ステーション運営に関する記事

特集
2021年12月21日
2021年12月21日

第6回 ハラスメント、育児・介護と仕事の両立支援編/[その3]育休の分割取得も可能に、法改正でここまで変わる育児と仕事の両立支援制度

妊娠や育児と仕事を両立するためのさまざまな制度が法律で定められています。子育てをしながら訪問看護師として働く看護職も増えてきています。2022年4月からは、育児休業制度などの周知や意向確認も義務づけられますので、事業所は妊娠や育児と仕事の両立支援制度を整備し、活用できるように準備していきましょう。 先日、スタッフから「妊娠した」との報告を受けました。出産後も引き続き、この事業所で働きたいと話してくれています。妊娠中だけでなく、産後は子育てしながら仕事ができるように、職場としてしっかりサポートしたいと思っています。どういった支援を行えばよいでしょうか。 短時間勤務制度や所定外労働の制限や育児休業制度など、さまざまな育児と仕事の両立支援制度が定められています。さらに、2021年6月に育児・介護休業法が改正され、一層の拡充が進んでいます。改正ポイントもふまえたうえで、職場の制度を見直し、整備していくことが大切です。 妊娠や育児と仕事の両立支援のための措置・制度 まずは、労働基準法や育児・介護休業法などの法律で定められている妊娠や育児と仕事の両立支援制度について確認していきましょう。表1~表3をご覧ください。 表1 <妊娠~産前・産後休業期間>において法律で定められている両立支援のための措置・制度の一覧 ※産後6週間を経過後に本人が請求し、医師が認めた場合は就業することができます。 厚生労働省『育児・介護休業法のあらまし』を参考に作成https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/000355354.pdf 表2 <育児休業期間>において法律で定められている両立支援のための措置・制度の一覧 ※男性の育児休業取得促進として、以下のような法制度が定められています。・夫婦で育児休業を取得すると、1歳2か月まで休業できる(制度名:パパ・ママ育休プラス)・妻の産休中に夫が休業した場合、夫は2度目も取得できる。・配偶者が専業主婦(夫)でも休業できる。 厚生労働省『育児・介護休業法のあらまし』を参考に作成https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/000355354.pdf 表3 <職場復帰後>において法律で定められている両立支援のための措置・制度の一覧 厚生労働省『育児・介護休業法のあらまし』を参考に作成https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/000355354.pdf 育児・介護休業法、ここが変わります! 2021年6月に育児・介護休業法が改正され、2022年4月からは育児休業を取得しやすい雇用環境の整備、スタッフへの個別の周知やスタッフの意向確認の措置が義務づけられます。 また、2022年10月からは「産後パパ育休」(出生時育児休業)の創設、育児休業の分割取得が可能となり、男女問わず育児と仕事の両立支援制度が手厚くなります。産後パパ育休とは、育児休業とは別に、父親が子どもの誕生直後8週間以内に最大4週間までの休業を2回に分けて取得することができる制度です。 では、2022年4月からどのようなことが義務づけられるのか、具体的に見ていきましょう。 ●育児休業を取得しやすい雇用環境の整備 育児休業と産後パパ育休の申し出が円滑に行われるようにするため、事業主は以下のいずれかの措置を講じなければなりません。 ①育児休業・産後パパ育休に関する研修の実施②育児休業・産後パパ育休に関する相談体制の整備等(相談窓口設置)③自社の労働者の育児休業・産後パパ育休取得事例の収集・提供④自社の労働者へ育児休業・産後パパ育休制度と育児休業取得促進に関する方針の周知厚生労働省リーフレット『育児・介護休業法 改正ポイントのご案内』より引用https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000789715.pdf  なお、①~④については複数の措置を講じることが望ましいとされています。 ●妊娠・出産(本人または配偶者)の申し出をした労働者に対する個別の周知・意向確認の措置 本人または配偶者の妊娠・出産等を申し出た労働者に対して、事業主は育児休業制度等に関する以下の事項の周知と休業の取得意向の確認を、個別に行わなければなりません。周知や意向を確認する方法も示され、面談、書面等での情報提供が挙げられています。 厚生労働省リーフレット『育児・介護休業法 改正ポイントのご案内』より引用https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000789715.pdf  これらの新しいしくみを整えて、スタッフの育児と仕事の両立を後押しすることが事業所に求められています。 ・事業所には、妊娠や育児と仕事の両立のためのさまざまな制度を整備し、運用する義務があります。・2022年4月からは育児休業を取得しやすい雇用環境の整備、スタッフへの個別の周知や意向確認の措置が義務づけられます。 妊娠や育児と仕事の両立を支援できる制度を整備したいのですが、どのように進めればよいのかわかりません。活用できる助成金制度もあるのでしょうか?事業所の制度を整備・促進するため、国や自治体でさまざまな支援活動が準備されています。専門家に相談することもできます。活用できる助成金制度もあるので、積極的に情報収集してください。 「仕事と家庭の両立支援プランナー」を活用しよう どのように制度を整備し、運用したらよいのか悩まれている管理者の方もいらっしゃるかと思います。そのようなときにお勧めしたいのが、「仕事と家庭の両立支援プランナー」です。 国の事業として、中小企業における育児や仕事の両立支援・経営支援のノウハウを持つ専門家が、無料で訪問支援を行っており、厚生労働省のサイトでは、次のような事業主に申し込みを呼びかけています。 ●出産予定の従業員がいて、産休・育休の前後をしっかりフォローしたい●育休を取得する男性従業員がいるが、どのように制度を整えたらよいか分からない●現在は、育休予定の従業員はいないが、社として備えておきたい ぜひ「仕事と家庭の両立支援プランナー」の利用を検討しましょう。詳しくは以下をご参照ください。 ▼厚生労働省ホームページ「仕事と家庭の両立支援プランナー」の支援を希望する事業主の方へhttps://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000080072.html 助成金制度を活用しよう 職業生活と家庭生活を両立できる「職場環境づくり」のための、雇用保険の『両立支援等助成金』があります。2021年度における育児と仕事の両立支援推進を目的とした『両立支援等助成金』には、以下のようなコースがあります。 ・出生時両立支援コース(子育てパパ支援助成金) 57万円~・育児休業等支援コース 28.5万円~ ▼厚生労働省ホームページ2021年度 両立支援等助成金のご案内https://www.mhlw.go.jp/content/000811565.pdf これ以外にも、自治体で準備している助成金・補助金制度などもありますので、情報収集されることをお勧めします。 助成金・補助金制度については、細かな要件や提出が必要な資料があります。また、毎年内容が変更されることが多いので、リーフレットなどをよく確認しましょう。『両立支援等助成金』などの雇用関係助成金に関する相談窓口は、事業所を管轄する労働局ハローワークが窓口です。 国の支援などを上手に活用して制度整備を行い、スタッフが妊娠・出産・育児を理由に離職することなく、継続して働ける支援を行っていきましょう。多様な働き方ができる職場は、多才なスタッフが力を発揮できる強い組織となります! 育児休業など事業所の制度を整備・促進するため、プランナーの派遣や助成金・補助金制度など、国や自治体でさまざまな支援活動が準備されています。それらを積極的に活用しましょう。 ** 加藤 明子 加藤看護師社労士事務所代表看護師・特定社会保険労務士・医療労務コンサルタント ●プロフィール看護師として医療機関に在職中に社会保険労務士の資格を取得。社労士法人での勤務や、日本看護協会での勤務を経て、現在は、加藤看護師社労士事務所を設立し、労務管理のサポートや執筆・研修を行っている。▼加藤看護師社労士事務所https://www.kato-nsr.com/ 記事編集:株式会社照林社

特集
2021年12月14日
2021年12月14日

年末年始【訪問看護のシフト調整】素朴な疑問Q&A ~誰にお願いするのが正解?~

今年初めて年末年始の訪問看護のシフト調整をする、今の訪問看護ステーションではどうもシフト調整がうまくいかない……そんな方のために、ベテラン管理者さん2名に素朴な疑問をぶつけてみました。今からすぐに取り入れられる訪問看護のシフト調整テクニックも満載です。 目次▶ Q1 大晦日と元旦の勤務は、誰にお願いするのが正解ですか?▶ Q2 勤務をした看護師に、どんなお礼をしたらいいですか?▶ Q3 一部の看護師の発言権が強く、シフト調整が難航しがちで困っています▶ Q4 シフトの正解がわからない。誰にも頼れない場合はどうすればいい? プロフィール/ E戸さん(シフト管理歴10年目)病棟や複数の訪問看護ステーションでの勤務を経て2018年に起業。訪問看護ステーション経営者として看護師の教育を行いながら、自身も訪問看護師として活躍。管理者として勤務していた時期を含め、今年でシフト管理歴10年目のベテラン看護師さん。 S山さん(シフト管理歴4年目)急性期病棟で看護師として活躍したのち訪問看護へ。新規訪問看護ステーションの立ち上げから携わり、シフト管理歴は今年で4年目。看護師3名体制から始まり、現在は合計20名のシフトを管理している。20代看護師の育成にも尽力。 Q1 大晦日と元旦の勤務は、誰にお願いするのが正解ですか? E戸:特定の方や、お願いしやすい方に頼ろうとするのはあまり良くないかもしれませんね。できるだけ『公平性』を保つのが大事だと思います。最終的に、訪問看護のシフト調整に協力的な方にお願いすることになった場合でも、フォローをしっかりするのが重要です。 「シフト調整の基本」記事で詳細をCHECK≫ S山:うちは基本的に看護師全員で分担します。まず訪問看護のシフト調整は採用面接の段階から始まっていると思っていて。面接のときに「24時間365日対応」していることとその意味をきちんと伝えて、年末年始も勤務になることがある前提で看護師を採用しています。 Q2 大晦日&元旦勤務をした看護師に、どんなお礼をしたらいいですか? S山:年末年始手当を支給するのは前提として、部下にあたる看護師に年賀状を手渡ししたら喜んでもらえましたね。 E戸:年末年始手当に加えて、お正月らしい小さなおせち料理をプレゼントするようにしています。本当に小さなものなんですが、人間気持ちだと思うので。 S山:『出勤そのものを楽しむ』ことも大事じゃないですか? 年末年始の勤務=みんなが休んでるときに自分だけツライ、とはならないようにしたいと考えていて。みんなで年末年始の雰囲気を一緒に楽しむようにしています。 E戸:すごくステキな取り組みですね。具体的にはどんなことをしているんですか? S山:出勤予定の看護師に「(勤務後に)予定がなかったらみんなで一緒にごはん食べに行かない?」「一緒に年越ししない?」と声をかけて、勤務中もワイワイと終業後の計画を立てながら過ごすんです。訪問が落ち着いている年末年始ならではのコミュニケーションですね。年末年始の特別感をみんなで楽しもうよという提案に賛同してくれる看護師も多くて。若い看護師が多いからというのもあるかもしれないんですが。 E戸:いいですね。僕もまぜてもらいたい。全国で年末年始対応してる訪問看護師みんなオンラインでつなげて、一緒に年越ししましょう! みたいなことができたら楽しそうです。 S山:それは楽しそうですね! Q3 うちは一部の看護師の発言権が強く、シフト調整が難航しがちで困っています S山:あー、ありますね。そういう方が「自分は年末年始休むんだ! みんな休みにしたら良いんだ!」とおっしゃるようなパターンですかね。困りますね。 E戸:僕も何度もお会いしたことがあります。病棟でも訪問看護ステーションでも、一定数いらっしゃいますよね。 S山:そういう方って巻き込めたらすごく心強いと思うんですよ。味方になってもらうには、やっぱり日頃からの信頼関係構築が大事。小さなことでも報連相、日々の声かけ、挨拶。自分に協力してもらえるような信頼関係構築に向けて自ら動く……というような。ただ、そこに至れないまま年末年始の訪問看護のシフト調整となってしまったら……困るなぁ(苦笑)。 E戸:発言権が強くても、主義主張に根拠があれば基本的に問題ないんです。ただ、そういう方のなかには、会社の方針や本来看護で行うべき内容を自分の都合で変えようという感覚になる人が少なくない。それは利用者さんにも良くないし、組織風土としてもよろしくない。面談を繰り返しても理解してもらえず、やむなく退職いただいたことも過去にあります。 S山:僕も同じ経験があります。ステーションの理念にのっとってお話をして、それでもわかり合えない場合はしかたのないことだと思います。 Q4 シフトの正解がわからない。誰にも頼れない場合はどうすればいい? E戸:みんなにとって正解の訪問看護のシフトなんてないですよ。色々悩んでも結論は絶対でない。ひとりで気負わずに、みんなで考えればいいんだと思います。『自分でなんとかしなくては』っていうんじゃなく『みんなで考えましょう』って、看護師に言ってしまうのも手だと思いますよ。 S山:僕も最初、訪問看護のシフト調整にすごく悩んでいたんですが、今になって振り返れば、なんであのとき人に相談しなかったんだろうと思います。訪問看護ステーション内に頼れる人がいなくても「訪問看護ステーション連絡会」や「教育ステーション」など、地域ごとに訪問看護の悩み相談ができる窓口もあるし、まず誰かに頼ってみてください。ステーション内の看護師に自分が悩んでいることを打ち明けるのも良いと思います。そうすれば、自分ごと化して一緒に悩んでくれる人もでてきます。そういう協力者をどれだけ見つけられるかが大事なんじゃないでしょうか。 E戸:それでも訪問看護のシフトの空きができたら「もうしかたない。自分が出勤しよう」と割り切る覚悟だけしておけば、気持ちがラクになるんじゃないでしょうか。ときには、背中を見せてついてきてもらうことも必要です。 S山:背中を見せてもついてこないタイプの看護師には、懇切丁寧に説明して成長を促すしかないですね。このあたりは看護師教育の話になるのでまた今度にしましょうか。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集 会員限定
2021年12月14日
2021年12月14日

【セミナーレポート】24時間365日体制の整備、訪問看護の機能拡大/訪問看護のこれから<前編>

2021年9月30日(木)、NsPace(ナースペース)主催で行った「訪問看護のこれから」についてのパネルディスカッションの様子を2回に分けてお伝えします。 ※全90分間のパネルディスカッションのなかから一部ピックアップしてお届けします。 【パネラー(3名)】●落合実さん「ウィル訪問看護ステーション」を運営するウィル株式会社 取締役。2019年からは「ウィル訪問看護ステーション福岡」管理者・緩和ケア認定看護師を兼任。 ●新屋将之 さん精神科病棟にて9年間勤務。現在は、精神科訪問看護「コモレビナーシングステーション」の業務委託やダンサーとして働いている。 ●関口優樹さん看護師として新卒で「ウィル訪問看護ステーション」へ就職し2年間勤務。現在は訪問看護分野での執筆活動を行っている。 【パネルディスカッションテーマ】1 24時間365日体制の整備や規模拡大について2 訪問看護の機能拡大とは?3 『看護の質』の評価について4 地域包括ケアへの対応について 1 24時間365日体制の整備や規模拡大について 落合:まずは「24時間365日体制の整備や、訪問看護ステーションの規模拡大を推進するうえでの問題は?」というテーマから始めたいと思います。お二人はご経験をふまえて、いかがですか? 新屋:僕が勤務していた訪問看護ステーションでは、「夜の対応が必要なときはどう対応するか」について、事前にスタッフと利用者との間で話し合っていたので、頻繁な電話は多くはなかったと思います。 関口:小規模の訪問看護ステーションでは、24時間365日体制をとるといっても実質、管理者さんだけがオンコール携帯をもっているところも多いって聞きます。まず人の確保が難しいのかなと思います。 落合:人の確保は多くの訪問看護ステーションが抱える課題ですね。24時間の対応体制加算は、多くの事業所が算定しているんだろうと思います。ただ、実質24時間365日体制で運営しているのかっていうと、実態は違うところも多いんじゃないかなと思うんですけど、どうなんでしょう。どうしたら無理なくやれるんでしょうね? 関口:訪問看護師として仕事をしていたときオンコール担当をしたことがあるんですけど、コール携帯を持ってる日は常にドキドキしてました。オンコールが来ても起きられないんじゃないかと思うと心配で眠れなくて(笑)。だから毎日持っている人はすごいと思うし、心理的なストレスも大きいだろうなと。 落合:最近よく感じるのは、体力よりも心の方が大事だなという点ですね。僕が運営してる「ウィル訪問看護ステーション福岡」では週に1回はオンコール担当が回ってくるシフトなんですけど、ときには夜間に2回呼ばれることもあります。前提として防げるオンコールであれば防ぐべきだと思っているんですが、防ぎようがないこともたまにあって。もう体力的にしんどいことはわかっていつつ、「自分がオンコール対応をしているから、利用者さんは今自宅で過ごせている」と思えるかどうかというのが大事だと思っています。ひいては、ステーション内でそういう組織風土を作れるかというのがとても大きい。 新屋:大変な仕事ほど、看護師自身が、意味のあることをしていると思えるかどうかというのは大事ですよね。 落合:一方で、僕たちが提供する看護の質が上がれば、実はオンコール対応で呼ばれないのかもしれないという思いもあります。オンコール対応が必要な患者さんを看れたことは尊いことだね、でも質も高めていかないといけないねと、メンバーとはよく話しますね。 新屋:もし、そういう風に思えない文化や雰囲気ができてしまいそうになったら? 落合:忙しくてということであれば、患者さんの人数を少し減らすことも検討するかもしれないですね。患者さんのケアは大事ですが、訪問看護師が気持ちよく患者さんを看れることも大事なので。また、24時間365日体制での訪問看護に対応できるだけの人の確保や心身の準備を整えようとしつつも、難しいのであれば、稼働実態としては24時間365日体制ではない運営方法を模索することも大切なんじゃないかと考えています。 2 訪問看護の機能拡大とは? 落合:「機能強化型看護」「小規模多機能」ってこれから増えるんですかね? 「看護小規模多機能型居宅介護(以降かんたき)」すごくステキでいいイメージはあるけど、どうなんでしょう。 関口:以前「かんたき」をやってる施設の取材をしたことがあります。利用者さんからすれば、なにもかも任せられるから安心だろうなと思いましたね。ただ、なにもかも施設内でやるから、仮に利用者さんとケアマネさんの相性が悪いとかなった場合は、選択肢がちょっと狭まるのではとも感じました。 落合:囲い込みが起こるんじゃないか、それは利用者利益なのか、という問題ですね。僕は「機能強化型看護」は、これから増えると思っているし、増えないといけないと思っています。小規模な事業所が多いですが、機能強化型くらいに規模化すると利用者利益を提供しやすく、またスタッフも働きやすくなる環境がより整うと感じています。 新屋:落合さんのところも機能拡大していく方針なんですか? 落合:規模は拡大したいなと思いますが、多機能化するとマネジメントロスしそうという危惧もあります。僕だけですかね? 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

特集
2021年12月14日
2021年12月14日

年末年始【訪問看護のシフト調整】ベテラン管理者に聞くシフト調整の基本

1年のなかで、最も訪問看護のシフト管理に気をつかう年末年始。悩ましい問題だけど誰にも相談できない……という方も多いのではないでしょうか。今回はベテランの管理者さん2名に年末年始の訪問看護におけるシフト調整の基本についてうかがいました。 目次▶ 「年末年始のシフト調整に協力的な看護師」に甘えてはいけない▶ 常勤看護師4名、平均年齢35歳のステーションのケース▶ 常勤看護師20名、平均年齢25歳のステーションのケース▶ これが年末年始、訪問看護シフト調整の大基本! 日頃からの意識統一が大事 プロフィール/ E戸さん(シフト管理歴10年目)病棟や複数の訪問看護ステーションでの勤務を経て2018年に起業。訪問看護ステーション経営者として看護師の教育を行いながら、自身も訪問看護師として活躍。管理者として勤務していた時期を含め、今年でシフト管理歴10年目のベテラン看護師さん。 S山さん(シフト管理歴4年目)急性期病棟で看護師として活躍したのち訪問看護へ。新規訪問看護ステーションの立ち上げから携わり、シフト管理歴は今年で4年目。看護師3名体制から始まり、現在は合計20名のシフトを管理している。20代看護師の育成にも尽力。 「年末年始のシフト調整に協力的な看護師」に甘えてはいけない S山:僕は、こういう看護師が年末年始のシフト調整に協力的でありがたいなと感じています。 【シフト調整に協力的な看護師】・独身で土日休みを希望していない看護師・家族に医療関係者がいる看護師・利用者目線が高い看護師 E戸:僕のところも同じです。協力を得やすい看護師はいますが、だからこそ、その方だけに負担がいかないようにするのが重要ですよね。 S山:少しずらした時期で有給を取得してもらったり、年末年始に出勤してもらう場合は『年末年始ならでは』の少し楽しい勤務をしてもらったり、という配慮も必要だと思っています。 E戸:協力的だからといって、毎年同じ方ばかりにお願いするのも避けたい。僕を含め、休んだ方は忘れてしまうけど、出勤した方は絶対に覚えていますから(笑)。特定の看護師がシフトの不満をためこんでしまうことがないよう、手当や休暇の部分でしっかりサポートします。 E戸さんの訪問看護のシフト調整テクニック 常勤看護師4名、平均年齢35歳のステーションのケース E戸:僕なりの年末年始の訪問看護におけるシフト調整テクニックをご紹介します。配偶者や子どもがいる看護師も在籍していますが、全員がオンコール対応できる体制を作っています。 【シフト管理を行っている訪問看護ステーションの基本情報】・24時間365日対応・看護師の人数:4人(常勤)+1人(非常勤)・所属看護師の年齢:31歳~48歳(平均年齢:35歳)・固定給制度 【年末年始のシフト調整難易度】いつもとても苦労する 【年末年始手当】5,000円/1件あたり ※12月31日~1月3日の期間 【ここがポイント】Point1 年末年始の勤務記録を見える化2019年、2020年、2021年……と、それぞれ年末年始に勤務した看護師を記録し、全員がひと目でわかるようにする。勤務記録をもとに訪問看護のシフト調整を行い、毎年同じ人が年末年始勤務を担当することがないようにしている。 Point2 全員でホワイトボードに出勤可能日を書き出す年末年始のシフトを決めるときは、全員参加でホワイトボードを活用。過去の年末年始の出勤履歴を見返しながら、自分が出勤できる日を自主的に書き込んでもらう。 Point3 大晦日と正月は訪問数を減らせるよう事前に調整年末年始の看護負担が大きくならないよう、利用者さんとも事前に連携。大晦日と正月は訪問数を減らせるように早めに調整を行う。 S山さんの訪問看護のシフト調整テクニック 常勤看護師20名、平均年齢25歳のステーションのケース S山:次は僕の年末年始の訪問看護におけるシフト調整テクニックをご紹介します。うちは20代の独身看護師が多く在籍していて、年末年始はどうしても休みたい! という方も少ないので、比較的シフト調整はスムーズだと思います。 【シフト管理を行っている訪問看護ステーションの基本情報】・24時間365日対応・看護師の人数:20人(常勤/4拠点合計)  ※訪問看護ステーション4拠点分のシフトをまとめて管理   ステーション間での看護師の行き来も頻繁にある・所属看護師の年齢:22歳~35歳(平均年齢:25歳)・固定給制度 【年末年始手当】1,000円/1件あたり ※12月31日~1月3日の期間 【年末年始のシフト調整難易度】普段と変わらない 【ここがポイント】Point1 11月初旬から看護師に年末年始休みの希望表を提出してもらう早め早めの調整が重要。全員に希望表を提出してもらい、11月初旬から調整を始めることで、不平等感のない訪問看護シフトに近づけていく。Point2 11月初旬から利用者にも希望を確認する利用者の方の要望に応じて必要な看護師の数を設定。できるだけ多くの看護師が休みをとれるための根回しも欠かさない。 Point3 看護師に出勤をお願いするときのポイントは『平等性』と『特別感』本人の希望通りのシフトを組むことが難しく年末年始の出勤をお願いするときは、『平等性』という視点から「なぜあなたに頼むのか」を伝える。そのとき「○○さんだからお願いしたい」と特別感を出して依頼すると承諾してもらいやすい。 これが年末年始、シフト調整の大基本! 日頃からの意識統一が大事 E戸:年末年始やゴールデンウイークなどの訪問看護におけるシフト調整はたしかに難しいですが、大前提として大事なのはこれだと思っています。 重要Point 利用者さんと看護師を固定化しないためのルール決め E戸:1人の利用者さんを1人の固定の看護師が看る体制をつくってしまうと、ゴールデンウイークや年末年始に看護師が休みにくくなりますから。だからそれを防ぐために、利用者の方との契約段階から「看護師の指名はできない」ことを伝えて理解してもらっています。 S山:そうですよね。利用者さんの気持ちをくんでどうにかしたい気持ちもあるんですけど、看護師を守らないといけない立場だからバランスが難しい。それに、担当制にすると自己犠牲でがんばりすぎる看護師が出てきてしまうんですよね。 E戸:看護師側も「私じゃなきゃこの利用者さんは看られない」なんて考えるようになってしまう人も、少なくないですからね。でもそれだと健全な関係を保てなくなることも多い。だから利用者さんに対してもだし、看護師に対しても『みんなで看る』ことを徹底するのが重要ですね。 記事編集:YOSCA医療・ヘルスケア

インタビュー
2021年12月14日
2021年12月14日

訪問診療クリニックで働くということ(前編)

サラリーマンを経験してから看護師になった訪問診療専門のクリニックに勤務する菅 基さんに、訪問看護ステーションとの働きかたの違いなどを語っていただきました。 自己実現とライフステージに合致した職場を求めて 私は私立大学で社会学を学び、一度は一般企業に就職しました。しかし仕事にやりがいを感じられず、どうせなら資格を生かした仕事をしたいと考え、家族など周囲に医療系の仕事をしている人が多かったことから、看護学校に入学しました。 卒業後、病棟で5年、訪問看護ステーションに2年勤務したのち、訪問診療専門のクリニックに看護師として入職しました。現在は、杉並PARK在宅クリニックに在籍しています。 訪問看護ステーションでは学ぶことも多かったのですが、ちょうど自分の結婚というライフイベントのタイミングと重なり、家庭も大事にしたいと思い、家から通いやすい範囲にある職場を探しました。すると、近所で訪問診療クリニックが看護師を募集していて、これまでとは異なるスキルを得られるのではと考えて転職しました。 当院は東京都杉並区西荻窪に2021年4月に開院したばかりです。家庭医療専門医である田中公孝院長とは、前職(三鷹市のぴあ訪問診療クリニック三鷹)からのお付き合いで、今回、クリニックの立ち上げから参加しました。 『個』から『集』へのジョブチェンジ 訪問診療クリニックでの仕事は多岐におよびますが、一つには医師の訪問診療に同行して、必要な用具や機器を揃えるなど、診察のサポートを行います。 訪問看護は通常一人で訪問しますが、訪問診療は当院の場合、院長と私と相談員の3人のチームで訪問します。そして、チームのなかで、自分がどういうスキルを提供できるのかを常に考えながら行動します。言ってみれば、訪問先では訪問看護ステーションは「個」の仕事、訪問診療クリニックは「集」の仕事と考えます。 「個」の仕事である訪問看護は、訪問先では基本最初から最後まで一人で完結するため、判断力や行動力が磨かれます。しかし困ったときにすぐ横に相談できる人がおらず悩みを抱えがちになってしまう面があります。 一方、「集」で行動している現在は、常に医師と相談しながらケアを提供できる点で絶対的な安心感があります。ただし、訪問同行は医師が主体のため、訪問看護のときほど自分が前面に出ることは、さほどありません。 地域をよく知り医療中心の多職種連携の要となる 訪問同行以外では、「多職種連携の窓口」も大切な仕事の一つです。 訪問看護師は医師の指示のもとでサービスを提供しますが、患者さんの状態についての報告や相談など、看護師から医師に連絡するのは気が重いと感じる方も多いと思います。その点、連絡先である訪問診療クリニックに看護師がいれば、訪問看護ステーションの看護師は相談しやすいと思います。 私自身も、看護師とのコミュニケーションの際には、先生には言いづらいことも話してもらえるよう意識して接しています。 これは訪問看護ステーションにもいえると思いますが、在宅系サービスを新たな地で新規開業するには、地域のコミュニティーの傾向をよく知り、そこにいかに入り込むかが重要だと思います。 開業時には、地元の医師会やケアマネ協議会、地域包括支援センターなどのほか、商店街など地域をよく知る方たちにも挨拶に伺いました。この地(西荻窪)は、訪問診療の導入が想像していたより多くなかったこともあり、地域包括支援センターや居宅介護支援事業所からは「頼りにしています」と受け入れてもらいました。 ICTの導入で効率化を図り残業を削減 現在、患者さんは、地域包括支援センターや居宅介護事業所、訪問看護ステーションから紹介いただくケースが多いですね。よく連絡する先にはどのような連絡手段がもっとも受け入れられやすいかを知っておくと、スムーズな連携につながります。 当院の場合は電話と医療介護専用のSNS(LINEのようなソーシャルネットワークシステム)などのICTも積極的に利用しています。日々の業務では、緊急を要する場合は電話で、急ぎではないときはSNSを使うなど、臨機応変に使い分けています。 連携している訪問看護ステーションの中には、ICTを利用していないところもあるのですが、業務量の削減という観点からは、導入するメリットは大きいと思います。 ICTの活用でも、変わらない大事なこと 電話やファックス、メールなど従来の連絡手段では、すぐに電話に出られなかったり、事業所に戻ってからでないと対応できなかったりするため、どうしても記録や連絡などの事務業務は残業になってしまいがちです。でもICTツールを使えば、隙間時間にササッと連絡できるし、スマホやタブレットで連携できるので、事務所にいないときでもチェックできます。 ただICTツールばかりに頼ると、こちらが意図したことを誤解したままサービスが提供されていたり、すれ違いが起こったりする場合もあるので、合間あいまに電話で直接話して、相手との目線を合わせることは必要です。これは当院の院長も常日頃から言っていることで、どんなに便利なツールがあっても、最終的には人と人との関係性が重要なのです。(後編へ続く) ** 菅 基(すが もとむ)杉並PARK在宅クリニック(東京都杉並区)看護師 杉並PARK在宅クリニックhttps://www.suginami-park.jp/ 記事編集:株式会社メディカ出版

特集
2021年12月14日
2021年12月14日

第6回 ハラスメント、育児・介護と仕事の両立支援編/[その2]パワハラとアンガー・マネジメント 自分が加害者にならないために

2019年に改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)が成立し、2020年6月から大企業で施行されました。そして、2022年4月からは中小企業においても本格施行される予定です。前回はセクハラについて扱いましたが、今回扱うパワハラについても、今後は本腰を入れた対応が求められます。本サイトの読者の方々には事業所の管理者層の方も多いかと思いますが、管理者の方が特に注意しなければならないのは「自分がパワハラの加害者になっていないか?」ということです。 ここでは、何がパワハラになるのかをご説明し、さらに「アンガー・マネジメント」という手法をご紹介します。 実は私は、事業所のスタッフの中でどうしても苦手な人がいます。後輩なのですが、私の方針に口出ししてくるんです。それがまた、いちいち正しい指摘なので腹が立ってしまって……苦手意識があるので、その後輩にはできるだけ仕事を与えないようにして、口出しをされないようにしたいなと思っています。これは、許されることでしょうか?いいえ、パワハラに当たる可能性があるのでやめておいたほうがよいでしょう。 パワハラの定義 法的には、パワハラとは、以下の3つの要件をすべて満たすものを指します。 【労働施策総合推進法30条の2第1項】①職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより③その雇用する労働者の就業環境が害されるもの ①は、上司が部下に嫌がらせをする場合が典型です。ただし上司よりも部下のほうが専門知識をもっているような場合に、部下が上司に業務上の嫌がらせをすればパワハラになることもあります。 ②は重要です。つまり、業務上の指導が何でもかんでも「パワハラだ」と言われてしまうと、上司は部下に何も注意ができなくなってしまいます。そのため、「業務上必要かつ相当な範囲」の指導は許されます。逆に、そういった範囲を超えた「行き過ぎた指導」がパワハラになるということです。熱心に指導していたつもりが実はパワハラになっていた……なんてことにならないように注意しましょう。 ③は、「それをされたら普通の人だったら嫌だと思うよね」といえるかどうかで判断します。特別に傷つきやすい人が、普通の指導で傷ついたとしても、それはパワハラとはいえません。 パワハラにも6つの種類がある 前回の記事で書きましたように、厚生労働省はセクハラについて詳細な指針を出していますが、パワハラについても詳細な指針を出しています。事業所におけるパワハラ対応は、基本的にこの指針に沿って行うことが求められます。 この指針では、どういった行為がパワハラに当たるのかについて6つの分類をしています。これはとても重要な分類なので、ぜひ覚えておいてください。 【厚生労働省のパワハラ6分類】(1)身体的な攻撃(暴行・傷害)(2)精神的な攻撃(脅迫・名誉棄損・侮辱・ひどい暴言)(3)人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)(4)過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制・仕事の妨害)(5)過小な要求(業務上の合理性なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)(6)個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)(詳細は以下のURLの3ページ目以降を参照してください。厚生労働省『パワハラ防止指針』https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf) ご質問のケースを6つの分類に当てはめてみよう ご質問のケースでは、「後輩にはできるだけ仕事を与えないようにしたい」ということですが、その理由が「後輩に正しい指摘をされて腹が立つから」というのでは、上司として合理的な理由があるとはいえないでしょう。 そのため、6つの分類の「(5)過小な要求」に該当するおそれが高いといえます。上司であるならば、部下に対して自らの非を認められるだけの器量を持ちたいものです。 なお、パワハラについて事業所が行うべきことは、前回の記事に書きました10個の対処と基本的に同じですので、そちらをご覧ください。 コラム 「アンガー・マネジメント」を学ぼう! 管理職の中には、「最近の自分は、どうも怒りっぽくなったなあ。どうしてこんなに怒ってしまうんだろう……昔はこうじゃなかったのに……」と悩んでいる人もいるかもしれません。 そのような人は、ぜひ、「アンガー・マネジメント」を学んでみてください。これは「自らの怒りをコントロールする手法」をいいます。 「アンガー・マネジメント」で検索すれば多くの書籍が出てきますので、詳細はそちらに譲るとして、ここでは大枠をご説明します。 人は、仕事に慣れて一通りのことができるようになり、自信がついてくると、知らず知らずのうちに、自分の中に「自分だけの常識」を作ってしまいます。「どうしてこれができないの!」「この仕事はこうやって進めるべきでしょ!」「そんなの当たり前でしょ!」「そんなの常識でしょ!」といったことをよく言ってしまう人はいませんか? この「どうして」「べき」「当たり前」「常識」といった言葉を使ってしまう人は、要注意です。自分の中に「自分だけの常識」を作ってしまっている可能性があるからです。 そして人は、この「自分だけの常識」に反することをされると怒りがわいてくると言われています。例えば、あなたが「朝は始業時間の30分前には職場に来ているべきだ」という「常識」を持っている場合には、後輩が始業時間の5分前に来ると怒りがわいてくるでしょう。 ポイントは、このような常識は経験を積まないと作られないということです。つまり、パワハラとは、経験を積んだ職業人にありがちな典型的な落とし穴・症状と言えるのです。 かつてのタバコの煙のように、パワハラ防止法が施行されるこれからの社会においては、「怒りの感情」は、社会から煙たがられ、疎まれる存在になるでしょう。その意味で、アンガー・マネジメントは、今後、必須のビジネス・スキルになると思います。 アンガー・マネジメントの出発点は、「自分だけの常識」が何かを知ることから始まります。ぜひ、一度しっかりと内省し、ご自身の心の声に耳を傾けてみてください。 ・どういった行為がパワハラに当たるのかは厚生労働省のパワハラ6分類を確認しましょう。・自分がパワハラをしないために「アンガー・マネジメント」を学びましょう。 ** 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/ 記事編集:株式会社照林社

特集
2021年12月7日
2021年12月7日

第6回 ハラスメント、育児・介護と仕事の両立支援編/[その1]スタッフをセクハラから守る! 事業所がとるべき10の対処

セクハラというと聞き慣れた言葉ですが、「具体的にどういった行為がセクハラになるの?」と聞かれると、正確に答えるのは案外難しいかと思います。 今回は、何がセクハラに当たるのかを解説し、さらに従業員がセクハラをしたり、利用者がセクハラをした場合、事業所としてどのように対応すべきかをご説明いたします。 若手の女性看護師から、「同僚の男性スタッフから、しつこく食事に誘われて困っています。どうしたらいいですか?」と相談されました。これはプライベートなことですし、恋愛事なので、事業所としては放っておいていいですよね? いいえ。セクハラになり得ますので、きちんと相談にのってあげる必要があります。 セクハラとは? セクハラの法的な定義は次のとおりです。 【男女雇用機会均等法11条1項】①職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、②又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されること 少しややこしい言葉が並んでいますが、①の典型例は、上司が部下に性的な関係を要求したところ、部下がそれを「拒否」したため、上司が「逆恨み」して部下を降格するような場合です。一般に「対価型セクハラ」と呼ばれています。 対して②の典型例は、上司が部下の体を度々触るために、部下が苦痛に感じて仕事に行きたくなくなるような場合です。部下が「拒否」していなくても成立する点がポイントです。就業環境を害する点をとらえて「環境型セクハラ」と呼ばれています。 具体的に何がセクハラになるの? セクハラについては、厚生労働省が指針を出しています。 ただ、この指針では「事業所内にヌードポスターを掲示した」といったような極端な例しか挙げていません。そのため、「ここまでやらないとセクハラじゃないのか」といったふうに、セクハラを軽く考えてしまうおそれがあります。 そこで事業所としては、セクハラを撲滅するという観点から、国家公務員に適用される「人事院規則」を参考にするほうがよいでしょう。こちらのほうがセクハラをより厳しくみています。 【人事院規則でセクハラに当たるとされている例】・スリーサイズを聞くなど身体的特徴を話題にすること。・聞くに耐えない卑猥な冗談を交わすこと。・体調が悪そうな女性に「今日は生理日か」、「もう更年期か」などと言うこと。・「男のくせに根性がない」、「女には仕事を任せられない」、「女性は職場の花でありさえすればいい」などと発言すること。・「男の子、女の子」、「僕、坊や、お嬢さん」、「おじさん、おばさん」などと人格を認めないような呼び方をすること。・食事やデートにしつこく誘うこと。・女性であるというだけで職場でお茶くみ、掃除、私用等を強要すること。・カラオケでのデュエットを強要すること。人事院『人事院規則10―10(セクシュアル・ハラスメントの防止等)の運用について』の別紙第1から抜粋https://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/10_nouritu/1032000_H10shokufuku442.html なお、セクハラは、上司・部下の関係になくても成立しますし、同性同士であっても成立します。例えば、「男性スタッフが、同期の男性スタッフに対して、卑猥な冗談を言う」といったこともセクハラになり得ます。 食事の誘いはセクハラ? ご質問のケースでは、人事院規則の「食事やデートにしつこく誘うこと」に該当する可能性があります。 ただし、食事やデートに誘うことがすべてセクハラになるということではありません。当然、相手が嫌がっていなければセクハラにはなりません。問題は「相手が嫌がっているかどうか」は主観的で、外部からわかりにくいということです。そこで、誘われた側が「あなたとは食事に行きません」ということを明確に伝えることが重要になります。 とはいえ、そういったことをはっきりといえないからこそ悩んでいるのでしょう。 そこで相談を受けた人が、本人に代わって、先方に対して「食事に何度も誘っているようだけど、本人が嫌がっているから今後はやめてあげて。この注意を受けてもまた誘うようだと、それはセクハラになるから、あなたに対して懲戒処分や配置転換を検討することになりますよ」などと伝えることになります。 事業所としてやるべき10のこと 先に紹介した厚生労働省の指針では、事業所は、スタッフをセクハラから守るために、次の10個の対処を行わないといけないとしています。 ①ハラスメントを許さず、②厳正に対処する旨を周知する。③相談窓口を設置して、④広く相談を受けつける。⑤相談があれば、事実関係を確認し、⑥被害者を支援し、⑦行為者に適切な措置を行う。⑧研修などを通じて再発防止に努める。⑨双方のプライバシーには配慮する。⑩相談したことをもって相談者を不利に扱わない。(詳細は以下のURLの3ページ目にある「4」以降を参照してください。厚生労働省『セクハラ防止指針』https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf) なお、この10個の対処は、パワー・ハラスメントとマタニティ・ハラスメントについてもほぼ同じ内容が求められています。よって、スタッフからの被害相談窓口は、「セクハラ相談窓口」「パワハラ相談窓口」「マタハラ相談窓口」といったふうに別々の窓口にするのではなく、「ハラスメント相談窓口」として1つにまとめておくべきです。被害者からすると、自分が受けた被害がどのハラスメントなのかよくわからないことがあるためです。 相談窓口としては、自らの事業所内や法人本部に設けることもありますが、それですと従業員が気を使って相談できないので、外部の弁護士事務所などに窓口を委託することもあります。法人内において「ハラスメント防止規程」を作ることも検討しましょう。 コラム 利用者からのセクハラにはどう対応する? 利用者(患者)からスタッフに対するセクハラも、厚生労働省の指針における「セクハラ」に含まれるとされています。よって事業所としては、スタッフからそういう相談を受けた場合は、上記の10個の対処を検討しなければなりません。 ここでは特に、「⑤相談があれば、事実関係を確認し、⑥被害者を支援し、⑦行為者に適切な措置を行う」という点が重要です。 ⑤まず、事業所として、相談者から話を聞き、さらに必要であれば利用者からも事情を聞きます。⑥その上でセクハラがあったと思われる場合は、相談者をその利用者の担当から外して、別の男性スタッフに担当させることが考えられます。⑦加えて、利用者に対して、事業所から「今後は、絶対にハラスメントをしないでください。今後も迷惑行為が続くようであれば、契約解除を検討せざる得なくなりますので、ご注意ください」といった内容の通知書を出して反省をうながすことを考えてもよいでしょう。 事業所としてハラスメントに対応することは、これからの時代、必須のことといえます。ぜひ、本稿を参考にして、明日からでも対応を実践してみてください。 ・スタッフをセクハラから守るため、厚生労働省の「セクハラ防止指針」を確認しましょう。・相談窓口は「ハラスメント相談窓口」とし、セクハラだけでなく、ハラスメント全般についての相談を受けられるようにしておきましょう。 ** 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/ 記事編集:株式会社照林社

コラム
2021年12月7日
2021年12月7日

訪問看護の社長業~創業経営者 水谷氏から学んだこと 評価についての方針~

第12回は「評価(人事評価制度)についての方針」を紹介します。人が人を評価・査定して給与の昇給額を決定するわけですが、公平・適正・透明性が重要です。評価の項目や基準が明らかで、成果が適切に昇給や昇進に結び付くことが分かれば、社員は納得して目標や業務の達成に励みます。結果として、社員の会社へのエンゲージメント(貢献度)が高まり、また会社の成長・業績へも貢献してくれます。評価制度は社員と会社の成長を促す重要な役目も担っているのです。 好き嫌い判断を最小限にする 1.管理職、専門職、総合職、事務職別の評価シートに基づき、①会社・事業所成績、および個人成果(売上貢献度)による定量評価 ②上司による定性評価③自己による定性評価上記3つの加重平均値を出して、評価ランキングを基準に評価します。 2. 成績、成果等定量による評価が50%、上司からの定性評価が35%、自己評価が15%の割合で評価ランキングを付けます。正社員も非常勤社員も同様に評価します。 3.評価ランキングは、S・A・B・C・Dの5段階に分類します。Sランクが当然一番昇給します。Dランクは相当危惧が大きく、継続困難も視野に入れて対応します。 S=95点以上A=85~94点B=65~84点C=50~64点D=49点以下5%10%70%10%5% 4.クレーム・遅刻などの勤務不良・ご批判・トラブルが多くあるスタッフは、当然低評価になります。 5.昇給原資は、雇用契約内容、事業所の売上・利益計画の達成とも連動します。とはいえ、基本的には、社員各自の労働生産性が向上したかどうか(計画の達成率)を評価することが肝要です。 6.正社員、非常勤社員、時給制社員とも、報酬基準表(等級号俸表)に基づく管理とします。 7.職種別評価判断基準の概要①管理職/管理者   :会社・事業所の経営計画に対しての実績が評価基準            (達成=80点)②専門職       :計画訪問数達成=80点が基準③一般総合職・事務職等:担当事業の計画達成=80点が基準 もともと多くの企業では一般的に年齢や勤続年数に比例して給料や地位がアップする年功序列制度を採用していました。ただし現状は日本型の雇用システムは衰退の一途をたどっています。医療・介護業界の人事評価においても、年功序列型から、仕事の結果や業績、貢献度などで評価する「成果主義」、プロセスも評価する「能力主義」へと変わってきています。水谷氏はソフィアメディ創業当初から一貫して、賞与や細かな手当ばかりで額面を増やす給与体系ではなく、年俸制の給与体系を主軸として採用していましたが、「成果主義」「能力主義」の先駆けだったのではないでしょうか。今後の業界動向(介護保険報酬など)を鑑みても、この評価・給与体系はますます主流になってくるものと思いますので、まずは前述の方針を基本として参考にすることをおススメします。 さて「水谷氏から学んだこと」もいよいよまとめです。絵にかいた餅にならないよう、どのように方針を浸透させていくかが、実はたいへん重要です。次回は「方針の徹底について」お話しします。 ** 一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長  上原良夫 【略歴】2012年ソフィアメディ(株)入社。訪問看護事業の営業開発課長・教育研修事業部長・介護事業統括部長・医療連携推進室長を経て、(株)CUCの支援医療法人の訪問診療事務長、在宅事業企画担当。2020年7月より一般社団法人訪問看護エデュケーションパーラー理事長に就任。訪問看護事業の教育研修企画・ 各種 コンサルティング、業務委託においてアームエイブル(株)ゼネラルマネージャー兼務

特集
2021年11月30日
2021年11月30日

第5回 賃金・退職・懲戒・解雇編/[その4]遅刻常習者の懲戒処分は可能? 管理者が押さえておきたい懲戒・解雇の注意点

従業員が非違行為(悪い行い)をした場合、事業所としてそれを放っておかずに、懲戒処分を行うかを検討すべきです。懲戒処分が問題になる従業員とは、後々、法的紛争に発展することが予想されるため、法律面をしっかりと押さえた対応が求められます。 あるスタッフが3時間も遅刻をしてきました。理由を聞くと単なる寝坊だということです。このスタッフは日頃からやる気がないので、いっそのこと解雇にしたいと思っています。これまでにこのスタッフを懲戒処分にしたことはありませんが、今回の件で一発解雇ということはできないものでしょうか? これだけの事情では解雇できません。解雇は労働契約法16条によって厳しく制限されています。 一発解雇ができる場合とは 前回の記事「[3]「2週間後に辞めます」でも問題なし? 急な退職申し出を受けたらどうする?」で述べたとおり 、「解雇」とは、使用者(会社)が一方的に雇用契約を終了させるもので、いわゆるクビのことです。解雇には「普通解雇」と「懲戒解雇」がありますが、いずれであっても労働契約法16条が適用され、解雇できる場合は厳しく制限されています。「気に入らないから解雇」ということは認められません。 【労働契約法第16条】解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。 一発解雇ができる場合というのは、典型的には、職務に関連して犯罪を意図的に行ったような場合です。例えば、銀行員が銀行のお金を横領したり、訪問看護のスタッフが利用者様の居宅で窃盗を行ったような場合が挙げられます。 対して、ご質問のケースのように誰もが起こしうるミス・不始末を理由として一発解雇をするというのは難しいです。 悔い改める機会を与えていたか とはいえ、同じようなミス・不始末を何度も行う従業員をいつまでたっても解雇できないということでもありません。ポイントは、「これまでに、その従業員に対して悔い改める機会を与えていたか」という点です。 遅刻をするスタッフがいるとして、最初は口頭で注意し、それでも遅刻することがあるので懲戒処分の中でも比較的軽い「戒告」として反省をうながし、それでも遅刻を繰り返すので今度は「出勤停止」という比較的重い懲戒処分を下して強く反省を促し、それでも改善しないので最終的に「懲戒解雇」にするということは、場合によっては許容されます。 重要なことは、そのように段階を踏んでいったことを裁判所にもわかってもらえるように、証拠を残しておくということです。「致命的なミスや不始末じゃないから、まあ放っておいたらいいか」という対応を続けていると、後々になって解雇をしたいと思っても、何も「積み重ね」がないため解雇できないという事態になりかねません。「解雇をするには積み重ねが必要だ」ということを強く意識していただければと思います。 解雇できる場合は厳しく制限されていますので、一発解雇はなかなかできません。「解雇をするには積み重ねが必要だ」という視点を持ちましょう。 先ほどの遅刻をするスタッフに対して「戒告」の懲戒処分をしたいと思います。どのような点に注意して進めるべきでしょうか?  ①懲戒事由該当性(就業規則上の根拠)、②懲戒処分の相当性、③適正手続きの3要件を満たすようにしましょう。 懲戒処分を行う際に注意すべきことは? 懲戒処分には、譴責・戒告・減給・降格・出勤停止・諭旨解雇・懲戒解雇などの種類がありますが、そのいずれをするにしても、①懲戒事由該当性(就業規則上の根拠)、②懲戒処分の相当性、③適正手続きの3要件を満たす必要があります。1つずつ見ていきましょう。 ①懲戒事由該当性(就業規則上の根拠) まず、就業規則の「懲戒」の章において、今回のミスや不始末が懲戒事由として規定されているかをチェックします。規定されていないならば懲戒できません。 そこで、懲戒事由をあらかじめ網羅的に規定しておくことが必要となるわけですが、すべての事象を予測して規定しておくことはできません。そのため、懲戒事由として、「その他前各号に準ずる程度の不都合な行為があったとき」などとして、包括的な条項を設けておくことが必要になります。 ②懲戒処分の相当性 次に、「比例原則」と「平等原則」を満たすことを意識しましょう。 比例原則とは、軽い懲戒事由に対しては軽い懲戒処分を選択し、重い懲戒事由に対しては重い懲戒処分を選択すべきというふうに、懲戒事由とそれに対する懲戒処分は比例していなければならないことをいいます。「遅刻」という軽い懲戒事由に対して、いきなり懲戒解雇という重い懲戒処分を選択すると、比例原則違反になります。 次に、平等原則とは、同じようなミスや不始末に対する懲戒処分は、社内の他の労働者との間で同じものであるべきという原則です。例えば、遅刻をした労働者が2人いたならば、原則として2人の処分は同じであるべきということです。ポイントは、「過去の懲戒事例と比べても、平等な取り扱いになっているか」ということです。過去には遅刻を黙認しておきながら、今回から急に重い処分にするということは基本的に許されません。そのため、法人内において、過去に、いかなる事例に対していかなる懲戒処分を行ってきたのかを整理して一覧化しておくべきでしょう。 ③適正手続きとは 最後に、懲戒処分を行う前に、一度、本人に弁明の機会を与えましょう。「今回の遅刻に対して懲戒処分を行うことを考えていますが、何か弁明すべきことはありますか?」と尋ねるということです。 就業規則において弁明の機会を与えることになっている場合には絶対に必要ですが、そうでなくても、与えた方がベターといえます。 懲戒処分というと「職場の雰囲気・秩序」を乱すもののように思われがちですが、本来は「職場の雰囲気・秩序」を保つために行うものです。3つの要件を念頭において、時には毅然と対応することを心がけましょう。 懲戒処分を行う際は、就業規則に懲戒事由があらかじめ規定されているか、不始末の事由と処分がつりあっているか、対象者の処分に格差がないか、弁明の機会を与えたかという点をチェックしましょう。 ** 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/ 記事編集:株式会社照林社

特集
2021年11月24日
2021年11月24日

第5回 賃金・退職・懲戒・解雇編/[その3]「2週間後に辞めます」でも問題なし? 急な退職申し出を受けたらどうする?

スタッフから突然「仕事を辞めたいです」と言われた場合、どのように対応すべきでしょうか。スタッフは何日前から辞めると言えるのでしょうか。また、有給休暇を消化していないスタッフが、退職にあたって一気に有給休暇を申請してきた場合はどうすればよいのでしょうか。その場合に引き継ぎをきちんと行ってもらうためにはどういう方法が考えられるのでしょうか。今回は、退職の際に頭を悩ませる問題について、考えていきましょう。 私の事業所では、就業規則に「従業員が退職を希望する場合は、退職希望日の3か月以上前に申し出なければならない」と規定し、雇用契約書にも同様のことを記載しています。そうしたところ、先日ある正社員スタッフから、「転職をしたいので、2週間後に辞めます。」と言われました。事業所としては、引き継ぎや後任のスタッフの採用も必要なので困ります。就業規則に規定しているとおり「3か月後まで退職を認めません」と伝えていいですよね?いいえ。労働者は、2週間の予告期間をおけばいつでも辞職できます。これより長い予告期間を設定した就業規則は無効とされます。 まず、概念を整理しておきましょう。 図1 雇用契約終了の種類 「解雇」と「退職」の違い 雇用契約が終了する場合というのは、大別して、「解雇」と「退職」があります。「解雇」とは、使用者(会社)が一方的に雇用契約を終了させるもので、いわゆるクビのことです。解雇には「普通解雇」と「懲戒解雇」があります。ポイントは、解雇は労働契約法16条によって厳しく制限されているということです。 「退職」とは 「退職」とは、解雇以外の雇用契約の終了原因を指し、大別して「合意退職」と「辞職」があります。「合意退職」とは、使用者と労働者がお互いに合意して雇用契約を終了させることをいいます。対して「辞職」とは、労働者が一方的に雇用契約を終了させることをいいます。 ポイントは、労働者は特に理由がなくても辞職できるということです。 辞職の際の「2週間ルール」 辞職する時期については、無期雇用(正社員)の場合は、民法627条1項によって、2週間前の予告期間を設ければ、いつでも辞めることができるとされています。ある日突然、「2週間後に辞めます」と言うことが法的に許容されているわけです。 そして、この「2週間ルール」を会社が勝手に「30日前」や「3か月前」などに変更することはできません。 ご質問のケースでは、就業規則の規定は民法627条1項に反しているため無効となります。その結果、同項に基づいて、「2週間後に辞めます」という労働者の言い分が通ることになります。 無期雇用(正社員)の場合は、労働者は2週間の予告期間を設ければいつでも辞めることができるとされています。 ワンポイントアドバイス 民法の改正点 以前は、月給制の無期雇用(正社員)の労働者が、とある月の給与計算期間の終わりをもって辞めたいと希望する場合は、その給与計算期間の前半までに申し出ておく必要があり、給与計算期間の後半に辞職を申し出た場合は次の給与計算期間が終わるまで辞職できないという制約がありました(旧民法627条2項)。 しかし、2020年4月1日から施行された新しい民法においては、そのような制約は撤廃され、月給制の無期雇用の労働者であっても、2週間前の予告期間を設ければ、いつでも辞めることができることになりました。 この点は、法改正があった点ですので、古い知識をアップデートしておきましょう。 なお、有期雇用の労働者の場合は、労働者も「やむを得ない事由」がなければ辞職できません(民法628条)。ただし、1年を超える有期雇用の場合は、1年経過後は、労働者はいつでも辞職できます(労働基準法附則137条)。 Q1で辞職を申し出たスタッフに退職前の引き継ぎをお願いしようと電話をしたところ、そのスタッフから「2週間後に辞めるという意思に変わりはありません。さらに、これまで有給休暇をまったく消化できていなかったので、この際、未消化の有給休暇をすべて申請します。ですので2週間後の退職日までに職場に行くことはありませんし、引き継ぎもしません」と一方的に言われてしまいました。事業所として何か対応できる方法はありますか?「有給休暇の買い取り」を提案することはできますが、強制はできません。このような事態にならないように平時からの備えが大切です。 退職間際の有給休暇の申請に応じなくてはいけないの? 有給休暇の取得条件などについては、連載第4回の「[その4]有給休暇、パートでもアルバイトでも取れます」をご覧ください。 ご質問のようなケースは実務上よくあります。事業所としては、「せめて引き継ぎくらいしてほしい」と考えることでしょう。 しかし、有給休暇というのは労働者に認められた権利です。使用者には「その時期は忙しいから別の時期に取得してください」という時季変更権が一定の場合に認められていますが、退職することが決まっているスタッフの場合には、別の時期に有休休暇を与えることができないわけですから、時季変更権を行使することもできません。よって、申請があったとおり有給休暇を与えることになります。 引き継ぎはどうするの? 従業員が引き継ぎをすべき義務というのは、あくまで就労義務を負う範囲においてのみ負担していると考えるべきです。この点、従業員は、有給休暇を取得した日については就労義務を負っていませんので、引き継ぎを行う義務も負わないと考えることになるでしょう。 そうすると、「2週間後に辞める。それまでの間は有給休暇を申請するから引き継ぎもしない」というスタッフの言い分は基本的には通ることになります。 有給休暇の買い取り こうした場合は、「有給休暇の買い取り」を検討しましょう。つまり、「未消化の有給休暇分の賃金は別途支払うので、出勤して引き継ぎをしてください」とお願いするということです。 この点、有給休暇は、労働者にしっかりと休んでもらうことに意味があるので、「有給休暇を買い取るから出勤しなさい」と強制することは違法です。しかし、退職間際に従業員と合意のうえで未消化の有給休暇を買い取ることは違法ではありません。 ただし、この方法も強制はできず、あくまでお願いベースになります。 普段の事業所運営で心がけておくべきこと そこで、ご質問のケースのようにならないためには、普段から業務の内容を全体で共有しておいて、「特定のスタッフしか把握していない事柄」をできるだけ少なくしておくべきでしょう。 また、退職間際になって有給休暇を一気に申請されないように、普段からスタッフには有給休暇を取得させるようにして、未消化分を減らしておくべきでしょう。 「引き継ぎもしない辞職」というのは、多くの場合は、職場に対する強い不信感や不満からくる対応といえます。そのような事態にならないために、普段からスタッフとの信頼関係を築いておくことが何よりも重要です。 退職間際の有給休暇の申請には応じる必要があります。ただし、従業員と合意のうえで未消化の有給休暇を買い取ることは違法ではありません。 ** 前田 哲兵 弁護士(前田・鵜之沢法律事務所) ●プロフィール医療・介護分野の案件を多く手掛け、『業種別ビジネス契約書作成マニュアル』(共著)で、医療・ヘルスケア・介護分野を担当。現在、認定看護師教育課程(医療倫理)・認定看護管理者教育課程(人事労務管理)講師、朝日新聞「論座」執筆担当、板橋区いじめ問題専門委員会委員、登録政治資金監査人、日本プロ野球選手会公認選手代理人などを務める。所属する法律事務所のホームページはこちらhttps://mulaw.jp/ 記事編集:株式会社照林社

あなたにオススメの記事

× 会員登録する(無料) ログインはこちら