薬が使えないこともあります。高齢者では、単一の抗うつ薬をごく少量から使用して様子をみることになります。 薬剤惹起性うつ病を疑うケース うつ症状を起こしやすい薬剤として、古典的にはインターフェロン、ステロイド、レセルピンをはじめとする降圧薬などが知られています。ほかにも、鎮痛薬、抗ヒスタミン薬、高脂血症治療薬など一般的に使われる薬剤でも、頻度は低いですが「抑うつを誘発する可能性」が指摘されているものがたくさんあります。 新しい薬の処方後に患者さんが抑うつ的になった場合、まずは副作用の可能性を疑います。早期発見して薬を中止すれば、抑うつは速やかに改善します。 高齢者の多剤併用には特に注意を 高齢者では特に、薬の副作用について注意が必要です。 高齢者は複数の持病を持ち、そのぶん処方される薬が多くなります。処方が6つ以上に増えると副作用を起こす頻度が増えるといわれていますが、6つどころではなく、特に病気ごとに複数の医療機関に通院している方だと、合計10種類以上の薬を飲んでいる、というケースも少なくありません。 高齢になると薬を分解・代謝する力が低下するため、薬が効きすぎたり副作用が出やすくなったりします。たくさんの薬を服用していると、そのぶん副作用のリスクが高まり、重症化しやすいです。特に起こりやすい副作用として、認知症、せん妄と並んで、うつ症状が挙げられています。 特に、鎮痛薬や睡眠薬、抗不安薬などは、体に蓄積されやすいので注意が必要です。 執筆:佐藤 志津子医療法人社団緑の森 理事長さくらクリニック練馬 院長編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1)厚生労働省「みんなのメンタルヘルス総合サイト」https://www.mhlw.go.jp/kokoro/know/disease_depressive.html2023/03/20閲覧2)明智龍男.『がん患者のうつ病・うつ状態』現代医学.69(2),2022,30-5.

アワードトークセッション
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インタビュー 会員限定
2023年6月20日
2023年6月20日

訪問看護師になった理由&訪問看護の魅力【特別トークセッション 後編】

2023年3月24日(金)に、銀座 伊東屋 HandShake Lounge(東京都中央区)にて開催した「みんなの訪問看護アワード2023」表彰式。ファシリテーターに東京医科歯科大学国際健康推進医学 非常勤講師の長嶺由衣子さんを迎え、受賞者の皆さんとの特別トークセッションが開催されました。ここでは、トークセッションの内容をピックアップしてご紹介。後編の今回は、訪問看護師になったきっかけや、訪問看護の魅力についてディスカッションされた内容をお伝えします。 >>前編はこちらみんなの訪問看護アワード 投稿のきっかけは?【特別トークセッション 前編】 【ファシリテーター】長嶺 由衣子(ながみね ゆいこ)さん東京医科歯科大学国際健康推進医学 非常勤講師 【登壇者】村田 実稔(むらた みのる)さんウィル訪問看護ステーション江東サテライト(東京都)「みんなの訪問看護アワード2023」入賞投稿エピソード「ちょっと早めの金婚式」 長尾 弥生(ながお やよい)さん白川訪問看護ステーションこだま(岐阜県)「みんなの訪問看護アワード2023」入賞投稿エピソード「104歳の日常」 梁井 史子(やない ふみこ) さん愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう「みんなの訪問看護アワード2023」入賞投稿エピソード「そうだ、訪看がある」 >>エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!【みんなの訪問看護アワード】>>表彰式の模様はこちらみんなの訪問看護アワード2023 表彰式イベントレポート【3月24日開催】 ※以下、本文中敬称略※本記事は、2023年3月時点の情報をもとに構成しています。 訪問看護師になったきっかけは? 長嶺: 受賞者の皆さんに、少しエピソードから離れた質問もしていきたいと思います。まずは長尾さん、どうして訪問看護師になろうと思われたのでしょうか。 長尾: 私は何をやっても仕事が長続きしなくて(笑)。デイサービスやヘルパー、特養(特別養護老人ホーム)や老健(介護老人保健施設)勤務なども経験しましたが、一番しっくりきたのが訪問看護だったんです。今まで一番長く勤めた職場で5年半、短いと半年で辞めていました。訪問看護はもう10年続いていますから、一対一で利用者さんとゆっくり向き合える仕事が、性に合っていたのだと思います。 長嶺: 同じステーションの他の方の勤務年数はいかがですか? 長尾: 今の勤め先は、勤務年数が長い人が多いですね。人間的に素敵なスタッフが多く、利用者さんも楽しい方が多いというのも、継続しやすい理由だと思います。 長嶺: 村田さんはいかがでしょうか。 村田: 私は、実習で訪問看護が一番楽しいと感じたからですね。他の職場で働いても、最終的には、訪問看護に行きたいと思いました。特に訪問看護の実習で印象に残っているのが、ALSの患者さんが、人工呼吸器をつけるかつけないかを検討していた場面です。訪問看護師さんが、「その後のご家族の負担やご本人の要望もふまえて検討したほうがよい」と利用者さんやそのご家族に寄り添っていました。利用者さんの「生活」優先であることや、利用者さんのやりたいことを叶えようという視点を持つ訪問看護が、魅力的だと思いました。 長嶺: 村田さんは、看護師4年目だそうですが、同期で訪問看護師さんをやっている方はどれくらいいますか? 村田: 少ないと思います。一般的に、若い看護師が訪問看護をするのは難易度が高いと思われているので。同年代の訪問看護師は、ステーションに1~2人ぐらいですね。今はe-learningで学べる教材も充実しているので、私としては若手も訪問看護で活躍してほしいですし、若手の流入で訪問看護業界がもっと盛り上がるといいなと思っています。 「そうだ、私を待っている人がいる」 長嶺: 梁井さんは、訪問看護師になってどれぐらいですか。 梁井: 8年目になります。それ以前は10年ほど室蘭の総合病院で働いていたのですが、母親も高齢になり、このまま総合病院で働くべきなのかどうか、迷っていました。そんなとき、親友のケアマネジャーが、「訪問看護がいいんじゃないか」「あなたを待っている人が、きっと必ずどこかにいる」と言ってくれたんです。私は、信頼している友人の言葉に弱くて(笑)。「そうだ、私を待っている人がいる!」と思って、訪問看護師になりました。 長嶺: エピソードのタイトルにも「そうだ」と入っていましたが、「そうだ」がキーワードなんですね(笑)。 では、訪問看護のやりがいや魅力について、3人に伺いたいと思います。長尾さんはいかがでしょう。 長尾: やはり、利用者さんに最期まで寄り添えることにやりがいを感じています。寄り添うためには利用者さんの日常生活に入り、価値観を受け入れることが大事で、その時間があるからこそ、その方らしい最期をサポートすることにつながっていくのではないかと思っています。この仕事を長く続けてきて、私はそういう点がしっくりきました。 長嶺: 一人ひとりの日常を見つめること大事にされているんですね。村田さんはいかがですか? 村田: 私も長尾さんと似ています。利用者さんのお家に伺い、日常に寄り添えることが訪問看護の一番の魅力だと思います。また、例えば薬剤についても、病棟と異なり利用者さんの意向に沿って内服していただくケースもありますし、病院看護とは違ったケアがあるんだなと勉強になります。 長嶺: なるほど。梁井さんはいかがでしょう。 梁井: 私もお二方の考え方と似ていますが、病院ではどうしても治療が優先ですから、誤解を恐れずに言うと患者さんに我慢してもらわないといけないことがあります。でも、訪問看護師の目標は、「利用者さんが希望されていることをどう叶えるか」だと思うんです。 また、急性期時代は意見の相違で医師と喧嘩してしまったこともありましたが、訪問看護では自分主体で仕事ができる場面が多く、その点もこの仕事の魅力だと思います。 長嶺: 治す、治さないだけではない、訪問看護の楽しさや醍醐味がありますよね。こんなに面白くてやりがいのある仕事なのに、看護師全体のなかでは訪問看護師は約5%程度しかいません。どうすれば、訪問看護師の魅力が伝わると思いますか? 長尾: 難しいですね。在宅を理解されていない病棟の看護師さんも多いと思うんです。病院の看護師さんに向かって、魅力を伝えていくのがいいと思いますが。 村田: 若手の友人に訪問看護やろうよと誘うと、「人のお宅で看護することに抵抗がある」と言われてしまいます。「まずは、病院で経験を積みたい」といった声もあります。私自身は、訪問が楽しいですし、利用者さんやそのご家族に、孫や友人だと思っていただけるような寄り添い方をしたいと思っています。気負い過ぎずに訪問看護にチャレンジしてくれる若手が増えたらいいなと思います。 梁井: 学生さんが、訪問看護に実習で来る場合がありますが、「このステーションでの働き方を見て、訪問看護をやろうと思いました」という方もいらっしゃいましたね。そんな実習で来た学生さんに、「あなたを待っている人がいる」と言うのがいいのではないかなと思いました。 一同: (笑) 長嶺: 「あなたを待っている人がいる」は、殺し文句ですね(笑)。フロアにいらっしゃる方で、何かご意見はありますか? 「まずは病棟で5年」が若手の訪問看護への壁 佐藤理恵さん(受賞者): 神奈川県の藤沢訪問看護ステーションで訪問看護師をしています、佐藤と申します。私も若手に訪問看護に入ってもらいたいと思っています。人気のある俳優の方が美容師役で主演ドラマをやると、美容業界が盛り上がる、検事役で着ていたダウンジャケットが売れるなどの現象があります。ですから、訪問看護師を主役にしたドラマをしてほしいと思いますね。さわやかな女優さんに主人公を演じていただいて。 長嶺: ありがとうございます。確かに最近は、救命救急医や薬剤師といった医療従事者の職業にフィーチャーしているドラマもありますね! 他の方は、いかがですか? 広田奈都美さん(漫画家/看護師): 私は静岡県の訪問看護ステーションで管理者をしています。色々なところで講演をさせていただき、看護学生さんたちに「訪問看護師になりましょう」と呼びかけるのですが、看護学校の先生が「病棟で5年間は勤務しないと無理なんですよ」と止めることがあるんです。そこをまず、「大丈夫なんですよ」というふうに啓蒙していけるといいなと思います。 長嶺: なるほど。さまざまなご意見をありがとうございます。では、皆さんに今後の抱負を伺いたいと思います。 長尾: 白川町では65歳以上の高齢者の割合が46%を超え、2045年には70%になるという試算が出ています。でも、訪問看護ステーションの母体である白川病院 院長が在宅医療に対して理解があるので、心強いです。町全体として人と人の距離感が近く、助け合いや情報共有も盛んです。今日聞けた貴重なお話も参考にしながら、がんばっていきたいと思います。 村田: 今回こうした機会をいただいて、もっと若手の方が「訪問看護をやりたい」と思える話ができればよかったなと思っています。来年も入賞を狙いたいと思います。 梁井: 私の抱負は、1日でも長く生きて、1日でも長く訪問看護師をすることです。 長嶺: 皆さん、本日は本当に有意義なお話を、ありがとうございました。 執筆: 高島 三幸 編集: NsPace編集部 【参考】〇厚生労働省.「令和2年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況」(2023年5月11日)https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/eisei/20/dl/gaikyo.pdf 〇岐阜県.「統計からみた白川町の現状」(2023年6月19日)https://www.pref.gifu.lg.jp/uploaded/attachment/343330.pdf 〇国立社会保障・人口問題研究所.「日本の地域別将来推計人口(平成30(2018)年推計)」https://www.ipss.go.jp/pp-shicyoson/j/shicyoson18/t-page.asp

漫画「利用者さんは私の先生」
漫画「利用者さんは私の先生」
特集
2023年6月20日
2023年6月20日

受賞作品漫画「利用者さんは私の先生<前編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、中島 絵理子さん(一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション/神奈川県)の審査員特別賞エピソード「利用者さんは私の先生」の漫画をお届けします。 >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!【みんなの訪問看護アワード】 利用者さんは私の先生<前編> >>後編はこちら受賞作品漫画「利用者さんは私の先生<後編>」【つたえたい訪問看護の話】 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:中島 絵理子(なかじま えりこ)一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション(神奈川県) [no_toc]

漫画「利用者さんは私の先生」
漫画「利用者さんは私の先生」
特集
2023年6月21日
2023年6月21日

受賞作品漫画「利用者さんは私の先生<後編>」【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、中島 絵理子さん(一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション/神奈川県)の審査員特別賞エピソード「利用者さんは私の先生」をもとにした漫画の後編をお届けします。 「利用者さんは私の先生」前回までのあらすじ訪問看護師 中島さんのご近所に住んでいた利用者の野坂さん。元々は小学校の先生で、毒舌ながらも教え子に慕われていました。定年を迎えた野坂さんは、フリースクールを開こうとしている矢先に難病であることが発覚して…。>>前編はこちら受賞作品漫画「利用者さんは私の先生<前編>」【つたえたい訪問看護の話】 利用者さんは私の先生<後編> 漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。 エピソード投稿:中島 絵理子(なかじま えりこ)一般財団法人同友会 藤沢訪問看護ステーション(神奈川県)今回審査員特別賞を受賞したこと、所属ステーションの上司・先輩たちも一緒になって喜んでくれました。訪問看護師をしつつ看護学校の先生をしている先輩は、授業で私のエピソードを取り上げてくれたとのこと。「学生さんが共感してたよ」と教えてもらい、とてもうれしく思っています。また、生まれて初めて立派なトロフィーをいただき、子どもに「ママすごい!」と言ってもらえたことも嬉しかったです(笑)。訪問看護をしているなかで、皆さんに伝えたいエピソードはたくさんあるので、ぜひまたチャレンジしたいと思います。 [no_toc]

エンジョイALS
エンジョイALS
コラム
2023年6月27日
2023年6月27日

ALS患者の皆さん、自分らしく生きよう!

ALSを発症して8年、42歳の現役医師である梶浦さんによるコラム連載です。今回は、困難と向き合い、乗り越えていくための、梶浦さん自身の考えかたを紹介します。 ALS患者が「自分らしく生きる」とは ALS患者が自分らしく生きていく。それは、趣味や、生きがいを見つけながら、少しずつ今の自分の状態を受け入れていき、最終的には「これが今の自分!」と胸を張って(開き直って!?)生きることではないでしょうか。 言うのは簡単ですが、誰でも簡単にできることではありません。この連載第11回(「難病患者の病気を受容するプロセス 〜希望を持つことの大切さ〜」参照)で書いたように、「受容」に至る過程で、多くの苦悩や挫折を乗り越えないといけません。 今回は、この困難を乗り越えるための、私自身の考えかたを書こうと思います。 困難を乗り越えていくために! 「遠い未来のことは考えすぎない!」「将来どうなるかではなく、今何ができるかを考える!」 これは、これまで私がたびたび書いてきたことですが、病気を乗り越えていくために最も大切ではないかと思います。ALSという病気は、進行に個人差があります。なかには発症してから10年以上経っても、症状があまり進まない人もいます。なので、絶望的な未来を想像しすぎても落ち込んでしまうだけで、良いことはありません。 大事なのは、今の自分の症状と向き合いながら、少し先の未来を想像して、対策をしていく、その積み重ねです。 たとえば、「指先の動きが悪くなってきて普通の箸が使いにくくなったら、介護用の箸(※)を使うようにしよう」。そして「今後もっと指先の動きが悪くなって、介護用の箸も使えなくなることも想定できる。おかずを、小鉢に分けるのではなく、食べやすいワンプレートにしよう。介護用のスプーンも用意しておこう」など、そのつど工夫と対策を繰り返していくことです。 はじめから遠くにある大きな山(困難)をひとりで登ろうとしても、とうてい無理です。必ず挫折してしまいます。 近くにある小さな山を、仲間たち(家族、ヘルパーさん、医療スタッフさんなど)と協力して一つずつ登っていく。振り返ってみたら、もうこんなに登ってきたのかと思えるような登りかたが理想的なのだと思います。 医師の多くは、大きな山の存在は教えてくれますが、山の登りかたを教えてはくれません。それもそのはずです。山の大きさや登りかたは人それぞれ違いますし、当事者でないとなかなかわからないことが、とても多いのです。なので、医師であり患者でもある私が発信しなくてはならない。そう思って、意気込んで今までいろいろ書いてきました。 ※連載第12回「ALS患者に必要な情報「実用編」 ~上肢①〜」の「指先の筋力が低下しても使える箸」参照 人工呼吸器を着けて外に出かけよう! 多くのALS患者さんは、病気の進行とともに、あまり外に出なくなります。歩けなくなるといった物理的な障害もありますが、気持ちの面で前向きになれないといった精神的な要因もあると思います。 私の場合は、歩けなくなっても電動車いすを操作できる間は、積極的にいろいろな所に出かけていました。しかし、腕もまったく動かなくなって、電動車いすを操作できなくなり、人工呼吸器を装着するようになってからは、あまり外に出なくなりました。人手が必要だったり、用意に時間がかかったりと物理的な障害もありましたが、「人工呼吸器を着けている自分を世間の人は好奇な目で見てくるのではないか」……そんなふうに考えてしまい、なかなか外に出る気分になれませんでした。 そんななかで、息子の幼稚園最後の運動会がありました。妻と息子には来てほしいと言われていましたが、「変な目で見られたら嫌だなぁ」「息子が私のせいでイジメられたりしないか?」など、いろいろと考えてしまい、なかなか行く勇気が出ませんでした。しかし、この機会に行かなかったら外に出るきっかけを失ってしまうと思い、ドキドキしながら運動会に行きました。いざ行ってみたら、周りの人たちは私のことなど気にもしません。皆さん他人の私なんかより自分の子どもの活躍に夢中です。そのときに、世間から特別な目で見られると思っていた私は自意識過剰だったんだなぁと気づかされました。 そして、息子が「わーい、パパ来てくれたんだ」と、満面の笑顔で私のところに走って来てくれたことが、何よりも嬉しかったです。息子は私がつらいときに救ってくれる存在であることをつくづく感じました。 「世間の人は私のことなど気にしていない。私が勝手に世間の人から特別扱いされていると思い込んでいただけなんだ」 そう思えるようになってからは、積極的に外に出るようになり、今でも公園に行ったり、電車やタクシーに乗って遠出したりと、毎週外出しています。(私のわがままを快く聞いてくださるヘルパーの皆さま、いつも本当にありがとうございます!) たまに外に出て、日光を浴びて、風を感じながら、暑さや寒さを通して季節を体感する。以前は当たり前だったそんな行為が、気分をリフレッシュさせ、日々の生活にメリハリをつけて豊かにしてくれますし、体調管理にもつながってきます。 なので、体が動かなくなっても、人工呼吸器を着けていても、周りの人を巻き込んで外に出かけよう!! 発信しよう! ALSは徐々に全身の筋肉が動かせなくなっていく難病中の難病です。有病率は10万人あたり7~11人程度1)と推計されており、非常にまれな疾患です。今のところ治療法もなく、それぞれの症状に合わせて対症療法や生活の工夫を凝らしていくしかありません。ただ、症状や療養環境などの個人差も大きいことから、すべての患者さんに当てはまるような工夫はなかなかないのが現実です。 神経難病のケアを専門とされている先生がたが、いろいろな工夫を発信してくださっていますが、ALSはかなり特殊な病気です。意識はハッキリとしており、やりたいことや訴えたいことは明確にあるのにもかかわらず、体が動かせず、声も出せないので、うまく伝えられない。ただのジレンマとも違うこの独特な感覚は、当事者にしかわかりえない感覚であり、だからこそ当事者にしか思いつかない発想や、当事者にしか語れない経験談があるはずです。 なので、ALS患者自身がそれぞれの工夫や経験を発信して、それをつないでいくことが、ALS患者の未来を豊かにしていく方法なのだと思います。 それが可能なのは10万人のうち、たった7~11人しかいないのです! ALS患者が自らのことを発信する。その行為自体にとても価値があり、それが誰かのためになる。そう思えれば、自分自身の生きがいにもつながっていきます。 自分の病気の経過を日記のようにブログに書くのもおすすめです。ちょっとした生活の工夫、介護者にされて嬉しかったこと、反対に嫌だったこと、など、内容は何でもよいのだと思います。今は誰でもSNSで発信できる時代です。一人でも多くの人が経験談を発信して、それを参考にして一人でも多くの人の生活が豊かになれたらいいなぁと思います。 コラム執筆者:医師 梶浦 智嗣 編集:株式会社メディカ出版 【参考・引用】1)「筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン」作成委員会編.筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013.東京,南江堂,2013,2.

家族看護
家族看護
特集
2023年6月27日
2023年6月27日

妻の病状を受け入れらない夫に対する関わり【家族看護 事例】

この連載では、訪問看護ならではの家族看護について「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を通して考えます。今回から実際の事例をもとに援助に行き詰まりを感じた場面を取り上げ、「渡辺式家族アセスメント/支援モデル」を使って分析。支援の方策を考えていきます。 事例紹介 Aさん(50代、女性) 事務職をしていた半年前に胃がんと診断。すでに腹腔内に転移し、手術ができる状態ではありませんでした。入退院を繰り返し、抗がん剤治療を試みましたが効果は得られず。緩和ケアを中心とした在宅療養の開始と同時に訪問看護が導入され、Aさん自身も治療ができる段階ではないことを理解していました。症状は進行し、現在Aさんはほぼベッド上の生活です。予後も週単位と考えられました。 家族構成 同居家族は、Aさんと夫(50代)、中学生の娘と小学生の息子の4人暮らし。夫は管理職として働きながら、家事や子どもたちの世話を一手に引き受けています。お互いの両親は遠方に住み、高齢でほとんどAさんの自宅を訪れることはありませんでした。 訪問看護師の悩み(直面している課題) Aさんは、苦痛症状も増強。今までは夫に強く主張することがほとんどなかったAさんでしたが、「もうつらい。もう死んでしまいたい。もうがんばったでしょ。お父さん、もういい」と夫に必死に訴えるようになりました。夫は「そんなこと言うな。がんばれ!」と大声で叱責。「妻の気力が落ちてしまったら死んでしまう。一日でも長く生きてほしい」と、ひたすらAさんを励まし続けていました。 Aさんのつらい思いに寄り添いたい訪問看護師は、夫に対し病状を受け入れ理解してほしいと説得を試みますが、夫の勢いが強く、うまく介入することができません。最期の時が迫りつつある中で、どう介入すればよいのか困っていました。 渡辺式家族アセスメント/支援モデルで考える 検討場面の明確化 Aさんが夫に自分の思いを必死に訴えるものの、夫は「そんなことを言うな」とAさんをひたすら励まし続けます。夫の強い勢いを前に、訪問看護師は戸惑い、うまく対応できませんでした。そこで、この場面を取り上げて、Aさん、夫、訪問看護師に何が起こっていたのかを検討したいと思います。 それぞれの文脈(ストーリー) ■訪問看護師訪問看護師は、「もうこれ以上がんばれない」と言うAさんに寄り添いたいと思う一方で、夫がAさんをひたすら励まし続けることに戸惑い、かかわりに困っていました。訪問看護師の「Aさんをかばい、夫を説得する」という対処の背景には、夫にAさんの病状を受け入れてもらい、家族そろって穏やかな終末期を過ごしてほしいとの切なる願いがあります。それと同時に、今のままでは穏やかな終末期が遠のいていくと感じる焦りもあります。そうした状況が介入への困難感の増強につながっていたと思われます。 ■夫夫は、妻の奇跡的な回復を信じているのに、妻が弱音を吐き、医療者が希望のない話ばかりすることに困っていたと考えられます。「自分の行動を正当化し、妻を過度に励ます」という対処の背景には、若くして妻を失うかもしれない現実に直面した夫の予期悲嘆や妻亡き後の不安があったことでしょう。加えて、夫としての使命感、希望を失いたくない思い、病状の進行が早くて気持ちが追いつかない状況、仕事と介護の両立による余裕のなさなど、実に多くの要因があると推察されます。 ■AさんAさんは、夫に身体のつらさ、苦しみを理解してもらえないことに困り、夫に必死に訴えていました。その背景には、夫の気持ちも分かるものの、どうしても自分の体力や気力が伴わない現状があったと考えられます。 それぞれの関係性 次にAさん、夫、訪問看護師の三者全体の関係性を俯瞰してみましょう(図1)。 夫はAさんを「過度に励まし」、Aさんはそのつらさを訪問看護師に「訴え」、それを「受け止める」訪問看護師は夫を「説得」。説得された夫は訪問看護師への「反発」を強め、さらにAさんを励ますという悪循環が生じています。訪問看護師が夫を説得すればするほど、事態を悪化させているのです。 また、Aさんと訪問看護師の関係はうまく循環していますが、夫は孤独な状態にあるといえます。Aさんと夫の関係は悪循環に陥り、夫婦間の緊張・葛藤が高まっている状況です。 図1 Aさん、夫、訪問看護師の相互関係 パワーバランスと心理的距離 夫と訪問看護師について検討した内容を図2に示します。 夫は訪問看護師に対する反発のパワーが高まっています。訪問看護師も夫に分かってもらいたいと思うあまり、夫に向けるパワーが高く、両者は拮抗状態です。 心理的距離を見てみると、夫は境界を越えて訪問看護師側に迫っています。訪問看護師は何とかその場に踏ん張って夫に対処しているものの、夫の詰め寄りに大きな負担を感じている状況です。 図2 夫と訪問看護師のパワーバランスと心理的距離 アセスメントをもとに支援の方策を考える そこで、Aさんに関わるケアチームでカンファレンスを開催し、スタッフ間でそれぞれが抱いていた支援の困難感を共有しました。 これにより、気持ちが楽になった訪問看護師は、「過度に励ます」という夫の対処の背景について話し合い、夫が抱えている実に多くの苦しみに今更ながら気づきました。そして、私たち医療者もつらいけれど、「ご主人はそれ以上にもっと苦しんでいる」と共感の気持ちが沸き上がってきました。それとともに医療者の中に理想の最期を求める気持ちがあり、それがかえって夫を追い詰めている現状も見えてきました。 そのような気づきにより訪問看護師は夫の説得をやめ、「Aさん、今日は痛みもないようで、楽そうにされていますね」、「表情が穏やかで、子どもさんとの会話を楽しんでおられました」といったような、むしろ希望につながる会話を心がけました。すると次第に夫の緊張がほぐれ、夫も訪問看護師に心配事を吐露するようになりました。 そして、夫の病状認識を助ける介入も行いました。夫はAさんの病状の進行が早い状況に大きな戸惑いを感じていました。そんな夫が信頼でき、十分につらさを訴えられるような医師との面談の場を設けるようにしたのです。これにより夫は、今後Aさんが辿るであろう経過についてのイメージが少しずつ明確になったようです。訪問看護師が一貫して、Aさんの症状緩和と睡眠の確保に努めたことも夫の介護ストレスの軽減につながりました。 当初、夫は訪問看護師に対し反発していましたが、訪問看護師が対応を変えたことによって、訪問看護師との関係が確実に変化していきました。夫は、子どもたちをAさんから遠ざけていましたが、「親子(Aさんと子どもたち)の時間を大切にしてはどうか」という訪問看護師の提案を聞き入れ、子どもたちがそれぞれ可能な介護を担えるように働きかけるようになりました。子どもたちの存在によって夫婦間の葛藤が緩和され、やがて家族間の穏やかな会話も増えました。夫と子どもたちは最期までAさんを在宅で看取ることができました。 事例におけるアセスメントと支援のポイント ● 看護師のパワーを下げ、支援者から変わる必要があると気づけたこと● 叱咤激励せざるを得ない家族の思いや背景をケアチームで話し合うことで、訪問看護師の認識が苦手意識から共感的理解へ変化したこと● 一貫して療養者の症状緩和に努め、夫とは希望をつなぐ会話を心がけたこと● 夫の病状認識を助ける他者の介入を実現させたこと ● 子どもたちを介護に招き入れ、夫婦間の葛藤を緩和して家族全体の力を引き出したこと 執筆:丸岡 留美子長浜米原地域医療支援センター ●プロフィール1989年滋賀県立総合保健専門学校保健学科を卒業。長浜赤十字病院に勤務し、訪問看護を経験する。2006年に緩和ケア認定看護師を取得。緩和ケア推進や相談等のチーム活動を行い、家族や在宅看取りへの支援に力を入れる。退職後、2023年より地域の多職種とともに地域医療に携わる。 2000年に「渡辺式」家族アセスメント支援モデルに出会い、院内で定期的に勉強会を開き、事例検討を重ねてきた。現在、NPO法人家族関係・人間関係サポート協会のセミナーを受講し、インストラクターを目指している。 ▶NPO法人日本家族関係・人間関係サポート協会のホームページ※渡辺式シートのダウンロードも可能です。 編集:株式会社照林社

訪問看護師のためのウェルビーイング推進
訪問看護師のためのウェルビーイング推進
インタビュー
2023年6月27日
2023年6月27日

具体的に何をすればいいの? 訪問看護師のためのウェルビーイング推進

スタッフが笑顔で幸せに働くために、「ウェルビーイング推進グループ」を設置しているソフィアメディ。今回は、ウェルビーイング推進グループ マネジャーの宮地麻美さんに、活動内容の詳細や、グループ設置後のスタッフの反応などを伺っていきます。 >>前回の記事はこちらどうすればスタッフが幸せになる?訪問看護師のためのウェルビーイング推進 ソフィアメディ株式会社「英知を尽くして『生きる』を看る。」を使命として、首都圏を中心に全国約90ヵ所で訪問看護ステーションを運営。訪問看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療に特化したサービスを提供している宮地 麻美さん/ウェルビーイング推進グループ マネジャー1972年群馬県生まれ。看護師歴22年。精神薄弱児施設で4年働いた後、医療知識を求めて看護師の道へ。ナショナルセンターで15年勤務しつつ、看護教員資格を取得し、大学院へ進学。遷延性意識障害看護を学ぶ中で、口腔ケアの重要性を感じて摂食・嚥下障害看護認定看護師となり、急性期での看護を実践。2016年に回復期リハビリテーション病院に転職し、在宅看護の重要さを知る。2019年にソフィアメディへ転職後は訪問看護ステーション管理者として3年従事し、2022年2月より新設されたウェルビーイング推進グループのマネジャーを担当。 人と人をつなぎ、訪問看護の楽しさを共有 ―ソフィアメディのウェルビーイング推進グループは、従業員満足度(ES)の向上を目的に活動されていると伺いました。より具体的な業務内容について教えてください。 はい。私たちは「ありがとう」「いいね」がソフィアメディ全体に行き渡るようにしたいと考えています。そのため、スタッフ同士やスタッフと経営陣の気持ちをつなぐための活動や、やる気が上がり、不安が軽減するための取り組みを行っています。 ソフィアメディ内での呼び名も含まれますが、具体的な業務内容は以下のとおりです。 【ウェルビーイング推進グループの業務】・毎月の「ありがとうメール」配信・「ソフィアメディチャンネル」(月に一度の全社会)での「生きるを看る物語り」の発信・CEOとのステーション訪問・社内報のウェルビー記事・新入社スタッフのサポート・おせっかいお人好しの部屋・応援ナース 医療職流動化 ─気になる名称の活動が並んでいますが、まず「ありがとうメール」について教えてください。 働く環境や体調・メンタルなど、現在のコンディションを確認することを目的に、毎月全スタッフを対象にWebアンケートをとっています。そのフリーコメント欄に、その月に感謝を伝えたい相手への「ありがとうメッセージ」を書けるようにしました。そのメッセージはウェルビーイング推進グループから相手の上長にメールで送り、上長から該当メンバーに共有されるようにしています。 ―直接ではなく、上長を介しているんですね。 はい、そのほうが一人のありがとうで完結せず、ありがとうがありがとうを生むしくみとしてやる気アップにつながると思いますので、あえてそうしています。コンディション確認のアンケートでは、スタッフからネガティブなコメントをもらうこともあるのですが、そのあとにしっかりと「ありがとうメッセージ」が書かれていることもあります。「ぜひありがとうを伝えたい」という強い意思をもったコメントも多く見られるようになりました。毎月のアンケートを回答するとき、今月は誰にメッセージをしようと考えるので、その月にお世話になった色々な人の顔を思い浮かべる時間になっているんです。 ─「ソフィアメディチャンネル」での「生きるを看る物語り」についても教えてください。 ソフィアメディチャンネルは、月に一度行われるソフィアメディの全社会なのですが、毎回時間をもらって、「生きるを看る物語り」を配信しています。日々の忙しさに身を任せながら訪問看護をしていると、「自分がどうありたいのか」「何のために何をしているのか」「何を実現したかったのか」を見失いがちです。それこそ、看護師になった理由や、何を期待し、何を実現したくて弊社に入社したのかも忘れかけてしまうことがあります。それらを振り返るきっかけとなるようなストーリーづくりを心がけています。 内容は幅広く、訪問看護のスタッフの人生を紹介するものやお客様へのインタビュー、お客様とスタッフの交流エピソード、看護・リハビリのあり方などを物語にまとめています。例えば、ACP(アドバンス・ケア・プランニング/人生会議)を話題にしたときは、「死というものに向き合わなければならないとき、患者さんが最終的に伝えたいことは何か」「まだ心の準備ができていないご家族はどうこの時間を過ごせばいいか」といった内容を発信しました。動画ではなく、抽象的なシーンを紙芝居のように見せながら語る、という形式で、観ている方が自身に重ねたり、想像したりができるように余白のある作りこみを心がけています。 アンケートで、「そういう看護がしたかった!」「自分もそういった観点を心がけて看護をしている」といった意見をもらえると、うれしい気持ちになりますね。事務職のスタッフに「大事にしてきた想い」を尋ねた回に、それを聞いた別の事務担当から「事務業務をこんなふうに考えることができるんだと知り、やる気が出た」といった意見をもらったことも。多種多様なスタッフがいますので、それぞれが持つ琴線に触れられるよう、幅広い視点で発信を続けています。 ギャップに苦しみがちな新入社スタッフのサポート ─新入社スタッフに対しては、どのようなサポートを行っていますか? 年間100名以上の新入社スタッフを対象として、入社後のフォロー・サポートを行っています。実務のオリエンテーションは別の部署が行うので、ウェルビーイング推進グループが行うのは、主にコンディションのフォローですね。多くの新入社スタッフは、実際に仕事を始めると、ギャップや違和感に苦しんでしまうんです。 新入社といっても、ソフィアメディの場合「看護師として1年目」という人はいません。病棟勤務から、想いをもって訪問看護へ、というケースがほとんど。でも、訪問看護のお客様は、病棟とは異なり本当に多種多様です。また、医療設備や必要物品が整っていないことが多いお客様のご自宅で、臨機応変に判断・対応していくスキルが求められます。病棟と大きく価値観が異なるため、リアリティショック(理想と現実とのギャップによるショック)は避けられませんが、ショックをなるべく減らすよう新人看護師の声を聞いたり、私たちが目指す看護について改めて話したりしています。 最近始めたのが、「1ヵ月目のあなたへ」というメールの配信です。スタッフたちと同じ目線に立ち、「どうしても100点を目指してしまうものだけど、60点でも十分なんだよ。一人で頑張りすぎなくていいんだよ」ということを伝えています。気持ちが和らぐよう、表現やデザインも工夫しています。できないことはできないと声をあげてもらうことが重要で、できないものだとこちらが把握できれば、手助けも可能なんですね。メールを通じて、「まずは自分を大切にしてほしい」ということを第一に訴えています。 ありのままを受け入れる存在の重要性 ─新入社スタッフの方に限らず、訪問看護師さんたちとのコミュニケーションについてもう少し詳しく教えてください。普段の声掛けではどんな点に気を付けていますか? そうですね。看護師は「看護に関して何でもできてあたりまえ」が前提とされる世界にいます。できないことがあると、患者さんの状況悪化に直結してしまう。だから誰もが気を張っていて、お互いを褒め合うことはあまりありません。お客様から「ありがとう」と言われることはあっても、看護師同士では「できて当然」という空気感のため、なかなか声を掛け合うことがないんです。 そして、「できてあたりまえ」という世界だからこそ、「患者さんを助けられなかった」という事態に直面すると、大きなショックを受けてしまいます。私自身、看護師になって10年ほどは泣きながら帰ることも珍しくありませんでした。誠意をもって強い気持ちで取り組もうとするほど、自分を追い込んでしまうものなんですね。 でも、看護師ひとりがどんなに力を尽くそうが、どうにもならないことはいくらでもあります。自分の看護のあり方をそのまま受け止めてくれる存在がいたら、私もそこまで自分を追い詰めることはなかったのではないかと思うんです。あのとき、「今のままでいいよ」「ちゃんとがんばってるよ」「十分だよ」という一言をもらえていたら、違ったんじゃないかな、という気持ちが大きいんです。そんな体験をもとに、できるだけスタッフたちに寄り添う言葉を選んでいます。 ─なるほど。自分で自分を追い込んでいる方が、さらに他人から叱られたら、とてもつらい気持ちになってしまいそうですね。 そのとおりです。マネジャー側も必死ですし、できないことがあると強い言葉で注意してしまうこともあるかと思うのですが、誰かに叱られるとなかなか前向きになれないもの。頭のなかが「叱られたこと」だけでいっぱいになってしまいますよね。教わったはずのことも吹き飛んでしまうかもしません。私が関わる看護師には、そういう経験をしてほしくないと強く思っています。 看護師はどうしても自分を二の次にしてしまい、自分を大切にすることが得意ではありません。でも、人生は一度だけなんです。看護師という仕事を選び、続けているスタッフたちをとにかく応援したいですし、自分を大切にしてほしい。そんな気持ちがいまの私を動かしていると思います。 ─ウェルビーイング推進活動を通じて、スタッフの皆さんに変化はありましたか? はい。生き生きと働いている様子を聞くこともありますし、各自抱え込んでしまいがちなステーション業務の大変さを打ち明けてもらえることも増えました。 ―解決が難しいお悩みだった場合は、どのように対応しているのでしょうか。 2022年度には70名ほどの看護師たちとお話ししたのですが、悩みがあれば、話を聞いて「リフレーミング」をしていきます。リフレーミングとは、一定の枠組みで捉えている物事を、違う枠組みで捉えようとする心理学的アプローチです。 例えば管理者と考え方が合わない場合、別の捉え方ができないか検討していきます。それぞれの看護観、人間観や仕事観などが影響してくるのですべてが合うことは難しいと思います。でもその中で「自分がどう考えたら、動いたら少しでも良い関係が築けると思いますか?」とご自身に問い、ご自身の中での最適解をご自身で選んでもらうのです。悩んでいると視野が狭くなってしまうものですが、一緒に視点を変えて考えることで、別の方法に気づき、ポジティブな考え方ができるようになってくれればと思っています。「自分が幸せになれないのは、社会のしくみや環境のせいだ」と考えがちな人もいますが、「自分自身の考え方が変わることでその社会の見え方が大きく変わる」こともあるのだ、と知ることで楽になることが増えると思います。 もちろん、ステーションごとにコンディションも違いますし、それぞれの強い想いがあって簡単にはいかないこともあります。でも、私たちは他人をコントロールすることはできませんし、一人ひとり違うからこそ、人間は面白い。その人の強みを生かせるよう、私自身が一歩引きながら考えることを心がけています。難しいことなので、これは人生を通した課題ですね。 自分の存在を認め、大切にすることが肝心 ─他のステーションの管理者の皆さまに向けて、「ウェルビーイングな職場づくり」をするためのコツを教えてください。 いろいろなアプローチがあると思いますが、一番の肝の部分は、「相手の存在そのものを認めること」ではないでしょうか。存在を認めることは、その人の命や人生を大切にすることに繋がります。具体的にどうすればいいの?と思うかもしれませんが、難しいことではありません。「まずは挨拶から」でいいんです。良い関係でないと、挨拶もままならないものですよね。挨拶は相手の存在を認めていることを伝える一番簡単な手段と思っています。 無事戻ってこられるよう「いってらっしゃい」と声をかけること。帰ってきたときには「おかえり、帰ってきてくれて嬉しい」と言葉で伝えること。 次に重要なのが「失敗が言える関係」にステップアップしていくことです。失敗を自ら好んでする人はいません。でも人は失敗するものでもあると思います。なので失敗を自分だけでなんとか取り繕おうとしたり、隠そうとしたりするのではなく、そのままを報告できること。言い訳を考える時間は、本当に無駄です。私は、そんなことを看護師にさせたくありません。「報告さえしてもらえればちゃんと引き継げるよ」「フォローできるよ」という姿勢が重要だと考えています。対処したあとに一緒に振り返ることはもちろんしていきます。 また、当然のことですが、管理者からのダメ出しは、看護師たちに大きな影響をもたらします。最大限言葉を選んで、「これから学んでいこう」と思えるメッセージを伝えたいですよね。その人が次の一歩を踏み出せるような言葉を考えることが重要だと思います。チーム作りは時間がかかりますが、それぞれの自分らしさを大切にしながら、じっくりすすんでいきましょう。 ─ありがとうございました! ※本記事は、2023年4月の取材時点の情報をもとに制作しています。 取材・執筆: 倉持 鎮子編集: NsPace編集部

ご遺体変化&詰め物事情セミナー
ご遺体変化&詰め物事情セミナー
特集 会員限定
2023年6月27日
2023年6月27日

特別先行公開! 死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情 セミナーQ&A

2023年4月14日(金)、NsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「【納棺師解説】死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」を開催いたしました。納棺師で株式会社沙羅代表の大垣 麻里氏を講師に迎え、エンゼルケアの後にご遺体に何が起こっているのか、詰め物の処置をどうすべきかなどについて解説いただきました。 本記事では、セミナー時に受講者の皆さまからいただいたご質問への回答を、セミナーレポートに先んじて公開いたします。当日、時間の都合により回答し切れなかった質問にも回答いただきました。セミナーにご参加いただいた方も参加できなかった方も、ぜひご覧ください。 【講師/質問回答】大垣 麻里さん湯灌師・納棺師・介護福祉士/株式会社沙羅代表介護の仕事に従事する中で、多くの高齢者が自らの死への不安を抱いていることに気がつき、その旅立ちを支援する湯灌師、納棺師に転身する。その後、湯灌・納棺・メイクサービスを提供する株式会社沙羅を設立。これまで20年以上にわたり、亡くなった方やそのご家族と向き合い、「温かいお別れの場」を提供してきた。 ■お役立ちツールも公開!お役立ちツール『「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」 Q&A一覧』では、より多数のご質問への回答を読むことができます。ぜひご活用ください。>>「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」 Q&A一覧 死後の対応・医療的処置について <Q1>検死になる条件について教えてください。例えば、訪問診療を導入しておらず、延命処置を希望しない方が孤独死した場合、救急車を呼ぶしかないのでしょうか。 医療にかかっていない状態で死亡された場合には、その原因をはっきりさせるために検死が行われます。孤独死の方のご遺体を発見された場合や、救急車を呼んだけれど到着した時点ですでに亡くなっていた場合も検死となってしまいます。ですので、ご質問にある訪問診療を導入していない孤独死の方の場合、検死になりますし、救急車を呼ぶのではなく警察に連絡することになります。 セミナー内でお伝えした通り、検死になるとご遺体が着衣なしで袋に入れられた状態での帰宅となり、ご家族が大変ショックを受けるケースが多いものです。「万が一の際にはかかりつけ医や訪問看護ステーションに連絡を」ということを、ご家族にお伝えいただいたほうがよいかと思います。 救急車到着時点でお亡くなりになっていない場合には検死にはなりませんが、救急車内で心臓マッサージや酸素吸入、点滴などがなされるかと思います。よくお伺いする事例として、心臓マッサージをして肋骨がすべて折れてしまい、ご家族が亡くなった後にそのことを知り、「救急車を呼んだせいで、痛い思いをさせてしまった」と落ち込まれることがあります。こうした、予想外の最期になってしまわないようにするためにも、ご家族に事前のご説明をしていただくのがよろしいのではないかと思います。 <Q2>最近は火葬場が混み合い、1週間程度後に火葬されることも多々あると思います。その状況を踏まえて気をつけるべきことがあれば、教えてください。 確かにCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)の流行時は、1週間~10日と長くお待ちいただくことが大変多くありました。やはり、一番のポイントは乾燥対策と保冷です。 訪問看護師さんには、保湿剤をしっかりお顔やその周辺に塗っていただけると助かります。保冷については、訪問看護師さんがドライアイスを使用することは難しいかと思いますので、できるだけ室内の温度を低くしていただき、まずは腹部を、次いで胸部を保冷剤で冷却いただければと思います。その後、我々葬儀社が臓器の上や顔の横をしっかりとドライアイスで保冷していきます。 腐敗・冷却について <Q3>葬儀社が到着する前に冷却しなくてよいのでしょうか。室内の温度設定については、どれくらいがいいでしょうか。 ご遺体のことだけを考えればできるだけ早い冷却がよいでしょう。しかし、ご家族の立場に立ったとき、亡くなったばかりで、まだその状況を受け入れられていないときに、ご遺体に冷却材をのせられるというのは、非常につらいことだと思いますので、タイミングへの配慮が必要だと思っております。 例えば、高熱を出してお亡くなりになった方に、熱冷ましのイメージで「熱がおありだったので、少し置かせていただきますね」と保冷剤を置く…といった対応はできるかと思いますが、状況によって限界があるかと思います。 葬儀社が到着し、ドライアイスで強く冷却するのは、死後10時間~15時間程度経過後が一般的(※)かと思います。そのタイミングでも、もちろんご家族がおつらいのですが、比較的受け止めていただきやすいものです。無理はせず、強い冷却は葬儀社にお任せいただくのがよろしいかと思います。 室温は、腐敗防止の観点では一番低い設定温度でお願いできればベストですが、そばで見守るご家族にも配慮する必要があるでしょう。「できるだけ低い」温度設定でお願いできればと思います。 ※亡くなられた後、ご家族がどれくらいで葬儀社に連絡されるかによります。ただし、葬儀社を選択され、翌日に連絡したり、何社か見積もりをとって検討されたりする方もいらっしゃるため、ある程度の時間経過はあるものとお考えください。 <Q4>すい臓がんの方で、死亡確認翌日に全身が腫れあがり、たらこ唇になってしまったことがあります。生前のお顔と変わってしまったため、ご家族からご相談を受けました。お亡くなり直前に高熱が出ていたため、エンゼルケア後に腹部に保冷剤を載せ、暖房も切っていましたが詰め物はしていませんでした。どう対応すればよかったのでしょうか。 典型的な腐敗現象です。お亡くなりになる前からお身体の状態が悪く、腐敗が進行しやすい条件がそろっていたのではないかと思います。詰め物との関連性はなく、保冷が足りなかったことが主原因です。状態の悪い方については、ドライアイスを使用しての急速な保冷を行うことが大切だと思います。葬儀社に引継ぐ際、「状態が悪いので至急ドライアイスをしっかりあててください」とご伝言くださると助かります。 <Q5>エンバーミングについて教えてください。どのような内容で、どんなご遺体に実施されるのでしょうか。 簡単に説明いたしますと、血管を通じて血液を排出し、代わりに赤く着色した防腐液(ホルマリン、フェノール等)を注入し、体に行き渡らせることで、腐敗進行を遅らせるような処置を施していきます。それにより、ご遺体を長期間維持できるようにするご遺体保全処置がエンバーミングです。 事情があって火葬までの期間が長いケースや、ご遺体の損傷修復のためにも行われますが、実際には「感染予防になるから」「きれいになるから」といったご要望に基づく実施が多いです。 体液漏れについて <Q6>生前(数日前)に点滴の抜針をして、止血を確認しました。エンゼルケア時に抜針したわけではないですが、死亡後にその抜針した部位から血液や浸出液が出てくることはありますか? 2~3日前の皮下点滴の痕であっても、圧迫固定は必要になりますか? はい、生前止血を確認しても、針穴から体液が漏れることはあります。 皮下点滴の痕についても、実際に漏れるかどうかはケースバイケースですが、その後のご遺体の安置環境が不確定なため、圧迫固定の処置をされていたほうが安心だと思います。 詰め物について <Q7>訪問看護の現場では詰め物をしないように指導を受けていますが、詰め物をしたほうがよいのでしょうか。また、葬儀社では詰め物をしてもらえないのでしょうか。 確かに、詰め物をしていないケースは多いかと思います。在宅看護の方だけではなく、病棟・検死の方も含むデータですが、弊社(株式会社沙羅)の調査でも、60%近い方が「詰め物をしていない」という結果でした。 しかし、新型コロナウイルスの感染、もしくは感染疑いのある方に対し、詰め物・紙おむつ等をして体液の漏出予防を行った場合、納体袋不要という厚生労働省のガイドラインも出ました(2023年1月)。それに基づき、ご家族から詰め物のご要望があることもございます。また、必ずご遺体から体液が出るということはございませんが、詰め物をしていれば体液漏れのリスクが少なくなります。新型コロナウイルス感染有無に限らず、少しでも体液流出の可能性を少なくしたほうがよいのではないかとも考えます。「詰め物をしないといけない」とまでは思いませんが、「できるだけ詰め物をしたほうがよいのではないか」というのが現状の私の見解です。 葬儀社が詰め物をするかどうかについては、会社により対応がまちまちな現状があります。きちんと行うケースもあれば、まったく何も行わないケースもあり、一概に「葬儀社がちゃんと詰め物をしてくれます」と言えないのが心苦しいところです。 「どんな葬儀社に頼んでも、〇〇は行ってもらえる」ときちんと言えるような信頼できる業界になるべく、私も働きかけていきたいと思っております。 <Q8>訪問看護ステーションで用意しておくべき詰め物や、詰める際の道具についてアドバイスをお願いします。詰める際に割り箸をつかうことが多いのですが、ご家族がみていらっしゃることを思うと、心苦しいです。また、肛門に詰め物をせずに面で抑える際には、具体的にどのような処置をするとよいのでしょうか。 詰め物は、綿花が扱いやすいかと思います。詰める際には、可能ならエンゼルケア専用の鑷子(せっし/ピンセット)をご用意いただけたらベストです。 肛門については、肛門を覆うようにガーゼ・綿花・尿パット等でふさぎ、紙おむつと空間ができないようにしておくイメージです。 エンゼルケア・保湿について <Q9>ご遺体の手は組んだほうがよいのでしょうか。 死の習俗として手を組むイメージを持たれている方が多いのですが、そうしなければいけないという根拠はありません。ご家族のご要望があった場合に組む、という対応でよいかと思います。葬儀社では、搬送の際にストレッチャーに手が挟まってけがをさせないようにするために手を組んだり、合掌バンドを装着したりしている現状があります。 なお、例えば拘縮があるような場合は、手を組むことが難しいかと思います。ご家族に対して「無理に組まなくても問題はない」というお声がけをすると、安心いただけるかと思います。中には、「組まなければ成仏できない」と考え、不安に思われるご家族もいらっしゃいます。 ここで拘縮がある方のお身体を無理に伸ばしてしまうと、骨折してしまうこともあります。葬儀社は、制限はあるものの、ある程度高さ・幅に余裕のある棺をご用意するかと思いますので、ご安心ください。 <Q10>目の閉じ方を教えてください。目が閉じずに、眼球が乾燥している場合はどうしたらよいですか? 文章での説明がなかなか難しいのですが、目が薄く開いている程度でしたら、綿を眼球の上に乗せて閉じています。イメージとしてはコンタクトレンズのように薄く綿花をのせていただき、下まぶたを上げて上まぶたを下げます。 綿で閉じることが難しい場合は、エンゼルケア用の整容ゲルを用います。整容ゲルにはアルコールが含まれているのですが、アルコールを注入することで、体液と混ざって膨らみ、目が閉じやすくなります。 <Q11>保湿について、使用する保湿剤や頻度、ポイントなどを教えてください。メイク後の保湿方法や、白色ワセリンを使用してよいかについても教えてください。 保湿剤は、お手持ちの保湿剤でよろしいかと思います。頻度は、あくまで目安ですが一日一回程度です。お顔だけでなく、唇、耳、首などの周辺も忘れないようにしてください。 メイク後の保湿のやり方ですが、オイル系でもクリーム系でも、メイクスポンジに保湿剤を含ませてそっとおさえるように足していきます。白色ワセリンでも問題はありませんが、保湿効果が高い一方で、少しべっとり感があり、テカリが強く出ます。気を付けないと仕上がりに違和感が生じることがありますので、塗りすぎないようにお気を付けください。 <Q12>特別な化粧品を使ったほうがよいのでしょうか。ご本人が使用したものを使っていますが、問題ありませんか? また、自然に見せるためにはどうすればいいかについても教えてください。 我々はご遺体専用の化粧品を使用していますが、皆さんはご本人使用のお化粧品があればそちらでよいかと思います。ただし、ご遺体は体温が低いので、温度で発色するタイプの化粧品は使用することができません。また、クレンジング後、ベースメイクの前に保湿するようにしてください。保湿剤を充分にお持ちでない場合、足して差し上げてください。ベビーオイル・ハンドクリーム・ワセリンなどでも問題ありません(ワセリンは塗りすぎ注意)。 自然に見せる方法については、亡くなられた方によって好みが違うため、どのような見せ方が「その方にとっての自然」と感じるメイクなのか、非常に難しいところです。ただ、どのようなメーカーの化粧品でも、「保湿効果が高いものを選ぶこと」「色の濃淡の種類を多く用意すること」がポイントだと思います。 湯灌(ゆかん)について <Q13>湯灌の定義や、葬儀社が行う湯灌の内容について教えてください。また、訪問看護で清拭を行った場合も、湯灌は行うのでしょうか。 湯灌は、なかなか一口に説明をするのが難しいものですが、温かいお湯に入っていただく、火葬前の最後のお風呂です。洗髪・洗顔・お顔剃りなどを行い、全身を丁寧にボディソープで洗い流します。ただし、地域によっては清拭を「湯灌」と呼ぶこともあります(特に、関東より東の地域)。 湯灌は葬儀のプランの中でご家族が希望された場合に行うことなので、訪問看護でお体をきれいにされていた場合、通常は湯灌しないケースが多いかと思います。 <Q14>湯灌の前に、詰め物やエンゼルケアを行っても問題ないのでしょうか。詰め物がとれてしまうことはありませんか。湯灌する場合、ポリマーの詰め物はよくないというお話も聞きました。 問題ありません。特別なことがない限り、湯灌の際に詰め物が出ることはないでしょう。詰め物は、濡れるため湯灌後に葬儀社で交換するのですが、それでも意味があります。亡くなられてから湯灌されるまで間に、寝台車で移動されたり、安置されたりとお身体を動かすことが多いため、体液漏れの予防処置としての詰め物をお願いしたいです。 ポリマーは水を含むと100倍近く増えるため、どうしてもあふれ出ますが、湯灌をされるかどうかはエンゼルケア時には不確定のため、ポリマー処置されていても問題ありません。ただし、鼻腔については副鼻腔内ではなく、より奥にポリマーを注入しておいていただければと思います。 葬儀社の対応と訪問看護との連携について <Q15>訪問看護では、エンゼルケアは自費負担をしていただいています。葬儀は費用を抑えたものや湯灌なしのものなど、さまざまなプランがあるようで、どこまで自分たちが行うべきか迷います。訪問看護と葬儀社で、対応の違いはあるのでしょうか? 訪問でするべき対応は何だと思われますか。ご家族に説明するためにも知りたいです。 皆さんをはじめ医療者の方々が行うエンゼルケアは、病気と闘い人生を終えられた後、その方らしく身支度を整えること、本来の姿へ戻ること、という意味合いが強いと考えております。一方、我々葬儀社が行うケア・身支度は、「宗教儀式に向けての準備」という意味合いが強いです。 私は葬儀社サイドの者なので、ご家族に会うのは亡くなられた後になります。でも、皆さんは訪問看護でご家族のことも、亡くなられた方のこともよくご存知のはず。私がご家族だったら、故人が生前からお世話になった方に最後の身支度をしてほしいと思います。ですから、訪問看護師さんができる限り亡くなられたときの身支度をされるのが、ご家族の心情としてはベストではないでしょうか。ご家族のご要望に沿うことが基本ですが、場合によっては髪の毛を解くだけだったり、ご本人の口紅を塗ったりするのみでもよろしいかと思います。私は、ご家族が葬儀社に対し、「訪問看護師さんに綺麗にしてもらったからもう大丈夫です」とおっしゃるケースがもっと増えたらよいのではないかと考えています。 また、費用の兼ね合いから葬儀を当初の想定より縮小される方も大変多くいらっしゃいますので、結果的に訪問看護師さんによるエンゼルケアが最後のお支度になることもあります。 <Q16>訪問看護師がご遺体のお着替えをした後、葬儀場でもまたお着替えをすることになるのでしょうか? また、エンゼルケアのやり直しを行うことはありますか? ご家族に、看護師とエンゼルケアをしたいか、葬儀社にお任せしたいかの確認を行っていますが、看護師と行う場合も、例えば詰め物のやり方が不十分だったのではないか、やり直しをするのであれば無駄に金銭的負担をかけているのではないか、と不安になります。 ご家族の金銭的ご負担も考慮の上、そのようなお声がけをしていただいていること、大変ありがたく思います。 ご家族がどの葬儀社に依頼されるかによって異なりますが、弊社の場合は、訪問看護師さんがご遺体のお着替えやメイクをされていた場合、ご家族がそれを望まれたと判断し、特にご要望がない限りはお着替えやメイクをいたしません。 ただし、葬儀社によっては、例えば「白装束を販売したい」という都合によって、お着替えをしているにも関わらず「仏着に着替えないといけません」といった言い方をする良くないケースもあるようです。基本的には、ご家族から再度の着替え要望がなければ、する必要はないと私は考えております。メイクについても、ご家族から「イメージと違うのでやり直してほしい」というようなご要望がない限り行いません。 詰め物については、時間経過とともに変化が起きることも多いため、「完璧な処置」というのはどの時点であっても不可能だと思っています。状況に応じてやり直しが発生します。しかし、詰め物をしていただくことで、体液漏れの予防処置になりますので決して無駄にはなりません。ご遺体・ご家族のためにも大変ありがたいです。 <Q17>小児の場合にも大人と同じような処置をしていますか? 小児の方の場合、綿花詰をしないことが多いです。小さなお鼻やお口に詰め物をすることに、大変心苦しさを感じるためです。ご両親、特にお母様のご要望に寄り添い、どうされたいのかを充分に聞き取って対応するようにしています。また、ご両親がお見送りまでの間に何度も抱っこできる状態にしておけるように気を付けております。訪問看護師の皆さんも、ぜひご両親に対して、「抱っこしてもよい」ということをお伝えいただければと思います。 * * * 後日、オンラインセミナー「【納棺師解説】死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」の講義内容をダイジェストにしたレポート記事も公開いたします。ぜひそちらもご覧ください。 >>シリーズ一覧はこちら「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」セミナーレポート>>お役立ちツールはこちら「死後24時間以降のご遺体変化&最新詰め物事情」 Q&A一覧 編集: NsPace編集部

COPD学び直し
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特集
2023年7月4日
2023年7月4日

【在宅医が解説】「COPD」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を提供します。今回は慢性閉塞性肺疾患(COPD)について、訪問看護師に求められる知識や注意点を、在宅医療の視点から解説します。 この記事で学ぶこと 「COPD患者は、呼吸困難感で動けず、るいそう著明。苦しいことは強要せず、呼吸困難感を緩和し、傾聴・共感し、ACPを行ない、看取っていくのが最善」と思っていないでしょうか? 呼吸リハビリテーション(以下「呼吸リハ」)の効果を体験していない在宅チームが、残念ながら辿りがちな道です。在宅における多職種連携の包括的アプローチにより、COPDはV字回復が可能な疾患です。呼吸リハは、入院ではなく、日常生活の場でこそ行なうべきであり、行なわないのは、在宅チームの怠惰だと心得ていただきたいと思います。 COPDは気道の慢性的な閉塞による疾患 COPDとは、タバコの煙を長期に吸入することで、肺胞壁が壊れ(肺気腫)、気道には炎症が起こり、気道壁が肥厚し、気道分泌物が増える(慢性気管支炎)疾患です。 正常な肺では、肺胞壁の弾性線維が裏打ちして気道の形状を保てていたのが、肺胞壁の断裂で、呼気の途中で気道が虚脱(内腔がつぶれる)・閉塞。吐き出しきれずに貯留したガスで、気道の閉塞がさらに悪化するという悪循環が起こり、呼吸困難の最大の原因となります。まさに、慢性的に気道が閉塞している疾患です。また、疲弊した筋肉から炎症性サイトカインが出て、さらに肺や気道、全身に炎症を起こします。 筋力維持を図り、呼吸ケアで急性増悪を回避 治療方針は、生活の場で筋力維持を図りながら、多面的包括的呼吸ケアで急性増悪を回避することです。呼吸困難感を克服し、動き、筋肉を衰えさせないことが重要です。そのためには、薬物療法、リハビリと栄養療法は必要不可欠です。 呼吸困難感をとるために、気管支拡張薬の吸入、酸素療法・NPPV(非侵襲的陽圧換気)、心不全・心循環管理、呼吸理学療法、栄養療法、パニックコントロールなどを行ないます。これらは、病態疾患管理であると同時に、緩和ケア、心理社会的スピリチュアルケアにもなりえます。これらは在宅で行なわれます。 特に重要なのは、呼吸困難感のいちばんの原因となる動的肺過膨張(以下DHI;Dynamic hyper inflation)の予防です。呼吸状態は日内で変動しますが、セルフコントロール域を超えて過膨張が元に戻らなくなった状態が、急性増悪です。重症になればなるほど、セルフコントロール域が狭まり、ささいな要因(低気圧が近づく、不安、便秘、食後膨らんだ胃が横隔膜を挙上させるなど)で、頻呼吸になり急性増悪を起こします。気管支炎や心不全の増悪というエピソードがなくとも、急性増悪は起こりえます。 薬物療法のメインは気管支拡張薬です。コントローラー(長期管理薬)として、長時間作用型β2刺激薬(LABA)と、長時間作用型ムスカリニック受容体拮抗薬(LAMA)の吸入があり、労作前にDHI予防目的に投与する、短時間作用型β2刺激薬(SABA)や短時間作用型ムスカリニック受容体拮抗薬(SAMA)があります。 また、NPPVでは、吐き出されずに肺の中に残っているガスの圧(内因性PEEP)に相対する圧(カウンターPEEP)を、呼気圧(EPAP)として設定すると、肺内のガスを呼出させることができます。これは口すぼめ呼吸と同じ原理です。NPPVで、活動で生じた肺過膨張をリセットできれば、呼吸困難感の軽減にも役立ち、身体活動性を向上させることができます。 COPDに喘息が合併する場合は急性増悪を頻回に起こしやすく、喘息の管理をすることで、不可逆性と思われた気道閉塞が改善することもあります。 また、脈拍が速いことはそれだけで労作時の呼吸困難感につながるため、脈拍が速い場合にはβ1ブロッカーを併用することが、有効な運動療法を行なうためのコツだと考えています。 訪問看護でのポイント 日常生活での援助方針 日常生活のなかで呼吸困難感を生じる労作は(1)上肢を挙上する動作:洗髪や衣類の脱ぎ着、洗濯物を干す(2)上肢を反復させる動作:歯磨き、体を洗う(3)体幹を屈曲させる動作:靴下やズボンの着脱、足を洗う(4)息をこらえる動作:排便や、重い物を持ち上げる等が挙げられます。援助が必要であれば、ある程度の介入も検討しますが、なるべく患者が日常生活を営めるようにします。DHIの予防にSABAやSAMAをいつ吸ったらよいのかの指導も重要なポイントです。 在宅チームは点でのかかわりであり、急性増悪の徴候の早期発見が重要です。入浴時やデイサービスの送迎時などは、労作によって換気メカニクスの異常が早期に出やすいので、いつもと違うSpO2の低下や戻りの遅延、呼吸困難感の有無を、意識的に観察してください。 セルフマネジメントできるように援助する 急性増悪の予防にはセルフマネジメントも重要です。DHIの予防に自ら行なうべきことの指導(アクションプランニング)が大切です。 たとえば、低気圧が近づくとDHIを起こしやすく、労作前のSABAやSAMAのアシストユースの徹底、NPPVをいつもより長く行なう、などです。 また、患者がセルフモニタリングで症状の増悪に自ら気づけるよう、指導することも重要です。 ● 非活動時の体温、SpO2、脈拍、体重、喀痰の量・色、浮腫 ● いつもの活動時のBorg scale、SpO2、脈拍を患者が無理なく記録でき、かつ重要なポイントを患者ごとにアレンジしたセルフマネジメントシートを作成し、記録してもらいます。いつもと違うことに自分で気づくことができたか、アクションできたかも、訪問ごとに一緒に振り返ります。 訪問看護師のさらなる役割 医療チームに訪問PT・OT・栄養士がいない場合は、医師の指示のもと、訪問看護師が呼吸理学療法や栄養療法の知識を持ち、さまざまな教育や支援の担い手になる役割も求められます。 呼吸理学療法 DHIやSpO2低下が起こらないような、労作の工夫、呼吸法、酸素量の調整などを行ないます。 栄養療法 呼吸するだけで消費されるカロリー(呼吸仕事量)は700kcal/日で、これを基礎代謝量に追加摂取しなければ、体重が減っていきます。そこで、栄養学的な視点で食事内容をチェックし、高タンパク・高カロリー食を基本に、栄養補助食を追加するなど、必要カロリーが満たされるように工夫します。さらに心不全リスクがあれば、塩分管理も必要となります。 執筆:武知 由佳子医療法人社団愛友会いきいきクリニック 理事長/院長 編集:株式会社メディカ出版

日本訪問看護認定看護師
日本訪問看護認定看護師
インタビュー
2023年7月4日
2023年7月4日

日本訪問看護認定看護師協議会 立ち上げ経緯&想い【特別インタビュー】

「訪問看護認定看護師/在宅ケア認定看護師」は、日本看護協会が行う認定審査に合格し、訪問看護において高いレベルの技術力や知識を持つと認定されたスペシャリストのこと。今回は、日本訪問看護認定看護師協議会の取り組みについて、代表の大橋奈美さんと、監事の野崎加世子さんにお話しいただきます。 <参考> 新認定看護師制度への移行について2020年度から新認定看護師制度が誕生し、訪問看護認定看護師は「在宅ケア認定看護師」に名称変更。また、これまでは別途行っていた特定行為研修(※)が認定看護師制度に取り込まれることになりました。旧認定看護師制度は2026年度で教育終了予定です(認定審査は2029年度までで終了)。 ※看護師が医師による手順書により特定行為(診療の補助)を行う場合に特に必要とされる研修。在宅ケア認定看護師を目指す場合、在宅・慢性期領域の特定行為(呼吸器、ろう孔管理、創傷管理、栄養及び水分管理に係る薬剤投与関連)を学ぶ。 ○プロフィール大橋 奈美(おおはし なみ)さん/協議会代表理事看護学校卒業後、総合病院等に勤務。2004年ハートフリーやすらぎ訪問看護ステーションに入職し、現在は常務理事。訪問看護のユニフォームを着て病棟に行けば病棟看護師に声をかけられ、近所を歩けば地元の方とフランクに会話するなど、地域に密着している現役の訪問看護師でもある。現監事の野崎さん(当時代表)の訪問看護師としての姿勢に感銘を受け、協議会へ。 野崎 加世子(のざき かよこ)さん/初代 協議会代表理事&現 監事看護学校卒業後、総合病院に勤務。岐阜県看護協会訪問看護ステーションの立ち上げから関わり、2023年3月末に定年退職。ステーション連絡協議会の会長職を10年以上歴任。岐阜県内で初めてナーシングデイを開設する、高山市内唯一の医療福祉アドバイザーに就任するなどパイオニア的な存在。現在「これからの在宅医療看護介護を考える会」の代表として活躍中。豊富な経験を基に訪問看護の魅力を伝えており、講演依頼が絶えない。 ※文中敬称略 協議会の活動内容&立ち上げ経緯 ―そもそも日本訪問看護認定看護師協議会は、どんなことをしている団体なのでしょうか。 大橋: 日本訪問看護認定看護師協議会(以下、「協議会」)は、訪問看護認定看護師のネットワーク構築と、訪問看護全体の質向上を目指して2009年に誕生しました。「施設から在宅へ」という大きな流れがあるなかで、訪問看護・在宅ケアのスペシャリストである認定看護師は、重要な役割を担っています。認定看護師同士で情報交換をしつつ自己研鑽を積み、地域包括ケアシステムの推進に貢献できるように日々活動しています。 ■日本訪問看護認定看護師協議会 活動 日本訪問看護認定看護師協議会ホームページ(https://jvncna.net/block_act/)より 当初は100名からのスタートでしたが、地道にネットワークを全国に広げていき、現在では362名の仲間がいます。認定看護師同士の研修会・勉強会はもちろん、協議会の外に向けても積極的に情報発信していますね。 例えば、2024年度の医療保険・介護保険の同時診療報酬改定に向けた要望書の作成や、訪問看護ステーションの運営・多機能化に関するコンサルテーション活動等を行っています。また「訪問看護に新たなツールを導入できないか」という試みを行ってくださる団体・法人等からのお声がけに対しても積極的に協力しています。 ―どのような組織単位で活動しているのでしょうか。 大橋: まず、年2回の総会をはじめとした協議会全体としての活動があります。また、地域特性もありますので、全国を大きく9ブロックに分けて地域単位の活動もしているんです。ブロックごとに交流や研修会の開催、地域貢献活動の企画&運営等も行っています。 ■日本訪問看護認定看護師協議会の9ブロック 日本訪問看護認定看護師協議会ホームページ(https://jvncna.net/block_act/)より ―ありがとうございます。2009年に協議会を設立されたとのことですが、初代 代表の野崎さんに、当時の経緯を教えていただきたいです。 野崎: はい。私は日本訪問看護財団の訪問看護認定看護師 教育課程(※)の2期生でした。当時はまだ開講したばかりだったので仲間も少なく、病院の看護師からは「訪問看護認定看護師って具体的に何をするの?」と聞かれてしまうほど知名度も低かったんです。認定看護師の役割である実践・相談・指導をどう進めるべきか、悩みました。 ※日本訪問看護財団の認定看護師教育課程(訪問看護)は2021年度より閉講。 そこで教育課程時代の恩師に相談したところ、団体(協議会)を作ることをすすめていただき、「あなたが代表ね!」と言われたんです(笑)。そういったきっかけで協議会を設立し、活動をさらに充実させるために2014年に一般社団法人化。今は大橋さんに代表をバトンタッチしたという経緯です。会員も当時の3倍以上になり、ずいぶん仲間が増えましたね! ―設立するにあたり、認定看護師さんたちや関係各所の方にはどのように声掛けをしていったのでしょうか。 野崎: すべての認定看護師の教育課程拠点に順次説明をしにいき、「在宅療養者が望むように過ごすには、質の高い看護を追求する仲間が必要です」という想いを伝えました。また、総決起大会を開き、「私たち訪問看護認定看護師はこれからも地域のために、看護のために活動します!」という宣言もしました。 設立後も、訪問看護認定看護師がいない自治体には、直に出向いてその意義をご説明する…といった地道な活動もしましたね。 ―反対意見やご苦労はありませんでしたか? 野崎: そうですね。協議会設立に限らず、新しいことをしようとすると、大抵反対のご意見はあるものです。「協議会はいらないのでは?個人で活動すればよいのでは?」というお声もいただきました。でも、「私たちの目指すところは地域ネットワークの構築であり、訪問看護の充実なんだ」という想いは、皆さん一緒なんです。しっかり対話していくことでご理解いただけて、無事に設立できました。 ―野崎さんの真摯にご説明をされる姿勢、前向きに周囲を巻き込んでいくパワフルさはなかなか真似できないものだと思います。大橋さんも、野崎さんの講演会を聞きにいかれたことがきっかけで協議会に入られたそうですが、そのときのことを教えてください。 大橋: そうなんです! 当時、別の訪問看護認定看護師さんの講演にも行っていたのですが、そこでは訪問看護に関するネガティブなことがたくさん語られていました。その上で最後に「やりがいがあるから皆さん来てください」っておっしゃるのですが、正直「こんなことを聞いて誰が訪問看護をやるんだろうか」と思っていました…。 これではいつまで経っても訪問看護師も認定看護師も増えない、と思っていた時に、野崎さんの講演を聞いたんです。野崎さんのお話のなかにはネガティブな言葉が一切なく、お話にも心から共感しました。私は「これぞ理想の認定看護師だ!」と、すっかり心を奪われたんです。もっとお話が聞きたくて、知り合って間もないのに「仲間たちと一緒に岐阜まで行っていいですか?」と連絡したことも。大歓迎してくださり、下呂温泉にも連れて行ってもらいました(笑)。 野崎: そんなこともありましたね(笑)。 大橋: だから私の講演も、99%は成功体験を語るようにしています。野崎さんのすごさは、協議会設立時もそうですが、それ以外でも積極的に行政や病院、関係者にアプローチして交渉し、新たな体制を作りあげていくことです。「体制がないなら作る」というポジティブな発想は、私のロールモデルになっています。 野崎: ありがとうございます。協議会の私たちが暗い顔をしていたら「訪問看護師になりたい」「協議会に入りたい」と思えませんから、これからも笑顔かつポジティブでいたいですね。 全国の仲間たちと訪問看護の質向上に貢献 ―協議会設立から約15年、法人化から約10年経ちました。協議会の活動を通して、訪問看護認定看護師の認知度や活動内容は変化しましたか? 野崎: はい、確実に変わっていますね。まず、困難事例があった際は、認定看護師が所属している事業所に依頼が来るようになりました。また、多職種が集う会議に参加した際、認定看護師が中心となってまとめている姿を見たこともあり、地域包括ケアの中心的な立ち位置になっていっていることを実感します。 大橋: 冒頭でも少し触れましたが、「訪問看護に関する協力要請は協議会に」という流れも定着しつつありますよ。例えば最近は大学との協働案件が多く、ポケットエコーやVRの研究に協力しています。コロナ禍には、日本訪問看護財団から感染防護具を各県に配布したいというご依頼をいただいたのですが、協議会のネットワークを活用して迅速かつ公平に対応できました。日本財団から遺贈基金をいただいて「在宅看取りを実践できる訪問看護師の育成事業」を実施できたことも、大きな功績です。 野崎: 認定看護師の知識と経験、そして使命感をもってやり遂げられたことは、協議会としても誇れることですね。 大橋: 全国に信頼できる仲間がいるからこそ、こうした大きな事業や取り組みができます。誠実な仲間たちに感謝です。 ―改めて、訪問看護認定看護師の存在意義や求められる姿勢について教えてください。 大橋: 我々には、大変な場面でも逃げずに利用者さんの側に居続ける姿勢が求められると思います。しっかりとアセスメントをして、諦めずにとことん考えていくことが認定看護師の存在意義ではないでしょうか。 野崎: 利用者と向き合う強さが必要なので、ズルい人にはできないですし、真摯に向き合うことが大事だと思います。訪問看護は、熱いハートと冷静な頭脳を持たないとできませんが、そこが魅力でもありますね。 大橋: 全部引き受ける覚悟も必要ですよね。覚悟があるから、よく勉強もする。病棟と違って対象者は全世代であり、疾患もさまざまです。本当にみんなよく勉強していると思います。野崎さんや私も、最近特定行為の研修を修了しましたしね! また、全国の訪問看護師さんたちの相談に乗るのも、私たちの重要な役目です。私が相談に乗る時は、なるべく可視化してお伝えするようにしています。「ストンと腑に落ちました」と言っていただけると、気づきを促す実践・指導ができた、と思えます。認定看護師は社会資源のひとつなので、ぜひ活用いただきたいです。 野崎: 本当にそうですね。全国に訪問看護認定看護師がいるので、壁にぶつかった時はぜひ気軽に相談してもらいたいです。 新たな仲間たちとともにさらにパワーアップ ―今後の協議会は、どのように発展していきたいと思いますか? 野崎: 認定看護師が継続して学べる環境の整備と、国の政策に活かせる活動をしていきたいですね。最近では企業から相談事業の依頼を受けることもあるので、情報交換をしながら活躍の場を広げたいと思っています。 大橋: 訪問看護ステーションに就職する際、「認定看護師がいる事業所なので選びました」という方も多いようです。認定看護師の役割を人材育成にも広げ、互いに育み合いながら裾野を広げていけるといいですね。 また、若手にとってもベテランにとっても、利害関係のない認定看護師に悩みごとや相談ごとを吐露できる環境があることは大切だと思います。今後はどんどん特定行為ができる「在宅ケア認定看護師」も増えてきます。名称は変わっても目指す部分は同じなので、これまで創り上げてきた基盤を大事にしつつ、新たな仲間を増やしてネットワークを強化したいと思っています。 ※本記事は、2023年4月の取材時点の情報をもとに構成しています。 取材・執筆:山辺 智子 日本訪問看護財団 研究員/看護師・保健師研究を通して訪問看護認定看護師の能力と行動に魅了され、活動を応援している一人編集:NsPace編集部

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