疾患知識に関する記事

呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】
呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】
特集
2023年10月31日
2023年10月31日

呼吸困難への対応 前編【がん身体症状の緩和ケア】

呼吸困難とは呼吸時の不快な感覚のことをいいます。ご本人が「息苦しい」と感じる主観的な症状であるため、呼吸不全の病態と一致しないことも少なくありません。今回は末期の肺がんを患う鈴木さんのケースを通して、呼吸困難への対応を見ていきましょう。 在宅療養を始めたばかりの鈴木さん 鈴木さんは62歳の肺がん末期の利用者さんです。専業主婦として過ごしてこられましたが、2年前に肺がんが判明。抗がん剤治療を行っていましたが、効果がなくなり、自宅で過ごすことを選択されました。鈴木さんは両肺に多発転移、右胸に胸水貯留があるという状態です。 訪問看護師であるあなたと初めて会ったとき、鈴木さんは笑顔でした。1L/分で酸素が流れている経鼻酸素カニューレを手放せない状態ではありましたが、特に痛みもなく、息苦しさもないとのこと。酸素飽和度95%と呼吸状態もある程度保たれていました。 鈴木さんはご主人と娘さんの三人暮らしで、家事はすべてご主人がやってくれています。居間に置かれた介護用ベッドで療養されており、ときどきさみしそうな表情を浮かべることがあり、あなたはそれが少し気になっていました。 呼吸困難の訴えがあり夜間に訪問 退院翌日の夜10時、あなたが持っていたステーションの緊急用携帯電話が鳴りました。鈴木さんのご主人からです。 ご主人: 妻が1時間ほど前から息が苦しいと言っています。酸素の量を3L/分まで上げてもいいと言われていたので、酸素を増やして、背中をさすっていたのですがよくなりません。このまま息が止まってしまうのではないかと不安になり、電話をしました。 あなたはすぐに訪問する旨を伝えて、自転車で鈴木さんのご自宅に向かいました。訪問に向かう間、あなたはいろいろなことを考えていました。酸素飽和度が極端に低下していたら…、酸素を増やしても苦しいのだから主治医にすぐ連絡するべきなのだろうか…、そんなときに自分は何ができるのだろうか…。薄曇りの初夏の夜のことでした。 訪問してみると、居間のベッドで鈴木さんが座り込んでいました。起座呼吸の言葉が頭をよぎります。かなり状態がよくないのではないかと思い、鈴木さんに声をかけて、症状を聞きながら酸素飽和度と血圧を測定しました。鈴木さんの息はかなりハアハアしています。 鈴木さん: 胸の奥が何か締め付けられるような感じで、空気がうまく入っていかないの。このままだともっと苦しくなるような気がして…。 鈴木さんの酸素飽和度は98%(酸素投与量 3L/分)、血圧120/68mmHg、脈拍98回/分、呼吸数22回/分と大きな異常はありません。 リラックスを促し症状を緩和 まずあなたは、窓を開けて居間に風を呼び込むことにしました。窓を開けると幸いさわやかな風が吹き込んできました。次にベッドを45度程度にギャッジアップしました。クッションを集め、つらくない姿勢をとりました。右を下にしたほうが、少し楽になるようでした。 鈴木さんのように胸水が片側にたまっている患者さんの場合、側臥位をとると楽になったり、呼吸状態がよくなったりします。どちらの向きにするかは、胸水や酸素の状態によって違ってきますので、患者さんご本人の反応やSpO2などをみて調整するとよいでしょう。よくいわれているのは胸水がたまっているほうを上にすることですが、胸水の量が多いと健側の肺が胸水によって圧排され、かえって呼吸困難が強まることもあるので注意が必要です。 ベッドの脇には友人からの退院祝いである百合の花が置かれていました。匂いがきついと感じたあなたは、その花を隣室に移し、匂いがこもらないようにしました。 10分ほど背中をさすっていると「だいぶ楽になってきたわ」と鈴木さんが話されました。呼吸数も13回/分ほどまで改善している様子です。さらに30分ほど背中をさすり、当面状態が悪化する可能性は少ないことをご主人と鈴木さんに説明し、鈴木さんのお宅を後にしました。 薬物療法ではモルヒネや抗不安薬を使用 翌日、申し送りでそのことをスタッフに説明すると、ベテラン訪問看護師の西水さんから声をかけられました。 西水さん: よく対応したわね。私でもあなたと同じように対応したと思うわよ。特にあなたが窓を開けて空気の流れをつくったことはすごくいい工夫だと思ったわ。海外では携帯用のファンを持たせるように患者に指示して、苦しくなったら口元にファンで風を送り込むように指示している先生もいるそうよ。 あなた: そうなんですか。百合の花の匂いが少しきついなと思ったので風を送るようにしたのですが…。何とか楽になってくれてよかったです。でも、夜中にまた呼ばれたらどうしようとあまり寝られませんでした。 西水さん: そうね、先生たちはこんなときのため頓服の薬を出してくれているから、それを服用させるのも一つの手よね。たいてい抗不安薬であることが多いわ。でも緩和ケアの先生たちはモルヒネやヒドロモルフォンの速放性製剤を出してくれることが多いのよ。 あなた: 患者さんにとって呼吸が苦しいというのは、不安というか、恐怖だと思います。なので、抗不安薬が処方されるのは分かるのですが、医療用麻薬が処方されるはなぜですか? 西水さん: 医療用麻薬のうちモルヒネとヒドロモルフォンは呼吸困難を改善させる効果があるとされているの。その機序ははっきりと分かっていない部分もあるのだけど、呼吸中枢に働いて呼吸数を減らすといわれているわ。呼吸数が減るとずいぶん楽になるのよ。 あなた: そうなんですね。勉強になりました。ところで、西水さん、実は鈴木さんのことで気になることがあるのです。初回訪問の時、鈴木さんが少しさみしそうな表情をされているように思ったんです。鈴木さんの娘さんが同居されているのですが、昨日、今日とお会いしなかったことも少し気がかりで…。 西水さん: あなたがそう思うなら、お二人に聞いてみるのはどうかしら。 あなた: わかりました、聞いてみます。 どこかさみしそうだった本当の理由 翌日の定期訪問では、鈴木さんは息苦しさも改善して穏やかに過ごされていました。体のチェックでも胸水はさほど増えていないと思われ、酸素の投与量を医師の指示で1L/分に減らしても、酸素飽和度は95%と大きな問題はなさそうです。 ご主人もいらっしゃったので、あなたは思い切って鈴木さんご夫婦に切り出しました。 あなた: 素敵なご夫婦ですね。これだけご主人がかいがいしくお世話をされるご夫婦はそう多くはありませんよ。 鈴木さん: ありがとう。でもそんなによくはないのよ。 あなた: 確か娘さんもご一緒でしたよね。あまりお見かけしないなと思って…。 鈴木さん: 娘は…。 そう言いかけて、鈴木さんは途中でだまってしまいました。 あなた: 話したくないことでしたら、無理にお答えいただかなくても結構ですよ。 鈴木さん: そんなことはないの。でも、少し娘のことを考えると申し訳なくて…。 あなた: よかったら聞かせていただけませんか。 鈴木さん: 娘は会社でプロジェクトのリーダーを任されているのよ。毎日遅くまで仕事して、疲れ果てて帰ってくるの。この1年ほどは食事もほとんど一緒にとっていないわ。そんな生活だから、私が退院するとき、娘はそのまま緩和ケア病棟に入るように強くすすめてきたの。家に帰ってこられても、自分には私を世話できないって。それは無理のないことだとも思ったわ。でも、私はどうしても家に帰りたかった。味気ない病院の天井を見ているのはもう限界だとも思ったの。幸い主人が帰ってもいいよと言ってくれたので、こうして帰ることができたのだけど。娘は気分が悪いらしく、帰ってもほとんど会ってくれないの。夜遅く帰った後に夫が声をかけても「疲れたから寝る」と言って、ほとんど口も聞いていないのよ。娘にとって私は迷惑なのかもしれないわね。きっと主人にとっても迷惑なのよね。この前のようなことがまたあれば、緩和ケア病棟に入ったほうがいいかもしれないわね。 あなた: そうだったんですか。でも、鈴木さんは家で過ごしたいんですよね。 鈴木さん: できればだけど…。 娘さんに手紙を書いてみることに あなたはその日はそのままステーションに帰りました。ステーションに帰ると管理者の望月さんと先輩の西水さんに相談しました。また、主治医の先生にも報告し、まずは訪問看護のほうから娘さんにアプローチすることにしました。 あなたはまず娘さんに手紙を書いてみることにしました。書き出しは悩みましたが、鈴木さんが娘さんに引け目を感じていること、不安やさみしい気持ちがあるように見えること、つらい症状は精神的な要因から生じている可能性があることを記載しました。そして、最後にステーションに電話をもらえるようにお願いをしてみました。 手紙を渡した翌日の午後、娘さんから電話がありました。 娘さん: お手紙、ありがとうございました。母のこと気遣っていただき、感謝しています。正直なところ仕事も忙しく、母が自宅に戻ってきたことで私に何ができるのか、すごくモヤモヤしていたのです。私は緩和ケア病棟に行くように強くすすめたのですが、今の両親を見ていると、自宅に戻るのも悪くないかなって思うようになって…。でも、あれだけ自宅に戻ることを反対した手前、母の前に行きづらくて。ほとんど話すことも見つからないのです。上司は事情を知っていて、私にしばらく介護休暇を取るようにすすめてくれるのですが、この仕事を放り出すわけにも行かず、悩んでいました。 あなた: そうだったんですね。娘さんもつらい思いをされていたのですね。もしよかったら、忙しいとは思うのですが、一度、主治医から鈴木さんの病状について説明を受けていただくお時間をつくっていただけないでしょうか。私たちも同席し、娘さんをどのように応援できるのか相談させていただければと思うのです。 娘さん: ありがとうございます。分かりました、時間をつくってみます。 あなたは、主治医と管理者に娘さんと話した内容を伝え、彼女と相談する時間をつくってもらうようお願いしました。そしてご主人にはきちんとこのことを伝えておくようにしました。 >>後編はこちら呼吸困難への対応 後編【がん身体症状の緩和ケア】 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】〇日本緩和医療学会 緩和医療ガイドライン作成委員会編.『進行性疾患患者の呼吸困難の緩和に関する診療ガイドライン(2023年版)』金原出版,東京,2023.

「心不全」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】
「心不全」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】
特集
2023年10月24日
2023年10月24日

【在宅医が解説】「心不全」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を提供します。今回は心不全について、訪問看護師に求められる知識、どんな点に注意すべきなのかを、在宅医療の視点から解説します。 この記事で学ぶポイント 心不全は財布が小さくなり家計維持に苦慮している状態心不全は急性増悪を繰り返しつつ、しだいに悪化するが、終末期の判断や最期の迎え方の予測はしばしば難しい心不全の治療は原因疾患と心不全自体への二本立て訪問看護では肺鬱血・体液貯留・生活行動の三つに注目して観察する心不全を治療するのではなく、心不全とともに生きていく姿勢が重要 心不全って何だろう 心不全は、心ポンプがうまく働かなくなるために、しだいに生活範囲が縮んでいく疾患です。 これは、財布が小さくなっていくイメージが近いかもしれません。使えるお金(酸素供給)が減っているなかで、支出(酸素需要)を賄えるよう何とかバランスをとりつづける状況に似ています。この収支が赤字になると、急性(非代償性)心不全という状態に陥ります。 心不全はどのように経過していくのか 心不全は生活習慣病から始まり、器質心疾患への罹患を経て、心ポンプ失調が顕在化し、しだいに難治化していきます。この経過をそれぞれA・B・C・Dの段階(ステージ)に区切っています1)(図12))。 生活強度は時間とともに緩徐に低下していきますが、ときおり何らかのきっかけで急性心不全を生じ大幅に強度が下落します。また致死性不整脈により突然人生の終幕を迎えることもあります。いつからが終末期なのか、またどのような最期の迎えかたをするのかはしばしば予測困難です。 治療は原因疾患と心不全自体への二本立て介入 心不全の治療には大きく二つ、原因疾患の治療と心不全自体への治療があります。また各々、薬物療法に加え侵襲的治療があります。 原因疾患の治療 心不全の原因は虚血性心疾患・高血圧・弁膜症が多くを占めますが、抗がん剤を含めた薬剤・アミロイドーシス・膠原病・内分泌疾患など、根本原因が心臓以外に存在することもあります。まずはこれらの原因疾患の治療を行なうことが重要です。虚血性心疾患・不整脈・弁膜症に対してはカテーテルまたは外科的治療という選択肢もあります。これらの原因疾患の治療により、心不全の改善や安定化が期待できます。 心不全自体の治療 心不全自体への治療は薬物療法が主軸となります(図23))。 特に近年は、心不全の再入院抑制や予後改善をもたらす新規薬剤が複数登場しています。現在では少なくとも四種類の薬剤【(1)β遮断薬、(2)ACE阻害薬・アンジオテンシン受容体拮抗薬:ARB・ARNI、(3)アルドステロン受容体拮抗薬(MRA)、(4)SGLT2阻害薬】が必須薬とされ、「Fantastic Four」(日本的にいえば四天王)と呼ばれています。 これら心不全治療薬が個別の患者さんに適切に導入されていることが重要であり、医者の腕の見せ所でもあります。それを最適治療(Optimal Medical Therapy;OMT)またはガイドラインを遵守した薬物治療(Guideline-directed Medical Therapy;GDMT)と表現しています。 薬物抵抗性の心不全に対しては、限られた施設において限られた患者さんを対象に、心臓移植や植込型補助人工心臓(VAD)の装着を行ないます。 訪問看護でのポイント 心不全は再入院を反復することでQOLが低下し予後も悪化するため、心不全悪化の早期発見・早期介入が重要です。特に以下の三つに注目して観察することをおすすめします。 肺鬱血 たいていの場合、肺鬱血の症状は「労作時息切れ→就寝後の一過性呼吸苦(発作性夜間呼吸苦)→起座位保持(起座呼吸)→安静時呼吸苦」の順に出現します。肺が徐々に水浸しになるイメージです。 臥位になると肺全体が水浸しになり、酸素化がより困難になります。また靴を履く際や洗顔時など、前屈みになると胸が重くなるのを前屈呼吸苦といい、これも肺鬱血のサインです。 頸静脈怒張(座位で内頸静脈の拍動を観察可能)も有力な手がかりではありますが、判断にはある程度の経験が必要なため、手放しではおすすめしません。 体液貯留 心不全になると、相対的に腎血流が低下し、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系の賦活化によって体液貯留傾向になります。水ぶくれになっていくイメージです。 たいていは重力により下方・末梢に体液が貯留するため、下腿浮腫が最も目立ちます。脛骨粗面を押すと粘土のようにへこむか、また圧痕が残るかで判断します。ほかにも、患者さんから「指輪がきつい」「手が曲げにくい「『顔が大きくなった』と言われた」「目が開けにくい」「おなか周りがぶよぶよする」などの訴えがあれば、同部位の浮腫を疑ってみてください。 生活行動 心不全は生活行動を契機に悪化することが多く(図34))、またそれを医者に伝えないこともあるため、患者さんの日常を知る訪問看護師さんの役割はたいへん重要です。服薬行動を含めた治療アドヒアランスが起きていないか、ライフイベントや生活・勤務環境を含めた過活動・ストレス過剰がないかなどの情報を、訪問のたびにそれとなく収集することで、心不全悪化リスクを見積もることができるようになります。 訪問看護のさらなる役割 心不全は「治療する」というよりも「ともに生きる」姿勢が重要です。医療技術の適応には限界がある上、心不全の安定化には生活行動の制御が必要となるからです。 ではそれをどうやって実現するか? それには、病院世界に生きる医療従事者の視点だけではなく、患者さんの日常生活を観察し見守る在宅医療従事者の視点が必要です。いわゆる形式的な紹介-逆紹介ではなく、病院-在宅連携という形で多くの医療従事者がコミュニケーションをとることで、患者さんがより快適に心不全とともに生きるのを支えていくことが容易になると考えています(図4)。 そのような心不全診療の未来像において、訪問看護師さんには、まさに主役級の活躍が期待されているといっても過言ではありません。そのような地域はまだまだ少ないのが現状ですが、千葉においても5年前からそのような試みを行なっています。ご興味のある方は一度ホームページを覗いてみてください。 ■「千葉心不全ネットワーク」:https://www.chibahfnetwork.com/(事務局:千葉大学医学部附属病院 循環器内科) 執筆: 岡田 将千葉大学大学院医学研究院循環器内科学四街道まごころクリニック 編集: 株式会社メディカ出版 【引用・参考文献】1)日本循環器学会/日本心不全学会.急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版).10-5.2)脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方に関する検討会.心血管疾患の診療提供体制の在り方について.脳卒中、心臓病その他の循環器病に係る診療提供体制の在り方について.2017,31.3)Bauersachs,J.Heart failure drug treatment:the fantastic four.Eur.Heart J.42,2021,681-3.4)Tsuchihashi,M.et al.Clinical Characteristics and Prognosis of Hospitalized Patients With Congestive Heart Failure:A Study in Fukuoka,Japan.Jpn.Circ.J.64,2000,953-9.

血行障害 対策&予防
血行障害 対策&予防
特集
2023年10月17日
2023年10月17日

血行障害とは?血行不良や血流障害との違いから症状・原因・対処法まで解説

身体の冷えや不規則な生活などによって血液が流れにくくなります。その結果、肩こりや関節痛、冷え、むくみなどの不調が起こるほか、心筋梗塞や脳梗塞といった生命に関わる病気のリスクが高まります。 本記事では、血行障害がどのような状態を指すのかを解説するとともに、血行不良や血流障害との違い、症状、原因、対処法などについて詳しくご紹介します。 訪問看護における利用者さんのアセスメントはもちろん、ご自身の体調管理にもお役立てください。 血行障害・血行不良・血流障害の違い 血行障害と血行不良、血流障害は、しばしば同じ状態を指す言葉として扱われています。 血行と血流の定義は以下のとおりです。 血行……身体に血が巡ること血流……血液が血管を流れること つまり、血行障害と血行不良は、身体に血液が正常に巡ることができなくなっている状態です。血流障害は、血管内に血液がうまく流れない状態を指します。 血流障害が起きている状態では身体に血液がうまく巡らなくなるため、血行障害・血行不良・血流障害はほぼ同じ意味といえるでしょう。 本記事では、血行障害と血行不良、血流障害は同じものとして扱い、症状や起こりえる病気、対処法などについて解説します。 血行障害の症状 血行障害が起きると身体にさまざまな不調が現れます。 肩こり・関節痛 血行障害が起きている状態では、筋肉が負荷を受けたときに発生する疲労物質が特定の部位に溜まり、炎症や筋肉の緊張を引き起こします。その結果、重い頭を支える首や肩、身体の軸となる腰などを中心に、全身に痛みやこりなどが現れます。 冷え 血液は、体温調節に関与しています。血行障害があると、心臓から遠く離れた手足に血液が十分に届かなくなり、冷えが起こります。手足のような末梢部は血管が細いため、ただでさえ血流が滞りやすい部位です。また、全身が冷えると頭痛やめまい、下腹部の痛みなどが現れるほか、感染症にかかりやすくなります。 むくみ 血行障害によって下半身の血液の流れが滞ると、血液中の水分が血管の外ににじみ出ることでむくみが生じます。足が大きくむくむことで靴のサイズが合わなくなったり、靴ずれが起きたりします。 血行障害の原因 血行障害は複数の要因が重なって生じます。それぞれの要因について詳しく見ていきましょう。 運動不足 軽いむくみや少し冷える程度の症状は、運動不足の方によく見られます。運動不足の方は筋肉量が少ないため、筋肉が収縮するときに血液を押し上げる「筋ポンプ作用」が弱くなります。その結果、全身への血流が不足して、むくみや冷えなどの症状が現れます。 不規則な食生活 食事の回数が少なく、1回でカロリーを過剰に摂取する食生活は肥満につながります。肥満になると、血行が悪くなる糖尿病や脂質異常症、高血圧症などのリスクが高まります。また、これらの病気は動脈硬化を促すため、不規則な食生活は血行障害の要因といえるでしょう。 身体の冷え 身体が冷えると末梢部まで血液が届きにくくなります。その結果、冷えやむくみといった血行障害による症状が現れます。 動脈硬化 動脈硬化とは、動脈の血管の弾力性が失われて硬くなることです。動脈硬化にはいくつかの種類がありますが、一般的に動脈硬化といえば、血管壁にお粥のような粥腫(アテローム)が作られる「粥状動脈硬化(アテローム性動脈硬化)」を指します。粥状動脈硬化が起きると、血管の内腔が狭くなることで血行障害が生じます。 血行障害によって起こりえる病気 血行障害が起きると、次のような病気・症状が生じるリスクが高まります。 閉塞性動脈硬化症 閉塞性動脈硬化症は、動脈硬化によって血管の内腔が狭くなったり詰まったりすることで血行障害が起きる疾患です。手足の冷えやしびれなどが現れ、進行すると筋肉に痛みが生じます。血行障害がさらに進行すると歩行中に足が痛くなり、歩けなくなることもあります。 狭心症 心臓への血行が悪くなると、心臓に酸素や栄養が十分に供給されなくなります。こうして起きる疾患を虚血性心疾患といい、狭心症や心筋梗塞などが挙げられます。 狭心症は、動脈硬化や血栓などによって心臓の血管が細くなり、血行障害が生じることで心臓への血流が不足した状態です。胸の痛みに加え、左腕、左肩、顎などの圧迫感が生じます。 心筋梗塞 心筋梗塞は、冠動脈が詰まることで心臓への血液の流入が極端に少なくなるか、まったくなくなってしまい、心臓の筋肉が壊死する疾患です。胸の痛みや冷や汗、吐き気、嘔吐、呼吸困難などが生じます。 脳梗塞 脳梗塞は、内頚動脈や椎骨動脈などの血管が詰まったり狭くなったりして、脳に十分な血液が供給されなくなる疾患です。身体の片側の麻痺や失語、意識障害などが現れます。 潰瘍・壊死 血行障害によって、酸素や栄養が細胞に供給されなくなると、その部分に潰瘍や壊死が生じる恐れがあります。例えば、糖尿病患者が血糖コントロールが不良な場合、下肢への血行障害が生じて潰瘍や壊死が起こります。 血行障害の対処法 単なる運動不足や身体を冷やすことで起きている血行障害であれば、生活習慣の改善や身体を冷やさないことで対処できるかもしれません。しかし、動脈硬化による血行障害が生じている場合は医療機関で治療が必要です。血行障害の症状が現れている場合は、まずは医療機関を受診しましょう。 血行障害の対処法は原因や状況で大きく異なります。医療機関での治療法と日常における対応方法についてご紹介します。 薬物療法 動脈硬化が起きている場合は、血管拡張薬や抗凝固、抗血小板薬などを使用することがあります。使用する薬は、患者の状態や動脈硬化の程度などで異なります。 生活習慣の改善 肩こりや冷え、むくみなどが起きている場合は、規則正しい睡眠習慣や食生活、適度な運動、ストレスケアなどから始めましょう。動脈硬化が起きている場合も、生活習慣の改善を医師に指導されます。 身体を冷やさない 身体が冷えると血流が滞りやすくなるため、エアコンや衣類などで適温を保つようにしましょう。ただし、エアコンの過剰な使用は自律神経のバランスが崩れることで疲労や肩こり、むくみなどを悪化させる恐れがあります。 * * * 血行障害は、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞といった生命に関わる病気のリスクが高まるため、少しでも気になったら医師に相談しましょう。 編集・執筆:加藤 良大監修:久手堅 司せたがや内科・神経内科クリニック院長 医学博士。「自律神経失調症外来」、「気象病・天気病外来」、「寒暖差疲労外来」等の特殊外来を行っている。これらの特殊外来は、メディアから注目されている。著書に「気象病ハンドブック」誠文堂新光社。監修本に「毎日がラクになる!自律神経が整う本」宝島社等がある。 【参考】〇厚生労働省「エコノミークラス症候群の予防のために」https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_07384.html2023/7/17閲覧〇一般社団法人日本ペインクリニック学会「血行障害性疼痛」https://www.jspc.gr.jp/igakusei/igakusei_kekkou.html2023/7/17閲覧

緩和ケア 悪性消化管閉塞
緩和ケア 悪性消化管閉塞
特集
2023年10月3日
2023年10月3日

悪性消化管閉塞への対応【がん身体症状の緩和ケア】

がんの進行に伴って生じることの多い悪性消化管閉塞。治療には外科手術、経鼻胃管やイレウス管の留置などがありますが、患者さんの全身状態や予後によって慎重な検討が必要です。どこまでどのような治療を行うのか、患者さんやご家族とよく話し合うことが大切でしょう。今回はがんによる消化管閉塞への対応を考えていきます。 子宮体がんが疑われる佐藤さん 認知症で寝たきりの佐藤さん(90歳)。主治医からおそらく子宮体がんだろうと診断されています。現在は止まっていますが、血性帯下が出現するようになり、腹部エコーで子宮内の液体貯留と壁の凹凸不整が指摘されたためです。当初は萎縮性腟炎*を疑い、ホルモン剤を投与しましたが効果はなく、触診でも腟内に異常は認められませんでした。痛みについてははっきり分からないのですが、顔をしかめることがあると、フェンタニル貼付剤1日用を2mg/日で投与されています。 主治医は病院に行って診断してもらうことを提案していましたが、同居して介護を行う娘さんは病院での検査を希望していません。これ以上の医療も望んでおらず、強い苦痛がないように対応してもらい、母親がこのまま自宅で旅立つことを希望しています。 *萎縮性腟炎とは: 加齢や閉経によって女性ホルモン(エストロゲン)の分泌が低下し、内性器や外性器などが萎縮し、皮膚や粘膜が薄くなる疾患。ホルモン薬の投与により改善する。 繰り返す嘔吐 佐藤さんは1日中ベッド上で過ごし、自分で歩くこと、寝返りを打つこともできません。食事は流動食のみで、1日300~400mLほど摂取しています。しかし、内服薬は吐き出してしまい、飲み込むことができない状態です。 普段は在宅で娘さんがかいがいしく世話をしています。訪問看護師であるあなたが笑顔で声かけすると、佐藤さんはニコリと笑ってくれます。この笑顔があなたにはたまらなく愛おしく感じられるのです。訪問看護としては週1回の訪問で、健康管理(心身の状態観察、異常の早期発見など)、保清ケア、可能な範囲での拘縮予防を行っています。 そんなある日、佐藤さんが嘔吐したとの連絡が入り、訪問看護師が呼び出されました。訪問すると佐藤さんは嘔吐を繰り返し、シーツも汚れた状態です。発熱の症状があり、痰がらみもみられました。幸いほかのバイタルサインに大きな変化はなかったので、主治医に連絡を取り、往診を依頼しました。 消化管閉塞と診断 診察後、主治医は佐藤さんが消化管閉塞を起こしたのではないかと話し始めました。 主治医: おそらく消化管閉塞を起こされていると思います。腸雑音がひどく亢進しているので、痛みも伴っているはずです。子宮体がんが腸に浸潤して、腸が細くなり、最終的に詰まってしまったのでしょう。 あなた: 先生、消化管閉塞と診断するために病院ではいつもレントゲンを撮っていました。レントゲンなしでも診断できるのですか? 主治医: よい質問ですね。佐藤さんの腹部をみてください。いつもよりやや膨隆して、打診をすると空気が充満している音がしますよね。これを腸に空気が入った状態、つまり「鼓腸」といいます。これが急に増えていることがまず一つ。次に、腸雑音を聞いてみてください。ゴロゴロとすごく亢進しているでしょう。それが少し高い音になってゴロゴロというよりギリギリ、あるいはキリキリという音に聞こえませんか? これが金属音と呼ばれる消化管閉塞を疑う一番の所見です。もちろん立位の腹部レントゲンを撮れればよいのですが、佐藤さんは立位をとることも困難ですし、病院に搬送することもご家族の意向に反します。後で腹部エコーを持ってきて、腸管が拡張している所見がみられれば、ほぼ確定ということでよいと思います。 患者さんにとって最善の治療を あなた: 先生、佐藤さんの治療はどうされるのですか? 先生: そうですね、薬を持続皮下注射して対応してみましょう。 あなた: どのような薬を使用するのですか? 主治医: オクトレオチドとステロイドです。嘔吐物で誤嚥性肺炎を起こしている可能性もあるので、今日は抗菌薬も使用しましょう。しばらくは毎日訪問して経過観察を行います。 あなた: オクトレオチドという薬、あまり聞いたことがありません。どのような薬なのですか? 主治医: オクトレオチドは、ソマトスタチンという消化管ホルモンとほぼ同じ活性を持つ薬です。ソマトスタチンは消化管の運動と分泌を停止させるホルモンですね。消化管閉塞になると腸管は貯留した腸液を肛門方向に流すため腸管運動が活発になります。また、腸の表面積が増えると、それに応じて腸液分泌も亢進するといわれています。このため、腸が閉塞すると「腸が拡張し腸液の分泌がさらに増える」→「腸の表面積が広がる」→「さらに腸液の分泌が増える」という悪循環が起こってしまうのです。そこで、オクトレオチドを使用して、悪循環を抑えるのですよ。ちなみに、ステロイドは腸管浮腫を改善させるために使います。抗菌薬と一緒に持続皮下注射します。 あなた: そうなのですね。消化管閉塞というと鼻からイレウス管や胃管を挿入することが多いと思うのですが、佐藤さんにも行いますか? 主治医: 経鼻胃管の管を入れても、不快なので佐藤さんは自分で引き抜いてしまうかもしれません。医学的には多少のエビデンスはありますが、強い医学的推奨はありません。経鼻胃管なしで治療を進めましょう。 あなた: ほかに行ったほうがよい治療はあるのでしょうか? 主治医: 娘さんと相談して了解が得られるなら、500mL程度の輸液を持続皮下注射するのがよいでしょう。不完全な消化管閉塞なら排便で急に解消されることもあります。文献的にはほかにブチルスコポラミン、ヒスタミンH2受容体拮抗薬、プロトンポンプ阻害薬、化学療法に用いる制吐薬に弱い推奨はありますが、オクトレオチドとステロイドが効くケースが多いので、私はあまり使用したことがないのですよ。 あなた: 今後、消化管閉塞が改善しなくてもオクトレオチドの投与はずっと続けるのですか? 主治医: そういう場合もあります。医療保険も適応されると思います。しかし、佐藤さんの現在の状況を考えると、ご家族と相談して輸液を最小限にする必要があるかもしれませんね。 あなた: 以前そのような病状で、高カロリー輸液を点滴しながら、PTEG(経皮経食道胃管挿入術)やPEG(経皮内視鏡的胃瘻造設術)でドレナージを行っている患者さんを見かけたことがあるのですが、佐藤さんもそのような治療をする必要があるのでしょうか? 主治医: 2~3ヵ月以上の予後が期待できるのであれば考える必要があるかもしれませんが、寝たきりの佐藤さんには基本的には苦痛を与える医療は行わないほうがベターではないかと考えています。これもご家族と相談して決めていきましょう。 あなた: 先生のお考え、よく分かりました。よろしくお願いします。 症状緩和で食欲も回復 主治医がオクトレオチドの持続皮下注射を開始すると、1時間半ほどで佐藤さんの嘔吐が消失し、腹部の腸雑音もほとんど聞こえなくなりました。38度の発熱もその日の夕方から平熱に戻りました。 翌日から主治医が毎日訪問。オクトレオチドとステロイドの投与を継続したところ、6日目に大量の下痢便がみられ、以後定期的に排便がみられるようになりました。主治医の指示で水分ゼリーから食べてもらうと、問題なく嚥下し、嘔吐も生じません。さらに、少量の栄養剤をスプーンで与えると飲み込みます。結局その日は100mLほどの栄養剤を口にされました。 主治医はオクトレオチド投与量を半分にしても次の日嘔吐がないことを確認し、投与を中止しました。それから佐藤さんは以前と同様に過ごしています。多いときには栄養剤を1日で約300~400mL摂ることもあり、食欲も戻ってきたようです。便秘については、状態に応じてピコスルファートを栄養剤に混ぜて投与し、対応しています。すると時に嘔吐することもあるのですが、排便があると改善する状態を維持しています。 あなたが訪問して笑顔で呼びかけると笑顔で返してくれる佐藤さん。痛みの表情もなく、穏やかに過ごしています。あなたは少しでも穏やかな時間が続くことを祈りながら日々のケアを行っています。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

寒暖差疲労対策&予防
寒暖差疲労対策&予防
特集
2023年10月3日
2023年10月3日

寒暖差疲労とは?症状・セルフチェック・原因・対処法・予防法

朝方・日中・夜間の気温差が大きい季節の変わり目には、寒暖差疲労が起きることがあります。疲労は寒暖差によるものだけではなく、さまざまな疾患によって起きている可能性もあるため、慎重な判断が求められます。 本記事では、寒暖差疲労の症状からセルフチェックの方法、原因、メカニズム、セルフチェック、対処法、予防法まで詳しく解説します。訪問看護において利用者さんのアセスメントに活かすことはもちろん、ご自身が体調不良になったときのためにぜひご一読ください。 寒暖差疲労とは 寒暖差疲労は、気温差によって身体の機能を調節する自律神経が働きすぎて、エネルギーを消費してしまうために起こる症状のことです。主な症状は、疲労感やめまい、食欲不振などです。1日の最高気温と最低気温との差が7度以上ある日や、前日との気温差が7度以上ある日に症状が現れやすいでしょう。疲労は、体力の消耗や精神的なストレス、自律神経や甲状腺の病気など、さまざまな原因でも起こります。寒暖差が激しい時期に疲労が起きた際は、寒暖差疲労も可能性のひとつとして考えましょう。 寒暖差疲労の症状・セルフチェック 寒暖差疲労では、疲労感のほかにも、肩こりや腰痛、頭痛、めまい、不眠、食欲不振、便秘や下痢、イライラ、冷え、むくみなど、さまざまな症状が現れます。次の項目に当てはまる方は、寒暖差疲労が起こりやすいでしょう。 暑さや寒さが人よりも苦手に感じるエアコンで体調が悪くなりやすい顔や全身がほてりやすい自分だけが寒かったり暑かったりすることが多い寒暖差が大きいと、頭痛や肩こり、めまい、関節痛などさまざまな症状が現れる季節の変わり目に体調を崩しやすい冷え性がある温度が変わらない環境に長時間いることが多い身体がむくみやすい ただし、上記はあくまでも傾向である上に、必ずしも寒暖差疲労によるものとは限りません。安易な自己判断は重大な病気を見逃す原因となるため、症状が続く場合は医師に相談しましょう。 寒暖差疲労の原因・メカニズム 寒暖差疲労に大きく関わるといわれているのが自律神経です。改めて基本的な知識をおさらいしておきましょう。 自律神経は、身体を活発に動かすときに働く「交感神経」と、身体を休めるときに働く「副交感神経」で成り立っています。この2つの神経がバランスを取りながら、呼吸や体温、心拍、消化、代謝、排尿・排便などの生命活動に欠かせない機能をコントロールしています。 例えば、体温を調整する際は、骨格筋を収縮させることで熱を生み出します。このときに症状として表れるのが「震え」です。また、血管の収縮を促すことで筋肉を硬くして体温を上げます。さらに、発汗によって体温を下げることも自律神経の働きによるものです。 交感神経と副交感神経が急激に切り替わると臓器に負担がかかるため、ゆっくりと切り替えなければなりません。しかし、寒暖差が大きい日は、この自律神経の働きが1日の中で何度も急激に切り替わるため、臓器に大きな負担がかかって不調を誘発します。 寒暖差疲労が起きやすいシーン 寒暖差疲労は、その名のとおり寒暖差が大きい日に起こります。寒暖差疲労が起きやすいシーンについてご紹介します。 季節の変わり目 春や秋は朝晩の気温差が大きく、寒暖差疲労が起こりやすい季節です。朝晩は肌寒くても昼間は暖かいため、服装の調整が難しくなります。その結果、体感温度を一定に保つことができず、寒暖差疲労が起こります。 エアコンの利用 エアコンを使用する場合、室内と室外の温度差が大きくなります。訪問看護の現場では、利用者さんの体調管理のためにエアコンを使用していることが多いでしょう。このような環境では、リビングから廊下や外に出たときの寒暖差が大きくなるため、寒暖差疲労に警戒が必要です。 屋外での活動 山登りやキャンプなどのアウトドア活動では、日中や平地は暑くても夜間や山頂は冷え込むことがあります。また、訪問看護の現場では、家の中から外に出るときに気温の変化が生じるため、適切な服装に着替えることが大切です。 旅行 旅行先でも寒暖差に注意が必要です。冬の温暖な地域から寒冷地への旅行、夏の涼しい地域から暑い地域への旅行などでは、気候の変化によって寒暖差疲労が誘発されます。旅行中は体調管理を心がけるとともに、行き先に適した服装を準備しましょう。 寒暖差疲労の対処法 寒暖差疲労が起きた際は、寒暖差による自律神経の過剰な働きを正常化させるために、次の対処法を実践しましょう。 身体を温める 寒いときは、血管が表面近くにある、首元や肩甲間部、内腿をカイロやホットタオルなどで温めましょう。ただし、身体を温める行為である運動を行う際は外してください。 運動を習慣づける 自律神経のバランスが崩れにくい身体づくりのために、適度な運動を習慣づけましょう。一定のリズムで15~30分程度の運動を習慣づけることで、身体の筋肉が増えて自律神経のバランスが乱れにくくなります。 また、ゆっくりと3分歩いて、3分早歩きを繰り返すのを15~30程度続けるのもよいでしょう。この場合、1分につき60~80歩を目安とし、呼吸は2秒で吸って4秒で吐くのを繰り返します。 首と肩の筋肉の緊張を緩める 首と肩の筋肉をストレッチすると、筋肉の緊張が緩んで副交感神経が優位になり、自律神経のバランスが整いやすくなります。 両手を後頭部に添えて、顔をうつむけることで首の後ろを伸ばしましょう。続いて、ゆっくりと上を向いて首の前を伸ばし、左右にゆっくりと倒して首の横を伸ばします。最後に肩甲骨の周りや腰、背中、太ももの裏、ふくらはぎを伸ばしてください。 寒暖差疲労の予防法 寒暖差疲労を予防するために、日頃から次のような行動を心がけましょう。 規則正しい生活を心がける 規則正しい生活リズムを作ることは、自律神経のバランスを整えるために重要です。 睡眠時間は7時間程度を目安とし、夜23時から朝6時の間は寝ているようにしましょう。太陽に当たることで、良質な睡眠を促すセロトニンが増加するため、日中はなるべく外出することが大切です。ただし、夏場は熱中症の心配があるため、外出時間帯や外出先などを考慮しなければなりません。 食事については1日3食、栄養バランスの取れた食事を心がけてください。 冷たい飲み物を控える 冷たい飲み物は臓器を冷やすため、寒暖差疲労の悪化につながる恐れがあります。暑いときに冷たい飲み物を飲むと急激に体温が低下するため、自律神経のバランスが崩れるとともに臓器に大きな負担がかかります。 冷たい飲み物を控えるとともに、身体を温める根菜類や温かい飲み物などを取りましょう。 冷暖房器具に頼りすぎない 冷暖房器具に頼ると自律神経が働く機会が減少することで、交感神経と副交感神経の切り替えがうまくできなくなります。食事や服装、運動などで体温を調節できる場合は、そのほうがよいでしょう。 ただし、夏の熱中症対策には冷房が推奨されており、冬に室温が18℃未満になると、高血圧をはじめとした健康被害が生じるリスクがあります。適正に使用しましょう。 入浴で汗をかくようにする 入浴すると、身体が温まるだけではなく、リラックス効果によって副交感神経が優位になります。なるべく毎日入浴しましょう。 38~40℃程度の湯に15~20分程度つかることが基本ですが、利用者さんの疾患によっては温度と入浴時間、入浴方法に調整が必要です。 * * * 寒暖差疲労は、寒暖差が大きい季節の変わり目やエアコンを過剰に使用しているときなどに起こりやすいものです。今回、解説した内容を自身の体調管理と利用者さんのアセスメントにぜひ役立ててください。 編集・執筆:加藤 良大監修:久手堅 司せたがや内科・神経内科クリニック院長 医学博士。「自律神経失調症外来」、「気象病・天気病外来」、「寒暖差疲労外来」等の特殊外来を行っている。これらの特殊外来は、メディアから注目されている。著書に「気象病ハンドブック」誠文堂新光社。監修本に「毎日がラクになる!自律神経が整う本」宝島社等がある。 【参考】〇一般社団法人半田市医師会「今月のテーマ 寒暖差疲労」(2018年11月)https://www.handa-center.jp/medical/facility/pdf/20181120.pdf2023/7/17閲覧

がん身体症状の緩和ケア4
がん身体症状の緩和ケア4
特集
2023年9月19日
2023年9月19日

悪心・嘔吐への対応【がん身体症状の緩和ケア】

がん患者さんが経験する身体症状の中でも発症頻度が高い悪心・嘔吐。原因のアセスメントと原因に応じた治療、そして患者さんの病態に応じた制吐薬の使用が対応の基本です。今回は悪心・嘔吐の緩和ケアについて解説していきます。 Bさんを苦しめる悪心・嘔吐 訪問看護師であるあなたは、新たながん患者さんを担当することになりました。75歳女性のBさんです。Bさんはご主人と2人暮らし。娘さんたちがいますが、みなさん結婚して家を出ています。 Bさんはステージ4の肺腺がんと診断され、抗がん剤治療を2クール受けましたが、あまり効果は得られず、副作用で苦しい思いをされました。本人の希望もあり、現在はご自宅で療養生活を送られています。 Bさんは要介護2の認定で、屋内では伝い歩きで移動できますが、一人での外出は難しい状態です。また、体動時に息が切れるため、在宅酸素療法(1L/分)を受けながら生活されています。 Bさんは身体の痛みはそれほどないようですが、肝臓への転移が見られ、退院後から悪心を訴えることが多くなりました。実際に嘔吐してしまうこともあります。Bさんの悪心・嘔吐への対応が必要と考え、あなたはケアマネジャーと相談し、Bさんの自宅でケアカンファレンスを開くことにしました。 悪心・嘔吐のメカニズム(図1) Bさんに出現した悪心・嘔吐。がん患者さんではよく見られる症状です。カンファレンスの前に、まずは、悪心・嘔吐のメカニズムを押さえておきましょう。悪心・嘔吐は、さまざまな神経伝達物質(ドパミン、ヒスタミン、ムスカリン、セロトニンなど)が、大脳皮質、前庭器、化学受容器引金帯、末梢の4つの経路を経て、嘔吐中枢を刺激することによって生じます。 図1 悪心・嘔吐のメカニズム 三橋由貴.「悪心」.林ゑり子編著,上村恵一監修,『緩和ケア はじめの一歩』,照林社,東京,2018.p.83.より転載 原因をアセスメントし状態に応じた治療を カンファレンスでは、最初に医師からBさんのこれまでの病状説明が行われました。あなたが心配している嘔気・嘔吐について、医師も治療が必要と考えているようです。 医師: Bさんは、便秘もなく腹部膨満の症状も見られませんが、退院してから吐き気を訴えることが多いように思います。これは今後、治療をしていこうと考えています。また、肺がんは脳転移を起こすことがあるため、悪心・嘔吐の原因を探るためにも、病院を受診し、頭部CT検査を受けていただく必要があると思います。 ケアマネジャー: 了解です。受診のときは介護タクシーが必要ですね。手配しますので、検査日が決まりましたら教えてください。 医師: わかりました。検査日が決まればお伝えしますので、調整をお願いします。 あなた: 先生、悪心・嘔吐の治療としてはどのようなことを行うのでしょうか。 医師: 悪心・嘔吐の原因をアセスメントし、原因に応じた治療を行い、制吐薬も使用していきます。制吐薬は、神経伝達物質の受容体をブロックすることで症状を改善させる薬剤です。Bさんの病態に応じた制吐薬の選択が必要です。 あなた: Bさんの場合、どういった治療方法が考えられますか。 医師: そうですね、いくつかパターンが考えられます。Bさんの肺がんは肝臓に転移しています。肝転移によって腸管の血流が不良になっているとしたら、消化管運動改善薬を使います。ドパミンD2受容体拮抗薬のメトクロプラミドが代表的です。あるいは、がんが脳に転移しており、脳腫瘍が嘔吐中枢を刺激しているなら、同じくドパミンD2受容体拮抗薬の抗精神病薬ハロペリドールを用います。脳圧の亢進が考えられる場合はステロイドも使いますね。めまいや前庭神経異常を伴う時にはヒスタミンH1受容体拮抗薬を使用します。これらを組み合わせて使うことも大切です。Bさんは今のところ便秘の症状は見られませんが、便秘も悪心を引き起こす原因の1つなので、今後は便秘も重要な観察ポイントです。 あなた: 先生としては何から使用されるのですか? 医師: まずはメトクロプラミドを投与して経過を観察します。そして脳転移が見つかればステロイドの使用を検討してみてもいいですね。 Bさん: 皆さん、先生、よろしくお願いします。吐き気がよくなれば、もっと楽に過ごすことができると思うのです。 その後、Bさんは頭部CT検査を近隣の病院で行い、脳転移が指摘されました。 Bさん: よくなるわけがないと思っていても、脳に転移してしまったのはがっかりだわ。このまま頭がおかしくなるかもしれないと思うとすごく不安で…。 あなた: 不安なお気持ちは当然のことと思います。ただ、脳転移を起こした患者さんすべてに認知機能の衰えが出現するわけではないですよ。先生が、吐き気に関しては原因が分かったので、対策をしっかり行えると話していました。むしろ体調はよくなるかもしれません。 悪心・嘔吐を誘発しないケアも大切 制吐薬による治療を進めるとともに、あなたはBさんの悪心・嘔吐が少しでも改善するようににおい対策や服薬タイミングの調整を提案することにしました。 あなた: Bさん、療養の方法を整えることで吐き気が起こりにくくなることもあります。例えば、においの強いものを近くに置かないようにし、できれば窓を開けて新鮮な空気を取り入れるのはどうでしょう。また、お薬は先生や薬剤師さんとも相談し、食事の前に飲めるようにしてみましょう。特に吐き気止めのお薬は食前の服用がよいと聞いています。お薬が効いてくれば今よりも食べられるようになりますし、体調も回復するのではないかと思います。 Bさん: ありがとう。あなたの言うとおりにやってみましょう。実は娘が持ってきてくれたユリの香りがきつく感じていて…。でも、家族がせっかくもってきてくれたものだから言い出せなくて。 あなた: Bさんは優しい方なのですね。 Bさん: そんなことはありませんよ…。 症状の回復とともに前向きな変化も その後、Bさんには制吐薬としてステロイドのデキサメタゾンが処方されました。服用は錠剤1錠なので、Bさんにとってそれほど負担もないようです。メトクロプラミドは無効とされ、就寝前にハロペリドールも服用しています。Bさんの症状は随分よくなり、少しずつ食事も取れるようになってきました。 あなた: Bさん、だいぶ食べられるようになりましたね。すごくよいことだと思います。 Bさん: あなたや先生が励ましてくれたおかげです。ありがとう。もう少しがんばってみたいわ。家の中のことも整理しておきたいし。 あなた: 無理のない範囲でお願いしますね。ご主人にもおいしいご飯を作ってあげなきゃ、ですよね。 Bさん: そうなの、みんなに食べさせてあげたい。そうだ、食事会を開いて、みんなに声をかけてみようかしら。あなたもぜひ参加してね。 あなた: ありがとうございます。ぜひ参加させてください。楽しみにしています。 翌週、Bさんの家にご家族が集まり、食事会が開かれました。本人も張り切っていましたが、一品作ると疲れたようで、ベッドに戻られていました。他の料理は娘さんたちが作り、お孫さんも参加し、楽しい会になりました。居間に置かれたベッドの上でBさんも満足気に見えます。 あなた: お招きいただき、ありがとうございました。本当に楽しい会でしたね。まだまだご家族とのお話もあると思いますので、私はこれで失礼します。 Bさん: もっといてくださればいいのに…。でも、家族にはこれからのことも話しておきたいし、ここからは家族だけにしたほうがいいかもしれないわね。 あなた: もしよければ、どのようなことをご家族に話されたいのか教えていただけませんか。 Bさん: これまでは自宅で過ごすことが家族に迷惑をかけるのではと思ってきたけれど、あなたや先生のおかげでだいぶ身体が楽になって、自信もできたの。家族に「入院しないで最期までこの家で過ごしたい」と話すつもりなのよ。 あなた: そうだったのですね。素晴らしいご決断です。私たちもしっかりサポートして行きます。これからもよろしくお願いします。 Bさん: 夫には少し迷惑をかけると思うけど、娘もできるだけ泊まり込んで手伝ってくれると言うし…。家族の顔が見えるのが一番安心なの。 あなた: よくわかりますよ。 Bさんの家を後にしたあなたはすぐにBさんの意向を医師に報告し、他の職種にも共有しました。食事会から数日経ったある日、Bさんの家には訪問看護師であるあなたと医師、薬剤師、ケアマネジャーが集まりました。 医師: Bさん、最期までご自宅で過ごすことで問題ないですね。私たちもできるかぎりのことをいたします。苦しいこともできるだけ軽減できるように努めます。よろしくお願いします。 Bさん: ありがとうございます。私のわがままかもしれませんが、よろしくお願いします。 ケアマネジャー: 私もお手伝いします。 薬剤師: もちろん私もお手伝いします。 その横で、あなたはずっとBさんの背中をさすっていました。できればこの時間がもっと続くことを願いながら…。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

インフルエンザ症状&予防
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2023年9月5日
2023年9月5日

インフルエンザの症状・出席停止期間・2023~2024年冬の流行予測

インフルエンザは毎年異なる型が流行する上に、流行時期が変動する場合もあります。訪問看護師は感染症に対する抵抗力が低い高齢者や小児と関わるケースも多く、毎年インフルエンザの状況や予測などはチェックしておきたいところです。 本記事では、インフルエンザの症状や原因、出席停止期間、2023~2024年の流行予測などについて詳しく解説します。 インフルエンザとは そもそもインフルエンザ(influenza)は、インフルエンザウイルスの感染によって発症する気道感染症です。インフルエンザが周期的に流行することから、16世紀のイタリアの占星家が星や寒気の影響(influence)と考えたことが語源とされています。 インフルエンザの症状 インフルエンザウイルスに感染後、1~3日間程度の潜伏期間を経て、次の症状が現れます。 ・38℃以上の高熱・頭痛・全身倦怠感・筋肉痛・関節痛 上記の症状は突然現れることが特徴です。これらに続いて咳や鼻汁などの症状が現れ、個人差はありますが1週間程度で軽快します。ただし、循環器や呼吸器、腎臓の慢性疾患を持つ方、免疫機能が低下している方、糖尿病をはじめとする代謝疾患を持つ方は二次的な細菌感染症のリスクが高いとされています。 また、小児の場合は発熱による熱性痙攣、中耳炎、気管支喘息を伴うことがあります。 インフルエンザの原因 インフルエンザの原因は、A型・B型・C型のいずれかのインフルエンザウイルスの感染です。毎年、大規模な流行の原因となるのはA型とB型で、それぞれ複数の型に分類されています。 2023年時点において近年流行しているのは、以下の4種類です。 ・A(H1N1)亜型・A(H3N2)亜型(香港型)・B型(山形系統)・B型(ビクトリア系統) 流行するインフルエンザウイルスの型や系統は、年度や国、地域などで異なります。 季節性と新型の違い インフルエンザは、「季節性」と「新型」の大きく2つに分類できます。 一度ウイルスや細菌に感染すると免疫機能によって再感染のリスクは低下しますが、季節性インフルエンザはA型のインフルエンザウイルスの抗原性が毎年わずかに変化するため、再感染の可能性が通常のウイルスと比べて高いとされています。 また、新型インフルエンザは、季節性のものとは抗原性が大きく異なるインフルエンザウイルスによるものです。過去に感染しておらず免疫を獲得していないため、多くの方が感染します。 インフルエンザが流行する時期 季節性インフルエンザには流行性がありますが、新型インフルエンザにはありません。季節性インフルエンザは例年12月〜3月にかけて流行します。なお、2020年以降は新型コロナウイルスの流行やそれに伴う公衆衛生に関する意識の高まりの影響で、インフルエンザの流行時期や罹患者数に大きな変化がみられます。 2023~2024年におけるインフルエンザの特徴 2023年春には、例年とは異なる季節外れのインフルエンザが流行しました。そのため、冬から2024年にかけても、例年とは異なる時期に流行する可能性があります。流行が予測されているインフルエンザの型については、厚生労働省が毎年認定するワクチン製造株が参考になります。以下の4株がワクチン製造株として認定されました。 ・A(H1N1)亜型・A(H3N2)亜型(香港型)・B型(山形系統)・B型(ビクトリア系統) 実際に流行する型と異なるケースもありますが、現状では近年流行した型と同様と予測されています。 インフルエンザの出席停止期間 学校保健安全法施行規則第19条第2項に基づき、インフルエンザを発症した後5日を経過し、かつ解熱した後2日を経過するまでは、出席停止となります。なお、幼児の場合は、解熱後3日までは出席できません。 企業については明確な規定がありませんが、従業員が安全で健康に働けるように配慮する「安全配慮義務」に基づき、独自にルールを定めている場合があります。一例では、学校保健安全法で定められた出席停止期間と同じ基準を定めています。 インフルエンザの検査方法・診断 インフルエンザの症状が現れている場合、医療機関では迅速診断キットを用いて検査することが一般的です。鼻腔の奥の粘膜を綿棒で採取し、迅速診断キットに検体を垂らし、30分程度で結果が出ます。 鼻をかんで鼻汁を採取する方法もありますが、綿棒を使った方法と比べて採取できるウイルス量が少ないとの報告があります。 インフルエンザの治療法 インフルエンザの治療には、抗インフルエンザ薬を使用します。症状が現れてからの時間や病状によって効果が異なり、全患者に必須な治療ではありません。発症から48時間以内に抗インフルエンザ薬を服用すると、発熱の持続期間が1〜2日程度短くなります。48時間以上経過してから服用しても、十分な効果は期待できません。 また、必要に応じてインフルエンザに伴う発熱や咳、淡、倦怠感などを和らげる薬を使用します。 インフルエンザに伴う異常行動について 以前は抗インフルエンザ薬が原因で異常行動が起きることが強く疑われていました。しかし、抗インフルエンザ薬の服用の有無、種類に関係なく異常行動が起きていることから、関係性は不明とされています。 <異常行動の例>・ 突然、部屋から出ようとする・ 窓を開けて飛び降りようとする・ 話しかけても反応がない・ 泣きながら部屋の中を動き回る・ 理解できない発言をする 異常行動による事故を防ぐために、発熱から2日間は次のような転落防止策を講じることが重要です。 ・玄関と窓をすべて施錠する(なるべく補助鍵を使用する)・窓がなくベランダに面していない部屋で療養させる・1階で療養させる 中でも就学以降の小児・未成年者の男性に起きることが多いと報告されていますが、年齢や性別に関係なく対策を講じることが大切です。 インフルエンザのワクチン インフルエンザのワクチンは13歳以上で年に1回接種が原則です。添付文書には年に1回または2回と記載されていますが、研究によりインフルエンザワクチン0.5mLの1回接種で2回接種と同程度にまで抗体価が上昇したことから、1回接種となっています。ただし、医師の判断で2回接種を行う場合もあります。 13歳未満の場合は、年に2回接種が原則です。1回目の接種後、2~4週間間隔をあけて2回目を接種します。ワクチン接種から効果が現れるまでの期間には個人差がありますが、通常は約2週間かかります。効果の持続期間は約5ヵ月とされています。 1回接種の場合、11月下旬~12月初旬に接種すると流行前にインフルエンザ予防効果を得やすいでしょう。2回接種の場合は、1回目を10月下旬~11月初旬に、2回目を11月下旬から12月初旬に接種することが推奨されます。受験を控えている場合は、早めの接種を検討しましょう。 ワクチンの副反応は接種した部位の赤みや腫れ、痛みなどで、通常は2~3日で消失します。そのほか、発熱や頭痛、倦怠感、悪寒などもみられることがあります。 まれにみられるのはアレルギー反応による赤み、かゆみ、蕁麻疹などです。重篤な副作用として以下が報告されていますが、因果関係は明らかではありません。 ・ギランバレー症候群・急性脳症・急性散在性脳脊髄炎・痙攣・肝機能障害・喘息発作・紫斑 インフルエンザの予防法 インフルエンザの予防法は、一般的な感染症と同じです。 ・帰宅時の手洗いうがい・栄養バランスのとれた食事・十分な睡眠・こまめな換気・適切な湿度 また、インフルエンザが流行している時期は、繁華街への外出は控えましょう。 * * * インフルエンザは、毎年流行しているものの2020年以降には流行時期に変化が生じています。また、その年度によって流行する型が異なるため、最新情報を随時チェックしておくことが大切です。今回、解説した内容を参考に、インフルエンザに適切に対処しましょう。 編集・執筆:加藤 良大監修:久手堅 司せたがや内科・神経内科クリニック院長 医学博士「自律神経失調症外来」、「気象病・天気病外来」、「寒暖差疲労外来」等の特殊外来を行っている。これらの特殊外来は、メディアから注目されている。著書に「気象病ハンドブック」誠文堂新光社。監修本に「毎日がラクになる!自律神経が整う本」宝島社等がある。 【参考】 〇NIID 国立感染症研究所「インフルエンザとは」https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/219-about-flu.html2023/6/25閲覧〇厚生労働省「インフルエンザQ&A」https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/qa.html2023/6/25閲覧〇厚生労働省「令和4年度インフルエンザQ&A(令和4年10月14日版)」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/infulenza/QA2022.html2023/6/25閲覧〇東京都感染症情報センター「2023~2024年シーズンインフルエンザHAワクチン製造株(2023年4月28日)」https://idsc.tmiph.metro.tokyo.lg.jp/diseases/flu/flu/vaccine2023/2023/6/25閲覧〇熊本県「今冬のインフルエンザ総合対策に取り組みましょう(2020年8月1日)」https://www.pref.kumamoto.jp/soshiki/30/153141.html2023/6/25閲覧〇静岡県「『インフルエンザの出席停止期間』の考え方」https://www.city.shizuoka.lg.jp/000834248.pdf2023/6/25閲覧〇厚生労働省「抗インフルエンザウイルス薬の安全性について(2017年12月)」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11120000-Iyakushokuhinkyoku/0000189771.pdf2023/6/25閲覧〇厚生労働省「新型インフルエンザ予防接種後の症状について」https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/inful_04.html2023/6/25閲覧

褥瘡エコーの活用
褥瘡エコーの活用
特集
2023年9月5日
2023年9月5日

褥瘡エコー 深部損傷褥瘡の鑑別・程度を評価 活用の実際

褥瘡エコーは皮膚表面の観察だけでは分からない皮膚内部の観察が可能です。そのため、発赤・深達度の評価やDTI(深部損傷褥瘡)、ポケットの評価に有用です。とくにDTIは、急速に深い褥瘡に進行するリスクがあるため、ポータブルエコーでいち早く発見することで創部の悪化を防ぐことができます。 今回は東葛クリニック病院の皮膚・排泄ケア特定認定看護師の浦田 克美氏と、臨床検査技師の佐野 由美氏に、褥瘡へのポータブルエコー使用のポイントと活用についてうかがいました。 正常な皮膚構造と正常な画像を覚える 褥瘡エコーを正しく扱うには、正常な組織と損傷を受けた組織を見極める必要があります。そのため、皮膚構造の解剖学を知っておくことが大前提になります。皮膚は外側から表皮、真皮、皮下組織(脂肪組織・筋組織)で構成されています。その構造を、画像でも見慣れておく必要があるでしょう(図1)。表皮や真皮の損傷は肉眼でも評価することができますが、皮下組織である脂肪組織、筋肉組織の損傷の観察は肉眼で見ることは難しく、ポータブルエコーを用いることで正確に判断することができます(写真1)。 図1 「画像から見る皮膚の構造」(提供:浦田 克美氏) 写真1 「ポータブルエコーで褥瘡を観察」(提供:浦田 克美氏) 利用者さんの褥瘡を画像として描出する前に、まずは正常な皮膚の部位から観察していきます。そこからプローブの位置を褥瘡部に近づけながら進めていくと、皮下の組織損傷部位が境界明瞭な黒い領域として現れてきます(図2)。必ずしも発赤の直下にあるわけではないので、どの部位から組織が崩れ始めているのかを意識しながら観察していきましょう。皮下脂肪の厚さ、皮膚構造には個人差があるため、対象となる患者さんの正常組織を把握しておくことも重要です。 図2 「仙骨部の褥瘡」(提供:浦田 克美氏) ずれ・たるみの周囲を定期的に観察 褥瘡は、創部だけを観察するのではなく、褥瘡周辺の外力によって起こるずれとたるみの周囲も必ずチェックしておきましょう。なぜなら、褥瘡の発生要因は摩擦とずれの影響も大きいためです。引っ張られている組織は変化が起こりやすく、皮下損傷に陥りやすくなります。このような部位は黒い低エコーの所見が見られ、黒い部分がどこまであるかをモニタリングすることで、DTIの拡がりや悪化の程度が分かります。そのため、ポータブルエコーで観察する際は、損傷部位の経過を定期的に見ることが重要です。初回時に褥瘡を認めた位置にマーキングをして、一週間後にどのように変化しているのか評価するために、同じ条件で経時的に観察できるようにしておきましょう。 また判断に迷う場合は、対側部位も観察してみましょう。例えば、踵外側部の発赤の皮下にDTI疑いの低エコー所見が観察できたら反対側の左足にも同じ所見があるかどうか比較します。同じ所見があれば褥瘡ではないことが分かります。 ポケット褥瘡への対処や緊急性の判断も ポケット褥瘡の壊死組織を認めた場合、完成したポケットの範囲がどこまであるのか、治療のためにどこまで切開する必要があるのかを判断する際にもポータブルエコーは有用です。ポケットの内部には空気が入っているので、白い高エコーが連続した所見を探します。 近年ポータブルエコーの性能は著しく進化しているため、エコー技術の熟達レベルに関わらず、皮下や筋肉組織の結合の弱い部分を観察できるようになってきました。組織の結合が弱い部分は、DTIやポケット拡大のリスクが高いという予測がつき、ポジショニングや体圧分散など、早期での治療や予防ケアにつなげることができます。 さらに、緊急性の判断にもポータブルエコーが役立ちます。黒色壊死組織で覆われた褥瘡で感染の判断がつかない場合でもエコーで観察することで、膿の貯留の有無を確認できます。直ちに受診し切開排膿が必要なのか、次の受診日まで待っていいのかという、重症化の判断をしやすくなるのではないかと思います。 創傷の正しい判断とケアのために 以前は、DTIがあったら必ず悪化すると感じていましたが、褥瘡エコーによる観察に基づき、ポジショニングを工夫して除圧を徹底すると悪化せずに吸収され、治癒に至るケースがあることを体験しました。褥瘡は予防が最大の治療と言われますが、ポータブルエコーによる皮膚の深部までの観察で、褥瘡をいかに予防できるかを実感しています。 また、末梢動脈疾患(PAD)による虚血潰瘍なのか、褥瘡なのかという見極めにもポータブルエコーは有効です。例えば踵部の褥瘡にDTI疑いの低エコー所見(図3)がある場合は、治療方針を検討するために血流のアセスメントが必要です。 まずはポータブルエコーや触診で、足背・後脛骨の動脈の血流評価をしましょう。血流の確認ができなければ虚血性潰瘍の可能性が高いため医師やご本人と共に血行再建術の検討をします。もしくは積極的治療やデブリードマンなどをせずに保存療法となります。血流が確認できれば褥瘡です。除圧の徹底と必要時デブリードマンを実施して、完全治癒を目指します。 図3 「踵部の褥瘡DTI疑い」(提供:浦田 克美氏) 取材協力・監修:浦田 克美氏(皮膚・排泄ケア特定認定看護師)佐野 由美氏(臨床検査技師)編集:メディバンクス株式会社

緩和ケア がん身体症状
緩和ケア がん身体症状
特集
2023年8月29日
2023年8月29日

悪性腹水の原因と対応【がん身体症状の緩和ケア】

末期膵臓がん患者のAさん(49歳)。痛みも落ち着き、倦怠感も以前ほどではなくなりました。しばらくは症状がうまくコントロールでき安定していましたが、最近、腹部の膨満感が出現するようになりました。在宅主治医によると、膵臓がんが腹膜に播種したがん性腹膜炎による腹水であろうとのこと。今回はがんの影響によって生じる腹水の緩和ケアについて解説していきます。 悪性腹水のメカニズムと緩和ケア 悪性腹水は進行がん患者においてしばしば見られる症状です。たまった腹水が少量であれば自覚症状はあまりありませんが、大量にたまると外観の変化やさまざまな自覚症状が出現します。主な症状は腹部膨満感や腹痛、胸やけ、悪心・嘔吐、食欲不振などです。 腹水がたまる原因には、滲出性と漏出性の2つがあるといわれています。例えば、がん性腹膜炎で腹水がたまるのは滲出性によるものです。腹膜上にがん細胞が拡散すると、それぞれのがん細胞の周囲で、がん細胞と戦うため炎症が起こります。この炎症の結果、滲出液と呼ばれる液体が出てきて腹腔内に蓄積されていきます。 漏出性の代表例は肝硬変やネフローゼです。腹膜自体に異常はなく、血液中のタンパク質濃度が低下することによって浸透圧が低下し、血管から水分が漏れ出し、腹腔内にたまってしまう状態です。この場合、利尿薬を使用して水分貯留を改善させることが少なくありません。 しかし、がん緩和ケアの現場では、どちらか一方のみが原因というよりは、これら2つが重なりあって腹水が生じるといわれています。どちらの原因が主体なのかはケース・バイ・ケースです。抗炎症薬としてのステロイドで症状が軽快するケースもあれば、利尿薬が有効なケースもあり、両者を組み合わせることもあります。 さて、訪問看護師であるあなたは、今日は在宅主治医に同行し、Aさんのご自宅に訪問しています。在宅主治医はAさんの腹部の状態を確認し、悪性腹水であることを確信したようです。 在宅主治医: 触診でも波動を感じますので、ほぼ腹水で間違いないと思います。次回は携帯型の腹部エコーを持参して詳しく検査してみましょう。 Aさん: 腹水ですか……。次から次へとおかしなことが起こるので不安です。どのようにすればよいのでしょうか? あなた: 確かに次から次に嫌なことが起こりますよね。それでもAさんはこれまで一つひとつ、乗り越えてこられたと思います。Aさんのつらさが少しでも楽になるように私たちが協力しますので、つらいときは遠慮なく教えてください。 Aさん: はい、ありがとうございます。  症状に応じて利尿薬の投与、腹腔穿刺を行う 在宅主治医: Aさん、まずはお腹に水がたまりにくくなるように利尿薬を使用しましょう。それでも水がたまり、苦痛が強いようであれば、お腹に針を刺して水を抜く治療もあります。腹部膨満感がすみやかに解消されるので、楽になる方は多いですよ。(利尿薬の使用については【ワンポイントメモ】「利尿薬を使用すると患者さんは脱水状態にならないの?」参照) Aさん: そうなんですね。少し安心しました。今はそれほどつらくはないのですが、悪化したときにどうなるのかが不安でした。 あなた: 利尿薬が開始されるとトイレに行く回数が増えると思います。Aさん、トイレに行くのは大変ではないですか? Aさん: 自分で歩いて行けるのですがよろけることがあるので、トイレにも手すりがあればいいのにと思うことはあります。 あなた: 確かにそうですね。ケアマネジャーさんに連絡して、手すりの設置を相談しましょう。ベッドの近くにトイレを置くこともできますが、それはいかがでしょうか? Aさん: 手すりはお願いしたいのですが、ベッド脇のトイレはまだ必要ないと思います。 あなた: わかりました。 Aさんの自覚症状の程度や環境整備への要望を確認したところで、あなたと在宅主治医はAさんのお宅を後にしました。帰り道の途中で、あなたは気になっていた腹腔穿刺について医師にたずねました。 あなた: 先生、腹腔穿刺は在宅でも可能なのですか? 在宅主治医: もちろん可能です。腹部エコーで腹水がたまっている場所を確認してから、局所麻酔を行い、血管留置用のプラスチック留置針を用いて穿刺します。量が多いときには2Lほど抜けることもあります。 あなた: 処置のとき、私たちがお手伝いできることはありますか? 在宅主治医: 通常、腹腔穿刺は1時間程度かけて行います。最初の30分くらいは私たちも患者さんを観察していますが、それ以上の時間になるとほかの訪問診療があるので、ずっと付き添うことは厳しいのです。急激な腹腔穿刺中に血圧が下がることもありますので、患者さんの苦痛の確認とバイタルサインのチェックを行っていただくと助かります。訪問看護ステーションによっては、排液がなくなったことを確認し、留置針を抜いて消毒し、創処置をしてくれます。 あなた: 私たちも管理者と相談して、お手伝いしたいと思います。先生、もう1つ教えてください。抜いた腹水を処理して、体内に戻す治療があると聞いたことがあるのですが……。 CARTや腹腔静脈シャントについても知っておこう 在宅主治医: CART(cell-free and concentrated ascites reinfusion therapy)、腹水濾過濃縮再静注法のことですね。腹水を抜けるだけ抜いて、がん細胞や細菌などを取り除き、タンパク質(アルブミンやグロブリンなど)の有用成分を濃縮して体内に戻す治療です。一般には在宅ではできないので、通常は病院で1泊から2泊入院して行います。点滴をしながら腹水をできるだけたくさん抜きます。腹水のたまるスピードが速く、何回も穿刺が必要になるならAさんと相談してもよいかもしれませんね。 あなた: CARTはすべての病院が対応してくれるわけではありませんよね? 在宅主治医: それぞれの病院ごとに異なるのが実情ですが、一生懸命情熱を持ってCARTに取り組んでいる先生もいらっしゃいます。そんなドクターのことを知っておくことも大事かもしれませんね。 あなた: はい、わかりました。先生、いろいろと教えていただきありがとうございました。お引き止めして申し訳ありませんでした。 あなたはステーションに帰り、がん看護専門看護師の先輩Bさんにもう1つ気になる治療法があったので質問してみました。 あなた: 先輩、最近Aさんに腹水がたまるようになってきたのです。以前、何かの本で読んだことがあるのですが、お腹にカテーテルを埋め込んで静脈に戻すポンプのようなものがあるようなのです。この治療法について何かご存知ですか? Bさん: それは腹腔静脈シャント、別名「Denver(デンバー)シャント」のことね。手術を行って、腹腔内と鎖骨下静脈を直接つなぐ特殊なカテーテルを埋め込むの。そのカテーテルには逆流防止弁が付いていて、腹水が静脈内へ流れるようになっているのよ。腹壁に固定した小さな風船状のポンプがあって、それを患者さん自身が何回も押し込むことで腹水がくみ上げられて静脈の中に押し込まれるの。 あなた: 大きな手術が必要になるのですね。 Bさん: そうなの。Aさんの今の状態では手術を行うことは難しいかもしれないわね。症例数も少ないから、がん性腹膜炎に対してこの治療を行うことに対してまだ評価が定まっていないのよ。がん細胞も静脈の中に入る可能性があるし、心臓にも負担がかかるかもしれない。 あなた: そう簡単にはできないことがよくわかりました。 苦痛症状の緩和には看護ケアの力を Bさん: そうね。でもあなたがAさんに寄り添い、彼を支援することはまだまだできるはずよ。徐々に症状が進んできて、Aさんは不安を感じているはず。なるべく腹部膨満感が強くならないような食支援を行ったり、腹部が張っていても安楽に過ごせるような環境を整えたり、Aさんが少しでも安心して過ごせるように私たちにできることはたくさんあるわ。おそらくご家族もすごく不安を感じているのではないかしら。ご家族のケアをしっかりやっていくこともとても大切よ。 あなた: そうですね。Bさん、ありがとうございます。まだまだやれることがありますよね。もっとAさんとご家族に寄り添って1日1日が生活しやすいように援助していきます。 * その後、Aさんは腹腔穿刺を数回行いました。全身の衰弱が進み、約1ヵ月後にご自宅で旅立たれました。オピオイド投与もうまくいき、大きな苦痛を感じることなく過ごされたことが、ご家族にとっての救いになっていたように思われました。担当訪問看護師であるあなたにとってもよい仕事ができ、大きな学びがあったケースとなりました。 【ワンポイントメモ】 利尿薬を使用すると患者さんは脱水状態にならないの?確かに少し脱水気味になります。だからといって大量の輸液を行うと、逆に腹水が増えてしまうとの報告があります。また、がん緩和期では患者さんが乾いた状態(ドライサイド)で管理したほうが、より苦痛が少なくなるといわれています。ほかに胸水や気道分泌物が多い場合も輸液が多いと悪化すると指摘されています。その意味からも輸液を最小限にして、ドライサイドにしたほうが苦痛の軽減につながると考えられているのです。強い脱水や電解質異常で患者さんが苦しまないように、採血を行い、その程度を評価し、投薬量や投薬内容を調整します。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

緩和ケア がん身体症状
緩和ケア がん身体症状
特集
2023年8月22日
2023年8月22日

がん悪液質には集学的な治療が必要【がん身体症状の緩和ケア】

あなたが担当する末期膵臓がん患者のAさんは、近頃、体重減少と食欲不振がみられ、がん悪液質の状態にあるようです。Aさんの症状緩和について先輩訪問看護師に相談したところ、治療薬「アナモレリン」について教えてもらいました。あなたは治療に関してさらに詳しく知りたいと思い、在宅主治医に相談してみることにしました。 >>前回の記事はこちらがん悪液質とは【がん身体症状の緩和ケア】 がん悪液質の薬物的治療 あなた: 先生、Aさんのことで相談があります。最近、Aさんにがん悪液質と思われる体重減少や体動困難が見られるようになり、横になっていることが多くなりました。せっかく痛みがよくなっているので、家族との思い出づくりもしていただきたいのですが、それもできず、食欲も低下しています。そこで調べたのですが、「アナモレリン」という薬が食欲改善に有効と聞きました。先生、Aさんにこの薬を投与してみるのはどうでしょう。 在宅主治医: よく勉強しましたね。私もその薬をそろそろ使うべき時期と考えていました。使用してみましょう。それ以外にも有効とされる薬剤があるので、アナモレリンの効果を見ながら試してみるとよいかもしれません。 あなた: 先生、「それ以外の薬剤」には、どのような薬剤があるのですか? 在宅主治医: まずはステロイドです。炎症性サイトカインの放出ががん悪液質の原因の一つという話は聞いたことがありますね。ステロイドは炎症性サイトカインの放出を抑制し、炎症反応を減少させることでがん悪液質の全身倦怠感、食欲不振といった症状を改善させてくれます。 あなた: ステロイドには糖尿病や骨粗鬆症といった副作用がありますが、Aさんに投与しても問題ないのでしょうか? 在宅主治医: Aさんに残された時間はそれほど多くありません。長期間の投与になるわけではないので、副作用も限られるでしょう。血糖値が上昇すれば対応しますが、厳密なコントロールは必要ありません。高血糖で昏睡に陥るようなことにならなければよいのです。 あなた: ひどい高血糖にならないように、私たちも血糖チェックを行うことにしますね。先生、ほかにはどのような薬剤が使用されているのでしょうか? 在宅主治医: アナモレリンとステロイドも含め、がん悪液質に有効とされる薬剤を整理してみましょう(表1)。 表1 がん悪液質に有効とされる薬剤 あなた: 漢方も使用されているのですね。とても勉強になりました。ところで先生、Aさんは現在もリハビリテーションを継続していますが、体力的に問題はないのでしょうか。どうも無理をさせているような気がするのです。  がん悪液質の非薬物的治療 あなたはリハビリテーションがAさんの体力をさらに消耗させているのではないかと心配しています。ところが、在宅主治医の見解はまったく異なるものでした。 在宅主治医: 本人がリハビリテーションをやめたいと言っているのであれば、やめてもよいのですが、私は継続するほうがよいと思っています。もちろん、筋肉減少がリハビリテーションだけで解決できるわけではありません。運動療法以外にも、先ほど説明した薬剤の投与や栄養対策を行って、がん悪液質の進行をできるだけ抑えることが重要だと考えています。それに、リハビリテーションはAさんの「自分でトイレもいけなくなった」といった人生への無意味感につながるスピリチュアルペインを和らげてくれる可能性もありますよね。 あなた: なるほど、そうだったのですね。教えていただきありがとうございます。リハビリテーションはこのまま続けたほうがよさそうですね。先生、栄養対策のお話がありましたが、栄養対策としてはどのようなことを行えばよいのでしょう? 在宅主治医: そうですね。十分量のエネルギーとタンパク質の摂取が必要ですが、進行したがん患者さんは味覚も低下します。味のはっきりした食事のほうが食べやすいこともあるので、さまざまな味の栄養剤を併用したり、甘いアイスやプリン、ゼリーといった食材を追加したりする方法もあります。タンパク質であれば、料理に加えるだけで手軽に補給できる市販品を試してみるのもよいでしょう。 また、口の中のことも考える必要があります。歯の調子が悪くて食べられなかったり、ステロイド投与中に口腔カンジダが発症して食事量が低下したりすることもあります。歯科医や歯科衛生士との連携も大切だと思いますよ。 あなた: なるほど。栄養士さんの栄養指導も必要そうですね。ありがとうございます。Aさんやケアマネジャーさんとも話し合ってみます。 * がん悪液質の非薬物的治療において、栄養療法単独の介入ではあまり有効性は指摘されていません。運動療法では身体機能やQOLの改善が得られたとの報告はあるものの、エビデンスが得られたリハビリテーションプログラムは週に2~3回、1回60~90分の運動であるため、高い脱落率が問題と考えられています1),2),3)。現在、栄養療法、運動療法を同時に介入させる試験が進行中です。 がん悪液質には集学的治療が必要 がん悪液質は進行すると治療に反応しにくくなります。在宅で療養する患者さんの場合、かなり進行した状態であることが多いですが、治療に反応することも少なくありません。がん悪液質にはステージ分類があり、EPCRC(European Palliative Care Research Collaborative:欧州緩和ケア共同研究)によって前悪液質、悪液質、不応性悪液質の3つに分類されています4)。前悪液質と悪液質のステージでは早期介入が求められる段階で、不応性悪液質のステージでは緩和的治療がメインになります。この分類でいうとAさんは悪液質から不応性悪液質の状態ですので、治療による症状改善が期待できる状況です。 がん細胞による炎症は全身のさまざまな臓器に影響を及ぼします。脳に働き食欲を抑制したり、骨格筋の分解を促進し筋量を減少させたりします。肝代謝にも影響し、栄養成分の代謝が不良になります。また、脂肪が非効率的に消費され、急速に減少します。そこに高齢や併存疾患、抗がん剤の治療毒性、廃用症候群といった要素が加わるため、臨床像は一人ひとり異なります。そのため、がん悪液質の治療には、薬物療法や栄養療法、運動療法などを含めた集学的な治療が必要とされています。 したがって、その治療には医師、看護師、栄養士、理学療法士、臨床心理士、歯科医、歯科衛生士などの多職種によるチーム連携が必須であり、これらを在宅で機能させることが重要です。その中でも訪問看護師の役割は大きく、それぞれの職種を結びつける役割が期待されています。また、患者さんの揺れ動く思いに寄り添い、失った機能に対する落胆にも寄り添い、共感し、ときには励まし、一緒に歩む姿勢も求められているといえます。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】1)Oldervoll LM, et al. Physical exercise for cancer patients with advanced disease: a randomized controlled trial. Oncologist 16(11), 2011, 1649-1657.2)Adamsen L, et al. Effect of a multimodal high intensity exercise intervention in cancer patients undergoing chemotherapy: randomised controlled trial. BMJ. 2009; 339: b3410. doi: 10.1136/bmj.b3410.3)Rummans TA, et al. Impacting quality of life for patients with advanced cancer with a structured multidisciplinary intervention: a randomized controlled trial. J Clin Oncol. 24(4), 2006, 635-642. 4)Fearon K, et al:Definition and classification of cancer cachexia:an international consensus. Lancet Oncology. 12(5), 2011, 489-495.

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