疾患知識に関する記事

緩和ケア がん身体症状
緩和ケア がん身体症状
特集
2023年8月22日
2023年8月22日

がん悪液質には集学的な治療が必要【がん身体症状の緩和ケア】

あなたが担当する末期膵臓がん患者のAさんは、近頃、体重減少と食欲不振がみられ、がん悪液質の状態にあるようです。Aさんの症状緩和について先輩訪問看護師に相談したところ、治療薬「アナモレリン」について教えてもらいました。あなたは治療に関してさらに詳しく知りたいと思い、在宅主治医に相談してみることにしました。 >>前回の記事はこちらがん悪液質とは【がん身体症状の緩和ケア】 がん悪液質の薬物的治療 あなた: 先生、Aさんのことで相談があります。最近、Aさんにがん悪液質と思われる体重減少や体動困難が見られるようになり、横になっていることが多くなりました。せっかく痛みがよくなっているので、家族との思い出づくりもしていただきたいのですが、それもできず、食欲も低下しています。そこで調べたのですが、「アナモレリン」という薬が食欲改善に有効と聞きました。先生、Aさんにこの薬を投与してみるのはどうでしょう。 在宅主治医: よく勉強しましたね。私もその薬をそろそろ使うべき時期と考えていました。使用してみましょう。それ以外にも有効とされる薬剤があるので、アナモレリンの効果を見ながら試してみるとよいかもしれません。 あなた: 先生、「それ以外の薬剤」には、どのような薬剤があるのですか? 在宅主治医: まずはステロイドです。炎症性サイトカインの放出ががん悪液質の原因の一つという話は聞いたことがありますね。ステロイドは炎症性サイトカインの放出を抑制し、炎症反応を減少させることでがん悪液質の全身倦怠感、食欲不振といった症状を改善させてくれます。 あなた: ステロイドには糖尿病や骨粗鬆症といった副作用がありますが、Aさんに投与しても問題ないのでしょうか? 在宅主治医: Aさんに残された時間はそれほど多くありません。長期間の投与になるわけではないので、副作用も限られるでしょう。血糖値が上昇すれば対応しますが、厳密なコントロールは必要ありません。高血糖で昏睡に陥るようなことにならなければよいのです。 あなた: ひどい高血糖にならないように、私たちも血糖チェックを行うことにしますね。先生、ほかにはどのような薬剤が使用されているのでしょうか? 在宅主治医: アナモレリンとステロイドも含め、がん悪液質に有効とされる薬剤を整理してみましょう(表1)。 表1 がん悪液質に有効とされる薬剤 あなた: 漢方も使用されているのですね。とても勉強になりました。ところで先生、Aさんは現在もリハビリテーションを継続していますが、体力的に問題はないのでしょうか。どうも無理をさせているような気がするのです。  がん悪液質の非薬物的治療 あなたはリハビリテーションがAさんの体力をさらに消耗させているのではないかと心配しています。ところが、在宅主治医の見解はまったく異なるものでした。 在宅主治医: 本人がリハビリテーションをやめたいと言っているのであれば、やめてもよいのですが、私は継続するほうがよいと思っています。もちろん、筋肉減少がリハビリテーションだけで解決できるわけではありません。運動療法以外にも、先ほど説明した薬剤の投与や栄養対策を行って、がん悪液質の進行をできるだけ抑えることが重要だと考えています。それに、リハビリテーションはAさんの「自分でトイレもいけなくなった」といった人生への無意味感につながるスピリチュアルペインを和らげてくれる可能性もありますよね。 あなた: なるほど、そうだったのですね。教えていただきありがとうございます。リハビリテーションはこのまま続けたほうがよさそうですね。先生、栄養対策のお話がありましたが、栄養対策としてはどのようなことを行えばよいのでしょう? 在宅主治医: そうですね。十分量のエネルギーとタンパク質の摂取が必要ですが、進行したがん患者さんは味覚も低下します。味のはっきりした食事のほうが食べやすいこともあるので、さまざまな味の栄養剤を併用したり、甘いアイスやプリン、ゼリーといった食材を追加したりする方法もあります。タンパク質であれば、料理に加えるだけで手軽に補給できる市販品を試してみるのもよいでしょう。 また、口の中のことも考える必要があります。歯の調子が悪くて食べられなかったり、ステロイド投与中に口腔カンジダが発症して食事量が低下したりすることもあります。歯科医や歯科衛生士との連携も大切だと思いますよ。 あなた: なるほど。栄養士さんの栄養指導も必要そうですね。ありがとうございます。Aさんやケアマネジャーさんとも話し合ってみます。 * がん悪液質の非薬物的治療において、栄養療法単独の介入ではあまり有効性は指摘されていません。運動療法では身体機能やQOLの改善が得られたとの報告はあるものの、エビデンスが得られたリハビリテーションプログラムは週に2~3回、1回60~90分の運動であるため、高い脱落率が問題と考えられています1),2),3)。現在、栄養療法、運動療法を同時に介入させる試験が進行中です。 がん悪液質には集学的治療が必要 がん悪液質は進行すると治療に反応しにくくなります。在宅で療養する患者さんの場合、かなり進行した状態であることが多いですが、治療に反応することも少なくありません。がん悪液質にはステージ分類があり、EPCRC(European Palliative Care Research Collaborative:欧州緩和ケア共同研究)によって前悪液質、悪液質、不応性悪液質の3つに分類されています4)。前悪液質と悪液質のステージでは早期介入が求められる段階で、不応性悪液質のステージでは緩和的治療がメインになります。この分類でいうとAさんは悪液質から不応性悪液質の状態ですので、治療による症状改善が期待できる状況です。 がん細胞による炎症は全身のさまざまな臓器に影響を及ぼします。脳に働き食欲を抑制したり、骨格筋の分解を促進し筋量を減少させたりします。肝代謝にも影響し、栄養成分の代謝が不良になります。また、脂肪が非効率的に消費され、急速に減少します。そこに高齢や併存疾患、抗がん剤の治療毒性、廃用症候群といった要素が加わるため、臨床像は一人ひとり異なります。そのため、がん悪液質の治療には、薬物療法や栄養療法、運動療法などを含めた集学的な治療が必要とされています。 したがって、その治療には医師、看護師、栄養士、理学療法士、臨床心理士、歯科医、歯科衛生士などの多職種によるチーム連携が必須であり、これらを在宅で機能させることが重要です。その中でも訪問看護師の役割は大きく、それぞれの職種を結びつける役割が期待されています。また、患者さんの揺れ動く思いに寄り添い、失った機能に対する落胆にも寄り添い、共感し、ときには励まし、一緒に歩む姿勢も求められているといえます。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社 【参考】1)Oldervoll LM, et al. Physical exercise for cancer patients with advanced disease: a randomized controlled trial. Oncologist 16(11), 2011, 1649-1657.2)Adamsen L, et al. Effect of a multimodal high intensity exercise intervention in cancer patients undergoing chemotherapy: randomised controlled trial. BMJ. 2009; 339: b3410. doi: 10.1136/bmj.b3410.3)Rummans TA, et al. Impacting quality of life for patients with advanced cancer with a structured multidisciplinary intervention: a randomized controlled trial. J Clin Oncol. 24(4), 2006, 635-642. 4)Fearon K, et al:Definition and classification of cancer cachexia:an international consensus. Lancet Oncology. 12(5), 2011, 489-495.

自律神経の不調
自律神経の不調
特集
2023年8月8日
2023年8月8日

自律神経の不調の原因とセルフケアについて

自律神経は人体の恒常性(ホメオスタシス)を維持するために重要な役割を担っていますが、この自律神経に不調をきたすと、心身ともにさまざまな影響が出てきます。この記事では自律神経に不調をきたしうる要因を復習しつつ、セルフケアの方法や受診の目安についてもご紹介します。 自律神経に不調をきたす原因は? 自律神経は交感神経と副交感神経の2つの神経からなります。交感神経は血圧や心拍数、体温を上げ、体を興奮状態にするよう作用します。一方で副交感神経には血圧や心拍数、体温を下げ、体をリラックスさせようとする働きがあります。 自律神経は体の状態のバランスを維持するため、ひいては生命を維持するため、常に相互に作用しあっている神経です。自律神経のバランスが崩れると、「だるい、眠れない、疲れがとれない」「頭痛、動悸、めまい、のぼせ、冷え、下痢、便秘」「情緒不安定、イライラ、不安感、抑うつ」など、体にさまざまな不調をきたします。 自律神経のバランスが乱れる4つの原因を見ていきましょう。ご自身にあてはまるものがないかどうか、ぜひチェックしてみてくださいね。 原因1:女性ホルモンの分泌量の変化 月経前症候群(PMS)や更年期での自律神経の不調には、女性ホルモンが関係していると考えられます。PMSの場合は卵巣から分泌されるエストロゲンやプロゲステロンの分泌量が変動することで、更年期の場合はエストロゲンの分泌量が減少していくことで、さまざまな体調不良を引き起こします。生理前や更年期にイライラしてしまい円滑な人間関係に支障が出たり、体調が悪く普段と同じような生活が送れなくなったりすることも。そういった状態にお悩み方は、一度婦人科で相談してみることをおすすめします。 原因2:生活環境の変化やストレス 仕事・人間関係のストレス、過労、生活環境の急激な変化などは、自律神経に不調をきたす原因となりえます。これらは自分の力だけでコントロールするのは難しい側面もありますが、可能な範囲でストレスの原因から距離を置くことが大切です。 原因3:生活習慣 睡眠不足や偏った食事、不規則な生活、喫煙、過度な運動、カフェインやアルコールの摂りすぎも、自律神経に不調をきたす原因となります。夜勤がある看護師の方の場合、夜勤による睡眠サイクルの乱れも不調の原因となりえます。生活習慣を見直す、あるいは勤務を調整することで、症状が改善することもあります。 原因4:基礎疾患の存在 持病として糖尿病や高血圧、甲状腺疾患、パーキンソン病などの神経疾患、うつ病がある方は、自律神経の不調が出やすいと考えられます。すでに診断を受けている方は、セルフケアにもチャレンジしつつ医師の指導のもとで治療をしっかり受けていただくことが大切です。 また、持病がない方も職場や自治体などでの健康診断や人間ドックを定期的に受けて自分の健康状態を把握するようにしましょう。「自律神経の不調と思っていたら、健診でほかに原因が見つかった」というケースも想定されます。疾患を放置すると自律神経の不調だけでなくさまざまな合併症を引き起こす恐れがありますので、日々の勤務に追われて忙しいとは思いますが、自分の健康にも気を配る時間を作りましょう。 自律神経のバランスを整えるセルフケア 原因を確認したところで、改めて自律神経のバランスを整えるためのセルフケアの方法を6つご紹介します。ご自身の生活習慣と見比べてみてください。 【1】規則正しい生活 バランスのとれた食生活、7~8時間程度の適切な睡眠時間の確保、適度な有酸素運動の習慣を身に着けるなど、規則正しい生活をこころがけましょう。 【2】禁煙 喫煙者の方は、禁煙を検討してみましょう。タバコに含まれるニコチンは必要以上に交感神経を刺激し、自律神経のバランスに悪影響を及ぼします。また、タバコはさまざまながんのリスクを上昇させるほか、脳、心臓、呼吸器にも悪影響を及ぼします。 【3】カフェイン・お酒の摂取量減 カフェイン入りの飲み物やお酒が好きな方は、摂取量を少し減らしてみることをおすすめします。カフェインやアルコールは交感神経を刺激して、休むべきときでも体が興奮状態になってしまいがちです。カフェイン摂取量の目安としては、ホットコーヒーであればマグカップで1日3杯程度です。お酒は純アルコール1日20g以下の摂取をこころがけましょう。純アルコール20gとは、ビール中瓶1本(500ml)、日本酒1合(180ml)、チューハイ1缶(350ml、度数7%)、ワインはグラス2杯(200ml)、ウイスキーはダブル1杯(60ml)に含まれる量です。 【4】リラックス 自分がリラックスできる方法を見つけ、普段の生活に取り入れる習慣をつけましょう。ストレッチやマッサージ、軽い運動、アロマテラピー、ぬるめのお風呂でゆっくり過ごす、不安やストレスに効くツボを押すなどがおすすめです。 【5】太陽の光を浴びる 眠れない、途中で覚醒してしまうなど、睡眠に関する不調がある方は、朝起きたら太陽の光を浴びる習慣をつけましょう。また、日中はなるべく昼寝をしないことも夜よく眠るためのコツです。 【6】定期的な健康診断 職場や人間ドックなどで、定期的に健康診断を受けましょう。自分の体の状態を知ることが、その不調の解決の一歩になるかもしれません。 こんな時は病院へ 日常生活に支障が出るほどの不調があるときや、症状が少しずつ悪化するときは、忙しくても病院を受診しましょう。 女性の方で生理前に自律神経の不調が出る方は、月経前症候群(PMS)や月経前不快気分障害(PMDD)の可能性があります。また、40~50代の女性の方では更年期障害の可能性があります。いずれも婦人科で治療の方針について選択肢を提示できますので、お気軽にご相談ください。PMSの場合は漢方薬や低用量ピルをはじめとしたホルモン治療など、更年期に関連する症状の場合は漢方薬やホルモン補充療法を、個人の症状に応じて選択し治療に臨むことができます。 自律神経の不調との付き合い方を知ろう 今回は、自律神経の不調と原因、自分でできるケアや病院受診の目安についてご紹介しました。自律神経の不調は健康な方でも一時的に起こることがあり、自律神経の不調すべてが病院で治療しなければならないものではありません。しかし、自律神経の不調に関連する症状を知り、その原因についての考察やセルフケアをできるようになれば、今よりもう少し自分自身と上手に付き合うことができるようになるかもしれません。あなたが元気になることで、患者さんのケアもより一層充実させることができるでしょう。お悩み解決の糸口が見つかれば幸いです。 執筆:島袋 朋乃(しまぶくろ ともの)産婦人科医師。平成28年に旭川医科大学医学部を卒業後、函館五稜郭病院、釧路赤十字病院を経て、現在は産婦人科専門医として総合病院やクリニックで産科、婦人科、生殖医療に幅広く携わる。日本医師会認定産業医。日本産科婦人科学会認定専門医、日本産科婦人科内視鏡学会、日本生殖医学会所属。 編集:合同会社ヘルメース

排便エコーの活用法
排便エコーの活用法
特集
2023年8月8日
2023年8月8日

便秘・下痢のアセスメントも 訪問看護の排便エコー活用法【画像で解説】

訪問看護でも活用され始めているポータブルエコーは、ニーズの高い排泄ケア分野での取り組みが注目されています。なかでも排便エコーでは、便貯留の状態や便性状の確認ができるため、正確な排便ケアにつなげることが可能です。また、利用者さんの苦痛を最小限にし、尊厳ある排泄行動を目指すことができます。 今回は、東葛クリニック病院の皮膚・排泄ケア特定認定看護師の浦田 克美氏と、同院臨床検査技師の佐野 由美氏に、排便エコーのポイントと実際に改善に至った事例についてお話を伺いました。 正確な便秘評価が可能に 日常生活を援助する上で、排便ケアは欠かすことができません。とくに訪問看護のなかでも便秘に起因する排便トラブルは少なくないでしょう。例えば、数日間排便が見られず自覚症状があったとしても、自然排便が難しい場合、薬剤の使用を検討したり、摘便や浣腸を行ったりする便秘対策が行われます。しかし、利用者さんにとっては不快であり、苦痛を伴う行為です。ときには、不必要に薬剤の増加を検討したり、無理な摘便や浣腸を行うことで直腸壁の損傷や裂孔を生じたりする恐れもあります。 ポータブルエコーを使用すると、今まで見えなかった腸内を直接観察でき、便の位置、便の性状を把握することができます。それにより、便秘のタイプが正しく評価されたり、直腸まで便が下りてきていないことを確認できたりすることで、不必要な便の排出を行うケースが減ります。 排便エコー観察のポイント ポータブルエコーで直腸内の便を観察するアプローチ法には、下腹部にプローブを当てる経腹アプローチ走査法と、経臀裂アプローチ走査法があります(図1)。 図1 「アプローチ法のちがい」(提供:佐野 由美氏) 経腹アプローチ走査法は膀胱を同時に観察することができ、男性の場合は前立腺も描出されるため、直腸と間違えないように注意しましょう。直腸を見る場合、プローブを恥骨結合上縁に当てます。ポイントはやや強めに押し込むように当てることです(図2)。 図2 「経腹アプローチ走査法」(提供:浦田 克美氏) 一方、経臀裂アプローチ⾛査法は、左側臥位になり臀部を出した姿勢で行います。肛門部にプローブを当てて見ることで、膀胱や周囲の臓器に影響されることなく、腸内を描出することが可能です。プローブを当てるとまず肛門があり、直腸下部が見え、直腸前壁と直腸後壁があります(図3)。ポータブルエコーを学び始めたばかりでも、直腸内の便の有無が観察しやすい走査法です。 図3 「直腸の見え方」(提供:佐野 由美氏) 便の見え方についてですが、硬便は直腸下部に白くゴツゴツした岩のような形に見えます(図4)。有形便は、少しふわふわと綿飴が積もっているような形です(図5)。泥状便や水様便では、うっすらとムースみたいに見えます(図6)。泥状便の場合、便が指に引っ掛からないので、「摘便しない」と判断することが可能です。一方、びっしり詰まった硬便だと、浣腸のチューブ先端が便に突き刺さり、浣腸液が浸透しにくかったりします。これらの画像の特徴を先に見ることで、便性状の評価ができ、その後のケアにつなげていくことができるでしょう。 図4 「硬便の見え方」(提供:浦田 克美氏) 図5 「有形便の見え方」(提供:浦田 克美氏) 図6 「泥状便の見え方」(提供:浦田 克美氏) 便秘だけでなく下痢の評価も 排便エコーは便秘の評価だけではなく、下痢の時にも活用できます。例えば、高齢者によく見られる溢流性便失禁は便秘と下痢が同時に起こっている状態です。直腸内に便の塊がびっしりと詰まり、便が排出できない場合があります。その状況下で下剤を服用すると、下剤の効いた緩い便が便塊の隙間から漏れ出てしまい、オムツを開ける度に便が付着しているという事があります。このような場合でもポータブルエコーを使えば、直腸内の便塊を確認することが可能になるので、不必要な肛門診(摘便)を避ける事ができ、適切なケア、薬剤選択につなげる事ができます。 また、排泄ケア後の評価として、残便確認を行います。残便がある場合は、食後の胃結腸反射がある時にトイレ誘導を促したり、便対応のオムツの当て方をしたり、継続的な看護につなげていくことが可能です。 排便のコントロールとトイレ排便を実現 当院は透析患者さんが多く、便秘傾向で悩まれている方も少なくありません。その原因として、カリウム摂取制限による食物繊維の不足や水分制限、便秘しやすい薬剤の使用など、さまざまあります。 以前、浣腸や摘便に強い拒否があり、下剤使用に依存的な患者さんがいました。透析中の便意や便失禁を心配されているため、オムツを使用。安心して透析を受けてもらうためにも、ポータブルエコーで排便パターンを評価していきながら、下剤内服のタイミングを検討しました。試行錯誤を重ねた結果、透析終了後に内服、非透析日に計画的に排便を促すという答えにたどり着きました。 さらに、管理栄養士の介入によって腸内環境を整えると言われているシンバイオティクスを摂取してみたところ、相乗効果で下痢を発生させてしまい、下剤内服を止めて、シンバイオティクスのみで便性状をコントロールすることに成功。また、当初の目標にはありませんでしたが、作業療法士の介入によってオムツ使用からトイレでの排泄を実現することができました。 ポータブルエコーで便秘の評価をすることができたおかげで、チームによる介入の力を発揮し、望外の成果を得ることができました。従来は3日~2週間の排便日誌を分析して排便パターンを予測し、オムツ交換時に便性状を観察してケアプランを立てていきます。しかし、それでは、患者さんが苦痛を訴えた時にタイムリーにケアを提供することはできません。多職種とともに便の状態をエコーで共有できると、全体としての作業効率の向上が期待できるでしょう。 取材協力・監修:浦田 克美氏(皮膚・排泄ケア特定認定看護師)佐野 由美氏(臨床検査技師)編集:メディバンクス株式会社

小児感染症 手足口病
小児感染症 手足口病
特集
2023年8月1日
2023年8月1日

手足口病の症状・原因・治療法を解説 大人がかかるとどうなるの?

手や足、口腔内などに発疹が現れた場合、手足口病が疑われます。手足口病は、子どもの病気のイメージが強いものの大人も罹患する場合があります。しかも、子どもと比べて症状が強く現れる傾向があるため、抵抗力が低い高齢者と関わることが多い訪問看護師は特に注意が必要です。本記事では、手足口病の症状や原因、治療法、大人が罹患した場合の症状などについて詳しく解説します。 手足口病とは 手足口病(HFMD:hand, foot and mouth disease)は、口腔粘膜や手足などに水疱性の発疹が現れる感染症です。日本では1967年頃に存在が明らかになりました。必ずしも発熱するとは限らないことから感染に気づかずに周囲の子どもと接触し、感染を拡げてしまうケースもあります。 手足口病の症状 手足口病は、3~5日の潜伏期間を経て口腔粘膜や手のひら、足底、足背といった四肢の末端部分に2~3mm程度の水疱が現れます。ただし、肘や膝、臀部などに現れる場合もあるなど個人差があります。口腔粘膜は時間が経つと小さな潰瘍が形成されることもあるため、必要に応じて観察することが大切です。 発熱は1/3程度に見られますが、38℃以下の軽度であることがほとんどです。症状が改善するまでにかかる期間は3~7日程度で、水疱はかさぶたが形成されません。主症状は重篤なものではないものの、まれに髄膜炎や脳炎、小脳失調症などの合併症を引き起こすことがあるため注意が必要です。また、治療後1~2ヵ月頃に手足の爪が剥がれる爪変形・爪甲脱落症が起きる場合があることが報告されています。 手足口病が流行する時期 例年、4歳頃までの子どもを中心に夏季に流行します。また、半数を2歳以下の子どもが占めますが、学童期の子どもの間で流行することもあります。なお、手足口病は5類感染症定点把握疾患に定められた病気です。 手足口病の原因 手足口病は、主にコクサッキーウイルスA6・A16やエンテロウイルス71による感染で発症しますが、まれにコクサッキーウイルスA10が原因となります。主に咽頭からウイルスが排出され、飛沫感染でうつります。また、水疱内容物による接触感染にも注意が必要です。そのほか、症状が消失してから2~4週間も便にウイルスが排出されるため、子どものトイレやおむつ換えの後は必ず手洗いや消毒を行いましょう。 手足口病を引き起こすウイルスは複数あるため、一度罹患しても再び手足口病に罹患する可能性があります。 手足口病の検査方法・診断 医療機関では、水疱の性状と分布をはじめとする臨床症状のみで診断されることが一般的です。また、季節や流行状況なども診断材料の1つになります。確定診断には、咽頭拭い液や水疱内容物、便などの検体を用いたウイルス分離かウイルス検出が必要です。 手足口病の治療法 手足口病の原因となるウイルスに有効な抗ウイルス薬は存在しません。また、ウイルスには抗生剤の投与も効果がありません。発熱や水疱のほかに治療が必要な症状が現れることは少ないため、対症療法すら不要な場合もあります。まれに発疹にかゆみを伴うため、必要に応じて抗ヒスタミンの外用薬を使用します。なお、通常は炎症を抑えることを目的に副腎皮質ステロイド外用薬を使用することはありません。 口腔粘膜に生じた水疱に対しても、柔らかくて薄味の食べ物が推奨されている程度であり、特別な治療法がなく、基本的には経過観察します。食欲不振がある場合は脱水が懸念されるため、水分を少量ずつ頻回に与える必要があります。 元気がない、吐き気や頭痛、高熱、発熱の2日以上の持続などの症状がある場合は髄膜炎や脳炎への進展が懸念されるため、早急に医療機関を受診することが重要です。 手足口病は大人がかかったらどうなる? 大人が手足口病に罹患した場合、子どもと比べて発疹の痛みが強く現れる傾向があります。足裏にひどく現れた場合は、痛みで歩けなくなることも懸念されます。そのほか、インフルエンザの発症前のような全身倦怠感や関節痛、筋肉痛、悪寒などが現れることもあります。 手足口病の予防法 手足口病は、症状が消失してからも長期間にわたりウイルスが便から排出される場合があります。また、無症状でウイルスを排出するケースもあるため、流行期に患者との接触を避けるだけでは感染を完全に防ぐことは困難です。 一般的な感染対策として、外出先から帰ってきたときの手洗いやうがい、排泄物の適切な処理などを徹底しましょう。 * * * 手足口病は、口腔粘膜や手足などに水疱が現れる病気です。発熱するケースは約1/3と少ないものの、脳炎や髄膜炎に進展する可能性が否定できないため、発熱に伴って頭痛、嘔吐、意識の混濁、ひきつけなどの症状が現れていないか注意深く観察する必要があります。なお、大人が感染すると子どもの場合と比べて重い症状が現れやすいため注意が必要です。 編集・執筆:加藤 良大監修:久手堅 司せたがや内科・神経内科クリニック院長 医学博士。「自律神経失調症外来」、「気象病・天気病外来」、「寒暖差疲労外来」等の特殊外来を行っている。これらの特殊外来は、メディアから注目されている。著書に「気象病ハンドブック」誠文堂新光社。監修本に「毎日がラクになる!自律神経が整う本」宝島社等がある。 【参考】〇NIID国立感染症研究所「手足口病とは」(2014年10月17日改訂)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/441-hfmd.html2023/6/26閲覧〇厚生労働省「手足口病に関するQ&A(2013年8月)」https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou19/hfmd.html2023/6/26閲覧

疾患学び直し 喘息
疾患学び直し 喘息
特集
2023年8月1日
2023年8月1日

【在宅医が解説】「喘息」の知識&注意点【訪問看護師の疾患学び直し】

このシリーズでは、訪問看護師が出会うことが多い疾患を取り上げ、おさらいしたい知識を提供します。今回は喘息について、訪問看護師に求められる知識や注意点を、在宅医療の視点から解説します。 この記事で学ぶこと 1980年代末ごろから著しく喘息の病態の解明が進み、治療法は近年めざましい発展を遂げています。 気道上皮細胞は単なるバリアではなく、多彩なサイトカインを分泌し、気道炎症を起こすものであることが判明。抗原受容体を持たない2型自然リンパ球も発見され、ステロイド抵抗性に関与1)し、吸入ステロイド薬をはじめとした今までの治療ではコントロールできない人への新しい治療法が確立されてきました。また、喘息の調子がよくても、軽い発作が起こるだけでリモデリング(気道の基底膜に肥厚や線維化が起こり、気道平滑筋層の肥厚、分泌構造の増加、血管新生が生じる)が起こることがわかり、ふだん調子がよくても気道の炎症を指標に、それを抑えるよう、治療を行なっていく必要があります。 喘息の病態が解明されてきた 「気道炎症」と「気管支平滑筋の収縮」が、喘息のマクロな病態です。さらに、上皮の環境因子に応じて上皮サイトカインが分泌され、気道炎症を起こすという、ミクロな病態の解明が進みました。 1980年代までは、アレルゲン(ダニやハウスダストなど)の吸入により起こる1型アレルギーが喘息であると信じられてきました。しかし、上皮の環境因子であるウイルス感染、細菌感染、タバコや大気汚染、寒冷刺激などでも、サイトカインが分泌され、気道炎症は起こります。 このように、(1)気道上皮から分泌されるサイトカイン、受容体を介した刺激などを受け、IgEが関与するアレルギー性好酸球性炎症(2)(非アレルギー性)好酸球性炎症(3)好中球が関与した炎症(4)気道の構造変化による過敏性が、喘息の病態といわれます。 アレルギー素因がなくとも、ウイルス感染後に咳喘息を呈します。また、鼻も気管も同じひとつの道であり、アレルギー性鼻炎の合併は、喘息の増悪に関与します。 基本の治療法とステロイド抵抗性への治療 気道炎症/気管支平滑筋収縮に対する薬 治療は、気道の炎症を抑えることと、収縮した気管支平滑筋を弛緩させることです。前者には、吸入ステロイド薬(ICS)、ロイコトリエン受容体拮抗薬、テオフィリン製剤が含まれます。後者には、長時間作用型β2刺激薬(LABA)と長時間作用型ムスカリニック受容体拮抗薬(LAMA)、テオフィリン製剤があり、これらがコントローラー(長期管理薬)です。 急性増悪時の治療薬 喘息の急性増悪が起これば、さらに、経口ステロイド薬を使用します。一時的な発作は、短時間作用型β2刺激薬(SABA)の吸入で回復することもあります。急性増悪を繰り返し、全身性ステロイド薬の内服が繰り返し必要になる場合には、さらなる治療を検討します。 初診時は、急性増悪を呈して受診されることが多いため、コントローラーに加え、必要な際には最初から経口ステロイド薬を処方し、状態をみながら治療のステップダウンを行ないます。 ステロイド抵抗性の病態も解明されつつある 2型自然リンパ球(ILC2)がステロイド抵抗性に関与します1)。コントローラー+経口ステロイド薬だけでは喘息のコントロールに難渋するケースには、バイオ製剤を使用し、ILC2以降のIL(インターロイキン)や、IgE、さらにもっと上流の上皮サイトカインであるTSLPの抑制を図ります。 現在バイオ製剤には、抗IgE抗体、抗IL-5抗体、抗IL-5受容体抗体、抗IL-4/13 抗体、抗TSLP抗体があります。末梢血好酸球数やIgE RIST、呼気NO濃度などバイオマーカーを測定し、薬剤の選択を行ないます。薬によって、2週間ごと、1ヵ月ごと、2ヵ月ごとに注射を行ないます。 訪問看護でのポイント 治療薬のなかでいちばん重要なのは、吸入薬です。有効な吸入ができるように、かつ、吸入回数を遵守できるように援助してください。 また、急性増悪を早期発見し、早期介入する必要があります。コントローラーを使用中に喘鳴まで聴取するような状態は、早期発見できずに放置され、重症化した状態です。そうなる前に発見し(夜間・朝方の咳で)、介入しなければなりません。 上・下気道感染を生じると、喘息の急性増悪を起こしやすく、注意が必要です。花粉症の時期に喘息の急性増悪を起こすケースも多く、花粉症のコントロールとともに、喘息のコントロールをステップアップする必要があります。 訪問看護師のさらなる役割 ダニやハウスダスト、真菌など、喘息発作を起こすアレルゲンをなるべく減らす環境整備が重要です。 ● 掃除の回数を増やす ● カーペットやぬいぐるみを避ける ● ほこりやダニが発生しやすい布団には、ほこりやダニを通さないシーツをかぶせるなどが有効です。 寒冷刺激や運動により喘息発作が誘発される場合には、その前にSABAの吸入をすること、気道感染に十分注意することも重要です。医師と相談して急性増悪時のアクションプランを立て、あらかじめ処方して手持ち薬として備えておく必要があります。 トピックス 喘息やCOPD(慢性閉塞性肺疾患)など気道が狭くなる肺の疾患があると、呼吸機能低下や血流変化が生じ、心血管系のイベントが起こりやすいといえます。急性増悪が起こると気道が狭くなるため、急性増悪を起こさず、正常な呼吸機能を保って心血管リスクを減らす必要があります。 執筆:武知 由佳子医療法人社団愛友会いきいきクリニック 理事長/院長 編集:株式会社メディカ出版 【引用・参考】1) Kabata,H.et al.「Thymic stromal lymphopoietin induced corticosteroid resistance in natural helper cells during airway inflammation」Nat.Commun.4,2013,2675. doi:10.1038/ncomms3675.

緩和ケア 悪液質
緩和ケア 悪液質
特集
2023年7月25日
2023年7月25日

がん悪液質とは【がん身体症状の緩和ケア】

末期膵臓がん患者のAさん(49歳)、病院での治療を終え、現在は在宅で療養生活を送られています。訪問看護師であるあなたはAさんの担当です。退院直後のAさんの問題は疼痛コントロールでした。オピオイドの処方を調整し、Aさんの痛みはだいぶ緩和されてきたのですが、また新たな問題が。今回からはがん患者さんにみられる疼痛以外の症状を取り上げ、緩和ケアについて解説していきます。 食欲がなく体重も減ってしまったAさん オピオイドの増量後、Aさんは夜間痛みのために目が覚めることはなくなり、体を動かしてもそれほど痛くはなくなってきたそうです。たまに背部にしびれるような感覚があるものの、特段つらくはないとのこと。疼痛管理がうまくいっているようです。 ところが、最近Aさんから「だいぶ痩せた」「体力がなくなった」との訴えが聞かれるようになりました。確かに、この半年の間に63kgあった体重が5kgも落ち、現在は58kg。食事量も減り、以前に比べると半分の量も食べられず、好きだった肉料理も残すことが増えているようです。体力面では、主に下肢の筋力維持を目的に、週1回1時間の訪問リハビリテーションを継続していますが、室内を歩く速度が遅くなり、ふらつくことも増えてきました。 「何かできることはないのかなぁ……」、訪問から戻ってきたあなたはステーションでため息をつきました。そのため息を聞いた訪問看護師のBさんが「どうしたの?」と聞いてくれました。Bさんは、がん看護専門看護師の資格を持つ、ステーションのみんなが最も頼りにしている先輩です。 あなた: Aさんのことで悩んでいます。痛みはよくなったのですが、最近だるさを訴えています。元気がなくて、痩せて弱ってきているように思えるのです。何かできることはないのでしょうか……。 Bさん: Aさんといえば肝転移もあって、治療が終了した方ね。痩せてきているということはがん悪液質かもしれないわね。 あなた: 「悪液質」ですか? がん悪液質発生のメカニズム がん悪液質とは、がんの進行に伴う筋肉減少によって引き起こされる食欲不振や体重減少、体力の低下、倦怠感などを含む症候群のことをいいます。体重減少の要因には低栄養状態も考えられますが、それとは異なり、がん悪液質の場合、安静時の代謝の亢進や筋肉の分解を伴うことが大きな特徴です。老年領域でよく聞かれるフレイルも筋肉減少症(これをサルコペニアと呼びます)を伴いますが、代謝異常や筋肉分解は起こらないことが多いです。 では、どうしてがん患者さんはがん悪液質の状態に陥るのでしょうか。そのメカニズムはすべて解明されているわけではありませんが、がん細胞から分泌される炎症性サイトカインが代謝の異常や食欲不振を引き起こすと考えられています。 「アナモレリン」が症状緩和に期待 あなたは、体重が減少し、筋肉が減っているのであれば、筋肉を作れるようにすればよいのでは、と考えました。そこでBさんに「タンパク質の摂取をすすめるのはどうか」とたずねてみました。 Bさん: それはそのとおり。でも食欲が落ちて、好きだった肉料理もあまり食べられない今のAさんに、無理矢理食べさせるのは簡単なことじゃないわ。 あなた: 確かに……。「食べたくても食べられない」、そんなAさんにどのようにアプローチすればよいのでしょうか。 Bさん: そうね、できることはまだあると思う。「グレリン」というホルモンのことは聞いたことがある? あなた: はい。確か、食欲を引き起こすホルモンだったような。 Bさん: 正解。グレリンは胃から分泌されるホルモンで、摂食亢進作用や成長ホルモンの分泌促進作用があるといわれているの。このホルモンが分泌されることで食欲が刺激され、さらに成長ホルモンが代謝異常を改善させる可能性も指摘されているのよ。 あなた: どうすればグレリンの分泌を促せるのでしょうか? Bさん: 「アナモレリン」という薬剤が治療薬として使われているわ。アナモレリンがグレリンの分泌を促進するといわれているの。 あなた: それはすごい! アナモレリンを処方してもらうのがよさそうですね。さっそく在宅主治医の先生に相談してみます。 Bさん: ちょっと待って。薬だけですべて解決されるわけではなく、これはあくまで一つの方法。アナモレリンの処方によって逆に調子が悪くなる人もいるから、ケース・バイ・ケースで考えてみてね。 あなた: わかりました。いつもありがとうございます。 Aさんの症状緩和に希望を感じたあなた。いつも穏やかに話を聞いてくれる在宅主治医にさっそく連絡してみることにしました。この続きは、次回、お伝えします。 >>次回の記事はこちらがん悪液質には集学的な治療が必要【がん身体症状の緩和ケア】 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

小児感染症 プール熱
小児感染症 プール熱
特集
2023年7月25日
2023年7月25日

プール熱の症状・原因・治療法を解説 大人がかかるとどうなるの?

プール熱は、夏季を中心に小児に罹患しやすい感染症です。大人も感染する可能性がある上に感染力が強いことから、短期間で家族全員が罹患するケースも少なくありません。本記事では、プール熱の症状や原因、治療法、大人が罹患した場合の症状などについて詳しく解説します。 プール熱とは プール熱は咽頭結膜熱ともいい、アデノウイルスの感染によって発熱や喉の痛みのほか、結膜炎などの症状が現れる病気です。プールでの感染者との接触やタオルの共用によって感染する場合があることから、プール熱と呼ばれています。 プール熱の症状 プール熱の症状は次のとおりです。 ・急激な発熱・頭痛・食欲不振・全身倦怠感・咽頭痛・結膜の充血・目やに・眼痛 目の症状は左右どちらかから始まり、その後にもう一方にも現れることが一般的です。中でも下眼瞼結膜に炎症が強く生じ、上眼瞼結膜の炎症はそれほど強くない傾向があります。潜伏期間は5~7日とされており、潜伏期間中でも感染力を持ちます。 重傷化のリスクは特に高いわけではありませんが、生後14日以内の新生児が感染した場合は全身性感染に進行するリスクが高いとの報告があります。 プール熱が流行する時期 例年、6月頃から感染者数が増加し始め、7~8月にピークに達します。6~8月はプールで子ども同士が接触する機会が多いことも、感染者の増加に関係していると考えられます。 ただし、原因となるアデノウイルスに季節性はないため、ほかの時期でも感染する可能性があります。プール熱に罹患した場合は、その時期に関係なく、発熱や咽頭炎、結膜炎といった主要な症状が消失してから2日間は出席停止になります。 プール熱の原因 プール熱の原因となるアデノウイルスにはさまざまな型があり、中でも2型と3型がプール熱を発症しやすいとされています。ほかには、1型や4型、7型、14型などがあり、中でも7型は肺炎を引き起こすことで重症化しやすい点に注意が必要です。 感染経路は、飛沫感染や接触感染などで、感染力が非常に強いことから周囲の人が短期間でプール熱に罹患する場合もあります。また、症状が消失してからも喉からは1~2週間程度、排泄物からは1ヵ月程度はアデノウイルスが排出されるとの報告もあるため、出席停止期間が終了した後に他人に感染させることもあるでしょう。 また、アデノウイルスには複数の型があるため、一度罹患したことがある場合でも別の型に感染する可能性があります。 プール熱の検査方法・診断 プール熱の確定診断には、鼻汁や唾液、糞便、拭い液などを用いてウイルス抗原の検出もしくはウイルス分離を行う必要があります。検体は、綿棒で喉やまぶたの裏を擦って採取します。検査キットにかけてから結果が出るまでにかかる時間は15分程度のため、即日でプール熱の罹患の有無を確認できます。 ただし、検査のタイミングや検体のウイルス量が少ない場合は、結果が陰性になる場合があることに注意が必要です。なお、血液を採取してアデノウイルスの抗原検査を行うことでも確定診断できます。 プール熱の治療法 プール熱はウイルス感染症であり、有効な抗ウイルス薬は現時点では存在しません。合併症を防ぐことを目的に抗生剤を使用することがあります。また、咽頭部や結膜の炎症を抑えるために、抗炎症成分が含まれた点眼薬などを使用します。 そのほか、高熱に対しては解熱剤、咽頭痛には抗炎症薬など、対症療法が中心となります。 プール熱は、高熱や喉の痛み、腫れによって食事をとることが難しくなる場合があるため、脱水症状に注意が必要です。また、なるべく喉を刺激しないように、柔らかいものを食べるとよいでしょう。 プール熱は大人がかかったらどうなる? 大人がプール熱に罹患した場合、小児ほど強い症状は通常現れません。そのため、小児ほどの影響が懸念されないとして、対応する医療機関が多いでしょう。ただし、症状が強く現れなくても感染力は強いため、他人にうつさないための対策は必要です。 プール熱の予防法 プール熱の予防法は、一般的な感染対策と同じです。流水と石けんによる手洗い、外出先から帰宅してきたときのうがいを欠かさないようにしましょう。また、感染者との密接な接触をなるべく避けるほか、タオルの共用をしないことが大切です。プールからあがった後は、シャワーを浴びてうがいをします。 * * * プール熱は主に小児が罹患する病気ですが、大人も罹患する可能性があります。感染力が高いため、疑わしい症状があるときは周りの人との接触を避け、医療機関を受診して適切な治療を受けることが重要です。 編集・執筆:加藤 良大監修:久手堅 司せたがや内科・神経内科クリニック院長 医学博士。「自律神経失調症外来」、「気象病・天気病外来」、「寒暖差疲労外来」等の特殊外来を行っている。これらの特殊外来は、メディアから注目されている。著書に「気象病ハンドブック」誠文堂新光社。監修本に「毎日がラクになる!自律神経が整う本」宝島社等がある。 【参考】〇厚生労働省「咽頭結膜熱について」https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou17/01.html2023/6/25日閲覧〇NIID国立感染症研究所「咽頭結膜熱とは(2014年4月1日)」https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/323-pcf-intro.html2023/6/25閲覧

ヘルパンギーナ
ヘルパンギーナ
特集
2023年7月18日
2023年7月18日

ヘルパンギーナの症状・原因・治療法を解説 大人がかかるとどうなるの?

ヘルパンギーナは主に子どもが罹患する感染症ですが、大人も罹患する可能性があります。重症化しやすいとの報告もあるため、子どものみの病気と考えずに対応方法について確認しておくことが大切です。本記事では、ヘルパンギーナの特徴や症状、原因から治療法、大人が罹患した場合の症状などについて詳しく解説します。 ヘルパンギーナとは ヘルパンギーナは、エンテロウイルスに感染することで発熱とともに水疱性の発疹が口腔粘膜に生じる病気です。乳幼児を中心に夏季に流行する「夏かぜ」の一種とされています。 ヘルパンギーナの症状 ヘルパンギーナの潜伏期間は2~4日です。突然の発熱に続き咽頭痛が生じ、咽頭粘膜に強い赤みが現れます。その後、主に軟口蓋から口蓋弓にかけて、赤くなった皮膚に囲まれる形で小水疱が現れます。小水疱の大きさは通常1~2mm程度ですが、5mm程度の大きいものが現れる場合もあります。 発熱に熱性けいれんを伴うほか、咽頭痛による食欲不振や哺乳障害が問題となる場合があるため、対症療法で症状をなるべく和らげることが重要です。まれに無菌性髄膜炎や急性心筋炎などを合併することがあるため、38~40度の発熱や頭痛、吐き気、嘔吐、腹痛、下痢、胸の痛み、関節痛、筋肉痛などの症状に注意しましょう。 ヘルパンギーナが流行する時期 ヘルパンギーナは5月頃から増え始め、7月頃にピークを迎えます。8月頃から減り始め、9〜10月にはほぼ見られなくなります。このように季節性があるものの、ほかの時期にまったく見られなくなるわけではありません。 また、日本では西から東へと拡がっていく傾向があります。患者の90%以上は5歳以下で、最も多いのは1歳、そして2歳、3歳、4歳と続きます。 0歳と5歳の罹患数はほぼ同じです。ヘルパンギーナは5類感染症定点把握疾患であるものの、学校において予防すべき伝染病としては規定されていません。 そのため、一律で学校長の判断によって出席停止とするものではなく、対応については学校ごとに異なります。欠席者が多い、流行の規模が大きい、合併症を伴うケースが見られることで保護者の間で大きな不安が生じている場合、学校医との相談の上で出席停止の扱いとすることがあります。 ヘルパンギーナの原因 ヘルパンギーナは、エンテロウイルスによる感染症です。エンテロウイルスはピコルナウイルス科に属するRNAウイルスの総称で、以下のようなウイルスが該当します。 ・ポリオウイルス・コクサッキーウイルスA群(CA)・コクサッキーウイルスB群(CB)・エコーウイルス・エンテロウイルス(68~71型) ヘルパンギーナの主な原因となるウイルスはコクサッキーウイルスA群(CA)ですが、コクサッキーウイルスB群(CB)やエコーウイルスが引き起こす場合もあります。 急性期にはウイルスの排出量が多く、感染力も強いとされています。ただし、エンテロウイルスは症状が消失してからも2〜4週間は便からウイルスが排出される場合があるため、回復後もしばらくは油断できません。 ヘルパンギーナの検査方法・診断 ヘルパンギーナの確定診断には、口腔内の拭い液や水疱の内容物を含むもの、便などによるウイルス分離またはウイルス抗原の検出が必要です。 ただし、実際の医療の現場では臨床症状のみで診断することがほとんどです。 ヘルパンギーナの治療法 エンテロウイルスそのものに効果がある抗ウイルス薬は存在しないため、対症療法が主な治療法です。発熱や頭痛には解熱鎮痛作用がある内服薬を使用する場合があります。 脱水が生じている場合は必要に応じて輸液を行います。咽頭痛によって飲食を敬遠する場合があるため、脱水を防ぐために薄味で柔らかく口当たりがよいものを与えます。 ヘルパンギーナは大人がかかったらどうなる? ヘルパンギーナは、大人が罹患すると子どもと同じく光熱や口腔粘膜の小水疱などの症状が現れます。ただし、子どもと比べて症状が強く、高熱や非常に強い咽頭痛のほか、筋肉痛や頭痛、関節痛が現れる場合があります。 また、症状が現れている期間が長く、重症化しやすい点も特徴です。 ヘルパンギーナの予防法 ヘルパンギーナの予防法は、ほかの感染症と同じです。主な感染経路は、飛沫感染・接触感染・経口感染です。流行時には手洗いうがいをより入念に行いましょう。また、ヘルパンギーナの感染者との密接な接触をなるべく避けることも大切です。 ウイルスは長期間にわたり便から排出されるため、子どもがトイレで排泄できる場合は、手洗いや手指消毒を必ず行うように指導し、おむつを使用している場合は交換後に手洗いと手指消毒を徹底します。 流行時にはおもちゃの貸し借りも避けたほうがよいでしょう。エンテロウイルス対策として、ものを洗浄・消毒する場合は、念入りな洗浄と清拭でウイルスを物理的に除去した上で、0.02%に希釈した次亜塩素酸ナトリウムで消毒します。 * * * ヘルパンギーナは、突然の発熱・口腔粘膜の小水疱などを主症状とする感染症です。主に罹患するのは5歳以下の子どもですが、大人がかかる場合もあります。大人は子どもと比べて症状が強く、重症化しやすい傾向があるなど、より一層の注意が必要です。抵抗力が低い高齢者の訪問看護を行っている看護師は、今回解説したヘルパンギーナの症状や治療法、予防法などについて十分に確認しておきましょう。 編集・執筆:加藤 良大監修:久手堅 司せたがや内科・神経内科クリニック院長 医学博士「自律神経失調症外来」、「気象病・天気病外来」、「寒暖差疲労外来」等の特殊外来を行っている。これらの特殊外来は、メディアから注目されている。著書に「気象病ハンドブック」誠文堂新光社。監修本に「毎日がラクになる!自律神経が整う本」宝島社等がある。 【参考】〇NIID国立感染症研究所「ヘルパンギーナとは」(2014年07月23日改訂)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/515-herpangina.html2023/6/26閲覧〇一般社団法人日本循環器学会「2023 年改訂版心筋炎の診断・治療に関するガイドライン」p,21(2023年3月17日更新)https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2023/03/JCS2023_nagai.pdf2023/6/26閲覧〇NIID国立感染症研究所「無菌性髄膜炎とは」(2014年05月16日改訂)https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/520-viral-megingitis.html2023/6/26閲覧

膀胱エコーの活用
膀胱エコーの活用
特集
2023年7月11日
2023年7月11日

膀胱エコー 残尿を確認して排尿ケアに活かす 技術習得と活用法

排尿管理は訪問看護現場で直面する課題となっています。とくに膀胱エコーは訪問看護の現場で実施する必要性が高いと言われ、個々に応じた排尿管理やケアを行うことが可能です。 今回は、排尿ケアにポータブルエコーを導入し、実践を重ねているLIC訪問看護リハビリステーションの黒沢勝彦氏に、看護師のポータブルエコー技術習得の流れと実際の膀胱エコー活用事例についてお話を伺いました。 ポータブルエコー技術習得は基本的にOJT ポータブルエコーは現場に持ち出す前に、まずはスタッフ同士で練習を行い、正常な組織や臓器を知ることが一番の近道です。利用者さんの体型から膀胱の大きさを推測し、尿はどの程度貯留しているのかを確認します。膀胱は男性、女性で映り方が異なるので、膀胱や膀胱周辺の解剖について学んでおくことが大切です。 ポータブルエコー未経験のスタッフには、膀胱の見え方を伝えるより、身近にあるものを使用するとイメージしやすいでしょう。例えば、市販の果物ゼリーにポータブルエコーを当てて見ると、どのように描写されるのかを体験してもらうとスムーズかもしれません。まずは画像に描出される明るい部分と暗い部分を確認しながら、画像を見る練習を。その後、実際の膀胱を描出し、改めて画像の見え方について確認します。プローブや端末の扱い方は、後で振り返りを行いながら進めていきましょう。こうした流れを数回行った後にOJT(On the Job Training)に移行することが大切です。まずは同行訪問を行い、実際に利用者さんの膀胱をポータブルエコーで描出する様子を見せます。次に見守りのもとでポータブルエコーを用いて実施し、一人でできるようになるまでサポートし続けましょう。 カテーテル閉塞や点滴の効果が判明 ポータブルエコー画像の膀胱は、尿が貯留している時に黒く描出され、膀胱が大きくなっていることが分かります。一方、尿の貯留がない時は膀胱自体も小さくなっています。ですので、膀胱留置カテーテルが挿入されているにも関わらず、膀胱が大きく映し出された状態は、「カテーテルが閉塞を起こし、膀胱内に尿が溜ったまま」で異常だという判断ができます。そのためにも正常・異常の画像を理解しておくことが重要です。 カテーテル閉塞以外では、排尿状況が不明な利用者さんにポータブルエコーを使用して確認を行うことがありました。例えば、脱水のため点滴治療を行ったとき、その効果を確認するためにポータブルエコーを使います。まず、点滴治療前後の膀胱の大きさを比較し、尿の貯留が認められれば点滴治療の効果があると考えられます。他のバイタルサインと合わせてアセスメントすることで、在宅での治療継続が可能であるのか判断することができます。 従来は、試しに導尿してみたり、膀胱留置カテーテルをしている場合は交換してみたり、いずれも利用者さんの苦痛を伴い、コストや資源もかかっていました。これらの悩みに対して、ポータブルエコーは解決に導くツールのひとつとして、活用できるのではないでしょうか。見えない部分を可視化することで、正確なアセスメントが可能となり、医師と共有することで、適切な補液につなげたり、適切なタイミングで医療機関に受診することができたり、ひいては看護業務の改善につながると考えています。 がんターミナル期の尿閉をエコーですぐ確認 続いて、がんターミナル期にある利用者さんの事例を紹介します。自宅退院を希望され、訪問看護開始3日目で心窩部から下腹部の膨隆が顕著にみられました。その時は膨隆している原因が尿の貯留によるものだと分かりませんでした。 通常のアセスメントに加え、ポータブルエコーで画像を映し出して見ると、液体の貯留を確認しました。すぐに腹水か尿か判別できませんでしたが、「1日で貯留し、お腹の張り方がおかしい」と、そのままビジネスチャットツールに画像を上げました。スタッフと医師に共有し報告をしたところ、尿閉による腹部の膨隆であることが分かりました。そのため、すぐに医師に導尿、膀胱留置カテーテルの処置を依頼しました(図1)。 図1 「ポータブルエコー使用の一例」(提供:黒沢勝彦氏) 利用者さんのご家族にも、「尿はちゃんと作られていますが、出ない状態で苦しいと思います。出さないといけないですね」と、画像を一緒に見ながら具体的にお伝えすることができました。その後、医師に臨時訪問で処置していただき、尿の排出を促しました。 病院搬送の可能性もありましたが、お腹の張りを確認してから約2時間以内にケアにつなげることができました。訪問看護でできることを行えば、重症化を防げる可能性があります。 通常のアセスメントと画像を加えることで、アセスメントの妥当性が向上し、自信を持って医師に情報を共有し適切な治療、ケアにつなげることができると思います。 ポータブルエコーで残尿を減らせる姿勢に 最後は、残尿感の訴えや膀胱炎を数回繰り返すALS(筋萎縮性側索硬化症)の利用者さんの事例です。ご本人は排尿の自覚はありますが、腹圧をかけられないためご家族が腹圧を補助して排泄介助を行っていました。差し込み便器を用いて床上排泄を続けていましたが、以前より残尿感の訴えがありました。膀胱炎を疑い、訪問診療にて採血、尿検査を実施しましたが、膀胱炎の所見はありませんでした。 再び医師と解決策について検討することになり、排尿前後についてポータブルエコーで膀胱内を観察して見ると、残尿量はそれほど変化が見られませんでした。そのため、尿が排出できず膀胱内にたまっている状態であることが確認できました(図2)。 図2  「排尿前後を比較した画像」(提供:黒沢勝彦氏) また、膀胱の形は不均一・非対称であり、括約筋が確認できませんでした。このことから、膀胱壁の拡張収縮が弱いため残尿が起こりやすい状態であるとアセスメントしました。訪問診療の医師と画像を共有し、カテーテル留置を第一選択とせず、この根拠を元に姿勢で排尿量が変わるかどうかの調整を行いました。 まず排尿前後で残尿測定を行い、排尿時の姿勢を調整しながら再度ポータブルエコーで撮影を繰り返していきます。そのように進めながら、最も残尿が少ない体位を理学療法士と一緒に模索をしながら調整していきました。 その結果、一時的に残尿量を減らすことができました。排尿ケアは決まった時間で行うわけではありません。ケア提供者はご家族やホームヘルパーなど複数名が関わります。姿勢や介助方法の再現性には課題がありましたが、エコーの画像を用いて丁寧に説明することで再現性を高めることができました。 この事例ではポータブルエコーによって、残尿量や膀胱の形状、変化などをご家族と確認できたことで、説得力が増し、安心されたことを実感しました。そして、ご家族やヘルパーもケアの根拠を確認しながらともに考えることができました。 一方で、ご家族は「残尿はないはず」と信じていたので、排泄のたびに腹圧を補いながら介護を続けてきました。そのため、ポータブルエコーが残尿の事実を突きつけることで、自らの介護を「否定された」と受け止められてしまう可能性も考えられるでしょう。24時間、1日何度も排泄介助を続けていくご家族の大変さと複雑な思いにも配慮しながら、ポータブルエコーを採り入れていくことが必要です。 取材協力・監修黒沢勝彦氏(LIC訪問看護リハビリステーション 所長)編集:メディバンクス株式会社

がん身体症状の緩和ケア
がん身体症状の緩和ケア
特集
2023年7月4日
2023年7月4日

オピオイドスイッチングとタイトレーションとは【がん身体症状の緩和ケア】

前回に引き続き、Aさんを交えた投薬内容を見直すカンファレンスからスタートです。Aさんは膵臓がんで、つらい痛みが続いています。Aさんの鎮痛効果を高めるために何ができるのか、一緒に考えていきましょう。オピオイドスイッチング、タイトレーションについても解説します。 前回までのあらすじ 痛みのコントロールがうまくいっていないAさん。その状況を在宅主治医に伝えたところ、主治医からカンファレンス開催の提案がありました。早速、訪問看護師であるあなた、薬剤師、ケアマネジャー、在宅主治医がAさんの自宅に集まり、Aさんの投薬内容を見直す話し合いがスタートしました。 まずはオピオイドの量を増やし、便秘症状を緩和するためオピオイド誘発性便秘症治療薬であるナルデメジンの併用が決まりました。さて、カンファレンスの続きはどうなったでしょうか。 >>前回の記事はこちら鎮痛薬使用の4原則とWHOの三段階除痛ラダーとは【がん身体症状の緩和ケア】 カンファレンスメンバー 画像素材:PIXTA あなた: 先生、痛くなったときの対応はどうしたらよいでしょう。処方されているロキソプロフェンナトリウムではあまり効果がないように感じます。 在宅主治医: 確かにあまり効果はなさそうですね。膵臓がんの場合、腹腔神経叢への浸潤を多く認めるため、侵害受容性疼痛だけではなく、神経障害性疼痛も混ざっている可能性があります。ロキソプロフェンナトリウムから神経障害性疼痛にも有効といわれているオキシコドン速放性製剤に切り替えましょうか。Aさん、突然起こる痛みのときは、かなり強い痛みだったのではないですか? Aさん: はい、みぞおちあたりとその反対側の背中がじくじくと痛くなり、急に耐えられなくなるほど痛くなることがあります。その痛みが20~30分ほど続くことが1日に数回あります。 在宅主治医: 今回、徐放性製剤の量を倍の20mgに増やすので、その反応を見きわめましょう。増量は、通常1日投与量の30~50%量が目安ですが、これにあまりこだわる必要はないでしょう。そして、疼痛時にオキシコドン速放性製剤を10mg服用してみてはいかがでしょうか。まずはAさんの痛みを何とかしましょう。 薬剤師: オキシコドンは神経痛にも効果があるといわれていますので、私もオキシコドン速放性製剤の併用に賛成です。 あなた: 神経障害性疼痛には鎮痛補助薬と呼ばれる神経痛に効く薬があると聞きました。それを使うのはどうでしょうか? 薬剤師: では、ミロガバリンベシル酸塩を使用してはいかがでしょうか。鎮痛補助薬は比較的ゆっくり効いてくるお薬です。痛くなってから服用するよりも、定期的に服用していただいて、急な神経痛が出にくくなるように調整したほうがよいでしょう。 ケアマネジャー: Aさんの痛みが抑えられたとして、リハビリテーションは可能でしょうか? Aさんは少しでも歩いてご自身でトイレに行きたいと希望されているのですが、最近足もとがおぼつかない様子です。廊下に手すりを設置しているのですが、トイレに行くときもつらそうで…。 在宅主治医: リハビリテーションは大歓迎です。痛みをコントロールしながら、ご自身でトイレに行けるよう、可能な範囲で歩行や起立訓練を行いましょう。 Aさん: 足腰が弱ってきて、自分でトイレに行けなくなるのはつらいなと感じていました。リハビリテーション、楽しみです。ぜひお願いします。 あなた: 腹水も少し増えているようですが、腹水が増えて苦しくなったときはどうすればよいのでしょう? 在宅主治医: そうですね、自宅で腹水を抜く処置が可能です。ほかには、腹水が増えすぎないように、定期薬の中で利尿薬やステロイドを使用してみてもよいかもしれません。当院では困難ですが、抜いた腹水をろ過濃縮して体に戻す治療もあります。Aさんがご希望なら、1~2泊の入院で対処できる病院を紹介できますよ。 Aさん: 皆さんがまとまって私をサポートしてくれるのですね。こんなに心強いことはありません。 あなた: Aさん、これからお薬が少しずつ変わっていきます。その中で不愉快な症状が出てくるようであれば教えてください。例えば、食欲不振や眠気、吐き気、便秘、痛みがまだ残っているかどうかなどです。Aさんの症状やご希望を伺って、できるだけ早く解決できるようにしていきます。よろしくお願いします。 * こうして、投薬内容を見直すカンファレンスは終了しました。では、何がどう変わったのか、詳しく解説していきます。 Aさんの処方はどう変わったのか? カンファレンス前とカンファレンス後のAさんの処方内容を比較してみましょう(図1)。 図1 Aさんのカンファレンス前とカンファレンス後の処方内容 (赤字は追加・変更された薬剤および投与量を示す) オピオイドの増やし方 オキシコドンを10mgから20mgに増量しました。服用する時間もある程度指定しました。これは通過点かもしれず、Aさんの痛みの状態に応じてもう少し量を増やす必要があるかもしれません。 Aさんのケースのように、鎮痛効果と副作用の出方を観察しながら、患者さんにあった投与量を調節し、至適用量を決めることをタイトレーションといいます。薬剤を変更するときにも行われます。痛みを和らげるオピオイドの量は患者さんによって異なるということを意識しましょう。 増量方法について教科書的には、定期投与されていたオピオイドの量を30~50%増やすことが推奨されています。しかし、Aさんのケースではかなり強い痛みが存在しており、もともとの投与量自体も少なかったので、今回は10mgから20mgへと100%増やしています。 これで痛みのコントロールが不良な場合、オキシコドンの量をさらに30mgに増やし(50%増量)、その後40mg(25%増量)としても問題ないと考えられます。 オキシコドンの副作用である便秘への対策 ここではナルデメジンを使用しました。酸化マグネシウムは継続していますが、下痢や軟便が問題になるのであれば中止します。ナルデメジンと酸化マグネシウムを併用しても便秘が改善されない場合は、Aさんのようにセンノシドといった刺激性下剤を使用します。 オキシコドンの副作用である嘔気への対策 プロクロルペラジンマレイン酸塩という向精神薬を使用しました。悪心や嘔吐への対策としては、ほかに非定型向精神薬やハロペリドールが用いられることが多く、中枢性制吐薬の方がより有効です。 鎮痛補助薬 今回はミロガバリンベシル酸塩を使用しました。神経伝導路における神経興奮を抑える薬です。鎮痛補助薬にはほかにも種類がありますが、下降抑制系と呼ばれる、中枢を介して痛みの広がりを抑えるデュロキセチンも推奨薬として知られています。 利尿薬 腹水のコントロール目的で使用しました。全例に有効というわけではありませんが、腹水が増えるスピードを和らげる可能性があります。 ステロイド ステロイドは、通常、がん終末期の食欲低下や倦怠感の緩和を行う目的で処方されています。糖尿病を悪化させる可能性もあるので、全例というわけではありませんが、しばしば中等量が処方されます。 オピオイドスイッチング 患者さんの中には、投薬ではコントロールできない強い嘔気が出現してしまい、オピオイドを服用できない人や、別のオピオイドが持つ効果を求めて、その薬にシフトしたり、併用したりする人がいます。このように、投与中のオピオイドから別のオピオイドへ変更することをオピオイドスイッチングといいます。 オピオイドスイッチングを行う際、オピオイド導入時と同様に少量から投与して調整すると、患者さんの痛みがぶり返したり、逆に効き過ぎて呼吸抑制が生じたりする可能性も。そのため、変更後の投与量にはある程度の目安があります。ここで「がん疼痛マネジメントの原則-WHOがん疼痛治療ガイドラインとは」のところでも紹介した「オピオイド換算の目安」を再度示しておきましょう(図2)。以下の換算方法は、覚えておいて損はありません。 図2 オピオイド換算の目安 例えば、Aさんが40mg/日のオキシコドンを服用していたとします。がん性胸膜炎により、酸素投与していても呼吸困難がつらい場合、呼吸困難改善作用のあるヒドロモルフォン12mg/日に切り替えます。そうすると、痛みの緩和を同程度に行え、呼吸困難も改善できる可能性が出てきます。 痛みに対する対処だけでなく安心感を与えるケアを がんの痛みに対するオピオイドの使用は大切です。しかし、それ以上に、どのような人が、どのような人生を経て、どのように病気と闘い、今ここにいるのか。その人が、今何ができて、何ができないのか。それらに寄り添いながら、穏やかな笑顔で、少しでも安心していただけることが何よりも大切です。看護の力はこの時期の患者さんにとって大きな支えとなり得ます。これからの皆さんの支援に大きな期待を寄せています。 執筆:鈴木 央鈴木内科医院 院長 ●プロフィール1987年 昭和大学医学部卒業1999年 鈴木内科医院 副院長2015年 鈴木内科医院 院長 鈴木内科医院前院長 鈴木荘一が日本に紹介したホスピス・ケアの概念を引き継ぎ在宅ケアを行っている。 編集:株式会社照林社

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