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インフルエンザQ&A
インフルエンザQ&A
特集
2023年12月12日
2023年12月12日

インフルエンザQ&A | 家族の外出は?消毒は?卵アレルギーでもワクチンOK?

インフルエンザは毎年ほぼ必ず流行するため、利用者さんからさまざまな質問を受ける方が多いのではないでしょうか。そこで本記事では、インフルエンザの症状や感染のリスク、ワクチンなど、よくある質問に回答します。訪問看護師さん自身の健康管理や利用者さんからの質問対応にぜひ役立ててください。 インフルエンザの基本 インフルエンザはインフルエンザウイルスによる気道感染症で、世界各地で冬季に流行し、特に高齢者や乳児は重症化しやすい傾向があります。日本では11月下旬から12月上旬に始まり、翌年の1~3月にピークを迎えます。 感染から1~3日の潜伏期間の後、高熱や全身症状(頭痛、倦怠感、筋肉痛・関節痛など)が現れ、咽頭痛・鼻汁・咳嗽などの上気道炎症状がみられます。1週間程度で軽快しますが、高齢者や基礎疾患を持つ人は合併症のリスクが高いため、より一層の注意が必要です。 インフルエンザの症状・原因・予防接種等については、こちらの記事もご参照ください。>>インフルエンザの症状・出席停止期間・2023~2024年冬の流行予測 インフルエンザQ&A ここからは、インフルエンザのよくある質問(利用者さんにも聞かれがちな質問)に回答します。 Q:家族がインフルエンザになったけれど外出していい? 家族にインフルエンザの患者がいても、自身の外出は制限されません。しかし、すでにインフルエンザに感染しており潜伏期間中の可能性があるため、人混みや繁華街への外出は避けた方がよいでしょう。また、体調が少しでも悪い場合は学校や職場などへは行かない方がよいと考えられます。どうしても外出する際は不織布製マスクの着用を検討し、感染を拡大させないよう心がけましょう。 Q:インフルエンザの感染防止には身の回りをどうやって消毒すればいいの? インフルエンザウイルスの感染防止には、アルコール消毒が有効です。 ドアノブや照明器具のスイッチ、手すりなど、ご家族が頻繁に触れる機会が多い部分は、アルコール消毒液を含んだウェットティッシュでこまめに拭くことで感染リスクを減らすことができます。食器や衣類は、通常どおりの洗濯や洗浄で問題ありません。 また、外から帰宅された際は、玄関にて手指のアルコール消毒を行います。その後、洗面所で石けんやハンドソープを使用した手洗いをすることで、家庭内にインフルエンザウイルスが持ち込まれにくくなり、感染防止効果を高めることができます。 Q:インフルエンザのワクチンはいつ頃に打てばいいの? インフルエンザの流行時期は12月~翌年4月頃で、1月末~3月上旬にピークを迎えます。ワクチンの効果が十分に現れるまでには4~8週間程度かかるため、12月中旬までには接種しておきたいところです。ただし、たとえ12月中旬を過ぎてワクチンを打ったとしても、ワクチンの効果が減弱することはありません。ワクチン接種より1〜2週で抗体が作られ始め、1ヵ月後に抗体量はピークとなります。その後、徐々に抗体量は減っていきますが、大体5ヵ月はワクチンの効果が持続します。 ワクチンを接種することで、感染拡大や重症化を防ぐことができますので、ご家族に小さなお子様や高齢者がおられる場合や、お子様や高齢者と関わるお仕事をされている場合は、12月中旬を過ぎても接種したほうがよいでしょう。 なお、インフルエンザワクチンは、13歳未満が2回接種(1~4週間間隔)、13歳以上は1回接種が原則ですが、受験生の場合はこの限りではありません。ワクチンの効果は、接種後2週間〜5ヵ月は持続するといわれていますが、1ヵ月をピークに徐々に効果が弱まるため、試験時期によっては、11月と1月など2回接種しておく方がよい場合もあります。迷った場合は、主治医に相談するのがよいでしょう。 Q:今年すでにインフルエンザにかかったけれど、ワクチンは打った方がいい? インフルエンザにはA型やB型など複数の株が存在し、A型にかかっても年内にB型にかかる可能性があります。そのため、今年すでにインフルエンザにかかったとしても、ワクチンの接種が有効です。 Q:ワクチンで卵アレルギー反応が出るってほんと? インフルエンザワクチンには極微量の卵蛋白が含まれているため、卵アレルギーの方は接種要注意者とされています。しかし、米国では卵アレルギーの人が卵を含むワクチン接種を受けてもアレルギー反応が出るリスクが低いと判断されており、卵アレルギーの既往があっても、ワクチン接種が推奨されています。また、現在の日本の予防接種においては技術の進歩もめざましく、インフルエンザワクチン接種によるアレルギー反応はほぼないと考えられているため、ワクチン接種を推奨する医師が多いでしょう。 Q:ワクチンっていくらかかるの?何科で打つべきなの? インフルエンザワクチンの接種は健康保険の適用外です。全額自己負担となり、費用は医療機関によって異なります。ただし、65歳以上の人は予防接種法に基づく定期接種の対象者のため、費用の一部のみ公費負担です。詳しくは、お住まいの自治体に確認しましょう。また、インフルエンザワクチンは、内科以外でも接種可能ですが、接種時や接種後の副反応のことを考えると内科で接種することが望ましいでしょう。 Q:インフルエンザの予防接種は毎年打たないといけないの? 流行するインフルエンザの株は毎年異なり、流行する見込みの株に対応したワクチンを接種します。また、インフルエンザワクチンの効果の持続期間は約2週間から5ヵ月程度とされているため、毎年接種することが大切です。 Q:インフルエンザのワクチンは妊娠中・授乳中でも接種できる? インフルエンザワクチンは「不活性型」であり、胎児への悪影響がないとされています。妊娠中のどの時期でも安全に接種できます。妊娠初期の接種が流産や先天異常を引き起こすという報告はなく、授乳中でもワクチン成分が赤ちゃんに影響を与えることはありません。 Q:インフルエンザのワクチンを打てば絶対に感染しないの? ワクチンを接種しても必ずしも感染を防げるわけではありません。ワクチンを接種することで、感染しても症状が軽く済みやすくなる上に、重症化や合併症の発症リスクが低減します。 Q:無症状の人が周りの人に感染させることはあるの? 無症状の人が感染源になるかどうかについては、明確な結論が出ていません。無症状の感染者も呼気中にウイルスを排出する可能性があるものの、感染を引き起こすほどの量であるかどうかは不明です。 * * * 今回は、インフルエンザのよくある質問に回答しました。インフルエンザは風邪と比べて症状が重く、日常生活に大きな支障をきたすことがあります。ワクチン接種や感染対策などを理解し、予防の意識を持って行動することが大切です。また、流行時期には利用者さんの感染や質問が増える可能性が高いので、対応できるように備えておきましょう。 編集・執筆:加藤 良大監修:豊田 早苗とよだクリニック院長鳥取大学卒業後、JA厚生連に勤務し、総合診療医として医療機関の少ない過疎地等にくらす住民の健康をサポート。2005年とよだクリニックを開業し院長に。患者さんに寄り添い、じっくりと話を聞きながら、患者さん一人ひとりに合わせた診療を行っている。 【参考】〇国立感染症研究所「インフルエンザとは」https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/219-about-flu.html2023/11/20閲覧〇厚生労働省「インフルエンザQ&A」https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/qa.html2023/11/20閲覧〇厚生労働省「妊娠中の人や授乳中の人へ」https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/pdf/ninpu_1217_2.pdf2023/11/20閲覧

高カルシウム血症への対応【がん身体症状の緩和ケア】
高カルシウム血症への対応【がん身体症状の緩和ケア】
特集
2023年12月12日
2023年12月12日

高カルシウム血症への対応【がん身体症状の緩和ケア】

高カルシウム血症は、がん患者さんに比較的多く見られる代謝障害の1つ。急速に全身状態が悪化し、致死的な経過をたどることもあり注意が必要です。治療の基本は、脱水の補正とカルシウムの排泄、骨吸収の抑制です。今回は高カルシウム血症への対応について解説します。 急に出現し進行した口渇、意識障害の症状 訪問看護師のあなたは新しい患者さんを担当することになりました。 吉澤さんという53歳の男性で、腎臓がん、多発肺転移の方です。奥様と中学生の娘さんと3人で暮らしています。 吉澤さんは会社を立ち上げ、社長として部下を引っ張っていましたが、病に倒れました。突然右腰痛が出現したのです。がんによる腎破裂でした。緊急入院し手術(右腎切除)を行いましたが、がんはすでに血管に沿って上大静脈まで広がっていました。すべてを切除することはできなかったのです。 その後、吉澤さんは自宅に戻り抗がん剤治療を続けていましたが、2週間ほど前から急に「喉が渇く」と言い、水をがぶ飲みするようになりました。その翌日には訳の分からない話をし始めたため、ただ事ではないと思った奥様が救急車を呼び、がん治療中の大学病院に搬送されました。診断は高カルシウム血症とのことでした。 ただちに入院となり、点滴と飲み薬による薬物療法が開始されましたが、吉澤さんはやがて昏睡状態に陥ります。腎臓の働きもひどくなっており、主治医から「最悪のこともあるかもしれない」と言われたのだそうです。 「もし、長くはがんばれないのであれば、自宅で最期を看取りたい」と奥様が希望し、病院の退院支援看護師は、ケアマネジャーと連絡をとり、訪問看護ステーション、在宅医に退院時カンファレンスの依頼をしました。今日はそのカンファレンスのため、あなたは吉澤さんが入院している大学病院に来たのです。在宅で担当することになった中村医師、ケアマネジャーも一緒です。 がんに伴う高カルシウム血症とは カンファレンスの冒頭で、病院の主治医から吉澤さんの現在の状態について説明がありました。 病院主治医: 吉澤さんは腎臓がんに由来する高カルシウム血症のため、当院に10日前に入院されました。ビスホスホネート製剤のゾレドロン酸を投与したのですが、意識状態は改善しません。呼びかけにわずかに反応するのみです。幸い、腎機能は多少低下していますが血清クレアチニン値が2.0mg/dLと横ばいです。しかし補正血清カルシウム値は13.4mg/dLと高値です。予後は厳しいと言わざるを得ません。残された時間が短いと奥様に説明したところ、奥様は夫を自宅に帰したいと希望されました。そこで皆さまに在宅でのケアをお願いするためにお集まりいただきました。 中村医師: 先生、ご説明ありがとうございます。がんに伴う高カルシウム血症には骨転移によるものと、腫瘍から分泌されるPTHrPによるものがありますが、吉澤さんの高カルシウム血症の原因は何でしょう。 病院主治医: PTHrPが高値でしたので、PTHrP分泌によるものと考えております。 あなた: 先生、不勉強で恐縮ですがPTHrPとは何でしょう? 病院主治医: そうですね。分かりやすくお話しします。まず、PTHは副甲状腺ホルモンの略称ですね。がんの一部にはPTHとよく似たタンパク質を分泌するものがあり、これをPTH related protein、すなわち副甲状腺ホルモン関連タンパクと呼び、PTHrPと表記しています。PTHrPが出現するのは進行がんの場合が多く、肺がん、乳がん、膵臓がんなどで比較的多く見られます。PTHrPが分泌されると、PTHと同じように血液中のカルシウム濃度を上昇させてしまうのです。すると数日単位で口渇や多飲・多尿、悪心嘔吐などの症状が生じ、さらに進行すると意識が混濁します(表1)。腎臓の尿濃縮機能が傷害されるため多尿となり、強い脱水を伴う腎機能の低下が見られることもあります。 吉澤さんは意識が混濁し、昏睡状態になっていると思われます。治療薬のおかげで多少カルシウム値は低下しましたが、先ほどもお伝えしたとおりまだ高値が続いており、これから悪化する可能性が高いと見ています。 表1 高カルシウム血症の主な症状 あなた: 丁寧に説明していただきありがとうございます。 中村医師: 多発骨転移でも高カルシウム血症が起こることがありますよ。骨が溶けていくので当然と言えば当然ですが、骨に転移する多発骨髄腫では高カルシウム血症はしばしば起こります。治療が大きく異なることはないのですが、急に症状が進むのががんに伴う高カルシウム血症の特徴でしょうね。 アルブミン値で補正したカルシウム値で評価 あなた: もう1つ、基礎的なことで恐縮ですが、補正血清カルシウム値とはどういうことですか。 中村医師: 血液中ではカルシウムの約50%がアルブミンと結合しています。このため低アルブミン血症のときには血清カルシウム値が実際の値より低くなってしまい、治療の介入が遅れることがあるのです。 そのため 補正カルシウム値(mg/dL)=血清カルシウム値(mg/dL)+(4-血清アルブミン値(g/dL)) という式で補正し、評価します。 病院主治医の先生は補正したカルシウム値を教えてくれたのですよ。それから血清カルシウム値を管理する場合、血清リン値も重要です。カルシウムが増えるとリンが減るので、低リン血症にも注意が必要ですね。 あなた: 先生、ありがとうございます。 中村医師: それでは患者さんはほぼ昏睡の状態で自宅に帰り、私たちは看取りを行うということでよろしいでしょうか。奥様や娘さんは納得されていますか? 病院主治医: 奥様は複雑な感情だと思います。もう少しがんばってほしい気持ちとこれ以上苦しませたくない気持ちが相反しているように思います。 中村医師: 当然のお気持ちでしょう。高カルシウム血症に対する治療として在宅でステロイドを使用してみるのはいかがですか。 病院主治医: 確かにビスホスホネート製剤が開発される前は、がん性高カルシウム血症はステロイドで治療していました。やってみてもよいかもしれません。ほかにはデノスマブを週に1回投与する治療もありますが、がんに伴う高カルシウム血症には保険適応がありません。在宅で行うのは難しいかもしれませんね。 中村医師: 奥様とお話ししてみて、同意が得られればステロイドと点滴を行って経過を見てみましょう。高カルシウム血症が改善され意識状態がよくなれば、脱水も改善され経口摂取もできるかもしれません。 治療によって家族と話せるまでに意識が回復 こうして吉澤さんは自宅で治療を行いながら療養することになりました。すると、2日目には目を開けるようになり、3日目にはしゃべり出しました。水も少しずつむせずに飲めるようになり、7日目には普段どおりのコミュニケーションが取れるようになりました。 あなたは、褥瘡ケア、点滴(皮下輸液、生理食塩液1000mL/日)の管理、ステロイド(プレドニゾロン40mg)の使用、異常の早期発見を心がけながら連日訪問看護に入っていました。日に日に症状が改善する吉澤さんを見ていると、あなたもうれしくなって、奥様と喜びを共有していました。中村医師も毎日訪問し状態を確認しています。 あなた: 中村先生、吉澤さんすごいですね。こんなに元気になって。 中村医師: 素晴らしいですね。私の予想以上です。昨日の採血でも血清カルシウム値は9.8mg/mLと正常値になっていました。腎機能もほぼ正常になっていますよ。 奥様: 先生、ありがとうございます。また夫と会うことができました。今までは夫ではないような気がしていて・・・。 吉澤さん: そうだったんだ。私はこのところのことをほとんど憶えていないんだ。そんなにみんなに心配をかけていたんだね。先生、看護師さんありがとうございます。 中村医師: 吉澤さん、今日は病状を説明する約束になっていましたね。あなたは、身体の中にあるがんが血液中のカルシウムを増やしてしまう状態となって病院に搬送されました。強い薬を使って治療しても血清カルシウム値が下がりきらず、昏睡状態で自宅に帰って来られたのです。吉澤さんは病院よりも自宅の方が好きだろうと…、奥様の強い希望でした。 吉澤さん: 昨日妻から聞きました。私のことを看取るつもりでいたと・・・。今は生き返ったような気持ちです。 中村医師: ここから少し吉澤さんにとってつらい話もあるかもしれませんが、お聞きになりたいですか? 吉澤さん: 覚悟はしています。聞かせてください。 中村医師: わかりました。 吉澤さん: 私の病気、進んでいるのですね。 中村医師: 高カルシウム血症になったということは、吉澤さんのがんがかなり進んだ状態になっているということでもあります。また、現在の薬は飲み薬で継続しますが、身体の中にはカルシウムを増やしてしまうタンパク質が依然出てきています。今回のよい状態がいつまで続くか、私にもはっきりと予測することができません。 吉澤さん: だいたいでもよいので、どのくらいの時間があるか、先生の見込みを教えてください。 中村医師: おそらく、週単位で病状が変わって行くでしょう。調子が悪くなるまで1ヵ月から2ヵ月程度ではないかと思います。あくまで私の予想ですが・・・。 吉澤さん: ・・・分かりました。会社の整理や子どもとの時間、妻との時間を大切にしたいと思います。 奥様は顔を覆い、声を潜めて泣いていました。あなたは奥様の背をさすります。 吉澤さん: 泣かないでくれよ。君が泣くと私までつらくなってしまうから・・・。 あなた: 奥様は今日まで必死にがんばってきたんですもの。よくがんばりましたね。泣いていいんです。泣いてください。 中村医師: 吉澤さん、奥様、つらい話をしてしまい申し訳ありませんでした。 奥様: 先生には感謝しかありません。どこまでがんばれるか、この人と一緒に歩いて行きます。会社は私が継がせていただこうと考えています。 あなた: 奥様は強い。がんばりますね。吉澤さんも安心できますね。 吉澤さん: はい。彼女に預けられたら、本当に私も安心です。でも迷惑にならなければいいのですが・・・。 奥様: これは私が決めたこと。迷惑ではないのよ。 中村医師: これからの時間、有効に使ってください。 穏やかな看取りを経て それから約1ヵ月間、吉澤さんは家族との時間を大切にしながら、一生懸命闘病されました 最期は再び高カルシウム血症となり、中村医師がビスホスホネート製剤とステロイドを投与しても改善しませんでした。その代わり吉澤さんは眠って過ごされました。腎不全があり、浮腫も出現してきたことから中村医師は点滴も中止しました。終末期に点滴を行うと浮腫、気道分泌物、腹水、胸水が増悪するためです。奥様も点滴の中止について理解されていました。点滴を終了した2日後、吉澤さんは静かに旅立ちました。 旅立ちの後、エンゼルケアを行うため、あなたが吉澤さんのご自宅を訪問すると奥様は微笑んで迎えてくれました。 奥様: すごく苦しんで大変なことになるかと思ったけれども、こんなに穏やかに逝くなんて・・・。なんか拍子抜けしちゃった。 あなた: 無理ありませんよ。本当によくがんばられましたね。私が説明したように奥様がマッサージをしてくださったので、吉澤さんのむくみもこんなによくなっているじゃないですか。お嬢さんもがんばりましたね。奥様をこんなにも支えてくださって。素晴らしいご家族でしたね。 奥様: ・・・。 あなた: それじゃあ、お体をきれいにして好きだった服を着せて差し上げましょう。 奥様: ありがとうございます。先生とあなたには本当に感謝しています。 あなた: こちらこそありがとうございます。でも、私たちのことはいいんですよ。さぁ、洗面器にお湯を汲んで、着せたいお洋服を選びましょう。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】〇田中良哉,岡田洋右.「副甲状腺ホルモン関連蛋白産生腫瘍」日内会誌 2007;96(4):669-674.〇福原 傑.「高カルシウム血症と腫瘍崩壊症候群」日腎会誌 2017;59(5):598-605.

下肢閉塞性動脈硬化症の知識&注意点
下肢閉塞性動脈硬化症の知識&注意点
特集
2023年12月5日
2023年12月5日

【在宅医解説】下肢閉塞性動脈硬化症の知識&注意点~訪問看護師の学び直し

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を提供します。今回は下肢閉塞性動脈硬化症について、訪問看護師に求められる知識、どんな点に注意すべきなのかを、在宅医療の視点から解説します。 この記事で学ぶポイント 下肢閉塞性動脈硬化症は、症状経過に応じ重症分類を行なうが、無症状のこともある進行病期は包括的高度慢性下肢虚血(CLTI)と呼ばれ、血行再建や多面的な対応が必要となることが多い下肢閉塞性動脈硬化症は全身の動脈硬化症の一病態であり、ほかの心血管疾患の合併により下肢予後のみならず生命予後も低下しうる 下肢閉塞性動脈硬化症とは 下肢閉塞性動脈硬化症(ASO;arteriosclerosis obliterans)は、動脈硬化を背景に下肢動脈が狭窄・閉塞する疾患です。下肢の循環障害をきたし、歩行障害や下肢痛・潰瘍を生じます。急性閉塞や重度の狭窄・閉塞などで救肢が困難な場合は、切断を要することもあります。 下肢閉塞性動脈硬化症は、下肢(閉塞性)動脈疾患(LEAD;lower extremity artery disease)とも呼ばれます。また、冠動脈以外の末梢動脈(上肢・下肢・頸部・腹腔内など)の閉塞性/狭窄性疾患を、末梢動脈疾患(PAD;peripheral arterial disease)と総称しています。 下肢閉塞性動脈硬化症のリスク・背景疾患 動脈硬化をもたらす喫煙や生活習慣病は、下肢閉塞性動脈硬化症の主要なリスクとなります。腎機能障害や透析も重要なリスクです。その他の背景疾患として、■血管炎(例:バージャー病、高安動脈炎)■先天異常(例:線維筋性異形成)■外的圧迫(例:膝窩動脈捕捉症候群)■医原性(例:カテーテル操作や手術による損傷)などが挙げられます。 下肢閉塞性動脈硬化症の診断と鑑別 診断 間欠性跛行や歩行障害、筋骨骨格系とは無関係な労作時の下肢痛、安静時の疼痛などの症状は、下肢閉塞性動脈硬化症を疑う契機となります。また下肢動脈の触知不良、血管雑音、下肢の創傷治癒遅延、下肢壊疽、下肢挙上時の蒼白化、下肢下垂時の発赤なども、下肢閉塞性動脈硬化症を示唆する所見となります。 下肢閉塞性動脈硬化症の診断は、主に下肢血流の灌流圧を評価することで行ないます。なかでも足関節上腕血圧比(ABI;ankle-brachial pressure index)の低下をみる方法は簡便かつ有用で、0.9以下の低下で幹動脈の狭窄や閉塞を疑います。 鑑別 間欠性跛行は下肢閉塞性動脈硬化症の初期症状として知られますが、静脈性・神経性・筋骨格系の疾患によっても類似症状を認めることがあります。表1に、それら疾患の特徴をまとめます1)。 下肢閉塞性動脈硬化症の分類と治療方針 重症度の分類にはFontaine(フォンテイン)分類とRutherford(ラザフォード)分類がありますが、両者はほぼ同内容であり、より簡潔なFontaine分類を覚えれば十分です(表2)。 初期は、運動時のみに下肢虚血を生じるため、間欠性跛行が問題となります。進行につれ徐々に歩行距離が短縮し、この時期は抗血小板薬やリハビリによる保存加療が有効です。進行病期になると安静時にも下肢虚血を生じるため、安静時疼痛や潰瘍などが出現し、積極的な血行再建や多面的で科横断的な対応がしばしば必要となります。進行病期であるFontaine Ⅲ度・Ⅳ度をあわせて、包括的高度慢性下肢虚血(CLTI;chronic limb-threatening ischemia)と呼びます。 下肢閉塞性動脈硬化症の注意点 無症状でも軽症とは限らない 下肢閉塞性動脈硬化症は必ずしも症状を認めるわけではありません。無症状であっても重度の虚血が隠れている例があり、その場合は何らかの契機で急激にCLTIを生じる可能性があります。ABIをはじめとした検査ですでに下肢閉塞性動脈硬化症の診断がついている場合は、無症状であっても注意が必要です。 動脈硬化は全身に及んでいる 下肢閉塞性動脈硬化症は、全身の動脈硬化症(poly-vascular disease)の一つの病態といえます。下肢閉塞性動脈硬化症患者の少なくとも25~30%で冠動脈疾患を有することや、約20%で中等度以上の頸動脈狭窄を認めることが報告されています2、3)。それらの疾患を合併しうる点にも注意が必要です。 訪問看護でのポイント 下肢閉塞性動脈硬化症の診断はついているのか? 間欠性跛行などの症状があれば比較的わかりやすいですが、無症状であっても下肢閉塞性動脈硬化症がないとはいえません。リスクが高い患者の場合は、下肢閉塞性動脈硬化症と診断されているのか、その根拠となるABIなどの検査歴や検査値データがあるのか、知っておいて損はないと思われます。 悪化を疑う症状や所見があるか? 有症候性(症状があること)の場合、CLTIを示唆する徴候の出現に注意が必要です。 すでに潰瘍があり処置を行なっている場合は、感染徴候や範囲の拡大がないか注意が必要です。この段階で感染を合併すると骨髄炎をきたすことが多く、入院の上、長期間の抗菌薬や下肢切断なども検討する必要があります。 無症状であっても、重症病変の場合は急速にCLTIをきたすことがあります。靴ずれや深爪などの小外傷をきっかけに、急速に下肢閉塞性動脈硬化症の症状が出現する場合があり、要注意です。 ほかの心血管系合併症があるか? 下肢閉塞性動脈硬化症の患者はほかの心血管疾患の合併が多く、死亡リスク・心血管イベントリスクは通常よりも高くなります。下肢病変のみならず虚血性心疾患や脳梗塞などの出現や合併のリスクが高く、生命予後にもかかわる点をふまえて、患者さんの観察を継続する必要があります。 下肢閉塞性動脈硬化症は単なる下肢の疾患ではなく、背景に全身性の動脈硬化があることを示唆しています。本疾患の悪化を早期に拾い下肢予後改善を目指すのみならず、ほかの心血管病の出現・悪化を疑う徴候の有無にも注意を払い、生命予後改善にもつなげていただければ幸いです。 執筆:岡田 将千葉大学大学院医学研究院循環器内科学四街道まごころクリニック編集:株式会社メディカ出版 【参考文献】1)Marie,D Gerhard-Herman.et al.2016 AHA/ACC guideline on the management of patients with lower extremity peripheral artery disease:A report of the American college of cardiology/American Heart Association task force on clinical practice guidelines.Circulation.135,2017,e726-e779.2)Cho,I.et al.Coronary computed tomographic angiography and risk of all-cause mortality and nonfatal myocardial infarction in subjects without chest pain syndrome from the CONFIRM Registry(coronary CT angiography evaluation for clinical outcomes:An international multicenter registry).Circulation.126,2012,304-13.3)Razzouk,L.et al. Co-existence of vascular disease in different arterial beds:Peripheral artery disease and carotid artery stenosis - Data from Life Line Screening®.Atherosclerosis.241,2015,687-91.

高齢者の栄養ケアマネジメント~窒息・認知症対応~
高齢者の栄養ケアマネジメント~窒息・認知症対応~
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2023年11月28日
2023年11月28日

高齢者の栄養ケアマネジメント~窒息・認知症対応~【セミナーレポート後編】

2023年8月25日、9月8日に開催したNsPace(ナースペース)オンラインセミナー「超高齢社会における栄養ケアマネジメント~通所施設や在宅における低栄養への挑戦~」。ネスレ日本株式会社 ネスレ ヘルスサイエンス カンパニーとの共催でお届けしました。ご登壇いただいたのは、高齢者の栄養管理を専門とする医師の吉田 貞夫先生。利用者さんの食事、栄養摂取に関して、訪問看護師が知っておきたい知識を紹介くださいました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。後編では、利用者さんの食事支援のポイントや、トラブルが起きた際の対処方法をまとめます。 ※約45分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら高齢者の栄養ケアマネジメント~食支援・栄養指導~【セミナーレポート前編】 【講師】吉田 貞夫先生ちゅうざん病院 副院長/沖縄大学 客員教授、金城大学 客員教授高齢者医療、高齢者の栄養管理、認知症ケアなどを専門とする医師・医学博士。日本静脈経腸栄養学会 認定医、日本病態栄養学会 専門医、日本臨床栄養学会 指導医をはじめ、数多くの資格を取得。栄養経営実践協会の理事も務める。医師として患者の診療にあたるかたわら、全国で年間80件以上の講演も行っている。 在宅における嚥下機能確認のポイント 在宅における利用者さんの食事支援では、最初に嚥下機能をきちんと評価することを心がけてください。 評価の方法としては、すでに実践している方も多いと思いますが、「反復唾液嚥下テスト(RSST)」や「水飲みテスト」が挙げられます。ゼリーをはじめとした嚥下しやすい食品をどれくらい食べられるかをチェックしている方もいらっしゃいますね。また最近は、在宅であっても、耳鼻科医や歯科医と連携して嚥下機能を確認しているケースもあるようです。 ただ、嚥下機能を評価する際は、「飲み込みの機能」だけに注目すればよいわけではありません。口腔が清潔に保たれているか、噛み合わせが悪くなっていないか、噛む力が十分にあるかといった「口腔の機能」も確認する必要があります。ぜひ視野を広げて評価してください。また、血管障害の後遺症で嚥下障害がある利用者さんや、認知症と嚥下障害を併発している利用者さんの場合は、誤嚥しやすいためとくに注意深く確認しましょう。 嚥下機能に問題があると判断した場合には、「嚥下調整食」を活用してみてください。 窒息への対策と対処方法 高齢者の食事に潜むリスクとしては、やはり窒息があります。窒息というと「餅を食べると起こりやすい」とイメージされる方が多いと思いますが、実はお米やパン、肉、魚で窒息してしまう方も多くいます。それから、ぶどうやプチトマト、飴など、小さくて丸い形状のものは気管にすっぽり入ってしまうので要注意です。窒息の危険度が高いものは利用者さんの手に届かないようにする、飴は棒つきのものを選ぶなど、十分に配慮してください。 窒息が起きてしまった際の対処法 利用者さんが窒息してしまった際は、後ろから利用者さんを抱え込むようにして腹部を圧迫する「腹部突き上げ法(ハイムリック法)」や、背中を何度も叩く「背部叩打法」を試してみてください。詳しいやり方は、日本医師会の救急蘇生法のサイトに掲載されています。 >>日本医師会サイト「救急蘇生法」気道異物除去の手順 また、窒息への対処法として「吸引」を選択する方はよく見られますが、このやり方にはリスクもあります。痰の吸引に使うような細いチューブでは、詰まっている異物を吸えないどころか、さらに奥へ押し込んでしまうことも。なお、掃除機の利用は、圧が強すぎて臓器を損傷する可能性があるので推奨されていません。 ご紹介した方法を実践しても異物を取り除けず、利用者さんのバイタルサインが悪化してきたときは、迷わず救急車を呼んでください。必要に応じてAEDの準備も検討しましょう。 認知症の方への食事支援 認知症の方に対しては具体的にどのような支援をすればよいのかについてもお伝えします。ぜひ以下の4つのポイントを念頭においてサポートしてください。 ご家族に適切な食事介助の方法を伝える食事を配膳しても反応がない、食べ物で遊んでしまう、食器の使い方がわからない。こういった様子が見られる方は、認知機能がかなり低下しており、目の前に食事を出すだけでは食べてくれません。ご家族をはじめとした介助者の方に、食べ物を口元まで運ぶ必要があることを伝えてください。嚥下機能に問題があれば食事を見直す 食べ物を口の中に溜め込んでいる、飲み込んでも喉に残っている、むせている、痰が多い。これらは嚥下機能に問題があるサインです。食事内容の調整を検討しましょう。   食事を嫌がる場合は味つけや見た目を変える 認知症を発症すると、味覚障害になる方が多くいます。そのため、食事を嫌がる場合は味つけが原因であることも。濃い味つけにすると食べてくれるケースもありますよ。また、認知症独特の摂食障害で食が進まない可能性もあります。例えば、ふりかけが虫に見えてしまったり、粒状の食品が小石に見えたりするのです。食事の見た目にも着目してみてください。 食事の時間や形状を合わせる 認知症になると「1日=24時間」ではなくなってしまうことがあります。そのため、食事の時間にこだわりすぎず、起きている時間に食べられるようにするのもポイントです。ゼリーをはじめ、すぐに食べられるものを用意しておくとよいでしょう。また、じっとしていられない利用者さんも、手に持って食べられるスナックタイプの食品なら食べられることも。その方の状態に合わせた食事のあり方を模索してみてください。 認知症の予防につながる食事 認知症の「予防」についても確認しておきましょう。認知症は介護依存度が高い病気で、転倒による骨折リスクが高かったり、問題行動を起こしやすかったりといった特徴があります。また、発症するとずっと治療を続けていかなければならず、予防が大切です。 認知症を予防するには、多様性のある食事をとるとよいといわれています。具体的には、さまざまな種類のメニューを食べる、毎日違うものを食べるといったことですね。そして最大のポイントは、自分自身で食事を用意することです。 食事の用意と一口にいっても、メニューを考え、買い物に行き、料理し、後片づけをするといった数多くのステップがあります。その上で多様性のある食事を目指せば、考えるべきことの幅はさらに広がるでしょう。これが認知症予防につながると考えられます。利用者さんの食事のサポート、アドバイスを行うにあたり、ぜひ知っておいてもらえたらと思います。 * * * 毎日の食事は、生命維持に欠かせない行為であると同時に、多くの利用者さんにとって「楽しみな時間」でもあるでしょう。ぜひ今回ご紹介した知識を食事支援や栄養管理に活かして、利用者さんの体づくり、そして豊かな生活づくりをサポートしてください。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

「虚血性心疾患」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】
「虚血性心疾患」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】
特集
2023年11月28日
2023年11月28日

【在宅医が解説】「虚血性心疾患」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を提供します。今回は虚血性心疾患について、訪問看護師に求められる知識、どんな点に注意すべきなのかを、在宅医療の視点から解説します。 この記事で学ぶポイント 冠危険因子が多ければ虚血性心疾患を念頭に置く虚血性心疾患の症状は労作で出現する一過性の臓性痛だが、非典型的症状を伴うことや、無症候性のこともある症状の不安定化/安静でも軽快しない疼痛/バイタル異常 ─ があれば緊急性が高い 虚血性心疾患とは 虚血性心疾患とは、冠動脈疾患とも呼ばれ、心臓を養っている血管(冠動脈)が何らかの原因で狭窄または閉塞することで、心臓が虚血にさらされ機能や形態が障害される疾患です。虚血による症状があれば狭心症と呼び、虚血が長引き心筋が壊死すると心筋梗塞と呼びます。狭心症から心筋梗塞に移行しつつある、または心筋梗塞を発症した状態は生命の危機であり、緊急対応を必要とします。 虚血性心疾患のリスク 虚血性心疾患の原因となる疾患や状態は「冠危険因子」といわれます(表1)。 胸痛の鑑別 救急部門へ搬送される胸痛患者のうち、約半分は非心原性とされています(表2)1、2)。 消化管疾患では一般に食事・飲水・食後姿勢など経口摂取に関連した症状変化を認めます。ほかにも呼吸器疾患、皮膚骨格疾患、心因性など多くの領域が原因となることがあります。これらのすべてを診断する必要はなく、まずは緊急性を要する虚血性心疾患の判断をつけることが先決です。 虚血性心疾患を疑う症状とその特徴 虚血性心疾患の症状には下記のような特徴があり、胸痛を鑑別する手がかりとなります。 虚血性心疾患の疼痛は内臓痛の特徴を持つ 典型的な症状は、労作時の胸部圧迫感・絞扼感です。皮膚表面などに分布する痛覚神経とは異なり、心臓に分布する痛覚神経は脱髄性で細いため、疼痛の局在や性状が鈍くなります。つまり、痛みの部位を特定することが難しく、「前胸部を中心とした胸の辺り」と表現されます。また疼痛もぼんやりとした「圧迫感」「絞扼感」を感じることになります。 内臓由来の疼痛は一般にこのような特徴を持ち、けがなどで感じる体性痛(部位が明らかで鋭い痛み)と明確に区別されます。 労作で症状が増強し、安静で軽快する 虚血性心疾患では、労作により心筋虚血が生じ、症状が出現します。狭心症では安静により数分で虚血が解除され、胸部症状も軽快します。20~30分の安静でも症状が軽快しない場合は梗塞に至っている可能性が高く、緊急の対応が必要となります。 非典型的症状にも注意が必要 狭心症は非典型的な症状を伴うことがあり、angina equivalent(狭心症相当症状)と呼ばれます。放散痛としての左肩の痛みは有名ですが、それ以外にも心窩部・喉元・下顎・奥歯の痛みや、単なる胸焼けや嘔気として出現することもあります。虚血性心疾患のリスクを持つ患者さんでは、これらの心臓とは一見無関係と思われる症状にも注意が必要です。 無症候性心筋虚血(自覚症状がない)にも要注意 進行した糖尿病患者では心臓自律神経が障害され、これらの症状を自覚しないことがあります。心臓自律神経機能は心電図のRR間隔の呼吸性変動で判断します。感覚障害などの神経障害を伴う進行期糖尿病の患者さんは、このタイプの虚血も要注意です。 虚血性心疾患のその他の特徴 状態が不安定だと緊急性が増す 冠動脈の器質狭窄の有無にかかわらず、最近2ヵ月間以内に発症し、症状の頻度や程度が増強しつつある場合は不安定狭心症と呼ばれます。この状態は心筋梗塞に移行するリスクが高く、原則として緊急の対応となります。 ST上昇がなくても心筋梗塞を生じていることがある 心筋梗塞には心電図でのST上昇を伴わないものがあり、NSTEMI(ノンステミ/non-ST elevation myocardial infarction)と呼ばれます。救急部門に胸痛で搬送される患者はNSTEMIがより多く、予後もより不良と報告されています。 器質狭窄がなくても狭心症をきたしうる 明らかな冠動脈狭窄がなくても、冠動脈が攣縮することで狭窄や閉塞をきたすこともあります。心臓表面を走る比較的太い冠動脈で血管攣縮が生じると冠攣縮性狭心症と呼ばれますが、より遠位の動脈で同様の現象が生じると冠微小血管障害と呼ばれます。 訪問看護でのポイント 患者さんに虚血性心疾患の診断がついている場合は、症状の早期把握と緊急性の判断が重要です。虚血性心疾患と診断されていない場合は、疾患リスクが高ければ上記症状の有無に注意を払う必要があります。 この人は虚血性心疾患を発症しそうか? 表1のようなリスクが多ければ多いほど、虚血性心疾患を発症するリスクが高まります。特に複数の生活習慣病の管理が不十分な場合は要注意ですので、疑わしい症状が出現しないか注意を払う必要があります。 狭心症を疑う症状があるか? 虚血性心疾患を疑う臓性痛、労作や安静による症状の変化、非典型的症状の有無を確認しましょう。無症候性心筋虚血は訪問のみでは判断困難ですが、疑うことが重要です。体調がいつもと異なる場面などで想起できれば、対応の幅が広がるかもしれません。 緊急性があるか? 虚血性心疾患を疑う症状がある場合、症状の不安定化、安静でも軽快しない胸痛、バイタル異常などは緊急事態と考えられます。医療機関への早急な相談と救急搬送をご検討ください。 虚血性心疾患は原則として命にかかわる疾患ですので、確実な診断や悪化の判断にこだわるよりも、疑ったら相談する姿勢が重要です。その際にこれらの手がかりが皆様の参考になれば嬉しく思います。 執筆:岡田 将千葉大学大学院医学研究院循環器内科学四街道まごころクリニック 編集:株式会社メディカ出版 【参考文献】1)高西弘美.「胸が痛いんです」『エマージェンシー・ケア』30(1),2017,29-39.2)日本循環器学会ほか.『急性冠症候群ガイドライン(2018 年改訂版)』17-21.

高齢者の栄養ケアマネジメント~食支援・栄養指導~【セミナーレポート前編】
高齢者の栄養ケアマネジメント~食支援・栄養指導~【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2023年11月21日
2023年11月21日

高齢者の栄養ケアマネジメント~食支援・栄養指導~【セミナーレポート前編】

2023年8月25日、9月8日に開催したNsPace(ナースペース)オンラインセミナー「超高齢社会における栄養ケアマネジメント~通所施設や在宅における低栄養への挑戦~」。ネスレ日本株式会社 ネスレ ヘルスサイエンス カンパニーとの共催でお届けしました。登壇してくださったのは、高齢者の栄養管理を専門とする医師の吉田 貞夫先生。訪問看護師が知っておきたい利用者さんの食事、栄養摂取に関する知識を紹介いただきました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。前編では、低栄養が高齢者に与える影響や栄養管理の考え方、ノウハウをまとめます。 ※約45分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】吉田 貞夫先生ちゅうざん病院 副院長/沖縄大学 客員教授、金城大学 客員教授高齢者医療、高齢者の栄養管理、認知症ケアなどを専門とする医師・医学博士。日本静脈経腸栄養学会 認定医、日本病態栄養学会 専門医、日本臨床栄養学会 指導医をはじめ、数多くの資格を取得。栄養経営実践協会の理事も務める。医師として患者の診療にあたるかたわら、全国で年間80件以上の講演も行っている。 サルコペニア、フレイルと低栄養の関係性 超高齢社会を迎えた今、低栄養と高齢者のサルコペニア、フレイルとの関係がますます注目されています。最初に、サルコペニアとフレイルについて簡単にご説明しましょう。 サルコペニア筋力が落ち、筋肉量も減少して、日常生活に必要なさまざまな身体機能が低下した状態のことをいいます。「筋力の低下」「骨格筋量の減少」「身体機能の低下」という3つの要素があると覚えてください。サルコペニアになると、転倒や骨折、ADL低下、肺炎のリスクが高まります。フレイル運動能力が低下した虚弱な状態。転倒や骨折、ひいては入院、死亡リスクも高まります。 低栄養は、こうしたサルコペニア、フレイルにつながる可能性があり、早期発見することが重要です。しかし、筋肉量を測らずに低栄養の判定をすると、検出率が半分ほどに減ってしまうことがわかっています。 近年、GLIM(低栄養診断国際基準)でも、サルコペニアの判定をする上で、骨格筋量の評価がより重要視されています。そこで、血液検査の値(血清クレアチニンとシスタチンC)を使って骨格筋量を計算し、サルコペニアや低栄養をもっと簡単に測定*できるよう研究開発しました。 ただ、専用の機械がない訪問看護の現場で筋肉量を測るのはなかなか難しいもの。そんなときは、人間の体の中で最も筋肉の割合が多い部位である「ふくらはぎ」の周囲長を測ってみてください。周囲長が減っている場合は、全身の筋肉量が減っていると判断できます。この方法は、サルコペニアの可能性の有無を判断する場面でも活用できます。 ふくらはぎ測定基準 男性        女性        ふくらはぎ周囲長(cm)<33 <32 ※BMIが25~30(kg/m2)の場合は測定値から3㎝を引く。BMIが30(kg/m2)以上の場合は測定値から7㎝を引く。*参照元:Assessment of sarcopenia and malnutrition using estimated GFR ratio (eGFRcys/eGFR) in hospitalised adult patients, Clinical Nutrition ESPENhttps://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35331529/ 事例で考える栄養管理の方法 ここで具体的な事例を挙げて、栄養管理のアプローチについて考えてみましょう。60代後半の男性、Aさんの事例です。 モデルケース:Aさん脳梗塞を発症した60代後半の男性。現在の体重は52kg。リハビリテーションに取り組み、自宅に帰りたいと考えている。 Aさんに必要なエネルギー量 Aさんの1日に必要なエネルギー量は、1日安静にしていたとしても1,300kcalに上ります。リハビリテーションに取り組んだ場合はプラス250kcal、点滴で栄養を摂取していた期間に減ってしまった体重を戻そうとする場合はさらにプラス500kcalをとらなければなりません。つまり、1日あたり合計2,050kcalを摂取する必要があります。 Aさんが抱える栄養摂取の課題 しかし、Aさんはおかゆをはじめとした嚥下調整食を食べています。嚥下調整食は水分が多いため、その分容積が大きくなり、頑張って食べても1日に1,200kcalをとるのが限界です。このような低栄養の状態が続くと、サルコペニアが進行し、ADLは低下。嚥下機能もさらに悪化し、誤飲性肺炎を起こしたり、食事をとれなくなったりといったリスクも高まってしまいます。 Aさんへの栄養管理のアプローチ そこで、まずは2,050kcalから体重を戻す分のエネルギー量を引いた1,550kcalを最低でもとることを目指します。そのための方法としては、訓練をして食形態を上げること。食事の水分量が減れば、食べられる量が増えます。それから、ゼリーやドリンクなどの補助食品を使うのも効果的です。 食べる目的に応じて内容を変えて 栄養管理の内容は、その利用者さんの「食べる目的」をふまえて検討します。体調の改善を目指す方、現状を維持したい方、看取りフェーズに入っている方。食べる目的が異なれば、食事内容やリハビリテーションの実施の有無が変わってきます。 改善を目指す方先ほど挙げた事例のAさんのように、今より元気になりたい方は「摂取量>必要量」のバランスになるようエネルギーをとる必要があります。食形態を変えるリハビリテーションを継続し、栄養補助食品、MCT(中鎖脂肪酸)や粉末たんぱく質を併用しましょう。現状を維持したい方現在の体の状態をキープしたい方は、「摂取量≒必要量」になるようにエネルギーをとれれば問題ありません。ただし、体重が減少していないかこまめに観察してください。栄養補助食品を使うこともありますが、長く継続できるかどうか考えて提案しなければなりません。看取りフェーズの方エネルギー摂取の目標は「摂取量≒必要量」ですが、最も優先すべきは利用者さん、ご家族のご希望です。ニーズを見極め、また継続可能な栄養管理の方法を模索して提案します。 なお、栄養管理にぜひ活用してほしいのが、「中鎖脂肪酸」や上記でも触れている「栄養補助食品」です。 食欲改善効果が期待できる中鎖脂肪酸 中鎖脂肪酸は、近年人気が高まっているココナッツオイルの主成分で、低栄養の方にぜひ摂取してほしい成分です。理由は、食欲を亢進させる消化管ホルモン「グレリン」は中鎖脂肪酸と結合することで活性型になるため。つまり、中鎖脂肪酸をとれば、食欲を改善させられるかもしれません。 栄養補助食品を使う場合、1ヵ月は継続を 低栄養の方の栄養管理によく使われる栄養補助食品は、摂取期間に注意してください。「認知症患者の栄養に関するESPENガイドライン」によると、栄養補助食品の使用を開始したら、栄養状態に改善傾向が見られても1ヵ月間は続けたほうがよいとされています。「栄養状態が悪くなる前」の状態にまでしっかりと戻してから使用をストップしましょう。 ICTを活用した栄養指導 栄養指導は、管理栄養士が行うのが理想的です。しかし、管理栄養士が在籍していない訪問看護ステーションはまだまだ多く、専門家による栄養指導を受けられないケースは珍しくありません。そこで活躍するのが、「ICTを活用した遠隔栄養指導」です。私も、遠隔診療が始まる以前の2013年頃、沖縄県栄養士会が共同で「遠隔栄養指導のモデル事業」を実施しました。今後、全国で遠隔栄養指導のしくみがどんどん構築されていくことを願っています。 >>後編はこちら高齢者の栄養ケアマネジメント~窒息・認知症対応~【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア 【参考】〇Sadao Yoshida , Yuki Nakayama , Juri Nakayama , Nobumasa Chijiiwa & Takahiro Ogawa .(2022). Assessment of sarcopenia and malnutrition using estimated GFR ratio (eGFRcys/eGFR) in hospitalised adult patients. Clin Nutr ESPEN , 48:456-463. DOI: 10.1016/j.clnesp.2021.12.027〇Dorothee Volkert , Michael Chourdakis , Gerd Faxen-Irving , Thomas Frühwald , Francesco Landi , Merja H Suominen 6,…&Stéphane M Schneider. (2015). ESPEN guidelines on nutrition in dementia. Practice Guideline, Clin Nutr. 2015 Dec;34(6):1052-73. DOI: 10.1016/j.clnu.2015.09.004

訪問看護の夜間緊急対応/頭痛のケーススタディ
訪問看護の夜間緊急対応/頭痛のケーススタディ
特集 会員限定
2023年11月14日
2023年11月14日

訪問看護の夜間緊急対応/頭痛のケーススタディ【セミナーレポート後編】

2023年8月18日に開催したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護の夜間緊急対応~頭が痛い!待てる?待てない?~」。訪問看護の現場で活躍する診療看護師の坂本未希さんを講師に迎え、頭痛を訴える利用者さんのトリアージに必要な知識を、ケーススタディを交えながら教えていただきました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。後編では、緊急コールを受けた際に活用すべきツールの紹介と、ケーススタディの内容をまとめました。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 >>前編はこちら訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】 【講師】坂本 未希さん看護師、保健師/ウィル訪問看護ステーション江戸川 所属宮城大学 看護学部看護学科を卒業後、長崎県の病院での勤務を経て、訪問看護に携わるべくウィル訪問看護ステーション江戸川に入職する。訪問看護師として勤務する傍ら、国際医療福祉大学大学院に進学し、2019年3月には修士課程を修了。診療看護師の資格を取得した。 緊急コールを受けた際に使える3つのツール 緊急コールを受けた際の対応には、3つの選択肢があります。緊急度の高い順に、・救急車を呼ぶ・看護師が訪問して状態確認やケアをする・利用者さんやそのご家族に電話で対応方法を説明するです。選択においては、以下のツールを使って検討してください。 緊急性を判断する「ABCDE」アプローチ 緊急性、重症度を判断するにあたり、最初に「気道」「呼吸」「循環」「意識」「体表」の5つから成る「ABCDE」を聞いていきましょう。 各項目を電話口で確認する際のコツは以下のとおりです。 A(airway):気道「会話や呼吸はできますか」「顔色はどうですか」「胸の動きはどうですか」など、わかりやすい言葉で質問しましょう。 B(breathing):呼吸「呼吸のリズムは早いですか、遅いですか」「肩を上げて苦しそうな呼吸をしていないですか」など、わかりやすい言葉で質問しましょう。 C(circulation):循環血圧や脈拍を測れない場合も、末梢が冷たくなっていないか、チアノーゼがないかなどを確認します。 D(dysfunction of CNS):意識声かけに対しての反応の有無だけでなく、普段と比べてどうかも判断のポイントになります。 E(exposure):体表冷や汗をかいているか、体熱感があるかなど、すぐに確認できる変化を聞いてみましょう。 現病歴を確認する「OPQRST2」 「ABCDE」で目立った問題がない場合は、より詳しく問診していきます。このときに意識してほしいのが、「時間軸」と「症状経過」です。時間の経過に伴って症状が悪化している場合は注意が必要になります。 この時間軸と症状経過に関する情報を漏れなく聞くためには、「痛みのOPQRST2」という現病歴をチェックするためのツールを使うのがおすすめです。 前編(「訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~」参照)で説明した「見逃せない頭痛=二次性頭痛」の判断材料として、頭痛の発症様式は極めて重要な情報になります。例えば、くも膜下出血はハンマーで叩かれたような頭痛が突然起こり、発症後すぐにピークを迎えて、以降ずっと痛みが続くのが一般的。このほかにも、突然発症の頭痛は緊急性が高いケースが多いので、見逃さないでください。 一方、一次性頭痛に分類される片頭痛や緊張性頭痛、群発性頭痛は、痛みに波があることが多いです。 既往歴を確認する「AMPLES(アンプルズ)」 現病歴と併せて、基礎情報も確認しておきましょう。その際に使えるツールが「AMPLES」です。 アレルギーや内服薬、既往歴、社会歴に加え、カルテには載っていない最終の食事や月経も大切な問診項目です。「AMPLES」は、通常の初回訪問時にしっかりと調べておくよう心がけてください。 「OPQRST2」と「AMPLES」を使って得た情報をふまえて、鑑別疾患や、今現れている症状がこれからどういう経過をたどるかを考えていきます。ただし、利用者さんやご家族がパニックに陥っている場合、電話の問診で必要な情報をすべて聞けない時があります。その際は、より丁寧なやりとりを心がけてください。判断に迷う場合は出動しましょう。 ケーススタディ ここからは、ご紹介した知識やツールを使ってケーススタディをしていきます。頭痛を訴える利用者さんのアセスメントと対応について考えてみましょう。 電話での問診、および訪問による状況の確認 利用者さんの妻から、上記のような緊急コールが入りました。まずはカルテの記載を見つつ、AMPLESを使って既往歴をチェックします。 糖尿病や脂質異常症があること、18時頃に最後の食事をとったことなどがわかりました。 続いて、OPQRST2で現病歴を聞いていきます。 夕食後に急に頭痛を訴えはじめたそうですが、「急に」がどれくらい急なのかがよくわかりませんでした。ただ、突然発症の頭痛は緊急性が高く、また辛い痛みで臥床しているとのことで、出動を決めます。 そして、看護師が現場で確認したABCDEは以下のとおりです。 いつもよりぼんやりしていて、意識レベルはJCSI-3に分類されます。また、汗をびっしょりかいており、熱感もありました。 さらに、訪問後に改めて現病歴を問診すると、数日前に感冒症状があったことが新たにわかります。電話での問診ではわからなかった痛みの場所は頭部全体で、随伴症状は39℃の発熱。脈拍は100で頻脈、血圧はやや低下。項部硬直が見られ、頭痛は徐々に強くなり、意識レベルは少しずつ下がる傾向にありました。 アセスメント 以上の情報をふまえ、私が最初に鑑別疾患に挙げるのは髄膜炎です。眼痛があったり、ペンライト法で陽性だったりすれば緑内障も挙げますが、今のところは認められないので除外します。 このように、アセスメントではまず二次性頭痛を除外できないかを考えましょう。そして、除外しきれなければ一次性頭痛については考えず、二次性頭痛として報告を上げます。 「SBAR(エスバー)」を用いた報告 報告する際は「SBAR」というツールを利用します。 このケースは頭痛が主訴なので、診療所や病院には「◯◯さんから緊急連絡があり、訪問しました。頭痛の利用者さんです」と最初に伝えます。続いて、背景=現病歴について。バイタルサインで特に気になる点があれば報告します。今回であれば、体温や血圧、項部硬直ですね。その上で、評価と提案は「髄膜炎の可能性があるので報告しました。緊急搬送を考えていますが、いかがでしょうか?」と伝えるとよいでしょう。 なお、確認した所見をすべて報告する必要はありません。重視すべき所見をピックアップして端的に伝えましょう。もし不足があれば医師から質問があるので、それに回答し、一緒にアセスメントしていけば大丈夫です。 * * * 夜間待機を担当する際、「うまく情報を拾えないかもしれない」「正しい判断ができなかったらどうしよう」といった不安を抱えている方は多いのではないでしょうか。今回ご紹介したトリアージのノウハウが、みなさんの自信や安心につながることを願っています。 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】
訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】
特集 会員限定
2023年11月7日
2023年11月7日

訪問看護の夜間緊急対応~頭痛の種類と特徴~【セミナーレポート前編】

2023年8月18日に開催したNsPace(ナースペース)主催のオンラインセミナー「訪問看護の夜間緊急対応~頭が痛い!待てる?待てない?~」。訪問看護の現場で活躍する診療看護師の坂本未希さんを講師に迎え、頭痛を訴える利用者さんのトリアージに必要な知識を、ケーススタディを交えながら教えていただきました。 今回はそのセミナーの内容を、前後編に分けて記事化。前編では、訪問看護におけるトリアージの考え方や、頭痛の種類とその見分け方などをまとめました。 ※約60分間のセミナーから、NsPace(ナースペース)がとくに注目してほしいポイントをピックアップしてお伝えします。 【講師】坂本 未希さん看護師、保健師/ウィル訪問看護ステーション江戸川 所属宮城大学 看護学部看護学科を卒業後、長崎県の病院での勤務を経て、訪問看護に携わるべくウィル訪問看護ステーション江戸川に入職する。訪問看護師として勤務する傍ら、国際医療福祉大学大学院に進学し、2019年3月には修士課程を修了。診療看護師の資格を取得した。 訪問看護におけるトリアージとは トリアージとは、疾患の重症度や緊急度に基づいて治療の優先度を決定し、選別を行うことです。もう少し噛み砕いて説明すると、「患者さんに必要な医療を提供できる臨床スタッフに繋ぐ」ことを指します。 救急の現場では重症度や緊急度に応じて優先順位をつけることが重視されますが、訪問看護現場におけるトリアージでは、「ご家族で対応可能か」「自分たち看護師で対応可能か」「診療所や病院に対応してもらうべきか」を見極めることが大切です。 今回は、頭痛を訴える利用者さんのトリアージについて考えていきましょう。 頭痛の種類 利用者さんから頭痛を訴える連絡が入ったときは、まず「一次性頭痛」か「二次性頭痛」かを判断します。 一次性頭痛頭痛の原因となる疾患がないもので、具体的には片頭痛や緊張性頭痛、群発頭痛の3つがあります。二次性頭痛に比べて緊急性は低いです。 二次性頭痛何らかの疾患があり、その結果として起こる頭痛です。原因となる疾患はさまざまで、代表例としてはくも膜下出血や髄膜炎、急性緑内障が挙げられます。 続いて、上記2種類の頭痛の特徴についてより詳しくご紹介します。 二次性頭痛の特徴と見分け方 まず、緊急性の高い二次性頭痛からお伝えします。危険な疾患の症状として現れる二次性頭痛は、特に見逃せません。先に代表例として挙げたくも膜下出血や髄膜炎は、診断・治療の遅れが命に関わるため、早期発見・治療が必須。緑内障は死には至らないものの、失明する可能性があり、機能的予後が重篤な疾患です。 これらの頭痛は、いずれも「圧」がキーになります。くも膜下出血と髄膜炎は急激な頭蓋内圧の亢進が、緑内障では眼圧の亢進が痛みを引き起こすのが特徴です。 くも膜下出血、髄膜炎の判断基準 くも膜下出血と髄膜炎では、多くの場合「髄膜刺激徴候」が見られます。代表的なのが項部硬直で、首を支えて頭部を持ち上げようとしても、硬直しているため頭部を前屈させられません。硬直が強い場合は、頭を持ち上げると肩まで一緒に浮いてしまいます。 また「ケルニッヒ(kernig)徴候」といって、下肢を股関節で90度に曲げた状態で膝を130度以上伸ばそうとすると、抵抗や痛みが生じます。これらの身体所見を確認できた場合は、くも膜下出血や髄膜炎を強く疑いましょう。 そのほか、くも膜下出血は発症後すぐに頭痛のピークに達すること、髄膜炎は発熱や吐き気があり、必ずしも髄膜刺激徴候があるわけではないことも覚えておきたいポイントです。 緑内障の判断基準 緑内障の判断にはペンライト法が有効です。眼球の横からペンライトの光を当てると、正常な場合は虹彩全体が照らされます。しかし、緑内障を発症している場合は光が抜けず、反対側に影ができます。これは、眼圧が上がることで「虹彩」がせり出してくるためです。 二次性頭痛の判断に役立つ「SNNOOP10(スヌープテン)」 二次性頭痛の代表例としてくも膜下出血、髄膜炎、緑内障を挙げましたが、頭痛を主訴とする疾患はほかにもたくさんあります。「頭痛」というひとつの所見だけで危険度は判断できないので、随伴症状や経過、環境など、さまざまな角度からレッドフラッグがないかを調べて判断することが大切です。 そうした二次性頭痛のレッドフラッグをまとめた「SNNOOP10」というリストがあるので、ぜひ一度チェックしてください。 【SNNOOP10】・発熱を含む全身症状 S:Systemic symptoms including fever・新生物の既往 N:Neoplasm in history・神経脱落症状または機能不全 N:Neurologic deficit or dysfunction (including decreased consciousness)・急または突然に発症する頭痛 O:Onset of headache is sudden or abrupt・高齢(50歳以上) O:Older age (after 50 years)・頭痛パターンの変化または最近発症した新しい頭痛 P:Pattern change or recent onset of headache・姿勢によって変化する頭痛 P:Positional headache・くしゃみ、咳、または運動により誘発される頭痛 P:Precipitated by sneezing, coughing, or exercise・乳頭浮腫 P:Papilledema・進行性の頭痛、非典型的な頭痛 P:Progressive headache and atypical presentations・妊娠中または産褥期 P:Pregnancy or puerperium・自律神経症状を伴う頭痛 P:Painful eye with autonomic features・外傷後に発症した頭痛 P:Posttraumatic onset of headache・HIVをはじめとした免疫系病態を有する患者 P:Pathology of the immune system such as HIV・鎮痛剤使用過多もしくは薬剤新規使用に伴う頭痛 P:Painkiller overuse or new drug at onset of headache 上記すべての項目を暗記する必要はなく、一読して大体を頭に入れておくだけでも、トリアージを行う際に役立つはずです。 また、上記の「SNNOOP10」には含まれていませんが、利用者さんだけでなく同居人の方にも頭痛があったり、ガス器具の炎の色がオレンジだったり、換気すると頭痛が改善するといった場合、一酸化炭素中毒の疑いがあります。特に古い住居ではその可能性が高まると考えてください。 一次性頭痛の特徴と治療方法 次に、頭痛を訴えるケースで多い一次性頭痛についてお伝えします。判別において知っておきたいそれぞれの特徴としては以下が挙げられます。 片頭痛頭痛が起こる前、光に過敏になる、目がチカチカするといった前兆が見られます。緊張性頭痛随伴症状はありませんが、長時間同じ姿勢をとることが誘発因子となるため、仕事や生活スタイルに影響を受けている可能性が高いです。群発頭痛上記の2つよりも強い痛みが生じることが特徴で、くも膜下出血との判別が難しいケースがあります。頭痛が生じている箇所と同側の目の充血、涙が止まらないなどの随伴症状が判断のポイントになります。また、女性よりも男性に起こることが多いです。 なお、群発頭痛の有病率は0.1〜0.4%と低く、あまり見かけません。そのため、先にご紹介した二次性頭痛の可能性を除外できた際に「では、これはどんな頭痛か」と考えるにあたって、片頭痛と緊張生頭痛の可能性を念頭に置くといいでしょう。 一次性頭痛の治療 軽症の片頭痛と緊張性頭痛は、アセトアミノフェン含有の鎮痛剤を服用すると大体はよくなります。そのほか、片頭痛にはNSAIDsも効果的です。緊張性頭痛であれば、首をマッサージしたり、温めたりすると痛みが緩和することもあるでしょう。なお、鎮痛剤が効かない場合は、医師にほかの治療薬を検討してもらう必要があります。 群発頭痛の治療には酸素投与が有効と考えられているので、痛みがひどい場合は医師に連絡し、搬送すべきか指示を仰いでください。 >>後編はこちら訪問看護の夜間緊急対応/頭痛のケーススタディ【セミナーレポート後編】 執筆・編集:YOSCA医療・ヘルスケア

呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】
呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】
特集
2023年11月7日
2023年11月7日

呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】

末期の肺がんを患う鈴木さん。自宅での療養を開始したものの、同居する娘さんから距離を置かれているように感じ、さみしさや自分を責める気持ちに苦しんでいます。それが呼吸困難の症状にも影響しているようです。訪問看護師として何ができるのか、今回も最善の策を考えていきます。 >>前編はこちら呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】 精神的なつらさが関係することも 訪問看護師のあなたの働きかけで、娘さんに主治医から病状説明してもらうことになりました。これから娘さんをどのようにサポートできるかも含め、話し合いを行います。 主治医: 本日はお忙しい中、時間をつくっていただきありがとうございます。主治医です。本日はお母様の病状についてお話しさせていただきたいと思います。よろしいでしょうか。 娘さん: お願いします。 主治医: お母様は肺がんで療養され、これ以上抗がん剤が効かないと判断されました。緩和ケア病棟に行く選択肢もありましたが、お母様の希望でご自宅に戻ることになりました。 主治医がさらに続けます。 主治医: お母様の両方の肺にはたくさんの転移がみられます。また、右肺には胸水と呼ばれる水もたまっているので、呼吸が苦しくなりやすい状態です。このため、お母様には鼻から酸素を吸っていただいています。こうしていただくことで、現在のところは十分な酸素を供給できています。 娘さん: でも父からときどき息苦しさの訴えがあると聞いています。それはなぜでしょうか? 主治医: 今は十分な深呼吸をしても、以前のようには酸素を体内に取り込めません。その少しの苦しさが増大してしまうと苦しくなってしまうのかもしれません。息が苦しいと感じることは「すぐに命がなくなってしまうかもしれない」という恐怖にもつながります。中にはパニックになってしまう方や過呼吸になってしまう方もいます。精神的なつらさが呼吸の苦しさにつながる方は多いです。 娘さん: 母もそのような精神的なつらさを抱えているということですね。 あなた: お母様にとって家は生きる場所です。それをご家族の皆さんに、そして娘さんに認めてもらえることで、安心してご自宅で生き抜くことができるのではないでしょうか。 娘さん: …わかりました。忙しさを理由に母を避けていたのかもしれません。きっと母を失うことを認めたくなかったのかもしれません。うまくできるかどうかわかりませんが、今日母と話してみます。ここにいてもいいんだよって…。 あなた: うまく話せなくてもよいのではないですか。娘さんの気持ちが伝われば…。きっと伝わりますよ。 娘さん: そうですね。いろいろと話してみます。 酸素療法中に配療すること 娘さんがご自宅に帰られた後、あなたはよい機会なので、今後の対応について主治医に聞いてみることにしました。 あなた: 先生ありがとうございました。また途中で出しゃばってすみません。 主治医: いえいえ、大丈夫ですよ。 あなた: ところで、今後、鈴木さんが呼吸困難を訴えた場合はどう対応すればよいでしょうか。 主治医: まず環境の整備ですね。気流や不快な匂いへの対処、一人にしないことなどでしょう。それでも息苦しさが改善しない場合、モルヒネ10mg/日を内服することにしましょう。さらに呼吸が苦しいときには酸素を3L/分まで増量するようにしてください。 CO2ナルコーシスのリスクを理解しておく あなた: 鈴木さんはそれほどひどい呼吸不全を起こしているわけではないですよね。酸素を増やすことに意味があるのでしょうか。CO2ナルコーシスの心配もあるのではないですか? 主治医: よく勉強されていますね。鈴木さんの場合、換気量がさほど減っているわけではないので、二酸化炭素が体内に著明にたまってしまう状態であるCO2ナルコーシスは起こしづらいと考えています。それでもCO2ナルコーシスを起こさないように、状態観察は必要ですね。もしCO2ナルコーシスを疑ったときには遠慮なく呼んでください。できるだけ早く往診します。 あなた: わかりました。ありがとうございます。先生、CO2ナルコーシスを起こすということは、呼吸不全が進行していることかと思います。その場合は看取りも近いと考えてよいのでしょうか。 主治医: そうなる可能性もあります。CO2ナルコーシスで意識が低下し、回復が困難と考える場合は看取りに備えた対応をするかもしれません。一方で回復可能と考える場合は、胸腔穿刺を行って胸水を排液し換気量を増やす、または高流量鼻カニュラ酸素療法(high flow nasal cannula oxygen:HFNC)という加温・加湿された高流量の酸素を投与する方法もありますね。そのときの状況次第だと思います。 呼吸不全にはⅠ型とⅡ型がある あなた: 呼吸が苦しいとの訴えがあったとき、呼吸不全があるかどうかは、酸素飽和度や呼吸数などで判断してよいのでしょうか。 主治医: 呼吸不全は、動脈血中の酸素分圧(PaO2)が60mmHg以下のことです。酸素飽和度が90%未満の状態と考えればよいでしょう。それに加えて、動脈血中の二酸化炭素分圧(PaCO2)が45mmHg以下の場合(Ⅰ型呼吸不全)と、46mmHg以上の場合(Ⅱ型呼吸不全)に分けられます。CO2ナルコーシスは二酸化炭素がたまることで起こるので、Ⅱ型に相当します。 あなた: 二酸化炭素分圧を調べるには動脈血を採血して、血液ガス分析を行うしかないですよね。 主治医: そうですね。ただ、調べる機械を持っていない診療所も多いので、調べられるうちにどこかで一度調べておくとよいかもしれません。Ⅱ型ならCO2ナルコーシスに十分注意する必要があるというわけです。入院中の血液ガス分析結果では鈴木さんはⅠ型に相当しますので、ややナルコーシスになるリスクは少ないですが、意識レベルが低下していると感じたら連絡をお願いしますね。 あなた: わかりました。 呼吸困難が緩和され穏やかな最期に 娘さんが鈴木さんとお話しされてから、鈴木さんは不思議なほど呼吸困難を訴えることが少なくなりました。呼吸の状態(酸素飽和度)は徐々に悪くなっていきましたが、息苦しさを訴えることはありませんでした。娘さんは2週間ほど介護休暇をとり、ご主人よりもベッドサイドにいる時間が増えたそうです。さらにそこから2週間、鈴木さんは穏やかに過ごしておられましたが、ある日、状態が大きく変化しました。 朝から鈴木さんが強い息苦しさを訴えているとの連絡が入り、あなたは急いで鈴木さんのご自宅に駆けつけました。 鈴木さんは呼吸が浅く、呼吸数も頻回です。酸素飽和度78%、脈拍120回/分、呼吸数25回/分、血圧90/62mmHg。呼びかけると少しうなずきますが、意識レベルも低下しているようです。 あなたは酸素を3L/分に増量し、主治医に連絡しました。到着した主治医はまずモルヒネ10mgを皮下注射しました。その後、0.05mL/時(0.5mg/時)で持続皮下注射を開始しました。開始10分ほどで呼吸数は18回/分まで減ってきました。 あなたは鈴木さんに呼びかけます。 あなた: 鈴木さん、苦しくないですか? 鈴木さん: 少し楽になったわ…。 しかし、鈴木さんのお顔は真っ青です。 主治医: 酸素を増量しても、酸素飽和度が78%から上がらないですね。血圧も70mmHg台まで下がってきました。強い呼吸不全の状態です。このままの状態では長くは頑張れないので、ご家族にしっかりお別れをしてもらいましょう。 あなた: わかりました。 主治医は、呼吸の苦しさは可能な限り緩和していること、肺に酸素が入らない状態のため、長くは頑張れないことをご主人と娘さんに伝えました。あなた は鈴木さんの足をさすりながら、ご主人と娘さんに鈴木さんに付き添い話しかけてもらうようにしました。聴力は最後まで保たれることが多いためです。 2時間ほどそのままの状態で付き添ったところ、下顎呼吸が始まりました。ご主人と娘さんに最後の呼吸が始まっており、苦痛はすでにないことを伝え、手を握って話しかけるようにお願いしました。やがて呼吸が停止し、いったん診療所に戻っていた主治医に連絡し、死亡確認をしてもらいました。あなたはエンゼルケアを行い、鈴木さんにお別れを告げました。 エンゼルケアを終えた鈴木さんの表情は少し微笑んでいるように見えました。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】〇日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会編.『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン(2023年版)』金原出版,東京,2023.

呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】
呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】
特集
2023年10月31日
2023年10月31日

呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】

呼吸困難とは呼吸時の不快な感覚のことをいいます。ご本人が「息苦しい」と感じる主観的な症状であるため、呼吸不全の病態と一致しないことも少なくありません。今回は末期の肺がんを患う鈴木さんのケースを通して、呼吸困難への対応を見ていきましょう。 在宅療養を始めたばかりの鈴木さん 鈴木さんは62歳の肺がん末期の利用者さんです。専業主婦として過ごしてこられましたが、2年前に肺がんが判明。抗がん剤治療を行っていましたが、効果がなくなり、自宅で過ごすことを選択されました。鈴木さんは両肺に多発転移、右胸に胸水貯留があるという状態です。 訪問看護師であるあなたと初めて会ったとき、鈴木さんは笑顔でした。1L/分で酸素が流れている経鼻酸素カニューレを手放せない状態ではありましたが、特に痛みもなく、息苦しさもないとのこと。酸素飽和度95%と呼吸状態もある程度保たれていました。 鈴木さんはご主人と娘さんの三人暮らしで、家事はすべてご主人がやってくれています。居間に置かれた介護用ベッドで療養されており、ときどきさみしそうな表情を浮かべることがあり、あなたはそれが少し気になっていました。 呼吸困難の訴えがあり夜間に訪問 退院翌日の夜10時、あなたが持っていたステーションの緊急用携帯電話が鳴りました。鈴木さんのご主人からです。 ご主人: 妻が1時間ほど前から息が苦しいと言っています。酸素の量を3L/分まで上げてもいいと言われていたので、酸素を増やして、背中をさすっていたのですがよくなりません。このまま息が止まってしまうのではないかと不安になり、電話をしました。 あなたはすぐに訪問する旨を伝えて、自転車で鈴木さんのご自宅に向かいました。訪問に向かう間、あなたはいろいろなことを考えていました。酸素飽和度が極端に低下していたら…、酸素を増やしても苦しいのだから主治医にすぐ連絡するべきなのだろうか…、そんなときに自分は何ができるのだろうか…。薄曇りの初夏の夜のことでした。 訪問してみると、居間のベッドで鈴木さんが座り込んでいました。起座呼吸の言葉が頭をよぎります。かなり状態がよくないのではないかと思い、鈴木さんに声をかけて、症状を聞きながら酸素飽和度と血圧を測定しました。鈴木さんの息はかなりハアハアしています。 鈴木さん: 胸の奥が何か締め付けられるような感じで、空気がうまく入っていかないの。このままだともっと苦しくなるような気がして…。 鈴木さんの酸素飽和度は98%(酸素投与量 3L/分)、血圧120/68mmHg、脈拍98回/分、呼吸数22回/分と大きな異常はありません。 リラックスを促し症状を緩和 まずあなたは、窓を開けて居間に風を呼び込むことにしました。窓を開けると幸いさわやかな風が吹き込んできました。次にベッドを45度程度にギャッジアップしました。クッションを集め、つらくない姿勢をとりました。右を下にしたほうが、少し楽になるようでした。 鈴木さんのように胸水が片側にたまっている患者さんの場合、側臥位をとると楽になったり、呼吸状態がよくなったりします。どちらの向きにするかは、胸水や酸素の状態によって違ってきますので、患者さんご本人の反応やSpO2などをみて調整するとよいでしょう。よくいわれているのは胸水がたまっているほうを上にすることですが、胸水の量が多いと健側の肺が胸水によって圧排され、かえって呼吸困難が強まることもあるので注意が必要です。 ベッドの脇には友人からの退院祝いである百合の花が置かれていました。匂いがきついと感じたあなたは、その花を隣室に移し、匂いがこもらないようにしました。 10分ほど背中をさすっていると「だいぶ楽になってきたわ」と鈴木さんが話されました。呼吸数も13回/分ほどまで改善している様子です。さらに30分ほど背中をさすり、当面状態が悪化する可能性は少ないことをご主人と鈴木さんに説明し、鈴木さんのお宅を後にしました。 薬物療法ではモルヒネや抗不安薬を使用 翌日、申し送りでそのことをスタッフに説明すると、ベテラン訪問看護師の西水さんから声をかけられました。 西水さん: よく対応したわね。私でもあなたと同じように対応したと思うわよ。特にあなたが窓を開けて空気の流れをつくったことはすごくいい工夫だと思ったわ。海外では携帯用のファンを持たせるように患者に指示して、苦しくなったら口元にファンで風を送り込むように指示している先生もいるそうよ。 あなた: そうなんですか。百合の花の匂いが少しきついなと思ったので風を送るようにしたのですが…。何とか楽になってくれてよかったです。でも、夜中にまた呼ばれたらどうしようとあまり寝られませんでした。 西水さん: そうね、先生たちはこんなときのため頓服の薬を出してくれているから、それを服用させるのも一つの手よね。たいてい抗不安薬であることが多いわ。でも緩和ケアの先生たちはモルヒネやヒドロモルフォンの速放性製剤を出してくれることが多いのよ。 あなた: 患者さんにとって呼吸が苦しいというのは、不安というか、恐怖だと思います。なので、抗不安薬が処方されるのは分かるのですが、医療用麻薬が処方されるはなぜですか? 西水さん: 医療用麻薬のうちモルヒネとヒドロモルフォンは呼吸困難を改善させる効果があるとされているの。その機序ははっきりと分かっていない部分もあるのだけど、呼吸中枢に働いて呼吸数を減らすといわれているわ。呼吸数が減るとずいぶん楽になるのよ。 あなた: そうなんですね。勉強になりました。ところで、西水さん、実は鈴木さんのことで気になることがあるのです。初回訪問の時、鈴木さんが少しさみしそうな表情をされているように思ったんです。鈴木さんの娘さんが同居されているのですが、昨日、今日とお会いしなかったことも少し気がかりで…。 西水さん: あなたがそう思うなら、お二人に聞いてみるのはどうかしら。 あなた: わかりました、聞いてみます。 どこかさみしそうだった本当の理由 翌日の定期訪問では、鈴木さんは息苦しさも改善して穏やかに過ごされていました。体のチェックでも胸水はさほど増えていないと思われ、酸素の投与量を医師の指示で1L/分に減らしても、酸素飽和度は95%と大きな問題はなさそうです。 ご主人もいらっしゃったので、あなたは思い切って鈴木さんご夫婦に切り出しました。 あなた: 素敵なご夫婦ですね。これだけご主人がかいがいしくお世話をされるご夫婦はそう多くはありませんよ。 鈴木さん: ありがとう。でもそんなによくはないのよ。 あなた: 確か娘さんもご一緒でしたよね。あまりお見かけしないなと思って…。 鈴木さん: 娘は…。 そう言いかけて、鈴木さんは途中でだまってしまいました。 あなた: 話したくないことでしたら、無理にお答えいただかなくても結構ですよ。 鈴木さん: そんなことはないの。でも、少し娘のことを考えると申し訳なくて…。 あなた: よかったら聞かせていただけませんか。 鈴木さん: 娘は会社でプロジェクトのリーダーを任されているのよ。毎日遅くまで仕事して、疲れ果てて帰ってくるの。この1年ほどは食事もほとんど一緒にとっていないわ。そんな生活だから、私が退院するとき、娘はそのまま緩和ケア病棟に入るように強くすすめてきたの。家に帰ってこられても、自分には私を世話できないって。それは無理のないことだとも思ったわ。でも、私はどうしても家に帰りたかった。味気ない病院の天井を見ているのはもう限界だとも思ったの。幸い主人が帰ってもいいよと言ってくれたので、こうして帰ることができたのだけど。娘は気分が悪いらしく、帰ってもほとんど会ってくれないの。夜遅く帰った後に夫が声をかけても「疲れたから寝る」と言って、ほとんど口も聞いていないのよ。娘にとって私は迷惑なのかもしれないわね。きっと主人にとっても迷惑なのよね。この前のようなことがまたあれば、緩和ケア病棟に入ったほうがいいかもしれないわね。 あなた: そうだったんですか。でも、鈴木さんは家で過ごしたいんですよね。 鈴木さん: できればだけど…。 娘さんに手紙を書いてみることに あなたはその日はそのままステーションに帰りました。ステーションに帰ると管理者の望月さんと先輩の西水さんに相談しました。また、主治医の先生にも報告し、まずは訪問看護のほうから娘さんにアプローチすることにしました。 あなたはまず娘さんに手紙を書いてみることにしました。書き出しは悩みましたが、鈴木さんが娘さんに引け目を感じていること、不安やさみしい気持ちがあるように見えること、つらい症状は精神的な要因から生じている可能性があることを記載しました。そして、最後にステーションに電話をもらえるようにお願いをしてみました。 手紙を渡した翌日の午後、娘さんから電話がありました。 娘さん: お手紙、ありがとうございました。母のこと気遣っていただき、感謝しています。正直なところ仕事も忙しく、母が自宅に戻ってきたことで私に何ができるのか、すごくモヤモヤしていたのです。私は緩和ケア病棟に行くように強くすすめたのですが、今の両親を見ていると、自宅に戻るのも悪くないかなって思うようになって…。でも、あれだけ自宅に戻ることを反対した手前、母の前に行きづらくて。ほとんど話すことも見つからないのです。上司は事情を知っていて、私にしばらく介護休暇を取るようにすすめてくれるのですが、この仕事を放り出すわけにも行かず、悩んでいました。 あなた: そうだったんですね。娘さんもつらい思いをされていたのですね。もしよかったら、忙しいとは思うのですが、一度、主治医から鈴木さんの病状について説明を受けていただくお時間をつくっていただけないでしょうか。私たちも同席し、娘さんをどのように応援できるのか相談させていただければと思うのです。 娘さん: ありがとうございます。分かりました、時間をつくってみます。 あなたは、主治医と管理者に娘さんと話した内容を伝え、彼女と相談する時間をつくってもらうようお願いしました。そしてご主人にはきちんとこのことを伝えておくようにしました。 >>後編はこちら呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】〇日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会編.『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン(2023年版)』金原出版,東京,2023.

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