みんなの訪問看護アワード2025

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年7月13日
2026年7月13日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol06

訪問看護の現場では、疾患・障害があっても、自分らしく前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。今回は「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿の中から、利用者さんの生き方や言葉に元気をもらえるエピソードをご紹介します。 「精神疾患を抱えた利用者さまの社会復帰を目指して」 うつ病で自宅にこもり、生活環境の維持も難しくなっていた60代のTさんが、根気強い訪問看護の支援を受け、シャワー浴を希望し、ヘルパーと買い物にも出かけられるようになったエピソード。 Tさんは60代の女性です。うつ病のため自宅にこもっておられ、自宅は室内に物が多く、生活環境の維持が難しい状況でした。身内も遠方に住んでおり、経済的な支援以外は受けられない状態でした。夏に圧迫骨折で入院したことをきっかけに、地域での生活を支える目的で、ケアマネジャーを通じて当ステーションへ訪問看護の依頼がありました。訪問開始前のカンファレンスでTさんと面会した際には、入院中も入浴を拒否されており、体臭が強い状態でした。1つの質問に対する返答までに10分以上かかることも多く、担当ケアマネも対応に苦慮していました。まずは伸び切った爪を整え、室内でできるリハビリから支援を始めました。介入当初は保清を拒否し、「リハビリだけをしてくれればいい」と話されていました。そこで、まずはTさんの思いを丁寧に傾聴しました。そのうえで、入浴によって体が楽になったり気分転換につながったりすること、清潔を保つことでヘルパーと一緒に買い物へ行くなど、生活の幅が広がる可能性があることを根気強くお伝えしました。その結果、現在ではご本人からシャワー浴を希望されるようになり、ヘルパーと買い物にも出かけられるまでになりました。今回の経験を通して、病院勤務では得られなかった学びがありました。利用者さまの思いを汲み取り、多職種がそれぞれの役割を果たしながら支援することで、ADLやQOLの向上につながったのではないかと思っています。 2024年12月投稿 「小さな命が教えてくれたこと」 18トリソミーのAちゃんを自宅で見守るご家族。毎晩のように鳴り響くアラーム音への不安の中、訪問看護師は夜中や明け方にも駆けつけ、最期まで寄り添いました。ご家族が「自宅で看取ることができました」と振り返ったエピソードです。 「訪問看護師さんって何をしてくれるのかな」Aちゃんのママはそう思っていたそうです。NICUから訪問依頼があったのは、数年前の梅雨の時期でした。診断名は「18トリソミー」。長期生存は難しく、退院後に急変した場合も侵襲的な治療はおこなわない方針が、主治医から示されていました。退院するとご家族は「家に帰れてよかった」と笑顔でその日を迎えられました。しかし、その後は夜泣きなどで酸素飽和度が低下し、アラームが毎晩のように鳴る日々が続きました。不安になったママから訪問看護へSOSの電話が入り、私たちは夜中や明け方にも駆けつけました。ご家族が少しでも長く一緒に過ごせるよう願いながら、その都度駆けつけ、必要に応じて主治医と連絡をとりました。しかし、つらいことばかりではありません。Aちゃんのお姉ちゃんがそばで声をかけたり遊んだりすると、Aちゃんはかわいらしい笑顔を見せてくれました。その時間は、ご家族にとっても私たちにとっても、ホッとできるひと時でした。それから3か月後、パパから「このまま自宅でみんなで見送ります」との連絡がありました。私たちが駆けつけると、ご両親に抱かれた小さな命は、静かに旅立っていかれました。ご両親は「覚悟はしていたけれど……」と涙されながらも、私たち看護師にお礼を言ってくださいました。「訪問看護師さんって何をしてくれるのかなと思っていましたが、『こんなことで電話してもいいかな』『こんなことで来てくれるかな?』と思って電話しても、すぐに駆けつけてくれて。最期まで寄り添ってもらったので、自宅で看取ることができました」そう言っていただけたことは、今でも忘れられません。 2024年12月投稿 「最後の願い~自宅で死にたい~」 心不全末期で「家で死ぬために、ここまで頑張ってきた」と語った86歳の女性。本人の強い意思と家族の思いに寄り添い、自宅で最期を迎えるという願いを支えたエピソード。 出会ってわずか2日でお別れとなった、86歳の女性。心不全と認知症を患っていた。ある日、心不全の急性増悪が疑われる状態となり、ケアマネジャーから訪問看護の介入依頼があった。訪問すると、死期が迫っていると感じるほど切迫した状態だったので、私の頭には、救急要請の4文字が浮かんだ。救急要請について問いかけると、「家で死ぬために、ここまで頑張ってきたんや」と力強く話された。娘さんにこれまでの経過を伺うと、ご本人は幾度となく「入院はしたくない。家で死にたい」と話していたという。私はご本人の強い意志を受け止め、在宅医への相談を提案し、緊急往診を依頼した。在宅医が到着し、心エコーやレントゲンを実施。病状や治療について説明を受けると、ご本人は「楽にしてください」と希望された。治療をしなければ命に関わることが改めて説明されたが、「かまへん。楽にして」と意思は変わらなかった。入院について迷っていたご家族も、「もう十分頑張った。本人の希望どおりにしてあげたい」と、ご本人の意思を受け入れた。その後、苦痛緩和のための持続鎮静が開始された。一番の願いであった自宅のベッドで、お子さん3人に見守られながら穏やかに旅立たれた。私はこの事例を通して、意思決定支援とは、本人の価値観や願いに寄り添い、本人と家族が納得できる選択を支えることなのだと強く感じた。 2024年12月投稿 「痛みを和らげるのは薬だけじゃない」 胃がん末期で「食べられないなら早く死にたい」と落ち込んでいたYさんが、家族や多職種と花見を楽しみ、「たくさんの人に出会えて幸せです」と語ったエピソード。 胃がん末期のYさん。食べることが好きで、いつも『孤独のグルメ』を観ていた。なんとか食べられるものを口から食べていたが、やがて絶食となり、CVポートから点滴による栄養管理が始まった。主治医から予後は限られていると伝えられた。「食べられないなら早く死にたい」と元気をなくすYさん。ご家族も、元気をなくしたYさんを見て「つらい」と涙を流していた。少しして桜の季節がやってきた。ご家族で毎年恒例の花見をしていたそう。このまま何も食べられず、恒例の花見もできないまま最期を迎えることになったら、後悔しないだろうか。私はそんな思いを医師やYさんとご家族に伝えた。やはりYさんの願いは「食べたい」「花見に行きたい」ということだった。ご家族も同じ思いだった。医師から「固形でないものなら食べてもいいですよ。花見も行けるうちに行っておいで」と背中を押していただき、家族や多職種とお花見へ出かけた。みんなでアイスを食べたあの時のYさんの笑顔は、決して忘れられない。Yさんからは「私はたくさんの人に出会えて幸せです」と言っていただいた。私もYさんからたくさんのことを学んだ。がん終末期の苦痛を和らげるのは薬だけではない。あたたかい人の関わりによって、痛みや苦痛が和らぐこともあるのだと実感した。 2024年11月投稿 「ケアは魔法」 がん終末期で頑なにケアを拒んでいたAさん。最後の訪問で清拭と着替えを受け入れ、「まるで、魔法だな」と涙ぐみながら話してくださったエピソード。 少し前のお話になります。がん終末期の高齢男性の利用者様、Aさん。奥様との2人暮らしでした。心が強く、つらくても人に頼らず頑張ってこられました。訪問看護を受けていても、その姿勢は変わらず、私たちにもなかなか頼ろうとはされませんでした。そんな折、身体が思うように動かなくなり、転居が決まりました。翌日の転居を控え、訪問看護はその日が最後でした。私が「お身体を拭いて、着替えましょうか」とお伝えすると、少し動くのもつらそうなご様子でした。しばらく間を置いた後、「じゃ、お願いしようかな」と小さな声で話されました。それまでケアを受け入れることはほとんどなかったAさんでした。「できるだけ、体への負担が少ないよう、手早く済ませますね」と声をかけ、清拭と着替えを行いました。終わった後、「お疲れ様でした。ご協力いただき、ありがとうございました」とお伝えすると「まるで、魔法だな」とAさんが話されました。その言葉が褒め言葉であることは、すぐに伝わってきました。こんなにも心に残る褒め言葉があるのだと、胸が熱くなりました。涙ぐむAさんと握手をしてお別れしました。翌日、Aさんは予定されていた転居先へ向かわれました。私がAさんと言葉を交わしたのは、あの日が最後となりました。あの言葉は、お別れの際の気遣いだったのかもしれません。それでも、ケアにおいては質が大切であり、常に意識して取り組む必要があるのだと改めて思いました。後日、ごあいさつに来られた娘さんから、「最後の訪問看護の日、父が涙を見せていたのを初めて見ました」とお聞きしました。Aさん、ありがとう。 2024年11月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や生き方に、励まされた経験のある訪問看護師も多いのではないでしょうか。今回ご紹介したエピソードからも、訪問看護はケアを提供するだけでなく、利用者さんやご家族から多くのことを学び、支えられる関係であることが伝わってきます。 編集: NsPace編集部

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年7月6日
2026年7月6日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol4

訪問看護の現場では、疾患・障害があっても、自分らしく前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。今回は「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿の中から、利用者さんの生き方や言葉に元気をもらえるエピソードをご紹介します。 「訪問看護を続ける原点 やる気をもらった一枚の色紙」 16年前、東京赴任で不安を抱えていた新米訪問看護師が、利用者のAさんから贈られた一枚の色紙に励まされ、訪問看護を続ける原点となったエピソード。 16年前、私が訪問看護師として初めて赴任したのは東京でした。故郷の山形を離れ、ブランクがある中で久しぶりに現場に出る私は「新しい仕事、久しぶりの現場、新しい土地……やっていけるのか?」と不安でいっぱいでした。そんな中、私が受け持つことになったAさん。現代文の教員であったAさんは、時々思わず出てしまう私の方言に興味を持って「お国言葉はあったかくていいね」と言って和ませてくれる、とてもやさしい方でした。ある日、Aさんから一枚の色紙を差し出され、そこには「為せば成る為さねば成らぬ何事も成らぬは人の為さぬなりけり」と私の地元の偉人の言葉が書いてありました。訪問中の何気ない会話から、私になじみのある言葉を選び、訪問看護師になりたての私にエールを送ってくださったAさん。色紙を見た瞬間、とても温かい気持ちになり、「今できることを頑張ろう!」というやる気が出てきました。Aさんとの出会いがあったからこそ、今も訪問看護を続けられているのかもしれません。あの時いただいた色紙は私の大事な宝物です。 2025年1月投稿 「久しぶりの写真」 初回訪問時の写真撮影をきっかけに、利用者さんの笑顔や「久しぶりに写真を撮る喜び」が広がるエピソード。 なかなか訪問できないスタッフのために、初回訪問時にご本人・ご家族の了承をいただいたうえでお写真を撮らせてもらい、ファイルに綴じるようにしています。お写真を撮ると伝えると、髪型を気にされたり、お化粧を気にされたりする方もいました。初回訪問のため、たまたま在宅だった息子さんと満面の笑みで映る利用者さん。なかには「久しぶりに写真を撮った」と言われるご夫妻。大谷選手の名前を出して「『おおたにー』と言うと自然と笑顔になりますよ」とお声がけし、その笑顔を写真に残す。写真を印刷してお渡しし、また笑顔が見られる。 2025年1月投稿 「息子への想い」 レノックス・ガストー症候群とともに54年を生きた息子を、「大丈夫」と抱きしめ続けたお母さまの愛と、5年間寄り添った訪問看護師の想いを描いたエピソード。 Aさんは、へその緒をたすきのように体に巻き付けて出生。生後7か月ころに熱性けいれんを起こしたことをきっかけに検査を受け、「レノックス・ガストー症候群」と診断を受けた。「けいれんは一生つきまとうよ」と医師から言われた時はショックでしかたなかったけど、「そんなこと言ってられない」とお父さんと二人で世話をしてきた。大きなけいれんのたびに、お母さまは「大丈夫、大丈夫」とAさんを抱きしめた。その後、けいれんが落ち着く光景を何度も見てきた。養護学校にも楽しそうに通った。ここまでのお話は、訪問看護師として5年関わったAさんが病院で亡くなったあと、ご自宅に伺ったときのお母さまの語りである。お母さまと並んでうれしそうな顔をしているAさんの写真と、たくさんの思い出話で一緒に泣いた。「可愛かった」と話すお母さまの姿を前に、我が子に先立たれたお気持ちを思うと、何と声をかければ良いのか分からなかった。高齢になるお母さまのために、Aさんの施設への入所も検討していたこともあり、「Aさんなりに、お母さまを楽にさせてあげたいと思ってくれたのかもしれませんね」とお伝えするのが精いっぱいだった。お父さまの人生の最終段階にも、訪問看護師として伴走した。ひとりになったお母さまのことが心配で、これからも時々連絡していこうと思う。そんなことを考えながら、Aさんの遺影に語りかけた。「54年間、よく頑張りましたね。お疲れ様でした。」 2025年1月投稿 「絶対に駄目よ。」 膵臓がん末期のSさんが「私と代わってほしい」と口にしたあと、「絶対に駄目よ」と続けた言葉に、最期まで自分らしく生き抜く強さを感じたエピソード。 私が訪問看護師となって、最初に受け持ったのが膵臓がん末期のSさんでした。笑顔が素敵で人生経験も豊富なSさんから、点滴の時間や浮腫へのケアの時間に、さまざまなお話を聞かせてもらいました。亡くなる10日前、だんだん動けなくなってきたSさんに、私にお手伝いできること、こんなことをしてほしいなどありませんか?と聞いてみました。Sさんは少し口角を上げて「私と代わってほしいわね」と話されました。私は正直驚きました。何て答えたら良いのだろう、と戸惑いました。少し考えて私は「お体大変なんですよね、変わってほしいですよね。Sさんの感じている大変さは、経験した人にしかわからないですよね」と伝えると、今度は笑わずに「絶対に駄目よ。こういう経験したら。」と凛とした口調でした。最期まで病と闘い、自分らしく生ききろうとしている人生の先輩の言葉だと思いました。「Sさんだから頑張れているんですね」と伝えると「そうなのかしらぁ」といつもの柔らかい笑顔でした。Sさんは、強くて優しくて時々涙も流し、最期まで自分らしく生ききった方でした。こんな風に、人生の最期に出会わせていただき、ともに歩むことができる訪問看護は、戸惑うことも多いですが、ありがたい経験をさせていただける仕事だと思います。 2025年1月投稿 「寄り添って最後まで」 がんのターミナル期、一人暮らしで最期まで在宅を望み続けた利用者さん。時には苛立ちを見せながらも、心の通った関わりを感じたエピソード。 病院勤務から訪問看護勤務にかわり、初めて受け持った利用者さんだった。癌のターミナル期だったが、在宅での療養を希望されていたため、訪問看護が介入し、関わりを持っていった。ほとんど目が見えていない状況もあり、普段は関係性が保てたが、自分の思い通りにならないことや、周囲が思うように応えられないと感じた時には、苛立ち、怒り口調になることがしばしばあった。病院勤務ではそのような関わりを持つ時間がなかったので、対応や言葉かけ一つにも難しさを感じた。ところが、私がしばらく訪問できない時には、他のスタッフから「Bさん(私の名前)は元気かと言っていたよ」と聞き、嬉しい気持ちになった。在宅での療養を望まれていましたが、環境的に難しい状況となりました。しかし、所長に相談すると、さまざまなサービスを活用することで在宅療養を継続できるようになりました。訪問者全員の名前を覚えていて、冗談を交えながら会話を楽しんでいるようだった。1人暮らしで、身の回りのことが難しくなったため入院を勧めたが、在宅で過ごしたいというご本人の思いは最後まで変わらなかった。最終的には入院するに至ったが、本人の意向を尊重しながら関わる中で、その思いを言葉や表情で返してくださることが、訪問看護のやりがいではないかと感じた一事例だった。 2025年1月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や生き方に、励まされた経験のある訪問看護師も多いのではないでしょうか。今回ご紹介したエピソードからも、訪問看護はケアを提供するだけでなく、利用者さんやご家族から多くのことを学び、支えられる関係であることが伝わってきます。 編集:NsPace編集部

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年6月26日
2026年6月26日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol02

訪問看護の現場では、疾患・障害などがある中でも懸命に前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。「みんなの訪問看護アワード2025」に投稿されたエピソードから、利用者さんの前向きな姿勢に力を分けてもらえるエピソードをご紹介します。 「長い人生の締めくくり」 耳が聞こえないMさんが、戦時中や人生の思い出を語ってくれたことで、忘れられない経験をしたエピソード。 Mさんは耳が聞こえません。戦争中に爆弾の衝撃を受けた影響だそうです。怒ってはいないのに笑顔もなく、淡々とされています。畑で倒れているところを緊急搬送され入院。超高齢、圧迫骨折、脱水や食欲不振と診断され訪問看護が介入となりました。退院後も食欲不振が続きましたが、点滴などの治療の希望はなく、静かに時が流れていく中で“何かケアができないのか?これで良いのか?”と、いつも感じていたある日の訪問。筆談中に突然、昔のことを淀みなく話し始めました。戦時中に別れた友人たちのこと、戦後の命は自分だけの命ではなく友人たちのものでもあると思っていること、病院に行かなかった理由、ご家族への思いなど。ひとしきり話した後、「ばあさん、アルマイトの弁当に白飯詰めて(棺に)入れてくれや。先に逝くから」と笑顔。90歳を超える妻は、驚きもせず、台所から弁当箱を持ってきて「これですね」と見せています。私には想像すらできない人生を歩んできたご夫婦の姿に、私にできることは、ただただ相手の声に耳を傾け、話を聴き、共感することだけだったと気づかされました。Mさんは、こうして自分の思いを全部吐きだし、白飯と梅干し弁当を持って旅立ちました。長い人生の締めくくりに立ち会った忘れられない経験でした。 2025年1月投稿 「その人らしい生き方」 心不全の治療を拒否し、「好きなことをして家で死にたい」と希望された利用者さんのエピソード。 基幹病院から「状態が安定しないが、退院を希望されている方の訪問看護をお願いしたい」と、連絡がありました。心不全の治療拒否をされているということで、どんな方なのか退院前カンファレンスを開いてもらい、ご本人とお話をさせてもらいました。この方の訴えとしては、「自分は死ぬなら家がいい。すきな酒、タバコ、好きなことをして家で死にたい」と、話されていました。“家に帰りたい“という意思の強さから、退院することになりました。退院日にご自宅に帰られると、医師より禁止されていたタバコ、お酒、お菓子を食べて幸せそうに、ご自身の想いを話し、意気揚々と過ごしておられました。用意された介護ベッドではなく、長年過ごしてきた家のソファーでお酒を片手に幸せそうに横になる姿を見て、スタッフみんなで「この方の願いを叶えてあげたい」と話をしました。この方が選んだ人生なのだから、その選択に寄り添いたいと思い訪問し、ご家族が不安にならないようにお話をたくさんしました。退院から2週間後、ソファーで両手を挙げ“万歳”と、人生を全うしたように満足げな表情で逝去されました。ご家族も「本人が望むように過ごせたことに悔いはない」と、お話しされていました。医療者として、看護を提供し生活の改善や向上をしていくという使命があります。ただ、それが医療者側の押し付けになってしまってはいけないということを改めて実感し、訪問看護でしかできない看護だと思いました。 2025年1月投稿 「ふたつの別れ」 重篤な心疾患のY子さんとあたたかい心の絆を結んだエピソード。 7年前の話だ。Y子さんは、重篤な心疾患で在宅酸素をして呼吸苦と向き合いながらも笑顔で前向きに暮らしていた。担当看護師の私はほとんど毎日訪問して、ケアをしながらたくさんの話をした。Y子さんは私を親しげに「ヤナイ!」と呼んでいた。「桜が見たいなぁ」とおっしゃった時、私は「見に行きましょうよ」と言った。Y子さんは「こんな酸素もしてるのにどうやって行くのよ」とすねたように言ったので「私がおんぶします」と言うと「ヤナイが連れてってくれるの?本当に?」と半信半疑に聞いてきた。「大丈夫、私は力があるんです」と答えると、Y子さんは「ふふふ」と子どものように笑った。Y子さんとはたくさんの楽しい時間を過ごした。想い出もたくさんある。そんな中、私が他の訪問看護ステーションへ異動が決まった。私は「もっと力になりたかったです」と声を上げて泣いた。利用者さんの前で泣いたのは初めてだった。Y子さんも涙をこらえて私を抱きしめてくれた。私たちは今生の別れになることを知っていた。もともと絵の上手だったY子さんはたくさんの絵を遺してくれた。それは、私がY子さんをおぶっている絵。二人は桜の下にいた。薔薇園にも宇宙空間にもいた。それから約1年後、Y子さんは亡くなった。2度目の、そして最後の別れだった。あの時のY子さんの年齢を私は追い越した。スマホに残る、私におぶさったY子さんの写真を見るたび「ヤナイ!」という声が聞こえる。 2025年1月投稿 「ただ、あなたがいてくれる。それだけでいい…」 認知症で自転車整備会社の経営者だった男性を、「この人がいてくれるだけでいい」と愛しそうに見つめる奥さんの深い愛を感じるエピソード。 ラクナ梗塞、認知症を既往にもつ、70代後半の男性利用者さん。訪問看護が介入当初は高次脳機能障害と認知機能の低下により、奥さんが介護するも昼夜問わず転倒を繰り返している状態でした。ご本人は自転車整備会社の経営者をしていましたが、病気や災害などを機に閉業し跡地に自宅を建てました。奥さんは、「この人は自転車が大好きで、いつまでもこの場所でこの人と暮らしていたい」と、切実な訴えと覚悟がありました。訪問看護では環境整備や排泄、入浴、食事の介助方法を奥さんと一緒に練習しました。利用者さんは転倒もなくなり、自分の気持ちを話せるようになるなど改善が見られました。本当に奥さんは頑張られました。現在、病状は進行し、歩くことも話すことも難しくなってきました。「この人は話すこともない、座っているだけかもしれない。だけどこの人がいてくれるだけでいいんだ」と、奥さんの愛しそうに本人を見つめる姿に深い愛を感じます。この風景、この空間がずっと続いてほしい。そう想って私は今日も訪問します。私にとっても「あなたが元気でいてくれる、ただそれだけでいい」そう想いながら…。 2025年1月投稿 「はいチーズ!」 80代の利用者さんとの、感謝と笑顔と家族の絆に関するエピソード。 年に1度、特別な日。お客様のお誕生日に、看護師の私ができること。この仕事をしていると、80代、90代、はたまた0歳から1歳を迎え、その1年を奇跡だと言いようのない喜びに溢れる人たちがいる。私は毎年できる限り、お客様とご家族の写真を撮り、現像しバースデーカードとしてお渡しすることにしている。はじめはカードにイラストを描いてプレゼントしていたので、お誕生日が近くなるとお客様の趣味や好きなものをお伺いしていた。「自分には得意なものも取り柄もないんだ」と、笑いながら言うAさんに「じゃあ、好きなものはありませんか」と尋ねると、Aさんはうーんと悩み、ぽそりと「奥さんだよ。本当に、自慢の奥さんなんだ」と話してくれた。私はなんだかすごく嬉しくなってしまって、奥さんを呼び「せっかくだから、お2人で一緒に写真を撮りませんか」と提案した。最初は「いやだ、そんなのいいわよ~」と奥様。するとAさんは「1年に1回なんだから。」と、奥様の手を取り、2人とも照れながらもカメラに笑顔を向けてくれた。写真を現像してお誕生日にお渡しすると奥様は、「こんな笑顔久しぶりに見ました。病気になってから写真なんて撮らなかったから…」と、カードを抱きしめ「素敵な思い出になるわ」と言ってくださった。私が作る1枚のバースデーカードが、大切な思い出として残せるなら。在宅に携わるからこそ、小さなことだけどできること。「いきますよ、はいチーズ!」 2025年1月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や人生の歩みは、関わる訪問看護師だけでなく読者にまで元気や力を与えてくれます。あらためて、訪問看護師と利用者さんの関係は共鳴するのだと考えさせられます。 編集: NsPace編集部

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】
特集
2026年6月26日
2026年6月26日

元気をもらえるエピソード【つたえたい訪問看護の話】第3回vol01

訪問看護の現場では、疾患・障害があっても、自分らしく前向きに生きる利用者さんがたくさんいます。今回は「みんなの訪問看護アワード2025」に寄せられた投稿の中から、利用者さんの生き方や言葉に元気をもらえるエピソードをご紹介します。 「泣き笑いのお別れ」 コロナ禍をきっかけに在宅で最期まで過ごすことを選んだ70代女性。娘さんたちに見守られながら、笑いと涙が入り混じる穏やかなお別れを迎えたエピソードです。 私が訪問看護に携わり始めたころに訪問していた患者さんは、70代の女性で、消化器系のがんを患っておられました。医師より予後6ヶ月との説明を受け、ご本人・ご家族も理解されていました。数年前にご主人を肺がんで亡くされ、次女さんとの二人暮らしでした。長女さんは東京、三女さんは大阪にお住まいでした。当初、患者さんは「できるところまで通院し、最期は病院で迎える」と決めておられました。しかしコロナ禍で、県外に住む娘さんたちと思うような面会ができないため、「在宅で最期まで」と決められました。意識が朦朧となり、いよいよお別れまで数日となったある日、娘さんより電話がかかってきました。「母の息が止まっています。すぐ来てもらえますか?」駆け付けると、次女さん、三女さんが落ち着いた様子で出迎えてくれました。往診医にも連絡したとのことでした。「あのね、母はもうご飯食べられないでしょ。だからこのお部屋で『お母さんこれ美味しいのよ』なんて妹とおしゃべりしながら食べていて、ふと母の方を見たら息をしていなかったの」「不謹慎よね。でもこんなに、楽に、スーッと眠るように天に召されるのなら、在宅で最期まで過ごすのもいいなって」と。次女さん、三女さんと一緒にエンゼルケアをし、娘さんたちがお母さんにお化粧をしてくれました。安らかなお顔を見ながら、笑顔と涙が入り混じった、お別れをされました。 2025年1月投稿 「わしの自慢のビニールハウス」 80代末期がんのAさんが、「わしが立てたんや!12個あるんや!」と誇らしげに語ったビニールハウス。大切な思い出を写真に残したエピソードです。 「もう二度と病院には行きたくない!」初回訪問時にそう話されたのは、80代で末期がんのAさんでした。特別地域に住み、地域外の医師に訪問診療をなんとかお願いし、引き受けていただけました。山や田畑に囲まれた自宅。庭にはたくさんの鯉。多くを語らないAさんでしたが、蘭やアスパラをたくさん育てていた話はとても誇らしげに話してくれました。寝ていることが多かったですが「どこでもいいから外へ行きたい」という想いを聞き、ご家族と一緒に、行き先未定の散歩が始まりました。Aさんの指さす方へ進み、辿り着いた先は蘭やアスパラを育てたハウスでした。「これはわしが立てたんや!12個あるんや!」と教えてくれました。私が、この様子をなんとしてでも写真に残したいとAさんに伝えると、見せてくれた笑顔は忘れません。その1週間後、その笑顔は遺影として飾られました。どんな地域でも利用者さんの心に寄り添える訪問看護師でありたいと思います。 2025年1月投稿 「これからも頑張ってね」 新卒で訪問看護ステーションに就職し、利用者さんとご家族に育ててもらいながら、「これからも頑張ってね」と励まされたエピソード。 私は新卒で訪問看護ステーションに就職しました。先輩スタッフだけでなく、利用者さんやご家族に育ててもらっていると実感したエピソードです。Hさんは脳挫傷により寝たきりの方でした。気管切開をしており、ケアでは吸引を実施していました。私は、Hさんへの初めての吸引にとても緊張していました。そしてHさんも、不安そうな表情を浮かべていたのを覚えています。ご家族からは、「うちに来て、いろいろ学んで成長してほしいからね。頑張ってね。」とお言葉をいただき、嬉しく思うと同時に、HさんとHさんご家族のために自分自身も成長しないといけないなと気持ちが引き締まりました。Hさんは話すことはできませんが、何度も訪問しているうちに視線や表情でHさんの思いが少しずつわかるようになってきました。私がくみ取った思いが合っているときは、Hさんの表情が柔らかくなり、リラックスした様子を見せてくれることが増えました。その後、私はステーションを異動することになり、これまでのお礼を伝えると、ご家族から「うちにも、あなたと年の同じ看護師の卵がいるから、見守っていたのよ。これからも頑張ってね」と言われ、その言葉を忘れずに今も頑張っています。 2025年1月投稿 「お家マジックに助けてもらって。」 入院中はすべてのケアを拒否していたYさんが、自宅で過ごす中で少しずつ訪問看護を受け入れてくれた「お家マジック」のエピソード。 入院中は、治療・看護・リハビリなどのすべてを拒否していたYさん。退院にあたり、主治医から訪問リハビリ(言語聴覚士:ST)と訪問看護の介入の指示が出ました。しかし、ご家族もケアマネジャーも「ご本人の拒否により1、2回の訪問で終了になるだろう」と考えていました。先に訪問をした訪問リハビリでは、バイタルサイン測定も拒否されたと聞いて、戦々恐々としながら訪問看護初日を迎えました。バイタルサインは問題なく測定できましたが、枕元で奥様から情報を得ていると、Yさんが「うーーっ」と不機嫌な声を出されて表情も険しい状態でした。難聴があり、近くで話している声が雑音に聞こえるのではないかと考え、別室で奥様とお話するようにしました。また、体温計や血圧計を見せると、こちらの意図をわかってくださりスムーズにバイタルサイン測定ができるようになりました。すぐに、訪問中止になるだろうという予想を裏切り、現在、訪問開始から3カ月目に入りました。清拭、陰部清拭、足浴まで受け入れられています。爪切りもYさんから希望されています。受け入れ状態を見ながら、少しずつ介入の範囲を広げたことが良かったのではないかと考えています。それ以上に大きかったのは、住み慣れたご自宅でYさんのペースを保ちながら過ごせたことだったのかもしれません。その安心感が、訪問看護を受け入れる心境につながったように感じています。これからもお家マジックに助けてもらいながら、Yさんの希望に沿って介入範囲を広げていきたいと思います。 2025年1月投稿 「キラキラのにんじんしりしり」 コロナ罹患後に間質性肺炎が悪化した60代のJさんが、目をキラキラさせながら自慢のにんじんしりしりのレシピを教えてくれた心温まるエピソード。 コロナ罹患後、間質性肺炎が悪化した60代のJさん。退院にあたり訪問看護の利用を開始しました。入院前のJさんは家事全般を完璧にこなし、ご自宅には可愛らしいJさんのこだわりがたくさん詰まっていました。退院後は旦那さんが家事担当に。レンジの使い方から家事を始めた旦那さんが戸惑う様子を眺めながら、Jさんはもどかしさを感じていました。「料理と掃除をしたい」とリハビリも懸命に頑張りますが、2度の呼吸器感染の影響で食事をするのもやっとの呼吸状態です。担当看護師が毎日お弁当を作っているのを知り、「お弁当のおかずにするなら、にんじんしりしりよ。でも私のはちょっと違うの。にんじんに火が通ったら明太子を入れて、仕上げに醤油をチョンって入れるの。チョンってところがポイント!」と呼吸を整えながら、目をキラキラさせ、まるで目の前で調理しているかのように話します。後日、私がレシピ通りに作ったことを報告すると、Jさんはとっても嬉しそうな表情を見せてくれました。ご自宅でご家族に見守られながら旅立った今も、にんじんしりしりは我が家のお弁当の片隅にあります。そのたびに、目をキラキラさせながらレシピを教えてくれたJさんを思い出します。 2025年1月投稿 利用者さんの前向きな姿勢や生き方に、励まされた経験のある訪問看護師も多いのではないでしょうか。今回ご紹介したエピソードからも、訪問看護はケアを提供するだけでなく、利用者さんやご家族から多くのことを学び、支えられる関係であることが伝わってきます。 編集: NsPace編集部

受賞エピソード漫画化!「いつものアップルパイ」前編【つたえたい訪問看護の話】
受賞エピソード漫画化!「いつものアップルパイ」前編【つたえたい訪問看護の話】
特集
2025年9月10日
2025年9月10日

受賞エピソード漫画化!「いつものアップルパイ」後編【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「第3回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、ホープ賞を受賞した梶本 聡美さん(訪問看護ステーションかすたねっと/大阪府)の投稿エピソード「いつものアップルパイ」をもとにした漫画をお届けします。  「いつものアップルパイ」前回までのあらすじ作業療法士の梶本さんが、在宅リハビリの仕事を始めて早々に担当した佐藤さん。片麻痺や失語症があり、旦那さんは一生懸命介護に向き合っていました。しかし、ご本人は「希望を持ってもどうせ叶わない」と思っているようで、どうサポートしていけばよいか事業所内で相談。管理者の米島さんも訪問時の「いままでできたことができなくなっている」という佐藤さんの言葉を振り返ります。そして、佐藤さんがもともと料理が得意で、アップルパイづくりにも自信を持っていたことが突破口になるのではと考え…。>>前編はこちら受賞エピソード漫画化!「いつものアップルパイ」前編【つたえたい訪問看護の話】 「いつものアップルパイ」後編   漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。投稿者:梶本 聡美(かじもと さとみ)さん訪問看護ステーションかすたねっと(大阪府)この度はホープ賞に選んでいただき、ありがとうございました。訪問看護を始めてまだ日も浅く、迷ったり悩んだりする日々ではありますが、職員の皆さんはいつも私の話に耳を傾け、一緒に悩み、考えてくれます。また、漫画では私を主人公として描いていただきましたが、今回のアップルパイづくりも、スタッフ一丸となってみんなで対応していました。皆さんに改めて感謝の気持ちを伝えたいです。今回のエピソードの関わりは私にとってとても貴重な経験となりました。その後、Tさん(漫画内「佐藤さん」(仮名))はお亡くなりになりましたが、葬儀の際にご主人がアップルパイを作った時の写真を飾ってくださいました。ご夫婦にとって楽しいひと時を過ごすお手伝いが少しでもできたのかなと感じています。訪問看護やリハビリは医療処置や運動だけでなく、こうした関わりを大切に行っているということを漫画化を通して知っていただく機会になれば嬉しいです。 [no_toc]

受賞エピソード漫画化!「いつものアップルパイ」前編【つたえたい訪問看護の話】
受賞エピソード漫画化!「いつものアップルパイ」前編【つたえたい訪問看護の話】
特集
2025年9月9日
2025年9月9日

受賞エピソード漫画化!「いつものアップルパイ」前編【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「第3回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、ホープ賞を受賞した梶本 聡美さん(訪問看護ステーションかすたねっと/大阪府)の投稿エピソード「いつものアップルパイ」をもとにした漫画をお届けします。 >>全受賞エピソードはこちら・つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2025】・つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞【2025】 「いつものアップルパイ」前編 >>後編はこちら受賞エピソード漫画化!「いつものアップルパイ」後編【つたえたい訪問看護の話】   漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。投稿者:梶本 聡美(かじもと さとみ)さん訪問看護ステーションかすたねっと(大阪府) [no_toc]

受賞エピソード漫画化!「意思疎通、出来ます。」前編【つたえたい訪問看護の話】
受賞エピソード漫画化!「意思疎通、出来ます。」前編【つたえたい訪問看護の話】
特集
2025年8月27日
2025年8月27日

受賞エピソード漫画化!「意思疎通、出来ます。」後編【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「第3回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、審査員特別賞を受賞した服部 景子さん(愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう/北海道)の投稿エピソード「意思疎通、出来ます。」をもとにした漫画をお届けします。  「意思疎通、出来ます。」前回までのあらすじサマリーの「意思疎通不可」にチェックが付いていた利用者のトシ子さん。訪問看護師の服部さんは、トシ子さんと介護を担う娘さんをできるだけサポートしたいと思いながらも、バイタル測定もさせてもらえない状況でした。ベテランの所長さんが訪問しても同様の結果だったことから、「トシ子さんには何か訴えたいことがあるのでは」と考え、改めて担当としてトシ子さんのサポートに向き合う決意を固めました。>>前編はこちら受賞エピソード漫画化!「意思疎通、出来ます。」前編【つたえたい訪問看護の話】 「意思疎通、出来ます。」後編 漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。>>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1)投稿者:服部 景子(はっとり けいこ)さん愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう(北海道)3年連続で表彰いただき、誠にありがとうございます。授賞式に参加するたびに感じるのは、「全国には、こんなにも熱い想いで訪問看護に取り組んでいる仲間がたくさんいる」ということです。皆さんのエピソードを読み、お話を伺い、笑い、涙し、感動し、共感しながら、たくさんのエネルギーをいただいています。今回エピソードが漫画化されたことを、トシ子さんはもちろん、娘さん、ケアマネジャーさん、上司、同僚、家族がとても喜んでくれており、私自身も幸せな気持ちでいっぱいです。このような機会をくださったトシ子さんと娘さんに、心から感謝申し上げます。また、NsPaceの皆様の活動には、いつも深く感謝しています。これからも訪問看護師の輪がますます広がっていくことを、心より願っています。

受賞エピソード漫画化!「意思疎通、出来ます。」前編【つたえたい訪問看護の話】
受賞エピソード漫画化!「意思疎通、出来ます。」前編【つたえたい訪問看護の話】
特集
2025年8月26日
2025年8月26日

受賞エピソード漫画化!「意思疎通、出来ます。」前編【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「第3回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、審査員特別賞を受賞した服部 景子さん(愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう/北海道)の投稿エピソード「意思疎通、出来ます。」をもとにした漫画をお届けします。 >>全受賞エピソードはこちら・つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2025】・つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞【2025】 「意思疎通、出来ます。」前編 >>後編はこちら受賞エピソード漫画化!「意思疎通、出来ます。」後編【つたえたい訪問看護の話】   漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。>>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1)投稿者:服部 景子(はっとり けいこ)さん愛全会 訪問看護ステーションとよひら・ちゅうおう(北海道)

大賞エピソード漫画化!「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」【つたえたい訪問看護の話】
大賞エピソード漫画化!「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」【つたえたい訪問看護の話】
特集
2025年7月22日
2025年7月22日

大賞エピソード漫画化!「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」第3話【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「第3回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、株式会社ウッディ 訪問看護ステーションはーと(東京都) 木戸 恵子さんの大賞エピソード「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」をもとにした漫画の第3話(最終話)をお届けします。 >>全受賞エピソードはこちらつたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!大賞・審査員特別賞・ホープ賞・協賛企業賞【2025】つたえたい訪問看護の話 受賞エピソード発表!入賞【2025】  「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」前回までのあらすじ4人のお子さんがいるえみさんは、末期の肺がんを患っている。子どもたちと最後の思い出をつくるために、主治医の許可も得て宮崎から東京に飛行機で移動していたが、容体が急変して緊急入院。移動には高いリスクを伴うが、えみさんや夫は「宮崎へ帰りたい」と切望しており、病院は訪問看護師の木戸さんに相談した。その後、えみさんは木戸さんが運営するホームホスピスで、体力をつけるために3日ほど休養。いよいよ、在宅医のW先生やドライバーさんたちとともに、車で宮崎へ向かう。<主な登場人物>>>第1話はこちら大賞エピソード漫画化!「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」第1話【つたえたい訪問看護の話】>>第2話はこちら大賞エピソード漫画化!「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」第2話【つたえたい訪問看護の話】 「お母さん~看護の襷をつなぐということ~」第3話(最終話)   漫画:広田 奈都美(ひろた なつみ)漫画家/看護師。静岡県出身。1990年にデビューし、『私は戦う女。そして詩人そして伝道師』(集英社)、『ナースのチカラ ~私たちにできること 訪問看護物語~』『おうちで死にたい~自然で穏やかな最後の日々~』(秋田書店)など作品多数。>>『ナースのチカラ』の試し読みはこちら【漫画試し読み】『ナースのチカラ』第1巻1話(その1)投稿者: 木戸 恵子(きど けいこ)さん株式会社ウッディ 訪問看護ステーションはーと(東京都)大賞をいただき、とても光栄で、嬉しく思います。私は訪問看護師になって27年になります。確実な医療ケアや医療処置が求められる緊張の現場ですが、まずは患者さんやご家族のお話を伺い、患者さんの心の風景を垣間見られるように、という意識を持って接しています。えみさん(仮名)も、お話を傾聴し、心の風景を共有することから関わりました。課題や心配はありましたが、ご本人・家族と医療者すべての思いを繋ぐために覚悟を決め、その場の雰囲気を瞬間的に察知しながらアセスメントに努めました。私は、常日頃から出会った関係性や連携を大切にしています。例えば、研修で学びを共にした仲間とは情報交換や視察をし合ったり、仕事仲間とはカンファレンスを繰り返したりと、絆づくりをしています。えみさんの事例においても、相談した仲間たちすべてが自分事のように対応してくれました。普段の連携力や繋がりを生かせたことは、今後のやりがいにもなります。私が出会ったとき、えみさんの体力は限界アラームが鳴り始めていましたが、たくさんの方の心に響く、熱くて強い命の炎を持っておられた方でした。改めて振り返ると、えみさんの原動力が私たちをさらに強く繋げてくださったのだと思い、感動しています。貴重な体験をさせていただきました。最後に、えみさんのご冥福を祈るとともに、ご家族様や関わってくださった仲間たちに感謝申し上げます。ありがとうございました。 >>「第3回 みんなの訪問看護アワード」特設ページ [no_toc]

受賞エピソード漫画化!「ハッピーライフ通信を活用してから意味のある看看連携ができた」前編【つたえたい訪問看護の話】
受賞エピソード漫画化!「ハッピーライフ通信を活用してから意味のある看看連携ができた」前編【つたえたい訪問看護の話】
特集
2025年7月2日
2025年7月2日

受賞エピソード漫画化!「ハッピーライフ通信を活用してから意味のある看看連携ができた」後編【つたえたい訪問看護の話】

NsPaceの特別イベント「第3回 みんなの訪問看護アワード」で募集した「つたえたい訪問看護の話」。今回は、審査員特別賞を受賞した大橋 奈美さん(訪問看護ステーションハートフリーやすらぎ/大阪府)の投稿エピソード「ハッピーライフ通信を活用してから意味のある看看連携ができた」をもとにした漫画をお届けします。  「ハッピーライフ通信を活用してから意味のある看看連携ができた」前回までのあらすじ在宅でのお看取りがまだあまり一般的ではなかったころ、どうすれば「その人らしく生きる」ことを支えられるか考えていた大橋さん。そんなときにふと頭に浮かんだのは、病棟看護師時代に受けた訪問看護ステーション所長からのフィードバックだった。病院に向けて、手紙のように温かみのあるフィードバックをしようと考えた大橋さんは……。>>前編はこちら受賞エピソード漫画化!「ハッピーライフ通信を活用してから意味のある看看連携ができた」前編【つたえたい訪問看護の話】 「ハッピーライフ通信を活用してから意味のある看看連携ができた」後編   漫画:さじろう山形県在住のイラストレーター/グラフィックデザイナー/漫画家。都内デザイン会社を経て現在フリーランスで活動中。『ダ・ヴィンチ』『東京カレンダー』『Men’s NONNO』『SUUMO』など多数の雑誌のほか、釣り具メーカー『DAIWA』『LIFE LABEL』などのWebやYouTube、CMでもイラスト・漫画制作を手掛ける。投稿者: 大橋 奈美(おおはし なみ)さん訪問看護ステーションハートフリーやすらぎ(大阪府)この度は、審査員特別賞をいただき、本当にありがとうございました。審査員の先生方やNsPaceの皆さまに感謝申し上げます。エピソード投稿をきっかけに、普段していることを言語化し、振り返るきっかけをいただいたと同時に、改めて看看連携の大事さを思い起こしました。これから先、どのような利用者さんとの出会いが待っているかわかりませんが、今後も一人ひとりの人生に寄り添いながら、その方のエピソードを大事にしながら、望みを最後まで伺い、最善を尽くす訪問看護・在宅医療を目指していきたいと思います。 [no_toc]

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